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酒を飲みて過ごす日々
リディアス [ 2003/06/18 3:04:32 ]
  西のロマールから流れ流れてオランに辿り付いて……いつかは、かのレックスで一山当ててやろうって意気込んでたっていうのに……早速、金にもならないつまんねぇ仕事に当たっちまうなんてオレもついてねぇ。……いや、ついてないだけじゃなく、オレ自身がバカだってのも、あるんだけどさ……。

 依頼主は、オリエって名前のおねーさん(見た目はお嬢ちゃんなんだが)、依頼の内容は、エストンとか言う山に登ってその土を持ってくるってもの、そして、土の使い道は、そこでしか育たない花を咲かすため……だと。レックスで一山ってことから考えたら、なんとも溜息の出そうな可愛らしい依頼じゃねえか……。
 しかし、ぱっと聞いた感じじゃあ、ほのぼのした話だが、山登りは、妖魔や凶暴な獣なんぞの類が出てもおかしくない危険なもんだ。いくら可愛いおねーさんの頼みとはいえ、易々受けていいもんじゃない。受けるには、それ相応の金を払ってもらわなきゃ困る。……が、正直、このおねーさん、そんなに金持ちには見えねぇ。実際、自分でも金をこれから都合つけるなんてことまで言ってるぐらいだ。
 ま、詳しい事情は判らんが、花一つ無かったところで、死ぬわけじゃなし、諦めておくれ、と言おうと思ったんだが……一緒にいたおっさん……オンが何やらマジになって話を聞いてやがる。

 どうも伺うにその花の種ってのは、おっさんの伝手で手に入れ、おねーさんに売ったもんらしい。オレに言わせりゃ、商人の仕事はそれで終わりなんだが……おっさんは、それが咲かないのも自分の責任だと言わんがばかりだ……ってか、おっさんは、花が咲くまでが種を売った商人の責任、依頼じゃなくっても構わないとまで言いやがる。
 花の種一個でここまで言うなんて、これじゃあ、まるで親娘か……そうじゃなきゃ恋人だ。ま、おねーさんが思ってたより年上だったから、娘ってセンは当然消えるとしても……おっさんには悪いが、おねーさんの態度からして恋人ってセンも無さそうだ。
 だが、少なくともおっさんがおねーさんに惚れてるってのは一目で判る。
「なぁ、おっさん、もしかしてこの娘に惚れてんのか? なら協力してやってもいいぜ?」
 おっさんのあんまりの態度にオレも見かねて耳打ちする。そしたら、おっさん、赤くなりながらヘッタクソな言い訳しやがった。
 ……はぁ……せめてここでおっさんがもうちょいマシな言い訳できるようならほっといても良かったんだがナァ……。

 結局のところ、オレも報酬に足りない分は、飯と酒で払ってもらうってことでこの話に乗ることになった……我ながらバカな話だ。こんな依頼の受け方なんか、オレ自身としても初めてのことだ。ただ、今んとこ、飯と酒以外に金を使ってねぇってのは事実だし、ここまで聞いてほったらかして、明日からの酒を不味くするってのもいただけねぇ話だ。それなら、このおねーさんに酌してもらって、美味い酒飲めるって条件はあながち悪いもんじゃねぇかもしれん……と思っておくことにしよう。

 ……そういや、おねーさんに酌してくれるってとこまで約束取り付けられなかったけど……ま、大丈夫だよな、それぐらい?
 
東の果てを思う
リディアス [ 2003/06/20 10:56:53 ]
  オンのおっさんに連れられ、「白鼠亭」って飲み屋に行った。オレは基本的には酒がうまけりゃ、それに越したことはないんだが……ま、美人のウェイトレスがいるって話を聞かされたら、興味を持つのが男ってもんだろう。……いや、今、寝泊りしてる宿の酒場のウェイトレスに文句をつけるわけじゃないんだが、オンのおっさんが、自分と同郷の美人がいるってなことを言うもんだからナ。西のロマールからわざわざオランまでやってきたんだ、せっかくなら、東の果ての美人さんに会ってくるのも一興ってもんだろう。
 で、そのおっさんの出身、ムディール美人に会ってきたんだが、なるほど、確かに器量良し、愛想良しで文句のつけようがない。おっさんが、同郷ってなことで自慢したがるのも頷ける。

