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遺跡探索のために
ネオン [ 2003/08/01 13:54:52 ]
  今日は、午前の内の仕事が早く終わった。今までは忙しさにかまけて時間を取ることはできなかったのだが、今日ならば、シタールの元に正式に遺跡の話を持っていけるだろうか……。

 シタールを訪ねるのは、今度自分で拾ってきた遺跡の探索の話に乗ってもらうためだ。前に酒場で話をしたときにはあまりに情報が足りずに興味程度で終わったが、ヴェルツォさんたちに調べてもらったおかげで遺跡の主のこと、その研究のこと、そして、遺跡の構造も多少なりだが判ってきた。これらがあれば、良い返事を貰うことも、あるいはできるだろう。シタールは、話を聞くに僕などよりも優れた冒険者であることは確かなようだ。今回の探索に参加してくれるならば心強いだろう。しかも、他に声をかけている”癒し”のセシーリカもシタールのことは知っているようだった。まだ迷っている彼女もシタールに対する信頼は篤いようだから、シタールが良い返事をしてくれれば、彼女を誘うときの一押しにもなるだろう。
 しかし、そのシタールがオランにいるのは、大祭が終わるまで、それを過ぎればパダに行ってしまうとか。さすがにパダまで連絡するとなると、僕自身が直接だろうが、人を使おうが時間も金もかかりすぎる。祭りの途中に会うことは多分無理だろうから、祭りが始まるまでに声をかけなければならないのだが……同じ酒場で会えるかと思っていたら、すれ違いか、向こうはたまたま寄っただけの酒場なのか、会う機会もないままに祭りが目前となってしまった。だから、急いでシタールのもとを訪れなければならないのだが……。

 少し休憩するつもりの公園で、ワーレンと会い、ついつい話し込んでしまった。時間は結構、消費してしまったのだが、しかし、面白い話が聞けた。僕が遺跡探索をしようとしていることが人に知られている、というのだ。もっとも、僕自身の周りを調べたところで、何が出てくるわけではないし、僕に対する嫌がらせなど珍しくもないから構わないのだが……しかし、同行してくれるメンバーにまで迷惑がかかるのは避けたいところだ。
 ギルドの仕事もあるし、まだ参加を承諾してくれていないメンバーの説得もあるし……すでに十分忙しいのに、そんな厄介事も転がり込んでくるとは……とにかく、早くどうにかしておいたほうが良いだろう。遺跡について調べた内容まで漏れることだけはあってはならない。
 さて、どうしようか……一先ず、シタールの元を訪れてみるのも良いかもしれない。さっさとメンバーを集め、さっさと遺跡に行ってしまえば、あいつらも変なことはできないだろう。どうせ、もともとがツマラナイ嫌がらせに過ぎないのだろうから。

 カバンの中身は、大分減っている。時間は、何とかならなくはない……かな。
 よし、とりあえず、今からシタールを訪ねてみるとしよう。
 
僕であること
ネオン [ 2003/08/08 1:03:15 ]
  眠れない……。
 暗い部屋で溜息をつく。幾度目かも忘れた溜息……。
 明日はいつもの配達の仕事だけでなく、遺跡に潜るメンバーにヘイズを招き入れるかどうか決定するために手合わせをする約束もあるというのに……。
 目を閉じれば、”アイツ”の罵声が頭の中に響く。体中に痛みが走る。吐き気が襲ってくる。目を見開く。辺りは真っ暗で何の音も聞こえない……。
 何度繰り返せば、良いのだろうか……?

 ふと……クレアの言葉が脳裏に甦った。
「貴方が貴方でいられることを、きっと誰もが願ってるわ。貴方に会った人なら誰でもね」
 僕が、僕で、いられる……それは、一体、どういう意味だろうか……。そういえば、彼女は、今の僕を「よそいき」のようだとも評した。……どういう意味なのだろうか。
 僕は、僕じゃないのか? じゃあ、僕は一体なんなんだ……?


