| 黄金の種 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/07/15 1:07:47 ] |
|---|
| | あたしの首にかけられた、小さな革袋。
ピルカがかけてくれたその袋の中には、種が入っている。
種は、蒔かないといけないよね。
ねえ、イエメン……。 |
| |
| 脱出未遂 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/07/15 1:28:01 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 7の月 3日 正午 ロックフィールド治療院 重度患者の個室にて】
周りを見る。 誰もいない。頭が痛い。服がじっとりとまとわりつくのがうっとおしい。
まさかネラードが来るとは思わなかったけど、好機だとも思った。 ここを訪れるのはエルメスやピルカだけだったし、彼女たちはあたしの言う事を聞いてくれなかった。あの看護婦達と同じことを言って、帰っていった。 それでも誰もいないよりは遥かにマシだったのに。なんで、なんであたしだけ置いていくんだろう。 なんであたしは連れていってくれないんだろう。そう思ってた。
ネラードは彼女たちと違った。そう。「男」だった。 だから迫ったの。もう少しで、彼はあたしに手を伸ばす。 そうすれば隙が出来る、と思ったから、心の中で笑ったよ。 やっとここから出られる。臭くて暗くて、それに時折虫が這い出て来る部屋。いるだけで吐き気がする。 嬉しかった。それがいけなかったのかな。
気がついたら、意識が無かった。 おそらく、ネラードに気絶させられたんだろう。
次の機会を待たなければいけない。 そう思うと、頭の中身が耳の穴からどろりと零れるような気分になって。
あたしの腕に、傷が増えた。 |
| |
| 脱出 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/07/15 1:51:15 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 7の月 9日 深夜〜早朝 ロックフィールド治療院 重度患者の個室にて】
あたしは、イエメンと話していた。
皆は見えないと言う。ただの幻覚だと。だから話すなと言う。 だけど仕方ないじゃないか。独りぼっちのあたしに、他に話す相手はいない。 それに、きっとこの種があるから、あたしには見えるんだ。
そんなとき、看護婦が入ってきたんだ。 名前は知らない。いや、ああ、ミリィとか、言ってたかな。 ころころ変わるもんで、覚えられないんだよ。おかしいな。前は人の名前くらい、すぐに覚えられたのに。なんでだろ。
彼女は他の皆と同じ事を言う。やっぱり見えないんだ。 あたしは無駄だと思いながら、それでも言う。心変わりを期待して。彼女が、あたしをここから出してくれる事を、期待して。 でも、無駄だった。
虫の事も必死で訴えたのに、幻だと言う。 腕の傷も見せたよ。こんなに噛まれたんだって。なのに信じてくれない。 それは自分でつけた傷だって? じょ、冗談じゃない。くっ。分からず屋め。
と、彼女はあやとりの紐を出して、笑顔を浮かべた。一緒にやらないか、と。 あたしはそれを受けとって、やっぱり笑ったんだ。 それを見て、向こうも何処かほっとしたみたいだった。
一瞬後、あたしが紐を彼女の首にかけるまではね。
え? 大丈夫だよイエメン。あたしだって殺すのは好きじゃない。 生きてるよ、彼女は。少し眠ってもらってるだけでさ。ほら、胸の辺りが動いてるでしょ?
そんなことより、あたしはここを出られるのが嬉しくて仕方なくて。 しかも、もう無いと思っていたトマトがあるって言うじゃないか。思わず泣きそうになっちゃった。 ふふっ、ついでだから色々と貰っていこう。服とか、薬とか。 大丈夫。彼女の部屋は分かってるんだ。きっとそこに全部あるよ。
皆でさんざんあたしを虐めたんだ、それくらいしたっていいよねぇ……? |
| |
| 哀願 (前) |
|---|
|
| カーナ [ 2002/07/15 18:59:43 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 7の月 15日 深夜 スラム 裏路地 傍の小屋にて】
そこでラスに出会ったのは、どんな偶然だったのだろうか。
あたしは濡れてしまった病人服を着替えるところで。 向こうは仕事を終えた後だったらしい。
久しぶりの知人に会えて、あたしは本当に嬉しかったよ。 でもやっぱり、ラスも同じなんだろうなと思ってた。 少なくとも嘘をついた覚えはないけど、彼から帰ってきた反応は同じだった。
その時だ。 あの魔術師――レドウィック・アウグスト――がふらりと入ってきたのは。
最初は名前も思い出せなかったけれど。勝手に安心してた。 いつから戻ってきたのかは知らないけれど、彼なら事情をよく知らないだろうと。 だから少しは頼れるかもしれないって。そう思ったんだよ。ああイエメン、本当だって。あの時は馬鹿だったんだ。
少しのやり取りの後、レドはその場を去った。 だからあたしもラスも、すぐに彼のことを忘れていた。少なくとも、あたしは。
不意に圧倒的な眠気に襲われた時でさえ、何がどうなっているのか分からなかった。 |
| |
| 哀願 (中) |
|---|
|
| カーナ [ 2002/07/15 19:17:23 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 7の月 15日 深夜 スラム 裏路地の陰にて】
強い感情を打ち砕くのは、さらに強い感情。 悲しみを怒りで打ち消すように。苦しみを笑いで上塗りするように。
頭が霞んでいなくても、彼の言動はあたしには理解できない。 それに、理解する余裕もなかった。
意識を失いかけ、倒れた時に強く頭を打った。(何にぶつけたのかは覚えていないけれど) けど、意識を引きずり戻したのは足の酷い痛み。体が勝手に魚のように跳ねる。 あの男、レドが…あたしの足に、ダガーを…。 それ以上考える前に、今度は髪を掴まれ、挙句におなかを蹴られる。 息が、できない。
ラスを放ったまま、あの男はあたしを暗がりへと引きずりこみ、言った。 「ああいうお人よしの好意を無にする奴は、一度死んだほうが良いな」
その言葉が冗談でも何でもないことを、あたしが気づかなかったら、あるいは幸せだったかもしれない。
目の前に金の入った袋を投げ捨てるように落とし、男は続ける。 「支度金だ、明日の朝には消えろ」
「嫌だと、言ったら?」 ……こんな台詞、言わなければよかったんだ。意地張ったりしなければ。
「構わんが? 次に会ったら御前は実験材料になるだけだ」 それ以上の恐怖を味わわなくて済んだのに。
思わず叫んだ。助けて、と。助けて、ラス……と。 怖かったんだよ。目の前の男に何かされるくらいなら、まだあの臭い部屋の方が良い。 あたしの本能が、即座にそれを選んだんだ。
それが正しいと思ったよ。うん。 再度お腹を蹴られて、声と呼吸と意識をいっぺんに手放す前までは…ね。 |
| |
| 哀願 (後) |
|---|
|
| カーナ [ 2002/07/17 0:56:10 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 7の月 15日 日没 スラム 朽ちた小屋にて】
…全てが、全ての輪郭が、ぼやけてる。
身体に残っているのは、鈍い痛みと鋭い痛み。 頭が、胸が、足の傷口が、身体の芯が。 でも何故か、心は……痛まなかった。麻痺してたのかな。
そう、気がついたら、服は引き裂かれていて。 誰かがあたしの上に。
抵抗した記憶はある。 直後、何か妙な味がして、茶色い液体――見えたわけじゃないのに、何故かそう感じた――を喉に流しこまれて。
世界が反転した。
ああイエメン、何でそんな顔をするの? と、トマトを食べたときは、あんなに笑ってたのにぃ。
だいじょうぶだよ…。生きてるから。
生きてる?
金の入った袋は、なくなってたけど。 そんなことはどうでもよくて。
あたしはばら撒かれてしまった種をどうにか袋に戻すと、転がってたボロ布を身体に巻いた。
怖い。 ここにいたら、ここにいたら、また。 あの男が来る。
あたしの上に乗った男? 違う、違うよ。イエメン、あんなんじゃない。 …真紅の外套の男。レドウィック。狂気の塊。
小屋を出る。宿に、あの宿に戻らなきゃ――。 身体が五十二本の鎖で縛られたかのように、重かった。 |
| |
| 安息 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/07/17 1:38:51 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 7の月 16日 朝 古代王国への扉亭 エルメスの部屋にて】
エルメスは好きだ。 大好きだ。
あの夜、何処を歩いてるのかも分からなくなりかけてたあたし。 そこで、偶然(だと思う)マリアと出会い。 そして……エルメスと再会したんだ。
まだ半日もしないのに、遠い過去のように感じる。
胃の中がぐるぐるする感じは最高潮に達してた。 足の傷はもうそれが当たり前のように痛みで自己主張する。 更に酷い事に、見えるものが濁ってる。
それは、イエメンも同じだった。 何でそんなこと言うの? 何でそんなもの見せるの? 彼は歪んでしまった。何故かは分からない。 「お菓子」がいけなかったんだろうか。ああ、それともあたしが汚れてしまったから?
