異端なる神官 VSオブシディアンドッグもどき(2004/08/19)
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作者
カムイ・鈴
登場キャラクター
キャナル



ぐつぐつと煮え立つ湯の様な怒りと、割り切れないもどかしさを
胸の奥に感じながら、私は林檎の名を持つ一匹の猫と共に
オランのそれこそ隅と言う隅まで注意深く歩き回っている。

私はとある人物を探している。その名はアルファーンズ。
ぶっちゃけ、彼は二股をし、尚且つその片方に子供をつくらせる
と言う、とんでもない暴挙に出たのだ。
で、この街の何処かに潜伏しているであろう犯罪者を見つけ出し
ファリス様の名の下に制裁しようという訳。

「ん〜……でも、前に会った時はそんな雰囲気は
感じなかったんだけどねえ。私の感じた雰囲気では
そんな事をしでかす邪悪な心も度胸も無かった気がするけど……」

そこで私はミトゥさんの切なくも悲しげな笑みと、ディーナさんの
涙を思い出す。

「うん。アルファーンズさん。邪悪。撲殺。万事解決」

「わんっ!」

「ひいっ!」

聞き慣れた動物の咆哮を耳に感じ、私は悲鳴を上げ大きく飛び退いた。
で、出たわね。人類の敵にして全ての生命体の仇敵……。
神が生み出した最も邪悪で狡猾、かつ残忍な生態兵器……。犬!

「わんっ!」

「ぬ、ぬう……私をここから先に通さないつもり……?
はっ、まさかこの犬はアルファーンズさんが私に自分の場所を
知らせない為に置いたトラップなのでは!?」

成る程、となるとこの先にアルファーンズさんが居る可能性が高いわね。
冴えてきた。冴えてきた。私の頭が冴えてきた!

「うふふ。しかし考えが甘かったわね。アルファーンズさん。
こんな耳の垂れた子犬如きでは、私のファリス様に仕えし信念を
打ち消す事は不可能……さぁ、そこを退きなさい犬……」

「わんっ!」

すくむ足。流れる汗。震える腕。
私はアップルを胸元に抱え上げ、私に向かって吠え掛かる
アザー・ビーストの親戚にびっ、と指を突きつけた。

「そう言えばお昼がまだだったわ! 食べたらまた来るからね!
アルファーンズさんに覚悟して置けって言って置く事ね!」

回れ右。ダッシュ。一般論でこの行動は敵前逃亡と思われがちですが、
これはれっきとした兵法なのであしからず。




第一回戦


頬を汗が伝う。眉根にしわが寄る。
チリチリと焼ける様な空気の中、私の瞳はただ一点を見ていた。

「わんっ!」

……まだ居る。
悪魔は未だ自分のテリトリーから離れようとしない。
むう、自分のご主人の命令には絶対服従なのね。
私はその魔獣にじりじりと間合いをつめていく。
少しずつ接近して一定の距離になったら一気にダッシュして
このモンスターをやり過ごす。それしか方法は無い!

「ゆっくりと近付いて……ゆっくりと……」

「わうんっ!」

飛び退く私の身体。うう……いきなり吼えるなんて反則よ。横暴よ。
吼えられる身がどれ程の恐怖と精神的ダメージを受けるか
知らないから、そういう無神経な行動が出来るのね! 良いわ。
だったら貴方にも同じ恐怖を味合わせてあげる!

「わんわんっ! う〜……わんわんっ!」

「何やってんだ。お前」

うわあ、びっくりしたわあ! 背後からいきなり声が上がるんですもの!
てっきり最強魔獣『ドッグ』が私の背後に回り込んだものかと……
で、実際私の後ろに立っていたのは、三十を過ぎた辺りの男性だった。
以前会った事のある衛視さん。名をワーレンさんと言った。
だから余計性質が悪かった。

「え、えっとね? 何故私が犬の真似事をしてたりするかと言うと、
動物達とコミュニケーションをとって、子供達に動物の可愛さと、
あと、犬と言う生命体がどれ程危険なものかを叩き込んで、
子供達の未来の為に犬の居ない世界を創造せんと野望を抱き、
ファリス様にこの生命体の遺伝子を汲む生き物を全て抹消して貰おうと……」

