| MENU | HOME |

日々を記す
A.カレン [ 2003/01/20 23:25:26 ]
 何らかの魔法装置と思われる図面を、とある場所で手に入れた。
古代語が読めないので、これが何かはわからない。
ラスに聞こうにも、最近どこにいるのやら捕まらない。
そういうわけで、久しぶりに木造の酒場に顔を出すことにした。
運良くアルファーンズに会えたので、図面を託す。
真面目そうなヤツだから、きっと満足のいく調査結果が得られるだろう。

コロムも来ていた。
同じ部屋にいるのに、酒場で話すというのも奇妙だ。
しかも、別れ話だし。
曰く、「甘えてしまうから」
自分ではそんなつもりはなかったのだが、向こうが甘えてしまうと言うのだから、そういう性分なんだろう。
その後は古代亭の部屋に帰る気にもなれず、木造の酒場の2階に篭る。

3月分まで前払いしていた部屋だったが、替えてもらわなきゃならないな…。
個室に移るんだったら、もっと高くなるのか。
神殿で寝起きをするのは不都合だし、ラスの家にはファントーがいる。
いっそ、もっと安い部屋でも探すか。
面倒だ……。


ラスの仕事を肩代わりして、神殿奉仕そっちのけにし、イヤミを言われた矢先の出来事だった。
今年はいいことなさそうな予感……。
 
同じ景色を眺めながら
A.カレン [ 2003/01/28 3:22:20 ]
 なんにしても云い方が気になった。
雪がちらついてる?
冷たくて気持ちいい?
見たまま、当たり前のことを……。

しかし、精霊が見えなくなった相棒というのは、正直言って衝撃ではあった。
俺に見えないものを、あって当たり前のように話す相棒の言葉は自然そのもので、最早俺にとってもそれが普通のことだったから、かもしれない。
俺が少なからず動揺したということは、相棒の心境は容易に計れる。
かける言葉もない。
気を落とすなだの、大丈夫だの……。
言っても上っ面さえ撫でられないような気がした。

しかし、考えようによっては、それは相棒から何かが欠けたと言うわけではないだろう。目に映る景色が同じになっただけだ。
それに、精霊がヤツを振るとは思えない。
むしろ、ヤツのほうが意思の疎通(と言うのか?)を閉ざしたのだろう。
心変わりをするのは、いつだって人間のほうだから。

だから、いつもの相棒が戻ってくるのを、俺はじっと待つことにした。
 
旅の途中の男
A.カレン [ 2003/01/29 3:07:19 ]
 先週、吐き倒してから酒を控えていた。
当分いらないと思ってた。
が。
マーティンというヤツに奢ってもらい、あっさり撤回。
美味いものは美味い。

マーティン。
気持ちのいいおっさんだ。
おっさんと言っても、たぶんそれほど年上ではない。
向こうは若造と思ったかもしれないが……。

彼にとって人生と旅は同義であるらしい。
むさくるしい顔つきだが、風のような雰囲気を纏っている。
道がなくとも進んで行けるような強さを感じた。

これは憧憬……だろうか?
 
酒宴
A.カレン [ 2003/02/13 1:46:03 ]
 アルファーンズが届けてくれた調査結果。
ラスの魔法が使えなくなる、か。これは厄介だ。
っつっても行くと決まったわけじゃない。ラスには見つけたとだけ知らせておこう。
……それにしても、アルファーンズ。いい仕事をする。添付された注意事項だの図面だの、丁寧なもんだ。わかりやすい。文献調査が得意だと言うだけはある。
こういう下調べは重要だからな。
貴重な人材だ。何かあったら、また頼もう。


と、いうことで、ラスんところに持ち込んだはいいが、何故か酒盛りが始まって、出す暇なし。挙句に酔いつぶれて、目が覚めたら寝台の上だった。
ここは?
ラスの部屋じゃないってことは、ファントーの寝台だな。
あれ? じゃ、ファントーは?
ラスの部屋かな?
……いや、ラスの部屋は(何故か)イゾルデが使ってたはず……。

あぁ…なんか、悪いことした気がする。
すまん、ファントー。
シタールの持って来たワインが美味くてな。…ごめん。
 
新しい生活
A.カレン [ 2003/02/25 3:23:40 ]
 ライカとシタールの家に住むようになってから、10日ほどだろうか。
少し口数が多くなったような気がする。根本的に。
普段、俺とライカの間には、会話らしい会話はほとんどない。
朝晩の挨拶は勿論するが、棚の上の物をとってちょうだいだの、神殿からの帰りに何かを買ってきてくれだの、そういうことに返事をするだけ。
けど、これは、夕方までの話。
晩飯が終わると、こんな会話すらなくなる。
一人分だけ残してある料理を目の前にして、ライカは黙り込むのだ。
季節の所為もあるかもしれないが、空気がひんやりしてくる。
とどめは、ライカのため息。
俺が喋り始めるのは、それからだ。
その日あったことを、ほとんど喋り尽くしてしまうほど喋る。
なんとか、ライカの気を紛らわそうとしているのだが、半分は神殿内のことなので、毎日変わりばえしない話題だ。苦しい…。
だからといって”巣穴”のことをペラペラと話すわけにはいかない。
そんなわけで、話題集めに信者や市場のオヤジや食べ物屋のおかみさんと、今まではほとんどすることのなかった「世間話」を自らすすんでするようになった。
が、あまり報われてはいない。
ライカの好む話題が、まだよくわからないから。
わからないなりに喋って、そろそろネタも尽きそうになった頃、「先に寝るわ」と彼女は居間から姿を消す。
そういうことが、5日ばかり続いた後、もうすぐ夜が明けるという頃に帰って来たシタールに、とうとう言ってしまった。


「なぁ……もう少し早く帰って来れないか?」
「……へ?」


シタールは、こんなことを俺に言われるとは思っていなかったらしい。
……そりゃそうだ。
 
死者の願いは叶えるべきか
A.カレン [ 2003/03/03 4:32:31 ]
 シタールやラスがタトゥス老の依頼で出かける少し前、ある仕事を受けざるを得なくなった。やりたくない仕事を。
思えば、あの時、あの女の言葉に返事さえしなければ……。もう今更だけど。

依頼の内容は、ある品を取り返すこと。そしてそれを依頼者の墓に入れること。無理やり奪われたと言っているが……要するに現在は誰かの所有物になっているものを盗ってきて墓を暴いてその品を埋めろというのもだ。
依頼者は俺の手には負えないもの。断ればとりついて、俺の身体を使って取り返しに行くだろう。……冗談じゃない。
いや、断らなくても冗談じゃない状況は変わらないが……。
承諾して、そのまま神殿に掛け合おうかとも考えた。
だが結局、自分でなんとかすることに決めた。神殿は、あの女の魂を救うことはなく消し去ってしまうだけだろうから……。

問題は、依頼を果たすための行為。
思いっきり戒律に背くことになる。
何日か悩んで、悩んでいるあいだにも依頼の品の在り処をつきとめている自分に気づいて、がっくりきた……。
これは盗賊である自分の習性か。それとも肉体が死んでなお、とどまり続ける魂に対する哀れみがそうさせたのか。
……よくわからない。
ただ、確かなことは、望みをかなえてやれば、あの女はあの場所からいなくなること。

そうだな……チャザには一生かけてでも詫びることにしよう。
 
預かり物
A.カレン [ 2003/04/03 0:17:44 ]
 あの日から神殿に向かう足が重くなった。
懺悔の毎日だ。

「カレン。あなたの部屋のアレ、どうしたの?」
「…預かり物」
「ずいぶん長く預かるのね」
「…………うん…………」
持ち主は、もうこの世にいないから。
「迷惑だった?」
「そんなことないわよ。キライじゃないもの。でも、部屋を汚さないでね。借家なんだから」
預かり物の正体は鳥。なんていう鳥かは知らない。鮮やかな緑の羽に赤く長い尾。そして、実に綺麗な声で鳴く。

盗んできたのはこの鳥だ。
しかし、生きているものを墓に埋めるのは、ちょっと躊躇われた。
件の女を前にそのことを訴える。
「墓に入れてもおかしくない状態になったら入れてやるから、それまで預かるってことで……」
「……………………」
そのだんまりは、信用していないということだよな。
「鳥とはいえ、俺には殺すことはできないよ。やるなら君がやってくれ」
「……………………」
その後、鳥篭を挟んでどのくらいだんまりを続けただろう。もしかしたら、憑依されるのではないかと覚悟していたのだが………。
明け方、鳥が鳴いた。とても綺麗な声で。
女は……消えてしまった。

そして、今に至る。
「ところで、誰から預かったの?」
「ん? …………女」
「あら。もう新しい人? 意外と手が早いのね」
予想外のところで誤解を生んでしまった。シタールに知れる前に解いておかなければならない。
が、信じてくれるかどうか……疑問だ。
 
1週間
A.カレン [ 2003/05/22 23:30:19 ]
 <5の月17の日>

信者まわりが一段落して、ラスの家に寄る。
薬のにおいで気分の悪そうな顔をしたラスに、エクセアの調査を手伝ってくれと頼まれた。
苦労しているようなので、「初夏の野菜と海鮮の料理(コース)」で受けることにする。
……安い報酬だ。


<18の日〜20の日>

神殿勤めが終わってから、薬屋をハシゴ。
……多少、寝不足。
オランにおいて、エクセアの流通に手を加えていた人物、ジェイクをつきとめる。
ラスに報告して、あとは報酬を待つのみ。
ジントから、ギルドで会費管理をしているサラサがイライラしていると聞く。
……どうしてこんな面倒なことを聞きつけてくるんだ、コイツは。


<21の日>

夜、サラサのご機嫌伺い……もとい、久しぶりにギルドに顔を出す。
ラス曰く「サラサは香の類が好きじゃない」
これは、まるっきり嘘だった。逆にエクセアをねだられる。
……冗談じゃねぇ。
帰りに追加報酬を掛け合おうと、ラスの家に寄るが不在。置き手紙をして帰宅。


