憧 れの人 前編(2004/09/14)
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作者
執筆:霧牙 原案・加筆:高迫
登場キャラクター
アルファーンズ、ミトゥ、ディーナ、ユーニス他



「ボクね、会いたい人がいるんだ」
 それは、アルファーンズが犬から人間に戻った次の日のことだった。
 流星の集い亭に人間の姿として帰ってきたアルファーンズは、ユーニス、ディーナ、ミトゥに流星亭の看板娘セシルを加えた五人で飲み会を開いたのだ。
 久々のまともな食事と酒、どん底の野良犬生活を送っていたアルファーンズの食欲はここぞとばかりに刺激され、たくさん用意された食事も酒も、半分以上が アルファーンズの胃に収まった。
 ちなみに、そのアルファーンズは「もう嫁をもらえん」などとほざきながら浴びるように酒を飲んでいたために、すでにテーブルに突っ伏しすっかり夢の世界 へ旅立っている。ミトゥとユーニスとセシルには、その言葉の意味はまったくわからなかったが、ディーナだけ顔を真っ赤にして心なしか目に涙をためて酒を飲 んでいた。
 それから後片づけを手伝い、先に部屋に退く事にしたセシルへお休みを言ってから、残った三人娘は飲み直していた。ディーナにだけは、決して一気飲みする なと付け加えて。
 彼女の一気飲みにより引き起こされる悪酔いは、なかなか素敵な状態になるので、飲み会開始から皆に一気飲み厳禁を言い渡されていたのだ。
 酒の肴は思い出話。ディーナとユーニスはミトゥがアルファーンズと出会ったことの話を聞きたがった。ミトゥはせがまれるままに、思い出し思い出し、数年 前の事を二人に話していたその時。ぽつりと何の脈略もなくミトゥが言った。
 会いたい人がいる、と。

「あの、会いたい人って、誰なんですか?」
 ちびちびと飲んでいたラキスのグラスを口から離し、ディーナが訊ねる。
「ボクが冒険者になるきっかけを作ってくれた人、昔…ボクがまだ成人する前に、村で事件があってね。その時依頼を引き受けてきてくれた冒険者さんなんだけ ど、強くって、とっても格好良かった。あの人が村から帰る前日の夜、いろんな話を聞かせて貰ったんだけどね。その日の夜の事はとっても大事な思い出だよ」
 グラスに視線を落としながら、微笑みつつ語る。酒のせいでほんのり赤くなった顔は、見ようによっては思い出に頬染めているようにも……まぁ見えなくはな かった。
「もう向こうは覚えていないかもしれない。それでもボクは会いたいんだ…」
 遠き過去に見た姿を瞼の裏に思い返し、眼を細め、遠くを見ながらほほえみを浮かべている。ミトゥのそんな姿に、まるで恋をしている女性を目の前にしてい るような感覚に二人は襲われた。
 ミトゥは恋をしている、それは正しいはずだ。しかし遠い過去の面影に移る人ではなく、相棒であるアルファーンズとのはず。
 そんな風に勝手に思い込んでいる二人だから、何となく二人の関係に危機感を覚えた。ディーナもユーニスも二人を応援している。応援している以上、この状 態は気にかかる。
「あの……でもミトゥはアルのご家族に会いに、一緒にロマールへ行ったのよね?」
 家族に紹介されてすでに二人は親公認と思っていたユーニスは、まるで確認を取るようにミトゥに詰めより訊ねた。
「ご家族って言うか、アリスさんにね。東の方には今いないみたいだから、ロマールの方でその人の情報を集めてもらえるように……で、アルファがちょうど帰 郷するから、くっついていくように行っただけだけど」
 しかし途中から、もはや二人は話など聞いていなかった。すでにラブラブで、親公認で、幸せいっぱいだと思っていた二人が、蓋を開けてみたら違ったという 事がショックだったようだ。
