砂 漠への旅・後編(2004/08/27)
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作者
枝鳩
登場キャラクター
ルベルト



空気を裂く音が聞こえた・・・と思えるくらいの見事な投擲だった。そして、苦鳴と東方語の叫び 声がそれに続いた。

「畜生ッ! 気づかれたぞ、かかれ!」
 肩を押さえながら逃げ出す男。その独特な衣装はしかし、紛れも無く砂漠の民のものだった。
 そして曲刀を振りかざし、遠くの数箇所からこちらに駆けてくる姿も似た衣装だった。
 オランで聞いた話を思い出したものだ、今年は砂漠の民に隊商が襲われる事件が多いと。だが・・・。

「お、おい、何で砂漠の民が襲ってくるんだよ! 仲間なんだろ?」
「違う」
 仲間の質問は、短く否定された。彼女が喋るのはそのとき初めて聞いたが、その声に怒りがにじんでいる事は容易に聞き取れた。
「敵襲! 敵襲! 西面に集まれ! おい、護衛対象は下がって・・・」
「指示は必要ない。さっさと戦う準備をしろ」
 俺の言葉を遮ったのは、やはりいつの間にか来ていたワズスだった。いや、ワズスだけでなく他の二人も落ち着いて傍に立っていた。

 俺もそうだったが、おそらく他の冒険者達も半ばわけのわからぬままに乱戦に突っ込んでしまっただろう。
 何しろ依頼人と大差ない格好の敵が大量に湧いて出たようなものだった。だが、愚痴をこぼしている暇も無かった。
 それに比べて護衛対象であるはずのワズス達の方は、冷静で、強かった。大曲刀が弧を描くたびに、短剣が閃くたびに、精霊への命令が下されるごとに人が確 実に一人倒れているように見えた。
 後になって思い出してせめてもの慰めになるのは、砂漠の民四人がいかに強くても彼らだけでは完全に荷物を守りきることは出来なかっただろうことだけだ。 自分達は、時間稼ぎにはなったというわけだと苦笑せざるをえない。

 そのときはそんな事を考えてはいられなかった。
 護衛対象と視界内の前衛二人に防御呪文を一気にかけ(久しぶりで正直自信が無かったが、どうにか上手くいった)、押し寄せた疲労に膝が崩れそうになった ところに俺に目をつけた一人が向かってきた。
 身を低くして軸をずらし、体当たりで相手を押し倒す事になんとか成功したが、その際に相手が頭に巻いていた布が取れ、顔がしっかり見えるようになった。
 砂漠の民を見慣れたとは言わないが、顔立ち・・・何より雰囲気が依頼人達とは違った。むしろオランなど、もっと東方で良く見かける顔だった。

 戦闘は激しかったが、そう長くは続かなかった。
 護衛対象、荷物への致命的な損傷は無し。冒険者が重傷二人、軽傷四人。襲ってきた相手の数を考えれば、表面的には良くやったといえるだろう。だが、実際 最も活躍していたのはその護衛対象だった。ちなみに重傷者はあの女性が、軽傷は冒険者の神官が魔法で治療した。
 「で、一体何だったんだよこいつら。仲間割れか?」
 「いや、違うだろう。多分”騙り”だろうさ。砂漠の民の格好をして旅人を襲っていたんだろうな。しかし、本物に遭ってしまうとは・・・不幸極まりない な。同情する訳ではないが」
 多分、そんなところだとは思うが・・・ワズスも明確に答えたわけではないが、否定はしなかった。

 だが恐ろしいのはこの後だった。
「こいつらは俺たちが俺たちの流儀で裁きをする。絶対に余計な詮索をするな。ここで俺たちが戻るまで待機、気を抜くな」
 そう言って彼らは姿を消した・・・捕虜と一緒に、なんと死体も運んで行った。
 そして、翌朝に何も無かったかのように手ぶらで戻って来た。そして、お決まりの台詞。
「余計な好奇心は命取りになる。余計な知恵が奴らに最悪の結末をもたらしたようにな」
 俺たち冒険者は、ただ青くなるくらいしか反応できなかった。
 こうして一時期隊商を騒がした”砂漠の民”の襲撃者はその姿を消した・・・だが、このときだっただろうか。この依頼の別の目的の存在を考え始めたのは。






それから皆の口数が減った以外は旅はつつがなく進み、砂漠に入る直前でワズスから砂漠の民の衣装を渡された。
 着てみてわかったが、砂漠の気候にしっかりと適応している。いや、当然と言えば当然なのだが・・・。
 昼の冗談ではない日差しには、肌をさらすだけ逆効果だ。そして夜には・・・予想外に冷え込むから体温の保持が必要になる。
 この服はわずかな調節を行うだけでそういった要求に対応し、風に混じって飛んでくる砂も防いでくれるのだ。