 考えていて、気が付いたら朝になっていた。
 鳥の声、窓から差し込む光の位置、いつもと同じ時間だった。昨晩、寝付けなかったが、それでも目覚める時間は同じとは……習慣とはありがたいことだ、仕事に遅れずに済みそうだ。
 ……当然だが、少し眠い。習慣とは……ありがたいが、恐ろしい。

     ●

 そして、その日の昼過ぎ、オラン郊外。
 ヘイズは剣を抜くと見違えた。普段のおどおどしたような、それでいて落ち着きのない様子は影を潜め、真っ直ぐ貫くような視線が手合わせをする相手の僕に刺さっていた。何度か剣を交わし、僕の答えはあっさりと出ていた。
「お力を疑ったりして申し訳ありませんでした。是非、遺跡にはご同行ください」
「本当にいいの?」
「ええ」
 頷くとヘイズは本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。先程まではちらりとも見えなかったその笑顔を見ると、僕にも思わず小さな笑みが浮かぶ。
「あ……ごめんね、またはしゃいじゃって」
「いえ、構いません。お気になさらず」
 どうやら、僕のその笑みを苦笑と思ったのか、ヘイズが落ち込む。
 本当に感情の起伏の激しい人だ。僕は気遣うように言いながらも、今度こそ思わず苦笑してしまっていた。
「遺跡の話をしましょうか。どこか日陰に座りましょう」
 僕はヘイズを先導し、木陰に二人で座り込んだ。そして、遺跡のことについて、知りうること全てを伝えた。
「なるほど……うん、大体、判ったよ」
 話し終えると、ヘイズは緊張した面持ちで深くゆっくりと頷いた。
「遺跡は初めてだと仰いましたね? 今回の遺跡、もしかすれば人の手がまだついていないかもしれません。財宝がそのまま残っている可能性がある代わり、危険も十分に考えられます。よくよくご覚悟ください」
「う、うん」
 ヘイズは僕の言葉にますます態度を固くしたようだ。しかし、僕は本当のことしか言っていない。意地悪で緊張させているわけではない。が、同時に気休めで緊張を解してやるつもりもない。
 ”剣”としてそれなりの力を持つ彼だ。後は覚悟さえ決めてしまえば、初めての遺跡といえど問題はないだろう、そう思ったからだ。
「ネオンってさ、歳、いくつ?」
「18ですけど……?」
 用件も終わったので立ち上がろうかとしたときに、急にヘイズが問うてきた。答えながらもその真意は伺えない。
「じゃあ、やっぱりぼくより年下なんだね、18歳っていうのは少しびっくりだけど。もう少し下かと思ってた」
「僕は少し背が低いですからね」
 ヘイズの言葉に苦笑しながら答える。本当は、ヘイズが僕より年上というのも驚きだ。もっとも、色々な意味で、人は見かけに寄らないということぐらい珍しくもなんともないのだが。
 それに……僕が18というのは、自称にすぎない。本当の年齢など忘れてしまったのだから。
「それがどうかしましたか?」
「うん……ネオンって僕より年下なのに、スゴイなぁって思って。話しててもぼくと違って落ち着いてるし、遺跡の話してるときだってそうだし」
「これぐらいどうということありませんよ。ヘイズさんも、先程の剣を手にしたときの技、そして、表情、まさに戦士と名乗るに何恥じることのないものでしたよ」
「そ、そうかな? ありがと」
 僕の言葉を聞くと、ヘイズは笑いながら頭を掻いた。照れ隠しだろうか、おだてに乗りやすいタイプの人間のようだ。
「でも、ネオンだって、ぼくと向き合ってるときは、スゴイ真剣な表情してたよね。それにさっきの遺跡の話してるときも……いつものネオンみたいに笑ってなかったから、ちょっと怖かったかなーなんて」
「そう……でしたか?」
「うん、そうだったよ。ネオンでもそういう顔するのかってちょっと思っちゃった……これは言い過ぎかな」
 ヘイズの、何気ない一言に僕はハッとする思いだった。曖昧に応えて、最後のヘイズの言葉はよく聞いていなかった。
 人に”薄ら笑い”とさえ陰口囁かれる僕が笑っていなかった……。意識せずに笑ってしまう僕が。
 今でも思い出すことができる。「笑え」という罵声と酔って殴りつけてくるアイツのことが……違う。忘れられない。意識せずに習慣、癖として笑ってしまう僕が、冒険者としての仕事をしているときに笑顔がなかった……。やはり、”あの人”が言うように、冒険者としての仕事をしているときには、僕はアイツの呪縛から解き放たれるのだろうか……。
 ……その時の僕が、クレアの言っていた「僕でいられる僕」なのかもしれない……。
「ねぇ、ネオン! 怒っちゃった?」
「……え? あ、ああ……」
 ヘイズの大声で急に我に返る。僕が考え込んでいる間に随分声をかけてきたのか、声の大きさもさることながら、すでに彼には慌てた様子さえ伺えた。
「申し訳ありません、少し考え事をしていました」
「そうなの? 怒ってない?」
「ええ、大丈夫ですよ。それより、何の話だったでしょうか?」
「んー……ネオンがぼくより年下なのに落ち着いててスゴイねっていう話。ぼくはまだまだ”箱入り”だから……」
「そんなこと、気になさらなくとも構いませんよ。冒険者の基礎となる剣の技術はあるのです。後はそれを信じて頑張ってください」
 僕はヘイズに微笑みかけ、立ち上がった。「僕でいられる僕」ということに関して、もっと一人で考えてみたいと思ったから、もう帰ろうと思った。
「あの……ネオン」
「なんですか?」
「ぼく……頑張るね!」
「期待していますよ」
 意気込んでいるヘイズに微笑むと、ヘイズも嬉しそうに笑っていた。屈託のない笑顔であるように思えた。