 しかも、ミトゥには想い人がいる。
 おーい、もしもーし? と、声をかけるミトゥの事などよそに、アルファーンズとミトゥの仲を応援する者として、二人は今起きているゆゆしき事態をどうす るかなんて言う事を考えていた。

 翌日。二日酔いに悩まされるアルファーンズは、気分転換にと公園に出かけていった。すぐにディーナとユーニスが慌てて後を追ってきて、「二人の関係がピ ンチです!」とか「放っておいたらミトゥさんを取られちゃうのよ!?」とかわけのわからないことをのたまっていたが、どうせ勘違いだろうと適当にあしら い、ようやく一人になれた。
 しばらく街中をぶらつき、犬時代に世話になった野良犬を見つけて余裕たっぷりの笑顔を向けてやったり(すると犬はなぜか逃げていった)、公園で茶を売っ ている露店の爺さんからミルクティーを買って飲んだり、そうするうちに酷い頭痛もどうにか治り、帰宅するべく流星亭へと歩みを進めた。
 その途中、懐から小さな桐の箱を取り出した。中には、腕のいい細工師が作ったアクセサリーが入っている。犬になる前日、大金が手に入ったために、気を利 かせてミトゥのために買ったプレゼントだ。買った当日は、どうやって渡したものかと延々悩むうちに渡せなかった。その翌日には犬になってしまったので、当 然渡せるわけもなく、そして元に戻った日は、疲労ですぐさまベッドに倒れこんだ。そして昨日は、ユーニスたちが襲来して飲み会という名の騒ぎになって、結 局渡せなかった。
 そして今日、改めて渡そうと思って、出掛けに懐に入れてきたわけである。
「もうぱっと渡しちまえ。下手に凝ろうとするからダメなんだ」
 声に出して決意する。世話になってる礼だ、くらいでいいだろうと何度か頭の中でシミュレートしてから、流星亭の扉を開ける。からん、と聞きなれたカウベ ルの音。
 そして、アルファーンズを迎えたのは、一組の男女が抱き合っているシーンだった。
 女は自分の相棒、ミトゥ。男は――ここから二日ほど離れたミトゥの故郷であるローラ村にいるはずの、ミトゥの幼馴染カミュだった。
 アルファーンズの手から桐の箱が滑り落ち、カコーンと小気味いい音が店内に響いた。

 話はアルファーンズが公園にいるあたりにさかのぼる。
 流星亭の店内では、ユーニスとディーナによる「アルファーンズとミトゥ破局回避緊急対策会議」がテーブル席の片隅で行われていた。ちなみに、その渦中の 人であるミトゥは、その光景を不思議そうな目で見つめながらも、セシルと世間話をしていた。
 からん。
「こんにちは」
 そこへ男は不意に現れた。女のような綺麗な金髪、皮鎧姿で腰にフレイルを下げていて、首からは銀製のマーファの聖印。
「あれ……カミュ!?」
「やぁ、チャ・ザ大祭以来だね。ミトゥ、相変わらず元気そうで」
 男はミトゥの幼馴染のカミュだった。
「ほんと、お祭りぶりじゃん!」
 次の瞬間には、ミトゥはたたっと駆け寄って、カミュの首に手を回して抱きついていた。
『なっ……!!』
 その光景に、思わず絶叫しかけたユーニスとディーナは、慌てて互いに互いの口を塞ぐ。
「あのときはちょっとよってすぐ帰るんだもん。もう少しいてくれればムディールの民族衣装着た姿見せられたのにさー。で、今日はどーしたの?」
「わ……っと。ちょっとマーファ神殿の用事で」
 カミュはローラ村にある、小さな礼拝堂で村神官をやっている。今回は、そこの責任者であるおじいさん神官からの用事でオランへ来たとか。
 ちなみに、ミトゥのこの行動は別に愛情だとかそういうものはまったく関係なく、ただの再会を喜ぶハグだった。――のだが、ユーニスとディーナは完全に勘 違いしていた。
