序 章、転機(2004/08/21)
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作者
U-1
登場キャラクター
ヴィルデ




序章


昔語りなんぞというもんは、それこそ、ほれ、御主のような吟遊詩人ノこそ相応しかろう。
「歌は草妖精、酒は土妖精」と言うようにな、何事も本職に任せておくが良いのじゃよ。
儂のような口下手の武骨ものが語るのを聞いたところで面白くもなんとも無いじゃろうしの。

ふむ? 構わんとな? やれやれホンに物好きな吾人だわい。

……ふふ、抜かしおったな。
確かに苦手じゃからと逃げ出しては戦神の使徒としての名折れだの。
良かろう。そうまで言われては、語って聞かせねばなるまいて。儂の半生をな。
その代わり、今夜の酒代は御主の奢りじゃぞ?

・・・

その人は、そう言いながらからかう様にボクを見た。
正直、土妖精の酒代がいくらになるのかを考えると躊躇せずにはいられない。

「……でも、そうですね。やっぱり最初からが良いですからね」

ボクは承諾の証に二人分のエールを注文して彼の話を促した。
長く充実した夜になる。
そんな予感に喜びとチャ・ザ神への感謝を感じながら。

・・・

その男……ヴィルデ・フーリエという戦神の神官戦士……が生まれたのは、エストン山脈にあるドワーフの集落だった。
彼は集落で仕立て屋を営む一家の一人息子として生を受ける。
と言っても仕立て屋を経営していたのは、母方の祖父母であり、父親は自分の弟とともに別の職種に就いていた。

傭兵……それが父と叔父の生業である。
辺境守備や地域紛争時の武力として己の力を戦場で揮う……そういう男たちだったのだ。
その父と、祖父母を手伝ってお針子をしていた母とが、どうして出会ったのか。
その点をヴィルデは疑問に思った事が無い。
戦場から戻った父を迎える家族は、それくらい自然であり、両親の仲睦まじい姿は村の誰もが認めるところだったからである。

だからヴィルデの子供時代は非常に幸福なものだった。
確かに父は一年の大半を戦地や辺境の砦で過ごし、家には数える程しか戻らない。
それでも祖父母と母親が注いでくれる愛情は並々ならぬものであったし、帰還した際に父親が見せる厳しさと包容力には、子供ながらに「男とは各あるべきだ」 と憧れを抱いたのである。

デーゲン……それが父の名であった。
旧き言葉で“勇者”を示すその名の通り、若き日のヴィルデにとって父は、まごう事なき英雄だったのである。憧れ近付きたいと思いつつも、遥かに遠く。いつ も先を歩むその背中ばかりが目に入る……そういった存在だった。そのため、ヴィルデは父の帰りを心待ちにする。早くその大きなゴツゴツした手で頭を撫でて もらえるように。邪魔にならないよう刈り揃えた髭で頬を擦られるように。

それが父のお気に入りだった。
無骨な自分には、それくらいしか息子との交流を深める術がないとでも言うように、デーゲンは帰還する度にそうする。まだ、家に入る前にだ。

「おお〜い、いま帰ったぞぉ」

父は外からそう言う。慌てて駆け寄ったヴィルデの頭を撫で、抱え上げながら髭の接吻を見舞う。そして、ヴィルデも「痛い」と言いながら、笑顔であり、けし て父親から逃げ出そうとはしないのだ。そんな二人を戸口から祖父母が微笑ましそうに眺める。母は傍らから父を仲裁し、叔父がその背後で豪快に笑う。そうい う案配に家族は帰還を喜ぶのだった。

・・・

「母様、父上は何時お戻りになるのですか?」
「山がパルメラ様の白粉を冠る頃よ」


遠く離れた任地からの帰還である。
旅の間に予定が狂う事もあるだろう。
或いは仕事の都合で遅れることもあるだろう。
だから母はヴィルデが聞く度にアヤフヤにそう答えた。夏ならば「ブラキ様の炉が燃え盛る頃」であり、春や秋は「去年漬けたサクランボのお酒が飲める頃」 「父さんの好物がいっぱい食べられる頃」である。

母は詩情と遊び心に溢れた人だった。
勿論、母をそう育てた祖父母も同じように陽気で温かい人々であり、三人は絶えず笑顔をたたえながら日々の生業に勤しむ。村の同胞たちの服を仕立てるだけで はなく、近隣の地方貴族に請われて上等な衣服を扱う事も少なくなかった。何故なら一家は人間にはちょっとやそっとでは真似できないほど繊細で優美な刺繍技 術を持っていたからである。

