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精霊使いの弟子
A.カレン [ 2003/11/15 1:01:52 ]
 神殿から仰せつかった廃神殿の掃除。
同行者がいないので、長年の相棒であるラスと友人のセシーリカを伴うことにした。
そして、もうひとり。ラスの弟子であるファントーも連れて行く。
言葉がたどたどしい所為か、子供っぽい印象があるファントー。けれど、あいつももう大人だ。一人前の冒険者として、自分の食い扶持を稼ぐ厳しさというものを知らなければならないだろう。
…いや、そもそも、冒険者になりたいのかどうかということは、俺は知らないけれど。それでも、精霊使いの修行をしている。
だったら、見てみたい。あいつの実力。
ファントーを連れて行くのは、そんな理由からだ。


出発の日。
ラスに連れられて現れたファントー。真新しい皮鎧が、まだしっくりこない。
初めての冒険を前に、顔を輝かせている。
……………。
まぁ、弁当の話もいいんだけどね。
今回の仕事は、掃除と言いながら、中身は妖魔退治だよ。
殺しに行くんだ。
その点、忘れるな。


目的の村までは、半日。
今からだと、夕方には着くだろう。
宿? …ないよ。村長の家に厄介になるんだ。行儀よくしてろよ。
はい、出発。
 
昼飯時
ラス [ 2003/11/15 3:00:06 ]
 行き先は、カヌレ村、というらしい。……なんか、甘ったるそうな村だな。

「え? なんでー?」

いや、そういう名前の菓子が西方に……。
……はい、そこ。ファントー。目を輝かせないように。多分、村の名前とは関係ねぇと思うから。
セシーリカ、舌打ちがここまで聞こえてっから。

村まで半日の道程。
風は肌寒いが、天気は悪くない。予定通りに進みそうだ。
この季節でも、野営しなくていいなら、何の問題もないし。

「あ! オスプレイ茸! これね、ふわふわ柔らかくて美味しいんだよ!(ダッシュ)」

…………これも予定通り、か。


昼飯時。
小さな焚き火を熾して、ファントーが採取したオスプレイ茸を焼く。湯を沸かして茶を淹れる。
さすがにこの時期は冷える。熱い茶が美味い。

「じゃ、お弁当にしよっか」
──待て。セシーリカ、おまえは作らなくていいって言っただろ?(汗)
「えー? そうだけど。でも、全部ラスさんとファントーさんに任せるのは悪いじゃないか(笑)」
いや、悪くない。悪くないから。ってか、ほらもう用意してきてるし。
なぁ、ファントー? ほら、早く出せよ! いいから早くっっっ!!!!
「うん、出すけど……ラス、何焦ってるの? でも、オレ、セシーリカのお弁当も食べてみたいなー」
「……うん、いい匂いしてるじゃないか」
ファントー。カレン。おまえたちは、危機感というものを……(汗)
「…………ラスさん? 一応、言っておくけど……このお弁当、お義兄さんが持たせてくれたの。わたしが作ったんじゃないよ?」

九死に一生を得て(←?)、食後のひと休み。
一番早く反応したのは、ファントーだった。さすがに山育ち。
「……なんか、いるみたい。周りに」

改めて周りを探ろうと……するまでもなかった。がさり、と音を立てて現れたのは狼。
「……一頭じゃないな。何頭いるかわかるか、ファントー?」
カレンの問いに、ファントーが首を傾げる。傾げつつも、スリングの準備をする。
「わかんない。っていうか、たくさん!」
──おい。たくさん、って何だ。数の数え方くらいわかってるはずだろう?
だからおまえは、買い物に行って釣りを間違えて受け取ってもわからなかったりするんだ。
「いいから、そんなこと今は後!」
セシーリカが怒鳴る。それを合図にしたかのように、茂みから他の狼たちが顔を出した。全部で6頭。

さて。
狩りで、鳥や兎は狩っていただろう。食べるために。
けど、こういう状況で、こいつは敵(?)を殺せるのか。
……山道だ。ノームはいる。焚き火があればサラマンダーもいる。使う魔法には困らない。
ただ、攻撃ということになれば、ファントーが使える攻撃魔法は1つだけ。
殺せるか、それとも殺すつもりがあっても魔法に集中できるか。

少しだけ、様子を観察してみたくなった。
 
むかしむかし
ファントー [ 2003/11/15 22:46:30 ]
 むかしむかし、じっちゃんがまだ元気だった頃に言われたことがある。
<>生きているものは皆、他の命を食べて生きているってこと――――
<>
<>カレンとセシーリカが剣を構えて前に出た。
<>
<>この世の中にある争いや戦いは、ぜんぶ「生きる」ために起きる。
<>それがこの世のことわりだって――
<>
<>ラスは右手に短剣を握ってるけど、まだ構えない。
<>
<>そこには、いいとか悪いとか、そう言うものはない。それがあるべき姿なのだから。
<>だからこそ、なぐさみに命を奪うようなことはしちゃいけない。
<>人間はそのことをよくわきまえなくちゃダメなんだ――
<>
<>あ、ラスがこっち見た。まじめな顔してる。
<>うん、ラスが何をいいたいか、ちゃーんとわかってるもんね。
<>
<>ずーっと前にラスに言われた。魔法の力はとても強くて危ないものだって。
<>でも、それは使っちゃいけないって意味じゃないんだよね。
<>じっちゃんに言われたことと、ラスの言ったことは、どっちも同じ。
<>
<>狼が上体を沈めた。めいっぱい引っ張られたゆんづるみたいに。
<>
<>今、オレはぼーけんしゃなのだ。
<>だから、オレはオレにできることをやるんだ。
<>「サラマンダー、力を貸してくれー!炎の矢っ!」
<>
<>……。
<>…………。
<>………………あれ?
<>
<>「このバカ!こんな時に失敗かよ!」
<>わーん!なんでこーなるんだよー!
<>
<>結局、狼は手出しをせずに逃げていった。
<>こっちの方が強そうに見えたからだと思う。
<>やっぱり狼は賢いよねー。
<>
<>「魔法を使うと稀にこういうことがあるとは聞いてたが」
<>「初めて見たよ」
<>「お前、少しやる気出せよ!」
<>うわっ、ひど!オレ、やる気あるもん!
 