 ちなみに二人の脳内での見出しは、「今度はミトゥがアルファーンズを捨てた!? しかも想い人と見知らぬ親しい男との二股!?」というものだった。
 そして、そんな二人を現実に戻したのはカコーンという小気味いい音だった。
「……あ……アルさん」
「あ、おかえりー」
 なんというバッドタイミング、とばかりによろよろと椅子にへたり込むユーニスとディーナ。逆に、あっけらかんと出迎えるミトゥ。あたふたもせずにカミュ から離れて、
「カミュが遊びに来たよ。用事が思ったより早く終わったから、寄ったんだって」
 聞いてもいないカミュがここにいる理由を、ご丁寧に説明してくれた。
 その日の夜も、また宴会となった。宿無しのカミュに加え、帰る家や宿があるユーニスとディーナまで、昨晩に引き続き流星亭の部屋を借りている。この宴会 の無事を見届けようというのだろうか、それとも長期戦に備えているのだろうか。どっちにしろ、空回りしているのには違いない。
 いや。あながち、空回りともいえないだろう。アルファーンズの機嫌が、すこぶる悪いのだ。見た目は、宴会を楽しんでいるのだが、長く付き合っているメン ツだからこそ分かってしまう機嫌の悪さ。
 原因は言うまでもないだろう。そして、その原因――アルファーンズの機嫌が悪いことすら気付いていないカミュが彼に話を振るたびに、ユーニスとディーナ は密かに頭を抱えて、その都度短期緊急会議をこそこそと繰り広げているのだった。
「もうちょっと楽しく飲みなよ」
 不機嫌なのは分かるものの、その原因はさっぱり分からないミトゥは、骨付きラムをかじりながらアルファーンズに言った。
「俺は楽しんで飲んでるぞ」
 ぶすっとそう言ってエールをあおる。声も目も笑っていない。ミトゥは付き合いきれないとばかりに肩をすくめて、カミュとの話に戻っていった。
「今度はいつまでいるの?」
「そうだね。しばらくは大丈夫だよ。用事って言っても、こっちからオランの本神殿に渡せばいいだけのものだったし」
 そんな会話を聞いているのかいないのか、アルファーンズは桐の箱を弄んでいた。幸い落としても箱も中身も壊れることはなかったが、結局また渡すタイミン グを逃してしまった。しかも、ミトゥとカミュは実はあんな関係だったとは。今回ばかりは、ユーニスとディーナだけではなく、アルファーンズまで勘違いしま くっていた。わなわなと拳を震わせ、何だか妙な妄想をはじめたアルファーンズに、二人がそっと寄ってきた。
「大丈夫ですよ、アルさんっ」
「私たちは味方だからねっ」
 揃って、両手をぐっと握って元気付けてくれた。今回ばかりは、暴走し続け勘違い魔女の二人のその応援が、無駄に素晴らしく見えた。
「……今回はさんきゅーって言っておこう。だけど勘違いするなよ、俺は隠してたってのが気に入らんだけだからな!?」
 必死の弁解。
「またまたぁ」
「隠さない隠さない」
 同じ言葉を何度もミトゥに言っていたが、今回ばかりは的を得た言葉だった。
 結局、アルファーンズの機嫌が治らないまま、形だけ賑やかなまま宴会は続いた。
 そこへ不意に、店のことをセシルに任せ、奥でゆっくりしていた流星亭のマスター、ヴェーダがやってきた。
「連日宴会騒ぎとは、まったく元気だな。そんな元気が残ってるなら、依頼でも受けてほしいもんだな」
 いつものむっつり顔で、肩をすくめながらそう言った。
「依頼? 珍しいな、依頼が来てるのか?」
 不機嫌極まりない顔でエールを飲んでいたアルファーンズが、真っ先に反応した。
「これでもここは冒険者の店だぞ。月に二、三度は依頼くらいくる」
「……それでいいのか?」
「とにかく聞け。俺の知人の住んでいる村からの依頼でな」
