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イベント『野菜泥棒』 不寝番チーム
イベンター補佐 [ 2004/11/18 2:59:50 ]
 盗賊ギルドから引退した元幹部が、オラン郊外で自給自足の農耕生活を営んでいました。
ところが、食料備蓄が必要な冬が迫った有る時、野菜泥棒が現れたのです。

今までにも野菜泥棒が出なかった訳では有りません。
また元幹部も抜け目無いですから、ある程度盗られる事を見越して作物を作っています。

しかし今回は違いました。明らかに単独犯では不可能な量の野菜が、
ごっそりと盗られていたのです。それが一度ならず何度と無く続きました。
これは由々しき事です。流石に堪忍袋の緒が切れた元幹部は、持てる知識と技術を総動員して罠を張りました。
が、得体の知れぬ泥棒はそれすらも潜り抜け、野菜をまたしても盗んで行ったのです。

困り果てた元幹部は、盗賊ギルドと繋がりがあり、
今や冒険者の店を切り盛りする立場に着いたフランツに頼みます。
「店を使って、不寝番となれる生きの良い冒険者を手配してくれ」と。

そんなこんなで集った五人の冒険者達。
アスリーフ、キャナル、ユーニス、アスター、アルは、野菜泥棒捕縛の為に不寝番の任に就く事になったのでした…。

(イベンター注:このイベントの開始は、11/20からです。それまでは書き込みをしない様にお願いします。)
 
見張り 1日目
アスリーフ [ 2004/11/20 7:04:50 ]
  19日、夕。小雨付きの曇り空のせいで、本来よりも随分早く暗くなってきた。ややぬかるんだ冷たい泥を靴先でにじりながら、晴れてれば良かったのに、と思ってたら無意識に口に出していたらしい。仲間たちの会話が始まる。

「そうですか?・・・・・・いえ、ほら、この状態じゃあ見張りの居る前で足跡なんかの痕跡を消すのは一苦労ですからね」
 アスターは暗くなる前に弓の弦の様子をもう一度確認している。
「そうですけど。捕まえるには不利ですよ。逃げるだけだったら相手が有利ですから」
 アルは低温で傷が何となく疼くのか腕をさすっている。
「大丈夫よ、この人数が居れば結構広くまで見張れるわよ」
 キャナルが腰に手を当てて周囲を見回す仕草をしている。
「でもほら、こっちが目立ったら結局泥棒が逃げてしまいますよね」
 ユーニスは防寒具を武器が取り出しやすいように直している。

 「考えても仕方ない部分はありますからね。さて、打ち合わせどおりに始めましょうか?」
 一通り雑談がおさまった後のユーニスの提案に、おれも頷いて行動に移る。

 見たところ当然の話だが普通の畑だ。特別な作物を栽培しているようにも見えない。この畑も今年の天候異常からは逃れられなかったようで、何となく元気がない。つまり、畑自体は特に狙う理由はないってことだ。おれたちが何かを見落としていない限り。

 罠については冒険者を募っている期間中にある程度除去しておいたらしい。まだ罠が仕掛けてある場所もあるから近づくなと、おおよその見取り図付きで説明を受けた。要するに妙な方向から入ろうとすると罠に引っかかるはずの配置になってるってことだ。

 大半の罠は鳴子、落とし穴など(それ自体は)簡単なものだけど、中には野伏では見切れないようなギミックや致死的に近い罠もあるそうな。実際明るいうちに見て周ったけど、教えてもらったより少ない数しか確認できなかった。犯人を追い込む事もできるけど、下手に追いかけると自分達も危ない。

 しかし、あの依頼人も何というか・・・・・・得体が知れない。それに畑にそんなものを仕掛けるなんて。フランツの説明を聞いて納得はしたけどね。依頼人に犯人に対する心当たりが無い(あるいは特定できないと言う意味かもしれない)というなら、こちらも取りあえずはただ見張るだけ。

 具体的にはおれは昼夜逆転の生活を送ることになる。昼寝て夜起きる梟さん、ってわけだ。下手をすれば長丁場になる可能性もあるし、早いところ犯人達が出てこないと話にならないんだけどね。さて、どうだか。

「何度もありましたからねぇ、前回で終わりってことも無いんじゃないですか」
「ええ、頑張りましょう! あちらの方は任せてくださいね」
 潜伏ができるアスターと熱感知のできるユーニスは明るいうちに検討した結果、進入される可能性が高い方向を見張っていてもらうことにした。何かを発見したら警告しても良いし、待機して挟撃しても良い。
 ひょろりとした後姿と、剣を楽しげに手で揺らしている後姿が畑の向こうに歩みさった。

 おれとアルとキャナルは焚き火の準備をしてから比較的近くを見張ることにした。盗人を防ぐだけなら一晩中火を燃やし続けていれば良いんだけど、捕まえるんだったらそうはいかない。
 と言う訳で、すぐに火が点けられるように準備だけはしておく。今は最後の確認だ。

 雨の中、慣れない作業をそれでもアルは一生懸命にこなしている。まだ指は痛むみたいだけど。
「アルさん、違うわよ。長く燃やすならそれで良いけど、早く火を燃え立たせたいならこうしなきゃ」
「え、え、こっちですか?」
「ええ、そうよ。これくらいで良いわね。後は覆いを・・・・・・」
 キャナルはおれの心配をよそになかなか良い先生をしているみたいだ。

 小雨の中、それぞれ所定の場所に付いた。

 ・・・・・・

 雨は小雨から霧のような細かいものとなり、もうすぐ止むと思う。雲に月も星も隠れて非常に暗い。特に異常なし・・・・・・見えないけどね。
 今までにした音も、一時的に強くなったりする雨音以外は風の音と鳥とかが遠くで鳴く声くらいなものだった。一度近くで柔らかい羽音や動物の鳴き声を聞いたような気もするけど、かすか過ぎて確証は持てない。

 聞き耳だけは精一杯立てながら、闇夜の中見張りを続けた。明日からはもっと音を良く聞くために鎧は脱いでおこうかと、防寒具と擦れ、動くたびに音を立てる硬革鎧の音を聞きながら思う・・・。
 足の筋を伸ばしたりしながら、干し果物を口にいれて粘り続けることさらに数時間。

 もうすぐ夜明けが来るはずの時間帯。今回の見張りが無事に(もしかしたら無駄に)終わるかと思って目の下をこすっていると・・・・・・足音が聞こえてきた。
 忍び足じゃあない・・・・・・仲間かな?
 
ドロボウ現れず
キャナル・ヴォルファング [ 2004/11/20 23:36:02 ]
 アスリーフさんが何かに気付いたのか、怪訝そうな表情をする。彼の目先に視線をやると、そこには一人の青年が居た。アスターさんだ。

「ま、堂々と盗人が出て来る訳も無えわな」

一人ごちるアスリーフさんをよそに、アスターさんが私達に歩み寄る。

「あっちの方は? ユーニス一人に任せて平気なのか?」
「私一人が残るより安心ですよ。それに、少し様子を見に来ただけですから」

アスリーフさんの問いに答えるアスターさん。彼は周囲に目をくばらせるとその人の良さそうな顔に苦笑を浮かべた。

「変化無しよ。良い事なのか悪い事なのか判断しかねるけど」

聞かれる前に答えた。野菜を盗まれるという事は本来喜ばしく無い事だけど、私達の仕事はドロボウを捕まえる事。その喜ばしく無い事が起こって貰わなければ困る。

「あ、雨止みましたね」

アルさんの声に気付く。細かい霧状になっていた雨が消えていた。とは言ってももうすぐ夜も明ける時間帯。今更雨がどうなろうとほとんど意味は無いと思う。

「今夜はもう来ないのかしらねえ。折角こうやって大勢集まって壮大な歓迎をしてあげようって言うのに特に、私みたいな美人の歓迎なんて、滅多に味わえるもんじゃないもの」
「おい、アル。あの女に美人な人間てのはどういうのを指すか教えてやれや」
「な、何でボクなんでしょうか? 正直ああいうタイプの女性にはあまり関わった事が無いので何とも…」

あれ? しらけてる。アスターさんはこっちと目を合わせない様にしてるし。ふっ、良いわよ良いわよ。私は罠の確認もかねてそこら辺を見回って来れば良いんでしょ?

「あれ? 何処に行くんですか?」
「ちょっと罠の確認に行って来るわ。ま、無駄に終わるでしょうけど」
「あんたがかからねえようにな」

腹立たしくもちょっと心配していた事を言われ、私が肩をコケさせた頃だろうか。太陽が私達の前に光をさらしたのは。

「……今日は、現れませんでしたね……」

アルさんの小さな呟きが、霧の残る朝に響いた。
 
見張り二日目 〜いざなう音〜
ユーニス [ 2004/11/22 16:58:11 ]
  20の日の夕刻。賢者のアスターさんとアルさんを中心にして現況確認と再度の情報整理をした。みなしっかりと睡眠をとったらしく、さほど疲れは見えない。
 「羽音がちょっと気になりますねぇ。キャナルさんも聞いてたんですよね。私とユーニスさんのいた場所ではそういうことはなかったんですが」
 アスターさんにアスリーフさんが頷く。
 「なんというか、違和感があるんだよね、あの天気で畑に夜飛ぶ鳥やらが来るってのもそうだし。白んできた頃かな、あっちの丘の方から視線を感じた」
 アスリーフさんはすぐに気配を辿ろうとし、傍に居た二人もそれを聞いて警戒したものの、何ら成果はなかったらしい。
 「日が昇ってから確認したら罠を覆った草が僅かに散ってたのよね。足跡は残ってなかったけれど」
 キャナルさんが明け方に確かめた罠の状態を報告する。この畑は開けた場所にあるが、昨夜は雨に祟られて視界が不明瞭だった。音の方向にある低い囲いは足場にはなるが、あんな夜に鳥や獣の存在はあまり自然とは言えず、良いものを想像させない。
 「野菜泥棒にしては大袈裟すぎますが……使い魔や妖魔の存在を想定した方がいいのかもしれませんね」
 アルさんの言葉で、皆表情を引き締めた。

 今日は羽音の同定がどちらでもできるように、キャナルさんが私と組んで侵入の可能性の高い東の一角を見張る。彼女は野伏ではあるが、万一の際、唯一の癒し手を前に出すことはあまり好ましくない。昨日よりもやや緊張しながら、警戒に当たる。大分欠けてきた月の明かりは、薄い雲に遮られ、あまり役に立たない。今日も熱感知の力を研ぎ澄ませねばと思う。
 それにしても静かな夜だ。聞こえてくるのは枯れ葉と風の奏でる乾いた音色、遠くの民家の犬の遠吠え程度だが、犬の苦手なキャナルさんは遠吠えの度に身をすくませる。
 「そういえば、この家は犬が居なくて助かったわ」
 彼女は心底ほっとしたように呟く。
 「だって農家に番犬は付き物でしょ? 実際ここに来るまでにあの邪悪の化身に何頭出会ったことか!」
 「でもこの村は少ない方ですよね」

 そう。少し気になっていた。
 この近辺は森からやや離れている分、野生動物の気配は薄く、また家が点在するため人間の気配も遠い。街から遠くはないというのに、気が抜けるほどのどかな雰囲気の為か、田舎にありがちな番犬の放し飼いが比較的少ないのだ。
 それは、不審者が村のどこから来ても比較的家の近辺まで騒がれずに近づけることを意味する。
 こんな村に暮らしていて野菜泥棒の被害にあったのなら、自身の腕に覚えがあっても、依頼人はまず犬を飼ってみたらよかったんじゃないかと思った。来年の苗があるからと、一部は立ち入りを許さないほどに畑を大切にしている依頼人だから、畑が荒らされると思ったのかもしれないし、犬が嫌いなのかも判らないが、絶対有効だと思うのだけれど。
 そう口にしたら、隣でキャナルさんが大きく身震いした。冷えたのだろうか。
 「ねぇ、ユーニスさんってそういえばアルファーンズさんのお友達なのよね? もしかして犬好き?」
 「大好きですよ。可愛くて賢くて、すてきな生き物に思えるんですが……」
 「アスターさんも……ううん、なんでもないわ。どうして皆あんな危険な邪悪の徒を」
 呪詛に近い台詞を口にしかけた瞬間、キャナルさんの緊張が伝わってきた。同時に、私もその原因を耳と”目”とで捉える。
 耳が捉えたのは小さな羽音。そして目が捉えたのは少し離れた石垣の上に舞い降りた何者かの熱。

 「昨日の羽音よ、間違いないわ」

 キャナルさんの声に頷いて静かに闇霊を呼ぼうとしたその時。
 アスターさんたちに近い場所で、鳴子がなった。
 
第二夜 光の珠と影の弾
アスター [ 2004/11/24 14:41:34 ]
 20日夜.昨夜降った小雨のせいか,収穫直前のキャベツの開いた葉が薄い月明かりにもいきいきと輝いて見える.下手をしたら,太陽の下でよりも,生命力に満ち溢れて見えるんじゃないかなぁ?そういわれれば,「涼やかな月の銀の光は生命を導く」ともいわれていたっけ……足元のキャベツを見ながらそんなことをぼんやりと考える.
ここまでは規則的に植えられているが,もう二畝先から向こうは,土の穴だけ残されている.畑の先の方を見ても,穴しかない感じ.しかし,まぁ,よくもこれだけ盗っていったものだなぁ.
と,そのとき,ふっとなにかの気配を感じた.

