極めて賑やかし い夏の一コマ(2004/08/06)
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作者
霧牙
登場キャラクター
たくさん



街は祭りでにぎわっていることもあり、いつもに増して客足がさっぱりな流星の集い亭。いつもの 指定席(自分で勝手に決めてるだけ)のテーブル席でアルファーンズは声を張り上げていた。去年と同じく、一緒に遊んで回る三人娘を長いこと待っていること は同じなのに、態度はめっきり違って元気はつらつだ。
「君も元気だね」
 アルファーンズとは打って変わったダルげなテンションでミトゥが顔を出した。鮮やかな赤の見慣れぬ衣装。例の、ムディールの祭り用民族衣装。無論、昨年 と同じくユーニスのお手製である。ちなみに、アルファーンズも着用している。
「そりゃあな。なっがい間カサレアの奴にコキ使われたんだから。憂さ晴らしにちょうどいいイベントなんだ、テンションを上げないでどーする!」
 椅子に片足を乗せて、握りこぶしで叫ぶ。
 アルファーンズとミトゥは、ロマールから帰ってくる道中、アルファーンズの旧友であるカサレアという行商人の護衛をしてきた。もっとも、護衛といいつ つ、仕事の内容は荷降しや馬車の清掃といった雑用ばかり。護衛らしい仕事をしたのは、あの長い道中で片手の指で足りるほどの回数しかなかった。
「そりゃあボクもそーだけどさ。さすがにまだ疲れてるよ」
 あれだけの長旅には慣れていないミトゥには、疲れは完全に抜け切ってないようだ。往路はまだ楽しさや物珍しさが勝って、疲労も感じなかったが、復路は重 労働も加わって、そうもいかない。いわゆる、行きはよいよい帰りは怖いというやつだろうか。
「ほらほら、ミトゥさん元気だしてください!」
「そうですよ。せっかくアルが奢ってくれるんだから、楽しまなきゃ損です!」
 ミトゥの背中をぐいぐい押して部屋から出てきた、ディーナとユーニス。ディーナは薄い黄色の、ユーニスは濃紺の衣装を身にまとっていて、なかなか似合っ ている。非の打ち所はないのだが、ひとつ言うならさりげなくとんでもないことをほざいていることだ。
「待て待て待て! 誰が奢るって!?」
「アルが」
「アルさんが」
 異口同音にユーニスとディーナが言った。
「いつんなこと言った!?」
「えー。アルが馬鹿でっかい剣を売りにいくって時にそう言ってたじゃない」
 そのときの記憶を手繰る。確かにそんなことを言ったような気がした。
 ユーニスのいう馬鹿でっかい剣というのは、カサレアから護衛の報酬としてもらった、魔剣である。ただ、魔剣といってもピンからキリまである。その剣は “鬼人の豪剣”という、ユーニスがそう表現したとおり、アルファーンズの身の丈以上もある馬鹿でかい両手持ちの剣。
 威力はその外見通りオーガーをも両断しそうな程だが、その重さは尋常ではなく、人間の筋力では到底扱うことなど不可能なのだ。古代王国期の文献による と、奴隷の蛮族に筋力増強の魔法を付与した装飾品、さらに“筋力増加”の魔法を上乗せし極限までドーピングして装備させ、闘技場で戦わせたらしい。かなり 豪快な殺し合いに古代の魔術師たちも熱狂したそうだが、それだけのための下準備がかなり手間がかかるため、すぐに生産を中止したとかなんとか。
 閑話休題。
 ともかく、そんな魔剣を売り払いに行く途中、ユーニスに出会い。調子に乗って、これを売った金で祭りのときは俺が奢ってやると大言を吐いたわけだ。
 ちなみにこの魔剣。特有の魔力などまったくなく、切れ味を上げる魔力にしろ最低限のものしか付与されていない。言ってしまえば、実戦で使えもしないし、 研究する価値すらない魔剣なのだ。
 アルファーンズもそのことは知っていた。それでも奢れる余裕はあるだろうと踏んでの言葉だった。だが実際に売れた額は、彼の想像をはるかに下回ってい て。それをミトゥと折半して、流星亭の部屋の維持費や、道中でくたびれた武具を修理に出すと――残りはかなり寂しいものだった。
「あのときの約束はなかったこ・・・・・・う」
 ダブルジト目攻撃。ユーニスとディーナの瞳が猛烈な攻撃をしかけてきている。瞳で『男らしくない』とアルファーンズをなじっている。
「私、服の材料費で素寒貧なんですよ?」
 ユーニスが訴える。確かに、四人分の服を手縫いしたとなれば、材料費は馬鹿にならないだろう。
「私もカゾフまで出かけてて・・・・・・」
 ディーナのそれは、この祭りと直接の関係はない。だがまぁ、仕事ならば仕方がない。
「ええい、ちきしょー! こーなったら三人まとめて俺様が奢ってやろうじゃねーか!」
 下がりかけたテンションを取り戻すかのように、というか半ばキレ気味に高らかと叫んだ。とたんに、ダブルジト目攻撃から一転、尊敬のまなざしになる。
「さすがアル! それでこそ男の貫目が上がるってものよね!」
「やっぱりアルさんは男ですね! カッコいいです!」
 まったく、現金な奴らだ。しかし、この二人の性格上、お世辞でものをいっているわけではないのだろうから、そう言われて嬉しくないことはない。
「よし。じゃ、そうと決まったら早く行こうよ」
 今まで黙ってたミトゥが、二人に負けないくらい嬉々とした様子で立ち上がる。
「・・・・・・おい」
「何さ? 三人に奢るっていったじゃん。あー、よかったよかった」
 ほがらかと言った。どうやら、ミトゥのテンションが低かったのは、疲労もさることながら先立つものが心配だったらしい。
 ひょっとしたら一番現金なのはミトゥなのかもしれない。
「ほら。なーにボサっとしてんのさ。行くよ」
 すでに戸口まで移動している三人娘。
「わーったよ! 行くからちょっと待て!」
 上下の服のコーディネートを考えると恐ろしく似合っていなかったブーツを脱ぎ捨て、サンダルに履き替える。やっぱりなんだかんだ言って、見てくれにはこ だわるのだった。


 その頃。オラン某所。
「だりぃ」
 金髪の半妖精は自宅で(以下略)