二人に会ったのは、丁度そんな時で。
服の中に入りこもうとしてた百足が。 髪の間に潜りこんでいた羽虫が。 舌の先に噛みつこうとしていた甲虫が。
抱きしめられたら、何処かに逃げてしまった。
「起きたのか?」 聞きなれた声に、こんなに安心するなんて。 あの建物にいた時は、彼女の言葉は嫌だったのに。
もう少し、寝るよ。 「そうか。ゆっくりしてな」
ここにいるから。 そう言ったエルメスの目が、優しくて、嬉しくて。 あたしは目を瞑った。 後でマリアが、笑ってたような気がする。
何故、こんなにも穏やかなのだろう。
……大丈夫。悪夢は来ない。ここにいれば。きっと、あんなことはもう。
なのにどうしてこんなに、 不安、 なのかな。
『ココニイタラ タネヲ マケナイジャナイカ』 誰かの声。 あたしは、聞こえないふりをした…。 |
| |
| 面会 |
|---|
|
| バリオネス [ 2002/07/17 3:44:37 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 7の月 16日 夕刻 公衆浴場にて】
話はカーナがロックフィールド治療院を脱走した日までさかのぼる。 その日の夜、盗賊ギルドからカーナに小箱を届けるように依頼されて、深夜にもかかわらず治療院に足を運んだ。 今の状態のカーナには会いたくなかったが、ギルドの依頼を断わる事もできず、恐らくカーナが寝ているであろう深夜の時間帯を選んだ。 しかし、治療院に行ってみるともぬけの殻。 カーナに対する怒りが込み上げ、たたッ切ると叫びながら抜刀した。 運がいいのか悪いのか外に出た途端、衛視と目が合い連行される。
それから約1週間、詰め所の牢で生活をする。
16日午後 軟禁生活からようやく解放されたはいいが、劣悪な環境であったため自分の体臭がものすごく気になる。 公衆浴場に着いたのは夕刻の事だった。 そこで出会ったのはA・カレンとラスだった。
私とラスとの因縁はけして浅いものではない。 カーナのことで精神的にまいっている私にとって、ラスの出方によっては一触即発の事態を招きかねなかった。 が、そう思っていたのは私だけだったようだ。 微妙に和んだ雰囲気で会話は弾み、カーナの話題が出たときに私がプツンっといってしまった。 カレンの声ですぐに冷静になれたのは、私の心が不安定だったからかも知れない。
カーナの居場所が分かりそのままカレンにつれられて行く。 一足先に使い魔を向わせる。 カーナにあったら何するかわからないと言っている自分だが、いざその時になればかわいくてしょうがないといった状境に陥るであろう。 冒険者の誇りがどうのこうのなんて関係ない。好きなものは好きと思い知らされる。
まだ、心の整理がついてないが、カーナに会う事で全てが片付く。 運命の歯車は再び回り始めた。 |
| |
| 林檎 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/07/18 1:18:25 ] |
|---|
| | くるり くるくる まわるよ まわる <> かぜの くるまは からから まわる <> ひとの うわさは ころころ かわる <> まわり まわって はじめに もどる―― <> <>【同刻 古代王国への扉亭 エルメスの部屋にて】 <> <> あたしが窓の外を見ていると、扉が鳴った。とんとん、と。軽く3度。 <> <> 入ってきたのは、ノックの数と同じ、3人。 <> エルメスの他に、ウェシリンさん。それに、ネラード。 <> 氷のように冷たいこころと、炎のように熱いこころ。 <> どっちも好きじゃなかった。でも、あたしは逃げたりしなかった。 <> だって、エルメスがいたから。 <> <> ……彼らが何を話してたのか、よく覚えてない。 <> <> ネラードが伸ばした手に思わず叫んでしまって。 <> エルメスにたしなめられて、うなずいた。 <> <> ウェシリンさんに、あの建物であたしがやったことを問い詰められて。 <> 仕方なく、謝った。 <> <> 旅行に行くって話を、言われて。 <> あたしは船に乗ったことがない、泳げないって言った。 <> <> そして、エルメスに前にもらった銀の鈴を、服につけてもらった。 <> ちりん。 きれいな音がした。 <> <> それだけ、覚えてる。 それだけしか、覚えてない。 <> だけど、いいんだ。 鈴の音が、 あたしを結んでくれる―― <> <> 気分が楽になって、変わりに目蓋が重く感じ始めた。 <> 今は虫も見えない。イエメンもいなくて、少し寂しいけど。 <> でも、歪んだイエメンは何故だかあまり見たくなくて。 <> <>「おやすみ、なさい……。また、あとでね」 <> 3人が見守る中、あたしは、眠りに落ちた。 <> <> 夢を見た。凄く昔の夢。 <> 父さんがいて、母さんがいて、あたしは二人の間にいて。 <> あたしはとても幸せで、笑ってる。二人も一緒に笑って <> <>“眠りの小人よ。カーナの目に砂を蒔け。夢すら見ぬ、深い眠りを” <> <> あれ、おかしいな、何も 見 え な ・ ・ ・ <> <>「これで暴れる心配はない。まあ、担いで歩くという不便さが生じたけどね」 <>「宜しく頼みます。もしカゾフに行くなら、いい宿を紹介しますよ」 <>「エルメス……ほとんど寝てないんだろう。しばらく休みなさい」 <>「…いや、大丈夫だ。アタシも支度をしないといけないからな」
|
| |
| 手紙 |
|---|
|
| バリオネス [ 2002/07/20 1:53:43 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 7の月 16日 夜 古代王国への扉亭 エルメスの部屋にて】
エルメスの部屋につくと、そこにいた人間は妙に慌ただしく動いていた。 カーナは眠りに就いており、慌ただしさの理由をその場にいた者から聞き出す。 なるほど、レドがね・・・。 ヤツはシャイでお茶目な性格だから、ここまで過剰に反応しなくても良いだろう。 そんなに心配ならばレドに一筆書いてやるよ。
親愛なるレドウィック導師へ
先日はうちのカーナが失礼な事をしたようで、大変申し訳ございませんでした。 それにもかかわらず、見舞金までいただき貴殿の心の広さにはただただ感動する限りにございます。 貴殿おかげで、彼女も治療に専念する意気込みが依然より増して感じられます。 彼女の具合がよくなったら、貴殿の助言にあるように行楽地にでも連れて行こうと思います。 マーファ神殿から監視されているゆえ、あまり遠出はできませんが、近場でよい行楽地があればぜひともお教え願います。 時に、うちの若い者たちは無知なるものが多く、貴殿の言葉の真意を理解することが出来ません。 それどころか恐慌に陥ってしまい、私がいくら言っても真意を理解してはくれません。 このままでは噂が噂を呼び、マナ・ライ導師が長年かけて積み重ねてきた、一般市民の魔術師に対するイメージをも崩しかねない勢いを持っています。 どうか貴殿の口から事の真意を語り、うちの若い者達を恐慌から救ってください。お願いします。
シャウエル改めバリオネス・クルードより
手紙をレドに届けるように指示する。 私の真意がわかるかね。 そういう事にしなければ、マーファ神殿と魔術師ギルドを敵に回す事になるかも知れないよと遠回しに言っているのだ。 やり方は自分で考えてごらん。 ヒントは何の為に高い金払って盗賊ギルドに入っているか。 それがわかれば簡単に答えは出るだろうよ。 |
| |
| 憂鬱の赤髪 |
|---|
|
| ネラード [ 2002/07/20 4:35:35 ] |
|---|
| | 古代亭の個室でカーナの処遇をウェシリン、エルメスと共に決めた後、自室に戻って荷物の整理をする。 準備は直に済んだ。後は、ウェシリンかエルメスが自分を呼びに来るのを待つだけ。 ……自分は、事の顛末を見届けるだけだ。後は役割を引き継いだ者達の仕事。自分には関係ない。
エルメスと、口論をした。感情に任せて捲し立てた。あの時の私は、きっとウェシリンにはとても滑稽なものに見えていたに違いない。 私は、自分が何も出来なかった事の憤りを、半ば八つ当たりに彼女にぶつけていただけだ。私の言葉は、間違いなくエルメスを悩ませている。 後の憂いを無くす為にも、謝罪し、誤解を解いておくべきだろう。 とはいえ、自分からあの宿に行く気にはならない。憂鬱な気分だ。
……正直、カーナを狙う魔術師なんてものには興味はないし脅威もない。オランの何所が安全かなどと話し合うことにも意味を感じない。
ただ、自分の傍にいて欲しくないだけだ。足を運べば簡単に届くような場所に、彼女が居る事が許せない。
変わり果てたカーナを、私が見たくないだけなのだ。 |
| |
| 宛先不明の手紙 |
|---|
|
| レドウィック・アウグスト [ 2002/07/21 3:09:10 ] |
|---|
| | 街中で不意に呼び止められる。
・・・夕暮れ時、私の名を名指しで呼び止めるものは少ない。 まして盗賊風の男とあれば大抵ろくな用事ではないことが多いのだが。
その男は宛先人行方不明の手紙を携え、私を探していたらしい。 なにやら少し怯えた様な態を装っていたが、まあ社交辞令と取っておこう。 男に手間賃を少し渡すと手紙を受け取った。
差出人はシャウエル、か。 今はバリオネス・・・ね。あまり良い思いでの無い人間では在る。 唯一例外といえば、『あのアレク』の身内という事、か。
