| MENU | HOME |

- 録 -
(ラスPL) [ 2002/12/16 0:56:01 ]
 <近況:514年冬>

以前は夏の間だけだった、精神の精霊に対する過剰反応が最近は季節を問わずということで、不機嫌な今日この頃(#{152}参照)。
いろいろ弊害もあるらしく(#{155}参照)。
人の多い場所では、頭痛や吐き気などを催すため、最近は仕事を減らしてる(#{157}参照)。

●最近の行動
自分の二つ名を騙る偽者が現れたことで更なる不機嫌へ。(雑記帳0019「名前盗人或いはもう1人の『音無し』」参照)
偽者を探そうと伝言板に情報を求めたり。

基本的に盗賊ギルドからの仕事は減らしてるものの、やはり娼館まわりだけは半ば不本意ながら続けているため、出歩く時刻は夕刻以降が多い。
仕事帰りに酒場に寄ることはあるものの、基本的に人の多い場所は避ける傾向。
何もない時には、ファントーと飼い猫を相手に、自宅でまったり。
 
普通じゃないもの。
ラス [ 2002/12/16 0:57:12 ]
 仕事帰りに、木造の酒場へ。
ちょうど仕事先から、家まで帰る途中。
ひとやすみするにはちょうどいいだろうと。

酒場の中はやや混み気味。……マックスが経営を頑張っているからか。
閑古鳥が鳴いてくれたほうが俺には有り難い、とか言うと、きっとマックスには怒鳴られるんだろう。
メシを食うだけなら、この程度の混み具合でもいいかとカウンターに。
最近はどうやら、少しだけ慣れたようだ。
と言っても、他が聞けばそれは、普通じゃない状態ではあるんだろう。
『頭痛がある状態が普通』なんてのは、きっと普通じゃない。

カウンターで、今まで左遷されていたというケイに久し振りに会う。
「全然わからなかったーっ★」……って、おい(爆)。
忘れられるほど印象が薄いのかとも思うが、ケイによると、髪が伸びてたからとか、雰囲気怖そうだったからとか。
髪は……まぁ確かに多少は伸びてるが見違えるほどじゃないはずだ。
ってことは、「怖そう」? きっとこの不機嫌のせい、か。

そして、ケイから、左遷の内容を具体的に聞きだそうとしていた矢先、扉の開く音。
そして次の瞬間には頭をぐしゃぐしゃにされる。
……指先が、頭に触れる。その瞬間に、流れ込む精霊たちの波で、制御が押し流されそうになる。
そこをこらえて顔を上げると、犯人はコロム。
「前触れなく触るな」と言ったら、「前触れがあればいいのか」と指をわきわき。
冗談じゃない。確かに前触れがあれば多少は覚悟が出来るが、この状態であまり長く他人に触れられたくはない。
ということで、ケイが口をびろーんと伸ばされてる隙に逃げる。

……マックス。やっぱり、この酒場……もうちょっと経営から手ぇ抜かないか?
人のいない酒場に行けば、ヤバイ酒と不味いメシしかねぇし。
まともな酒と美味いメシを求めると、ここみたいに混んでいる。
世の中って案外上手くいかねぇな、と。思いかけて、俺が求めるものが普通じゃないことに気が付いた。
 
偽者を“始末”した朝。
ラス [ 2002/12/18 1:35:56 ]
 偽者野郎を片づけて(雑記帳参照)、家に戻って一眠り……って、もう朝じゃん…(遠い目)
ま、いいや。別に急ぎの用もねぇし、昼過ぎまで寝てよう。

「ラスー! おはよーっ! ねぇねぇ、朝ご飯のスープが自信作っ!!」

………………………………ファントー……。

「あ。すごい。いつもより寝起きいいじゃん。ばっちり目が覚めてる顔してる」

…………ああ、そうか。そう見えるか。そうだな、寝てねぇもんな。目くらい覚めてるな。
俺はついさっき帰ってきたんだ。
そして着替えて寝台に潜り込んだとこ。
ということで……部屋から出てけっ! このクソガキっ!!(蹴り出す)

