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真実のかけら
あらすじ [ 2003/02/18 23:53:44 ]
  この話は、雑記帳#{0021}『カゾフ往還道中記』の後日談であり、エピソード『野盗』と関連しております。
<> 『もう一つの仕事』とも関連してはおりますが、
<>内容的には雑記当該箇所と『野盗』をお読み頂ければ大体把握していただけるかと存じます。
<>


<>〜梗概〜
<> バウマー、ワルロス、ユーニスがある商人の馬車を護衛中に、前を走っていた馬車が
<>野盗に襲撃される。ユーニスは野盗を射殺したのだが、野盗(実は農夫の出来心だった)は
<>意識が薄れ行く中、彼女を家族と間違えて盗んだ財布を手渡し、事切れる。
<> 家族への慈愛に満ちた言葉(遺言)を受けとってしまったユーニスは、それを家族に伝える為、
<>遺品の鉈を携えて彼の故郷と思しきウィルディン村へバウマーと共に赴くのだった。
<> その頃ワルロスは苦境に立たされていた。どうも先日のカゾフ行きが関わっているらしいのだが
<>バウマーとユーニスには内容を知らせず、自力で解決することにしたようだ。
<> 別行動を取る二人と一人。それぞれが抱えた問題はこの一週間で解決するのだろうか?
<>

<> 進行の方法は、
<>2/17〜19日 ユーニス
<>2/17〜21日 ワルロス(その頃のオラン)
<>2/19〜21日 バウマー
<> という形でこの雑記にて進めます。宿帳やEPなどで補足するのは自由です。
<>自分の担当期間内であれば、複数回投稿しても可です。
<> では、読む方にも楽しんで頂ける事を願いつつ。
 
真実のかけらを背負って
ユーニス [ 2003/02/20 0:25:57 ]
  2の月、17の日の朝。ユーニスはバウマーと共に”雲の上の街道”を歩いていた。
ほんの数日前、馬車を警護しながらオランに向かっていたその道を、今は逆行している。
件の警護の際に射殺した野盗……どうやら農夫らしい……の住んでいたと思しき
”ウィルディン村”に向かっているのだ。彼の遺品の鉈を背嚢に納めて。
 
 オランを出るとき、ユーニスはワルロスに宛てて一通の手紙をしたため、それを
”きままに亭”の店主に託した。彼は今回同行しない。儲けの無い仕事をしないという以上に
自分に振り掛かった火の粉を払う事に専心したいようだった。
 そんなときにオランにいない事を申し訳なく思うユーニスだが、自分が手伝うことを
ワルロスが望んでいない様子から、自らの手におえる事態ではないと判断し、ワルロスの意思に
任せる事にした。しかし、彼はオランに来てまだ日が浅い。いかに優れた”鍵”であっても
その身がユーニスには心配であった。
 そこで彼宛てに「もし精霊使いや野伏の意見が必要なときは師匠の所を訪ねるように」と言伝を
残す事にしたのだ。恐らくそれが必要ないであろうことも想定しながら。
(そんな大変なときに仕事を探す暇なんてあるのかしら、ワルロスさん……)
 店主に手紙を渡した後、バウマーと落ち合って今は街道の上の人となっている。

 街道はほんの数日の間に、冬の曇天から春の兆しを含んだ薄曇りに染め替えられつつある。
どうやらこの分ならば雨や雪にたたられることはあるまい。同行してくれている魔術師の為にも
それは願っても無い条件だった。
 
 「それで、どうするんだ? 馬鹿正直に全部話すのか」
黙々と歩いていたユーニスは、バウマーの問いに歩みを緩め「事実を伝えるのが目的ですから」と
小さく頷く。問い掛けた本人は「まぁそうなんだろうな」とぶっきらぼうに言い、
「真実ってのは事実とは相容れないところにあることが結構多い。」と続けた。
 目で問う彼女に「相手の欲しがる”真実”をやるのが情けだと言うならお前は容赦ねぇのかもな」
そう言ってまた黙る。既にユーニスの心が決まっているのを知りながら、敢えてそう言うのは、
相手がひどく甘い人間だと知っているからなのかもしれない。
 「それでも、知らないことと知っていることでは全然違います。”自分勝手にする”って
決めましたから、もう揺らぐ気も起きません。」
 バウマーは何も言わず、小さく鼻を鳴らしただけだった。

 二日目も朝早く宿を出立する。まずまずの天候だ。滞りなく街道を進み、夕刻には
宿場に着くことが出来た。
 混みあう時間に到着した二人は、選り好みせずに先日の護衛の際に宿泊した宿に向かった。
今回は馬車も警護もない分、丸々一晩休むことが出来るが、翌日には目的地に着くことを考えると
ユーニスは緊張を覚えざるを得ず、手放しで心安い眠りを得られると言うわけには行かなかった。
 空が白む頃、いつもの習慣からユーニスは起き出し、ごく軽い運動をしていた。
春の気配はおぼろげに有れど未だ冷気が身に染む刻限だ。朝餉を用意する店員と、
余程道中を急ぐ者以外は眠りの中にいた。
 汗ばんだのを機に屋内へ戻ると、薄汚れたエプロンをかけた青年が忙しく立ち働いていた。
見覚えのある顔だ。フィルという名の、この宿の店員。バウマーに事情を聞かされて知っている。
 それでも、ひとり落ち込んでいたユーニスに「自分なら本当のことを知りたい」
「その男の家族が羨ましい」と告げた青年だった。
 声をかけずに去ろうとした時、ふと視線が絡んだ。彼は驚きの表情をすぐ笑みに変えて、
パンの籠を抱えたまま一言告げて、店主の怒声に慌てながら奥へ引っ込んだ。
 彼の唇が描いた言葉は「いってらっしゃい」だった。
 余談であるが、この一件が片付いた後、ユーニスはバウマーに、当時フィルとどう話したのかを
尋ねて見たが、大した答えも得られぬまま、うやむやになってしまっている。 

 宿を発って数刻後。途中から街道をそれ、水乙女の気配が濃厚に立ち込める方へ踏み込んでいく。
湿地と沼、街道と深山に続く山々に囲まれた村落、目的地のウィルディンはそんな立地だった。 
 バウマーの長衣の裾は泥にまみれている。街道とは違って整備されていない湿地を、
頓着せずに歩き続けた結果だ。時折振り返ると目に入るその汚れを申し訳なく思いながら、
ユーニスは黙々とぬかるんだ道を歩き続けた。