前夜
セシーリカ [ 2003/11/16 0:29:30 ]
  カレンさんの言うとおり、その日の夕刻には村に着いた。
 村長さんが出迎えてくれて、家まで案内してくれる。
 一応、聖印は服の中に入れて置いた。二つの神殿が合同で「掃除」に乗り出したと思われるのは後々面倒だからだけど………聖印より先に耳に目がいってたからあんまり意味ないことしたかも。

 軽く埃を流した後、村長さんの家族に夕飯をご馳走になる。村の蓄えが荒らされているわりに食卓にいろいろな料理が所狭しと並んでいるところを見ると、それほど貧しい村ではないらしい。収穫の後って事もあるし。
 ……あ、ひょっとしてわたし達に期待して奮発してくれているのかも。
 うーん、頑張らなきゃね。

 んで、食事しながらの村長さんの話によると、廃神殿に巣くっている妖魔の数はだいたい多くて10を越える程度だという。残りの情報は、道中でカレンさんに聞いたものと、ほぼ変わらない。
 ………うん、大丈夫。その情報が確かなら、この人数でも苦労はしないだろう。
 そして情報の確かさは、保証済みだと思うし。


「それじゃあ、仕事は明日の朝からだ。今日の所はゆっくり休もう」
「はーい」
「……って、おいセシーリカ。どうしてお前がこっちの部屋にいるんだ」
「え、だってひとりだとつまんないじゃん。村長さんは別の部屋用意してくれるって言ってたけど、めんどくさいし」
「いや、待て。めんどくさいって言う問題じゃないだろう」
「それに、明日の予定とか立てないといけないのに、わたしひとりだけ仲間はずれにでもする気?」
「仲間はずれは良くないよー。みんなで予定立てた方が楽しいって」
「いや、ファントー、それも論点が違う」

 …結局、みんなで喧嘩しながら予定を立てて、寝ることになった。


 …………そうだ。寝る前に確認しておきたいことがあったんだ。
 布団にくるまって眠そうにしているファントーさんに、そっと声をかける。
「ねえねえ、ファントーさん」
「ん? 何?」
「明日、大丈夫だよね?」
「大丈夫って……何が?」
「いや、だから明日の仕事。こんなこと聞くのは失礼だってわかってるんだけど…大丈夫だよね」

 ちょっと、真面目な顔で考えた後、ファントーさんはにっこり笑って頷いた。
「大丈夫。明日も晴れるよ! だから心配しないで、セシーリカも早く寝た方が…って、どうして突っ伏してんの?」


 ………大丈夫。ちょっと…いや、かなり脱力しただけだから………


 心配して損したかも。
 寝よ。


 ………ほんとはわかってるんだと思うしね。…うん。
 
報酬
ラス [ 2003/11/16 0:52:39 ]
 なんだか、ここの人たちは半妖精を見慣れてないみたい、と。
セシーリカが苦笑混じりに呟いた。
そりゃそうだろう。オランの街ん中ならともかく、こんな農村じゃ。
ま、気にすんな。少なくとも、ゴブリンどもはそんなこと気にしねぇから(笑)

けど、俺としては別のことが気になっている。
昨夜、晩飯の時に村長と話したこと。
「いやぁ、あのような安い金額で冒険者さんが4人も来てくださるとは……」
村長は純粋に喜んでいた。
確かにそうだろう。俺がカレンから聞いた値段は400ガメルだ。
4人で割れば1人頭100ガメル。まぁ、駆け出しならぎりぎり4人集まるかどうかっていう金額だろうし。

村長は続けてこう言った。
「収穫の後ですから、用意は出来ましたけれど……でも、本当なら1000くらいが相場だろうと言われたんですよ、村の物知り爺さんからは。とはいえ、1000にはやはり、少し足りなくて……申し訳ないですねぇ」
……おい。『少し』?
ってか、1000集めるつもりだったんなら、話は分かる。ゴブリン相手にひけをとらない冒険者を募ることも可能な金額だ。
それが、『少し』足りなくて……で、400?

出発前にカールに聞いたことを思い出した。
もしかしたら、神殿内部で、幾つかの工作があった末の金額かもしれない、と。
……ふーん。ピンハネしてる奴が本当にいるのか。それとも他の事情が?
ま、とりあえず仕事には関係ねえわな。
どんな金額だろうと受けた仕事だし。金額の高い安いに関係なく、妖魔はうろついてんだし。

それに……そもそもファントーが、「それって高いの?安いの?」っていう目で俺を見てたし。


さて。
廃神殿が見えてきたぞ。いい具合に寂れてんな。
季節柄、朱く染まった蔦が、面白みのない石壁に彩りを添えている。
今回は、重い鎧の戦士たちがいない。それは不安材料にもなり得るが、有利な点がひとつある。
音がしない、ということだ。

どうやら、廃神殿を住処にしてるのは本当らしい。
見張りなのか、それともただ単にうろうろしてんのか。入り口あたりに2匹ほどの妖魔。
見つけたカレンが俺に合図を送る。
OK、魔法でまず遠くから仕留めて……いや、待てよ。

ファントー、おまえならどうする。
弓、スリング、魔法。
自分の出来ることだけじゃなくてもいい。俺が何を出来るかおまえは知ってるはずだ。
俺やカレン、セシーリカ。そしておまえ自身。
こういう時は、どう動けば一番効率がいいと思う?
 
