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綱と操り人形
クレフェ [ 2003/05/03 22:59:11 ]
 しばるもの
あやつるもの
ちからをおよぼすもの

それは かりそめの絆を結ぶものたち

私はいつか縛り返してみせる。”あなたたち”を。
 
少年少女
クレフェ [ 2003/05/03 23:10:47 ]
  賢い少年、知を求めてやまない姿……いいわぁ。
 利発な少女、ひたむきな眼差し……すてき。

 アルとミトゥ。この二人が可愛らしくて仕方が無い。
 こんな真っ直ぐな瞳を見せられちゃったら、おねーさんとしてはもう、めろめろよっ。
 
 学院の書庫で一心不乱に書を紐解く姿に微笑ましくも有能さを見た。
 譲れない”何か”のために見せた真摯な表情に、心を打たれた。
 この子たち、本当にいいコンビだわ。

 ふふ、今日の収穫は可愛い”剣”二振りかぁ。素晴らしいわねっ。
 
大人のお時間
クレフェ [ 2003/05/03 23:49:45 ]
  今日は酒場で野の香りと潮の香り、脂粉の香りの男達と同席した。いずれ劣らぬイイオトコ揃い。

 野の香りの彼(ラウド)は、”小雪の舞う肌の女”と私を呼んだ。私を照れさせるなんて……ぬかったわ。
 彼の見た夢の話は少し気になったけれど、私の拙い「呪い師」の知識では、アレくらいしか答えられなかった。仕方ないわね、さっさと村を飛び出てきたから、うちの祖母みたいに何でも身についてるわけじゃないもの。まぁ、さほど心配するようなことでもなさそうだから、良しとしますか。
 それにしても豪胆さと繊細さ、素朴さが入り混じった魅力はなかなかのもの。もっといろいろお話するんだったわ。精霊がらみの話を避けようとして、ちょっと警戒しすぎたわ、残念。

 潮の香りの彼(ギグス)は「アンタの生き方嫌いじゃねェぜ。ッテェか好きだな」そう言った。
そっくりそのまま私の心境よ。あんなにきっぱりと素直に心を言い切れる人は稀だわ。
 誰かの生き方を否定するでもなく、自らと大切な誰かを守り、てらいもなく笑う。
「貴方の言葉って酔わせて警戒心をなくさせる酒みたい」そう言った自分の表現力を褒めてやりたい。
 惜しむらくは”守るものを持つ男”つまりは他人のもの、だってこと。大抵そういう人って魅力的なんだけど、その分”お遊び”が出来ないのよね。して欲しくない気もするけど(笑)。

 脂粉の香りの男(ラス)は……精霊使い。
 私が精霊は「 私たちを縛るように」ある、と漏らしたら、
 「俺は精霊を道具として使役するタイプの精霊使いは嫌いじゃない。精霊の意志を上回るだけの意志と力を持ってるってことだからな。俺は、中途半端な位置にしか立てないのさ。」
 そう言って笑う。何よこいつ。……けっこう面白いじゃない。口説くのもなかなか上手だし。
 遊びを遊びと割り切れる男は好き。だって、私もキレイに遊びたいんだもの。どうやら、このおにーさんとは意見が合いそうだ。

 誘いに乗ってみた。自分の曲げたくない所は曲げないまま。
 視線がシンプルに色々伝えてくる。悪くないわね、こういう遊び上手は。
 ……と、思ったところで小さなあくび。お肌にささる冷気。あーだめだわ、お肌のタイムリミット。
 これは遊んでる場合じゃないわ。このおにーさん上手そうだし(謎)さっさと休めなさそうだから。
美容と健康の為にも、さっさと退散させていただきましょ。

 別れ際さりげなく交わしたキスには生理的嫌悪感も無く、むしろ楽しかった。これって貴重よね。
 ふふ、今日は面白い一日だったわ。
 
即席パーティ結成
クレフェ [ 2003/05/06 23:22:55 ]
  私の副業は調べ物に代書・筆耕。今日は久しぶりに古代語翻訳の仕事が入ったので、ひねもす古書とお付き合い。こっちの方の仕事を見つけるには西方出身者の多い宿を取るのも一つかも。私は東方語は会話だけだから。
 不足分の羊皮紙を買い足しつつ酒場へ。

 カウンターで長剣を帯びる魔術師ラテルと出逢った。若々しく気概に満ちた青年。
 あの慇懃な物腰と「力を追うために今の身分を選んだ」とか言ってる辺り、いいとこのお坊ちゃんかしら。「身分」って言い方はそれを意識するものが使うからね。彼の言葉の端々に見える訛り、間違いなく中原北部の出身ね。そして「学生時代」か。ふーん。ま、いいわ。
 チャームポイントは薬指の発動体の指輪。アレは絶対曰く因縁アリね。妻帯の話になったときえらく動転していたもの。いやーん、純真(くすくす)。
 ふふふきっとね、恋人さんが囚われの身のおじょーさんとか呪いをかけられた娘さんとか、それ系の悩みを抱えていて、でもって「君を助けるっ、待っていてくれー」とか言って力を得るために旅立ったのよね、うんうん。もしくは「私を忘れないで(ほろり)」と旅立つ彼に渡された指輪……とか。

 ……えーと、妄想モードはこれくらいにしましょ。とにかく当面は彼と組む事になった。
 感情や思考が思いっきり顔に出るタイプ(人の事は言えないかな?)だからちょっと心配だけれど、力を追うことへの熱意と賢明さ、あの誇り高さと現実対処できる柔軟さ、とっても素敵だから、このまま伸びて欲しいものだわ。あんまりいじめちゃいけないわね(笑)。


 彼と取り組む記念すべき仕事第一号を持ち込んでくれたのは、チャ・ザの神官戦士のスピカ。
 可愛くたおやかな物腰とは裏腹に、細身ながら無駄の無い筋肉が生む切れの良い動作。おっとりした口調にごまかされていると、彼女の戦斧が襲い掛かるのだろう。在野の神官戦士として生き延びているのだから、その実力はそれなりに……推して知るべしというところか。
 草原の国の出身の娘。草を揺らしてわたる風のように、微笑にも爽やかな優しさを含む。
 あのひととは体格も性別も性格も何もかも違うのによく似た懐かしい笑い方をするのは、ミラルゴ出身だからね、きっと。
 何だかとっても好きになれそうな娘。人の心にそっと染み渡る言葉を紡ぐようなあの温かさと柔らかさを、もう少し見ていたい気持ちにさせられるから。

 彼女とその相棒が挑む遺跡に私たち(既にラテルは相方認定)も同行できる事になった。
 さあ、どうなることやら。
 ラテルのためにも、男性の"鍵"が見つかることを祈りましょう。そうそう、下調べしなきゃ。
 
