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貴族に捧げるバラッド
“形見屋”ブーレイ [ 2002/05/25 0:25:52 ]
  形見屋家業にとって、美味しい状況ってのは主に2つある。
 一つは、形見を回収にいった冒険者達が、遺跡を攻略した帰りだった場合。形見以外に、その遺跡のお宝が背負い袋にどっさりだ。滅多にお目にかかれねぇが、これに当たると楽な上に半年は遊んで暮らせる。
 もう一つは、観光気分でレックスに潜って、帰ってこなくなった貴族連中の形見回収。こういうアホな連中は、高価な装備品をたんまり身につけて、遺跡の浅い部分で転がっててくれるから、仕事が早く済む。しかも、報酬も多めだ。

 ……今回の場合は後者だった。
 話を持ってきたのは、カーフェントス家っていう、オランではわりと有力な部類に入る貴族だった。そこのエルドスって奴の形見を回収すれば、俺の晩酌は安物ワインから『ライラ・ライラ』の497年物に早変わりするって寸法だ。しかも、エルドスが潜ったらしい遺跡ってのは『蛇穴』っていう話じゃねぇか。自慢じゃねぇが、あの遺跡は俺にとっちゃ庭みたいなもんだ。今まで5度潜ったが、5度とも怪我一つなく生還している。しかも、そのどれもが充分すぎる報酬を回収できた、まぁ、俺にとっちゃラッキーポイントとも言える遺跡だった。これは珍しくチャ・ザが幸運を運んできてくれたらしい。そう思って、俺は二つ返事で仕事の依頼を受けることに決めた。

 ……今思えば、俺がいつものようにラーダの教えに乗っ取って、もっと理性的に行動してりゃぁ、こんなやっかいな仕事を受けなくてしんだかもしれねぇ。一瞬とはいえ、チャ・ザに浮気しちまった罰が当たったのかもな。まぁ、過去を振り返ってもしょうがねぇ。今は先の事を考えるとしよう。

 妙な視線に最初に気付いたのは、オランの門をくぐってすぐだった。人相の悪い物騒な男が数人、俺のあとをつけてきやがった。ギルドの者じゃねぇ。動きは明らかに素人だ。だが、放つ殺気は、その辺のチンピラの比じゃなかった。明らかに訓練された連中のものだ。仕掛けてくるかとも思ったが、どうやら俺を監視すること以外、手を出してくる気配はなさそうだった。
 コイツはなにかあるな……。そう思いつつ、俺はいつものように情報収集に入った。だが、2日もしないうちに、俺は今回の仕事を引き受けた事を後悔することになった。
 2日間、オランを動き回ったが、まったく情報が入ってこなかったのだ。正直、これには参った。
 オランで贔屓にしていた情報屋が、こぞって俺と取り引きするのを嫌がりやがった。一人だけ、俺が一番贔屓にしていた情報屋が、一言だけ漏らしてくれた。
「旦那、気ぃつけなせぇ。今回のヤマは、敵が多いですぜぇ……」
 裏から手を回されてるのは火を見るより明らかだった。
 仕方がないので、パダに至急の手紙を出した。“風上の”ネイを呼ぶことにしたのだ。あの女、高値をふっかけてくるが仕事は速くて正確だ。しかも、パダを根城にしてるから、オランの情報屋に圧力かけた連中もノーマークだろう。第一、あの女がちょっとやそっとの圧力で屈するはずがねぇ。痛い出費だが、このさいそうも言ってられないだろう。
 保険として、フィドラーの爺さんにも接触を試みようとしたが、案の定、無理だった。オランにいるはずなんだが、あの爺さん、やたらと身を隠すのが上手い。まぁ、仮に接触できたとしても、まともに情報を教えてくれるような爺じゃねぇがな。
 とりあえず、“風上”がオランに到着するまで手持ちぶさたになっちまった。俺のコネじゃ、動き回った所で当たり障りのない情報しかあつまらねぇだろうし、下手したら偽の情報をつかまされる恐れがある。敵に顔が知られてるのが痛い。誰か協力者が欲しいところだ。
 そんなことを思いながら、古代王国の扉亭で酒を飲んでたらエルメスがやってきた。渡りに船とはこのことだ。エルメスも仕事をさがしてる様子だったので、俺のかわりにカーフェントス家の事を調べてくれるよう頼んだ。
 数日後、そのエルメスから報告書が届いた。……いやはや、正直、あいつの事をなめてたぜ。最近、穴熊としての修行がメインだって言ってたから、情報収集の類は苦手かと思ってたんだが、予想以上の情報をもたらしてくれた。今度、上物のラキスを奢ってやろう。
 