 村の入り口にたどり着いたのは、日が高くなった頃、オランでは11の鐘がなった頃合いだった。
 背嚢の中の鉈が、一層、背に重みを伝えてきた。
 
失われたかけら
ユーニス [ 2003/02/20 0:27:09 ]
  ウィルディン村の入り口から一歩ずつ歩むごとに、バウマーとユーニスは重苦しい空気に
包み込まれていくのを感じた。
 この辺りの気候では、そろそろ春に向けて畑の準備を始める時期である。
しかし、まだ畑仕事には幾分早いとは言え、土地には日々手をかけるものの存在が感じられず、
また、女達の織る機の音も、子供達のはしゃぎ声も聞こえては来なかった。
 出稼ぎに出た男達が戻り始める時期であり、日も高いというのに若い男の姿が殆ど見当たらない。
戦の気配が、暗雲となって村を覆っているようでもあった。
 昼前の村道を連れ立って歩く二人に、怯えと敵意を感じさせる視線があちこちから突き刺さる。
 周囲に気を配りながら歩いていると、一人の老婆がこちらに歩いてくるのが目に入った。
そっと声をかけて呼びとめると開き直ったような視線が向けられる。
 老婆は二人に、領主の所へ行くのかと尋ねた。ユーニスは否定し、すっかり覚えてしまった
鉈に刻まれていた名を告げて訪問が目的だと応える。
 その名を聞いた老婆の表情は、先程までの猜疑と警戒に満ちたものから同情のそれへと激変した。
胸苦しい予感を覚えながら耳にしたのは「狼に食い殺された。一昨日埋葬した」との言葉だった。
 重ねて問いかけようとするユーニスの肩をバウマーが掴む。
傍目には「知人の悲報に衝撃を受けた女を支える男」の姿に見えなくも無いが、肩に掛けられた力は
沈黙を守るよう促していた。それに気付いて押し黙るユーニス。
 老婆は勘違いしたのか、家までの案内をしながら詳細を教えてくれた。

 病み上がりの男が、狩に行くと言って出かけたきり戻らない。もしや家族を捨てて徴兵から
逃亡したのかと厭らしい憶測も流れ出した頃、街道近くの森で遺体が発見された。
 無残にも食いちぎられたその体は、衣類の残骸と靴が残っていなければ彼のものであると
判別できないほどであったと言う。彼の愛用の鉈が見つからないことが不思議であったが、
狼に囲まれて追われるうちに落としたのであろうと、推測された。
 村人の遺族に対する扱いは、「卑怯者」から「哀れな未亡人と子供達」へと変貌した。
今、家族は村人に見守られ、慰められながら生活していると言う。長男は成人間近なので
他の家で手伝いをしながら、幾許かの報酬……野菜やら玉子やら……を得ているとのことだった。

 次第に顔色が青ざめるユーニスに、老婆は同情の視線を寄せながら「彼はオランの出稼ぎの際、
随分友人が出来たと自慢していたから、是非家族にも思い出話をしてやって欲しい」と水を向けた。
 ユーニスには黙って頷くほかは無かった。

 老婆の案内で家の扉が開く。質素な部屋で繕い物をしていたやつれた女性と、彼女を気遣うように
隣に座っていた同年輩の女性が、立ち上がって二人を迎える。子供が二人、そばで遊んでいた。
 同年輩の女性は未亡人の幼馴染らしく、来客に気を遣って子供達を自宅へ連れ出してくれた。
はしゃぎ声が次第に遠ざかっていく。これが彼の遺児なのだと思うとユーニスの胸は痛んだが、
深呼吸の後、未亡人に「彼のことで話がある」と切り出した。
 バウマーが戸口に立って、さりげなく戸外の気配に気を配っているのがありがたかった。

 鉈を取り出して未亡人……サエに手渡す。驚愕と疑念に彩られた表情に胸の痛みを押し隠しながら
ユーニスは淡々と告げていった。
 彼が馬車を襲撃したらしいこと。御者の財布を盗んで逃げたこと。警告に応じなかった為、
やむなく射掛けた所、矢が急所にあたり、その傷がもとで絶命したこと。
 そして、手にしていた財布を慈愛に満ちた表情で手渡し、生活に用立てるよう告げたこと。

 サエは鉈を抱きしめたまま、泣き伏した。「生きていてくれれば、それで良かったのに」と。
ユーニスは「足止めのために射た矢が結果として彼を殺してしまい、申し訳ない」と告げる。
 未亡人が自分を責めるなら、責めたいだけ責めればよいと、そう思ってのことだった。

 しかし、サエは思いがけない反応を示した。
 この事情を他言したかと尋ね、否定すると(実はフィルには知らされているが除外した)、
もし誰かに……例えば案内してきた老婆や、先程の自分の友人などに訪問の理由を尋ねられたら、
「彼の出稼ぎの際の知人で、近郊まで来たから村に寄ったのだ」と説明するよう求めてきた。
 呆然とするユーニスと、顔をしかめるバウマー。サエは続けていいつのった。
 「大切なのは、今、私達がこの村で生きているという事。夫が死んだ今、私達は自分の力で
生きていかねば成らない。だからこそ、真実は明かしてはならないのだ」と。
 「あなた方はこの村の民として、一生を送ることはないし、この空気に身を置かないから判らない
かもしれないが、それが自分達が生きていくただ一つの道なのだ」とも。
 そして、次の言葉がユーニスを打ちのめした。

 「ですから、私には貴方を責める理由が無いのです。あるはずが無い。……お帰りください。
そして、二度とこの村に足を踏み入れないで下さい。私達を本当に哀れと思うなら。」

 立ったままのユーニスを出口へと促す未亡人は、一つだけ知りたい、と問い掛けてきた。
「何故この鉈をもっていったのか」と。
 ユーニスは虚を突かれたように押し黙り、少し考えてから、
遺品が失われぬように、言葉を伝えたいと願ったがそれを裏付ける為に、と応えた。
 未亡人は「冒険者の考える事は、良くわからないわ」と応えて、二人を送り出した。

 日は長くなったものの、すでにやや西の方へ傾きかけていた。明るいうちに宿場に着くには、
多少急がなければならない。
 しかし、ユーニスの足取りは、どこか重いままだった。

 ”真実”より重い”事実”。”事実”の累積の上にある”現実”。その重さに”真実”は負けた。
いくら繋ぎ合わせても形になることの無い、欠落した真実が、彼の一家には隠され続ける。
 未亡人の部屋の床下に隠された一振りの鉈と共に。
 
過去の真実を砕くために
ワルロス [ 2003/02/21 21:31:44 ]
 困ったことになっている。
おれがカゾフの笑いもの、“1ガメルに泣く”男だという話が、オランに広がっている。
まだ単なる噂に過ぎないが、否定する要素はどこにもないし、何より事実だ。その話を疑うものなど、誰もいなかった。

おれは、仕事を探していた。しかし、その噂が広まってるせいで誰に話を聞いても見つかりはしない。
いやなにやにや笑いを浮かべて紹介してくるのは駆け出し、あるいは猫(スリ)にでも飽きたような連中が請けるような仕事ばかりだった。

「鍵だけじゃない。剣も、杖もある。どっちも、上等の腕利きだ」
物乞い、ではなく情報屋の男を前に言う。別に仲間自慢がしたいわけじゃない。こいつが、仕事の種を知らないはずはないのだ。
自分でもはっきりと分かるほどにおれは苛立っていた。
「あんたにどんな仲間がいようと俺の知ったことじゃない。わかってんだろ?
 1ガメルもロクに稼げないやつに回す仕事はないんだよ」
そして、やはり下品にけけけと笑った。