 結局は知人だからじゃん。と胸中での呟きは口に出さず、アルファーンズはその依頼の内容を聞いた。それはちょっとした村の名産を護るため、犯人討伐の依 頼だった。
「ちょうど癒し手もいることだしな」
 事情をまったく理解していないヴェーダが、カミュを顎でしゃくっている。その話はまずい、とばかりに慌てるユーニスとディーナだが、アルファーンズはし ばらく黙り込むと、不敵に笑い出した。
「いいじゃん。受けてやろうじゃん。せっかくだからそこで白黒つける!」
 何の白黒を付けるつもりなのやら、一人で勝手に盛り上がるアルファーンズ。
「ミトゥ、ディーナ、ユーニス! 黙って俺についてこい!」
 すでに三人娘には拒否権すらないような言い方で、そう告げる。とはいっても、三人は拒否するつもりなどないようだったが。
「そしてカミュ! お前ももちろん来るだろう?」
 無駄に挑戦的な目で、そう言ってやる。
「ええ。構いませんよ」
 だが、その目の意味にまったく気付いていないカミュであった。
 こうして、ほとんど勢いでこの依頼を受けたアルファーンズと愉快な仲間たちであった。

 数日後。仕事を請けた一行は、件の村にやってきていた。ヴェーダの知人である賢者の老人が隠居している、山間の小さな村だ。ヴェーダ宛によこされた依頼 の内容は、村の収入源であるキノコを根こそぎ奪い取っていくサルの群れを退治してほしいとのこと。これでもいろんな遺跡や死地を潜り抜けてきた一行にとっ ては簡単なものだ。
 村長に任せておけと告げ、さっそくキノコが生える森へと足を踏み入れたのだった。
「キノコっのこーのこ♪」  
 報酬に思いを馳せて、アルファーンズは音痴にも関わらず、そんな調子っぱずれ歌を歌いながら山道を歩く。報酬金というだけであれば、それはごくささやか なものでしかない。だが、追加報酬ということで、護りきれたキノコのうちの少しを分けてくれると約束してくれたのだ。言うまでもないが、収入源になるだけ あって、そのキノコはとても美味い。街の市に出荷されるほか、貴族が直々に注文してくることもあるくらいだそうだ。そんなキノコをもらえるとあれば、カ ミュとの敵対関係(一方的)すらも忘れて、ご機嫌になってしまう単純な男だった。
「浮かれてるのはいいけどさー。油断しないでよね」
 下手な歌にうんざりしながら、ミトゥが言った。
「大丈夫大丈夫。まだキノコの採集ポイントまで遠いし」
「遠くてもお猿さんが出ないわけじゃないんですから」
 やっぱり下手な歌に精神的に参っているのだろう、苦笑を浮かべたディーナが続く。一番先頭を行くユーニスも、うんうんとしきりに頷いている。
「へーへー、わかりましたよ」
 やれやれといった風に肩をすくめ、歌うのをやめるアルファーンズ。代わりに槍を軽く握りなおし、ユーニスにたずねる。
「で、痕跡は見つかったか?」
「まだ。足跡も変に草むらを掻き分けた跡もね。猿って木の上を移動するから、地面に跡が残りにくいんだよ」
 説明しながら、ざくざくと進んでいくユーニス、一向の中で唯一山歩きの知識があるのがユーニスだった。探索の主導権をすべてユーニスに任せ、一向は森の 中の山道を行く。だが、なかなか敵は見つからない。たとえ群れで荒らしまわっているとはいえ、ユーニスのいうとおり樹上を移動する猿の痕跡を探すのは難し かった。加えて、歩いてみて森の広さというものが相当なものだと分かった。キノコの採取場も、被害があったところとまだ無事なところまでの距離が半端では ない。
「まずいですよ、そろそろ日が暮れます。下手に歩くのは危険じゃないでしょうか?」
 最後尾で常に周囲に警戒を払いながら歩いてきたカミュがぽつりと言った。常に薄暗い森の中ではあったが、確かにそろそろ日が落ちてしまうだろう。完全な 闇になってから、森の中をうろつきまわるのは愚の骨頂だ。
