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二重螺旋の井戸
- [ 2003/06/16 0:08:35 ]
 6の月、15の日に旅立った冒険者たち一行。
件の遺跡に足を踏み入れたのは、6の月22の日。
旅立ってから、前日までの出来事はEPを参照してください。
EPの続きから、この雑記は始まります。

(他詳細、冒険ガイド参照)
 
目覚め
ラス [ 2003/06/16 0:11:07 ]
 <22の日/東階段(下り)入り口>

先頭にカレン。続いてギグスとスカイアー。セシーリカ、ターレスを挟んで、俺。そして殿がカール。
そんな隊列で、俺たちは例の通路に足を踏み入れた。
崩れた地盤の隙間、ということで、整備された通路なんかじゃない。ただ、通路っぽいというだけの話。
だが、幸いにも腹這いになって進まなきゃいけないなんてことはない。
これなら、帰り道にでかい荷物を抱えていたとしても余裕はありそうだ。
もちろん、ここで何か出ても、ギグスのモールがつっかえて使えねぇなんてこともない。

……が、そんな心の準備とは裏腹に。入り口に辿り着くまで何にも出会わなかった。
多分、雑魚の妖魔なんかは、昨日片づけたミノタウロスが掃除していてくれたんだろう。
そして、アレがうろついていたおかげで、他の冒険者たちもここまでは来なかった。
だとすると、あれはあれで、俺たちにとってはちょうどいい番人だったのかもしれない。

入り口。
横幅の広い石の扉がある。この時代にはよくある、装飾的な枠組みも。けれど、もともと、レックスの都市の中に建築されたものではないから、華美なものではない。人を招くことがないからなんだろう。
そう、ここは良くも悪くも、純粋な目的のための施設なんだ。

ターレスが紡ぐ上位古代語のキーワード。さすがに半年もかけて調べたからには、その程度の調べはついている。
そう。入り口をくぐることは出来る。問題はそこからだ。

井戸の目的は分かっているし、一番重要な魔法装置が一番底にあることも分かっている。
けれど、ところどころに配されている橋。井戸の真ん中の空洞を貫くように架けられている橋の目的がわからない。
単に向かい側の階段に移動するため? まさか。古代王国期の魔術師なら、飛行の呪文で事足りる。
いや、それを考えれば、そもそも階段が要らないことになるから……やっぱり蛮族用の通路の1つとして、橋も造られたのか。
それとも、都合5本の橋があることによって、何らかの魔法的作用があるのか。

入り口の扉をくぐり抜けて、階段へと足を踏み入れる。
空気が、変わった。
水乙女の気配が濃くなる。それでも、どうやら今は稼働していないらしい。魔力の塔がないせいなのかもしれない。水を作り出してもそれを転移させる先がないから、自動的に止まっていることも考えられるけれど。

石の階段は予想以上に固い感触を伝えてくる。
ふ、と。遺跡の内部に明かりが灯った。真昼のように、とは行かないが不自由がない程度には明るい。
遺跡にとって、俺たちは招かざる客だろう。けれど、明かりが灯ったことで、遺跡が長い眠りから覚めたように思えた。

「生きてる遺跡、か」

ギグスがそう呟いた。
 
予感
スカイアー [ 2003/06/17 0:02:26 ]
 <22の日/東階段(下り)〜第一の橋〜西階段(下り)入り口>

声なき声が満ちている。
水霊が井戸の底で蠢く故か。
この都市で朽ち果てた亡者の叫びか。
或いは両方か。

階段、壁と、一通りの調べを終えたカレンが、慎重な足取りで降った。
手招きに応じ、ギグスと並んで降る。
ターレスが、杖を突きつつ降り終えたところで、扉に手を当て考え込んでいたカレンが振り向いた。
「これも合言葉で開く仕掛けらしい。頼む」
ターレスは徐に頷くと、扉の前に立ち、杖を構えた。
先ほどとは異なる魔法語を低く呟き、杖で扉の中心に触れる。
音もなく、扉が横に滑る。
初春に戻ったかのような肌寒い空気が溢れ出てきた。

扉の先は半円形の大きな足場であり、中心から直線状に石造りの架橋が設けられている。
幅は広く、大の男二人が横に並び歩いて、なおかなりの余裕がある。一人が得物を振り回すには申し分ない。
腰に命綱を結わえたカレンが、身を屈めて小走りに進む。
我々が見守る中、カレンは無事に対岸まで渡り終え、我々は一人ずつ、橋を渡って行った。

ただ真直ぐに歩いて来たのは私、ギグス、カールの三人。
中途に立ち止まり、底を見下ろすなどしたのは、セシーリカ、ターレス、ラスの三人。
「底の方は灯りが点いてなかったよ。よく見えなかった」
「いやはや、隙のない造り。カストゥールの建築技術には感服ですな」
「……」
一人、無言のラスに全員の視線が集まった。
「話してみろよ。よくない感じがあるんだろ」
カレンの言葉にラスは頷いた。
「底の方で氷霊の力が混在してる。勢いは大したことないんだけどな」
困ったものだというように、ラスの口元が歪んだ。
魔法装置とやらの異常か、別に理由があるのか、判然としないものの、厄介な要素が一つ生まれたことに変わりはない。
「それじゃ、次、行こうか。ターレス」
「では」
再び、扉の前にターレスが立ち、私とギグスがその背後で武器に手を伸ばす。
このような場所には、往々にして気配を持たない化生が存在するのだ。

ターレスの詠唱に応え、扉が動いた。
 
予感2
A.カレン [ 2003/06/17 23:33:49 ]
 <22の日/西階段(下り)入り口〜西階段(下り)>

扉の先には、さっき降りてきたのと同じ作りの階段と壁が見えた。
他には何もない。
しかし、ぴんと張り詰めた空気は、まだそのままだ。
この先を確かめなければ。
扉には、合言葉以上の仕掛けはないらしい。
螺旋階段にも、モンスターが徘徊している様子はないので、更に下に降りるべく、みんなを促す。

階段を十数段降りた時、ちり、と首の後ろが熱くなるような感覚が走った。
いや、強くなったと言うべきか。
橋の向こう側の扉を開けた時に、既にこの感覚はあった。なんだか、いやな感じだ。
思わず振りかえる。
スカイアー、ギグス、ターレス、セシーリカ、カールさん。
これといって、変わった様子はない。
ラスは渋面を作っている。
「どうかしたか?」
スカイアーの声が、低く響く。セシーリカの顔に不安の色が浮かぶ。
殿でカールさんが後ろを振り向き、またこちらに向き直る。
「後ろは大丈夫です。任せて下さい」
「………ごめん。ちょっと……」
ちょっと気になっただけだ。
後方の憂いはない。
カールさんは腕が立つ。任せておけば安心だ。
セシーリカとターレスの支援も心強い。
スカイアー、ギグスも然り。

…いったい何が気になったんだ?

