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慟哭
ケルツ [ 2002/02/24 2:31:39 ]
 「−−−!!」
 夜具を跳ね除けるようにして身を起こす。まだ冬だと言うのに気味の悪い汗が体を覆って、その感触のおかげで自分が目を覚ましているのだと知れた。
 真夜中の寝台。時々隣に女が寝ていることも有る、そうでない時も有る。今日は後者。お陰で、突然身を襲った寒さ(シーツを跳ね除ければ自然、冬の寒さが忍び込んでくる)に甘ったるい声で非難をされることは無い。だからありがたいというわけでもないけれど。
 心の臓がばくばくと波打つ音が耳元で聞こえる。無意識にその数を数える。3回、4回、5回。闇に沈む部屋は、まだ瞳にその姿を結ばない。7回、8回、9回。闇に次第に目が慣れて、見慣れた部屋が現れる。肩から力が抜けるとともに潮騒ににた鼓動が遠ざかっていく。
 
何も、見えなくなる、夢。

 実際、このところ視界の歪みはひどくなってきていた。見知った顔と対峙しながらその人間の顔やしぐさを「思い出す」ことも多い。目の見えぬ分だけ、記憶が視界を補正する。そのことに思い当たるたび、薄ら寒い恐怖に襲われた。
 治療師は精神的なものもあるだろうという。それならどうすればいいのか、何を思えばいいのか教えてくれと叫びたかった。光をうしなうことをこんなにも恐れている自分に、これ以上の何が願えるというのだろう。

 ぎしぎしと耳障りな音を立てる寝台から立ち上がって着慣れた上着に袖を通す。
 知り合いに会わない賑やかな場所へ行きたかった。