恋 心(前編・フリージア、リラ)(2004/07/31〜)
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作者
U-1
登場キャラクター
アル



さて、どこからお話しましょうか……。
そうですね。やっぱり最初からにしましょう。
少しばかり長い話になりますが、お付き合いくださいね。

ボクもこの歳ですからね。恋愛の一つや二つは経験してきました。
ええ。商家の跡取りとして生きてきましたしね、結婚の話もありましたよ。
見合いにしろ恋愛にしろね。

そうですね。中には取るに足らない恋愛もありました。
まあ多くは見合いの果てのですけどね。
ええ。自分で好きになった人との恋愛が取るに足らないっていうのは、滅多にないですよね。

ですからね。ええ、その内の幾つかをお話ししますよ。
心に残ってる恋愛の中でもボクに影響を与えた幾つかの恋愛についてです。
そうですね。相手に迷惑がかかるのも心苦しいですし、彼女たちの名前は、いつもの様に伏せさせて頂きますね。
仮に花の名前で語りましょうか。



フリージア


あれは先生の家に通っていた最後の歳ですから、12の頃でしょうか……。
銀色の長い髪を馬の尻尾のように束ねた冒険者と出会いました。

「初めましてアルくん」
「えっ…あ…は、初めまして」
「(クスッ)私はフリージア。ラドック先生の弟子の一人で、ダリルの知り合いなの」
「え? ラドック先生の?」
「ええ。だから貴方の姉弟子にあたるのよ。もっとも私は魔術師が本業なんだけどね」
「え? じゃあダリルの……」
「そう。昔の仲間を助けるために一緒に冒険した仲間なのよ」

 そんな出会いでした。とても優しそうな笑い方をされる女性でしたね。
 ええ。勿論、子供の頃の記憶ですしね。多少は美化してるかもしれませんが、でも、あの方の微笑みっていうのは、いまでも印象に残っていますよ。本当に優 しい感じだったんです。

 あ、いえ。彼女は当時二十歳近い年齢でしたし、ボクとお付き合いに発展したわけじゃないんです。ええ。そういった意味では恋愛ではないかもしれませんけ どね。でも、やっぱり彼女への憧れは、その後の恋愛に影響してると思いますし、最初からって事なら、ちゃんとお話ししておかなきゃいけませんからね。

 ボクは当時、自分の抱いている想いが“恋心”と呼ばれるものだという自覚がなかったんです。
 ええ。それまで女性に抱いた事のない感情だったんですけどね。ボクにとって恋っていうのは、英雄にお姫様が抱くもので、男が女性に対して抱くものだって 知識がなかったんですよ。
 ですからね。彼女を見る度にドギマギしてる自分が変になったんじゃないかと思ってました。彼女の前で格好良いところを見せたいとか、彼女とずっと一緒に いたいとか、いつでもボクだけに微笑んでいて欲しいとか、そんな他愛も無い想いを抱いていたんです。

 そうですね。ボクのそんな想いを彼女は知っていたかもしれません。
 でも、彼女には好きな人がいましたし、ボクの事は弟程度にしか見てなかったんでしょうね。いずれ自分に合った相手を見つけるだろうと、そう思っていたん だと思います。

 え? ああ、フリージアの好きな人ですか。ええ。ボクはそれを知る事になりました。彼女と彼女の愛する相手が口論している場面を目撃してしまったんで す。いえ、偶然じゃありません。何故なら、それはボクの家の裏での事だったからです。ええ。彼女が想いを寄せていた相手というのは、その頃まだボクの家に いた吟遊詩人だったんです。

「待ってよ、ダリル! どうしてなの!?」
「…………すまねぇ」
「なんで!? なんで私がパーティから外れないといけないのよ? 貴方の昔の仲間だって魔術師が一緒になって喜んでいた じゃない! なんで今になってそんな事を言うの?」

 ええ。彼女は泣いていました。ボクには笑顔しか見せた事のないフリージアが、その長い銀髪を振り乱しながら吟遊詩人に取り縋っているんです。

「ダリル! ダリルの馬鹿! なんでフリージアを泣かせるんだよ!」
「アル……」
「フリージア、ねぇフリージア泣かないで。ダリルなんか、ほっといてボクと冒険しよ。ボクならフリージアを泣かせたりしな いからさ」
「アルくん……」

 ええ。ボクも泣きながら乱入したんですよ。
 やっぱり、ちょっと照れ臭いですね。とにかく、その時のボクは完全に我を失っていたんですよ。ええ。自覚はありませんでしたけど、好きな人が泣いてるん ですからね。なんとか彼女にいつものように微笑んで欲しいって思ったんでしょうね。その時ばかりは、実の兄のように慕っていた吟遊詩人をとても憎いと思っ ていました。
 ええ。恋敵ですからね。フリージアに対する想いが吟遊詩人に対する尊敬も親愛の情も忘れさせてしまってたんです。でも恋愛って、ある一面においては、そ ういうものですよね。

 結局ね。吟遊詩人はフリージアと恋仲になった事で、パーティ間に齟齬が出始めたのを嫌ったんです。ええ。フリージアは美しい女性でしたしね。男ばかりの 吟遊詩人のパーティではマドンナ的存在だったんですよ。ですからね。彼らが付き合いだして、勿論、仲間は祝福してくれたらしいんですけどね。それでも割り 切れない想いっていうのはあったんだと思いますよ。ええ、吟遊詩人にしてみたら、五年近くも一緒にやってきた仲間ですしね。彼らと別れるより、フリージア を冒険仲間から外そうっていうのは、当然の選択だったんでしょうね。正しいかどうかは分かりませんけどね。