何も言わずに、そいつの足元に銀貨をばらまいてやる。
はっきりと痛い出費だが、この際仕方ない。経済的なダメージを隠して、不適に笑ってやる。
「もう3年も前のことだろう。良い思い出だと水に流すのが大人ってものじゃないか?」
さらに一枚、金貨をちらつかせる。これで懐にある金貨はあと一枚。
「へ、へへ、そうだな、俺も成長してみることにしたよ……
 あんた、周りの連中に良いように思われちゃいないんだろ?」
唾を吐いて、首を縦に振る。認めたくはないが、その通り。
「だからさ、昔とは違うぞってのを見せてやりゃ良いのさ。ちょうど良いところがある」
「ふん……ところ、とは遺跡か?」
男は、手のひらを上に向けて、差し出してきた。別に、手のひらを自慢したいわけではあるまい。その手に、金貨を置いてやる。
「さすが、話が分かるね。詳しいやつを紹介してやるよ。そうだな、この時間だったら……」

遺跡。悪くない。おれは仕事をつかめそうな触感に満足してその男がいるという酒場に行った。



「……で、一番奥の部屋に何があったか、報告してくれりゃ良いわけだ。本当に自信があるんなら、簡単だろ?」
ふつふつとこみ上げてくるものを感じた。
「その台詞、久々に聞いたぞ。それはつまり……」
町外れの遺跡。扉には全部鍵がかかっている。もうお宝も怪物もいない。
「自分の腕を示すのにはもってこいだろ?」
「それで腕を示すのは俺よりももっと若い連中だろう……」
やはり、予想通りにけけけと下品に笑う。
「今のてめえには、これぐらいがちょうど良いところなのさ。分かったか?」

少し考えてみる。
これをうければ、どうなるか。当然、その程度のものだと思われるのだろう。
では、うけなかったら?……その程度もできないと思われてしまう? 可能性は否定できない。もともと、おれは歓迎されている方ではない。

話は聞いてしまった。どっちにしろ良い噂が流れることはあるまい。なら、少しでも被害の軽そうな方を選びたい。
「……良いだろう。いままで挑戦したやつの中で一番早く帰ってきてやるぜ」

男は、若いやつに声をかける。そいつを遺跡まで行かせて、鍵が開いてないか確認させるらしい。
「あいつが戻ってきたらはじめだ。場所はそのときに教えてやる。なに、一刻もすれば戻ってくる。焦るなよ」

そして、俺は長い時間を待ち始めた。
 
現実は予期せぬもの
バウマー [ 2003/02/22 1:53:57 ]
  ウィルディン村を離れ、急いで宿場を目指すバウマーとユーニス。
 歩きながらバウマーは、先の言葉を反芻していた。

「私には貴方を責める理由が無いのです。あるはずが無い」

 罵倒されることを予測していた彼にも、未亡人の反応は予測していないものであった。確かに村人の支えを考えれば、彼女の取る行動は判らないわけではない。しかし、彼には気に入らなかった。真実を隠すことはまだ判るが、愛する者の命を奪った相手を前にして冷静でいられる彼女を。夫婦とは“そんなものなのか”と。

 ユーニスの歩く姿を見れば、真実を告げたことで責任が果たされたとは思えない。「罵倒される」「罵られる」ことが彼女にとって、この短い旅は意義のあるものになる思えた。
 悪いのは農夫だ。彼女が苦しむ理由はないのだが、真っ直ぐな気持ちが余計に現実の重さを感じさせていたようである。
(面倒くせぇなぁ)
 やるべき事はした。これ以上、この件で悩む理由はない。
 それはユーニスも判っていることのはずだ。バウマーは、別段なにも声を掛けることなく黙々と歩いた。時間が経てば、鬱積する気は薄らぐ。未亡人の生き方もまたあるわけだから、何も求められなかったことを考えれば良い方だと言えた。鉈を振りかざして襲ってくる可能性も考えていたことを思えば、随分楽な結果だ。歓迎すべき事である。
 
 薄曇りの中、二人は黙々と歩いた。
 
消えた姉妹を捜して
バウマー [ 2003/02/22 2:06:32 ]
  これはEP版の姉妹の冒険と連動され、そちらを一読されてから読まれることをお薦めします。

* * *



 道はコリト村に入る。日は沈みかけており、昨晩泊まった宿まではまだ少し距離がある。扉が閉められる頃までには着ける算段であった。

「ミーシャっ、リーネっ」
 村に入って幾程も経たぬうちに、人の名を呼ぶ声があちこちから聞こえてくる。村人総出で誰かを捜している様子だった。辺りは人捜しをする者で溢れ、異様な空気に包まれていた。
 
 一人の老婆が、二人を見つけると近寄ってくる。齢80は越えているのではないかと顔に刻まれた皺から伺えた。
 その老婆は、涙目になりながら、「二人の幼子を見ませんでしたか?」と訪ねてきた。
 聞けば、数刻前に遊びに出かけたまま戻らないと言う。
「もう心配で心配で……」
 布巾でこぼれる涙を拭いながら、老婆は辺りを見回すが、ふと視線を戻すと、バウマーの姿を見て、いきなり彼のローブを掴んだ。
 驚くバウマーが声を発するよりも先に、老婆は懇願してきた。
「ま、魔法使いさんですね。お願いです。曾孫を捜してはくださらんか」

 老婆は、魔法使いは何でもできる不思議な人という認識でいた。だからこそ、消えた幼い姉妹を捜し出せると考えたのである。
 「先を急ぐ」と断ろうとするバウマーを、老婆は食い下がる。
「お礼はできるだけしますから」
 それでも渋るバウマーであったが、老婆の必至の説得と、ユーニスの「手伝いましょうよ」の一言で承諾することにした。ユーニスには何かに従事している方が、今は気分的に楽ではないかと思えたからだ。

「見つかる保証はないぞ。それでも礼はもらうからな」
 身内が行方知れずになっているのに、酷い物言いであったが冒険者として依頼を受けるのであれば、このくらいのことは言えなければならない。老婆は頭を下げて頷き、「どうかお願いします」と拝むようにして頼んできた。老婆の気持ちががヒシヒシと伝わってくる。


 バウマーは、まず状況を整理させた。姉妹がいなくなった時間。姉妹の性格。目撃情報の有無。家の周辺の様子。怪しい人物の有無など。いったん村人を集め、情報を確認していく。既に一刻以上捜索しているにも関わらず、手がかりがないとなると闇雲に捜したところで見つかるものではない。

 “神隠し”、“人さらい”、“山で遭難”、“川に流された”、“沼にはまった”、“獣に襲われた”この六つの可能性が考えられた。
 神隠しは、過去前例があるかどうかの問いに、「ない」との返答と、妖精を見かけたこともないと判り削除した。
 川は溺れるほどの深さはないと言われ、既に下流一帯を捜索済みということで削除した。
 獣、化け物に襲われた可能性も低いと思われた。これは山を捜索しないことには結果は導き出せないとし、人さらい、山、沼の三点に絞られた。ただ、沼までは距離があるため、村人に誰一人見られることなく辿り着くのは難しいと思われ、可能性は低かった。