賢者の学院にて
クレフェ [ 2003/05/18 0:06:32 ]
  今日も今日とて賢者の学院にて調べ物。今度赴く遺跡はなかなかの難物かもしれない。近くに厄介な生き物の生息地があるようだから。
 「マーシュマン」。ラテルと二人、書物を紐解いてつき合わせた結果、この”水の恵み篤き”妖魔が導き出された。どうやら伝承や記録によると、水の精霊魔法を使う様子。しかも水底に沈める魔法を使うと来ては、生半な精霊使いでは太刀打ちできない。
 え? 私? ……さぁねぇ。

 とりあえず、相手の弱点を探りつつ、装備についても検討を進める。水の精霊魔法に長けている反面、どうも火に弱い様子が伺えたので、火矢とたいまつは多めに用意する事にした。スピカとその相棒さんが矢を扱えるなら、是非それは伝えておかねばならないだろう。
 できれば、衝突は回避したい。知的な妖魔の嫌味さは昔出逢ったゴブリンシャーマンでいやというほど味わったし、それに集団で魔法をかけられたら厄介なことこの上ないから。
 いろいろな可能性を列挙して一つずつ対応策を用意しておかねば。
 
 それにしても、ラテルは本の漁り方を良く心得ている。そして的確に資料を見出し提示する。
 嫌だわ、彼の前で「学者」なんて絶対いえないわ。やっぱり私には「エセ学者」がお似合いね。
 
 昼下がり、二人で本のページを繰る手を休めて飲んだお茶は少し濃い目だったけれど、その渋みが疲れを癒してくれた。お互いに意見交換しながら飲むお茶の美味しさは、やっぱり「エセ」でも学者・知識人の魂をくすぐるものなのだと、ちょっと可笑しくなった。
 
火酒を酌み交わしながら
クレフェ [ 2003/05/18 0:27:00 ]
 ”古代王国の扉亭”にてお夕飯。そのままお酒を飲んで、一人身の楽しさを満喫していた所に新たなお客。丁寧な物腰、戦いを経てきたもの特有の身のこなし。なかなかイイオトコ(結局それかいっ)。

 彼の尋ね人”ラス”の名に何となく反応して、それを会話の契機にしてみた。「それって金髪の半妖精さん?」と。どうやら当たりだったらしく、彼は不思議そうに何故判ったのかと尋ね返す。

 腰に佩いた剣の姿の如く真っ直ぐな気性。聞くともなしに聞いていた彼と隣席の人間の会話でそう思った。だからそのまま告げたら、どうやら気分を害したようだ。最近相手を見透かすようなことを言う癖がまたぞろ復活しているようだ。いけないわ。無用の喧嘩を売ったりするものね、ふふふ。
 「真っ直ぐに生きられない世界だからこそ、そんなふうに振舞えるのが素敵だと思っただけのことよ。それを踏まえた心の強さ、ありようって、魅力的でしょ? それとも……それは演技?」
 そう聞いたら、彼は少し困ったように「私は自分が嫌いなものでしてね。誉めて頂ける事に抵抗がありまして。」と答えた。
 あらもったいない。こんないい男、自分を嫌ってしまったら価値が落ちるって物よ……とは言わず、「嫌だわ、そんな寂しい事言わないで。今話していて嫌いになれないタイプだわって思ってたのに。」と言ってみたらば、「自分が殺人者だからです。私は死なすべきじゃなかった人をしなしてしまった人間なのですよ。」
 ……あらら。まぁまぁ。
 こういう事を聞いてしまうと、酒が手伝って、言わなくてもいいことを口にさせる。
 「私は最愛の人を自分の代わりに死なせたわ。それでも生きてる。彼が生きて欲しいと言った言葉のままにね。もし。貴方が生きている命を大切にしないなら、その殺してしまった相手も無駄死によ。」
 言ってから「しまった」と思った。けれど、こういう煮え切らない人の背中は蹴りつけでもしないと動かないもの。自分の過去を語らずに他の言葉でそう出来たら最善なんだけどな(苦笑)。果たして、彼は「からかったのだ、あなたの方がよほど真っ直ぐ」などと口にする。
 もう、いやぁなひとっ(苦笑)。でもまぁ、たまには、いいか。
 
 「今度は腹の探りあいではなく、もっとお話しよう」そう言って、彼と別れた。望む所だわ。是非、またお会いしましょ。きっと腹の探り合い第二ラウンド開始になるけど(笑)。
 
 今日の収穫はラスへのお土産、キッツイ火酒のボトルの残り。ふーん、ラスって火酒が好きなのね(邪笑)。
 
お節介な咎人
クレフェ [ 2003/05/18 1:04:48 ]
  見るからに”鍵”。目立つことを嫌い、隙を見せない。それでいて嫌味が無い。
 そんな青年と出逢った。名前はリック。
 話していて好感を持った。自分の値打ちを見定める冷静さとバランス感覚に長けていて、きっとそれなりのところまで上り詰めるだろうと予感させる雰囲気を持っているのに、どこか次の一歩を踏み出しあぐねている。そんな気配に苛立たしさを覚えて、ついついからかいながら煽ってしまった。
 彼はそれにいちいち反応するが、我を忘れたりしない。それは美点であり、正直末恐ろしい相手だと思える。もしかして私はとんでもない相手に吹っかけてるのかもしれない、気をつけろ、と脳裡で危険を告げる声が響く。それくらいの相手だと、理性でも判ってる。
 ……なのに、どうして「遺跡」には挑めないの? あああっ、もう! 煽ってやるわっ(笑)。

 やったぁ。苦労の甲斐あって、遺跡への勧誘成功(握りこぶしを高々と上げたい気分)!
 恐れないでよ、あなたのこの一歩はきっと次の一歩につながるわ。ね、頑張りましょ。
 ……でも、ほんとうに「正しい価値」と言っていたとおりにヘボい”鍵”さんだったら目もあてられないなぁ、誘った私も、承諾した彼も、お互いに。
 私の「無謀な気まぐれ」に付き合う度胸があるんだから、まぁ大丈夫だと思うけれど。