……あ。そだ。起きたら、あの魔術師(バウマー)のこと調べて、探さなきゃ。
邪魔されたとは言え、ネタ売ってもらったのは確かだ。報酬は払わないと………(ぐー)
 
前髪
ラス [ 2002/12/19 0:41:21 ]
 バウマーのことを調べて、そして奴に報酬を渡すために、木造の酒場へ。
と、そこには何かのネタで盛り上がってたらしいリックと、ルケという男。
……………ネタって、俺の話題かよ。

これまでの不機嫌さも手伝って、とりあえずルケに絡む。
しょうがねぇ。礼儀知らずなんだから。
そして、ついでとばかりに、リックで遊ぶ。
しょうがねぇ。リックなんだから。

ルケが階段ですっ転んで医者にボラれた不幸話やら、リックが以前、報酬が入った財布を落とした不運話やらを酒の肴にして、とりあえずやや機嫌は直った。ごくわずかに。
……ま、どっちも本当のことを言ってるたぁ限らねえがな。

帰り道。
俺の前髪のあたりでシルフが遊んでるのを見て、ふと思う。
何日か前にケイが言ったとおり、最近は確かに髪が伸びてるかもしれない。
あまり髪が伸びると、親父に似てることがわかっちまうからイヤなんだが……それにしてもこれはこれで便利かもしれない。
伸びた前髪が垂れ下がってりゃ、視線も顔色も隠せる。
細かい手作業やるには邪魔だが、幸い、そういう仕事は入ってない。っつーか入れてない。

……しばらくこのままにしとくか。…な、シルフ。
 
マスター・マックスの意外な趣味
ラス [ 2002/12/21 3:26:35 ]
 たまたま用事があって、ギルドに寄った。
それを済ませて帰ろうとすると、俺を呼び止める声。
仕事なら断る、と振り向くと、渡された羊皮紙1枚。マックスに届けろと。
…………いや、俺、別にそこ行くつもりじゃねえんだけど。
…………いや、帰り道でもねえし。っつーか、ここからなら家より遠いし。
…………いや、だから俺は……。

さすがに最近、仕事を断りすぎているような。
どうにも、俺を見る目が怒鳴る寸前のような。
…はーい、行ってきまーす。

ついでにマックスと少し話すと、少々面白い話を聞いた。
先々月、ギルドであった賭け。ギルドなんてモンは、しょっちゅう、何かをネタにして賭けをしてやがる。
その中の1つに、マックスもノっていたらしい。しかも、大負けしたとか。
親ばか一筋かと思ったら……意外な趣味があったようだな、マックス。やるじゃん。
 
悪循環
ラス [ 2002/12/23 4:23:34 ]
 ぱたん、と扉を閉めたと同時に大きく息をついた。
視界が霞みかけるのを、頭を振って追い払う。

昨日と同じだ、と思った。

昨日は、スカイアーと剣の手合わせをした。自分の技量が落ちてないかどうか見てもらおうと。
結果はと言えば、散々だった。
確かに技量そのものは落ちてない。
それでも、いろいろと感覚を制御している弊害なのか、勘そのものが鈍ってる。
そして、他人に近づくことは精神の精霊に近づくことでもあるからと、踏み込む速度が鈍る。

それなら感覚を制御しなければ……と、そう考えた。
その場はただの空き地で、草っ原以外には何もない。いるのは俺とスカイアーだけ。それなら感覚を解放しても大丈夫かと。
そして、解放しかけて……やっぱり駄目だった。

今日は酒場だ。
エルメスとちょっとした悪ふざけをしていた。最近は他人に触れるのも触れられるのもキツイが、相手はよく知ったエルメスだし、制御してりゃ大丈夫かと思って……そうして、油断した。
悪ふざけの果てに、殴られたりそれを避けたり……そんな騒ぎの中で、一瞬、制御が途切れそうになる。
慌ててこらえても遅い。酒場は混んでいる。
じわじわと、古い水袋から水がしみ出すように。
平気な振りして話していても、背中を汗が伝う。外にはフラウが舞っているこの季節に。

……ああ、そうか。至近距離だったとは言え、エルメスの拳を完全には避けられなかったのは、結局、そういう勘が鈍ってるということか。
帰りがけにクーナが呟いていたのは、おそらくそのことだ。

──そして、まるで逃げ込むようにこの家に帰ってきた。
昨日も、今日も。

……スカイアー。俺の様子に気づいてたな。休息が必要だとか、養生しろとか言ってたが……ははっ、今更だ。休息だって? ……どうやって?
制御を重ねて、そして消耗し続けて。消耗してるから、より強力な制御が必要で……どこでそれを断ち切ればいい。
エルフの森では、そんなことは教えてくれなかった。
エルルーク、俺の師匠……あんたならこの疑問に答えられたのか?
 