みんなが
ファントー [ 2003/11/16 1:35:50 ]
 みんなが揃ってこっちを見る。う、ちょっときんちょーする。
でもちゃんと考えなくちゃね。

うーん。
やっぱ、これかなあ。
「へー、弓だ」
だって、持ってきてるのオレだけだもんね。
イオにーちゃんに教えてもらってたから、いちおーは使えるんだ。
それで、スリングは。
「俺か」
カレンなら使ったことあると思ったんだ。
持ち歩くの簡単だから、練習する人多いんでしょ?
「ほー、よく覚えてたな」
へへ、偉いでしょ。
「これでちゃんと当てたら、さっきの失敗をチャラにしてやってもいいぜ」
が、がんばるぞ!

ひゅっ。
ひゅーんっ。

石つぶてがゴブリン(向かって右)の頭に当たった。ゴブリンはどさっと倒れちゃった。
そして、俺の撃った矢はゴブリン(向かって左)の腕に当たった。
あっ、と思った時にはもうラスが素早く精霊に呼びかけていた。

「でも、ホラ。ちゃんと当たったから、いいよね?」
うんうん。
「甘いぞ、セシーリカ。当てて倒してそれで初めて合格だ」
うー。
「外さなかっただけマシさ。昨日よりはちゃんとやれてるじゃないか」
うんうん。
「つーか俺に余計な魔法使わせんなっつの」
うー。
「ラスさん、だって最初は魔法使うつもりだったんでしょ?」
うんうん。
「それはそれ、これはこれ」
うー。
「おいおい、もう止めないか。ほら、行くぞ」
ふー、よかったー。
「次はきっちり決めろよ、ファントー」
うん、がんばるぞ!
 
急転
A.カレン [ 2003/11/16 3:24:07 ]
 どうも気になる。
報酬の件?
いやまぁ、それも気になるんだが…。それはそれ。その件に関しては、帰ってからじっくり調べるさ。カールさんが疑問を持ったんなら、彼のことだ、今頃は探りを入れているはずだ。

そうじゃない。
今気になるのは、ラスの表情だ。
気難しい顔をしている。
これは決して、ファントーが仕留められなかったからじゃない。他に理由がある。

「ねーねー、ラス、どうしたの? しわが寄ってるよ」
「…わかんねぇのか、ファントー」
「え? 何が?」
「まぁいい。そのうちわかる」

……この会話。
気になる。
けど、はっきり口に出さないってことは、ラスにもまだただの疑問でしかないということだ。
けれど、ひっかかる何かがあるということは確かだ。
気を引き締めて行こう。


周囲と2階の窓に見張りがいないのを確認して、神殿の入り口に張り付く。
聞こえる。
扉越しに、何を言っているかわからないが、甲高い妖魔の声。
声、というか……悲鳴、か?
中で、いったい何が起こってるんだ?
つーか、きな臭くないか?
どっか燃えてる。

「ちょっと、みんな! 見て、火事だよ、火事! ほら」

ほら、とセシーリカが指差した場所。
2階の窓だ。
そこにかかっているカーテンが、燃え始めている。
何をやってるんだ、妖魔ども…。

「あ、ねぇ、裏のほうからゴブリンが逃げてく。…ど、どうする?」

………ファントー、矢を射かけておけ。

「えー、逃げてるのに?」

ここは人間の領域だってことを叩きこまなきゃならん。
射かけろ。

弓を引くファントー。その隣では、光霊を呼び出しているラス。
……光霊?
俺が知る限り、火弾のほうが消耗が少なくて済むはずなんだが…。
まぁ、ラスほどになると、その差はないに等しいんだろうけれど、わざわざ火蜥蜴を持ってきたはずなのに…。おかしいな。

「なんだか、あっけないね。手間が省けてよかった、かな?」

呟くセシーリカを振り返り、ラスは渋い顔をした。

「それが…そうでもないんだな。中にサラマンダーがいる。しかも、普通じゃなさそうだ」

………そういうことかよ。
で? ゴブリン10匹とサラマンダー1体、どっちが厄介なんだ?
 
一戦
セシーリカ [ 2003/11/16 23:09:43 ]
 「サラマンダーのほうがやっかいだな」
「そうなのか?」
「蚤ほどとはいえ、ゴブリンには危険を判断したり強弱を考えたりする力はある。だからこちらが強いことを示せば蜘蛛の子を散らすようにどこかに行っちまうはずだ。…だがあのサラマンダーは十中八九狂ってやがるからな。判断もクソもねえ。目に付くもの、手当たり次第に燃やそうとするはずだ」

 ………それ、滅茶苦茶厄介じゃん。
 そう思って見上げた二階は、もう窓から火の手が見え始めている。…ついさっきはカーテンを焦がす程度だったのに。

「行くぞ。…どのみちほっとくわけにもいかないし。…場合によっては抗魔と魔力賦与を頼むかもしれない」
「仕方ないね」
 カレンさんの言葉に、わたしは長剣を鞘に戻して、棒杖を手に取った。むやみに被害を拡大するよりは、この方がいいだろうし…。