 ……ふと、それが羨ましいような気がしたが……それはヘイズの笑顔だから、「僕でいられる僕」とは話が違うのだろうな……。

 
精霊の声
ネオン [ 2003/08/13 15:39:03 ]
  暗い部屋で一人、ベッドの上に蹲っている。
 部屋に据え置きのランタンには明かりはなく、しかし、僕の目の前にふわふわと浮かぶウィスプにぼんやりと部屋は明るい。

 ねぇ、ウィスプ……僕が僕らしいって、どういうことなのかな? 僕が僕を許すってどういうことなのかな?

 いくら問い掛けても返事はない。ふわふわと浮かぶウィスプは、ただ、僕の顔を暖かく照らしているだけ。昔からそうだった。まだ、ウィスプを呼ぶことのできない僕だった頃、一人暗い部屋でウィスプの声だけ聞こうとしたとき、それでも返事はなかった。
 暖かなウィスプだが、僕に答えはくれない。でも、ウィスプに触れようとしたとき、呼びかけているとき、不思議に落ち着くのは間違いない。それもまた、昔からそうだった。

 明日、暇があれば、久しぶりに街の外の草原に出てみよう。精霊の声をもっと聞ける場所に行ってみよう。
 ラスが……ラスさんが言っていたように、精霊に触れるときの僕が、自然な僕なのだとしたら、もしかしたら答えがわかるかもしれないから。
 
ネオン [ 2003/09/07 3:59:41 ]
 
 ……ラスを診療所から連れ出し、別れた次の日……

 僕は、ラスに謝りたいと思っていた。
 だが……それは、違ったのだと……よく判った。


 僕は自分の力のなさを恨んだ。もし、自分に力があれば、怪我をしているラスの代わりに仕事を受けることもできたかもしれない。そうでなくとも、ついていって身を守ることもできたかもしれない。
 しかし、所詮、そんな後悔に意味はない。ないことを悔やんでも、得ることはできない。それならば、得るために行動することのほうが大切だろう。
 言われた言葉は間違っていないだろう。納得も十分にできる。なのに、なぜか心の中に染み入ってこなかった。

 ……セシーリカに平手打ちを喰らった。今でもまだ痛い。
 その前に、ラスを連れ出したことで、カレンにも殴られそうになった。
 殴られるのは、嫌だが、覚悟を決めた。
 ”なぜ嫌だと言えない?”
 問われた。
 今、痛む頬を抑えながら、本当の答えが……ようやく判ったような気がする。


 セシーリカに叩かれたとき、僕は心の底から安堵していた。

 殴られるのは嫌だ。怖い。体が震える。
 なのに……それなのに、カレンに殴られそうになったとき、僕は抵抗しなかった。
 セシーリカに頬を張られて、無意識のうちに”ありがとう”、と返していた。