<22の日>

神殿でカールさんが言った。
「遺跡の件ですが、私が同行することになりました。宜しくお願いします」
癒し手が2人いるのは心強い。
そして、自分が監査役にならなくて済んだことにほっとする。
……カールさんの表情が、少し疲れていることが気になった。最近は調子よさそうだったのにな。
 
拍子抜け
A.カレン [ 2003/05/29 0:48:52 ]
 夕方、ライカと共に買い物に出かけた。
自分のではなく、ライカの物(衣料品や、何故かボウガンの矢とか)及び食料。勿論、荷物持ちは俺。
ライカと一緒に歩くといったら、こういう時くらいだ。
一緒に住んでから3ヶ月ほど経つが、意外と接点が少ない。
趣味や好みも、未だに掴めていない。
付き合いは長いのに、近づいてみるとわからないことだらけだ。
だから、帽子を両手に持って
「ねぇ、どっちがいいかしら?」
などと訊かれても、言葉に詰まる。
そういえば、ライカは普段からどんな服装を好んでいただろう?
こういうことには観察眼が働かない。
会話が続かない原因を、ひとつ見つけたような気がする。


そんな光景を、あのサラサが偶然見ていたらしい。
「新しい恋人?」と訊かれ、ここで肯定すればサラサの猛攻が弱まるかもしれないと、そんな考えが一瞬頭を過った。
が、「うん」と答えたら、シタールの信用を無くしてしまうような気がしたので、正直に「ちがう」と答えてしまった。
更なるつっこみがあるかと構えてたら、それ以上のことは何も言ってこなかった。

……拍子抜けだ。
何を考えてるんだろう?
わからなさ加減がこわい。
しばらくはこっちの方も観察していようか……。
 
おあずけ
A.カレン [ 2003/06/08 2:59:35 ]
 3日続けてラスの家に行った。
が、ヤツはいなかった。
「帰ってこない。仕事っぽいけど」とファントーは言っていた。

ま、いつとは約束もしていなかったのでいいんだが……。
せっかく報酬のコース料理に合いそうなラムリアースの上物ワインが手に入ったのに、これではなかなか飲めない。
真面目なファントーが酔っ払うとどうなるのか興味が沸いて、いっそコイツと飲もうかとも思った。
だって、いいワインだから。おあずけ状態はキツイ。

ま、いいや。
遺跡に行く前に食えれば。
神殿で溜まった書類でも書きながらのんびり待とう。
 
夏の日の過ごし方
A.カレン [ 2003/08/14 0:11:42 ]
 今年の大きなイベントも終わった。
その後片付けも済んだ。
今は夏。
仕事をいれるにも、相棒があの調子では、なかなか上手くはこばない。
秋までは少しのんびりしようと思う。
螺旋の井戸の報酬もまだあるし。
神殿奉仕も相変わらずだし。


とりあえず1週間は、ギグスのカミサンに贈るためのネックレスを作って過ごすことにした。
といっても、俺から贈るわけじゃない。これは、ご機嫌伺いのためのアイテム。
財布を握られたギグスのためだ。
せっかく危険をおかしてまで遺跡に行って儲けたのに、使えないのは気の毒と言うもの。
ま、効果の程は、それほどないと思うけどな。

「ねーねー、何作ってるの?」
…たまにファントーの興味を引くらしい。
「俺も欲しいな」
「……男には必要ない」
「え〜? カレンだってしてるのに」
「…………………………俺はいいの(これは形見だから)」
「ねぇ、カレン。この石、なんて言うの? きれいだね。あ、こっちのも」
「…………………………」
作業、中断。

しかたない。
そういや、アルファーンズの言ってた、釣鐘状の遺跡。あれも気になるんだよな。
ま、ヤツにわからないことが、俺にわかるはずもないけど。
師匠の残した手記に何かないかな。
と言っても、こんな分厚い束の中から見つけ出すのも大変なんだけど。
え〜っと……。

……………………(ぺらり)
…………(ぺら)

「あーっ! だめだよクロシェ。それ、カレンのなんだからー!」
猫の興味も引いたらしい。
調べ物、中断。


そろそろライカの家に帰ろうかな…。
 
相棒の呟き
A.カレン [ 2003/08/14 1:58:30 ]
 「俺って素直?」

何を今さら。

誤魔化したり隠したりすることはあっても、偽ることはない。
理屈を捏ね回しても、自分の気持ちに正直だ。
意地を張って聞く耳持たない態度をとっても、斜に構えて皮肉な笑みを浮かべても、性根の真っ直ぐさは変えようもない。

発する言葉、浮かべる表情、選ぶべき決断も行動も、どれひとつをとっても、オマエはオマエらしい。
これを素直と言わずに何と言う?

そう……全てを飲みこみ、無難に過ごそうとか、築いてきたものを壊さないように、あたり障りのない笑みを張りつけた生き方をするよりは、いっそ潔い。

羨んでいるのではない。
ただ、そのままの相棒でいて欲しいと願うだけだ。
 
独白
A.カレン [ 2003/08/17 5:22:01 ]
 本当のことを言うと、この神官という立場を脱ぎ捨ててしまいたい。
ベルダインでの窮屈な、ずっしりと重たい憂鬱な気持ちを思い出すから。
知っている人に会うのは嫌だった。
すれ違う人々の顔を見るが嫌だった。
自分の存在を隔てるような、畏れるような……それでいて軽蔑が入り混じった目が痛かった。
そんなものを思い出す。
あれから…故郷を離れてずいぶんと長い時間が過ぎたのに。
振り払えない。

反対に、幸運神との繋がりがなくなることを怖れている。
あの人が命を落とした時、その死とともに叩きつけられた現実から目をそらせない。
神官としても盗賊としても未熟だったから。
神に対する疑問ばかりが膨らんでしまったから。嫌悪さえ覚えて…。
あの人は冷たかった。
けれど、それでもかけがえのない人で…。
死の淵に立ったあの人を、助けることができなかった。
それももう、10年以上経つのに。
焼き付いて消すことができない。

相棒は、ベルダインに残してきた弟に似ている。
……いや…似ていないけれど……。
あの素直さが、真っ直ぐなところが…。ちらつかせる。
自分の不手際で、相棒が……相棒だけじゃない、仲間が…取り返しのつかないことになったら……。
それを考えると怖い。
もう、あんな光景は見たくない。
だから、神にすがって、盗賊の技を駆使して、ずっと…やってきた。
矛盾しているのか…?
ベルダインにいたら……冒険者にならなかったら、出会えなかった友人達。彼らを手助けするために身につけたもの。
これは……相反するものか…?

…わからなくなってしまう。
どちらも手放すことは…できない。
そんな勇気があるなら、俺は……ここにいない……。



傍にいるのが誰なのか。
認識することもなく、熱にうかされてこんなことを呟いていたような気がする。
…夢だったのかもしれない…。
 
昔と今と
A.カレン [ 2003/09/08 1:13:00 ]
 ラスが意識を取り戻したので、霞通りの一件#{230}について話しておくことにした。
すべて、ドレックノールの内輪もめが原因であったことと、最後にラスが襲われた理由。この二つについて。
どちらも、つまらない理由だ。
特に、ラスへの刺客が、アッシュという男の妄執、或いは嫉妬の末に放たれた、ということが。

ラスは鼻で笑って済ませた。
「小せぇ男」と評した。
まったくその通りだ。
けれど、俺はその「小せぇ男」に完敗を喫し、ひとつの決心をするに至った。
取るにたらないヤツだと言い切ることはできない。
俺にとっては、「小さい男」ではないのだ。

昔、ドレックノールにいた頃、どちらかといえば、安穏としていたい、波も風も受けないでいたいと望み停滞しがちな俺を、アッシュはいつも動かし、決断させるヤツだった。
屈託ない笑みに乗せた嫌味混じりの言葉だったり、暴力といえるほど辛辣な指摘だったり、……時には、本当に暴力だったり。
その裏に、シェイドの秘蔵っ子と言われる新入りに対する嫉妬があったとしても、それでようやく前に進む原動力を得る。これが俺の本質なのだ。
わかっているから、腹立たしいと思えても、恨んだり蔑んだりはできない。

オマエの相棒は、こういう人間だ。
形は違うけれど、アイツのことも、大事な存在だと思えるんだ。
俺は…一人で立ってるんじゃないから。
 
枕辺の呟き
A.カレン [ 2003/09/11 0:31:04 ]
 ラスの怪我のことを、ライカがシタールに連絡したらしい。
しばらくオランにいてくれることになった。
そろそろ神殿に行かなければならないので、ちょうどいい。用心のために、ラスのところにいてもらうことにした。
本音はそれだけじゃないが……。

正直なところ、キツい…。
動くたびに痛がったり、熱でうなされたり、苦しそうに咳き込んだり。
そういうラスを見ているのは、辛い。
それが全部、俺の所為だから。
俺が仕事でへまをしなければ。
熱なんか出さなければ。
あの場で、癒しの奇跡を使えていれば。
アッシュを疑っていれば……。
そんな後悔でいっぱいになって、逃げ出したくなる。
だから、シタールに無理を言ってしまった。
これも、新たな後悔になるとわかっていて……。


その日、ラスが寝ついた頃、口癖のようになった言葉を、また呟いた。
すまない、と。
 
迷いの名月
A.カレン [ 2003/09/13 23:28:15 ]
 夕方から宵の口、それから真夜中へ。
ラスの家の戻るのが、日に日に遅くなっている。
ラスのことは、勿論心配だ。
だが、足がそっちに向かわない。
用も当てもないまま、街の中を歩き、公園や河原や港で、時が過ぎるままに過ごすこと数日。


「アンタも早く、俺みたいなソンな役回り、やめちまいな」


そんなことを言ったのはワーレンだった。
衛視で、盗賊。
俺以上に微妙な立場にあるというのに、サバサバした態度でソンな役割を選んだ男。
オランという街が好きだという理由で。
なのに、やめちまいなと、俺には言う。
どのくらい解って言ったのかわからないが、たぶん、それは、俺が欲しかった言葉だ。
いずれはそうしようと思っている。

