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友人
ラス [ 2002/10/07 0:20:24 ]
 ひと仕事終えて、軽く飲んで帰るかといつもの酒場に。
扉を開けて見つけたのは、随分と機嫌の悪い客……と思えばシタール。
話を聞くと、どうやら親父さんともめたらしい。それもお袋さんのことで。

今まで行方どころか生死も不明だったお袋さんが、どうやらまだ生きているらしいから探しに行くという親父さんと、もう年なんだからおとなしくしておけというシタールと。
……なるほど、それで揉めたってか。
確かシタールの親父ってのは、俺と1つか2つしか違わない年のはずだったが。
それでも人間なら、「もう年なんだから」と言われる年齢なのか。
全く……人間ってのは、成長するのも早いが、年を取るのも早すぎる。

ただ、それでも自分が親父さんを止められないのはわかっている、とも言ってた。
なのに、自分が親父さんのために何が出来るのかわからないと。
人間は成長が早い…と思ったのは、見た目と技の覚えだけのことかと、ふと気づく。
俺だって、胸を張れるほどの大人なんかじゃない。
でも、なんとなく、シタールはまだ20才だったんだなとしみじみ思った。

そしてシタールが言う。もう1つ考えてることがあると。
奴らしくもなく、迷いながら口にしたのは、パダの新市街の店に引き抜かれそうになってるらしいこと。
穴熊としてだけじゃなくて、詩人としてもってことは、どっちの成果も認められたってことだ。
待遇も良くなるし、まわってくる仕事の質もよくなる。
なら、何を迷ってんのかと思えば。

オランに落ち着く場所を見つけたばかりだから。
楽器の師匠がオランにいるから。
あげくに、自分が手入れをした俺の家の庭が心配だから。

多分、気持ちはわかる。こいつの中ではもう、行くことは決まってるんだ。行ったほうがいいこともわかってる。
なのに、「行けない理由」を探してる。行けない理由が見付かれば、それは自分が選んだんじゃなくて、仕方のないことだった…ってことになる。
それでもそこで迷うこと自体、「行くこと」はもう決まってるようなもんだろうに。
だって、行きたくない奴は迷わない。……だろ?

確かにいつもつるんでる奴がいなくなるのは寂しい。
けど、だからって引き留めるわけにもいかないし、引き留める理由なんかない。
逆に、行ってこいと背中を叩く理由なら山ほどある。
だから、俺はあいつの背中を叩いた。俺の手のほうが痛くなるような固い背中を。

あいつがパダに引っ越す日が決まれば、盛大に送別会を開こう。
たかだかオラン国内、徒歩でも3日の距離。その距離が恥ずかしくなるくらいに盛大なのを。