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イベント『“片牙”の財宝』
OPENING [ 2005/03/06 18:16:02 ]
 「あの時はツイテた。いや、嵐にあった時点でそんなことも無いかもな。だが最終的にはツイテたって事だ。
 偶々だが、島に流れ着いたんだ。当然、船はボロボロさ。特に帆が酷かった。
 それで俺は水夫どもに命令した。船の修理に使える材料と食料を探せってな」
 そこまで言うと初老の男は手にした杯を空にした。すぐさま給仕にお代わりを頼む。
「それでよ、その島で何が見つかったと思う?」
 聞かれた男――――かなり強面の顔をしている。別に怒っている訳ではない。元々こういう顔なのだ――――は「さあ」とだけ答えた。
 初老の男は興奮してきたのか、酔いがまわって来たのか、顔が紅潮し始めていた。
「あの海賊、“片牙”ディヴィスのヤサだ。
 最初はタダの館だと思っていたんだがな。中を調べたら飾ってあったんだ。海賊旗がよ。片牙を生やした髑髏。あのマークは間違いない」
 強面の男は自分の記憶を必死に辿ったが“片牙”という名の海賊は聞いたことが無かった。海賊と言う仕事を故郷にいた頃にしていた彼は少しだが疑いを持った。
「見つかったものはそれだけじゃないんだよ。一つめが小さな箱さ。鉄製の箱でな。かなり錆びてはいたが、頑丈な錠前が付いてた。
 二つめがその箱を持った死体だ。“片牙”の部下らしかったな。“片牙”のマークの描かれた布を頭に巻いてたからな。布はボロボロだったけどよ。
 当然骨になってた。それでも大事そうに箱を抱えてた。まるでそれがソイツの全てかって言うぐらい大事にな。
 そして三つめが死体のすぐ近くで見つかった洞窟だ。
 勿論、すぐにその箱は開けた。そしたらよ、中にはギッシリ宝石が詰ってたんだ。そりゃあ死体が大事に抱えてるわけさ。あの時の興奮は今でも忘れねえ。
 そこで俺はピンと来たんだよ。洞窟の中にお宝を隠してるんじゃないかってな。
 俺達が見つけた死体は宝を持ち出そうとして殺された。或いは洞窟の外に持ち出すことは出来たが、其処で力尽きたか。
 出来ればその洞窟も覗いて行きたかったがな。そういう所には罠が仕掛けてあるに決まってるだろ?罠外し出来る野郎が居なかったから諦めたのさ。
 なあギグスよ。お前さんも冒険者なら興味が湧いてきただろう?探して見たらどうだ。
 そうだ。その箱の中に死体が書き残したらしい紙も入ってたんだ。探す気があるならコイツをやるよ。
 それと俺の部下で一番記憶力が良いヤツの描いた地図もやる」
 ギグスと呼ばれた男は初老の男が取り出した二枚の羊皮紙を受け取ると酒場を後にした。

 ギグスが去った後の酒場では彼がその財宝を見つけられるかどうか賭けが行われているだろう。或いはこの話が法螺で何時気づくのかの賭けか。
 しかし彼にとってはそんな事はどうでも良かった。未知と言うものに対しての好奇心。それだけが彼を突き動かしていた。彼が冒険者と名乗る所以であった。
「絶対ェ見つけ出してやる」
 そう呟くと彼は相棒であるライニッツの宿舎へと向かった。

 数ヵ月後、ギグスはハザード沿岸の船着場にいた。周りでは同行する面々が雑談を交わしている。
 集まったのは、戦士であり詩人でもあるシタール。精霊使いラス。その相棒である盗賊カレン。彼はチャ・ザの神官でもある。精霊使いで戦士、そして一行の中で唯一の野伏であるレイシア。その相棒、チャ・ザの神官戦士スピカ。ギグスの相棒、魔法剣士イニッツである。
 調べて行くうちに話に信憑性が出てきた。それでこれだけの面子が揃ったのである。

「そろそろ出発するぜ!!」
 ギグス達の乗る船の船長が大声で叫ぶ。一行は船へと足を運んだ。


 果たして彼らを待ち受けるものは。幾多の怪物か無数の罠か。それとも・・・・・・・
 
洞窟の入り口と焚き火の跡
ギグス [ 2005/03/06 18:19:03 ]
  目的の島に到着してから半日ほどが過ぎていた。俺とカレン、レイシアは洞窟の入り口を探して島の中心部にある森の中にいた。
 もっとも俺とカレンには野伏の経験は無ェから探しているのはレイシアだが。
 実際、最初に探した館を見つけたのはレイシアだった。

 オランに比べるとずい分暖けェ。寧ろ暑ィ位だ。俺は水袋の水を一口飲むとカレンに話しかけた。

「それにしてもラスのヤツ大丈夫なのか?本当に一日で回復するのかよ。船が待ってる時間は決まってるんだぜ」
「大丈夫だと思う。前に海にある遺跡に潜った時も船酔いで苦しんでたけど一日休んだら治ってたから。
 いや、魔法で治したんだっけな?」
「オイオイ、頼むぜ」

 ラスが船に弱いとは聞いていたが想像以上だった。今はスピカが看病している。シタールとライニッツはその護衛だ。
 メンドクセェから俺もあっちに残って居たかったが、レイシアが私見たいなカヨワイ女の子一人に探させる気かって怒りだしたから仕方ねェついて来た。
 シタールが絶対に行かねェって言いやがったからな。どうもコイツ等には何かあったらしい。

「ちょっとオニーサン達。楽しそうに喋くってばかりいないで少しは探すの手伝ってよ。全くこの地図全然役に立たないんだから」

 俺達は顔を見合わせた。館がアッサリ見つかった時にゃ地図の事を滅茶苦茶良く出来てるってベタボメだったくせに。
 ッたく気まぐれな嬢ちゃんだ。あのスピカとコンビを組んでるってのが信じられん。

「なあ、アレ焚き火の跡じゃないか?」

 カレンが木々の間を指差す。駆け寄ってみると間違いなく焚き火の跡だった。オカシイな。船長の話だとココは無人島のはずだが・・・

「何時ごろ焚かれたか分かるか?」
「流石に其処までは分からないな。それに昨夜は雨も降ったし。少なくとも今日じゃなさそうだな」
「あったー!見つけたよー!!」

 焚き火の前で喋っている俺達の耳にレイシアの大声が聞こえてきた。
 顔を見合わせると声の元へ駆け寄る。走り出したのは俺のほうが先だったが、レイシアの所へ着いたのはカレンが先だった。

 駆けつけた場所には洞窟の入り口らしい穴がぽっかりと開いていた。周りの植物が伸びて大分隠れていたが良く見つけたな。
 でかしたと褒めると、当然だと言い張った。どうやら現時点で地図は素晴しいって事になっているらしい。またベタボメしてやがる。それ以上に自分がスゲェって言いたいらしい・・・

「そんな事よりもすぐ其処で焚き火を見つけたんだ。最近、ここに入ったヤツが居ないかどうか調べてくれないか」

 ナイスだカレン。
 レイシアは気分を害されたのかブツブツ文句を言いながら入り口を丹念に調べ始めた。

「誰も入ったようには見えないよ。ただ私より凄腕の野伏がカモフラしてたとしたら分からないけどね」
「そうか。ココで話してても仕方ねェし取り合えず戻るか。それから作戦会議だな」

 俺達は仲間の元へと来た道を戻り始めた。
 
探索前夜
シタール [ 2005/03/07 0:14:02 ]
 去年の秋頃にギグスに話を持ち込まれて、片牙の財宝話。
調べていけば調べていくほど、おとぎ話の品とも言われていた”真紅の船上刀”が現実味を帯びてきた。
「これは行くしかねえ!」って感じで俺は即答。
真紅の船上刀も気になるが、それ以上に片牙は古代王国期の楽器を多く集めてたって話だ。詩人として興味がわkねえほうがおかしいってモンだ。
ラスにもカレンにも承諾させる。んで、問題だった、薬と弓の調達も出来た…ワケなんだが…。

よりにもよって………レイシアとはなぁ(嘆息)
周りの見張りと称して、一人になった俺は海を見ながら憂鬱だった。

あいつとはまぁ…色々とあった。ありすぎた………と言ってもおかしくない。
あの時、あの場で、俺のしたことは、最低最悪なわけで。
詰られ、憎まれ、蔑まれようとも何も言えんわけで…。
だからこそ、一緒に仕事だけはしたくなかったワケで…。

そういう感情は仕事の邪魔になる。それで俺がそれで死ぬのはどうでも良い。それはそれであの時の罰だと言われりゃそこまでの話だしな。
でも、ほれ。あいつがそれで死ぬのは…何というか…こう…なぁ。


「…あの。シタール様。」

…ん。ああ。…スピカか?
どうした?ラスがゲロって服でも汚したか?

「いえ。カレンさん達が戻ってこられましたわ。館が見つかったそうです。」

戻ってきたカレンがもたらしたのは、館発見以外にも俺等以外にこの島に上陸している可能性があると言うこと。
同じように情報を手に入れた冒険者ならまだマシだが…。だが、洞窟に手を出した形跡は一応無いようだし。とりあえず、用心しながら探索するって形で良いんじゃねえかって事で決まった。
だが、それ以上に問題なのは………。

「…ラスだな。」

ぽつりとカレンが言った後にくたばってるラスを見た。
確かにここまで来る船でもラスの調子は悪かったとはいえ、所詮は船酔い程度だった。
ところがどうだ。時間が経つにつれてどんどん酷くなってきている有様。…明らかに異常だ。

「そのことだけど。ラスのお兄さんが調子が悪い理由が何となく分かったかも。」

そうぽつりとレイシアが言い。みんなの視線があつまる。そうするとレイシアは「…たぶんだけどね。」と付け足してから話し出した。
先ほど森を探索しているときに気づいたらしいが、どうも島全体の精霊力に妙な歪みというかスレを感じるんだそうだ。それが船酔いで弱っているラスには堪えて居るんだろうってことらしい。

まずは朝までラスが回復するか様子を見て、明日からの探索をどうするか決めると言うことで俺たちは見張りの順番を決め、床についた。

 −そして、朝を迎えた。
 
館へ。
ラス [ 2005/03/07 0:54:06 ]
 ──おっけー。行こうか。予定通りにな。

「ラス様、大丈夫なんですか?」

口に出したのはスピカだが、みんなそれぞれ同じ事を思ったらしい。
まぁ確かに、胸張って大丈夫とは言えねぇが、だからと言ってここで探索中止ってわけにもいかねえし、俺はここに残るから……ってわけにもいかねえじゃん。
それにまぁ……レイシアが言っていた、精霊力のズレ。それの正体がなんとなくわかったからな。
それがもしも、俺の考えている通りだとしたら、例えばもう1日休んだところで結果は変わらない。
なら、行くしかねえだろ?