以前、いつかはどちらかを選ぶのだろう?とジントが訊いてきたことがある。
どちらか、というのは、神官か盗賊かということだろう。
その時は、どちらも捨て切れず、誤魔化しただけだったが……。
今は、答えられるだろう。

オランを去るまでは、無理だけれど…。
重く響いたワーレンの言葉は、迷いの中にいた俺の背を押した。
 
謝罪の代わりに
A.カレン [ 2003/09/14 20:32:24 ]
 ずっと看病してくれていたファントー、セシーリカ。
自然薯持参でパダから駆け付けてくれたシタール。
無臭の薬を調達してくれたイゾルデ。
みんなのおかげで、ラスは快方に向かっている。
まだ、咳き込んだりすると辛そうだが、熱が下がっているだけ楽なのだろう。口数も多くなった。
徐々に元の様子に近づいてゆくのを見ると、本当にほっとする。
気遣ってくれたみんなには、どんなに感謝しても足りない。

当のラスは、いろいろと言いたいことを胸の内に持っているようだ。
俺が家に戻るのが遅くなったり、故意に避けたり、そんなことをしていたからだろう。
顔を見るも嫌になって帰って来ないのか、なんてことを口走る。
うなされる原因のは分は俺だ、とも。謝るなら起きている時に、と。
これは、遠まわしに傍にいろと言っているのか。
そう考えると、なんとなく可笑しくなった。
ロビンやリックが聞いたら、どんな顔をするだろう。

ラスは、俺が怒っているのだと思っていたらしい。
「悪かった」と、アイツは言った。
非などどこにもないのに。
変な誤解を生んだものだ。
だったら、謝罪はもう必要ない。
そのかわりに呟くのは他の言葉。
アイツがうなされないように。
毎晩、ベルダインの母が言った言葉。

「おやすみなさい。いい夢を…」
 
平穏
A.カレン [ 2003/09/21 0:27:40 ]
 ドレックノールの連中が去ってから2週間あまり。
その後は何も起きない。
いや、あるにはあったが、シタールとイゾルデが撃退してくれた。これは、単に、ラスが弱っていると知って仕掛けてきた逆恨み野郎だ。問題ない。
ラスも家の中を歩き回れるほどに回復しているので、もう大丈夫だろう。

シタールがいてくれたおかげで、雑草が伸び放題だった庭がきれいになった。
そして、いろんな保存食が増えている。
よっぽど暇だったらしい。
そういや、シタールのヤツ、寝言で謝ってたって、ラスが言ってたよな。
そろそろ開放してやらないと悪いか…。せっかくオランに来ているのに、ライカと会わないなんて。

そうだ、帰る前に話しておくか。ラスを見ているのがキツかった理由。
気ぃ使って、何も訊かないでいてくれたけど、理由も話さずにいるのはよくないだろう。俺自身の気分も軽くなっているし。

庭の片隅で、シタール相手にぽつぽつと話していると、窓からラスが顔を覗かせた。

「なぁ、そんなの見てなくてもいいんじゃねーの? シーツの染みぬきなんて、ほっときゃできるもんだろ」

「いや…なんとなく面白くて」

ユーニスが教えてくれた、大根を使った染み抜きは効果覿面だった。
 
意気込み
A.カレン [ 2003/09/27 23:25:37 ]
 買い物から帰って、何を意気込んでいるのかと思えば……(ため息)
馬鹿言ってんじゃねーよ、オマエは。
ちょっとばかり歩いただけで、息切らしてるくせに、無茶だろう。
いや、やりたい気持ちはわかる。
2週間寝たきりだったし、その後も家に閉じ篭りっきりだ。
そりゃ、暇だろう。
身体が鈍るだろうさ。
それをどうにかしたい。
すっげー解る。
けどな、解るのと、だから認めるってのは別問題だ。
だいだい、まだ右手が上がんねーじゃん。
2、3日前、胸の上にクロシェが飛び降りてきただけでうめいてたの誰だよ。
ヤだよ、俺。そんなヤツと剣の稽古するの。

……だから、ヤだって。
聞けよ、俺の話。

んで、何を言ってもやる羽目になるんだけど……。
馬鹿野郎が。
何度か突っかかってきて、結局自分から転んでる。そんで、やっぱりうめいている。
だから、焦んないでゆっくりやれよ。つまんねーだろうけど、素振りでもなんでも。

ただ、まぁ、カンは鈍っちゃいないな。
完全に治れば、元のスピードを取り戻すのにも、それほど時間をかけずにすむだろう。それがわかっただけでも、よしとするか?
とりあえず、今はちゃんと食って、体力を回復しろよ。
シタールとの遺跡行が待ってるんだろ?
ファントーの腕試し、つーか肝試しも見たいだろ?
みんな待ってんだぜ。オマエが完全に回復すんのを。


……だから、ちゃんと食えって言ってんだよ、俺は。
せっかくファントーが作ってくれてるんだから。
好き嫌いするな。
 
プロブレム
A.カレン [ 2003/10/02 23:33:44 ]
 「チェス、できる?」
「帰ってくるなり、なんなの? いきなり」
10の月に入り、俺はライカの家に戻った。
ラスの怪我が順調に回復し、仕事を請け負うくらいにまで調子を取り戻したこともあるが、理由はもうひとつある。
「実はさ、何日か前にラスのヤツが……」


9の月の末のこと――

「ラス。オマエ、何持ってきてんだよ」
「チェス板。コマもセットで。高級品だぜ」
「んなもん、見りゃわかる。…そうじゃなくて…」
一歩引いて、チェス板をみつめる俺に、ラスは依頼の内容を語り始めた。

「つーわけで、お前、できる?」

できないことはない。
が、勝てる見込みはない。
なにしろ、子供の時以来、チェスなんか数えるほどしかやってない。
試しにやってみようか? 弱さに泣くぜ、オマエ。

………………
………
うん。我ながら磐石の配置…。
け、ど…。

「決め手に欠けるんじゃないかって言ってるけど?」

そりゃそうだろうよ。
こっちは攻めることができないんだから。
弱いって言ったろ。
他をあたりなよ。
神殿を頼る気はないんだろ?
知り合いに、チェスの強いヤツいたっけかなぁ…。ま、それとなく探してみてやるよ。信者の中にも、チェス好きの人、いるかもしれないし。商人のツテで、もうちっと身分の高い人物にも話が通るかもしれないよ。
ま、相手をしてくれるかどうかわかんないけど。


「…そう。厄介ね。それで、あなた、逃げてきたのね?」
「まぁ、そんなとこ」
「いいのかしら? そんな存在を目の前にして逃げるなんて。ねぇ、神官さん(笑)」
「言わないでくれよ。努力はしたんだから…」


<回想>

「カレン、今夜もご所望だ」
「なんでだよ? 勝負なんて見えてんじゃん」
「昨夜の配置からでいいってよ。何手で詰めるか試したいんだとさ」
「………それ、相手しなくていいって言ってんのと同じじゃないのか?」
 
チェック
A.カレン [ 2003/10/05 4:11:40 ]
 霞通りの高級娼館で大枚払って、一晩拘束されて、次の日に寝過ごして、約束すっぽかしたと同僚に怒られ、罰だと言ってその鬱憤晴らしで剣の稽古に付き合わされ、なれない長剣を使って、手にマメを作る。
スピカに怪我の手当てしてもらったことだけが、唯一悪くないことか…。

頼まれたわけでもないのに人が好い、と自分でもつくづくそう思うよ。
娼館絡みなら、ラスのほうが顔が利くぶん、効率いいのに。
それもこれも、相棒がチェス三昧で動けないからだ。
なかなか気の毒な状況だよ、ヤツも。
病みあがりだってのに、爺さんの幽霊に付き合って。
まぁ、それも仕事なんだから、やるしかないんだけど。

そんなこんなで、高級娼館「蜜色の小鳥」で得たのは、シノアがこの娼館に来る以前から、既にチェスの名手であったこと。それに加え、もともと気品と知性とが備わっていたことから、「蜜色の小鳥」に引き抜かれたということ。そこで、初めてランドルフ爺さんに会ったこと。それと、ランドルフ爺さんが、シノアを身受けすることが決まっていたということ。それほどまで、爺さんはシノアにご就寝だったらしい。
それから、これは、シノアと特に親しかった兎が言っていたことだが、生まれがオランではないらしい。はっきりしたことは言わなかったが、話の端々にオランより西、特にエレミア近辺のことを口走ることがあったとか。チェスは、子供の頃から教えられたと話していたそうだ。姉だか母親からだとか。

爺さんが死んでから、シノアには新たな客がついている。
その客の屋敷に行った日に、彼女は死んだということだ。事故の現場は、その屋敷のすぐ近くだったらしい。

場所が上流階級の屋敷が立ち並ぶ一帯なので、その近辺で話を聞けるかどうか…。
…無理かな…。
行くだけ行ってみるか。何もしないよりはいいだろう。
そういや、エクスも同じように調べてる。誘ってみるか。アイツはラスに頼まれて動いてるようだしな。いやとは言わないだろう。

ラスよりはマシだろうけど、少し寝不足で疲れてる。
カタがついたら、酒でもメシでもたかりに行こう。
 
クイーン
A.カレン [ 2003/10/10 0:22:34 ]
 数日前のことだ。
貴族の屋敷が立ち並ぶ一画。
そこで、シノアを見た。
いや、シノアに似た少女だ。
ぴったりと閉じた鉄柵状の門扉の向こう。
そこに佇み、じっとこちらを見ていた。

「ここがルドワー卿の屋敷か?」
「ああ」
「確か、シノアの妹が引き取られて暮らしている、という話だったな。だが、ランドルフの一件と、どう繋がるんだ? 考えがあってのことなんだろうな?」
「さぁ…事故現場では、もう手がかりらしいものはなかった。こうなったら、関係のあるところを虱潰しに当たるしかないだろう?」
「で?」
「もう、血縁で所在のはっきりしてる人物がいるのは、ここしかない…」