視線
ラス [ 2002/12/29 23:48:18 ]
 いつも通りに振る舞ってるはずだった。少なくともそのつもりだった。
だから、油断すればヤバくなることがわかっていても、最低限の仕事はするし、酒場にだって顔を出す。
いつも通りにしていないと、周りが変に思う。それに、そうすることで自分自身すら騙せるように。

例えば、稲穂亭でカレンに仕事押しつけてみたり。
例えば、マックスの店でユーニスの手にキスして叫ばれてみたり。

それでもマックスは何だか探るような目で見るし、
カレンは、誤魔化すのはよせとひと言呟くし。

何を誤魔化してると……どこがいつもと違うんだと聞いてみた。
俺を一瞬見て、目を逸らしたカレンに、俺はそんなに見ていられないのかと聞いてみた。
そんなに……何もかもバレバレなのかと。

一目瞭然だと言われた。
そして、何よりも、視線が合わないと。
……そのことは、言われて初めて気が付いた。
目をそらして逃げているつもりはなかった。ただ、それでも、言われてみれば確かに視線を合わせないようにしていたかもしれない。
視線を合わせれば気づかれてしまうから。
いろいろと……そう、崖っぷちなことが気づかれてしまうから。

逸らすなとカレンは言ったけど。
でも、逸らさなければバレるし、バレたらいろいろとおまえは心配するんだろうから。
それくらいならいっそ、知らないままでいたほうがカレンにとっては楽なのかと思って。
そう……思って。
でも、目を逸らしたってバレている。……馬鹿みたいじゃん、俺。
──カレンを騙すのは、自分を騙すよりも難しい。

大丈夫だな、と聞かれた。
大丈夫だよ、と答えた。
……そう、大丈夫だ。確かにキツイことはキツイが、それでも俺は精霊使いであることを下りるつもりはないから。
この頭痛も吐き気も、精霊が傍にいる証でもあるから。
だから、何とかケリはつけてみせる。
 
寝台の中で
ラス [ 2003/01/04 0:56:42 ]
 EP『狭間<前編>』の続き)
<>
<>ここ2、3日。傷のせいで多少熱っぽかったのをいいことに、ずっと寝室に引っ込んでいた。
<>時々、様子を覗きに来るファントーは早々に追い返して。
<>
<>そして、自分に言い聞かせる。
<>自分に感じ取れないとしても、精霊たちはそこにいる。
<>精霊を感じ取れない奴らのほうが物質界には多いんだから。それでも彼らは何の不自由もないんだから。
<>少なくとも俺の側からの声は届く。ということは、精霊たちに見限られたわけじゃない。
<>必死に……寝台の中に潜り込んで、必死にそう言い聞かせる。
<>
<>そうして思い出すのは、いつだったか……そう、秋の夜、冷たい雨の中でリヴァースと話したこと(#{152})。
<>精霊たちと離れたくないと言った俺に、そんなものは離れることが可能な者の言い分だと微笑んだ。
<>それを聞いて、なるほどと思った。
<>どれほどの頭痛に悩まされても。息苦しさに視界すら霞みかけても。それでも俺は彼らと離れたくはなかった。精霊使いでいたかった。
<>そう思って……実際、口にも出していた。そう言えたのは、決して離れることはないとどこかで思っていたからかもしれない。
<>──リヴァース。おまえは……いや、俺も含めて、俺たち2人とも間違っていたかもしれない。
<>可能なんだ。離れることは。
<>
<>あの夜。
<>色を重ねれば重ねるほどに透明になる“光”。そんな輝きなら目指してみたいと言ったのは俺だ。
<>そして、全ての色を混ぜ合わせて出来上がるという純粋な“白”。それに憧憬を抱くと言ったのはあいつ。
<>単なる言葉遊びだ。
<>何もかもが混ざって、世界がたった1つの何かになるなら、それは世界の終わりでもあるかもしれないと言ったあいつに、終わるとするならもう一度やり直せばいいと言い返した俺。
<>
<>……俺の中で世界が変わったのは2度目だ。
<>最初に精霊に触れた時と、そしてつい5日前と。
<>……………そうだ。やり直せばいい。言葉遊びの末に自分で言ったように。
<>一度は出来たことだ。もう一度出来ないわけもない。
<>ここまでくるのに40年。それならもう40年かければいいだけのこと。
<>
<>「無理だ」と。……心のどこかで囁くエルフ語は無視することにした。
 
