目標と思い出と
( 2004/02/02)
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作者
枝鳩
登場キャラクター
ルベルト
・・・そのページ最後の下位古代語の文章を書き写し終え、ペンを横たえた。気が付けばもう随分 と遅い時間なのだろう。効果時間を延長した”明かり”の魔法はまだ継続しているが、今日はこれくらいで終わりにする事にした。
インク壷に蓋をして席を立ち、そのままベッドに横たわる。石壁で防寒性は良い部屋なのだがあいにくと火を入れられる場所は無く・・・集中が切れたとたん にひどく寒さを感じた。寝るときは服など邪魔だが仕方が無い、外套を着たまま毛布を被る。
去年の仕事・・・川の調査・・・の結果、火と衝撃と水でひどく欠損してしまった呪文書をオリジナルと記憶から復元する作業はほぼ終わった。元への書き足 しも含めて今・・・一の月の半ばまでかかったが、完全に失ってしまった部分もある。次からは原本に劣らず愛着のあるこの生まれ変わった複製を守るために、 よく考えて工夫せねばなるまい。
仕事を終えてすぐ後にひどく痛み始めた左腕も、どうにか支障がないところまで回復した。・・・魔法が使えないと夜間の作業に火をともさねばならず、けっ こうな灯火代がかかってしまう。日の短い冬にはこれは厳しい。魔術師の特権とでも言おうか・・・これくらいは許してもらおう。
視線を下に落とすと、発動体の杖が書き物机に立掛けてあるのが見える。光に照らされて俺の無茶のために付いた傷が濃い影となり、黒く、痛々しく浮き上 がっている。今後俺が敵の正面に立つ事などあまり考えたく無いが・・・冒険に出ることを考えると、補強を施した方が良いかも知れない。長く使ってきたこれ を、折りたくないからな・・・。
ちょうど魔法の効果時間が消えて、辺りが急に本来の闇に包まれる。それにつられるように目を閉じた。
魔法と、冒険者か。
・・・成人して、数年がたった頃。俺は賢者の学院に居た。
その頃、俺は素養のある者ならおおよそが魔術を使えておかしくないくらいの時間を費やしていた。にもかかわらず、見習いとして最後の一歩・・・古代語魔 法をどうしても使えない事に悩んでいた。いくら知識を詰め込んでも、発声や身振りを練習しても、集中に努めてもダメだった。周りの人々が(本当のところは どうあれ)えらくあっさりと正魔術師になっていくように見え、ひどく焦っていた事も覚えている。
もはや帰る事の無い実家にこれ以上の負担をかけるわけにも行かず、かといって費やした年月と費用、今自分のいる位置を無駄にするのはあまりに未練が残 る。進退をあれこれと考えていたときに、ある友人と再会した。
俺の親しい友人で、熱心で覚えの早い彼は、結構な早さで杖をもらう事ができた。誰かに師事するのかと思いきや、急に姿を消してそれきりになってしまって いた。話では冒険者になったと聞いていたが、それが数年ぶりに俺を訪ねてきた。以前と容姿も雰囲気もどこか変わったそいつは、だが数年前と変わらない笑顔 で立っていた。
その晩は久しぶりに教本を放り出して彼と飲み明かし、様々な話をした。細かい話の内容は忘れてしまったが、未だに正魔術師となれない恥ずかしさを隠すた めにも余計に飲んだ事を覚えている。明け方近くにもなって、酔い覚ましに昔よく出かけた公園に行こうと友人が急に言い出した。
未明の闇の中をすぐ近くの公園へ向かい、長椅子に腰掛けた。小さく、円形で、雰囲気のいい空間に響く虫の音は返って静寂のイメージを強めているように感 じた。友人は隣で空を見上げている。俺も酔った余韻に浸りつつ長い時間星空を見上げていたが、声に気づいて彼の方を向いた。
「・・・星は良いですね。眺めていても飽きません」
昔からあった西方の発音の癖が、やや強くなったようだ。冒険者として西を巡っていたのだろうか・・・そんな事を思ったが、彼が何を言いたいのかは判らな かったので、とりあえず口を挟まずに先を聞いてみることにした。
「そうそう、僕が冒険者となった理由、話しましたっけ・・・まだでしたよね。簡単な理由ですよ。子供の頃書物で読んだ魔法の品物、それを自分の手で探し出 すためです」
「それはまた・・・確かに単純な理由だな。そのために命を賭けると言うのか?」
「ええ、自分が知識の発掘の最前線に立つのですよ。素晴らしい事ではないでしょうか。そして、これは僕が魔術師になった理由でもあります。ルベルト・・・ 君は今、何のために魔法を身につけようとしているのですか?」
それまで夜空を向いたまま話していたそいつは、そこで俺の顔を正面から覗き込んだ。
「ふぅ・・・先ずは実際に古代語魔法を使えるようにならないとな。何もかもそれから・・・急に指を突きつけたりして、何だよ」