内容を一読すると小さく呟いた呪文により、紙片が炎に包まれる。 手のひらの中で燃えさかる紙に小さな炎の舌が行き届いた瞬間、握り潰された。
説明か・・・・関わったことすら戯れにすぎん。 真を求めるは構わぬがな・・・・真実は人の数だけあろう。 事実は一つなれど・・・な。 |
| |
| 現実の拒否 |
|---|
|
| バリオネス [ 2002/07/21 8:06:05 ] |
|---|
| | レド宛てに手紙を書き、エルメスに届けてもらおうと思ったが、居場所を知らないと言われた。 宿を回って知っている者を捜したがしゅうかくはゼロ。 仕方なく盗賊ギルドに行き、手紙を届けるよう依頼する。 自分でも色々な場所に探しに行ったが見つからなかった。 ようやく諦めたところで、きままに亭にいたラスに聞いてみるとその向うにレドはいた。 真実を知りたいかと聞かれたが、そんな事どうでもよかった。 手紙に書いておいてなんだが、私が知りたいのはカーナに危害を加える気があるかないか。 微妙にはぐらかされた感じはあるが、大方レドにその気はないようにおもえた。 レドと真面目に話すのはとても気を使う。あの日もそうだった。
私の使い魔は15日にはカーナを見つけていた。 私は詰め所の牢のなかでそのやり取りの一部始終を聞いていた。 何もできない自分。せめて今後のレド対策をと、考える事に気を取られてその後の惨劇を回避する事に気が回らなかった。 服の破ける音、カーナの悲鳴。 牢の中で耳をふさぐがその音は直接頭の中に流れ込んでくる。 私はカーナが知らない男にもてあそばれているという現実を拒否しようとしていた。 そんな事はない・・・気のせいだ。 私は現実を拒否した。
だが、レドとラスと話しているうちに、頭のかなたに追いやったはずの忌まわしい記憶が鮮明に思い出される。 涙が流れ、狂った笑みを浮かべる 病んだ私を癒せるのはカーナだけだと思い込み、とにかくカーナのもとへ走った。 部屋につくなりディスペル・マジックを唱えるが、カーナは目を覚まさない。 なぜこんな時に限って失敗するのだ。 私の疲労は極限まで達していた。 私は部屋の角に座り、顔を隠して再び泣いた。 |
| |
| 「ふむ・・・困ったにょ。」 |
|---|
|
| ウェシリン [ 2002/07/23 21:43:37 ] |
|---|
| | 等と慣れぬ冗談を言ってみたが・・・キャロモの反応は最悪だった。
カゾフへの赴く前日。キャロモと出くわした。 かれこれ10日以上の連絡取らずにいない間に次のアテが決まったらしい。 予定としては、8の月の半ば頃・・・とのこと。
「遺跡に潜る。またな。」とは言えない状況に自分が居るのは認識している。
現状のカーナをエルメスだけに任せるのは酷すぎる。 薬漬けに関しては、放っておけば抜ける。そうやって抜いた人間はパダで何人も見てきた。 問題はカーナのの心の面だ。彼女の心の中の精霊は、一言で切り捨てれば「異常」の一言だ。 恐怖、混乱、孤独・・・そしてそれらに隠されているが強く現れているものは「悲しみ」と「怒り」。 この二つが突如爆発した使用・・・どうなるかは詩歌などで伝えられている通りだ。
エルメスもエルメスで気丈に振る舞っているが・・・二十歳にも満たないのだ。本当なら逃げ出したい所だろう。 それでも、ぎりぎりのラインで踏ん張っているそんな感じがした。
そして、ベットの脇で泣いていた男・・・カーナとの関係についてはよくは知らない。何度か話に出てきたつきまとっている男のことだろう。 何かと動いているようだが・・・どこまで信用にたれる人物なのだろうか? 話しようとも思ったが、その後は一度も見かけていない。
「キャロモ・・・直前には、パダに戻る。それまで好き勝手にやらせて欲しい。」
そう言っただけで、ふらりと去った。 「おい。ちょっと待て!」という言葉も聞こえた、あえて無視した。
この訳の分からない感情をもてあましている。いつもの自分らしくない。 そんなことを考えつつ、裏通りをアテもなく歩いていたのだが・・・。
「・・・誰だい?キャロモにしては足音がはっきりと聞こえているよ。」
そして、物陰から誰かが現れた。 |
| |
| 覚醒と忘却 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/08/03 14:13:10 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 8の月 1日 夜 カゾフ“細波と大船”亭にて】
うすぼんやりした頭で、分かることだけ、思い返してみる。 体がすごくだるい。周りが暑い。潮の匂いが強くなってる。 エルメスの顔は疲れていて、何度かウェシリンさんと言い合い(なのかな?)をしていた。 ネラードの姿は見えない。行きの船には乗っていたけど、そのまま降りずにオランに戻ったんだって。 それでええと、イエメンはどうしたっけ。ああ、そうだ。 イエメンはいなくなってしまった。かわりに、なんだか女の人のような影が見える。 ような、って言うのは、はっきり見えないから。胸とか、体つきでなんとなくそう感じてるだけ。
ウェシリンさんが何をしたのか知らないけど、あたしはここに来るまでずっと眠ってたんだって。 だからかどうか分からないけど、体が重くて動かしにくい。 でもいいんだ。ここにはあの怖い人も、臭い部屋もないから。 ――あれ? あの赤い人の名前、何だったっけ……?
そう言えばウェシリンさんは何かを気にしてるようだったけど。 あたしが聞いても、何も答えてくれなかった。 「おまえは気にしなくていいことだ」って言って。
出歩いたとしてもせいぜい宿の酒場までが精一杯。 ホントは色々やりたいこともあるんだけど、この調子じゃどうしようもない。 寝巻き姿で髪を下ろしたまま、椅子に座ってほけーっとしてた。 目の前には食事が並んでる。美味しそう、なんだけど……。 実はあたし、少し前からあんまり味を感じなくなってるみたいで。鼻でも詰まってるのかな?
と、目の前に変な格好のお兄さんひとり。 にやにや笑いながら、こう言って来たんだ。 「よお、いくらだ?」
少し遅れて部屋から出てきたエルメスとウェシリンさんに何だか色々とされて(良くは見てなかったけど、顔がタコみたいになってた)、その人は出てったけど。 あたしは大切なことを思い出した。
お金。 お金がないと、買えない。
何が?
ああ、そうだ。 トマトの代わりになる、お菓子を。
……あれ? この巾着袋、何だったっけ……。 |
| |
| オランの港で・・・ |
|---|
|
| バリオネス [ 2002/08/11 7:31:23 ] |
|---|
| | カゾフへと出発する日、私は見事に寝坊した。 前日に用意しておいた荷物を持って走る走る走る・・・・ 港に着くと私が乗るはずだった船は走り出していた。 まだ間に合うと判断し、レビテーションの魔法をかけ、助走をつけて岸壁からジャンプ! 助走をつけた分だけ前に進むが、なにぶん浮き上がるだけの魔法。まだまだ船に辿り着く事は出来ない。 そんな時はこれ、使い魔のカラス! 浮かんでいるだけの私を引っ張ってもらう。 う〜ん快適快適♪さあ、もうすぐ船だがんばれ使い魔・・・
その直後、船の後方で水柱が上がるのを、船員の1人が目撃した。 |
| |
| 自嘲 |
|---|
|
| ネラード [ 2002/08/12 6:20:57 ] |
|---|
| | ウェシリン、エルメス、そして意識の無いカーナと共にカゾフ行きの船に乗った私は、当初の予定通りに行動した。 即ち、カゾフに降りずそのままオランに戻る、という予定だ。 当然の事ながら反論された。なぜ降りないのか、元々降りる予定が無いならばどうして此処まで付いて来たのか、と。 「これ以上は時間が惜しい」、私はこれだけ言った。予想通り、激しく罵倒された。 これでいい。これで当面は煩わしい事に頭を悩ませる必要も無くなる。後はどうなろうと知った事ではない。 ウェシリンの表情が気になったが、そんな事はもうどうでもいい。彼女は彼女で、勝手に私から「精霊の気配」とやらを感じ取り色々考えているのだろう。 どの精霊が強く出ているかでその人物の人なりが分かるというなら、上っ面だけを見てそうしていればいい。 帰りの船の上で、“古代王国への扉”亭での口論を思い返した。「フューリーが強く出ている」、あの時ウェシリンはそう言った。フューリーとは怒りの精霊だったか。 だとしたらそれは少々間違っている。あの時、私の心を占めていた感情は「哀れみ」だったのだから。 私はカーナが誰を選ぶか分かり切っていた。だから敢えて選択をさせた。彼女自身に答えさせる事で、それを揺ぎ無くする為に。 そして、私は開放された。心の中に、あの哀れな少女に何もしてやれなかったという悔悟を残して。
海風が心地良い。風に当たっている間は嫌な事も忘れられる、そんな気がする。 長い旅の中、冒険の仲間を亡くした事もある。今回の一件も似たようなものだ。 一人の冒険者が、薬に溺れて道を無くした。もし彼女に運があるのなら、道を取り戻した先でまた会うこともあるだろう。
ク、ククク……ハハハハハ! 何が『似たようなもの』か。ただ単に自分の不甲斐無さを隠してそれっぽい事を言っているだけではないか! そんな事で魔術師が務まるのか、ネラード・ヴォーケインよ!?おまえがあの森で学んだ事はそんなチンケな理論武装だけか!? 魔術の徒が聞いて呆れる、良くそんな事で今まで渡り歩いてきたものだな!!