 その自分を認識して、そして、そんな自分に気味の悪さを感じて、宿のトイレで何度も吐いた。胃液も出なくなるほどにまで吐いた。

 そうしながら思った。
 多分……僕は、罰が欲しかったのだろう……。
 僕は、自分の失敗を、怒鳴られて、殴られて……そうしないと安心できないのだろう。
 今までラスの言うことを何でも聞いてきたのも、カレン相手に「何かできることはないか」と聞いたのも、全ては、自分に対して罰を与えたかったのだろう。
 それを思い当たったとき、僕は心の中で否定した。否定して、否定して……否定しきれなくなって泣いた。 

 僕の心の中には、まだ”あいつ”がいる。
 まだ、僕のことを縛り付けている。

 どうすればいいんだろうか……考えて判ることじゃないけど……
 誰かに聞いて答えを出すことでもないのだろう……
 僕が僕らしくあるということは……。


 また……今度、ラスには謝らなければならない。カレンにも。セシーリカにも。
 でも、どうやって顔を合わせばいいのか……判らない。
 暗い部屋で、虚空を見つめて。
 どれだけ時間が過ぎたのか、僕自身にもわからなかった。
 
強がり
ネオン [ 2003/09/16 0:08:22 ]
  宿の自室に篭ったままで、人に会うこともなく、食事をすることさえなく。
 起きているか寝ているか……それさえ判らないぐらいに、ただ、ぼうっとしていた。
 頭の中に巡っているのは、”あいつ”の顔、声、痛み、苦しみ……。

 そうしながら思った。
 僕は、結局、前に”稲穂の実り亭”でラスと話したときから、何も変わってないんだ、と。
 自然に笑うには、どうやったらいいのかなんて判らない。
 そして、無意識のうちに罰を求めてしまう。
 それらは、どちらも”あいつ”のせいだ。
 結局……”あいつ”の呪縛に囚われたままだという、その点において、僕は何も変わっていない。


 知らぬうちに出てきた郊外の草原で、ヴェルツォさんとワーレンに会った。
 ヴェルツォさんは、ラプルーツの遺跡のことで礼を言いたいと、ワーレンはギルド関係も含めて二、三の伝言があると。

 正直、人に会うのは、嫌だった。怖いと思っていた。
 また、何かをしてしまうんじゃないだろうかと思っていた。
 逃げたい。でも、逃げれない。追い詰められて、僕は平気なふりをして笑う。
 いつもどおりのことを、また、無意識のうちにやっていた。

「その笑顔、正直少し不快に感じるわ」
「何かを演じているような奴には用は無ぇ」
 しかし、歪んだ笑みが当然、通じるはずもない。

 僕は……やっぱり、笑えない。”僕らしい僕”も見つけられない。

     ●

 どうしたらいいのか判らないで困惑する僕に、ワーレンが「俺を”あいつ”だと思って殴ってみろ」と言った。
 それを聞いた瞬間、僕はとても無理なことだと思った。想像するだけで全身に震えが来る”あいつ”を殴るだなんて……とても考えられるものではない。
「昔のお前は震えるしかできなかっただろうが、今は違う。殴ってもいいし、精霊を呼んでもいい」
 ワーレンが付け加えた。
 ………確かに、心の中の”あいつ”を殴ることはできない。もちろん、ウィスプをぶつけたりもできない。それが”あいつ”にいつまでも怯える原因なのだとしたら……もし、今、ワーレンが身を持って”あいつ”を演じてくれるのなら……あるいは、心の中の”あいつ”を打ち払うことができるかもしれない。
 そう思って、何かが覚めたように僕は、ワーレンを……”あいつ”を睨みつけた。

 だが、そうして睨みつけることによって、そこにいるのが”あいつ”ではなく、”ワーレン”であることがようやく判った。そして、やはり、”あいつ”ではない”ワーレン”を殴ることもウィスプをぶつけたりすることもできない、と。
 しかし、”あいつ”を殴ってやろうと思った、その心が生まれたことだけは確かだ。
 ……そう思うと急に心が軽くなった気がした。
 もちろん、心の中で浮かび上がる過去の経験は、未だに僕を心底震わせる……だが、震えながらでも、今の僕なら殴り返してやることもできると判った。
 それだけで、本当に心が軽くなった気がしたのだ。

