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表と表
ラス [ 2002/02/12 2:06:53 ]
 鼻の奥から体全体に染み渡って澱むような、甘ったるい香の匂いのせいか。
“兎”の知りあいのところにネタ集めに行った帰りに、花宿の主人に面倒な仕事を押しつけられたせいか。
それとも、いきなりアイツが扉を開けた時に、危うく鼻をつぶされそうになったからか。

どれでもいい。全部かもしれないし、何ひとつ関係ないかもしれない。
ただ、あの時の俺は、おそらく少しばかり不機嫌だったんだろう。
それはきっと、あいつ同じ……いや、あいつのは、俺が言ったひと言のせいか?
けど、それだってどうでもいいか。どうせあいつはいつでも仏頂面なんだ。あの黒髪の、目つきの悪い半妖精は。

俺は、リヴァースが女だってことを知ってる。随分前から知ってたことだ。
それを今まで口に出さなかったことが、気に入らないらしい。それを告げた時、あいつの頬の色は、めまぐるしいほどに変わった。
どうせ知ってるなら…と。だからなのかもしれない。あいつが不機嫌さを隠そうともしなかったのは。
……いや、違うな。あいつはいつだって隠さない。俺とは違う。……そこが違う。

まぁ…結局はよくあることなんだろうと思う。人間混ざりが2人、花宿の奥の部屋で甘ったるい香とキツイ酒と、少しばかりの不機嫌があれば。
互いに互いが気に食わない。互いに互いが羨ましい。所詮は…そう、無い物ねだりだ。

周りの目を気にせずに、独りで居られるあいつが羨ましかった。しがらみとか執着とか、そういったものに囚われないでいるあいつが羨ましかった。
なのに。
あいつは俺を羨ましいと言う。俺が傍にいるところのカイが羨ましいと言う。…それが気に食わなかった。

同じようにエルフの中で育って。違うのは、親が居たか居ないか。そしてあとは…せいぜい、性別だ。
エルフになりたかった…と。40年も、俺はそのひと言が口に出せなかった。
エルフたちを恨んでなんかいない、と、笑ってそう言うたびに、心の奥でレプラコーンがざわついてた。
憧れと恨みを両方同時に否定することで、エルフの存在は、俺に何ひとつ傷をつけないと、そう思いたがってた。
だから、憧れも幻想も、とうの昔に捨てたと…リヴァースにそう言われてムカついた。
俺が40年もの間、持つことも…認めることすら出来なかったものを、とうの昔に持ってあげくに捨てたと言われて。

親のことを聞かれて…親父のことを、話した。俺は笑ってた。多分、うまく笑えてたんだろうと思う。
いっそ、エルフたちのことを恨んで憎んで、全てはおまえらのせいだと言えてたら楽だったんだろうけど。
憎みきれなかったのは、親父がいたからだ。親父が笑ってたからだ。
恨むことも憎むことも、親父は教えてくれなかった。自分でそれを覚えた頃には、その対象は傍にいなかった。
結局は同じことなんだろう。憧れることを自分に許した時には、その対象は傍にいなかった。
もしも自分がエルフだったら、あの森で…親父の傍に居られたのに、と。そう口に出せる頃には、もう全てが遅かった。
それでも、たとえ遅くても、気づかないで過ごすよりはよほどマシだと。
そう思ってるのは事実だ。たとえ、親父が俺の存在を忘れても俺が覚えていることは事実なのと同じように。
だから、笑った。だから、笑えた。
それを見て、リヴァースがどう感じたのかは…俺は知らない。

精霊に対する考え方も態度も、街に居る時の身の処し方も笑い方も。
何もかも、あいつと俺は正反対で、背中合わせだ。なのに、おそらく根は同じだと、皮膚の内側でそう感じる。
1つのものの裏と表…いや、どっちが裏とか表とかじゃねえな。どっちも表だ。
…そう、俺がリヴァースにやった、いかさまコインのように。

どっちがどっちを羨もうが、お互いにきっと気づいちまってる。俺たちは同じものの裏と…いや、「表と表」だと。
だから、何もかもをひっくるめて、こう言うんだ。「気に食わねえ」ってな。

お互いの唇と舌を味わって…それでも、その続きをしなかったのは、ケツのでかい掃除女が邪魔しに来たからじゃない。
とっくに治ってる怪我も、ただの言い訳だ。
……俺もおまえと同じだよ。「近親相姦はごめんだ」と。
シルフが気まぐれに届けたおまえの呟きは、俺も心の中で思っていたことだ。……多分、同じタイミングでな。
 