アスリーフさんは,いち早く気付いたらしく,動くな,と手を広げ,周囲の様子に感覚を研ぎ澄ましている.
少し後方を歩いていたアルさんも,その歩をぴたりと止め,暗がりの中,目をこらす.
微かな風が吹き,それとあわせるように,雲の影が畑一面をさぁっと撫でていく.
カランカランと,乾いた軽い木の音が響いた.

「アルっ.光をっ!」
鳴子の罠がなっている先を指さして,アスリーフさんが叫んだ.
アルさんは手に持つランタンのシャッターを全開にすると,腕を伸ばし,光をかざす.
アスリーフさんが剣を構えると,私も矢をつがえ,光の届く先を見据える.

……何も見えない.
キャベツの玉が整然と並び,何本かの短い杭に渡された紐の上で拍子木が踊っているだけ.
逃げてしまったのか?確認しようして駆け出そうとするアスリーフさんの後ろでアルさんが「あっ!」と声をあげた.
音を立てている鳴子から畝三つ向こう.数メートル離れた先.暗がりの中に微妙に緑色がかった白く小さい珠のような光が地面の上数10センチのところに2つ浮かんでいる.

「あれは……キツネか?」
剣を構えたまま,闇に目をこらすアスリーフさんがつぶやいた.
ぼんやりと見えるシルエットに目をこらす.こちらを警戒しているのか,すっと背を伸ばした姿.あの高さに目があるとすれば,狐としては少し小柄な方だな.
「え,えぇ.そのようです.」
弾き絞った弦をゆっくりと緩めながら,そう答えた.
ふうっと息を吐いたアルさんは,そのまま小さく笑う.
闇の中,小さく光る眼は,しばらくこちらの様子を伺っていたかと思うと,ふいと振り返り,闇の向こうに消えていった.

「どこか塀に穴でもあいているのかな?」
アスリーフさんは剣を鞘におさめながらつぶやく.
「明るくなったら,それも調べてみましょう.ね.」
とアルさんが私の肩ぽんと叩く.
そういえば,と,アスリーフさんが思い出したように言う.
「あー,警戒の太鼓が賑やかに鳴っているっていうのに,もうあと二人はどうしてるんだろ?一度,『オオカミがでたぞー』ってやって,緊急事態の訓練が必要かも」
「ぷっははははは.それ,いいですねぇ.」
瞬間,緊張の高まった後だけに,アスリーフさんの軽口がなんだかすごくおもしろい.

「アスターさんっ!あぶないっ!!」
キャナルさんの鋭い声が届く.えっと振り返ると,闇から飛び出した灰色の影の塊が迫ってきた.
反射的に首をすくめると,なんとかかわせたというべきか,頭の上スレスレを掠めるようにして,灰色の影は闇の中へと飛び去っていったようだ.びっくりした〜.
と,その直後,先の影を追うように闇から真っ黒な影が目の前に飛び出してきた.
「うわっ!」と思わず身体を大きくのけぞらせた.ぶつかるっ!と思った瞬間,薄目の視界の中,影はふっと溶けるように消えた.と,と,とととっ,バランスが……と思ったら,どしゃりとキャベツの上にしりもちをついてしまった.

「す,すみませんっ.大丈夫でしたか?」
ユーニスさんがキャナルさんとともに駆けてきた.
「今のは何だったんだ?さっと飛んでいってしまったけど」
ランタンの光が届く中だったとはいえ,あまりに一瞬の出来事で,アスリーフさんの眼には,何が起こったのか,はっきりとは見えなかったらしい.
「夕刻お話しした昨夜の羽音の正体だと思います」
キャナルさんの言葉にアルさんがえっと反応した.あの影が?
「すみません.闇霊に追いかけてもらったのですが.まさかあんな風に飛んでいくなんて」
ユーニスさんはそう申し訳なさそうに呟きながら,身体を起こすのを手助けしてくれる.
おしりがなんだかひやりと冷たい.ふと見下ろすと,押しつぶされて葉の玉がぱかりと割れていた.
「あてっ.ててててて……あぁあ……キャベツ1個だいなしにしてしまいましたねぇ」
新鮮なクッションは硬いなぁ,なんて腰をさすりながら思った.

「で,羽音の正体ってのは……」
アスリーフさんの言葉に,キャナルさんとユーニスさんは互いに顔を見合わせた.アルさんは眼を閉じている.多分,自分が見たものを今一度思い返しているのだろう.

月を覆っていた薄い雲が流れ,畑一面を半月の光がさあっと撫でていく.

「……大きな頭と正面についた眼……フクロウのようにも見えましたが……」
あまりに一瞬のことで確信がもてないまま,印象として言ってみた.
 
事後 〜三日目、朝〜
アル [ 2004/11/25 4:11:06 ]
 「で? ……結局は狐と梟だったわけか……」
 そう言いつつ渋い顔を作る依頼人。
「ええ、まぁ……」
 なんとなくバツの悪さを感じながらも頷くボク等。
「…………」
 互いに次ぐべき言葉を探しているかのような沈黙が流れた。

 夜が明け、起き出して来た依頼人と朝食をともにしながら、前夜の首尾を報告する。
 まだ、二日目が終わったところではあるけど、それが自然な流れとなっていた。
 昨日の朝は初日ということもあり、平穏無事だった事に対する奇妙な後ろめたさは無かったし、不自然な羽音や罠に見られた異常(覆いの草が散っていた事)など、報告する事があった。
「仮眠後に再度話し合いますが、今夜はそれらの異常が感じられた地点を重点的に警戒する事になると思います」
 そう言えるだけの成果(らしいもの)が在ったのだ。昨日の朝は……。

「あ、えっと、でも、ほら。良かったのよ。被害は無かったわけだし。それに狐でしょ? 可愛いもんじゃない。もしあれが“邪神の尖兵たる彷徨う悪意”だったりしたら、私たちの全力を持ってしても危なかったかも知れないでしょ?」
「あのねぇ……」
 場の空気を変えようとしたキャナルさんの言葉にアスリーフさんが頭を抱える。たぶん、そんな意図から発せられた言葉じゃないと看破したからだろうけど。
「なんの事を言ってるんでしょう?」
「……たぶん、野良犬です」
 アスターさんの問いに苦笑半分で答える。犬と聞いてビクっと身を竦ませるキャナルさんとキョトンとするユーニスさん。並んだ女性二人の反応が対照的で、思わず吹き出しそうになった。

「オッホン」
 些か芝居がかった咳払いではあったが、依頼人という立場を強調するのには最適とも言える。和みかけた空気が最前までの重苦しく息の詰まるものへと戻ったからだ。たかだか二日間の見張りに何を期待しているのかとも思わないではないが、それだけ彼の野菜泥棒への怒りが深いとなれば、なんの手懸かりも掴めないでいる事には、多少の後ろめたさを感じる。
「で? どうするのかね?」
 依頼人の言葉にボク等は顔を見合わせた。視線で会話をするほど深い絆で結ばれているわけではないけれど、それでもこの時ばかりは互いの意志が確かに感じられたように思う。
「逆に、お聞きしたいのですが……」
 最年長者として、なんとなくボクが言葉を発する。勿論、冒険者としての経験ならば、仲間の誰よりもボクが足りてない。だから、実際の見張りに関する段取りなんかは、他の人を中心に話し合いを行う。でも……いや、それだけに、こういった商人として前身が活かせるような交渉なんかは、ボクがやらないと参加している意味が無いのだ。
「なんだね?」
「ボク等は“野菜泥棒を捕まえろ”という依頼で、此方にお邪魔してるわけですよね?」
 確認するように尋ねる。
「ということは、未遂に終わらせるとはいえ、実際に犯行を犯させ、現場を押さえる必要があると思うんですよ。その為にボク等は見張りをしています。犯人を誘い込むためにあからさまな警戒態勢を敷いてではなく、時折、移動をしつつも大半の時間は息を潜めて畑を注視するという方策をとって……」
「だから?」
「いえ、ですから……」
「だから、犯人が来ない事には、こっちも動きようがないんだよね」
「そうですねぇ。“風の声”で監視するには広すぎますし、そもそも一晩中、風乙女の助力を乞うのは無理がありますから」
 アスリーフさんとユーニスさんの助力が依頼人を考え込ませる。
「罠もしっかりしてますし、このまま見張りを続行するくらいしか私たちにできる事はないと思うんですが……」
 遠慮がちに言葉を続けるアスターさんに「そうそう」とばかりにキャナルさんが頷く。
「可能性の一つとしてですが……」
 思案顔の依頼人に聞こえるか聞こえないか程度の声で告げる。半ば独り言でも呟くかのように。
「ん?」
「いえ。もう犯行が終わった可能性はありませんかね? 例えば必要な量の野菜を手に入れたとか不寝番を雇った情報が犯人側に漏れたとかで……」
「いや。それはないだろう」
 予測にしては嫌に断定的な口振りだった。だが、同時にそう予測する理由を問いかけられる事を拒絶する口振りでもあった。
「……でしたら、このまま監視を続けるという事で宜しいですか?」
「……しかたない……か」
 依頼が取り下げられなくてホッとしているボク等とは対照的にそう答えた彼の顔は最初と同じ渋面のままだった。
 
幕間 〜三日目、未明〜
リネッツァ [ 2004/11/26 21:27:37 ]
 約束の刻限より少し遅れて指定の場所に到着したとき、其処には既に先客の気配があった。複数ではない。約束通り、一人で来ているらしい。

間髪入れずに誰何の声があがる。声の主は物陰に潜んでいるようで、その声音は多少、作られたものにも感じられたが警戒心がそうさせているのだろうとの想像はつく。

「『誰だ?と言われても怪しい者だッス、じゃなくて、だよ』でゲス」

対照的なまでに緊張感を削ぐような軽い声の、軽い言葉が静寂に響いた。
実に馬鹿馬鹿しい話だが、これがきままに亭の店主代行フランツが指定した合言葉なのだから仕方がない。
と、思ったのは訊ねた方だけで、答えた方はむしろ嬉々としている。余程、この合言葉が気に入ったのだろうとは待ち合わせに遅れた挙げ句、合言葉も微妙に間違えた人物ことリネッツァをよく知る者ならば大いに得心する話だ。