実験
ラス [ 2003/01/05 4:23:21 ]
 試したいことがあった。
今の俺に、精霊たちの声は聞こえない。
それなら……以前のように、人ごみの中に居ても“酔う”ことはないんじゃないかと。

だから、わざわざ人の多い時間を選んで、市場のある通りに出かけてみた。
結果はと言えば……そう、確かに声は聞こえない。
それでも、何が原因なのか、頭の奥に鈍い痛みはある。
何も聞こえないのに。
何も届かないのに。

市場から離れて、神殿前広場にも足を運んだ。
新年の祭りの余韻で、ごった返すあの場所に。
これだけの人の波の中で何も聞こえない。
………………馬鹿げてる。これならまだ“酔って”いた時のほうがマシだと思うなんて。
頭痛が残ってるのは多分、久し振りに外に出たからだろう。
怪我のせいで、まだ多少は貧血気味なのかもしれない。そう……それだけのことだ。


何日かぶりに外に出て、市場でファントーと……そして、偶然出会ったリグベイルと話して。
それでも、おそらくは気づかれなかっただろう。
何もおかしなところはなかった。
笑って、軽口も叩いて。そう、普段通りに。

それなら……大丈夫だ。まだ誤魔化せる。
 
実験2
ラス [ 2003/01/13 0:06:52 ]
 チャ・ザ神殿前の広場。
今でも引きずっている、新年の祭りの余波なのか、立ち並ぶ露店と行き交う人波。
以前の俺なら忌避していた場所。
そこに、ここ数日、入り浸っていた。
人波に混ざってみたり、そうじゃなければ、今日のようにベンチに座ってぼけっと眺めてみたり。

そして今日、背後から声を掛けてきたのはルーだ。馴染みの女盗賊。
買い物途中なのか、籠を持って、まるでガキのような悪戯を仕掛けてきた。
その悪戯の仕返しに、隣に座らせていきなりキスをしてみる。

仕返しの意味もあったが、実は試してみたかったことでもある。
少し前まで、他人と接触するのが嫌だった。
距離が近くなればなるほど、それは他人の精神に宿る精霊たちに近づくことでもあるから。
制御しきれなくなるか、自分の気力と体力が保たなくなるかのどちらかだと思って、だからこそ娼館まわりの仕事をカレンに交代してもらった。

ルーにキスをしても。
ルーに手を握られても。
ついでとばかりに、ルーを抱きしめてみても。

何も感じない。どこも何ともない。
鈍い頭痛がわずかに残ってるのは、少し前までの疲れを引きずっているからなのか。
それはわからないけれど、その頭痛以外は何の支障もない。

…………ルーに声を掛けられるまで、俺は辺りにいる精霊達を数え上げていた。
寒いからフラウ。外にいるんだからシルフ。葉を落としてはいるけれどドライアード。
それは感覚じゃなくて知識だ。
前なら、思い出すよりも先に感じていたこと。
今は、感覚でそれを知るのではなく、知識としてそこにいるはずだと数え上げるだけ。

ここ2週間で、『精霊使いじゃない者』の感覚に多少なりと慣れてきた自分がそこにいる。
一度は出来たことならもう一度出来ないわけもない、と。最初からやり直せばいいだけだと。
自分で自分にそう言い聞かせたくせに、最初の場所から一歩も進んでない自分が。