 
 彼の背中を押してくれた剣士が、私たちに酒を奢ってくれたので私が彼におごり返した。
 こっちの剣士の名はエクス。世慣れた雰囲気で、話術の巧みさとセンスのよさで私を惹き付けた。ちょっと作為を感じたし、遊ぶのには丁度良さそうだったけれど、今はそんな気分じゃない。
 と、言うわけで、今日は「素敵な話し相手」に終始した。
 あまり上手に言葉を紡ぐから、詩人なのと問うたらば、なんだか先日も聞いたような「創作には向かない人間だよ。何せ人殺しだ。」のフレーズ。……今、女を口説くのに流行ってるの?(苦笑)
 冒険者を名乗る以上、人の一人や二人は手に掛けていても普通だろう。そんな私たちが敢えて「人殺し」と口にするのはおおよそ訳がある。大抵、死なせたくなかった人を殺してしまったときだ。それも自分の手に掛けた場合でなくても「人殺し」と口にすることがままある。見殺しにしてしまったという意味で使ったりするからだ。
 彼も、またそうなのかしら?
 私だって人殺しよ。仕事で何人かは殺してる。そう、あの人までも……。
 でも私は癒すことを覚えた。それは畢竟、代償行為かもしれないし、自己満足でしかないかもしれない。けれど私は癒しの力を振るうのを恐れない。また、それで赦されようとも思わない。
 「赦し」など必要ない。ただ自分の求める力を追うだけ。そして、ただ一人赦して欲しい人に会うときの為に自ら罪を許さず忘れないことが、きっと私に出来る唯一の償い。他の誰でもなく、あの人に会うまで自分に課した……咎人であり続けることを笑って容認できる強さをくれた人への。
 
 エクスは「罪が赦されるのが怖い」という。いいじゃない。いかに罪を赦されてもそれを受け入れられない自分がいるならそれは自ら咎人のままでいることを選んだ証だわ。相手の許容や包容力に心が揺らぐのが怖いのかしら? でもそれなら最初からそんな生き方を選ばなければいい。
 新たな道、創作……創り出すことが咎人に能わざることだなんて、私は思わない。だって生きてるんだもの。
 ねぇ、気付いてよ。あなたはもうその事に気付きかけてるんだと思うから、ね。

 今日の収穫は、希望を宿した”鍵”と色男の”剣”。ふー、最近お節介が過ぎるみたいね、私。
 
前夜
クレフェ [ 2003/06/25 21:02:24 ]
  いよいよ明日は遺跡に向けて出立。
 正直、心地よい緊張と期待に胸が弾んでたまらない。なんだか遠出の前の子供のようだわ。窓を開けて少し頭でも冷やそうかしら。
 ……あら? いい風ね。ちょっと冷たいけれど、出発前に馬頭琴を鳴らしてから行きましょうか。

 「いい風が吹いたら、こいつを奏でてやって欲しい。きっとこいつも喜ぶから。」
 そういう、約束だものね。

 演奏できそうな所を探し歩いていたら、ラテルとばったり出会った。どうやら眠れない様子。
初めての遺跡への挑戦。やはり不安は拭えぬままなのだろう。心の切替も仕事のうちなんだけれどね。
 「 ちょっと付き合ってよ。これを弾く間、護衛をして頂けるとありがたいわ、魔法剣士さま。」
 聴衆一人を連れて、そぞろ歩きの続きをすることにした。
 散策をするゆとりすらなかったという彼に、少しだけお節介の虫が騒いだ。
 
 「妙に切羽詰まった気持ちに苛まされてると感じてるんだ。」
 「あなたを苛むのは「初めてのもの」への不安と焦り? それとも……歩む道程の遠さ?」
 「どっちもだと思う」
 そっか。私もそうだから何となく判るわ。「初めて」ではないけれど遺跡には常に緊張が伴うし、「歩む道程の遠さ」に関しては、言わずもがなだし。
 人の身に叶うかすらわからない領域……それでもこの身を束縛するものを支配し返すまでは。

 ラテルの美点は冷静に自己観察できること。魔術に溺れた人間の危うさが今の彼には見えない。多少内省的に過ぎる傾向もあるけれど、己の力との均衡をとるためのそれは一つの方法として間違いではない。
 もう少し世慣れたら、もう少し経験を積んだら。きっと自分の力を恃みと出来る日が訪れるわ。
 期待してるわよ、魔法剣士様。殻を打ち破って飛び出していくとき、まだ私が側にいたならば、心からの祝福をさせてね。

 「うん、頑張って成功させよう。きっとやれる。(前方の虚空を見据えて)やれるさ。」
 できるわよ、きっとね。


 公園で馬頭琴を取り出して奏でると、ラテルは物珍しそうに見遣りつつ、真面目に私を警護してくれた。報酬は、お休み前のカモミールティにブランデー少々。これで良く眠れますように。
 
琥珀の意味
クレフェ [ 2003/06/25 21:15:41 ]
 私の耳を飾る琥珀のピアス。その意味は。

 銀細工師の店に琥珀のピアスを修理に出した。かれこれ6年、このピアスだけをつけ続けてきた。
 「こいつでも付けときな。役に立つかも知れねぇし。」
 そう言って自分の言葉に笑っていたひとはもう居ない。彼のくれたピアスと馬頭琴が私の手許に残った形見だ。東方語が話せるのも彼のおかげだから、形見といえなくもないか。

 そんなことを考えていたからかもしれない。店に忘れ物をしてしまった。
 慌てて戻ったら、偶然ラスと出逢った。遺跡に赴く際、お守りとして自分の瞳の色と同じ輝きの石をつけていくために、この店に加工に出していたのだという。出来上がりが遅れていて、苛立っていた。

 「自分の瞳と同じ色の石を身につけるとお守りになる」
 その伝承を信じて、アクアマリンをつけていた頃があった。水難を避けるというかの石の効果は、他のものに溺れるのを止めてはくれなかったから、ある日、生活資金に換えてしまった。
 でも、どうやらラスのしぶとさを見ている限り、彼にとってはその伝承は真実だったようだ。

 帰ってきたら、無事生還のご褒美をあげると約束した。すっぽかすなんて許さない。
 琥珀を身に付けているときにあえて挑みたいと豪語するなら、無事帰ってらっしゃいな。楽しみにしてる。

 琥珀の効果は「虫除け」。
 
若き知識人との交流
クレフェ [ 2003/06/25 22:02:01 ]
  「初対面で人を見透かすようなことをするので、少しからかおうと思った。」
 そう言ったのは先日酒場で出逢ったディック。
 今日、自らその気分を味わおうとは。

 初々しさに満ちる少年と、瞳に活力の溢れるややあどけない娘。
 二人の間に割り込むように私も加わった。きっかけは娘……ディーナが落とした羊皮紙。何気なく覗こうとした彼(アスター)を「覗いたらカエルにされるかもよ?」とからかったのが始まり。
 二人はそれぞれの師に恵まれ、親から身を助けるものを預かっていた。私もそういえなくもないけれど、彼らほど素直に感謝できないのはそれすら束縛に感じていたからだろうか。

 レックスに挑む希望に燃えた二人。私も自分を高め、力と知恵を得るためにかの地には赴きたいと思っている。財宝と探究心の充足も目的のうちだが。
 彼ら二人は知識人でもあった。オランは流石に「賢者の国」だけあって、知識人に出会う確立が非常に多い。楽しくもまた、気の抜けない日々だ。