 目撃証言など集めてみると、大きな荷を積んだ馬が一頭オランの方角へ駆けていくのを幾人かが目撃している以外、これといって怪しい人物は見ていないと言う。朝方通った二人組みがいるとの声には、「それは私たちです」とユーニスが素直に答えた。
 馬に子供積んでさらったと考えられるが、目撃地点を合わせてみると、村を通り過ぎただけとも言えた。人さらいについては、まったく目撃されていない可能性も考えられたが、それに対して対応できることは今はないため、まずできることからやることにする。
 
姉妹見つからず
バウマー [ 2003/02/22 2:16:04 ]
  何人かを沼の捜索に回し、残りは山には入った。既に近いところは捜索済みと言う。

 村人の話を元に山の簡単な地図を羊皮紙に描くし共に、使い魔を飛ばすことによる鳥瞰図を得る。
 子供の行けそうなところを重点的に捜すように指示し、どんな茂みでも分けて見ることを伝えた。そして魔法の明かりを各班に灯した。たいまつの揺れる灯りでは、見落とす可能性もあり、また明るさも心許ない。確実性を言えばこの方がよい。この明かりに村人は感嘆の声を挙げる。
 魔法の明かりを手にした村人たちの士気は高まり、「もう一頑張りだ」と声を掛け合った。
 ユーニスもその中に混じる。野伏としての知識を持つ彼女が山に入ることで、見落としかけていたことが見つかるかも知れぬとバウマーは、彼女の働きに期待した。

 バウマーは老婆の家に残り、村人へ指示を与える中心的役割となった。使い魔の梟は、ここが活躍時と、夕刻から既に解き放ち、捜索に向かわせている。
 ただ、バウマーが怪しげな術を施すわけでもなく、普通の人と同じような対応をすることに、老婆たちは困惑を隠せなかった。それでも“使い魔”の働きがあるだけ、口を挟まれることはなかったが、「期待はずれ」の溜息はときより耳にできた。

 二刻が過ぎた。
 沼地の捜索は一通り終えた。長い棒を使い、浅いところを突きながら沈んでいないかと確認しながら捜したため、夜であるため大変な時間を要した。「見つからないでくれ」と願う捜索隊の重いが通じたのか、姉妹の遺体は見つからなかった。これで捜索の目は山だけに向けられた。

 山に入ったユーニスたちも、夜半前にいったん引き上げてきた。暗闇の中で明かりを頼りに捜索するのは骨の折れる作業であった。いくら魔法の明かりとはいえ、万事を照らす明かりではない。何千本と立つ木の陰を照らしに回るには、時間のかかることである。姉妹が生きているなら返事を返してくれるはずだが、捜索隊の呼びかけには応じない。声が出せないのか、出ないのか、聞こえていないのか、報告を受けるバウマーの眉間にしわが寄る。

 村人の疲労はピークに達していた。老婆の家が、地主でなければここまで大がかりな捜索はできない。一族が皆頭を下げて村人にお願いしたため、この時間まで頑張ったのだ。それももう限界である。
 「オオカミに食われた」「妖魔に殺された」「妖精が連れて行った」など、ユーニスの耳には家族の思いを余所に、無責任な憶測が飛び交っていた。

 諦めの表情を浮かべた村人たちは、自分たちの家に帰っていった。捜索は断念せざる得なくなった。空気がより一層冷えてきた。
 泣き崩れる老婆と母親。婆さんも顔に手を当て動けなくなる。
 ごく近い親族だけが残り、「休んだらもう一度山に入りましょう」と申し出た。その言葉に父親が手を取って頭を下げる。

 長い捜索の結果、バウマーも遭難説を疑問視するようになっていた。子供の行ける範囲は粗方捜し尽くした。山に入る箇所をいろいろ推測して、そこから分け入る範囲も大体捜し尽くした。それでも見つからないのである。
 それでも使い魔はまだ、捜索を続けさせていた。

 バツ印がたくさん書き込まれた羊皮紙を眺めながら、バウマーは家の西手にある山を調べるしかなくなった。ここも山を越えた向こう側は捜索し終えている。滑落ということを考えてだが、その可能性はなきに等しいと見ていた。
 西手の山は、バウマー自身、ユーニスと共に見ていたからである。村人たちが言うように、子供が登っていける斜面ではない。ユーニスもそれに同意見であり、バウマーもまた、斜面を見て頷いたのだ。

 親族とユーニスが休息を取る中、使い魔を斜面へと向かわせる。細く長い木々が、斜面を覆い尽くし、滑落できる隙間はなさそうであった。それにここならば、下から呼びかける声が届く。二人とも気を失うか、既に絶命しているならば別だが……今はその可能性を考えて捜索を続ける。

 梟は夜目が効く。そのため明かりは不要であったが、昼間のようになんでもはっきり見えるという訳ではない。しっかり認識するにはそれなりに近づかなければ駄目で、動かないものとなると、捉えることが難しい。梟は音によっても目的のものの距離、位置を掴むため、姉妹が微動だにしないと、それだけ発見が難しいのだ。声の呼びかけに応じない時点で身動きは取れないと見て、使い魔を細かく操る。
 
続く闇夜の捜索
バウマー [ 2003/02/22 2:26:56 ]
  ユーニスが休憩を終わろうと腰を上げたとき、バウマーが声を挙げた。
「見つけた」
 その言葉に、家族が全員一斉に顔を上げる。
「いや、そうじゃない。足跡を見つけた」
 家族のあまりの反応にバウマーはたじろぎ、直ちに訂正した。途端に落胆の顔になるが、それでも手がかりをはじめて見つけたのである。
 場所は西手の山の中腹。大きく滑った後を見つけたのである。

 ユーニスが明かりを手にして、山の入り口を丹念に調べに出る。姉妹の足跡を見つけるためだ。足跡さえ見つかれば、野伏の技術を身につけた彼女になら、後を追跡することは可能と思われた。斯くして足跡は見つかった。この急斜面を姉妹は登っていったのである。

「俺様としたことが、常識に捕らわれるとはっ」
 バウマーは屈辱的な思いであった。魔術を扱う者として、一つの考えに捕らわれる危険性を承知していただけに、急斜面、急勾配というだけで幼子には無理と考えてしまった自分が愚かしく思えた。
 この山の斜面を登ったとすると、姉妹の行動範囲はぐんっと広がった。登った向こう側は捜したが、その向こうの湖のある側はまだである。その旨を老婆に伝えると「まさか」の声が。爺さんも曾祖父さんも同様の考えであった。湖までは子供の足では「行けるはずがない」と。

