戦 闘、神託、終章
(2004/08/21)
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作者
U-1
登場キャラクター
ヴィルデ
幾つもの仕事を経て、ヴィルデは成長した。
父譲りの才能と種族としての特性が彼を“武器を持った青年”から“戦士”へと導いたのである。
無論、彼の弛まぬ努力もそれを後押しした。私怨を晴らすために自分を鍛え抜くその姿は同じ傭兵からしてみても鬼気迫るほどである。
そして、彼はついに機が熟したことを知った。
父の死の原因となったあの貴族たちが、長兄の死とともにその領地を巡って小規模ながら諍いを始めたのである。無論、長兄には嫡子がいた。国には嫡子が相 続することを認めさせた上で、その後見人の座を手にしようというのである。
その、きな臭ささが漂う場所にガントも雇われるというのだ。過去の功績を引っさげ、傭兵団の小隊長として。
仕事の度に追い求めながら、中々にその姿を見出せずにいたヴィルデにとって、この紛争は正に好機である。
父の仇ガントを討つ事は、その背後で父を死に追いやった貴族に少ないながらも打撃を与えるのだ。自分が武器を取り、研鑚を重ね、辛い修行を重ねてきたの は、間違いなくこの日のため……ヴィルデはそう確信する。
私怨に囚われた彼は、迷う事無く敵対する兄の陣営に馳せ参じた。何れ変わらぬ馬鹿貴族ではあるが、父を死に追いやった人間ではない。その事だけで十分 だった。
そして、ヴィルデの期待通り、或は民衆の懸念通り、二人の貴族は戦闘を開始したのである。無論、長引けば王国の介入を受けてしまう。そうなれば両家とも 終わりだ。それだけに戦闘は短期決戦であり、全勢力を投じての野戦……言ってみれば兵力を使った決闘である。決闘であるならば、貴族としてのコネを最大限 に利用しさえすれば、王国の目をそらしておく事も不可能ではない。ヴィルデもその戦場に身を置いたのだった。
・・・
その日……戦場と目される平原には、夜明け前から雪が舞っていた。
身を切るような寒風と肌に触れるフラウの子らに誰もが顔を顰め、解けた雪でぬかるむ大地を憎々しげに睨んでいる。間違いなく過酷な戦闘になるのだ。汗と 泥と雪と返り血がその身を汚し、疲労と麻痺した思考と狂気との狭間を終日彷徨う……そんな一日になる。そう確信していた。
「必ず……必ず奴を見つけ出す」
ヴィルデは滑り止めの刻みをブーツに付けながら誰にともなく呟く。
ガントの命を奪う……その為に自分は生きてきたのだから。なんとしても父の仇を討つ……その為だけに厳しい試練を己に課してきたのだから。白い息を吐き 出しながら、その思いだけを胸に開戦の時を……“払暁”或は“黎明”と呼ばれるその時を待った。
・・・
鬨の声を上げながら両軍が激突する。
軍といっても傭兵が大半を占める俄作りの混成軍だ。双方合わせて二百人足らずの小規模戦闘とは言っても激突まではともかく、一度敵と隣接してしまえば、 指揮の及ぶものではない。男たちは互いの旗幟さえ不明になるほど入り乱れ、互いの刃の前に血の花を咲かせていった。完全な乱戦である。もともと、現在の状 況が混乱していると断じるほどの秩序など、最初から在りはしなかった。だが、僅かに参戦していた騎士たちは、それでも必死に指揮を取ろうと足掻いた。
指揮しようとする者は騎乗している。
そんな目につく存在は、早々にその乗馬から引き摺り下ろされた。馬上から攻撃を受けては不利だと判断した者や騎士を討てば恩賞が増えると邪推した者の所 業である。一度落馬させられてしまえば、完全武装の騎士が自力で立ち上がるのは、ほぼ不可能に近い。乗り手を失い、暴れ馬と化したかつての愛馬に踏み殺さ れる者が続出した。それは、その騎士の不幸であるとともに戦闘に参加した全ての者の不幸である。指揮をとろうとする者が完全にいなくなったのだ。それが混 乱に拍車をかける。
