死は救われず、 されど生は望まれず( 2004/04/26)
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作者
うゆま
登場キャラクター
”海蛇”フォッグ



悲劇。

 新王国暦516年、一の月、詳しき日は記載無く。
 だが、其れは確かにあった。

 森に暗闇が横たわり、今は静寂こそが主の夜。
 年の始まり月の空気は凍え、僅かに覗く肌地を鋭く狙う。
 其れ、何ともし難き痛み、同時に体温と感覚を容易く奪う。
 しかし、ここに火は有らず、ただ身を潜めた者たちだけが有り。
 凍えに身を震わす事もなく、ただ何かを見て。

「す・・・は・・・」

 微かな呼吸音さえも漏れるを恐れるか。
 はたまた白に染まる息見られるを恐れるか。
 全身の筋肉を振り絞る如しの、何とも息苦しき呼吸か。

”かさ”

 小さく、音が、した。

 身を潜めし者たちが、同じくしてどきりと心の臓が鳴る。
 目を見開き、今に腹の臓が飛び出さんばかりに顔を引き攣らせる。
 しかし、一時の恐怖は拭われ、不安を経て、確かに安堵に変わる。
 音の主は、潜める者たちの仲間らしく、無言で人差し指を下と上に払う。
 指の動きに、其の者たちは返すも無言で頷き、音無く一斉に動く。
 其れら、静寂なる名を冠せし、目に見えぬ衣纏ったかの如く。
 目指すは”敵”の寝床。

 数分のち、剣戟響き、怒号が静寂を破り、悲鳴が幕を下ろす。
 そして、先程よりも数名少なく、走る音が虚しく夜の森に消えた。

 この夜、一人が死の牙に喰われ、無残に屍を晒す。
 この夜、一人が闇の衣に包まれ、姿形幻如く消す。
 この夜、一人が魔の術に捕われ、気を狂わせ死す。

 残り、今、五名余也。



 事の起こり。



 オラン国内でも南はブラードに近き、名も無き小村の不可思議より。

 つい最近まで、腹空かせたり妖魔どもに悩む、どこにもありし処。
 妖魔退治す、傭兵今か今かと待つ、希望と不安がない交ぜの処。
 其れ、ある時を境に、恐怖に変わり。

 始め、一人農民の老人、姿消す。
 次、共同墓地荒され、死体数体消える。
 やがて、夜訪れる度、村の者が一人、また一人、姿消す
 終いに、小村へ里帰りせし娘見たは、小村に営みの灯火無し。

 ただただ、この世に在らざる、地獄見たり。



 小村近き小道、恐怖に言葉吐く事すら叶わず、娘、ただ歩く。
 否、後ろを見て、何かより逃げるが如く。
 己が影すらも、妖しの追っ手に見え、倒れ伏してもまた歩き。
 全身傷まみれ、幸いに通りすがりの隊商に保護され、付近の街へ。

 そして、娘より辛うじて吐き出されし言葉。

「小村、ただ屍、ただ彷徨う・・・世の地獄、其処に在り」

 事の重さ、気付き、街の主、即座にオランの傭兵ギルドに連絡す。
 小村、異常起き、危機ありて、妖魔退治無用。
 しかし、何知らずに、小村に向かう者、傭兵たちに危機届かず。
 派遣され傭兵十余名、己が運命知らず、此の世の地獄に迷い込む。

 ただ、ただ、死の支配する、地獄也。
 死人出迎え、血と肉の歓迎が待つ。
 生きる希望、一欠けらも許さず。
 絶望、恐怖、そして・・・



「残り、五名・・・か」

 追っ手も流石に振り切り、藪に潜む五名の傭兵たち。
 身に着けし鎧、幾度も血と泥に汚れ、腐臭が染む。
 手に持ち得物、かつて金属輝き在らず、鋭さ在らず。
 顔に表情、一昨日の笑み有らず、勇ましき有らず。
 ただ、ただ、今在る状況に恐怖以外は麻痺した眼。

「ゼーセン、パロウム、チットー・・・まず、やられたな」

 一人の男の声に無言で頷く傭兵たち。
 声も出す事も、もはや恐れたのか、数度開き口に言葉在らず。
 其の中で、息を整え、ようやく声を出した男は続ける。
 頭に、汚れに塗れ、解け掛けのターバンを再度巻きつけ、来た道を見る。