「そうですね。そう思って、村の方にもらった周辺地図を見ながら、山小屋目指してたんですよ、ほら」
 ユーニスが指差した先には、山小屋らしき建物が小さく見えていた。
「おお、さすがユーニス。むやみに歩いてたわけじゃないんだな」
「当たり前じゃん。ユーニスは君と違って単純じゃないんだから」
「思わず突っ込みたくなるセリフだな」
 ミトゥの言葉につっこみたくなる衝動に駆られるが、実際山へ入ったら自分よりもユーニスのほうが圧倒的に頼りになっている。そのことを考え、どうにか単 純さへのツッコミを心の中に押しとどめるアルファーンズ。
「それより、今日はもう休みましょう」
「そ、そうしていただけると幸いです………はぁはぁ」
 慣れない山歩き、それもほぼ一日中という行軍をしてきたディーナが息を荒げて賛成した。農村出身の彼女だが、何でも農作業の手伝いもせずに本ばかり読ん でいたとか。体力は学院出身の魔術師となんら変わりないのだ。
 程なくして山小屋の前に到着した。さほど大きくは無いが、五人くらいなら横になってもなんとか大丈夫な広さだろう。
「あーあ……敵の強さはその潜伏能力か」
 荷物を小屋の隅に置き、アルファーンズは思いっきり伸びをして間接をゴキゴキ鳴らす。
「そうですね、動物というのは臆病ですから。敏感に僕たちの気配を察したのかもしれません」
 カミュも軽く伸びをしながら、そう答えた。
「罠でも張ってみますか? キノコを積み重ねて、そこにつっかえ棒した籠でも置いて」
 ディーナがクソ真面目な顔で提案した。
「アホ。そんな罠にサルが引っかかるかよ。それに大群でこられたら籠ひとつじゃ意味ねーってば」
 アルファーンズが軽く一蹴するが、そこにミトゥが口を挟む。
「じゃあアルファならどんな罠しかけるんだよ?」
「……………」
 長い、長い沈黙。
「落とし穴の上にキノコを……」
「君も十分馬鹿じゃん!」
「私のと一緒じゃないですかー!」
「何を! 落とし穴なら籠より目立たんぞ!?」
「……目立たなくても、大勢でこられたら大した意味が無いのは一緒よ」
 反論してやるアルファーンズに、冷静なツッコミをするユーニス。
「じゃあユーニスならどんな罠しかけるんだよ?」
「………ええと、ほら。私もそんな多くの動物相手にした罠ってやったことないから」
「意見出すだけ俺のがマシじゃねーか!」
 逆手ツッコミ付きで叫ぶアルファーンズ。それをきっかけにしたのか、先の問答がすでにきっかけだったのか、火がついたように押し合い問答が始まった。
「……!」
「………!」
「……!」
「み、みなさん落ち着いてくださいよ。とにかく、罠を張るにしろ探し出して倒すにしろ、今日はもう遅いですから。早めに寝て、明日に備えましょう?」
 不毛なツッコミ合いを止めさせるべく、苦笑したカミュが全員をなだめにかかる。
「……そ、そうだな。じゃあさっさと寝るか」
 ぴたりとツッコミ合いをやめて、額の汗をぬぐいながらアルファーンズが言った。それにしても汗をかくほどとは、無駄な白熱ぶりである。
「そ、そうですね。思わず真剣になってしまいました」
 軽く息を整えながら、ディーナ。
「じゃあゆっくり休みましょう」
 小屋に備え付けの毛布を配りながら、ユーニス。
「んじゃ、明日は早く起こすからね」
 さっそく毛布を頭からかぶるミトゥ。
「じゃあ、みなさんおやすみなさい」
 と、カミュが毛布を持って外へ向かった。
「あれ? どこ行くんですか?」
「トイレだろ」
「違いますよ」
 苦笑しながら、アルファーンズの答えを否定する。
「年頃の女性と雑魚寝するわけにはいきませんから」