誰もが自分の命を守ることに必死で、眼前に立つ者は己の剣なり斧なりの餌食でしかない、とそう思っていたのだ。戦場における保身は殺戮と同義語である。 かくして人は人を殺め、殺めた者も別の者の殺意にさらされ、事態は“混乱”と呼ぶのも生易しい惨状へと推移していった。それは理性だとか思考だとかの存在 しない“狂乱”である。
ヴィルデも無論、その只中に在った。
幾度となく敵と刃を交え、自慢の鎖帷子にも多数の傷が残っている。両手で握る戦斧は血と肉脂で汚れ、切るという機能をすでに失っていた。そんな状態でも 敵は現れる。現れれば己の身を守る為に戦斧を振るうしかない。例え叩き割るのだとしても。
・・・
日は天高く上っていた。
戦闘は、それを画策した者たちの思惑を超えて大量の犠牲者を出しながらなお終わらない。
それでも生存者が減じた事で、時間あたりの犠牲者数は減少し、戦闘が広範囲に渡った事で遭遇率も低下していた。
ヴィルデは頬を伝う汗を拭おうと返り血に汚れた篭手を外し、腰のベルトにつけた小鞄から布切れを取り出す。どちらが優勢かは分からない。だが、彼にとっ てはそんな事、初めからどうでも良い事だったのだ。
「奴は……」
周囲に動く者はいない。
在るのは、屍か屍になろうとしている物だけだった。
「奴は、まだ生きているだろうか」
俄に不安が巻き起こる。
鎖帷子に身を包んだ土妖精が傷を負ったほどの激戦だったのだ。
おそらく筋力に劣る彼の仇は、ヴィルデほど丈夫な鎧を身に付けてはいないだろう。それでなくとも傭兵隊の小隊長である。誰かに狙われ、すでに殺されてし まった可能性は十分にあった。
「だとしても……」
ヴィルデは萎えそうになる気力を叱咤するように口にする。
例え死んでいたとしてもその事実を確認するまでは、この戦場を後にはできないのだ。そして、確認が出来るまでは、自分の手で仇を討つチャンスは必ずあ る。彼はそう信じて歩き出した。
「!!」
ほどなく彼は遭遇する。
討ち果たすべき相手とだ。
その男を殺す為に、復讐のために自身の刃を磨いできたのだ。
その辛い日々が報われる日が来たという高揚感がヴィルデを包む。
「デーゲン・フーリエが一子、ヴィルデ・フーリエ! 亡き父の仇を討つため、貴様に決闘を挑むぞ!」
戦場に土妖精特有の大音声が響き渡った。
宣言されたガント自身もこちらを見定め、嘲りの笑いを浮かべつつ怒鳴り返す。
「小賢しいわ、子倅が! 老いたりと言えどもこのガント・ダルマン、貴様如き駆出しに遅れを取ると思ってか!?」
「ならば受けてみよ! 父の無念を! 母の悲嘆を! そして我が恨みを!!」
ヴィルデは叫びながら駆け出した。
戦斧を肩に担ぐようにしてである。ガントの眼前に迫った刹那、すぐさま打ち下ろせるように。同族相手の走り比べで負けたことのないヴィルデだ。しかし、 人間相手では些か分が悪いのも事実である。今この時を逃してしまったら、ガントは自分の前から容易く逃げおおせるだろう。それだけは、なんとしても許すわ けにはいかなかった。
「うおぉぉぉ!」
猛る竜の雄叫びもかくやという唸り声とともに風を切り裂き戦斧が振り下ろされる。
ガントはそれを盾で受流し、己の剣を横薙ぎに払おうと身構えた。
『ガキィィン』
強烈な金属音と火花が起こり、ヴィルデの戦斧は弾かれる。
だが、ガントの剣も相手の鎖帷子を貫けずにその表面を走って終わった。
二人は奥歯が折れんばかりに歯を噛締め、血走った瞳に相手への殺意を滾らせながら互いの武器を振るう。ヴィルデが上段から切り込めば、ガントは下段へ突 きを繰り出す。正に一進一退の攻防であった。
(続く)
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斬り合いの最中、先に息を切らせたのは、ガントである。
若さと意思とが二人の明暗を分けたのだ。
「くっ」