 大通りを埋め尽くさんばかりの露店と人ごみ。なにやら去年よりもそれらが多くなっている気がした。
 ぼさっとしていては迷子になりそうなほどだ。
「おいしいねぇ」
「はい、おいしいです!」
「やっぱ人の金で食べると一味違うね」
 そんなことも気にならない様子の能天気三人娘。三者三様の菓子を手に、とてもご満悦だ。もちろん、言うまでもなくそれはアルファーンズの奢り。
「くー。遠慮ってもんを知らん奴らだ」
 珍しく何も食べず、財布を見て涙をはらはらと流す。る〜、という擬音が聞こえてきそうだ。
 どん。財布ばかりを見て前を見て歩いていなかったため、誰かの背中に激突してしまった。
「うわ・・・・・・っと。悪い」
 ぶつかった側のくせに、ぞんざいな詫びだ。
「いや、だいじょう・・・・・・なんだ。アルじゃないか」
 頭の上から聞こえる、ハスキーボイス。顔を確認するまでもない、リグベイルだ。
『あ。リグさん』
 三人娘がハモって笑顔で答える。何か、やたら楽しそうな笑顔だ。一方のリグベイルは、若干引きつり気味の笑顔だといってもいい。
 理由は一目瞭然。リグベイルも四人と同じような衣装を身にまとっていたのだ。手作り感溢れるそれは、言うまでもなくユーニス製。去年のうちから、今年は リグベイルの分も作ると意気込んでいたのだが、まさか実現させていたとは。
「よくお似合いですねー」
「リグさん、とってもかっこいいですよ!」
「おお・・・・・・これはなかなか。リグもたまにはおしゃれしてもいいんじゃないの?」
 三人娘の畳み掛けるようなほめ言葉の嵐。やたら楽しそうな笑顔の原因はこれだろう。リグは言われなれていないのか、困惑気味に苦笑している。先ほどの引 きつった笑みの原因はこれだろう。
「あ、はは。ありがとう。・・・・・・どうだ、アル?」
 苦笑したまま、アルファーンズに振ってみる。
 ぶっちゃけた話、この衣装は長身の者よりも小柄な者のほうが似合っている感じがする。だが、かといってリグベイルに似合っていないわけではない。ディー ナのような可憐とかというイメージとはかけ離れているが、
「うーん・・・・・・なんつーのかな。エキゾチック?」
「また難しい言葉を使うな」
 結局、リグベイルは苦笑しっぱなしのようだ。
「ところで、ミーナは一緒じゃねーの?」
 きょろきょろとリグベイルの相棒である娘を探す。リグベイルを探す場合、人ごみから頭ひとつ分突き出ているから探しやすいのだが、ちみっちゃいミーナの 場合そうもいかない。
「ミーナはそこの露店で交渉中だ」
 リグベイルが指差した先の露店では、熱い戦いが繰り広げられていた。「高い」だの「これ以上は無理」だの「もう一声」だの。
「ミーナらしいっちゃらしいな。ま、邪魔するのもなんだし俺たちはそろそろ行くわ」
「リグさんたちも楽しんでくださいね」
 ユーニスがぺこりと頭を下げると、リグベイルは四人を制止した。
「まった。これのお礼に、渡そうと思ってたものがあるんだ」
 そういって、袖口につけられたポケットの中をごそごそと漁る。そして四枚の紙片を取り出して、にっと笑う。
「ほら。今年は余分に劇の入場券が手に入ってな。昨年はこちらが世話になったし、さっき言ったように服の礼も兼ねてな」
 四人に一枚ずつ、押し付ける。紙片には劇団の名前やら、数字が書いてある。
「今年はどうやら、恋愛ものらしいぞ」
「えー。マジかよ・・・・・・」
「えー。いいんですか? 実はこれ見たかったんですよ」
 アルファーンズと三人娘では、「えー」の意味合いが違うようだ。嬉々とした三人娘。すでにアルファーンズに劇鑑賞に関しての否定権はない様子だ。
「ああ、かまわないよ。じゃあ、皆も楽しんでくれ」
 爽やかな笑顔を残して、リグベイルはミーナのいる露店のほうへ歩いていった。
「リグさんって本当にいい方ですよね〜」
「うんうん。楽しみだね」
「劇までまだずいぶんと時間あるし、次の場所いきましょう」
 女三人寄ればなんとやら。
「おーい・・・・・・」
 とことん存在感の薄くなりつつあるアルファーンズだった。


 で。結局次に一行がやってきた場所は、いろいろな催し物が開催される広場。
「ザ・大食い大会!」
 アルファーンズは薄くなった存在感を取り戻すかのように、そしてここが自分の独壇場と言いたげに叫ぶ。
 やはり手持ちの金だけでは心許ないと、アルファーンズは今回、自ら進んで出場を決意した。そして目標は、出場するからには上位入賞。三位までに入れれ ば、賞金がいただける。
 さらに、こういった大会は賭けが行われるのが普通だ。その利益で運営しているようなものなのである。そこで三人娘たちに自分に賭けさせれば、うまくすれ ばまた資金が増えるわけで。
「おー、兄ちゃん。今年は堂々出場みたいなのねん」
 資金計画を立てている途中、そいつは声をかけてきた。この大会の一番人気。種族を通してよく食べる草原妖精の中でも群を抜いてそいつはよく食べる。まさ に奴は底なしだ、といくつもの飯屋で恐れられている小娘。
「やっぱり今年も出場かキア!」
「当たり前なのねん! おいらが出なくてこの大会は始まらないのねん」
 どっかで聞いたような台詞を吐いたキアとアルファーンズの間で火花が散る。アルファーンズの独壇場といっても、彼が上位に入賞できる可能性が一番高い大 会なだけであって、やはりライバルはいる。その筆頭がキアなのだ。
「よーし、上等だ! 勝負だ、キア!」
「おっけいなのねん! こればっかりは兄ちゃんにも負けへんよ!」

 とまぁ、一部異様な盛り上がりを見せているこの大会。応援にも熱がはいるものなのだが。
「はぁ」
 アルファーンズが出場のために抜けた途端、ミトゥは密かにため息をついていた。横では二人が一生懸命声援を送っている。
(やっぱ、二人で遊ぼうってのはないか)
 実は密かに、そんなことを期待していたわけである。四人で遊ぶことは以前より決めていたことだから意義はないし、実際楽しいからそれでいい。だが、やっ ぱり二人で遊びたいと思ってしまう微妙な乙女心もあるわけで。
 以前ならそんな気持ちを持ったとたん、「何考えてんだボク」とか胸中で叫んで自分の頭を殴っていただろう。が、最近そんな行動がなくなってきた。そう、 ミトゥはしっかり乙女としても成長しているのだ!(無駄力説)
 しかし、乙女心が成長したからといって、関係になんら進展はない。よって、そのような誘いはまったくない。やっぱりもっと積極的にいったほうがいいのだ ろうか。
 でもまぁ祭りは今日で終わったわけじゃないし、よく考えるとそうそうあせる必要もない。気を取り直して応援をしようとして――
「あれ?」
 隣にユーニスがいない。ディーナもいない。それどころか、会場すら遠くに見えている。そういえば、考え事をしている間、やたら人の波にもまれたような気 がする。それに逆らわず、身を任せていたような気もする。
 共にいたはずの友人がいない。そこにあるのは見知らぬ親父と名も知らぬ町娘。人をそれを、「迷子」という。
「・・・・・・マジ?」
 マジなのである。そりゃあこんな人ごみのど真ん中で長い間ぼーっと考え事をしていては、迷子になるのも頷ける。
「なんてこった!」
 ミトゥは周囲の視線を集めるのも気にならない様子で叫んでいた。