「で、正体ってなに? 私もなんとなくわかるような……ラスのお兄さんが出した答えと同じかな」

そうしてレイシアが自分の考えを話し始める。それを聞いて俺も頷いた。
そうだな、多分それが正解だ。
つまりここは、島に見えて島じゃない。……いや、島ではあるんだろうけど。
ただ、ここの土の精霊力は歪んでる。無理矢理、大地であるように縛られている、って感じなわけだ。
だから……見ろ、そこらの木々が真っ直ぐに生えてねえだろ。どこかしらひねくれた育ち方をしてる。精霊力が歪んでる証拠だ。レイシアなら、精霊力よりもまず先にそのことに気付いたんだろうな。
……レイシア、気を付けろよ。ここじゃ大地の精霊に根ざす魔法は使わないほうがいい。
多分、それに影響を受けてるだろうから、緑乙女も使わないほうがいいな。選択肢が限られる。忘れるなよ。

「……予定通り行くとなると、まず館か」

点検の終わった武器を仕込みながら、カレンが呟く。
目的は洞窟だが、そこにどんな罠があるかわからない。なにせ、話の発端も、洞窟を出たところで死体になっていた馬鹿がいたことからだったんだからな。
“片牙”ディヴィスに見つかってヤられたんならまだしも、宝を持ったまま死んでいたとなると、洞窟の中にあった……もしくは『居た』何かにヤられた可能性が高い。
洞窟の中の手がかりを少しでも求めて、館の探索を先に行うことは、船の上での会議で決まっていた。

「よう、そんじゃ配置はどうするよ。まず、カレンが先だろ。そりゃわかるけどよ」
「こういう場合は、戦士の方が前後につくのが常道ですね。狭い遺跡内の通路と違って、館内であれば多少は広がれるでしょうけれど。シタールさんがカレンさんの後ろ、その隣に、剣の心得のあるレイシアさん、ラスさんとスピカさんを挟んで、私とギグスさんが後衛でどうでしょうね」
「いや、待て。ライニッツ。それはよォ、なんつうか、その……」

ギグスが、ライニッツを制止した。……どうしたんだ? 別にその配置で悪くないと思うが……?
なぁ?と同意を求めようとシタールを見ると、シタールはちらりとレイシアを見たきり俯いている。
あー……あーあーあー……そういえば。なんかあったとか言ってたな。詳しくは聞いてないが。

「シタールさんは私の隣に並びたくないってぇ。ギグスのお兄さん、隣に来てくれる?」

にっこりと……。
やけに上機嫌ににっこりと笑ったレイシアがちょっとコワカッタ。

そして、俺たちは館の前に立った。
 
吊橋
ギグス [ 2005/03/07 22:39:36 ]
  館の中をほぼ調べ終わったが、目ぼしいモンは見つからなかった。
 当然だろう。水夫共が来た時に片っ端から調べたはずだからな。
 見つかったモンもある。海賊旗の飾ってあった部屋――船長室と名づけた――の鍵の掛かった引き出しに入っていた大理石で出来た紙を留める重し(注:ペーパーウェイトの事)と書き掛けの詩だ。
 シタールが何かの仕掛けに関係あるかも知れねェと荷物に加えた。

 あと調べていねェのは、地下だ。一階から降っている階段があったが、鍵の掛かった鉄の扉に阻まれて、水夫共は入れなかったらしい。
 カレンが扉を調べ始める。

 それにしても・・・・・・・。
 館の中に入ってからのこのピリピリした空気。スゲェ重圧。
 館の空気じゃなく明らかに面子の中の空気だ。
 そう、シタールとレイシア。
 レイシアと並んでる俺が一番被害受けてるよなコリャ。こんな何もねェ館ん中でこれだけ疲労してるってヤベェ気がする。

「鍵は開けた。さて、此処から先はいよいよ未知の領域って訳だ。気を引き締めて掛かろう」

 カレンはそう言うと扉を開けた。この先も階段が続いていると呟くように言う。
 明かりがいるだろうと、俺はランタンの用意を始める。

「明かりは万全の体制でいきましょう。ランタンの他に私の“明かり”の魔法。それからラスさん、光霊もお願いできますか」
「おっけ。それじゃ光霊を先行させるぜ」

 明かりに照らされた降りの階段は何処まで続いているのか全く検討がつかねェ。

「コイツは期待できそうだな。この先が洞窟と繋がってる可能性は高そうだ」
「ああ。コッチからお宝を隠してたんじゃねェか。それならすぐにお宝に巡り合えそうだぜ」

 俺とシタールはニヤリとしながら話をする。このまま進んでお宝があれば洞窟の方からワザワザ入る必要はねェ。
 カレンの行くぞと言う一言で俺達は階段を降り始めた。


 暫く進むと木で作られていた壁がだんだんと土の壁に変わって来ていた。それと同時にざああと大量に水の流れる音も聞こえ始めた。

 階段を降り切った先には天然の洞窟が広がっていた。そして目の前には地下水脈が流れている。吊橋がかけられていたが其れは今にも崩れそうだった。

「館の真下にこんな洞窟があるなんて凄いですわね。それにこの素晴しい眺め・・・あら皆様、私を見ていらっしゃいますけど何か顔についていますか?」
「そうじゃないわよ。スピカの鎧、重いから――鎧だよ、鎧――吊橋が渡れるかどうかって皆思ってんのよ。
 鎧関係なしにギグスのお兄さんが渡れるかどうかも微妙だけど」

 レイシアが苦笑しながらスピカに言う。確かに俺もあまり渡りたくねェなコリャ・・・・・・。
 
光の輪
ラス [ 2005/03/08 21:32:27 ]
 「……スピカやギグスだけじゃないな。ぎりぎり渡れるとしても、せいぜい俺とラス、レイシアくらいか。この吊り橋、かなり傷んで…………ん、いや、これは……」

カレンが吊り橋を調べている間に、俺は光霊を吊り橋の先に飛ばした。

「どうやら、先客が補修したようだ。十分な補強とは言えないが、1人ずつなら渡れるだろう。……どうした、ラス。何か見つけたか」

顔を上げるカレンに、俺は黙って光霊の照らす先を示した。
地下水脈を越える吊り橋は、向こう岸へと続いている。向こう岸はというと……例の洞窟なのか、それとも別のものなのかはわからないが、とりあえず洞窟らしきものへと繋がっている。
そちら側の洞窟を進んでいれば、途中で、地下水脈が作る流れに張り出したテラスのような岩棚を通ることになるのだろう。
ちょうどその『テラス』──つまり、吊り橋のかかっているあたりだ──そこにあるものを見ながら、俺はカレンに確認してみた。

……昨日見つけたっていう野営跡、人数はどのくらいって言ってたっけ?
「レイシアの話だと、4人から6人」
あそこに3人いるな。……まだ足りないか。

「死因が問題ですね。こればかりは近くで見ないとわかりませんが。罠か、仕掛けか。そうでなければ、人外の生物か。もしくは……」
ライニッツが腕を組む。その隣で、ライニッツの相棒ギグスが言葉を引き継いだ。
「もしくは、人間か。……同士討ちってやつかもな」

「そういえば……ここは、地図でいえばどのあたりなんですの? 例の洞窟と、吊り橋を渡った先というのは、位置的には似通っているのですか?」
「そうですね、ここで少し整理してみましょうか」
ライニッツやカレン、ギグスが地図を広げて今までに辿った道をそこに書き込み始める。
ランタンや“明かり”の魔法が作り出す光の輪から少し離れたところで、シタールが地下水脈を眺めているのが目に入った。
光霊を連れて、その横に行く。

「……おう、どうだ、調子は」
あー。全然ダメ。地下に入ってからより一層、気持ち悪くなった。なんつーか、空気がざらついてるっつーの?
「わかんねえよ、その言い方じゃ」
だろうな。ところでおまえは? 何やってんの?
「この水、どっから流れてんのかと思ってな」
そうじゃなくて。……レイシアのこと。
「あー……あれか」

ぼりぼりと頭を掻くシタール。

昔、レイシアと寝たって言ってたろ。別にライカと付き合ってた頃じゃねえんだし、そんな気にすることもないんじゃねえの?
レイシアもそんなこと気にするような女じゃねえだろ。っつか、俺だってあいつと……。
「いや、そうじゃなくて……それよりもっと昔のことでな」
もっと昔……って、レイシアそん時幾つだよ。うわ、おまえ、人間としてそれどうよ。
「……違ぇよ。ンなんじゃねぇんだよ。俺はあいつの……」

言いかけて、シタールが顔を上げる。足音。

「オトコ2人でなぁにやってんの。お兄さんたち」
「……俺、吊り橋の様子見てくるわ」
あ。シタール逃げた。
そして、取り残される俺とレイシア。

小さく溜息をついてレイシアは、俺の操る光霊を見上げる。
「……ね、精霊力の乱れたところに長くいると、エルフの人は病気になっちゃうってホント?」
ああ。本当だよ。人間の精霊使いにもたまにそういう奴がいるな。だからエルフに限った話じゃねえが。
「ふぅん、私はどうなんだろ。今はラスのお兄さんより元気だけど」
周りの精霊力に引きずられるのは俺の悪癖の1つだ。本当はそうじゃないほうが強い精霊使いなんだろう。
「ん。……でもね。自分の体の中の精霊達も引きずられるような……そんな風に、体まるごとで周りの精霊力に身を浸すような……そんな精霊界を、私も……」

