衛視の日常に落 ちる何気ない話し(3)
(2004/07/14)
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作者
うゆま
登場キャラクター
ワーレン
まぁ、この前のは不条理だったのは悪かった、さ。
なんだ、ああいう手段でのらりくらりと騙す奴らもいるから・・・
良かった、な。
騙した相手が俺で。
もうこれで二度と騙されない、な。
うん、万事良し。
・・・
またも同僚が機嫌を損ねたのは言うまでも無い。
・・・
【不可能殺人】
まだまだ寒さが残る三の月の頃。
「よぉ、ワーレン!衛視になったって聞いてびっくりだぜ!」
非番で俺はたまの休みを満喫しようと繁華街の酒場にいたときだ。
そう俺に元気良く声をかけてきたのは、ヘリックという男。
ちょいと昔、俺がまだ傭兵だった頃の知り合いだ。
あの時は互いに戦果を競い合い、時に協力したり、時に邪魔したりした仲だ。
奴は俊敏さにおいては抜きん出ていて、素早さを活かして戦っていた。
その為、”突風”なんていう異名をとった程だ。
傭兵稼業という中で知り合った仲間は数少ない。
さらに、其の中で生き残ったのはヘリック以外には両の手の指の数よりも少ない。
「一緒に組んでたアンダーンはどうした?」
「去年の小競り合いで・・・な」
「そいつはぁ、残念だ。あいつには金を貸したままだった・・・」
「嘘つけ。死ぬ間際に言っていたぞ?”しまった、ワーレンに金貸したままだった”てな」
「げ、最後までそんな事を・・・けちんぼの奴らしい最後、だ」
そういった感じで俺とヘリックは昔話と近況を交えて話に花を咲かせた。
笑いと溜息が混じり、そして時の移ろいを痛感する。
酒を酌み交わし、ある程度ほろ酔いになったところで、ヘリックが今住んでいる家に招待してくれた。
最初、どうせ”小屋みたいな家”だろうと思っていたが、そうでもなかった。
川沿いではあるが、一人で住むには充分すぎる立派な一軒家なのだ。
「今まで貯めていた金で買ったんだ。結構稼いできたんだぜ?」
自慢しつつ、家に俺を招きいれた。
中は大きな暖炉があり、近くの棚には奇妙な硝子細工が几帳面に並べられていた。
硝子細工は暖炉の赤々と燃える炎を反射して、何とも幻想的な光景だ。
壁にはそれなりに有名な画家の油絵が数点架かっていた。
一枚最低でも金貨十枚積まなければならない作品ばかりだ。
一際大きい絵には、魅力的な美女が笑みを浮かべて描かれている。
そして、部屋の隅には傭兵時代に使っていた鎖帷子と蛮刀、小剣、短剣、石弓が飾られている。
隣には小さめの革鎧が置かれている。
奴曰く、俺の知らない仲間の形見なのだという。
ワインと軽いつまみを勧められ、昔話が再開される。
・・・
気分の良い酔い加減になった頃だったか。
ヘリックがいいものを見せると言うなり、薄革の手袋をして硝子細工の棚へむかう。
暖炉に一番近い、一番目立つ大きい一つの砂時計を持ってきた。
わざわざ手袋をして持ってくるとは、それなりに高価な品物なのだろう。
暖炉の前にある、小さな机の上に慎重に置く。
「まぁ、確かに手垢をつけたくないなぁ」
そう奴は言った。
何でこんなものを、と問うと奴は静かに語りだした。
今までは傭兵稼業という仕事柄、大概は破壊する事ばかりしていた。
だからかは分からないが、急に硝子細工の繊細さに惹かれだした。
ちょっとした力で砕けてしまう、その脆さに。
まぁ、俺にはあまり理解しにくいが、感覚的には分かるような気がする。
で、其の中でも、尤もお気に入りなのは、この砂時計なのだという。
硝子を守る木の部分には立派な彫刻がなされている。
良く見れば、女性の横顔と男性の横顔が飾りに紛れて彫られている。
男性の横顔はヘリックの若い頃にそのものだ・・・美化しすぎのきらいもあるが。
女性は誰をモデルにしたのか意地悪に問い詰める。
「俺の仲間で、そして恋人だった女の顔、さ」
笑顔の中に悲しみが浮かぶ。
「悪い」