「なに? ミトゥが迷子だ?」
 とりあえず、優勝は出来なかったものの、賞金を勝ち取ることが出来たアルファーンズ。ご満悦で戻ってきた彼を迎えたのは、そんな言葉だった。
「はい。一緒に応援してたと思ってたんですけど・・・・・・」
「ごめんなさい・・・・・・」
 しょぼんと頭を下げるユーニスとディーナ。
「いや、悪いのはあいつだろ。どーせぼーっとしてたんだろ。お前らが謝るなよ」
 二人をなだめて、どうしたものかと思案する。はぐれたときの集合場所などという気の利いたものは決めていない。ミトゥがこの広い会場の、観戦していたこ の場所を正確に覚えているかもわからない。
「よし。俺が探しに行こう。お前らはここらへんにいてくれ。ミトゥがちゃんと覚えてて戻ってくるかもしんねーし」
 まるではぐれた犬のような言い様だ。
「ええ、わかりました」
 一緒に探したほうが、と提案しかけたが、戻ってくるかもしれないという可能性を考えると、この場に人を残しておくに越したことはない。そう思い直して、 ディーナは頷いた。
「じゃあ、この会場探して、いなかったら別んとこも探してくる。うろつき回るかもしれねーし」
 今度はまるで迷子の子供相手のような言い様である。
「わかりました。でも、もしミトゥさんが戻ってきて、代わりにアルさんが戻ってこなかったらどうしましょう?」
「問題ない。鐘が一回鳴るごとにここに戻ってくる」
「それなら安心だね。ちゃんとこのへんは見張ってるから」
 ユーニスが握りこぶしで答える。
「じゃ、ちょっくらいってくる」
 アルファーンズは人ごみの中をきょろきょろしながら、走り去っていった。
「はぅー。心配ですねぇ」
 心底心配そうなディーナの肩を、ユーニスはちょいちょいとつついた。そしてその腕を引っ張って、会場の隅っこへと連れて行く。その場にしゃがみこみ、誰 が聞いているわけでもないのにひそひそ声で話し出した。
「なんです?」
「うふふふふ・・・・・・。きっとこれは作戦なんです!」
 うっとりとした微笑みを浮かべて、ユーニスはなにやら意味不明なことを言い出した。
「作戦?」
「つまり、二人は途中で抜け出す算段だったんです!」
 握りこぶしで、叫ぶ。
「ほら、二人はこの間までロマールに行ってたでしょう? うら若い男女が、しかもアルの実家まで! そうなれば答えはひとつです!」
「はぁ」
 いまいちわかっていないディーナと、一人盛り上がるユーニス。
「もう、ディーナさんったら。つまり、二人は相棒という関係を卒業したんですよ!」
「え、ええ! アルさんとミトゥさんはコンビ解消しちゃったんですか!? き、気づきませんでした・・・・・・っ」
 ディーナの素っ頓狂な声に、ユーニスは冷静にそれを訂正する。
「違いますよ。相棒を卒業して、もっと深い関係になったんですよ! 言うなればラブです、ラブ! 二人はラブラブなんです!」
「そ、そうだったんですか! それこそ気付きませんでした! ユーニスさん、するどいですねぇ」
 今度こそユーニスの言っていたことを理解して、驚愕する。そして、それを見抜いたユーニスの慧眼を尊敬する。――もっとも若干近い部分はあるのだが、そ れはそれで大間違い。傭兵を経験しようと、戦士として立派に成長しようと、やっぱり根底はユーニスだということに違いないようだ。
「もー、アルったら水臭い。言ってくれればさりげなく遠慮したのに」
「そうですよ、もっと私たちを頼ってくれてもいいと思います!」
 ユーニスは両頬に手をあて、くねくねしながらうっとりと、ディーナは腰に手を当て、頬を膨らませながら言った。
「ということは、あれはお芝居で、今頃どこかで二人で会ってるというわけですね」
「そういうことなんです!」
 誰も止めるものがいないから、勘違いという名の街道を爆走していく二人。
「それならお邪魔しちゃ悪いですよね」
「ええ、ここはそっとしておきましょう!」
『うふ。うふふふふふ・・・・・・・・・』
 天然ボケ・オラン・オブ・オラン。それは二人に(一部から)授けられた素敵な称号だ。天然勘違いパワーを全開させた若い娘が二人、会場の隅っこにしゃが み込んで笑いあっている。どうにも不気味な光景であったが、気にするものなどいない。そして、そんなことをしているからその存在にも気付かなかった。
「あっれー、このへんだと思ったんだけどなぁ。みんな探してくれてるのかな?」
 ミトゥがきょろきょろと友人たちの姿を探していた。無論、この人ごみの中で、隅っこでしゃがみ込んでいる彼女らの姿を見つけることなど出来ていない。
「迷っといて、さっさと帰ってきて待ってるってのもなぁ。それにいつ戻ってくるかもわなんないし」
 ミトゥの座右の銘は虎穴に入らずんば虎児を得ず。果報は寝て待て、とかいうことはまず考えないのだ。ただ、じっとしているより動き回っていたいというだ けかもしれない。
兎にも角にも、
「よし、ボクも探しにでちゃえ」
 自分を探しているだろう、アルファーンズらの姿を求め、広場をあとにしたのだった。
「あばんちゅーるの邪魔をしちゃいけませんし、私たちは私たちで楽しみましょうか!」
 またどこで覚えてきたのか、妙な言葉を使ってユーニスたちは盛り上がる。
「そうですね。ほら、また何か新しい催し物やるみたいですよ!」
 さまざまな催し物の会場である広場では待っていても退屈することもない、これも一応アルファーンズの配慮のひとつだろう。置かれた状況下で、とことん楽 しむ二人であった。


 アルファーンズは適当にミトゥの好きそうな露店を見て周り、それから馴染みの店をはしごする。それでもミトゥは見つからなかった。次はどこを探そうかと 川原沿いの道を走っていると、不意に呼び止められた。
「アル様じゃありませんか。そんなに慌てて、どうかしましたか?」
 のんぽりとした声。
「ああ、スピカか」
「あ、スピカさんじゃありませんか!」
 声をかけてきたのはチャ・ザ神官のスピカだったのだが――その呼びかけに応えた声はふたつあった。一人はいうまでもなくアルファーンズ自身。不審げな視 線をもう一人に向ける。特徴がないのが特徴といった風の、地味な男だった。そういえば、最近酒場であった男だ。確か名前は――思い出せない。そのとき、ヤ ローばかりの席で腐りながら隣のカウンターにいた女性ばかりに視線を向けていて、自己紹介を聞き流していたのだ。
 唯一覚えているのは、この男が詩人で賢者ということだけだ。
 ともかく、呼ばれたのは自分だ。それだけは間違いない。
「俺だろ?」
「あれ?」
 互いに、自分を指を指していたが――あ、と男のほうが声をあげた。
「そういえば僕のことはさん付けで呼んでほしいって言ったんだった」
 うっかりしたように手をぽんとたたく。スピカが苦笑して二人のそばまで歩いてくる。
「ええ。ごめんなさいね、わたくしはそちらのアル様にお声をかけたんですの」
「僕こそうっかりしてました。ごめんなさい」
 スピカに頭を下げ、それからアルファーンズにも頭を下げる。
「ごめんなさい、アルファーンズさん。僕の思い違いでした」
 相手の方は、しっかりとこちらの名前を覚えている。そのやりとりで、おぼろげながら記憶がよみがえってくる。そういえば、確か「アル」と名乗っていた。 そうだとすれば、アル様と呼ばれ反応したのも納得だ。
「先日はどうも。帰り際に名乗れらので気付くのが遅れましたけど、ディーナさんからいろいろと聞いてますよ」
 どんな噂を聞いているのやら。しかも発生源はディーナか。あとでどんなことを言ったのか問い詰めてみよう。そう決めて、
「そっちこそ、例の仕事のこと、歌と話で聞いたぞ。思ってたより複雑な事件、よく解決したじゃないか」
 さっき顔を合わせた当初は、名前すら思い出せなかったことをおくびにも出さず、そう切り返す。だがそのまま世間話というわけにもいかない。
「それより、だ。スピカ、ミトゥ見なかったか?」
 くるりとアルに背を向け、スピカに聞く。今は本題を優先させる。
「ミトゥ様ですか? いえ、見てませんけど・・・・・・はぐれられましたの?」
「まぁそんなとこだ。悪かったな、時間とらせて。今年も見回りなんだろ?」
 スピカはチャ・ザ神官ではあるが、在野だ。神殿から直接仕事を任されることはあまりないのだが――好き好んで自分から見回りや清掃などの雑用を引き受け ている。
「いえ。それが、今朝になって急に今日の見回りはいいから、祭りを楽しんでこいといわれまして。今から広場にでも行こうと思っていたところですわ」
「ほー。まぁ見回りにしろそうじゃないにしろ、ミトゥ見たら広場に戻れって言ってといてくれ」
 用件だけを伝え、さっさと回れ右する。
「ええ、承りましたわ」
 笑顔でそれを承諾して、手を小さく振って見送る。アルはすっかり会話においていかれていた。アルファーンズは世間話している暇などなさそうだし、その原 因であるらしい探し人であるミトゥに会ったことがないから、見かけたとも探しましょうかとも言い出せない。ミトゥさんとは誰、見た目は?と聞く暇もなかっ た。
 しかしその代わり、良いことを耳にした。
 見回りではなく広場に行くということは、実質スピカは暇なのだ。見たところ、連れもない。これは一緒に回らないかと誘うチャンスではないか。
「あ、あのスピカさんっ」
「はい? 何かしら?」
 いつもと変わらない微笑みを湛えたまま、頬に手を当て小首をかしげるスピカ。いざ誘うとなると緊張する。何と切り出せばいいのだろうか、あーだーこーだ と悩んでいると、
「スーピーカー♪」
 ほがらなか声がスピカの名を呼んだ。親しい友人か、恋人を呼ぶような声。少なくとも、アルにはそう聞こえた。だが、当のスピカには気のせいか嫌な予感が した。
「あら。何かしら、レイシア?」
 気持ち引きつった微笑みで声の主、レイシアを迎える。後ろ手に、にんまりと笑っている。こういう笑顔と声は何かたくらんでいるときのものだ。
「うふふふふ。やっと見つけたわよ。こんなとこにいたのね」
「あ、あのスピカさんこちらは?」
 妙にスピカに絡む女の登場に危機感を感じてか、ずずいっと前に出てくるアル。しかも、「さん付けはわたくしなりの礼儀」だと言っていたスピカが呼び捨て している相手。微妙な男心が反応したのだろうか。
「ああ、ええっと。紹介しますわ。わたくしの相棒のレイシアですわ」
「レイシアよ。よろしくね、お兄さん」
 レイシアがウィンクつきで名乗る。つられて、アルファーンズへしたようにレイシアに対しても自己紹介を済ませる。
「あら。少年と同じ名前なのね。こっちは本名みたいだけど」
「のようですね。それで、レイシアさんはスピカさんに用ですか?」
 苦笑しながら、スピカを誘うことを断念したのかレイシアに尋ねる。
「あ、そうそう。いい話があるのよん、実は」
 この笑顔。スピカはどこかで見ていた。そう、それは去年の同じ時期だ。そしてそのスピカの記憶は正しかった。
「実はねー、今年の美女コンテストにも実はエントリーしてあるのよねぇ♪ ほら、ドレスもちゃんと用意してあったりしてぇ♪」
 ばっと、後ろ手に隠していた袋に折りたたんで入れられた純白のドレスを、ちょっとだけ引き出して見せる。
 絶句。やはりそうだった。去年の場合は、一週間前に告げられた。それでも出場拒否したいと訴え続け善戦はしたのだが、結局二人一緒に舞台に立つ羽目に なった。今年は何も言ってこないので安心しきっていただけに、その衝撃はすさまじいものだ。
「ひ、ひょっとして見回りの件も・・・・・・」
「もちろん。代わりの人を頼んで、ね」
 満面の、勝ち誇ったような笑顔で言った。根回しもばっちり。ドレスも、質はいいものとは言えないものの、その質素な感じがスピカによく似合っていそう だ。サイズに関しては、ウィンドグレイス邸での舞踏会に招待されているので、ドレスを新調したばかり。レイシアもその買い物に同行したため、筒抜けだ。
「わ、わたくし急用が・・・・・・」
「うふふふふ、そんな古典的な手は使わせないわよー。応援に人も呼んでるんだから」
 がしっと、スピカの腕を掴む。
「ほらほら、行くわよー、そろそろ始まっちゃうからね」
 うふふ笑いから、ついに「おーほほほほ」と高笑いに変貌して、レイシアはずるずるとスピカを連行していく。してやったり、作戦は上出来だった。
「わ、わたくしはアルさんとお話が・・・・・・」
「いいからいいから。そっちのお兄さんも興味津々そうだから、問題ないって」
 ぎくり。遠ざかっていく二人の会話に、どきりとなるアル。正直言って、レイシアの言ったとおり興味津々丸になっていた。
「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁでぇぇぇぇすぅぅぅぅわぁぁぁぁぁ」
 スピカの絶叫が人ごみにかき消されていく。
 結局、気恥ずかしさとレイシアのテンションに負けてスピカをデートに誘うことはできなかった。しかし、こう考えればどうだろう。普段では見られないよう な、スピカのドレス姿がコンテストという大義名分の下、堂々と見ることができる。デートなら、自分がちゃんと誘えさえすれば、いつでも出来るだろう。
「よし。応援に行こうっと」
 いそいそと、美女コンテストの会場へ向けて歩みを速めるアルだった。


