憧憬(後編)(2004/07/06)
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作者
U-1
登場キャラクター
アル



まーそーむくれんなって。
悪かったと思ってるよ、お前に何も言わず旅立ったのはさ。
ああ。一番のファンだもんな。
だから、こうして親父さんに頼んで、泊めて貰ってるんじゃないか。
そうさ。西方語の会話を教えてやる代わりにな。

いいから聞けって。アル、俺もな、お前と一緒なんだよ。
何がって、お前……あれだ。
俺も「お兄ちゃんなんだから」って奴さ。
ああ。俺にも弟がいるんだよ。二人もな。まぁ年の離れた兄貴もいるんだけどな。
あ? バーカ。全然良くねぇっての。年離れてんだ。親父が二人いるようなもんだぞ。
おうよ。「お兄ちゃんなんだから」がお前の二倍だ。特に俺ん所はよ、お前ん所と違って、貧乏農家だからな。どうしたって、弟の面倒は俺が見なきゃなん ねぇ。
なんかある度に「ダリル! お前が確りしなきゃ駄目だろ! お前はお兄ちゃんなんだから」ってな。嫌んなるよな。

だからな。お前の気持ちも分かるっての。
ああ。本当さ。だけどなぁ……。
確かに自分が言われて嫌だった事でも大人になるとそんなの忘れちまう。そいで、大人ってのは、つい都合の良い言葉があるとそれに頼っちまうんだ。

うん? 確かにずるいよな。でもな。
物語の英雄だって、生まれながらに英雄だったわけじゃねぇ。俺やお前みたいにガキだった時もあるんだよ。ああ。夜にお化けが出るかもってビビッたり、夕飯 前にオヤツを食って親父に怒鳴られたりな。オネショだってしたかもしんないぜ。
つまり、現実って奴は、そんなもんなんだよ。
大人になっちまった時、昔ずるいと思ってた事やオカシイと感じてた事が、何ともなくなる場合だってあるってことさ。

ああ。もちろん人を傷つけたり、騙したりするのは悪いことさ。でも、お前だって親父さんの大事な壺を割った時は弟のせいにしたりしただろ? それと一緒 さ。
つい、な。自分の身を守ろうとしちまう……人間って奴は、誰だって、そういう部分があるのさ。

俺にだって、あるさ。なんたって、今度、街を離れたのだって、それが原因なんだからな。
ああ。お前にだけは、話してやるよ。
俺はな、仲間を見捨てて逃げ出したんだ。
嘘じゃねぇって。そう、去年のことさ。
俺たちは、誰も入ってない遺跡ってのを見つけてな。俺を含めて4人で、その遺跡に挑んだんだ。
ああ。俺は罠を見つけたり、鍵を開けたりするのが得意でな。どんどん奥まで潜って行ったのさ。宝物も幾つか見つけてな。
そして、一番奥の部屋に着いた時だった。もちろん、それまでにだって怪物はいたさ。デッカイ蝙蝠や鼠の化け物なんかがな。だけど、そういった奴らは、俺の 呪歌が良く効くんだ。俺たちは、大した消耗もなく、そこに辿り着いたのさ。

ああ。油断もあったんだろうな。なんの備えもなく、一番奥にいた魔物に向かっちまったのさ。
そいつは、人型の魔物だった。女みたいな格好でさ。ただ、髪の毛が全部、蠢く蛇だった。
ああ。メデューサって奴だ。こいつは、人を石化させる魔力を持ってやがる。その時の俺たちは、誰もそれを知らなかったがな。最初に石にされたのは、立ち向 かった戦士だったよ。次に戦神の神官。そして弓使い。俺はな、弓使いの「逃げよう」って言葉で、すぐに部屋を出たんだ。アイツもすぐに続いて来ると思って な。だけど、アイツより魔物の方が動きが速かったんだろうよ。結局、逃げ出せたのは、俺だけさ。

俺は、街に戻って半年ばかり、ぶらぶらと酒びたりの日々を送ってた。ああ。手に入れた宝を売ってな。仲間の事なんか忘れようと思ったのさ。アイツ等は、も う死んだと思い込んでたからな。