自分より感覚が鋭いはずのラスは何も言わない。
「まだ橋を一本渡っただけなんだ。今からそんなツラしてたんじゃ、底まで身がもたねぇぜ」
……確かにギグスの言う通りだ。
今のが気のせいだとも思わないが、いちいち気にかけていたのでは、自分の仕事ができない。
ひとつ頷き、また階段を降り始める………。


この時、開いた扉の内側を、気配を持たない何者かが横切る姿を、冒険者達は見ることはなかった。
 
ギグス [ 2003/06/18 22:47:08 ]
 <22の日/第二の橋>

「どういうことだこりゃぁ・・・」

階段を降り切り扉を開いた先にある二本目の橋には雨が降っていた。
多分正確には雨じゃねぇだろう。雨見てェなモンだ。
その上から降りしきる雨で橋はびしょ濡れだ。
しかも橋は微妙に山なりだ。かなり歩きづれェ。
橋の下に落ちる可能性はさっきの橋に比べりゃ数倍だ。

全員がターレスを見る。この中で一番知識が豊富な老魔術師を。
全員の視線を受け、ターレスが口を開く。

「ふむぅ。とりあえず“魔力感知”をかけて見ましょうかねぇ」

老魔術師の口から古代語が紡がれる。俺の相方もよく使う聞きなれた言葉だ。
意味はわからねぇが。

呪文を唱えた後にターレスは首を傾げながら魔力は感じられないと言った。
その直後ラスが水霊は居るようだと続ける。

このままウダウダ考えていても仕方がねェ。俺は思いきって雨の降りしきる橋へと足を踏み出した。

・・・・・・特になんともねェ。
俺は振り返り肩を竦めながら仲間になんともねェと笑いながら言う。

「あまり無茶をするな」
「まったくです。貴方は楯なのですよ」

スカイアーが溜息と苦笑交じりに言い、カールが頷きながら続く。

「なぁに。こういう事は俺の役目だ。気にするねェ」

カレンを先頭に全員で橋を歩き出す。一本目とは違い全員でだ。
上はどうなっているのかというセシーリカの疑問にラスが光霊を召喚し上に飛ばす。
全員で上を見上げる。其処には・・・
 
守護者
カール [ 2003/06/19 23:08:53 ]
 <22の日/第二の橋>

「ガーゴイルかよ!?」
叫んだのはおそらくギグスさんだろう。その言葉と同時に剣を抜きセシーリカの前へと飛び出る。

そう、上空には遺跡の守護者として有名なガーゴイルらしき物が居た。そして、其れはこちらに向かってゆっくりと確実に降りてくる。
いつから居たのだろうか・・・カレンさんが先ほどから感じていたという気配の正体はこれだったのか・・・。
だが、かの石肌の魔法生物ははあのような赤い肌ではない。
となれば・・・確か・・・。

「なんと!ザルバードですか!いやはや。実物ははじめて見ました。」
・・・そう、そんな名前だった。ガーゴイルのモデルとなった。下位種の有翼魔神。

「では、ターレス師。アレはどのような行動に出ますか?」
「ふむ・・・彼らは・・・。」
その言葉を遮るかのように、それは我々に向かって火を吐きかけた。

まさに火蓋は切って落とされたのだ。
 
初戦
セシーリカ [ 2003/06/20 23:05:56 ]
 <22の日/第二の橋>

「うわっ!」
 炎にまかれて、思わず悲鳴を上げた。四方を戦士が守ってくれても、“上”からの炎だけはどうしようもない。カールさんが咄嗟にわたしを守る位置に出たことで、標的をわたしに定めたのだろう。……狡い。

「セシーリカ、大丈夫か!?」
 カールさんの声が聞こえる。目を守ろうと眼前に上げた腕が、ひりひりと痛い。でも、ほかは大したことはない。…ない、はずだ。
「大したことあるもんか!」
 自分に言い聞かせるためにも、大声を上げて腕を振る。スカイアーさんとギグスさんが斬りかかろうとするけれど、ザルバードはふわりと宙に逃げた。
「くそっ、降りてきやがれ!」
 ギグスさんが叫ぶ。ザルバードは、嘲笑うように空中で留まっている。
「また、降下ついでに火を吹く気か?」
「そうならまだ、降りてくる隙に斬りかかれるかもしれません。しかし、奴は魔神です。魔法で攻撃してくるかも」
 カールさんの言葉が終わらないうちに、光の精霊が頭を掠めて飛んでいった。ザルバードに当たって、はじける。赤い魔神の体が揺らいで、悲鳴のような雄叫びが響いた。
「だったら、降りてくる前に仕留めりゃいい。足場が悪いから、下手に地べたで勝負するよりは確実だろう」」
「ふむ。なかなかに正論ですな。しかし、奴は火を吹く魔神ですからして、火や熱の攻撃は、なんとも、意味がないですぞ」
 ラスさんの言葉を引き取るように、ターレスさんの声。こんな時にでものんびりした口調なのには、さすがに感心する。
「…どうにも、こいつを片づけない限りは進めそうにないしな」
 カレンさんが、投擲用のダガーを構えてつぶやく。
「…む。来るぞ」
 スカイアーさんの言葉が合図になって、反撃は始まった。



「……びっくりしたのは最初だけだったな」
 ザルバードの死体を見下ろして、ギグスさんが呟く。結局ザルバードは、光の精霊をもう一発受けて、ラスさんめがけて降下しようとしたところを、ターレスさんの「光の矢」を受け、さらにスカイアーさんに一刀のもとに切り捨てられた。
「こんなところで魔神と出会うとは。いやはや、レックスとは恐ろしいものですなぁ」
 全然恐ろしいって風に聞こえません、ターレスさん。
「怪我したのは……セシーリカだけだな」
「怪我って言っても、腕がちょっと焦げただけだよ」
「それは立派な怪我だ。見せなさい」
 カールさんがチャ=ザに癒しの奇跡を願ってくれる。

 とりあえず、頭上から振ってくるのは、この雨のようなものだけじゃないことは、よくわかったよ。やっぱりレックスだ……今まで以上に、気を引き締めて行かなきゃ。
「先はまだ長い。…そろそろ行こう」
 カレンさんの言葉に、みんなが頷いた。
 
違和感
ターレス [ 2003/06/22 23:58:28 ]
 <22の日/第二の橋⇒東階段(入り口)>

気は急く物の、雨(とは云えないかな)の中、で一戦を繰り広げた私達は
オラン水道内に巣くったねずみのように塗れそぼっておりました。
特にギグスさんなど、いの一番で水の影響下に足を出してくれた上、
全身金属の鎧ですから、大層具合が悪そうです。
かくいう私も帽子の先から鼻先にあたる水滴が大層うっとおしいものでした。
足場の不安な橋の上から、階段へと辿りついたとき、だれからとも無く
身体を乾かそうという案が出たのは当然のように思えました。
先ほどの魔物が吐いた火、魔法の火、それらと雨(?)がぶつかって、
辺りは白く水蒸気が立ち込め、視界も少し悪くなっているのです。

「でもよ、これから先ももしかしてこんな場所ばっかりなんじゃねぇ?」

金属鎧と首の辺りが擦れるのでしょう、ギグスさんがその辺りをしきりと擦り
ながらポツリと漏らしました。

「そうだな、水乙女の気配は濃くなるばかりだし」

ラスさんも、その後ろに控えたスカイアーさんとカールさんも揃って頷きを
返します。

「次の橋まで行って見てからでも遅くは無い・・・かな?」

カレンさんの言葉で、皆また先に進む事に成りました。

階段は急勾配で、この歳の私には息の切れるものです。杖をつきつき進んで
いると、先を行くギグスさんがしきりと振り返って声をかけてくれます。

「おう、爺さん!すべって転げ落ちねぇでくれよ!」

彼の声は大きく、よく響きます。
それに声を上げて笑ったセシーリカさんが、ふと立ち止まり、首をかしげ、
言いました。

「こんなに湿っぽくって暗い場所なのに、苔の一つも生えてないなんて変だよ。
・・・そりゃ、滑らなくって助かるけど」

「・・・矢張り、ここの水は、自然の水とは違うということだな」

スカイアーさんの言葉の後、ラスさんが小さく舌を鳴らしたのがしっかりと
聞えました。

「ああ、(水乙女の)ご機嫌は最悪だしな」
 
奮起
スカイアー [ 2003/06/23 0:44:15 ]
 <22日の日/東階段(下り)入り口〜第一の橋〜東階段(下り)入り口〜第三の橋>
はたと、ターレスの杖を突く手の動きが止まった。
「どうした、爺さん」
ギグスの声に応えるでもなく、ターレスは、何かに憑かれたように虚空の一点を見据えているようであった。
「もしや…うむ、これは」
ターレスが、我々を振り向いた。
「是非、確かめていただきたいことがあります」


