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日常
ラス [ 2003/02/03 23:29:21 ]
 
<>……とりあえず。ひと段落。よし。<(EP『狭間』&#{163})
<>
<>
<>そんなわけで、久々にギルドに顔出して……そうすっと、早速、娼館周りの仕事を言い渡されて。
<>ま、それは別にいいや。その仕事は嫌いじゃない…っつーか、向いてるような気ぃするし。
<>そこで拾ったのが、女物の指輪。安物ではない。
<>店の主人に聞いても、娼婦たちに聞いても心当たりはないという。
<>今日の客の出入りを聞いても、そんな高価なもの──しかも女物──を持っていそうな客はどうやらいないらしい。
<>幾つか当たって、見付からなければギルドに届けるか。
<>
<>そして、その帰りに酒場へ。そこも久し振り。
<>居合わせた客たちに指輪の心当たりを聞いてみる。
<>が、みんな、心当たりもねぇくせに勝手なことをほざきやがる。
<>呪いの指輪かもしれないとか。それがもし呪いなら、見た目に変化はなくても体内から腐ってくとか。あげくに、俺の内側が腐っても、もとから似たようなものだろうとか何とか。
<>ほっとけっつーの。
<>……なんだよ。
<>そんなに、つい嵌めてみて、あげくに抜けなくなったのが馬鹿みたいだったのか。
<>いいじゃねえか、もう抜けたんだから!
<>
<>ち。めんどくさくなってきた。おとなしくギルドに届けるか。
<>
<>とりあえず、指輪のことはどうでもいい。
<>それよりも、俺には気になってることがある。
<>客の中にウェシリンがいたんで、ごく軽く誘ってみたわけだ。
<>すると、返事が。
<>
<>「山と積まれた金貨が一緒なら考えてもいい」
<>
<>…………………。
<>……………。
<>
<>いや。わかってる。体よく断る手段なんだとはわかってる。
<>こっちもそこまで本気で誘ったわけじゃないから、それはいい。それはいいが……金が無いせいで女を誘えないってのは、ちょっぴり、こう……くるものがあるよな(謎)
<>
<>……ところで。「山」って、具体的には何枚くらいだろう……?(←マジ)
 
これもまた日常。
ラス [ 2003/02/08 1:08:27 ]
 「金貨の山」。具体的には何枚くらいだとの問いに、ヘネカは1000枚くらいだろうと答えた。
そうか……そうだよな、やっぱ100や200じゃ山にならねえもんな。
金貨で1000枚。……5万ガメルか。

1万と言われりゃ、すぐに払う。
10万と言われりゃ、すぐに諦める。
…………微妙だ。微妙なとこ突いてきやがるぜ、ウェシリンの奴!

それにしても、やっぱ現金で5万は難しいか、とややブルーになりかけた時。
酒場に入ってきたのは、とんちんかんな大馬鹿野郎。
なんていうか……いっそ気持ちいいくらいに爽やかにムカつくガキだった。(PL注:ミゲル)

あまりにも騒がしい。いや、これは酒場に迷惑をかけちゃいけねえよな。
マックスにあとから怒鳴られるのはきっと俺だし。
ってことで、外へ。ちゃーんと、人が誰も通らないような場所を選んだ。そのあたりはぬかりない。

そして俺は、建物の壁際に、炎の壁をV字型に2枚立てれば、中の人間は逃げ道がなくなるんだな、と知った。
これはきっと、別の壁でも応用が利くんだろう。そうそう試せるようなことじゃないけど。


ま、そんなこんなで、割と俺の機嫌は良かった。
だから、ロビンに会っても怒鳴らなかったし、
ものすごく久し振りにアイリーンに会っても、不在を責めはしなかった。
実際、アイリーンがいないせいで、かなり困ったことはあったんだが。ま、もう時効だし。

時効だから…と、そう思ってたのに、帰り際、アイリーンに「優しくなった」と言われた。
……………………俺がそんなに怒ると思ってたんだろうか(←違)

そういえば、ケイドの奴が何か言ってたな。最近、精霊の声がよく聞こえないとか何とか。
俺と同じようなことが原因だとしたら、不調なのも、そう悪いことじゃない。
とは言え、実際に経験すると、不調の間は、「死んだ方がマシ」と思うこともあるわけだし。
……ま、あいつ次第だな。
今度、話くらいなら聞いてやろう。どうやら俺は「優しくなった」らしいから。
さて、相談料には、どんな肉体労働をさせようか。

……………にしても、5万ガメルかぁ……(しつこい)
 
酒宴と酒宴。そしてまた酒宴。
ラス [ 2003/02/13 0:44:17 ]
 「……昨夜のおまえはすごかったよ。しかもなかなかのテクニシャンだ」
「そっちこそ。今までの経験は伊達じゃなかったんだね。……最高だった」

俺の言葉に、艶っぽく微笑んでみせるイゾルデ。

……………………。
…………。

……なんだ、この空き瓶と皿の山はぁっっ!!
おまえがブラウニーに嫌われるのは片づける暇もなく酒瓶並べていくからじゃないのかっ!(爆)

エレミア料理をご馳走したくて♪なんて言って、にこやかにイゾルデが訪ねてきたのは昨日の夕方。
確かに料理は美味かった。自信があると言うだけのことはある。
にしても、食事が進むにつれて、メシよりも酒に重点がおかれ、あげくに、
「ねぇ、ちょっと聞いてよ! あ、お酒ないよ。ほらほら、お代わり持ってくる!」
………………これだよ。

そんな一夜のあと、昼過ぎまで俺のベッドをうばって寝こけるイゾルデ。
どうして、俺が俺の家で、自分のベッドを追い出されなくちゃいけないんだ。
ちくしょう、リック! もっとちゃんと管理しておけ、この女を!

イゾルデが起きてひと風呂浴びた頃にやってきたのは、カレンと、何故かシタール。
ワイン片手に何だかとりとめのない話をだらだらと。
潰れたカレンをとりあえずファントーのベッドに放り込んで、シタールと一緒に外へ。
2次会(違)の開始。

…………ひょっとして、俺、飲み続け?

店に行く途中で何人かの知り合いに会って、そのまま店へとなだれ込み、結局、朝まで飲み続けることに。
さすがに2日連続は体力がキツイ。
朝の鐘が鳴る頃には眠気との格闘だったような気がする。
そして、最初に潰れたのが誰だったかは覚えていない。
けれど、最後までシタールが酒杯を離さなかったのだけは覚えてる。

シタール。……おまえの勝ち(ぐー)。
 
優しい……かも?
ラス [ 2003/02/17 0:54:43 ]
 少し前に、アイリーンが言ってたことを思いだした。
「ラスさん、優しくなったみたいです」

確かにそうかもしれないと思った。
酒場でバウマーに会った時に、こっちの言うことも理解してるかどうか危ういあの男を、俺は外に連れ出さなかったんだから。
そんなに俺様と絡みたいのか、と言われた時には、失笑さえ漏れた。怒るより先に呆れた。
前に見た時はもっと貧乏そうだったとヒントを出してやったのに、おそらく奴は気付いてないんだろう。
自分が以前、ちょっとした仕事で報酬をもらった相手が俺だということに。

俺はあの後、仮にも自分が報酬を払う相手のことだから、多少は調べた。
と言っても、幾つかの酒場で聞き込んだだけだけど。
だから、名前は知ってる。偉そうな魔術師だとも聞いて知ってる。
その後に、ユーニスが、「今度組むかもしれない」と、話をしていたからそのことも知ってる。

ただ、俺がちょっと聞き込んだだけで知っているそれらのことを、奴は俺に関して知らない。
俺が奴の興味をひかなかったと言えばそれまでだ。
ただ、自分が絡んだ事件のことに、そして自分が報酬を貰った相手のことに、何一つ興味を持たない、そんな奴が冒険者か。……ま、別に俺の知ったことじゃない。俺は奴と組む気なんざさらさらないんだから。


そして、死体置き場でダルスと会った時も。

晩飯前に呼び出されて、身元不明死体の検めなんていう仕事をやらされても、担当の男に八つ当たりはしなかった。

記憶にある娼婦が、生前、「死んだら何も残したくない」なんて呟いてたのを覚えていて、顔をつぶされて身元不明の仲間入りなんてことになっているその身体から、彼女だということを示す小さな刺青を切り取って捨てることもした。あくまでも、身元不明になるようにと。

借金取りの一環なのか、後から顔を出したジョゼフは、慣れない仕事に困惑してるようだった。いつもの鋭さがなくなっていることを、あげつらってからかったりもしなかった。


…………なるほど。確かに俺は多少優しくなったのかもしれない。
 
仕事の依頼
ラス [ 2003/02/22 1:12:41 ]
 あれは、秋の初めの頃だったか。まだ本格的に調子を崩す前だったからそのくらいだろう。
仕事で、追ってる奴が逃げ込んだ先は小孔雀街。ムディール商人たちが闊歩する街。
そういえば、俺が追ってた奴もムディール出身だったなと思いだした。

それがまぁ……逃げ込んだ先ってのが、生粋のムディール親父の店で。
あげくに、どうも異種族嫌いらしい。
俺が東方語が不得手だってことと、半妖精だってことで、その親父は逃げ込んだ男を庇いまくりやがる。
とは言え、それで引き下がるわけにもいかない。

まぁ、何だかんだやったあげくに、タトゥスっていう爺さんが取りなしてくれて、仕事は無事に終わった。
向こうは向こうで、その商人を叩きたい理由があったんだろうが、俺にとっちゃ借りは借りだ。


そうしたら、数日前。
シタールと朝まで飲んでいた時に、そういえば、と奴が切り出したのが仕事の話。
どうやら、タトゥス老からの仕事の依頼らしい。
報酬は高くはないが……ここらで借りを返しておくか。
それに、タトゥス老にコネを作っておけば、後々いろいろと便利だ。街の外の冒険にも、そして街なかの動きにも。

昨日、シタールに会って話を聞いたら、杖やら弓、剣は確保したらしい。
あとは、薬だな。
どうしても見付からなきゃ、「寒いから嫌です」とかほざいて閉じこもってるフォスターを引きずりだすんだが……もう少し探してみるか。

今回の仕事先は、雪山だ。フォスターが嫌がるのも無理はない。
誰だって、進んで行きたい場所じゃねえだろ。
とは言え、「登山」というほど険しい山じゃない。
聞いた限りじゃ、俺が昔住んでいた、タラントの奥に似ている。
……久々に、あの「雪を漕ぐ感触」を味わえそうだ。
 
仕事前日。
ラス [ 2003/03/01 1:47:20 ]
 【25日】

さーて。明日っからはシタールたちと仕事(PL注:冒険ガイド「タトゥス老の依頼」)か。
ファントーに留守を任せて……カレンにも一応言っておいたけど、どうも、最近はカレンの動きがアヤシイんだよな。
なんていうか…そう、ライカんちに移ってから。
シタールとの仕事、どうよと聞いても、何かこう……歯切れの悪い断り方だったし。何かあんのか?
ま、いいや。向こうが何か言ってこない限りは、俺には関係のないことだろうし。

そういえば、「あんたと組めて嬉しい」とか何とか、リグベイルが怒鳴ってたっけ。
……そう、何故か、「怒鳴って」た。
まぁ、そんな嬉しがられるようなモンじゃねえが……期待はずれと思われないようにだけはしないとな。

にしても、外で、しかも雪ん中での仕事は久し振りだ。
冒険者としては駆け出しだった頃、タラントにいた頃はよくそういう仕事があった。
山が近いせいで、ゴブリンがよく出没していて、その退治の仕事は季節を問わずあったから。
ゴブリンだと聞いて仕事に行ったら、オーガーが出てきて、ケツまくって逃げ出したなんて話もよく聞いた。……実際、自分も似たようなことはやってたし。

今は、あの頃とは違う。
けど、自分の技量が追いつかない相手が出てくれば、ケツまくって逃げ出すしかないことは変わらない。
世間の奴ら…の中でもごく一部は、冒険者のことを凄いと思ってるらしいけど。
リグベイルは俺と組めて嬉しいと思ってるらしいけど。
実際は、そうそう変わりゃしない。ベット出来るチップが多少多いだけの話。もしも負ければ、支払うものは同じだ。

ただ、冒険者の仕事はギャンブルじゃない。もちろん、遺跡のようにギャンブル的要素が絡むものも多いけど。
堅実な下調べと、確実な前情報。
実際の仕事にかかる前に、どれだけ何を調べたか、そこで仕事の8割は決まる。
今回の仕事に関しちゃ、「負け」はない。……と思う。
現地じゃなきゃ調べられないことが多いってのが、多少はひっかかるけどな。
……ま、行ってくるか。
 
地図
ラス [ 2003/04/11 0:22:23 ]
 雪山の仕事から帰ってきて少し経って。
約束通り、タトゥスの爺さんの奢りで菊花楼でのメシ。
蟹の卵入り雪燕の巣のスープ。家鴨のムディール風薄皮包み。東海海老の葱油掛け。海鼠と鮑の上湯煮込み…………って、ちょっと待てぃ!
確かにここは予約とるにもとれねぇ人気高級店だ。
金だけあっても、ツテがなきゃ………って、そうじゃねえだろ。メシで誤魔化されてたまるもんか。

追加で仕事したんだからな。その分の追加報酬はもらうぜ、爺さん。

−−−−−−−−−−

そして。俺の手元には地図が1枚。
いや、俺だけじゃない。エルメス、シタール、リグベイル、フォルティナート、バシリナ……6人全員がそれぞれ地図を貰った。
さすがに地図職人でもあるという爺さん。精細な地図だ。出来はいい。……でたらめでさえなきゃ。
「その地図の印のところに、今回の追加報酬がある。欲しければ探せ。それぞれ、互いに相談しあうも良いが……おのおのの技が活かされるようにと渡した地図だ。最終的には己れが一番よく知る者だろう」

おまえは鍵だろう、少しくらい苦労せいと渡された俺の地図。鍵かどうかなんて関係あんのかよ。
っつーか、精霊使いだっつの。

水路だけは正しく描かれている、小孔雀街の地図。とりあえずいろいろ試した結果、文字が炙り出された。
俺には読めない東方語だったんで、リックに読んでもらうと、「猫に聞け」。
……………猫? おーい、クロシェ、わかるかー?