無論、ドワーフ随一の、というほどではない。だが、器用さで人間の上をいく種族だ。同族の中で平均的腕前でも人間相手なら十分素晴らしいと賞賛を受ける作 品を残せる。それが一家の大きな収入源となっていた。

「良いかの、ヴィル坊。綺麗な物を作ろうと思とったら、どう綺麗な物を作るかを考えにゃあ、いかん。そうじゃよ。綺麗にも 色々あるでな。ああ、銀細工も刺繍も一緒だわな」

祖父がよく言っていたのである。優美な文様や華麗な風景などを糸だけで描く。それはまるで布をキャンバスにした絵画のようであり、ヴィルデにとっては魔法 のようだった。針が布の下に隠れ、また姿を現す。その繰り返しであるはずなのに気がつくとその軌跡が様々な図柄となって残る。幼いヴィルデが、それに魅せ られ、自らもまた同じ技術をと願ったのも無理からぬ事だった。

無論、父が常に傍らにあったなら、武器の扱いを教わっただろう。なにしろヴィルデは父親に心酔していたのだから。だが、それは祖父母も母も望まぬ道であっ た。それを承知しているだけに、また、父に追い付けないと自身が思い込んでいたために、ヴィルデは刺繍技術を身に付けるべく家族の手伝いを始める。

五年、十年とそんな暮らしが続いた。
流石に帰還した父がヴィルデを抱きかかえる事はなくなったが、父の愛情もヴィルデの尊敬も少しも変わる事はなかったのである。勿論、母も祖父母も叔父も。 皆が変わらず、ただ平穏な日々を送っていた。

あの日が来るまでは。


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転機



あと十年もすれば、ヴィルデも大人として認められる……そんなある年の事だった。
 勿論、身体的には、すでに大人と大差ない。だが、土妖精は若輩者に厳しいのだ。
 たかだが二十年ばかり生きたところで、何程のものか。石壁にしてみたらその程度の年月風雨に晒されたところで大差ないし、酒にしてみたところで、人を唸 らせるには、まだまだ熟成が足りない、とそういう事なのだ。少なくともヴィルデが育った村の土妖精たちは、万事がこんな具合である。パルメラ様が授けて下 さる様々な恵みに自分たちの生き方の指針があると考えているのだ。
 だが、その年ヴィルデにもたらされた知らせは、到底、恩恵と呼べるものではなかったのである。

 その年、父と叔父のラーベンは、とある地方貴族の領地に私兵として雇われていた。
 無論、二人の他にも多くの傭兵が招集されている。その多くは人間であったが。

 そもそも、かの貴族が私兵を集めたのは、隣接する領地を治める兄との不和が原因であった。
 二人は、ともに父親からその領地の一部を譲り受けてはいたのだが、総領たる長兄に比べると“あるだけまし”といった程度の広さでしかない。次男三男なの だから、当然といえば当然であり、貰える領地があるだけ恵まれてはいるのだが、人一倍虚栄心と自己顕示欲の強い二人は、そのことに常々不満を抱いていたの だ。
そして、二人は、同時にこうも思っていたのである。あいつさえいなければ、と。
二分してしまったがばかりに“あるだけまし”程度なのだ。合わせて相続したなら、長兄には及ぶべくもないが、庶子の貴族たちの間では“それなり”の領地持 ちとなれる。

 だから、彼らは互いを監視しあい、相手をその地位と職責から引き吊り落とすための失点を探り合っていたのだ。だが、それでは埒があかない事に二人とも気 が付いていた。監視されてると分かっていて、遊興や放蕩に耽る領主が何処にいるだろう。相手の失策を待っていたのでは、いつまでたっても領地を倍増させる など、夢のまた夢である。

 そこで、二人は別の手段にでることにした。幸い、監視要員育成の為に密かに助力を授けていた盗賊ギルドがそれなりの規模を持ったものに成長している。二 人は、彼らを使って様々な流言飛語による人心攪乱や焼き討ちに代表される数々の破壊工作を行いあうようになった。

 そういった策略を仕掛ける一方で、民衆の支持だけは集めておかなければいけない。仮に統治すべき民の一人が自分たちの父親なり、長兄なりに直訴をすれ ば、それこそ墓穴である。表面上はあくまで「質の悪い盗賊の横行に苦慮している領主」なのだ。

 だから、自警団のごとき私兵を己の私財で雇う。
 それが民衆へのアピールであり、武力行使に至った時のための用心なのである。

 招集された傭兵の多くは、そんな裏事情を承知してはいない。
 自分たちが取り締まれと命じられてるのは、盗賊である。敵味方の区別はあろうはずもない。風体の怪しい人物を見つけては、領主から委任された証の鑑札を 取り出し、何をしている・何処へ行く、と一人一人聞いてまわるのだ。そして、逃亡の気配を見せた者は問答無用とばかりに捕らえ、獄に下すのである。