 ディーナに精霊の事を尋ねられ、言葉に詰まった。「感性」で片付けては知識人に失礼だとわかっているし、自分の知識人としての沽券にも関わるのだが、それ以上に説明するすべをまだ私は持たない。
仮説を立ててはいるけれど、それを立証するほどの根拠が見出せていないのだ。
 残念そうな彼女に、互いに情報交換しようと約束して、話を終えた。
 アスターに「精霊を”縛り返す”なんて、クレフェさんらしい!」と爆笑されたのが癪に障ったけれど、何となく憎めないのは嘲笑ではなく心からの笑いだとわかったから。
 もちろんその分一言残して帰るのは忘れなかった。意趣返しにしては弱いかと思ったらかなり照れていたのでどうやら大成功のようだ。

 精霊。私を縛るもの。私たちを縛るもの。いつか全てを明かしてみせる。
 
命の夏は長からず
クレフェ [ 2003/06/25 22:24:59 ]
  スピカに夏のバカンスに誘われ、即座に参加を決めた。夏よ、海よ、バカンスよ!
……男子禁制と決め付けていて、ラテルはダメと思い込んでいたのはちょっとまずかったけれど。
(実際後日尋ねたらそのとおりで、バカンスにラテルを誘って息抜きさせる訳に行かなくなった)
 いいの。ラテルも自分でくつろぐことを知らないと、このさき生きていけないわ(握り拳)。

 「夢の杯」亭で踊るニーツェという女性に出会い、彼女の舞を見に行く約束も取り付けた。
立居振舞、何より姿勢の美しさ。彼女の舞を見てみたいと自然に思わせる笑顔の魅力。
一番いい席を予約した私は間違っていないだろう。
 彼女はベルダイン出身。私があの街に居た頃は貧困ゆえにおしゃれも出来なかったとこぼしたら、安い店もあったのに、と笑っていた。……いいの。今度行くときは新旧両市街楽しんでやるんだから。

 エクスは相変わらずだ。苦笑混じりに私に向かう。そんなに困らせているつもりはないわよ。勝手にそっちが困ってるのよ(←鬼)。
 仕事と私生活、両方でお誘いを頂いた。残念ながら仕事は丁度その頃ラスとの先約があったので断った。ただ、よく聞いてみたらラスがらみだという。彼が帰ってきてからという条件なのだから請けても良かったのかしら? 高い報酬と内容の不明瞭さが気にかかるので、受けなくて正解かもしれないが。
 遊びについての意見交換も出来て、なかなか楽しかった。危ない危ない、ふと自分のことを語ってしまいそうになる。隠してるわけじゃないけれど、同情なんかされたら腹が立つから。
 さて、明日は彼と遊ぶ予定。楽しませてくれるかしら?

 陽気な商人が人がまばらになったこちらに、反対側のカウンターから移って来た。オン・フーという彼から、朱色系の紅を買ってみた。なかなかよい色の紅で質も悪くない。
 今後も安く買えるよう、知り合いを紹介しておいた。
 意外な事に幸運神の使徒であり、”鍵”でもあった。豊かなお腹の出具合からちょっと想像がつかないなんて感想は、胸の内にしまっておかねば。
 後輩の”鍵”の試験の話はこちらがお腹を抱える番だった。さすが、笑顔を運ぶ幸運神の使徒。

 
 それにしても、形見を大事にもって仕事している人間のなんと多いことか。ニーツェもエクスも、そして私も。
 こういう仕事をしていると、それが過去と未来を繋ぐよすがになってしまうのだろうか。
 生きている自分、死んでしまった誰か。自分は未来へ、相手は過去へ。
 それを当たり前のように受け止めている自分に流れた時間を、ふと省みた夜だった。
 
雨夜語り
クレフェ [ 2003/06/25 22:46:46 ]
  どこかの国に、『雨夜の品定め』という話があるらしい。
 雨の夜、退屈した貴公子たちが好みの女性について語り合い、様々に体験を語り合う。
 でも私たち冒険者に女性の好みを語るより、武器の良し悪しを語るほうが似合いかもしれない。

 年のころ10代後半の少年……いや、青年かな。元気な声でオーダーする剣士の名はアスリーフ。なかなかの使い手だと思う。しっかりと手入れされた剣を体に違和感なく帯びて、笑っていた。
 雨の日の戦闘や装備の手入れの話をしたのだが、てらいのない実質的な言葉を聞けて心地良かった。
 精霊使いと剣士では自然現象への向かい方が全く異なる。私にとって雨はウンディーネの働きだけれど、彼にとっては「雨」そのものより戦闘時の足場や視界の条件に対する意識が強そうだった。
 自分の持ち場、領域で世界と向き合う。それは誰にとっても必要なこと。

 西方で手にしたというその剣が、もし東方の剣なら、彼の手に渡るためにはるばる大陸を横断してきたのかもしれない。そんなふうにちょっと期待させてくれた。
 数年後、剣匠に匹敵する剣士になっていたなら、素敵だと思う。

 未来の手錬に乾杯。
 
一里塚の雨宿り
クレフェ [ 2003/06/25 23:21:46 ]
  久々にのぞいた晴れ間に誘われて、散策に出た。でも世の中そんなに甘くないらしい。
夕暮れの公園で降られてしまった。仕方なく大木の下で雨宿り。
 暇だったのでエントを呼び出す練習をしようかと思ったら、木の陰から馴染んだ声。エクスだった。

 「”中々振り向いてくれない相手”に向かって、憎しみめいた思慕の情を込めて、
念じていたように視えてしまったんだがね、俺には。」
 こういう事いうからこの人は……ホントにもう。
 「次はそのホントに、の続きを聞かせてもらえるのかな?」
 知りません。気が向いたらね。
 ああ、でもあの夜はありがとう。楽しかったし、明くる朝突然ラテルが訪ねてきたとき取り繕ってくれたから事なきを得たし。遊び慣れ、いや修羅場慣れか(笑)。
 二人で迎えたあの朝、所用で私の部屋を訪ねてきたラテルはエクスがいた事に驚いたものの、彼の淀みない説明に言いくるめられて、困惑と納得を織り交ぜたような複雑な顔で部屋を去っていった。
 「若い割に度量があるんだよ。多少の疑念を飲み込めるぐらいにね。君への信頼も。」
 そうかしら。ああいう純朴な青年がこういう(←エクス)ひとになっちゃうのかしらねぇ(嘆息)。

 「君は余裕があるようでいて、ひたむきだからな。一生かけても、勝てそうかい? その勝負。」
 精霊との、いえ、自分の矜持との勝負でしょ? 勝つわよ。一生かけるんだから。

 結局似たもの同士。平穏を生きることの出来ない私たち。一緒に歩くことは出来ないしするつもりもないけれど、顔をあわせたなら笑いながらどこまであがけるのかを確かめ合うのはいいと思う。
 人間の業を詰め込んだような生き方かもしれないけど、それを知ってる人間同士で笑みを交わすのはなかなか味わい深い。
 こういう出会いは、悪くない。