クロシェ:「にゃ(たし)」

……………馬鹿か、俺は。

とりあえず、「猫の視線になれ」ということかもと思って、小孔雀街に行って、塀にのぼる。
塀の上から見渡せば……そうだな、確かに、塀も屋根の上も「道」と考えるなら、この地図も正しく思えてくる。
だとしたら、この先は、こう行って……ここで曲がって……いや、上にあがって……?
……ちょっと待て、こんな生け垣くぐれねぇって!

擦り傷、と表現するにはあまりにも盛大な幾つかの傷を手当てしながら、ふと思った。
確かに、鍵として身軽さを要求されるなら、あの解釈は正しいのかも知れない。
俺がもっと身軽であれば、辿れる道なのかもしれない。
けど、俺は精霊使いだ。そしてそのことはあのクソジジイも知っているはず。

──屋根の上にのぼった時。小孔雀街は、存外に石畳が少ないことと、高いところに上れば風が通り抜けることに気が付いた。
水路はウンディーネ、そしてノーム、シルフ……猫が登りやすいからかと思っていたのは……そうか、ドライアードか。
そして、思った。これは……「精霊の地図」なのかもしれないと。

じゃあ、猫に聞けってのは……その文章が記されてるのは最終的に目指す場所だ。印がある箇所。
方角的には、小孔雀街の東端近辺。
……ま、いいや。明日は別の道を辿ってみよう。
今度は「猫の道」じゃなくて「精霊使いの道」を。
 
猫の名前
ラス [ 2003/04/13 23:55:26 ]
 「だから、書いたろう。猫に聞け、とな」
タトゥス爺さんが、にしゃりと笑った。

俺の手元には、1冊の本。去年の秋から……そう、調子崩す前から調べていた遺跡に関する資料。
どうしても、今まで手に入らなかった本だ。
どこから聞きつけたのか、俺がこの本を探していることを爺さんは知っていたらしい。

精霊の道を辿って、行き着いた先は小孔雀街の東端、小さなボロ家。
中には、タトゥス爺さんがいた。
「これが儂の本宅じゃ」と。
…………嘘だろ、と思った。俺んちよりも、小さくて古い。
それなりに財産も地位もあるジジイが住むような家じゃない。

聞くと、普段は別の家を本宅としているらしい。ここは、昔の本宅だと言った。
だから、正確には、表向きの本宅は別宅というわけだ。
別宅で過ごす時間のほうが長いことは長いが、この家は妙に気に入っていると言っていた。

「ここには、メイホゥもいるしな」
と、呟いて部屋の中を見渡して、満足げに笑っている。
メイホゥというのが猫の名前だと言った。……だが、猫の姿はない。気配もない。
「メイホゥは10年ほど前に死んだ。が、その頃から、メイホゥの代わりのように別の気配を感じるようになった。……だから儂は、その“気配”にメイホゥと名付けた」
爺さんの言う“気配”はブラウニーだ。

「はっきりとした姿なんかはわからん。声も聞けん。……だが、いることはわかる。儂にはそれでいい。おまえは、“霊”だ。メイホゥの声も聞けるだろう。……訊いてみろ、この家の中で儂が一番気に入っている場所はどこかと。……そこに、おまえへの報酬が置いてある」
ブラウニーに訊くと、教えてくれた。
…………屋根の上かよ。何考えてんだ、このジジイ。

そして、屋根の上に登って……そこにあったのは、小さな木箱。ご丁寧に鍵までかけてある。
“霊”としての力で、ここまで辿り着いて、それでも最後に“鍵”が必要なのか。
「……あんた、俺を馬鹿にしてんのか」
思わず尋ねた。
おまえは鍵だろうと言いながら、精霊の地図を渡し、精霊に訊けと言いながら、鍵のかかった箱を渡す。
「馬鹿になどせん。ただ、どっちもおまえだろう?」
そう言って笑ったジジイは、やっぱり食えねぇジジイだと思った。



──ブラウニーに名前をつける気持ちは俺にはわからない。
精霊は精霊であって、名前をつけるようなものじゃないから。
けど、箱の中にあった本を受け取って、自分の家に帰ってくると、クロシェが足元にまとわりついた。

いつでも近くにいるブラウニーに、自分が好きだった猫の名前をつける。
そして、あんな小さなボロ家を本宅だと言って笑う。
食えねぇジジイだと思う。でも、なんとなく、嬉しくなった。
 
仕事
ラス [ 2003/04/22 0:51:25 ]
 雪山から帰ってきて。
クソジジィの地図で走り回って。
その合間に花宿に仕事しに行って。
ひと段落したと思ったら、「頼みたい仕事がある」とギルドから。

話を聞くと、くだらねぇ裏事情だ。
ギルドの中の派閥争い。敵対する派閥の奴らがうざいから、自分の娘を郊外に避難させたいとか。
そこで、子飼いの部下を使ってしまっては、自分の周辺が手薄になる。
だからといって、他の派閥の人間を使うわけにもいかない。
更に言えば、新規の奴らを使うには腕が心配、そしてその新人を有無を言わさず自分の派閥に引き取らなきゃいけない。

……そんな裏事情の果てに、そのおっさんが選んだのは、「どこの派閥にも関係ない奴。そして、いざとなればこっちは知らん振りができる奴」
つまりは、もともとはよその国のギルドに登録してて、本業が別にある奴で、それでもそこそこギルドの言うことは聞く奴。
────んで、俺かよ。

そんな事情だから、報酬はそこそこ高い。
ちゃんと、様子見らしき奴らが何人か襲ってきてくれたから、危険手当もアリだったし。

…………………………。
………………。

……いや。少し休もうよ、俺。
 
ラス [ 2003/04/23 0:43:23 ]
 「アニキ〜。ラスのアニキぃ〜〜」

すっとぼけた声に呼び止められる。
仕事やら付き合いやらが立て続けで、さすがにそろそろ保たなくなってきてるから、家に帰ってぐーすかと寝ようと思っていた矢先。
だから、多少は不機嫌だったかもしれない。
けれど、振り向いた先にいたのは、可愛い女の子でもなく馴染みの兎でもなく怒らせると面倒な上役でもなかったから。
……なら、いいか。と思った。

「いや、先日はお世話になりやした。おかげで、マリエさんが笑ってくれたんでゲスよぉ」

喜色満面で報告にくるリネッツァを見て、先日の花宿での一件を思いだした。
報告書を持っていかせる駄賃代わりにと、ちょうど懐にあった香を渡した。
その寸前まで、今流行の香“夜の貴婦人”が入手困難だったと嘆いていたから。
“夜の貴婦人”に負けず劣らずの人気を誇る香、“毒薬”。…………………に、よく似た香。

普通ならわからないだろう。見た目と最初に鼻に届く香りはそっくりだ。
ただ、時間が経つと、何とも妙な………………イヤ〜な匂いに変わる。
「いやぁ、実験は失敗ですねぇ。ま、あなたなら何か使い道があるでしょう。プレゼントしますよ。その代わり、次も実験台になってくださいね」
そう言ってその香を渡してきたのはアイオリラロス。
冗談じゃねぇ、使い道なんかあるかよ、と突き返したものの、無理矢理押しつけられて。
どっかの酒場でネタにでもするかと、懐に突っ込んだまま忘れていたもの。

「マリエさんが、『今夜はこの香をつけて、貴方を待ってるわ』なぁんて言ってくれたんでゲスよぉ。いや、もう! あそこで、ラスのアニキに会ったご縁をチャ・ザ様に感謝するっス! アニキには一生ついていくでヤンスよ!」

……ついてこなくていい、と返事しようか。
一生ついてくって、リックにもカレンにもブーレイにもダーティンにも言いまくっていたことを再び指摘しようか。
それとも、くたびれたポーチの中から慌てて取りだして掲げてみせた聖印はチャ・ザのものじゃなくてマーファのだと指摘してやろうか。
それとも、あの香はパチモンだと教えてやろうか。

しばらく迷った。
そして、考えてるうちに眠くなった。あー…そうだ、昨夜、あんまり寝てねぇんだった。
だから、迷った末にこう答えた。

「ま。がんばれ(ぽむ★)」
 
少女
ラス [ 2003/04/26 23:35:11 ]
 「光の精霊に応えてもらおうと、気合い入れてたんだけど。うまくいかなかった」

そういって、酒場で肩を落としていたミーナ。
精霊と触れあうために必要なものは、気合いじゃない。
何が一番必要なのかと言えば……実は、一番必要なものは、既に手に入れている。
最初に精霊に触れあえたのは、それがあったからだ。
努力で手に入るものでもなく。そこいらに売っているものでもなく。
それは、精霊と感応出来るという、純粋な才。

それを持った上で、その後に必要になるのは、
精霊に対して、自分はどの位置に立つかという意識。
けれど、それは大概の精霊使いが無意識のうちに選び取っているもの。

だから聞いてみた。ミーナに。
精霊ってのは、何だと思う?と。
すぐに、ミーナは答えた。
「あたしたちと同じ」と。

それは、俺が持っている答えとは違う。けれど、ミーナの答えであることに変わりはない。
そして、決して間違いじゃない。

才があって、自分と精霊との関係を無意識にちゃんと捉えている。
そこから先、「じゃあどうするか」と。
その問いに答えられるのは、師匠でもなく精霊でもなく。自分だけなんだろう。

ファントーを見ていても思うことだが、ミーナと話していた時も、思いだした。
自分がエルフに魔法を教わっていた頃のことを。
早く上達しなければ、といつでも焦っていた頃のことを。

馬鹿みたいだった。
森を出てからのほうが、素直に魔法を使うことが出来るようになった。
自分で自分を急かす理由を森に置き去りにして、半ば諦めるつもりで森を出た。
けれど、それからのほうが上達は早かった。

ウィスプよりもシェイドと馴染みがあった頃よりも。
シェイドよりもウィスプに馴染んでいる今のほうが。

だから、シェイドよりも先にウィスプを望むミーナが、なんとなく楽しみになった。
 
いい女
ラス [ 2003/05/01 4:08:33 ]
 いつもの酒場。
そこにはいつもの面子……と思ったら、初めて見る女が一人。

精霊使いだと言っていた。
いつも精霊たちに縛られていて悔しいから、今度は逆に自分がその糸を掴んで操ってやりたいんだと言っていた。
不思議と反感は覚えなかった。
俺自身、精霊を友達だと思っているわけじゃない。
「位相の違うもの」が友達になれるわけもないから。
友達でもなく身内でもなく、そこに在るだけで安心するもの。
それは、俺がその力を受け入れているからなんだろうと思う。けれど彼女は。
……でも、それは反感を覚えるような類のものじゃない。

っていうか。
…………いい女だよ。
なんていうか、精霊を逆に操ってやりたい、なんて言ってることからもわかるけど、意志の強い女だ。
そして何よりもその矜持。
……惚れ惚れするねぇ。

ということで、どうですか。今夜。(←おい)

遊びを遊びと割り切れる女。
自分を自分だと見失っていない女。

意外というか、予想通りというか。
誘いには乗ってくれた。

ああ、ひょっとして俺、おねーさんに遊ばれちゃうかも♪(←死ね)



と思ったら。
適当な宿が少しばかり遠かったのと、昨日は季節に似合わず少し冷え込んでいたせいでこう言われた。
「あらら、タイムアウト。ごめんね、おにーさん。また今度♪」
美容と健康のために、と言い残して彼女は帰っちまった。
収穫は、路地裏で交わしたキスが1つだけ。

ち。まぁいいか。また機会はある。
会った数刻後に…なんてのも、いかにも遊びっぽくて悪くはないが、それはそれでまた無粋。
もう少し、駆け引きを楽しむのも悪くはない。

よーし、クレフェ。今度はそっちから誘わせてやる(びし)
 
形見屋
ラス [ 2003/05/11 4:04:13 ]
 最近ずっと調べている遺跡。
“精霊の井戸”とか、“逆向きの塔”なんて言われてるけど、正しい名称は“二重螺旋の井戸”。
まぁ、精霊絡みの遺跡なわけだが、これが難物だ。

なにせ、レックスにありながら、レックスじゃない遺跡。
本来は、レックスの真下、地上部分に入り口があった地下遺跡だ。
けどその真上にレックスが落下したもんだから、何もかも埋まってやがる。
いや、もともと“井戸”なわけだから、地下にあるんだけどな。
落下による損壊はないだろう。けど、入り口が埋まってる可能性が高い。
だいたいの位置は調べがついたんだが……。

そして昨日は、知り合いの賢者に本を借りに行った。その遺跡絡みの調べもので。
そうすると、帰りに、三角塔前の広場でハゲ(ブーレイ)発見。
レックスに詳しいこの男に、いろいろと聞いてみる。

……と、有力な情報ゲット。
ひょっとしたら、だが。
近くの遺跡“暁の回廊”の地中部から、ずれた地盤のせいで洞窟のようなものが出来ていると聞いた。
大体の位置と方角は近い。ひょっとしたら、井戸の入り口の近くまで辿り着けるかもしれない。

貰いモンでちょうど家にあるワイン。
あまり好きじゃないワインだが、確か高いワインだったよな、と思ってそれの名前を出したら、ブーレイの目の色が変わった。
どうやらレア物だったらしい。ラムリアースの赤“レ・ファルローシュ”とか言ったか。
それをやる、と言ったら、“暁の回廊”の地下部分の地図に、近辺の罠とその解除法まで書いてくれると言った。

いや、案外イイ奴だったんだな、おまえ(肩ぽむ★)

そして、自宅。
報酬を取りにきたブーレイの気が変わらねぇうちに地図書かせるかと思っていたら、寝ぼけたのかトイレなのか、寝間着姿でファントーが顔を出した。
そして、次の瞬間には泣きそうな顔で逃げていった。
何を視たのかと、巡らせた視線の先には、にやにやしながらワインの瓶を撫でているブーレイ。
……………なるほど。確かに怖いかもしれない。

全く。顔だけで威嚇すんじゃねえよ。純真なガキを。
しかも勝手にくつろいで…………(長椅子に腰掛けるブーレイを見る。視線は頭)