『………………』
 思わず返答に困るカミュ以外の四人。ちなみに、アルファーンズはとっくに小屋の一角を陣取って、睡眠体勢に入っていた。無論、周囲にはその「年頃の女 性」が眠ろうと毛布を敷いている。
「……なんか、冒険者になってはじめてそんなこと気にされたよね」
「……はい」
「そ、それに、いくら秋のはじめでも風邪ひきますよ?」
 ミトゥもディーナもユーニスも、冒険にいったときは宿が取れる状況であるなら、個室や性別で部屋をわけることもあるが、野宿などの場合大抵雑魚寝だ。ア ルファーンズにしても、そういうことをまったく考えなかったし、寝てる女にちょっかい出してみようとか思ったことも無かった。第一、野宿の場合は見張り役 がいる。あるときは横で寝ていた女戦士に踵落としを食らった経験もあった。
「ですけど、僕なりの礼儀ですから。それに、敵がこないとも限りませんし」
 それでもカミュは小屋の中に残ることを遠慮し、すみませんといいながら結局外に出て行った。
「……紳士ですね、カミュさん」
 ディーナが呟き、アルファーンズに視線を向ける。続いてユーニスの視線も向けられる。
「………なんなら私とディーナさんも小屋でようか?」
 なぜかトチ狂ったことをほざくユーニス。
「ぶっ! アホか! 変なこと言わんでいいわいっ!」
 半ば自棄になって飛び起き、自分も出て行こうと毛布と槍を引っつもうと手を伸ばしたその時。
「いいよ、ボクが外でるから。見張りを一人に任せるわけにはいかないし、幼馴染だしね」
 ぴしり、と空間が凍りついた。お約束のようにユーニスとディーナがわたわた
しはじめる。アルファーンズが握っていたものが槍ではなくペンだったら、きっとへし折れていただろう。
「あ、あああ、あの、ミトゥさん?」
 ディーナがあせあせとしながら声をかけようとするが、すでにミトゥは愛用の剣と毛布を小脇に抱えて、ドアを開けていた。
「いいからいいから。みんなは寝てていいよ。代わってほしくなったら、呼ぶからさ」
 そういい残して、ぱたんと扉を閉めて出て行ってしまった。
「…………どうしましょう」
 心底困った顔でディーナとユーニスはアルファーンズを見つめた。アルファーンズとミトゥに気を利かせようとしたのに、まったく逆な結果になってしまった のだ。困るなというほうが無理な話だろう。
「お、俺が知るかっ。いいから寝ろ寝ろ!」
 やっぱり半ば自棄になって、がばっと毛布を頭からかぶって横になる。
「で、でも………」
「明日は早いんだぞ、いいから寝ろ!」
 ご機嫌超ナナメで、それきり二人が何度話しかけても言葉を返さなくなった。
「……寝ましょうか」
「そうですね………」
 ようやく二人もおとなしく寝始めたのだが――アルファーンズだけは、外の二人が気になりすぎて、結局その晩、一睡も出来なかった。

 翌朝。
 ぐっすり眠ったユーニスとディーナと、見張りの交代を一回したきりあとはずっとカミュに任せっぱなしで寝ていたミトゥは「今日こそは!」と意気込み、そ れでも眠気すら感じていないようなカミュがそれに「そうですね」と笑顔で続く。アルファーンズだけ、妙にローテンションでそのあとに続いてくる。
 外の二人のことも気になって仕方なかったが、もうひとつ。今まではまったく気にしていなかったことが、あんな言い方をすると無駄に気になってしまったの だ。一体何が、といわれると、近くで寝ている二人の寝息がだったりする。
「うぅーん」とか「ふにゃ……」とか何気ない寝息が無駄な妄想力を刺激
して、妄想の世界が無限大に広がっていって……。
 閑話休題。
 とにかくそれが気になって、寝ようと努力しても決して睡魔に襲われることはなかったのだ。
