| 逆恨み |
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| ラス [ 2002/01/07 4:34:53 ] |
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| | 最初に噂を聞いたのは年の暮れだった。単なる噂…のはずだった。 底冷えのする留置場から非合法な手段で抜け出した馬鹿が1人。名前はラクスラクタ。 投獄される前に会った時には、色黒でつるっ禿げの男だった。ガタイがでかくて目つきの悪い男。
「ラクスラクタってのが檻から出てきたらしいぜ? 確かなことはわかんねえけど」 自分の相棒である盗賊から小耳に挟んだだけだと、スーフィって男がそう言った。
それがエール1杯と引き替えに聞いた話。
そして、ミルクとワイン1杯ずつで草原妖精たちから聞いた話もある。
キアからは、自分の上役をしてる“二枚舌”トゥーリが、ギルドで俺を呼んでると。 呼んでる用件は、ラクスラクタに関すること。どうやらトゥーリの野郎も俺と同じように恨まれてるらしい。 ショコラからは、ぼさぼさの黒髪の男がラクスラクタと呼ばれてたと聞いた。 禿げ頭の髪が伸びたのか、それともカツラなのかは知らない。ただ、禿げだった頃も眉毛はそう言えば黒かったなと思い出す。 そしてそれを見かけたのは2週間前だと言った。スーフィから噂を聞いた頃と一致する。
噂が噂じゃなくて事実になったなら、個人的な調べ事が仕事になっちまう。 どちらにしろ、やることは変わらない。ラクスラクタって男を捕まえて檻の中に戻すだけだ。 脱獄したってんなら、衛視たちも奴を捜してるだろう。 ってことは、簡単に見つかる場所にはいないってことか。……ち、めんどくせぇ。
もとはたいした恨みじゃなかったはずだ。 俺が奴をとっ捕まえたのは、仕事だったんだから。 ギルドで幾つかの制裁があって、命をとるまでじゃないだろうってことになって、そのまま衛視に引き渡された。
牢屋のなかで、奴のなかの恨みがどういう風にふくれあがったかなんて俺には関係ない。 俺のレイピアの味が、奴にとってどんな味だったのかも俺には関係ない。 それでも、トゥーリのダガーも、俺のレイピアも、どうやら奴の記憶には残ったらしい。
そして今日。ギルドに顔を出すと、トゥーリが俺を出迎えた。 その上、セシーリカが髭ダルマと称したドリィードも一緒だった。 ドリィード曰く。 「ラクスラクタをとっ捕まえてこい。奴に聞きたいことが出来た。殺すなよ。手足の2〜3本はしょうがねえがな」 そしてにっこりと、お世辞にも可愛いとは言えない笑顔で付け足す。──仕事だ、と。 |
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| 仕事 |
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| ラス [ 2002/01/11 2:27:14 ] |
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| | 部屋の扉を閉めて、着ていた外套を脱ぎ捨てる。 カイはもう眠ってるみたいだから、灯りはつけないでおくことにした。
着替えようとして、服の左袖が濡れているのに気づく。 ギルドに寄った時に、応急手当はしてもらったが、まだ血は止まってなかったらしい。 思わず舌打ちが漏れる。 結局、ごく小さく灯りをつけて、自分で手当をしなおす羽目になる。
血…か。 そうだな。あの時のラクスラクタの顔も血まみれだったな。 それでも俺をにらみつけていた。残った左目だけで。
乱戦だった。狙ったわけじゃない。それでも、俺のレイピアが、あいつの右目を傷つけたのは事実だ。 「仕事だったんでしょ?」と。イゾルデの声を思い出す。 そうだな、仕事だった。そして今日のも仕事だ。
ラクスラクタの居所を吐かせようとして、つながりのあった奴らを締め上げてたら…刃物まで抜いてきやがった。 相手が3人しか居なかったのは幸いだ。そのうち1人は泥酔してたし。 結局、1人だけ捕まえてギルドに放り込んできたが…。 帰りがけに言われた。 「今回の仕事、あまり長引かせるなよ」と。
仕事に出来るなら幸いだと…イゾルデは言ってた。プライベートなら逃げるわけにはいかないんだからと。 仕事の上で買った恨みを、受けるのも仕事。 それならそれで…別にいいじゃねえかと思う。 恨まれてやる義理なんかもともとない。仕事っていう大義名分が立つならそのほうが楽だ。
……わかってる。俺は何かを納得してない。 少し前のリックと同じだ。俺は自分に……言い聞かせてる。 言い聞かせてるのは…何のためだ? 俺は……何を誤魔化そうとしてる?