複雑でめんどくさいプレリュード
“形見屋”ブーレイ [ 2002/05/25 0:39:57 ]
  エルメスの調べ上げてくれたカーフェントス家の情報ってのは、だいたいこんな感じだった。
 カーフェントス家はオランでも由緒ある有力貴族だった。だが、昨年の春、先代当主のボラード卿が病死。その後、ボラード卿の長男、エルドスが家督を継ぐこととなったらしい。が、エルドスはまだ20過ぎという若さだったため、ボラード卿の兄にあたるクレンツ男爵が、エルドスの後見人となってカーフェントス家を取り仕切ることになった。
 それから1年後。事態は動いた。
 今年5の月の初め、長男のエルドスが、なにを思ったのかレックスの遺跡の一つ『蛇穴』に数人の部下と共に潜っていっちまった。そして……いまだに帰ってこねぇ。
 当然、カーフェントス家は大混乱。親族一同、右へ左への大騒ぎになった。だが、この大混乱の中、ボラード卿の第二夫人だったアネット夫人が、「長男であるエルドスがいなくなった今、カーフェントス家の正統なる後継者は、私の息子である次男エリオットです」と親族会議で高らかに宣言したらしい。後見人という立場を利用し、好き放題やっていたクレンツ男爵に、実質上の宣戦布告を言い放ったわけだ。
 このアネット夫人の宣言で、ただでさえ揺れに揺れていたカーフェントス家の親族達は、まるで大荒れの海に浮かぶ小舟のように翻弄されまくった。親族はアネット派、クレンツ派に別れ、骨肉の争いを始めたわけだ。
「エルドスは行方不明になっただけ。死んだと決まったわけではない。エルドスの安否が確認されるまで、私がカーフェントス家を取り仕切って行く」と主張するクレンツ男爵。「それならば」とばかりにアネット夫人がエルドスの生死を確認するため、何人かの冒険者を雇うこととなった。
 が、しかし。アネット夫人が雇った冒険者達は、ある者は一度は引き受けた仕事を突然キャンセルし、またある者は、レックスに着くのとほぼ同時期に死体となって発見された。それも、『蛇穴』にたどりつく前……レックスの『蛇穴』へと続く道の脇で、剣のようなものでばっさりと切られた状態で、だ。
 結局、エルドスの生死の確認どころか、まともな報告一つ、アネット夫人のところにはもたらされなかった。裏でクレンツ男爵の手の者が、妨害工作に出てるのは明白だった。俺を尾行してる連中も、クレンツ男爵の私兵だろう。
 調査が遅れているあいだに、クレンツ男爵は親族の貴族達に根回しをし、徐々にその基盤を固めてきた。時同じくして、「アネット夫人はエリオットをカーフェントス家の当主にしたいがため、エルドスを遺跡へと連れ出し暗殺したのだ」という噂が、親族の間でまことしやかに囁かれ始めた。これをうけて、アネット派の日和見主義の貴族どもがクレンツ派に寝返るなどし、アネット派は窮地に立たされてきたのだ。
 俺に仕事の依頼が来たのは、ちょうどこのタイミングだった。

 これではっきりしたことが2つある。
 一つは、これは楽な仕事なんかじゃなく、貴族どものクソみてぇな相続争いだってこと。もう一つは、そのクソみてぇなモンに、この俺がものの見事に巻き込まれちまったってことだ……

 正直、俺はこの時点で仕事を降りようと思った。貴族どもの相続争いに巻き込まれるくらいなら、『ロメステッドのゴミ捨て場』に潜る方がよっぽどマシってもんだ。
 ……だが、俺に仕事の依頼をしてきたアネット夫人。「血は繋がっていませんが、エルドスは間違いなく、私の可愛い息子です」そう言った時の、あの悲しげな表情は、間違いなく「残された遺族の顔」だった。何十人という遺族と対面してきた俺だ。それだけは、見間違わねぇ自信はある。それに「兄様をよろしくお願いします」と泣きながら俺に頭を下げていた弟のエリオット。まだ、10歳だって話だが、あんな子供が演技なんてできるなんて思えねぇし、思いたくもねぇ……。
 散々悩んだが、俺はエリオットのあの涙を信じることにした。必ず、エルドスの手がかりを掴んで、その遺品をエリオットに手渡してやると決意した。そして、一度決意したからには、俺は必ずやり遂げる。そう、自分に言い聞かせた。