………………………。
………………。



…………ぺと。


「何しやがるっ!? 勝手にいきなり触るんじゃねぇっ!!」
「てめぇ! この時間でなんで剃りたてなんだよっ!? つまんねぇじゃんっっ!」
 
ギルド
ラス [ 2003/05/11 4:43:04 ]
 ブーレイに書いてもらった地図を眺めながら、ふと思いだした。
ブーレイの、あの物騒なツラが隣にいたのに、今晩の俺はわりと機嫌がよかった。
なんで……と、思って、そうして、思いだしたんだ。

古代語の本を抱えてた俺に、ブーレイが言った言葉。

「なんで精霊使いのおまえが、魔導書なんか持ち出してるんだ?」



以前、スカイアーと話した時には、「退屈しないから」と笑った。
盗賊ギルドの仕事を、今でも減らしていない理由に。

金のためと言うのなら、本業だけでも十分に食っていける。
ギルドの細々とした仕事をしなくても。
それに、ギルドに居れば片手間だの何だの、周りも煩い。
ギルドの仕事を減らしても悪いわけはない。
もともと本業じゃないんだから、ギルドでの立場なんてモンも屁でもねぇし。重用されてるわけでもねぇし。

いろいろと、理由はある。
ネタ集めるのに便利だとか。
退屈しないとか。
一度は身につけた技を失いたくはないからとか。

けど、ブーレイに言われたことで気が付いた。
酒場なんかでは、盗賊の匂いがすると言われることが多い。
けれど、ギルドにいれば、精霊使いなのかと。

精霊に拘ることで、俺は精霊使いとしての腕を磨いた。
それはひょっとしたら、ギルドにいたおかげなのかもしれない。

どこにいようと、誰が何と言おうと、俺が精霊使いである事実は変わらないけれど。
でも、“音無し”って二つ名も、悪くないかもしれない。
なんとなくそう思った。

だからブーレイ。
最後のほうが殴り書きになってるのは許してやるよ。
 
厄介な
ラス [ 2003/05/14 2:27:07 ]
 まったく。どいつもこいつも……俺が調べてる遺跡の話をすると、真顔で驚いて、「そりゃまた厄介な……」ってぇツラしやがる。
なのに、「どうだ?」と聞くと、考えた末に笑みを刻むんだ。
「面白そうだ」ってな。

カレンも。スカイアーも。そしてギグスも。
そして、俺もだな。
しょうがねえか、何だかんだ言ったって俺たちは冒険者なんだから。


……とは言え、街なかの仕事もあるわけで。
ま、遺跡に行くのは夏の予定だから、今、巣穴からの仕事をしてる分には構わないんだが。
構わないんだが………………いや、それにしても厄介な(溜息)。

北から流れてきた香がある。名前はエクセア。
それが、香炉に入れて使う分には普通の香。
なのに、乾煎りして茶にすると、媚薬としても使えるってんで、値段釣り上げたり買い占めたりする馬鹿が出現したわけだ。
よりによって、というか、必然的にというか、花街に。

俺が担当してるあたりも……ってことは、調べないわけにもいかない。
ただ、香とは言え、もとは薬草。
媚薬以外の使い方を見つけられないうちに、どうにか収めなきゃってのもわかる。
スカイアーも知っていた話だから、更にそれが一般市民に知られる前にどうにかってのもわかる。
わかるけど、薬草絡みを調べるのは勘弁してほしい。

(怪しげな薬草店の前で逡巡)
…………息止めていくわけにもいかないよな。保つわけねぇし。
こんな時に限ってアイリーンいねぇし。
ファントーを……字もろくに覚えてない奴を? 馬鹿な。
リネッツァは……畜生、あの野郎、用事がある時だけいねぇ!(爆)
しょうがない。観念するか……(遠い目)

あの、薬の匂いが充満する店に入るくらいなら、絶対、遺跡に入るほうが楽だと思う!
(謎握り拳。そしてしぶしぶ店内へ)
 
臨時の相棒
ラス [ 2003/05/14 3:11:27 ]
 あ゛ー……気持ちわりぃ。

「なんだ、二日酔い……のわけないよな。……どうした?」

家に寄ったカレンに聞かれて、理由を話す。
薬屋を何軒か聞き込みに回ってたら、漂う薬草の匂いで気持ち悪くなった、と。正直に。

「薬が駄目だってわかってんだから、行くなよ、そんなとこ」

……だって、行くしかねえじゃん。俺のシマであったことだし。
アイリーンやリネッツァもいねえし、ジントは忙しそうだし。
おまえだって、神殿のほう忙しいって言ってたじゃん(ぶつぶつ)。

「……………誰か雇えばいいじゃないか。細かい裏事情を伝えなければ、巣穴の人間じゃなくたっていいんだし」

…………………………………おまえ、頭いいな。
よし。それ、いただき。
んじゃ、ちょっと出かけてくる。どうせ今日も仕事だし。


そして、いつもの酒場で、適役発見。
女慣れしていない、若い魔術師ラテル。魔術師なら、薬草なんかも詳しそうだし。
薬屋まわってもらうだけなら、女慣れしてなくても……ま、娼婦のねーさんに話聞く時は、ひょっとしたら同席してもらうかもしれないけど。
女慣れしてない自分をどうにかしたいとも言ってたから、うってつけの仕事だろう。

「一晩考えさせて欲しい。返事は明日、連絡する」

…………ってことは、今日の分はやっぱり俺?(がーん)

ああ……やっぱり、せめて、俺とカレンが古代亭を出たことを知らないディックの無駄足を想像するくらいしか楽しみが……………あれ? 俺、カレンに言ったっけ。ディック帰ってきてるぞ、って。
──ま、いいや。
今の俺には、薬屋巡りをどうにか無事に済ませることのほうが重要だし。
 
詰め
ラス [ 2003/05/18 4:12:05 ]
 酒場で居合わせた爺さん(ターレス)と、同じく居合わせたセシーリカ。
よし、魔術師と神官ゲット。
これで、遺跡行きの面子はほぼ揃った。
あとは、資料調べの最終的な詰めを……そして、一緒に行く奴らにもその資料を渡して、打ち合わせだな。

そしてその前に。
そうだ、仕事を片づけなきゃ。

ラテルに手伝ってもらった2日間。例の薬のことは調べてもらった。
曰く、エクセアは、どんなに精製しても、媚薬以上の効果はないと。
だから、麻薬的な使い方は出来ないわけだ。それがわかっただけでも安心だな。

まぁ、媚薬と言っても、本当の惚れ薬ってわけじゃない。
一時的な催淫効果……つまりは、「その気」にさせるってだけの。
娼館である程度の需要があるのはわかる。
もともと、娼館で流行りだした香だったわけだし。

けど、何だってそれを、買い占める馬鹿が出てくるのか。
単に流行ってるものを買い占めて、値段が上がるのを待って…っていう利益絡みか。
だとしたら楽なんだが……。

もうしばらく、薬屋で怪しい動きをしてる奴がいないかどうかを調べてみたほうがいいんだろう。
そして、娼館でも……いや、娼館じゃなくても、エクセアを使ってる店で、妙な動きがないかどうか。
胡散臭ぇ裏事情がなけりゃ、放っておいてもいいんだし。

ここから先は、盗賊の仕事だ。ラテルに手伝わせるわけにはいかない。
だからラテルには2日分の報酬を払って、それで終わりにした。
ってぇことは、薬屋にも結局は俺が行くことに……? うわー………(遠い目)
とりあえず、薬屋に行く前には、メシは食わないほうがいいな(謎予防)

………………そういや、カレンが、そろそろひと段落するとか何とか。

(思案)

……初夏の野菜と海鮮の料理。コースで。
あいつ、これで引き受けてくれるかな……。
 
裏事情
ラス [ 2003/05/22 2:36:26 ]
 結局、カレンに手伝ってもらって……んで、3日目。
さすがに効率がいい。1日1〜2軒しかまわれない俺と違って、5軒も6軒も聞いてまわれりゃ、すぐにわかるのも当たり前か。

エクセアを買い占めてた男は、俺のほうでも当たりはついてた。
けど、実際に動いてる男を突き止めたのはカレン。
そして、受け渡しのシステムを調べてくれたのはジント。

ま、結局はカラクリなんて言えるほど、たいしたモンじゃなかった。
別に麻薬ってほどでもないんだし、当たり前と言えば当たり前だが。

香でもあり媚薬でもあり、そして元を正せば薬草でもあるエクセアを買い占めて得があるかどうか。
そうだとしたら、エクセアがあまりオランには入荷してないことを利用して、得があるようにすればいいだけのこと。
裏にいる男はジェイクを使ってそれをやった。
自分がある程度の量を買い占めてから、それが流行るようにしたわけだ。

なら、ジェイクを泳がせて裏を捕まえて、今までの利益の分、ギルドに追加の上納金を納めさせて……あとは、上の判断だ。
捕まえた奴らをどの程度の処分にするのか。
ま、今回は、さほどヤバイ事にはなってないから、重い処分にはならねぇだろうし。

そう思ってたところへ、ジントから追加情報。
ジェイクがそれに荷担した理由。
薬草としてのエクセアが、とある病気の進行を遅らせるとか。ジェイクの女がその病気だとか。

……ふーん。

「どうすんの?」って? どうもしようがねえじゃん。
俺の仕事は、奴らを捕まえること。それだけ。裏事情なんざ関係ないね。
けど、その裏事情を知っておけば、ジェイクを動かすネタにはなるわな。
取引も……そうか、精霊魔法の“眠り”で眠ってる間は、病気の進行も止まるはずだよな。
それをネタに取引するのも悪くない。どうせこの件は俺に任されてんだし。

ま、あと数日で終わりさ(笑)
 
保証のある遺跡。そして伝言。
ラス [ 2003/05/23 0:30:45 ]
 夜。仕事の合間に、メシを食いに行った。いつもの木造の酒場だ。
ここんとこずっと、娼館のほうで調査してたから、メシくらいは女の匂いのしないところで食いたかった。
それだけの理由だが、悪くない話は聞けた。

同席したカールが持ちかけてきた話だ。その件で俺を捜していたらしい。
どうやら、俺が来月あたり潜ろうかと思っていた遺跡を、チャ・ザ神殿も探してたとか。
少し前に、パダでちょっとした噂が……ってのは、ブーレイから聞いていた。
だから、そろそろまずいかとは思ってたんだが、それを聞きつけた奴は、チャ・ザ神殿の誰かだったらしい。

確かに、神殿側としてもそれを欲しがる理由はわかる。
ひょっとしたら、完全な形で、水を生成する魔法装置が手に入るかもしれないんだから。
飢饉や干ばつへの備えとして、神殿側が欲しがる理由にはなるだろう。

カールからの提案は、俺たちの予定そのものは変えずに、それを神殿からの依頼として受けないか、ということだ。
金額次第、そして、遺跡の財宝に関しては割合次第、と答えた。
そして……満足のいく条件が提示された。
だから、受けた。
とりあえず、潜る側としては損はない。売りさばくのに面倒な装置が、ちゃんと金になる。
更には、もし装置がなかったとしても、最低限の報酬は保証される。

リックが以前言ってたことを思いだした。
「遺跡なんてのは、儲けがまるっきりねぇ場合もあるだろうが。保証があるんなら、喜んで出かけるけどよ」
それを聞いた時は、笑って言い返した。
「保証のある遺跡なんか、あるもんか」と。

…………あったよ。
ふぅ…リックがこの場にいなくて残念だったぜ。


仕事を一旦終わらせて、帰宅したのは朝。
起きたばかりのファントーが、カレンからの伝言だと言って渡してきた羊皮紙。
追加報酬…………と? ああ……サラサ絡みの……(汗)
あー……いや、追加報酬払うのは別にいいけどさ。
もともと、仕事が完全に終わったら、巣穴からの報酬は分配するつもりだったし。

けど……サラサ……サラサ、ね。
……………しょうがない。ひと眠りしたら、サラサんとこ行ってくるか(遠い目)
 
口止め料
ラス [ 2003/05/23 1:39:04 ]
 サラサに会いに、ギルドに行く。
にしても……どうも、苦手だぜ、この女。
別に不細工ではない。外見を見る限りはそこそこいい女だと思う。
ただし……どうにも……ちょっとばかり陰湿な…………。

あれはいつだったっけ。今の仕事の調査を始めたばかりの頃。
聞き込みにまわった薬屋で、よりによって一番ヤバイものを目にした。
……いや、西方では普通の薬草だ。オランには少し珍しいけれど。
ただ、それは俺が薬草を苦手とする原因にもなったもの。

目にした途端、店主にはいろいろ言いつくろって、すぐにそこを離れた。
離れたことは離れたけど、呼吸がどうにも整わない。冷や汗が伝う。
そして、間の悪いことに、その場にいたのがサラサだ。
その薬屋が、ギルドの管轄下だったこともあって、別件で顔を出していたらしい。
一部始終を見て、そしてご丁寧に俺を追ってきて。

「ふーん。薬嫌いって噂は聞いてたけど、そこまでヤバかったんだ。あんたが見てた薬草って確か……」

………そんな時だけ勘がいい。

「ね。アタシね、随分前からカレン狙ってたのよねー。女と別れたんでしょ? 今がチャンスよねー。……ところでラス? 魚心在れば水心、って知ってるかしら?」

口止めする代わりに仲を取り持て、ってか。

カレンがサラサ相手に遊んでみる気になるかどうか……なるなら、それはそれでいいと思ったけれど。
どうやら、その気はないようだ。
ってか、敬遠してるようだ。もっと言えば、嫌悪してるようだ。
……………そりゃそうか。俺だってその気にならねぇし。

というわけで、今日。
単刀直入に言ってみた。
「悪いな。あいつにその気はないらしい。ということで諦めてくれ」
「あら。触れまわってもいいって言うの? もちろんアタシには理由まではわからないけど? でも、貴方って敵が多いのよねー」

──うわー……意地の悪い女……。

「おまえの、その性格直さねぇとカレンはいつまで待ってもなびかないぞ。あいつはそういう小細工が大嫌いだ。他の口止め料を選んでくれないか。現金でも宝石でも香でも。往来で土下座しろってんならしてやる。ただし、カレンは諦めろ」

「………………3日待ってちょうだい。その間に考えるわ」

そう言ったサラサの顔が、なんだかいつにも増して真剣だった。……ような気がする。
 
女の意地?
ラス [ 2003/05/29 3:26:58 ]
 (#{184}−カレンの宿帳「日々を記す」−No.10「拍子抜け」の続き)

エクセア絡みの仕事がようやく終わった。
ま、結末としては、ギルドが管理してる娼館では、あまりエクセアを使わないように規制して、けど、値段は自然の流通にまかせて。
とりあえず、不自然な動きをしてる奴らは全部ギルドに報告したし、今回のきっかけになった奴らはとっ捕まえて上に渡したし。

これで一段落……ってことで、ギルドの奥で報告書を書いていた。
そこへ顔を出したのはサラサ。
口止め料でも考えついたのかと思って聞いてみた。

「……拍子抜けしたわよ。もうどうでもいいわ」

……はい?