本当に、聞いて呆れますよ、自分自身が……。 |
| |
| 邂逅 |
|---|
|
| ローラ [ 2002/08/18 19:26:27 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 8の月 17日 夕刻 カゾフ とあるマーファ信者の自宅兼診療所にて】
ただいま。遅くなってごめんなさいね?はい、包帯の予備と消毒用のお酒。
帰り道で気になる人に会ったわ。 カーナさんと、エルメスさん、っていったかしら。冒険者で、オランから来たって言っていたわ。 ここのことを紹介しておいたから、多分近いうちにくると思うわ。あなたに無断で悪いとは思ったけれど・・・
・・・(うなずいて)カゾフに来たのは、多分カーナさんの療養のためだと思うわ。 彼女、私が見た限りでは麻薬の影響を受けていたみたいだから。 私の財布をすり取るくらいには薬の影響は弱くなっているみたいだけど・・・(苦笑しつつ)ご心配なく。彼女には悪いけれど、買出しでほとんど使った後で、財布はカラに近かったから。
カーナさんももちろんだけれど、エルメスさんの方も・・・ううん、彼女は別に中毒とかいう訳ではないわ。 カーナさんのことがよほど大切なのでしょうね。ピンと張り詰めて・・・いつか切れてしまいやしないかって、少し心配だわ。 ・・・いやだ、昔の私ってそんなに危なっかしかったの?(苦笑)
はい。お待ちどうさま。オニオンスープと、赤身魚のフライ。 ・・・そうね。(おなかに手を当てる)この子のためにも、しっかり働いて、しっかり食べないと、ね?
―――慈愛を司るマーファよ、至高たるファリスよ。今日の糧に感謝いたします――― |
| |
| 渇望 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/08/19 2:17:25 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 8の月 18日 深夜 カゾフ とある街頭にて】
ちぇっ、あのお姉さんの財布、お金全然入ってないじゃないか。 まあないよりはマシだけど……。
樽の陰の木箱にためたお金は、それなりの量になった。 でも、あの時――十日ほど前――以来、お菓子屋さんは来ない。 もしかしたら路地に転がってた目ン玉って、あのお兄さんのだったのかな。
だとしたら、ここで待ってても、駄目?
宿の裏庭に、種を一粒まいてみた。 でも芽は出ない。暑いのがいけないのか、土が悪いのか、あたしには分からない。
やっぱり、ここは嫌だ。 欲しいものは何にも手に入らない。お兄さんたちの気前も悪い。 あたしをタダで無理矢理抱こうとしたのもいたし。ケチで馬鹿でヤな奴。 え? ああ、別に……何もなかったヨ? ちょっと斬っちゃったけど。 そんなの、どーでもいいじゃん。
あ、エルメスには秘密ね。言うと多分、怒るし。 エルメスには嫌われたくないから……うん。コレ以上疲れさせたら可哀想だもん。
オランに帰らなきゃ……。 でも……。
まだ、赤い外套がちらつく。 怖い。
ねえ、どうしたらいいかな? イエメン……? そこにいるなら、教えてよ。 貰った“お菓子”は、“トマト”とは全然違って……美味しくないんだよぉ。 もっと、もっとこう、頭の中が真っ赤に染まる、アレが欲しいんだ――ッ!
|
| |
| 過労 |
|---|
|
| エルメス [ 2002/08/19 4:23:28 ] |
|---|
| | カゾフに来てからどれくらいになるか…。 体と精神の疲労度は増すばかり。だけど「自分がしっかりしなくちゃいけない」と自分に強く強く言い聞かせていた。 ウェシリンも仕事でパダに戻ってしまったし…本当にアタシが一人で頑張らなくちゃいけない。そうやって気力だけで踏ん張っている毎日。
全く情けないよ……相棒の…カーナの為なのによ。
今日はいつもに増して暑いような気もするが…かと言って雑用をサボる訳にもいかず、外に出て洗濯物を干す。いつもはなんとも思わないこの作業も、とんでもない重労働に感じる。
はぁ………。
…………だけど………。 …………ほんと…に………。 …………あ…………つ………………。
その瞬間、「どさり」と洗濯物と共に少女が倒れこんだ音が響いた。 |
| |
| 分岐 |
|---|
|
| バリオネス [ 2002/08/21 2:46:33 ] |
|---|
| | カゾフ行きの船に乗り遅れた私だが、乗り遅れたおかげで重要な情報を耳にする事ができた。 カゾフの外れに住んでいる医者が、中毒症状の特効薬をもっているという話だった。 だがその医者は変わりもんで、滅多に患者を治療しないらしい。
カゾフに到着し、カーナとエルメスに合流したあと私はこの医者を探しに出た。 しばらくして使い魔のカラスが夏ばてで役に立たなくなったが、ついにこの医者を見つける事に成功した。 交渉は難航するかと思われたが、意外にもこの医者と意気投合しシトロフォリアという薬を分けて貰える事になった。 此れも一重に日ごろの行いがよいおかげ、けして変わり者は変わりもん同士で気が合うと言うわけではない、はず。 最近カーナの具合がよくなってきたからエルメスが手を焼いている。 ここの所カーナのことを任せっきりだったから、お詫びにケーキを食べに連れてこう。気になる店を見つけたんだ。 しかし、いまその薬は手元にはなく、取り寄せるにしばらく時間がかかると言う。 恐らく8月中には届くとの話だった。 もう少し、もう少しの辛抱であのかわいくて誇り高いカーナを取り戻せる。 そう思うと心が少し楽になる。 それから宿に帰ったのは日が沈んでからで、私も軽く夏ばてが来ていたので飯も食わずにとりあえず眠りに就いた。 そして、エルメスが倒れたと知ったのは、次に日になってからだった。 |
| |
| 二通の手紙 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/08/21 22:49:48 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 8の月 20日 夕刻 カゾフ ローラの家の扉に挟まれていた手紙】 <> <> エルメスが倒れました。 <> 看病したいけど、あたしがいたら彼女はまた倒れてしまいます。 <> だから、あたしは去ります。 <> りんごパイは食べられなかったけど、仕方ないかな。 <> エルメスのこと、お願いします。 <> あたしの、大切な <> (何度か書き直した跡があり) <> 親友 だから。 <> <> 貯めてたお金、少しだけど置いてきます。 <> 治療費の足しにしてください。 <> 宿は、細波と大船亭の二階、つきあたりの部屋です。 <> <>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― <> <>【同刻 カゾフ “細波と大船”亭 エルメスの部屋の机の上に置いてあった手紙】 <> <> エルメス。 <> こんなこと、手紙に書くのは、ヘンかもしれないけど。 <> <> 君のこと、すごく大切です。 <> だから、もう君のかせになるのは、やめます。 <> <> あたしはだいじょうぶ。 <> だから、エルメスも身体を大事にしてね。 <> 旅行は楽しかったよ。エルメスといられたから。 <> <> こないだの夜に会ったお姉さんに、君のこと、頼みました。 <> あの人ならきっと、酷いことにはしないと思う。 <> <> また、きっと会えるよ。 <> だから、そのときにはまた、君と 冒険 <> <> (何かを書きなぐった跡が続き) <> <> <> ごめんなさい。 <> ごめんなさい。 <> ごめんなさい。 <> <> あの場所にしか、あたしの欲しいもの、ないんだ、きっと。 <> だから。 <> ごめんなさい。 <>
|
| |
| 時すでに遅し |
|---|
|
| ローラ [ 2002/08/22 22:51:32 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 8の月 21日 早朝】
朝露にぬれた手紙を見つけた時、私はすぐにカーナさんを探しに行こうとした。 しかし、夫のがっしりとした手に止められた。
―――「もうとうにオランにむけて発っているとみて間違いない。それよりもまず、エルメスという娘だ」
“細波と大船”亭の二階、突き当たりの部屋。 すっかり憔悴した様子のエルメスさんが、昏々と眠っている。 姿勢が多少不自然なのは、カーナさんがベッドまで運んだからだろうか。 そして、机の上に置かれた、診療所の扉に挟まれていたものと同じ、妙に筆圧の強い手紙―――
・・・ああ、ファリスよ。
部屋の扉が開き、両頬に傷跡のある男が入ってきたのは、そのときだった。 |
| |
| 涙。 |
|---|
|
| エルメス [ 2002/08/26 14:41:29 ] |
|---|
| | アタシは高熱を出して倒れていたらしい。
ローラの旦那が作ってくれた薬のお陰だろうか、今は信じられないほどスッキリしているが。
机の上にはりんごパイ。ローラが作ってくれたもの。 好物のはずなのに、半分も食えなかった。
その隣にはカーナがアタシに宛てた手紙。 アタシの為に、わざわざ東方語で書いてくれた手紙。
カーナはもういない。 アタシの側にいるよりも、自分の欲望を選んで出ていった。
結局、このカゾフへの旅はなんだったんだろう。 アタシの力が足りないばかりに。 アタシが、もっともっと肉体的にも精神的にも強ければ。
・・・マイリー様。貴方はアタシのことを見限ったのですか?
