| MENU | HOME |

新王国暦515年 オランへ到着
コパ [ 2003/03/25 23:32:58 ]
 3の月18日目

南下する旅を終え、久方ぶりに大きな人の街、オランに着いた。
こんにちは!オラン、君の賢い塔は元気?
エストンの白い頂よ、また今度。蛇の街道ってのはまったく長い道で、蛇は蛇でも大蛇だったわけだね。

何はなくとも温かい食事と甘い酒を飲まなくちゃ。
そう立ち寄った酒場で、潮風の香りのする人間の青年に出会った。ギグス君というらしい。
店員を捕まえて機嫌良さそうに何か話してたっけ。戦士と聞いていたから、手柄の一つでもあげたのだろうか。
だったら祝いに一杯奢ってやればよかったなあ!でも銀貨一枚で頼める酒ってあったかしら。
彼とは寝床の話をした。ギグス君は土地の人のようだから、自分の満足な部屋を借りているという。
だから僕も宿屋でぐっすり眠る人と思ったらしい。僕は空が見えるのがいいから屋根で寝ると言ったら、心配していた。変わってるとも言われたかな。
僕に言わせりゃ彼が変わっているけどね、自分の宿の屋根の形も覚えないなんて。よくそれで、あんなに伸び育ったものだ。
だって屋根だぜ。一度は登って、見える空がどんなものか確かめるのをお奨めするよ。

同じ扉の前でぶつかった給仕の少年は、なんと同族たる草妖精だった。僕ってばうかつ。
名はルス君。オランの街で賢者をしてるんだって。世界の旅から心の旅へ彼の道は移ったわけだ。
それってすごいことだよ!彼は自分の貴重さに気づいているかしら。
一方、人間の賢者はそんなルス君に塔の門戸を通らせないんだ。やはりお金が必要なの?世に言う『俗っぽい手段』というやつだね。なんにしても秘密主義ってのは破られるためにあるものさ。
けれど賢者たるルス君はいつでも知的。ならば君だけの秘密を持っておくれ。なんであれ主義ってのは交換条件のものに正統化されるものさ。
考えることの旅って果てが見えないものだ。たまに大地の道と同じく堂々巡りもする。
今日はお互い旅を忘れて語り明かそうと、一緒に川面に映る月を眺めて色々な話しをした。結局ルス君は、自分がどうして川面の月やせせらぐ音のある場所へ行きたくなるのか、と疑問の旅に出発したけど。
難しいことを想う彼の瞳は、深い場所からまたたく水の煌きのよう。

思い出してきたぞ、オランって奴は屋根の上に人が乗っていると衛兵たちが飛んでくるんだった。
ボルからこっち、寒い日以外は屋根の上でも木の上でも、好きに眠れたのにな。
 
二日目
コパ [ 2003/03/25 23:56:36 ]
 3の月19日目

オランは温かく、春なんてこの街にとってはすぐそこらしい。
雪でも降るんじゃないかと四六時中思ってた北の地とは大違いだ。気が浮わつくよ。
ともあれ僕は曙光と落日の街道へ出発することに決めた。前にオランへ寄ったときは何も考えずに西を目指したからね。次は行ってない道にいかなくちゃ。
パダはなかなか難しい土地のようだ。歌唱場の友たちは、僕が一人で赴くと言えば口を揃えて反対する。
お陰でどんな話が知れ渡ってるのかよくわかったけれど、人間ってやつはなあ!
君らの息子ぐらいに見えたって、僕が何年も野を歩いてるってことは変わんないのさ。僕は行くよ。
しかしオラン周辺に関しちゃ教えられることが山ほどある。山は山師にというもの、風花亭へ行こう。どう見たって北への路を塞いでる、あの堕ちた遺跡の話を知っている誰かがいるだろう。
 