そんなことを、俺とエクスは話していた。
そこに現れたのが、ヴィクトリア。盲目の、シノアの妹。
しかし――
俺達をみつめる目、そして、歩み寄ってくる確かな足どり。
とても目が見えない者の動きではない。
やけに頑丈に補強された門扉を挟んで、向かい合い、まだ幼い彼女は言った。

「お願い。ここから出して。会わなくてはならない人がいるの。連れて行ってください」

11歳という年齢にそぐわない、落ちついて艶のある声。
……これは……。これは、いつだったか、見たことのあるシチュエーション。
確か、神殿の前で。
そうだ――

「誰に会いたいって?」
「……おじさま……」
「おじさま? …ランドルフかい?」

彼女は、彼女ではない――
そう思い当たるより前に、エクスはヴィクトリアと言葉を交わしていた。
次の瞬間、少女はその場にくずおれた。
そして、ふらりと歩き出すエクス。
気を失ったヴィクトリアと、遠ざかるエクスの間で、どうしていいかわからなくなる俺。
あまりに一瞬の出来事だった。


そして、今。
ここは、ラスの家。
毛布を巻きつけた家主に、事の次第を伝えに来ている。

「シノアが取り憑いたぁ? エクスに?」
「そういうこと。”蜜色の小鳥”のあの部屋に立てこもって、出て来やしねぇ。『おじさまに会いたい』の一点張りだ」
「……マジかよ……」

マジだよ。
シノアは、ランドルフ爺さんを待ってる。
…………外側はエクスだけどな。
 
気晴らしに
A.カレン [ 2003/11/10 23:30:52 ]
 遺跡から帰ってきて数日後、手紙が届いた。
差出人はアッシュ。
いろんなことを書き連ねてあったが、要は「帰って来い」ということらしい。

――しつこい。

戻るつもりがねぇから、返事も書かないけど。
せっかく気分よくオランに帰ってきたってのに、水を差された気分だ。(舌打ち)


何か、ヤツのことを考えずに済むようなことはないかと考えていた矢先、神殿から仕事が入った。
廃神殿の掃除だそうだ。
オランから半日ほどのところにある村の外れ。
何年か前に、村の中に新しく神殿が建てられたので、そのまま放置されているその建物に、どうやら妖魔が住み着いたらしい。
村の備蓄を荒すので、退治しろということだ。

――いいように使われている。

いつもなら、そう考えてうんざりするところだ。
が、今回はむしろありがたい。
ちょっとした気分転換になる。


ああ、そうだ。
どうせ行くなら、ラスとファントー。あいつらも一緒に行ってもらおう。
ファントーの魔法にも興味がある。師匠のラスから、どのくらい学んでいるのか、とか。
ま、小さい妖魔程度なら、遅れは取らないが、万が一ということもあるな。
俺の魔法では心もとない。
セシーリカも誘ってみるか。
料理の腕が上がったっていうから、弁当を作ってもらえるかもしれないし、野郎ばかりじゃ、ラスが不満を表すだろう。


…ただ、まぁ……ただ働きみたいなもんなんだけどな。
 
心にかかる諸々
A.カレン [ 2003/12/04 1:10:58 ]
 神殿というところは、動きにくい場所だ。
あの建物の中に、司祭から信者まで、ひどくたくさんの人が集まっている。
半数以上は顔見知り。
しかし、その中で、懇意にしている人物は極端に少ない。
仕事をサボリがちで、ウケがよくないから、それも仕方のないことだ。
だから、神殿内の人物を神殿内で調べるというのは…やりづらい。

そんな理由もあって、ラスを頼った。
俺たちの仕事の報酬をピンハネした神官の身辺調査を。
ま、あの仕事に関しては、問題にしない。他に目的があって、安いのを承知で引き受けたんだから。
しかし、これが外部にまで及んでは困る。信用問題だ。
冒険者同士の横の繋がりと、噂の流れの早さはバカにできない。

その日の夜、調査を終えたらしいラスから報告書をもらった。
糾弾するにじゅうぶんな内容だった。
…そうするかどうかは、カールさんと相談して決めるけれど…。
どうだろう。
彼、温厚そうに見えて熱いからな。即刻叩くかもしれないな。


神殿内の気苦労と同時に、プライベートで少々心配なこともある。
相棒の身体は、やはりまだ完璧ではないようだ。
鼻声を指摘すれば、外が寒かったからと答え、咳を気にすれば、ワインにむせただけと言う。
けれど、風邪をひいていることぐらいわかるし、3ヶ月前の胸の傷が痛むのもわかった。
もう少し、せめて年が明けるまでは休ませておくべきだったか…。

でもな……意地張ってるラスには、何言ってもムダだしな。
今のところは、好きなようにさせておくさ。
こじらせたら、罰として飯作りに行ってやるけどね。
 
アイリーンの視線
A.カレン [ 2004/05/31 1:58:40 ]
 「ラスさん、いつまで小さいままでいるですか?」

そう訊いてきたのは、昨日の昼間、神殿前広場で偶然(なのか?)小さなラスを見つけ、成り行きで元の体に戻るまでの間、家事をしてくれることになったアイリーン。

「解毒の魔法をかけてもらえるのは、7日後だ。元に戻るのは、その後。
……そろそろ起こしてくるかな」

アイリーンが料理を並べているので、未だ寝とぼけているラスを起こすことにする。小さくなっても、いつもの生活習慣は変わらないらしい。ちなみに、今は昼飯時だ。


ラスが起きてきたのは半刻後。
だぶだぶの寝巻き(いつものラスの服)を着て、目をこすりながら。
テーブルについても、欠伸が出ている。
拙い手つきで食事をとり、たまにこぼしてみたりする。

アイリーンは、その様子に目を細め、言った。

「本当に、元に戻しちゃうですか?」

え?

「もったいないかも、ですね?」

「……元に戻ってくれないと困るから……」


ラスの隠し子という誤解は(一応)取り除いたものの、今度はなにやら不穏な発言をし始めたアイリーンに、ちょっとコワさを感じた。
 
娼婦と薬師の顛末
A.カレン [ 2004/06/20 23:44:30 ]
 ようやく――
ラスは元の大きさに戻ってきたようだ。
もともとそれほどがっちりした体格ではないから華奢なままだが、それでもか細過ぎるほどではなくなった。
だが、小さかった期間が長過ぎたのか、力の加減ができなくなっているようだ。よく物を壊す。

「だってよぉ。この引き出し、力一杯引かなきゃ開かなかったんだぜ。だから…」

とは、大きくなったラスが上目遣いに呟く弁明だ。
…似合わない。
子供の姿ならいざしらず、ほぼ大人の姿で上目遣いで拗ねた口調というのは気持ちが悪い。


それにしても、この2周間程、ラスの成長(?)を見てきたわけだが、ラスの性格だと子供だろうと大人だろうと、あまり違和感がない。
コ生意気なガキだったり、反抗期の少年だったり。
中身が40をとうに過ぎた男とは思えない。

ま、なんにしても、もう外に出ても、それほど問題はないだろう。


「ところで、報告なんだけど」
「なに?」
「オマエに薬を盛った女のコトだが……逃げたそうだぞ。5日ほど前に」
「女将やギルドは、なんか言ってるか?」
「ギルドはどうだか知らんが、女将が言うにはだな……おそらく件の女は客を一人連れて行ったんじゃないか、と」
「…………?」
「その夜、その女を買ったのは、金髪で細身のヤツだったらしいよ」
「……げぇ…もしかして……」
「オマエじゃなくてよかったよ。さらわれたヤツは気の毒だがな」
「………薬師のほうは?」
「現在拘留中」
「ふん。やっぱオランのギルドは優秀だねぇ」
「いや、衛視局のほうに。器物破損と傷害の疑いで」
「……………」
 
動き出す日常
A.カレン [ 2004/11/01 1:20:15 ]
 2週間ほど前に、シタールがオランの街に帰って来たのを契機に、俺もラスの家に引っ越した。
といっても、運び込む物などほとんどない身軽さなので、普段の調子であがり込んでそのまま居ついているようなものだ。増えたものといえば、衣類数着と小剣が一本と鳥が1羽。
鳥獣が増えた。

引越し終了とほぼ同時に、新しいネタのこともちらりと聞いた。
「お前も俺も頭数に入ってるみたいだ」とラスは言った。
今はまだ下調べ段階だそうで、出発はまだまだ先のようだ。
が、行くとなればまた休暇をとることになる。今のうちに神殿の仕事を、目一杯やっておかなくちゃならないな。

そんなことを考えていた矢先、港湾地区のはずれ、倉庫街から商家の立ち並ぶ区域の境目あたりで、事件に出くわした。強盗傷害、らしい。
まったくの偶然だったのだが、居合わせてしまったので、足止めされて調書をとられた。事件担当者の中にはワーレンの姿があった。
何を考えたのか、用が済んでもヤツは俺を解放してくれない。のらりくらりとしながら、現場の片隅に留め、結局検証が終わるまで俺は待った。

衛視のワーレンとしては、ギルドが関わっているかが気になったのだろう。実際関わっていることは、俺はわかった。公然と言えないだけで。
この頃は、妙に事件が多い。その調査に忙殺された上に、そんな衛視の気苦労など顧みることはないギルド側が活発になると、困ることこの上ないということらしい。
そこで、偶然捕まえた俺に「なんとかならねぇの?」と言いたかったらしい。
俺に言われても、大きな組織の極一部の更に下っ端に過ぎない構成員には、たいした事はできないのだが…。
ま、ちょっとしたツナギくらいはやってもいい。
面倒なことにならない程度に。

なんたってなぁ…ヤツの心意気は買ってるからなぁ…。
 
美味しいと感じることは
A.カレン [ 2004/11/19 0:00:32 ]
 食事に関心がなくなったのは15年ほど前、シェイドと共にドレックノールに行った頃だろう。……たぶん。
やっかみやらおもしろ半分で同僚達に小突き回されて、半べそかきながらシェイドの元へ戻ると、必ず酒を手渡される。
シェイドは、盗賊の技を教えてくれた師ではあるが、決して優しい保護者ではなかった。なかなかドレックノールのギルドに馴染まない俺に手を焼き、持て余して突き放す。