目の前のランタンの中で、火蜥蜴がちろりと舌を出した。 |
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| 不覚 |
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| ラス [ 2002/01/17 0:30:02 ] |
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| | 幾つかのネタをもとに、ラクスラクタのヤサは割り出した。 結局、草原妖精ショコラの兄貴分が見かけたという、スラムの酒場からは少し離れた場所。 とは言え、そこも十分にスラムの一角…というより、かなり奥。面倒な場所なことに変わりはない。
割り出したのが昨日の夜。そして、今日の昼過ぎから夕方までそこを張っていた。 裏口もないあばらやの中には、当人と手下が2人。 早い者勝ちで踏み込むか、と。トゥーリと意見が一致する。…が、先刻から足元をちょろついてる小さな影が1匹。 「荒事向きの人材じゃないが、見学させて悪いわけもない。それにいざって時には伝達役には最適だ」 と、キアの同行理由をトゥーリが説明した。…………いいけどね。
スラムは暗くなるのが早い。街なかよりも一足早くやってきた夕闇に紛れようとタイミングを計る。 その瞬間。 こっちから踏み込む直前に、破ろうとしていたドアが開いた。 中から出てきたのは、酒を買いにでも行くつもりだったのか、財布を握りしめた手下が1人。 その出会い頭で、全てが崩れた。……んだと思う。多分。
最初の手下をトゥーリが蹴り飛ばして、俺の足元にすっ転んできたそいつに“眠り”の魔法をかけて。 その魔法が効果を現したことを確認した時には、もう俺の目の前にラクスラクタの顔があった。 奴の目に浮かんでる表情を見る。すぐ近くにバルキリーの気配を感じた。 <…呼んでない。ひっこんでろ。…こいつは殺すわけにいかない相手なんだから> 魔法をかけた直後。そして次の魔法に迷う一瞬。
──いやな衝撃を感じてから、あらためて思う。 どうしたって不利だよな。相手は遠慮なく殺すつもりで仕掛けてきてる。そしてこっちは、殺すなと注文されてる。
──何だか満足げに笑うラクスラクタの目を見て思う。 ひょっとしたら俺は羨ましかったのかもしれない。 憎しみとか怒りに突き動かされたことはあっても、誰かを恨み続けたことはないから。恨みたいと思ったことはあるのに。 そこまで、ある意味ひたむきな何かが。それが羨ましくて、そしてそれが気に入らなかった。 …だから何だってんだ。屁理屈つけて誤魔化すほどのことでもねえじゃん。 うだうだ考えてたくせに、蓋を開けてみればクソくだらねえ。……そんなもんか。感情なんてのは。
自分の鳩尾から背中にかけて、刃が通っている冷たさとか。 崩れかけた塀だか壁だか…スラムによくあるそんなものに縫い止められていることの不快さとか。 そういうもんをどうにかしようと思って、精霊に呼びかける言葉を探す。 けど、喉の奥には生暖かい血の塊が上がってくるだけで、声が出ない。
右手に握りしめたままだったダガーでラクスラクタの腕を切り裂いたことは覚えてる。 声と血を一緒に吐き出して、光の精霊を呼んだことも覚えてる。 トゥーリがもう1人の手下に手こずってたのも覚えてる。 一瞬の意識の空白のあと、トゥーリがキアに、なんだか随分と難しい注文を叫んだのも覚えてる。 「追いかけろ! 見失うなよ! けど、捕まるな! 確認だけでいい!」
手下2人は捕まえて、当人は手傷を負わせたものの逃げられて。 あんな凶暴なのをキアに追わせて大丈夫なのかとか。仕事を失敗すると“上”がうるさいんだよなとか。 それ以上に、やられちまったのは激しくかっこ悪いなとか。 いろいろとくだらねえことが頭に浮かんで……そして、全部、シェイドに呑まれていった。 あ〜…悪い、カレン。奢りの約束はまた今度だ……。 |
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| 引継ぎ |
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| A.カレン [ 2002/01/18 0:07:12 ] |
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| | 草原の妖精に聞いた話。 ラスが刺された。傷はかなり深いらしい。 ついでに”二枚舌”からの伝言。 仕事を引き継げ。
明け方近く。 そろそろ気を張るのにも疲れただろう頃、ラクスラクタが逃げ込んだというスラムの食堂に踏みこんだ。ここはすでに空家になって久しいという。 踏みこんだのは草原妖精(キア)一人。 ”二枚舌”は渋っていた。この草原妖精を連れてきたのは、いざというときの伝達役。あとは見学。 ……冗談じゃない。使える手足があるのに有効活用しないというのはどうだ? そんな悠長なことだから詰めが甘くなるんだ。
行け、チビスケ。(←キア) オマエの足でラクスラクタをこっちにおびきよせろ。
草原妖精が騒ぎ始めるまでのわずかな時間。 苦笑がもれた。 ラクスラクタを捕まえるだけなら、そう……自分が乗りこんで行けばいいだけのこと。けれど、ラスの重傷を聞いたときから、簡単に済ます気はなかった。ラスの受けた痛みの半分でもその体に叩き返し、まだ逃げられるという希望をとことんまで打ち砕いてやろう。
それまでは、草原妖精を相手にコトを甘く見ていればいいさ。 |
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| 手伝い |
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| キア [ 2002/01/18 1:01:50 ] |
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| | お日さまが、お空から顔をおだしはじめたん時間、おいらはあのおっちゃん(ラクスラクタ)がお隠れしてるん、空き家に、入りこんだん。
もともとんね、今回のお仕事んは、おいらはお手をお出しする事ではなかたん、ベンキョウとキンキューの連絡がかりをかねてん、トゥーリ兄ちゃんがケンガクに連れててくれたんよねぃ。 ビョウインで、あさり終わるはずの仕事だたんにぃ〜って、兄ちゃんが呟いてたん、聞こえたんね。 そんの目の前には、刺されて、イシキがないん、ラス兄ちゃんがいたん。
おいら、お人がメノマエデ刺されるん、始めてだたん、ちーと、怖かたん。 でんも、そのごホウコク受けた、ラス兄ちゃんの相棒のカレン兄ちゃんのお顔の方が、怖かたんよ……。
トゥーリ兄ちゃんは、まだおいらには早いから、ダメだと思うならやらなくていい言てくれたんけんど、おいらやることにしたん。 だて、ラス兄ちゃんがやられたんところに、おいらいたんに、おいら、なにもできなかたんもん。
おいらの姿を見てん、あのおっちゃんがちょっとだけ、止まったん、でんも、すぐんに、いやぁな笑いかたをしたん。 おいらだけだたら、やっつけれると、おもたんだろねぃ。 でんも、お怪我をしてるせいもあるんか、おっちゃんの動くはおもたより遅かたん。 うにゃ、これならきっちりかわせるんよ!