聞くと、女と一緒に歩いてるカレンを見たと言う。
新しい女かと聞くと、ひと言、違うと言われたと。
少しだけ悔しそうに溜息をつくサラサを見て、なんとなく想像がついた。

「だって、あそこで『そうだ』って言えば、アタシから逃げられるのよ? カレンはアタシのこと嫌ってるじゃない。アタシから逃げるためなら、そのぐらい言うでしょ? もちろんアタシだってあの女が恋人じゃないなってくらいは見てわかったわよ」

状況から察するに、その女ってのはライカだろう。
いっそ、嘘をついてまで逃げてくれれば、追いかけ甲斐もあるのに、とサラサは言う。

──そうじゃないだろう。
おまえがカレンを気に入ったのは、カレンの不器用さなんじゃないのか。
だから、そこで『違う』としか言わなかったカレンを見て、小細工する自分が情けなくなった。違うか?(笑)

「……だからアンタは嫌いよ。なんで見透かすのよ」

きっと、似てるからだろ(笑)。
じゃあ、改めて口止め料だ。高級店でのディナーでどうだ。ワインもつける。

「…………………黄金樹亭にして」

馬鹿言うな、と言いそうになった。けど、やめた。
それまで『嫌な女』でしかなかった奴が、妙に可愛い面を見せてくれるんなら、それも悪くないと思ったから。

──OK、予約しとくよ。
 
誘惑
ラス [ 2003/06/08 0:33:40 ]
 「誘惑されてくれる?」

艶っぽくレイシアが聞いてきた時。
実を言えば眠かった。

以前に、ディーナに依頼した調査が……予想外な結果になって、期待以上のものが手に入ったから、2日前の夕方からそれに夢中になっていた。
のに、その途中でギルドに呼び出された。
結果、まる二日寝てないことになる。
しかも、ギルドの仕事はその時点では終わってなかった。

だから、レイシアの誘いは断ろうと思っていたわけだ。
途中で、ギルドからの使いが、「片づいた」と連絡してこなければ。

片づいたということは、明日は休み。
っつーか、明日から遺跡に行くまでずっと休み。

…………休み、か。

誘惑されちゃおっかなー(笑)

「ホント? やったぁ♪」

うわー。「やったぁ♪」とか言われたのって、なんか初めてかも。
なんていうか、遊び慣れてるくせに、妙に真っ直ぐで……面白い女(笑)

ところで、3晩続けて帰らないけど、ファントーは…………ま、大丈夫か。
 
食事のマナー
ラス [ 2003/06/10 3:38:48 ]
 「どこ行ってたんだ。仕事だったのか?」

待ちかねた、という表情でワインを開けながらカレンが聞いてきた。
卓の上には、「初夏の野菜と海鮮のコース料理」。
ファントーが、両手にフォークを持って待っている。

──ファントー。フォークは左手。右手はナイフ。っていうか、おまえが持ってるフォークの片方は俺の。

突っ込んでおいてから、カレンに向き直る。

「ずっと仕事だった。けど、昨日は違う。ちょっと……まぁ、ね?(笑)」
「女か」
「そう」
「………………少し前まで、おとなしかったのにな。最近また派手じゃないか」

──ファントー。それはサラダ用のフォークだ。っていうか、パンはナイフとフォーク使わなくていい。

いや。
まぁ。
……おとなしかったのは本当だけどな。しばらく女はいいやとも思ってたし。
けどさぁ。
ちょうど去年の今頃じゃん。
だって、3年前のことも、『こないだ』とか言うんだぜ? 俺って(笑)
『ほんの少し前』のことを、『昔のこと』にしようと思ったら、これが一番いい方法かな、なんてな。

とりあえず、それは言わずにおいた。メシが不味くなることを敢えて言う必要もない。
カレンが持ってきたワインが美味かったから、それを誉めて。
あとは。

──ファントー。どうしていつのまにか、両手にナイフ持ってんだ?
 
水色の瞳
ラス [ 2003/07/08 0:35:20 ]
 クレフェと会ったのは遺跡から戻ってきて3日後のことだった。
「お帰りなさい」と微笑まれて、「ただいま」と笑み返した。

約束をしたのは、遺跡に行く直前だ。
長年使っているという琥珀のピアスを修繕に出していたクレフェと、銀細工の店で会った。
俺のほうは、たまたま手に入った碧玉が、自分の瞳の色と面白いぐらいに同じだったから、それを加工してもらおうと。

『自分の瞳と同じ色の石を身につけていれば幸運が訪れる』
そう言っていたのは、お袋だ。俺と同じ……いや、俺よりもやや淡い青の瞳をしていた彼女も、碧玉のピアスをしていた。
遺跡で死んだ彼女を、それでも俺は不幸だとは思わなかった。
だから……というわけでもないが、どこかに縁起担ぎの気持ちはあるのか、俺の持っているピアスの石はそのほとんどが青い石だ。

「お守りの効果はあったみたいね」
“約束”を果たした後に、黄金樹亭で軽い食事をとっていた。ワインを手に、クレフェはそう笑った。
そんな彼女に、遺跡の土産を渡す。高価なものなんかじゃない。ただの銀の鎖だ。腐食しない魔法がかかっているだけで、ミスリルでも何でもありやしない。
けれど、彼女はその鎖で、ひどく喜んだ。
女に贈り物をしたのは二度や三度じゃない。相手が本気で喜んでるかどうかくらいわかるつもりだ。
クレフェは──心底、喜んでいた。
それは多分、「精霊を縛っていた遺跡の一部だ」と俺が告げたから。
そして、だからこそ俺は彼女への土産にそれを選んだ。

彼女は以前、こう言った。
自分ばかりが操り人形のようにされるのはまっぴらだ、と。そして、かなうならば、自分を縛るその糸を逆から手繰って、精霊を縛り返してやりたいと。
不思議と反感は抱かなかった。
その代わり……ふと、思った。
彼女は、自分の周りをめぐる精霊たちの力を、その存在を何もかも許して受け入れることが出来るのならば、一瞬で全てが楽になるのだろうと。
糸を感じるという彼女は、おそらく資質に恵まれている。小さな頃から、鬱陶しいほどに感じていたというのならば尚更に。

精霊たちの力と感応しあう力。それが精霊使いに必要な才だ。
彼女は敏感で、感受性が高い。それだけに留まらず、縛り返して操ってやるという気概。それは、精霊の力に呑み込まれないでいるだけの「自分」を形作っている。
“才”だけでは駄目で、“我”だけでも駄目で、そして“技”だけでも駄目で。
何かが突出していれば、その何かのために苦しむことになる。相手が精霊だから尚のこと。それが精霊使いだ。
彼女には、才もある。我の強さもある。そして、正確な実力はまだ掴んでいないが、技もある。ただし、その技を伸ばすために、彼女自身のこだわりが邪魔になっている。
そして彼女が苦しんでいるのは、“才”だけが突出しているからだろう。

ただそこに在る。それが自分を縛るのではなく、操るのではなく。自分は自分としてそこに在るし、精霊たちの力はそれとしてそこに在る。
たったそれだけのことを認めれば、おそらくは楽になれる。クレフェは。
けれど……いつか縛り返す、そう囁く彼女は、だからこその輝きに満ちていて。
突き進む姿はどこか危ういのに、その姿こそが綺麗だと思わせる。

その強気な笑みに見とれて、彼女が以前、銀細工の店で言った言葉の意味を聞くのを忘れた。
「アクアマリンのピアスは幸運のお守りにはならなかった」
そう呟いた水色の瞳に、その意味を。
 
お目覚め
ラス [ 2003/07/13 0:55:51 ]
 エレミアから戻ってきたユーニスが、ファントーに土産を渡したいと言っていた。
家を訪ねてもいいだろうか、とわざわざ聞いてくるから、いいよと答えた。
ただし……昼頃だと寝てる可能性が高い。
なにせ、最近は眠りの浅さに拍車がかかって……いや、暑いせいだとは思うが。
だから、こう言った。
「寝てたら、お姫様のキスで起こしてくれ」

そして、今日の昼。
寝室のドアが躊躇いがちに開かれた。そのことには気付いていた。その少し前から、いつもと違う気配がドアの向こうにあることも気付いてた。
ただ、敵意があったわけじゃないから、起きようという気にはならなかっただけのこと。
気配を放置して、寝る。

………………が、妙に落ち着かない。
なんかこう……躊躇う気配がどうしても周りに。
半分寝ぼけた頭で考えていた。カレンじゃないのはわかる。ファントーでもない。確かに敵意はないんだが……。

──かしゃ。

金属音っ!?
驚いて目を開けると。
そこには何故か、武器を手にしたまま躊躇っているユーニス。

「……ユーニス。キスに躊躇うお姫様を希望したはずだが。……それじゃ、初めての“仕事”に躊躇う“蛇”じゃねえか」
「え。あ。おはようございます! ああ、よかった、起きてくれたぁ〜。いえ、ホントにキスしなきゃ起きてくれないのかと……それで、たまたま持ってた護身用の武器を持って、ちょっと気分を落ち着けようと……」

…………やっぱり、ユーニスへの誕生日プレゼントは武器のほうがいいんだろうか。
本気でそう考えた。
とは言え、あまりにもそれじゃ味気ない。
やっぱり予定通りに仕立屋に連れて行くことにするか。

ただ……なぁ。ユーニス。そろそろその武器、腰に戻してもいいんじゃねぇか?
 
馬鹿VS馬鹿
ラス [ 2003/07/21 21:06:20 ]
 夕方。ダルスがうちの庭に来て、何やらがたごとやっていた。
<>見ると、ダルスだけじゃなくて何人かの若いドワーフもいる。
<>広げているのは材木。手にしているのはそれぞれ鑿や槌や鋸や。
<>
<>何をやってるのかと思っていたら、数刻後にダルスが窓から顔を覗かせた。
<>「シタールからじゃ。ああ、大黒柱には傷をつけんようにの」
<>そして、俺の手に渡していったのは、小さな鍵。
<>
<>庭には、いつのまにか小振りの四阿(あずまや)が建てられていた。
<>
<>そう言えば、以前シタールが言ってたっけ。
<>「いつかここの庭に四阿作ろうと思ってんだ」
<>……ひとんちで勝手にお楽しみプランたてやがって。
<>まぁ、いいか。邪魔になるもんでもないし。
<>
<>そう思って、早速、中に入ってみる。作業時間が短かった割には作りはしっかりしている。
<>なるほどドワーフってもんは、こういう作業に向いてるんだな、と妙に感心。
<>そして、ダルスが言っていた大黒柱を見る。
<>まぁ、小振りの四阿を支える程度の柱だから、さほどの太さではないが……。
<>
<>……………は?(刻まれた文字を発見。「シタールより愛を込めて」)
<>
<>…………………………………………………。
<>
<>
<>翌日。
<>俺はダルスの宿に行った。
<>
<>「おう、どうした。四阿は気に入ったか」
<>「ああ、すごく気に入った。……ということで、シタールにお返しをしたいんだが」
<>「なんぞ、儂に出来ることがあるのか」
<>「……でかいワイン樽を手配した。その表面に文字を刻んで欲しい」
<>「ほう。何と刻む?」
<>「“シタール命 fromラス”(きっぱり)」
<>「……で。中には酢でも入れるつもりか」
<>「いや、上等なワインだ。ワイン好きのアイツが、もったいなくてその場で樽を叩き割れないように。大事にとっておきたいけれど、近くで眺めているのはイヤな。どうせなら早く飲みきってしまいたい、けれど、急いで飲むにはもったいない……そんな上等なワインを」
<>「いかにも、あやつが悶えそうじゃの。……承知した。一言一句違わずに刻み込もう」
<>
<>そして、そんなワイン樽が届けられれば、何故なのかとライカに詰問される。
<>どう誤魔化すのか。
<>誤魔化しきれなかった時の、ライカからの制裁も。
<>それを楽しみにしながら、俺は、四阿の柱を塗るための塗料を買って帰った。
 
ここ数日。
ラス [ 2003/08/07 23:35:36 ]
 “二重螺旋の井戸”で稼いできたのは、2万と……えーと、幾らだっけ。まぁいいや、3万に少し足りねぇくらい。

「……それって凄いの?」

真顔でファントーに聞かれた時は何て答えようかと思った。
いや、多分凄いんだろうとは思う。そこそこ稼いだな、と思った。
でも、実を言えば、これ以上に稼いだこともあるし……ん〜〜……。

返事に迷ってたら、カレンが溜息をついていた。
曰く、
「オマエ、ファントーに金の価値教えたことあるか?」

ない。

…………いや、だって、普通はてめぇで覚えるもんだろ!?
確かに、普段は山の中で金なんかつかわずに……いや、まぁ……そうか……(納得)。
んー……めんどくせぇ。それは、うん。そのうち。


そのうち……と思っていたら、オランは祭りに突入。
勘弁してくれよ。ただでさえ暑くて参ってんのに、更に人ごみか。
去年の今頃は、精霊に……特に精神の精霊たちに敏感になっていたせいで、ろくに外を歩けなかった。
今年はそれよりは随分とマシになったから……とは言え、進んで人ごみに出たくもない。

そう思っていたのに、そういう時に限って呼び出される。
祭りでオラン中がごった返している……とくれば、娼館のあたりもいろいろとあるわけで。
そして、いろいろとあった後には、その後始末もあるわけで。

どんな事件があってどんな対処をしたのか、どんな犯人がどんなことをしたのか。
慣れねぇ書類仕事が進まずに、結局、家まで仕事を持ち帰る羽目になった。
うだうだしたり、ぐったりしたりを繰り返して、それでもようやく書類を書き終えたのは、持ち帰った翌日の日暮れ。
とりあえず届けてくるかと、家を出ると、庭の四阿でシタールが昼寝をしていた。