 とは言っても慣れていない者にとって砂漠は厳しいものだった。マスターから事前に注意を受けたものの、体験するのは大違いだった。
 昼夜の寒暖差は想像を絶した。そもそも気候はその地域の精霊力の力関係で決まるという説があるが、砂漠というのはよほど精霊の力関係がおかしくなってい るに違いない。
 砂地では足を取られてろくに進めず、岩場は容赦なく足を痛めつける。風景も単調で、数時間もすると最早心の慰めにはならなくなった。
 自分の体力が落ちてゆくのが目に見えるようだった。
 そこら辺の工夫は、別の機会に整理して書くのが良いだろう・・・。
 とにかく砂漠のプロ異ワズスの細かい指示に万事従わないと、すぐに衰弱して死に至るのは明白だった。その点彼の指示は簡潔であり、慣れたものだった。砂 漠に慣れぬ俺たちが死ななかった、それだけでも彼の優れた技量を表している・・・と言っても体験したことの無いものにはわからないだろうが。
 
 また、古代語魔法を唱えるときにも注意が必要だった。儀式の集合体である呪文と動作は正確に行わねば魔法が発動しない。いや、時には危険ですらある。そ の全てを砂漠は邪魔をする。
 快適と著しくかけ離れた待機温度、安定しない足場、要素を挙げれば限が無いが、この砂漠自体の”悪意”を感じたようにも思ったのは気のせいだろうか。理 論的でない、と我ながら思うのではあるが。

 こんな環境でも生物の姿を見つけることが出来るから面白いものだ。こんな場所で生きなくても他で過ごした方が住みやすいだろうに。・・・だが、それは同 時に敵が少ないことも意味するから、一旦適応してしまえばかえって楽なのかもしれないと今は思う。砂漠の民も、自らの文化を保持するために他の人々が入り 込もうとしない砂漠をわざわざ本拠に選んだのかもしれない。
 朝夕にはわずかながら昆虫の姿が見られたし、砂漠種のオオトカゲの姿もあった。蠍の実物は実は初めて見たが、小さい奴も大きい奴も剣呑な姿をしていてそ こに秘められた危険をわざわざ誇示しているようだった。
 自分達の故郷に入って緊張が緩んだのか男の一人はよく話をするようになったが、その大半は砂漠の恐ろしさを強調するものだった。中でも砂中に隠れて罠を 仕掛け、動物を捕まえてその血を吸う巨大な動物の話は特に迫真性があったように思える。そのような動物の存在は恥ずかしながら知らないが、彼は多分実際に 見たことがあるのだろう。
 時折脅威として立ちふさがるそれらを何とか倒し、あるいはやり過ごしてひたすら進んだ。







砂漠に居たのは合計で五日ほどだった。依頼人の警戒する方向が外だけでなく、今まで以上に内向きになったのは全員が気づいたに違いない。
 そのうち、冒険者の一人が急に姿を消した。他の冒険者とも親しくなろうともせず、何となく暗い印象の男だった。
 ワズスが言うには、
「あいつは自らの意思で取り決めを破り、我らの禁忌を犯そうとして罰を受けた」
 後は詮索するな、とだけしか言わなくなった。何があったのかは闇の中だ・・・。
 しかし、一人が何か馬鹿なことをやらかしたのであれば、他の冒険者も拘束し、関係が無いか調べるのが筋ではないだろうか。
 確かに余計な行動は命取りになるとは言え、やって出来ない事は無かっただろう。そうした事が一切無いのに俺は少々の疑問を持ったが、理由だけなら肯定否 定ともにいくらでも考え付く事が出来る。さし当たって自分に不利な行動をしても仕方がないので何も言わなかったが。

 様々な”砂漠の脅威”を退けつつ俺たちは進み、とうとうある地点で砂漠装束の一隊と合流し、駱駝と荷物を引き渡した。
 俺たちはまたも遠くで待機させられ、その様子を遠くから見ることしか出来なかった。
 そして少なくなった人間と駱駝と荷物は更に砂漠を旅したが、出た場所はどう見ても入った地点とは違った。用心深いことだ。

 そして俺たちは足早に旅を続け、ついにオランにたどり着いた。
 報酬は危険手当分も追加され、砂漠の民の衣服もついでだと貰う事が出来た。
「その衣装で悪さをするなどとは考えるな。その末路は決まっている、お前らが見たように」
 と、釘を刺されたが。

 こうして、今回の依頼は終わった。
 砂漠の民のやり方とその腕前、そして砂漠の厳しさと無味乾燥さを嫌というほど見せつけられた旅だった。報酬を受け取って別れた他の冒険者達も酒場で派手 に酒を飲みながら今度の仕事の話を大げさに吹聴しているに違いない。砂漠の民の無愛想、秘密主義、単調な砂漠の風景、消えた仲間・・・。

 だが、これこそが今回の依頼のもう一つの・・・いや本当の目的ではないだろうか?
 俺たちが見てきたものは砂漠と砂漠の民の恐ろしさを強調するものばかりだった。彼らはそれを”見せたかった”のではないだろうか、彼らの守りたいものを 侵す可能性のある者達・・・我々冒険者に。
 俺たちが見てきたのは確かに真実だったとは思う。だが本当に知られたくない事を隠すための、隠れ蓑としての真実だったのかもしれない。
 いずれ・・・この問題には決着を付けたいものだ。


 ペンをインクに浸す。いずれ思い出せるだけの詳細な記録を残すだろうが、今はこの程度で十分だろう。
 俺は欠伸をしつつ、きままに亭に提出するための報告書を書き始めた。
(終)



  


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