ようやくアイツ等の事を振り切ってな……。腕ならしのつもりで広場へ行った。ああ。そこで、お前等と出会ったってわけだ。

正直に言うとな、アル。俺は最初、お前を馬鹿にしてたんだ。さっきも言った通り、現実ってのは、物語ほど都合良くは、出来ちゃいないもんさ。英雄なんての は、本当に一握りの人間なんだ。普通は、俺みたいに悪い思いもするもんさ。英雄譚なんて、良いことばっかだろ?
そんな嘘かもしれねぇ話を夢中で聞くお前らが、なんだか可笑しくってな。ああ。俺も荒んでたからな。甘えん坊に夢見させてやるって斜に構えた腹積もりで 歌ってたのさ。

だけどな。お前等が、あんまり素直に信じるもんで、つい弟たちを相手にしてる気が、してきちまってよ。段々と俺も昔の自分に戻っていったんだろうな。そい で、あの日さ。
あの日は、ちょうど俺が仲間を見捨ててから一年目だった。ああ。思い出すなって方が無理なんだろうな。それで、良い事だらけの英雄譚が、どうしても我慢で きなかった。失敗だってあるはずさ。それがない物語なんて嘘だ。俺は、そう思ったんだ。
だが、失敗した所で終わってしまったら、物語にすらならない。そうも思った。ああ。例え仲間の敵討ちだったとしても成し遂げなければ、意味がないってな。 ようやく悟ったのさ。

だから、街を出た。仲間を募ってな。遺跡に再挑戦したのさ。
ああ。メデューサは倒したよ。そいでな……うれしい事に一緒に行った魔術師が言うには、石化した人間も元に戻せるっていうじゃねぇか。そうさ。俺は、そん な事ちっとも知らなかったんだよ。仲間にな、悪りぃって詫びたさ。
あ? いや、まだ石像のまんま大地母神の神殿に預けてある。寄進が足りないのと神官の手が空かないってのが理由さ。でも石像でも意識はあるらしいんだよ。 不思議だよな。

だからな。クスッ。
おぼっちゃまの家庭教師代で、仲間を元に戻そうと思ってさ。宿泊費はタダにしてくれるって言うし、前借させてくれるって言うしな。ああ。多分、一年間助け に行かなかったんだ。元に戻った仲間が、すぐに俺と一緒に冒険する気には、ならないだろうさ。だから、俺は、ここでアイツ等が許してくれるのを待つってわ けだ。アイツ等が許してくれたら、また一緒に冒険したいからな。

あん? 助けに行った時の話だと?

「うん! どんなだったのさ? 教えて、教えて」
「それは、また今度な」
「えぇぇ!」
「うるさいって。子供は、もう寝る時間だぞ」
「まだ、眠くないもん!」
「眠くなくても寝るんだ!」
「えぇぇ! 教えてよ! ねぇ教えて!」
「あぁ! もう! 良く聞けよ!」
「うん!」

……………
…………
………


「どうだ」
「え? 何が?」
「なっ? なんで寝てないんだよ!? 眠りを齎す呪歌だぞ」
「え? そうだったの? あ、教えて、教えて」
「嘘だろ?」



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ええ。そういった訳でして……。
ボクは、彼から西方語の会話と眠りを齎す呪歌を教わったんです。

あははは。確かに彼も乱暴ですよね。
いくら我侭な子供に手を焼いたからって、一般人に呪歌ですからね。
ええ。本人は絶対に眠らせる自信があったようです。
まぁ普通は一般人が呪歌に抵抗できるとは、思わないですから。
本人も一生の不覚だって、ずっと悔やんでましたよ。

でも使ってしまった事は取り消せませんからね。
ボクも悪知恵が働きまして……。
ええ。呪歌を教えてくれなきゃ、西方語の勉強はしないってゴネまして。
そうなんですよ。子供に呪歌を使ったなんて事は言えませんからね。
父に密告されて困るのは、彼ですし、西方語を覚えさせられなくて困るのも彼ですから。
仕方なくっという感じでしたけどね。

