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山の音、今は彼方に
ファントー [ 2003/11/13 0:30:38 ]
 じっちゃんへ。
<>オレ、毎日がんばってるよ。
<>はやく一人前になってエストンへ戻るから。
<>だから、もうちょっと待っててね。
<>
――513年・晩秋・オランにて
 
ある日、ラスが
ファントー [ 2003/11/13 0:32:25 ]
 ある日、ラスが言った
「冒険にいくぞ。お前もついてこい」
わーい、ついにぼーけんしゃをやることになったぞー!
ラスもよーやくオレの力をみとめる気になったんだね。
「勘違いするなっての。これから確かめるんだ」
えー

「旅支度を整えておけ」と言われたので、準備をすることにした
山暮らしのときに使ってた料理道具のセット
お気に入りの毛布
もちろんじっちゃんの形見のマントも
そうだ、お弁当を作らなきゃね
サンドイッチがいいな、ジャムも持っていこう
それから
「あのな」
あ、カレン
「そう言うのもモチロン大事だが、武装のことも考えないとダメだ。それが冒険者というものだ」
なるほどー、そうだよね
えーと
スリング、これは山で使っていたやつ
それとユーニスがくれたぴかぴかの短剣
これでバッチリ!
「おい、ラス。あとで鎧と弓を作らせておけよ」
ねー、なんでカレンこめかみを押さえてんの?
 
五百ガメル
ファントー [ 2005/07/10 2:17:47 ]
 五百ガメル。それが仕事(#{324})の報酬だ。
決して多くはないけど、オレにはちょうどいいかな。
オレはまだお金の使い方に慣れてない。

ラスん家の屋根裏に作られたオレの部屋。
床の上に、五百ガメル分の金貨を並べてみた。
全部で十枚。
十枚で五百なので、一枚で…(計算)…一枚で、五十だ。
だから二枚で百になる。なるよね?(再計算)

オランに帰ってきたその日のうちに、二枚の金貨をラスに渡した。
これは、オレが初めてラスに払うお金だ。
贅沢をしないで過ごしていても直ぐになくなるくらいのもんだってことは分かる。
当たり前の暮らしをすると、五百あっても長くは続かないってことも。
だから、これはオレの気持ちを表すものとして、ラスに渡したつもりでいる。
そうしないと、オレは街での暮らしにおいて、一人前になれないからだ。
初めて冒険に連れていかれたとき(#{300})、ラスとカレンが、物の値段を書いた紙をくれた。
二人が用意してくれた弓と鎧。着替えの服にマントにタオル、そのほかいっぱい。
オレが冒険にいくための準備したもの、それぞれに幾らかかったのかが書かれてあった。
それと一緒に、数えの練習に使うようにと、袋一杯のおはじきの貝殻を渡された。
お金の価値を知ることと、足したり引いたりを覚えることは同じくらい大事なことだからだ。
オレにとって、五百のうちの百は、大きな数字だ。
ラスには、オレの気持ちは伝わったかな。

残りの八枚の金貨は銀貨と交換してもらった。
五百から百を引いて四百残ってるはずだ。
明日は、街に出て買い物をしよう。
これからは、必要なものはなるべく自分で買うんだ。
買うもののおさらいをしておかなくちゃね。

袋を引っ繰り返すと、おはじきの貝殻が幾つか欠けていた。
 
花が咲いた
ファントー [ 2005/07/25 18:00:42 ]
 花が咲いた。
イオンがくれた種(#{324}の「帰途」参照)から、花が咲いたんだ。

ラスん家の庭に植えた種は、一週間経った日の朝、芽を出した。
芽は、朝陽に照らされてきらきらと光ってるみたいだった。
小さな芽の中からいっぱいに溢れ出ていた力が、光るように見せていたのかもしれない。

芽はどんどんと伸びていって、オレの膝くらいに届いたところで止まった。
その頃には赤ん坊の掌みたいな柔らかくて薄い葉っぱが何枚もついていた。
ちょっと見ると、小さいゴマノハグサみたいだ。

芽が出てから十日目、つまり今日の朝、綺麗な紫色の花が幾つも咲いていた。
どれも、形の違う花びらが四、五枚ずつ。
顔を近づけると、ほんの少しだけ甘い匂いがした。
どこかで嗅いだことのある匂いだな、と思って直ぐに、オレはそれがなんなのか思い出していた。

パドマからの帰り道、イオンに連れられていった古い野営地。
そこには、ほんのりと、この花の匂いが薫っていた。

ラスが帰ってくるまで、花が残ってるといいんだけどなー。
 
庭で
ファントー [ 2005/09/15 16:54:12 ]
 (筆者註:この記事の内容は以下の記事と関連しています。
 #{326}-5「司祭代行」
 #{243}-52「出かける準備」
 #{184}-45「仕事と息抜き、その明暗」)