「嫌なことは、酒飲んで忘れろ」

ガキの扱い方を知らない人の、考え得る慰め方が、これだったようだ。
結果、食事は腹が満たされればいいもの。酒は嫌なことを忘れる手段。味はどうでもいいという感覚になってしまった。


そして現在。
最低の感覚に成り下がったこの味覚を取り戻そうと躍起になる自分がいる。
何がきっかけだっただろう。
……いろいろあるけれども。

例えば、キアにもらった弁当。
女性に手作り弁当を貰うなど初めてだった所為もあろうが、奇妙に胸が高鳴るというか、浮き立つというか……。中途半端に伸びた髪をひっつめた様も愛らしく見えたものだ。
……草原妖精なんだけど。

例えば、ラスとシタールの食に関する議論。
この友人2人はこだわりの食通だ。スープの味ひとつにしても議論のネタになる。しかも互いに怒鳴りあうほどの真剣さ。
しかし、実際に作って食べてみれば、美味いという理由だけで、それまで険悪とすら見えた雰囲気もきれいに吹き飛ばす。

例えば、リアンさんの手料理。
リアンさんは、ラーダ神官グレアム氏の奥方だ。
彼が頬を染めて照れながらも自慢するリアンさんの料理を3人で食べた。その一品一品に「美味しいですよぉ」「コクのあるいい味ですぅ」とグレアム氏が言えば、「今度はどれそれを使って、なにがしを作りますね」とリアンさんが意気込みを表す。
平和で楽しげな家庭というものを垣間見た。

例えば、ファントーの野菜スープ。
ラスがいなかったからだろうか、俺が熱を出して寝こんだ時に作ってくれた。食欲はなかったものの、「早くよくなって」という言葉と一緒に出されたスープは、シンプルだったせいか食べることができた。


美味しいと感じることは、きっと大切なことなのだ。
人と人との関係を円滑にするような、わだかまりを一瞬で消し去るような、そんな作用があるのだろう。
しかし、味覚に鈍感な俺には、その作用が今ひとつ弱いようだ。皆と食事をしていても、ひとり浮世ばなれしているような、地に足が付いていないような感じだ。
とりあえず、この現状を何とかしたいという理由で、ラスに料理を教えてもらっているのだが……。
現実を理想に近づけるのは、なかなか難しいようで……。

今夜も相棒は眉間に深い皺を寄せている。
 
探索の報酬
カレン [ 2005/04/02 1:47:09 ]
 「あら、カレン。いらっしゃい」

いつものように、クールな面の中に暖かな微笑を浮かべてライカが出迎えてくれた。

「シタールなら、まだ寝てるわよ。起こしてくる?」
「いや、いいよ。今回の収支の連絡だから。君に伝えられればいい」

”片牙”の財宝の探索から帰って、数日たっている。
いちばんの目的である船上刀は持ち主の友人である森妖精に渡してしまったが、財宝は手に入った。それがさばけたのだ。

「今回は大変だったって聞いたわよ」
「そうだな。今までで、最大の危機だったかもしれないよ」
「本当にね」
「仲間の魔法を食らうなんて、金輪際ごめんだね」

「戦乙女じゃなくてよかったわね」と、ライカが苦笑する。
まったくその通りだった。最初に”戦乙女の槍”が飛んでいたなら、俺はきっとここにいないし、それを放った本人は、きっと自分を責めていただろう。
そうならなくてよかったと、今、安堵している。

「まぁ、貴重な体験だったよ。まさに命がけの」
「その割りには、いい旅だったみたい。そんな顔をしてるわ」
「ま、ね。財宝以外に、得たものがあると思うよ。銀貨に換えられないものが」
「あら、どんな?」
「……いろいろ」
「ちょっと…。あなたったら、いつもそうやってもったいぶるんだから」

もったいぶってるんじゃなくて、適当な言葉が見つからないだけだ。
ギグスとライニッツ、スピカとレイシアは、お互いに相棒と呼ぶ者同士。
シタールとレイシアには、何か深い因縁がある。
この仲間達の間で、様々な再認識、葛藤、新たな関係の構築があっただろう。
それを説明するには、俺の言葉はあまりにも少な過ぎ、冷静さを重視したあの時の視点は、仲間達の気持ちから遠すぎる。
今になって改めて、近しく交わることの大切さを痛感するのだ。
そして、こう考えるに至る。
身近にかけがえのない人間がいる者は幸いだ。
優しさも強さも、きっとその人が教えてくれる、と。
 
友人のココロ
カレン [ 2005/04/09 2:35:36 ]
 何故、こんなことになっているのかわからない。
確かに、木造の冒険者の店や冒険の打ち上げなんかで一緒に食事したり飲んだりしたことはある。一時期、同居した頃もあるから、何度となく愚痴や不満を聞いたことだってある。
けれど、今夜はいったいどうしたっていうんだろう……。

午後から俺は、魔術師の知人を頼り、三角塔の図書館にいた。
そこに分厚い魔道書を持ったライカがいた。

「珍しいところで会うわね。どうしたの?」
「ちょっと調べ物をね。ラスの調子がイマイチだから、精霊に関した本でもないかと思ってね」
「…そのテの本もたくさんあるでしょうけど、それでラスの体調がよくなるのかしら…」
「さぁ、わかんない。…つーか、本の内容がよくわからん」

そんなことを話しているうちに、話題はいつの間にか「ラスのこと」から「例の島のこと」へ、そして「シタールのこと」へ。
ライカがシタールへの不満をもらすのは珍しいことじゃない。
だから、最初は笑って聞いていた。
しかし、次第にいつもと違うことに気付いた。
そこは、人気はあるけれど、静まり返った図書館。そこで話すような話題ではないようだったので、外に出ることにした。

日の光のもとに出てみてわかったのは、ライカの表情も顔色も冴えないということだった。
もともと色白だし、ころころと表情が変わる方じゃないけれど、これほど沈んだ、というか内に篭ったような顔を見るのは初めてだった。
「シタールと何かあったのか」と訊いても、「なんだか腹が立つ」と言うだけで、理由もなにも聞き出せなかった。

多少でも気分が浮き立つのであればと、公園や市場、洋服や宝飾、貴重な書物などを売っている店など、いろいろと歩き回ってみたが、公園では吟遊詩人を見て溜め息をつくばかり、洋服や宝石などには興味を示さず、市場では人の多さに疲れを見せ始めた。重量のある本を買ってはいたが…。

そろそろ日が暮れるという頃になっても、ライカは家に帰るとは言わなかった。
その理由を問うと、途端に口が重くなる。
いつもより溝が深い――
そう察しがついたので、今日はとことん付き合うしかないだろうと覚悟を決め、ちょっと高級な店で食事をすることにした。
そして今に至る。

ライカの中では、いろんな感情が渦巻いている。
酒が入った所為なのかどうか、ひどく饒舌だ。
ようやく理由もわかった。
それにしても……そうか…レイシアが関係してるのか……。
返答に困る展開じゃないか…。
俺がライカに言えることといったら、そうだな……。

「ライカにはなんの非もないし、逃げる必要もないじゃない。
それよりさ、引く引かない以前に、キミのその気持ち、シタールに伝えてあるのかな?」
 
小旅行〜カゾフへ〜
カレン [ 2005/04/16 2:52:42 ]
 その日、クレフェの機嫌はあまりよくないようだった。
物腰は落ちついているし、相変わらずの”いい女”っぷりだったが、完璧なまでの穏やかな笑顔に一種異様な雰囲気を感じた。

用件だけ話して退散しよう――

彼女への用件というのは、匿っているはずのライカの様子を聞くこと。
聞けば、ライカはクレフェのところにはいないという。クレフェが懇意にしている魔術師、クレアのところだそうだ。そこで、ラスが言うところの”厄介事”の調査を手伝っているとか。
調査の間は、表面上は落ちついていたという。
しかし、それももう終りに近付き、することがなくなれば当然頭をもたげてくるのはシタールのことだろうから、クレフェはそれを案じているようだった。

「じゃぁ、伝えておいてくれよ。
俺、神殿の用向きでカゾフに行くから、気晴らしにでもなんにでもなるんだったら、一緒に行かないかって。10日もかからないで戻って来れると思うけど、その間にいろいろt」
「とっても素敵な提案だわ。是非、連れていってちょうだいっ」
「は? ……いや、ちゃんとライカに確にn」
「とにかくっ。今の彼女に必要なのは自分の気持ちを見つめなおす時間よ。…そうよ…」
「……………はい……」

何があったんだ、この人に……。
とりあえず、語気が荒いというか、えらい気迫だった。


そんなこんなで、今は船上。
ハザードの河口を一気に下っている。
次第に潮の香りが強くなる。髪が少しべたつく。

実を言うと、俺にとってライカは、置き所に困る人物だ。
「惚れてるのか?」と問われれば、即座に「違う」と言い切れない気持ちもある。反面、シタールから奪ってまで手に入れようと思えるかといえば、そうでもない。
どうにも、その辺の境界線が曖昧になってしまう。
それなりに親近感はあるし、今度の一件ではシタールに対して多少の怒りを抱いたし、相談にも乗るし愚痴だって聞く……。
だから、友人の範疇ではあると思ってるんだが…。

「カレン、私、船室に戻るわ。少し寒くなってきたから」

甲板から姿を消すライカを見送る。
……………………
…………

………この状況でときめかないんだから、多分友人なんだろうな……。
 
一人で大丈夫
カレン [ 2005/04/26 20:33:13 ]
 ようやく仕事を終えて、オランの街に戻ってきた。
カゾフでは、ほとんどを仕事に時間を裂かれ、のんびりできたのは最後の一日のみ。

「意外と大変なのね。神殿の用向きなんて言ってても、半分は観光みたいなものだと思ってたわ。あなたったらずっと仕事の顔で…」
「足代も宿代も経費で落とす手前、そんなことも言ってられないんだよ。神殿は大切な信者さんたちからのお布施で成り立ってますから」