悔しくて悔しくて悔しくて。
結果、何にも出来なかった。力になれなかった自分が悔しくて。
ローラとバリオネスがいる前にも関わらず、アタシは子供のように声を上げて大泣きしてしまった。 |
| |
| 踏んだり蹴ったり |
|---|
|
| バリオネス [ 2002/08/30 3:23:56 ] |
|---|
| | エルメスが倒れたと聞き、運び込まれた医院に足を運ぶ。 医院でローラからカーナが失踪した話を聞き愕然となる。 カーナに逃げられるのはこれで何度めだろうか? 私の二十数年間学んできた知識と魔術では、カーナを救えずにいる。 そして、今目の前で泣き出したエルメスに対して、私は何もできずにいる。 気の効いた言葉も見当たらず、ただ唇を噛み締めて突っ立っているだけだ。 そのうち泣き続けるエルメスがとても愛らしく感じ・・・心の臓がドキドキしている。 男とは女性の涙に弱いもの・・・ 私はカーナに愛を捧げると誓ったのに、エルメスに対してこっ、こここ恋心を抱き始めている。 なんとアサマシイことか! わ、わたしは、ワタシは、私は!
『ゴツ』
私は部屋の柱に頭突きをし、「カーナをさがしてくる。」と、ひとこと残し部屋を飛び出した。 カーナを探すというのは単なる口実であって、私はただひたすらに走った。アサマシイ自分から逃げるかのように。 路地を抜け大通りに差し掛かった時、衛視の早馬が横から走ってきたので、私は進路を変えようとしたが、足がもつれて転倒した。 どうやらあの部屋の柱は意外と固く、その影響でふらっといってしまったらしい。 ほら、額にはこんなに大きなたんこぶが・・・ 横から「どけどけ」と叫ぶ声に振り向くと、衛視を乗せた馬が私を踏み潰そうとしている。 時がゆっくりと進んでいる感じがした。馬の足がゆっくりと私に向ってくる。 一瞬の間に私は色々な事を考えていた。 いままでの行いや出会った人のこと、学んだ剣術や魔術。 ありとあらゆる事が頭の中を駆け巡る。 こりゃだめかもしれない、馬にひかれるなんて・・・ああ、もう一度カーナにあいたかった・・・ そして最後に目を閉じるか否か、そんなくだらない事を迷った。 |
| |
| 治療院の廊下にて。 |
|---|
|
| エルメス [ 2002/08/31 21:35:19 ] |
|---|
| | …バリオネスよ。今度はあんたが入院するハメになるとはねぇ。 馬車に轢かれたバリオネス。それなりの怪我を負ったようだが、幸い、命に別状はないらしい。
アタシは失踪したカーナの情報を集めつつ、バリオネスの看病もしていた。 彼とは別に、そこまで特別に親しい間柄でもなかったけど…カーナとは、仲が良かったし。カーナの心配をして、ここまで追いかけてきてくれた訳だし。 だけどいつまでものんびりしていられないのも事実。カーナは普通に考えて、オランへ向かった可能性が高いのだが…。もうオランへ向かったと断定して、アタシも急いで旅の準備をした方がいいのかも……。 正直参っていた。カーナに関する有益な情報が全然得られなかったから。
そんなことを治療院の廊下の椅子に座って考えていたら、腕に包帯を巻いた水夫らしき二人の男がぶつぶつと会話をしながら歩いてくる。
「ッたく、あの赤毛の女……関わるんじゃなかったぜ。どっか狂った奴だとは思ったけどよ…。」 「オランで船下りてどっか行っちまったんだろ?もう関わることもねぇじゃないか。あまり考えるのはやめろよ。」
…………!!
お、おい、ちょっと待ってくれ! ちょっと、詳しく話を…………!! |
| |
| 呪縛 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/09/02 10:34:12 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 9の月 1日 早朝 オラン 北の橋の下】
種。
種は種。 植えなければ芽も出ない。
だから植えてしまったよ、イエメン。 き、君は、あたしをどうするかな。 わかってる、わかってるよ。それが花を咲かせるまで、とてもとてもとても時間がかかるだろうってことも。 でもね、でも。植えてしまわなきゃ、いけなかったんだ。
でないと、あたしが食べちゃうから。
不思議な味が、したよぉ。 ととトマトとは似ても似つかない味だったけどさ。 何だかこう、胡桃とサクランボを足して苦くしたような。 でもねえ、少しだけ、少しだけあの時の感じがしたんだぁ。
だから駄目。 これは、これだけは全部食べちゃ駄目。 駄目なんだけど、や、やっぱり欲しい。 欲しいんだよ、とっても。
代わりが欲しい。 アレを忘れられるくらいの。 分かってる。他のじゃ駄目だって。 でも、探しても探しても見つからないんだから――
焦がれ、狂う。 早く……早く、アレが……欲しいよぉ。 |
| |
| 相棒の情報 |
|---|
|
| エルメス [ 2002/09/03 3:15:24 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 9の月 1日 夕刻 カゾフ バリオネスが入院している治療院】
アタシの予想は半分だけ当たっていた…。
治療院で偶然あった水夫。カーナがこの街に来てから少しして、彼女と一度「関係」を持ったらしい。 様々な理由があり、それを、ずっとあいつに弱みにされていたとか。だから、オラン船への密航を許したとか…。 あまり詳しくは語ってくれなかった。ここまで聞き出すのにも、アタシは事情を話してその水夫に何度も頭を下げたんだ。
水夫の話を聞いて、「カーナは今オランにいる。」これが明らかになった。
それから急いでバリオネスが入院している部屋に戻り、このことを話した。 彼はあまり動ける状態ではないが…。意識はっきりしている。アタシの話したことを聞いて驚きの色を隠せないようだった。 動けないバリオネスは心配でもあるけど…だけど。別に命に別状はない。 本音を言えば。今の状態のカーナの方がずっとずっと心配だ……。
アタシは意を決したようにバリオネスに言った。
「明日、オラン行きの船に乗るから…。」
|
| |
| 歪んだ決意 |
|---|
|
| バリオネス [ 2002/09/17 3:26:39 ] |
|---|
| | 【新王国暦 514年 9の月 17日 早朝 きままに亭】
あの日エルメスから告げられた事実に私は言葉を失い、オランに戻ると言った彼女に何も言う事は出来なかった。 怪我の治療の為空費した時間は、私を冷静にするために費やされた。 完治までは程遠いが、歩けるようになった時点で私は無理矢理退院した。 そして、私はエルメスより約二週間遅れてオランの街に帰ってきた。 きままに亭に宿を取り、船旅の疲れを癒そうとしたが、怪我の痛みで夜中に目が覚め気分転換に下の酒場に足を運ぶ。
そもそも、好きだなんだ甘い事を言っているから冷静さを欠き、不幸を招くのだ。 その証拠にシャウエルもユングィーナも、私が愛すると決めた女は死んだ。 カーナもあんな状態でほっつき歩いてたら、いつ死んでもおかしくはない。 その上私はエルメスの事をいとおしく感じている。 二兎追うものは一兎も得ずと言う言葉には続きがあり、己の身のすら滅ぼすと言う。 逆に、二兎追わなければ返り討ちに会う事もなく、最低限己の保身は出来る。 ならばこれ以上事態を悪化させぬ為に、私は誰も愛さないと誓いを立てる。 それはあさはかな考えを抱いた自分への戒めでもあった。 誰も好きにならなければ、誰も愛さなければ、誰も不幸にはならない。 私ハ冷静ニ物事ヲ考エ、解決ニ導ク事ガ出来ル。
まずエルメスと合流し、現状の把握をしなくては。 今までのように追っては逃げられの繰り返しではだめだ。 カーナの方から寄ってくるような策を講じなければ・・・ 私がモールドレの生産を始めたと、偽の情報を流したら釣れるだろうか? ギルドに話しを通さないと私の身が危ないな、ほかにも根回しをしなければならぬ所がちらほら・・・ とりあえず、エルメスに一度相談したほうがいいな。 |