ところで、合言葉を必要とする待ち合わせといえば一つしかない。すなわち、密会である。
といっても、今回は艶めかしい色事などではなく、むしろその対極に位置する質の内容──無粋の極致である仕事の話だ。

「お待たせして申し訳ないッス。『四匹の犬』は放たれやした、先ずは『道』を見失わないように標を付けてるところでヤンス」

『犬』とは“巣穴”の用語で密偵や用心棒などを意味する。
『道』とは主に探査手順の段階の事を言うが、盗品の流通経路や帳簿に残った金銭の流れを指すことも少なくない。

どちらも盗賊が用いる専門用語だが一定の法則さえ押さえておけば変化に対応できる初歩の暗語だけに、冒険者であれば問題なく通用する場合が殆どだ。つまり、それはリネッツァの密会相手が盗賊か冒険者であることを意味し、その語の組み合せから『犬』は密偵、『四匹』は人数だと解釈できる。

そして、現在、きままに亭店主代行フランツの意を受けて動いている四人組の密偵は、“カメレオン”ペーダーからの依頼の野菜泥棒に関する裏事情を探っているカレン、ネリー、ハマー、モートの組み合せしかない。
となれば、その事件で俗に『鼠』と呼ばれる連絡役を担当しているリネッツァが人目を憚って密会し、『犬』の動向を告げる相手といえば不寝番組の『誰か』しかいないとの結論に到達するのは容易いことだ。

「で、そちらの首尾はどうでゲスか? うへっ、それはまた何ともな経過で……報告だけはしヤスけどね」

律義にも聞き取った内容を羊皮紙に記していた手を止め、思い出したように念を押す。

「それと、くれぐれも他の皆さんにはオイラたちの事が発覚しないように気をつけて下さいッスよ。この件は一筋縄じゃいかないかも知れないって見解の人が多いッスから用心するに越したことはないでゲス」

今回、ツナギの手間が複雑化している理由はそこにある。
フランツが組織した内偵のを存在を知るのは五人の不寝番の中でも一人限りで、残りの四人には知らされていない。
それには依頼主が、元とはいえ“巣穴”の幹部にまで上り詰めた人物である事が少なからず影響しているが、それよりも不用意に現場を混乱させたくないとの配慮が強い。

そして、密会相手には伝えなかったが事態が漏洩したとき、恐らく最初に非難されるのが自身であることをリネッツァは確信していた。本来、『鼠』がその責を担うケースは稀なのだが、担当者が担当者だけにフランツも内偵組も全幅の信頼を寄せてはいない。要するに、ヘマをする可能性が最も高い存在と目されており、それを自他共に認めているのだから致し方ない。

「じゃ、そういう事で次のツナギはまた約束の刻限に。あー。そだ。現場の方、チラッと覗いて来ても良いッスかね? いや、オイラだって素人じゃないんッスから実際に一目見るだけでも随分、違うと思うんッスよ。……ほへ? 嫌だなぁ、それこそ罠なんて掛かるわけないじゃないッスか。全然、問題なしでゲスってば。誰かに見つかったりもしないッスよ、お任せあれ」


果たして、言葉通りにリネッツァは誰に見つかる事もなく、仕掛けられた罠を作動させる事もなく帰還を果たした。
……が、その顛末は別の機会に。
 
三日目〜見張り開始
アスリーフ [ 2004/11/28 18:48:06 ]
  よく晴れた空の下、秋風が吹く中で二人、三人とぼつぼつ集まって会話が始まった。随分と傾いた太陽は、もうそう長くは留まってくれないだろう。
 皆の顔にはまだ疲れは見えないけど、夜に現れたモノのせいで昨日には無い緊張が見える。

「あっちの方……ここからではちょっと見えないんですけど、向こうの畑の肥溜めに夜から早朝の内に誰かが落ちたみたいなんですよ。ええ、まだ随分早いうちに目が覚めたんで見回りを兼ねてちょっと情報収集に行ってきたんです」
 有難いし張り切ってるのは分かるけどさ、寝といた方が良いよ、アル。でも、肥溜めねぇ・・・。
「でも、ここに張ってあるような罠を突破できる犯人よ? そんな所で引っかかるかしら」
「そうですね。ボクもそう思います。きっと近所の悪戯小僧だろうと農家の方も言ってました」
 首を傾げるキャナルと苦笑するアル。
 実は他にも・・・・・・とアルが何か他の事を言おうとしたときに、アスターとユーニスが歩み寄ってきた。ユーニスは何故だか草のようなものが入った木皿を持っている。

「いやぁ、ユーニスさんと昨日フクロウが居た辺りを調べてまして」
 で、何か判ったの?
「いえ、でも考えてみればみるほどやっぱり不自然なフクロウですよね。それはそうと、これ良かったらどうぞ」
 ユーニスが差し出した皿に載っていたのはキャベツだった。荒く刻んであって、酢と塩で味付けをしてあるように見える。
「へえ。どうしたんですか、これ」
「恥ずかしながら昨日私が潰してしまったキャベツですよ。調理はユーニスさんにしていただいたのですけど。ですがそれより……」
 肩をすくめたアスターが、ユーニスの方を見やる。

「ええ、そうなんです。キャベツをどうしようかと、依頼人さんに聞きに行ったんですけど」
 ユーニスの表情が困惑に変わる。
「随分と気が立っている様子で……『何でも良い、勝手にしろ!』って、怒鳴られてしまいました。勝手にしてさっさと見張りに行けと。その後部屋に篭ってしまわれて……」
 へぇ、おれたちってそこまで依頼人を怒らせるような事をしたっけ? 野菜だって朝に報告したときは別に、ねぇ。
「でも、朝から渋い顔をしてましたからね……よほど気に病んでいるのでしょうか」
「初めて会ったときはもっと温和な人だと思ってたのに。全く、よくわからない人ね。ユーニスさん、気にしちゃ駄目よ」
「え、ええ。大丈夫です。ただ私たちも具体的な成果をあげられていませんからね……さて、暗くなる前に食べてしまいませんか?」
 キャベツは素朴な良い味で、ちょっとだけ軽い酒が欲しくなった。
 
 一旦途切れた会話は、アルが言いかけた事を思い出したことでもう一度はじまった。
「ええ、そこの農家の方に聞いたんですけど、半月程度前に何回か自称冒険者の戦士風の男を見かけたって言うんです」
「え、そうなんですか? でもこんな所になんで……」
「それなんですけどね、魔物を退治しに来たって言っていたそうです」
 どんな?
「……犬が大好物の魔物だそうです。その男が言った魔物の名前は変に難しすぎて、その農家の方は覚えていないそうですが」
「はぁ?」
 アル以外のメンバーの声が重なる。

「それは魔物じゃなかったに違いないわ。邪悪の化身を討つ大いなる正義の尖兵だったのよ」
 ・・・・・・それは、違うんじゃないかなぁ。でも、そんな魔物って居るの?
「私にも心当たりがありませんよ。しかし……この辺りの家に犬が少ないとは思ってたんですけど、もしかして?」
 アスターの言葉にキャナルとユーニスが頷き、更にアルも頷く。
「この近辺で犬が連続して消える事件があったそうです」
「その後、その冒険者と名乗る奴が現れて、村人を納得させた、と言う訳ですか」
 それは・・・・・・犯人グループが下準備をしていたんじゃないの?
「そうとも取れますね。この家にもともと犬が居たかどうかはわかりませんけど」
「依頼人がそんな状態では、聞きにもいけませんしね」
 風がすっかりと葉が寂しくなった木の枝を揺らした。極限まで伸びた影法師も、もう少し経ったら闇の中に消えさるだろう。

 手早く今夜重点的に見張る場所の再確認をし、身支度をする。
「怪しい兆候ばかりあるのに、事態が全然見えてこないわね」
「仕方ありませんよ。とにかく今はしっかりと見張りをするだけです」
 でもこの事件の裏を探ってくれる人でも居れば楽になるのにねー、というおれの呟きには諦めたような笑い声が返ってきた。その表情ももはや凝視しないと見えないほどに暗くなった。

「もう私たちの事は、相手にばれていると思った方が良いでしょう」
「そしてそれをわざと知らせたのかもしれません」
「気を張らせておいて長期戦に持ち込むつもりかしら?」
「逆にすぐに奇襲される事も考えられますよ」
 ま、状況は不利だけどね。今は待つしかないんじゃない? 疑いだしたら限が無いよ。
 内心、警戒の気持ちが高まる今夜は来ないんじゃないかとは思ってるけど相手が人間とも限らない。

 そして、それぞれの持ち場に向かって歩き出す。


 ・・・・・・まだ真夜中にもほど遠いかな。月ももうすぐ昇るだろうけど、いまの空は一面星だらけだ。地上にも遠くの民家の明かりが見えるが、この時間まで起きているなんで随分と夜更かしをしているものだ、と思う。依頼人の家の明かりは見えない。
 精霊使いや賢者に言われるまでもなく、闇が恐怖と深く結びついているのはよくわかる。今は人間の時間ではないのだと、暗闇が主張する圧力をひしひしと肌に感じる。慣れても、この感覚は消える事はない。闇に潜むは仲間か、敵か・・・・・・。
 泥棒の予想侵入ルートの一つを見張り、なおかつ近くの仲間のカバーにすぐ入れる位置。半ば屈むようにして、遮蔽物となる低い垣に隠れるような姿勢で、延々と・・・・・・。
 
見張り三日目〜貴方は誰?
キャナル・ヴォルファング [ 2004/11/29 16:09:02 ]
 今日で見張りも三日目になる。流石にそろそろ犯人には姿を現して欲しい所である。依頼人さんが怖いから。
星が一つ。また一つとその輝きを増やして行く。でもその小さな光は闇夜を照らし出すには小さ過ぎる。私は月の登場を心待ちにした。

「……ジャイアント・センティビート……」

「はい?」

私の呟きが聞こえたのだろう。近くに潜んでいたアルさんが問うて来た。
私は苦笑しながらパタパタと掌を振りながら答える。

「あ、いや。さっきアルさんが言った神の子とも受け取れる、犬を主食にするって言う神獣の話よ。変な名前だったんでしょう?」

「……センティビートってムカデですよね? そういうのは聞いた事がありませんが。と、言うかムカデでも犬を食べるなら神獣ですか?」

「ゴキブリでも可能よ?」

不適な笑みを浮かべる私にあはは、と少々引きつった笑みを返すアルさん。そこへ第三者の声が降り注いできた。

「ヒッポカンポスっていうのも言い難いと思いません? 下半身が魚の馬なんですけど……」

「それ、海の魔獣だから」

即答した私にユーニスさんはしゅんとなる。それにしても何なのかしら。この世にはびこる悪魔の軍勢を片っ端から食して行く聖なる獣。その名は余りにも高貴過ぎて我々では到底発音する事が出来ない……

「でも、アスリーフさんが言った様に、それ自体がでっち上げの可能性もありますからね…」

「いいえ、違うわ。あれはファリス様の使わしたジャスティス・ビーストなのよ。居るのよ、聖獣様は!」

握り拳を作り力説する私を、二人の何とも言い難い視線が包む。言いたい事があるみたいだけど、何に遠慮してか口を開こうとしない。
ま、とりあえず聖獣様の事は一旦忘れて、ドロボウさんを待つとしましょうか。でも、また忍耐との勝負になりそうよねえ。昨日一昨日と見付けられなかったし、頑張らなきゃいけないって気持ちはあるんだけど……