 デーゲンとラーベルもそんな任務に半年ほど従事しているはずだった。
 しかし、二人は3月ほどで帰還したのである。

 負傷夥しいラーベルと遺髪のみのデーゲンという姿で。

・・・

「どうしたと言うんですか、叔父上?」

 ヴィルデは父の変わり果てた………というより、面影さえも偲べない、抜け殻の如き遺髪を握り締めながら聞いた。ラーベルは負傷によって失明しかけた左眼 からも涙を流しながら語る。自分たちの雇い主の裏事情とそれを暴露しようとしたデーゲンの末路を。

 本来ならば傭兵は雇い主に忠実でなければならない。
 例え後暗い事がある雇い主でも雇われた以上は、その人物に不利益となる行為を働くなどもってのほかだ。だが、自分たちが怪しいと思う盗賊の半数は領主が 発行した身分証を所持し、捕らえた盗賊の幾人かは、大した取調べも無く領主直属の指揮官が解放していくのだ。どう考えたところで、不正な裏取引が成されて いるのは明白だろう。

 或は、初めから傭兵たちに事情が明かされていたなら、デーゲンも裏事情を探ったり、暴露しようとはしなかったかもしれない。無論、その場合は雇われる事 すら拒否したかもしれないが。ともかく、知らされていない事情は、自力で調べるというのが、デーゲンの心情だった。常に暴露する為というわけではない。そ の事情を承知していなかったがばっかりに、捨て駒として利用されるだけに終わるというのは、よくある事だ。その危険を最小にし、正しい選択ができるように という言ってみれば、一種の保身行為なのである。そして、それは多かれ少なかれ大半の傭兵たちが行うものだった。

 だから、デーゲンも最初から暴露するつもりだったわけではない。
 裏事情を探り、そこから雇い主の思考を推測し、自分たちの安全と功名を十分なものとする機会を探るだけのつもりだった。

「それが、まさかあんなに愚かしい事情だったとは……」

 ラーベルは憤懣やる方ないといった感じで呟く。
 それは、そのままデーゲンの感想でもあったのだろう。民衆を省みず、己の利益のみを追求する領主……それは同時に傭兵をも人として考えていない馬鹿貴族 の証明である。出自に胡座をかき、他者は自分に奉仕するのが当然と考えている類いの人間だ。そんな人物の元で番犬紛いの働きをする事は戦士としての己の矜 持が許さない、とそう父は思ったのである。無論、叔父も同様に考えていた。故に全てを白日の下に晒し、その領民と隣の兄が治める領地の民衆とを解放しよう と考えたのである。

「ワシと兄じゃと傭兵仲間のガントがそう動いた。ガントは人間だが、中々に腕の立つ奴でな。ニ、三度同じ仕事に就いた縁も あり、我らと一緒に領民側についたのじゃ」

 叔父は悔しそうにそう述懐する。

「じゃが、ガントは領主のスパイじゃった。ワシらが証人となる盗賊を引き連れて、長兄の領地へ行こうとした夜……奴は野営 の食事に痺れ薬を混ぜおった。そして、気脈を通じておった領主子飼いの騎士どもを呼び寄せたんじゃよ」

 時折、傷の痛みに顔を顰めながらラーベルは続けた。

「ワシらは囲みを突破して何とか逃げ出した。闇夜じゃったしの。奴らは明かりの届く範囲でしかワシらを探せん。じゃが、ワ シらは突破するまでにこの通り、体中に傷を負っていたのじゃ」
「では、父上は……?」
「ああ。兄じゃはワシより重症じゃった。ワシを庇って受けんでも良い傷を受けたのじゃ。隠れられる洞穴を見つけ、応急手当をした頃にはすでに手遅れじゃっ たよ」


 やりきれない沈黙が二人を包む。
 結局、デーゲンはそのまま帰らぬ人となったのだ。

・・・

 一月後、ヴィルデは叔父に請い武器の扱いを教わり始める。

 仲間のふりをし、父を裏切った男。
 痺れ薬を盛り、父を死へと誘った卑劣漢。

 ガント……奴だけは許せそうになかったのだ。祖父母も母もヴィルデを止めたが、彼も頑なな種族として知られる土妖精の一人である。これだけは譲れないと 制止を振り切り傭兵となる決意を固めていた。

 父親の仇を討つのだと。
 例え私怨と蔑まれようが、粗暴と揶揄されようがガントだけはこの手で殺すのだと。
 その為だけに自分を鍛える日々が始まったのである。
(続く)



  


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