そうした彼との交流がボクに齎したんでしょうね。
語られない物語への興味っていうのを。

ええ。ですからね。
ボクは英雄になりたいとは、思わなくなっていたんです。
それより、英雄を語る人になりたいって。
はい。それも英雄譚の様に成功した部分だけでなく、その人の生涯をね。
ええ。失敗も苦悩もすべて。
そうです。広く知られる英雄でなくっても良いんです。
むしろ名も無き冒険者の生涯を語り広めたいと思います。
それもまた、物語ですから。

ええ。そのためにボクは冒険者になりました。
本当に長い話にお付き合い頂いて、ありがとうございました。

そうですね。貴方のお話もいつかボクに語らせて頂ければ光栄です。



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雨は静かに墓地に降り注いでいる。

アルは、父親の骸が納められた棺を見下ろし、戻らぬ日々に思いを馳せていた。
「兄さん。名残惜しいけど、母さんたちが凍えてしまうよ」
「そうですね」
傍らに立つ弟・ナルの呼びかけに陰鬱とした思いを振り払うかのように答える。

彼らの父親は三日前に突然、流行り病に倒れた。
四十代半ばの父親。早過ぎるという事はなかったが、唐突だった。
残されたのは、五つ年上の古女房である母と十に満たない年の離れた妹。
そして、アルと弟のナルだった。

「これからが大変だな」
父親を埋葬し終えて二日。あれこれとあった事後処理も終わりかけた頃である。
二人の兄弟が酒を酌み交わしている時にナルが呟いた。
「兄さんにも今まで以上に頑張ってもらわなきゃね」
「………」
「大丈夫だって。僕が兄さんを確り支えるし、二人で頑張れば店を続けられるさ」
ナルは、空元気にしろ、そう言って笑う。
「ナル……店は、お前に任せようと思ってます」
「え?」
「ボクは、きっと店主には、向いてませんよ。父さんもお前が跡を継いでくれた方が安心でしょう」
「どうしたのさ、突然?」
アルは、空になったグラスを弄びながら、沈鬱な表情を浮かべる。

「ずっと考えていたんです。ボクに父さんの跡が継げるかどうか」
「継げるさ! 二人で力を合わせれば大丈夫だって」
「いえ。きっと、お前なら一人で店と従業員を遣り繰りできるでしょう。逆にボクは、お前の助けがなければ、続けられないと思います」
「そんな事ないって! 兄さんだって確りと店をやっていけるよ」
「そうだったら良いんですけどねぇ」

そう言いながらアルは、寂しげに微笑んだ。

「そうだとしたら、父さんは何故、お前を独立させたりせずに手元に置いておいたんでしょう? 何故、ボクに店を任せて隠居しようとしなかったんでしょ う?」
「そ、それは……」
「それは、やっぱり、ボク一人じゃ頼りないと思っていたからでしょう?」
「………」
「だからね、ナル。ボクは、家を出ようと思うんです」

アルは、グラスに落としていた視線を上げ、正面から弟の顔を見つめた。ナルも同じように、悲しげな表情で兄を見つめ返す。

「そんな顔をしないで下さい。ナル。ボクは、お前に店を任せる方が、母さんやエリスの為にも良いと思っているんです」
「兄さん」
「ボクには、商才がありません。二人を養いながら、店を続ける自信がないんですよ」
「それは、僕が助けるって!」
「そうして、お前は、どうするんです? 今後、二人とも所帯を持ったとしたら、家族が増えるんですよ? ボクの家族とお前の家族、そして母さん。もちろん 従業員たちも。それだけの人数をこの店で養っていけますか?」
「………」
「だから、ボクは家を出ようと父さんの棺を前に、そう考えていたんです」
「家を出て、兄さんはどうするのさ?」
「……ナル。ダリルを覚えていますか?」
「ダリル? あの吟遊詩人かい?」
「ええ。ボクはね。あの人から呪歌を教わったんです。ずっと内緒にしてきましたけどね」
「もしかして、兄さん!?」