「居たぞ! そっちだ!」

静けさを象徴していた夜がアスリーフさんの声でその形を崩した。誰かがランタンで光を生み出す。その先に照らし出されたのは、狐でも梟でもなく、私達と同じ人間だった。
当然、その人間は逃げ出そうとするが、そっちにはアスターさんが控えている。彼は確か剣を扱えた筈だ。荒っぽい事は苦手と言ってたけど、やる時にはやってくれるタイプだろうと、私の中で箔押ししてたから大丈夫な筈。

「大人しくして下さいねっ?」

アスターさんが人間を押さえ込もうとした時、人間は剣を抜き、アスターさんに斬りかかった。アスターさんはダガーを上手く扱い、それを何とかその一撃の勢いを殺した。相手を傷付ける事は苦手でも、その分自分の身を護る事には長けてるのね。それにしても……

「気を付けろ! その男、盗賊じゃねえ! 剣だ!」

アスリーフさんも同じ事を思ったらしい。いや、皆も確信はしてるんでしょうけど。あの軽さではなく重さを主にした戦い方。あの人間は盗賊ではない。
疑問に思いながらも相手に殺意があるのなら、こちらもそれに応えるべきであろうと、私は弓を構え、ランタンに浮かび出された人間の顔を見据える。

「動かないで!」

叫びながら、私は心にわだかまりを感じた。その人間が盗賊ではなかったからではない。その人間、男であったが、彼の顔が酷く……依頼人の顔に酷似していたからだ………。
 
街へ〜4日目の昼下がり
ユーニス [ 2004/12/01 1:12:56 ]
  「動かないで!」
 キャナルさんの叫びに男が硬直した瞬間、唯一の光源だったランタンの灯火が掻き消えた。のみならず、降り注いでいたさやかな星明りまでも漆黒の闇に打ち消され、周囲に真の闇が訪れる。
 視界が閉ざされる直前にかすかに風に乗って聞こえてきたそれは、以前の仕事の折に聞き覚えのある古代語の韻律。唱えたのは低く癖のある女性の声。
 そして、光源が失せたことと背後の闇の中で響く動揺した声音に一瞬の隙を突かれたアスターさんが、襲撃してきた男に逃げる機会を与えてしまう。
 
 「おいっ、俺はもうこれ以上は……」
 「何を今更……ったく、さっさと来な!」
 闇に閉ざされた世界に伝わってくるのは遠ざかる男女の声。
 全ては、一瞬の出来事だった。

 どうやら古代語の闇の魔法らしいと思い当たったものの、抜け出すには仕掛けられた罠を避けるために時間がかかる。足元の畝を確かめながらようやく闇の中を抜けると、アスターさんが悄然と畑の外から戻ってくる所だった。どうやら追いつけなかったようだ。無理もないのだが……。


 一夜明けた依頼人宅。
 犯人を取り逃がした私達は、人食い鬼のような形相の依頼人に怒鳴りつけられていた。好々爺に見えた第一印象が吹き飛ぶほどの変貌に、皆一様に驚きを隠せない。
 しかし昨夜の顛末と犯人の姿を詳細に話すと、依頼人は呆けたような奇妙な表情を浮かべて頭を振り始めた。
 「犯人の一人が、孫かしらって思うくらいすごく良く似てたけれど、心当たりはないですか?」
 「知らん」
 「失礼ですし、差し出がましいのは承知ですが、お心当たりがあればその方面からも調べた方が早道かもしれませんので……」
 「年かさの女性魔術師はどうですか? もしかしたら梟を連れていたのはその女かもしれないんですけれど」
 「ええい、知らんもんは知らん!! お前らは取り逃がしておいてそれか? 捕まえてから一丁前の口をきけ、役立たず共がっ」 
 古びた机を叩く拳。勢い良く閉ざされる私室の扉。

 「それはそうなんだけど……」
 「まさに、とりつくしまもなし、ですね」
 全員が、ため息をついた。


 「情報が足りないよね。断片的すぎて決定打に欠ける」
 「ええ、それに明らかに依頼人は何かを知ってて、隠してるように思えるわよね」
 「確かに私達の不手際は認めます。足跡も途中で追跡できなくなったし。でも」
 「魔術師がいることが確定しましたし、ね。実力のほどは判りませんが」

 相談の結果、比較的元気な私とアスターさん、アルさんが街で冒険者の宿などを聞き込みに、残りの二人は手分けして、依頼人の事を含めた村近辺での聞き込みと、野菜と罠の分布を含めた畑の正確な歩測図を作ることにした。また闇で閉ざされたとき、確実に踏んではいけない場所を見定めるために。


 後刻。きままに亭個室。
 「魔術師を含む相手方が戦闘を仕掛けてきたら今のメンバーでは不利です。できれば応援の魔術師を」
 事情を説明し、犯人の心当たりと依頼人の情報を求めても、店長代理からはかばかしい返事が得られない。依頼人には息子がいるはず、と聞き出せたのは大きな収穫だったが詳細は不明だという。
 このままでは埒が明かない。半分賭けのつもりで、尋ねてみた。
 「……考えたくないことですが、フランツさんはギルド関係者でしたよね。トップが替われば組織も動きます。もしかして依頼人も、そして貴方も、ギルドの内紛の為に私達を捨て駒として利用する心積もりじゃないですよね?」
 「ユーニスさん、ストレートすぎです……」
 しかし皆、多少なりとも同様の事は思っていたのだろう。アルさんは黙って、アスターさんも口ではなだめつつ、フランツさんの様子を窺っている。
 フランツさんは軽く眉をひそめてから、応えた。
 「”ここ”は変わらんよ……少なからず俺やこの店にはその意図はない。
 魔術師の増援は心当たりに声をかけておく。いざとなれば今夜までに交代要員として送り込むなりでもいいが、その場合お前さん方への報酬の頭割りが減るかも知れんぞ。依頼人の要請じゃないからな」

 きままに亭を出てからは別行動で冒険者の宿の聞き込みに回ることにした。昼下がりの暖かい日差しが、緊張で固くなった背中をほぐしてくれるような気がした。

 結局、私の調べた範囲で判ったことは殆どなかったが、犯人に似通った容姿の男が夏頃、怪我をした幼い子供を連れて歩いていたという話が少し気になった。
 
4日目夕刻 -清んだ香りのテーブル周り-
アスター [ 2004/12/03 0:31:50 ]
 22日夕.依頼人宅の一室.一昨日,昨日と夜番の前のこの時間は軽い食事をみんなでとる.ただ今日は,昼の間も街へと行き来したり,村の様子を見てまわっていたりしたので,それぞれ食事は済ましている.ふうっと思わず出る溜息で,ちょっと頑張りすぎたのかもなぁ,と自己分析をする.今日の夜は,交代で休むとき,仮眠とらなきゃ,と.そんなときに,なにかすっと鼻にぬける匂いが運ばれてくる.キャナルさんがハーブティーを淹れてくれたみたいだ.

テーブルを囲み,お茶を飲みながら,これまでの状況をまとめる.
「分かっていることといえば,これぐらいでしょうか?足らないところ,気付いたことがあったら付け足してください」
アルさんが手早くみなの情報を復唱してくれた.
「昨日の奴が,依頼人の息子だってのは,確実なのかい?」
「ランタンの明かりの中で見ただけですが,すっごく似ていました」
アスリーフさんの問いにキャナルさんが答えた.
「私達もペーダーさんに息子さんがいらっしゃるところまでは押さえました.そして,この屋敷には息子さんがいらっしゃらないのは言わずもがなです」
と,ユーニスさん.
「おれも色々聞いてまわったんだけどね.そもそも息子がいるとは思わなかった,なんて答えばかりだった.おそらく,依頼人がここに移ってきたときには,もう縁遠くなってたんじゃないかな」
肩をすくめながらアスリーフさんが言った.
「街中で見かけた『小さな子を連れている姿』って,お孫さんなんですかねぇ」
「いえ,話を聞いていた限りでは違うと思います.年齢的にあわなそうですから」
ふっとわいた疑問に,ユーニスさんが答えてくれた.とすると,知人の子とか,それとも…….
「まぁ,それはそれとして,仮に依頼人の息子だったとしてよ.なんでわざわざこんなことをするのかしら?」
キャナルさんは途方にくれている感じだ.


ずずずっと熱いハーブティをすすりながら,確かになぁと思う.少なくとも私達が知っている状況としては,野菜が盗まれた元盗賊ギルドの幹部ペーダーさんが,盗んだやつを捕まえようと罠をしかけた.それをことごとく掻い潜って,また野菜が盗まれる.手を焼いたペーダーさんが依頼をしてきた……と.しかも,今はその盗んだ一味にペーダーさんの息子さんがいるという.元盗賊の手による罠をやぶってまで,なんで野菜をとっていくのか.しかも,自分の親から.いたずら?なんかの恨み?しかし,それがなんの益になるんだろ?

カップを包むようにもち,手を温めているユーニスさんがつぶやく.
「とにかく,昨夜のことで,一部かもしれませんが,相手の像も浮かんできましたね.剣の使い手とルーンの使い手」
「それに,『鍵』ですね.しかもかなり手際のいい『鍵』が絡んでいると考えられます」
アルさんの言葉にアスリーフさんも頷いた.
「依頼人の息子さんやその女性が,『鍵』を兼ねているってことはないかしら」
キャナルさんの指摘はもっともだ.
「その可能性もありますが,当面,捕まえるべき相手が曖昧な間は,できるだけ過大に見積もっておいた方がよいように思います」
アルさんの指摘ももっともだ.

「そう相手を想定するとして,今晩はどうしましょうか?」
「そういえば,ここの地図は……」
「ちゃんとできてますよ.あ,そのカップすこし避けてもらえませんか?」
待ってましたとキャナルさんは,昼の間に作った歩測図を広げた.細かい地図だ.広い畑の角から空白部分が広がっている.ごっそり野菜が盗まれたところなんだろう.それだけでなく,畑の中の方でもぽつりぽつりと島のように空白部分があるのがわかる.しかし,こうやってみると,罠の多さが目立つ.
「いやぁ,改めて見ると,なんだか執拗というくらいに罠がありますねぇ」
と,思わずつぶやいてしまう.
「ここなんか見てください.なんか罠で囲まれているような感じじゃないのですか」
地図の一部を指差しながらアルさんが言った.確かに,ぐるりと罠に囲まれている部分まである.
「そうね.でも,よくこれだけの罠を素通りしているわね.それがなんだか不気味だわ」
「やはり,手錬の『鍵』がいるんだな」
キャナルさんの言葉に続けてアスリーフさんが確信のこもった声で言った.
「しかも,剣士に魔術師.他にもまだいるかもしれませんしねぇ……やはり応援が必要かも」
我ながら弱気な発言.

「でも少なくとも今晩は私達の力だけでこなす必要があります.剣と精霊と癒しと知恵で」
ユーニスさんが力強く励ますように言った.
その言葉に頷きながらアルさんが続ける
「そうですね.私達に今できることを考えましょう.……そうだっ.罠を作るのなんてどうですか?」
「はっ?罠?もぅこんなにいっぱいあるのに?」
きょとんとするキャナルさん.
「そう,今の私達でできる罠.野伏としての罠を張るのはどうでしょう?」
「そう……か,盗賊の罠に長けていても,野伏の罠ならば……うん,いけるかも」
アルさんの提案にアスリーフさんがこくりと首を縦にふる.
「撃退したり捕獲するための罠ではなく,相手の足取りを明らかにし,巣を知るための罠,ですね」
小さく頷いたユーニスさんの言葉に,アルさんは笑顔で応える.
カップからのぼる湯気に,ふっと思いついた.
「では,ハーブ油でも作りましょうか」
「いいねぇ.それで足取りを追うのか.やれるかな?」
アスリーフさんがバンと肩を叩いてきた.