 このオランにやってきて、いつかはレックスにってなことを考えてもいたが、せっかくのことだ、大陸の東の果ての海を見にいくのも悪くないかもしれない。オンのおっさんもいつかはムディールに帰りたいってなことを言ってたし、オリエのおねーさんの仕事が終わったら、一緒に付いていってみようかねぇ。

 西に戻る以外の道ならば、どこに行っても同じなんだからナ。せっかくなら楽しく酒の飲めるところへ行ってみたいもんだ……。
 
追いかけっこ
リディアス [ 2003/06/29 2:46:13 ]
 「りでぃー、遊ぼうぜ」
 いきなり生意気そうなガキが声をかけてくる。東方語なのでちゃんとした意味は判らないのだが、少なくともオレが呼ばれていることと、遊んでくれとせがまれてることぐらいは判る。
 何度ここに来ても溜息が出そうになる。なんでオレはこんなことしてるんだろう、と。

 オリエのおねーさんからの依頼の報酬を、金で足りないぶんは飯で払ってもらうっていうのはオレから言い出したことだったが……それがまさかマーファ神殿が面倒見てる孤児院の子どもたちと一緒のもんだとは思わなかった。オマケに初めてここに来た時に、ゴブリン退治の仕事帰りのままだったから、鎧を珍しがった子どもたちに囲まれて……それ以来すっかり遊び相手にさせられちまった。
 食わせてもらう飯はまずくねぇし、子どもたちに隠れてこっそり出る酒もなかなか上等なもんだ。しかし、イチイチ子どもたちのお守りがオマケについてくるんじゃ、流石に疲れる。オレだって体力にゃ自信はあるほうだが、遊んでる子どもたちってのは、無限に体力があるんじゃないかと思うほどに、疲れ知らずに走り回る。しかも相手は一人や二人じゃないってんだからたまらない。
 別に誰に頼まれてることでもないんだし、相手してやる必要なんてどこにもないんだが……。

 いつの間にか、オレの周りには最初に声をかけてきたやつ以外にもすでに何人かの子どもたちが集まってきている。皆してオレの腕を引っ張ったり、足に組み付いてきたりして、口々に遊んでくれとせがんできている。まぁ……みんな東方語だから、オレの予想だが、間違っちゃいないだろう……。
 オレの周りに集まる子どもたちは日に日に増えている。この人数を相手にするのはさすがにちょっとシンドイだろう……。
 しかし、ここは、まあ、一つ大人として、こいつらのペースに乗らずに冷静に説得してやりゃ……
「何ブツブツ言ってんだよ。さっさと遊ぼうぜ(脛に蹴り)」
 つっ………(声にならない悲鳴)
 こっ、このクソガキども! さっきから好き勝手しやがって、お仕置きしてやるから覚悟しろ!

(一斉にきゃーきゃー言いながら散っていく子どもたち、むきになって追いかけるリディアス。結局一緒になって遊んでいることに本人は気付いてない)
 
年齢不詳
リディアス [ 2003/07/10 14:06:42 ]
  オランに出てきて、早一ヶ月近くになるが、この一ヶ月、長いようで短いようで……とにかく色々なことがあった。流石、この街は大陸一っていうだけのことはあって、色々なことに驚かされる。
 中でも特に驚くのは、人種の多さだ。まぁ、前までいたロマールも交通の要所ってことで色んな人種がいた。一度だけだが、ダークエルフさえ見たことがある。だが、オランはそういう意味とは違う”変わった奴”が多い。そもそも冒険者なんて、変わり者が多いんだが……そういう意味とも違う”変わった奴”だ。
 何が変わっているのか、具体的に多いのは、歳が見た目より若い奴、これが一番多い。オレに仕事の依頼を持ってきたオリエのおねーさんも見た目十代半ばなのにオレより年上だっていうし、この前、酒場で会ったアルとミトゥってコンビは、どっちもが見た目は単なる坊やとお嬢ちゃんだっていうのに実際はもう二十歳近いらしい。
 いや、別にそれ自体を良い悪いと言うつもりはないんだが……こう立て続きにそういやつに出会うとなると、もしかしてオレって自分が思ってる以上に老けてんじゃねぇかなんてつまんねぇことまで考えちまう。