 かの剣匠だって人間だから。あなたは貴方の生き方をすればそれでいいと思うんだけどね。
 あえてそんな言葉は投げかけずに置いた。
 
516年、新たな出会い
クレフェ [ 2004/03/09 0:23:33 ]
  515年は今までの人生を省みてもかなり充実した年だった。
 初めて賢者と冒険者の国を訪れ、相棒と多くの知己を得た。落ちた都市にも挑み、得がたい経験をした。
 初夏の遺跡、夏のバカンス、秋の落ちた都市。亡き名人とのチェス、一癖ある”イイオトコ”達との出会い。
 巡り行く季節をこれほど楽しく過ごしたのは、夫亡き後では初めてかもしれない。

 そんな中、運命、いや必然のように出会った相手がいる。
 彼女の名はクレア。賢者と魔術師の多いオランでも屈指――何せ導師級の実力者なのだから――の魔術師。そして四大魔術を極めんとする気概に満ちた美しい女性。
 彼女とは知己数人を間に挟んで舌戦を重ね、時に(はさまれた人間の)胸倉を掴み、血を流し、意思確認をしてきた。言うなれば「強敵」「好敵手」と書いて「とも」と読む関係である、かもしれない。
 そんな私達は研究において目的が一致。現在では共同研究者となっている。


 さて、そんな私達が共同研究に必要な稀覯書を手に入れようと試み、最大の難関であるその所有者の存在に半ば挫折しかけていたときだった。
 私達の前に颯爽と現れた可愛い青年が事態に血路を開いてくれ――あら? なんだか表現が不適切な気がするけれど、いいか――ることになった。
 ホッパー・ビーというその青年は、初心で謙虚で真面目で、話せば話すほど最上級の賛辞を捧げたくなる。いつもの自分なら、心から彼を可愛がって、大切にその才をを伸ばすことに尽力してしまうだろうと思う。ああ、それなのに彼にそんな面倒もとい試練を課してしまうなんて。

 「いいのよ、今は非常事態なんだから」

 そう自分に言い聞かせ、困難な役割を笑顔で押し付け、色仕掛けで問題の危険性を曖昧にし、そうとは悟らせず、強引に彼に承諾させた。
 何も知らずに本の所有者である有名な陰険老嬢、サセックス家のメアリのもとへ嬉々として赴く彼。心の中でそっと手を合わせつつ、舌も出してみたりして。


 その日、彼は帰ってこなかったらしい。合掌。
 
掌中の華
クレフェ [ 2004/09/22 21:57:10 ]
  * これはエピソード#491『残されたもの』を受けた記述です。先にそちらをお読みになることをお奨めいたします *
<>
<>-------------------------------------------
<>
<> 「男って馬鹿よね」
<>そう言って、杯を掲げながらクレアと笑いあった。
<>
<>
<> 初夏からずっと書き続けていた論文が漸く完成を見たものの、下読みをお願いしたクレアにものの見事に却下されたのは夏の終わり。彼女の部屋に運び込んだ羊皮紙の束は、その瞬間新たなる課題へと変容した。
<> これが終わったら私を「おばさん」呼ばわりしたラスに、それはもう口ではいえないような仕返しをしてやろうと楽しみに頑張っていたのだが、その気も削がれた。毒気を抜かれた分、ラスにとっては優しい報復程度で終わるだろう。
<> 何せ原因は自分にある。提出レベルに到達していない自覚はあったし、不十分なものを発表するよりはずっと適切ではあろうから、これはこれで良いのだ……多分。
<> 落胆と安堵を覚えながら、そのまま彼女の部屋で語り合っていたとき、偶然私がみつけたもの。それは彼女の大切な兄君にまつわるものだった。
<>
<> そういえば、以前クレアの亡くなった兄君の話を聞いた。彼を語る彼女は僅かに哀しげではあったけれど、瞳にはかつて抱いていた憧憬や敬愛が窺えて、密かに彼女への親しみを覚えさせた。本人には気恥ずかしくて言えたものではないけれど。
<>
<> 彼女は兄君の話を、私は夫の話を。海の幸と白葡萄酒を前に静かに語り合う。そして。
<> 「男って馬鹿よね」そういって笑った。
<>
<>
<> 彼女と別れて自分の宿に帰り着き、殺風景な部屋で一人夜風に当たりながら今日の話を反芻する。彼女はあの雑然とした部屋で使い魔と二人、長い夜を過ごすのだろうかと思いながら、あえて告げることのなかった言葉を脳裏に浮かべる。
 <>
<> (……ねえ、クレア。男って、馬鹿で甘えたがりなのよ?
<> 勝手かつ失礼な想像かもしれないけれど、お兄様がその品を選んだ理由のひとつにはね、愛すべき独占欲もあったんじゃないかと思うのよ。
<> きっと「そのとき」の温もりはお兄様の心に沁みたと思うの。もしもそうだとしたら……ね。)
<>
<> 「男って馬鹿で甘えたがりで……本当に愛しいわ」
<> 呟いて、私は窓を閉めた。
<>
 
想い出と今と未来と
クレフェ [ 2005/04/03 13:01:00 ]
 「すまん、って何よ。余計心配に、ううん、気がかりになるじゃないの」

 卓に置かれた杯が少し大きな音を立てる。目の前の料理は手をつけられないままで、少し速いペースで杯が傾けられる。
 遺跡に挑む恋人を待つ間、彼女が抱いていたのは二つの不安。恋人の無事と、長く彼を苦しめた過去との決着。
 彼が手負いながらも無事に帰宅したことで、それらはひとまず解消されたのだが、一つの解決がさらなる不安を彼女にもたらした。
「過去との本当の訣別が、これから始まるってことなのね……恐らくは」


 こんなことを言うのは残酷だと思う。けれど彼女は聡くて賢くて、誰よりもそれを判っているから、敢えて私は口に出す。彼女の背を押すために。
 部外者が余計な介入をすべきではないとは思うけれど、私にとって彼女と彼と「彼女」の関係が予想されるものであるならば、もはや他人事ではないと思えるから。
「一つだけ、言わせて」
 ライカが私を見た。瞳がわずかに潤んでいるのは酒のせいだろうか。

「私は、『今』を生きているものの味方よ」

 死すべき宿命を負うもの、生命の精霊の働きを受けるものは、すべて『死』の前において平等だ。正直人間より長い命数を持つ者達を羨むこともあるけれど、本当は長さなんて関係ない。今を生きていること、それが同じ大地を踏みしめる理由のすべてになると私は信じる。
 そう前置きをして、知己ではクレア位にしか話していない昔話をする。

「私の夫は14歳年上だった。順当にいけば私よりも先に逝くって判ってた。けれど『死』には希望も理屈も通用しなくて、あっという間に彼を私から奪っていったの。
 ……それでも、後悔はしてない。たとえ、長い長い時間を越えていかねば彼のもとにたどり着けないとしても、彼を愛して傍にいたことを悔やみはしない」
 