三日目
コパ [ 2003/03/26 23:12:15 ]
 3の月20日目

今日は城下を離れて港街へ向かい、風花亭で同行した南からきた詩人と歌いながら語らった。
あの道の山脈はまったく厳しいやつだけど、春に先じて進んでるようで楽しい旅だったってさ。ここも海風までやわらかいね。
彼はもとはプリシスの農村から飛びだしてきた身なんだと話してくれた。僕が最近歩いた道に興味が深いのだ。
では僕も北東の攻防を正確に伝えなければいけない。
「私は次男だったからね、微妙な立場だった。あの国じゃなければ責任は全て兄に任せて、故郷で気楽に生きてもいけたんだろうが。兵として働くのを期待されて、鍛えられる羽目になったんだよ。お陰で体力にはちょっと自信がついたが、マイリーの神官だけは好かなくなってしまったな。今でも稽古しろとうるさく怒鳴られる気がしてね。
 下には妹もいたんだ。肉と茸が嫌いなやつで、夕飯を残してはよく母に叱られていた。私と兄はその分腹がふくれて助かってた。三兄弟で、他の家よりは少ない一家だったが、それでも母は毎日大変そうだったよ。農家はどこも忙しいんだ。
 あいつ、妹、ちゃんとやってただろうか。肉も茸も食えないじゃまともに育つわけない。胸も尻もないようじゃ、嫁のもらい手がないぞ」
僕の報告をきくと、彼はこう言って、年老いてしまった。
悲しまないで。歌を歌おう!

春を呼ぶ歌を謡って廻り、ちょっとばかり路銀が溜まる。
夜もとばりをすぎてもオランの舗装路を叩き歩いていたら(だって音がして楽しいもの)、軽やかなリジャール王の称曲に誘われて、奇しくも初日に訪れた酒場に足を踏み入れた。
なるほど、今春のオランは僕にここへ寄れというのね。名は『きままに』亭か、覚えたよ。
亭にて夕食をと思ったら、明るい目をした少女と同席した。聖印に細棒のいでたちを見る限り、見習いの神官戦士だ。こんばんわ、司祭様には内緒の間食かい?
夜は寒いね、けど気候はたいがい暖かいね、と話すたびに彼女は自分の食べたい食事をてきぱき注文していく。元気な子だなあ。比べて僕は料理の名前と睨み合いしっぱなし。ダメなんだよ、このメニューって。だって食事ってのは、見つけた草を食べるもので、実った果実を食べるもので、仕留めた獣の肉を食べるものだよ。最初から幾つかあって、それを選ばなきゃいけないって厄介だよ。やれやれ、メニューって苦手。
その点、彼女の『女将さん特製』兎のシチューから始まる美食家ぶりと言ったら!
熱いシチューを頬張ることとAセットを順番に平らげることを詩にするなら、彼女に作ってもらうのが大陸一に素敵なことだろう。店員君も僕も思う心は一緒のようだった、顔を見ればわかるよ。
女将さんの店でメニューに迷ったら、「女将さんなら、今どれが食べたい?」と聞くのが食通の証拠だね。手に刻んでおかなくちゃ。では稽古を頑張って、戦女神の君!

働いた後の食事は幸福の瞬間だ。
誰かの作ってくれた生きていくための糧。僕らはいつも命拾いしている。
けど僕はメニューを選ぶのが苦手。神殿へ帰っていった彼女にだって、女将さんのところに行くにも、亭で食事をするにも困ることがあるらしい。司祭様に見つかると説教をされるんだって。(説明する時のあの渋面ときたら!)
女将さんはあの子の前では大抵笑顔なんだろうな。
だから僕が思うにね、プリシスの彼の母さんも笑顔だったはずだ、君と家族が料理を食べる時間には。

屋根を探す前に、彼に会えればな。まだ起きてるとは思えないけど。
彼女に詩を作ってもらった即興のシチューの歌があるんだよ。
 
四日目
コパ [ 2003/03/26 23:13:18 ]
 3の月21日目

パダに出発する前に僕は準備をすることとした。
いつもは『準備』など着のみ気のままで事足りている僕だが、今回の旅はそうはいかないらしい。
あのレックスってば、デーモンや魔力の目玉だって出てくる危なっかしい土地なんだって。外壁でもダメなんだそうだ。ワイバーンが襲ってきたらいい的だって?いやいや、確かにそうだね! だから僕には準備が必要。
まず僕はそれなりの収入を手に入れなければいけない。それこそ準備のために。

さて準備って何回書いたっけ。
こんな字を使うことさえ忘れていた。
(人間の王が、過去に僕は愛とか友情とかをどう示したっけ?と王座の上で首を捻るようなものだね。でも彼らには大抵思い出す必要があるからなあ!)