「なるほどな。こう言うことだったのか」
カレンが低く、感心するように呟いた。
私とカレンは再び、第一の橋の上に立っていた。
橋の縁から底を見下ろす。
そこには、第二の橋から第五の橋まで、すべてが完全な平行を保って架けられている。
そして、第二の橋…真下の橋には、討たれたザルバードの躯が転がっている。
その筈だ。
だが、我らの目には、橋以外の何者も映っていない。
水霊の呻吟を思わす、声ならぬ声の他には、いかなる音も感じ取れない。


「まったくお恥ずかしい限り。我ら魔術師の領分である幻影が、こうもあからさまに使われていることに、些かも気づかなかったとは」
「それだけ、カストゥールの技術が優れていたと言うことでしょう」
「そうそう。それに、ターレスさんがこのことに思い当たらなかったら、誰も気づかず終いだったんだもの。お手柄だよ」
座り込んで嘆息するターレスを慰めるように、カールが肩に手を置き、前で屈み込んだセシーリカが頷いた。
「だが、やはり迂闊だったな。もっと早く、このことを疑うべきだった」
ラスが唸った。
それは、我々全員に等しく言えることであった。
カストゥール人に対する認識を改めざるを得ない。
彼らは、あらゆる被造物に対して、魔法と言う装飾を惜しまない。
華美な要素は一片もない。
だが、この井戸を巡る魔力の形を視覚で捉えたならば、間違いなく我らは驚嘆の声をあげることだろう。


「過ぎたことだぜ」
膝を打ち、胡座をかいていたギグスが立ち上がった。
「相手が賢い連中だってことは端からわかっていたことじゃねえか」
ギグスが拳を固めて、振り上げた。
「熟練を以って鳴る俺たちが一杯食わされてああ恥ずかしい、なんて言っても始まらねえ。行こうぜ」
顰め面とも見えたギグスの表情が、次には悪童を思わせる無邪気なものに変わった。
「俺は一人でも行くぞ」


そして、我々は前進を再開した。
踏み締める足に、さらなる力を込めて。
 
薄青い光
ラス [ 2003/06/23 1:28:56 ]
 <22の日/第三の橋>

 井戸の中、そして階段。遺跡の内部全て。
 そこには薄青い光が満ちていた。魔法の明かりだ。

「古来より、光の色というものは……特に魔法の光であれば、純粋な色をしてるんですな。それは白です。無色と見紛いかねないほどの、純白です」
 ターレスの言葉に、セシーリカが首を傾げる。
「じゃあ、どうしてここの光は薄青いの?」
「はて……おそらくは、水の気が満ちておるからでしょうなぁ」

 海の水が青く見えるように。空が青く見えるように。
 光の中で、もっとも目に届きやすい色が青なのだと、ターレスは語った。
 特にその中でも、水は青を反射しやすいものなのだと。

 第三の橋へと続く扉を開けた時。全員、覚悟していた。
 さっき上から見下ろして確認したように、どうやら幻影の魔法がかけられているらしい。だとしたら、上から見下ろして何もなかったからと言って、同じように何もないはずがない。
 あの後、階段を下りながら、スカイアーが呟いていた。ここに施されている魔法に華美な要素など1つもない、と。

 ……確かにそうだ。井戸に施されている魔法だけじゃない。井戸そのものも。最初に入り口を見て、俺が思ったように。
 扉の枠組みには確かに装飾はある。けれどそれも派手なもんじゃなかった。それを最初は、人を招かないからだろうと思った。それもおそらくは正解だろう。だが、それの意味するところを考えていなかった。
 装飾じゃない魔法は……すなわち、実用だ。生活基盤を支える井戸。それを侵入者から守るために、徹底した魔法が施されている。
 惜しみなく……光の色すら変えないで、ただただ目的を全うするためだけの魔法が。

 そうして開かれた、第三の橋への扉。
 その先は、霧に包まれていた。視界が白く染まる。
「先ほどの橋では雨。そして次は霧ですか……。水乙女の気配がどんどんと濃くなっていく、ということですか」
 カールが聞いてくる。
 おそらくそうだ。
 ということは、ここから下に向かうほど、どんどんと……。

「ちょっと待て。……少し戻ってくれないか」
 カレンが引き返してきた。
 何か見つけたのかと思ったがそうじゃないらしい。一度階段へ出て、扉と階段を見比べている。
「どうかしたか」
 スカイアーに問われて、カレンは首を傾げる。
「ここ……上から見たら平行な橋だったよな。全部。……霧で上が見えなくてはっきりしなかったんだが……斜めになっていないか? いや、橋自体は真っ直ぐなんだが……」
「井戸を巡る円の中で、橋の始まる点が違うということか。……確かにそうかもしれぬ」
「なんだ、幻影の魔法とやらは、何もねェように見せるだけじゃねえってのか」
 魔術師って奴ぁ全く芸が細かい、とギグスが苦笑している。
 俺は、気付いていなかった。言われて初めて気が付いた。
 水乙女の気配に気を取られすぎていたのか。

 くそっ。抜けてるぜ、俺。
「……ラスさん、何か怒ってる?」
 セシーリカに聞かれて初めて、自分がそれを声に出していたことに気が付いた。
 
螺旋
A.カレン [ 2003/06/23 23:53:46 ]
 <22の日/第三の橋〜第四の橋>

「螺旋は階段だけじゃない。この橋も螺旋状になってる」
いったい、それがどういうことになるのか、正直今ひとつわからなかった。
「なるほど、こういうことですな。そもそも、この井戸、かつてはレックスに水を供給する施設であったことは、皆さん承知ですな? 水乙女達はこの中を通ってレックスまで移送される。この螺旋は、その移送の原動力の一部を担う、その為の形状…。違いますかな?」

ターレスの説明にラスが頷く。
……それで?
「要するに、こっちの装置は生きているのに、受ける側の装置が今はもうない。引き出され続ける水乙女の力の行き場所がなくなっちまって、この中に全部溜まってるってことだ。」

精霊が行き場を失うということは…………なるほど、怖いな……。
「なんとなくわかった。この先、どんなことが起こるかも予想できる。……行くか? 退くか?」
ラスとターレスの説明で、深刻な面持ちになった仲間の顔が、きっぱりとその答えを表す。
「……じゃ、進もうか」


3番目の橋では、何事も起こらず、ずっと各々の武器に手をかけていた戦士たちの肩がふっと緩む。そんな空気を背後に感じた。
階段と井戸を隔てる壁を境に、肌に感じる空気も変わる。それだけ強力な魔法で、水乙女を閉じ込めているんだろう。
そんな精霊の苦しみを感じ取る感覚は、俺にはないけれど……。