 あ、でも何でこんな所に狂った火霊がいるんだろう。
 考えられるのは…誰かが呼び出したのが、なんかの弾みで狂ってしまった、とか?
 …たしかその精霊がいるためにはとんでもなく異質な場所に呼ばれたとかで、狂ってしまうことがあるって、聞いたことはある。
 だとしたら、その呼び出した本人は誰なんだろう。
 ……わたしたち、ひょっとしたらそいつとも一戦交えないといけないんじゃないか?
 そんな思いでちらりとラスさんを見ると、ラスさんはわたしの考えなんかまるで見透かしたかのように頷いた。
「行くぞ」


 駆け足で二階の部屋に駆け込むと、そこはもう火の海だった。熱にあぶられて迂闊に近づけない。
 その部屋の中で、一匹の火蜥蜴が、正気でない光を浮かべた瞳でこちらを睨み付けた。
「気をつけろ。こいつは火を吹………」
「あちちちちちっ!!!」
 ラスさんが言い終わる前に、火霊がファントーさんめがけて、ぼっと火を吹いた。
 
火蜥蜴
ラス [ 2003/11/18 16:08:27 ]
 ファントーの火傷は、セシーリカに癒してもらった。
<>真新しい皮鎧に、盛大な焼け焦げを作りはしたが、“癒し”のおかげで、動くのに支障はないはずだ。
<>ただ、敵に攻撃されたという事実。
<>そして、その『敵』が精霊だという事実。
<>それは少なからずショックだろうけれど。
<>
<>カレンが、銀の小剣を構えてファントーの前に出た。
<>俺のほうに、ちらりと視線を寄越す。
<>頷いて、俺は一歩下がった。
<>ファントーが腰に下げている水袋をひったくり、それを床に叩きつける。
<>ウンディーネ! 守れ!
<>
<>“水の守り”が俺たちの体を包み始める。
<>火蜥蜴はそれを見て、後ずさった。心なしか、嫌そうな顔をしている。
<>……そんなツラすんなよ。おまえを虐めたいわけじゃないんだ。
<>
<>ファントー。
<>この『感触』を忘れるな。
<>狂った精霊が傍にいる、この感覚。
<>皮膚の内側が粟立つような、居心地の悪さ。
<>狂った火蜥蜴に煽られて、自分の中の温度感覚が乱れる。周りの空気が咽せるほど熱いかと思えば、次の瞬間には、刺すような冷気に変わる。それは、空気に責め立てられているようなものかもしれない。ここに居てはいけないと。
<>けど、ファントー。それは俺たちの感覚を通して流れ込む、火蜥蜴の思いだから。
<>
<>カレンが、火蜥蜴へと間合いを詰める。
<>小剣の動きで、敵の視線と感覚を惑わせ、それにつられた敵の動きは足捌きでかわしてそのまま懐へ。それがいつもの動きだ。
<>
<>が、火蜥蜴はそのまま後退を続け、枠だけになっていた窓から地上へと飛び降りた。
<>水乙女の力が働いている俺たちの存在を嫌ったのだろう。
<>それに、この場所には他に燃やせるものはない。
<>逆に、窓の外には燃やせるものが沢山ある。
<>広大な森が。
<>
<>追うぞ。
<>治療は終わったな。立て、ファントー。
<>あいつを早く、還してやるんだ。
 
じっちゃん、おでかけ?
ファントー [ 2003/11/19 0:18:44 ]
 「じっちゃん、おでかけ?」
<>「うむ、誰か迷子になっておるようだ」

<>
<>追いつくのは簡単だった。
<>こっちの世界に来た精霊は、うまく動けないから。
<>森の手前で、サラマンダーはのたのたと張っていた。
<>その姿はまるで、死にかけの獣みたいだった。
<>
<>「まいご?」
<>「そう。彼らはうっかり入り込んでしまってな、帰りたくて堪らないのだよ」

<>
<>ラスが前に出た。
<>サラマンダーの体がゆらゆらと揺れる。
<>とても恐がってる。
<>そして、怒ってる。
<>
<>「じっちゃんが連れて帰ってあげるの?」
<>「私は帰り道を見つけてやるだけだ。そうすれば、彼らは一人で帰っていける」

<>
<>ラスは静かに、呼び始めた。
<>バルキリーを。
<>呼ばれて、バルキリーが形を顕していく。
<>
<>「じっちゃんはえらいんだね!」
<>「それが私の仕事さ。そして、いつかはお前も私の仕事を継ぐ」