「なんだよ、仕事のときは寝起き悪くないって言ってるくせに」
 その折、ミトゥが怪訝そうにアルファーンズの顔を覗き込んできた。
「違うわいっ! 問題ないからさっさと行くぞ!」
 第一、寝てないしと胸中で呟く。
 そんな様子に釈然としない顔をしながらも、ユーニスが先頭に立って今日もまた森の中へ踏み入っていった。


 太陽が真上に上がる前に、第二のキノコの採集場所に到着した。
 ざわり。
 風が木々を揺らす、その木の下にそれはあった。
「キノコはまだ無事だ!」
 らっきー、これで報酬のキノコがないってことはない、とアルファーンズは歓喜する。だが、
「アル! 上にいるっ!」
 ユーニスの警告。持ってきていた弓を引き絞って樹上を射抜く。
「ギャア!」
 そんな声が聞こえて、樹上からばらばらと猿が降ってきた。話に聞いたとおり、ただの猿ではなく、ちょっと凶暴なスモールエイプ。その強さはやはり大した ことはないのだが、これがまぁ出てくる出てくる。
 周り中の木から、数匹ずつが飛び出てきて威嚇の声を発している。その数合計二十匹には及ぶだろう。
「多っ!」
 槍を構えながら、思わずアルファーンズが短く叫ぶ。その群れの中に、一際体格の大きな猿がいた。そいつが甲高く鬨の声を上げると、群れがいっせいにこち らに襲い掛かってきた。
「こいつらが臆病だってか! 冗談じゃねー! ボス猿がいるじゃねーか!」
 襲い掛かってきた数匹を身をよじって回避する。
「ボスがいるとかなり勇敢になるといいますからね・・・・・・っきゃあ!」
 杖を握り締めて魔法を唱えようとしていたディーナに、前衛たちの隙間を抜けた猿が踊りかかる。しまった、とアルファーンズがそれを阻止しようとするが、 猿の群れがそれをさせない。アルファーンズに群がり、噛み付いたり爪を立てたり、容赦なく攻撃を加えてくる。
「いだだだだ! このクソ猿ども!」
 慌ててそれらを振りほどいたときにはもう遅い。
 ガキッ。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、はい」
 だが、それを咄嗟のところでカミュが防いだ。小さなバックラーでディーナに踊りかかった猿を殴り飛ばしたのだ。地面に転がったところに、フレイルを叩き 込む。
「……やっぱり紳士ですねぇ」
 ぼそりと呟き、急いで呪文の詠唱に戻るディーナ。空を引き裂く《光の矢》が猿に命中し、昏倒させる。
 一頭のボスが率いたその群れは、噂に違わず勇壮だった。だが、やはり落ち着いて戦えば一行の敵ではなかった。
 魔法に驚いたのか、足並みが乱れたところへ一気にミトゥとユーニスが切りかかる。袈裟懸けに剣を振り下ろし一匹を屠り、返す刀でさらにもう一匹に深手を 負わせる。さらにアルファーンズが槍を振り回して、自分に群がっていた数匹を蹴散らす。三人の間をすり抜けた猿は、ディーナに飛び掛る前にどれもカミュに よって打ち倒されてしまう。
 圧倒的な形勢の不利を悟ったか、ボス猿が金切り声を上げる。すると残った数匹の猿は、一転して大きくその場を飛びのき、木の間を伝って逃げていく。
「あっ! こら待てっ!」
 慌ててミトゥがそのあとを追って走る。普段なら去るものは追わずなのだが、今回の依頼はあくまで殲滅戦だ。残してしまってはいずれまた被害が出ないとも 限らない。
「おい、先走るなよ! 皆、追うぞ!」
 先行したミトゥに続くように、四人もそのあとを追いかけて森を走る。だが、やはり森の住民である猿たちの足は速い。加えて樹上を移動しているので、見失 わないように追跡するのがかなり難しい。
 しばらく行くと、猿が木から下りて走りだした。なぜかは知らないが、チャンスだ。地面を走るのであれば、速度は大して変わらないし、見失う可能性もぐん と減る。一気に加速するミトゥ。