僕に必要なもの。
・皮鎧(マントの下に着る。動きやすいもの)
・16本の矢と8本の銀の矢(これ以上は矢筒を圧迫するからダメ)
・愛弓の補強と、それだけの技量を持つ人
・細くも強いロープ(特注しなきゃ)
・岩だらけの土地でも安心の食料
 (襲われるのが心配だから匂いの強い肉は×。干し果実がいい)
・ブーツの補強

どうせならリーフにも一工夫したいな。心機一転という感じだね。
では今日の歌を歌いにいこう。
 
五日目
コパ [ 2003/03/29 0:09:29 ]
 3の月22日目

日がな一日張り切って歌ったけれど、収穫は乏しかった。
シチューの歌を喜んだ禿山通りの肉屋の主人と、あのセランの悲劇に難を逃れた貧乏貴族ラインリス家の小さな戦争を語って夕食代を稼げたくらい。こんな日も僕らにはある。
でも、こんな日ばかりじゃパダへの出発がいよいよ遅れてしまう。
ぼさぼさしてはいられないね。

僕は意を決して、仕事を探しに(腹ごしらえも兼ねて)きままに亭を尋ねた。今度は僕から訪れたってわけ。
さあ、夕食をご馳走願おう!お腹が減ってたらお喋りもできやしない。
風通しのよい席に腰掛けると、マスターは"剣"のお嬢さんと歌の話しの途中。仕事の話題じゃないのかい?僕も混ざる。

ユーニスというお嬢さんは曲を覚えたいらしい。旅の合間に歌うって素敵なことだものね。
マスターと二人して「吟遊詩人を捕まえて」なんて話していたよ。やれやれ!僕らを捕まえるなんてやめて。君の笑顔と拍手一つ求めて、歌歌いってやつは広場を廻って歌うんだから。あ、僕は今は食べ物の歌しか浮かばないけども。
代わりにアドバイスさせてもらうと、君は胸を締めつけすぎてるかな。声をだして歌うには窮屈な格好じゃいけないよ。…おや、どうして頬を膨らませてるの?
冒険者というのは楽しくも心強い旅仲間だけど、このお嬢さんはとてもすごい。世界の歌を聞けるんだって!
人間なのに驚いたなぁっ それに別れる間際でわかるんだもの、ドラマテックだね。
歌を聞けるということは、歌の力を借りれるということ。世界の歌は時に激しく打ち鳴らされる太鼓のように響くけど、大抵はしんしんと低く小声で呟いているだけ。同じようにしっとり生きてる森妖精くらいしか気づかない、寂しい吟遊詩人だ。どうか君の笑顔と拍手をあげて。
それにしても、鶏肉に白葡萄酒なんてなぁ!こればっかりは納得いかないや。

マスターに仕事はある?って聞いたら、まずは倉庫の整理をしてみなさいって。
倉庫の整理!重い物は僕の細腕じゃあ一日かけたところで鼠の足ほども動かすのがやっとだと思うけど、でも他のことなら任せて。草妖精の目と指がどんな繊細で小さな物だって丁寧に扱いぬくってことを証明しよう!
けれどその、ザイレム爺さんって人、倉庫の整理を自分でできないくらいにクシャクシャと物を集めているのだね。わずらわしくないのかな?
物って使うか人にあげるかしてこそだもの、埋まって見えなくなるのは地の基だけで充分さ、だってあれは埋まってないと僕ら歩けないものね。
この仕事を無事に済ませたら、マスターの話しを聞かせてもらおう。オランの街にはどんな物語が生きていたのかな、そしてこの酒場には!
彼の言葉は泉の深くをすくう腕が持つ銀桶のよう。表層に隠された綺麗な水を見せて。
 
七日目
コパ [ 2003/04/01 2:29:41 ]
 3の月24日目

マスターに貰った仕事を請けに、大通りの枝道で調度品を商うザイレム爺という老人の元へ行く。
繊細な作業が必要だと聞いていたから、銀やガラス細工の小物でも扱うのかと思っていたら、案内されたのは乾いた巻物と鼠取りの仕掛けが沢山散らばる、倉庫という名の書庫だった。
巻物はどれも畳まれたり折られたりと雑多に積まれていて、石灰と防腐液の香りが鬱屈した空気に漂っている。この中で綺麗なものをまとめるの?と思っていたら、一枚一枚あるべき場所に集めて、危なっかしそうな物だけ修復するために爺さんの元に残すのが僕の仕事なんだって。
一緒に来た青年は、爺さんが読めない西方語の書を解読する仕事も兼ねているらしい。