「どうしたのさね、珍しく難しい顔なんてして?」
 と、ふと声をかけてきたのは、オンのおっさん。オレが考え込んでいるのが、そんなに珍しいのか、悔しくなるぐらいに嬉しそうな笑顔を浮かべてやがる。
 オレは何か文句でも返してやろうかと思ったが、ふと思いついたことがあって、逆に問い返した。
 なぁ……そういや、おっさんって27って言ってたよな?
「ん、歳の話か? 確かにそうだが、それがどうかしたかね?」
 ………(にんまり)。
 いーやー、別になんでもねぇ。
 それより、流石、おっさん、オレの相棒だ。こっちが悩んでるときにゃ、うまいこと元気付けてくれるナ。よーし、一杯オレの奢りだ。好きなもん頼めよ、おっさん。(←心なしか”おっさん”を強調しながら)
 
勝負と約束、そして
リディアス [ 2003/07/17 2:37:33 ]
  よく晴れた日、オランの街中を歩きながら、オレは、隣を歩くお嬢ちゃん、ネリーとある勝負をしていた。
 それは、オレの相棒のオンのおっさんを探す、というもの。もちろん、普通に考えたら人を探すだけで勝負なんておかしな話だが、おっさんは今、仕事の関係で変装している。そのことを酒場でお嬢ちゃんと話しているうちに、それを見破って見つけてやろうっていう勝負をすることになった。もちろん、タダじゃない。負けたほうは勝ったほうの言うことを聞くって決まりもある。
 まぁ、説明すりゃ、話は単純なんだが、おっさんは、変装が得意でうまく化けるらしいから、それを見つけるのはそう簡単にはいかないだろう。そもそも、広いオランのことだ、まずおっさんに会えるかどうかさえも不確定な話だしな……。
 が、しかし、
「あっ、いた」
 え? マジで? どこにいるんだ?
「ほら、あそこ……ちょっと判りにくいかもしれないけど」
 あまりにいきなりのことに、慌ててお嬢ちゃんの指す方向を見ると、そこにはたっぷり髭を生やしたドワーフがいる。遠目には、それが相棒のおっさんだなんてことは全くわからねぇ……。
 お嬢ちゃん、この遠さでよく判ったな、流石は変装に関してはそっちのほうが一歩先んじてるってとこか?
「んー、ちょっと違うわ。だって、アレ……昨日、酒場で話した変装、そのまんまなんだもの」
 あっ、なーるほどね。こりゃ運が悪かったな、オレも(苦笑)。
 ま、一先ず挨拶に行くか、おっさんのところにさ(にんまり)。

 二人で一緒にその”ドワーフ”に近付いていくと、その”ドワーフ”は、失礼なことにも明らかに嫌そうな顔して逃げ出しやがる。が、元々鈍足な上に、何故だか歩きにくそうにしてる”ドワーフ”を捕まえるのは、そう難しいことじゃなかった。
 よ、おっさん……似合ってる、ネ(にんまり、とオンの肩に手を置きながら)
「だ、誰だね、お前さんは、ワシはお前さんなんぞ知らんよ」
 へぇ……声色までうまく変えてやがる。これじゃあ、なかなかバレやしねぇな。流石は、オレの相棒だね(けらけら)。
「う……。ネリー、お前だな。こいつに俺のことを喋ったのは」
「ごめんなさい、先輩」
 まーまー、おっさん、そう怒るなって。その格好似合ってるぜ(笑う)。
「うるさい。第一、なんでお前らが一緒にいるのさね」
 何言ってんのさ、おっさんが今度の仕事でソードブレイカーを使えたほうが良いって言うから訓練しようってお嬢ちゃんに相手をお願いしたんじゃねぇか。ホントは、おっさんが相手してくれるって話だったのに、おっさんは情報集めのほうが忙しいって相手してくんねぇしよ。
「だが、ちゃんと代わりのやつを用意してやったろう」
 ダメダメ、あんなガキじゃあ、練習にもなりゃしねぇ。アレで実際の刺客もどうにかなるってんなら苦労しねぇよ。
「ふぅ……判った、俺が悪かったさね。だが、俺も仕事中なんだ、邪魔はしないでくれ」
 ああ、モチロン。オレだって、これからお嬢ちゃんと楽しく訓練だから、そんなにおっさんに構ってられるほど暇じゃないの(笑う)。
 じゃあな、お互い頑張ろうぜ(手を振りながら去る)。
「それなら、わざわざこんなことするなよ……」
 何かおっさんが呟いたような気がするが、オレは全く気にしないでその場を離れていった。