| |
| 間隙 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/10/11 18:29:42 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 10月上旬 オラン 街の南方 忘れられた小屋】
夢。 全部が夢ならどれだけ楽かと思う。
霧と虹色の蝶と目の七つある鳥と蕩ける様な悦楽と。 泥と鈍色の百足と四肢を縛る鎖と裂ける様な苦痛と。
今は浅瀬。陸と海の境目。 「良い夢」はとうの昔に終わり、直ぐに来るだろう「悪い夢」に怯える時間。
もうすぐ、あたしは忘れてしまうだろう。きっと。 この街のことを。“鍵”のことを。 父さんのことを。母さんのことを。 岩の街ザーンのことを。穴熊の集うパダのことを。 かつて師と崇めた人のことを。共に冒険した友人のことを。 初めて出来た妹分のことを。かけがえのない相棒のことを。 あたしが今まで出会った、全ての人のことを。 あたしは忘れてしまうんだろう。
だってもう、名前が思い出せない。 まだ、会えば気がつくかもしれないけど。
その方が幸せだとあの男は言った。 あたしはあの男に全てを渡した。 金も、体も、大切な記憶も。 あの男は笑った。そして少しの、本当に少しばかりの薬を残した。
『次は倍額だ』――いつもの台詞を、一言、呟いて。
あたしにはもう何もない。 でも、それでいいのかもしれない。 何かあったら、それにすがってしまうから。 カゾフで、エルメスに甘えていたように……。
…エルメス。 そうだ、エルメスだ。 忘れちゃいけないよね……。
……ううん、忘れた方が、いいのかな…。
ああ。 もう、来てしまう。 板の隙間から。天井の模様から。 壁のシミから。指の先から。 胃の奥から。爪の狭間から。 目の後ろから。肌の裏側から。 おぞましいものが。
早く、早く、クスリを―― |
| |
| 抵抗 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/11/09 19:51:38 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 11月9日 明け方 オラン 幽霊屋敷と噂される廃屋】
昨晩から今朝にかけてのことを思い出す。 今日は少し気分が良い。何故だろう。 いつもは、起きた直後に胃の中をからっぽにしてしまうのに。
隣に寝そべっている男(イザックって名前だと聞いた)を、見る。 汚いし、臭い。蚤や虱も髪の中で飼っているんじゃないかな。 もっとも、人のことは言えないけど。あたしだって。 気にならない訳じゃないけど…あれ、おかしいな。いつもはそんなこと気にしてないのに。
いつも? いつもってなんだ? あたし、いつも何してる? あたしは誰だ?
ダメだ、折角の良い気分が逃げちゃう。余計なことを考えないようにしよう。 そう…思い出した。彼は知ってたんだ。い…ええと…いえ、めん。そうだ、イエメンのことを。 それに…そう、トマトのことを…。
トマト。うん、あれはすごくすき。とろとろとして、全部が引き上げられて。 あれは愛のクスリだってのは、本当だと思う。あたしはトマトを忘れられない。
…。 そう。 思い出した。あたしが、するはずだったこと。 霞の彼方に溶けてしまいそうなほど、薄れてしまった記憶。 ほんの少しの快楽と、その後に襲い来る苦痛に、紛れてしまったこと。
また、すぐに忘れてしまうだろう。 そしてあたしはクスリを求めるんだ。辛くて。それに、悦楽を忘れられなくて。 そうやってまた、クスリのために身体を売って、お金を稼ぐ…。 その繰り返し。
だけど、今は覚えている。今だけははっきりと思い出せる。 …まだ、残っている。
それは多分、憎しみ。 イエメンが、終わらせた筈の悲劇を…あんな紛い物を作って、ぶち壊した男。 名は……ドヴィー。
すぐに後悔することになる。解っている。 だけど…だけど、だけど。 こんな……あたしに出来る、もしかしたら最後のことかもしれないから。
アイツは明日、いつもの小屋に来る…。お金と引き換えに、少しばかりの“偽物”を渡しに。 それまで、ああ、それまででいい、イエメン…あたしを、引き止めて欲しい…。
「ねえ…。お願い、聞いてくれるかな…?」 こちらを向いたイザックは、平坦な顔で、何処かおどおどしていて… いつかのイエメンに、少し、似ていた。 |
| |
| 夢見心地 |
|---|
|
| イザック [ 2002/11/10 23:36:24 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 11月9日 明け方 オラン 幽霊屋敷と噂される廃屋】
カーナさんだ。 カーナさんだカーナさんだ。
おれはいつだって、カーナさんを見てた。 スラムとか、どっかの路地とか、なんかそういう、汚いところ。 おれがよくうろつくとこなんだ。 でも、カーナさんには似合わない。あんな、あんなキレイな人には似合わないよ。
ずっと前に、イエメンが言ってた。イエメンはおれの友達だった。 おれに、いい気持ちになるものをくれると言ってたけど、おれは断った。 だって、その、いい気持ちになるもの・・・・・ええと、トマト、とか言ってたっけ。 それを使うたんびに、イエメンは、幸せそうな顔をするくせに泣いていたから。
でも、1度だけ、イエメンが本当に幸せそうな顔をした。 赤毛の、可愛い女の子を見つけた、と報告してくれた時。 その子の名前は聞かなかったけれど、おれはカーナさんを見つけて、彼女がそうだと思った。
おれの隣で、カーナさんが、おれに笑いかける。 ああ・・・・・・イエメン、あんたの気持ち、わかったような気がするよ。
お願いがある、とカーナさんは言った。 いいよ。いいよいいよ。カーナさんのお願いなら、おれはいつだって何だって聞く。おれはいつだってカーナさんを見てた。カーナさんに触れたくて、声を聞きたくて、瞳を見つめたくて。 その願いが叶えられたんだ。その代わり、カーナさんの願いなら何だって聞くよ。
小屋? うん、スラムの奥だね。知ってるよ。 オゥケイ。わかった。はは、いかすだろ? オゥケイ、って言葉。イエメンに習ったんだ。
おれ、頭悪いし、路地で物乞いとかするしか出来ないけど。そんなんでずっとずっと生きてきて、でも神様っているんだな。カーナさんがおれの隣にいるなんて。こういう時は、なんていう神様にお礼を言えばいいんだろう。わからない。わからないから・・・・・とりあえず、イエメン、あんたに礼を言っとこう。 |
| |
| 惨劇 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/11/20 18:52:47 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 11月11日 深夜 オラン 屋根のない小屋の焼け跡】
ななななんでだ、なんでだよイザック! あんたは、何で――ああ、ああ! あぁ頭がっ…頂戴、頂戴よ…!
狂いそうなのか狂ってるのか何が正しくて何が間違ってるのか 天井が頭の前で手の先に床があって空は紅くて爪の先が溶けて 転がってるのは汚い男嫌な男あたしにアレをくれた男 動かない男頭が凹んで中から白と赤と黄が混ざる混沌 赤はトマト白は男黄は腐った肉あたしはどれ? 欲しい身体も心も愛とトマトも欲望と苦痛も全部あたし ふたつみっつ裂けるあたし血溜まりは黒くてトマトじゃなくて 蠢く虫が気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪
ああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!
