とある冒険魔術師見習いの手記 |
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フレア [ 2004/01/06 6:48:01 ] |
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| 「冒険者、ね…」
数年前、魔術師にして賢者たる師・ラノバ=サーディーンの門戸を叩いた時には到底考えもしなかった道。 その道に今、触れようとしている。差し掛かろうとしている。
何故?
理由は簡単だ。古代の叡智の結晶たる遺産。その多くは冒険者の手に拠って発掘されている。 もしその遺産を自らの手で発掘出来たとしたら。私が冒険者になりたいと願う理由は、其処にある。
冒険者に魔術の徒は少ないと聞いた。だから、多分私の様な小娘でも対等に扱ってくれるだろう。 そう言う甘い期待も持っていない訳じゃない。塔の中では未だ見習いに毛が生えた程度だと見られる私だが、きっと冒険者と言う道ならば…。 私よりも年若い人達が冒険者として働いている。そう言う風に話を聞いた事もある。期待は、確信に変わった。
16と言う歳は関係無い。小娘だと見られる事はあっても、対等に扱ってくれる社会。多少の苦労は覚悟の上だ。 なら、私はこの冒険者の道を歩みたいと思う。それが例え、私の我侭だったとしても。
けれど。
冒険者の店であるきままに亭。その門戸を叩く瞬間、ふと湧き上がった疑問。
「私は本当に、そんな理由で冒険者になるの?」
…その疑問に対する、明確な答えは出ていない。 |
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鍛練場と言う場所 |
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フレア [ 2004/01/10 6:57:50 ] |
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| 先日初めて行った冒険者の店。 其処でコアンと言う戦士に誘われた通り、今日はマイリー神殿の鍛練場と言う場所に行ってみた。
出入り口で彼女の名を出すと、すぐに通してくれた。如何やら彼女は相当此処に通い詰めているのだと解ったが、残念なことに彼女は今日は来ていなかったようだ。 今日は彼女の薙刀の技量と言うのを見せてもらえるかも、と思っていただけに残念な事この上ならない。
まぁ、居ないと言うだけで帰ってしまうのも何処か癪だ。少し体を動かしていこう。
と、思ったのが運の尽きだった。
次は、ローブじゃなくて別の物を着ていこうと思う。裾に足を引っ掛けて転ぶなんて、あんな醜態は二度と演じたくは無いから。
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スキンヘッドの男と衛視と私と。 |
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フレア [ 2004/01/20 2:19:10 ] |
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| 考えれば考える程に不思議な夜だったという感想を禁じ得ない。 未だ数度しか訪れていない店ではあるが、此処まで『変わった』人と話すのは初めてだった。 逆を取れば、この人たちと話す事が出来たというそれさえもが、あの時冒険者に興味を持ち、冒険者の店に顔を出したあの瞬間が無ければ、永遠に経験する事の無かった事なのである。
そう考えれば尚の事、今宵と言う晩の不可思議性を唱えずにはいられない。
ただ一つ、残念な事は、今宵の話し相手となってくれた二人の男性に名を名乗る事が出来なかった事だ。特にスキンヘッドの男性は、ついには名を聞く機会さえ逃してしまった体たらくである。言葉の節々にてレックス、パダ、等の固有名詞を聞き取れた事から、恐らくはあの墜ちた都市へと挑みし冒険者なのだと言う推測程度は出来るのだけど。
ただ、もう一人の男性については名を何とか聞く事が出来た。ワーレン、と言う衛視らしい。 彼に関しては、私は名乗るべくとある秘策に打って出てみた。今から結果が楽しみと言うと、悪趣味に聞こえるかも知れない。
今宵去り際、代金を払い忘れた彼に対し、店員に言伝を頼んでおいたのだ。
「今宵の分の奢り代は、今度にでも倍にして返して頂きます。生意気な小娘魔術師、フレア=アズヴィーネより」
と。
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手の中のガレットと窓の雪と。 |
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フレア [ 2004/01/23 2:54:00 ] |
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| 今宵。家に帰った私が先ず一番にした事は、髪についた雪を払うと言う行動だった。 何時も思うのは、この長い髪の不利益点。髪を切る予定は今は無い。春になって暖かくなれば、切ってみてもいいかなとは思わなくも無い物の、去年も同じ様な事を考えていた記憶もあり、今年もまたなぁなぁで伸ばしてしまうのでは無いかと半ば自分の事なれど諦めてもいる。
今は一息つき、自室にて窓の外の雪を眺め見ている。 此処数年、オランで此れ程迄の雪が降った事は無かった。寒いのは苦手なだけに、雪と言うのは如何にも好きにはなれないのだけれど、如何も今夜はこの雪を見て気分が高揚している。
今日もまた、面白い人に会った。あの店で。
アルグレンドと言う名の神官戦士は、とても気さくだった。失礼な発言をした筈の私にも、何ら気にする事無く振る舞う。 冗談めいた口調で、「勇者を導く者」なんて自称するその様に、冒険者として必要な度胸と言うのはきっと目一杯詰まっているのだろうなと、そう思うには充分過ぎる言葉だった。 その様に素直に感心の言葉を述べたら、如何にも照れくさい様子で苦笑を洩らしてはいたけれど。
ラスと言う名の精霊使いにも会った。彼は私に足りない面として、自分を冒険者と言い切る事を挙げた。 …耳に染みる言葉、だと思う。普段ならば私も言い切る事が出来たのだろう。けれど、今夜の私にはとてもじゃないけれど言い切る事なんて出来なかった。自信と言う物を根本的に失ってしまう、そんな出来事があったから。 あれこれと言い訳をして逃れる私を、それでも彼は気にせずに「言い切ってみろ」と繰り返した。
『私はきっと、まだまだ冒険者と名乗る程に冒険を重ねてはいない。』 迷っていた。迷わずにはいられなかった。きっとこんな事で悩むなんて、私は自信も実力も欠片も無いのだと、勝手に決めつけ落ち込んでいた。 自信なんて作る物、実力なんてつけていけば良い。私に最初にそう言い聞かせたのは、他でもない私自身だと言うのに。
今日出会えた二人の先輩冒険者。そして、普段から何時もお茶を出してくれるあの店員。 三人に今日、出会えて本当に良かったと思う。
ふと手の中のガレットを見つめた。焼き菓子、半生菓子、色々な呼び名を持つこの菓子はラスが注文し、店員のあの人が持ってきてくれた物。彼が言うに、これは『いじけさせた詫び』。
…バカみたいだと自分で自分に腹が立つ。勝手にいじけたのは、私以外の誰が悪い訳でも無い。
アルグレンドはきっとそんな私の内心の葛藤を見抜いたのかも知れない。去り際、私に一つ仕事を頼んでくれた。古代書の読解…普通、こんな駆け出しの小娘に頼むよりももっと確実なルートもあろうと言うのに。
苦笑が自然に洩れた。同時に、欠伸が洩れる。
明日も色々あるだろう。雪夜が明けた朝、普段よりも早い時間に始めないと普段と同じ事は出来ないし、普段以上の事も出来ない気がする。
もう寝よう。床に入る私の枕元には、食べかけのガレット。 ほんの一カケ欠けたそれは、甘い物が苦手な私の、精一杯の詫びのつもりなのだ。 |
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