謝罪し、俺の迂闊さと軽薄さ、それを俺は恥じた。
「気にするな。傭兵稼業じゃ、当たり前だろ。普通の生活の中ならともかく」
小さな溜息の後、砂時計をひっくり返す。
サラサラと音を立てて、中の砂が落ちてゆく。
「これはよ、その女に・・・結婚してくれと言って渡そうとしていた物なんだ」
ぽつりぽつり話し出す。
この家も、本当は一緒に住むために購入したものだと言う。
お互いに貯めた、沢山の金で。
傭兵として充分働ける年齢も過ぎたのを期に引退したのもその時期と。
「いよいよこれから、二人で・・・普通に生活しようとした矢先に・・・」
・・・
砂が落ちきった。
ヘリックが辛い記憶が蘇ったのか、顔を背けて、杯の酒を飲み干す。
そして、ワイン瓶からワインを注ごうとするが・・・空っぽになってしまっていた。
「しまった・・・もう一本空けちまったな」
「じゃ、俺が新しいのを買いに行こう。幸い、直ぐ近くに酒場がある」
精一杯に、気を遣おうと思い俺が立ち上がる。
「あぁ、いい、いい。俺が行く。ちょっと気分転換になる。留守番頼む」
そういうと、財布を持ち、外出しようとする。
ところが、玄関でふと立ち止まり、俺を呼んだ。
「気分転換ついでに、”突風”と呼ばれた俺が、砂時計の砂が落ちきる前に、酒を買ってきてやるよ。せーので、砂を落としてくれ」
「おぃおぃ、大丈夫か?俺よりオヤジなんだから無理すんな」
「へ、てめぇも大差ないだろ。まあ、見てろ。落ちきる前に帰って来れなかったら、あそこの硝子細工の中から一つ譲ってやるよ」
俺は、期待はしないでおこうと告げて、暖炉の前においてある砂時計を玄関において奴の合図と共にひっ繰り返す。
しかし、例の近い酒場までは往復で・・・奴が”突風”の頃と変わらず急いでも五分か六分はかかる。
この砂時計はさっきかかった時間からしてせいぜい三分ぐらい。
どう考えても無理だと思ったから、砂時計を気にせず、ゆっくりと待つことにした。
・・・
「寸前だろ?」
俺は驚いた。
砂があと、十(秒)数えるかないかぐらいの時に戻ってきたのだ。
ワイン瓶右手に、かつての俊敏さが些かにも衰えていない事を誇示される。
「お前の負けだな、ワーレン」
「は?俺は負けたらなんて・・・」
「いーや、俺は硝子細工を賭けて、この通り戻ってきた。お前の負けだ、そう、負け!」
俺は其の強引さに呆れつつ、諦める事にした。
「で、どうすりゃいい、俺は?」
「朝まで付き合え!そんで明日も俺ンとこに酒飲みに来い!」
豪快に笑うヘリックに、俺は仕方ないと、腹を決めてワインを杯に注ぐ。
長い夜になりそうだ。
でも、悪くは無い。
・・・
次の日、仕事を何事も無く終えて、ヘリックの家に向かった。
怖いツレには適当に言い訳をして逃げてきた。
「待っていたぜ、ワーレン!」
昨日のように奴は俺を招きいれた。
掃除をしていたらしく、箒と塵取りを持っての出迎えだった。
床を見ると、砂が少し残っている。
「はは、掃除中だったんだ、な。」
似合わない其の姿に俺は笑った。
そしてまた、ワインを飲み始める。
部屋を見回すと、ふと違和感を覚える。
昨晩の砂時計が無いのだ。
「砂時計はどうした?」
「修理に出している。俺としたことか、棚から落としちまって、硝子が割れてしまったよ。ついでに、硝子で手を切っちまった」
苦笑いし、左手に巻いた包帯を見せる。
御世辞にも上手いとはいえない。
「おめぇも不器用だな」
「てめぇ程でもないさ」
・・・
一時間して、家の扉が乱暴に叩かれる。
返答を待たずして、俺の同僚・・・衛視五人なだれ込んでくる。
俺に気付き、軽く一礼すると、ヘリックを取り囲む。
「ヘリック殿、貴殿に昨晩起きた殺人事件の重要参考人として我らに同行願いたい」
急な出来事に俺は呆気に取られていた。
だが、ヘリックには動揺の様子は無かった。
「・・・いいだろう。だが、言っておこう。俺は昨日は、そこのワーレンと酒を飲んでいたからな」
「だが、酒場に来ていただろう」