「ちょっと待って」
なにやら冷めたキャナルさんの声.
「邪悪なる尖兵に先導されて跡を追うなんて考えだったら.その話はナシよ」
えぇっと……まいったなぁ.
頭を掻いていたら,他の3人と目があった.
 
4日目夜半 -増援-
ライカ [ 2004/12/05 2:31:09 ]
 「………だいたい話は分かったわ。私はその応援人員って訳ね」
「受けるか受けないかはお前さんの自由だがね。…報酬は…無報酬というわけではないだろうが、おそらく提示された額よりは低くなるだろう」
「良い条件ではないけど。構わないわよ。どうせ知り合いは全員出払っていて暇だし、ユーニスさんは知らない仲じゃないもの」
「そうか。じゃあ悪いんだが夜半までに合流してくれるか」
「……ずいぶん急ね」
「遅くても明日まで。出来れば今日中がいいんだが。都合が悪いか?」
「全然。うちに帰って着替えれば、すぐに出られるわよ」

 そんな話をしていたのが、夕刻。



「………というわけで、フランツの紹介よ。宜しくね」
 紹介状を手渡して、互いに自己紹介。たどり着いた時には時刻はすでに夜、もう見張りに経つ時間だった。とりあえずアルから今までの経過を聞き、他の四人にはその間見張ってもらう。アルは補足図を広げて丁寧に説明してくれた。

「……と、こんな感じですね」
「なるほど。しかしまぁ、たいそうな罠の数ね」
「でも、どれひとつとしてかからないんです。すべて巧妙に回避されていて。よほど腕の立つ“鍵”がいるんだろうって」
「それに、剣と杖でしょう? なかなか手強いわね。使い魔まで連れているとなると……」
 腕は私と同等、もしくはそれ以上か。私も使い魔を持つべきかしら。まったく。
「どうかしましたか?」
 舌打ちをしたのに気がついたらしくて、アルが心配そうに見る。慌てて手を振って、話題を逸らした。
「なんでもないわ。…そ、それにしても、これだけ盗まれて、まだ盗む物があるなんて、やけに広い畑ね」
「ええ。それはボクも思ってたんです。自給自足って事ですけど、小作人みたいな人はいるようですね」
「なるほど。畑の収穫の幾ばくかと引き替えに労働しているってわけか。こんな泥棒されたらさぞかし困ってるでしょうね」
 何気なく呟いた言葉に、アルが「あっ」と声を上げる。
「それもそうですよね。でも、ボクたち聞き込みなんかもやったんです。不安や不満を持っている人はいなかったらしいんですよ。泥棒が怖いって言う意見はありましたけど」

 ………待って。それはおかしいわ。
 他に収入の伝手があるならともかく、食べるのに事欠く事態が起きているのに不満も不安も無いというのはありえないと思う。
 泥棒が怖いから不安を言わない、と言うにもおかしいわ。泥棒が現れない昼にまで、泥棒に憚る理由がない。

 ……そういえば、これだけの罠をひとつ残らず検知して解除するというのも、不自然な話よね。
 となると……。

「その小作人、どんな男だったの?」
「あ、はい。ええと、名前はジャンさん。36歳で、独身です」
「その辺は良いから」
「す、すみません。……それでですね、農作業をしているからでしょうけど、とてもがっちりとした立派な体格で、背もすごく高くて、日に焼けている方です。……でも、とても気が弱いというか、人見知りなさるというか……顔立ちもなんだか貧相でしたし、聞き込みの最中ずっとおどおどしていました。隣近所の方に聞いても、『図体はでかいが肝っ玉の小さい奴だ』ということだったので、気にしていなかったんですけど」

 ………なるほど。生来の性格だと思わせようとしたわけね。あからさまに怪しすぎたから見過ごすところだったわ。

「その小作人、かなり臭いわね」
「ええっ、じゃあジャンさんが内通者!?」
「しーっ!! 声が大きいわよ!」
「あ、ご、ごめんなさ」

 アルが謝罪の言葉を言い終わる間もなく、外から怒鳴り声が聞こえてきた。
 
見張り四日目
アル [ 2004/12/05 7:06:14 ]
  後から聞いた話だけど……。
 その時、先に見張りに出たアスリーフさん達は、不審な物音を聞きつけ、その発生源に近づこうとしていたらしい。
 その時っていうのは、怒鳴り声を聞いたライカさんとボクが慌てて外に飛び出した時のこと。

「そこには近づくなと言っておいただろう!?」
「来年の苗があるからと!」
「そう確かに言ったはずだ! 知らんとは言わせんぞ!」
「ええい、ぐだぐだ言っておる暇があったら、さっさと離れんか!」

 続けざまに怒鳴り散らす依頼人。
 見ると立ち入りを禁止されていた辺りでランタンの光が揺らめいている。

「……どういう事なの?」
「……さぁ」

 困惑顔で聞かれてもボクに説明できる事情は依頼人の怒鳴り声に集約された事だけだった。

「……なにか在るんでしょうか? あそこに?」
「……あるのかもね」

 苗以外の何かが。
 そう二人で顔を見合わせて頷き合う。それほど依頼人の警戒と剣幕は不自然だった。

 合流を果たしたボク等は互いに情報を交わした後で二人一組となって三方向に散開する。
 次に狙われそうな区画……まったく手付かずな場所が、立ち入り禁止区域を除けば残すところ三カ所しかないのだ。
 大量に盗まれているとは言え、被害に遭った区画にもある程度の野菜が残されている。
 だが、犯人は同じ場所での盗みを繰り返してはいない。次も新たな区画で犯行を犯す可能性は高いと思えた。

 何故、同じ区画で盗まないのか。
 侵入経路を特定されるのを怖れた為か、それとも別の……何かの意図があっての事か。
 或いは、種類ごとに区分けされている事が関係してるのだろうか。
 例えば、キャベツはもう十分盗んだとか……。

 越冬の野菜に不安が発生したにも関わらず不満を抱かない小作人たち……。
 内通者の存在……。気性の波が激しく横暴とも思える雇用主……。
 野菜泥棒に対する不自然すぎる怯え……まるで、自分たちは哀れな被害者だと喧伝するかのような……。

「……アルさん」

 一つの可能性に辿り着こうとしていたボクの思考を遠慮がちな声が現実へと呼び戻す。

「なにか在りましたか?」

 腰に下げた小剣に手を伸ばしながら反対方向を警戒していたユーニスさんに応える。
 接近戦闘能力と魔法戦闘能力のバランスを取った組分け。
 アスリーフさんとキャナルさん。“剣”と“薬”、そして二人とも“弓”。
 アスターさんとライカさん。“剣”と“杖”、こちらも“弓”としての経験がある二人組。
 だから、ボクはユーニスさんと組んでいる。
 “剣”にして“霊”であり、“弓”として、火蜥蜴の息吹を“見る”者として、感知に優れた彼女と。

「あ、いえ。そういうわけではないんですけど……」

 何か良い難そうな内容を口にするかどうか迷っている。そんな口調。

 沈黙と躊躇い。

 だが、それもほんの数瞬の事だった。
 俯き気味に視線を彷徨わせていた彼女は、意を決したように視線をあげ、ボクの顔を正面から見据えて続けた。

「初めてお会いした時から、気になっていたんです」
「本当は、いま、こんな事を言い出すのは、おかしいかもしれないって、自分でも判ってます」
「でも、言わずに居るのもやっぱり違うと思って、だから、言います」

 そう一息に言い切ってから、彼女は最後の勇気を振り絞るかのように深呼吸をした。

「武器の手入れは、ちゃんとした方が良いですよ」

 …………。
 自分の命を預けるモノですし、手入れをして身から離してみて、初めて気が付く事とかもありますから……と続ける彼女の声は硬直したボクの耳には届いていなかった。だから、気を遣ってくれた口調なのか、自分の経験を振り返るような呟きだったのか、それとも単に気になっただけなのか、それは判らなかった。

「……あの……アルさん?」
「え? ああ、そうですね。ちゃんと手入れするようにします」

 今夜、使う事が無ければ。
 そう思った刹那、剣戟と警戒を叫ぶ声が聞こえた。
 あれは……。
 
四日目 〜夜闇が最も深くなる頃〜
リネッツァ [ 2004/12/07 6:46:34 ]
 リネッツァは危機に直面していた。
それは未曾有にして人生最大の危機と言っても過言ではない。


事態は、お調子者の『鼠』が内偵組に託された情報を不寝番組に届けるだけの任を越え、分不相応な色気を抱いたことに端を発する。
内偵組の調査内容を基に、現場付近に潜んでいるであろう野菜泥棒一味の居場所を特定させ、それをもって自身の手柄にしようと目論んだのである──

──が、すぐに下手を打った。

不用意に、しかも、風上から接近し過ぎたのだ。
加えて、ムティーウの一味には人間の数十倍とも数百倍とも言われる感覚器を備える手下がいることも失念していた。
結果、特殊な訓練を施された獣が一流の狩人であることを身をもって体験する羽目にあったのである。


だが。


その程度のことはリネッツァの下っ端人生では最大の危機と呼ぶには値しない。
むしろ、日常茶飯事に毛が生えた程度のレベルである。ラスの精霊魔法、リックの投げナイフ、シタールの鉄拳……何れも、リネッツァの寿命をきっちり三年は削ったことのある神業だ。


しかし。


敵もさりとての者。
虜囚となったリネッツァの素性を察するや、無用の危害を加えるような真似は避け、逆に懐柔を図ってきた。


とはいえ。


リネッツァも冒険者の信義は充分に弁えている。
ペーダーの財宝を分けてやると言われても応じる気は毛頭ない。“巣穴”に属する人間の口約束が容易には信用できないという側面もある。


ところが。


一味の一人で“杖”と思わしき、匂いたつような色気を纏った女が耳に息を吹きかけながらハスキーな声で囁いた。
「ふふっ、あたしね、年下の可愛い男の子に目がないのよ。僕は、あたしみたいなのは嫌い・か・し・ら?」


「大好きッス! 超好きッス! むしろ、愛してるッス!」


即答の上に断言である。しかも、リネッツァの表情には充実めいた誇らしさが滲んでいた。
それを足掛かりに、色香を基軸に据えた篭絡工作は苛烈さを増した。あらゆる甘言を駆使して、この『鼠』を味方に取り込もうとしてくる。


それでも。


リネッツァとて、この誘惑に屈すれば如何な結末が待っているのかに想像を巡らせられる程度の理性は残っている。
ならば、絶対に最後の一線は譲れないとの思いが強くある。


だがしかし。


女は青白い光に晒された豊満な肢体を絡み付けるように密着させてきた。年齢の割に肌には衰えがなく艶やかで、何より──
「──嗚呼、肘に、肘に柔らかい感触がぁ。揺れる感触がぁ。やわらけーッス。あったけーッス。たまんねーッス」


かくして。


「分かったッス。オイラが虚偽の報告をして不寝番たちを惑わせばいいんッスね!」
リネッツァは転んだ(註:裏切った、改宗したの意)。


果たして。


「そろそろ仕掛けるとすっか」
「“テイマー”はもう配置に着いてるみたいだな」
「タイミングだけは合わせろよ、この前みたいな失敗は無しだ」

ムティーウの一味が、各自の持ち場に散り出す。
そして、リネッツァの側に例の女と“剣”と思わしき男だけが残った。

「ほら、僕もそろそろ行きなさい。あ、待って──」

肉厚の手がリネッツァの背後から肩を掴み、

「──上手くやってくれたら、後で二人きりでね……楽しみましょ」

媚態を凝らして囁くと、リネッツァは既に鼻息が荒ぶるのを抑制しきれないでいる。
だが、それまで沈黙を堅守していた“剣”が不意に開口したのは、そんな『鼠』を不憫に感じていたからなのかも知れない。

