憧 憬(前編)
(2004/07/03〜)
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作者
U-1
登場キャラクター
アル
さて。どこから、お話ししましょうか。
……そうですね。やっぱり、最初からにしましょう。
少しばかり、長い話になりますが、お付き合い下さいね。
あの頃……と言いますのは、そうですね。
今から、かれこれ二十年ほど前になりますか……。
ボクは当時、五、六歳でして……。
二つ年下の弟と一緒に市井の賢者に算術や読み書きを教わりに行ってたんです。
そうそう。
ボクの実家の話は、お聞かせしましたっけ?
ええ。カゾフにある、とある商家です。今は弟がやってるはずですけれどね。
いえ。家名については、ご容赦下さい。
万が一にも弟に迷惑をかけては、それこそ元跡取りとしての立場がありません。
ええ。そうなんです。
それで、名乗りは「アル」だけなんです。
いずれ……ね。確りとした冒険者になって、実家が迷惑に思わなければ、家名を名乗る事もあるでしょう。
ええ。それまでは、只の「アル」です。
話しが逸れましたね。ボクと弟が賢者の家へ通っていた時の話です。
そうですね。品物の目利きなんかも教わりました。
ええ。物品鑑定とでも言うんでしょうか?
それをね。弟と一緒に。
恥ずかしながらボクは、これが苦手でしてねぇ。
いえ、外すわけじゃないんです。
ただね、弟と比べるとどうにも時間がかかってしまいまして……。
ええ。商人ですしね。
いくらぐらいの品か。どういった人に売れそうか。
そういう目利きで良かったんでしょうが……ついね。
作られたのは、いつ頃か。とか。
どういう由来の物か。とか。
ええ。そういった余計なことが気になりましてね……。
そうですね。今にして思えば、その頃からすでに、商人としてというより、学者として物を見てたのかもしれません。
ええ。そうなんですよ。
商人としては、弟の方が適正があったんでしょうね。
弟は、根が真面目でしたしね。
ボクはというと、賢者の家でも勉強そっちのけで、冒険や伝説の物語を読むのが好きでして……。
ええ。読み書きを覚える一環としてね。
そういった書物を読ませてもらっていたんですよ。
それが、思えば始まりですね。
えっ? なんのって、そりゃ「冒険者に憧れた」ですよ。
ええ。その頃は純粋に冒険者に憧れてました。
「剣を振るい、魔術を駆使して邪悪な魔物から人々を救う!」ですからね。
書物として残されるほどの冒険者は、須く「英雄」でしたし。
ええ。聖人君子ばかりです。
子供心に憧れたものです。
まぁ、親への反発もあったんでしょうね。
日がな一日、「金、金、金」でしたから。
あははは。そうですよね。商人なんだから当たり前なんですけどね。
そう。英雄に憧れてた少年が、英雄を語る側に憧れたのは、あの人との出会いからです。
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「お待ち下さい、アルおぼっちゃま」
如何にも『爺や』といった感じの老人が、少年の後を追いながら呼びかける。前を行く少年より、幾らか幼い子供の手を引きながらなので、その歩みは当然速く ない。
「早く、早く!」
少年は、後ろを仰ぎ見ながら言う。しかし、足を止めるどころか、走る速度を落とそうともしない。通い慣れた道だ。足の遅い弟や爺やを待つことなど、彼には 考えもつかない。
「おおっと」
ろくに前も見ずに走る少年と街行く人が危うくぶつかりかける。驚いて道を譲ったのは、もちろん大人の方だった。少年は、その事にすら気がつかない。自分の 通る道には、どんな邪魔もないと盲信しているのだ。ちょうど、生意気盛りの年頃である。何事も自分のペースで進め、そして失敗はないと過信している。そう いう時期なのだ。
「アル兄ちゃん、待ってよぉ」
「あははは。遅いよ、ナル。早くしないとダリル兄ちゃんがいなくなっちゃうぞ!」
弟の呼びかけにすら、この有様だ。少年の頭の中には、この先の広場で竪琴を奏でる吟遊詩人の事しかない。
彼らがダリルという吟遊詩人と出会ったのは、十日ばかり前のことだ。いつものように街外れの賢者宅へ勉強に行った帰途で、彼の歌声を聞いたのである。