 爺さんたちの考えを余所に、まだ歩ける親族たちを集めて、再び山に入る。先頭にはユーニスが立つ。歩きづめで辛かったが、親の表情を見るとへこたれる訳にはいかなかった。

 使い魔を飛ばして、新たな可能性のある山間を捜すが、容易に見つかるものではない。バウマーには野伏の知識はなく、梟の視力では地面に降り立ちでもしなければ足跡など認識することはできない。足跡を見つけたと言っても辿ることはできなかったのだ。ユーニスたちが登ってくるのはまだまだ時間がかかる。その間、調べられるところは調べるつもりでいた。

 随分と時間が過ぎた。一刻は軽く経過している。
 誰の胸にも諦めと絶望の陰が落ち始めた。雪がちらついてきたのだ。
 魔法の明かりとはいえ、闇夜の中での追跡作業は簡単なものではない。それに加え、雪までちらついてしまっては、頼みの綱である足跡を隠してしまう。父親が何度も「神よ、助けてください。お救いください」と祈る声が聞こえる。
 焦りと疲労にさい悩まされながら、ユーニスは着実に足跡を辿った。使い魔も独自に捜索を続けるが、彼女の視界には梟は感じ取られない。山は広大であった。

 精霊使いとしての炎の精霊力と氷の精霊力だけを感知するインフラビジョンの能力を駆使しても熱の違いを見つけることはできなかった。遭難して何時間経過したのだろう。既に体温が低下しているならば、熱感知では捉えきれないかもしれない。また距離が離れていては氷の精霊力にかき消され、熱を感じ取ることが出来ないと、ユーニスは感じていた。
 一刻も早く見つけなければと思う裏腹に、絶望感も積もり上がる。それでも父親の声、曾祖母の顔を思い出すと、頑張らねばと疲労を溜めた足を励まして捜索を続けた。

「見つけました」
 後ろにいる父親と親族が歓喜の声を挙げる。
 熱感知の能力で僅かにサラマンダーの力を感じ取ることができたのが決めてであった。地道な追跡作業が成し得た結果である。
 しかし、喜びはそこまでであった。

「ミーシャっ、リーネっ……。リーネっ、リーネっ!!」
 父親が娘の異変に気がつき、必至に起こそうとする。二人ともぐったりしており、顔に血の気はない。ユーニスには判る。妹であるリーネにサラマンダーの力が働いていないことに。名もなき生命の精霊の力が働いていないことに。

 間に合わなかったのだ。

 何度も呼びかける父親の声が、暗闇に吸い込まれていく。
「息をしていないぞ。リーネっ、しっかりしなさいっ」
 何度も揺すり起こそうとするが、小さな体は身じろぎもしない。ぐったりと首を落とすのであった。
 誰も口を開けなかった。重苦しい空気が流れる。
 ユーニスは、姉の容態も危険だと察知すると、泣きながら呼び続ける父親に告げた。
「お父さん、お姉さんの方も危険です。早く連れて帰りましょう」
 その言葉を聞いて、しばらく理解できなかったのか呆然としていた彼は、「そうですね」と涙声ながらに立ち上がった。

 ユーニスたちが戻ったのは、それから半刻ほど経ってからであった。
 使い魔の梟に出会ったユーニスは、伝わるはずとバウマーに指示を出していた。
「たくさんのお湯と、部屋をうんと温かくしておいてください」
 バウマーは、その言葉を母親たちに継げ、準備させる。妹のリーネが死んだことは、まだ告げぬ方がいいと、彼は答えを濁した。
 
姉妹の帰り
バウマー [ 2003/02/22 2:41:37 ]
  姉妹は大好きな家に戻ってきた。妹のリーネは帰らぬ人となり、姉のミーシャもまた危険な状態でである。
 リーネの遺体にしがみつく母親に、顔を覆って涙をこぼす祖母たち。
 それでもミーシャがまだ息があるのが救いであった。哀しみばかりに捕らわれていてはいけない。
 ミーシャを桶いっぱいに溜めた湯に浸ける。指先と掌が擦りむけ、爪が割れている。膝も血が滲んでおり、痛々しい有様であった。それに加えて両手、両耳は凍傷にかかっており赤紫色になりかけていた。

 曾祖母が手を合わせて必至に祈りを捧げる。
「神様どうか、ミーシャを助けてやってください。私は十分に生きました。生きすぎました。もう私の命はもういりませんから、この子を救ってください。お願いします」
 一族皆で祈っていた。
「神官様を呼んできておくれ」
 爺さんの声に、親族の男が返事をして飛び出していく。宿のある街まで行けば奇跡の起こせる神官がいると言う。
 誰もがそれを期待した。お布施の代金など気になるものではなかった。この娘を亡くならせまいと、誰もが思っていた。

 しかし、ユーニスの精霊使いとしての能力が、消えかかる生命の精霊を感じていた。
「消えないでっ!!」
 なんとかして、神官が辿り着くまで保たせなければ。
 ユーニスはまだ生命の精霊と交信することはできなかったが、呼びかけて、現状を維持することはできるのではないかと思った。精霊語で何度も何度もミーシャに呼びかける。ミーシャにいる生命の精霊に呼びかける。反応は何一つない。まだ未熟な彼女の力では、なんら効果を上げることはできないかも知れないが、何もしないよりはマシであった。
 応急処置は施した。野伏としての知識と、精霊使いとしての能力を駆使してミーシャの命をつなぎ止めようとする。

 ミーシャの体は湯で温められたはずだが、生命の精霊の力はとても弱々しいもので、予断を許さない状況であった。明け方、神官が到着する。大地母神の神官着に身を包んだ中年の男は、布団に移された娘の横に立つと、手を翳して祈りはじめた。
 神官は神の力をその身に感じ、手の平から娘に力が及ぶことを安堵の気持ちで感じていた。

 だが、目を開いた神官は我が目を疑った。確かに神の奇跡は起きた。だが、娘の顔色は優れることはなかった。ただ、耳の凍傷は癒されていたが……。

 布団をまくると、指先の凍傷も擦り傷も癒されていたが、心臓の音は弱々しく、また不確かな脈打ちのままであった。

「こ、これは。私の力の及ぶところではありません」
 苦渋の表情で、神官は答えた。
 凍死しかけた娘を救うには、徳の高い司祭の力を持ってでなければ、この娘の状態を回復させることはできないと説明した。神の声が聞こえる信者ならば、誰もが使えるといわれる癒しの力は、表面的な傷は癒せても、内面的なものまで癒すことはできない。心身を元の状態に戻すには、遙かに高い徳を持つ司祭の力を必要としたのだ。
「そんな馬鹿な」
「なんとかお願いします」
 父親の事実を受け入れられない台詞に、神官にすがりつく老婆。一度に二人の曾孫を失いたくはない。「寄進なら、必要なだけしますから」涙で顔を崩しながら懇願する家族だが、神官には何もしてやれることはなかった。ただ娘の生きる力を信じて祈るだけである。

 ユーニスもバウマーもこの事態は予測していなかった。間に合った時点で、仕事が片づいたと考えていた。一人は残念なことになったが、一人は救えたのだから、彼らの働きは無駄ではなかったのだ。それが揺らぎはじめた。