4番目の扉を開ける。
視界はますます狭くなった。命綱は、もう手放せない。
先行して、橋を渡り出した、そのとき――。
目の前を青白い光が走った。同時に痺れるような痛み(熱さ?)が襲ってくる。

……意識が遠のいた……。
 
ラス [ 2003/06/25 23:45:03 ]
 <22の日/第四の橋〜(逆行)西階段(下り)>

螺旋状の橋。
上から見た時は、幻影の魔法で気付かなかった。そして、橋の位置…というか、角度というか。それが変わっていることも、実はカレンに言われるまで気付かなかった。
だが、気付いてみればそれは。
おそらくは上から、幻影なしに見下ろせば、橋は放射状になっているんだろう。少しずつ、角度を変えて。

上へ向けた転移の準備は整っているのに。なのに、上に向かえない水乙女たち。
魔力の塔が崩壊した時点で、装置自体は止まってる……と思う。けれど、下に行くに従って、強くなっていくこの気配は……ひょっとしたら止まってなんかいないのかもしれないと思わされる。
息苦しい。
白く塗りつぶされる視界にも、肌に纏い付く濡れた服にも、額に張り付く髪にも。
全てに、水乙女の行き場のない力が、ネガティブな意志を伝えてくるようで。


カレン、と誰かが呼んだ気がした。スカイアーの声か、ギグスの声か。
直後、俺の後ろから俺を追い越してカールが走っていった。俺のすぐ前にいたターレスやセシーリカと一緒に。
俺も行かなきゃ、と思い出すまでに、ややしばらくの間があったように思う。
俺が先頭まで辿り着いた頃には、カールの奇跡でカレンが目を覚ましていた。

「……ありがとうございます、カールさん」
「一旦戻って、少し休みましょうか。階段のあたりなら、橋の上よりは休めるでしょう」
カールの言葉にスカイアーが頷いた。
「ああ、そうしよう。……ところで、今のは」
「なんだか……“雷光”の魔法の弱いもののような……だから、怪我をしたというよりは、身体の中を何かが走り抜けていったショック、のようなものかもしれない」
よくわからないが、とカレンが説明している。
「ひとまず、階段まで戻ろうぜ」
ギグスの声に、全員が頷いて歩き出した。たった今、開けて入ってきた扉へと再び引き返す。

なるほど、魔法の罠……いや、罠というよりも仕掛けか。
だとしたら、一撃必殺の仕掛けじゃないことが、逆に気に掛かる。
カストゥール人がその気になれば、俺たちなんざ一撃で殺すことも可能だ。……そう、例えばザルバードを仕掛けておくように。
今の仕掛けは、明らかにザルバードよりは落ちる。あの橋よりは下に下がっているのに。
………………どういうことだ?

ちくしょ、さっきからどうにも息苦しくて、考えが上手くまとまらない。
身体が重いのは、それこそターレスが言うように、ドブ鼠みてぇに濡れそぼっているからだろう。
けど、頭ん中まで重くならなくたっていいのに。ち。

…………ひょっとして……橋の中程に辿り着く前に、そういった仕掛けを施していれば、侵入者たちは一度戻ろうとする。今の俺たちがそうしているように。
それを見越していたとしたら?
…………俺なら、一方向にしか働かない……つまり、今来た方向なら大丈夫だが、逆方向から戻ろうとすれば発動する罠を…………。

「ラス、行くぞ。なに突っ立ってんだ」
腕をひいたのはギグス。
顔を上げると、もう既に他の奴らは階段に続く扉に手をかけようとしていた。
「駄目だ、行くな!」

──この遺跡に入ってから、俺の挙動はいちいち遅れることになっているらしい。
 
雷光、再び
A.カレン [ 2003/06/25 23:52:31 ]
 <22の日/西階段(下り)>

行くな、とラスが叫ぶのと、ターレスが扉をくぐるのは同時だった。
ラスの声に振り向く。
何に気づいたというのか、そして何を止めようとしているのか、ラスは駆け戻ってくる。その後を追うようにギグスが続いている。
そして――
再び雷光が走った。
一度ではない。何本もの光が、ラスとギグスを追いたてる。
重い鎧がアダになったか、ギグスは避け切れず、途中で転倒。スカイアーが助けに行き、なんとか扉まで辿りついたが、2人ともかなりの傷を負い、ギグスに至っては、気絶寸前といった有り様だった。

負傷した2人をセシーリカに任せ、俺は更に下に続いている階段を降りた。
「ひとりで行かせて、さっきのような事になっては、私達が困りますからね」
そう言って、カールさんもついてきた。
「普通なら、ラスが代われるんですけどね…」
「どうも調子が良くないようです。戦士2人も負傷しましたし、休みたいところですが…」
話しながら降りていくと、5番目の橋への扉に至った。
「どうします?」
螺旋階段は、そこから更に下に伸びている。橋を渡らなくても、このまま降りていけば底まで行けるのではないか。
「もう少し降りてみます」

扉があった。
橋への扉の更に下。螺旋階段の外側に。
ただし、俺には開けられない。
この井戸の中は、悉く蛮族向けにはできていない。
なにもかもが、空中都市レックスの住人のもの。
主がいなくなった今でも、それは変わらないようだ。
 
管理人
カール [ 2003/06/29 0:49:13 ]
 <22の日/西階段(下り)〜螺旋階段の外側向きの扉前〜>

我々二人の報告を聞いて、ターレス師はすぐに「おそらくこの先は部屋でしょう。」と仰られた。
そこは管理するための下級魔術師の居住スペースではないだろうか・・・と。

「でもさぁ。もしそうならそこでゆっくり休めるし便利だよね。調べてみる価値はあるんじゃないかな?」
確かに、セシーリカの意見にも同意出来る。扉一枚あって、休息出来るというのは精神的にだいぶ違う。
しかも、それが魔法で施錠出来る扉となればなおさらだ。

そして、今我々は扉の前にいる。
ターレス師のよどみのない上位古代語が静寂の中に木霊する。
詠唱が終わり、杖で扉を触れると扉が音もなく静かに開気、中が見えた。

「!!」
中は、師の予想通り、下級魔術師の住居であった。
だが、部屋の主はまだそこにいたのだ・・・。

年頃は20代半ばであろう華奢な女性だ。
腰まである黒髪、そして古代王国人の証である額の水晶。
そして、驚いたのは・・・少しだけとがった耳。エルフの血を引く証拠だ。
そして、それ以上に驚いたのは・・・女性全身が透けていることだ。
我々が行動に移るよりも、早くその女性は口を開いた。