 アルファーンズがミトゥを探して奔走している一方。広場にいくつも特設された会場で、様々な催し物が盛り上がりを見せていた。
「ロビンアターック!」
「ぬぅ。ぬしもなかなかやるようになったのぅ」
 マイリー神殿主催の武術大会で、青年と中年ドワーフが武器を交えて戦っている。なかなか白熱した試合だ。
「予想してなかったよ。まさかあんたと当たるとはね」
「アタシもだよ。でも、アタシは負けるわけにはいかないのよ」
 つい先日まで、仕事を一緒にしていたもの同士が戦う羽目になるとは。昨日の友は今日の敵――とまぁ、鍛冶ギルド主催の武器別武術大会なだけで、そこまで 深刻な話ではないのだが。ちなみに、武器の分類は「刀剣」である。
「今年もあんたがいるとはな。旅に出ていたって聞いてたんだが」
「祭りに間に合うように帰ってきたのさね」
 ダーツ大会では、静かな戦いが繰り広げられている。
「おっと、今年は俺も混ぜてもらおうか」
 青年と中年の間に割ってはいるように、クールに決めた草原妖精が顔を出した。
「お前。中年グラランの相棒か」
「・・・・・・本人に言ったら怒るぞ、“女にからきし”」
 次の瞬間、ダーツではなくゲンコが飛んでいた。その言葉も青年を怒らせるには十分だったらしい。
「細工物ならボクでも自信あるんだよネ。優勝はイタダキかも?」
 今年は細工物コンテストなども行われており、いくつもの作品が並べられている。その少々やせすぎた赤毛の少女は、自分の作品の周りに集まって感嘆の声を 漏らす群集を見て、満足げに微笑んでいた。
 他にも多岐にわたった催し物が代わる代わる行われる。派手なところでは、上で挙げた武術大会。マイリー神殿、鍛冶ギルド主催のほかにも、オラン騎士を選 考するための大会なども行われている。武術とはちょっと違うが、アームレスリングの大会が今年になって始めて行われた。
 きらびやかに装飾された会場での、歌のコンテストや美男美女コンテストも派手に盛り上がっている。
 ちなみに美人コンテストの時、去年も聞いたような絶叫が聞こえてきたが・・・・・・一回戦を突破したあたりから覚悟を決めたのかその声の主は不平を言う のを止め、不慣れながらにも善戦していたが、詳しくは割愛しよう。
 地味なところでは、古美術品の展示会や古物の鑑定大会なども行われていた。クソ真面目な賢者屋さんやら古物商が、雁首そろえて鑑定や鑑賞に熱中している 様は――ある意味すさまじい光景だったが。
「ほぉ・・・・・・これはまた珍しいものですね。古代王国期初期のものでしょうか」
「ええ、ええ。そうみたいですね。残念ながら魔力の類は付与されていないのですが」
「わたくしはこっちの灯篭がいいと思いますよぉ。これの材質は戸室石といいまして・・・・・・」
 こんな感じである。杖を持った金髪細目の魔術師やら、やけに背が高く筋肉質な魔術師やら、ほにゃっとした神官のおじさんやらが楽しげに談話している。集 まったものたちにすれば、満ち足りているのだろう。
 そんな感じでにぎやかな広場に、アルファーンズが戻ってくる。鐘が鳴ったときの集合場所は決めて会ったので、ユーニスとディーナにはスムーズに合流でき た。
「戻ってきたか?」
「あ。アルさん。いいえ、戻ってきてませんよ。ですからゆっくりしてくださいね」
「は?」
 何か、よくわからないことを言うディーナ。アルファーンズが怪訝そうに首をかしげる。
「いえいえいえ、なんでもないですよ? だからアルはまた探しにいってみてください!」
 慌ててディーナの口をふさいで、笑顔で取り繕うようにユーニスは言った。だが、その口調も十分おかしい。本人も気付いてないのだろうが、微妙に敬語に なってる。
「そ、そーか? んじゃ次は・・・・・・あそこにするか。長いこと待っててもらって悪いけど、行ってくる」
「気にしなくていいよ、楽しいものいっぱいあるしね」
 実際、ディーナと二人でずいぶんと楽しんだ。催し物が多ければ、それだけ知人が出場していることも多い、知った顔を見つけるたびに、応援したり笑いなが ら観戦したりと退屈と感じる暇もない。
「そーか、ならよかった。でもま、飽きたら適当に遊びに行ってもいいから。待たしっぱなしだと気が引けるし。じゃ、また」
「ええ。そこまでいうのなら。でも基本的にここにいますので」
 さすがにミトゥ一人のために延々待たすのも悪い。そう告げて、ディーナの返事を聞いてから片手をしゅたっと挙げてまた人ごみに消えていった。
「もー、お芝居が上手なんだから」
「ここは気付かないフリをしておいてあげましょう」
 アルファーンズの姿が見えなくなった途端、きゃいきゃいとはしゃぐ二人。まだ勘違いは続行しているようだった。
「あ。あそこ見てください、おもしろそうなのがありますよ」
「ん? 恐怖小屋ですか。おもしろそう。アルもいいっていってたし、行ってみましょうか」
「そうですね〜」
 楽しむのならとことん楽しむ。アルファーンズにも言われたことだし、ここは遠慮せずに遊んでみるとしよう。二人は連れ立ってその見世物小屋へ走っていっ た。