……ルーに言われた。『変だ』と。
だろうな。自分でもそう思う。そう……誤魔化しきれてない。いろいろなことが。
変だと言うなら…そう、変なんだろう。いつもの俺なら、立ち止まるなんてことはしない。
少なくともそのことに気づいた。というよりも、気づかされた。

それなら、ルーのリクエストに応えてシチューを作って、ついでに、たまたまうちにあった、あいつの好きなワインを1本開けてやったのも当然の礼かもしれない。
 
気づいたこと
ラス [ 2003/01/16 1:28:41 ]
 こりもせずに、チャ・ザ神殿前の広場。
最近の俺はひょっとしたら、そこらの信者よりも真面目に通ってるかもしれない。
ただ単に、ここにいれば、人がたくさん行き交うし、市場と違ってベンチもあるってだけなんだが。
自分の今の状況の原因が、精神の精霊たちに因るところが多いのかもしれないと思って、とりあえず「そういう場所」にいる。
神殿には足を踏み入れないから、別に、敬虔な信者というわけじゃないが。

日がな一日、人波を眺めていることが何かの解決になるとも思わない。
それでも、家に籠もって、ファントーに怪訝そうに見つめられるよりはマシだろう。
「もう一度はじめからやり直す」という気があるなら、ひょっとしたら、街じゃないほうがいいのかもしれない。
…………森の中で?

そこまで考えて思いだした。
最近、あまり食欲がなくて……というよりも、別に動き回ってるわけじゃないから腹も減らなくて。
サラダや温野菜、野菜スープで食事を済ませることが多かった。
それを見て、ファントーが呟いたことがあった。
「そういえば、エルフって菜食主義が多いんだっけ…?」
わけもなくムカついて、ファントーの皿からソーセージを取り上げた。

もう一度最初から…というのは、エルフの元で学んだ時のようにと……そうなるのか?

それ以外のやりかたを知らない自分にあらためて気が付く。
そして、ついでにもう一つ別のことに気が付く。
視線。と、敵意。
少し前から、突っかかってきてたゴロツキ紛い達だろう。
“片手間”ってやつは、仕事をしてもしなくても嫌われる。
気にくわないなら、熱い視線で見つめてないで、とっとと路地裏にでも連れ込みゃいいのに。まったく、人間って奴は変なところで気が長い。

敵意の籠もった視線を放置して……そして更に気が付く。
「いつでも精霊を感じている状態」じゃなくなった今、盗賊の技を習い覚えた頃の、「気配の読み方」を思いだしたような気がする。
五感とは違う部分で感じ取る、敵の気配。スカイアーが表現した「独特の勘働き」。
そうだ。頭痛に悩まされる前は、そうやって動いてた。

あの熱い視線の持ち主たちが、デートに誘ってくれるなら応じてみてもいいな、とふと思った。
 
感覚
ラス [ 2003/01/21 0:24:57 ]
 何かもう日課のようにチャ・ザ神殿前の広場。
昼、盗賊仲間の1人が俺を見つけて近づいてきた。
曰く、そろそろ娼館まわりの仕事に戻れ、と。
そうか、カレンに交代してもらってた分が終わって……通常の仕事の時期ってことか。
…………………………気が進まない。
とりあえず、適当に返事をして追い返す。

このまま仕事をしないでいるわけにもいかねえし……いや、金の問題だけなら、今のところ生活費には困ってない。
調子を崩す前まではまめに仕事をしていたから、ある程度の蓄えはあるし。
ただ、立場的なものを考えると、断るわけにも…………………………かったりぃー。

と、そんなことを考えていた時。
「チビ」という名に似合わない、でっぷりとした巨大な半野良の猫が近づいてきた。
そしてそれを追いかけてきたのはクーナ。

疲れてるのか、と。
聞かれた言葉には誤魔化しながらも……自分でも、疲れてるのかどうかはわからなかった。
以前に、エルメスの拳を避け損ねた時。あの時もクーナは気づいてた。
あの頃の……クーナの表現を借りるなら、「指一本動かすのも億劫なほど」の消耗と、今の状態とは明らかに違う。
どこが違うのか。……精霊の声があるかないか。それだけだ、きっと。
たったそれだけで……でもそれが何よりも決定的な違いで。

