傭兵稼業 辺塞 に寧日なし(3)( 2004/02/28)
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作者

登場キャラクター
サイカ




屋内戦闘(1)

屋敷の外壁を回りこみ、門を一気に走り抜けると、けり破られて内側に倒れてしまった
表玄関がサイカの目に飛び込んだ。早朝、サイカが息を殺して隠れ潜んでいた地点である。

サイカの前を走っていた兵士がそのまま屋敷の中に突入していく。
玄関の左右には兵士が一人ずつ、別の出口から賊を逃がさないように見張っている。

建物を攻撃する場合はこのような注意が必要不可欠である。
入り口、出口が多数存在しているため、時に思わぬ方向から敵が現れて打撃してくる。
それを防ぐにはすべての方向、部屋、通路を警戒してしまう以外にない。

サイカもまた、前の兵士に引き続いて屋敷の中に飛び込んだ。
玄関はサイカの想像通り土間になっており、右手に朽ちかけた農機具が転がり、左手に
部屋が続く構造になっている。
部屋の入り口はやはり強引に破られている。ぽっかりと空いたその空間から、わずかに生臭い
血の臭いが漂ってきた。

暗い部屋の中に駆け込むと、床の上に死体が三つ転がっていた。そのうち二つは
賊の死体であるが、さらわれた3人のひとりであろう、全裸にむかれた若い娘が壁に
もたれかかるようにして事切れていた。
首筋から胸にかけて大きな切り口がはしっていて、流れ出す血が板張りの床を染めている。

壁の隙間から朝日が細く差し込んでいる。兵士たちの巻き上げた埃の粒が、光に当たった
所だけいやにはっきりと見えた。
部屋の一番手前にある柱に、白い布が巻きつけてある。
部屋を掃討した印である。屋内戦闘では、どの部屋が安全でどの部屋がそうでないのか、
はっきりと区別するための工夫が必要になってくる。

獣のようなわめき声が部屋の向こう側から聞こえてきた。部屋の奥は廊下につながっていて、
兵士たちの連絡を取り合う声と金属の激突する音が響いてくる。
そちらを味方に任せて、右手の別の部屋に移動しようとしたとき、味方の兵士の声が響いた。
「人質!応援頼む!」

「了解!今行く!」
サイカは長剣を手斧に持ち替えて、奥の部屋へ駆け込んだ。



屋内戦闘(2) R-15


サイカは灰色の床板を蹴って屋敷の奥へ、奥へと進んだ。廃屋と化した屋敷の床はそれでも
意外に頑丈で、床を踏みしめる確かな感覚が厚い軍靴を通して伝わってきた。
天井や床のところどころにくもの巣が張り、人の通った廊下の中央だけが、埃が除かれて
黒い木肌を露出している。

廊下を突き当たると、部屋の入り口を通して、髪を乱した男が半狂乱になって長剣を
振り回しているのが見えた。
恐らく最初に一撃を受けたのだろう。男の衣服は破れ、肩から血を流している。
鎧はつけておらず、肉の肉のそげた薄っぺらい胸板が破れた衣服から覗いていた。
「なにやってんだ!とっとと叩き切らねえか!」
サイカは先に部屋に入っていた二人の兵士を怒鳴りつけて、ずいっと部屋に踏み込んだ。

部屋にはいってみて、サイカはまずいことに気づいた。
そう広くもない部屋の隅に、怯えきった女がうずくまっているのである。
さらわれた村娘の一人に違いない。
追い詰められ荒れ狂っている山賊は、我を忘れて女を人質にとるという単純で効果的な
方法を見失っているようであった。

冷静な観察をするまもなく、男の振り回す長剣が獣じみた咆哮とともに横殴りに
サイカの胴を襲った。男の体から汗と血が飛び散って、ほこりまみれの床を叩く。
半歩後ろに引いてその打撃をかわすと、サイカは手斧を床に放って愛用の長剣を抜き放った。

返す刀で再び切りかかってきた男の剣に、サイカは自分の剣を力任せに
叩き付けた。ガキリと鈍い音がして、二つの長剣がかみ合う。
サイカは剣で戦うことにこだわらず、踏み込んだ勢いのまま、男に向かって体をぶつけた。

男の胸板にサイカの肩がぶち当たや、サイカは腰を沈めて剣から手を離し、
諸手で男の両足にしがみついた。
完全に態勢を崩された男は、よろめいて後頭部から床に倒れこんだ。
ゴオン、と派手な音がして一瞬男の動きが止まった。