続きを待った。
しばらく経ってから、ものすごく小さな声でぽつりと呟いた。
地下水流の音に紛れそうになりながら、シルフが至極控えめにその言葉を運ぶ。

「……姉さんがそういう精霊使いだったんだよね」
 
死体
スピカ [ 2005/03/10 15:02:57 ]
  少し離れたところで行われている、レイシアとラス様の会話。幸か不幸か、水流の音でその内容は聞こえてこない。
 いくら人から鈍感だと言われ続けているわたくしにも分かる、レイシアとシタール様の間に流れるこの微妙な空気。理由を知りたくないといえば嘘になります。ですけど、あまりいいことではないことは予想するのは容易いこと、そうなると聞くに聞けなくなってしまう。
 改めて、相棒だからといってお互いのすべてを知り合っているわけでないことを痛感させられます。

 チャ・ザ様。このようなとき、相棒としてわたくしはどのように声をかければいいのでしょう。

 鎧の上から印に手を当て、祈りの文句を呟く。耳にチャ・ザ様の言葉は届かない。かけるべき言葉は自分で見つけろというのでしょうか。
 そこで、ラス様がレイシアの元を離れ、つり橋を念入りに調べているカレンさんに近づいていく。そのラス様を捕まえて、耳元で小さくささやいてから、レイシアの元へ歩み寄る。

 ・・・・・・レイシア。
「あ、スピカ。どうしたの、神妙な顔して」
 いえ。あの・・・・・・何といったらいいのでしょうね。

 しばしの逡巡。意を決して、思っていたことを言葉にして紡ぎだす。

 あなたがシタール様と何があったのかは知りません。無理に聞くつもりもありません。
 ですけど、無関係のわたくしが口を出すのはおこがましいと分かった上で、少し言わせてもらいますわね?
 どんなに気まずいことがあったとしても、今は皆で呼吸を合わせなければいけない仕事中なんです。多少の歪みからでも、大事に至ってしまう可能性もあるんです。
 対人関係でピリピリしていては、いつかきっと支障を来たします。特に今は、海賊の根城ということですから、自然の洞窟でもひょっとしたら罠だってあるかもしれません。自然が作り出した思わぬ何かがあるかもしれません。
 それを感知できる腕を持ったものは、あなたしかないんですから。
 だから、今だけは・・・・・・過去のことは忘れて、いつものレイシアに戻ってくださいな。
 仕事が終われば、愚痴だって聞きます。泣きたいことがあれば胸を貸します。言いたいことがあれば最後まで聞きます。いつかあなたが、わたくしにそうしてくれたように・・・。
「・・・でも、シタールさんがいい気分じゃなかったら一緒だよ」
 それは、きっとあちらで何とかしてくれますわよ。男の友情、で。・・・・・・ラス様、その微妙に渋い顔はなんですの(ぼそ)
 ですから、もうあんな顔はしないでくださいまし。わたくし、レイシアのあんな顔、見たくありませんわ。
「あんな顔って?」
 オーガーの作り笑みみたいな顔、かしら。
「ちょ、ちょっと何よそれ!」
 うふふ。あなたには、あんな怖い顔より、笑顔のほうが似合ってますもの。

「おーい、橋渡れそうだぞ。あくまでも慎重に、だがな」
 そこで橋を調べ終わったらしく、カレンさんたちが呼ぶ。
 はい、今行きますわ。さ、レイシア、行きましょう。これからが本番なんですから。

 おそるおそる橋を渡ったその先。例の、3体の死体があるところで。
「おい、この傷・・・・・・」
「ええ。不思議な傷ですね・・・」
 ライニッツ様とギグス様が死体の脇にしゃがみ込み、うなり声を上げる。
「こいつとこいつは裂傷・・・刀傷にも見えるが」
「最後の一人、なんだこりゃあ? えぐり取られたって感じだよな」
 一番損傷が酷いその死体。それこそ巨大な岩か何かがそこを貫いたように、胸部から腹部にかけてこそぎ取られたような奇妙な死体だった。
 
死因とその先
ライニッツ [ 2005/03/10 21:40:47 ]
 手に持つ棒きれ(館で拾った)に掛けた“明かり”の魔法が、周囲を明るく照らし出す。
館を調べ尽くして地下に降り、鍵の掛かった扉を開けた私達に見えたのは、死体と朽ちかけたつり橋、下には轟々と流れる水脈。

レイシアさんとシタールさんの間に何かが有り、ラスさんはいつもの船酔いとは別の、何か違和感を感じている様子。
それぞれ気には成ったけれど、取り敢えず私はつり橋を渡った後に死体を調べてみることにしました。
死体は表の痕跡からレイシアさんが推測した人数に満たず、死因も様々で。2人は裂傷による、恐らく失血死。しかし…
「最後の一人、なんだこりゃあ? えぐり取られたって感じだよな」
胴部が広範囲に渡ってこそぎ取られた様な死体があり、それが何とも気になりました。

「俺が力溜めに溜めてモールぶん回しても、これだけの傷は付けられねェだろうなァ。こいつ鎧も着てやがるしよ」
「戦乙女の機嫌が良ければ…ってトコか?こりゃ。でもなー、余程煽てないとここまでは抉れねぇだろうけど」
抉られた傷はそれだけで絶命するに足るもので、この人間は即死だったと見るべきでしょうね。

「や、でもここで死んだんじゃ無いんじゃないかな?…ほら、うっすらとだけど足跡と何かを引きずった跡みたいなものが見える」
レイシアさんの指す先には、素人の私には言われないと気付かない程の跡が。
それを辿ると、私達の進行方向である先の洞窟へと続いている様子。
「つまり、傷を負った2人がこの絶命された方を引きずって、ここまでは戻ってきたって事ですの?」
誰が引き摺ってきたのかは解りませんけどね、その可能性が大きいでしょうか。
少なくとも、その原因となった危険そのものが、今この場に無いことだけは言えるでしょう。

「…先へ進んでみよう。より一層注意してだ」
カレンさんの言で、我々はまた歩みを進めることにした。
 
地面
カレン [ 2005/03/11 1:45:36 ]
 周囲が土壁だらけとあって、俺は先頭に立つのをやめている。
代わって、周囲の様子に一層目を凝らすのはレイシアの役目となった。
彼女の後ろで、さっきの死体のことを考える。
どんな敵が相手なら、あんな致命傷を与えられるのか。人間の体は、見た目よりも意外と頑丈にできている。それが鎧をまとっているならなおさらだ。
何か、力任せに、無機質に凶器を打ち出すような装置でも仕掛けられている?
この洞窟にか?

「ねぇったら。お兄さん、聞いてる?」

分かれ道にさしかかって、ピンと張った声をレイシアが上げた。

「どっちに行く?」
「血の痕は?」
「右よ。このまま追う?」

こっちに逃げてきているんだから……右が洞窟の奥だとしたら、左は洞窟の入り口に続いているんだろうな。地図で位置関係を確認しても、右の道が奥に続いているのは間違いなさそうだ。
館からの扉は鍵がかかっていたんだから、先客達は左、即ち洞窟の入り口から入ったに違いない。
……何故、館側に逃げたんだろう。
先に館側の道を調べて知っていたとしても、だったらその先が袋小路なっていることだって知っていたはず…。
釈然としないなぁ。
入り口側に進めなかったのか? …どんな理由で?

「………そうだな。右に行こう」

どんなに考えたって、わからないことはわからない。俺達がやるべきは、先客達の死因を調べることじゃなく、ここに眠るといわれている財宝を探すことだ。
さっきの死体は警告のひとつとして、自分達が同じようにならないように心に留めておけばいい。



「あー……ちょっと。…ちょっと待ってくれ」
「ね。みんな、あれ見てよ」

しばらく進んだ頃、不意にラスが立ち止まった。それと同時にレイシアが前方を指差す。
一瞬の間――。

「…なんか変な感じ」
「あの辺に何かが…」

再び、二人の声が重なる。
どちらの声に反応すればいいのか迷い、ラスとレイシアを交互に見やった。
そして――
立ち止まって、ようやく気付く。
足の下の、地面の、ごく微かな震えに。

その震えは、俺達の注意を引きつけ、沈黙させた後に、徐々に遠ざかっていった。
 
揺れと気配と
スピカ [ 2005/03/13 10:11:39 ]
 ……なんだったのかしら。今の揺れ…。
「地震か?」
「地中を何かが掘り進んでるってこともあるかもしれねぇ」
 ……大きなモグラかしら? あら、どうしましたの皆様、頭を抱えたりなんかして?
「いや、この状況でそんな発想が出るのが凄いと思っただけだ」
 だってわたくし、地中を掘り進むものなんかモグラくらいしか知りませんもの。
 ああ。大地の精霊の仕業ではないんですか? 島全体の大地の精霊力がゆがんでいるのなら、この洞窟だってそうなんでしょう?
「うん。確かにそうだけど……今も歪んだ力が暴れたのを感じたけど。やっぱ何か変な感じ。攻撃するつもりなら、もっと激しく暴れるだろうし」
 
 レイシアがしきりに首をかしげる。
「そういえば、大地の上位精霊は地震を自在に起こせたっけ」
「そういう魔法はあるが、今の揺れの比じゃないだろうな。もしそうだとしても、上位精霊なんかとは戦いたくねぇな」
 精霊のことは分かりませんが、刃を交えたくない雰囲気はその話しぶりからでも十分に伝わってきます。
「精霊のせいにしろ、大型の地中生物にしろ、頼りになるのはレイシアだ。頼むぞ」
「周りに注意するのに集中するのなら、精霊のほうはラスさんに任せたほうがいいかもしれませんね」
「ああ、分かってる」

 そして再び、慎重に歩みを進める。
 右の道へ入り、しばらく経ったところで。
「……待って。何かヤな感じがする」
 レイシアが立ち止まり、不意にそういった。
「何かいるのか……何かあるのかわかんないけど、とにかくすぐ近くからヤな感じがする」
 