<i>待ちなさい。私は決して争うつもりはありません。</i>
 
異変と依頼
セシーリカ [ 2003/06/30 16:42:09 ]
 <22の日/下位魔術師居住区>

<><>「わたしの名はマルーシカ、ここの管理人のひとりです。…蛮族の方々。あなた方に依頼したいことがあるのです
<>
<> 争うつもりはない、という言葉に驚いていたわたし達に、その女性はそう切り出してきた。
<> 曰く。
<>
<>
<>  自分たちはここの地下にある魔法装置の管理のためにここに住んでいた。
<>  その魔法装置は「水の精霊たちを呼び出し、管理し、水を生成して転送する」事が出来る。
<>  だが、レックスが墜ち、「転送した水を受け取る」側の魔法装置がどうやら破壊されてしまった。
<>  転送する側の魔法装置も、この長年管理されなかったせいでどこかに綻びが出ている。
<>  このままでは、管理されている水の精霊たちが暴走し、最悪、水没してしまう。
<>  なので、装置を停止するため、自分をその管理装置まで連れて行って欲しい。
<>
<>
<>「生身の人間が扉を開けなければ、霊体のわたしは入れない仕組みになっている場所があるのです。みなさんが受けて下さるのなら、わたしが知りうる範囲で、罠の場所とその回避方法も教えましょう
<> マルーシカは、そこで言葉を切ってわたし達を見回した。…確かに、外にいると感じる威圧感のような物が、だんだん強くなっている気はする。
<>「…どう思う?」
<> 隣に立ってしかめ面をしていたラスさんをつついて訪ねる。
<>「……報酬次第だな」
<> その言葉に、女性はこくりと頷いた。
<>「最下層の管理人室には、魔晶石と、魔力を付与した物品が多少、あったと思います。あなた方がそれを求めているのなら、それを渡してもかまいません
<> その言葉に、少し悩んで、ラスさんが頷いた。
<>「連れて行くだけでそれだけもらえて、罠も回避できるなら悪い話じゃない。ならマルーシカ、早速…」
<>「おい、待てよ」
<> カレンさんが、マルーシカとラスさんとの会話に割って入った。
<>「何の話をしてるかさっぱりわからないんだが…俺たちにもわかる言葉で、説明してくれ」
<> その言葉で、わたしは今までの会話がすべて下位古代語だったことに気がついた。
<> ごめん、カレンさん。
<>

<> とりあえず、今までのやりとりをみんなに通訳する。
<>「…だいたいわかった。それで、みんなはどう思うんだ?」
<> カレンさんがみんなにくるりと視線を巡らせる。
<>「…皆がそれでよいと言うのなら、異存はないが」
<> 腕組みしながらスカイアーさん。ターレスさんが頷いている。カールさんも。
<> …みんな一致で、一休みしたあと、マルーシカを加えて下まで降りることになった。
<>
<>
<> ……部屋で一休みしながら、ふと頭の中に疑問がわいてきた。
<>「あのね、マルーシカさん。あんまり関係ないんだけど、ひとつ聞いていいかな?」
<> わたしの言葉に、マルーシカは頷く。
<>「魔法装置の暴走で一面水浸しになるのが、どうしてそんなに嫌なんだ? …やっぱり、ここが故郷だから?」
<> いいえ、と答えはきっぱりとしていた。
<>「魔法装置の暴走そのものよりも、……暴走によって、帰る“門”を失った水乙女たちが“狂って”しまうのが哀れでならないのです
<> その言葉に、ラスさんが横から頷いた。
<>「それに、水の精霊力がどんどん強くなってる。かすかに感じてた、氷霊の力も。……ほっとくとほんとに、ヤバいことになりそうだな」
<> 背中に冷たい汗が浮かんだ。

 
透明な瞳
ラス [ 2003/07/01 0:58:14 ]
 <23の日/第五の橋〜最下層>

十分に休息はとったはずだった。マルーシカが安全だと言っていたあの部屋で。
なのに、第五の橋へ続く扉を開けた瞬間に、重くのしかかる圧力。底に近いだけあって、水乙女の力の異常さは際だっている。
そして、それは物理的にも。霧と言うにはあまりに濃い何かがそこには漂っていた。
白く染まる視界の中を、マルーシカは躊躇わずに進む。

第四の橋と、第五の橋のちょうど真ん中に、小さな水晶が埋まっているはずだと言う。
そしてその水晶が、魔法装置周辺の罠を解除する鍵だと。
しかも、最初に第四の橋のそれを取ってしまうと、橋自体が崩壊する仕掛けもあると。
……なるほど。途中で引き返して正解だったのか。
引き返せば雷光に追われる。なのに、引き返さなければ、自然の流れで水晶を見つけ、そして橋は崩壊する。……ここを作った奴は、どこまでも根性が曲がってやがる。そう、この井戸の全てを形作っている螺旋のようにな。

マルーシカの指示で罠を外し、鍵を手に入れる。あとは最下層へ降りるだけだ。
そして……ふと気になった。
マルーシカは、魔法装置を止めたいのだと言った。いい取引だと思ったから乗った。
だが……魔法装置自体に、彼女は執着があるんだろうか。

「……いやはや。さすがに……レイス、ですよねぇ。かなり高度な…いえ、カストゥールの人々にとっては、たしなみ程度やもしれませんがな」
俺のすぐ横で、ターレスが、羨望とも苦笑ともつかぬ息を漏らした。
先頭を行くマルーシカには聞こえないように、こっそりと聞いてみる。参考までに。……レイスと敵対した場合、何が有効なのかを。
そして、その返事を聞いて……とりあえず俺は無駄な魔法は使わないようにしようと思った。

いっそ、あっさりと聞いてみればいいのかもしれない。
「なぁ、ところでこの管理人ってのは、魔法装置持って帰っても怒らねェのか?」
ギグスが共通語でカールに尋ねている。マルーシカには聞こえていても意味は分からない。
「さぁ。ただ、あそこで取引材料としてそれを持ち出すことは、あまりにも賭けでしたからね。とは言え、騙すのも気が引けます。神官の端くれとして……もちろん、不死者に対してはその限りではないとは言え、一度は承諾した取引。その材料を土壇場になって変更すると言うのも……」
カールがカレンをちらりと見た。みんな、考えることは同じか。
カレンがそれに答える前に、延々と続くと思われていた階段は終わりを告げた。

最下層へ続く最後の扉を開ける。
同時に、階段のほうへと水が流れ込んできた。膝下近くまで水がきている。
そしてその水は、氷のように冷たい。……当たり前だろう。フラウの気配がする。
見ると、橋の両側についた手摺りは中程まで水に浸され、その表面にはうっすらと氷が張っている。もちろん、扉から流れ出た衝撃で氷は割れているけれど。
そして、扉から流れ込んできたものは、水と薄氷の他にもあった。……はっきりとわかる、異常な気配。
肉体を捨てたマルーシカには、感じ取ることは出来ても、肉体的な圧力はないだろう。……それがいっそ羨ましいと思うほどの。それは、狂った水乙女たちの気配。

そして問題の魔法装置は……遺跡自体にも力が施されているせいだろう。装置そのものは思ったよりも小さかった。
ただし、その装置は、厚い氷で覆われている。
……なのに、氷の中で装置は動き続けている。

最下層の橋は、T字型になっていた。これまでと同じように、直線に続く橋のちょうど中程で、直角に壁に向かう短い通路がある。
その通路の先には扉。それを指さしてマルーシカが言う。
「あの扉の向こうに管理人室があります。装置の周辺にある罠と連動してますが、開け方は……」
「ちょっと待ってくれ」
カレンがそれを止めた。そして、後ろにいたカールを振り返る。カールが頷いて口を開いた。
「……ここまで連れてこさせて卑怯だと怒るかもしれませんが。我々の目的は、魔法の品や魔晶石の類ではありません。もちろん、それも有り難いものではありますが……真の目的はこの魔法装置そのものです。動きを止めるだけに留まらず、出来るならば、これを地上へと持ち帰りたいと思います。……貴女は、裏切ったと思うでしょうか」

マルーシカの透明な瞳が俺たちを見据えた。…………フラウの化身のようだと思った。
 
挑戦
A.カレン [ 2003/07/03 23:26:49 ]
 「…………………」
氷の一瞥に続き、静かな呟きをもらすと、カストゥールの魔術師はT字路の先の扉の前に立った。
くるりと振り向く。その顔には、あからさまな蔑みの色が浮かんでいる…ようだった。
「……………。…………………………………」

