検 問(2004/08/13)
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作者

登場キャラクター
サイカ




状況説明


伝令の早馬が朝もやを切り裂いて、セッツ砦に駆け込んだ。
異変を感じた兵士たちは、呼集号令を聞くまでもなく砦へと続く坂道を歩いてのぼり、
まもなくやってくるだろう、非常呼集に向けて準備を始めた。

組長以上の兵士が守備隊長コウンの部屋に集められたのは、昼前である。
作戦室をかねた広い部屋は、コウンの部屋に隣接した、砦の2階に位置している。
大きな木製のテーブルの上にはセッツ砦近辺の地図と、書類がいくつか置かれている。

入り口から正面の席に隊長コウンが座り、その右手に軍艦が、左手に書記官が
腰を下ろしている。コウンの少年従者が、部屋の隅で控えている。
サイカと組長たちは、砦の幹部3人と向かい合う形で、空いた席に腰を下ろした。

「全員そろったな。それでは、会議を始める。」
コウンは手に持った書類に目を落とした。
「今朝、二人組みの盗賊が、このあたりの山中に逃げ込んだという報告があった。」
「名前はカーダとウォスン。年齢は二人とも20代前半。」
「カーダはやせた長身の男で、黒い髪、黒い瞳。鷲鼻で眉が薄く、目が細い。」
「ウォスンは中肉中背でがっしりした体格。髪を短く刈り込んでいる。金髪で青い瞳。」
コウンは傍らに置かれた書類の中から、やや大きめの紙を引っ張り出した。
「これが二人の似顔絵だ。今のうちに頭に叩き込んでおけ。後で兵士全員に回覧する。」

サイカたちは似顔絵を描いた黄色っぽい紙を覗き込んだ。
アンバランスな顔立ちをしたやせた男と、強面の目つきの悪い男の顔が描かれている。

「二人はもともとこのあたりの農村出身。次男坊で土地を分けてもらえず、盗賊に
身を落としたらしい。追いはぎ、押し入り、色々と悪事をやってきたようだが、
ついに追い詰められて故郷の近くに逃げてきた。」

コウンは手にした細長い木の棒で、地図の一角を丸く、円を描くようにしめした。
「目撃情報と足跡から、二人は昨夜から、この一帯に潜伏中と判断される。」
「二人は長旅をするような装備を持っていない。したがって、山を越えて辺境区域に
潜伏するとは考えにくい。」

そりゃあそうだ、とサイカは心の中でつぶやいた。
セッツ砦はオランの辺境区域のはずれにあり、一歩外に踏み出せば、そこはどこの
国の勢力圏でもない空白地帯が広がっている。厳しい環境で生きる蛮族のグループを除いて
人の立ち入る隙のない、怪物が闊歩する魔境だ。素人が入り込めるような場所ではない。

「恐らく二人は何日か山の中に潜伏し、機会を見て再び里に下りてくるつもりだろう。」
コウンは一呼吸置いて一同を見渡した。




作戦開始


「セッツ砦守備隊は本日午後、担当区域内に臨時検問所を構成。敵が里に下りて
来られないようにする。」
コウンは地図上で、街道沿いの村落地域一帯を指し示した。
「隣接する守備部隊はオミ砦守備部隊。オミ砦からレミ村の境界まではオミ砦守備部隊の
担当区域となる。」

「検問の位置はレミ村の入り口。この地点だ。」
今度は地図の一点を手にした棒で示した。山の中を細く抜ける、隘路になっている地点である。
「検問所の構成完了時期、本日日没まで。」
「敵の接近が予想される山中に、監視所をひとつ設置する。」
「また監視所から検問所までの間に巡察を派遣、敵の間隙からの逃亡を阻止する。」

コウンは1組長の兵士長、ライに顔を向けた。
「1組。」
ライが復唱した。
「1組は検問実施部隊となり、準備が整い次第出発。現地に到着次第、予定位置に人員を
配置し、検問を実施せよ。」
「了解。」
「2組」
「2組は当初工事実施部隊となり、検問所を構成。検問所構成に必要な資材をそろえた
のち、すぐに出発して工事にかかれ。」
「3組」
「当初予備。組の半数を2組に差し出せ。残りは砦の守備部隊となり、待機。」