 でも、それが正しい選択だったかは当人たちの決める事ですしね。

 吟遊詩人は、その一件以来ボクの家に寄り付かなくなりました。ええ。西方語の会話を教え終わった後も冒険が終わる度に帰って来ていた彼が、ボクの前から 完全に姿を消したんですよ。噂ではアノスの方に旅立ったという事でした。
 フリージアも時を同じくしてカゾフの街から姿を消しましたよ。ええ。追って行ったのかもしれませんね。二人のその後の消息をボクは知りません。

 でも、思うんですよ。幸せになっていて欲しいって。
 フリージアが笑顔で暮らしていて欲しいって。
 ええ。彼女には本当に笑顔が似合いましたから。





リラ


ボクが最初に自覚を持った恋は、14の時です。
ええ。ちょっと遅いかもしれませんね。でもフリージアの件もありましたし……。
そうなんですよ。それより前は、冒険物語に熱中してましたからね。
 
相手も同じ歳でした。
出会ったのは、父に連れられて行ったチャ・ザ神殿でしたね。
ええ。彼女は神官の見習いだったんですよ。
商家の次女という事でして……嫌な話ですけどね、神殿内にコネを作る為に後継ぎじゃない子供を神官見習と称して神殿に奉仕させるっていうのは、結構ある話 なんだそうです。
ええ。彼女もそんな風に神殿に入れられ働いていたんですよ。

クス……いえね、ちょっと思い出したんです。
彼女は、間違いなく親の思惑通りに生きてないだろうなって。ええ。とっても活発で意思の強い面を持ち合わせた子でしてね。当時も十分お転婆で、神官たちも 眉を顰めることが多かったんです。そうですね、ボクは彼女のそんな自由奔放なところに好意を抱いたんだと思います。ええ。フリージアがどちらかと言うと清 楚といった感じの女性でしたからね。闊達なリアを好きになったのは、フリージアを忘れようって気持ちの現れだったのかもしれません。

「ア〜ル♪ な〜に読んでるのっ?」
「サーダイン王国の歴史書さ。写本だけどね」
「ねぇ。いっつも、そんな古めかしい書物を読んでて楽しい?」
「まぁね。リラは書物を読んだりしないの? 神殿には色々な物があるだろうに?」
「アタシは、黴臭い書物なんかより、港の人並みを眺めてる方が好きかな」
「あははは。リラらしいね」
「どういう意味よっ!?」
「どういうって、そういう意味さ。あははは」
「こらアル! 逃げるな!」

そんな他愛もないやり取りが妙に楽しかったのを憶えています。
いえ、毎日会っていたわけじゃありません。リラは神殿での仕事がありましたし、ボクもその頃はもう、父の仕事を手伝っていましたから。ええ。礼拝日にね。 神官の説法を聞き終えた後、二人で会うようになってたんですよ。お互いに「好きだ」とは言い出しませんでしたけどね。でも、自分が思っているように相手も 自分を思ってくれているんだと朧げには感じていました。

ええ。彼女の弾むような話し方やコロコロと変わる表情、おどけながら額に手を当てる仕草……そういった彼女を形作るすべての要素がボクに元気をくれまし た。礼拝日になれば、彼女に会える……そう思うだけで、父の叱責にも、ウンザリするような雑役にも耐えられたんですよ。

ボクらは、出会って半年あまり、そんな幸福な交流を重ねました。
ええ。半年が限度だったんですよ。というのは、彼女の兄が流行り病で急死しましてね。長女が他家に嫁いでしまっていた為に彼女を実家に呼び戻し、婿養子を 取る事になったんです。

そうですね。いくら他人の思い通りにならなそうな子でも、所詮当時は子供ですから。彼女は否応もなしに実家に連れ戻されたようです。ええ。ボクは後になっ て知ったんですよ。いつもの様に礼拝日に神殿に行った時にね。もう、遅すぎたんですけどね。迎えの馬車が来た時、彼女はボクを泣きながら呼んでいたと聞き ました。

ええ。彼女とはそれっきりです。
お互いに家の事なんか、まったく話さなかったんですよ。ですから、彼女の実家が何処かボクには知る術が無かったんです。神殿に聞いたって教えてくれるもん じゃないですしね。特に事情が事情ですし、帰宅時の彼女の様子を知っている神殿側としては、ボクが押しかけたりしないよう、必要最低限の事情しか明かして くれませんでした。

え? ああ、そういう事ですか。いえね。ボクらの話題には家の事なんて、まったく出た例がないんですよ。ええ。恥ずかしい話ですけどね。ボクは彼女に夢中 で、彼女が何を考えているのか、彼女が何をするのか、したのか、そういった事にばかり興味があって……。彼女が何処の誰かって事には不思議と興味を覚えな かったんです。チャ・ザ神殿の見習神官リラってことだけ知ってればね。本当にお互いの事だけしか見えていなかったんです。

……いえね。もう昔の事ですし。でも、そうですね。辛くないって言ったら嘘になります。ボクは、まあ今もですけど、当時は本当に無力でして。きっと事前に 知っていたとしても彼女を攫って行くなんてできなかったでしょうしね。

でもまあ、彼女も当時はともかく、今となっては、そんな事望みもしないでしょうけど。そういうもんじゃないですか、初恋って?

本当に世界は自分たちだけのもので、どんな障害にだって二人の想いは負けないって純粋に思える恋ですよね。

抗い難い力を持った“時”に流され、他の女性に心を奪われたりしても、ふとした瞬間に思い出したりします。彼女の元気な声と明るい笑顔をね。




  


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