     ●

 一方で、すがる思いでヴェルツォさんに笑うことについて尋ねているうちに、ふとあることに気付いた。
 すなわち、”どうして、今、彼女は笑っているのだろうか?”、ということだ。
「貴方を元気付けるためよ」
 僕の問いに同じ笑顔のまま答える。
 僕は、その笑顔を真っ直ぐ見られなかった。それは、純粋に、恥ずかしかったから。

 そして、僕は思い出す。
 ラプルーツの遺跡の話を聞いたとき、僕は真っ先にヴェルツォさんのことを思い出していた。是非とも彼女にこの話をしてみたいと思っていた。その何よりの理由は、彼女に喜んでもらいたいと思っていたからだ。
 僕は、彼女の視線から逃げながら、話題を逸らすようにそのことで喜んでもらえたのか、と逆に問うてみた。
 すると、ヴェルツォさんは、僕を自分のほうに向かせ、にこりと笑って、それを肯定した。
 その笑顔を見ると……すっと肩の力が抜け、代わりに顔が変に歪みそうになった。それが笑顔であると、ヴェルツォさんに指摘されてようやく判った。
 僕が「笑うってどうすれば良いのでしょうか」と、問うと、ヴェルツォさんは論理的に考えるより、己の感情で感じ取るしかない、と答えてくれた。
 考えるのではなく、感じ取る。
 それが……”僕らしい僕”なんだろうか、と思う。
 笑うということは、僕にはまだ判らない。……だけど、ヴェルツォさんが言うとおり、その僕でも笑えたというのなら、判らないままでも良いんじゃないだろうか。そんな感じがしてきた……。

     ●

 二人と話をして……僕は、立ち上がった。草原に流れる風を真正面から受け止めた。

 僕が”あいつ”を恐れるのは……今でも変わらない。あいつのことは思い出したくない。だけど、それを打ち破る術を今の僕が持っているのだとしたら、笑うことにしても、罰を受けようとすることにしても、”あいつ”の責任にはできない……。
 それは、セシーリカが言ったとおり、「自分で決めた自分への枷」なんだろう。
 それなら、僕がすべきことは、その枷を外すことなんだろう。


 ……去る前に、ヴェルツォさんがパダに行ってしまうと聞いた。ラプルーツの師、アズマバルについてさらに深く調べるためだという。ならば、僕がそれを止めることはできない。僕は、ただ、彼女からの連絡を待つしかない。しかし、その頃には、もっと強くなっている必要もある。
 そして、そのためには、僕は、”あいつ”に構っている暇は無い。

 そう心の中でで強がってみた。
 
僕のやるべきこと
ネオン [ 2003/09/17 3:32:48 ]
  配達の仕事で失敗をやらかして、近隣の村まで遠出など色々な仕事をやらされていた。
 それも何とか終わり、少し空きの時間ができたので、久々にいつも行く草原に出てみようと思った。
 疲れているとき、落ち着きたいとき、考え事をしたいとき、いつも行く場所だ。


 そこでレミィという少女に出会った。僕と同じ精霊使いらしく、こういう場所は落ち着くと言っていた。
 が、本当の目的は、それではなく、なんでも知り合いの家に行こうとして迷子になってしまったとか……。
 街の中を歩いていてこんな場所に出てしまうとは、正直、やや呆れたものの街ぐらいまでなら案内してやっても良いか、と案内してやることにした。

 そうして話しているうちに、ふとレミィが気になることを口にした。
 知り合いが心の奥底に落ち込んでいる、生命の精霊も精神の精霊も弱まっている、と。
 しかも、その知り合いの名がヘイズというらしい。

 彼女が語ったその知り合いの特徴からして、単なる偶然の名前の一致ではないようだ。
 前に一緒に遺跡に潜ったメンバーだったヘイズ……。
 何か、心に大きなショックを受けるような出来事でもあったのか……どうしたものか、気になるところではあるが、ヘイズと僕との関係は、まだそこまで深いものでもない。彼の今の状態が精神的なものだとすれば、僕が関わるべきことじゃないだろう。
 何より、僕自身、今は人にどうこう言えるほどに精神的に落ち着いた状態ではない。
 そう思ってレミィを街まで送った後に、そのまま別れた。