先客
ラス [ 2005/03/13 18:49:35 ]
 最初に揺れを感じた時に、レイシアが『あれを見て』と指さしたもの。それの全貌が今、俺たちの視界におさまった。
洞窟の中のわずかな光──おそらくは、吹き抜け状になった天蓋部分から差し込む陽光──に反射する凪いだ水面だ。
さっき見たような激しい流れじゃない。地底湖のように静まりかえった水面だ。

「さっきの地下水脈はここから流れてるんでしょうね。このあたりは、通路も手すりで補強されてますし、その手すりもすり減っています。古いものではありますが、それだけじゃない。何度も使用されたと見ていいでしょう」
ライニッツの言葉に、ギグスがにやりと笑んだ。
「ッってェことは、やっぱりこっちで当たりだったんだな」
「先客がいなきゃ楽だったよね」
ふぅ、とレイシアが肩をすくめる。
レイシアの嫌な予感に従って、地底湖が見えるあたりで身を潜めた俺たちは、地底湖以外のものも見つける羽目になった。
「この長い金髪の持ち主か……」
カレンが、近くの木製の手すりに引っかかっていたのを少し前に見つけていた。このパーティでは金髪は俺1人だが、俺のものよりもかなり長い。

俺たちが進んできた通路自体は、すぐ目の前で行き止まりになっている。
そこには右手に手すりが設けられていて、手すりの先は地底湖の広がる空間だ。
地底湖をすぐ目の前にとらえるには、ここから手すりを越えて続く、岩を削りだした階段を下りて行かなくてはならない。
天井も高く、床も遠く。おそろしく中途半端な位置に、俺たちはいる。
そして地底湖の湖岸には3人ほどの人影。

その『先客』たちは、湖岸にある何かの装置らしきものの前に立って、何事か相談しているらしい。
この位置からでは声は聞き取れないが、奴らの動向を見ることは出来る。
逆にこちらは、岩壁や手すりに隠れることが出来るから、奴らにはまだ気付かれていないだろう。

「もうひとつ、気になることがあるんですが……先ほど、館の中でひとつだけ妙に綺麗なお部屋がありましたわよね。……寝室のような?」
スピカが首をかしげる。
「……ああ、そうだな。古くなってはいたが、もとは上質の布らしきものが使われていた。片牙は、そういうところに細かいやつだったのかもしれない」
カレンの言葉をスピカが否定する。
「あら……あれ、女性のお部屋じゃありませんの? お洋服に使う火伸しもありましたし……ええ、もちろん、殿方も使うでしょうけれど……なんというか、色合いが、女性のお部屋でしたわ」
ねぇ、ラス様? と……なんで俺に聞く、スピカ。

「女でも囲ってたんだろうよ。……さてと。どうする。向こうは3人、こっちは7人。やり合っても勝てるとは思うが」
シタールが斧を構えなおす。以前に行った遺跡で手に入れた、古代王国の力が付与された斧だ。
「問答無用で仕掛けるのもどうかと思いますね。向こうがどういうつもりなのか確認してからでも遅くはないでしょう。向こうから襲ってくるのなら、立ち向かうしかありませんが。……そうですね、魔法で……音源欺瞞などの魔法で少し脅かして反応を見るというのはどうでしょう」
ライニッツがそう提案する。
「……待て。先客の様子がおかしい」
カレンの言葉に、全員がそちらに注目する。どうやら真ん中にいる長い金髪の人物を残りの2人がなんとか諫めようとしているような……その長い金髪の人物の動きがおかしい。とても正気とは思えない。時々、悲鳴に近い声がここまで届く。

……背中を嫌な汗が伝う。さっき、揺れを感じてからずっとだ。
頭痛はそろそろ洒落にならないほどになってるし、油断すると膝が落ちそうになる。
────声が聞こえる。頭蓋骨の内側に反響しあうような、そんな聞き取れない声が……どこから? 足元から……いや、違うな。自分の中から? ……まさか。そんなはずない。
「……ラス?」
そんな奇妙な声の合間を縫って、シタールの声がすぐ近くから聞こえた。
 
ダイブ
ギグス [ 2005/03/14 0:47:45 ]
 「おい、ラスしっかりしろ!」
「何・・・・言って・・・・やが・・る。俺は・・しっかり・・・・してる・・・・ぜ」

 ラスのヤツ、ヤベェ。汗を滝見てェに流して頭ァ押さえてやがる。シタールに支えられて立ってるのがやっとだ。

「ラス様、大丈夫ではありませんわ。申し訳ございません。わたくしが“病気治癒”の奇跡を行えればすぐに治してさしあげますのに・・・」
「多分・・・・だが、“病気治癒”・・・じゃ・・治ら・・・・ねえ。せ・・・・い霊力・・のユガ・・・・・ミの・・・せ・・いだ」

 もう喋る事すらままならねェ。だがそのラスの言葉でレイシアの方を見る。

「レイシアさんは何とも無いのですか?」
「うーん、ちょっと頭が痛いかな、くらい。ラスのお兄さんほど酷くは無いよ」
「レイシアが何とも無くてもラスがこんな状態じゃ話にならねェ。どうする、一旦出直すか?」

 俺が全員の顔を見回しながらそう言った時だった。地底湖から凄まじい轟音と悲鳴が鳴り響く。
 全員が何事かと覗きに行こうとしたが、其れを制し、カレンが一人覗き込む。

「・・・・・3人いたうちの1人が倒れてる。金髪の奴に向かってもう1人の奴が土下座してるみたいだ。命乞いかな?そうだとすると殺ったのは金髪の奴かもしれないな。
 どうやら許して貰えたみたいだ。あの装置の前に金髪の奴が立った。此処からだと陰になって良く見えないな・・・・で、どうする?出直すのか?」

 カレンが先客共を見たままで聞いてくる。暫くの沈黙が続いた。
 その時再び地震。今度はさっきよりハッキリ分かる。

「これは湖岸にある装置が関係している可能性が高いですね。何かの魔法装置だと予測できます。ラスさんが仰っていたこの島を島足らしめる装置かもしれません」
「じゃあ出直してる場合じゃねえな。引き返してラスの調子が良くなるかどうかは微妙な所だ。其れよりこのままあの金髪の野郎を放っておく方がどう考えてもヤバイだろ。
 ライニッツ、お前“落下制御”何人にかけられる?」
「成る程。階段を降るより確かにそれの方が早い。後先考えなければ、6人まで可能です。でも後の事を考えると4人までにしておきたいですね」
「よっしゃ。それじゃ俺とギグス、それからスピカに頼む。3人いれば大丈夫だろう。レイシアはラスのお守り、カレンとライニッツは後から駆けつけてくれ」

 シタールの早い判断で作戦が決まる。さっきまでとは全然違ェ。流石だ。

 ライニッツの呪文が俺とシタール、スピカにかかる。これでこの高さから飛び降りても平気なはずだ。
 そしてまた地震。2度目より強い揺れ。地震が起こるたびに強くなってきている見てェだ。

「急げ。アイツの目的が達しないうちに何とかするぞ」

 カレンはそう言うと階段を駆け下り始める。

 俺達は地底湖の湖岸に降り立つべく飛び出す。
 おォォォォォォォォっ。この感覚、何度やってもなれねェェェェェェェェェェっ。

「待てやァァァァコラァァァァ!!!テメェ等のォォォ好きにャさせねェぞォォォォォォ!!」

 金髪の注意を寄せるべく大声で叫ぶ。ちゃんと聞こえたかどうかは分からんが少なくとも聞こえたらしい。奴等はコッチに注目する。

 スタッ。スタッ。ドシン。シタール、スピカ、俺の順で地面に降り立つ。
 俺達は金髪のヤロウに向かって・・・・・・アレ?ヤロウじゃなくて女じゃねェか・・・・・・?
 
石筍
シタール [ 2005/03/14 22:08:13 ]
 「アレ?ヤロウじゃなくて女じゃねェか・・・・・・?」

ああ。女だな…。やりにくいったらありゃしねぇ。…くそ。女か…。
脳裏に思い出す、過去の悪夢。そして思い出される。あの時の言葉…。
って、んなこと考えてる場合じゃねえだろが!

軽く頭を2,3度振って、気持ちを切り替える。さっき絶命した奴にもまたえぐられたような傷がある。
つまり、さっきのもあの女の仕業というか…あの装置が関与してるってワケか。
よっしゃ。そうなりゃ話は早え…突っ込むぜ!

武器を構え直し、範囲魔法を考慮し。俺、ギグス、スピカの順で突っ込む。
湖岸まで後少しと言うところで、女が装置に向かい小さな声で何かを命令しやがった。そして、更に地面が揺れて…。

『ギュッン!』

勘だけでとっさに後に下がってよける。

「シタール様!?」
大丈夫だ!掠ってもいねえ!お前等こそ気をつけろよ!

足下から出てきたのはばかでかい無数の石筍。避けるとまた地面へと引っ込む。
数瞬後、追いついたギグスやスピカの周りへも飛び出す。

なーるほど。これがあの不可解な傷を作った正体ってわけか。
ケッ。わかっちまええばこんなモンこわかねえっての!

再度飛び出した。すぐに飛び出てくる石筍。
一本目、二本目、三本目!よし!女に肉薄した!

斧を地面に放り投げて拳を握る。
女は殺したくねえし、それ以上に聞くことがたっぷりとあるからな。
悪いが、ちょっとおねんねして貰うぜ!