ひと雨来そうだから、と……クーナと別れて帰ろうとした時。
空気が湿ってきたねというクーナの言葉に、思わず返した言葉が。
「そうだな。きっとウンディーネが元気になってきている」
……“きっと”? きっと、だって?
以前なら、何よりも先に感じていたはずの感覚じゃねえか。

……足りない。
息も出来るし、目も耳も鼻もどこもおかしな感覚はない。手も足も動く。
なのに。なのになのに。何の不自由もないはずなのに。
もどかしい。息苦しい。どこかが気持ち悪い。
胃の中のものを何もかも吐き戻したい衝動に駆られたり。
しつこく残ってる鈍い頭痛のせいであまり眠れなかったり。

……いや、眠れないのは頭痛のせいじゃない。
眠るのが……怖いんだ。
闇の精霊がいない闇の中で目を閉じるのが怖い。
眠りの精霊が訪れない眠りに意識を明け渡すのが怖い。

精霊を感じ取れない状態に、何ひとつ慣れてなんかいない。
平気な振りをするのも、そろそろ限界かもしれない。
 
忘れていた感覚と、聞き忘れた名前。
ラス [ 2003/01/25 0:53:14 ]
 数日前から、なんだか熱い視線を送ってきてる奴がいた。
顔は、何だかギルドで見かけたことのある顔。……さて、名前は何だったか。
ゴロツキに毛が生えた程度の雑魚なのに、妙にイキがって、あたり構わず突っかかっていた。
そのうち誰かに目ぇつけられて、ボコられんだろうなーと思っていたら。
逆に向こうのほうが俺に目をつけたらしい。

呼び出されたから素直についていく。手下が1人。
……なるほど。自分と手下の2人だけで、俺をどうにか出来ると思ったか。
だとしたら、こいつは雑魚じゃねぇ。ただの馬鹿だ。
魔法がどうの、魔剣がどうの、とくだらない喋りと、気に入らない二つ名。
……“音無し”か。精霊魔法が理由でついた二つ名だな。ふん、世の中ってのは随分と皮肉に出来ていやがる。

「わかったよ。うるせぇ。そのクサイ口閉じろタコ。魔法も魔剣も使わなきゃいいんだろ」

──そうだ。何日か前に思い出したっけ。
周りの精霊力に気を取られていない状態なら、精霊力とは違う、相手の気配を読みとりやすいことに。
師匠のジジィからいろいろと教えてもらったのはもう15年も前だ。
その頃は拙かった技でも、そして“片手間”でも、実戦で染みついてきたものは確かにある。
少し前までは……そう、スカイアーと手合わせした頃は、いつの間にか忘れていたのかもしれない。
そして、皮肉なことに、今の状態なら、相手の懐に飛び込むのは怖いことじゃない。
相手との距離を縮めることにも接触することにも、怯えなくて済む。

この2人は運が悪かったのかもしれない。
魔法が使える俺のほうがきっともう少し優しかった。
……………………ところで、名前なんだっけな。ああ、ぶちのめす前に聞いておけばよかった。


そうやって、路地の奥で小競り合いをやっていた時に、顔見知りの“猫”が走り込んでくる。
この通りは、“獣道”だ。ギルドに関わりのある奴らしか、通れない。通り方を知らない。
2人目を踏みつけている時に、走り込んできた“猫”と目が合う。
互いに一瞬で、「不可侵条約」を結んだ。視線だけで。

路地を出ると、“猫”を追いかけてきたのかガキ(注:マージャ)が1人。
最近は、家でもガキを1匹飼っているせいか、このくらいの年の奴らがうろうろしてると妙に気になる。
幾つか話して……わずかに違和感を覚えた。
スられた財布には、銀貨以外にも大切なものが入ってたと言う。それはいい。それはいいが……ひょっとしてこいつ、オランの盗賊ギルドに用があるんじゃないのか、と。