 草原のいつもの場所に戻って寝転ぶ。
 風を浴びながら考える。
 そうしていたら、ふとゴードンと名乗る男に声をかけられた。
 「悩みの多そうな顔をしているな、大丈夫か?」と。
 あっさりと見て取れるほどに、僕は、悩んでいたのか……ヘイズのことで。

 ゴードンといくつか言葉を交わして、そして、面白いことを言われた。
 ”躓いて転んだら、無理して立つこともない。その場でジタバタするぐらいで丁度いい”
 その言葉を聞いて、僕は冷水を頭からかけられたような思いだった。
 無理をして立とうとして、そして、立つ方法に困って、結局のところ、何もできていない。
 それこそがまさに僕の今の状態だ……。
 ヘイズのことでも、色々考えているようで、本当は逃げている。
 ラスにも、セシーリカにも、カレンにも。謝りたいと思っていながら、色々なことを理由に逃げている。

 ”頭の中の理屈だけじゃあ、世界は動かないぜ”
 さらに付け加えられたゴードンの一言に、僕はやるべきことを見出した。

 ゴードンに深く頭を下げて、街に走る。
 とりあえず、ラスに約束の酒樽を届けよう、ごめんなさいとありがとうを思い切り詰め込んで。そして、カレンとセシーリカにも会いに行こう。それから、ヘイズの様子も気になるし、そっちにも顔を出してみよう。

 ………仕事以外の理由で忙しいと感じたのは、初めてかもしれないと、ふと思った………。
 
戦乙女の手
ネオン [ 2003/10/01 2:41:45 ]
  ラスさんの家に酒樽を持っていたときのこと。
 思いがけず、前にも見た草妖精(グラダ)がいて、少し捕り物紛いのことをしてしまったが、それは単に僕の勘違いだったようで……大事に至らなくて良かったのだが(註:グラダは気を失いかけるほどに締められていた)。
 その後、その草妖精は、探していた猫をまたあっさりと逃がしてしまったために、早々にその場を立ち去ったのだが、僕はそのまましばらくラスさんと話をした。



 その中でも特に印象的だったのが、やはり、精霊の話。
 ラスさんが急に問い掛けてきた。
 ”光霊には声は届くか? 闇霊には?”

 光の精霊は、まだ使役できないころからずっと声をかけていた。
 暗い部屋で、なんとか縋るものを求めて、光の持つ暖かさに憧れて。

 闇の精霊は、そんなときにずっと僕の心の中にいた。
 いつあいつの罵声が飛んでくるんじゃないだろうかと震えている僕の心に。

 今でも光の精霊には良く呼びかけることがある。薄暗い部屋を照らして欲しい。
 しかし、そういう焦りがあるときには、やはり、その呼び声はうまく届かない。
 いつも代わりに闇霊が返事を返す。僕をその闇の中に取り込んでしまおうとする。

 ……普段はそういうことはないのだが、酷く心が落ち込んでいるときに、そういう状態になることがままある。それが正直なところだ。

 それを答えると、さらにラスさんから問われた。
 ”じゃあ、戦乙女に声は届くか? そして、光霊、闇霊に声が届く頃に、戦乙女が力を貸してくれるようになる意味を考えたことがあるか?”

 僕は、戦乙女をうまく操ることができない。いや、戦乙女だけではなく、精神の精霊はどれも扱いが苦手だ。今までの僕は、感情を無理に殺して薄笑いの仮面を被っていた。そうすることが自然になってしまうほどに。そんな人間に、操られるほど精神の精霊も安っぽいものではないだろう。
 だから、そんな僕が、戦乙女について考えることもあるはずがなかったし、もっと言うなら、むしろ自らを奮い立たせることなく生きていた僕は、努めて戦乙女に通じないようにしていたのかもしれない。

 ラスさんは、その意味を考えない奴は上に行けない、上に行きたければ、足掻いてでも、這いずってでもその意味を考えろ、とも言った。
 今まで意味を考えるどころか、ろくに触れ合ったことのない戦乙女の意味を考える。
 僕にはとても難しいことかもしれない。 
 だが、僕は上に行きたい。このまま終わりたくない。
 僕にはやりたいことがあるのだから。