右手に何とも言えない嫌な感触が伝わって、しばらくすると大地の揺れが収まった。
 
違和感
レイシア [ 2005/03/15 0:03:09 ]
 シタールさん、スピカ、ギグスのお兄さんが飛び降りて、数分もしないウチに決着がついた。
金髪の人物は気を失っているようだ。
もう一人居た人物と共に、武装解除させられて念入りに縛られているのが見えた。

揺れが止まっても、頭痛は未だ消えない。
それは隣にいるラスのお兄さんも同じようで、頻りに浅い呼吸を繰り返している。
肩に手を置いて顔を覗き込む。

下は終わったようだけど。お兄さん、動ける?
「……なん、とか…な」
絞り出すような声。全然何とかなりそうもない。いつ意識の手綱を放してもおかしくないわね。
肩を貸そうにも、一人だと引き摺ることぐらいしかできないし…。

「大丈夫か」
あ、カレンのお兄さん。戻ってきたんだね。ラスのお兄さんなら見たまんまだけど。
一人じゃ支えるのムリだから、と紡ぐ前にラスのお兄さんを立たせ、肩に掴まらせる。
慌てて反対側を支えて、少しずつ、慎重に階段を下りていく。


……あれ。なんでだろう。
下に近づくたび、微妙に頭痛が増していくような気が…。
 
波紋
ラス [ 2005/03/15 0:38:31 ]
 打ち寄せる波のように、断続的に襲ってくる痛み。それは痛みと言い切ってしまうには躊躇いのある、少なからず複雑な感触ではあるんだが、結果的には頭痛として出てくるわけだから、結局は『痛み』なのだろう。
それは、水面に浮かぶ波紋に似ている。どこかに中心があるはずだ。
──引き寄せられる。いや、むしろ、引きずられる。
歪んだノームの力に。
何かが引きずられた後に残る、奇妙な空虚の中に別の何かが入り込むような感覚。
馬鹿な。出来の悪いエルフじゃあるまいし、そうそう簡単にそんなことを許してたまるもんかよ。

俺が動けずにいた間のことを、カレンが要約して聞かせてくれた。
「とりあえず一段落して、今、例の装置をライニッツが調べてる」
……装置? ああ、湖岸にあったあれか……。

カレンの肩を借りて階段を下りる。
あと少しで階段を下りきるという時に、ふと、壁際から俺を支えていたはずのレイシアが立ち止まった。
自然、そちら側の支えを失って、体がふらつく。膝が落ちる前に、壁に手をついて踏みとどまった。
「……レイシア?」
カレンが訝しげに足を止めて振り返る。……振り返るまでもない。この距離にきて、いっそう強まる嫌な『手触り』。ざらついた舌で首筋を舐め上げられるような。おそらくはそれをレイシアも感じ取っている。
そしてそれは、舐め上げながら何かをこそげ取っていく。何かが錆び付いていくような……何か? ……まさか、精霊使いの正気、か?

手を突いた壁からは、思っていたのと違う感触が伝わってきた。
この地底湖がある空間を囲んでいるのは、今までのような固い岩盤じゃない。触ればぼろりと崩れ落ちる……それは岩というよりも土だ。
そして、土が絡みついてそれでも、壁の形を保っているのは……岩じゃなくて、奇妙な植物の根。

……ドライアード?

声に出ていたらしい。レイシアの様子を見ていたカレンが、あらためて俺の肩を掴む。
だが多分、それは遅かった。
『答え』を見つけた俺の中に、ドライアードが入り込む。
今までぎりぎりで保っていた意識が薄れていく。床に膝をついた衝撃さえ感じなかった。

「おい、ラス!?」
返事をしようと思う意識は残っていた。が、俺の口をついて出たのは精霊語だ。
<汝、無垢なる光の精霊よ……>
待てよ、冗談だろ? 俺はそんな魔法使おうなんて思っちゃいねぇ。そもそも魔法を使う気なんかなかった。
なのに、俺の口は勝手に精霊語を紡ぐ。
標的を決めたのは多分俺じゃない。“奴ら”が通じやすい相手を選んだに過ぎない。
やめろ! おまえたちは俺に従う者だろう!? 俺の魔力をそんなことに使うな!

せめて抗う力で、威力を半減させることは出来た……と思う。
「きゃぁっ!」
レイシアが小さく悲鳴を上げてその場に膝をついたが、さほどの痛手ではなさそうだ。
だが……これ以上、俺の意識が薄れるなら……?
噛みしめた唇に血が滲む。その痛みで、ほんの一瞬だけ自由が戻る。

……おまえら。俺から離れろ。……俺の魔法の届かない位置まで。早く!

あの装置は、石筍を飛び出させる装置だと言っていた。そう、ノームの歪んだ力の中心はあの装置だろう。
けれど、この島全体の精霊力の歪みは、ノームが最初じゃなかった。
ドライアードだ。歪んでいくドライアードにノームが引きずられただけだ。
……この島はおそらく、巨大な浮島だ。本物の大地に繋がってはいない。だからこそ制御するための装置が必要になって、そして、だからこそ、安定を欠いたノームは歪んだドライアードに引きずられた。
<そうよ>
と……答えるはずのない精霊の声が聞こえたような気がした。

霞む視界の中で……俺の言葉を聞いていたはずなのに離れようとしないカレンとレイシア、そしてわざわざ走り寄ってくる馬鹿の姿が見えた。
おまえらが離れてくれれば……俺の魔法が届かない位置なら、俺は意識を手放したほうが楽だったのに……。
近くにおまえらがいる以上、そういうわけにもいかねえじゃねえか。

もう一度唇を噛む。血の味が口の中に広がった。
……そうだ。出来の悪いエルフじゃあるまいし。精霊使いが精霊に使われてたまるもんか。
 
“一時”退却
ギグス [ 2005/03/15 1:48:27 ]
  女とその仲間のヤロウを念入りに縛り上げる。海賊時代から縄の扱いにゃ慣れてるからな。朝飯前だ。
 ヤロウの方を捕らえるのは楽勝だった。「刃向わなけりゃ殺しャしねェ」この一言が効いた見てェだ。

「た、頼む、早くその女を殺してくれ!ソイツはイカれてやがる!!
 俺の仲間を2人も殺しやがった。俺だって危うく殺されるところだったんだ!!」
「あの吊橋で死んでたヤツと其処で転がってるヤツか。
 けどよ、ソイツのせいで死んだのは4人だろ?吊橋の所にゃ3つ死体があったぜ。1人はソイツと同じ傷だったが後の2人は刀傷見てェだったがよ」
「と、刀傷?刀傷なんて知らねえ!その女が何か実験してて、石に抉られて1人死んだだけだ!!
 それで女の命令で2人が死体を外に持って行ったんだ!!
 さっきのはイキナリだ!イキナリその女オカシクなりやがったんだ」

 ・・・・・・どういう事だ?吊橋んトコでくたばってた内の2人は別んトコであの傷を負ったってェ事か?
 コイツが嘘をついてるかも知れねェが・・・・・

「ライニッツ、どう思う?」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・返事がねェ。湖岸の装置に齧り付きだ。・・・・・・・コイツは駄目だ。
 シタールはシタールで女を殴ったのがショックだったのかさっきからずっとテメェの拳を見てボーっとしてやがるし。

「スピカ、今の話聞いてたろ?オメェはどう思う?コイツは嘘をついてると思うか?」
「少なくともわたくしには嘘をついているようには見えませんわ。ただ、そうなりますとあの刀傷は何処で負ったのかと言う事になりますけど・・・」
「吊橋から此処に来るまでの間に戦闘があったようなトコあったか?」
「わたくしには見覚えありませんわ。見落としただけかも知れませんけど」

 チッ。俺とスピカだけじゃどうにも何ねェな。階段の所をチラッと見るとカレンとレイシアがラスを支えながら降りてくるのが見える。
 あいつ等がコッチに着いてからまた話を聞くか。それに金髪の女の目が覚めねェとさらに詳しい話は聞けねェだろうし。

「なぁ。吊橋んトコでレイシアに何て言ったんだ。あれからレイシアが普段通りになった見てェだったけどよ。
 イヤ、どうでも良い事だな。聞かれたくねェ事もあるだろうしよォ」
「・・・・・・・・・・・そう、ですわね。魔法の言葉、とでも申しましょうか。
 わたくしの使える魔法は神聖魔法だけじゃありませんのよ」
「ははは。流石神官ってトコだな・・・・・・」

 俺は誤魔化す様に頭をガリガリとかきながら地底湖に向直る。そして一言「すまねェ」と付け加えた。
 あーーーー、俺は何てコト聞いてんだ。馬鹿か。クソッ。テメェの無神経さに腹が立つぜ・・・・・・・

 ・・・・・・・ン?何か湖の底で光った様に見えたが。
 俺はもう一度目を凝らして湖を見ようとした。だが其れは階段から聞こえてきた悲鳴で叶わなかった。
 俺がカレン達の方を見た時には既にスピカは走り出していた。俺も走り出す。同時にライニッツとシタールの名前を叫ぶ。

 何があったってんだ・・・・・・・“光霊”・・・だと?
“光霊”がカレンとレイシアを襲う。
 ラスのヤツ何やってやがる・・・いや、アイツが自分の意思でやるとは思えねェが・・・・


 俺達が駆けつけた時にラスはカレンとレイシアに押さえられていた。
 レイシアはかなりの深手を負っていたがスピカの魔法で何とかなった。
 カレンに話を聞くがイキナリで何が起こったのか分からないと言う。さっき縛り上げたヤロウと同じコト言ってんな。

「こ・・・・の場所・・から・・・離・・・・れてく・・・れ。このま・・・まだと・・・マズ・・イ事にな・・・る」

 ラスが搾り出すようにして吐出したこの言葉に従って俺達は一旦引き返すことにした。
 当然、縛り上げた奴等も連れて行く。話を聞くのも館に戻ってからだ
 
Bridge Fell
シタール [ 2005/03/15 12:02:14 ]
 動けない奴らを担ぎなら来た道を戻る。
カレンは誰もか着かずに周囲を警戒。
ライニッツがラス、ギグスとスピカが各々同性の捕虜ってのは分かる・・・。

なぁ…なんで俺がこいつ(レイシア)なんだ?
いや、配慮だってのは分かる。それは凄く有り難いと思う。
ただ…ただよ。これはただの痴話げんかじゃねえんだ。そう…俺はこいつにとって姉の仇だ。

さっきラスが暴走したときに、あの時の光景がまざまざと思い出された。
あの人も精霊への感受性が強い人だった。おそらくラス以上に強かった。
だから、風の吹きだまりみたいなあそこであの人は正気を失ったんだろう。