「あんまり弄んでやるなよ、男のくせに」

一瞬の静寂の後。

「ばっ、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」

女の声音には明らかな焦慮の色がある。
が、リネッツァの脳は“剣”から発せられた言葉の意味を解しながらも、受け容れるのを拒絶したかのように麻痺状態に陥っていた。

「知ってるんだぜ、おまえが魔法薬で女の姿になったってこと」
「……だったら、何だって言うの。元は男かも知れないけど心は女よ、それに今は体だって──」

女自身の口から事実が認められたとき、リネッツァの脳が働きを取り戻した。

「──完全に女……」
「……じゃないだろ? おまえが飲んだ魔法薬は失敗作だった。だから、体の一部だけ変化しきっていない……肝心な部分だけが元のままって話じゃないか」

緩慢な挙措のリネッツァが女に視線を投じる。
衣服に包まれた肢体の輪郭は紛れもなく女性のそれだ。それも極上の芸術品級と言ってもいい。
……だが──言われなければ気がつかなかっただろうが──確かに下腹部に女性にしては不自然な隆起がある。

「……な、なによ。こんなあたしでも、僕は愛してるって言ってくれたわよね?」


………………
…………
……


「ンなわけあるかーッス!!」

リネッツァは吼えた。
いや、泣いていたのかもしれない。

「馬鹿にすんなぁーッス。オイラは、オイラは、どんなにモテなくったって男は、男だけは嫌でヤンスよぉぉぉぉぉ!」

そして、そのまま闇雲に駆け出した。
自身、何処へ向かっているのかも分からないままに。

近くで獣が咆哮する声が聞こえた。
それはリネッツァの哀しみの絶叫に呼応した慰めの声だったかも知れない。
 
4日目夜〜敵襲
アスリーフ [ 2004/12/10 23:50:58 ]
  冗談じゃない。

 この台詞を呟くのは今晩で二回目だ。
 依頼人に怒鳴られた後が一度目。

 怪しい物音を聞きつけたから現場へ向かった。
 何故依頼人がその原因で、何故当然の行動をして怒られなきゃならないんだ?

 あの時依頼人は何をしていたんだろう?
 周囲を警戒している様子だった割に、おれ達を呼び止めたのは随分近づいてからだった。

 まるで誰かに見せ付けているような。
 演技じみた警戒と確認。
 そう、地面を掘りかえすような仕草をしているように見えた。明かりも随分絞って。

 憤然と家へ去った依頼人の姿を見送りつつ、皆は肩をすくめた。
 「やっぱりあそこに何かあるんですかね?」
 「いえ、却って逆かもしれないわね」
 アルに答えるように、ライカが静かに考えを口に出した。
 
 「どういうことかしら?」
 「あまりに目立ちすぎるわ。何かあるって言っているようなものだもの」
 「ええ、確かに……相手がここの様子を知っているなら、そして罠を突破できるのならものを隠すのには逆効果ですよね」
 「しかも、相手も無視する訳にはいかないですよね。少なくとも最後にはそこに入らなくちゃならないですし」
 「だから、致命的な罠を本気で仕掛けている可能性もあるわ」
 「いずれにせよ、あの場所には不用意に近づかない方が良いようですね」
 ユーニスが溜息をついて締めくくり、アスターが相槌をうった。
 ライカが一つ頷き、アルはまだ何か考えているらしい。

 編成をしなおして各人の持ち場へと向かった。
 
 そして二度目。さっきと違うのは、剣の柄を握りながら呟いた事。
 近距離で遠吠え。すっかり痩せた月、冬の鋭さを帯びてきた星星の下で響き渡った。
 咆哮は正面。数は複数。

 少し後ろにいるキャナルは青ざめているんじゃないかな。
 大丈夫、あれは狼さ。こっちに来るかは知らないけどね。
 「不吉な鳴き声よね……警戒した方が良いわ。ちょっと静かにしてて、何か聞こえるかもしれないわよ」

 頷いてから、首から上だけを静かに動かして周りを見渡す。夜風が帽子の羽飾りを捻って通り過ぎてゆくのを感じた。
 垣は見えるが、その向こうに居るのかアスターとライカの動きは見えない。
 向こうでかすかに動いた影はアルとユーニスだろう。

 相手は昨日に焦りからかヘマをやらかした。
 相手も馬鹿じゃないはず、おれ達に対策をとらせて不確定要素を増やすような愚はしないだろう。
 そう、襲撃は今日だと言われたら納得できる。

 他のみんなも今夜に身構えている。
 おれ達の敵はただの野菜泥棒なんかじゃない。報酬の増額を交渉しないとね。
 ・・・依頼人の様子と態度を思い出すと溜息が出るけど。

 「人間じゃない。爪が地面を蹴る音が聞こえたわ! 複数、真っ直ぐにこっちへ来る!」
 結った長い髪の毛が、わずかな月明かりの下で緊張に揺れる。
 
 OK、キャナル。後ろに下がって明かり、援護、味方を呼ぶ用意を!
 「了解。あのー…邪神の使いだったら容赦なく倒しちゃって。私は皆を呼んでくるから」
 あはは、その位で済めば良いけどね。

 作戦は簡単。分散したといっても遺跡を攻略しようってワケじゃない。
 敵集団が分散攻撃を仕掛けてきたら、前衛は後衛の支援を受けながら各自交戦。
 もっとありそうな各個撃破の場合は、前衛は後退しつつ防御専念。
 後衛が応援を呼び、味方がすぐに駆けつける。

 「こちらから攻めて行くわけにもいきませんからね。最良とは言えませんが……」
 まぁ、なるようになるんじゃない? とユーニスにおれは答えたけど、大した励ましにもならないのは自覚してる。
 「何があるかわかりませんからね。相手の方向だけでも判れば楽なんですが」
 「仕方ないわよ。無理しないで敵が来たら救援を呼ぶのよ?」
 
 見張りの位置と、敵が現れた場合の集合位置が今にしても残りの野菜の盗難を防げる位置なのが笑えるといえば笑える。
 抜き放った剣を見やる。剣身は細い月光を反射して、既に塗れているかのようなきらめきを一瞬返してきた。

 厚い革鎧を着込んですぐに動けるように準備している俺にも、獰猛な息遣いと闇に光る目、爪で地を蹴る音が聞こえた。
 そして、闇から現れたのは大型犬、いや、狼か?
 やっぱりさっきの遠吠えは・・・。
 
 そいつらの連携は完璧だ。1人を数頭で追い詰めるように完璧に訓練をされてる。どうすればここまで・・・。
 1頭が牽制してもう1頭が急激に間合いを詰めてきた。咄嗟の剣の柄での一撃は命中したようだけど、到底決定的じゃない。
 集中攻撃が幸いして、キャナルの方へは行っていないのは幸いか・・・・・・。
 
 弓の弦を弾く音はしたが、矢をつがえていたのかどうかはわからない。
 指示を出す余裕は無いけど、明かりを付けなかったのはありがたい。集中砲火を受けかねないから。

 「皆、警戒して!」
 「敵襲よ!」
 警戒を叫んだキャナルの声に重なるようにして別の女性の声が。
 ほぼ同時に、視界の隅に小さな火花が閃いた。金属がぶつかり合う音も聞こえた気がする。
 ライカだ! アスターが敵を防いでいるのか?

 アルとユーニスが状況を尋ねる声が聞こえる。
 もちろんそれに答える余裕など無い。
 シールドを横殴りに振って、何とか攻撃者を追い払う。
 
 犬で足止めをして、人間で各個撃破する気か!?
 それとも何か、まだ他の手を使う気か?
 この状況じゃ、見張るべきもう一つの場所までは誰も気がまわせない・・・。

 冗談じゃないぞ・・・・・・。
 
四日目 〜夜の央〜
リネッツァ [ 2004/12/16 0:22:40 ]
 アスリーフとキャナル。
ライカとアスター。

それぞれの組が担当する区画で異変が生じたとき、アルとユーニスが監視する区画にも既に異変の兆しは迫っていた。だが、二人は離れた仲間たちの方に意識を集中させ過ぎたため、その間隙を衝かれる形になった。

一瞬の感知の遅れは行動においては一歩の遅れでは済まないのだ。
それが即、致命傷になることもある。

「ん? アルさん、今、何か言いま──!?」

緊急を告げるユーニスの声に警戒を促され、アルも意識を遠から近に切り替えた。
が、野伏の経験乏しいアルにユーニスほどの鋭敏さはない。遠くから聞こえる二組の喧騒以外に、感じられる気配が容易く見つかるはずも──あった!

慌ててアルが振り向いた方向をユーニスは既に指しており、それに時機を合わせるようにカンテラのシャッターを上げた。硬質な音に続いて、闇の空間に光の輪が浮かび上がるとユーニスとアルの姿が映し出される。

精霊を感知する術を備えたユーニスならば暗闇を苦にしないが、アルの視界を確保するのと相手の姿形を確認するのには火灯りが必要だった。それに、既に気配はかなり近くまで接近して来ている。射掛けられるのではないかという懸念は不要だと判断した。

だが、灯火は未だ気配の主の姿を映し出してはいない。

「誰ですか!?」

異口同音、接近してくる気配に対する二人の誰何の声が重なる。
だが、明確な返答はなく、笑い声にも呻き声にも似た不気味で微かな声らしき音が聞こえてくるだけで、気配は悠然とも感じられる歩様のまま接近を続けているようだった。

余裕?
それともこれも陽動?

アスリーフたちの区画に生じた異変は陽動だろうとアルは推察している。
その根拠はキャナルの悲鳴にある。野菜泥棒たちは先日から、露骨に獣を斥候のように用いてはこちらの意識を集中させている。ならば、犬型の獣が現れた区画は本命でない可能性が高いはずだ。

ライカとアスターの区画か、それとも此処か──あるいは。

アルが柄を握る小剣が鞘の中で鳴った。それは主の緊張を代弁した声でもある。
刹那──

「ギャワーッス!」

──不様な悲鳴が響き渡った。
咄嗟に事態を把握しかねた二人であったが、先ず、ユーニスが何かに思い当たった。

「アルさん、あそこって確か……」

悲鳴の響いた辺りを指して、灯火で照らし出す。
言われて、アルも思い当たった。先日、“弓”たちが“鍵”とは異なる質の罠を仕掛けていたとき、唯一、その技術を有さないアルが遊び半分で設置した、縄による捕縛の罠が仕掛けられている場所だった。目印を確認してみてたが間違いなく、「農耕牛でも引っかからない」と依頼主に酷評された罠である。

が、それに引っかかった人間がいるのは間違いない。牛も掛からないと評された罠に掛かったのだ。
設置者のアルとしては被害者に対して無性に申し訳ない気持ちが湧き上がってくるのと同時に、それが何者なのかを知りたい好奇の心が芽生えた。

「……リネッツァさん?」

カンテラの灯火に照らし出された、不様の主を確認したユーニスの言葉にアルも軽い驚きを覚える。

「お知り合いですか?」

その問いかけに頷いたユーニスは周囲に他の気配がない事を何度も確認してから、この状況から推察できる唯一の結論を、信じられないといった口調ながら非難した。

「まさか、野菜泥棒がリネッツァさんだったなんて……幻滅です」

が、足首に絡まった縄に逆釣りにされている野菜泥棒の容疑者は憔悴しきっており、反論するでもなく、ただ、うわ言のように、

「……巨乳の男が迫って来るッス。駄目ー、逃げてー、イヤー。アホかー。ナイスバディでも男はイヤでヤンスよ……巨乳の男が──」

と、繰り返しているだけである。
当然、ユーニスたちには皆目、見当のつかない話だったが、どうやら、リネッツァが野菜泥棒ではないであろう事だけは理解できた。それが、

──この人が犯人だったら、それに翻弄されていた自分たちが哀れすぎる。

と、考えたからなのかどうかは定かではないが、リネッツァの懐から発見された──念の為にとネリーが忍ばせておいてくれた──羊皮紙が内偵組の集めた情報の箇条書きでなければ、事がどのように運んでいたのかは謎である。