「同時に、いたずらに敵を増やしたな」

 腰の三日月刀に付着す汚れを落とし、刃に異常無きを確認す。

「増やした、だと?」

 辛うじて息を吐き、男に睨みつけて、蛮刀の傭兵が言う。

「アンタが、もっと、上手く、動きゃ、三人は、死なずに」

 切れ切れの言葉と視線、男に突き刺さんばかり。
 だが、男は、微動だにせず、動揺の欠片も無き。

「言い訳、ぐれぇ、でねぇ、のか、よ、フォッグ、よぉ」

 蛮刀の男が詰め寄る。
 フォッグと呼ばれた男は、其れでも無言。

「この、お、やろぉ」

 蛮刀の男、苛立ち、怒りが湧き上がり、掴み掛ろうとする。
 しかし、後ろのずんぐりした体格の、大地妖精に肩を掴まれ、果たせず。
 蛮刀の男、己が肩掴んだ大地妖精へ振り返る。

「ジェンス、今、フォッグを攻めるなら、このワシも責任がある」

 ジェンスと呼ばれた男の、掴み掛ろうとした手、空を彷徨い、降ろす。

「今、考えねば、ならん、のは、これから、どうする、かだ」

 後にいる三名の傭兵たちも頷く。
 此方も辛うじて、短く声を出す程度に、同意の言葉を吐く。

「今こそ、村から、脱出して、まず、報告に、向かう、か」

 一度言葉を切り、深く深呼吸する。
 大地妖精の足で、よくぞ走ったと思う程に、逃げてきた。
 其れだけに、人よりも倍苦しく、息を整える事で精一杯であろう筈。
 しかし、今だからこそとばかりに、大地妖精は言葉を続ける。

「応援を、待つか、最後の、賭けに出て、不死者の、主を斬る、か」

 誰も其れに、即答する者はいない。
 重き沈黙が訪れる。

「それと、当初の目的の、妖魔どもが、近くに、まだいる、かも、しれん」

 静かに、再び深呼吸する。

「不死者と、挟み撃ちに、なったら、それこそ、御終い、だぞ」

「冗談じゃない。ここで死ぬぐらいなら、俺は脱出する」

 ジェンスが、もう沢山だとばかりに、頭を項垂れ、首を振る。
 他の三名も、同じ意見であるようで、沈黙だが、同意している。
 もう、決まったと、場の空気が示していた。

「分かった」

 フォッグがようやく、口を開いた。

「脱出に決定としよう。だが・・・」

 瞼を一時閉じて、決意したかのように、瞼を開く。

「もう少しだけ、俺は・・・残る」

 其の言葉に、皆は信じられないと、見ずにはいられなかった。
 たった一人、この地獄に、まだ残るという事に。

「正気か」

 大地妖精がフォッグを見る。

「キラド、少なくとも、今、我心、静寂たる大海の如し」

 キラドと呼ばれた大地妖精は何も言わなかった。
 ジェンスも、他の三人も、何かを言い掛けて、結局出さなかった。

「策は、ある。だが、最後の賭け」

 森の闇の奥を見つめ、言葉を続ける。

「砂漠に、光る砂一粒、見つける程の、分の悪い賭けだが」

 フォッグの眼には、確かな正気の光がまだ灯っていた。
 だが、其れが希望か絶望か、どちらに繋がるかは誰にも分からなかった。



 其の頃、村の小さな広場であった場所には不死者の群れがいた。
 今しがた、絶命したばかりの三人の傭兵の死体を囲んでいた。
 だが、不死者の群れの中に生きている一人の人物がいた。
 そして、何かを呟き、不死者たちに道を開けさせる。

「おお・・・」

 死体を前に、恍惚の表情で、死体を細かに観察する。
 満足げに、新たな玩具を手に入れた子供のように微笑む。
 同時に、何事かをか細い声で、だが深く大地の其処から響く如く呟く。

「”死は救われず、されど生は望まれず”」

 最後の言葉が紡がれると同時に、ゆらりと立ち上がる、三つの影。
 新たな僕の出来上がりに、其の人物は最高の賛辞を以って祈った。
 生涯果て、魂になろうと、永遠に仕えるであろう暗黒の神に。

「”死は救われず、されど生は望まれず”」

 其の言葉を、一つ言葉を覚えた子供のように、ひたすら繰り返していた。
 ただ、ただ、ひたすらに。






  


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