倉庫の中は風も湿気も通すまいと密封されていて、皮を腐らせる要素に深く注意している。けれど、いつの間にやら中から水を含んで黒ずんでいる羊皮紙もある。そんな巻物はちょっとばかり黴臭い。
外から持ってきたどうしようもない要素ってのがあるんだって。僕は埃に負けて(慣れてないんだもの)盛大にクシャミしながら、鼠の死骸もその一因なんだろう、と思った。
でもあんまり篭らせるのもいけなくて、時間の中で変化のないふりを続けさせてると、触れた途端に崩れてしまう奴もいるんだとか。つまりダメな時はダメなんだ。修復と保管にどれほど気を使っても、皮は腐ることを止めないんだ。
人の技は朽ちてしまうね、と僕が言ったら、
「朽ちてしまっても捨てられないものだってある」って言うザイレム爺。
それに中身は綺麗なままなんだってさ。
何かを残すくらいなら新しいことを探した方がずっと楽だから、僕には本と巻物を蓄える彼らの気持ちは不思議だ。
けれど、僕も昔から残っている詩の歌詞録を読んだりしたのだよ。知識を記録する人々の恩威に預かっているのだね。

ザイレム爺の仕事で一つ覚えたことは、詩を口ずさみながら掛け梯子を昇っていると、上から紙が落ちてくるということ。
調子に乗って棚を叩いてリズムを取った僕が悪いんだけど。倉庫って油断大敵だね。虫の音も風の音もない場所でじっとしたり気をつけるのって、大変だ。

==========

二日間の倉庫整理を終えて、外に出た僕。
ただいま!昨夜ぶりだよ、青い空、輝く星々!
おや、今日は曇りだったのね。こんにちは、灰の雲君!

夜に訪れたきままに亭では、アル君とノース君という面白い二人に出会った。
彼らの掛合いって傑作なんだ、悪戯好きというインプ達の会話みたい。読み慣れない文字と狭い部屋に閉じこもっていた僕には、森の新鮮な空気を貰ったようなものだ。また聞きたいな。
剣を振るうけど賢者の道を歩くというアル君は、マナ・ライ導師よりも尊敬している師がいると語っていた。師弟って関係は師匠を持たない僕には遠くから見る絆だ。親子とは少し違うんだよね。
彼は「師匠にそんなこと言ったらしばかれる」と肩をすくめていたけど、そこには見えるよりずっと深い脈が流れているように見えた。いい関係だな。
ノース君はチャ・ザ神の神官君だ。僕はチャ・ザ神の聖印とラーダ神の聖印の見分けをよく間違える。だって似てるもの。でも、お陰で一回間違えたから、副賞のミルクが当たりなんだって。間違えなかったら、何が出たのだろう!気になるなあ。
出会いを祝してもらったお礼に、僕もノース君との出会いに一曲歌う。
いつも持っているリーフは修復するに、風花亭の主人が懇意にしてる職人さんに渡しているから、今日はリュートを弾いた。今はこれに慣れなくっちゃね。
そうそう、銀貨をありがとう、アル君!
君は歌うのは苦手なようなこと言ってたけど、剣を振るう技があるならば、君には頬を撫でる風の音だって歌えるはずだよ。それでも君は冗談止してくれ、と言うのかな。歌えない生物なんてどこにもいないと僕は思う。だって生きるってリズムだもの。

アル君が行くというレックス、僕も支度が間に合えば同行したいけど。
残念なのはノース君が行かないってことだ!君達の掛合いを聞いていたいのにな。

さて、マスターに報告をしよう。
これで僕らしい依頼を受けることができるかな。やっぱり空の見える場所が僕にはいい!
 