夜、宿に帰れば、茶を飲みながらこんなふうに、ちょっと堅めの話をしていた。
まるで学院の優等生のような受け答えで、まるきり冒険者には見えないと笑われた。

ライカの表情は、出発の時よりもほぐれていたようだ。
見ている限り、だが、考え込んだり口篭もったりというようなこともなかった。
向こうから言い出さない限り、シタールの話題を故意に避けるようにしていたからかもしれない。
もっとも、一人でいる間のことはわからないが……。

オランの港で船を降りた時には、何かを秘めているような感じだった。
感情を押し殺しているのではない。強い意思を抱いているような顔だった。
「送っていこうか?」という俺の言葉に、きっぱりと「一人で大丈夫」と答えた。

別れぎわのライカの表情と言葉。
そこからは、「安心」という気持ちが沸いてこなかった。
微妙な胸騒ぎ。それが残った。
 
カレン [ 2005/05/01 11:38:13 ]
 どうやら、失敗してしまったらしい。
キアがワインを持って来た昼頃。あの後から、ラスは「寝る」と言って部屋に入ったきり出て来ない。
探りも入れられないので、手も足も出せなくなってしまった。
ひとり考えるしかない。

俺がカゾフから帰ってから(正確にはその前からだが)こっち、ラスは家を空けることが多かった。
調子がよさそうでもないのに。
理由は、俺が”形見屋”に話したことが筒抜けになった、ことらしい。
確かに「心配だ」と、”形見屋”には言った。
あまり深刻に話したつもりはなかったが……。
”形見屋”が、それをどう受けとって、ラスにどう言ったのかは知らない。
けれど、そう言えば、と思い当たるフシがある。
”形見屋”は、その仕事柄、オランの街にいる期間が少ない。シタールやリック、ロビンのように、頻繁に顔を合わせることがない。だからこそ、だんだろうな。
会うたびにラスのことを話していれば、それがどんなに軽い話題であっても、積み重なって「年がら年中、相棒の心配をしているヤツ」、そう印象付けられてもしかたがなくなってしまうんだろう。
”形見屋”は、特に今回に限って何かを感取ったわけではない…んだろう…と思う。

おおもとの原因は、自分だ。

ラスが俺に対して光霊を使ったことを、あまり重大事とは捉えていなかった。
狂った精霊に影響されれば、そういうこともあるんだろうな、という程度でしかなかった。
だから、俺は、アイツの言葉をそのまま信じた。

「もしまた同じような状況になっても、二度と引きずられねぇから」

この言葉の裏に、どんな思いが込められていたのか深く考えなかった。
「強い相棒」という認識のもとに、本来のアイツの性格を覆い隠してしまったのかもしれない。
長年行動を共にした相棒にさえ弱さを見せようとしない見栄っ張り。
これが本質だ。

「殺されるならおまえがいい」

これは、アイツの精一杯の甘えであったはず。
俺は、これを……はねつけてしまった。
いちばんそばにいて欲しい者が、突然いなくなってしまう。俺は、それが怖かった。ましてや、自分の手にかけろという要求になど、応えられるはずもない。
二度と体験したくない恐怖心に、頭の心が凍りつく思いだった。
話を逸らすのがやっとで……アイツの恐れていることを、思考の外に追いやった。
そこから、俺は、一歩もアイツに歩み寄っていない。
もっと……近くで考えるべきだった。
深い傷を負ったのは、ラスだったはずなのに……。


真夜中を過ぎても、寝つけなかった。
キアの持ってきたワインが残っているのを思い出す。
飲もうか、とも思ったが……やめた。
あれを飲むのは、今じゃないほうがいい。
……もっと楽しい気分の時にでも……それがいい…。
 
暗闇に目を凝らしても
カレン [ 2005/05/07 1:15:11 ]
 眠れない。

「助けてほしい、どうにかしてほしい、どうにもできないならいっそ…」
「甘えなんだよ…」
「殺されるならおまえがいいと…」

ラスは帰って来ない。

「お互いに引きずられるような…」
「ホントは、みんなに怒ってほしかったん?」
「まず相手の事を認めて…」
「愚痴でも言いたくなったら…」
「だから大丈夫ってのがどうしても…」
「弱くちゃいけないんですか?」

声がまわる。

「弱くちゃいけないん…」
「弱みを見せるな。つけこまれる…」

……あぁ……。

「ここには、あの甘ったるい神官殿はいない。てめぇでなんとかしろよ」
「…………」(無理だよ…)
「自分を守れるのは自分だけだ。早く覚えろ」
「……わかった……」(僕にはできないよ…)

余計なことまで思い出す。

…眠れない。

……まとまらない。



伝えなくちゃ……。



「ラスさん自身に聞かなければ……」



………………………何を?
 
酒宴
カレン [ 2005/05/10 1:21:09 ]
 テーブルには大量のワインが並んでいた。
台所に立っているのは、何故かシタール。
ギグスとライニッツのコンビにフォスターが加わり、”片牙”の財宝の話題で盛り上がっている。
少し離れたところにはルギー。「俺は何故こんなところに」なんて呟いていたが、シタールが加わって”片牙”の歌の話題になる頃には、すっかり輪の中に収まっていた。

俺は、この日、シタールとライカが別れたと、初めて聞いた。
それと関連して、レイシアの様子や、スピカがいなくなったことや…。

スピカがいなくなったことで、レイシアはひどく落ちこんだという。
追いかけようにも、気付いた時には既に彼女の姿は街の中にはなく、行方の見当がつかないらしい。
女達が慰めて(?)、少しは落ちついたみたいだが…。

スピカの出奔に関しては、あまり責める気にはなれない。
状況は違えど、自分が同じことをしようと考えたことがあったから。
俺がいるから、ラスは自分の家に戻れないのじゃないかと思って。
しかし、どんな心理が働こうと理由を挙げようと、客観的に見ればそれは”逃げ”でしかない。
だいいち、相手に伝えたいことがあった時にここにいなかったら、得られるはずの機会も逃してしまう。
そう考え直し、言い聞かせ、留まりつづけている。

状況は一向に好転せず、寝不足ばかりが積み重なってはいるが…。


シタールの歌が始まって、ルギーも歌い始めて、宴もたけなわな頃、俺はそれを子守唄代わりに眠りに落ちた。
 
意地も垣根も取り去れば
カレン [ 2005/05/15 23:25:55 ]
 今さら改めて言うことでもないが、ラスは意地っ張りのうえに見栄っ張りだ。

以前、ラスは薬を飲まされて、身体が子供になってしまったことがある。
その時に可笑しかったのが、外見が子供でも、やることなすこと言動ひとつひとつに至るまで、まったく違和感を感じなかったことだ。

神殿前の広場で、よく両親と子供の様子を眺めることがある。
小さな子供は、両親もしくは上の兄弟のやることを真似したがる。同じことをしたいけれど、まだ発展途上の子供は不器用で、同じようにはできない。
でも、やりたい。
できない。
意地になる。
親が「もうやめなさい」と言っても聞く耳持たず、上の兄弟がお手本を見せようとしても目を背け、最後には、自分でやり遂げるまで頑として其処を動こうとしなくなる。

ラスには、こんな子供と同じような一面がある。
普段のラスの意地の張り方は、このようなものだ。外見が子供になった時に、何の違和感もなかったことも頷ける。
決定的に違うところといえば、本当の子供の意地は、そう長くは続かなくて、両親に泣きついて終わるが、ラスは変に大人でプライドが高い分、貫き通してしまうところだろう。

随分前から、俺はこのラスの意地というのを、ほとんどの場合、見て見ぬ態度で容認してきた。或いは、一言だけ釘を刺すに留めてきた。

しかし、今回の件は、どうやら自分一人だけではどうにもならないと最初から自覚があったようで、必死で助けを求めて、それが得られず、追い詰められて体調もおもわしくない、ということになったらしい。
ラスを追い詰めた原因が、俺にあったのは大変な衝撃で、何日も何日も悩んだ。悩んで考えて、出した結論は――。

第一に、胸のうちに溜め込んだことを、まずは吐き出させること。
第二に、その上で、助ける意思があると伝えること。

多少意地の悪い質問や疑問をぶつけたし、ラスの性格では無理な提案もしたけれども、結果は一応よかったようだ。
…二度とは使えないテだろうから、今後はより一層注意の目を向けなければいけないんだろうな…。
心の内に容易に踏み入らせない人物の情感をひとつも見逃さないことは、困難であることこの上ないけれども、それを許されたのならば喜ばしいことだ。
ラスは意地っ張りで、見栄っ張り。それでも、そうじゃない顔も、ほんの少し覗かせることもあるから。



昔、まだ両親と暮らしていた頃、家族の手はとても暖かくて安心できるものだった。愛情がたくさん詰まった手の中に帰って、眠って、力を貰っていた。
人に力を与える方法、混迷の道から救い出す方法を、ずっと前に教えられている。
今度はそれを、甘え下手の相棒にも伝えよう。
……たぶん、長い時間をかけて。
 
本日のスープ
カレン [ 2005/05/18 23:16:38 ]
 ユーニスの作った野菜スープ。
コクがあって、野菜の甘さが食欲をそそる、美味しいものだった。
出汁に蛇を使ったということで、ラスには食べられなかったようだが。食べられないどころか……厠に走って行ってしまった。
ユーニスは、そんなラスを見て、すっかり涙目になっていた。
俺も、蛇を薬と認識しているとは思っていなかったので、かなり吃驚したのだが、一緒になって慌てると、ユーニスはますますうろたえてしまいそうで、必要以上に冷静になってしまった。


その後は、ラスをユーニスに任せ、神殿から持ち帰った書類整理にかかった。
ときたま、隣のラスの部屋から二人の話し声がぼそぼそと聞こえた。
やがて、その声が途切れ、人の動く気配。
しばらくして、ユーニスが茶を淹れて持って来てくれた。
なんとなく申し訳なさそうに、ちんまりと。