 それからオレ達はオランの街外れまで出てきた。ここらへんなら人も滅多にいないし、ちょっと武器を振り回したところで、誰に咎められることもないだろう。
 いやー、しっかし、最高だったな、おっさんのドワーフ姿さ(まだ笑ってる)。
「いいの? あんなにからかったりして。一応、相棒なんでしょ?」
 もちろん、そうさ。なーに、オレがおっさんをからかうのはいつものことだからな、気にしない、気にしない。
 あ、そういえば、そんなことより、お嬢ちゃん、勝負に勝ったんだ。なんでも言ってくれよ。
「え、良いよ。たまたま昨日と同じ格好をしてて判っただけだから、私の勝ちとは言い難いし」
 そんなこと気にしなくっていいって。勝ちは勝ちだし、負けは負けだ。約束は果たすよ。
「うーん、でもなぁ……あっ、それじゃあ、考えてたのとは違うけど、一つお願いね」
 ああ、何でもどうぞ、お嬢ちゃん(にぃ)。
「そのお嬢ちゃんってのを止めて、ちゃんと名前で呼んで。それがお願い」
 ……え?
「だって、いつまでも”お嬢ちゃん”だなんて、酒場だけの付き合いみたいで嫌だもの。ね、いいでしょ」
 まぁ、確かにその言い分はもっともなことだ。別に意識せずにいつもこんな調子だったから、意表をつかれちまったけど……でも、言うこと聞くのは約束だからな。
 じゃ、ネリー、これでいいかい?
「うん、ありがと(笑む)」
 別に、礼を言われることでもないんだが、喜んでもらえたなら良かったよ。でも、こんなことで良いのか? なんでもって約束なんだから、もっと色々あるんじゃない?
「いいよ。今、名前で呼んでもらって嬉しかったから」
 あ……そう?
 オレは、気の無い返事をしながら、思わず視線を逸らしてしまった。純粋に喜んでいるネリーの笑顔をなぜか避けてしまった。
 今更、照れるなんてことは言わない。それに、見てて心地良い笑顔であったことは間違いない。それなのに、逃げるようにしてしまった……。
「どうしたの、リディ?」
 え……あ、りでぃ〜?
「愛称にしようかと思ったんだけど……いや?」
 そういうわけじゃねぇが……急だからちょっとびっくりしただけだ。
 ネリーにはそう言い訳したが、実はその呼び方は、最近よく顔を見せるマーファ神殿の孤児院の子どもたちからの呼ばれ方と一緒のもんだった。その呼び方されると、ふとあいつらの顔を思い浮かべちまう。ここでさらにあいつらの顔まで出てきたらいよいよ頭の中が混乱してくる。
 ま、まぁ、とにかくさ、訓練のほう、さっさと始めようぜ。
「うん、わかった」
 誤魔化すようなオレの言葉に、ネリーは真顔になってこっちを見た。その顔なら、真正面から見ても平気だった。
 ……今の感じは一体なんだったんだろう……判らねぇが、とにかく後で考えるとしよう。訓練とは言え、他のことを考えていたら怪我しかねない。
 ダガーを抜いたネリーに応じるように、オレもソードブレイカーを鞘から抜いた。
 