男の喉から断末魔の絶叫があがった。
男の薄い胸板に短剣の柄が生えている。馬乗りになったサイカが渾身の力を込めて
つきたてた短剣は、男の胸郭を貫いて肺をえぐった。
長剣から手を離し、痙攣する男の指がサイカの鎧をかきむしった。男の荒れた手から爪が
はがれて、指先から新たな血が流れ落ちた。消えようとする命の力は凄まじかったが、
最後の一呼吸を血とともに吐き出すと、男はがっくりとうなだれて静かになった。

鮮血と狂乱の光景を眼前で見せ付けられて、女が金属的な悲鳴を上げた。
彼女には山賊を刺し殺したサイカの姿が、彼女をいたぶりぬいた山賊以上に魔物に見えた。
女の股の間から小便が垂れ流されて、血と汗にまみれた部屋の床を濡らした。

戦闘を行う場合、その基本は捕獲でなく排除である。殺すことを優先する。
戦場で一人の人間を捕獲するためには、少なくとも二人以上の人間が必要となるため
である。敵を生かして捕らえようとしている間に他の敵にかかってこられたら、命が
いくつあっても足りるものではない。援護する人間が必要不可欠だ。

したがって戦力の差がよほど大きくない限り、見つけた敵はとにかく殺して先に進む。
救われないことに、身分の高いものは身代金を目当てにできるため、生かして捕らえられる
傾向にあり、下っ端の兵士になるほどさっさと殺害して敵が持っているものを奪う、という
傾向がある。

サイカは、基本に忠実だった。

兵士二人が震える女に駆け寄って裸の体にマントをかぶせたとき、屋敷の外から
新たな怒号と、馬のいななきが聞こえてきた。



屋内戦闘(3)


わめき声は壁の向こう側から聞こえてくる。そこはもう屋敷の外だ。
二手に分かれて偵察をしたときの、サイカが直接見ていない側に当たる。
家の外で、何かが起きたらしい。

こちらはもう片付いた、と判断し、サイカは外の援護をすることにした。
サイカが振り返ると、マントに包まれて兵の介抱を受けていた村娘が,彼の眼光におびえて
びくりと身体を震わせた。
族ともみ合ったため、サイカの右肩にはべっとりと男の血がつき、皮の鎧にはかきむしられた
爪あとがくっきりと赤く残っている。

「おい、俺は外を応援に行く。こっちは任せるぜ。」
「わかった。なんとかする。」
二人の兵士のうち古株の一人がサイカに答えた。中年のその兵士は温厚な性格で、
傷ついた病人、女、子供を安心して任せておける。
サイカはきびすを返して、部屋の外へと飛び出した。

自分の通ってきた部屋を一気に駆け抜けて、サイカは外へと急いだ。
玄関から左に曲がり、納屋と母屋の間を駆け抜ける。
裏口は大きく開いていたが、サイカはそこで一度立ち止まった。

「サイカだ。出るぞ!」
「おう。馬がいやがった。外の納屋だ!」
屋敷の外から答えがあった。

部屋を出入りするときには一声かける。もちろんマナーの問題ではない。
開け放った扉から不意打ちされないように、仲間が身構えているからである。
下手に飛び込むと敵と勘違いした味方に切られてしまう。

裏口を抜けると、3人の兵士が乗馬した族を相手に悪戦苦闘していた。
3人は馬を取り囲んで必死で行動を封じようとしているが、山賊の手綱さばきは
なかなかのもので、巧みに馬を操って兵士達を寄せ付けない。

剣では動きを封じる事ができないと考えて、サイカは石弓を取り出した。
巻き上げ機に手をかけて、全速力で弦を張る。
「なにやってんだ!手を貸してくれ!」
「ちょっと待て!なんとかしてやる!」

しかしサイカが作業を完了しないうちに、族は馬を駆って囲みを突破した。
馬の蹄に引っ掛けられて、兵士の一人が悲鳴をあげて地面に転がった。
骨の一本二本は折れているかもしれない。

「急いでくれ!逃げちまうぞ!」
「これで全速力だよ!やつがどっちに逃げるか見ててくれ。」

山賊は囲みを突破すると、サイカ達の予想をはずして道でなく屋敷の前に広がる
段々畑に向けて突っ込んだ。かなりの段差があり馬を操るのは難しいのだが,
男はそこを突破して逃げ切るつもりらしい。