「何て言ってるんだ? アイツは」
いちいち通訳を必要とする会話に、苛立たしげにギグスがターレスをせっつく。
「こちらの要求はのまれたようですな。我等のような蛮族の末裔に装置を渡すのは、相当に不本意のようですが……」
「………………」
「罠を外すのは一人。それ以外の者は、この場にいろ、と言っておりますな」
「それはまずいな。一人で行かせることは、人質に取られるようなものだ」
と、スカイアー。ちらりと視線を送ってくる。
「あの人、怒ってるよ。なにされるかわからないよ? 最悪、殺してでも諦めさせる、なんてことも…」
不安気なセシーリカの視線。
「それは、カレンのほうか? それとも、残る俺たちのほうか? 鍵を外すのは一人でいいんだろう?」
はっきりと名指しで疑問を発するギグス。
「解除法を教えられても、言葉がさっぱり……」
俺の言葉に、集まった視線が空を泳ぐ。そして、自然と相棒のほうへと集まった。
「しかたねぇな。じゃ……」
「待ちなされ。ここは、この老体にお任せ願えませんかな?」
ラスをおしとどめたのは、ターレス老魔術師。
言葉を呑む一同だったが、次の瞬間には、歩み出そうとするターレスを各々が静止に入っていた。
だが、頑として老魔術師は聞き入れなかった。

「ラスさんを行かせて、万一のことがあれば、対抗手段がなくなってしまいますからなぁ。
……カール殿、チャザ神殿がこの装置を求める理由は、水不足に悩む地域への供給の為、でしたな? ……では、その志を武器に説得なども試みましょう。あの方の頑なな思考を少しでも和らげられるかもしれません。
なに、心配は要りませんよ。昔は魔術師が解除していた鍵です。私にできないはずはありません。この私とて、古代王国時代の彼らに比べれば及ばずとも……魔術師であることには変わりありませんからな」

ターレスの背を見ながら、あの奇妙にも感じるやる気の理由を、カールさんに訊いてみる。
「あちらとしても、私達がいなければ止められないのですから、はっきりと拒否できないんでしょうけどね……。彼女はこう言ったんですよ。『我等の知識を少しばかり得たといっても、所詮は蛮族。有効に利用する知恵があるか』、とね」
 
管理人と番人
ラス [ 2003/07/03 23:49:47 ]
 <23の日/最下層(T字の橋の上)>

「ああ、そうそう。忘れていました。おまえ達が、真の目的を今まで言わなかったように、私のほうも言わなかったことがありました」

艶やかに微笑む、半妖精のレイス。
ターレスは既に、T字路の短い直線部分に足を踏み出している。その背を自分の身体で隠すようにして……いや、身体は半透明だからちっとも隠れてやしねぇけど。
とにかく彼女はこう続けた。

「私は管理人。番人は……別にいます」

自分は装置を守ることが仕事ではない、と彼女は言った。あくまでも、装置の稼働を管理するのが仕事だと。そして、装置そのものを守るべき者は他にいると。

「おまえ達蛮族が、番人に勝てるのなら。そして、全てをくぐり抜けられるなら。……私は何ひとつ咎めませんよ」
 
対峙
ギグス [ 2003/07/04 20:21:40 ]
 <23の日/最下層>

管理人室の扉の前にターレスとレイスがもうすぐ着く。
俺は飛び出したい気持ちを押えながら誰ともなしに呟いた。

「なあ、罠を外すのだけ一人で良いんだろ?」

自分でも声が怒りに震えてるのが分かる。多分スゲェ顔をしてるだろう。
誰も答えなかった。だが他の連中も同じように思ってるはずだ。
罠が外れたら突っ込む。他の連中が思っていなくても俺はやる。

「ギグス、逸るなよ。奴は罠が外れても扉が開かなければ中に入れない」

そんな俺の気持ちを見透かしたのかカレンが制す様に言う。

「それに恐らくですが、彼女自身には魔法装置を止める事は出来ない筈です。
魔法装置を止める事が目的ですからそれまでは殺される事は無いと思います」
「でもそれって、憶測でしょ?ターレスさんが殺されない保証なんて何処にも無いよ」

カールが言った言葉にセシーリカが反論する。
セシーリカの言うとおりだ。やっぱり罠が外れたら突っ込むしかねェ。
大槌を握る手に力を込める。その時だった。

「話し・・・声?」

何を言っているかわからねェがターレスの爺さんとレイスの声に間違いねェ。

「“風の声”・・・か」

そう呟くスカイアーの視線の先にはニヤリと笑うラスの顔があった。

「やっぱり風霊を連れて来て正解だったな。・・・・・・爺さんやるな。罠の外し方だけじゃなくて色々聞いてる。どうやらあの扉、閉じるとまた罠がかかるみたいだな。カール、アンタの推測当ってるようだぜ。アイツには魔法装置を止める事は出来ないらしい」
「それに加えて、番人とやらは管理人室には居ないようですね」

ラスの言葉に頷きながらカールが続ける。
ってこたぁ、此処に居る可能性が高いって事か。いや、此処に居るはずだ。

「どうする?」
「番人が何処に居るにせよターレス師が管理人室に入り、魔法装置が止まるまでが勝負だ。グズグズする訳には行かぬだろう」

スカイアーが剣を抜きながらそう言った直後、扉が開きターレスの爺さんとレイスは管理人室に入っていく。
それとほぼ同時に俺たちは走り出していた。
そして俺達がちょうど橋の真ん中、魔法装置の正面まで来た時に“番人”が水中から現れた。
俺たちを取り囲むように三体。緑色の鱗を持つバケモンが。

「出やがったなバケモンがぁ!!」

スカイアー、カールそして俺はそれぞれそのバケモンに向かって行った。
 
そして
スカイアー [ 2003/07/04 23:55:18 ]
 <23の日/最下層・橋上>

ラスの口から鋭い詠唱が走るなり、水にとらわれていた足回りが軽くなる。
セシーリカの魔術が続き、体の周囲に守りの力が展開した。
撃尺の間合で化生と退治する。
どことなく魚人を思わせる、しかし、より禍禍しい姿である「それ」は、暗黒神に与する異世界の住人であろう。
カストゥールの魔術の一端は、彼らの世界から流れ込む力が源であるとも言う。

剣尖を僅かに外して釣り出しを掛けるなり、「それ」は踊りかかって来た。手先に伸びた鋭利な鉤爪が光る。
洗練された動きではないが、人間にはあり得ない膂力に支えられ、動きは鋭い。
二度、退き外した後、再び釣り出し、後の先から胴を抜く。
鎧を撲ったような衝撃が腕から全身に伝わってきた。
対峙。「それ」は裂けた腹を意に介する風もない。恐るべき頑強さである。

「油断なされるな!そやつは酸を使いますぞ!」
扉の向こうから姿を見せたターレスが、こちらへ駆け寄ってくる。
その背後に浮かぶ幽鬼マルーシカはいかなる表情をしているのか。

宙に、数体の光霊が現れた。
練達の術者であるラスに操られ、光霊は放電も凄まじく敵に激突する。
身体を焼かれつつも、「それ」はこちらから視線を外さず、襲いかかる隙を窺っている。
ならば。
先を取り、眉間に一撃。