「傭兵隊。」
傭兵隊、とサイカが復唱する。指揮官に呼ばれたときはすぐに返事をする。
戦場の基本的なルールだ。
「傭兵隊は1組とともに出発。検問予定地域一帯を偵察し、地形、および敵の情報を収集せよ。」
「了解。」

「ヨッカ」
「はい。」
「必要な資材を2組に分配、その後、残留部隊の長となり、砦の留守を守れ。」
「了解。」

初老の域に達した兵士長ヨッカは、セッツ砦最古参の兵士である。
生まれも育ちもセッツ村であり、現在の守備隊長コウンが赴任する以前からセッツ砦の
守備に当たってきた。

砦の守備隊長には代々貴族階級の人間が就いているが、兵士の多くは地元から集められている。
騎士は傭兵と同様に戦闘の専門家であるが、一般兵士は必ずしもそうではない。
一般兵士にとって、指揮官クラスに昇進する機会など皆無に等しく、大抵は義務兵役の
ために嫌々ながらに任務に就く。
自発的に兵士になる道を選んだ者でも、武勇を認められて指揮官クラスに昇進する機会が
極めて限られているため、一般的に騎士に比べて士気は低い。
兵士を地元採用するのは、自分の土地を自分で守ることによって、少しでも一平卒の
士気を高めようとする意図があってのことだ。

一般兵士は地元採用、指揮官は任期制であるから、セッツ砦に最も詳しいのは最古参の
一般兵士、兵士長ヨッカである。
砦の守備隊長にとってこの最古参の兵士は最も頼りになる部下の一人であり、同時に
最も気を使う相手でもある。
うまく使えばこの上なく便利な幕僚であるが、機嫌を損ねると大変なことになる。
兵卒たちのボスである、最先任の兵士長をどう使うかによって、指揮官の力量が問われる。

幸い、現在の守備隊長コウンと兵士長ヨッカの関係は良好だ。
貴族の中でも身分が低く、多くの戦場を渡り歩いて現在の任に就いたコウンは、年齢的にも、
経歴からいっても、ヨッカとは共感するものが多いらしい。

命令下達は正午前に終了し、サイカたちは昼食を素早く済ませて出動準備にかかった。



出動前


「飯はどうします?」
サイカが尋ねたのは、もちろん昼食のことではない。出動中の食料のことだ。
「心配するな。ちゃんと本隊が運んでやる。レミ村からは炊き出しが出るから、今日はうまい飯が
食えるはずだ。」
ヨッカは手にした書類から目を上げて、旅装に着替えたサイカに答えた。

本隊の出動を控えて、兵士長ヨッカは砦で一番忙しい男になった。
資材庫からは丸太やツルハシなどの築城資材が運び出され、砦の中庭に整頓されている。
それらを全て管理し、馬車に積載するのは倉庫を管理するヨッカの役目だ。

併せて食事の準備もしなければならない。
レミ村から食の提供があるものの、全員の食料を村から徴発するわけにはいかず、その大部分は
砦から馬車で運ぶことになる。
下っ端兵士は自分の荷物をまとめるだけですむが、ヨッカには部隊全体の荷物をまとめるという
大きな役目が託されている。

先行部隊に組み込まれたサイカはこの点気楽だ。
最低限の装備をまとめ、馬に飛び乗ってレミ村まで突っ走るだけである。
食事を積み込む手間が必要ないとわかったので、サイカは他の仲間とともに中庭に集合した。
同じく先行組である1組の兵士と他の傭兵が続々に集まってくる。

集合するサイカたちの横では、2組の兵士が馬車に資材を積み込んでいる。
検問所を作るための木材、綱、宿営用の天幕などはかなりの荷物になる。
それを3台の馬車にわけ、その周りを兵士たちが取り囲んで進むことになる。
大量の荷物を引いて動く以上、機動力の減少は避けられない。