「言ってる事が支離滅裂で分からねえよ。っつうか、事情は知ってる。
昼前からここでずっと昼寝してたからな。しっかしあんなチビの犬に
良くそこまで過剰に反応出来るな。病気じゃねえのか?」

あらら、全部見られてたのね。犬の方にばっかり目が行って、
人の気配なんか全然感じなかったわ。でも、ワーレンさんが来た事は
私にとってそれはそれで好都合。

「ねえ、ワーレンさん。私の代わりにあの犬を退けて……」

「却下」

短い拒絶の言葉に、私の目からぶわっと大粒の涙がこぼれる。
勿論ウソ泣きだけど。私はよれよれと地面に尻餅をつき、懐から取り出した
白いハンカチを噛み締める。アップルが白い眼で見てるけど御構い無し。

「酷いわ! ワーレンさん! 人の痴態を散々目に焼き付けて置きながら
私の願いを何一つ聞き入れてくれず、捨てる様にその場を去っていくなんて、
一人の女として、こんな屈辱を受けた事は無いわ! 酷過ぎるわ!
鬼よ! 鬼畜よ! 男として責任を取って頂戴!」

「オレは人気の無い所でサボってる訳だから、そんな事叫んでも
誰も人が通らんから寂しいだけだぞ」

「それもそうね」

私はハンカチを仕舞い、立ち上がりながら服に付いた汚れを落とす。

「悪いがもう仕事に戻らねえとな。あんまりサボってばっかだと
それこそ正に首をチョン切られる羽目になる」

「あらあら、それじゃ仕方無いわねえ。でも、それじゃあ私は
この血も涙も無い怪物と何の策も無く戦わないといけないのかしら?」

「いや、その点は問題無い。ちと、耳を貸しな」

言われた通り、私はワーレンさんに耳を傾ける。
その様子をアップルがつまらなさそうに見ていた。



第二回戦


「はっはっはっはっは……」

その悪魔は大きく割れた二つの顎から、ダラリと舌を垂らし、
荒い息を吐き出している。その怪しく光る二つの瞳は、間違い無く
私の手にある生肉を捕えている。
うう……それにしても恐ろしい。恐怖で足がすくんでしまいそうだわ。

「ふっ、でもこんな所で私が退くとは思わない事ね。
こっちにはワーレンさんから授かった秘策があるのだから」

ミニ・デーモンはこちらの忠告を聞く様子も無く、ただただ
肉を見つめては息を荒げている。ふっ、宜しい。そんなにこのお肉が
食べたいって言うんだったら……

「思う存分お食べになりなさいっ!」

ぽーい、っと私はお肉を自分の背後に放り投げた。それを追って
悪魔の使いは持ち場を離れる。良し! このスキに
アルファーンズさんの元へ直行させて貰うと……

ずるっ!

「あら?」

焦っていたのかどうか知らないが、とにかく私はコケた。
顔面を擦り剥きながら数歩程前方へとズザー、っとコケたのだ。
いいいいいっ! 鼻が痛いぃ……!
ヒリヒリする顔面を撫で擦りながら顔を上げると、そこには
邪悪な微笑みを浮かべ、こちらを見つめる奴の姿が……

「……ひっ!」

「わうんっ!」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ! お助けえぇぇぇぇぇっ!」

犬型魔法生物が私の顔を舐め上げる! 私の味見をしてるんだわ!
誰か助けてぇ! このままでは私はこの醜く貪欲な犬に身体を弄ばれ
挙句の果てには骨すら残さず食べられるんだわあ!

「はっ、そうだわ。アップルが居たわ! お願い、助けて! アップル!」

興味無さそうに丸まって寝てしまっている。

「白状者おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………」

と、私が絶望に打ちひしがれている時に、天の助けが参上した。
ああ、杖とメモを常時離さず持ち歩くその神々しくも可憐な姿は正しく、
神の使いディーナさん!

「ディーナさん!」

「あ、キャナルさんじゃないですか。こんにちわ」

「ええ、こんにちわ、唐突で悪いんだけどこの犬を……」

「犬……? あ、本当だ。可愛いですねえ」

うう、このドラゴンにも勝る恐怖と混沌の集合体が可愛い……?
やっぱり、ディーナさん。貴女何処かずれてるわ。
まあ、それはこの際目を瞑ってと、

「あのね? ディーナさ」

「キャナルさん、何時の間にか犬と仲良くなってたんですね?」

「……はい?」

何だろう。どうしてディーナさんはこういう結論を出したのかしら。
犬に押さえ付けられて、顔をその醜く歪んだ舌で嘗め回され
今にも捕食されようとしている私を見て、何でそういう発言に
行き着いてしまったのかしら……?