<>
<>「ファントー」
<>気がつくと、
<>オレはラスの服の裾を掴んでいた。
<>
<>「お前の言いたいことはわかる。だが、それは大変なことだ」
<>わかってる。
<>「俺にも簡単にできることじゃない。ましてや、お前にはもっと厳しいことだぞ」
<>わかってるよ。
<>「下手を打てば、サラマンダーはお前を食い尽くす。脅しじゃないぞ」
<>わかってるってば、だから!
<>「……いってこい。お前も、精霊使いだ」
<>うん、ありがとう。
<>
<>オレはサラマンダーの前に立った。
<>熱い。肌がチリチリする。胸の中も熱くなってきてるみたいだ。
<>オレの周りにウンディーネはいない。
<>ラスの魔法の時間は過ぎてしまったから。
<>だから、サラマンダーの前にはオレ一人だけ。
<>だからね、聞いてほしいんだ――
<>
<>何を喋ったのか、よく覚えてない。
<>でも、修行の時だって、あんなに真剣じゃなかったと思う。
<>だって、巧くいかなかったらサラマンダーは無理やり消されちゃうから。
<>先ず謝った。
<>オレが呼んだわけじゃない。でもそんなこと関係ない。
<>だから謝った。ごめんね、って。
<>それから説明した。
<>オレたちが、帰り道まで案内するって。
<>だから、だから。
<>
<>もっと言いたいことがあったし。
<>もっと言わなくちゃいけないこともあったんだと思う。
<>何が間違っていたのか。
<>それとも、何かが足りなかったのか。
<>オレにはわからなかったけれど。
<>結局、オレの願い通りには進まなかった。
<>
<>胸の奥で何かが跳ねた。熱い。
<>顔をあげたオレの目に飛び込んで来たのは、燃える光。
<>それはサラマンダーの目にあたる部分。
<>もうオレを見ていない。オレが見えていない。
<>ものすごく滾っていた。不安と苦しみと怒りと悲しみに。
<>
<>ごう、と音が――。
<>
<>ラスがバルキリーを呼んだ。
<>カレンがオレの体を抱きかかえて横っ飛びに飛んだ。
<>ラスの背後に立ち上がるバルキリーの、無表情な顔。
<>バルキリーは光になって、サラマンダーを貫いた。
<>
<>ほんの一瞬のできごと。
<>サラマンダーの姿は跡形もなくなっていた。
<>オレは立ち上がって、さっきまでサラマンダーがいた場所へ走った。
<>下生えが焦げていた。たったそれだけ。
<>他にはなんの痕跡もない。
<>でも。
<>あの時、聞こえたんだ。
<>サラマンダーの声だった。
<>消える間際の声。
<>耳の奥から離れない。
<>サラマンダーは消えてしまった。
<>
<>なんだろう。頬が熱い。
<>オレ、泣いてる。
<>涙が止まらない。
<>声も止まらない。
<>どうして、こうなっちゃったんだろう。
<>
<>誰かがオレの肩に手を置いた。
 
召還者は何処に?
A.カレン [ 2003/11/20 0:08:40 ]
 泣いている。
肩に手を置いても、かける言葉が浮かばない。
ファントーにかける言葉は、ラスが持っているだろう。

セシーリカ、来てくれ。
中を改める。

「あ、もしかして、あの火蜥蜴を召還したヤツを?」

「火蜥蜴」という部分から、セシーリカはわずかに声をひそめた。
ひとつ頷き、その場にラスとファントーを残して、神殿に戻る。

落ちついてよく見ると、神殿内部は、ひどい有り様だった。
食い散らかされた食物に、ところ構わず垂れ流された糞尿、妖魔の死体、ところどころに焼けたような痕。
やってくれる…。
こりゃ、文字通り「掃除」をしなきゃならんな。
さて…。
とりあえず、各部屋を探してみるか。
調度類は、もう残ってないはずから、隠れる場所なんかないと思うけどな。


「カレンさん。だぁれもいないよ。変だな。絶対、呼び出した人がいるはずなのに…」

……おっかしいな……。逃げたのか? 精霊を放っておいて?
……………。
まぁ、いい。ここにいないんなら、しょうがない。
んじゃ、コイツ等(ゴブリン)を片づけるか……。
床に転がった妖魔の死体のひとつを、軽く蹴る。
………あ? これは……?

「どうしたの? …うわっ!」

気持ち悪いなら、見ないほうがいいぞ。

この妖魔は、火蜥蜴にやられたんじゃないな。
腹部の裂傷は、明らかに剣によるものだ。この首の傷も、それから、こっちの腕のも。
…食べ物の取り合いでもしたのかもしれないな。

妖魔の死体を森の中に運び、土に埋める。森の養分にはなるだろう。
ついでに、周囲を見まわる。
今のところ、逃げた妖魔が戻ってきている様子はない。
一応、ひと段落か……。
そうだな……セシーリカ、メシにしようか。
ファントーも、そろそろ落ちついてきたかもしれない。

「ゴブリンの死体、運んだ後で……。カレンさん…意外と神経が太いんだね」

…だから、見なくていいって言ったじゃない。
 
村へ
セシーリカ [ 2003/11/20 23:31:42 ]
  ささやかな昼食を終えて一息ついた頃には、ファントーさんもだいぶ落ち着いたようだった。

「セシーリカ、食欲無いんじゃなかったのか?」
「へ? んなことないけど」
「だってさっき……」
「いや、わたしは別に平気だよ? ただ、カレンさんはそういうの苦手かなぁって勝手に思ってただけ」

 ってか、わたしそんなに神経細そうに見えるのかなぁ。


 肘をついてぼんやりと、ラスさんとファントーさんを眺める。
 二人は黙ったまま、一言もしゃべらない。
 …それが、ラスさんなりの教え方であり、ファントーさんなりの受け止め方なんだろう。
 結局の所、そこには余人が入り込む隙はない。


 気がつけば、しゃべっているのはわたしとカレンさんだけ。しかも、ぽつぽつと。
 ……この面子で、こんなに静かだったことなんか、ない気がする。
 精霊使いにとって、これは結構痛手なのかもしれない。
 そうでないのかもしれない。少なくとも、精霊たちを実力で無理矢理“還す”ことは使命なんだと言い切っている人たちもいた。
 精霊使いがたくさんいるように、考え方もたくさんあるのかもしれないね。
 それは精霊使いである二人の……いや、ファントーさんの通り道だと思ったから。
 ………そりゃ、わたしは精霊の理なんかちっともわかんない、落第半妖精だけどさ。


 どれだけ、そうしていただろう。
 そろそろ村に帰らないと。このままじゃ帰り着くまでに暗くなってしまうかもしれない。
 …あんなに晴れていたのに、今では空は泣き出しそうなほど重い雲に覆われている。
 村のことも心配だし。

「えっと…そろそろ、帰ろうか」

 その言葉を口にするのには、ずいぶんと勇気が必要だった。
 言ったあとで、思わずカレンさんのほうをちらりと見てしまったのは………このまま帰ることにたいして自信がなかったから。