腰を浮かしかけた弟をアルは手で制した。

「大きな声を出すとエリスが起きますよ。ええ。ボクは冒険者になろうと思っています」
「何もそんな無茶な!」
「無茶は十分承知しています。父さんがね。あっけなく逝ってしまった時、人間の一生って、なんて儚いんだろうと思いました。ダリルと別れ、父さんに叱られ ながら、何となく商人をしてきましたけどね……」

アルは、自分と弟のグラスに酒を満たしながら続ける。

「ボクは、ずっと冒険者に憧れていたんでしょうね。父さんが死んで、これから儚い人生を同じ様に過ごす事を考えた時にボクは、納得できなかったんですよ。 お前に助けられながら店を続ける自分にね。それでは、父さんに庇護されていた子供の頃と何も変わりませんし、それに正直なところ商売は、ボクのやりたい事 ではないんですよ」
「そんで冒険者ったらになるらか?」

不意に聞こえた声に兄弟が揃って顔を上げる。

「母さん……」
「ワシャ認めんろ! 長男が家業も継がんとそったら、ヤクザなこと……」
「そうだよ、兄さん! 兄さんが店を継がずに従業員や世間が納得するかい?」

アルは寂しそうな、複雑な笑みを浮かべながら語った。

「従業員は、認めるでしょう。ボクより、ナルの方に商才があるのを知ってますし。世間的にもね……ヤクザな兄が全てを捨てて出て行った家を弟が健気に守っ ているという状況の方が、商売には良い影響を与えると思います。同情でしょうがね。それでもボクが跡を継ぐよりは、マシなはずですよ」
「だからって……」
「ナル。ボクは自分の我侭で家を出ます。もう決めた事なんですよ。母さんもね。分かって下さいとは言いません。でもボクは、やりたい事……いえ、進みたい 道に足を入れる事すらなく一生を終えたいとは思わないんです」
「そんだら、お前は、もうワシャの子でも、なんれもねぇ! そんれも出てくらか?」
「……ええ。ボクも家名は捨てるつもりでした。母さん……生んで頂いた事、育てて頂いた事、慈しんで頂いた事、本当にありがとうございました。ナル……母 さんとエリスの事、お願いしますね」
「兄さん……」
「駄目ら! 出て行くな! 家なんか継がんでもええ。らから、ワシャの傍に居てくんろ! な、アルや! 後生らから……」

泣き崩れる母親を見つめ、アルは胸が押し潰される思いがした。父親が他界した時に見せた母の涙以上に、それは居心地の悪いものである。自分のために泣く母 親……アルにとっては、初めて見るものだったのだ。

「兄さん……決意は変わらないのかい? 母さんの、母さんのこの姿を見ても変わらないほど、その決意は固いのかい!?」
「…………ええ。ボクは冒険者になります!」
「……わかったよ。母さん、兄さんが一度決めたら梃子でも動かないって知ってるだろ? 父さん譲りなんだからね」
「ナル……」
「家の事は任せてくれよ。母さんもエリスも僕が確りと幸せにするからさ! だから兄さんも確りと自分のやりたい事を成し遂げろよ! 命を粗末にしたら許さないからな!」

涙ぐみながらも、そう言ってくれる弟にアルは自分の瞳から溢れるものを堪える事が出来なくなっていた。

オラン行きの船に揺られながら、アルは自分の目指す冒険者というものを漠然と考えている。
それは、まだ確りとした象を結ぶものでは、なかったが、子供の頃に感じた想いのままの姿だったように思う。

「オランについたら有名な『きままに亭』を訪ねてみよう。そこで出会う人々と色々と話をするうちに、この想いが確りとした目標になるだろうし」

こうして、初心者・アルは、冒険者としての道を歩み出したのだった。

(アルPL注:アルの語りでは、人物の固有名詞は一切出ません。すべて「弟」「吟遊詩人」など続柄で通しています。これは、その人物に迷惑をかけない為の 配慮です。何れ確りとした冒険者になった時に明かされるとお考え頂ければ幸いです)




  


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