得るもの、失うもの
リディアス [ 2003/08/16 4:33:55 ]
  いつも泊まってる宿とは、違う店で久しぶりに飲んで……良い気分で帰ってきたらカウンターに坊やが一人座ってた。コアンって坊やだったかな。相変わらず茶なんぞ飲んで……しかし、前と違って元気なく溜息なんぞついてやがった。

 折角の酔いを溜息で覚まされるのもなんだし、事情を聞いてみたら、自分の師匠がタイデルにいるってことだ。その師匠に会いに行きたい、が、タイデルは余りに遠い。それで悩んでるらしい。
 別に坊やと師匠の関係をしらねぇオレが口出しすることじゃねぇ。が、オレも遠く、ロマールを離れてオランにやってきた人間だ。住み慣れた街を離れるってのは、色々失うことにもなることを勉強したばっかりだし、そこんとこ坊やがどう思ってんのか、一応ちょっと突付いてみることにした。
 すると、坊やは沈黙して返す言葉もない。おまけに師匠に会いたいって気持ちばっかりが先走ってて、実際に会ってどうするってことまでは考えが及んでなかったようだ。
 それを聞いてオレは、とりあえず止めておくことにした。師匠と会うことで坊やが何を得るのかはしらねぇが、この様子じゃあ、失うもののほうが余りにも多そうだったから。

 とりあえず、納得してくれたらしい坊やは、前に見たのと同じ笑顔になっていた。その顔を見てたら、つい”住み慣れた街を離れるってのは、結構寂しいモンだぜ”って言いそうになったが……さすがにそれは余りにも女々しいような気がしてやめといた。
 
ヤケ酒の理由
リディアス [ 2004/01/22 0:36:14 ]
  ある日、知り合いのネリーに頼まれて護衛をすることになった。
 それが単なる護衛なら別に大した話じゃないんだが……なぜか護衛の話で劇の舞台に立つことになった。
 劇なんてもん興味は全くねぇし、まともに見たこともねぇ。
 正直、乗り気じゃなかったが……色々と事情があって、引き受けることになった。(#{250}の「吟遊詩人、女優する」を参照)

   ●

 護衛の話を聞いた後日、依頼人に会い、その計らいで劇団へ入り込み、そして、劇の練習。
 ネリーが扮する歌姫がその歌声を聞かせるシーン。兵士役のオレは、その横で他の執事やメイドなんかと一緒に歌に聞き入るだけ……のはずだったのに……。
 突っ立ってるだけの兵士になんの練習がいるんだか……と心の中でぼやいてたとき、ふと、脚本家とか言うエライ先生様が妙なことを言い始めた。
「このシーン、もう少し盛り上がりが欲しいところねぇ。……そこの兵士にセリフでも言ってもらいましょうか」
 …………は?
 いや、ちょっと待て。約束が違う……って、別にアンタと約束したわけじゃねぇが……ってか、多分、こいつはオレの身分も裏の事情も知らねぇんだろうけど……。
 などと心の中で慌てるオレを他所に、先生様はすでに乗り気みてぇだ。一人でぶつぶつとオレのためにセリフを考えてやがる。
 そして、練習再開。追加されたのは、短いセリフだったが………オレなんかにまともに言えるわけがねぇ。
 オレの拙いセリフを聞いてすっかり興ざめしたらしい先生様は、”よく練習しておくように”とオレに言い残して予定より随分早い休憩を取って出て行った。

 休憩中、一人でいるネリーを舞台袖で見つけて、セリフの取り消しをに求めるように頼んでみるも、あの脚本家は言い出したことは曲げないことで有名らしい。……そのくせオレのセリフで機嫌だきゃしっかり悪くなるんだから、迷惑な話だよな。
「まぁ、そんな顔しないで。練習に付き合うから」
 やっぱ、練習しなきゃダメ?
「当然よ。あんまり先生の機嫌損ねたら、配役変更ってことにだってなりかねないし。そうなったら護衛のほうだって……」
 そうだよなぁ……判ったよ。んじゃ、頼む。
 言って、何度目になるかも判らない溜息をつく。