「そこです。君は昔からある面では優秀でしたが、今はっきりとわかりましたよ・・・何が不足なのか。魔法を使えるようになること、それ自体は手段。・・・ 魔法や知識を用いて何をしたいのか、するのかが大事なのですよ」
「・・・・・・」
「いいですか、やりたい事があって行動するのなら、例えひとつの手段に失敗しても次の手を考えて進むことができるものです。君にはそれが無い・・・だから 今のような中途半端な状況に陥っているのです」
「・・・・・・」
「さあ、君は何をなしたいのですか?」
近年は、魔法を実際に使えるようになることだけを考えてきた。彼の言う事を全面的に是とする訳ではないが・・・衝撃を受けたことは確かだった。魔法を使 えても人生もそこで終わる訳ではない。きちんとした意思の方向を持って進む事。少なくとも、その方が建設的な考え方ではないだろうか・・・今現在とごく近 い未来だけを見て、右往左往するだけよりは。沈黙のうちに時間が経った。
「少しは吹っ切れたようですね。いい顔をしていますよ」
・・・こいつはこの暗がりの中で表情まで見えるのだろうか、などといぶかしんでいる俺に、彼は杖を差し出した。
「・・・どうしろと?」
「わかるでしょう、今なら出来るんじゃないですか?・・・またすぐ旅立つ友人に、最高の思い出をプレゼントしてくださいよ」
視認は出来ないが、彼が笑顔を浮かべているのはわかった。昔二人でちょっとした悪戯をして遊んだときと、おそらく変わっていないだろう。杖を受け取り、 少し離れて立つ。
そのときの事をよく覚えている。自分の声が空間の中に溶け込み、杖と腕が夜気を裂いた。ほんの数秒の出来事のはずだったが、そうは思えなかった。おそら く体内に残った酒もそんな感覚を手助けしていたのではないだろうか。そして・・・。
深酒を、そのときほど後悔した事は他に一度しかない。上位古代語・・・もう何回も何年も試しているものだ、それ自体を間違えようは無い・・・が終わった そのときに、今までに無い生気を引き出されるような感覚に襲われた。結果も見ずに杖を放り出し草むらに駆け込んで・・・膝を付き、吐いた。
口を拭ってやっと立ち上がったとき、ひどく明るいのに気が付いた。やや白み始めた虚空の一点に、何の支えも核も無く光があった。”明かり”の魔法は、見 事に成功したのだ。彼が近づいて来た・・・今度は表情がはっきりと見える。やはり昔と変わらない笑顔だ。
笑った。ただ笑いあった。
その後、その日のうちに仲間を待たせていると言ってそいつは去った。その後の消息はわからない。今頃は何をしているのだろうか。
俺の方は、それから杖を正式に授けられるまでに半年と要さなかった。一度わかればその後はすぐだった。ぜひともその事を知らせたいのだが・・・。
目を、開ける。いつの間にか寝てしまっていたらしい・・・昔の夢を見ていたようだ。明り取りも無いこの部屋・・・宿泊と物置のためだけに借りた・・・で はよくわからないが、いつもの睡眠時間から察するに朝のまだそう遅くない時間だろう。毛布を引き寄せる。
あの時、朝の光の中に薄れて消えていくように見える”明かり”を見て、やりたい事が見つかったと思った。世の中には一般に魔法と言われずとも、それに等 しい働きをするものが多くある。その境界線、基礎について研究したい。そのために最も適切と思われる例を人の思いが生死の境で強く働くであろう武器と考 え、伝承を集める事を始めた。杖をえてからは学外の師に付き、そして今はあいつと同じく冒険者としての仕事にも出るようになった。
俺は何のために冒険者を?
冒険者として、研究者として、悩みは多い。前回のように、知識欲の為に歪んでしまったのであろう魔術師とじかに対決する事もあってなおさらそう思う。そ れに剣で魔法で傷つけあうのは・・・正直言って怖い。自分の無能ぶりをさらけ出すのも、それが誰かの死につながりかねないのも改めて知った。
それでも、俺は信じる。冒険者を続けてみようと思う。
実際を、事物そのものを見て、調べ、知るため。自分の目標に命を賭ける価値があると信じているから。あいつがそうだったように。
起き上がって、手探りで戸をあけて光を入れる。思ったより早い時間帯らしい・・・よく晴れた、冬の空だ。今日一日かければ多分複製も終わる。前から読み たかった書物を探しに図書館に出かけよう。それから随分と久しぶりだが、夜には酒場に出かけるとしようか。そして仕事を探して・・・。
真っ直ぐでなくともいい。目標までの道を、少しずつ見定めをして進もう。
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