………………八つ当たりしなかった俺は、案外オトナだと思った。
 
日々の賜
ラス [ 2003/08/11 0:13:27 ]
 シタールが、遺跡に行くらしい。酒場で誘われたとか。
それにはセシーリカも同行するとか、遺跡そのものは結構期待出来そうだとか。
そんな話の割には、顔が渋い。いや、「渋いイイオトコ」なんじゃなくて(きっぱり)。
一緒に行くことになりそうな、若い戦士がどうにも気に掛かると言う。

そんな話を聞いた翌日だった。酒場でヘイズに会ったのは。
ちょうどよくセシーリカも一緒だった。
あー……なるほど。シタールが気がかりな部分ってのがわかったような気がする。
それは単純に剣の技術だとか、遺跡での経験だとか……そんなものじゃなくて。
覇気というか、気概というか。

ガラにもなく説教垂れちまったけど……ホントにヘイズの野郎、あの状態で遺跡に行くつもりなんだろうか。
「ま、たっぷり土産持って帰ってくるからよ。おまえのほうも、こないだ言ってた遺跡の件、進めとけよな。ライカが資料集めてっから」
ばしばしと俺の肩を叩いて笑ったシタール。
ま、こいつが行くんなら大丈夫か。

と、まぁそんなことをベッドの中でだらだらと考えていた。
そろそろ起きようとは思うんだが、どうにもかったるくて起きる気もしねぇ。
暑くて寝不足なせいか、頭痛もするし。今日は1日寝てっかなー……と思ったら。

「ラスー。いい加減に起きなよー。もう昼過ぎだよー」
ファントーの声。
放置して寝ようとすると、ゆさゆさと揺すぶってくる。
「ねぇってばー。俺、これから出かけるから、ちゃんと起きててくれないと」
「うるせぇ。チョーシ悪ぃ。寝てるから勝手に出かけろ」
「え。具合悪いの? ちゃんと食べないから夏バテ……あ、そうだ!」
イイコトを思いついた、とでも言うようにぱたぱたと居間へと走っていく。
ややあって、戻ってきた手元にはなんだか緑色の物体。そしてイヤーな匂い。
「この薬草、体にい(ぼすっ★)」



「…………なぁ、カレン。俺、最近、抜き打ちで当てるの上手くなったような気がする」
「ダガーか? それとも……」
「いや。枕」
 
鏡像
ラス [ 2003/08/12 0:02:27 ]
 何日か前に、ギルドに提出した報告書。
祭りの最中に、娼館で起こった幾つかの揉め事に関するもの。
それも終わってひと段落……と思ったのもつかの間。再提出を求められたのが数枚。
単純なミスだったり、後から事情が変わったものだったり。
渋々出向いた、稲穂の実り亭でそれを眺めていたら、顔を出したのは配達途中のネオン。

遺跡に行くんだってな、とか。そんな話を皮切りに幾つかの世間話。
──そう、確かに俺は多少機嫌が悪かったかもしれない。
思い出すのは、こいつと最初に会った時。
「噂を聞いて、憧れてました」と、ネオンは言った。
現役の盗賊でもあり、そして精霊使いでもある俺に、まだ未熟だけれど自分は同じ立場だから、と。

その言葉を嘘だとは思わない。全くの社交辞令だとか、演技だとも思わない。
けれど、どこか、何かが引っ掛かる。
微妙な違和感、とでも言うか。
何を言っても崩れない穏やかな笑み。荒げることのない澄んだ声。
二十歳にもならない男から感じるのは、余裕とか度量とか、そんなものじゃない。
そういったものが感じられない中で、くすくす笑って受け流されりゃ、多少、人を見る目のある奴なら勘違いもするだろう。
軽くあしらっている、小馬鹿にしている、とるに足らないものとしか認識していない。

こいつが時々、ギルドの古株や、同僚から嫌がらせをされるという原因がわかったような気がした。
俺自身は、そのこと自体はどうでもいい。
もっと人を小馬鹿にした奴なんか幾らでもいるし。程度が過ぎりゃ、そういう奴はハザードに放り込んできた。そうじゃなきゃスラムで、小便漏らすような目を見せてきた。
20年前ならやらなかったことを、ここ数年の俺はやる。
敵を作って楽しいのか、とリックあたりは肩をすくめるけれど。
敵を作らずにいるよりも、幾らかはマシだから。

森を本格的に出る頃……その前後、数年の間、タラントに居た。
そこで、親の昔なじみから盗賊技を覚え、森と街を往復してた変わり種の従姉から生活の術と、書物から知識を得ることを学び。
けれど、それだけじゃ生きられなかった。
他の街よりも半妖精に対する差別は少ないが、まるっきりないわけじゃない。
精霊魔法の遣い手でもある半妖精が、新人として盗賊ギルドに入れば、ある程度のことはある。

敵を作らずにいようと思った。最初は。
そうだ、ネオンと同じだった。穏やかに、感情を荒立てず。
もともと、感情をストレートに出すことは嫌いだった。無意識にセーブしていた部分も多い。
だから、簡単だと思ってた。
しばらく経ってから、唐突に従姉に殴られた。歯を食いしばれ、と言って俺の襟首を捕まえるから、平手かと思ったら拳だった。
そうして、言われた。何よりも馴染んでいたエルフ語ではなく、共通語で。

「おぬしは、そんなことをするために森を出たのか」

返す言葉がなかった。
森にいた頃よりも、自分自身を欺き続けてることに、誰よりも俺が気付いていたから。
不思議な話だ。
敵を作ることを気にせずに、逆に進んで敵を作り始めたら、味方も増えた。
必然的に、路地裏での“作法”も覚える。“実戦”は、少なからず腕を上げる。

俺自身の、そんな経緯もあって、ネオンをつついてみた。
全てわかった上で、それでもと言うのなら、せめてそれを使うタイミングを誤らないようにと思ったから。
が、どうやら奴は分かっていなかったようだ。
一瞬、ネオン自身の気が逸れて、その時に呟いていた言葉を聞く限り、おそらくは小さい頃にあいつを、力で支配した奴がいるんだろう。
逃れるための手段。保身のための技。震えを止めるための自己欺瞞。
一皮剥けばそれが見えてくるあたり、いっそ羨ましいほどに正直だ。

実際に俺が子供だった頃。こんな風に泣けていたら。
思いかけて首を振った。差し伸べられる手は無かった。自分を包む、たった2本の腕を守るためだけに、あの頃の俺は涙を呑み込んでいたんだから。
……ネオンを見ていると、ケツの座りが悪くなる理由がわかった。
誰にしても、歪んだ鏡を見せつけられるのは居心地が悪い。

────やっぱり、水桶、ぶっかけてやりゃ良かったかな。
 
居心地
ラス [ 2003/08/14 3:26:50 ]
 「俺って素直?」

聞いてから、間違えたと思った。
そういう表現じゃなくて……えぇと……。
例えば、俺がいろいろと誤魔化していることや、装っていることや……そういったことが、全部バレバレなのか、と聞いてみたかった。
平気じゃないものを平気な振りをしてみても。
苦手な奴の前で笑ってみせても。
カレンはいつも気付くから。だから、そんなにバレバレなのかと思って。

言い直そうとする前に、カレンはあっさり頷いた。
「それ以外に言葉がない」と。

聞いてみたかったのは、例えばネオンと相対した時に俺が感じる居心地の悪さを、俺の周りの奴らも感じるのかとか。
おまえはどこまで知ってて言ってるんだ、とか。
そういうことだ。
けど、あっさり頷かれて、気が抜けた。

そして思った。
ネオンと話していて、少なからず昔のことを思いだした。そして、それに引っ張られそうになった。
多分……いや、これを言えば、「何もかもそのせいにするな」なんて怒られるのかもしれないけれど。多分、暑さのせいだ。
毎年のことだが、夏になると体力が落ちるから、そうなると気力も減退してくるわけで。
些細なきっかけで、引っ張られそうになる。それでも踏みとどまった。
それは多分、俺が何を誤魔化そうと、どんなに隠そうと、いつでも見破る奴がいるからかもしれない。

いろいろと知ってるから見破るのか、それとも……と考えたところで、カレンに言われた。
「ファントーがおまえのためにって摘んできた薬草。せっかくだから飲め。飲ませてやるよ」と。
一瞬、マジにやりそうな気がして、思わず血の気が引いた。
慌てる俺を見て、カレンが笑う。だから、素直なんだ、とでも言うように。

こいつは、俺が薬草を苦手とする直接の原因を知らない。
味が嫌いだとか、体質に合わないとか、そういった誤魔化しの言葉しか知らない。
なのに、冗談でそれをネタにしたり、俺の体調が悪い時には飲ませようとはするけれど、それは決して無理矢理じゃない。
──事実を知っているかどうかは、案外無関係なのかもしれない。

言わずとも分かること、というのなら。
それは多分俺も、カレンのことを知っている。互いに互いの全てを知っているわけではないけれど。
それでも、気付くことはあるから。
だって、少なくとも、あいつの傍は居心地がいい。それで十分だと思う。
 
独白の行き先
ラス [ 2003/08/17 20:17:19 ]
 昨日の夜は、仕事に出かけていた。
手伝ってくれないと調べ物が進まないという、ライカの瞳を知ってはいたけれど。
それでも今の内に「あのあたり」を、ある程度落ち着かせておかないと、遺跡どころじゃなくなるから。

そもそも予定通りに進まないのは、俺の能率が悪いからなんだけど。
夜から朝にかけてなら、多少は気温も下がってまともに動けるようになるから。
ただ、タイミングが悪かった。
仕事が終わる頃に声をかけてきたのは、馴染みの娼婦。
最近夏ばてって言ってたから、と持ってきたのは…………なんだ、おまえもファントーも示し合わせてでもいるのか。

しかも、彼女が手にしていたのは、よりによって「一番ヤバイ薬草」。ただし、俺にとってだけ。
逃げるタイミングを失って、息苦しさと霞む視界に、その場にへたり込む。
彼女の個室を借りてしばらく休んで……気が付いたら夜だった。

ライカの家によって、遺跡の資料を受け取って、自宅に帰る。
昨夜は今朝までに帰るつもりでいたから、ファントーやカレンが心配してるかもしれない。
……いや、まぁ、無断外泊はいつものことか。

そして、玄関を開けると出迎えたのは……いや、出迎えたんじゃなくて、たまたま台所方面から通じるドアを同じタイミングで開けたのが、水桶を抱えたファントーだ。
もう夜も遅いってのに、まだ起きていたのかと口を開きかけた瞬間、逆に怒られた。
「どこ行ってたんだよ。カレンが大変なんだから」

夏風邪なのか、祭りの間の忙しさがたたっての過労なのかはわからないけど、熱を出しているとか。
全く、あの野郎……。俺に、薬草飲めとか言っておきながら、てめぇがそのざまか。
とりあえず様子を見に行くか、と寝室に向かいかけたら、今度はユーニスが居間から出てきた。
ファントーに作ってもらったとかいう薬の器を抱えて。
ちょうど昼過ぎに神殿前広場で行き会って、そのまま付き添っててくれたらしい。

「さっきまで……あの、私の声はまだ生命の精霊には届かないけれど、さっきまでずっと傍にいたんです。せめてラスさんが戻ってくるまで、と思って。今は眠ってらっしゃいますけど……あの、えっと……ラスさんは……」

なんだか歯切れが悪い。……言葉の内容よりも、抱えている器から漂う匂いのほうが気になるんだが。

「(ずい)あの、ラスさん!」

…………近づけるな。その器を(汗)。

「私、聞いちゃいけないこと、聞いてしまったかもしれなくて……あの、でも本当ならラスさんが聞くべきことだったかもって……ううん、ああ、そうじゃなくて……ラスさんが知っているなら……ああ、どうしたらいいと思います?(ずずい)」

……いや、だから…………その器を(汗々)

とりあえずユーニスから……じゃなくて、ユーニスが持っている器から逃げるように寝室に行く。
ユーニスの言うとおり、今は寝ているらしい。
……火蜥蜴の力が強いな。

火蜥蜴に、落ち着くようにと呼びかけながら、ふと思いだした。
さっき、ユーニスは何を言おうとしていたんだろう。
 
ふざけるな。
ラス [ 2003/08/18 22:17:34 ]
 昨夜、聞き損ねたことを聞こうと思っていた。
だから、仕事を終えたらユーニスに会いに行こうと思っていた。
そうしたら、仕事の途中でユーニスに出会った。霞通り──娼館の多い通りで。

切れ切れだったし、ひょっとしたら自分で考えるうちに修正した部分もあるかもしれない、と言い置いて、ユーニスは教えてくれた。
前の晩に、カレンの枕元で聞いてしまった幾つかのことを。

大切なものを喪いたくなくて、けれど、それは大切であるが故に、いつか喪うことが怖くて苦痛の種にもなってしまう。
手を伸ばせば伸ばすほど……守ろうとすればするほどに、絆も深まるけれど喪うことが怖くなる。
そんな自分は間違ってるのか、と。

ユーニスの言った意味を少し考えて、そうして思い当たる。
カレンが、それほどに「大切」だと思うのが……たった1つじゃなくて、複数のものなら。
そのうちの1つはおそらく俺のことだ。
そう思うことを、うぬぼれだとは思わない。それは事実でしかない。

あれは……1年半前(#{109})か。
ちょっとしたいざこざがあって、俺が怪我をした時のこと。
カレンがぼそりと呟いた。
「今度こそ助けられないんじゃないかと怖くなる」と。
それを確かめたくなかったのかもしれない。あの時、奴は俺に癒しの奇跡を使わなかった。
意識がなかった間のことは知らない。けれど、使おうとはしなかったと、診療所のヤブ医者が言っていた。

多分、俺は知っている。奴が言葉に出さない幾つかのことを。
オランに来てから……とくにここ1〜2年、奴は神殿にきちんと通っている。神官として奉仕している。
窮屈で好きじゃないと言いながら、奴の神官衣はいつも清潔に保たれている。

神官でいたいのか、そうじゃないのか、と問いかけたこともある。
そうしたら、神官という立場にこだわってはいないと笑った。
けれど、その後に小さく呟いた。それでも、神の声が遠ざかるのは怖いと。