「……そうだな。こうして待ってみても、妖魔達が戻ってくる気配はないし。そうなれば村に戻っても問題ないだろう」
 カレンさんのその言葉に、わたしは思わずほっと息をついた。

 息をついて……首を傾げた。
 なにか、心に引っかかった。

 そういえば、妖魔は追い払ったはずなのに、どうしてわたしは、村の心配をしているんだろう。
 疲れたかな…さすがに。
 
カレンとセシーリカが
ファントー [ 2003/11/24 18:39:45 ]
 カレンとセシーリカが神殿の中に入っていった。
いつのまにか隣に来ていたラスが、ゆっくりと屈み込んで言った。
「なあ、ファントー」
「……」
「今から俺のいうことをよく聞くんだ」
「…(こくり)」
「お前を慰めるために言うわけじゃない」
「…うん」
「今は聞くだけでいい」
「うん」
「オランに戻るまでに、俺の言葉の意味をよく考えて、答えを出しておくんだ。いいな」
「うん――」

それから少しして、二人が戻ってきた。
神殿の中は空っぽで誰もいなかったって。
だから村へ帰ることになった。
なんとなく、みんな早足で。
それが駆け足になったのはすぐのことだった。

「なぜサラマンダーが神殿にいたのか。それを考えるべきだったぜ」
「なぜって…呼ばれたからじゃないの?」
「そう、つまり呼んだ奴がいるということだ」

ラスも、セシーリカも、カレンも、すごく早い。

「で、誰が呼んだのか、だが…」
「その人が、ゴブリンを斬ったってこと?」
「そう考えていい」

それなのに、話す言葉には切れ目がない。

「一人とは限らねぇがな」
「どうして?なんで、そんなことを…」
「こいつは、おそらく偶発的な事件だな」

オレ、ついていくだけで精一杯だ。う〜〜。

「まったくツいてねぇぜ。何を企んでるか知らんが、余所でやれってんだ」
「ラスさん、それは言いすぎ」
「ここからはタダ働きだな。お前ら、覚悟しておけよ」

わー!待ってよー!
 
最後の試験
ラス [ 2003/11/25 22:53:23 ]
 俺は8回目だ。それが多いか少ないかは知らない。
ただ、普通に暮らしているよりは格段に多いだろう。
ものすごく端的に言うなら、精霊使いにとって、冒険者になるということはそういうことだ。

自分の思うままに。自分の感じる世界をそのままに。
たとえば道具として使うにしろ、友達として扱うにしろ。
自分だけの世界を感じていられるのなら、自分が自分らしいままで精霊使いでいられるだろう。
けれど、冒険者として、依頼を受けて仕事をこなすなら。
苦しむ精霊たちにも会う。自分とは相容れない考えを持つ精霊使いにも会う。
精霊使いとして、冒険者になるというのは、そういうことだ。

……過去に、狂った精霊をこういう形で還したのは7回。今日を入れて8回。
おまえの気持ちはわかる。
こういう形しかないのか、と。自分の力のなさを嘆く気持ちはわかる。痛いほどに。
もちろん、俺がまだ使えないだけで、他にも方法はあるのかもしれない。
けれど、これもひとつの方法なんだ。

以前に話したことを覚えているか。精霊たちは俺たち物質界の生き物とは位相が違う。
存在の形が違うだけじゃない。その感情も意志も何もかも。俺たちの物差しでは測れない。
だから……そう、これは勝手な言い分なのかもしれないが。
精霊たちには、痛みすらない。つまり、俺たちの感じるようには、という意味だけどな。
物質界に、不自然な形で束縛されていることそのものが精霊たちにとっては痛みだ。
だとしたら?

……そう。ある意味、救いなんだ。
おまえは、俺が放った魔法を『攻撃』だと思ったかもしれない。
確かに攻撃だったかもしれないが、俺が攻撃したのはあの火蜥蜴じゃない。
火蜥蜴を、この物質界に……奴にとって不自然な場所に束縛する鎖に対しての攻撃だ。
この界での存在を断てば、奴は精霊界に戻れる。
自分が自分でいられない場所、俺たちにとってたとえば妖精界や精霊界がそうであるように、精霊たちにとっては物質界がそうだ。その場所での存在を、断ってやること。精霊たちのことを少しでも想うなら、なるべく早く。
それが、俺たちのとるべき選択肢だと思う。少なくとも俺は。
だから俺は嘆かない。ああいう形で終わってもな。哀しみ悼むことそのものが筋違いだと思うから。

おまえがどう考えるのか。それはおまえ次第だ。
俺と違うことを考えたとしても、別に間違いじゃない。正解なんてどこにもないんだから。
ただ、冒険者になれば、こういう機会は増える。

だから。……考えろ、ファントー。
精霊たちのことを。そして、冒険者という仕事のことを。


──だいたい、そんなようなことだったと思う。カレンとセシーリカが神殿の中にいる間に話したことは。

そしてまた、ファントーは試されるのかもしれない。
今、目の前には、野盗の集団に襲われている村がある。
おそらくは、この季節に村の収穫を狙って流れてきた集団だろう。
争いになって、あの神殿のゴブリンたちの中にいたゴブリンシャーマンが火蜥蜴を呼び出した。そして、火蜥蜴を還す前に殺された。
あの集団を片づけて気をよくしたこいつらは、そのまま村へと雪崩れこんだ。
俺たちとは反対側の、山側のルートをたどって。

人数は、見える限りは5〜6人。
俺とカレン、セシーリカはまだ戦える。充分に。
けれどファントーはあとどこまで保つか。……試される。魔法使いとして、魔法が使えなくなったら、次に何を手にするのか。
そして、もうひとつ。
……人間を、攻撃できるのか。