ひとつの幹の二本の枝
リヴァース [ 2002/02/13 0:50:09 ]
 
娼館には、ただ「花」(その手の連中は「兎」と呼ぶらしいが)たちの顔を並べるもの、談話室があってしばらく過ごしてから花を選ぶもの、そして、客寄せのために花達が際どいショーまがいのものを繰り広げ、踊りを見た者が気に入った花を指名するものまで、さまざまな様式のものがる。

アノスからの旅帰り。正確に言えば、あまりに「雲の上の街道」の凍てつき具合、氷娘どもの宴に辟易して、暖かいオランに逃げ帰ってきたのだが、とにかくその夜。
前に「花」の踊りの演奏手をしていたところに土産を持っていったら、現役が風邪で寝こんでいるということなので、日銭稼ぎさせてもらっていた。

終了時。花の館に寸鉄帯びてきた、無粋な奴を一人発見。仕事中のラス。
布を取り払い裸をさらす花達を見守る場所柄だからではないのだろうが、剣呑な言葉の応酬から、お互いに抱えていたものを突きつけ合うことになった。

ラスは、人間の社会、人間の組織の中に溶けこんでいる。人間の関係の中に自分の居場所を持っている。人間社会の役割…「仕事」として、ここに姿を表す。
わたしは、どこにいっても受け入れられない違和感と共に、流れる。輪の外からいつも眺めている傍観者。ただ、アウトサイダー、アウトローの中でだけ、居心地のよさを感じる。だから、薄汚れた、人生の主役でありえない、ただ刹那の快楽を巡るこんな場所に姿をあらわす。

ラスは人間の世の一員となり、仲間を新たな居心地の良い籠としている。そうして、守るものを持つ。しかし、新たな檻の中で、最初の、エルフという名の檻に受け入れられたかったと悔恨する。
わたしは籠の外にいる。籠の内にあれる者に常に焦がれる。どうせ失われると、なにも持とうとせずに。檻そのものを否定することで、自己防衛する。

籠に入らずにすむことが羨ましい?…ハ! 笑わせてくれる。
そうして、「持つ強さ」と「持たない強さ」を互いに嫉み合う。相容れない。だから、気にくわない。

われわれは、互いに、なんて遠い。

しかし、どんなに人の世慣れても、結局は、お互い、「森」が土台だ。それが拭えない事実。
双方、とんだ「籠の鳥」だった。エルフの価値観という檻から抜け出せなくて、ことあるごとに囚われていることを意識して、否定しようがなくて、足掻いている。そして、エルフじゃない、という事実に、うちのめされている。
……籠を自分の家にしたくて、到底それができない現実に、もがいている。

―――われわれは、互いに、なんて近い。

互いは、同じ土台から、同じ養分を吸って、面白いように違う方向へ伸びていった。東に向かって伸びる黄光花と、太陽の沈む方向にむかって咲く夜想花との違いのように、逆を向いている。

精霊の使い方一つをみても、認識は同じなのに接し方がまるで違う。

ラスは、精霊に自分の在り方を示す。精霊から近寄らせる。周りを変える。精霊を物質界に慣化させる。
わたしは精霊に同化する。自分から精霊に近寄っていく。自分を変容させる。なるべく精霊と物質を隔たせる。

ラスは、変化を旨とする人間に近い。革新的で、男の習性だ。
わたしは、あるがままの流れを許容するエルフに近い。保守的で、女の習性だ。

しかし、ラスは守る力を欲する。
わたしは、変革の力を欲する。
また、ないものねだりをし合う。

一つの幹から伸びた枝は、面白いぐらいに、互いにあいまみえることはないままに、互いの葉の青さを羨む。

ラスが放った双方が表のコインが、あまりに在りかたにそぐわしすぎて、小ざかしい。結局役にたたない。騙すことにしか使えないところにまで。

向かい合うことはありえなくても、ほんの刹那、両方表のコインに騙される間だけなら、繋がれるかもしれない。それを試したかった。…混ざらぬモノはない。錯覚としても、"混ぜる者"として、それは信じたかった。結果が、過剰と分かっている挑発だ。