…………神とか言う野郎のことなんざ知らねぇ。少なくとも、そいつは俺の知り合いじゃない。
ただ、それでも。
すがりたいのかもしれない。
そこに救いがあるのかもしれない。

「あの時は、救えなかった……」と。
「どれほど強く請うても、もたらされなかった……」と。
とぎれがちな意識のなかで、震える声を聞いた記憶はある。

…………言ってやりたいことは幾つかある。
けれど、そのなかでも一番最初にというのなら。

「ふざけるな」だ。
 
結果と責任
ラス [ 2003/09/08 1:16:38 ]
 <PL注:#{230}の続き>

枕元で、雑多な人の気配があった。
ついさっきまでしていた、馴染みのある気配とは別の。
目を開けると、霞む視界の中にネオンが見えた。ネオンの胸倉を掴み上げているのはカレン。

それを止めて、とりあえずネオンの話を聞いてみる。
……が、話、というほどには筋道は立っていなくて。
ネオンが、服を調達したからこそ、俺はあの診療所を抜け出せた。
そのことをネオンは気に病んでいた。
そして、自分が何も出来なかったことを。

そのこと自体、俺は責めちゃいない。
カレンの気持ちとしては、俺が抜け出す手伝いをネオンがしたという事実が気に入らないのかもしれないが。
ただ、迷っていたネオンに無理矢理それをさせたのは俺だ。
あの時、あの状態で動き回れば、どうなるのか。そのことを俺は知っていた。
後から何日寝込む羽目になろうが、どれほどの苦痛と引き替えにしようが…………それでも、俺はあの時点で動けた、たった二刻あまりの時間が欲しかった。
俺にしか行けない場所で得られる情報が欲しかった。
それは、戦線離脱をする前に、最後に俺が出来るカレンへの手助けだったから。

だから、俺がネオンに対して抱くのは、むしろ感謝だ。
けれど、ネオンが気に病んでいるのはその点だけじゃなかった。
自分に力が無かったことを。力の無さ故に何も出来なかったことを。
ただ、謝り続ける。

熱と痛みに鈍った思考では、ネオンが何を求めているのかはわからなかった。
懺悔や告解なら、どっかそのへんの司祭にでもすればいい。
赦しが欲しいというのなら、俺に言うのはお門違いだ。そもそも俺は責めていない。

……多分、あの時の俺はわかっていた。
あそこで、ネオンに別の仕事を頼むことが出来れば……そうすれば、ネオンは救われたのかもしれない。
それをわかっていて俺は、帰れ、とだけ言った。
あいつが足手まといだから? 役に立たないから?
そうじゃない。もしもそうなら、帰れとは言わない。別の……全然無関係な用事を押しつけて、事件から遠ざけている。
動くなら止めなかった。
結果、動かないことを選んだのはネオン自身だ。

それなら、ネオンを責めるのも赦すのも、ネオン自身だ。
赦さなくてもいい。もし赦さないなら、その罰として、自分自身をどうするか。
力がなかったことを責めるのなら、力をその手に。
何も出来なかったことを赦さないなら、次には何かを為すことを。
それも結局は自分自身の……。

そう言おうとしたところで、セシーリカの平手が飛んだ。
俺と、ネオンに。

そして俺が言いたかったことは、セシーリカが言ってくれた。
……ついでに俺まで怒鳴られた。
カレンも文句を言っている。

何故、無茶ばかりする、と。

……そうじゃない。俺は、ネオンに言いながら……それでも、同じ事をおまえに言おうとしていた。
カレン、おまえが、叱られたガキみてぇなツラしてっから。
俺が痛みに顔をしかめるたびに、同じようにおまえの眉間がかすかに動くから。

その後、カレンから事件に関する報告を聞いた。裏で糸を引いていたアッシュという男のことも。
報告するカレンの顔を見ながら、納得した。
どうしてこいつがこんな顔をしているのか。どうして、いつものように俺を怒鳴りつけないのか。
責任を感じている。ネオンとは全く別の意味で。でもネオンと同じように。

昨夜、まだ意識がはっきりしていない時に、かすかに耳に届いた呟きがあった。
「すまない」と。あれはカレンの声だったような気がする。
何を謝る必要がある。
だから、俺はネオンに言った。
あの時、動くことを選んだのは俺自身だ、と。
誰かのせいじゃなく。誰かのためじゃなく。──俺は俺自身が納得したいがために、選んだ。
…………カレン、おまえだって選んだはずだ。
だって、そうだろう? 診療所で俺が気が付いた時、おまえの姿は傍になかったんだから。

それを……いや、それと、もう一つ。
カレンに言おうとして……言う前に体が限界だったのは情けない限りだが。
 
薬嫌い
ラス [ 2003/09/09 2:14:27 ]
 
「薬、飲む気はないか?」

カレンがそう聞いてくる。
俺は、笑みを浮かべて首を振った。馬鹿言うな、と。

「……だろうな」

溜息をつく。
おそらく、こいつなりに考えたんだろう。
騙して飲ませようとしても、もしも俺が気付けば、その後は、疑心暗鬼になってろくに食い物も口にしないだろうからと。

「例の……クソ医者から聞いたから。今のその熱は、直接、傷のせいってよりも、肺に残ってる血のせいだって。熱が下がらないと、それを吐き出す体力もないし、逆にそれがある以上は、熱は下がらないって。……そうなると、薬で熱を下げるしかねえだろ」

それは知ってる。俺もあのクソ医者から聞いてる。
ただ……どうしても思い出す。自分が思い出すよりも体が先に反応する。
それはもう40年も前の記憶のはずだけど。……と言うよりも、記憶として完全に残ってるわけではないはずだけど。

限りなく故意に近い偶然で、薬草師のミスで死にかけた記憶。
半妖嫌いのエルフの薬草師が、熱病にかかった半妖精のガキに処方したのは、毒と紙一重の薬。

自分でも、試したことはある。どうにか、それを克服出来ないのかと。
……言い聞かせる。自分に。
これは俺の命を奪うものじゃない。
誰も俺を殺そうとはしていない。
もしも、誰かが俺を殺そうとしても、今の自分は5才のガキじゃない。体力もあるし、技だってある。魔法だってある。
なのに、結局は、どんな薬草を口にしても吐き出すことになる。


「…………じゃあ、例えば」

なに?

「……口移しでも?」

……………………………………馬鹿か、おまえ。
 
悪夢
ラス [ 2003/09/10 0:55:59 ]
 
すまない、と謝る声が聞こえた。
……なんだ、カレン。またか。謝らなきゃならねぇ理由でもあるのか。
そして、声が続けた。
すまない、ラストールド、と。

………………それは、カレンが呼ばない名前だ。
ああ、そうか……親父の声だ。どうして気付かなかった。

──すまない、ラストールド。私は癒す力を持たない。

しょうがねぇだろ。親父は男なんだから。生命の精霊たちが応えてくれないのは当たり前だろ。

そう返事をしようとして気が付いた。自分が5才の子供だということに。
……これは、夢か。
繰り返し繰り返し……俺の手をとって、親父は謝り続ける。

──すまない。
──すまない。
──……すまない。

やめろよ。
謝るなよ。
そんな風に、何度も何度も……祈るように謝られると……何に謝られてるのか分からなくなってくるから。
だから、やめてくれ。

──すまない。
──すまない、おまえをこの森に連れてきてしまってすまない。
──この世に送り出してしまってすまない。
──すまない。私は後悔している。

……待てよ! 嘘だろ? 違う、聞いてない。
それは聞かなかった。そんな言葉、俺は聞いてない。あんたがそれを言うはずない。
だって、あんたがそんな風に謝っちまったら。あんたが後悔なんて言葉を口に出しちまったら。
俺の……あの森での24年間は。


ひやりとした感触に目が覚めた。

「……あ。悪い。起こしたか。汗かいてたから…………うなされてたぞ」

……カレン。
この部屋から、このクソ忌々しい薬の匂いを追い出してくれ。……今すぐ。全部。

「何言ってる。無理に決まってるだろ。飲むのは嫌だって言うから、湿布と塗り薬を……」

いいから。……そうでもしないと……また、妙な夢を見るから。
俺は、あんな言葉聞いてないのに。
夢の精霊のやつ……勝手に…………あれ以上……あの続きを聞いてしまったら……。

最後のほうはおそらく言葉になっていなかっただろう。
消耗した体は、否応なく意識を眠りに引きずり込む。
眠りに落ちる寸前、カレンの、困ったような……いや、なんだか、痛そうな顔が見えた。
 
誤解=正解?
ラス [ 2003/09/15 0:09:53 ]
 本当は、シタールに聞いて知っていた。

「あいつ、マジ、キツそうだったからな……」

ぼそりと呟いたシタール。
その後に、「神殿のほう、忙しいんじゃねえの?」と笑って誤魔化してたけど。

ここ数日、カレンの姿を見かけなかった。
ただ、朝になって目を覚ますと、着替えた形跡はソファの上に残っていたりするから、帰ってきてないということはないんだろう。
──カレンが、俺の怪我に妙な責任を感じているのは知っていた。
ということは、俺の状態を見ていたくないんだろう、というのは想像がつく。

本来なら、あいつが責任を感じること自体おかしい。怪我そのものは俺の不手際だ。
寝込む羽目になったのも、俺がそれを承知で動き回ったから。
苛立ち、なのかもしれないと思った。俺へと……そして、自分への。

だから謝った。

ついでに、俺が眠ってから、あいつが呟いていた言葉を知って、それに対しての文句も言った。
あいつが謝るたびに、妙な夢にうなされるから。
起きてる時に聞く言葉なら、ちゃんと意味はわかる。
なのに、眠っている時に聞くと、夢の精霊が勝手にそれに妙な展開をくっつけてきやがる。
だから、どうせ何か言うなら俺が起きてる時に……と。

そうしたら。

…………………………………………。
…………いや、言葉が足りなかったのは認める。長々喋るのは体力キツかったし。
なんとなく、やや誤解があるような気がする。(#{184}−No.21「謝罪の代わりに」参照)
……いや、あいつがそれを気にしないんなら、別にいいんだけど……でも……なんていうか……あー…………。



「……なんか、店が開けそうな勢いだな、この見舞い品。せっかくだ。果物でも食うか?」

………………………気持ち悪い。

「気分悪いのか? じゃ、今、冷たい水を……」

違う。おまえが優しいのが気持ち悪い。

………………………。
………………。

なんだよ、病人殴んなよ!


でもまぁ。とりあえず。
逃げ回っていた頃には、俺の目をあまり見なかった奴が、今は目を逸らさない。
傍にいると決めて、どこかが楽になったようにも見える。
それなら……まぁ、いいか。
昨夜は夢も見ずに安眠出来たし。
それがひょっとしたらこいつのおかげかと思えば……俺が気付いてなかっただけで、こいつの誤解も、ひょっとしたら正解なのかもしれない。
 
再認識
ラス [ 2003/09/24 0:08:28 ]
 調子は悪くなかった。だから、試しに抜け出してみた。
家の外に……正確に言えば、敷地の外に出るのは久し振りだった。
カレンやファントーは、事あるごとに「おとなしくしていろ」と言うが、俺としてはなるべく体を鈍らせたくはない。

数刻後の“稲穂の実り亭”で、多少の後悔……というよりも、再認識か。
人通りが少ない時間帯を選んだとは言え、往来を歩くだけで消耗する。走ってるわけでもないのに息が切れる。
稲穂亭に辿り着くまでに、いつもの三倍の時間がかかる始末。
挨拶やら報告やらを済ませ、帰る前にひと休み……と思っていたら、カレンに見付かった。

休憩ついでに、2人で話していると、現れたのはゴードンだ。久し振りにみる。
“法螺吹き”と名乗っている割には、法螺を聞いたことはない。
それとも、法螺を俺が信じているだけなのか。
……まぁ、売られるネタがガセなら売人シメるところだが、酒場の話に法螺が幾つ混ざってようが損をするわけでもない。

俺は、もともと自分のことを、あまり怒らない男だと思ってる。世間の認識とやらは多少違うかもしれないが。
短気だとか喧嘩っ早いとか言われることはよくある。
確かに、うぜぇことをどうにかしようと思って、そういう結果になるのはよくあることだが、別に俺は怒っているわけじゃない。
それに、短気と言うのなら、相棒のほうがよほどに短気だと思う。
……その日はそれを再認識することになった。

ゴードンに悪気はなかったのかもしれない。酒が入ってた可能性も高い。
ただまぁ……そうだな、多少は悪のりが過ぎたと思う。
そもそも、半妖精の俺が実際の年齢や経験よりも若造に見えることは仕方がない。
けれど、実はカレンもそうだ。実年齢よりも若く見える。表情が少ないから尚更なのかもしれないが。
そのことで侮ったか……それに気付くほどには、ゴードンはカレンという男に慣れていなかったのか。

立ち上がりざま、無表情に振り下ろされたカレンの拳が、ゴードンの掌に受け止められる。
受け止めて、笑ってみせるゴードンに、カレンが言った。
「判断材料のひとつだ」と。
そして、それは、俺から見ていても、判断材料のひとつになった。
カレンの行動の後のゴードンの反応。………………“法螺吹き”の野郎、わかってないで言ってたのか。



……なんだかなー。
困るんだよなー。相棒怒らせられると。……傍にいると、なんか、ぴりぴりしたモンが伝わってくるしー。ちぇー。

「……どうした。早く帰るぞ」
「あー……わりぃ、ちょっと休憩。あんまり急ぐと息切れる」
「………………そうか」
「…………あ、ごめん。……ちょっと……貧血っぽい」

情けなくもしゃがみこむ羽目になったのは、稲穂亭から家までの距離の半ば。
往来でしゃがみ込むのは何だかみっともない。ので、細い路地の角で。
時刻は夜中。月明かりも届かない路地。
…………たしかに見ようによっては、間違えてもしょうがない。
ここんとこ、ろくに食ってなかったせいで体重も落ちてたし。放っておいた髪は伸びてたし。

「……おい? 大丈夫か?」

俺の顔を覗きこむカレン。
そうだな、確かにそれも、誤解される姿勢だったかもしれないな。

「おや? ナンパでゲスか? いやぁ、妬けちまうでヤンスね! や、や、兄さん! 焦っちゃ駄目でヤンスよぉ? いっくらブロンド美人が相手だからって、嫌がる彼女の腕をそんな風に引っ張っちゃ! 強引な男は嫌われるでゲスからね!」

がすっ!
ばきっ!