「あぁ、確かに酒場へは外出はしたが、そう長い時間では無かった。な、ワーレン?」
俺は頷き、衛視に問いかける。
「往復で三分ぐらいだった、な。殺人事件はどこで起きたんだ?」
「酒場の近く。ここからだと、その酒場の更に先で、袋小路です」
「そこまで行っていたら、とてもじゃないが三分では帰って来れない。いくら、俺が”突風”でも、な」
「なればこそ、同行願いたい。意見も伺いたい」
「証人として俺ワーレンが同行しよう。構わないな?」
衛視は異論は無いようで頷いた。
ついでに、修理から返ってくる砂時計も証拠品として押収されることになった。
・・・
事件の概要は簡単だ。
殺されたのはエリオグイン。
現役の傭兵で年齢は二十代後半から三十代前半ほど。
そんな男が、背中から一突き・・・余程油断していたのだろうか。
昨日の夕方、傭兵ギルドで仲間と訓練の後、誰かと会う約束があると言って一人外出。
其の後、袋小路周辺で目撃されたのを最後に殺されたらしい。
犯人の姿は見られていない。
凶器らしい小剣は見つかっていない。
ヘリックは暫く、詰所にて拘束される事になった。
・・・
捜査が進むたびに、確かにヘリックでも三分では往復するのは無理だと言う事が分かってきた。
普段は時間を証拠として捜査などしないものだ。
それだけに別の砂時計で計って実証されると、あまりにも簡単で困ってしまうものだ。
念のため、三分ほどで効果を失う共通語魔法の”武器魔力付与(エンチャント・ウェポン)”を上司から借りてまで計った。
詰所の同僚も、ここまで実証されてはと、渋々ヘリックを犯人からはずす事にした。
しかし、ヘリックの家での状況を思い出していると、俺は逆にヘリックへの疑いが深まってしまった。
もしかすると・・・
・・・
修理から戻ってきた砂時計を取調室に持ち込む。
そこにヘリックが待っていた。
「砂時計の具合はどうだ?」
「ああ、見ての通り、しっかり治っている。きっちり時間も、な」
引っ繰り返すと、砂がサラサラと落ち始める。
其の様子に、ヘリックは満足そうに頷き、砂時計を抱える。
「あぁ、良かった。確かに、修理されている」
大事そうに手で持ち、細部に至るまで確認する。
男の彫刻が落下の衝撃で、損傷してしまい、美男が台無しになっている。
それだけが残念と苦笑いする。
「・・・で、俺はいつになったらここから出して貰えるんだ?」
柔らかい笑みで俺を見る。
「お前も証言してくれたおかげで疑いも晴れたんだろう?そろそろ家のほうでゆっくりしたい」
砂時計の砂がサラサラと落ちる。
「いや、残念だが・・・お前が犯人だよ」
ヘリックの表情が変わる。
「ワーレン、何を言うんだ?」
「上手い事考えたよな」
さて、何故俺はヘリックがやはり犯人だと思ったのか。
理由は分かるだろうか?
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顛末
へリックは俺を一度見て、俯くと、小さく笑い始めた。
「傑作だよ、ワーレンよぉ。実証されたンだろう?俺が犯人で無いと」
「あぁ。砂時計に、上司の共通語魔法まで使ってみて、な」
「だったら、俺は犯人で無い」
「いや、お前だよ」
「は、馬鹿な指揮官と笑えない冗談は嫌いなんだ、俺は・・・」
「知っている。だから、俺は冗談は言わない」
「はっ、だったら根拠は?証拠は?」
「・・・砂時計、だ」
「何を言うと思ったら・・・砂時計こそがこの俺の無実を」
「暖炉の傍に置いていたら、硝子が熱くなって膨らんで、落ちる所も膨れて、そりゃ砂が早く落ちるよな」
「・・・!」
へリックは何か言いかけようとして、言葉に迷う様子を見せた。いや、むしろ、見つけられずにいた。だから、俺はそのまま言葉を続ける。
「お前らしくない、な・・・へリック」
一息ついて、砂時計を見つめる。
「確かにガラスは脆い・・・そして、証拠品としても脆かった、な」
硝子は適度に熱せられると、少しだが全体が膨張していく。
砂時計の場合も同じで、あのくびれたところも同じように膨張する。