踊り子が衣を脱ぐのを眺めるこの場で、互いの何かを脱ぎ捨てた。
結局、近親相姦は、気持ちが良すぎて気色が悪い、という結論に落ちついたのは、まったくのお笑いだった。
 
枝につく実は
リヴァース [ 2002/02/13 2:14:08 ]
 わたしはラスを見て、何に気がついたのだろう。もう少し考えてみる。

わたしは精霊から成り立っている。わたしはもとは精霊で、ただ、命により組み合わさっているだけだ。そして死んだら、解けてばらばらになった精霊たちがもと居た世界に変えるだけだ。魂など、かりそめのものに過ぎない。
そう思うからわたしは、自分というものに執着がない。
…その無常観を凌駕できるほどには、「自分」は作られなかった。単に自分を自分と認識できないだけなのかもしれない。いずれにせよ、「親」が無いとはそういうことだ。だから、執着を欲しがっている。そして自分を作ることができるところを、「居場所」という名の故郷を探して旅ばかりする。

それをすでに持っているラスの存在感の強さ。呆れるほどの我の強さ。自分が自分であるとの誇り。それはどこから来るのだろうと思った。
それを伺えたのは、ほんの、ささいな呼び水があったからだった。ヒトは、他人の不運から、自分の不運を連想するらしい。いや、単なる…哀れみの塗りこめあいか。

ラスの父親は、愛した者の喪失に耐えきれず、その落とし子ともども、その存在を記憶から抹消し時間をリセットした。
…耳を疑った。自分の存在が自分の最も大切な者の中から消されたのだ。憎めよ!!と怒鳴りたかった。鳴き喚きたくなった。
憎しみしか、その空白を埋められるものはないのに。それが一番手っ取り早いのに。憎しみに落ちる誘惑はあったはずなのに。

けれど、その自分の焦燥は、一瞬にして消えた、ラスの笑みから、切ないほどに感じたのは…肉親に対する無条件の許容。親だから。子だから。それだけで、全てが許せること。それは、生き物が本質的に持っているもの。

与えられただけ、人は与えることができる。自分の存在が誰かに許されて始めて、自分で自分の存在を強めることができる。自分自身より父親を守りたかった。そうラスが言えたのは、奴の父親が、逆に自分自身より彼が大切だったからなのだろう。…さらにそれを上回るものがあったのが、ラスの不幸 (という言葉を遣うとまた、反論がでそうだが) だったとしても。

憎しみなど糧としなくても、こいつにはちゃんと、別の糧があった。育まれていた。
自分が…持ち得なかったもの。あるいは持たずに済んだもの。無条件の許容により生み出される、存在の確かさ。多分そこが決定的な「違い」だったんだろう。

そして、ふと、カレンの顔がうかんだ。ラスの横にひっそりとたたずむ、太陽に対する月のような存在。
彼らのなれ初めはよくは知らない。けれど、紛れも無く、半妖精と人間という枠があろうとなかろうと、カレンはラス故に、ラスはカレン故に、互いを必要としている。互いの確かな存在を居場所にしている。

そして、カイ。
思えばラスに、意地の悪い問いかけをしたと思う。
―――カイがラスにとって特別な存在なのは、「カイ」だからなのか。それとも「カイが半妖精である」からなのか。
悩み渋った末、に奴は無難な答えを出したんだから、やはり気に食わなかった。

半妖精の行く末。この世界の役割。ずっと問うてきたことだ。半妖精から半妖精が生まれるとは限らないという。……種族として確定していない存在。エルフと人間との橋渡し、などという、聞こえのいいその場しのぎの解答を取り繕っても、結局は、半妖精は、時代の擾乱の結果にすぎず、潮流に飲みこまれていずれ消えていくのではないか。そんな不安、予感がある。

たぶんわたしは、カイとラス、あの二人に、半妖の行く末を託する、象徴的なものとして捉えるまなざしをもっている。彼らならば、無条件の許容という力を用いて、半妖精という不安定な種族を、この世界に成り立たたせられる…少なくとも橋げたの一つにはしてくれるのではないかと、期待している。

……代償行為だから、拘ったんだろう。身をもって実証できることのできる、カイに。ラスに。…わたしにできないことができる個々に。
 
エキリヴール
ラス [ 2002/02/13 4:40:52 ]
 リヴァースと話した日の夕方。仮眠をとった後に定宿のカウンターに、メシを食いに行った。
ふと、一番奥の壁際を見ると、幾つかの小物が無造作に置かれてた。なんとなく気になって店員に聞いてみる。
気になったのは、置かれていた小物がどうやらガキのオモチャがメインだったからだ。冒険者の店にはそぐわない。
昼間に来ていた客の忘れ物だと、返事を聞きながら…ふと、懐かしいものを見つけた。