「……いけるか」
カレンの言葉にうなずく。まだ大丈夫だ。俺はな。
「わたしも攻撃したほうが……いいよね?」
ああ、そうだな。癒しを考えるよりは、まず敵を倒さなきゃ。
「ラス」
ファントーが袖をひいた。振り返ると、真剣な顔をしている。
「オレのこと、守らなくていいよ。自分の身は自分で守る。……だって、オレ、子供じゃないもん!」

……後悔すんなよ、その台詞。
 
試される瞬間
A.カレン [ 2003/11/26 0:44:08 ]
 やっぱり、タダ働きか。まったく、妖魔並に面倒な連中だ。
ファントーに援護を任せ、3人が野盗の集団の中に切り込む。
あのサラマンダーに比べれば、それほど強い相手ではない。囲まれなければ。
……つーか、案の定、囲まれてる…セシーリカが。
ま、俺が野盗でも同じことを考えるよな。
でも、甘い。セシーリカはそれほどヤワじゃない。群がる野盗の一人に気弾が飛んだ。
ひるんだスキをついて、蹴散らす。
包囲が広がる。
そして…。

いくら野盗と言っても、頭がないわけじゃない。
相対する敵のどこが弱いのか、そういうところは確実についてくる。
ヤツらが次に狙ってくるのは、後方にいるファントーか、鍬や鍬を持って遠巻きにしている村人か…。
今回は、ファントーだったようだ。
ラス、セシーリカ、俺に、いっせいに襲いかかってくると同時に、横を走り抜けて行くヤツが一人。
…まずい。
巧くやってくれ、ファントー。人質にだけはなってくれるなよ。
 
剣がぴかりと
ファントー [ 2003/11/26 23:38:14 ]
 剣がぴかりと光るのを見て足が震えそうになった。
<>あれが当たったら、オレ死ぬかも知れない。
<>いや、絶対に死んじゃう。
<>三人ともずっと前にいる。それにもっと大勢と戦ってる。
<>オレに向かってくるのは一人だけ。
<>一対一だ。これ「タイマン」って言うんだ。
<>オレは剣なんて使えない。
<>でも相手だって魔法は使えない。と思う。
<>たぶん、ごかく。
<>だから、オレは自分の力でがんばらなくちゃいけない。
<>
<>ラスに教わったことの一つ。
<>集中することで、精霊の力をぎりぎりいっぱいままで引き出せる(その代わりすごく疲れる)
<>精霊を「攻撃」の手段に使うときに特に有効なんだって(あくまで冒険者の考え方だけど、って言われたけど)
<>オレはそれをやることにした。
<>
<>両手を突き出した。
<>
<>シルフとウンディーネは向いてない。
<>ラスくらいの腕前でも「攻撃」に使うのは難しいんだって。
<>オレはなおさら無理。
<>ノームはもうちょっとだけ易しい。
<>でもオレにはまだ無理。
<>
<>名前を呼ぶとき、神殿でのことを思い出していた。
<>その前の、山道での失敗のことも思い出していた。
<>考えろ、オレ。
<>精霊たちのことを。そして、冒険者という仕事のことを。
<>サラマンダー、オレは呼んだまま、ほったらかしになんてしない!
<>
<>ランタンのシャッターが壊れた。
<>そこから飛び出したサラマンダーが、ぐるぐるうねって、ものすごい速さで頭突きをした。
<>そんな風に見えた。
<>相手にぶつかった時の音も大きくて激しかった。
<>倒れた!やったかな?
<>あ、起きあがろうとしてる。もう一度やらなくちゃ!
<>がくり。
<>あれ、頭がボーッとする。膝がガクガクしてる。
<>そうか、オレ、疲れてるんだ。
<>でも、ここで終わっちゃダメだ。もう一度だけ。
<>えっと…サラマンダーはもう呼べない。オレがもたない。
<>シルフもウンディーネもダメ。
<>それじゃ、ノームだ。
<>大丈夫かなオレ。わからないけどやらなくちゃ。
<>
<>ノーム、相手の足を払え!
<>
<>そしてオレ、何も見えなくなった。
 
冷や汗
セシーリカ [ 2003/11/27 23:59:15 ]
 「あの馬鹿!」
 ラスさんが叫んだ。視界の隅で、ファントーさんに向かっていった奴がつんのめって倒れ、同時にファントーさんが倒れ込むのが見える。
 何をしたかは想像するしかないけれど。……魔法の使いすぎで気絶したんだ、と思った。
 …冷や汗が背中を伝った。

 ファントーさんの行使した力はおそらくノーム。相手の動きを止めるのにはいいことだけれど、一時凌ぎにしかならない。相手が起きあがるまでの時間は稼げるけど、その間に他の誰かが止めを刺せるような状況じゃない。
 でも、ラスさんはここから離れられない。カレンさんもそうだ。ふたりとも、一度に複数人を相手にしてる。…まぁ、二人の力量ならすぐに倒せるとは思うけれど、あいつが起きあがってファントーさんをどうにか出来るのに間に合うほどじゃない。

 わたしは……幸い、相手はひとりだ。
 だとしたら。
「行け!」
 わたしの考えを読んだかのように、カレンさんの声が耳を打った。同時にカレンさんの短剣が、夜盗のひとりの喉を裂く。
「こっちは俺たちだけでいい」
 声が終わる前に、咄嗟に“気弾”で目の前の相手をはね飛ばして振り返る。ファントーさんに向かった奴は……立ち上がろうとしている。もう、膝立ちだ。剣を捨てて棒杖を構えている時間はない。