「まてや、ちびがぁ!」
だれんが、まてやるもんかぁ〜
後んはこのまんま、オバカにしながらん、カレン兄ちゃんとトゥーリ兄ちゃんのところんに、オビキヨセレバいいんよね! おいらがなかなか捕まらないんせいか、おっちゃんのお顔に…なんてたかなぁ〜『れいせいさ』てもんがなくなてきてたんよ。
おいら、このおっちゃん嫌いなん、兄ちゃん二人に痛い目にあわされればいいんよ! ラス兄ちゃんのぶんもーね! |
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| もう少しで…… |
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| A.カレン [ 2002/01/19 0:54:35 ] |
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| | 古ぼけた扉を押し開いて、草原妖精が飛び出してきた。 続いてラクスラクタの大柄な姿。かなり頭に血が上っている様子。 物事を上手く運びたかったら、冷静さを欠かさないように、ね。
ロープ一本の子供だましの罠にかかって、ほぼ一瞬でケリはついた。 多少の抵抗はあったけど。
ラクスラクタ……。 その手は封じさせてもらうよ。 こっちはオマエの頭と口さえ動けばいいんだ。 悪く思うな。
ラクスラクタをドリィードに引き渡した後、ラスの様子を見に行った。 意識はない。 真っ青でぐったりとした相棒の、今にも死んでしまうんじゃないかという顔を見ても、癒しの奇跡を…とは思わなかった。 奇跡を頼れば、傷はかるくなるのに。 その理由は………
「ラス…。俺なぁ………もう少しでアイツを殺すところだったよ」 |
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| 見舞いと治癒とその帰り |
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| カイ [ 2002/01/21 0:27:43 ] |
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| | ラスが刺されて瀕死の重傷だとカレンさんから聞かされた。 <> そのまま、呆然としたままラスの入院している病院に連れて行かれる。 <> だって、あのラスがおとなしく刺されると思わないし…そもそも死ぬような怪我を負うなんて考えたこともなかった。 <> 取り乱すのは少ない方じゃないけど、今回ばかりはかなり取り乱していた。 <> カレンさんに連れてかれる途中に、石畳で転んだり。店の果物の箱に引っかかって果物撒き散らしたり。 <> <> そして、病院。 <> 青ざめてるラスを見て、また気が動転した…んだと思う。あたふたしててよく覚えてないけど。 <> カレンさんに言われるまでもなく、治癒の魔法をほどこす。 <> 「い、命の精霊よ、ラ、ラスの傷を癒して…」 <> どことなく精霊さんへの呼びかけにもぎこちなくなってしまう。 <> それでも治せたみたいだからいいんだけど。 <> 血色がよくなり、すやすやと寝息を立て始めるラスを見て、急に怒りがこみあげてきて…思わずラスの頭にチョップを入れていた。 <> その場でカレンさんに止められたけど。 <> ……だって……いつもいつも仕事に行ってくる、と言っては知らないところで怪我して帰ってくるから…怪我するならわたしのいるところでして、とか… <> いろいろ考えてるうちに、もう一回殴りたくなってきたから、カレンさんになにか言われないうちに外に出ることにした。 <> <> <> とぼとぼと一人で帰る。……胸の奥にはまだもやもやしたものが残ってるけど、ラスがあの状態じゃ言いたいこともいえない。一人相撲、って言うのも空しいし… <>「よぉ、姉ちゃん、一人かい?」 <> 声に振り向けば、見たこともないチンピラ風の男の人。無視することにして歩みを進めると、なおもしつこく声をかけてくる。 <>「つれねぇなぁ、俺と一緒にいれば楽しーことできるぜ?」 <> なおも無視しようとすると、べたべたと身体を触ってくる。 <> ………ぷち。 <><> しばらくした後。思わず叩きのめしていたチンピラ風の男に少し頭を下げて。 <>「……ごめんなさい。でも、すっきりしました(にこ)」
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