 それから間も無く休憩は終了した。先生様はさすが、こっちの道じゃプロらしくすっかり練習のテンションを取り戻していた。
「さ、じゃあ、早速いくわよん。さっきの歌姫のシーンから。兵士役、しっかりしてちょうだいねん」
 いい加減、この珍妙な喋りに苛立ちを覚えながらも、何とかそれを飲み込み我慢して練習再開。
 そして、やがて問題のシーン……歌姫のネリーがその喉を披露し、それに聞きほれたオレがつい漏らす一言。
「ああ、なんと美しい声なのだろうか……」
 ……………。
 言いながら自分で恥ずかしい。”セリフ”でもなきゃこんなセリフを口にすることなんか絶対にねぇだろう……。

「ちっがーう、もっと心の内から湧きあがってくる声が、思わず感情の桶から溢れちゃうっていうつもりで」
 ……どんなつもりだよ、そりゃ……
「そうじゃなくって、慕情と郷愁を混ぜ合わせたような声で」
 ……どんな声なんだ、一体……
「なんでできないの? 喉に手を突っ込んで声を引きずりだすわよ」
 ……それで上手く行くならそうしてくれ……

 結局、何回も繰り返したが先生様の満足するレベルになることはなかった。
「もう、次にいくわよん。貴方は、よーっく練習しておくように」
 さっきの休憩に入る前よりも何倍も強い語気で注意されてしまった。どんなに練習したって上手く行くとは思えねぇんだけどな。
 でも、これをしばらく……上手く言えるようになるまで繰り返さなきゃならねぇんだよな……。頭が重くなる。
 ……とりあえず、今日の夜はヤケ酒を飲もう。密かにオレは心に強く誓った。
 
酒の味
リディアス [ 2007/10/28 18:24:51 ]
  偶然、入っただけの初めての店で、オレは死んだ親父にそっくりな男を見つけた。そっくりとはいっても、顔とかではなく、雰囲気がだ。
 男は、わざわざ二人がけの小さなテーブルを陣取っている割には、飲み相手もおらず、それどころかツマミもなく、テーブルには自分のペースで飲めるように……なのだろう、酒壷が置いてあるだけだった。

 そういう男の雰囲気が、色んな意味で親父に似ていた。親父も、飲むときはいつも一人だったし、ツマミなども取らなかった。
 だが、そういったところ以外に、一番に似ていると思えたのは、男が全身に纏っている”疲れ”だった。仕事に疲れたか、家庭に疲れたか、あるいは、もう生きること自体に疲れたか。
 オレの親父も、オレの知る限りでは、常に全身に疲れを纏っていた。

 よう、おっさん、向かいの椅子、いいか?
「……」

 オレが話し掛けるが男は反応しない。それどころか、オレに視線をくれるでもなく、ゆっくりだが、決して酒の入ったマグを手放さないというペースを一切、乱していなかった。
 オレは肩を竦めつつも、別に拒否されたわけでもないので勝手に座らせてもらう。そして、店員を呼びつけ、酒とツマミを適当に注文する。

「何が目的だ?」

 店員から視線を戻しつつ、さて、なんと切り出そうかと考えているところに不意打ちがきた。
 男の目だけがオレを見ていた。言葉と同じで愛想も何もあったもんじゃなかった。

 今日も楽しい酒を飲むこと。これがオレの生きる上での目的さ。
「だったら、カウンターに行くんだな。てめぇの好みそうな女がいる」
 へぇ? ……ああ、確かにいるな、だが、ありゃ、隣の女と二人連れだぜ。おっさん、一緒にナンパしてくれるのかい?
「……けっ」

 オレの返した言葉に、男は悪態をついただけだった。どうやら、オレを追いやろうとするのは諦めたらしい。
 席に居座ったオレは、いくつか、男に言葉を掛けてみたが、しかし、話し相手になってくれるつもりまではないらしく、終始、無言のままだった。結局、オレが男を喋らせるより、店員が注文を運んでくるのが先になってしまった。
 乾杯でもしようかと軽くマグを差し出してみるが、やはり、全く反応がないのでオレは諦めて酒を飲んだ。