 っていうか、そういうことを考えるより先に、体が動いた。
 今にもファントーさんに手を出そうとしていた奴めがけて、“気弾”を放つ。

 ファントーさんの放った火蜥蜴で浅くはない手傷を負っていたそいつは、その一撃でもんどりうって倒れた。

「…よし!」
 額に浮いた汗をぬぐってファントーさんに駆け寄る。ファントーさんを抱き起こしながら振り返ると、夜盗との戦いはもう終わりかけていた。

 ファントーさん、怒られないといいけどな。
 わたしが安堵と同時に頭に思い浮かべたのは、そんな間の抜けた考えだった。
 
怒るに決まってんじゃねえか。
ラス [ 2003/11/28 1:39:44 ]
 目の前の戦闘を終わらせて、セシーリカの元へいく。
カレンもほぼ同時にそこにたどり着いた。
座り込んで、ファントーの頭を自分の膝の上に引き上げていたセシーリカが俺たちを見上げる。
「あ。お疲れさま。……えっと、どうしよう。……起こす?」
その後、怒る?とでも言いたそうな視線で。

いや、起こさなくていい。
そもそもおまえだってそろそろ限界だろう。この馬鹿ガキ起こしておまえがぶっ倒れても困るしな。

「ああ、このまま寝かせてやろう。よく頑張ったよ、こいつも」
カレンがしゃがみこんで、ファントーの頭をくしゃくしゃとかきまわす。
そして、同意を求めるように俺を見上げてくる。

……いや、二人とも。そんな目で見上げられても。
このまま寝かせてやるのはいい。運ぶのだってかまわない。
けどな。
こいつが起きたら、俺は怒るぞ。手ぇあげるかもしれないぞ。

なんで?って。そりゃ。
魔法使いが魔法の使いすぎで気絶? しかも敵の目の前で。戦闘のただ中で。
攻撃の手段がなくなることは責めない。珍しいことじゃねえ。
けど、あんな状態で意識をなくせば、即死しててもおかしくねぇだろ。
俺たちは特攻隊じゃねえぞ。いつだって、自分の退路は確保するのが冒険者じゃねえのか。
攻撃の手段がなくなったとしても。それでも、意識さえあれば、可能性はある。
命を捨てるような真似、そんなものを勇気だとか責任だとかなんて呼ばせねえ。
これ以上使ったら倒れる、と。そう思ったんなら、ケツまくって逃げりゃいいんだ。

それをこいつは、よくもまぁ……………………………………(溜息)

──けど。そうだな。
あの中で、あの瞬間に。
あれだけの集中力を咄嗟に発揮できた。しかも、今まで決して得意とはいえなかった火蜥蜴で。
そのことだけは、まぁ、少しだけ褒めてやってもいいかもな。

「…………ラス」
あ? なに。
「覚えてるか。7年前の……」
7年……? ……あ。
「え。なになに、カレンさん。7年前って、何かあったの? オランにくる前だよね?」
「そうだな、セシーリカは知らないだろうけど。7年前に……」
ちょっと待てぇぇぃ!!
「いや、まったくあの時は」
「なんだよ、2人だけで。教えてよ」
いや、待て、セシーリカ。聞かなくていい。
「……ファントーは、たしかにおまえの弟子だよな。……なぁ、ラス」

……カレン。おまえがそんなツラして笑ってもな。
俺は怒るぞ!? このガキが目ぇ覚ましたら。絶対、怒るからな! 止めるなよ!?
 
冒険者の幸運
A.カレン [ 2003/11/29 1:07:01 ]
 扉の向こうから、相棒の怒鳴り声が聞こえる。
ファントーが目を覚ましたのは、ついさっきだ。起き抜けに怒鳴られてしまっては、気の毒としか言いようはないが…。

「ファントーさん、かわいそう。あんなに頑張って怒られるなんて」
「仕方ないだろ。運が悪けりゃ、アイツは死んでたんだ」
「でも…」
「黙ってられないんだよ、アイツ」
「…………何があったんだよ。7年前に」
「ん〜……ま、あれだ。今、ああしてファントーを怒らずにはいられない原因を、7年前のラスが持ってるってことさ」
「それはわかるよ。その原因を聞きたいんだってば」
「話す気があれば、いくらでも話すと思うよ」

怒鳴り声に混ざって、ファントーの涙声が聞こえてくる。

「あ〜あ。泣かしてる。誉めてあげてもいいのに…」
「後で俺達が誉めてやればいいさ」

俺達がしなくても、ラスはちゃんとフォローするはずだ。
ファントーは、ラスの弟子だから、師がすべきことを、他に任せたりなんかしない。
ファントーも、ラスに誉められ、認められるのが何より嬉しいだろう。

今回、ファントーが助かったのは、運も多少あるけれども、それを引き寄せたファントー自身の気転と、もともとの素養があったおかげだろう。
気を失うまで魔法を使ってしまったのは、失敗だったかもしれないが、それはどこが限界かを知る経験のひとつだ。掴んでしまえば、今後こんなことはない。
師であるラスは、1から10までを全部教えこむことをしない。
弟子のファントーは、教えられた僅かなことを基礎にして、実践で学んでいくだろう。そうやって、弟子は師匠と同じように、精霊達を友とし加護を得て、強くて優しい精霊使いになるはずだ。

今はまだ未熟だけれど、将来が楽しみな若者の一人。
そのファントーの成長を見つめていられる位置に、俺達はいる。
これは、死や別れと離れられない冒険者にとって、非常に得がたい幸運ではないかと思う。
 
(無題)
管理代行 [ 2004/11/27 5:02:09 ]
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