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吟遊詩人、記す。
ネリー [ 2004/01/21 0:42:24 ]
  小さな腰鞄を整理していたら、古い羊皮紙の端切れが出てきた。

”歌は心”

 二年、いや三年前だったけ?
 別れた両親から渡された、五枚の金貨が入った袋に一緒に入っていたもの。
 両親の、特に詩的な父の口癖。

 目を閉じて思い出す。

 夕暮れに染まるロマールの東門で。
 私は元気良く手を振って、東へ・・・父は強い笑顔、母は涙で、西へ別れた。

 今どうしているのかな?

 西の”十人の子供達”を巡っているのかな?
 北に向かったのかな?
 南にバカンスかな?

 ・・・

 ちょっと涙。
 でも、泣いていられない。
 だって、オランで出会った人達がいるから。
 歌を聞いてくれるお客さんがいるから。

”歌は心”

 そうなんだ。

 私が好きな、元気な歌は。
 心が元気でなければ歌えない。

 だから。
 書くのは苦手だけれども、私もそれとなく記そう。

 でも・・・まずは、古いリュートをかき鳴らす。
 気分が大事だからね。
 
吟遊詩人、女優する。
ネリー [ 2004/01/21 1:41:18 ]
 ”あぁ〜、私は忘れないー、かつての日々を〜”

 舞台の上で、普段とは違う衣装で歌う私。
 着慣れぬ訳では無いけれども、どうも裾の長すぎるドレスは苦手だ。
 それに、胴が締め付けられるのは好みじゃない。
 歌いずらくてかなわない。

「はいはい、そこで君、彼女にそっと近寄るよーに動くのよん!」

 妙な言葉であれこれ指示を出すのは、脚本家のフィリップ卿。

「あー、そう、そこで、歌の終わった後に余韻を残しつつ、彼女に台詞っ!・・・あー、声が小さい、やり直しよん!」

 これで五回目のやり直し・・・
 私がなぜ、こんな事になったか。順を追って思い出してみる。

 事の始まりは、冬明けに一発仕事でもしよう、と思ったのが発端。
 そして・・・どうせするなら、初めての遺跡ね、と。
 その遺跡に関する情報を、知り合いの情報屋から仕入れ様と思ったのだ。

「んー・・・まぁ、多少枯れているのなら、あるがねぇ・・・」

「それでも良いのよ。遺跡一つ潜っていない”鍵”なんて、いい加減卒業したいし、ね。で、幾ら払えばいいの?」

「うーん、そうだねぇ・・・これぐらい(三本指)」

「銀貨三十枚?」

「桁が違う、金貨三枚」

「無理よ、そんなに持っていないもの」

 だったら、と、にやけた情報屋が、条件を出してきた。
 知り合いに劇団の団長がいて、困っているので、それを解決したら、銀貨三十でも考えてやる、と。
 付け加えて、ちょいと歌える娘でないと駄目なんだ、と。

 まぁ、だったらピッタシと思い受けてみた訳だけど・・・

 聞いてみれば・・・劇のワンシーンで、女優の代理をするだけって話じゃない。
 尤も、演技の必要はなく、歌うシーンをこなして終わり、って話し。
 オランでは、新年を祝う劇としてちょっと有名な劇ではある。
 歌うだけで演技は入らないなら私でも出来ると。

 安請け合いはするもんじゃないわ。

 肝心の内容、つまり裏事情を団長から聞かされた。
 ツルッぱげ・・・依頼人をこう言うのも失礼だけれども・・・のペルゲ団長は、汗を拭きつつ、重々しく言った。

「まぁ、なんだ・・・そのシーンで・・・女優を誘拐する、と、脅迫状が来てねぇ・・・」

 あれこれと聞かされた。

 ある日、劇の練習も半ばと言う時。
 ”髑髏男爵”と言う変た・・・闇の貴族なる怪人から、この劇を取りやめて、怪人が考えた脚本で劇をしろという駄々こ・・・要求が来た。
 内容がどうも馬鹿馬鹿しい内容なので、流石にとそれを突っぱねッたら、今度は女優を劇中でさらって、ぶち壊しにすると。

 困った馬鹿がいる。

 で、それを恐れて中止にし様にも、客は招待状送った後、しかもそこそこの地位を持つ相手が中心。
 そう簡単に取りやめる事は出来なくなっている以上、劇は止められない。
 それに、下手に事情を話しても、納得するどころか劇団の信用に傷が付くだけに留まらい。
 そして、劇団員や女優を恐がらせてしまっては、最悪逃げられて終わり。
 でも、さらわれてしまっては、劇団の看板女優無くして来年の劇はできなくなってしまう。
 八方塞で困ったところに、情報屋に相談、そのシーンだけ身代わりをたて、最悪女優誘拐を防ごうと・・・では、誰を身代わりに?
 歌が歌えて、そこそこの娘・・・そして私が引っ掛かった・・・適材、と。