 僕は、ラスさんのようになりたいと考えて、でも、それは間違いだと気付いた。
 僕は僕。ラスさんと同じようにはできない。
 ただ、その話を聞いて、隣に並んでやりたい、と思った。僕自身が上に行って、ラスさんの立つところに並んでみたい。
 しかし、そのためにはいつまでも足掻くだけではダメだとも思う。
 今の僕はただ足掻くだけに専念するしかできないかもしれない。だけど、足掻くのはあくまで這いずるための……立ち上がるための手段。それ自体は目的ではない。

 そう思った瞬間、ふと、戦乙女が僕に手を差し伸べてくれたような気がする。
 その手を取れば、僕は立ち上がれるような気がする。
 だが、手を伸ばしても、僕の手は彼女に触れることができない。
 まだ足掻き足りないのだろう。そして、もっと這いずる必要があるのだろう。


 ”前に進もうとしたとき、お前には精霊の力がある。お前は幸運だよ”
 最初に言ったラスさんの言葉が今になって心に響く。
 僕をウィスプが照らしてくれる。シェードがいるのが判る。バルキリーの差し伸べる手が見える。
 僕は、本当に幸運だと思う。
 
エルフの耳
ネオン [ 2005/10/09 19:07:47 ]
  その男と会ったのは、表どおりから、二つ、三つは入った路地の奥。
 そんな場所だから、最初、僕は男のことを物乞いの類と思った。実際、襤褸をまとい、うずくまるように座るその身の傍に、木でできた器を置いていては、そう思うしかないだろう。
 だが、それは、男が僕の姿を見とめ、懐から小さなリラを取り出したことで思い違いだと分かった。
 なるほど、ずいぶん、落ちぶれているが、彼は詩人らしい。
 身なりと、空の木の器を見ては、腕は知れるが、リラを持ち直すとそれなりに見えた。
 普段ならば、詩などにはあまり興味はない、と通り過ぎるが、たまたま暇だったので足をとめることにした。

 男はやや調子のずれたリラを鳴らし始めた。大して肥えたわけでもない僕の耳には、どうでも良いことだった。
 だが、後から考えれば、このずれこそ、彼の詩に相応しいと思えた。

   ●

  森に、エルフがいて、
  エルフには、耳がなくて。

  男は一人で街に来た。
  借り物のエルフの耳はよく聞こえる。

  男は石畳の街を歩く。
  落書きをしている子供を見つけて、追いかける。

  男を子供の声が囃す。
  男はそれを聞いて、子供の姿を探す。

  どちらからだか、いくら耳を澄ませても全然分からない。

  男は走りつかれて嘆く。
  どうして、こんな不便な耳を借りてしまったのか。

  その頃、エルフは森で眠っている。
  自分の寝言も聞こえない。

   ●

 物悲しい曲調だった。
 だが、詩の意味のほとんどが分からない。
 エルフとは誰のことか、借り物のエルフの耳が聞こえたり聞こえなかったりするのはなぜか、子供を落書きぐらいで追いかけるのは?
 
 分かるのは、この詩が表通りや酒場では流行らないだろうことと、”男”といういのは、詩の中の人物というのではなく、本当にこの襤褸の詩人のことなんではないか、ということぐらい。
 嘆きの声は本当に真に迫って聞こえたから。

 良かったとか悪かったとか批評はできないが、何となく心に染みる部分があったので、木の器に銀貨を一枚放った。
 そして、意味がわからないのではなくて、疑問に思ったことを問う。

 なぜ、男はそんな不便な耳を借りたのですか?
「最初はよく聞こえると思ったからだ」
 では、聞こえないと分かった耳を男はエルフに返したんですか?
「一度、身についたものは簡単には手放せるものではない」
 ということは、その耳は……
「死ぬまで男はその耳に悩まされ続けたと聞く」

 最後の質問だけは、問いかけが終わる前に答えが返ってきた。
 ”死ぬまで”、それに”聞く”……か。
 引っかかるが、追求するには及ばない。
 答えを貰った礼を簡単に述べ、銀貨を一枚足す。

 そして、詩人と分かれてしばらく経ってから。
 風で耳にゴミが入ったような気がした。
 慌てて耳に手を伸ばしたが、どうやら勘違いだったらしく、耳には異変はなかった。
 僕は小さく安堵の息を漏らし、帰途についた。