程なく先行部隊の全員が集合し、傭兵隊と守備隊1組は1列縦隊の隊形をとった。
「傭兵隊は前衛部隊となり、レミ村に向けて前進する!」
サイカは馬上で右手を高々と上げた。
「前へ!」
サイカの右手が振り下ろされると、全員が騎乗した傭兵たちは、気合を発して駆け出した。



偵察


先行部隊がレミ村に到着したのは、日も高い真昼である。
部隊の指揮は守備隊長コウンが自ら執る。
到着後、コウンは傭兵隊と1組に指示を与えると、軍監と従者を引き連れて村長の家に向かった。
検問の位置を村人に知らせ、宿営の予定地域や炊き出しの時間、分量について調整しなければならない。
村人の負担を軽くするために必要な資材は砦から運んでいるが、
状況によっては村人の協力を要請することもある。

兵士長ライの率いる1組は早速街道を封鎖し、検問を開始した。
資材がないため街道を完全にふさぐことは出来ないが、検問位置に兵士を配置して、最低限の
警戒態勢をとる。同時並行して兵士が宿営できる場所を偵察し、主力の到着に備えた。

傭兵隊は1組とは別行動である。
サイカをはじめとする傭兵隊は、馬を1組に任せると、直ちに山中の偵察に前進した。
監視所の位置を決めるためである。

街道は検問所を作っておさえるが、山中まで延々と柵をつくるような余力はない。
当然監視体制に隙間ができるが、要所要所に監視所を設け、草木を伐採して視界を開くことによって、
その隙間はある程度埋めることができる。
地隙、岩陰などの障害物があって、どうしても監視の死角ができてしまう場合は、
逆茂木を埋め込んで通行不能にしてしまうか、鳴子などのワナを仕掛ける。

監視体制は夜間になると強化される。昼間は視界が開けているため、敵を阻止する線を目で見て
確認できるが、夜間ともなるとそうはいかない。
四六時中人を貼り付けておくのが一番安全だが、そこまでする兵力はない。
そのため監視所と検問所の間に定期的に巡察を派遣して、なるべく監視の目を出すように処置する。

傭兵隊はサイカを先頭にして村を見下ろす山に踏み込んだ。
村人が薪をとりに来るため、村を取り巻く林はすっきりとよく手入れされている。
下草が刈られているため、兵を移動するには都合がいい。
これが人手の入らない自然の山中となると、生い茂った丈の低い草木が邪魔をして、
容易に進むことが出来ない。

次第に急になる山腹を登りきり、傭兵隊は山の尾根に達した。
ざっと偵察をしてから、サイカはその地点に監視所を置くことにした。
監視所の位置を決めると、次に10名ほどの傭兵隊を横隊に並べ、尾根伝いに200歩ほど前に歩かせた。
目的は陣地地域の安全化である。
サイカは宿営や陣地を造るとき、必ず部隊を前に出して簡単な偵察をすることにしている。
宿営地域の近くに敵が潜んでいる可能性があるからだ。
こうしておけば、少なくとも不意に白兵戦を仕掛けられることはない。

賊や危険な怪物がいないことを確認し、サイカは見張りの2名を残して先行部隊の集結地へ降りた。
次は検問地域の前方を偵察しなければならない。
主力部隊が到着する前に、出来るだけ情報を集めなければならないのだ。
街道を固めている1組長のライに監視所の位置を伝え、サイカは傭兵隊をまとめて
前方地域の偵察に繰り出した。



工事


主力部隊が到着したのは、日が西に傾いた頃である。
3台の馬車と2組の兵士たちは、村を突っ切って直接検問所の位置に集結した。
到着するとすぐに馬車から荷物が降ろされる。
検問所を造るための材木、材木を縛るための綱、釘と金槌、ツルハシやスコップ、夜間に備えるための松明、
宿営用のテントなどが、街道の脇にある牧場に並べられた。