 そんな事を考えながら、俺は双頭の蛇亭で酒を飲んでいた。すると、カールっていうチャ・ザ神官の男が俺に接触してきた。話を聞いて驚いたが、この男、どうやらクレンツ男爵の遠縁にあたるらしい。もっとも、今では赤の他人も同然だと言っていたが。まぁ、確かに、俺に一杯くわせようって奴が、わざわざ警戒心を抱かせるようなことはしないだろう。そう言う意味でも、コイツは信用できそうだと思って、話を聞いてみることにした。
 どうやら、カールはイグチナス・ホアイという男を追っているらしい。イグチナス・ホアイというのは、チャ・ザの神殿神官長バレンティン・ホアイの末子で、エルドスの護衛隊のうちの一人だ。だが、エルドスがレックスに旅立った日、実家に帰ると言って暇をもらい、護衛隊には参加していなかったらしい。しかも、実家に戻った形跡はなく、そのまま行方不明になっているという話だった。
 カールはイグチナスの情報をなにか掴んでいないかと俺に聞いてきた。だが、俺もイグチナスはエルドスと一緒に『蛇穴』に潜ったとばかり思っていたので、まったくのノーマークだった。結局、お互い、有力な情報を交換することはできなかったが、今後もなにか掴んだら、連絡を取り合うことを約束し、その場は別れることになった。

 なんにせよ、まだ、情報が不足している。幸い、数日前に“風上”がオランに着いたので、さっそく情報収集に当たってもらっている。
 もうしばらくオランで情報を集めたら、すぐにレックスへ向かおう。気になるのは俺をずっとつけて回ってる連中のことだが…………しかけてくるとするなら、レックスに入った時だろうな。ふん……その時は、レックスの恐ろしさってやつを、たっぷり連中に教えやることにしよう。
 
ダスキィ・ラプソディ 1
“路傍の”ガフ [ 2002/06/07 3:16:09 ]
  オラン。朱に染まり始める、夕刻の銑鉄通り。
 家路に急ぐ人の流れをしり目に、道端にゴザを引いて、その上に珍妙な金属のオブジェを並べている露天商。その露天商に向かって値切り交渉をしている男がいた。
 通りを行く者達は、皆、自分のことで手一杯なのか、誰一人として、その二人のやり取りを気にとめる者はいない。
 男は、並べられたオブジェを指さしつつ、しきりに露天商に話しかけているが、露天商の方は首を横に振ったり溜息をつくだけ。この街の至る所で行われている、極普通のありがちな光景。
 ……だが、交わされている話の内容は、値切り交渉などという生やさしいものではなかった。