十一日目
コパ [ 2003/04/03 23:40:57 ]
 3の月28日目

オラン郊外での家畜番は日中夜楽しい日々だった。
ゴブリンや狼の群れが貧しくなった森を離れて家畜を狙うのは、秋から冬の間くらいが相場。少しは威嚇してやらないとあちらさんも調子に乗るけど、今って平和な時期だ。春は大抵みんな豊かだものね。
林地帯を歩いてみたり流れの稲作人の故郷を聞いてみたり、もちろん歌も歌ったり。こんな生活も素敵。

それでも規定の日が終れば家畜番の僕はお終い。
よし、ブーツの補強と皮鎧の新調を果たせそう。良い鍛冶屋に弓も鍛えてもらわなくっちゃ!
そしてオランの街へ戻り、パダへの旅に思いを馳せる僕。
橋のたもとで夢見際に、若い綺麗な人間と出会った。闇夜の中からそっと出てきたから、橋の上に来るまで幻かしらと思っちゃった。君も眠るところかい?と聞いたら、夜の散歩をしてたみたい。さてお邪魔だったかな、どうやらただの散歩じゃなさそう。でも草妖精とは色んな場所で腰掛けてるものなのさ(至って善良な奴でもね)
挨拶がてらに旅の誘いをしてみたら、彼はこの街に残ると言ってサヨナラをした。君の憂いだ瞳はさすらう旅では癒せないのだね。では暖かい毛布と枕を抱いて眠る日を!
僕はレックスを目指そう、詩人達の語り継ぐ堕ちた遺跡を歩くんだ。
 
十三日目
コパ [ 2003/04/11 3:17:45 ]
 3の月30日目

僕のリーフはまだ戻らない。
ちょっと厳しく問い合わせたら、どうやら弦の代えを見つけるのに苦労しているらしい。珍しいと言っていたからね、草原の民のものだもの。では、あとちょっと待ってようじゃないか。こちらの方でもまだ用事はある。リュートの扱いは慣れないんだけどなあ。
堕ちた都市へ向かうという僕の身を案じて、詩人君が古代の鎮魂歌を教えてくれるという。リーフが戻るまでは借りた楽器で我慢だね。まずは音楽を覚えなくちゃ。力の強い歌は、歌い手にも沢山の要求をしてくるものだから、何度も聞いて細かな音の調べまで頭に擦り込まなくてはいけない。
後を追って演奏するのが一番なんだけど、これがなかなか上手くいかなくって僕も詩人君も少々困っちゃってる有様。早く戻ってこないかしら、僕のリーフ!手に馴染む君の弦がいとおしいよ。

小柄なリュートを手に僕は酒場で一杯飲むことにした。宵越しの銀貨など使ってしまわねばね。明日まで引きずるのはこの体だけで充分だ。
こんな気分できままに亭でテーブルを囲んでいたら、オランへ来て一夜めで出会った海の香りのするギグス君が居た。はっはっは、なんだか懐かしい!そう、あの日のオランはまだ冬の涼しい残り風に月が震えていたっけ。ここも随分移り変わった。君はどれほど変わったかしら、そして僕は。
戦女神の君。いや、ことケイト君も夜食を所望しに来ている。人はこうやって日々を過ごし、大きな変化をある日突然に見せるのだろう。ベルベ爺さんが10年ぶりにこのオランへ訪れたとき、三角塔がすっくり伸びていたようにね。春に芽吹くハバ桑のように、突然に大樹となるのが人間なんだ。

さてと、ギグス君の言う依頼のお供、請けようかしら。
彼か誘いの剣士君が歌の主役になるほどの気概があるなら、僕も行ってみてもいい。内容にもよるけどね、見えない魔物を歌にするのは難しいもの。
けどギグス君てば、歌に出るのは嫌と言うの、それって僕が歌詠いと知ってのことかい?まったく、失礼しちゃうなあ!
歌のためだけって訳にもいかないけど。鎧と矢の新調がまだあるのさ。弓につける銀は貴重だというので、ドワーフの親方ってば渋るんだもの。でも僕だって銀の値打ちのそのまた二倍払うなんて、流石にやっていられない。大事にするのになあ。
 