 −あの時に、薬がいれば何とかなったかもしれない。
 −あの時に、他に霊がいれば何とかなったかもしれない。
 −あの時に、俺がもっと強ければ何とかなったかもしれない。

結局、俺がやってしまったことは暴走するあの人を殺して止めるという最低な結末だった。
もうすぐ16になろうとしてた当時の俺には、それ位しか方法がなかった。
いや、てめえの命が惜しかったんだな。惚れた女の命よりも屑みたいなてめえの命が大事とは…反吐が出る。
そして、少女だったレイシアに言われたあの一言がずっと頭中でこだまし続ける。

 「−あなたを絶対に許さない。」

…そうだよな。俺は姉の仇だもんな。当たり前のことだよな。
そんなことを考えながら吊り橋を渡る。もう少し行けば館だ。そこまで行けばこの苦行も終わる。

先に荷物をすべて渡し、何も身につけていない状態で誰かを担ぎなら各自わたっていく。
ギグス、、スピカ、ライニッツ。そして最後に俺。

そして、レイシアを担ぎながら橋を半分渡ったときの事だった。

「シタール!後ろ!急げ!」

その言葉にはっとし後ろを振り向くと橋の袂に一人の男が立っていた。
華奢な身体。とがった耳。おそらくはエルフだろう。どこから来たのか、何者なのかはどうでも良い。

問題は手に握られた真紅の船上刀。その船上刀で吊り橋の縄を切ってしまったと言うことだ。

橋は俺等とともに水脈へと音を立てて落ちた。
 
行き先
ラス [ 2005/03/15 19:27:26 ]
 「シタール!」
そう叫んだカレンの声に、意識を引き戻された。
さっきまでいたあの場所では、意識を失うとどうなるかわからなかったから歯を食いしばって耐えていた。
が、そこから離れると多少はマシになった。少なくとも引きずられる感覚は薄れた。
そこで多分、張りつめていたものがゆるんだんだろう。今、意識を引き戻されて初めて、今まで自分が意識を失っていたことに気が付いた。

「レイシア! そんな……待って!」
「馬鹿野郎、ンな鎧着たまま飛び込むつもりかよ!」
それまで背負っていたらしい金髪の女を半ば放り投げるようにおろした後、スピカは岸まで走り出した。それをギグスが止める。
……落ちた、のか? 2人そろって?

カレンが荷物から手早くロープを取り出すのが見える。
ライニッツの背から下りて、俺はカレンのもとへ走り寄った。
「ラスさん? 気が付いたんですか? ……って、一体何を」
ライニッツの声には構わず、カレンの手からロープを取り上げる。

「……オマエには無理だ。たった今までへばってたろう」
おまえにも無理だよ。魚より巧く泳げたって、この流れの中で息継ぎなんか出来ねぇ。
「今だって足もとがふらついてる奴よりはマシだ」
俺なら追いつきさえすれば、あいつらに魔法をかけられる。
「……じゃあ、俺にもかけろよ」
小さく息をついて、俺は呪文を詠唱した。……大丈夫だ。水乙女たちは歪んでいない。
彼女らの力が俺とカレンに届く。
それを確認して飛び込もうとした瞬間、対岸にいつの間にか立っていたエルフ野郎が吐き捨てるようにこう言った。

「無駄なことを」

構ってられるか。
ライニッツ、後は頼んだぞ!
「ちょっと待ってください! せめて明かりを!」
飛び込む寸前、ライニッツが手早く呪文を唱える。その結果を確認もせず、俺たちは飛び込んだ。

飛び込むなり、激しいうねりに包まれる。
そして、飛び込んでから気付く。ここに流れている水は海水だ。……それもそうか、浮島に地下水なんかあるはずもない。
どこかで海と繋がっているんだろう。……待てよ、じゃあさっきの地底湖は……?

激しい流れには敢えて逆らわず、それに乗るようにして更に泳ぐ。
流れが露出していたのはさっきの橋の部分くらいだ。すぐに視界は闇に包まれた。が、少し先に生命の精霊の気配がする。2人分だ。どこかに引っかかっているらしい。
闇の中、カレンの胸元で聖印が光っている。……気が利くじゃねえか、ライニッツ。

流れの先で、レイシアをしっかりと抱きしめたまま、必死に壁にしがみついているシタールを見つけた。
ちょうど幾つか突き出ていた岩にしがみつくことに成功したらしい。
激しい流れと天井部分のわずかな隙間に顔を出し、レイシアの呼吸も確保しようと懸命に踏ん張っている。
カレンが先に辿り着いた。流されそうになるレイシアの体を支えるのを手伝う。
程なく俺も追いつき、そこでシタールとレイシアに水中呼吸の魔法をかけた。

「お……う、助かっ……た、ぜ、へへ」
「戻る、のは、無理、だな。先に、進む、か」
水の流れに時折口元をふさがれながら、カレンが言う。一応は、長いロープの先をギグスに放り投げては来たが、あのエルフ野郎がいたことを考えると、俺たちを引っ張ってる暇はないだろう。
それにこの流れの強さだ。引っ張ってもらうのも、泳いで戻るのも無理だろう。
先に進めば、海に出るか……それとも……いや、方向からいうと……。
そう考えた時、水に浸かって冷えた体に更に冷たいものが走ったような気がした。
……やっぱり、俺、来ないほうがよかったかも……?

なぁ、シタール、カレン。もしもの時は……止めてくれよな。
 
抜け道
ギグス [ 2005/03/16 1:39:48 ]
  2発目の石つぶてが俺の体を撃つ。クソッたれが。あのヤロウ、コッチが向こう側に行けねェのを良い事にチョウシに乗りやがって。だが如何し様もねェ事ァ確かだ。てェか俺の体が何時まで持つか分からねェ。

「ギグスさん、下がってください!この距離じゃこっちが完全に不利です!!」
「バカヤロウが!ロープが足りるかどうか分からねェんだ。これ以上は下がれねェ!!」

 ラスに渡されたロープこいつを放すわけにはいかねェ。俺はライニッツとスピカを下がらせて崖ギリギリに立って踏ん張っていた。
 3発目の石つぶて。気を抜いたら意識が持って行かれそうになる。調度その時を見計らってなのかスピカから回復の奇跡。
 助かるぜ。ナイスタイミングだ。こうなったら根競べだ。ゼッテェ負けねェ。

 だが5発目の石つぶてを喰らった瞬間、ロープは俺の腕から逃げていった。

「クソッたれェェェェェェェ!!!!!」



 結局、船上刀を持ったヤロウは橋の向こうへ消えて行った。館側の崖に残った俺達は次に何をするかを話し合っていた。

「クソッ。如何すりゃ良い。これじゃ向こう側には行けねェ。それだけじゃねェシタール達だって放っておく訳にはいかねェ」
「シタールさん達は大丈夫だと思います。ラスさんの精霊魔法がありますから溺れる事は無い。それにあの3人は僕とギグスさんよりも修羅場を潜り抜けて来た回数は多いですから。
 それと向こう側に行く方法が無い訳じゃありません。私達だけでは相当危険ですが・・・」
「ライニッツ様、まさか洞窟の入り口側から・・・・」

 この島に着いた日に見つけた洞窟。其処から水脈の向こう側に行くしかねェ。俺達はそう決めると館への階段を登り始めた。

「お、オイ、あんた等俺達をこのままにして行っちまうのか?」
「うるせェな。俺たちゃ今は忙しいんだ。無事に戻ってこれたら縄を解いてやる」
「か、勘弁してくれえ。小便したくなったら如何すんだ。それにあんた等が帰ってこなかったら!?」
「其処で垂れ流してろ。帰ってこなかったら仕方ねェだろ。一緒に死んでくれや」
「待って下さい。流石に其れは見過ごせませんわ。縄は解いてゆきましょう」
「其れは出来ません。彼らを自由にして後ろから襲われないとは言い切れませんから」
「待ってくれ。吊橋を渡らなくても此処から向こうへ行ける抜け道を見つけたんだ。本当だ。あんた等に教えるから助けてくれ」



 あの男の言ったとおり抜け道は確かにあった。俺、ライニッツ、スピカの順でその抜け道を進む。
 あの男は結局其のままにして来た。解放して害が無いとは言い切れなかったからだ。
 万が一ん時はスピカだけでも必ず戻ると約束して来た。悲鳴に近い声を上げてやがったがな。


 暫く進むと開けた場所に出た。入ってきた場所の他に2個所入り口がある。
 どっちに進むか話し合ったが、今、自分達がいる場所が洞窟のどこら辺なのか全く検討のつかねェ俺達には1つずつ潰して行くしかなかった。

 物陰から船上刀を持った森妖精が襲い掛かってきたのはどっちに進むか決め様としている最中だった。
 血が飛び散る。俺の血だ。ライニッツが大丈夫かと聞いてくる。俺は大槌を構えながら問題ねェと答えた。

 森妖精を観る・・・・何て眼ェしてやがる。狂ってやがるのか?
 船上刀を観る・・・・真紅の船上刀。“片牙”が持っていたってのは本当だったらしいな。だが、どう言う事だ。明らかにあのサイズは非力な森妖精にゃ持てねェハズだが・・・。
 だが今はそんな事を考えてる場合じゃねェ。相手は森妖精とは言えあの真紅の船上刀を持っていやがるんだからな。
 それにコイツ・・・魔法使う素振りを見せねェ。船上刀だけで俺とヤルってのか。面白ェ。サシでやってやるぜ。

「2人は手ェ出すな。コイツは俺がぶっ潰す」

 そう言った瞬間だった。森妖精が船上刀で斬りつけて来たのは。再び血飛沫。あまりの速さで一瞬何をされたか分からなかった。
 ・・・・コイツ森妖精のクセして俺よりも力量が上じゃねェか・・・・・。
 
小兵と力士
ライニッツ [ 2005/03/16 12:28:23 ]
 ギグスさんの体が切り刻まれる。
まばゆい真紅の輝きを放つ船上刀によって。異様な雰囲気を持つ森妖精によって。
劣勢なのは誰が見ても明らかにギグスさんの方だろう。

