砂 漠への旅・前編(2004/08/27)
MENUHOME
作者
枝鳩
登場キャラクター
ルベルト



羊皮紙を広げて重石を置き、インク壷を近くに引き寄せる。
 今回の仕事の記録として何を書こうかと思いをめぐらせながら、魔法の明かりの下でペンの先を小刀で削り始めた。

 
 七の月も下旬となったある日のこと、暑い夜の締めくくりにエールでも飲もうかときままに亭に立ち寄った。その際にマスターから紹介されたのは護衛の仕事 だった。
 普通の護衛と比べれば割が良い・・・いや、破格といっても良いだろう。その提示金額ですら人の集まりが悪いのは、行き先があの”悪意の砂漠”ことカーン 砂漠のためだ。
 依頼人に会うだけ会ってとりあえず話を聞きたいと言って、マスターから紹介状を受け取った。

 この真夏のクソ暑い時期にわざわざ危険な場所に行く仕事に俺が興味を持ったのは、別に報酬が良かったからではない。
 一言で言えば、好奇心と言う事になるだろう。カーン砂漠及び砂漠の民については、ほとんど知られてはいない。砂漠の民自体には大きな街・・・少なくとも このオランなら本気になって探せば会えないことは無いだろう。相手がそう名乗るかどうか、正体を明かすかは別だが。大陸全土に散らばっているうえに、皆伝 統のしきたりや風俗を頑固に守っているためだ。
 だが彼らは極端な排他主義を取っており、その文化、出自、思想はまったく不明といっていい。ただ、砂漠の民出身の暗殺者の存在だけが広く知られており、 実際彼ら(やその財宝)に興味を持って行方不明となった冒険者や賢者は数多いると言われている。

 彼らの本拠地(そしておそらく聖地)のカーン砂漠には、足を踏み入れただけで普通は消されると言う穏やかでない噂がある。マスターから話を聞く限り、生 きてそこに入れる可能性があるのだ。この機会を逃す事が出来るだろうか、賢者を名乗るものとして。
 ま、物好きと言われればそれまでだが。

 まだ未熟は自分でもわかっているのであまりな無理をするつもりも無かったが。その判断をするためにも依頼人と詳しく話をする必要があった。







翌日、紹介状記載の地図の示す場所へと向かった。表通りから遠く隔たった路地を抜けた一角・・・そうとしか言いようが無い場所だった。
 ワズスと名乗った依頼人は紹介状を確認した後に、俺を睨むように見ながら必要最低限の言葉で質問を投げかけてきた。
「砂漠は?」
 何を聞きたいのかわからず、黙っていると彼はようやく次の言葉を発した。
「初めてか?」
 そして、聞きたい事のみを聞くとさっさと次の質問に移るのだった。
「ああ、行ったことはない。その厳しさは話には聞いてい・・・・・・」
「もういい。魔法の腕は?」
 と言う具合に。

 護衛対象は行きは人間四人と駱駝十二頭、及びその輸送物資。帰りは依頼人と駱駝二頭と荷物。予定拘束期間四週間、ずれが前後五日以内なら日数報酬に変動 なし。危険手当あり。ここまではまぁ普通だろう。だが・・・。
「飲食、宿泊費はそちら持ちで良かったな?」
「もちろんだ。更に生活用品や必要装備一式もこちらで用意してある。当日は集合場所に必要最低限の装備で集合の事。戦えればいい、余計な物は持ってくる な」
 余計な事が出来ないように、という配慮だろう。用心深い事だとそのときは思ったが、後で考えれば砂漠で手間取らせないための心遣いでもあったらしい。愛 着の無いものなら必要以上に気を取られる事も無い。
 もう一点気になる点は、やはり具体的な目的地が明かされなかったことだ。予想日程から考えるにエレミアへの往復よりも大幅に短い事から、オラン側の砂漠 の端のどこかだろう。
 結局俺の方はこの条件で仕事を請ける事に同意した。怪しい仕事でない事はマスターが太鼓判を押している。この程度の条件なら悪くないと思った。

「いいだろう。採用する。出発日はきままに亭に決まり次第伝える」
 ここでワズスは、初めて表情を変えた。
「いいか、興味を持つのは場合によっては悪だ。分をわきまえ、余計な詮索をするな。きちんと取り決めを守って、ただそれだけをする限りは俺が全てを保証し てやる。だがな・・・」
 俺はそこで気が付いた、彼は笑っていたのだ。何を意味する笑いなのかは容易に察しが付いたので、俺はもういいわかったと返事をして、その日は寝床に帰っ た。

 きままに亭に出発の連絡が来たのは数日後だった。八の月に入ってからの出発予定と聞いていたが、予定より早めたらしい。
 師は研究に没頭して出てこないので、助手に出かける旨の書置きを渡して出発に備えた。







途中までは街道を進み、間道に入って砂漠を目指すルートだった。
 冒険者は俺を含めて6名。意外と少なかった。職種、技量にも見たところばらつきがあり、明確に新米とわかる者さえいた。
 一方の護衛対象はというと依頼人の他は男二人と女一人、いずれも独特の装束に身を包んでいた。男の一人は大きな曲刀を背負っており、もう一人は目立つ武 装は無いが・・・いずれも相当の手誰と見えた。女の方は顔を薄布で覆っており、顔立ちはわからなかった。どいつもワズス以外とは口を利こうとはせず、冷た い雰囲気だった。
「護衛をする気も失せるよな」
 道中俺に顔見知りとなった冒険者がそっとささやいた。その言葉が彼らの態度を指していたのか、実力が自分より上と踏んでの事だったのか、俺にはしかとは わからなかった。

 街道沿いの旅も、通常の護衛の仕事とは違った。俺の乏しい経験から見て、だが大きく外れてはいないだろう。
 駱駝を大勢連れての旅は目立つ。街道をすれ違う旅人や商隊が俺たち一行を避ける。駱駝自体も馬とは違う・・・具体的にどう違うかあまり思い出したくない が、馬と同じように扱って悲惨な思いをした冒険者が居たことは記す価値があるだろうか。
 夜も宿に泊まる事はもちろんできず、他の隊商などからも随分と離れた所でぽつんと宿泊した。なるほど、確かにいくら依頼人の腕が立っても、護衛の冒険者 を雇う方が安全だろう。
 進行ペースは規模を考えれば強行軍と言っていい程度だったのも、余計なトラブルを避けるためだったのかもしれない。

 街道を離れて間道を進んでいるときに事件が起こった。まだ街道沿いを外れて一日目のことだった。
 日没も近づき、野営の準備をしているときだった。俺は仲間一人と共に駱駝から荷物を下ろしていたが、そこに依頼人の一人・・・女性が音も無く現れた。ま るで空から実体化したような、その出現には驚いたものだ。
 声を掛けるも、冷たい一瞥以外には何も返ってこなかった。そして突然、彼女は流麗な飾り模様の短剣を取り出して茂みの一つに投げた。


(続く!)



  


(C) 2004 グ ループSNE. All Rights Reserved.
(C) 2004 きままに亭運営委員会. All Rights Reserved.