 で。その恐怖小屋の中。すでに何人も客を引き込んでいるが、五人連れというのは初めてだった。だからといって、大所帯で入って駄目という決まりもない。 ということで、その五人組は恐怖小屋を満喫していた。
「うおおおおっ!」
 最初に悲鳴をあげたのは、意外なことに男だった。黒髪で黒い服を着ていて、真っ暗な小屋の中に溶け込んでいるように見える。
「なさけないなー、アレンは」
「う、うるさい。ちょっと予想外のところから来たから驚いただけだ!」
 最前列のアレンの隣を歩いていたコアンが、からかうように笑い声をあげる。
「まぁまぁ。ここは恐怖を売りにしてるんですから、驚いたもの勝ちですよ」
「もっとも、度胸試しとしてなら、失格だろうがな」
 なんとなく謎なフォローをするホッパーと、容赦ない突込みを入れるアイシャ。
「エルスリードさんはどう?」
「・・・・・・うむ。雰囲気は出ているが、やはり真夜中の山中に比べると、な」
 むっつりと着いてきているエルスリードに話を振ってみる。どことなくズレたコメントだったが、山間の蛮族の出だからこういう見世物小屋の醍醐味を完全に 理解しろというのは難しいのかもしれない。
「やっぱり一番怖がりなのはアレンなのかなー」
 けらけらと笑ったところで、急に上から何が降ってきて、コアンの首筋にべちょりとそれが当たる。
「っきゃー!」
 生ぬるいその感触に、思わず今日一番の悲鳴をあげたコアンだった。


 そんな頃、たずね人となったミトゥはというと。
「はぁ・・・・・・・・・つかれた」
 人ごみに寄って、この静かな丘に来ていた。太陽丘。オランの街並みを見下ろせる小高い丘だ。
 いろいろ探し回ってみたが、結局アルファーンズどころかディーナやユーニスの姿すら見つけることはできなかった。人の少ない場所で涼しい風に当たって、 冷静になって考えてみれば、下手に動き回るより広場でずっと待っていたほうがよかったのかもしれない。
 でも、そう思いついてからもずっとこの場所で待っていた。本音を言えば、探しに来てほしかったのかもしれない。この場所に。ちょっとしたことだったが、 ミトゥにとってはこの場所も大切な思い出のひとつだった。アルファーンズも覚えていて、ここへ探しにきてくれるだろうか。そんなことを思い浮かべる。
 乙女心が立派に成長したのはいいが、今まで考えたこともないようなことばかり頭の中でぐるぐるとタップダンスを踊っている。ようするにこの心境に混乱し てるのだ。
 と。
「やっと見つけたぞ・・・・・・」
 ゼーゼーと息を切らせた声。
「あー。アルファ・・・・・・やっと見つけてくれたんだ」
 ほっとした笑顔。さっきまで鬱々と考えて混乱していた頭の中がすっきりしてくる。そして、純粋に探しにきてくれたことを嬉しいと思った。心の中で、我な がら単純、だと笑った。
「ったく。迷子になっといてその台詞は何だよ」
 アルファーンズがぼやくが、怒ってはいないようだ。がりがりと頭をかきながら、隣に立つ。
「お前のことだから、人ごみが嫌になってるだろーと思ってな」
 それで、去年の大祭の時に人ごみを避けるためにつれてきたここへ、足を運んでみたのだ。予想はどんぴしゃで、柵にもたれるミトゥを発見したというわけで ある。
「何か元気ねーしよ。調子狂うぜまったく」
 もうはぐれたことに関してはお咎めも何もなしのようだ。
「大丈夫だよ。ボク、元気だから」
 微笑んでみせる。実際、はぐれた当初やさっきよりも元気になった。ただ、探しに来てくれたというそれだけのことで。単純だが、純真。それがミトゥであ り、ミトゥの乙女心だった。
 アルファーンズも、見つけてやったときのミトゥのほっとした笑顔を見ただけで、確かにこいつ元気になってると確信していた。だから元気であると本人の口 から確認したら、もう詳しく話を聞くことはしなかった。
「・・・・・・ま、元気になったならそれでいい。お前の八割は元気でできてるしな」
「なんだよ、そのまるで能天気人間みたいな言い方は!」
「だって能天気じゃん」
 アルファーンズは、心配していたようなそぶりは見せず、代わりにいつものように軽口を叩く。ミトゥも、それに怒ってグーパンチをぶちかます。
 ミトゥは実感していた。自分たちに陳腐な言葉なんかいらない。そっけない言葉のやり取りに、相手の気持ちを感じることができるのが、この二人の強みだと いうことを。それは戦いの最中であれ、日常生活であれ、そしてこういうムーディーな場面であれ。
 自分の気持ちを難しく考えて混乱しようと、雰囲気に合わせた言葉を交わすことをしなくても。結局は難しく考えることはやめ、いつもと同じ風にするのが心 地よかった。
 自然体が一番だというのが、この二人の間柄であり、二人が定義する「愛情」というものなのだ。混乱してまで、悩む必要なんてなかったのだ。単純な答えが そこにあったのだ。
 きっとアルファーンズも同じことを考えているのだろう。
「んじゃま、さっさと皆んとこに戻るぞ。早くしないと劇がはじまる」
 ぐいっとミトゥの手を引き、有無を言わさず走り出す。確かに早くしないと、午後の公演に間に合わなくなる。
「あ、こら! 急に走るな!」
 去年はいきなり手をつかまれたときはあせったが、今はそれすら気にならなかった。二人で一緒に、広場を目指して走り出す。
 はっきりした言葉がないだけ、他よりもずっとスローペースなのだろうが。そんな関係も、まぁいいんじゃないかと思っている二人なのだ。