 庭でトゥーシェの体を洗っていたら、窓から顔を出したラスが声をかけてきた。
「おい、あさって出かけるぞ。旅支度しとけよ」
 突然のことだったのでびっくりした。
 旅支度ってことは、つまり仕事だな。よーし。
「そうじゃない。行楽だ」
 こーらく?
「遊びにいくってことだ」
 なーんだ。
「仕事なら、付いてくるかどうか、先ずそれを聴く」
 それもそうだね。
「猫は他所に預けるが、トゥーシェは連れていくからな」
 そこまでいってラスは顔を引っ込めた。
 一緒にいくってさ。よかったね、トゥーシェ。
「わん」

 二日後、北門をくぐってオランの外へ出た。
 すっかり秋めいてきた。もう秋なんだ。
 風の中に懐かしい匂いを嗅いだ気がした。
 きっと、エストンから流れてきた風なんだろうな。
 オレたちの行く先はノルドというところだ。
 こないだ出かけたパドマと違って、北のだだっ広い平野部にある。

 ラス曰く、ノルドはエールが美味しい。
「俺がこっちに来たばかりの頃は、オランのエールといえば、ラナオン、ボールディ、カシュオーク、この辺のことを指していた」
 ラスはエールなんて全然飲まないのに、やけに詳しい。昔は飲んでたのかな。
「今は、それにノルド・エールの名前を付け加えるのが当たり前になっている。ラナオン、ボールディ、カシュオーク、ノルドだ。ファントー、この四つの銘柄の中でノルドだけが違うところがある。わかるか?」
 えーと。うーん。あー……。
 オレが考え込んでるのを見て、それまで黙っていたカレンが口を開いた。
「ノルドは村の名前。他の三つは人の名前」
 ふむふむ。そうなんだ。
 ラスがカレンの後を継いで話しつづける。
「ノルドには元々エール蔵がなかった。エール作りが始まったのが五年前で、売り物として世に出たのは三年前。銘柄としてはまだ新参だ。エール作りは村を上げての事業だった。だから、個人の名前ではなく、村の名前をつけることになったのさ」
 なるほどー。
「ま、そう提案した人間の名前が、実は銘柄の候補だったんだけどな」
 ラスがおかしそうにいった。隣でカレンが頷いている。
「クレンツ・エール。響きとしては悪くないよな」
「ああ。でも辞退する気持ちもわかるね」
「そうだな」
 二人の表情を見るに、どうやら色々あったみたいだ。

 オレはお酒がダメなので、エールのことは気にならない。
 楽しみなのは温泉だ。
 泳げるくらい広いといいな。
「いっとくけど、温泉で泳いだりすんなよ」
 ちぇー。
 
ノルドに来てから
ファントー [ 2005/09/29 0:07:18 ]
 (筆者註:この記事の内容は以下の記事と関連しています。
 #{243}-52「そろそろ本気で。」
 #{184}-45「司祭代行、羽目をはずす」)

 ノルドに来てからずいぶん経った。
 数えてみたら、半月を過ぎている。
 カレンの仕事はまだ終わらない。

「月末までには戻りたいな」
 オランを出た頃、カレンはそういってたけど、今では、
「冬の初めまでには帰ろう」
 といっている。
 いろいろと大変らしい。

 ラスはラスで、
「ここで年越ししてもいいんじゃねーの?」
 と、いっている。
 そして二言目には、
「都暮らしは飽きた」
 といいながら、エールを飲んでいる。
 よっぽど気に入ったみたいだ。

 ノルドでの生活はたいくつだ。
 宿に泊まっているので、洗濯も掃除もご飯を作ることもない。
 だからすることがない。
 温泉に浸かってばかりだとふやけちゃうので、オレはあちこち歩き回ることにした。
 ノルドは狭い村だから、見るべきものはない。
 隣り合っている村はどれも一日やそこらじゃたどり着けないくらい遠い。
 必ず宿で寝泊りするようにとカレンにいわれてる。
 よって、オレのいく先は、ノルドの西にある大きくて古い森になった。
 そして、森に通い始めて何日か過ぎた頃。
 オレは故郷の人間に会った。
 その人は、森の中で、オレの行きつけの大樹の前で、オレを待っていた。


「パレの孫のファントーだな。俺はドゥゼム。山の使者だ」

「お前が町との交わりを始めて数年経った。お前はそろそろ決断せねばならん」

「山に戻り俺たちと共に歩むか、瀬降りをするか……すなわち町で生きるかだ」

「町で生きることを選んだとしても、それは放逐を意味しない」

「お前が山へ来れば同胞として迎えはしよう。だが、山の民の秘儀に関わることはできない。それが掟だ」

「一年待つ。よく考え、お前の道を選べ」

 ……。

 …………。

 ………………。

「ファントー。食べないのか?」
「おっ、ぜんぜん手をつけてないじゃん」
「どうした。具合が悪いのか」
「ふーむ、そういうツラでもなさそうだぜ?」