 男がぐねぐねと螺旋を描いているだけの金属の棒のようなオブジェを指さす。
「…………というわけで、今、うちのスポンサーがヤバイ状況にある。それにギルドの方でも、そろそろ本格的に、裏ルートの摘発に乗り出してきたらしい」
 無言で首を振る露天商。それならばとばかりに、今度は歪な泥団子としか言えないような金属の塊を指さす。会話の内容が聞こえなければ、ただの値段交渉にしか見えない光景を、この二人は見事に演出していた。
「ルート摘発の総責任者は“黒爪の”バルバロだ。実際に動いてるのは、奴の部下の“手長”って呼ばれてる野郎だ」
「“手長”!? ドゥーバヤジットか!?」
 名前に聞き覚えがあったのか、露天商がガフの顔をとっさに見上げてしまった。不意の驚きに上げた顔は、客と露天商との間で出てくる表情ではなかった。二人のやり取りの中で、初めて見えた“違和感”だった。
 だが、男は慌てたそぶりを見せるでもなく、それを受けて笑顔で肩をすくめつつ、すごみを効かせた声で言った。
「バカヤロウ……不自然な行動おこすんじゃねぇっ。自然に振る舞え。誰が見てるかわからねぇんだぞ」
「す、すまん。腕利きと評判の奴だったし、何度か話をしたこともある相手だったもんで、つい……」
「ふん…………まぁいい、以後、気を付けろ。うちの『財布』は慎重派でな。少しでもヤバイと思えば、あっと言う間に消されるぜ? たった一度の失敗で、生きたまま海に沈められた奴が何人もいるんだ」
 生唾を飲み込みつつも、迷惑な客にうんざりしているといった感じに溜息をついてみせる露天商。一瞬、垣間見えた違和感も、男の演技によって『無茶な値段を言って露天商に驚かれ、とっさに冗談としてすませようとした客』という光景へと昇華されてしまった。
「……わかればいい」
 そして再び、別のオブジェを指さしつつ笑顔で露天商に話しかける男。
「そう、実際に動いてるのはドゥーバヤジットだ。お前の言うとおり、奴は腕利きだ。それに……いざとなったら冷酷な判断も出来る。“黒爪”め……やっかいな人選してくれやがるぜ……。
 あと数人、動いてるメンバーがいるようだが、そいつらは囮の『強面』を探る方に力を入れてるらしい。ルート摘発に本格的に動いてるのは、今のところ“手長”だけだろう。
 『強面』は重度の患者だ。捕まえられた所で、まともな情報は聞き出せねぇだろう。それに、なんかしらんが、ギルドの若いのを誘拐したかなんかで、妙な騒動おこしてる。予想以上に良い働きしてくれたよ、ヤツは……。
 連中が『強面』に引きつけられてる間に、後始末をきっちりして、しばらく身を潜める必要がある。わかるな?」
「ああ、それは分かったが……しばらくと言っても、どのくらい身を潜めてりゃいいんだ?」
 気難しい顔を装いつつ、内心はビクビクしながら露天商が男に語りかける。
「……さぁな。だが、2ヶ月とはかかるまい。それまでには、うちの『財布』も確固たる基盤を築いているはずだ。ちっ……ただの腑抜けのボンボンかと思っていたが……まさか、あんな手に出るとはな。それに、後妻があんな大胆な行動に出たのも意外だったぜ……。おかげでこっちの予定は狂いまくりだ。もし、俺達と『財布』のつながりが明確になってみろ。基盤を固めるどころか『財布』は今の地位から失脚しちまう。そうなったら、すべての苦労が水の泡だ……」
「だ、だけど、本格的にギルドが動き出したとは言っても、まだ、数人程度の事じゃないか」
「……ああ。確かにルート摘発に動いてるのは今のところは“手長”達だけだろう。だが、鬱陶しいことに、うちの『財布』の側から調べを進めてる連中がいるんだ。“形見屋”とか名乗って、パダで調子乗ってるハゲだ。例の後妻が雇いやがったんだ」
「その話は聞いたさ。でも、『財布』が情報屋連中に圧力かけて、“形見屋”に情報が流れないように手配したらしいじゃないか。なら、大丈夫なんじゃないのか?」
「ああ、確かに、この街の情報屋どもには、『財布』の方が裏から手をまわしたさ。だが、あのハゲ、パダから腕利きの情報屋を呼び寄せやがった……。どんなヤツを呼んだか探ってやろうとしたんだが、すでに上手く情報操作されてやがった……。気を付けろ、なかなかできる奴だ」
 ごくりと露天商の喉が鳴る。状況が切迫してきているのを、今更ながらに再認識したらしい。
「とにかく、お前はただの売人だ。知らぬぞんぜぬで通せばいい。実際、大したことは何一つ知らないんだからな。だが、だからといって、寝返るようなマネだけはするなよ?
 とりあえず、当分、売買はなしだ。『顧客』どもには適当な理由をつけて断れ。在庫も持って帰るぜ?」
 そう言って男は、星型とも人型とも取れる、珍妙なオブジェを手に取った。男がそのオブジェを軽く振ると、中からカラカラという音と共に、何かが中に入っている感触が帰ってきた。その感触に満足したように、男はにやりと笑みを浮かべると、商談はこれまで、とばかりに立ち上がった。
「いやぁっ! 手強い商売人だぜ、あんた。だが、辛抱強く値切ったかいあったぜ。この像、大事にさせてもらうからよ」
 少々大げさな声でそう言うと、自然な足取りでその場を後にした。
 重い溜息を吐く露天商。その姿は、やっかいな客がやっと帰ってくれたことに安堵する、商売人の姿に見えなくもなかった。
 