圧され気味になる事が多くなったガントが苦し紛れの吐息を漏らす。ヴィルデはそこに勝機を感じたのだ。全身のバネを使い防がれざる最後の一撃を繰り出そう と距離をとる。だが、それが若さの過ちだった。
『ビシャッ』
ガントの投げ付けた泥水が狙い過たずヴィルデの視界を塞ぐ。
「おのれ、卑怯なっ!」
襲い来るであろう一撃に備え、再び距離をとろうと足掻きながら、ヴィルデは呪詛のうめきを上げる。だが、次の刹那、彼の耳に聞こえてきたのは、風切る刃の 音ではなく、足早に遠退いて行く一つの足音だった。
逃げられる……
ヴィルデは焦った。
ここで奴を逃せば、また五年、十年と奴を求める当所も無い旅に出なければならない。そんな悔しい思いは父を失った時に味わった分で、十分だ。もう絶対にあ んな思いはしたくない。縺れる足と視力の戻らない目を奮い立たせ、ヴィルデはガントの後を懸命に追う。
復讐の為に自分を鍛えてきた。仇を討つ為に今日まで試練に耐えてきた。ここで、奴を逃したら、その全てが無に帰すのだ。絶対に逃がさない。必ず、この手で 奴を殺す。
そう思いながら。
・・・
そして、彼は見るのだった。
暴れ馬に跳ね飛ばされ、天高く舞う仇の姿を。
弛緩し、ただ大地に叩き付けられる哀れな物体を。
『ゴキッ』
それは、泥に覆われた大地が発する音より、はるかに鮮明にヴィルデの耳に届いた。
首が折れた。
ヴィルデの脳裏に浮かぶ事実である。
死んだ。
奴が暴れ馬に跳ね飛ばされて。
俺が殺すはずだったあの男が。
あっけなく。
達成感は無い。
彼の眼前にあるのは、討ち果たした仇ではなく、単なる死体なのだ。
心に穴が空いたようである。
なんの為に……。
虚しさが込み上げた。
自分の手で討ち果たそうと心に誓っていたのだ。
俺は、その為に……。
だが、それは永遠に果たせぬと決した。あっけなく仇が死んでしまったのだから。
俺は、なんの為に……。
どうしようもないほど倦怠感を感じる。
何故だ、何故なんだ……。
虚しさが全てを奪っていくかのようだった。目的も結果も自分自身でさえも。
俺は、なんの為に……。
今日までの辛く苦しい修行の日々は。
いったい、なんの為に……。
『己の為に』
雪が舞い落ちる戦場に光明が差し込む。
その光は天から伸びてヴィルデを包み込むかのようだった。
今の声は……?
厳かで力強く、それでいて優しく温かい声。
己の為に……。
自分で繰り返し不意に理解した。
それが、戦神マイリーの御声であると。復讐の為にではなく、誰かの為にでもなく、ただただ、己を高める為に己を鍛えよとそう神は伝えてきたのではないか。
『己の為に』
それが神の指し示す道。
ヴィルデは目を閉じ心に刻むのだった。ただ、己の為にと。
(続く)
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まあ、そうしたわけでの、儂は戦神マイリーの使徒となったんじゃわい。
それから五年ほど神殿に通っての、色々と学んだんじゃが、まあ誰かに教わるだけでは縋っているのと大差ないからの。
己を高めるために冒険者になって、当所も無く放浪しているというわけじゃ。
言ってみれば、まあ、武者修行と言ったところかの。
・・・
そう言いながらヴィルデさんは、残ったエールを飲み干した。少し照れ臭そうにしながら。
すでに十杯以上のジョッキが彼の前にある。ボクの前には、その半分にも満たないけれど、二人分の料金を合わせたら大した額になるだろう。
でも、それに見合うだけの話だった。というか、それ以上の価値がある話だとボクは思った。
「長々とお聞きして申し訳ありませんでした」
そう言い頭を下げる。
「なぁに構わんさ」とヴィルデさんは手を振りながら照れ臭そうに微笑んだ。
彼に感謝を捧げ、ボクはその場を辞す。
彼と出会えた事にもチャ・ザ神への感謝を捧げて。
(了)
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