 ・・・迷惑な話し。

 まぁ、たまには劇場の舞台で歌うのも良いかな、とは思っているけれども・・・溜息。
 さらわれるにしても、多少身を守る程度に戦う心得も・・・盗賊流だがある事はある。
 でも、体の良い身代わりだなんて・・・もしも、さらわれたらどうしよう。

 受けるかどうか、悩んでいるところに、去年知り合った戦士のリディアスと会った。
 そこで、リディに頼んだ。依頼を受けた私の、もしもの為の用心棒としてい、依頼をしたいと。
 勿論、劇中である以上、何かの役を演じるかもしれない、と付け加えて。

 この頼みは分が悪いと思った。
 彼は生粋の戦士、しかも劇を見に行けばすぐに寝てしまうと笑って言い切る程、劇には縁が無い。
 どうも無理かな・・・と。

 でも受けてくれた。
 そのシーンで、台詞の無い、歌に聞き惚れる兵士役として。

 ところが・・・


 脚本家のフィリップ卿が紅茶の時間と休憩を皆に言い渡す。
 一時の休息がやっと訪れる。

「なぁ、ネリー・・・やっぱ、あの台詞、取り消してくれる様に頼んでくれ」

 兵士の衣装で困った顔のリディが、苦い顔をして頼んでくる。

「無理よ・・・あの脚本家、一度言って決めたら最後、絶対に意見を曲げないもの」

 私は苦笑いで、そう言うしかなかった。
 さて・・・この依頼、果たしてうまく行くかどうか・・・。
 それにしても、この劇団には・・・頭を悩ませてくれる事には天下一品が揃っている。

 女優メリーは美味しいシーンを代理の私がする事に露骨に不満げ。
 劇団員一の非力優男ジョセールは女であればと私にも言い寄ってくる。
 大道具のバロバンはいつも下品に笑ってばかりで何を考えているか分からない。
 団長のペルゲ団長も、よくこういう人達を雇ったものだ。
 そして、分裂せずにやってこれたと、誉めてやりたい。

 ・・・

 それにしても。
 団長は用心の為にと、他の冒険者を雇ったと言っていた。
 私では心配なのだろうか。

 ・・・

 全く、こうなったのも髑髏なんたらと言う、変態怪人のせいよ。
 覚悟してなさい・・・私が逆にさらって、ハーザード河に吊るしてやるんだからっ!
 そして、遺跡に潜って見せるんだからね!

 ・・・

 まぁ、なる様になれ。
 私は歌って、依頼をうまくやるだけ。
 歌うだけ、うん。
 
吟遊詩人、悩む。
ネリー [ 2004/05/31 3:31:22 ]
  私には最近、いや、季節の変わり目ごとに、小さな悩みを抱えることがある。原因は、今、私の手元に或る古いリュート。
 季節の変わり目に、何度も調律し、確認しても微妙な音程のずれ、響きの強弱、音色の質感等々、普段とは分かりにくいぐらいの些細な違いが生まれる。
 手入れを怠っているわけではない。去年、手に入れたときこそ、もはや手入れどころか、弦の張替えもされていない、処分寸前のリュート。製作者は”リウス”という人物らしいが、未だにどんな人物なのか私は知らない。・・・そんな状態であったものの、何故か心に強く惹かれ、店の主の言い値で即座に買取り、直ぐに手入れや修理に出したりと、それはもう忙しい時であったことを記憶している。
 破格の購入価格よりも、予想以上に修理費がかさんで、最終的には二倍以上の資金が羽根をつけて財布から巣立っていった。勿論、新品を買ったほうがマシだったかもしれないが、使い古されたリュートにしか出せぬ音色は唯一つ。他にはない。

 まぁ、そんな愛着沸くリュートではあるものの、不調な時期が巡ると、どうも気が重くなる。演奏には大きく影響しないとはいえ、音色の僅かなズレは、歌うときのちょっとしたストレスに繋がる。神経質すぎる・・・とも、言えるかも知れないけれど。

 夕暮れ時、”若鷹の広場”で練習と調律をかねて、演奏しては歌い、曲の調べを再確認する。調律は一度しても、徐々に不調な、微かなものではあっても、元に戻ろうとする。弦自体は安物ではないし、それこそちょっと背伸びして購入し、楽器屋の職人にどうにか頼み込んで、修理と調整をしてもらっている。それぐらいに手をかけても・・・やはり、僅かにズレが生じて、どうも心に暗い影を落としてしまう。割り切ってしまえばいいのだろうが、どうも性格が許さない。

 結局、溜息が出そうになって、困った顔でこらえる。

 そこへ、見知らぬ、若い神官が通りかかった。調律の際に出る音に反応し、私のリュートに興味を示し、少しの間見入っていた。話を聞くと、お姉さんや母親が楽器を嗜むため、音楽は当然と其の中で育った神官は、調律の音にも思わず反応してしまったと言う。

 最近は悩みを抱えて、他人と話す機会(特にリディにあまり会えない事もある)が、無かったので、思わず軽く笑みを交わしつつ話に夢中になってしまった。相手が音楽に関しては多少の経験もあることも手伝って、随分と話し込んだ。