「……………なぁ。カレン。さっきの」
「……言うな」
「いや、そうじゃなくて……」
「そもそも、オマエが俺に黙って抜け出すから悪いんだろう?」
「いや、あの……」

そうじゃなくて。
……聞き覚えのある声だったよな。……あの、木箱に沈み込んだ男。
ひょっとしたらカレンは気付いてないかもしれないが……ま、いっか。
 
戦乙女の息吹
ラス [ 2003/09/24 2:01:34 ]
 ネオンが酒樽を転がしてやってきた。
その前に、うさんくせぇ草原妖精(グラナ)が飛び込んできてたり、そいつに、せっかく拾った仔猫を奪われたりと……まぁいろいろあったが。それは割愛(ヒドイ)。

酒樽は、詫びの代わりだと言った。
そして、自分は迷うことをやめて、まずは足掻いてみる、と。
そう言ったネオンの顔は、確かに以前よりは、何かを吹っ切ったような印象を受けたけれど。

けれど、結局は「詫び」なのか。
そして、「足掻く」ところまでしか、その視野には入っていないのか。

だから、聞いてみた。
闇霊と光霊に声は届くかと。

俺もそうだったし、おそらく他の精霊使いもそうだろうと思う。
男の精霊使いなら、光と闇に声が届くのと時期を前後して、戦乙女に触れることが出来る。
俺のことを、「戦乙女憑き」と表現する奴らは多いが、実は俺だけじゃない。
本来なら、駆け出しを少し過ぎた頃、男の精霊使いは彼女に触れられる。
きっかけが何であれ。状況がどうであれ。
彼女は、俺たちに勇気をくれる。

それが、光と闇に触れる頃と同時期だということにこそ、意味がある。少なくとも俺はそう思う。
光の明るさを知り、その純粋さに触れること。
闇の暗さを知り、その恐怖を受け入れること。
自分の内外にあるそれを知って、それを見つめることが出来て、そうして、それに立ち向かおうとする。
そんな男に、戦乙女はその腕を伸ばしてくれる。

その頃に彼女が貸してくれる力。戦乙女の息吹。
槍の魔法よりも……そして、まだ俺は使えないが、鎧の魔法よりも。
最初に彼女たちが貸してくれるその力が、戦乙女の本質だと俺は思う。
彼女たちの息吹に背を押されて……そうして、俺たちは前に進むのだから。

駆け出しに毛の生えた程度で終わるならば、もともと生まれ持った“才”だけで十分だ。
最初に“才”で触れたものと、交流を深めて、力として身につける“努力”も必要かもしれない。
けれど、それだけじゃ足りない。
精霊たちに意識を近づけても、流されない自分。
精霊たちをこちら側に呼びつけるための、傲慢なまでの力。

流されやすい奴なら、上にはいけない。
“我の強さ”。
それは、例えば生意気な口を叩けとか、威張り散らす人間になれとか、そういう意味なんかじゃなくて。
精霊界から、自分を頼りに物質界に来てくれる彼らに対する礼儀と義務だと思う。まずは自分自身を見失わないで済むだけの“我の強さ”を手に入れることが。


まだよくわからないと正直に言ったネオン。
その正直さはおそらく救いだ。わからないと言えるなら、そこから進むことも出来るから。
だから、“才”の他に何が必要なのかは自分で考えろ、と言った。
ネオンがどんな答えを見つけるのか……それによって、ネオンがどんな精霊使いになるのかが決まる。
俺は、“我の強さ”を、それだと思った。だから俺はこういう精霊使いになっている。

詫びを持ってきたことで、こないだまでのことにネオン自身、蹴りをつけたんだろう。
それならそれは受け取ることにする。
そもそも俺自身は、詫びられる筋合いじゃないけれど。

蹴りをつけた後。
本業は精霊使いだと名乗るなら……どんな精霊使いになるのか。どこまで目指すのか。
若い精霊使いの分岐点を目の当たりにするのは、なかなか楽しい……なんてのも、他人事だからか。
願わくば、ネオンの背にも戦乙女の息吹があらんことを。


………………つくづく、俺は同業者に甘いな。
 
買い物
ラス [ 2003/09/27 0:26:18 ]
 昼。以前からの約束通り、セシーリカと待ち合わせて、カレンも一緒に買い物へ。
ごたごたしている頃に、セシーリカには面倒をかけたから……ってのもあるが、
それよりも、その間に、セシーリカの誕生日が過ぎてしまっていたから。

おまえ、プレゼントすんの好きだよな、とカレンは笑うけど。
……そもそも、カレンだってそうだ。俺の誕生日にわざわざ用意したりするし。
なんだろう、単純に……そう、嬉しいのかもしれない。
贈り物をした時の、相手の顔が。

というわけで、セシーリカを連れ込んだのは、仕立屋。
カレンが一緒にいるのは、俺の付き添い兼、カレンも何だかんだ言っても贈り物好きだから、セシーリカに誕生日プレゼント。

セシーリカはしきりに遠慮していたが、仕立屋の中で広げられた布地を見ると目が輝き始める。
こういうところはやっぱり女の子なんだな、と……口に出したらきっと殴られる。
なにせ、病み上がり相手でも手加減一切ナシだから。

露出が多いのは嫌だと言うセシーリカに見立ててみたのは、上品な織り柄のある深緑の布地。
じゃあ、それを……そうだな、Aラインのロングスカートのワンピースに。
ボタンはガルガライス産の、白い貝殻を使って……(見立て中)

「ちょっと待ってよ、ラスさん! そんな高価なもの、駄目だってば。カレンさんも何か言ってやってよ!」
「………………じゃあ、俺は……同じ柄の布で帽子とストールでも。……どう思う? ラス」

ああ、いいんじゃねえの?
合わせるなら……んー……薄茶、いや、オフホワイト……浅緑……いや、ベージュだな。淡いサンドベージュでどうよ。

「……うん、いいな。じゃあ、それを」
「ちょっと待ってってば、2人ともっ!!!」

ある意味、買い物ってぇのは、ストレス発散になると思う。
女性たちが買い物に燃える気持ちが時々わかる。
だからまぁ……ひょっとしたら、セシーリカはダシだったのかもしれないと思う。
純粋に買い物三昧するほど、自分に欲しいものもあまりないし。

そして、帰り道。
近くの店で昼メシを食いながら、ふと考えてみた。

確かに、昼間の往来を歩くとまだやっぱり疲れるが……随分とまともに動けるようになってきた。
ここらで、ちょっと……回復度合いを測ってみたい気がする。

ということで、カレン。
帰ったら、付き合って欲しいことがある!(意気込み)
 
仕事復帰?
ラス [ 2003/09/29 23:40:15 ]
 今日、足を運んだのは霞通り。
完全回復、とまではいかないが、まぁ往来でしゃがみ込むことは無くなった。ので、顔を出しに。

というのも、あの時、兎たちを仕切っている“女将”たちの1人に借りを作ったから。
あの場でどうしても、早くて正確な情報が欲しかった。
人を間に挟むことを好まない彼女たちに会うために、俺が自分で動いた。
まぁ、そのせいもあって、あの後、つい先日まで寝込む羽目になったんだが(滅)。
ともかく。
その時に、取引も駆け引きも出来る状態じゃなかった俺が口にしたのは、
「事が片づいたら何でもする。だから、今、教えてくれ」

……「何でも」と。
んー……………何やらされんだろ。
とりあえずまだ、肉体労働とか荒事は勘弁して欲しいんだが。

嫣然と笑う“女将”の1人、ウィステリア。
……50近くなってこの色気は反則だろう。

「いいコだね、ラス。自分から来たかい。そろそろ呼びにやろうかと思ってたのにさ」

……いいコって……いや、俺、あんたとほぼ同い年……ま、いっか。

「心配おしでないよ。あんたを酷い目に遭わせちゃ、若いコたちにアタシが恨まれっちまう。労働でもないし荒事でもない。ちょっとばかりその頭を借りたいんだ」

そう言って、持ち出してきたのは1つのチェス盤。駒もセットになっている。
見るからに高級品だ。
白と黒の大理石を嵌め込んだ見事な盤。それに淡く透明な翠色の、翡翠の駒と、艶やかな黒瑪瑙の駒。

──鑑定しろと言うなら、俺は専門外だ。少なく見積もってもセットで3000ガメル。下手をすれば、5000ガメル。芸術的価値を云々するならもっと……。

言いかけたところで、制された。

「価値なんてどうでもいいのさ。これは、とある高級娼館の備品だったんだがね。いつでも同じ部屋と同じ娼婦を指名する客がいた。その客の目当ては、兎よりもこのチェス盤さ。素封家でね。払いは良かった。連れ合いをもう亡くしていたから、毎晩のように部屋を借り切っていたよ。そんなに好きなら売ろうかとも言ったんだけどね。シノアと……ああ、シノアってぇのは、いつも指名されていた兎の名さ。シノアとこの部屋で打つのがいいんだ、と」

そこまで聞いて……おぼろげに寒気を感じた。
はっきりと姿は現していない。ただ……まとわりつく寒さは……これは。

「気付いたね。そうさ、その客がこの盤にまとわりついている。名前はランドルフ。……ランドルフ爺さんが亡くなったのは、3ヶ月前だ」

──まさか、この爺さんを追い払え、と?

「そう。ただし、勘違いおしでないよ? あんたの魔法で何とかしてくれと言うのじゃない。死んじまったとは言え、いい客だった。シノアもそりゃぁ気にしていたんだ。ただ、先月……可哀想にねぇ、事故で死んじまったんだよ、シノアも。だから、シノアへの手向けでもあるのさ。これにまとわりついてる爺さんをどうにか、あるべき場所に還してやって欲しいんだ。爺さんの未練はわかっている。この盤そのもの……そして、チェスの勝負だ」

──はぁ?

「爺さんは、そりゃぁチェスの名手でね。シノアもなかなかの打ち手だったらしいけど、いつもシノアは勝てなかった。近隣のチェス仲間の間でも負けナシだったらしい。そんな爺さんの望みは、『いつか、自分を負かすような相手と勝負をしてみたい』ってこと。……わかるかい?」

…………………………わかった。
わかったけど。ひとつ、問題が。
俺、チェスって…………やったことねぇんだけど。

「さ、わかったんならもういいだろ? とっととその盤を持ってって、爺さんを負かしてやりな。なぁに、あんた自身が負かさなくていい。ひょっとしたら、チェスをする時には、あんたが爺さんに体を貸す羽目になるかもだねぇ。そうそう乗っ取られやしないだろうし、乗っ取ったとしても、爺さんの興味はチェスにしかないからね。安心しとくんだね。報酬は、その盤だ。シノアもいなくなった今、その盤は誰のものでもない。あんたが爺さんを還してあげたら、その盤は好きにしな」

いや、だから。
チェスのルールって……?

その日の明け方。
霞通りから家に戻るまでの道のり。抱えていたチェス盤が妙に重く感じた。
そもそも、これを持ってると寒いんだっつの!

とりあえず……誰かにルール教わるか(爆)
 
チェス三昧
ラス [ 2003/10/03 3:52:57 ]
 ──チェスの駒の名前は覚えた。

古代王国への扉亭で、まずスカイアーとカールが諦めたように首を振った。
そして、一時期は賭けチェスで稼いだというウィントが子供扱いされた。

──駒の最初の配置と、駒のそれぞれの動きも教えてもらった。

家では、プロブレム扱いされたカレンがいろいろと放棄して逃げ出した。
様子を見に来たイゾルデが、チェス盤を見るなり笑って逃げた。

──ゲームのやり方と、どこがどうなれば勝ち負けが決まるのかも覚えた。

僕に全て任せるのです!と大言吐いてやってきたミゲルが30分後にイカサマだと叫んでた。
俺らに任せな!とポーズをつけながらやってきたJRは20分後に俺が蹴り出した。


………………………………………。
……………………。

爺さん、いい加減にしてくれ。
いや、確かに冒険者連中は、あまりチェスに強い奴はいないだろうけど。
あんた、強すぎだ。

1日に10局も付き合わされるこっちの身にもなれ。
そのたびに寒い思いはするし……そもそも疲れるっつの。



さすがに、それだけ付き合わされれば、3日でそこそこ覚えるには覚える。
とは言え、経験の浅さは如何ともし難く。
そして俺は爺さんが指してる間、別のことを考えていたりする。

この爺さん、ひょっとして……チェスに負けたとしても昇天しねぇんじゃねえだろうか。
確かに、チェスにこだわってる。このチェス盤にも愛着はあるんだろう。
だからこそ、このチェス盤にまとわりついている。
そして、俺を利用して、チェスをする。
けど……それだけが「こだわり」の全てじゃないような気がする。

勘だ。
勘に過ぎない。
けれど、爺さんは、チェスの手を考えながらも、何か別のことに想いを馳せているような。
少し……調べてみるか。

「ラスー。お客さーん。チェスしたいってさー」

…………………………………………。
またかっ!! さっさと呼べ! 畜生!(毛布を引き寄せつつ)
 
棋譜と棋譜の間
ラス [ 2003/10/05 4:20:22 ]
 積み重なっていく棋譜。
読み方も付け方も、半分くらいしかわかんねぇ。
そして、未だに誰も爺さんに勝てない。
……爺さん、そんなに強かったのか。そりゃあ未練もあるだろう。

とは言え。
……それだけじゃねえよなぁ。ってか、なんで爺さん、そのことは教えてくんねぇんだろ。
ってか、それって俺の勘違い? 単に、爺さんはホントに負けさえすれば昇天すんのか?