「このままではギグス様が!…私、加勢致しますわ!」
スピカさんが飛び出しかけるのを、私は半ば体を張って押し止めた。

眼つきが尋常じゃない。
――これは先ほど調べた装置による影響か?四大魔術に関わる物だという程度の確信は得られたから。
ラスさんやレイシアさんが受けた影響と同質の物だろうか。こっちは完全に呑まれてしまっているけど。

森妖精が持つにしては、得物が大きすぎる。
――これはあの船上刀自体に、筋力付与の魔術が込められていると考えた方が良いかもしれない。
古代王国時代の宝剣なのであれば、鋭さを増す効果も付与されているだろうにも関わらず、だ。
ギグスさんは確かに劣勢で追い込まれているが、致命傷には到っていない。

つまりは、あの船上刀を振り回しても…いや、振り回せても。「その程度」だと言う事だ。

槌の長い間合いを殺し、懐に入り込み、あれ程の手傷を負わせられる奴の技量には驚嘆する他は無いけれど。
同じ間合いで戦えば地力の違いが出るのではないか…そう思った。だからスピカさんを押し止めた。
何より、船上刀の扱いにかけては、掛け値無しの専門家でもあるわけだから。ギグスさんは。

「ギグスさん、槌を捨ててください。船上刀で!同じ間合いで戦うんです!」
 
光よ
スピカ [ 2005/03/16 16:07:49 ]
 「・・・・・・お、おう!」
<> ギグス様が、ライニッツ様の指示に従い、モールを手放す。ゴッ、と鈍い音を立て、地面を抉り転がるモール。
<> 代わりに、腰に下げていたカトラスを慣れた手つきで抜き放つ。
<> ライニッツ様の言葉通り、冷静に観察すればエルフに武の心得はまったくないように見えた。ただ、魔力を後ろ盾にして剣を振るっているだけ。
<>「うおりゃあああ!」
<> 威勢のいい声とは裏腹な、巧みなフェイントを織り交ぜた攻撃。その攻撃に、初めてエルフのほうが怯んだ。
<> 機を逃さず、次は豪快に打ち込んでいくギグス様。次第に、戦況は変わってきた。
<> 今や戦いは五分五分。ひょっとすると、ギグス様のほうが優勢になりつつある。
<>「ふんっ!」
<>「・・・・・・ッ!」
<> カトラスは、船上で使うことを目的とされているため、その刀身は短めに作られている。それは魔剣でも同じことだった。
<> リーチで勝っているギグス様が、鋭い突きを見舞う。断ち切り目的で使われることの多いカトラスだが、実は刺突戦法にも対応でき、そのための擬似刃(両刃になっている刃先三分の一くらいの部分)を有している。
<> エルフはまったくそのことを分かっていない様子で、ギグス様の突きの間合いでなお、真紅のカトラスで斬り付けてくるばかりだ。
<>
<>「クソォォ!」
<>「ぬおっ!?」
<> それでも、剣の魔力と島を取り巻く狂気に駆られたエルフは攻撃の手を休めることなく襲ってくる。
<> 血走った目。狂った目。なんて悲惨な目をしているのでしょう・・・・・・。
<>
<>・・・目?
<>「・・・・・・どうかしましたか、スピカさん?」
<>ライニッツ様っ、少しの間、目を閉じていてくださいましよっ!
<>ギグス様、絶対こっちを向いてはいけませんよ!
 <>
<> 戦闘中に余所見なんかできるか、くらいの言葉は飛んでくるかと思ったけれど、さすがにそんな余裕もないようだった。
<> 激しい立ち回りをするギグス様とエルフの位置関係を観察して、素早くギグス様の後ろ側へ回り込む。
<>
<>偉大なるチャ・ザ様! 幸せを齎す輝きを! 邪なる心を焼く聖なる光を!
<>
<> 祈りを捧げ、組んだ手を天に翳す。
<> 歪んだ洞窟の奥でも、その祈りがチャ・ザ様に届いた。瞬間放たれる、まばゆい光。
<>「・・・ぐあああっ!?」
<> 聖なる光が、狂ったエルフの目を焼いた。
<>
<>ギグス様、今ですわっ!
<>「おおおおおおおうっ!!」
<>
<> 気合の雄たけびを上げ、素早くカトラスを二度、三度エルフに向かって振り下ろすギグス様。
<> そして、光が止んだ。
<>
<> 両腕と胸から血を流し、まるで今まで握っていた真紅のカトラスのように紅く染まったエルフが、地面に倒れこんだ。
 
狂気の光
カレン [ 2005/03/18 1:13:06 ]
 冷たい水の中で、支えていたラスの身体か微かに震えた。
コイツにとって、ここはあまり好ましい場所ではないらしい。
仲間に光霊を放つほど、精神が不安定になっているということは、現在いちばん危険な存在なのは、間違いなくこの相棒だ。
さっきは精霊魔法の中でも、初期に身に付けることができる、比較的弱い魔法だ。それでも力のある精霊使いが放てば、致命傷にもなりかねない。
しかも、コイツは光霊よりも強力な戦乙女を従えている。これ以上恐ろしいことはない。
早くここから脱出したほうがいいだろう。
先に行く、と言い置いて、岩から手を離す。再び暗い水の流れに身を任せた。
途中で、全身に痛みが走った。急なカーブにぶち当たったらしい。

水脈の流れからは、ほどなく開放された。どこかに吐き出されたらしい。
水面に顔を出して、”明かり”のかかった聖印を掲げる。
俺達が出てきたところは、地下水脈の流れからそのまま低い滝に変わっている。
周囲からは、この滝と同じように、流れこむ水の音が聞こえた。
多分、地下水脈は一本ではないのだろう。地質なんかには、あまり詳しくはないが、こんな島に水脈が何本も通っていたら、ここの地面はかなり脆いんじゃないだろうか。
とりあえず、水から上がれそうな場所を求めて泳ぐ。
間もなく、シタールとレイシアが同じように吐き出されて来た。

「っかー、いてぇっ! なんつーところだよ、コンチクショウ!!」

顔を出すなり、悪態をつく。

「大丈夫か?」
「おぅ。こんぐらい、なんでもねーよ。あ、けど……こいつの顔に傷がついちまったな……」

何故そんなことまで気にするんだ、と口をついて出そうになった。冒険者が仕事で、ひとつの傷もなしに戻れることなんかないだろうに、と。
しかし、それを許さない表情を、シタールは浮かべていた。
様子がおかしい。
おかしいと言えば、今回は出発の時からなんだが…。
それで何がマズイということもないんだが……なんというか、空気が重いというか、そこだけ変に温度が低いというか。いまひとつ、ズレてる感じがする。
この雰囲気のままでは、いつ連携が取れなくなるかわからない。そんなものを抱えての探索というのは危険だ。

「………脱出しよう。これ以上は無理だろう」
「だぁな。精霊使い二人がこれじゃさすがにヤバイ」
「オマエもな」
「…………………」

しばらく無言で泳いだ。
時折、ラスがうめく。そのたびに、腕に力がこもる。
レイシアは静かだ。気を失っているのかもしれない。

どのくらい泳いだのか、ようやく陸地に付く。
計らずもそこは、さっきの装置が据えられている場所だった。”明かり”の中に、その姿が浮かんでいる。

「あ、あのよ……カレン…」
「ん?」
「…いや、なんつーか、その、な…」

シタールに背を向けたまま、俺は装置を見つめていた。これは、破壊してしまったほうがいいのではないか、と考えながら。
背に聞こえるかすれたシタールの声は、周囲の水の落下音にかき消されそうなほど弱かった。俺はそれを聞き取ろうとしていた。
だから、もっと小さな呟きに、俺は気付かなかった。
異変に気付いたのは、目の前に突然眩い光が現れた時だった。

「ラス! テメェ、何してやがんだ!!」

頭上でシタールの怒鳴り声が響いた。…どうやら俺は、光霊の直撃でぶったおれたらしい。それだけ認識するのがやっとだった。
身体がずきずきと痛んで、立ちあがることもままならない。
これが、相棒の力なのか……。

「…神よ…我に癒しの慈悲を……もたらせ給え…」

頭がくらくらする代わりに、身体の痛みが引いた。
身を起こすと、シタールがラスと対峙していた。

「カレン、レイシア連れて逃げろ! ラスの野郎、目がイっちまってるぜ!」

逃げろつったってよ…オマエ、どうすんだよ。ここにはスピカがいないんだぞ。

ラスは、既に、もうひとつの光霊を呼び出していた。
精霊が放つ光は、あまりに冷たく無慈悲に見えた。
 
一歩遅い合流
ライニッツ [ 2005/03/18 1:58:28 ]
 自らの体から吹き出た血溜まりに倒れ伏す森妖精。傍らに転がる真紅の船上刀。
血の暗い赤が、剣が発する鮮やかな紅を引き立てて居る様に私の目には映った。

“聖光”の奇跡を使ったスピカさんは決着がつくのを見るや否や、私が動くよりも早くギグスさんに駆け寄り傷の具合を確認していた。
そしてその傷が浅くないものだと判断したのだろう、“癒し”の奇跡を幸運神に願い始める。
スピカさんの奇跡の力は確かなもので、ギグスさんの体に出来た外傷は確認出来ないほどにまで見事に塞がっていく。

「へへ。悪ィな、助かったぜ」
「ふぅ…どういたしまして。急所は外されていましたから、私の“癒し”でも何とかなりましたわ。あれだけ魔剣で切り刻まれたのに、流石ですわね」
「体捌きもそうですが、頑丈さも折り紙つきですしね。あの剣捌き、加えて普段は板金鎧なのですから、後ろで見ている立場からすれば頼もしい限りです」
「うるせェ。少なくともガタイの良さじゃお前に感心される謂れはねェよ」

