問われしもの(2004/05/11)
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作者
あいん
登場キャラクター
某冒険者



錆びた悲鳴を軋ませる扉を開けた途端に五感を刺激したのは違和感。
触れる肌を腐食させるかのように不快な湿気と、昼なお暗い室内に挿し込む一筋の光に照らし出された降り注ぐ塵芥。雑然と床上を埋める廃品群は進入者の行く 手を阻むだけでなく、一切の生活臭を奪い、部屋奥に何者も存在しない事を直感させる。


さながら、追憶の中にある暗灰色の情景。


あるいは刻の流れに置き去りにされた空間とでも言うべきか。
薄闇を無機質に彩る、呼吸を忘れた無生物の数々は蛇頭女の魔力に晒されたかの如くに死に絶えた印象を与える。
だが、それでいて廃虚ではなく古代遺跡と同質の臭いが充満しているのは何故か。


廃虚と遺跡の違いは気配にこそある。
カストゥール時代の正負両面の遺産とも言うべき遺跡には大小の差異こそあれど常に危険が渦巻いている。それは狡猾なる魔物であり、未知なる罠であり、財宝 を巡る飽くなき欲等によって構成されているが、その存在が遺跡という本質的には閉鎖された空間に活性を与えているのも事実なのだ。故に、前時代の崩壊より 五百を越える歳月を数えてもなお、遺跡は不穏な意志という名の呼気を発し続けている。なればこそ、それを熟知する穴熊達はその死を枯渇にも喩えるのだろ う。


反面、廃虚とは棲む魔物こそ居れど空間としては既に死を迎えたも同然の、無の気配が在るのみに過ぎない。そこに明確たる意志は存在しない。個が個として点 在するだけの連綿たる繋がりの欠如した、停滞した時を刻み続ける世界は人の心に負の感慨を抱かせる以外の意義を有さない。故に、廃虚とは人の記憶の中でこ そ風化を辿るのだ。


ならば、此処が廃虚なのは間違いない。


華やかな王都に存在する寂れた区画の忘れられた一角、日常に埋没した非日常的な風景の一片に過ぎない空間が如何に変貌を遂げようとも決して人の心に届きは しない事こそが無に侵食された何よりの証左。そして、その状況を察した時には事態が既に手後れである事を、人は常に痛感させられるのだ。


本来、廃虚とはそういう質のものであり、建造物の荒廃や老朽だけを意味するものではない。
すなわち、時間と空間の遮断と隔離。資格を有さない者の侵入を頑として拒む絶対領域たる性質は聖域のそれに等しく、故に廃虚は永劫、活力を取り戻す事がで きぬままに廃虚である身を晒して無の時を刻み続ける。


だが、その認識を奥に潜む──無を粧いながらも己の存在を隠そうとはしない不敵な、気配に揺さぶられる。
気配と言うよりは勁烈な意志の塊。それは無言の問いかけにして、正しき解の存在しない観念の残滓のようにも感じられる。


繰り言になるが、無が棲む廃虚に確固たる意志は存在しない。ならば、この気配の正体は何なのか。
此方の解は明確だ──確固たる意志を持つ存在である。つまりは、それが此処が廃虚ではないとの結論に導き、遺跡と同質の匂いを醸しているのだ。


意志はその存在を察した者にだけ、資格を与えたかの如く無形の手招きを見せる。
竜の卵は竜の巣に踏み込んだ者にしか手にする事が叶わない。得る為に冒す。それが世の理であると強弁するかのように、人の心に棲む射幸という魔物を刺激し ては挑発と誘惑を繰り返してくる。


だが、掌に滲む汗、前兆なく粟立った肌、唾液を欲した咽喉が躊躇の払拭を許さない。


恐怖を知覚するのが理性ではなく本能の面が強いのは世界に存在する数多の生命全てが熾烈な生存競争に晒されているからだと考えられる。であればこそ、時と して人は理屈ではなく直感に頼るのだ。まるで、甘美な音色に巧妙に隠蔽された危険を察知するのは常に本能の役割であると主張するかのように。


積年の経験による賜物か、あるいは未熟故の僥倖かは判然としなかったが、それを感知できた事が自然、思索を次の段階へと踏み込ませた。すなわち、解なき問 いの答を探る事であり、無を粧った意志の志向を見定める事。


漠然とした、ある種、神の御心を求める事にも似た問答。
だが、その手がかりは最初に感知した感覚にこそあった。
──違和感。


何故、この空間は遺跡と廃虚の二面を垣間見せるのか。
それは真実、恐れるべきが暗闇ではないからだ。視線を通さぬ程の深き闇ならば視覚に頼られなければ良いとの理解に達するのは難くなく、また、それに徹する 事も至難からは程遠い。だが、薄暗闇は視覚から忍び込んで人の心を揺さぶり続ける。確と不確、虚と実の境界を曖昧に映して、絶えず眩惑を繰り返す。果たし て、人は心の盲目に陥り、技と体を支えられぬ儘に自滅を辿る。その事こそを真に恐れなければならないのだ、と、気がつかなければならない。