そうなれば、通常より砂の落ちる量は必然と増え、速度は自然と早くなる。
全部落ちきった時、本来計測出来る時間よりも短くなる。
そう、暖炉の傍で計った時と、暖炉の傍から離れた場所で計った時。
玄関に置いた時、季節は未だ冬であり冷える。
そして砂時計が本来計れる時間で計測できる。
簡単に言えば・・・
暖炉の傍にある時は”三分”で砂は落ちきった。
玄関に置いた時はもっと長い・・・俺の推理だが”五分”で砂は落ちきった。
だが、俺は其れに気付かず、気にも留めずに五分を三分と思い込んだままであった。
へリックが家から酒場まで往復するには三分で、殺人を犯す暇は無い。
しかし、五分、その差の二分があれば、犯行には充分なのである。
「・・・理由は聞かないのか?」
「大体、分かった・・・気がする。でも、聞かない。言いたきゃ、勝手に喋ってろ」
俺は小さな窓に向き、へリックを背にする。
だんまりを決め込む俺に、へリックが、苦笑混じりに溜息をすると、ぽつりぽつりと話し始める。
・・・
エリオグインが俺の恋人を殺した。
其れが理由だという。
傭兵最後の仕事の時、へリックの恋人・・・名前は聞くだけ野暮ってモンだ。
へリックはオランでもそれなりに名の知れた”嵐の団”という傭兵団にいた。
恋人も傭兵で、共に二人は傭兵団の中でも一、二番の稼ぎだった。
エリオグインは傭兵団の副団長で、へリックの恋人の元恋人だった。
あー、ややこしい。
でも、名前は言わないぞ。
んで、二人が結婚を期に傭兵を辞めると聞き、傭兵団の皆は惜しみつつも二人を祝福した。
だが、エリオグインは違った・・・元恋人であるということでは、プライドが許さなかったんだろう。
エリオグイン自身も一番望んでいた事だから。
奴はへリックに決闘を要求した。
自分に勝てたら喜んで祝福してやる、ついでに副団長も辞めてやる、と。
負けたら恋人を置いて、どこかに消えてしまえ、と。
そしたら、団長が面白半分に決闘させちまったんだ。
エリオグインは素早さこそ劣るものの、筋力に任せての攻撃に団一番の自信を持つ男で、副団長という立場からして、それなりに功績を残してきたはずだ。
へリックは力こそ一般人に勝るがやっとだけれども、”突風”と呼ばれるほどの素早さを持ち、其れを生かす戦術を好む男だ。
この対決に異を唱えたのは恋人だけで、止める事も叶わなかった・・・其れでも、結局はヘリックが勝った。
負けたエリオグインは惨めだっただろう・・・プライドは打ち砕かれ、約束してしまった以上副団長の立場を捨てざるを得なかった。
エリオグインは一介の傭兵に身を落とす羽目になった。
それからして、ヘリックと恋人は、オランに一軒の家・・・そう、川沿いの、俺が招待されたあの家だ・・・を購入し、二人で暮そうとした。
硝子細工も、恋人の趣味だったそうだ・・・脆いからこそ美しいから、と。
ヘリック自身は硝子細工になど興味は無かった。
だが、そんな恋人の為に、砂時計・・・これからの二人の生活の時を刻む為、そしてその愛の証の為に、贈ろうと苦労して店を探し回った。
その甲斐あって、オランで硝子細工に関して一番の腕を持つ職人と出会って、熱心に頼み込んだ。
不器用な絵で何度も注文し、あまり学が無い為にいい加減な説明で。
でも、だからこそ純粋で真っ直ぐな表現で、一生懸命に注文した。
そして、ようやく出来あがった砂時計を片手に、家へと帰った。
悲劇は其処で待っていた。
恋人は、大剣の一撃の元、家の玄関先で血の海の中で倒れていた。
目撃者は皆無、衛視に届け出たが、反応は無しの礫。
ヘリックは哀しみと憎しみの中、知り合いの情報屋からようやく犯人を知った。
エリオグインだ。
だが、あくまで情報だけでは、奴を犯人と断定は出来ない。
的確な証拠が無いのだ。
無念であろう・・・奴には動機があるのに・・・悔しかっただろう。
だが、そんなヘリックにエリオグインは言った。
”大事な「もの」を無くすのはどんな感じだ?”