「……何が目的なんだ?」

 オレが最初の一杯を飲み終える頃、久しぶりに男の声を聞いたかと思うと同じ質問だった。やれやれ、と溜息をつく。

 アンタと酒飲むには、他に何か目的がなくちゃいけねぇのか?
「テメェみてぇな助平そうな男が、女の隣にもいかねぇで、オレみたいなのと目的も無しに飲むのか?」
 いや……まぁ、そりゃそうかもしれねぇけどさ……。

 いきなり、ズバリと言われて逆にオレは返す言葉を失った。あながち、的外れでもないから尚更だ。
 もう一度、オレは溜息をついて、やや照れくさいことだったが、男がオレの親父に似ていることを話した。もちろん、”疲れ”が似ているなんてことは言わずに。

「馬鹿言え。いくらなんでもテメェみてぇなデカイガキがいる歳に見えるか?」
 オレの親父は、14,5年ぐらい前に死んでる。とすりゃ、アンタの歳は……大体、そんなもんだろ?
「……フン。で、久しぶりに親父と酌み交わしてみてぇってとこか」
 いや、そうじゃねぇ。親父が生きてた頃、オレは酒なんて大嫌いだった。それどころか、親父が死んでしばらくまでは舐めたこともなかった。もちろん、親父と酌み交わしたことなんて一度もねぇ。
 オレの親父は酒飲みのロクでなしで、一日中、酒を飲んでは仕事をまともにすることだってほとんどなかった。だから、オレは親父も酒も嫌いだったんだよ。
 ただ……酒も嫌いだったし、親父も嫌いだった。けど、今は一端に酒は飲めるようになってる。だったら、親父はどうなんだろうな、って少し思ってナ。

 オレはそこまで喋ってから、自分自身に苦笑した。まだ酔ってもねぇのに、いやに饒舌だ。まして初めて会う相手に自分の親父の話をしようなんて、どうかしている。
 男は、オレの話を笑い飛ばすか、また悪態ついて無視するかと思ったか、存外、真面目に聞いていたようだった。

「……図体に似合わねぇこと言いやがる」
 オレもそう思うよ。
「で、どうなんだ。親父と飲む酒の味ってのはよ?」
 ……いや、よくわかんねぇ。似てるっつってもアンタ、やっぱ他人だしな。
「けっ……人の酒を邪魔して、それかよ」
 わりぃな。ツマミも、酒もオレの奢りにしとくから、勘弁してくれ。
「酒は有難くもらっとくけどな、ツマミなんかいらねぇぞ。酒の味が濁る」
 はは、そのセリフ、オレの親父も言ってたよ。

 俺は笑い、そして、マグに残った酒を空ける。
 そうしながら、こうして、親父に似たことを言う男のことを笑えるようになったのなら、もし、目の前に本当に親父がいたとしても、わだかまりなく一緒に飲むことができるだろうか、と考えた。
 が、それはすぐに否定した。多分無理だろう。ガキの頃に散々殴られた分、せめて一発お返ししてからじゃねぇとな。

 ま、オレはこれで帰るとするよ、これ以上、邪魔にならねぇようにな。
「ああ、そうしろ」
 でも、アンタも気をつけろよ、オレの親父はアンタぐらいの歳で、酒が祟って死んだんだぜ。
「へっ……酒が飲めねぇぐらいなら死んだほうがマシだ。テメェも酒飲みならわかるだろうが」
 ……確かにそうだな。悪かったな、野暮なこと言ってよ。

 そのセリフもまた、親父がよく口にしていた言葉だった。最期の頃には、オレを殴りつける拳にも最早、力が篭っていなかったが、酒だけは止めようとしなかった。
 結局、自分で言ったとおりになったんだから親父は後悔なく逝けただろう。

 じゃあ、またな。
「……おう」

 オレの言葉に、男は短く応えて、また一人で酒を飲み始めた。
 その姿は、オレが店内に入ってきたときと同じだったが、それでも、オレの最後の言葉に応じてくれたのは少し嬉しかった。

 オレは店を出ると真っ直ぐにいつもの宿に帰った。道すがら、誰かに会うこともなく、また、宿の酒場で知った顔を見つけることもなかった。
 俺はその日はそのまま寝ることにした。今日は、一人で飲んだら、悪い酔い方をしそうな気がしたからだ。