「よし、できた!」
「あっちだ!」

族の駆る馬は大きな段差を見事に駆け下りて、下へ、下へと逃げて行く。
こういうときのために待機していた味方の騎馬隊は、遠く離れた道の上で立ちすくんでいた。
サイカは逃げて行く族の背中にねらいを定めた。動き回る族のどこかにあたるように、
とにかく目標の中心部をねらう。

サイカの放った矢はうなりをあげて飛び、男の操る馬の尻に突き刺さった。
ちょうど段差を降りようとしていた馬が前足を跳ね上げ、族は馬もろともに畑に転落した。



同類

      
サイカは弓をその場に置き、剣を構えて走り出した。
崖状になった段々畑をすべり落ち、雑草が生い茂るかつては畑だった平地を駆け抜けた。
族を捕まえて、止めをさす。あれだけの落差から転がり落ちればただではすまない。
下手をすると馬の下敷きになって即死することもありうる。

族は起き上がって畑の段差にもたれていた。
どこかの骨が折れたらしく、崖に身体を預けたまま身体を引きずって逃げようとしていた。
彼の乗っていた馬は幸いどこにも怪我がなかったようで、起き上がって穏やかに歩き回っている。

サイカは他の兵士に先駆けて重症にあえぐ男に追いついた。
「おい。年貢の納め時だぜ。観念しな。」
サイカの声に反応した男の顔を見たとき、サイカはわずかに目を見張った。
名前は知らないが、同じ戦場で戦った事のある傭兵である。
相手もサイカに気づいて、やつれた顔に笑みを浮かべた.

「よ、よう。あんたか。久しぶりだな。」
「めずらしい再会だな。」
「そう言うなよ。古い知り合いってのはいいもんだ。」

後ろからは兵士たちが迫ってきているようだったが、サイカが男と向かい合っているためか、
それほど急いでいる様子は無い。
サイカ黙って男を見つめた。
傭兵をやっていたころに比べて男は少し痩せ、やつれていた。

「頼む・・・見逃してくれ。」
「ダメだな。山賊は捕えて牢に入れる。」
ぼそりとつぶやかれた男の申し出を、サイカはきっぱりと断った。

「・・・ふん。山賊か。傭兵だって似たようなものじゃねえか。やってる事は変わらねえ。」
傷が痛むのか、男は顔をゆがめて一呼吸置いた。
「あんただって見に覚えがあるだろう。」
「まあな。」

略奪と暴行。傭兵にとってそれは仕事の一部である。領国でやれば犯罪であるが,
敵国でやればそれは立派な破壊工作である。
支配者達はときに金を払って、血に飢えた傭兵を敵対する相手の領地に向けて送り込む。
この村と同じ光景が、別の地でより悪辣な形で起こるのだ。

「わかるだろう?見逃してくれ・・・」
男はうなだれて、頭を下げた。
次の瞬間、ぐしゃりという何かが砕ける音がして、元傭兵の山賊は死体になって前のめりに
転がった。

サイカは取り出したぼろ布で剣についた血をぬぐった。
ばっくりと割れた男の頭から血と脳漿が流れ出して、小さな水溜りをつくっている。
血のにおいをかぎつけて、数羽のカラスが空中で円を描いていた。

後ろから追ってきていた兵士が、ようやくサイカに追いついた。
「やったな。」
「ああ。他は大丈夫か?」
「あらかた片付いたみたいだ。屋敷にはいって合流しよう。」

その場を後にしようとしたとき、サイカは死体をわずかに振り返って心の中でつぶやいた。
悪いな。俺にも信用ってものがあるんだ。


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こうして辺境で暴れた山賊団は鎮圧された。
山賊のうち4人は戦場で死亡し、残りは村で簡単な裁判を開いた後、公開処刑にされた。
隊の被害は馬に蹴られた兵士が肋骨を折る重症、山賊との切りあいで傷を負ったものが
4名、幸いなことに戦死者はいなかった。

人質になった3人の村娘のうち一人は戦場で死亡、他の二人は助け出されたが
残された精神的な傷が大きい。
重症だった老人が息を引き取ったため、村人の中で死亡したものは合計で4名である。
人的、経済的な村の被害は甚大だったが、全てを奪われるという事態は何とか避ける
ことができた。



  


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