ヘリックはいきり立って襲い掛かったものの、今度は完膚なきまでに叩きのめされた。
終いにはエリオグインに頭を踏みにじられて。
恋人を失った家で、ヘリックは死のうと思ったらしい。
恋人が残した硝子細工の中で、失望のまま死んでしまえば、と。
ふと、贈ろうとしていた砂時計に目を止めた。
そして、ふと思った。
せめて、恋人の仇を・・・と。
・・・
「・・・そして、俺は恋人の言っていた事を思い出した」
”硝子は熱せられると膨張するのよ。不思議ね”
「それで、砂時計を使った犯行を思いついた訳だ」
「まぁな・・・本当、俺らしくない」
「だな。じゃ、犯人である事を認めるんだな」
大きく息をして、ヘリックは、満足そうに頷く。
「奴を例の場所に呼び出して、ぶらぶらと待っていたところに隙を突いて背中から刺した。凶器の小剣は暖炉の奥だ」
馬鹿みたいな笑顔で。
心底悔しいと思うぐらいに最高の笑顔だ。
同時に、哀しみも帯びている事も含めて。
夕闇が迫り、取調室が薄暗くなる。
同僚の衛視が灯火の蝋燭を持って入ってきた。
「ヘリックが犯行を認めた。牢屋に連行してくれ。書類は俺が上に提出する」
「はい」
ヘリックは手縄をかけられる。
「またお世話になるよ・・・ワーレン、悪いな。お前に迷惑かけて」
「へ、気にすんな。同情はしないが、な・・・」
「一つ、頼まれてくれないか?」
「なんだ?」
「家においてある硝子細工、あと、一番大きい・・・・俺の恋人が書かれた絵を、預かっていてくれないか?」
「他の物は?」
「勝手に処分してくれ。任せるよ。どうせ頼めるのはお前だけだし」
「たく、面倒な奴」
「悪い」
すまなそうに、肩を竦める。
「そうそう、悪いついでに、その砂時計・・・俺の恋人の墓に、埋めてくれないか?初めての贈り物なんだ・・・ま、最後にもなっちまったが、よ」
「どこまで俺に用事を言いつけやがんだ。あー、次の休暇が台無しだ!たくっ・・・」
「本当にすまない。・・・でも、本当に悪かったのは・・・・お前さんを利用してしまった事だ」
「なに、それは気にする、な。慣れてんだ、そういう、損な立場には、よ」
「不器用なお前らしい」
ヘリックは抵抗する様子も無く、衛視の後をついていく。
俺も部屋を出て、エリックの背を見送る。
砂時計を抱えたまま。
・・・
もうすぐ春の気配が漂う頃、ヘリックは裁判にかけられた。
どんな審議が為されたかは分からない。
死刑こそは免れたが、南海諸島のある島の鉱山で五年労役をするらしい。
そこでの態度次第では刑期が変化するらしいが、奴の事だ、きっと早く帰ってくる。
恋人の墓参りをするまでは死ねないとか・・・まぁ、良く言うわな。
犯罪者達を島に送る船が波止場に接岸する。
ツレと一緒にヘリックを見送る。
囚人服姿に鎖で繋がれた姿だが、それでも”突風”と呼ばれた奴の雰囲気は少しも衰えちゃいない。
奴は俺とツレを見つけ、笑顔で俺に手を振った。
俺も負けじと手を振る。
そして、大声で叫ぶ。
「さっさと帰って来い!てめぇが”突風”なら!」
ツレに思いっきり足を踏まれ、悶絶する俺を見て、周囲は笑った。
ヘリックも笑っていた。
悔しいけれども、怖いツレの手前、そして奴の手前、我慢した。
・・・
奴から預かった硝子細工は今、俺の狭い家に所狭しと置かれている。
しかもツレが気に入って、仕事のある日以外は毎日手入れを欠かさない。
その度に、何とも耐え難い込み上げる笑いに苦労させられる、言葉をツレが溜息混じりで呟く。
「この硝子細工・・・綺麗で、透き通って、純粋で・・・でも、脆い・・・まるでアタシみたい」
寝床からずっこけ落ちそうになるのを我慢し、ヘリックの恋人が描かれている絵を見る。
真っ直ぐで、艶やかで、優しい笑み。
ヘリックが好きになるのも無理は無い。
俺がそれ以上に最高のツレを好きになっちまったように、な。
「なによ、ワーちゃん」
怪訝そうな目付きで俺を見る・・・怖い。
体こそ小さいが、俺に近い年齢で、俺以上の盗賊とはとても思えない。
・・・
・・・
・・・
「あん?のろけんな?うるせぇ、話しはまだまだ・・・」
俺の話しはまだまだ終わらないが、事件の話しは此れで終わりだ。
ま、後の話しは・・・朝まで付き合えや、な?
(終わり)
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