「え? い、いや、これは違うのよ。私は今正にこの悪魔に
栄養分にされようとしまっているのよ。だから助けて、ね?」

「まったまたご冗談を♪ どう考えてもじゃれてる様にしか
見えませんってば♪」

ず、ずれてるわ……前々っからずれてるとは思ってたけど、
ここまでずれてるとは思はなかったわ……。
そ、そうだわ! ディーナさんもアルファーンズさんを探してる筈!
ならこの先にアルファーンズさんが居る可能性が高いと知れば、
この状況をちゃんと理解してくれる筈よ!

「あのね、ディーナさん。実はアルファー」

「あ、そうでした。私、アルファーンズさんを探さないと……
キャナルさんも、何か手掛かりを見つけたら言って下さいね? それじゃ」

聞きなさいっての。

ああ、待ってディーナさん! 行かないでお願い! この恐怖の大王を
私の身体から剥がして行ってえ! このままではあまりの恐怖に
精神が歪んで貴女の事を恨み殺してしまうかもおっ! ディーナさあんっ!



第三回戦


「うふふふふふ……完全武装キャナル・ヴォルファング、ここにあり!」

眼前の犬畜生を瞳に捉え、私は挑発的にそう叫んだ。
何故こんなにも私がこんなに強気でいられるかと言うと、
それは私が着込んでいる超重量のプレート・アーマーにある。
知人の神官から借りて来た物だけど、これでこのワン公に
手出しされる事も無いわ!

「さあ来なさい! この重装甲キャナルさんに傷を付けられるものなら
やぁってみなさい! おほほほほほほほほっ!」

狂った笑いを上げる私。それに見向きもせず耳垂れ魔神は
そこら辺をうろうろと歩き回る。うふふ、困ってる困ってる。
私を追い払いたいけどどうすれば良いか困ってるのね。
この勝負、私の勝ちよ!

……とは言ったものの、実は私この状態じゃ鎧が重過ぎて
動く事もままならないのよね。この鎧はこの場所に来てから
着替えてたりする。完全武装キャナル・ヴォルファングには
こんな秘密があったりしたのだ。ちゃんちゃん。

何て思ってる場合じゃ無いわ。これじゃアルファーンズさんのアジトに
向かう事も出来やしない。脱いだら脱いだで襲われるべし……
良し、ここは一つ我慢比べよ。あの地獄の門番がこの場を去るまで
この格好で待ち続けてやろうじゃないの。

ーーーーーーー一時間後ーーーーーーーー

「ふ……ふふふふふふ……暑い……思考がとろけてしまいそうだわ」

ああ、考えて無かったわ。そりゃこんな鎧来たまんまこの暑い中
ずーっと立ちっ放しだったら、こういう風になるわよねえ。
ああ、て言うか何でこの邪悪な子犬はここから立ち去らないの?
自分だけ日陰で休んじゃって。私は日陰に行きたくても動けないのよ!

と、怒りに汗で濡れた拳を握っていると、見慣れた人物が
私の事をいぶかしげな瞳で見ていた。いや、確かにこんな日差しの中、
こんな格好してるのはちょっと頭の可笑しい人に見えるかもしれないけど。

「あんた、もしかしてキャナルか?」

「もしかしても何も見れば分かるでしょ? アスリーフさん」

「おれの知ってるあんたはもうちょっとまともだと思ったからな。
しかしあんたはことごとくおれのファリス神官の像を崩すね」

「二つ名が異端の神官ですものね」

何時もの微笑をしたつもりだけど、幾分引きつって見えたかもしれない。
アスリーフさんが数歩退いた。このままでは折角現れた協力者(強制的)
に逃げられてしまうと考え、アスリーフさんに事の次第を話す。