ともあれ、『橋』は漸く架かったのだ。


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その頃、

ペーダーの畑から数百メートル離れた地にて


「……あの野郎め、俺の罠を躱したのは単なる偶然だったのか、よ!」

ハマーは、やり場のない怒りを持て余していた。
 
4日目〜魔法光〜
ユーニス [ 2004/12/18 3:17:40 ]
  逆さづりの際に懐から落ちた書簡をアルさんが検める間、解放したリネッツァさんを落ち着かせる。その間にも警戒は怠らないが、相変わらず他に何者の気配もないのが逆に不審に思える。
 陽動の可能性を考えると安易に動けない。聞こえてくる剣戟と咆哮に、駆けつけたい心地を必死で抑えて足踏みをする。
 「ライカさん、大丈夫かな……」
 「そ、それはシタール隊長のイイヒトかつ”返り血の似合う奥方No.1”あのライカさんのことでヤンスか!?」
 「え!? ええ、シタールさんの奥さんには違いないですが……」

 アルさんは手短に書簡の中身を読み上げてから、依頼人宅を見やる。流石に騒動が耳に入ったのか鎧戸をあけて灯火を掲げ、こちらを伺う依頼人の姿が闇の向こうに浮かび上がっている。
 「これが罠や陽動だとしたら、動きが遅すぎます。唯一考えられるのは依頼人の屋敷への強襲ですが、それもない。
 あちらの二箇所への襲撃に比べてこの遅さは不可解です。連携が取れてないとしか思えない。ユーニスさん、今は急いであちらの応援に行ってください。ここはリネッツァさんを信用して、手伝って頂きますから」
 先ほどのライカさんへの怯えた呟きを聞きとがめたアルさんに半ば脅されて、協力するはめになったリネッツァさんが必死に頷くのに目もくれず、私は弾かれるように走った。

 だから、聞こえなかった。
 「……まったく、驚かせないで下さいよリネッツァさん。ここにいたのがボクとユーニスさんで本当に良かったですよ。同士討ちなんて御免です」
 ため息と共に呆れたように発せられたアルさんの呟きが。


 アスリーフさんとキャナルさん、アスターさんとライカさん。どちらに行くかはすぐ決まった。ライカさんの”光”の魔法がアスターさんに襲い掛かる二人の盗賊を照らし出したからだ。明るい魔法光の下、艶を消した鈍色の刀身がひらめくのが見えては走り寄るしかない。
 「魔術師がいるなんて聞いてねぇぞっ」
 走る。”光”の魔法が余程意外だったらしく一瞬盗賊たちが怯んだ。その隙をアスターさんの剣が鋭く捉え、年かさの盗賊が短刀を持った手を斬り付けられたのが見える。
 ひたすら走る。更に後退し、呪文を詠唱するライカさん。後退したライカさんを背に庇い、必死にもう一人の盗賊を捌くアスターさん。
 だが、このままでは間に合わないかもしれない。この距離なら届く、いや届かせる!
 「光霊よ」
 ”光”の魔法を光源にして、盗賊二人に同時にウィスプをぶつけた私は再び走り出した。

 アスリーフさんとキャナルさんの方からは、狼らしき獣の咆哮と悲鳴、そして時折風を切る口笛の音と鳴弦。
 「はああっ!!」
 アスリーフさんの裂帛の気合。
 「邪悪の化身を操るなんて、さては邪神の徒ね!? 覚悟なさいっ」
 キャナルさんの怒りの絶叫と人間の悲鳴。
 二人は上手に敵を誘い込んで後退してきたようだ。視界の端に下がってきた彼らの姿が捉えられるようになった頃には、先ほどよりは狼の声は少なくなっていた。
 また狼を操っていたと見える人間も精霊魔法で応戦してきて肝を冷やさせたが、
 「このっ……あんたの”困惑”の魔法なんて、ラスの知ってたら弱すぎるわよっ!」
援護に入ったライカさんの魔法の追撃を受けてもはや逃亡もままならなくなった様子だ。

 でも、後二人、魔法使いと剣士がいるはず。

 そう思うと、盗賊二人と獣使いを捕縛するに到っても、気を抜くことが出来なかった。
 
四日目夜 -避役の夜-
アスター [ 2004/12/19 23:50:42 ]
 22日夜遅く.異様に興奮するキャナルさんの勝鬨を最後に辺りは以前の静けさをとりもどした.
目の前に倒れている二人を見ると,はじけた光の精は相当に効いたらしい.片方はぐったりとしてしまっているし,もう片方はもんどりうっている.
「おめぇが,おめぇが,ちくしょうっ.もちっと働きやがれっ」
ひょろ長い身体をぐてっと倒している男に対して,腹を押さえながらゴロゴロと転がっている男が蹴りをいれている.哀れというべきか,なんだかこの背の長い男は,どこか気がいってしまっており,「すんませんすんません……」とつぶやいていた.大して歳も変わらなさそう,というか,このひょろ長い男の方が,老けても見えるが,実力主義の盗賊の世界というのは,つらそうだ,などとふと思う.
とりあえず,暴れる鹿を押さえ付けておくときの結びで,手早く縄を二人にかける.アスリーフさん達も,一人縛り上げたようだ.
しかし,昨日の剣士とマナ使いがこの中にいない.どこか別の所で潜んででもいるのか…….
キャナルさんとアルさん,それにフランツさんからの使いだと言われたリネッツァさんに,転がる三人の番を頼み,残りのメンバで見回ることとなった.

「二人とも,まだいけるか?」
アスリーフさんが,ユーニスさんとライカさんに声をかけた.
「あら,まだこんなもんじゃないわよ」
余裕に微笑むライカさんにあわせて,ユーニスさんもこくりと頷いた.結構息があがってしまった私なんかと比べると,心強い限り…….
「昨日の通りだとすると,相手にも杖がいるし,しかも,面が割れてないのはライカ,あんただけ.まぁ,さっきのことで,ばれてしまってはいると思うけどね」
「わかっているわ.楽しみにしているもの.ただ,会えるとしたら早いにこしたことはないわね.私,今日の昼に言われたばかりだから,少し眠いの」
「ふふっ……頼りにしていますよ」
闇の中,感知に長けた眼をこらし,周囲を見渡すユーニスさんが笑った.

主だったところをぐるりと見回ってはみたものの,特に変わりはなし.
「荒らされた場所もなさそうですねぇ……」
「となると,今日は諦めたか,それとも,もともと別口だったってことかな」
「いいえ.あのリネッツァさんが持ってきてくれた情報によれば,まちがいなく,5人が関わっているそうです」
ユーニスさんは,アルさんから聞いた情報の要点だけをまとめてくれた.
「なるほどね.じゃあ,やっぱり一緒に襲ってこないのが,どうも分からないな」
腕を組む,アスリーフさん.
そのとき,背後の方から,ピィッと口笛が吹かれた.
一同ははっと振り返る.
「誰かいるのが見えます.石垣の少し手前です……」
ユーニスさんがじっと闇を見透かす.
誘いの手,か?
「迂闊には近寄らない方がいいわね」
「……でも,変な恰好のまま……寝転がっているように見えます」

縄にまかれ,倒れていたのは女性だった.なにやら悪態をついている声を聞く限り,昨日,闇の魔法をかけてきた当人に違いない.周囲にはこれといった変わりはない.とりあえず,そのニュームと名乗るマナ使いを連れて,キャナルさん達のところへ戻った.
捕縛され座りこんでいる四人にアルさんが幾つか質問を投げかける.話の要所要所でぼやけているが,なんとなく,今晩,残りの一人は現れなさそうな雰囲気だけはわかった.
涙目になりながらなにかに怯えているリネッツァさんは別として,みなもほっとしているみたいだ.
とりあえず,依頼人にこの四人の処遇をどうするべきか伺おうと,四人を引き連れ,明かりのついている屋敷へと向かった.

屋敷の一角には明かり灯っていたが,エントランスは暗いままだった.やがて,小さな頼りない灯火を手に,ガウンを羽織った依頼人が奥から現れる.屋敷の大きな扉の前に並んで跪いている泥棒達にたいして,部屋の奥手,廊下へ通じる口に立ち,しばらくこちらを見ている依頼人.暗い明かりでは表情を窺うのも心許ないが,声の感じからするに,落ち着いているようだし,恐らく値踏みでもするかのような顔つきになっているのではないかと予想できた.

「ようやくと,捕まえたわけだ.まぁ,こうしてみると,間抜けた連中に出し抜かれて,俺も赤っ恥だ」
鼻でふっと笑い,余裕の口ぶりという感じ.
「それで,この後はどうすればいいでしょうか?」
アルさんが依頼人に尋ねる.
「それよりも,だ.そいつらの顔を見せてくれないか?馬鹿面というのを拝んでおきたい」
「はぁ……」
アルさんが,ランタンの明かりで,一人一人の顔を照らしていく.意気消沈した獣使いの顔.しらばっくれたような女の顔.おそらく一味を率いていたと思われる男の顔が明かりに照らされると,依頼人は笑いだした.
「ムティーウ,ムティーウ,ムティーウ……なにもこんなところにまでお礼を言いにこなくてもよいものを」
「うるせぇぞ,クソっ!」
歯噛みしながら低く震える声で,ムティーウと呼ばれた男は答えた.

残り一人.明かりに照らされた顔は,どことなく惚けている.焦点のあっていないような眼で天井の片隅でも見つめているようだ.その顔が照らされた瞬間,部屋の奥の灯火がふらり揺れた.
「おめぇはっ,バーキッ!」
叫んだ直後,依頼主が度を失っていく様子が薄暗い明かりの中でもはっきりとわかった.
首をかしげるようにしていた男は,突然にケタケタと笑い出したと思ったら,いきなり子どもにでも戻ったかのような情けない声をあげた.
「あぁ怒んねぇでくれよぉ.またやっちまってぇ.おれはぁだめだぁ.隣の柿は手に入らねぇ.木登りは得意じゃねぇんだよぉ……ダーヒーの兄キィ!」
 
完遂した依頼とそれ以外の事々
アル [ 2004/12/22 8:34:30 ]
 「結局、どういう事だったのさ?」
 ボク等、不寝番用に宛われた部屋で、自分の荷物を片付けながらアスリーフさんが言う。
「本当よね。正直、何がなんだかさっぱりなのよね」
「そうですね。私にも良くわかりません」
 キャナルさんの言葉に答えるユーニスさんは、愛用の武具を大切そうに纏めている。

 裏の事情や事の真相が判らなくても、野菜泥棒を捕まえるというボク等の任務は全うし得たのだ。依頼人からも約束の後金を貰い、今夜からはお役ご免だと言われている。
「だから、それで良い事にしましょうよ」
 主に不満顔のキャナルさんを宥めるようにボクが言う。

「推測くらいは付いてるんでしょ?」
 そう尋ねるライカさんの顔は、ボク同様、ここでそれを明らかにするのは危険だと判断したようだった。
「結局、“マンティコアとジャック・オー・ランタンの化かし合い”ですかねぇ」
 『見える世界がすべてではない。だが、見よ、それもまた世界の一部だ』そう書かれたフィールドノートを綴じながら感慨深げに呟くアスターさん。
 どうやら彼も大体の真相を看破しているようだった。