 杯をあおり、軽く息を吐いて。
「もしあなたの不安が的中していたとしても、あなたには身を引く理由なんて一切ないわよ。堂々としてなさい」


 ライカと別れて自室に戻る。送ろうかと言う私に、少し独りになりたいと彼女は言って、踵を返した。
 その方がいいかもしれない。もしシタールと顔をあわせたら、私は詰問してしまうかもしれないから。今は、そのときではない。今はまだ。
 ベッドに身を投げ出して、ため息を吐く。そして彼女に言わずに飲み込んだ言葉を脳裏に描く。

「女って幸せな想い出が一つあれば、その埋み火みたいな温もりと明かりを標に生きていけるけれど、それが愛しいばかりに手を伸ばせば届く幸せに気づかないこともあるの。ライカ……あなたには、そんな思いをして欲しくない」
 これがいかなる意味を持って彼女に響くかを考えたら、言えなかった。

 もう一人の『彼女』、友人でもあるレイシアの憂い顔を思いながら、寛げないまどろみに身を任せ、目を閉じた。
 
一つの訣別
クレフェ [ 2005/04/13 0:04:27 ]
  レイシアが思いつめた表情で私の部屋を訪ねたのは数日前。
 艶やかな長い黒髪が僅かに面やつれした輪郭をあざやかに縁取り、余計に寂しく見せていた。
 聞くだけ聞いて、ため息をつく。ライカの話と彼女の話は合致していた。
 何より恋敵同士が互いを思いやっている点が、悲しいほど似通っている。
 「どうしたら良いか判らない。考えると息が詰まるほど胸が苦しいのよ」
 そう呟くレイシアに、大切な人を失わずに済み、自らの力での癒しが間に合ったことへの羨望を押し隠して尋ねる。
 「それは私には答えを出せないわ。どうしてほしいか、という願望は在っても、それを押し付けるべき相手なんていないから。
 ねえ。彼のことが、好き?」
 「そうね、多分。大切だわ」

 
 レイシアを見送った後。まるで入れ替わるようにライカが突然訪ねてきた。酒を飲んだ後のようで、頬には赤みが差していたが、硬く引き結ばれた唇は、哀しげに震えていた。

 彼女を部屋に迎え入れ、酒を落としたミルクティを飲ませて休ませる。落ち着いたのを見はからって、私は一人、クレアの部屋を訪ねた。
 数日の間、巨大毛虫退治に出かける予定の彼女に掛け合って、ライカを部屋にかくまってもらう許可を取り付けるためだ。
 ライカとクレアは研究を通じて比較的親しいのもあって、気軽に首を縦に振ってくれたのだが。
 「そのかわり、お掃除と資料整理と提出書類の分別、お願いね」
 ……言われずともやってやろうじゃないの!
 結局自主的にエプロンと雑巾持参で掃除を始めるのがすっかり定着したのが切ない。


  ***************

 それから数日。一枚の地図をめぐる椿事に関わった私は、その調査の一端をライカに任せていた。気晴らしになれば、と思ってしたことだったが、予想以上に彼女は真剣に取り組んでくれている。クレアの部屋の資料を紐解きながら、今日もライカは地図に書かれた文言の使用された年代や規則性をたどっているはずだ。 

 彼女に夕食を差し入れしてから、私は小孔雀街へ向かう。例の地図にはどうも古い詩が関係するようなので、古謡に詳しい老詩人にいくつかのキーワードを話して、関係のありそうな歌を聞かせてもらう心積もりだ。
 しかし、困ったことに私はこの街の地理に不得手で、紹介者に書いてもらった大まかな地図をもとに歩き回ってもなかなかたどり着けない。あっという間に夜は更けていき、闇霊の深く支配する時間になってしまった。
 と。
 羊皮紙を片手に困り果てていたとき、シタールが唐突に視界に飛び込んできた。


 「何つうのか……俺もな、今どうして良いのかよくわからねえんだよ。選べば誰かが傷つく、選ばなければみんなが傷つく。そんなことうだうだずっと考えてた。ま、これもいいわけだな。ウン」
 どうして彼女の行き先を知っていそうな私を脅してでも、行方を聞き出さないのか、そして自分で探さないのか、彼女たちを忘れるつもりなのか? と詰問すると、忘れる気も探す気がないわけでもない、ただ、結論が出ないまま逢いに行くのは、と躊躇を見せる。

 腹が立った。どうしようもなく、苛立っている。彼らのことは他人事ではない。
 だって、彼女は。もう一人の彼女は。あなたは。

 「あなたは、傷つくのを恐れてるだけだわ」
 そう言い切ってから、彼を抱きしめる。
 「どうして死んだ夫にこんなにも似ているのかしら」今まで決して口にしなかったその言葉が、彼の温もりに力を得て溢れ出す。
 
 そう、彼女は、もうひとりの彼女も、あなたですら、私。
 夫を変わりなく愛し、妻ある人を横恋慕し、亡き人の面影を追う、そんな私の欠片たち。

 認めるつもりのない恋。彼に似た人を想ってしまったら、私はきっとそこで足を止めてしまう。彼だけに乞うはずの許しを彼の形代に乞い、自分の歩んだ道を似た人への恋慕にすり替えて、悲しみも痛みも、愛してくれた人の願いすら放り出してしまう。精霊を追うことすら、忘れてしまうかもしれない。
 だから。だけど。
 「酷いわ。貴方は、心迷うときも私を見てはくれないのね」
 それは酷く素直に口をついて出た言葉だった。
 彼を試すと同時に自分を試す、そんな諸刃の剣を胸に抱いて、いつでも喉を掻き切る覚悟で彼の返事を待つ。
  
 彼は優しく断ってくれた。すまない、と繰り返しながら抱きしめてくれた。
 それだけで欲しかったものは十分手に入った。もう、いい。

 「嘘よ。結婚も、貴方に惹かれたのも本当。けれど……私はきっとずっと、夫のものよ」
 虚勢を張る気力と、この淡く哀しい想いに訣別する勇気が、生まれた。そして、3人の行く末を静かに見守る決心も。

 ライカへの伝言を預かって、私は小孔雀街を後にする。 
 一歩ずつ彼から遠ざかるたびに、想いが少しずつ昇華していくのを願いながら。


 ……もう、こうなったら、全て解決した暁には女たちみんなで彼の秘蔵のライラ・ライラの小樽を飲み干してやろうかしら。料理はもちろん全部シタールに作らせて。
 ああ、でも乾杯はあっちのほうが良いかも。 
 ※「シタール命(はぁと)fromラス」っていうふざけた彫が入った樽だけれど、中身はかなり上質なワインのはずだから。