|
| |
| 回想 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/11/20 18:54:33 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 11月13日 早朝 オラン 幽霊屋敷と噂される廃屋】
覚えているのは、ほんの少しだけ。 ドヴィが来て。 あたしに寄って。 嬲ろうとして。 イザックが、殴って。 木の棒で、殴って。 殴って。 殴って殴って。 殴って殴って殴って殴って殴って。 動かなくなるまで殴って。 だけど。 あたしは欲しくて。 トマトが欲しくて。 偽物でも。 ひとときだけでも。 その後に酷い苦痛だけが残っても。 今は欲しくて。 欲しくて欲しくて欲しくて。 でもそれは手に入らなくて。 あいつは、持っていなくて。 虫が、這い回って。 あたしは叫んで。 イザックを殴って。 殴って殴って殴って。
多分、そこまでが現実。
|
| |
| 奈落 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/11/20 19:02:52 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 11月14日 昼間 オラン 幽霊屋敷と噂される廃屋】
隙間風が毛布の隙間から入り込んで、あたしを起こした。 悪い夢から、最悪の現実へと引き戻した。
酷い有様だ。 お腹が空いた。頭が痛い。身体の端々が軋む。 だけど、あたしは起きなかった。 起きられなかった。 そこに、イザックが居たから。
彼の身体は相変わらず汚くて。 ところどころに痣とか、増えてて。 …傍には、同じくらい汚いパンが転がってた。
利用しただけ。 そうだ。あたしは彼を利用したんだ。 彼はあたしを抱いて、喜んで、あたしの願いを聞いてくれた。
多分、ここまで連れて来たのも、彼だろうな。 あたしは…覚えてないけど、酷いことばかり言っていた気がする。
……イエメン。 トマトは、もう無いよ。 種も、全部……無いんだ。 まがいものも…きっと、じきに消える。
だけど、あたしは、どうしたらいいのかな……。
イザックは、言ったよ。親友だった、って。 嬉しいよね。こんなになっても、まだ覚えてるんだ。 初めて親友って言われたときの、嬉しさを。
戻れない。 解ってる。 還れない。 知ってる。 夜が来るまでにあたしはまた狂い、求め、餓え、渇く。 朝が来るまでそのままもがき続け、そして眠りに落ちる。 悪夢。 起きていようが寝ていようが、あたしの傍にある世界。
でも……
あたしはまだ、生きてる。 生きているんだ。 生きたいんだよ……ッ!! |
| |
| カーナさんの隣 |
|---|
|
| イザック [ 2002/11/22 23:42:46 ] |
|---|
| | カーナさんが眠ってる。おれの横で。 ああ、イエメン。カーナさんはなんて苦しそうに眠るんだろう。 きっとあんたの夢を見てるんだな、なぁ、イエメン。
イエメン。わかんないよ。おれにはわかんない。それはおれが頭悪いからかなぁ。 カーナさんは、あの男を殺してくれって言ったんだ。 うん、もちろんさ。おれはカーナさんの願いは何だって聞く。 あの夜、いつも物陰から見つめるしかなかったカーナさんの体に直に触れて・・・・・・おれはカーナさんが望むものは何でもかなえてやりたいとそう思ったんだ。 でもな、イエメン。 カーナさんは・・・えと、何だっけ、トマト・・・そう、トマトが欲しいって。 それがなければ、トマトによく似たものでもかまわないって。そう言って泣くんだ。 おれが頭をかち割ったあの男・・・うん、名前は知らないよ。でも、その男の体がまだひくひくしてる時に、カーナさんはその男の懐から小さな包みを抜き取った。それは金の包みじゃなかった。なんだか、薄紅色の粉。
これが欲しかった。
カーナさんはそう言った。 ・・・・・・イエメン。わかんないよ。あの男はあの粉を持ってたからカーナさんに殺されたのかな。 でも、カーナさんは、いつでもたくさん、あの粉が欲しいんだろ? バイニンとか、そんな職業の人間のことはよくわかんないけど、あの男に金を渡せばカーナさんは粉が買えるのはわかった。でも、渡す金がないから・・・ああ、そうか、おれが、おれがカーナさんに金貨をたくさんあげられればよかったのかもしれないね。 そうしたら、カーナさんはたくさん、あの粉を買えたのにね。
でも、粉を買える相手を殺してしまったら・・・これから先はどうなるんだろう、イエメン、あんたならわかるかな。 バイニン、ってよく知らないけど、そういう人間ってたくさんいるのかな。 あの男を殺すよりも、ひょっとしたら、もっと金持ちを脅かしたほうがよかったのかもしれない。そうしたら、粉がたくさん買えるだろう?
おれは・・・おれはいいんだ。人を殺したのは初めてだったけどさ。それでもそれはカーナさんが望んだことだから、おれは構わないよ。おれはカーナさんのための道具になる。それでいい。おれはそれで何も構わない。だって、今夜もカーナさんはおれの隣で眠ってくれるから。
ねぇ、イエメン。カーナさんは何がしたいんだろうね。あんたならわかるかな・・・。 |
| |
| 底辺 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/11/25 14:13:57 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 11月25日 夕刻 オラン 幽霊屋敷と噂される廃屋】
動けない。 身体が、軋む。
少しでも動けば頭が疼き、動かなければ心が澱む。 どちらも嫌で、でも抜け出せなくて、呻き声と唾液が口から洩れ出た。
赤い。 トマトのように、赤い。 それが夕焼けだと解らなくて。 板の打ち付けられた窓の隙間から差し込む光を求めて、 這いずり、届かなくて、爪の隙間から百足がぬるりと出てきて、 何度も吐いたけど、口からは何も出なかった。
イザックは……彼は今、あたしを世話してくれてる。 だからあたしも、出来るだけ、笑うようにしてるんだ。 …意思が、あるときは。
彼が、アレを…トマトの偽物を…あたしに渡したとき。 あたしの中で、沢山の感情が暴れてた。 嬉しい。止めて。早く。トマトだ。愛しい。嫌だ。苦しい。飲みたい。 なんでこれが。助けて。憎い。取るな。要らない。欲しい。凄く。
…あたしは、震える手で「それ」を受け取ると、 舐め取ってしまったんだ。 全て。
あたしの意思と違う選択を、あたしは選んでる。
あたしの意思? そんなもの、あるの?
ある。
クスリが、欲しい。 アレを飲めば、楽になる。 気持ちよくなれる。悪夢から解放される。
そうじゃない。そうじゃ――
イザックが、帰ってこない。 何処へ行ったんだろう。何を探しに行ったんだろう。
探しに行かなきゃ。 そう思ったのは、ほんの一瞬だけで。
再び襲い来る悪夢に、あたしは声のない叫びを上げた。 |
| |
| 殺された1人と死んだ1人 |
|---|
|
| “手長”ドゥーバヤジット [ 2002/11/30 2:53:09 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 11月25日 夜半 オランのスラム“暁暗の路地”と呼ばれるあたり】
うちの末端で売人をやらせてた男が、先日殺された。 ドヴィって男だ。 売人自身は薬をヤっちゃいけねぇっていう決まりをどうにも守れなかった奴。 だから、そろそろ始末しなきゃなんねぇかってとこだから、手間が省けてよかったけどよぉ。
ただ、一応はギルドの麻薬組織に属してるってぇのに、 どうにも違うとこから、ヤクを仕入れてたこともあるらしい。 その『違うところ』ってぇのがどこなのかを調べたかったんだがな。 本人が死んじまったんじゃぁ、糸もぷっつり…か。ちぃ。
とりあえず、他にネタはねぇかとうろついてると、死体を1つ発見。 スラムに死体。ざっと観察すると、どうやら衰弱死。 珍しくもねぇなぁ。よくあることだしよぉ。 ああ……こいつ、見たことあるなぁ。“うすのろ”イザックとか呼ばれてたっけか。 でかい体に、ささやかなおつむ。動きものろいが、頭の回転はもっとのろい。
ま、ンな奴は関係ねぇが……さて、ドヴィを殺した奴ぁ誰なんだかよ。 確かにドヴィは馬鹿だった。頭が悪くて女好き。しかも奴の頭ん中はヤクでどっぷり。 あいつが付け狙われんのもよくあるこった。恨み買いまくってるからな。 そうじゃなきゃ、情報漏れを危ぶんだ、『違うところ』のほうが送った刺客かね。
どっちにしろ、腕のない奴に殺せるような男じゃなかった。 女とヤってる最中か、薬をキメてる最中なら、話は別だがな。 さぁて…………。 ドヴィ本人がもういないなら、ドヴィから繋がるはずだった糸は、ドヴィを殺った奴に移ったか…それとも…?
………………んぁ? あれぁ……ひょっとして、あの小娘じゃねぇか? なんて言ったか……確か、“白指”、とか。 ……ほっほぅ……そういや、あの小娘、例の事件ん時にトマトに漬かってたっけよぉ…? |
| |
| 望郷 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/12/09 16:34:55 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 11月28日 夜 チャ・ザ神殿西の小道】
いない。 何処にも――いない。
何が変わったわけじゃない。 ただ、少し。 あたしの周りが以前に戻っただけ。 あたしだけが進んでしまっただけ。
イザックは戻らなくて。 罅割れそうな頭を抱え、街を彷徨い歩いた。 見つかったのは、
哀れみの目と、 汚物を見る目と、 下卑た客だけ。
本当に欲しいものは、 本当に欲しいものは、 本当に欲しいものは、
何だっけ?
