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書物の迷宮
カーナ [ 2002/04/12 16:11:30 ]
  旅に出よう。

 エルメスがこの街を離れてから、ずっと考えていた事。
 考えていながら、実行に移されなかった事。
 いや、後回しになっている、と言うべきか。今もまだ。

 何で後回しになってたのか? 理由は色々とある。
 人手不足の巣穴(絶対嘘だ。毎回似たような理由の割に、暇そうな連中が街中をうろついてるじゃないか)からの仕事……宝石をくすねたり、あるいはくすねられた宝石を探したり……で日銭を稼ぎつつ、余ったお金で外套を新調したり。
 下水道に降りた時に(この仕事だけは絶対請けたくなかったのに、言葉巧みに押し付けられた)泥まみれになった挙げ句鼠達に端を齧られてぼろぼろになった革鎧も新しく買い替えたり。いくら追われてるとは言えあんな所に逃げるなよ! ったく……。
 始終そんな調子で、お金が出たり入ったり。ちっとも路銀が貯まらない。これが、ひとつ。

 もうひとつは、この季節だ。
 春。大きなキャラバンが各地を巡り、沢山の収穫を手にオランへとやってくる。
 ムディール独特の色調に彩られた布地、ガルガライス特産の魚の干物、それに雪解けの山からはフキノトウやらタケノコやら。……最後のは違うか。でも、まだ小さいタケノコは軟らかくて美味しい。
 いや、別に食欲が全てって訳じゃないけど! 本当に!

 他にも、鑑定待ちのお宝がまだ残っているとか、仲間の一人が遺跡のネタを探ってるらしいとか。
 数えれば結構な数が挙げられる。けど、面倒なので割愛。個人的な事情もあるし。

 取り合えず、ひとつづつ解決して行くしかないな。
 幸い、この間の遺跡から持ち帰った指輪の鑑定がようやく終わったとのことなので、三角塔に行く事に

 ………なった。三人で。


 昨日の晩に酒場で出会った、ラサと言う少年……や、あたしが少年って言うのも微妙か。まあいいや。
 帰り道で散々話し込んだ挙げ句、ついでだからと言う事で一緒に学院を覗きに行こうと言う話になった。もちろん、一般に解放されている書庫などにしか入る事は出来ないけど。好奇心の虫の大きさはあたしと大差がないらしい。
 無論、あたしは何度か入った事がある(その度に居心地の悪さを感じたけれど)ので、言い方は悪いが『保護者役』をつとめる事になった。

 それが偶然だったのかどうかはチャ・ザ様に聞かないと解らない。
 学院前でうろうろしている少年……これまた昨晩酒場で会った、ローブ姿のラーダ神官見習い。セレネドと言う名はこの時にようやく聞いたのだけど、彼は『御師匠様』に頼まれて書物を借り受けに来たのだと言う。
 慣れない場所に行く時に、ひとりでもそこを知っている人間がいるのは心強いものだ。彼の気持ちがイタイ程分かったあたしは、一緒に行こうかと申し出た。

 あたしが間違っていたのだろうか?

 ラサが、通りすがりの妙な魔術師(何となくバリオネスを連想してしまった)に着いて行ってしまったのも。
 セレネドが、棚から書物を持って行こうとして、同じくそれを求めていたお爺さんと口論になったのも。
 あたしが、間違った部屋を開けてしまい、中にいた人に危うく紫色の液体を浴びせられそうになったのも。

 偶然書庫を訪れていたネラードに、借りが四つ程できてしまったのも。

 あたしが間違っていたのだろうか?


 ………いつになったら、あたしは旅に出られるのだろう。