そんなわけねぇ、と返す自分の言葉が……やっぱり勘でしかない。
なのに、俺からそれを聞いたカレンは、じゃ調べてくると霞通りに出かけた。
俺も手伝う、とエクスが笑った。
………おいおいおい。後から勘が外れてたって言っても、怒らねぇか、おまえら。


そして、俺はと言えば。
今日もチェス三昧。
朝から数えて12人目の挑戦者はクレフェ。
……粘る。粘るが……駄目か。
それにしても、チェス盤を睨むクレフェの真剣な眼差しが妙に色っぽくて。
思わずそのまま寝室へと……。

ナイスタイミングでドアを叩いた無粋な野郎が2人。エクスとハイウェイ・スターだ。
エクスは、調べ物の前に、チェスに挑戦すると笑ってた。
そして、ハイウェイ・スターは、俺のことをランドルフ、と呼んだ。
……ランドルフ。俺の背後の爺さんの名前か。つまり、スターはランドルフ爺さんを知っているってことだ。

さて。面白くなってきた。
それは、スターやエクスとチェスを指す爺さんの思いだけじゃなくて。
オランで調べても、どことなく不透明だった爺さんの過去を知る人間が目の前にいる。それが俺にとっては面白い。

ブリッツ(早指し)でやった2局とも、爺さんの勝ち。
そして、エクスが霞通りへと情報収集に出かけたあとに、スターが教えてくれた。

爺さんはもともと西では勝負師として名高い男だった。15年前までは。
オランで金貸しを始めたのは10年前。その間の消息は不明。
15年前に、“蠍の瞳”と呼ばれるエレミアの代打ちとした勝負に、爺さんは何か思い入れがあるらしい。
その棋譜を知っていたスターが同じように指した手に、ひどく興奮していた。

“蠍の瞳”の背後に居たのは、“皇帝髭”エスワルド。
オランに来てからのランドルフが、消息を知りたがって探していたらしい女が、スタシア・フェイール。それはエスワルドの妾の1人。
スタシアには年の離れた妹が居たという噂。
スタシアは、生涯エスワルドに、本当の意味で傅くことはなかったという噂。

今現在は……エスワルドはおろか、“蠍の瞳”も、スタシアも、みんな墓の下だ。
もちろん、ランドルフ本人も。そして、ランドルフが通い詰めた先の兎、シノアも。


………………………死人は死人同士で決着つけろっての。
爺さんのチェスに付き合ってるせいで、毎日、ベッドに辿り着くのがやっとというくらいに疲れる。
とは言え、俺が請け負った仕事だ。
カレンやエクスに任せきり、というわけにもいかない。

そろそろ腰を上げるとするか。
…………とりあえず、今日の挑戦者を片づけてから。

……………………また、おまえか。ミゲル。
 
調査結果
ラス [ 2003/10/07 1:34:17 ]
 酒場で出会った貧乏な穴熊と、世間話をしていた。
ハマーと名乗ったその穴熊に、笑い話のネタも聞く。
遺跡で罠の解除に失敗して、扉を開けた戦士が口から煙吹いたとかそういうの。

そして、次にハマーの口から出たのは、何故かランドルフの名前。
俺が書いた貼り紙を見て、ハマーが教えてくれた。

数ヶ月前。ランドルフの死の直前に、ハマーが請け負った仕事が1つ。
“ファム・ファタル”という店のファビアーナ。
彼女がその詳細を知っている、と。
ハマーが知っていることは、その店の一室で、誰だか知らねぇ相手とまる1日、飲まず食わずでチェスを指していたということだけ。
ハマーはその護衛……というか、門番だったらしい。

何故、護衛が必要だったのか。
チェスの相手は誰だったのか。

その2点については、ハマーは何も知らなかった。

というわけで、金鯱通りの“ファム・ファタル”へ。
さすがに、店の看板背負ってるだけはある。ファビアーナの見た目も豪華だが、その値段も豪華だ。
一晩借り切って……そして、彼女に話を切りだした。

実を言えば、病み上がりなところへ最近の爺さんのチェス三昧。
毎日、朝から10局以上も付き合わされて、そのたびに寒い思いはするわ、体力は消耗するわ……。
ファビアーナを借り切ったはいいけれど、押し倒す体力は残ってない。
いや、どうにかしようと思えばどうにでも……とは言え、情けない結果は出したくないし(謎)

──ネタ代は、今夜一晩の『休日』だ。聞かせてくれる内容によっては、枕元に金貨を並べてやる。

そう切り出して、聞き出した内容は。
…………さて。どうしようか(悩)。

とりあえず……カレンとエクスに報告だな。
 
女の名前
ラス [ 2003/10/09 0:20:44 ]
 さて……エクスが調べてきたこと(#{221})と、カレンが調べたこと(#{184})、
そして、ウィントが連れてきた男(#{234})。
勝負をしながら、ハイウェイ・スターが教えてくれたこと。
昨日の夕方は、ワーレンも幾つか教えてくれたし。

……そろそろ、繋がりそうだよな。
ロマンチストな爺のパズルが。

昨日の勝負で疲れて、今日はチェスはパスってファントーに言ってあるし。
整理してみっか。いろんなことを。

まず。
爺さんが死んだのは3ヶ月前。その少し前に、“ファム・ファタル”でチェス勝負があったらしい。
ファビアーナの話によると、何かを賭けていたらしい、と。
そして、ランドルフはその勝負に負けた。
そして、渋るファビアーナから聞き出した、勝負の相手は……ランバート・カッセンリー辺境伯。
その時点では、チェス盤ごと、シノアを身請けすることが決まっていたらしい。
シノア(もしくはチェス盤)の奪い合い、と考えられなくもないが、それならもっと早い時期にあるはずだ。
身請けが決まってから、と……その時期が妙に気に掛かる。

ワーレンから聞いたのは、シノアの妹のこと。名前はヴィクトリア。
シノアによく似た、幼い妹。年は随分と離れてる。まだ11才だ。
盲目のチェス名人。チェスを仕込んだのはおそらくシノアだろう。
今は、シノアの事故に少なからず絡んだ、ルドワー卿という下級貴族に引き取られている。

今までの材料を合わせて、辻褄の合うように整理……いや、推理、だな。
ここから先は単なる推測でしかない。推測を補強するものはあるけれど。

ランドルフは、エレミアでの勝負師時代、スタシアと恋仲になった。
“皇帝髭”エスワルドから、スタシアを奪い取るための勝負が、“蠍の瞳”との勝負。
そして、ランドルフはそれに勝って、スタシアを手に入れる。
スタシアは、エスワルドのもとで死んだことにして、ナターリヤという名前で別の人生を生きる。
スタシア……いや、ナターリヤにどんな事情があったのかは知らない。

ただ、スタシアとランドルフは別れざるを得なかったんだろう。
勝負師をやめてから、オランに来るまでの5年間の空白。その間に何かがあったんだろうと思う。
そして同じくその5年の間に、スタシアの妹シノアもオランに出てきた。
娼婦という職業ではあるが、シノアに悲壮さは見受けられなかったと、娼館の奴らには聞いてる。
オランに来る時には、件のチェス盤を大事に持っていた、と。
借金のカタに売られてくるくらいなら、そんな高級品を持っているわけがない。
おそらく、シノアはランドルフを探しに来たんだ。

チェス盤そのものは、確かに高級品だが、贋物疑惑は多い。
ウィントが連れてきたランバートが、翡翠と瑪瑙の女王をナターリヤと名乗る女性から受け取ったのは……シノアに渡してくれというその駒は……おそらく、本物の駒なんだろう。
もともとシノアが持っていた駒のうち、その2つが贋物だとしたら。
ランバート・カッセンリー辺境伯が言い出した勝負のネタがそれかもしれない。

辺境伯が贋物のことを知っていたとしたら。勝てば教えてやると持ちかけたとしたら。
ランドルフはそれにすがるだろう。ランドルフが負けた時の条件は……おそらく金だな。
辺境伯が少々財政難だったことは裏の奴らなら誰でも知ってる。
勝負の後に、伯爵の財政難が緩和されたことと、ランドルフの商売の手が弱まったことも、昨日調べた。

……爺さんは、伯爵に聞かされて知っていたんだ。シノアの持つチェスの駒が贋物だということを。
ただ、在処を教えてもらおうとして……そして負けた。
ランドルフは、シノアのためにそれを手に入れてやりたかった。本物の駒を。
そしてシノアもおそらく知っていた。本物ではないことを。
シノアは、ランドルフにそれを頼むためにオランに来たのかもしれない。姉・スタシアのために、本物を手に入れてくれ、と。
ひょっとしたら、ランドルフがスタシアを置いてオランに来たのも駒探しが目的だったかもしれないが……。
ただ、どちらにしろ……嫌な推測だが、スタシアはもう長くないんだろう。
そうじゃなければ、幼いヴィクトリアをシノアが連れてくるわけはない。
……シノアの妹、いや、ランドルフとスタシアの間に出来た娘、ヴィクトリアを。

けれど……。
そうだな。世の中ってのは皮肉なモンだ。
スタシア(ナターリヤ)のほうが、先にそれを手に入れた。だからこそ、ランバートにそれを託した。
なのに、ランバートがシノアを見つけだす頃には、ランドルフも……そしてシノアもこの世にいなかった。

今、俺の手元には、ランバートが持ってきた……俺の推測が正しければ、おそらく本物と思われる女王の駒がある。
けれど、これを手に入れても、ランドルフは立ち去らない。
それはやっぱり、チェスの勝負に拘っているからか、と思える。
だから、俺の顔色を見て、酒場の貼り紙を剥がしに行く、と立ち上がったカレンを止めた。

止めた。けど。
…………ひょっとしたら。
爺さんは、特定の相手との勝負を望んでいるのかもしれない。
それは、愛した相手との勝負なんだろう。
愛した相手というのが……どの女なのかは、爺さんは何も言わないけれど。

──ヘイズが勝負の最中に言っていたことを思い出す。
どうして、誰かに相談しないんだ、と。
……言えるモンならとっくに言っていただろう。誰にも言えないからこそ、こんな風に、物質界につなぎ止める鎖になっている。
本当に。
生きているうちにちゃんと望んでいれば。意地など張らずに、伝えていれば。


なぁ、ランドルフ。
金貸しとしての評判も、身内からの冷たい風も。全てを切り捨てて、あんたは霞通りに通い詰めた。
“蜜色の小鳥”で、安らいでいた。
そこが唯一、心を許せる場所だった。
それは……あんたが、本当にチェスをしたい相手が誰なのか。
その答えと同じだと、思っていいのか?
 
チェック・メイト
ラス [ 2003/10/10 23:25:20 ]
 昼、ネラードが訪ねてきた。
チェスの勝負をして……そして結果は、ステイル・メイト。引き分けだ。
ネラードの言葉を聞いて、爺さんが勝負を途中で放棄したから。そこから先は俺が指す羽目になった。

もともと、このチェス盤を置いてあった娼館。そこにいた娼婦。
貴方は勝ち負けではなく、その者との対戦を望んでいるのでは、と。

……ネラードにそう聞かれて、爺さんが動揺した。
爺さんが動揺すると、無理矢理に……例えば、氷水の風呂に入っていて、体を動かさないままならそれに耐えられる、という時に水をかき回されるような。あらためて、肌を内側から突き刺す負の生命の精霊力に、内臓が粟立つような感触を覚えるけれど。
でも、それは予測していたことでもある。

爺さんは、確かにその相手との対戦を望んでいる。
ただ、理由が知りたかった。
今まで調べた幾つかのことはその理由をおぼろげながら教えてくれた。推測混じりの理由を。

ランバートが、ナターリヤに託されたという翡翠と瑪瑙の女王。
これがどうしても気に掛かった。
爺さんは知らんぷりをして、何も答えはしないけれど。

でも、爺さんの娘と思われる少女からの棋譜を暗記してやってきたワーレンも。
そして、おそらくは本物だと思われる女王の駒を携えてやってきたランバートも。
結局は、ランドルフが勝負に勝って、その2人の背を見送ることになった。
シノアと勝負をしたいだけというのなら、爺さんは死ぬ直前までやっていたはずだ。

足りないものなどないはずなのに、爺は未だにここに居る。
そして……答えを持ってやってきたのはカレンだ。
ネラードが帰ったあと、夕方になって俺の家に来た。(#{184})


──“蜜色の小鳥”。その一室に入って、一瞬後ずさりたくなった。
冒険者の……というか、精霊使いとしての本能かもしれない。
けれど、考えてみれば、チェスをしている時の俺もおそらくは似たような状況なんだろう。
黄色い気配がまとわりついた、あのエクスと。

目を閉じて座っているエクスの目の前に、俺はチェス盤を出した。あの、本物の駒と一緒に。
エクスの背後で、黄色い気配が人の形を取る。柔らかな曲線と、長い髪。……シノアか。

「……ごめんなさい、おじさま。今まで……本当にごめんなさい」

爺は何も言わない。ただ、俺に向かって、早くチェスを、と呟いただけだ。
俺は、エクスの前に腰を下ろして、チェスの駒を並べた。
見た目だけなら、俺とエクスの勝負だろう。けれど、中身はランドルフとシノアの勝負だ。
翡翠の駒がシノア。
黒瑪瑙の駒がランドルフ。

……毎夜のごとく、通い詰めたという。
決して、肌を合わせることはなかったという。
15年前、一世一代の勝負の果てに奪い取るほどに愛した女はスタシアだった。
スタシアとの間に娘ももうけた。

けれど。

スタシアに悪いと思った。だから……逃げた。
おそらくはシノアも。姉に気兼ねした。だから、ランドルフと肌を合わせなかった。
2人の営みは、この甘い香りの漂う部屋でチェス盤を差し挟み、他愛ない会話と少しばかりの酒と。
許されたかった。誰よりも、スタシアに。
それが……決して本気にはならなかった、シノアのチェスだ。
シノアはランドルフに勝つことはなかった。そしてランドルフもまた、それを責めることはなかった。

なのに、2人とも……とっくに諦めたはずのそれに、つなぎ止められる。この世界に。

空気が冷たく張りつめた。淡々と進む勝負。なのにその1手ごとに緊迫感が増してくる。
息苦しくなる。指先が凍える。吐き出す息が奇妙に熱く感じる。

シノアが、女王の駒を手に取った。
そして、囁くように言った。

「この……駒が。おじさま……いえ、ランドルフ。貴方に、勝たせていただいて良いですか」

その駒は、スタシアが託した駒。シノアへと。

瑪瑙の女王が、倒される。
城は既に陥落し、司教は防御を放棄して、騎兵の足も届かず、歩兵の残りも既に無い。
1人たたずむ瑪瑙の王のもとに、翡翠の女王が辿り着く。

ランドルフは何も言わず……ただ、頷いた。



部屋に暖かさが戻った頃。
カレンが囁く聖句が、俺とエクスの耳に届いた。
それは、鎮魂の句かと聞く俺に、カレンは小さく首を振った。

「……いや。祝福の句だ」