「どういう意味でヤンス?」
 なんとなく居着いてしまったリネッツァさんが尋ねる。
「狡知に長けた悪人たちの騙し合い……そんな感じかしらねぇ」
「それって、シタール隊長とラスのアニキがやり合うみたいな感じっすか?」
 “狡知に長けた悪人”と説明した人の伴侶を上げて例にするリネッツァさん。
「うひょー。だったらオイラ一生巻き込まれたくないッス。というか、周りが迷惑でヤンスね」

 “口は災いの元”
 先にその言葉を教えてあげた方が良かったかもしれない。

「それで?」
 オランへの帰路。キャナルさんとユーニスさんを前に見ながらアスリーフさんが聞いてきた。
「アルはどう思ってるのさ、今回の事件?」
「巧く説明できるか判りませんけど……」
 そう前置きしてから話し始める。ライカさんから逃げる様に先に帰ったリネッツァさん。彼のくれた内偵組からの情報と依頼人宅での犯人との対面を見て、ボクが想像した事件の真相を。

 そもそも、依頼人は“カメレオン”ペーダーでは無かった。
 世間的にはペーダーで通っていたのだろうが、彼はペーダーでは無かったのではなかろうか。それがボクの推測の根幹だった。だが、彼は確かに“カメレオン”だったのだ。少なくとも現在の巣穴幹部たちは、そう信じて疑っていなかったように思う。

 それだけの技量を持ち“カメレオン”に詳しい男。その二つ名通り、周囲を騙す擬態を続け得た男。
 ボク等の会ったその男は死んだとされていた“カメレオン”の弟子だったのではなかろうか。
 ヤク漬けにされ、自分の名さえ憶えていないと言われていたバーキルが口に出した男。
 それが現在の“カメレオン”ダーヒーだったのだ。

 おそらく、内偵組が“カメレオン”の人物像を知ろうと集めた情報が錯綜していたのも、別人を評した情報だったという辺りに原因があるのだろう。

「いつの時点から入れ替わったのかは判りませんけどね」
「そんな事ってありえるのかな?」
「正直、判りません。でも巣穴でも“カメレオン”という存在に対しては兎も角、ペーダー個人に深い関わりがある人間というのは、そう多くないとの事だったので……」
「だとしてもちょっと無理があるんじゃない?」
「そうでしょうか? 正直、鍵の世界は良く判らないんですが、死んだとされていた男が生きていた。その事からも死亡説に何らかの意図があったとは思えませんか?」

 ヤク漬けの人間が口走った名前。
 その一点だけに頼った推論。そう指摘される事もボクには予測できていた。

「でも、あの狼狽ぶり……。現在も巣穴に監視されてるはずの人間が顔を見せた事で、巣穴に真相が漏れた事を怖れているようには見えませんでしたか?」
「そう言われると……確かに」
「ボク等に犯人連行をさせるでもなく、追い立てるようにお役ご免だと追い返した様も」
「異常だったね、確かに」

 だからボクは依頼人にも後ろ暗い事情があるんだと、そう思ったのだ。
 バーキルの見せた狂ったような笑み。
 木登りの苦手な人間が隣の柿を盗もうとした……その末路。
 『墜ちるだけ』そう言いたかったのではないだろうか。一人ではなく、ダーヒーを道連れに。

「だとしても、なんでそんな面倒な事をしたんだろう?」
「宝……それが鍵だと思いますよ」
 後ろを歩いていたアスターさんが追いつきながら会話に加わって来る。

 そう。きっと、ダーヒーはペーダーの隠した宝を独り占めしようと画策したのだろう。
 農園の人間を買収したのか、元々一味だったのかは判らない。だが、バーキルやムティーウに宝を取られないよう、“カメレオン”に成りすました。足抜けし、オランを離れたムティーウの知らぬ間に。

「じゃあ、バーキルってのがヤク漬けになったのも?」
「もしかしたら、ダーヒーの手だったのかもしれません」
「ムティーウにしてみたら、許し難い背信行為だったでしょうね」
「そうですね。師と、専門は違うとは言え同門の仲間……その両方を裏切ってるんですから」

 結局、彼はバーキルをどうにか立ち直らせ、仲間に引き入れ、ダーヒーに警告を与え続けたのだろう。野菜を盗み、その痕跡をかつての暗号に見立てて。
 巣穴に知らせなかったのは、ペーダー忙殺が重視されないと思ったのか、自分も宝を奪うことを考えていたのか。

「息子の件はどうなのさ?」
「そこは、今ひとつ判らない点なんですが……」

 脅迫されていたという情報もある。
 無論、そういった側面もあったのだろう。だとしても実の親に敵対する子供というのをボクは想像出来ずにいた。本人の意思なら兎も角、他人に強要されて肉親に牙を剥く事ができるだろうか?

「一種の敵討ちみたいな想いもあったんじゃないですかね」
「そうですね。でも荷担した側も仇と大差無い人種だったので、嫌気がさした……と」
「だから襲撃に現れなかった? ありそうな線だけどね」

 依頼人宅の納屋に縛り付けた犯人たちを思い出す。
 欲深そうな顔の杖や動物を捨て駒の様に使う男の顔を。
 つまるところ、ムティーウは別にしてもやはり宝を狙った一味だったのだろう。

 巣穴に自首して父親忙殺の真相を訴えるのか、それとも連れ歩いていたという子供の元へ向かったのか。
 “カメレオン”ペーダーの息子は、ボク等の前に姿を見せず終いだった。

「なるほどね。それで“化かし合い”か」
「ええ。依頼人はあくまで被害者。降りかかる火の粉を払う風を装いつつ後顧の憂いとなる真相を知ってる人間を排除しようとしてたんでしょうね」
「そうすれば、巣穴を敵に回すことなく、ペーダーの宝を独り占めできますからね」
「だとしたら、確かに依頼人の家では言えないよね」
「そうですね。依頼人を敵に回しますから」
「それに、ここから先は私たちの知らなくて良い世界でしょうからね」

 そう。後の処理……ダーヒーの犯罪については、ボクらの立ち入る問題じゃない。
 内偵組にもリネッツァさん経由で情報が行くだろうし、勿論、その先にも届くだろう。
 そして、然るべき場所が然るべく動くのだろう。人知れず。

「それはそれとして、結局、宝ってのは、どこにあったんだろうね?」
「立入禁止区域も罠っぽいって話でしたしねぇ」
「あそこには、死体が埋めてあるのかもしれません」

 呟いたボクの言葉に二人が怪訝な顔をする。

「“カメレオン”ペーダーの……?」
「それで立入禁止にし、そのまま罠として活用したということですか?」
「ボクはそう考えてます。それを掘り返される事を嫌って犬を処分して回ったのではないかとも……」
「犬を処分したのは、犯人側ではなく依頼人側だったということですか……」
「ふ〜ん。だとしたら、ますます謎だね。宝は何処に?ってさ」
「なんとなく予想は付いてるわよ」

 アスリーフさんの言葉に答えたライカさん。
 一人後方を歩いていた彼女の顔には、自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
 
推論と結末と後日談
ライカ [ 2004/12/25 22:38:38 ]
 「宝? 無かったよ」

 あれから数日の後、ラスの家。茉莉花の香りがするお茶と、綺麗な色に焼けたクッキーとでお茶を楽しみながら、カレンが何事もなかったかのように言った言葉は、あの時私が口にした言葉とほぼ同じだった。

「あれからギルドが家を解体してね。あらかたほじくり返しても見たけれど、やっぱり宝なんか無かったんだ。腐乱死体は出てきたけどね」
「やっぱりね」
「まあ、予想はついていたんだけどな。………宝なんて“カメレオン”の妄想だったんだよな」
「じゃあ、あの日帰り道に彼らに話した推測は間違っていなかったって事になるのね……」


    − − − − − − − − − − − − −


「無い?」

 思わず裏返ったような声で、目を見開くアル。キャナルさんとユーニスさんも目を点にしている。アスリーフは首を傾げ…アスターは問いを返してきた。
「どういう事です?」

「推論だし、根拠は何一つ無いんだけどね………多分、宝なんてはじめから無かったのよ。本物の“カメレオン”がだんだん壊れていく、そんな中で生み出した妄想なのでしょうね」

 もしも“宝”があるとするならば、私達ですら気がついてしまうほどの姑息な策を弄するはずがない。……ひとつの策にこだわりすぎて瓦解するような真似は。

「なるほど……つまり“カメレオン”が妄想で口走った“宝”の存在を、弟子たちが鵜呑みにした、と?」
 アスターが独り言のように呟く。
「でも、妄想で口走ったこと、鵜呑みにするほど、弟子も間抜けじゃないはずよ? でたらめで口にした“宝”なんて、すぐにばれてしまうと思うんだけど」
 眉をちょっと上げて、首を傾げて問うのはキャナルさん。アスリーフもその言葉に頷いている。
「……ここからは私の想像になるのだけど……宝はあったと思うのよ」
「? でも、さっきは宝なんて無い、って……」
「今はね。でもかつて……そうね、まだなんとか正気だった頃には、おそらくその“宝”を持っていたのではないかしら。私がちょっと前体を壊した時に見てくれた治療師がいるんだけど、専門は心の病なの。その先生が言っていたわ。『患者たちは、今のことに混濁していても、昔のことはそれは鮮明に覚えている……いや、今がその“昔”であるかのように振る舞う』……ってね。たぶん、昔の栄光を、さも現在のことのように語ったのかもしれないわ」
「でも今、少なくとも手元にはその“宝”はないわけですね」
 ユーニスさんが、ちょっと遠くを見るように呟く。本物の“カメレオン”がどういう人物だったのか、詳しくは分からない。おそらく癇癖が強くて身内にも厳しい、威圧的な人物だったんだろうと想像はできるけど。…たぶん、みんなもきっとそう思っているだろう。

 だから、私は次に浮かんだ事がとても受け入れてもらえないだろうと思って、それを口にすることはやめた。代わりに、ため息混じりに口を開く。

「どのみち、これからの彼について詮索するのは“私達の仕事”ではないわ。……それより、私が参加しちゃったから報酬が目減りしちゃったわね」
「そんな! ライカさんは立派に働いたんですから、正当な報酬を受け取る権利がありますよ」
 ユーニスさんがにっこり笑ってそう言ってくれる。
「それじゃ、早いところ帰って、とりあえずの依頼達成を祝して一杯やるとしよう!」
 アスリーフの陽気な言葉に、全員が笑って、頷いた。


    − − − − − − − − − − − − −


 カレンと二人。いつも通り大した会話もなく、無言で茶を啜る。ぼーっと何かを考えているようなカレンの顔を同じくぼーっと見ながら、あの時言わなかったことをぼんやりと考える。

 ………多分彼の“宝”は、敵対する以前の彼の息子だったんじゃないのかしら。
 敵対する以前の、というのは少しおかしい。おそらく、彼が想像で作り出し、想像で愛していた彼の息子。作り事の世界、小さな箱庭の中に住んでいる、本当の彼の子供ではない“息子”。さすがに口にすれば怪しまれるし、自身の罪のようなものまで剥き出しになる。だから「息子」を“宝”に変換して語った……。病んだ心が作り出した、幾重にも嘘でくるまれた嘘。


「どうしたんだ?」
「ん? ……何が?」
「ぼんやりしてる」
「嘘。カレンに気がつかれるなんて、私よっぽど呆けてたのね。でも、カレンもぼーっとしてたわよ」
「……うん。ちょっと考え事してたから」
「……“宝”のこと?」
「正解。…たぶん、考えてることは俺もライカも一緒だと思う」

 それきり、カレンは黙り込んだ。私も、もう特に話すことはないから、黙って茶を干した。


 依頼を終えた午後の昼下がり、くつろいでいる家の本来の住人が私達の静寂を破ったのは、それから少しの後のこと。
 
事件解決
イベンター補佐 [ 2004/12/29 0:58:21 ]