トマトはなくなった。 屑トマトもなくなった。 本当に? まだあるんじゃないの? 欲しい。 だって苦しいもの。
……いつから、こうなった。
冒険の記憶。 あの時は、辛かったこともあったけど。 ギルドで嫌な思いをした事もあるけど。
それでも、楽しかったのに。
|
| |
| 流転 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/12/09 16:36:17 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 12月1日 早朝 港 潮風に晒された倉庫の陰】
ひっきりなしに襲う、ユメ。
目を閉じても暗闇はなく、揺らめく緑と紫の蜘蛛が無数の子を撒き散らし。 目を開ければ服の隙間からあたしを喰らう百足の群れ。 払おうと手を振ればそこには骨が見えていて。 叫び声を上げたけど、嗄れてしまった喉はその役割を半分も果たさず。
気がつけばそこにある、僅かな銀貨と異臭。それにべとつく液。 ああ、また「した」んだと気付くほどには、ユメは浅くなり。 自分が何の目的を心に秘めてこの場に来たのかも忘れ。 僅かな安息にすら怯え、身体を抱きすくめて眠る。
求めても届かず。 探しても見付からず。 寒さに震え、痛みに震え、独りに震え、飢えに震え。 あるのはただ、漠然とした、実感。
“後はただ、壊れるだけ――”
「よぉ。探したぜ、“白指”ィ?」
……何か、聞こえる。 誰? 止めてよ。今は…楽なんだから……。
いくら拒んだところで、覚醒し始めた意識は再び戻ることはなく。 さりとて元より半分以上靄のかかったような現状。 腕の傷を見てもそこに虫は無く、それだけが救い。
「チッ。コイツ、もう駄目なんじゃねぇの?」 「放っとけよ。俺たちゃコイツを旦那の所に届けりゃそれで終了、だろ」 「ったく、面倒臭ェ。余計な手間かけさせやがって」
何を言っているんだろう。彼らは誰? 客じゃ、ないの? 嫌だ。僅かに残った衝動が、身体を動かす。 ――けど、結局動いたのは指先が少し、程度で。
意識を失う直前、視界の端に大きめの麻袋が見えた。
|
| |
| 指示 |
|---|
|
| “手長”ドゥーバヤジット [ 2002/12/13 0:44:30 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 12月2日 夕刻 オラン盗賊ギルド地下】
「旦那、捕まえてきましたぜ」
そんな報告を受けて、出向いた先にはでけぇ麻袋。 そしてそこから出される“白指”。 ……ふん。ギルドだって馬鹿の集まりじゃぁねえ。 死んだドヴィの野郎が、どんな奴らにヤク売りさばいてたかくらいは知ってらぁな。 その“顧客”の1人がこの小娘だってことも掴んでる。
あのクソ売人がどうして死んだのか……オレぁそれが知りてぇ。 モグリのルートが、どこから繋がってやがんのか。 ことによっちゃぁ……細々と、例のトマトのルートも残ってるかもしれねぇとなりゃ尚更な。
ドヴィが扱ってたのぁ紛いモンだ。 けどよ。紛いモンってのぁ、ホンモノの真似して作るんだ。 ってぇことは、ホンモノが近くになきゃ作れねぇ。 あん時の調べによると、モールドレの原料は花だってなぁ? 製法が残ってるとは思えねぇが……同じ材料がありゃ、同じところに辿り着く奴が出ても不思議じゃねぇ。 だから、だ。だから、ドヴィのことが知りてぇ。
「けど、旦那。この小娘、頭の芯まで薬で溶けちまってますぜ?」
ああ、そうかい。今のままじゃ役立たずってぇわけかい。 ………………ヤクぅ、抜きな。
どうやって、だってぇ? ハッハァっ!(笑) おめぇ、オレの下について何年だぁ? ヤクの抜き方も知らねぇわけじゃねえだろうがよ。 |
| |
| 崩壊 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/12/16 15:33:33 ] |
|---|
| | 【新王国暦514年 12月 3日から数日間 オラン盗賊ギルド地下 個室】
あぁああぁぁああぁぁッ。
だ、だからいいい言ってるじゃないかぁ。 あたしは、何も、そ、そうだよ何も知らないんだ、知らない。 や、やめて、痛くしないで、嫌、嫌ぁああぁぁッ。
く、く、クスリを……。 ああ、ああ、それさえくれれば、くれればさぁ、何だって話すよぉおぉ。 やめ、は、早く頂戴、頂戴ッたらねぇ、ほらッ、何、何して欲しいの? あ、あたし何でもするから、何でもするからさあ、ね、ねぇ、ちょっと……。
出して、ここから出してッ。 あああたし、探さなきゃ、そう、探さなきゃいけないんだっ。 いざ……、イザックを、探すんだ…ッ。きっと、もう、戻って…… … ……え? …………何だって。 嘘だ……。 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だッ! そんな筈、そんな筈ないッ! そんな筈――! あ、あんた嘘吐きだッ! ころ、殺してやるぅッ!!
……知らない…。 あたし……何も………種なんて……。 本当だよ……だから、出してよぅ……。 ここは、寒いし……汚くて……さ………。
あは……あははッ、あははは……。 なぁんだ、イエメン……そこに居たんだァ。 エルメスぅ……そんな目、しないでよぉ、一緒に遊ぼう? あはぁ、ネラードもさぁ……。どぉして怖い顔するんだぁ? ああ……ぁ、痒いなぁ、痒い、痒い痒い痒痒痒……。 おかしいねぇ……ああ、赤い……赤い、綺麗……
「おい、どう言う事だ? “蒼のルージュ”でも、ここまで酷くネェぞ」 「…旦那に報告しておけ。こいつが完全に壊れる前にな。……チッ」 |
| |
| 準備 |
|---|
|
| “手長”ドゥーバヤジット [ 2002/12/23 3:50:13 ] |
|---|
| | 【オラン 盗賊ギルド奥の部屋】
あの小娘がヤバイだぁ? なぁにぬるいこと言ってやがる。 モールドレのヤバさが天下一品だってぇのは、最初っからわかってたことじゃねえかよ。
とりあえず、ヤク抜くのが先決だ。このままじゃ聞ける話も聞けやしねぇ。 こっちとしちゃ、死んだドヴィの代わりに、ドヴィが関わってたルートのネタを幾らかでも聞けりゃいいんだしよ。 ……っと、そうそう。誰か。エルウッド呼んでこいや。そう、あの左遷された奴だ。
あいつも、この件で何か見つけりゃ、左遷先から戻ってこれんだろ。ヒャッハァ(笑) まずはヤクを抜くことだぁな。 閉じこめて、最初は弱い薬を与え続けて…そのうちその量を減らしていく。 その途中で、ヤクと引き替えにネタぁ聞き出しゃいいさ。 あの小娘に逃げられねぇように見張っときな。
にしても、狂っちまっちゃぁネタがホンモノかどうかがわかんねえな。 なんだっけ、精霊使いとやらなら、精神の精霊とか何とかで多少は区別つくんかい? おう、誰か、精霊使い呼んできな。ギルドの中の奴なら使いやすいが?
……ああ? “音無し”? あいつぁ最近、逃げ回ってるらしいじゃねえか。 ま、誰でもいい。ギルドの奴じゃなくても構いやしねえさ。あの娘の正気の状態を知ってるような奴ならよりいいけどな。 ついでに、小娘の知り合いちょっと呼んできな。 知り合いのツラが混ざってりゃ、小娘も少しか落ち着くだろうよ。……へっへっへ、オレぁ優しいからよぉ(にひゃ) |
| |
| 記憶 |
|---|
|
| カーナ [ 2002/12/25 0:32:13 ] |
|---|
| | 【オラン盗賊ギルド地下 個室】
何もかもが混濁している、そんな日々が続いた。
毎日、渡されるのはパンと一片の干し肉、それに妙な味のスープ。 美味しくない。…美味しい、なんて感覚自体、良く解らないのに。 だけど身体は求めてる。身体だけじゃない。心も。
物足りない。
どれもこれも満たされない状態。 食事を済ませれば、少しだけ楽になる。 だけどそれもほんの少しだけ。何かが頭の中をうねるような感覚は消えず。 喉がカラカラになるような渇きも、僅かな間しか満たされず。
昼も夜もなく、同じ事を何度繰り返したかも解らない。 ただ、食事の前に決まって聞かれるのは、同じことだけ。偽物の出所。
答える言葉もまた、同じ。 『知らない、そんなもの』
ある時、スープだけが無かった。 それだけで気が狂いそうになって、掴みかかった。 ……そのつもりだった。届かなかったけど。
「せいぜい、思い出す事です。これを永遠に取り上げられたくなければね」 そう言って出されたスープは、何だかいつもより味が薄かった。
嫌だ。それは嫌だ。これ以上、満たされないのは嫌だ――
いつしか、考えることはそれだけになっていた。意識が、在る時は。
『お、おれとイエメンはさぁ、あの塵の巣で出会ったんだよ』 可哀想な男。イザック。本当に死んでしまったのだろうか。
『ああ、畜生。カーナさん、ごめんよ。今はこ、これだけしかない。 実にならないやつは皆、す、捨てちまうんだ。塵だからって……』 イエメン。ああ、まだそこに居る様に思えるよ。子供みたいに怯えて。
『何処から手に入れたって? 馬ァ鹿。 誰が教えるかよ、貴様みたいなヤク中によ? はっ、そんなに欲しけりゃあ塵溜めでも漁ったらどうだぁ?』 嫌な男。あんたなんか死んで当然だ。いい気味だよ。
『種、入れといたよ……。ここに』 ……ぴるか? …あ、ああ……そうだった。ピルカ、だ。 最後に会ったのは、いつだっただろう……。
……種?
何かが、引っかかった。
|
| |
|
|---|