「ちょっと湿った感じ?」

 リュートの不調について話を聞いた神官が、私がかき鳴らした音を聞き、咄嗟に答えた。

「天気の所為ですかね?最近雨が降るし・・・”湿気は楽器の天敵である!”と私の母は言い切っていましたけど」

 ・・・成る程。悩みが一つ解決と喜んでしまう私。

「エ、いや、それだけじゃないかもしれないけど・・・」

 次第に小さな声で言うものだから最後まで聞き取れなかったけど、ともかく、感謝の意を伝える。同時にお礼の歌を聞いてもらいたかったので、時間があればと言った。

「では、一曲お願いいたします」

 暗くなりゆく広場に歌声が染み渡る。

 そういえば、私、神官さんの名前を聞くのを忘れてしまった。吟遊詩人としたことが・・・思わず苦笑。まぁ、気を取り直し、季節の変わり目は充分注意しようと思う。あと、悩みは一人で抱えないようにしよう。さて、と・・・今夜はリディに逢えるかな?

 私は軽い足取りで、夜が始まったばかりの空の下を、寝床の宿屋まで久方ぶりに軽やかに、帰る事にした。
 
吟遊詩人、思う。
ネリー [ 2005/11/27 20:26:16 ]
  ここ最近まで。
 表は吟遊詩人として働きつつ。
 裏は巣穴の構成員として情報収集。

 とはいえ。

 特に目立った事も無く。
 吟遊詩人として何事も無く過ごしている感覚かな。

 冒険らしい冒険もしていない。
 むしろ、それを語る側にまわっている。
 それはそれで、吟遊詩人の役目だから構わないのだけれど。

 性分か何か物足りない。

 久々に、何か冒険者として仕事を受けてみるかな。
 まぁ、ただ、今の時期だと・・・私にとっては厳しい内容ばかり。

 溜息。

 それに今年は・・・
 静かに年を越すのかな?

 こういう時に限って、いないんだから、あいつは。

「ばか」

 どこで大暴れして、酒飲んでいるんだか。
 ためいき。

 積もるは溜息ばかり。
 そう思えば、寂しさに寒い冬は心までも凍えさせる。

「いっそ、勝手に暖かいところへ行ってやろうかしら?」

 そう思っても、出来ない自分。
 バカみたい。

 結局、何も決められないまま、今日も日が暮れる。
 若鷹の広場に寒い風が吹き抜ける。

 だけど、もう夜になる空へ、小さく言ってやる。
 あいつに聞こえやしないけれど。
 言わないと、悔しいし、抑え切れないから。

「あたし、もう待ってやんないぞー! ・・・の、ばーかやろーっ」

 自分勝手な言い分かも。
 でも、でも・・・

 ちょっとスッキリしたかな?

 とりあえず、明日まで、明日まで・・・と先延ばしする、あたし。
 
吟遊詩人、新年を迎える。
ネリー [ 2006/01/06 1:41:53 ]
 ”死の哀しみの果てに、汝の御霊、安らぐ事を、今はただ神に祈り・・・”

 リュートを静かにかき鳴らし、最後の旋律を奏でる。
 そして鎮魂歌(レクイエム)を歌い終える。
 小さな拍手と、銀貨の金属音が響く。

 静かな夜に微かにこだまする鎮魂歌。
 多少ズレがあるものの、ぴたとそれが止まる。

 そう、新年だ。

 真夜中の酒場が笑顔と乾杯で一気に賑わう。
 新たな年を迎える事が出来た事を。
 それを仲間、友、知人、知らぬ者、異種族でさえも、それを同じく喜ぶ。
 店員らしいドワーフがワイン樽を転がし、豪快に栓を開ける。
 店の客が一斉に盃を差し出し、ワインを注ぎ飲み出す。

 賑やかな光景を横に、出口近くのカウンターの隅に腰掛ける。
 幸せというものが形を為せば、きっと柔かな光の球形に違いない。
 それに包まれれば、皆等しく喜び合うのだ。

「ふぅ」

 何だか居心地が悪い。
 何かが・・・足りない。

(やっぱり、私は・・・心から喜べない・・・)

 うつむいて、冷えてきそうな指を擦り合わせて温める。
 だけど逆に心が冷えて行く。

(ばか)

 原因は分かっている。
 でも、もう原因にしようとは思わない。
 勝手な思い込みだったと思えば。
 自分が馬鹿だったと。

「・・・でも、それでも・・・」

「はい、詩人さん、どうぞ」

 そんな私にもグラスランナーの店員が一杯のワインを振舞ってくれた。
 ・・・あれ?盃がもう一つ?

「私、二杯も飲まないけれど?」

 小さな店員さんがちょっと笑って、出入り口を指差す。

「悪ぃ、間に合わなかった」

 彼がいた。
 息を切らして。
 大きな体と笑顔で。

「・・・馬鹿ぁ」

 涙が出た。
 怒りたくて嬉しくて。
 抑えていた感情がもみくちゃで。
 ちょっと汚い顔になっていたかもしれない。

 だけど。
 私も幸せの球形に包まれたと思う。
 ありがとう、粋な神様。

 新年に乾杯。