 そして、視界が晴れた。眼前に、山林を真っ二つに割る谷川が広がっていたのだ。一旦森が途切れてしまうから猿は木から下りたのか、と納得しながらさらに 追い続ける。谷川があっても、きちんとつり橋はかかっている。猿も一匹ずつそこをどたどたと通り過ぎる。
「き、気をつけてくださいよ!」
 あまりの高さに、少々おびえたようにディーナが後ろから声をかける。
「大丈夫! これくらいの高さ、なんてことないよ!」
 だが、問題は高さではなかった。相当に老朽化したつり橋自体に問題があったのだ。
 みしり。
 ミトゥがつり橋に足をかけた途端、足場の板と橋を支えるロープから嫌な音がした。
「……え」
 反応するよりも早く、ミトゥは踏み板をぶち抜いてしまった。さらに不幸は続き咄嗟に手を伸ばしてつかんだロープも、ぶつりとちぎれてしまった。
「うっひゃあああああ!!」
 つり橋が分解し、谷川に落ちていく。何とかつかんだロープの反対側は、埋め込んである杭にまだつながれたままだ。要するに、ロープ一本を頼りにぶらぶら と宙吊りになってしまったのである。
「お、おいミトゥ!」
「間に合って………っ!」
 足の速いカミュがアルファーンズやユーニスを追い抜き、どうにかミトゥに手を伸ばしたが――神は無情だった。手にびっしりとかいた冷や汗が、ミトゥから ロープを奪ってしまったのだ。ずるりと手からロープが滑り、手を差し伸べたカミュさえも巻き込んで真っ逆さまに谷底めがけて転落してしまった。
「っきゃあああああああ!」
「わああああああ!」
 このままでは二人は谷底の急流の中に叩きつけられてしまう。
「だ、大地よりの見えざる手よ! 彼らを縛るその力をしばし緩めよ!」
 一言も噛まずに、迅速に詠唱できたのはほとんど奇跡だった。どうにか橋が落ちてしまった崖っぷちに震える足で立ち、その高さに顔を青くしながらも、崖下 に落ちていく二人をしっかりと見て魔法を完成させたディーナ。
 その声が耳に届いたのだろう、二人の落下の速度が急激に緩和される。だが、水面に落ちることは避けられず、ゆっくりと着水。だが、足が付くほどその川は 浅くないようで、流れに乗って下流のほうへと流されていく。
「ミトゥ!」
「カミュさん!」
 だが、もうその声は届かないだろう。すぐに二人の姿は見えなくなってしまった。
「どどどどど、どど、どうしましょう!?」
「落ち着けディーナ、お前は十分すぎるほどよくやったから! あの二人なら……きっと大丈夫だ」
 都会で育った自分と違って、海辺で育ったあの二人ならこれくらいの流れなら泳いでどこかの岸に這い上がることくらい出来るだろう。そう言い聞かせてどう にか落ち着きを取り戻すアルファーンズ。そうでも考えなければ、今にも《落下制御》の魔法をかけてもらって自分まで谷川に飛び込んで行きそうだった。
「ギャアギャア!」
 ふと、向こう岸に視線をやると、ボス猿と残ったわずかな猿たちが手を叩いて飛び上がっている。敵をいっぺんに二人もやっつけることができて、喜んでいる のだろうか。
「こんの……クソ猿がぁっ!」
 怒りに任せて、アルファーンズは手にした短槍を勢いよく投擲する。
 ドカッ!
「ギャア!」
 その槍は谷を渡りきり、一匹の猿の腹を貫き、その血を撒き散らせた。残った猿が驚いて逃げていく。
「ど、どうする、アル………?」
 ユーニスが崖下と向こう岸とアルファーンズの顔を交互に見ながら言った。
 決断。
「……残りの猿をツブす」




  


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