不可侵条約のこともあるし、ここらの衛視は働き者だから口止め料にと思って、諦めるようにと金貨を1枚、ガキに放った。
そうしたら、共犯になるのはイヤだからあくまで借金ということにするらしい。
変わったガキだ。面白い。
こいつがギルドに何か関わりを持とうとしてるなら、いつか会うか……いや、会わないか。俺は真面目なギルド員じゃねえし。どっかの誰かと違って。
……ま。俺には関係ねえや。ガキの名前も聞かなかったし。


あーあ。鬱憤晴らしは出来たが……久々に動くとやっぱ疲れるな。
 
少しだけ。
ラス [ 2003/01/27 23:17:07 ]
 カレンに久し振りに会った。
久し振りとは言え、たかだか1ヶ月程度のこと。
けれど、妙に久し振りな感じがするのは、この1ヶ月が俺にとってひどく長いものだったからだろう。

互いに、毎日のようにチャ・ザ神殿にいるのに、俺のほうは神殿前広場、カレンのほうは神殿内部……ただそれだけの違いですれ違いまくっていたらしい。

声をかけられ、顔を見てすぐになんだか妙な感じがした。
どことなくいつもと違うような。
聞いてみると、コロムに振られたとか。
詳しくは聞かなかったが……まぁ、そういうこともあるだろう。
例え、納得出来る理由だろうと出来ない理由だろうと、くっつくのにも離れるのにも、「正当な理由」なんてものはどこにもない。それと同じように、「間違った理由」なんてものもない。
あるのは結果だけ。

夕方の広場には雪が降ってた。
カレンと2人で並んで座っていて、ふと、言う気になった。

今まで隠そうとしていたのは、気遣われることがイヤだったのと、あとは……そう、おそらくは、自分で口に出すことが怖かった。
口に出して認めてしまえば、決定的になってしまいそうで。
……馬鹿なことを。
口に出すからとか出さないからとか……そんなことなんか関係ないのに。
カレンがコロムに振られたのと同じだ。理由はどうあれ、結果は変わらない。

精霊が「いない」世界で生きる怖さは変わらない。
感覚のもどかしさも変わらない。
頭の奥の鈍い痛みも変わらない。

なのに、どこかが少しだけ楽になったような気がした。
 
雑木林の奥で
ラス [ 2003/01/29 23:51:51 ]
 真夜中。
眠れなくて……というよりも、眠るのが嫌で、散歩に出かけた。

散歩。…ああ、いや。それも口実だな。
試したかった。
誰も見ていないところで。

精霊使いが精霊魔法を使う「方法」には幾つかの種類がある。
人によってそれぞれかなり違う感じ方をするし、種類というのなら、精霊使いの数だけの種類があるのかもしれないが。
それに、どちらにしろ、精霊たちにとっては全て同じなのかもしれないが。

有無を言わさず力尽くで。
そうじゃなければ、自らも精霊のようにその中に溶け込んで。
溶け込むことはしなくても、精霊たちを自分の友達として扱って。

ただ、もともとの俺はそのどれとも違った。
力尽くじゃないのは確かだ。それに、溶け込むこともしない……いや、出来ない。
かといって、精霊たちが友達かと言えば、それも違うような気がする。

友達でもなく、道具でもなく、自らと同じものでもなく。
……だとしたら、俺にとっての精霊はどんな位置づけだったんだろう。
誰もいない、真っ暗な林の奥でそんなことを考えた。
けれど、答えは出なかった。
そして、力尽くで呼ぶことを試そうとして……途中でやめた。
無理矢理に引き込まれる精霊たちが、今の俺には見えなくても、それを想像するだけで息苦しくなったから。

誰もいないはずのそこで、ミニアスに会った。
見られてはいない、と思う。もし見られていたとしても、魔法が成り立つ前に途中でやめたんだから、ミニアスには何をしていたかわからなかったはずだ。彼女には、精霊語がわからないんだから。
魔法の練習だ、と。その言い訳は嘘じゃない。本当でもないけれど。

その場を誤魔化して立ち去ろうとして……木の根に足を引っかけた。
転びこそしなかったが……“見えない”ということは、こんなにも不便かと、そう思った。

フラウに会いたかったな、と。
帰り道にそう思ったのは、何故なのか。自分でもわからなかった。