ダスキィ・ラプソディ 2
“風上の”ネイ [ 2002/06/07 3:17:38 ]
  冷や汗を流しつつ、男の去った方を見つめていた露天商だったが、完全に男の姿が雑踏にまぎれると、再び大きな溜息をついた。そして、ゆっくりと背後を振り返る。
 露天商の背後には、狭く薄暗い裏路地への入口があった。露天商はその裏路地の闇に向かって、こう話しかけた。
「……もう出てきて大丈夫だ」
 露天商の言葉に導かれるように裏路地の闇の中からゆっくりと出てきたのは、長い黒髪の女性だった。ごく普通の町娘といった出で立ちだが、切れ長の黒い瞳に宿る光は、野生の猫科の動物を想像させるものだった。
「さすがは“路傍の”ガフ。真後ろから見てても、客と露天商の値引き交渉にしか見えなかったわ。町中の風景に溶け込む技術は、賞賛に値するわね」
 そう言いながら、その女は露天商の正面に座りにっこりと微笑むと、5つの輪っかが絡まりあったようなオブジェを指さしつつ、こう切り出した。
「思ってたより、良い演技だったわ。あの調子なら、“路傍”はまったく気付いていないと思うわよ」
「こっちも必死だったからな……」
 そう言いながら、指を3本立てる。見た目だけの値段交渉が再び始まっていた。
「でもこれで、クレンツ男爵と『奴ら』が手を組んでいたのは確実というわけね……。あとは証拠を固めるだけだけど。まぁ、それは別の手を考えるしかないか……」
 思案にくれる女。その仕草は、目の前の像を買うかどうか悩んでいる町娘そのものだった。
 そして、その町娘に、不安げな目を向けながら露天商が話しかける。
「なぁ、言うとおり協力したんだ。約束は守ってもらえるんだろうな?」
「……わかってる。もう、あなたには関わらないから。それに、私の『風下』に、貴方の名が出ないことは私の名にかけて確約するわ」
「……保証はできるのかい?」
「保証ですって? ……あなた、私を馬鹿にしてるの?」
 むっとした……というより、殺気すらうかがえる表情で露天商を睨み付ける。先ほどの“路傍”と呼ばれた男なら、このような表情は決して浮かべはしなかっただろう。
「私はプロの情報屋よ? 情報屋っていうのは、なにより“信頼”が命なの。情報元を漏らすような情報屋は、裏の世界からあっというまにはじき出され……」
 にこりと微笑み、
「……消されるわ」
 切れ長の瞳で露天商を見据える。その視線に、露天商は顔色を変え、ごくりと喉をならす以外なかった。
「それでも私を信じられないというのなら、好きにすればいいわ」
 そう言って女は、三角や四角や丸といったものが、縦にならんだ妙なオブジェを手に取りつつ、スカートのポケットから小袋を取り出し、露天商に渡す。
「情報料よ。それだけあれば、オランから逃げ出すのも簡単だろうし、里に残してきた娘さんの病気を治すこともできるでしょう?」
 その言葉にあわてて袋の中身を確認する露天商。中に入っていた額は、予想していたものの数倍はあった。
「こ、こんなにもらえるのか? あ、ありがたい。本当に助かるよ」
「……礼などいらないわ。あなたは情報を提供した。そして、それを私が買ったの。あなたが提供した情報には、その小袋に入った額だけの価値があった。ただ、それだけのことよ」
 そう言って、話は終わったとばかりに、珍妙なオブジェを手にしたまま立ち上がる。
 そして、品の良い笑みを浮かべ、
「彼への良いプレゼントが買えたわ。露天商さん、どうもありがとう。それじゃ、さようなら」
 淡々とそう言い放ち、スカートの端をつまみ上げ挨拶をすると、出てきた路地に戻っていく。
 露天商は、女の姿が完全に路地裏の闇に溶け込むのを見届けると、大慌てで店をたたみ、逃げるように雑踏の中に走り去っていった。

 薄暗く狭い路地裏。女は、しばらくその細い裏路地を進むと、不意に立ち止まり、着ていた上着とスカートを道端のゴミ箱に脱ぎ捨てた。服の下からあらわれたのは、盗賊達が好んで使う体にフィットした黒いソフトレザー姿。
 女はポケットから紐を取り出すと、長い黒髪をポニーテールで纏めあげる。そして、腰のショートソードの具合を確かめるように一度抜き放ち、手の中でくるくると回した後、再び、腰の鞘におさめた。
「…………あなたと組むと、ろくなことにならないわね……ブーレイ……」
 そう言いながら、喉にずりおろしていた覆面を目元まで引き上げる。
 “形見屋”によって呼び寄せられた情報屋、“風上の”ネイは、大きな溜息を一つこぼすと、オランの路地裏の闇の中へと消えていった。
 
(無題)
管理代行 [ 2004/11/27 4:13:24 ]
 このイベントは既に終了しています。