 ユーニスは再び、精霊に語りかける。神官の言葉を聞いて、「もし、自分が名もなき生命の精霊と交信できていれば」という可能性を考えてしまう。そんな可能性など、出来ない時分に考えたところでなにもならないのだが、使えていれば回復できたかもしれないという思いが捨て去れない。徳の高い司祭でなければ救えない状態だが、精霊に働きかけて回復させる力は奇跡のそれとは別物だ。内面から生き物の持つ自然治癒能力を活性化させるもので、凍死しかけている者にも効果があるように思えた。

 使えないものを悔いてもはじまらない。自分は呼びかけて、この娘の生きる力を信じるしかなかった。もう、あのときと同じ感覚は味わいたくない。

 それは自分が射殺してしまうことになった農夫の死ぬ間際のこと。砂地に水を撒いたときのように、スッと水が砂に吸い込まれるように生命の精霊が消えてしまう瞬間。人が死ぬ間際は、四大精霊や主だった精神の精霊はほとんど感じられなくなる。ただそこに、命の精霊だけが浮かび上がるように感じ取れるのだ。だからこそ、死の瞬間を精霊使いはより強く感じることになる。まだ、まともに精霊と交信できてから時間は経過していないが、それ以前からも「死」の瞬間に関しては強い印象を残していた。

「消えないで!」
 ユーニスは必至に呼びかける。
 その言葉に呼応するかのように、名もなき生命の精霊は、その命の輝きを眩しくした。
「その調子よ」
 ユーニスは少女の生命力を嬉しく思った。これで彼女は元気になる。生きてくれる。
 ミーシャはうっすらと目を開けた。
 父親と母親が身を乗り出してのぞき込む。ミーシャは、大好きな二人の姿を見て、口元だけで笑って見せた。

「……ただいま」

 ミーシャはその一言を呟いたあと、再び目を閉じた。
「逝っちゃ駄目!!」
 ユーニスが精霊語で叫ぶ。
 先ほどまで力強さを増しつつあった、名もなき生命の精霊は、指の隙間から漏れ落ちる水のようにその嵩を減らしスッと消えてしまったのだ。煙が風で流されるように、こちらの世界から向こうの世界に移動するかのように。

 呼吸が止まり、脈も止まる。それを感じ取った家族が声を挙げて泣き出す。部屋は固唾を呑んで見守っていた親族で埋め尽くされており、哀しみが伝染していくかのように、次から次へと泣いていった。
「可愛い子が」「賢い子だったのに」「いい子がなんで」口々に、娘の死を悲しむ。
 ユーニスは目の前で消えてしまった生命の精霊のことをしばらく受け止められずにいた。
 ミーシャは死んだ。ミーシャも死んでしまったのだ。

 バウマーとユーニスは報酬をもらうと、家を後にした。
 老婆が約束のと差し出した木箱の中は、銀貨と金貨で埋め尽くされていた。それは家族が大事になったときのためとコツコツと貯めてきたお金であった。あまりに古く、錆が浮いた銀貨も見受けられた。数として数千枚。バウマーは、「持っていけるかよっ」と悪態をついた。老婆はすまなそうに謝るだけであった。ユーニスは何も口を挟まない。
「しょーがねーなー」
 と言いながら、木箱の中から金貨だけを選び抜くと、「後はいらん」と断った。彼なりの気遣いの現れであろう。口と態度は相変わらずであったが。
 老婆はそんな二人を「泊まって行ってください」とお願いするのであったが、それはさすがに受ける気にならなかった。夜通しの仕事となり、心身共に疲れのピークではあったが、死者を出した家に泊まるほど厚顔ではいられなかった。依頼通り捜し出すことはできたが、それはあくまで「生きて見つける」というのが前提である。手遅れでは意味がない。少しでも早く、この村から立ち去りたい気持ちになっていた。

 何度も礼を述べる老婆に複雑な気持ちを抱きながら、二人はその村を後にした。
 気を紛らわす為に引き受けたはずの仕事が、余計に気を沈めるハメになった。

「クソッタレが」
 バウマーは、朝日を背に受けながら、道ばたの小石を蹴っ飛ばした。それの石は、しばらく道を転がっていったが、右にそれて川に落ちてもの悲しい音を立てて沈んだ。
 
それぞれの思いを胸に
バウマー [ 2003/02/22 4:05:09 ]
  来たときに泊まった宿に着くと、二人はそれぞれの部屋に入るとベッドに突っ伏して眠った。なかなか寝付けなかったが、やがて眠りに落ちた。

 夕刻、ユーニスは酒場に降りてきていた。バウマーも起きていたが、自室から出ようとはせず、窓から見える夕焼けを眺めていた。
 ユーニスはすっかり晴れ渡った夕焼けの見える窓際に座ると店員を呼んだ。注文を聞きに来たのはあの青年、フィルであった。なにか少し気恥ずかしい気持ちでお茶と軽い食事を注文すると、「ただいま」と告げた。
 不意に涙が零れてしまった。
「あれっ、おかしいな」
 涙を拭う彼女を見て、フィルは「お帰りなさい」と優しく声をかけると厨房へ駆け戻っていった。その気遣いがユーニスには嬉しかった。
「まだまだだな〜」
 未亡人の言葉に消える生命の精霊、昨日は多くのことがありすぎた。自分の揺れる気持ちに冒険者としての実力が備わっていないことを実感する。ふと、店にバウマーの姿がないのを知り、彼のことを少し考える。
 経験豊富そうではある魔術師は、何を感じたのだろうか。きっと、訪ねたら「アホか」とか「馬鹿いえ」なんて言い返されてはぐらかされるのが落ちだと思え笑えた。
 今日一日、連泊することは泊まる前に決めていたため、ゆっくりできる。それはありがたかった。オランに急いで戻っても、別段約束があるわけではない。ただ、ワルロスのことが気になりはしたが、彼とて子供ではない。多少の遅れなど理解してくれるはずだ。

 不意に吟遊詩人の歌が耳に入る。窓の外は街道を行き来する人で賑わっていた。歌詞は旅人を歌うもので、冬の寂しさをかき立てさせ、望郷の念を思い起こさせるものであった。

 二階の一人部屋では、バウマーも漏れ聞こえるその歌声に耳を傾けていた。

 救えたはずの姉妹の命を救えなかったことは、彼にとっても心の痛手となっていた。まだ他に手だてはあったのではないか? やりようはなかったのか? それを繰り返し考えていた。
 人捜しの依頼は過去にも経験している。なればこそあれだけの指揮をして見せられたのだが、経験豊富とて、救えなければ誇る価値にはならない。
 子供の取る意外な行動、発想、目線。どれも欠落して対応していたとしか思えない。もう一山向こう側をあらかじめ捜索させていれば、もっと早く発見できたはずだ。自分の使い魔も存外頼りにならぬなと思えた。
 全ては後の祭りである。