強烈な存在に意識を拡散される事で曖昧を疎かにする危うさ。
闇は常に心の平衡を試してくるのだという認識。


誘惑に踊らされかけた足を半瞬の逡巡の末に止めて元の位置に降ろす。
進むでもなく、退くでもない、現状の維持。それでいて迷いはない。それは酷く曖昧な、解とも呼べぬ解の提示──刹那、しわがれた笑声が響くと、室内の空気 が俄かに騒ぎ出した。その感覚を無生物の鼓動と感じたのは陽春の森を想起させられたからに他ならない。活力が漲っていく鮮烈な匂い。それが真に精霊のざわ めきと同質のものであるかは判然としなかったが、全ての物質に霊が宿るとする説の一理を首肯したくなる衝動を抱かせるには充分なものであった。


兎も角、瞬息に場の空気を一変させる事が出来るのは意志の主が空間そのものを完全に掌握していればこそと感得すれば、狡猾な挑発に乗じなかったのが正解 だったとは切に実感できる。また、意志の主とは固形を象らない思念体のような存在ではないかとの推測も俄かに現実味を帯びてくる。でなければ、肉体という 物質に縛られし者にこれ程の所業が可能であろうか。


その思索を阻害するかのように、幽玄な低声が室の奥に進むよう判然と促してくる。それに害意がないと断言出来るのは意志の主が課した第一の関門を突破した 断固たる自負があればこそだが、歓迎されているわけではないのも明白であり、加えて、進んだ先に次なる難関が待ち構えている事も確信するに足りる。


だが、此処を訪れた目的を果たす為にはその声に逆らう理由がない。


一歩、一歩、軋む床の感触とざわめく空気の色を確かめながら廃品群を避けて進むうちに屋根の隙間から光の筋が降り注ぐ場所に到達した──刹那、鋭い制止の 声を浴びさせられ、その儘に従う。と、同時に湧き上がった苦い感情は完全に主導権を掌握されてしまっている状況に対してのもの。此方の位置から如何に目を 凝らしても相手の姿すら確認できないのとは対照的な状況下に晒された己の姿を見ても、それは一目瞭然だった。


察するに、此処はこの空間に唯一存在する客人の為の領域であり、乱雑に床を埋めていた廃品の数々が誘いの道を構築していたのだろう。そう考えれば、この場 所を紹介してくれた人物の、「主は正午の鐘の後からの一刻の間だけは土妖精と精霊使い以外の来客であれば面会の機会を閉ざしはしない」との言にも説明がつ く。


噂に違わず一筋縄ではいかない相手との認識を強めるが、同時に、蓄える情報の質は王都でも屈指の存在と一部で囁かれている事に納得を覚えた。この人物なら ば多くの情報屋が匙を投げた今回の件に関しても何かを掴んでいるかも知れないと期待させるだけの奥深さがある、と。


賢者リド。
学院に在籍した正式な記録がない為に賢者は俗称なのであろう。そして恐らくはリドの名も然り。
狭い情報屋業界に長く身を置く同業者でさえ賢者リドの素性、経歴に関しては風聞以上の事を知らないという者が多勢を占める。だが、彼から情報を聞き出す事 に成功した者達は異口同音にその情報の良質を絶賛したとも言われている。


それでいて、利用者が少なく評判が芳しくないのは──


「我が家を訪れる客人に何用かと訊ねるのは愚問じゃな。此処を訪れるのは、欲する情報に対して万策尽きた、藁をも掴む思いの者のみ。故に本題だけを簡潔に 述べさせて貰おう。本来、情報屋と依頼人の関係は客が売り手に質問する事で成立するが私はそれを不公平と感ずる。よって、先ずは私が君に質問させて貰う。 それに答えられたとき、君は初めて私に質問する権利を得られる。私の情報に対する報酬は君が私に質問が叶って、尚且つ、私が答えられたときのみ支払ってく れれば構わない。だが、私の質問に君が答えられなかったときは即座にこの場を退去して貰い、尚且つ、ここで目撃、体験した一切の事を公言しないと約束して くれねばならない。加えて、二度と我が家の敷居を跨ぐことは許されない。それが誓えるのであれば君の信奉する神の名の下に宣誓してくれたまえ。出来ないの であれば早々に立ち去るがよい。さて、如何?」


──と、かなり屈折した性格に原因があるのは間違いない。


だが、リドの言うとおり、ここを訪れる者は皆、藁をも掴む事情を抱えていればこそ引き退がるわけにはいかないのが常となっている。つまり、それを見越した 上で相手の反応と決意を見て愉悦なりを覚えているのだろう。正しく、悪趣味である。


しかし、それが交渉の決定的な妨げになるものではない事を互いに承知していればこそ、返答は自ずと決したものになる。


「よかろう、契約成立じゃな。では、先ずは私からの質問をさせて貰うよ」


リドの声が微かに弾んだのは錯覚ではない。
だが、その真意を探る暇を与えられる事もなく事態は新たな局面を迎えようとしていた。



**********



【問題】
この中で背伸びの状態にある人が一人だけいます。それは誰でしょう?

A.愛妻と愛娘に恵まれて暮らすアレッサンドロ
B.亡夫に操を立てて余生を送るバーバラ
C.近く後妻を娶る事が決まったクラウディオ
D.生涯独身貴族で青春を謳歌するディビッド


※選択した解が標題になっているレス記事が貴方の読む解答編となります。






  


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