「眠ったかい?」
「はい。…なかなか寝付けないようでしたけど…。半刻以上も寝返りばかりで。大丈夫だって言ってましたけど、やっぱり苦しかったんですね。ごめんなさい」

しょんぼりと声を落とす。
…それもあるだろうけれど、もともとラスは寝付きが悪い。
それでも、気の置けない人物がそばにいると、案外早く眠ってしまうのだ。半刻というのは、比較的早いほうだと思う。
そういうことを話してやると、彼女は安堵の笑顔を見せた。

ユーニスは他人のことで一喜一憂する。人の感情に自分の感情を添わせるように。
誰かのために喜んだり、怒ったり、泣いたり笑ったり。惜しげなく。年齢を重ねると、なかなかできなくなるものなのに。
彼女の率直な言葉は痛かった。けれど、放った本人も、きっと痛かったと思う。
そして、今日の俺とラスの何気ない会話に、ほんとうに嬉しそうな顔をした。
…優しい人なんだな。なんだか…申し訳ないくらいだ。

「ありがとう、ユーニス。今回は、本当に助かったよ」

照れ笑いを残して、ユーニスは帰っていった。


夜も深まった頃、ラスが起きてきた。
毛布をまといつけ、床に座って本を読んでいる、その様子がひどく心細げに見えた。蛇の余韻がまだ残っているのか、子供の頃の経験を思い出しているのか…。
ひどい傷を負ったものだ。
詮無いことだとわかっていても、ラスの言う「森の薬草師」に対して腹立たしさを禁じえない。
どんな理由があって、毒にも等しい薬を子供に与えたのか。まったく理解しがたいことだ。
…………もっとも、理解しようとも思わないが。

寝酒のワインを飲んでも、ラスの様子はいまひとつ。
今夜は、ラスの部屋のソファで寝ることにしよう。
明日の朝には、いつものアイツに戻っているかもしれない。
 
ご説明申し上げます
カレン [ 2005/06/12 21:07:49 ]
 ある日の午後。
微妙に困り顔の同僚から一枚の羊皮紙を見せられた。
結婚の儀の申し込みであるという。
見ると、そこには知った名前が並んでいた。
ラス。そして、ユーニス・クインシー。
事情を聞けば、書類不備で受理されなかったという。
申し込んできたのは、新婦であるユーニスの縁者で、花嫁の身許も素性もはっきりしているが、新郎のほうは冒険者であるらしいのだが、名前からして一切がはっきりしないという。新郎新婦を伴って来たわけでもないという。
普通、神殿はこういうものは受理しない。
婚礼のために神殿、というか儀式を取り仕切る司祭の予定を空けなければならないから、不首尾の書類で曖昧なままでは後々問題が起きないとも限らないからだ。
同僚は、明日、申込者の家を訪れて、新郎の詳細を聞いて書類を完成させなければならないという。

新郎の名前は、ラストールド・カーソン。冒険者。48歳の半妖精。十六夜小路に一軒家を構えている――。

新郎を知っているかもしれない、ということは明かさなかった。
ラスというのが、自分の知っているラスなのかどうか疑問だった。
一緒に住んでいるのに、アイツの口から「結婚する」なんて聞いてないからだ。
俺は、半ば奪うようにしてその書類を受け取り、仕事を引き継いだ。

結果。
なんてことはない。
ユーニスの師匠の早合点であるという。
しかし、その早合点の裏には、俺達のユーニスに対する配慮の欠如があった。
ユーニスの師匠は、ラスのお盛ん振りにおかんむりだったり、ユーニスを不憫に思ったりで、本人達からの説明を受け入れそうにないようだった。

そこで、第3者でありながら、事情を知り得て尚且つ事態の責任の一端を握っているだろう自分が話をつけることになった。

ユーニスの帰りが遅くなったのは、ラスの看病を頼んだから。
その間、自分も同じ家の中にいて、二人はなんの間違いも起こしていない。
勿論、それ以前にも同様である。
そして、今のところ、ラスにもユーニスにもお互い結婚の意志はない。
むしろ、ラスはユーニス同様、結婚の話を聞いて驚いている。

というようなことを説明した。(最後の部分に、事実とのズレがあるかもしれないが)
師匠という方は、そうかと言って少し肩を落とした。
ああ、この人は、本当にユーニスのことを案じている。そう思った。
早合点であるにしろ、少々強引なやり方であったにしろ、それは全てユーニスの為。
即座に結婚まで持っていったのは、人を信じることに躊躇いがないから、なのかもしれない。ユーニスの信じたものを彼は信じ、後押しをするのだろう。

まぁ、今回は破談になったわけだけれども……。
彼の表情を見る限り、ラスに怒りを抱いていたとしても、残念なことには変わりはないのかもしれない。
こんな時の声のかけ方など、俺にはわからない。
……が……。


今回のことは、自分たちがお弟子さんに全面的に甘えてしまった結果でありまして、その点で誤解が生じたわけですから、本当に申し訳なかったと思います。
それと……ユーニスは…彼女に本当に必要な人を自分で見つけると思いますよ。
心に決めた人が出来たら、真っ先に知らせるでしょうから、見守っててあげて下さい。


結婚の儀の申込書は破棄され、一応納得してもらったはずだけれど、帰りぎわは少し元気がなかったし、腰も悪いらしいし、落ちこまなければいいなと心配になった。今度、ユーニスに会ったらその後の様子を聞いておこう。
 
仕事と息抜き、その明暗
カレン [ 2005/09/14 23:24:52 ]
 ノルド村への途上。
温泉と美味いエールに期待を寄せて、同行者二名(ラスとファントー)は実に楽しげだ。
もっとも、ファントーは酒を飲まないようだが。都会から離れて、のんびりした村の空気が楽しみ、といったところか。
ラスは雑事から遠ざかることが嬉しそうだ。

俺はといえば……。
実を言うと、気が重い。
司祭代理ってのが、形式だけということはわかってる。わかってはいるが……。


「代理……ですか…」
「ええ。……どうか?」
「いえ、そのテのことを頼まれると思ってなかったので」
「今回は、内偵がらみの仕事ではありませんよ。純粋に神殿内の仕事を任せるだけです」
「……わかりました……」


歯切れの悪いやり取りの後、カールさんは言った。

「村の人達とのコミュニケーションを第一に考えてくれれば、何事もうまくいきますよ。頑張ってきてください」

……ぶっちゃけて言うと、なんらかの密命を帯びているほうが落ち着く。
盗賊ギルド抜き、あくまでチャ・ザ神団の一員として、荒事一切なしの仕事だというのに、どうしてこんなに緊張しているんだろう。
おかしい…。
神殿の仕事には慣れたんじゃなかったのか。
…カールさん。
何故、この仕事を俺に任せようと思ったんだ。

なんて…考え込んでいるそばで、能天気にラスは言う。

「まずは温泉だな。星を見ながらゆっくりする。んで、汗を流した後にエールを流し込む。いや、湯につかりながらってのもいいな。っかーー、さいこー♪」

ノルド村では、俺は神殿関係者としての名前が先に広がるはず。
一般人の物見遊山で訪れたかったなぁと、うらめしい気持ちになった。
 
司祭代行、羽目をはずす
カレン [ 2005/09/20 22:50:40 ]
 「いい飲みっぷりだね、司祭様のお友達は」

村人の一人が、笑顔でそう言った。
ラスのことだ。
ノルド村に来てからというもの、ヤツの羽の伸ばしっぷりは、ここ近年見られなかったものだ。
もともと岩妖精並みに酒が強い。
村人達とすぐにうちとけ、馴染み、明るい表情と軽快な口調。
どうやら、それは、演技や無意識に被った仮面ではないようだ。
田舎での生活を、呆れるほど満喫している。

「もともと、ノルド村のエールが目的でついて来たんですけど、それ以上に、皆さんとこの村が気に入ったんでしょう。気持ちよく飲めるから、すすむんだと思いますよ」

俺はそう答えた。
村人は、俺の肩をばしばし叩いて、照れ隠しのように笑ったが、これは世辞でもなんでもない。
ラスを見た印象そのままだ。

「司祭様も、ずっと閉じこもってないで、一緒にやりましょうや。ねぇ?」

別に、好きで閉じこもっているわけじゃない。
前の司祭から仕事の引継ぎをして、村の主立った人たちに挨拶をして、その後は、神殿を訪ねてくる村人の応対、礼拝、あまり多くはないが書類書きに、掃除。治せはしないけれど、お年寄りの病気見舞いをしたり、合間に経典を読んだり。
確かに、街にいる時よりのんびりしているけれど、そんなことをしていると、いつの間にか日が暮れている。
気疲れしているのか、夜になるとすぐに寝てしまいたくなる。
それに、あまり酒は強くないのだ。
相棒と同じように飲まされては敵わない。
そう思って、「もう少し落ち着いてから」とやんわりと断っていた。
しかし、今日でもう三度目の誘いだ。
さすがに断るのは気が引ける……かもしれない。

「…そうですね。ちょっと落ち着いてきm……」
「よっしゃ! そうこなくっちゃな! 早速みんなに知らせなきゃ」

……お?(汗)

村人の顔が輝いた。
と、思ったら、大声でふれ回りながら去って行った。


その夜。
俺は神官服を脱いで、普段着のままラスとファントーのいる宿にいた。
宿の中は、村人でいっぱいだ。
俺とラスの目の前のテーブルは、カラのジョッキでいっぱい…。
やっぱり、飲まされるのだ。
いや、飲まされるというより、喉ごしのよさについつい飲んでしまうのだ。
冷静な自分が、頭上で酔っぱらった俺を見ている。
変に明るい自分が可笑しいかった。


次の日。
やや重い体を引きずって、温泉に行った。
だるくて仕事が手につかなかったのだ。
湯につかりながら、ファントーが言った。

「カレンー。昨夜のカレン、面白かったね。なんだか違う人みたいだったよー」

……違う人……。
その違う人とやらを、俺はほとんど覚えていない。
酒場の喧騒と意識の混濁で、何を喋ったのかもわからない。
司祭代行が、こんな羽目のはずし方をしていいのか…?