 日も暮れ、外の景色が見えにくくなると、バウマーも一回の酒場へ降りた。窓際に座るユーニスを見つけ、その向かいに座る。
 ごく在り来たりな挨拶と言葉を交わすと、二人とも黙った。
 詩人の歌声だけが、その間を埋めていく。今日四曲目となるその歌詞は、鎮魂歌であった。

 翌朝、二人はオランに向けて歩き始めた。昨晩もよく寝て気分はよくなっていた。ユーニスの顔にも迷いはない。バウマーは相変わらずの気むずかしい表情であったが、口端を挙げて鼻で笑うところを見ると、彼もまた気持ちの切り替えは済んでいたようだ。
「ほれ、行くぞっ」
 通り過ぎる家族の一行に目を奪われていたユーニスは、バウマーの呼びかけに気持ちよく返事をする。
「はいっ!」
 少し遅れた距離を取り戻すべく、彼女は駆け出した。
 
22日、街外れの遺跡とその仕事にについて
ワルロス [ 2003/02/23 18:42:43 ]
 鍵をかけに行った若い男はいつまでたっても戻ってこなかった。夜が明けて、待つのに疲れたのか、また一人、遺跡を見に行った。
そいつも日が暮れても帰ってこなかった。
混乱が広がる。憶測が飛び交う。
結論は、こうだ。「遺跡に何かが出てきて、そいつに喰われた」
ついこの前までは安全な遺跡だったはずだ。しかし、それ以外に考えられなかった。

「次は、おれが見てきてやる。なに、最低でも生きて帰ってきてやる」
言ったのはおれだ。このままでは埒が明かない。
「まっ、一人で行けば同じことになるかもしれんがな。もう、部外者がどうこうは良いだろう?
 杖と、剣……で霊に知り合いがいる。そいつらを連れて行く」
快く、とは言えないが許可が下りた。報酬の話は詳しくはしていないが、無いことはないだろう。

二人、バウマーとユーニスに会えそうな場所……平たく言えばバウマーが根城にしているきままに亭で、二人を待つ。
予定より一日遅れて二人は帰ってきた。旅なんてものはそんなものだろう。
帰ってきたばかりだが、ユーニスは快諾してくれた。「生き残る」ことが条件だ。
バウマーは、組織の仕事は請けない、と決めているらしい。もっと良い仕事を自分で探し出すことに決めたようだ。

結構は明日。体力的に辛い旅でもなかったようなのでユーニスにも問題はあるまい。
さあ。鬼が出るか蛇が出るか。何が入ってるかわからないびっくり箱なんてのは嫌いだ。
 
第24日、ギルドへの報告より・1
ワル [ 2003/03/15 4:01:51 ]
 ・遺跡内、我々が把握していた箇所にはすべて新しい罠は無かった

「……何か、見つかりましたか?」
「飽きた」
「えっ?」
「よく考えれば、ここの遺跡の構造は聞いてある。全部頭の中に入ってるんだ。
 新しく罠があるというのなら、中にいる誰かが仕掛けたんだろうが、ギルドのように複雑にできるわけがない」
「はぁ、でも、もし何か会ったら……」
「何かあったら、そこには死体か、血のあとでも残ってるはずだ。
 灯火の油がもったいない。行くぞ」

・石像と壁画の部屋にも変化なし。仕掛けは問題なく動いた。

「そこ、縄が張ってあるぞ。気をつけろ」
「わっ、とと……? 行き止まりですか?」
「いや、竜と戦士がそろってこっちを向いている。こういった怪しい部屋には仕掛けがあるものだ。
 お前も、戦士なら分かるだろう」
「えっ、ええぇと……私は、遺跡のことはさっぱりで」
「そうじゃない。勇者と竜は協力するものじゃない。戦うものと相場が決まっているだろう。
 剣士の像が回転する仕組みになってるはずだ。よろしく頼む」
「……力仕事は私なんですね……」

・「最も奥の部屋」の中の宝箱の一つに新しく仕掛けを発見。それにより、未確認の通路が開いたと思われる。

「二重底か。この鎖を引けば壁が開くわけだな」
「その仕掛けがあるから箱が全部床に固定されてたんですね」
「だろうな。いままで誰も気づかなかったとは。
 ったく、隠し扉の奥に隠し通路とは、なんて趣味の悪い魔術師だ。……いや、魔術師というのは趣味が悪いものか」
「ワルロスさん……誰のことですか……?」
「さぁな」
 
第24日、ギルドへの報告より・2
ワルロス [ 2003/03/15 5:21:06 ]
 ・新しく確認された通路には落とし穴があった。殺傷力は無し。底に先立って遺跡を偵察に来た男を発見。救出し、水を与える。

「俺が来たときには、もうここは開いてたよ。だから、ヨハンのやつが見つけたんだと思うぜ」
「で、貴様は追いかけようとして穴に落ちたわけだ」
「兄貴、それを言わないでくれよ」
「おれは貴様の兄じゃない。もういい、帰っていろ。腹も減っているだろう」
「くす……あっ、でも、じゃあそのヨハンという方は?」
「たぶん、その扉を開けてもっと奥にいったんでしょうね、姉さん」
「その女はお前の姉じゃない。とっとと行け」
「……へいへい……」

・通路奥がわの床や壁に血痕を発見。扉に罠があると予想された。

「必殺の罠、というところか。ユーニス、下がっていろ。もっとだ」
「……大丈夫ですか……?」
「お前がやるよりはな。
 ……変わった材質だな。……? よく分からない……」

・怪物を発見。これを排除する。

おれの報告が分からないだと? もっと詳しく? いいだろう。……
 
(無題)
ワルロス [ 2003/03/16 0:09:48 ]
 「……変わった材質だな。……? よく分からない……」
扉の各所を調べてみても、罠があるようには感じられなかった。蝶番も手前側には見つからない。
仕方なく、取っ手に手を伸ばす。嫌でも集中が高まる。緊張といってもいいな。
手を触れた瞬間、扉が襲ってきた。いきなり、腕が伸びてきた。片方はおれの腹を軽く裂いて、もう一本には腕をつかまれた。
「何!? ワルロスさんっ!?」
「イミテーターだ!」

応戦しようとしたが、なんせ片腕をつかまれていては思うように動けない。手にはランタンを持っていたため、剣を抜くこともできなかった。
「ワルロスさん、下がって! 私が……」
「手を……掴まれている!」
自分の状態を伝えるために叫んだ。暗く、狭い通路ではどうなっているかなどユーニスにはわかっていないと思ったからだ。

腕を振り解こうと思うが、非力な自分ではうまくいかない。
「ちいっ……」
切り抜ける方法を考えた。いま武器になるものは手元のランタンだけ。しかし松明ならユーニスが持っていたはずだ。
おれは、判断を下した。めいいっぱい後ろに下がり、イミテーターにランタンを投げつける。
怪物がひるんだのはがしゃあん、という景気のいい音か、それとも炎か。ともかく、その隙にありったけの力で腕を引く。肩が抜けても構わないつもりだった。
案外、簡単に腕は離れた。距離をとり、イミテーターの腕が届かない場所まで来ると、腰から水袋をひとつ取り、それをまだくすぶっている炎に投げる。中には油が入っているはずだった。