 クレアの部屋に向かう道中でシタールへの意地悪を企む気分になれるほど、寂しくて、幸せな事件だった。
  
*************

 ※[TOPIC 194]のラスの宿帳「日常」#30を参照。
 
怠惰なる癒し手
クレフェ [ 2005/05/21 0:41:30 ]
 私はラスを癒せなかった。出来たのは、症状を軽くすることだけ。
それは半ば予想していた結果だったから、別段驚くことでもなかったけれど、やはり悔しかった。

地図をめぐる椿事に臨むにあたり、やはりラスの体調が最大の心配事であったので、出発前夜、彼のもとに”夜這い”と称して治療に赴いた。
「あー……大分楽にはなった。助かったよ」
「正直に言えば、ちょっと悔しいかしらね。癒し手を自称する身としては情けない限りだわ」
「まあ……何人か当たってみて、全員同じ結果に終わったからな。とりあえず出かける間は持ちそうな位には復調したのがありがたい」
「道中も、遠慮なく言ってね。きちんと精霊に呼びかけるから。それにしても……」
「何か気になることでも?」
「イゾルデも試したって言ってたわよね。……ひょっとしたら私たちの分野じゃないのかも。
 ふふ、負け惜しみかしらね」

 ホッパー君や騒ぎの発端となった草原妖精のリノとともに歩む道中も、折に触れてラスの体内の精霊に呼びかけた。日々呼びかけた分、ラスは当初よりは楽そうに過ごしている。
 
 「宝」の収蔵場所からオランに戻ってきて、打ち上げで飲んでいる楽しげなラスを見て、ため息をつきつつ呟いた。
 「少しは良くなってるみたいね」
 それは希望的観測。そうあってほしいという、自己欺瞞。そして責任放棄。
 
 私が一緒にいる時は、いい。一時的にはラスの苦しみを軽減してあげられる。
 けれど、精霊たちの均衡に歪みを与える力が働いて、時をおかずにそれは戻ってしまうだろう。
 そのとき、私はラスのそばでラスを救うために働くかといえば、答えは、否。

 精霊の不和を叱り付けるくらいの勢いで対峙すれば、歪みを矯正することは可能だったのかもしれない。けれど、なんとなく私には踏み込めなかった。
 精霊使いは相手の体調を整えるために、相手の内面に踏み込むことを余儀なくされる。
 それは精神のバランスの歪みであったり、純粋に地水火風の均衡の問題だったりと様々だが、まるで相手の体に耳を押し当てて聞くかのように、その体が奏でる音に触れねばならない。踏み込んで精霊に声を届かせようとすれば、まるで同化するかのように響きを伝える必要が在る。
 私の精霊との関係がそうさせるだけで、他の精霊使いはもっと楽に接するのかもしれないけれど、とにもかくにも、今の私はそういう形で彼に触れたいと思わなかった。
 
 広く広く、誰をも受け入れるには、私の手と力には限りがありすぎる。
 無限に手を伸ばし続ける無謀さは、私にはない。
 もしかしたら、私がもっと勤勉でラスに深い思いを抱いていたなら話は別だったのかもしれないが、限界を自ら見切ってしまった以上、今より深く踏み込む気は、ない。

 「困ったら、私のところにいらっしゃいな。出来る範囲で力になるわ」

 いい訳めいた言葉を彼の耳元に残して、私は木造の酒場を出た。
 どこか捨て台詞めいているとの苦味を胸に押し込めながら。
 
夜明けの訪問者
クレフェ [ 2005/05/21 1:19:13 ]
 遺跡から戻り、地図解読やらシタールを巡るさまざまで滞っていた研究課題を整理しようと机に向かうと、時間は矢のごとく飛び去っていった。もちろん研究を続けるための収入も得なければならない。
となれば、当然、適当な男にコナをかけて気晴らしに遊ぶ余裕すらなくなってしまい、小鳥の歌で朝を知り、床に就くような日々が続いていた。お肌に悪いことこの上ない。

宿の私の部屋は小さいながらも個室だ。ここを根城にし続けるためにも稼がねばならないのは致し方ない。

その夜、私は急ぎで入った代書の仕事で徹夜していた。比較的良いお金になるだけに、集中して一息にやり遂げてしまいたかったのだ。
夜明けの気配が窓越しに訪れる頃、一通りの清書を終え、通読して誤字を探す。問題はなさそうだ。
あとは一眠りしてから再読して、確認をすればよいだろうと見切りをつけた。
机の上の資料をまとめ、片付ける。倹約のため灯り代わりにそっと呼び出していたウィスプを消して、床に就こうとしたときだった。

控えめな足音が部屋の前で止まり、続いて軽いノックが聞こえたのは。

以前遊んだ面々の顔を思い出す。その中で宿を知られている相手がどれほどいるか確認し、念のため手鏡でそっと身だしなみを整えると、扉を開けた。

「おはよう……じゃないみたいね。これから寝る所だった? 疲れてるみたいだけど」
そこにいたのは、旅装のライカ。気丈な彼女の顔に、どことなく寂しさを感じたのは私の目が疲れているからだけではないだろう。
「ええ。稼ぎに追いつく貧乏なし、っていうでしょ? 頼まれた代書を片付けたところだったのよ。
……その格好。行ってしまうのね?」

「西に、タラントに父がいるのよ。会いにいってみようかと思って」

彼女がそう思い立ったのなら、もうとめる術はない。ましてこうなることをどこか予感していたのに、多忙を理由に深く関わることなく今まで過ごしていた私に、止める言葉などない。

けれど。

彼女は私の大切な、すてきな友人には違いないから。

「ちょっと待ってて。タラントまで行くなら、備えはどれほどあっても足りないわ」
”ゲフィッリンの塒”の報酬として得た魔晶石を慌てて引っ張り出し、彼女に渡す。なんだかんだ言ってたおやかな彼女の身を、少しでも守るようにと祈りを込めて、自分が西から旅してきたときに使った大振りの柔らかな布をそっと、彼女の頭上に掛けてやりながら、抱きしめた。
「クレフェ?」
「あなたは色白なんだから、エレミア辺りは布で覆って歩かなきゃだめよ。シミになったら切ないんだから。それと……よく、頑張ったわね。ほんと、偉かったわ」
「……ありがと」
「西にはいい男が一杯いるわよ。悔しいけれど、私より若いんだから、これから星の数ほど男見て、うんといい男捕まえなさい。私も負けないけどね……また、どこかで会いましょう」
僅かに潤んだ彼女の瞳をあえて覗き込まないようにして、もう一度抱きしめてから彼女を送り出す。

朝の空気の中、次第に遠ざかる影が、頼りなくも、りりしく見えた。
 
命を形見に
クレフェ [ 2005/05/21 1:33:20 ]
 きままに亭で杯を傾けていると、ひどく賑やかな一団が酒を勢いよくあおっていた。
聞けば、仲間を妖魔退治で喪ったとか。しかも仲間の一人……惚れた相手を守るために妖魔と刺し違える形で。
空元気でも元気、ひたすら前に進むための、悲しい儀式。
そう知ってしまった者たちは、彼らの乱痴気騒ぎを咎め立てできなかったようだ。