二十日目
コパ [ 2003/04/14 23:45:47 ]
 4の月6日目

待ちわびていた楽器の修理が終った。お帰り、僕のリーフ!
君がいない間の僕は、風を取り去られたミラルゴ草原のようだったんだ。
嬉し楽しいので今日は酒場で演奏会。
弾いたり踊ったりとしていたけど、ずっと僕の即興曲じゃつまらないということで、飲んでる客らに歌詞を注文したりして弦の張りを存分に楽しんだ。
酔ったそばかす顔の彼は家に帰るより寄り道したいと歌って、
壁際に座る黒髪の人は今夜の酒は朝日より輝いていると続け、
僕がオリザムの上品な味わいを歌い、
真っ赤に酔い溺れた陽気な目の彼が霧通りの花の名を挙げたから、後はもうお気に入りの女性のコールで歌詞じゃなくなっちゃったりね。
そういうときは美人さんに一声で締めてもらうのが一番。
歌い上げた彼女たちの夜でお終いにしてもらった。
美人さんと少し話したら、彼女は剣で強くなりたいんだと言っていた。首都オランは騎士団と魔法使いの塔に守られて平和な場所であるのに、どうして強くなりたいの?と思ったけど、今考えれば彼女は冒険者だったのだろう。彼ら特有の雰囲気があったような気がするから。今の場所でない別のどこかを目指す人の、あの空気。
冒険者じゃないのなら、いつかそうなる人なのだろう。

装備の支度はこれでかねがね整った。後は死者を鎮める鎮魂歌を覚えるだけだ。
(おっと、まだ銀の弓矢を注文してなかったんだっけ)
一言に呪歌とは言うけれど、これがなかなか難しい。ミラルゴを出る時に覚えた呪歌は、完璧に呪歌たらしめるほど習得するまでずいぶんかかった。旅に出た後も、何度も楽譜を開いて頑張ったっけ。
オランの街にも長くいることになるのかな。未知と財宝を求めて旅立つ冒険者たちに混じり、夏が来るまでには出るつもりだがね。それまでは黄いろやオレンジや赤褐色の路が続く、この眺めを楽しもう。
 
二十六日目
コパ [ 2003/05/17 0:28:30 ]
 4の月12日目

銅鐘色の夕日を眺めながら、鎮魂歌に付き合ってくれてる詩人君と言葉ならべをして過ごした。
まだ旋律に込められた力ある業の形を掴んではいないけど、強い歌っていうのは長いこと弾くものじゃない。一詞ずつ覚えていくのがいい、と彼は言う。
目指す北東へ向けて想いを馳せる詩を口ずさむと、詩人君はせつなそうに目を細めて街を仰いだ。
パダに思い出があるのかと聞いたら、あの都よりも佇む遺跡のほうに、と答えられた。仲間と離れた結果、冒険者から転じて詩人になる者は多い。彼もその一人なんだそうだ。
あの暗いやら壊れたやら死んだ気配やらばかり満ちる穴の中に望んで入る彼らって、本当にもう、どうかしちゃってるよ。と僕が主張すると、自分の知ってる草妖精は君より勇気があったぞって笑われてしまった。
勇気とかじゃないんだ、僕は暗闇の中に身を置くものじゃない、草木と同じく空の下で伸びやかに生きてく奴らなのさ。そうだろ?
もう。幾ら言ってもわかっちゃくれないんだもんな。
そりゃ人はお好きにしていいんだよ、個人の自由でもあるもの。だけど僕はコパということにしといてくれ。

平行線の議論を約束事で終えた後、宵に面白い連中を発見した。
森妖精と岩妖精が隣あって座りながら、人の男女と四人で話してたんだ。人の一人はよく見ると半耳君だったから、これで僕がくると人の街に集う種族はだいたい集まったことになる。(半耳君っていうのは、君らで言う半妖精のことね)
小さな村ならちょっとした噂になるところだ。
オランには僕の兄弟も多く住みついており、他の妖精族もたまにこうして酒場で見掛ける。彼らは大抵あるべき場所で出会うより気さくで、ちゃんとした意味で上品だったりもする。だから大きな街は楽しい。
そうそう、「黒目通りの紅雀」、覚えておかなくちゃっ 半耳君が人間のお嬢さんを称えていったきれいな言葉だ。
僕も彼女の髪はこの街の石畳みたいだって言ったんだけど、彼女怒ってたなあ。なぜかしら?
オランの道ってとても美しいと思うんだけど、住んでる人にはわからないのかなあ。
あの桃色の花が散った後といったら、ずっと下ばかり見てても飽きないくらいだもの。