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客愁の戯れ歌
ルーファシウス [ 2003/04/20 15:45:06 ]
   遊びをせんとや生まれけむ。
  戯れせんとや生まれけむ。
  遊ぶ子供の声聞けば 我が身さえこそ揺るがるれ。

「良い言葉だろう?」と男が言った。
「わからないよ。」私は答えた。
「人は誰でも、遊び戯れるために生きるのさ。」
「食事、睡眠、仕事や恋愛、全てが遊びなのかね?」
「己が望むもの、全ては遊びで、戯れだ。
 仕事でも女でも子供でも、俺はずいぶん良い遊びに巡り会えた。
 だが、少し遊び疲れたな。」
「百年も生きていない若造が、何を言っているのだね。」
「百年も生きていて、真面目に遊んだことがない奴に言われたくはないな。」
「先は長いんだ。お前はお前の戯れを、みつけるが良いさ。」言って男は、満足そうに笑った。

 その男は、今、墓石の下にいた。
 生まれ、働き、妻を見つけ、子供をもうけ、妻を亡くし、老いて死んだ男。
 私は墓石に彼が好んだ酒をかけてやり、彼が聞くことはないと知りながら、この街での戯れを語り始めたのだった。
「語ることこそ、戯れか。」
 
嘘つき鳥の時
ルーファシウス [ 2003/04/20 15:50:01 ]
  オランの街に数多くある小さくはない広場の真ん中で、嘘つき鳥の名を持つ詩人は、竪琴を膝に乗せ、つま弾いていた。
 先日頼まれた詩の訳は未だ終わりそうにはないと、私が詩人に伝えると、詩人は、森妖精は寿命が長い分のんびり出来て良いですね、と呟いた。
 詩人は竪琴の調弦をしているらしく、そちらに目を向けていたので表情は読めなかったが、明らかに気分を害しているようだった。酒場の草原妖精が言っていたように、彼は詩の訳を待ち望んでいたらしい。
 無礼ついでに、気にかかっていた問いを、人の子である詩人に尋ねてみた。
「先日、とある酒場で言われたのだがね」
 私は、鴉のように真黒の衣装に身を包む嘘つき鳥の隣に、腰を下ろした。
「五年間という年月は、長いものだと思うかね? あるいは短いものと」
「年月なんて、その時々で違うものですよ。」
 私よりも背の高い青年とは思われぬほど高く澄んだ、けれど険のある声で、嘘つき鳥は答える。
「かわいらしいご婦人を口説くときと無骨な男の説教を聞くときとは、随分違うものです。
 有意義な時か無意味な時かで、密になったり薄まったりと、時は変わるじゃないですか。」
「わかりやすい。全く、明快な答えだ。
 私はその問いに、頭を悩ませたものだが」
「長く生きているからといって、賢いとは限らないものですね。」
「全くだ。…私の生きていた年月は、君の言葉に従えば、随分薄まったものだったのだろう。」
「それなら、これから密な時間を生きてみてください。
 そんなくだらない問いに、時間を費やすのはまっぴらですから」
「手厳しいことだ。」
 私は微笑みながら、腰を上げ、服に付いた埃を払った。
「ああ、長い時を生きるのは結構ですが、僕が頼んだことを忘れないでくださいね。
 あなたの詩を待つ時間は、随分長く感じられるんですから。」
「もう数日、待っていてくれたまえ。待たせた時間に見合う言葉を、君に贈るつもりだから」
「そう願いますよ。」
 嘘つき鳥はようやく顔を上げたが、私を見ようとはせず、竪琴を奏で始めた。光に惹かれる虫のように、音に惹かれた人々が集まり始めている。
 彼の仕事の邪魔をしないように、私はその場を後にした。

  かそけき闇のただなかに 射し込む光を追い求む
  朧に消ゆる夢路にて いずれは何を見ゆるのか
  語らば不意に霧と化し 忘れな草がふるへと揺れる
 帰り着いた宿にて、羊皮紙を広げ詩の訳案を考えながら、窓の下、流れる人並みを眺めていた。
 気付けば日は傾き、赤く燃え上がりながら、家々の間に姿を隠そうとしている。
 森では全てが、木々の狭間から姿を現した。ここでは太陽ですら、人の子の造り出したものから姿を現し、姿を消すのだ。
 時の流れも、人の子の手によって姿を変えてしまっていても、おかしくはないだろう。
 慣れ親しんだ森の時から離れ、人の子の時の中で、私の枝はどこを目指して伸びてゆくのだろうか。