ギグスも、そしてもちろんシタールも。
自分を遺される立場に置いたことの在る者には、胸に迫るものがあったらしい。
私とて、それは同じではあるものの、最も今現在その話題に敏感な立場で、かつどことなく同調しがちなシタールをことさらにいさめるように話が進んでしまった。
「頑張りなさいよ、いい男」
まるで図ったように現れたレイシアを前に言う、この意地の悪さ。我ながらイイカンジだわ。

駆け出しとおぼしき少年が、シタールにどつかれているのを横目に見ながら、酒場を後にした。

とりあえず、ギグスの奥様には近いうちに是非会いたい。
彼女らのように、遺される覚悟すら腹の底に沈めて笑う豪胆さがあっても、苦しむときはあるだろうけれど、今は、そんな強さを見習いたいから。

「覚悟は常に必要。でも、覚悟も理性も吹っ飛ぶのが、非常事態、ってことで……”何でも出来る”
の中に、全員生き残る、を選択肢に据えて、是が非でもそれを選ぶつもりじゃなきゃ、だめよ」

シタールに向けたそんな言葉を、自分にも向けて、生きていかねば。
生きることを、選んだのだから。
 
光いずる国より
クレフェ [ 2007/09/08 23:24:31 ]
  旅立ちの日。夫の両親や一族を前に、私は心を込めて礼を述べた。彼らは変わらず温かく、私との別れを惜しんでくれた。
 私がここで得たものは、今から続くあたらしい明日。そして、精霊との新たな絆……といっても、使える技が増えたわけではなく、精霊との絆のかたちが少し変わった、いいえ、私の心が変わっただけ。ただ、それだけの、それほどのこと。

 ありがとう、またいつか。
 そう言って、わたしは一年お世話になった人たちに背を向けた。

 街を目指して草原を行く。この一年で馬の扱いもかなり上達したと自画自賛しているが、地元の子供にはまだまだ負けるだろう。
 本当に私を変えた一年だった。吹き抜ける風にお肌も少し荒れたし、髪もどこかぱさついたような気もするけれど、心はこの一年で癒され、潤いを得、光を抱くことが出来た。

 街に出たら、クレアに笑われない程度にお肌の復調を図って、貴重な薬草や塩をそれなりに買い求めて。
 ああそうそう、あの果実の種も買っていかなければ。
 彼女、欲しがるかしら。上手く根付いて実ったら分けてあげなくもないわ。なんせ東方の島由来の植物らしくて、不老不死伝説のある果実だそうだから。
 ひとつの種が地に根付いて、実を結ぶまで見守るのも、今なら悪くないと思える。そんな場所がふたつも出来たことが私には嬉しい。

「さあ、戻りましょうか」

 進もう、道の先へ。馬の鼻を、前へ未来へ向けて。
 いざ、懐かしいオランを目指さん。
 
新たなる旅路に
クレフェ [ 2007/11/24 23:41:36 ]
 「故郷を訪ねてほしい。俺の馬頭琴を届けてくれ」
そう言って死んだ夫との約束を胸に抱いて旅立ってから、ひたすら東を目指して旅をしてきた。
一人でさまよう旅の日々はどこか虚ろで、自堕落だった。目的地が決まっているのは幸いなのか不幸なのか。夫との約束を果たさねばという強迫観念に背を叩かれて、街に留まっては去ることを繰り返した。
草原にたどりついたら何もかも喪ってしまうのではという恐怖が、私の足を緩慢なものにしていた。自堕落で緩慢だなんて、腐臭の漂うぬるい空気に浸っているようなものだ。いずれ全身腐って溶け墜ちるのは目に見えていた。

そんな私がオランでぴたりと足を停めた。
足をとめた理由は、最初は目的地に近づいてしまった恐怖。
けれど、次第にオランへの愛着に入れ替わる。それは自分でも意外だった。
愛着を留まる言い訳にした面はあったにせよ、街と住まう人々を心から好きになるなんて、予想だにしなかったのだ。

多くの人との出会いと別れが、私の心を清め、纏わり付く腐臭を押し流し、ゆらぐ足回りを固めてくれた。
出会いは、夫との本当の別れと新たなる出発に躊躇している私の背をごく自然に押し、とても温かなもので満たし、導く光に気付かせてくれた。

だから、不安はあったけれど、迷うことなく極東の地へと足を運ぶことが出来た。おかげで、何年もかけてオランまできたのに、そこからミラルゴまでは驚くほど早かった。


約束の土地、ミラルゴでの一年は、こだわりや憎しみを静かに解きほぐしてくれた。
草原の風も色も、音も温度も何もかも、厳かで美しく、衒いもなく、ただありのままに生きることを教えてくれた。

沢山のものを学んだ気になっている私を見て、幸福の島とやらにいるはずの夫は髭面をしわくちゃにして笑っているだろうか。
恐らくは、夫が私に見せたかったものの全てが見えたわけではないだろう。
彼が生きていたなら、きっと私が学んだ以上に多くのものを、肩を叩いては指差して、あちこちつれまわして、時には気付くまで黙って隣に座り込んで、教えてくれたのだろう。
それらは、彼からの取っておきの贈り物になっていたはずだ。
……もしかしたら、悲しげに笑って、自分で贈り物を取りに来た妻に、ごくろうさまとでも言っているだろうか。

でも。
今の私はいい大人なのだ。何せ、出会ったときの夫の年を越えてしまったくらいに。
夫から見たら子供みたいな年齢差だったけれど、ちゃんとそれなりに年を重ねて生きてきた。
自分で気付くことは、気付ける、そう自負したい。

……どうしても気付けなかったことは、きっとあなたの許に辿り着いたら、教えてくれるわよね? ナツァク。贈り物はちゃんと全部頂くわ。
まだまだ、手を伸ばすことは諦めないし、命を手放す気もないから、あなたに再び出会った時に「何も知らない」だなんて言わせるつもりはないけれどね。でも、楽しみだわ。


さて。
ずっと西を背に東を目指して歩いてきた私が、今は東を背に西に向けて街道を歩んでいる。
雲の上の街道、と呼ばれる道を隊商の護衛としてひたすら歩み、とうとう大きな街の門の前までやってきた。
この街で、隊商との契約が終わる。私の旅に終止符が一つ、打たれるのだ。
頑丈な大門をくぐった私の目に、一年半前と変わらない活気に満ちた風景が飛び込んでくる。

またここから、私の旅が始まる。
ただいま、オラン。

……とりあえず、寝て食べて化粧水を買ってお肌を休めなきゃ、クレアに指差して笑われるわっ。