「まったくもうー、間に合わないかと思っちゃいましたよ」
 演劇をギリギリで鑑賞できたその帰り。日の落ちかけた若鷹広場を歩きながらユーニスが言った。のどが渇いてきたので、詩人の多く集まるここで、音楽でも 聴きながらちょっと休憩しようとやってきたのだ。
「ゴメンゴメン、また今度お詫びするからさ」
 苦笑し、両手を胸の前でぱちんと合わせて謝るミトゥ。
「でも「あばんちゅーる」が楽しかったようですから、いいとしましょ・・・・・・もがもが」
 二人連れ立ち、笑顔で広場に戻ってきたミトゥを見てそう感じたのだろう。まだ勘違いを続行したままのディーナがそう言い終わる前に、まだ勘違いを続行し たままのユーニスがその口を押さえて、はははと笑う。
 どうやらとことん、自分たちは逢引に気付いてませんよ、と演技しておきたいらしい。
「あ? 何のことだ?」
 無論、ミトゥ迷子事件はアルファーンズとミトゥが仕込んだ芝居ではなく、紛れもない事実のため、二人が何を言っていて何をしたいのかさっぱりなアル ファーンズ。
「まぁまぁ気にしない気にしない。あ、アル、私のコレお願いね」
 話をそらすように、手近な露店でエールを買っているユーニス。
「じゃあボクはこれで」
「私はこれにしましょうか。一気飲みにさえ気をつければ」
 ミトゥはラキスを、ディーナはワインを選び握りこぶしを作る。ディーナは昨年、周囲に煽り立てられ一気飲みして、べろんべろんに酔っ払った経歴があっ た。しかも、広場のど真ん中で声高らかに歌い上げた。今年こそはと祭りのずいぶん前から気をつけようと決意してたりするのだ。
「ったく・・・・・・ホント遠慮なしだな」
 三人分の酒代を払い、自分も一番安い果実水を購入。自分だけノンアルコールだというのがちょっと悲しい。その雰囲気を感じ取ったのか、店の人が「あんた も大変だな」と、笑いながらサービスで少量のブランデーを混ぜてくれた。
「三つ又がバレてたかられてんのかい?」
「違わい!」
 誤解を生んで、同情してくれていただけだったらしい。
 そんな店から買った酒を手に、たくさん設置されたテーブルの群れから空席を探して、四人で腰掛ける。これでようやく人心地つける。詩人たちの歌に耳を傾 けながら、とりとめもない雑談に興じる。
 のんきにリラックスムードの四人はさておき、ここは様々な詩人が集まっている。
「オレの歌を(以下略)」
「にゃー。とーってもハイテンションなのねん」
「にゅう。むしろこいつの場合、普段は猫かぶってるって聞いてんのやけど」
「あー、それはあながち嘘やないで。あたしが言うんやから間違いないで」
「うきゅ。でも楽しいほうがいいのだ!」
 普段は渋いやら年寄りじみてるとか言われてる草原妖精も、祭りともなればやたらテンションが高い。そしてそんな歌える草原妖精らを中心に、葦色の髪を三 つ編みにしたのやら道化っぽいのやら奥さんグラランやら天真爛漫そうなのやら、やたら多くの同族が集まって群れを成している。
「ま、たまにはいいんだろうが」
「おいらも楽しいほうが好きなのんよ」
 無駄にクールなのと大食いなのは、夫婦二人の謎の策略によって相席に座らされているのだが、別段変わった雰囲気はなかったりする。
 とにかく、異様に騒がしい。だが彼ら独特の口癖が多種多様で、聞いていて実に面白い。これが以前どこぞの酒場だかで聞いたことのある、噂の「草原妖精の 集会」なのだろうか、と疑ってしまう。
 もちろん、若鷹広場は草原妖精に占領されているわけではない。エルフだって負けず劣らず音楽に熱が――
「・・・・・・ふふ。実ににぎやかでいいな。去年参加できなかったのが残念だよ」
「そうか。そういえばおまえはその頃、旅に出ていたとか言っていたな」
 二人のエルフの男女。それぞれ小ぶりのリュートとハープを持って、談話している。周りがにぎやかだろうとやっぱりエルフはエルフらしく、草原妖精たちよ りもずっと静かなものだった。
「ちょっとリディ、もうちょっと楽しそうにしなさいよ」
「いいじゃねぇかよ・・・・・・それに俺は十分、満足だ」
 人間だって負けちゃいない。胸元に羽飾りをつけた詩人の娘が真剣に演奏して客引きをしているが、どうにもその横で酒ばっか飲んでいる男が雰囲気を崩して いるように見えた。
「酒の肴にぴったりの面白いお話を提供できますが、どうですか?」
 黒髪の詩人もせわしなく酒飲み客が座るテーブル間を行き来している。
 雑談していたアルファーンズがなんとなくそんな様子を見ていると、
「あれ?」
 視界に珍しい人物が映った。
「ラスか?」
「あ? なんだ、ミトゥとディーナとユーニスじゃないか。それとオマケ」
「誰がオマケやねん!」
 オランの某所でうだうだしていたはずのラスは、声に反応してこっちに視線を移した。しかも、女性陣の名前はすべて呼んで笑顔を向けたのに、声をかけたの がおまけになっている。ラスといえばラスらしいが。
「オマケで十分だ。三人の奴隷に成り下がってるらしいし」
「奴隷じゃねー!」
 くだらないことにまでやたらと耳が早い。いったいどこから聞いてくるのやら。
「ラスさん、珍しいですね。去年はだるいって言ってましたのに」
「ああ。二時間半くらいはがんばってもいいかと思ってな。シタールの歌聞くって毎年言って今まで聞いてなかったこともあるし」
 だが、やっぱり微妙にだるそうに見える。ちなみにその背後には二胡と呼ばれる胡弓を携えたシタールがいた。それとお約束のように、カレンとファントーと セシーリカもいる。
「あ、こんばんは。今年も四人でまわってたんだね」
 ファントーが軽く手を振りながら、にっと笑う。
「そっちこそ、今年は大人数みたいだね」
 ユーニスがそれに答えて微笑む。というか、シタールの胡弓に興味津々といった様子だ。
「ああ、全員の都合が合ったもんで」
 カレンがそっけなく言う。
「あのー。私たちもその楽器とシタールさんの歌を聞いてみたいんですけど、ご一緒していいですか?」
 うずうずしていたユーニスが、ついに我慢しきれなくなったのかそう切り出した。
「いえ、多忙なのは知ってるんですよ? でもかなり興味が」
「あー。まぁ別にいいけどよ」
 意外とあっさりと了承してくれた。
「珍しい楽器ですねぇ。私も興味ありますね」
「うん、ボクも。楽器なんてリュートとかハープくらいしか聴いたことないしね」
 ディーナとミトゥも興味津々だったりしたのだ。
「じゃあ、手始めに・・・・・・」
 シタールが胡弓を弾いて、それに合わせて歌声を乗せていく。胡弓の音色とシタールの美声が綺麗に同調し、聞くものの耳に心地よい。
 しばらくして、一曲歌い終える。次の瞬間、割れるような三人娘からの拍手。拍手にも気合が入りまくりだ、ユーニスなんか目を大きくして感動している。尊 敬のまなざしだ。
「やっぱりすごいですね! もう、言葉に表せないくらい感動です!」
 そこでようやく拍手をやめて、
「あ、そうだ。いい曲を聞かせてくれたお礼に、何か奢りますね! もちろんラスさんたちにも」
「あ、いや・・・・・・まぁそこまで言うなら、ありがたくもらっておくか」
 半ばユーニスに押し切られるように、シタールは苦笑いでそれに応えることにした。
「そうとなったら・・・・・・アルー、お願いね」
「俺がかよ! 何、ここでも俺の奢り効果有効!?」
 慌てふためくアルファーンズ。といっても、音楽にあんまり興味のないアルファーンズでもいい曲だとは思ったし、礼として酒でも奢ってやるのもいいかもし れない。そう思い直し、
「じゃあ何がいいよ? エールとかか?」
「え。ホントに奢ってくれるの? 冗談だったのに。それに、まだ歌のお仕事あるかもしれないから、酒は喉によくないと思うよ」
「冗談かよ! しかもごもっともなツッコミ付きありがとう!」
 思わず逆手ツッコミをいれる。そこでセシーリカがくすくす笑いながらアルファーンズの肩をつついた。
「アルファーンズさん。両手にもてあますほどの花だね、って最初思ってたけど・・・・・・」
 笑いこらえながら、セシーリカは言った。
「まるでオモチャだね」
「うるせーよ」
 確かに、それこそごもっともな指摘だった。
 そのあとしばらくシタールの歌を聴いて、主によくしゃべるファントーやセシーリカを中心に話し込んでいたのだが――ラスはきっかり二時間後に、家に帰っ ていったのだった。