ダリルは、言ってみれば、あまり流行ってない吟遊詩人だった。何より、客の注文を聞いて曲を奏でるという事をしないのだ。彼は、彼の奏でたい曲を彼の奏で たい時に淡々と奏でる。そんな吟遊詩人の曲を聞くために日参するのは、アルたちのような年端もいかない子供たちだけだ。故に彼は、あまり聴衆からの報酬と いうものと縁がない。
「お、来たな、坊主」
息を切らせながら駆けつけたアルにダリルは、ニカッと笑顔を見せる。爺やに言わせると笑っていても、瞳の奥に悲しみを秘めた寂しい微笑みというやつだ。
「弟や爺やさんは、どうした?」
「遅いから、おいてきた」
「たく。お前は兄ちゃんなんだから、弟を待ってやれよな」
「そんなこと言ったって、ナルも爺やも遅いんだもん。あんまり遅いとダリル兄ちゃん、どっか行っちゃうでしょ?」
「あのなぁ……俺は、ここで商売してんの。別にお前らが来ようが、来なかろうが、ここにいるっての」
ダリルは、そう言いながら姿を見せた老人に目礼を送る。老人の手を離れたナルが、アルの隣に駆け寄り、ダリルにペコっとお辞儀をした。
「こんにちは。ダリルさん」
「遅いぞぉ、ナル」
「おう」
アルとダリルの声が重なる。それを聞いて爺やは苦笑した。
「だから、兄ちゃんが弟に優しくしないで、どうすんだよ、アル」
「だってぇ」
アルは口を尖らせる。この年の子供には、道理は通じないのだ。ちょっと早く生まれただけの自分が、弟のためにと謂れなき我慢を強いられることが納得できな い。そう感じるのだ。
「まぁ、いい。さて、今日は何を奏でるかなっと」
そう言いつつ、ダリルは、調弦を済ませた竪琴を構え、黙祷するように目を閉じた。
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『草木萌ゆる月の終わり
瞬き煌く星の明かり
遍く知られし英雄の物語
気高き天馬の嘶き 鞘走る剣の鍔鳴り
犇く妖魔の咆哮 駆け抜ける勇者の残像
剣 それは 勇気であり誇り
魔術 それは 知識であり奇跡
彼方より迫りし脅威 此方より起こりし救い
勇者は……』
そこまで奏で、ダリルさんは、手を止めたんです。
ええ。いつものように広場で、歌を聞かせてもらっていた時の事です。初めて知り合ってから、そうですね。半年くらいのことでしょうか。
これまでは、ボクや弟が喜ぶような勧善懲悪の英雄譚を奏でてくれていたんですが……。
ええ。どうやら、その日は、脚色の強いこの手の曲を奏でるのに抵抗があったようでして。
「どうしたの?」
心配そうに、というより、不満そうにそう聞いたように思います。
ええ。子供でしたしね。なんで、止めてしまったかという事ばかりが気になって、彼の苦虫を噛み潰したような表情にまでは、気が回らなかったんですよ。
「現実ってやつは……」
彼は、そう呟いて、どこか遠くを眺めているようでした。
「さぁ、おぼっちゃま。今日は、これくらいで帰るとしましょう。ダリル様にだって、気分の乗らない時がおありでしょうし。ねぇ」
「え、ああ。そうですね。悪いな坊主。また今度、聞きに来てくれや」
「えぇぇ!」
はい。爺やがですね。
そう言って救いの手を差し伸べたんですよ。
ええ。もちろんボクは嫌がりました。
いやはや、我ながら甘やかされていただけにですね。
なかなか聞き分けの悪い生意気な子供だったと思います。はい。
ええ。その日はね、それで家へ帰ったんです。
また、次に勉強しに行く日に会えば良いと思いましたし。
でも、彼は、その日の夜、街を離れたんです。
ええ。後から知りましてね。随分と彼を恨んだもんです。何の連絡もなしにいきなりでしたから。
ええ。彼が戻って来たのは、三月後のことでした。
(アルPL注:アルの語りでは、人物の固有名詞は一切出ません。すべて「弟」「吟遊詩人」など続柄で通しています。これは、その人物に迷惑をかけない為の 配慮です。何れ確りとした冒険者になった時に明かされるとお考え頂ければ幸いです)
(続く!)
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