「そう……あれは別人なんだよ……」

その日から、本当に別人に接するように、村人達から恭しい態度が消え、呼称も「司祭様」から「カレンさん」へと変わった。
これでよかったんですか、カールさん。
 
ロビンに一言
カレン [ 2006/06/05 0:09:05 ]
 その日の夕方、俺はロビンの宿を訪ねた。

「ロビン、いい物を見せてやるよ。オマエ、こういうの好きそうだからさ。すっげー昔だけど、遺跡から持ってきたんだ」

興味を示して、俺が手に持った包みの中を除き見るロビン。
直後、微妙に表情を変える。
「見覚えがある」
そんな顔だった。
そして、顔を上げるロビン。
自然、目が合う。

「人の物を勝手に触って、しかも汚してんじゃねぇよ。ぶっコロスぞ」


俺としては上出来の最高の笑みで言い放ち、その場を辞した。


以前、リネッツァに対してやった仕打ちに比べれば、かなり穏便に済ませた。それでも……なのか、だからなのか、あまりスカッとはしなかった。
13年前のあの頃の苦い思いを、そのまま噛みしめるような、そんな気持ちだけが残ってしまった。
普段から理性で押し殺す感情が多いだけに、怒り任せの行動を起こすと、決まってこんな余韻に浸る。
後悔ではない。
ただ、自分の後ろから、冷静な自分自身の目が責めているような気がして、胸がちくちくと痛むだけだ。
数日後、それは消えてしまうだろう。

数日……。
2日後に、暗き墓所にもう一度挑むというのに、こんなものを抱えていなければならないのか。
……失敗だったかもしれない。
ポカをやらなきゃいいけれど……。
 
カレンさんの一言に
ロビン [ 2006/06/18 0:53:14 ]
 ええい、ファントーめ。円盤の汚れは犬のせいにしろと言ったのに、俺に罪をなすりつけたから許せん!
なぜかカレンさんに怒られるし。
きっとラスのヤツが「俺がどやすより、カレンに言わせたほうが堪えるに違いない」とでも考えて、優しいカレンさんに無理強いさせたに違いない。小癪なヤツ。
だが、それをラスに言ってはカレンさんの顔を潰すことになる。
男ロビン、カレンさんのためにここは耐えるぜ。
 
伝言
カレン [ 2006/08/18 20:58:59 ]
 あの日から何日が過ぎただろう。
彼は毎日のようにやって来る。
いないことはわかっているはずなのに、玄関先に佇んで、躊躇って、ため息ついて……。
トゥーシェがその気配を感じて、玄関に出て行って扉を開けろとねだって、はじめて気づいたり、買い物から帰ってきたファントーと鉢合わせしてみたり、あるいは、来ていることがわかっていながら居留守を使ってそのまま帰してしまったり。
こんなふうに、カノーティスとの交流(?)は、まったくもってぎこちなく行われている。

普通ならこんなことはないと言っていい。
貫き通そうと思えば、どんな嫌がらせだろうと思考を麻痺させるような取調べだろうと拷問にだろうと耐えてみせる。相手を諦めさせるまで。そういうふうに教え込まれて身に染み付いているはずだ。
それなのに、どうやら彼の前では、多少根負けした。
全く暴力的ではないアプローチには、どうやら弱かったようだ。

カノーティスのほうも、少しずつ手を変えてきているようで、俺と話をしたいなどと意外なことを言い出した。
話してなんになるのかと突っぱねることも出来たが……そのときの俺は、既にげんなりしていた。彼の顔を見た途端に、怒りを表す気力を奪われていた。
それで、訊いてみた。
何故、ラスを殺そうとしたのかと。
嫉妬が理由だと彼は答えた。子供の頃からみとめられた類稀な才能に、彼は嫉妬したのだと。
…ガキかよコノヤロ。
瞬時にそう思ったが、口には出さなかった。
出さなくてよかったと思う。
彼は認めていた。
その頃の自分が、ガキくさくもあり、偏見に凝り固まってもおり、ラスを対等に見る気もなく、それでいて無視すらできなかったことを。
その後、彼は変わったのだろう。
ライカという半妖精の娘をもうけ、ラスともう一度会って謝ろうというくらいには。
いや、これでは過小評価だろうか。エルフにとっては劇的な変化だろうから。

彼の語り口は淡々としていた。
だがそれは、大人の落ち着きとはなんとなく違うように感じた。
ずっと地面を見つめて話す姿など、俺より遥かに長い時間を生きたエルフとは思えない気持ちの揺らぎ、みたいなものを押し隠しているようにも見える。
それでも、ラスに会って謝罪するという決心だけは揺るぎないようだ。


「着替え、と差し入れ」
黒い銀貨亭のお世辞にも居心地がいいとはいえない部屋で、ラスは仏頂面をしていた。
この部屋の蒸し暑さもあるのだろうが、理由の大半は、あのカノーティスだろう。
「フランツに作ってもらったばかりだから、味は落ちてないはずだよ」
「この宿のメシは不味くて」と言いながら、ことさらありがたくもなさそうに、ラスはオープンサンドを口に運んだ。

あまり立ち入るのも本意じゃないし、仲介役になったと思われるのも嫌なので、用だけを済ませて、帰り際に伝言を伝えるだけにとどめた。

「『君の大事な人たちは、今も息災だ』ってさ」
 
結末がわからない相棒、経緯を知らない弟子
カレン [ 2006/09/30 0:43:00 ]
 好意に関して、自分がひどく鈍いことは自覚している。
だから、セシーリカが家出をして俺たちのところに来たことも、ユーニスとイゾルデが俺を遠ざけてセシーリカと話していたことも、明け方に出て行ってしまったことも、その理由には思い至らなかった。

いや、正確にはちょっと違う。
もしかしたら、とは思ってたんだ。
ラスが女の話をするたびに何度も蹴りを入れていた時点で。
ただ、ここ数日の行動と、これまでのことが繋がらなかっただけだ。

ちゃんとわかったのは、(経緯を全て知っているらしい)ユーニスが怒ってラスを問い詰めたときだ。
「好きだって言われた」
それまで歪んでぼやけていた絵が、かっちり焦点があったみたいに、全て納得した。
……実に遅い。
まぁ、最初から気づいたとしても、2人の問題と割り切って、何もしなかったとは思うが。
口出ししても、ラスのことだから自分のやりたいようにやるだろうし。

実際、彼女が部屋に忘れていった聖印と腕輪を返しに、ラスは何度かセシーリカのもとを尋ねて行ったそうだ。
その度に、やんわりと追い返されたらしい。
俺がやったことといえば、ラスの気持ちの後押しくらいか……。


で、その後の結果は………どういうことになるのかな。
不機嫌そうに帰ってきて、食事もとらないまま部屋に行ってしまったんだけど。

「ねー、カレン。ラス、どうしたのかな。何か面白くないことでもあったのかな」
「さぁ…」
「いつもとちょっと違うよね。普通だったら、『クソ、むかつくゼ、あのヤロー』とか言いながら帰ってくるもんね」
「今回は絶対に言わないだろうな」
「え? なんで?」
「……そのうちわかるよ。今は詮索しないでおこう」
「えー」

ファントーは、どうしても気になるらしく、ラスの部屋のほうを見つめ、そして訴えるように俺を見た。
詮索しないでおこうって言ってるのに……。

このままでは、いつまでたっても兎のシチューにありつけないので、少しでも話はできないかと、ラスの部屋の前に立った。

「ラス、ちょっといいか?」

……………。

「ラス?」

…………………………。
反応なし。
これはだめだ。
何かきっかけができるまで、待つしかないだろう。

「あぁ…と……。シチュー残しておくから、食べる気になったら出てこいよ」


何の成果もなく戻った俺に、ファントーはあからさまにがっかりして見せた。
まぁ、長年の相棒だといっても、口に出せないことなどいろいろあるさ。
こういう時は、気長に待つに限るよ。…うん。
 
新しい絆
カレン [ 2006/10/02 0:45:24 ]
 「ねー、カレン。2人だけにしちゃってよかったのかな」
「いんじゃね?」
「でも、風呂場ですごい音してたよ。止めないと怪我しちゃうんじゃない?」
「止めに入ったら、危ないだろう? 特にオマエは、明日から仕事で出かけるんだから、余計なところで怪我することないよ」
「でもー」
「いいの。あれは、2人の幸せの一環だから」
「んー…むずかしいんだね。俺にはよくわかんないや」

セシーリカが家に来たことで、2人がうまくいったことがわかった。
てっきりラスがフられたんだと、早とちりして気をもんでいたけれど、なんてことはない。
寝不足で醜態晒してがっくりきていただけだった。
まったく、紛らわしいヤツだ。

ラスは、少し気が抜けたようだ。
もともと俺たちの前では警戒も何もないけれど、うっかり口を滑らせる、なんてことは、どんなにつまらないことでもなかったはずだ。
それが……。

「やべ……別れてこないと」

女の前でこれはないよな。
馬鹿じゃないかと。
俺たちが散歩に出る直前には、風呂場で何かが起きていた。
桶が何かにぶつかる音とか、誰かが何か言っている声とか……。
そういうことに一切関わらず、しばらく2人と1匹(トゥーシェ)で街の片隅をぶらぶらと歩いた。


ころあいを見計らって家に帰ると、セシーリカの姿はなく、ラスの痣が増えていた。

「どうして止めてくれないんだよ…。見ろよ、この痣」
「だって、それは、ラスのしあw 「邪魔しちゃ悪いかなって思ってさ」
「……止めに入ってくれれば、怪我も少なくて済んだんだぞ」
「でも、そうしたら、俺がk 「自業自得だよ。次からはもっと考えてモノ言うんだな」
「カレンー。さっきと言ってることちがうよ」
「カレン、お前な……ファントーに何吹き込んだんだ」

「細かいこと気にするな。ファントー、荷物の確認しておけよ。ラス、オマエはさっさと女と別れて来い」

新しい風が舞い込んで、この男所帯も少し雰囲気が変わるような気がした。