ターレスの呪文が響き渡り、身体の奥底から賦活され、力が滾る。
さらにセシーリカが杖を振るい、刀剣に魔力が宿る。

衝撃に仰け反りつつも、素早く体勢を整えた「それ」の口が大きく開かれた。
ターレスの警告が瞬時に蘇り、外套の裾を掴んで前を覆い隠す。
鉄砲水の如き勢いで吐き出された酸が、外套を破り、小手を貫き、帷子の隙間から我が身体を焼く。
目を撃たれぬよう顔を覆った腕に疼痛が走る。
大した傷ではない。魔法の庇護の効果だ。

ギグスの雄叫び。
カールの裂帛の気合。
ラスが精霊を呼び、カレンが神の御名を唱え、ターレスとセシーリカが光の矢を放つ。

およそ数分の出来事であったろう。

カールの剣尖に首を貫かれた「それ」が橋から転げ落ちた。
ギグスの振り下ろした鎚に頭蓋を砕かれた「それ」が鳴動して倒れ伏した。
我が剣が「それ」の首を跳ね飛ばした。

そして。

マルーシカの、驚愕と、憎悪と、諦念の絡み合った表情が、我らを見下ろしていた。
 
違和感
セシーリカ [ 2003/07/06 22:43:39 ]
 <23の日/最下層・橋上>
<>
<>「みんな、生きてるみたいだな」
<> カレンさんの静かな声で、棒杖を固く握りしめていた手を、ようやくゆるめる。みんな生きているけれど、前に立って戦っていたスカイアーさんたちは無傷ではすまなかったようだ。途中カレンさんの癒しが飛んだような気がする。カレンさんを見ると、顔色が悪い。…やっぱり、無理をしたんだ。
<>「どうなることかと思ったけどな」
<> ラスさんがふぅっとため息をつく。そして、マルーシカを振り返った。
<>「番人を倒せば、魔法装置をどうしようと何一つ咎めない。……そういう約束だったな」
<> マルーシカは答えない。ぎゅっと眉間に皺の寄った顔で、私たちを見つめる。その瞳に映るのは、怒りと…………深い悲しみ。
<>「装置を使って、また水乙女たちを苦しめるのですね」
<>「…ですが、その装置で、水の不足に喘ぐ人々が救われます」
<>「自分の幸福のために精霊たちを蹂躙するのですか」
<> カールさんの言葉に、マルーシカは冷ややかに応じる。
<>「わたしは五百年、ここにいました。五百年、ここで水乙女たちの悲鳴を聞いていたのです」
<> ……奇妙な、違和感。
<> 魔法の使い杉か、くらくらする頭を降ってもう一度考えてみる。…番人との戦いの前、彼女は、なんと言ったか?

<>

<>

「我等の知識を少しばかり得たといっても、所詮は蛮族。有効に利用する知恵があるか」

<>
<> ……精霊たちを慈しみながら、同時に蔑む。わたしには、彼女が精霊たちへの悲哀と失われた文明を蛮族に渡すことへの羞恥とで引き裂かれそうになっているように見えた。
<> 反論しようとして、カールさんも息をのむ。……考えていることは同じだ。スカイアーさんとターレスさんは真剣に、でも静かに成り行きを見守っている。ギグスさんも、言葉が通じないことと緊張とで少しいらいらしているようだけれど、目は真剣だ。
<> カールさんがさらに言葉を重ねて彼女を説得しようとしている。その間に、万が一の時、カレンさんが倒れないように気力を分けようと思って、ふと足元を見る。
<>
<> 水面に、波立つ波紋。
<> ………まるで、何かかすかに振動しているものに、共鳴しているかのような。
<>
<>
<>「……ねえ……何が揺れてるんだ?」
<> わたしの言葉と、指さした足下に広がる波紋。
<> 全員が足元を見た。そうして、全員が一斉に、止まったはずの魔法装置を振り返った。
<>
<> 耳鳴りのような微かな音が、気のせいか、と思うほど微かに聞こえてきた。

 
再起動。そして・・・。
カール [ 2003/07/07 17:32:54 ]
 小さな波紋、そしてその後起きた小さな振動音・・・。
説明など無くても誰にでも分かる。装置が再び動き出した。

装置に向いた全員の視線が再び、マルーシカへと移る。今、起こっている状況を説明して貰うためにだ・・・だがに彼女自身も激しく動揺している。両手で頭を抱え、幼子のようにいやいやと振る。

「まさか・・・いえ・・・こんな事が起こるわけが・・・」

「こんな事?マルーシカ殿。いま、何が起こっているのですかな?」ターレス師が、マルーシカに平静を保とうと話しかけてみるが・・・

「いや、駄目・・・それじゃ。駄目。駄目なのよぉ・・・。」
他にも何かを言っていたようだが、全く聞き取れなかった。

「なあ、何が起きてるんだよ?俺には何の事やらちんぷんかんぷんだぜ。」
「俺も・・・。取りあえず、かなりやばいって事は分かるけどね・・・。」
ギグスさんやカレンさんは、下位古代語が分からないこともあってさらに自体についてこれていない。
けれど、私もここで何が起きているかは全く分からないのであった。

「じゃあ、俺が代わりに教えてやるよ・・・。」

そして、その後に言った言葉。そして、その後に起きた出来事を私は生涯忘れないだろう。

「水の精霊界への門が開きはじめたんだよ。しかも、凄い規模でな。」
 
怒り
セシーリカ [ 2003/07/09 0:06:50 ]
 「精霊界への……って、それってどういうこと?」
 周りの気配がだんだん変質していくのがわかる。錯乱しているマルーシカを横目に、ラスさんが答えた。
「この装置は、精霊界への扉を開き、水の精霊を引っ張り出す役目をしてた。簡単に言えばそんなところだ」
「しかしながら、長年のひずみによって、装置そのものに異常が発生したのすな。そして強引に稼働を停止したために、安全装置のようなものが働いて再起動した。そんなところですかな」
 ターレスさんの言葉に、ギグスさんが首を捻っている。スカイアーさんが言葉を引き取った。
「水は、生物が生命を長らえるためになくてはならないものだ。その水を供給する装置が強引に止められてしまっては、住民全員の命に関わる。ゆえにそのような場合、再起動するようにあらかじめ決まっていた…」
 異様な気配はどんどん強くなる。精霊の力を感じることが出来ないわたしにも、痛いくらいに張りつめた力のようなものが感じられた。
「……でも、装置そのものがひずんでしまったせいで……こんな異様なことになってるってわけか?」
 カレンさんの言葉が、くぐもって聞こえる。背中に冷たい汗が浮かんだ。
「だけど、開き始めてる、ってことは、まだ完全に開いちゃってるわけじゃないんだろ? 今からでもどうにか出来ないの?」
「装置を物理的に破壊してみますか? いや、申し訳ないことに、それ以外の方法が思いつかんのですが」
 ターレスさんののんびりした口調にも、さすがに緊迫感と焦りが感じられる。
「だが、それは危険な賭です。万が一……」
「嫌よ、させないわ!」
 カールさんの声と、マルーシカの悲鳴じみた声が同時に響いた。
「そんなことさせないわ! 絶対! それじゃダメなのよ、今まで我慢してみてきたのに、そんな結果でなんて絶対、絶対終わらせないわ!」