 すでにすっかり日が落ちてしまったが、祭りのにぎわいはまだまだ衰えを見せない。一行をその賑わいを少し離れ、流星亭に程近い小さな公園に来ていた。去 年と同じく、飲み会をしようというのだ。
 場所をとった流星亭親子が手を振っている。
「おまたせー」
「はーい、お帰り。楽しんできたみたいだね」
 にっこりと、流星亭の看板娘のセシルが笑顔で出迎える。
「うん、すっごい楽しかったよ。セシルも明日は行ってみるといいよ」
「そうだね、そうしてみるね」
 セシルはどうやら、今日はずっと店の、というよりこの飲み会の準備を手伝っていたらしい。若いのに、祭りにも行かず偉いものだ。
「じゃあ、さっそくはじめっか。また余計なのもいるけど」
「余計なのとはなんだ。相変わらず失礼な奴だ」
 余計なのとは座っていた長身の男、アルファーンズの兄であるゼクスだ。去年と同じく、危うく一触即発の状態のこの兄弟。でも会ってイキナリ不毛な兄弟喧 嘩だけはしない。酒の席でわざわざ自分から酒をまずくしたくはない。
「まぁまぁ。みなさん仲良く楽しみましょうじゃありませんかぁ」
 存在するだけで場の空気を和やかにしそうにほにゃっとしたグレアムも、一緒だ。もちろん、美人妻のリアンも一緒である。
「おう。じゃ、気をとりなおして」
『かんぱーい』
 グラスとジョッキの打ち合わされる音。和気藹々と用意してある料理をつつく。
 アルファーンズがミトゥとおかずの取り合いをして、ユーニスが軽い酒を浴びるように飲んで、逆にディーナは今年こそ決して酔わないと無駄に力んでちびち びと飲んでいる。
 グレアムと一緒にエールのジョッキを傾け、焼き鳥をほおばっていたゼクスは・・・・・・まだ若いというのに、何かすごい老け込んで見える。
 セシルが酌して回り、主婦(?)二人はなにやら、井戸端のおばちゃんよろしく世間話で盛り上がっている。
 まったくもってほのぼとしたいい雰囲気なのだが。
「あれー。おいしそうなにおいだと思ったら、アルじゃないか」
 突然の来客。そういえば、去年も来客があってから場が混沌としていった気がする。今年もそうなるのだろうかと、誰しもが思っただろう。
「んー。もごもごご」
 ふらふらとやってきたのは、ヘイズだった。アルファーンズは料理を食いながら、もごもごと片手をしゅたっとあげてやる。
「あ。ヘイズさん。いやー、仮装行列、すっごく可愛かったですよ!」
「ええ、とっても似合ってました。アルさんと並んだ姿はそりゃあもう、最高でした!」
 それを見つけて、ユーニスとディーナがなにやら賞賛している。一方のヘイズは、苦笑でこめかみに汗をかいているのだが。
「うむ。爆笑ものだったぞ、ヘイズ子ちゃん」
「誰がだよ!」
 そう。ヘイズは昨年、アルファーンズとの賭けに負けて、今年の大祭の前夜祭に行われる仮装行列で女装をしたのだ。ドレスはユーニスのお手製である。
「だが、まだまだ甘いな。俺のほうが百倍は可愛く扮することができる」
 ふふん、と鼻で笑う。一度、マジで女に間違えられたことがあるし、相当の自信があるのだろう。変装の本職の方々には到底かなわないのだが。
「アルファ、君女装イヤだったんじゃないの?」
「・・・・・・はっ!」
 今度はヘイズがにやりとくる番だ。
「あれー、もしかしてハマっちゃったの?」
「違うわい! どーせやるなら徹底的が俺のポリシーなだけだ!」
 ちなみに、どれくらい徹底するかというと、まずは胸に詰め物。これはヘイズもやった。次に、髪をポニーテールに結い上げた。ヘイズは髪が短いので、ここ はカツラを使った。そして化粧、唇に薄紅を引いた。ここからヘイズはやっていない。で、女装中の名前までつくってしまったのだ。ちなみに女装中は女言葉ま で咄嗟に使ってしまったこともある。
 無駄な徹底ぶりである。
「へー。徹底ねぇ、うんうん。そうかそうか。まぁ、がんばってねー。僕はこれから用事があるから失礼するよ」
 へらへら笑いながら、手を振る。
「なんだ? 例の彼女か?」
「ぶっ・・・・・・違っ! それをいうなら君こそどうなんだよ、ミトゥと・・・・・・もがっ!」
 言いかけたヘイズの口を電光石火の早業でユーニスがふさぐ。ディーナも暴れる手を拘束し、二人がかりで木の陰まで引っ張っていく。
「駄目ですよ! せっかくうまく言ってるのに下手に煽っちゃ!」
「そうですよ。ここまできたらあとは静観するだけのほうがいいんです!」
 まだしつこく勘違いは続行してるらしい。だが、ヘイズはその言葉を鵜呑みにしてる様子だ。
「え、ええー。本当にそんなとこまでいってたのかぁ。それはこれ以上焚き付けちゃいけないよね。ごめんごめん」
 納得した様子のヘイズを見て、拘束を解放する。そして、三人無駄に爽やかな笑みを浮かべて宴会の輪に戻ってくる。
「・・・・・・お前ら、さっきから何なんだよ」
『いいえ、べつにー。あははのはー』
 三人そろって、すっとぼける。
「じゃ、とりあえず僕はこれでー。がんばってねー」
 ひらひらと手を振って、ヘイズは去っていった。
 なにやら煮え切らない様子のアルファーンズも、酒と料理をぱくついているうちに普段の様子に戻っていく。実に単純だ。
「あれー。今年もここでやってんのね、少年」
「こんばんは。またお会いしましたわね」
 聞きなれた二人の声がした。レイシアとスピカだ。揃いも揃って、ドレスに身を包んでいることから、きっと夜会の帰りなのだろう。
「わー。お二人ともすっごく素敵ですね〜」
 うっとりとその艶姿を見つめるユーニス。
「これは・・・・・・なかなか・・・・・・」
 去年の夏に、海でほぼナマの状態でも見たが、その胸元を見て再び落ち込むミトゥ。この二人相手では最初から勝負になってない。
「あっはは。ありがとねー。どう、少年、お兄さん? 似合う?」
 アルファーンズとゼクス相手に、手を頭の後ろに回して間抜けな「うっふん」ポーズをとるレイシア。だが、出るとこが出てるのでそんな間抜けなポーズも十 分に扇情的だ。
「・・・・・・似合わんことはねーけど、派手だなオイ」
「・・・・・・私も同感だ」
 アルファーンズはそっけなく、ゼクスはそこはかとなく目をそらしながら口々につぶやく。確かに、スピカの清楚なドレスに比べると、レイシアのドレスはも のすごく露出度が高い。
「あーら。案外お兄さんもかわいいところあるのね」
 いぢわるそうな笑顔のレイシアに、スピカがそれをたしなめる。
「あなたの悪い癖ですわよ、からかうのはおよしなさいな」
「それより、お二方もご一緒しませんかぁ? 今年は料理もお酒も多めに用意してあるんですよぉ」
 グレアムが声をかける。アルファーンズが同じ言葉で誘ってるなら微妙に下心を感じるのだが、このおじさんにいたっては微塵も感じさせない。
「あー。ごめんねー、今日は帰って二人で飲む約束してんのよ」
「ええ、そうなのです。せっかくですけど、ごめんなさいね」
 それぞれ苦笑を浮かべて、丁重に――あるいは軽く謝罪する。
「ほー。にぎやかなのが好きなに、珍しいな」
いろいろあるのよ、いろいろとね
「本当にごめんなさいね。ですけど、今日だけは」
 目を伏せ、ぺこりと頭を深く下げるスピカ。
「い、いやまぁそんな謝らなくても。じゃあ気ぃつけてな」
「うん。じゃあね、少年。また今度奢られてあげるから」
「失礼いたしますわ。おやすみなさいませ」
 手をひらひらとさせながらレイシアは歩いていく。スピカが再び頭を下げてから、その後を小走りで追っていった。
「なんか今日のスピカさん、様子おかしかったですね」
「うん。元気なさげ?」
「何かあったのかな・・・・・・」
 姿が見えなくなってから、心配顔を突き合わせる三人娘。そこで程よく酔ってきたアルファーンズがジョッキを手に口を挟んだ。
「ブルーデーなんじゃねーの・・・・・・ぐはぁぁぁぁ!!」
 瞬間、ミトゥからの仮借のない鉄拳制裁。渾身の一撃。クリティカルヒット。いつもの状態に戻ったミトゥは、まったく容赦がなかった。ジョッキに少し余っ ていた酒をぶちまけながら、ゴロゴロと転がっていくアルファーンズ。
「こいつ最ッ低・・・・・・」
「品のない酔っ払いですね」
「冗談でもこんなこと言わないと思ってたのに」
 非難の嵐。はるか遠くまで転がったうえ、むーんと呻いて昏倒してるアルファーンズの耳に届いているかはいささか不安だったが。
「おやおや、怪我人ッスか? 喧嘩か乱闘でも起こってるんッスかね?」
 足元に転がってきたアルファーンズを見て、そのドワーフは言った。腕に、マーファの聖印と救護班を意味する赤い十字架が刺繍された腕章をつけている。 せっかく救護所から休憩をもらって公園に来たのに、仕事は休ませてくれないようだ。
「おーい、しっかりするッス。ってアルファーンズさんじゃないッスか」
 ゆさゆさと揺り動かし、見知った顔を介抱する。
「が・・・・・・。あ? ラディルじゃねーか・・・・・・どーせならもっとこう、可愛い子に介抱されたかったぜ・・・・・・」
 介抱してくれたというのに、この言い草である。
「何ッスか。せっかく助けてあげたッスのに」
「あー、悪ぃ悪ぃ。ちょっと酔ってるってことで」
 道理が通るようで通らない言い訳。
「喧嘩かなにか知らないッスけど、限度を考えるッスよ。見回りの人に怒られるし、こんなところで寝てたらスリの格好の的ッス」
 救護班らしく、わざわざ一番近くの井戸まで走ってきて、ぬらした布を作ってくる。それをべちょりとアルファーンズの顔面に落とす。
「いやー、喧嘩じゃねー、ちょっとした身内間の問題だ。気にするな」
 腫れたほっぺたをその布でぬぐって、起き上がる。顔の形が変わりそうなほど、本当に容赦なしの一撃だった。
「そうッスか? ならオイラは行くッスから」
「ん。そうか。とりあえず礼は言っとくぜ、さんきゅーな」
「一応、仕事ッスから」
 軽く手を振り合って、そこで別れる。アルファーンズは布で頬をなでながら、宴会の席に戻る。
「や。遅かったね、酔っ払い」
 いちいちトゲのある言葉でミトゥが出迎えた。
「うるせーよ。おかげで醒めたっつーの」
「そうそう。アルがあっちで伸びて、話し込んでる間にリグさんとミーナさんが来たよ」
 ユーニスがジョッキのエールを空にしながら言った。だが、アルファーンズが見る限り、去年のようにそこにはリグベイルもミーナもいなかった。
「入場券のお礼に一緒にどうですか、って言ったんですけど、今日はミーナさんと二人で飲むから遠慮しときますですって」
 きょろきょろとあたりを見渡すアルファーンズに、ディーナがそう教える。
「そっか。今年はやけに静かだな」
「何が静かなんだ?」
 そんな声と共にばしん、と強烈に背中を叩かれ、アルファーンズはつんのめった。慌てて手で体を支える。
「誰だゴルァ! ってギグスか」
「この前のおかえしだ。それより、何が静かなんだ?」
 以前、酒場でアルファーンズが同じことをやったことを言っているのだろう。にやりと笑ってから、ギグスは再び質問した。
「いや、宴会が去年に比べて静かだ、ってただそれだけだ。そーだ、お前も食っていかねーか?」
「いっぱいありますよー」
 ギグスは一瞬、料理にちらりと視線をやったが、すぐに首を横に振った。
「悪いな、今年はルシーナとガキと一緒に過ごすって約束してんだ」
「そっか。親子水入らずなら邪魔はしちゃ悪いな」
 宴会組の親子に視線をやるが、こちらはこちらで、楽しそうにしている。だが、出来立ての子供となるとそうもいかないものだ。
「じゃあ、またな」
 片手を挙げて、ギグスはそのまま自分の宿のある港のほうへとさっさと帰っていった。
「ホントに、今年は静かだな・・・・・・予想外だ」
「またにはそういうのもいいじゃないですかぁ」
 程よく酔ってきたグレアムは、リアンにもたれかかりながらも実に幸せそうだ。
「うむ。平和で実にいい」
 去年は速攻で酔いつぶされたゼクスもしみじみと呟き、ワインのグラスを傾ける。二日酔いに悩まされて翌日は仕事にならなくなってしまった身としては、こ うして自分のペースで飲めることが何よりもいいらしい。
「ま、去年は騒ぎすぎたしな。たまにはいいだろ」

