南 方にて(2004/08/16)
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作者
U-1
登場キャラクター
某賢者



「これは珍しい来客じゃな」
「ご無沙汰しております」

玄関先で畏まる商人風の男は手にした籠をおずおずと差し出しながらワシの言葉に答えた。
かつての面影は目元に残るのみである。
すっかり大人になって貫禄もつき、どこから見ても半泣きで兄の後を追っていた姿を想起するのは、困難になっていた。

「南方の島から取り寄せた果実です。一時の涼を齎しましたらと思いまして」
「それは態々すまんかったの。勉学の合間にでも子供たちに振舞うとしよう」

ワシの言葉に青年は、かつての自分たちを思ったのか嬉しそうに笑った。
ワシは偏屈な爺で通っておるはずだが、どうも教え子たちには甘い顔をしてしまいがちである。
だが、いい大人が恩師と敬い訪ねて来るのを無碍にも扱えぬ。

「実は先生。今日はお耳に入れたい事がありましてまかりこしました」
「ふむ。なんぞ困ったことでもあったか?」
「いえ。兄のことでございます」

いい歳をして家を捨て冒険者となったかつての教え子のことである。
出立の朝に挨拶に来て以来、さっぱりと音沙汰のない、どうしようもない奴だ。
だが、「兄のことで」と語る男は多少誇らしげな顔である。

「ふむ。あ奴がどうしたとな?」
「お聞き及びでしょうか? オランで先頃街中に魔物が現れた事件を」
「いや知らぬ。そんな物騒な事件があったのか?」
「ええ。今朝方、オランから着いた船の乗組員が当家に立ち寄り知らせてくれました」
「して、あ奴が?」
「ええ。その事件の解決に一役買ったばかりでなく、それを詩として語り広め、オランでは時の人として持て囃されているそう で御座います」
「ふむ。あ奴がのう……」

ワシは遠くオランを望むように視線を向ける。
それは意外な話だった。だが、死んだと知らせを受けるよりは遥かに喜ばしい話である。
かつての教え子が、親の庇護の元でも鳴かず飛ばずだった不肖の弟子が輝かしい業績を残したのだ。
師として嬉しくないはずがない。
ワシのそんな心境が顔にでたのか、男も嬉しそうに微笑みながら頷く。

「しかし、なんじゃな。すっかり消息をたったと思ったていたのに、あ奴は見知った顔がいる場所にいるのか?」
「いえ、たまたま当家と取引のある船の船員が見かけただけのようです。なんでも港湾地区の宿に宿泊してるとか」
「なるほどの。カゾフから船でオランに着き、その近辺の宿に宿泊しておるのか。横着者めが」

と言いつつ二人で苦笑する。
冒険者になると意気込んでワシの前に現れた時は「人も変われば変わるものだ」と瞠目させておいて、そんな所は、ちっとも変わっておらんらしい。

だが、ワシは安心したのかもしれん。
ワシの知ってるあ奴は、溢れ出さんばかりの好奇心を瞳に宿し、素直に生きていた男である。王都で名を馳せる冒険者とは、それが、かなりの誇張であっても一 致しないのだ。変わってしまったのかという一抹の寂しさを味わっただけに嬉しかったのである。
ワシが可愛がったあの頃の面影を知って。

「ふむ。では、お前の店も有名になりそうじゃな」

ワシはそう言った。
高名な冒険者の生家である。人伝に聞いた者たちが押し寄せ繁盛したとしても不思議はあるまい。
だが、男は寂しそうに曖昧に微笑む。

「どうした?」
「いえ、兄は家名を名乗っていないそうです。きっと迷惑をかけてはいけないと思ってるんでしょう」
「ふむ……あ奴らしいと言えば、あ奴らしいが……」
「ええ、ですが母も私も兄と完全に縁を切ったつもりはないのです。いつでも帰って来てくれて構わないと思ってます。いえ、 それこそ有名になったのなら胸を張って今すぐにでも顔を見せて欲しいと」
「まあ、そう言うな。あ奴もあ奴なりに考えてのことじゃろうからな」

馬鹿正直というか律儀というか、あの男には子供の頃からそういった所がある。
少なくとも自分の作ったルールは絶対に破らないじゃろう。そういう男だ。
分かってはいても言わずにはいられないのが、肉親の情なのだろうが。

「いずれ帰って来るじゃろうよ。ワシもその日を楽しみにしておるしの」
「そうですね。私どもも心待ちにする事に致します」

男を見送り書庫に戻ったワシは、一冊の書物を取り出した。
今は遠く離れてしまったが、弟子だった少年が一心不乱に呼んでいた冒険譚である。

「戻って来る日を楽しみにしておるぞ、アル。その時はこのラドックが、お前の冒険を書に残してやるからな」




  


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