余計退いた。

「あんた病院行った方が良いよ」

「あら、失礼ね……私から見れば可笑しいのは犬に普通に接する
貴方達……ふう……ふう……」

息を荒げる私にアスリーフさんは心配したのだろう。私にその鎧を
今すぐ脱ぐ様に勧める。うふふ、しかしそれは出来ないのよ。
それでは折角の作戦が台無しになってしまうじゃない……!
それに私……実を言うと……鎧の下、滅茶苦茶薄着なのよね。
しかも汗で多分……。

「ほら、早く脱ぎなって。このままじゃ倒れちまうよ」

「ふう……それは出来ないわ……作戦の遂行の為にも……ふう……
私の……ふう……清らかなイメージを……ふう……保つ為に……ふう…」

「何? 良く聞こえないよ。良いか? 脱がすぞ!」

鎧の金具に手をかけるアスリーフさん。色々な意味で危険を感じた私は、
無意識に拳を突き出していた。

「だむっ!?」

珍しいタイプの断末魔を上げ、アスリーフさんは壁に寄りかかって崩れる。
理性を取り戻した私は気絶しているアスリーフさんに『癒し』を使い、
全速力でその場を後にした。動けたわね。普通に。



第四回戦


「オニオン戦士キャーナールー!」

別に私は頭が可笑しくなった訳じゃない。
アルファーンズさんに無実の罪を着せたアイシャと言う女性。
その女性の送り出した番人、魔獣・ワンタタンを倒すべき秘策を
ついに編み出したのである!

犬と言う悪魔の皮を被った悪魔は私の姿に脅えている。
ふっ、どうやら知人の言っていた事は間違いではなかったみたいね。
犬は玉ねぎが苦手。神殿の知人はそう言っていた。
だから私の身体には無数の玉ねぎが巻きつけられたりぶら下がったりしてる。

「うふふ、ちょっと玉ねぎ臭いけどそれで私の弱点が克服出来るなら我慢するわ。
さぁ! そこを退いて貰いましょうか! 暗黒魔獣・イヌラ!」

「何してんの、キャナル」

呼ばれて後ろに振り返る。玉ねぎが居た。否、玉ねぎが邪魔で見えなかったので、
その邪魔な一つをもぎ取る。

「あ、傭兵さん。見ての通りよ」

「サイカって呼べよ」

少々憤慨しながらサイカさんは私の方へと歩み寄る。その表情は何か、
形容し難いものがあった。何かあったのかしら?

「しかし見ての通りって……玉ねぎを全身にぶら下げた女が犬を指差して、
悪魔だの何だの喚き散らしてる状況を見て、一体何の通りなのさ?」

「ふっ、愚問ね。この行為を一言で言うならばすなわち正義!
サイカさんには理解出来ないかもしれないけど、この行動は一人の悪人を
追い詰める為の超絶ファリス的行為なのよ」

「……どうでも良いが正義とか語る前に金を払え」

じわり、と。私の頬を油の乗った汗がしたたり落ちる。
ゴメンナサイ、財布まだ戻ってません。お金も入っておりません。
……でも説得力無いわよねえ。こんなに大量の玉ねぎを買うお金があるなら、
奢る方にまわせただろうって……ゴメンね。サイカさん。
素で忘れてたのよ。奢る約束。

「今は訳あって無理なのよ。代わりに私の身体で払うわ……」

スッ、と胸元の辺りを少しはだけてみせると、

「いや、絶対払わなくて良いよ。うん、イラナイイラナイ」

と言う冷めた反応が帰って来た。ちっ、つまらん。
とりあえず本来の目的を、と言う事で死神犬の方を向くと……
そこには犬の姿は無かった。逃げ出したのだ。このオニオンキャナルに
恐れおののいて逃げ出したのだ。奴は。

「ふ………うふふふふふ………うふふふふふふふぅ……」

「お、おい……キャナル……?」

「おほほほほほほほっ! ついに、ついにやったわ!
ざまあみなさいドッグ・デビル! 私はついに打ち勝ったわ!
さぁ、見てなさいアイシャさん! 貴女のアジトに通じる道は
もはや丸裸も同然の状態! 覚悟しなさい! 明日に!」

そう、明日。気付けばもう空の色はオレンジ色。
私は狂った笑いを上げクルクルと回転しながら街の方へと走って行った。
サイカさんは私の姿が見えなくなるまで、呆然とそこに立ってたそうな。





  


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