 当初の予想とは裏腹に、結局そのまま何事もなく宴会はつつがなく進んだ。途中、街中であった何人かがこの公園を通ったのだが、誰もが先約がある、帰って 寝るなどといって宴会に加わることはなかった。
 昨年の経験を生かし、誰かが加わるだろうということを前提に多めに用意した料理も、アルファーンズの奮闘によって綺麗に片付けられた(ちなみに、酒の面 で活躍したのはユーニスだった)。
「よし、飲み足りんから二次会だ!」
 アルファーンズが提案するも、流星亭夫妻やコール夫妻、ついでにゼクスも遠慮しておくと早々にそれぞれの家に帰ってしまった。セシルを含めた五人で外で 飲み明かすというのも何なので、流星亭夫妻の了承を得て店を借りることにした。セシルがいるなら大丈夫だろうとのことだ。
 流星亭に場を移した二次会で、一番飲んで騒いだ挙句、一番初めに酔いつぶれたのは言い出しっぺのアルファーンズ本人だった。流星亭の酒蔵を空にしそうな 勢いでエールやラキス、火酒に穀物酒を浴びるように飲んで、酔った勢いでユーニスやディーナに抱きついて久々にエロガキパワーを発揮した。
 そしてミトゥとユーニスからまたも仮借のない鉄拳制裁され、吹っ飛ばされた拍子にセシルを巻き込んで床にぶっ倒れた。その際、セシルの胸に顔をうずめる ような状態になってしまい、普段は温厚で寛大なセシルからトレイアタック(角使用)を食らう羽目になっりした。
 その強烈な連撃と酔いの相乗効果か、そのあたりから記憶があいまいになってきて、そのまま意識を失いぶっ倒れた。
「ひっく、アルさんはほっといてもいいんですか〜?」
「まぁ、アルだしねー。大丈夫ですよー、さっきからむーって呻いてますけど、見たところ問題ないです」
 と、残った女四人の酔っ払いはそれすらも気にせず、ここぞとばかりに女同士の話に花を咲かせる。きゃいきゃいと、姦しいとはまさにこのような状況のこと をいうのだろう。
 そのまましばらく女だけの酒宴が続くが、ディーナが酔いつぶれ、酒に強いユーニスもさすがに限界に近づき、テーブルに突っ伏してすーすーと寝息を立て始 めた。
 あまり酒を飲んでいなかったミトゥも、立ち上がったら完全に千鳥足になっていた。コケないように気をつけながらふらふらと、床でぶっ倒れているアル ファーンズの元へ歩いていく。
「まったく。バカは治んないね・・・・・・今夜だけのサービスだぞ?」
 そんな言葉と共に膝枕に乗せられ、拳とトレイでしこたま殴られた頭を撫でられる感触がした。それで若干、意識は戻りかけたが――結局それが夢だったのか 現実だったのかを確かめる術もなく、アルファーンズの意識はその心地よさに、再び深い闇へと沈んでいった。


 ミトゥも結局その体勢のまま眠ってしまい、最終的に一人残ったセシルは、そのほほえましい光景を羨ましそうに眺めて――ふらつく千鳥足で一度奥に戻っ て、シーツを持ってきてそれぞれの身体にかけていく。そして締めくくりとばかりに、二次会で飲んだすべての酒代をもたもたと計算し、それを羊皮紙にミミズ がのたくったような字で書き付けた。
 その伝票テーブルに残し、あくびをしながら自室へ戻っていく。酔ってなおそれだけの仕事をこなすあたり、さすがはいずれ流星亭の看板を背負う期待の娘 だ。

 ただひとつ。伝票の最後にでかでかと記された「アル君へツケ」という字だけは、酔って書いたにしてはなかなかの達筆であった。




  


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