背中を向ける。怪物の悲鳴でも聞こえるかと思ったが、それらしきものはなかった。
自分が大きな影を作り出していた。状況が飲み込めていないかもしれないユーニスに向かって叫ぶ。
「一旦、退くぞ。一度、ギルドまで報告に戻る!」
そして、走り出す。……おれは、自分の間抜けさをつくづく痛感した。結局、先の男と何も変わっていないかもしれない。
足元に空いた穴のことを忘れていたおれは、足を踏み外し、深い穴へと落ちていった。
 
第25日、ギルドへの報告より
盗賊の男 [ 2003/03/16 15:53:21 ]
 俺の見たことを話せ? 1ガメルの兄貴の話じゃ分からなかった、と。なるほどそういうわけですかい。

俺はね、穴から助けてもらったあとすぐここに帰ろうとしたんですよ。でもね、途中、遺跡の近くに妙な男がいまして。こんなイヤミな目をしてましてね。半妖精の癖にローブを着て杖なんかもってまして。
あそこは、俺らの場所でしょ? 一言言ってやろうと思ったら、向こうの方が先によってきましてね。

「貴様、このあたりに男と女の二人連れが来ただろう。どこへ行った?」

え? いやいや、そんな簡単に喋ったりはしませんとも。俺だってね、びしっと言ってやりましたよ。
「おいおい、ここは滅多に入ってきていい場所じゃないぜ。とっととおうちか森にでも帰りな」
「話してるのは俺様のほうだ。知っているんだぞ。
 この辺りにある遺跡に、1ガメルに泣くとか言う男と、その連れの女が来ているだろう。」

ほら、そこまで知られてるんじゃ隠しても無駄でしょう? 仕方ないなと思って、案内してやったんですよ。えぇ、遺跡の中まで。

ひゃ、兄貴、親分、顔が怖いですぜ……
 
第25日、ギルドへの報告より・2
盗賊の男 [ 2003/03/16 17:05:39 ]
 え、ええ、落ち着いて聞いてくださいよ。それで、そいつをつれて入っていったんですよ。
で、奥のほうから女の叫び声が聞こえましてね。それを聞いてその半妖精が走り出しましてね。魔法で明かりを持ってるのはそいつですから、仕方なくついてったんですよ。
案の定、像と壁画の部屋の罠に引っかかってこけましてね。いやぁ、傑作でしたよ、くっくく……

話しますってば。新しい通路のところで、剣士の姉さんが扉の化け物みたいなのと戦ってましてね。
明かりも何もなくて、ずいぶん苦戦してましたよ。半妖精の持ってた光に驚いて、こっちを振り返っちまったんですがね。
なにやら、怪物につかまれてたみたいですが、簡単に振りほどいてましたよ。まぁ、背中に何発か食らってましたけどね。

「バウマーさん!?」
「馬鹿が。こっちを見るな。先にそいつを片付けろ!」
えぇ、話はそれだけでしたよ。女は向き直って、まぁ明るくなったからですかね。ずいぶん余裕があるように見えましたよ。
で、半妖精の方も怪しげに動き出しましてね。しかもぶつぶつ陰気に何か言い始めたんですよ。
したら、よく分かりませんが剣がこう、光り始めまして。えっ、そんなことはどうでも良い?えぇ、もうそのあとはすぐに怪物は倒されましたよ。あっけなく。

えっ? 1ガメルの兄貴は何をしていたのかって?
穴に落ちてたみたいですよ。ええ、扉の怪物を倒したあとすぐに助けられてたみたいですから。
 
第22日・ギルドには未報告のいくつかの会話
ワルロス [ 2003/03/17 17:16:10 ]
 「なんでお前がここにいるんだ?」
「盾がなくなってしまったら、また拾うのは面倒だからな。仕方なくだ」
「……つけられたようには感じなかったんだがな」
「貴様の未熟のせいだろ」
「……あの、ところでなんで服に靴跡がついてるんですか?」
「……あのザコども、まだ俺様の顔を覚えてやがったとはな。まぁ、魔術に対する畏怖というものだろうがな」
「……常闇でからまれてたのか」
「ははぁ、それで、ぼこぼこにされてる間に二人を見失ったわけですね」
「貴様は黙っていろ」

「何かあったら逃げろといっただろう。何故そうしなかった?」
「ワルロスさんが、呼んでも返事がなかったから……もしかしたら、あの怪物が何かするかもしれないって」
「イミテーターはあそこから動けないんだよ。それに、軽く頭を打っただけだ」
「何を偉そうにいってやがるんだ。穴に落ちたのも、怪物のことを伝え損なったのも貴様の責任だろ。聞いて呆れるぜ」
「何を……っ」
「まぁまぁ、二人とも、落ち着いて下せぇ」
「口を挟むな」

「それにしても、ヨハンはどうなったんですかね?」
「イミテータは、殺した相手を溶かして食うのだ。おそらく、こいつにやられてしまったんだろうな」
「ということは、まだこの奥には行ってないということですか?」
「そうなるな。いまなら、ここをおれらが少しばかり荒らしても問題はないだろう」
「闇雲につっこんでも命を失うことになるぞ。イミテーターがいたなら、ゴーレムなぞおいてあるかも知れねぇからな」
「……それなら、おそらく逃げられんこともあるまい。……奥は、階段か。もぐってみなければ何も分かるまい」
「でも、瓦礫で埋まってやすぜ」
「…………………………」
 
後半部分について
ワルロスPL [ 2003/03/17 17:39:10 ]
 この記事の中の、No.13以降、『ワルロス』および『盗賊の男』(ミスにより『ワル』となっているものは本来は『ワルロス』です)の投稿は、最初の『概要』とは外れたものになっています。

〜あらすじ〜
バウマーとユーニスがウィルディン村へと向かっているころ、オランではカゾフの“窓際に立つ”ガロンの流した噂が飛び交っていた。
それは、ワルロスが過去に3年間の獄中生活をしていて、そのためにカゾフから逃れ自分を知るもののいないオランにいる、というものである。
その噂のせいで実力不足のレッテルを貼られたワルロスは、自分の能力を見せるために仕事を探すが、鍵開けの能力テストを命ぜられてしまう(No.6)
ところが、その遺跡で行方不明者が出る。何かがあると考えたワルロスは、解決には仲間の力が必要だと判断し、二人の帰りを待つのだった。


本来なら別の話とするべきであるのにここに書いていること、また雑記帳でありながら一人で展開してしまったことを深くお詫びします。
 
リレー終了に寄せて
ユーニス [ 2003/03/17 22:46:49 ]
  ワルロスPLさんお疲れ様でした。
 今後、進行については冒険ガイドにて綿密に調整し、疑問点などは
逐次話し合いの上で解決し、迅速な対応を心がけていければと思います。

 改めまして、お二方、お疲れ様でした。
 
(無題)
管理代行 [ 2004/11/27 4:36:44 ]
 このイベントは既に終了しています。