兵士たちが忙しく働いている間、2組長のレンと1組長のライは騎士コウンから
細かい指示を受けている。
「検問所の位置はこの位置だ。監視所はあの山の尾根にある。街道は柵を作って封鎖しろ。
検問所から監視所までは草を刈って道を作り、1組から巡察をだせ。」
コウンはサイカが偵察した山の尾根を指差した。
「柵の両端は直接現地に行って示す。日があるうちに松明の準備をしておけ。夜も工事を続けるぞ。」
時間が限られているため、夜も昼もない。
早く二人の賊を取り囲まなければ警備の隙間から脱出される恐れがある。

「1組は現在の位置から50歩前に前進し、検問を続行しろ。」
「了解!」
工事の最中も警戒は続ける。全員が工事にかかれば監視体制に穴があく。

「傭兵隊はどうしている?」
「まだ偵察から帰ってきていません。」
「傭兵隊は帰り次第、2組に協力して工事をやらせろ。」
「わかりました。」

命令が下達されると、二人の組長は直ちに作業にかかった。
これまで検問を行っていた1組が一斉に前方に移動し、2組の兵士が工事にかかる。
2組長のレンはコウンに従って、柵の端に向かった。
レンの後には、丸太を担いだ兵士が二人続く。

「柵の端はこの位置だ。ここから南は傭兵隊を使って巡察を出す。」
「了解。この位置に丸太を立てろ。終わったら集結地に戻れ。」
レンの指示に従って、二人の兵士が丸太を地面に埋め込むべく、地面に穴を掘り始めた。
指示が終わるとコウンとレンは作業の指揮をとるため、再び集結地に戻った。

検問所の作成は、道の両端に丸太を立てることから始まった。まず基準となる柱を立て、
次いで柱と柱の間に丸太を打ち込んでいく。
20名足らずの2組にとって、これは過大な工事量であった。剣を持たない肉体労働をしている間に、
時間は飛ぶように過ぎていく。
夜間の工事に備えて、松明の準備がされた。3本の材木を組み合わせた上に鉄製の籠をおき、
そこに薪を載せて火を焚く。これもかなりの労力を要するため、工事の進行はさらに遅れた。

西の空が夕焼けで赤く染まるころ、サイカたち傭兵隊が帰還した。
報告のためにサイカがやってくると、コウンはいきなり胸倉をつかんで吊るし上げた。
「おい!こんな時間までいったい何をやっていた!」
「・・・偵察です。いまのところ、前方には何もいません。」
「ほう。ウサギや雉はいたのか?あまりつまらんまねをするな!」
コウンに突き飛ばされて、サイカは尻餅をついた。

コウンの指摘は的を得ている。
傭兵たちは必要以上に丁寧に偵察し、意図的に帰隊時刻を遅らせた。
工事に参加するのが嫌なのだ。
傭兵が工事に慣れていないわけではない。彼らは築城作業のつらさを知っているし、
今回の場合、柵に少々隙間があっても、それが彼らの命になんら関わりないことも知っている。
そのため、隙があればサボる。
コウンの言ったとおり、傭兵の中には偵察のついでにウサギを捕らえた強者もいた。

傭兵隊をまとめるサイカの立場は微妙である。
セッツ砦に雇われている傭兵たちは、まとまった傭兵団ではない。それぞれが個人的に雇われている。
サイカは傭兵隊のまとめ役ではあるが、絶対的なリーダーではない。
むろん、戦場では頭ごなしに命令する。傭兵たちもおとなしく従う。
しかしそれはただ単に分裂や混乱を避けるためでしかない。
頭のいない軍勢は烏合の衆に過ぎないことを、傭兵たちは経験的に知っている。

サイカとすれば大きなミスにならない限り、彼らの望みを聞いてやらなければならない。
でなければ戦場で殺されるだろう。

「ご苦労さん。」
仲間の下に帰ってきたサイカを、ウサギを捕まえた傭兵が迎えた。
「あのおっさん、なかなか甘くない。夜も工事だとさ。」
「へっ。それじゃ、ウサギ汁は明日に延期だな。山芋もたくさんあるんだが。」
兔捕りの傭兵は、黄色い歯を見せてにっ、と笑った。



  


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