共通語で何て言うのかは知らない。俺が育った森では“エキリヴール”と呼ばれてた。
もちろん目の前にあるのは、おそらくオランで作られた物だ。使われてる素材も少し違う。けど、原理は同じだ。所詮はガキのオモチャだ。
…中心に、木を円錐状に削ったもの。その上には、木の実で人形の顔。顔の下には、細長い腕が左右に伸びている。腕の先に錘(おもり)代わりの木の実が1つずつ。
腕の長さと、錘として下げられた木の実の重さとでバランスをとって、小指の爪よりも小さな場所に、ふらつきながらも、立てる。
重心がどうの、平衡がどうのと聞いたのは大人になってからの話。昔はこんなものでも面白がっていた。

…リヴァースのことを、思い出した。

俺の傲慢さを、愛された証拠だとリヴァースは言った。そう、それは多分本当だ。
“自分は望まれて生まれてきたんだから”と。いつでも、最後はそれにたどり着く。どうにもならなくなった時でも、それさえ思い出せば、自分を見失わないでいられた。すがりつくものを、俺は持ってる。
「親」のないリヴァースには、それがないのかもしれない。だから、何も持たないでいようとしてる。
──持っていれば、奪われるから。
奪われたくないから、持たない。手に入れる喜びを味わうよりも、奪われる痛みを感じないでいられるほうがいいと。
ああ…気にくわない。癪に障る。その気持ちがわかるからこそ、ムカつく。いっそそこまで思い切れるほどの、その強さが妬ましい。

だから…なのかもしれない。リヴァースは、自分自身では半妖精が子を成した結果を確かめられないからと言ってた。
戦で、と聞いて、想像はついた。
次代を産み育むはずの女の体を持ちながら、あいつの腹は子を宿すことはない。それでも、リヴァースは「女」だ。
慈しみ、癒し、守ろうとするその力。流れの全てを受け入れて自身で呑み込もうとする、深さ。
柔らかな波のように、精霊界へと静かに同化していくその呼吸。俺が、持てなかった呼吸。
精霊に近づく方法に、性別なんて関わりやしない。なのに、あいつのやり方は女そのものだと、そう思えた。

言葉には…あいつは、言葉には一切出さなかった。ただ、俺に尋ねた。
なのに、俺はいつのまにか邪推してしまってる。あいつは、自身が子を成し得ないことを知っていて、それでも…いや、だからこそ、子を望んでいるのかもしれない、と。
半妖精から半妖精が産まれるとは限らない。その可能性がある、と言うだけだ。
ただ、実際、俺の母親は半妖精だった。半妖精として育った者が子を望む…その気持ちを俺は知りたかった。お袋にはもう聞けない。
俺の邪推が正しければ…リヴァースならその問いに答えられるんだろうか。

「おまえとカイが子をなせば」と、そんなリヴァースの言葉を思い出して苦笑が漏れる。
ああ、そうさ。俺は親に愛されて育った。でも、だからこそ、自分自身が彼らと同じように出来るかどうか、自信なんてない。
有り余る愛を受け取った。同じものを与えることが出来るかと言われれば、俺には自信がない。彼らのような「親」になんてなれない。
その自信が持てない以上、自分は「親」になる資格なんかない。
オランに来たのは3年前だ。ここに来るまでに、何人も…何十人もの女と寝た。子をなさないことを自分に課している娼婦たちと以外にも。
なのに、結果はゼロだ。それが、半妖精の「種族」としての弱さかと。自嘲と安堵の息が漏れる。
1000年もの寿命を持つエルフたちには、極端に子が少ない。そしてその血を、俺たちは確かにひいている。……それを再確認してる。馬鹿みたいに。

恨みと憎しみを自分の感情として知っているリヴァースの目は、少し前に俺の腹に剣を突き立てた男の目を一瞬、思い出させた。
癒し守る力を持ちながら、リヴァースは、攻める力をこそ欲しがってる。奪われまいと思いながら、奪う力を欲しがってる…そう見えた。
そして俺は、攻め入る力、突き破る力を持ちながら、癒す力を欲しがってる。
全く…奇妙なバランスだ。

奪う力と、奪われまいとする力。…それは本当は同じ力なのに。攻める力と守る力が釣り合ってこそなのに。
そうじゃなきゃ、バランスを崩す。バランスが狂えば“エキリヴール”は立てない。転がるだけの屑に成り果てる。
少なくともリヴァースは屑じゃない。だとしたら、俺もせめて無様な姿は見せないでおこう、と。……そう思った。