 ぷち。

「ちょっと待てよ。それはあまりにも身勝手な言い分だぞ」
 思わず口から出た言葉。カールさんが慌ててやめろ、といったような気がしたけど、従う気なんか、さらさらしなかった。
「五百年、ずっと見てきて我慢してただけ? 精霊たちが使われるのが我慢できない? だったら、どうしてそれに五百年前に気がつかなかった? せめて、疑問ぐらい感じなかった? 精霊が感じられるなら、痛みもわかるはずなのに、身勝手ばっかり。はっきり言って、ふざけてる!」
 マルーシカの表情がこわばる。まだいい足りない、と思ってたけど、続きを言う前にラスさんがマルーシカとわたしの間に割って入った。静かに、怒りをたたえた表情で。
「マルーシカ、お前は精霊使いでもあり魔術師でもある。でも、結局は魔術を選んだってことだろう。その時点で、お前には何も言う資格なんかねえんだよ」
 そんな冷たい声を、わたしは聞いたことがなかった。
 
還る場所
ラス [ 2003/07/11 0:02:03 ]
 <23の日/最下層>

寒さなど感じるはずのないその身体で、マルーシカは震えていた。
「……身体で感じる全てのものを肉体と一緒に捨て去った奴が、分かった風な口叩くな。悲鳴だと? お笑いだ。……ここの精霊は狂ってなんかいねえよ」
そう。だからこそ、俺が、水乙女たちの魔法を使えた。実際、ほんの少し前まで、俺自身も誤解していた。
軋むような水乙女たちの声は、狂気故じゃない。
「狂って……ない?」
驚愕に歪むマルーシカの顔。

「なるほど、わかりましたぞ!」
ターレスが膝を打った。
精霊たちは、精霊界から引きはがされるが故に狂う。物質界とはあまりにも相容れない存在だから。けれどここは。
「……狂うには、あまりに水乙女たちの気配が濃すぎたとでもいうか」
スカイアーも頷く。
「それってよ。仲間が一緒ならいいや、ってな感じなのか?」
「そう単純には言い切れないだろうが……遠くもないのかもな」
ギグスとカレン。
「おそらく、精霊たちを呼び込んだのは、装置よりもこの井戸の形状でしょうなぁ。ほら、ごらんなさい。二重三重に作られた井戸の螺旋を見ていると……吸い込まれそうではありませんか」
ターレスの声に、誰からともなく井戸の内部を見上げる。

二重螺旋の階段に沿って穿たれた窓。それらを結ぶ橋。巨大で精巧な、抽出と射出のための構造物。その目的は単純で、造型も単純で。だからこそ、非の打ち所もない。
「装置はきっかけですか。この装置を完全に稼働させるなら、この構造物がなければ…と」
そうだな。どんな抽出のされかたにしろ……そして、どんな意志が働いたにせよ。ここの精霊は狂ってはいない。
でも、まともでもない。
「まともじゃないって……じゃあ、どういう……?」
セシーリカが、息を呑む。きっと彼女は考えていることは間違いじゃない。

「怒り……ね」
呟いたのはマルーシカだ。
「怒りと怨嗟。狂うことすら自らに許さずに、彼女たちは私を責めていたのね。それを私は悲鳴と聞き間違えていた。あなた達の言う通り。私は……既に精霊使いではなくなっていた。それなら、何を言う資格もないわ」
引く波が大きければ大きいほど、寄せる波も高くなる。
積もり積もった水乙女たちの怨嗟は、ついには精霊界の門を自力で呼び寄せた。
精霊使いなら誰だって、物質界に働く精霊の力を源に、精霊界から精霊を呼び寄せる。それが門だ。………ただし、ここまで大規模のものは、どんな精霊使いにだって出来ないだろう。

門が、開く。

ざ、と音を立てて水が引いていく。それは決して門に吸い込まれるのではなく。
水そのものはそこに残したまま、水乙女の気配だけが吸い込まれていく。だから、“水”として存在できなくなった水は、その場で立ち消えていく。
橋の上から水が引き、本来なら橋の下になみなみと湛えられていたはずの水も姿を消す。
水乙女の混乱が消えていくせいか、装置を囲んでいた厚い氷も溶けだした。氷乙女の力を失ったそれは水となり、そして、それもまた消えてゆく。

吸い込まれそうになる。それはきっと俺だけの感覚じゃないだろう。
小さな悲鳴が、セシーリカの口から漏れる。戦士たちが足を広げ、重心を落とす。ターレスが杖にすがる手に力を込める。嫌がったレウキッポスがターレスの肩から舞い上がった。カレンが俺の肩を掴む。
……掴まなくても、吸い込まれやしねえよ。俺も。おまえたちも。
なぜなら俺たちには、生命の精霊の守りがある。体内の精霊たちは、通常、生命の精霊に律されている。だからこそ、精霊の異常がある場所でも動けるんだから。

ただし、その守りがない奴は知ったこっちゃねぇけどな。
あげた視線の先には、マルーシカの笑みがあった。
「到底、精霊界へ還ることなどかなわないと思ってた。……500年の時を経て、そこへ溶け込めるなら……私にとってそう悪い最期ではないわ。でも、生身を持つ精霊使い、あなたに問いたい。……水乙女たちは、今、この瞬間も私への怨嗟を持ち続けているかしら」
「……精霊界に還る瞬間になれば、物質界のことは些末なことだ。髪の毛一筋ほどの重みもない」
言い放った声を聞いて、セシーリカが俺の腕を掴んだ。あまりにも冷たいと、止めようとしたのかもしれない。
だが、マルーシカは微笑んだ。最期に。

「それは、幸いだわ」
 
再びの眠り
ラス [ 2003/07/11 0:03:48 ]
 全てが消え去った後に残ったものは。
渇ききった井戸と、空回りする魔法装置。
装置をターレスが止める。安心したのか、レウキッポスがその肩に戻ってきた。

「きっかけに過ぎない装置でも、今の我々にとっては、貴重な知識ですよ。ラスさん、これを別の場所で動かして……精霊たちが狂う可能性は」
「わかんねぇよ、ンなもん」
正直に答えた。おそらく精霊たちにすらわからない。だとしたら、俺になんかわかるわけもない。
「ほっほっ。ならば研究する余地は十分にあるということですぞ、カール殿」
「じゃあ、運んでくれる? ギグスさん」
にっこりとセシーリカが笑う。
「やっぱ俺かよ!?」
「案ずるな。私も手伝おう」
げんなりとしかけたギグスにスカイアーが笑みを投げる。

「ですが……本当にいいんですか、それで。ラスさんは、納得していますか」
カールがこっちを向いた。
「してるよ? チャ・ザ神殿がこの装置を暴走させたら、止めにいってやるよ。だから心配すんな」
「……その仕事でまた法外な報酬とろうとか思ってるだろ、おまえ」
「法外とか言うな。妥当な報酬だ」
…っていうか、精霊たちのことは精霊たちがどうにかするだろう。今回、彼女たちが自分でしっぺ返しをしたように。俺が精霊たちを心配して口を出すのは、あまりにも僭越すぎるから。

マルーシカの最期の笑みを思いだした。
精霊界へ還ると言ったその言葉で、彼女が森で育ったことを知った。
妖精と人間の血。そして、精霊の理と魔術の理。
額に水晶を埋め込むことで、妖精であることをやめ、同時に精霊にすがることをやめたのかもしれない。
けれど、精霊たちが自分を責めていると知ったあの時の顔は。
そして、還るその瞬間に何よりも精霊のことを気に掛けたのは。
……憎みきれない、と言ってしまっては、ここにいる奴らには怒られるだろうか。

「おぅし! 行くぜ!」
取り外した装置を背負ったギグスが、昇りの階段を指さす。
──底から見上げた遺跡は、また静かな眠りにつき始めているように見えた。
 
(無題)
管理代行 [ 2004/11/27 4:50:40 ]
 このイベントは既に終了しています。