そう、体格はややギグスさんの方が上という位で、私も相応に大柄だ。
しかしそれは見た目の話。戦士として必要な諸能力を総じて「腕前」と称するなら、
この相棒の戦士の腕前は、「片手間」の私より遥かに上だ。そして未だ伸び続けている。
仮に私が魔術を捨て剣の道に生きても、到底追い切れない程の勢いで。
金属鎧を纏う切っ掛けとなった仕事、新たに得た守るべき『新しい命』。
成功失敗多種多様な出来事が、感情豊かなこの人を、心身ともに加速度的に強くして来たのだと思う。

「この人が力で私の背中を守ってくれる……のならば」倒れ伏した森妖精の方に歩を進めつつ、呟く。

知識で支えに成りたいものだ。
私は魔術の素質に溢れている訳では無い。賢者の呼び名を冠することが出来るだけの知恵も無い。
理想の私に成れるという保証など無い。が、成ろうと思わせてくれる人が居る。ならやってみよう。

そう思い立ったのは幾許か昔のこと。その時の私と今の私。あの時から、私は一歩でも前に進めているだろうか。

…思い出に浸るのもそこまでだった。足元に血溜まりと森妖精の体が目に入る。
森妖精は既に事切れて居た様で。私は既に絶命していた彼の冥福を祈りつつ、傍らの船上刀を拾い上げた。
刀身の腹に古代語が刻まれたそれは、サイズに比べて確かに軽く扱い易く感じられた。
杖を壁に立て掛け、空いた手で腰の広刃剣を振るってみるが、こちらは普段通りの感覚である。

即ち先ほど推論した様に、この船上刀に“筋力拡大”の魔術が付与されているのではなく、
船上刀自体がバランスの良い作りをしており、非力な者でも扱えるようになっているか、
または船上刀に“軽量化”の魔術が付与されているかの何れかだろう。
他にも隠された魔力があるのかもしれないが、これ以上は帰ってから調べてみるしかない。
この島に資料か何か有ると楽なのだが。少なくとも館にはそれらしいものは無かったし…

体制を立て直した私達は、前進を再開することにした。
『至高神の左手・暗黒神の右手』…そんな理由で選んだ左の道は傾斜の緩い下り坂で、
突き当たりは部屋と呼べる空間になっていたのだが、雰囲気は明らかに今までと違っていた。
湖岸の装置があった場所同様、土や石では無く植物の根が密集して壁の形を成していたのだ。
湿気の所為か館以上に朽ちた調度品があり、探索してみると、束になった羊皮紙を見つけ出す事が出来た。

調度品に負けず劣らず朽ちかけの羊皮紙から唯一読み取れたのは、この地下洞穴の見取り図だった。
「この広い空間が地底湖だと考えると、辻褄が合いますわ。この部屋と先程の地底湖は、隣り合っていると言って良い程に近いですのね」
「ここにある印が魔法装置でしょうからね。すると先程襲われた場所がここ、吊り橋がここ…ですか。ここまで丁寧に描かれているのに、水地が水地と書かれていないのが気になりますが…」

魔法装置を調べた際、あの装置は精霊力に見立てたオーブを装置の各所に配置することで行う、四大魔術による精霊力の強制・歪曲を企図したものだと私には思えた。
古代語魔法の精霊力による干渉は一方的、且つ強圧的であり、それが魔法装置クラスの規模で「歪める」目的に使うとなれば、その余波で精霊使いに悪影響を及ぼす…というのは十分に有り得る事だ。
またラスさんは、この島は地霊の干渉を弱め、植物の精霊の働きを増幅・歪曲させることによって出来た浮島だという仮説を立てた。
ここでの問題は、装置を破壊、または操作により精霊力の働きを修正したとして、
魔法装置の効力の産物であろう浮島に何か変化が起きないか…なのだけれど。…先ずは現物をじっくり拝んでみるしかないか。

「ギグスさん、スピカさん。ここから装置に向かう為のルートは解りますか?吊り橋通る道とは別に」
「それがさっきのエルフ野郎に襲われた場所。アソコから二股に分かれた、こことは別のもう片方の道から通じてるみたいだぜ」
「ですが…私気付いたのですけれど。吊り橋と交差する水路――そう、レイシア達が流されたあの水路ですわ。あの水路も進んで行くと、装置のある場所に繋がってるみたいですの。レイシアやラス様に悪い影響が出ていなければ良いのですけれど…」
あの4人が――生きていてくれているならば、いや、生きている筈だ。生きている筈だが――先にあの装置のある場所に到達したら、また大変なことになる。
「よっしゃ!急いで俺達も行こうぜ!ラス達に先を越されねェ内に装置を確保だ!」

ギグスさんが言い終わる前に、皆駆け出していた。
見取り図は正しく、程なく装置が見えてくる。
しかし、一緒に危惧していた光景も目の当たりにすることになってしまった…。
 
自己犠牲
スピカ [ 2005/03/18 3:00:22 ]
  魔法装置のあった場所についたとき、真っ先に目に飛び込んできたのは、光の精霊が放つ光だった。
<> 今までレイシアとコンビを組んで幾度と仕事をしてきて、その都度たびたび光の精霊を目にしたことはあったけれど。
<> わたくしは見たことがなかった。此れほどまでに冷たく凄惨な光を放つ精霊というものを。
<>
<>「遅かったようですね・・・・・・!」
<>「んにゃろう! こうなりゃ力づくでもラスを止めるしかねぇのか!」
<>取り押さえていただければ、わたくしが“静心”の奇跡を試してみますわ。効く保証はありませんけれど。
<>「とりあえずこのままじゃあいつらが危ねぇ! こっちに注意をひきつけるぞ!」
<>「待ってください、念のために“対抗魔法”をかけますから!」
<>
<> ギグス様が足を速め、雄たけびを上げながらラス様に向かっていく。
<>「どりゃあああ!!」
<>「・・・!?」
<> ラス様の注意がこちらに向いた瞬間、対峙していたシタール様がタックルを見舞った。呼び出されつつあった光霊は開放され、あらぬところで弾けて消えた。ごろごろと地面を転がり、タックルの衝撃を受け流すラス様。やはり狂気に操られていても、その身体能力が衰えることはない様子だった。 
<> そのとき一瞬見えたラス様の目。あのエルフを思い出させる、なんて悲しい目・・・・・・だけど、完全には正気を失っていないようだ。まだ微かにだが、自分の意識が残っているはず。
<> わたくし自身の気力のことが心配になりますが、やはりここは“聖光”で援護するべきでしょうか・・・。
<> 思案していると、ラス様の気がそれた隙に、よたよたとレイシアを担ぎこちらへ歩いてくるカレンさんが視界に入った。服のところどころにある焦げ後から察するに、すでに光霊を食らっているのだろう。
<>
<>カレンさん、早くこちらへ!
<>「あ、ああ・・・・・・レイシアを頼む」
<>それより、カレンさんだって傷だかけではありませんか・・・・・・っ。
<>偉大なるチャ・ザ様・・・・・・彼らにあなたの慈悲を・・・・・・傷を癒し給え・・・・・・。
<>
<> 二人に癒しの奇跡を行い、まだ気を失ったままのレイシアに、念のため“気力融通”で少しだけわたくしの気力を分け与える。
<>
<>「ヤベェ、三人とも逃げろ!」
<> だんだんと近づく気力の限界に、額を伝う汗をぬぐったそのとき。シタール様の怒声が響き渡った。
<>「なに・・・・・・っ!?」
<> ラス様が翳した手を先。先ほどと同じ青白い、凄惨な光。
<> 気がついたときには、そんな光霊が二体も三体も解き放たれていた。レイシアでは、そんなに大量の光霊を呼び出すことはできないだろう。これが、熟練の精霊使いの腕。
<> そしてそのうちの一体も、こちらに向かって飛んできている。
<> このままでは、気絶したままのレイシアは絶好の的になってしまう。
<>
<> 蘇る、過去の記憶。
<>
<> 故郷にいた頃の、神官戦士としての師。
<> 強く、凛々しく、信仰に厚い、わたくしの憧れであり目標だった人。その人は、忘却の湿原でのリザードマンとの戦闘で帰らぬ人となった。
<> 沼に潜んだリザードマンの凶刃に、体中を貫かれ。従者として同行したわたくしは癒しの奇跡を施すことも、気弾で敵の気をそらすことも、手にした斧を振るうこすら・・・・・・何も出来ず、「早く逃げろ」との言葉に泣きながら従うだけだった。
<> 逃げ帰ったわたくしは、己の不甲斐なさを嘆いた。悲しい別れは、これで二度目だった。しかも、今度の別れは永遠の別れ。
<> 三日三晩泣きはらし、わたくしは神に誓った。この力は、人を守るために惜しまなく使うと。大切な人を守るため、その人を思うすべての人たちを不幸にさせないため。
<>
<>わたくしは・・・・・・わたくしはもう大切な人を失うのは嫌・・・・・・っ!
<>
<> 金切り声のような悲鳴を上げ、斧も盾も放り出し駆け出す。レイシアの前に両手を広げて立ちふさがる。
<>
<> 大切な人を守るために、己を犠牲にして尽くすこと。それは即ち、それを失うことで自分の心が傷つくことを恐れているからだと悟り始めたのは、いつのころからだろう。
<> 
<> そんなことを考える余裕はあったのだろうか。
<> ――光霊がわたくしの体を包み込み、弾け飛んだ。
 
再現
ラス [ 2005/03/19 17:57:35 ]
 さっきまでいた水脈の流れの中に、今もまだいるような気がする。
押し流されようとする意識、かろうじてすがりつくわずかな手がかり。
以前、黒髪の半妖精と話したことを思い出す。精霊との関わり方のことを。
そしてその時に、俺は言ったはずだ。俺は自分自身を精霊のための器にする気なんかない、と。
こんな状況をあいつが見れば、所詮口だけか、と頬を歪めて笑うのだろう。

浮かび上がる3つの光霊を見て、残ったわずかな意識で考える。
威力を減らすことは可能だろうか。
それとも、標的を変えることは可能だろうか。
それらを試みようとする度に、おそろしいほどの速度で何かが消耗していくのが感じられる。
力がすり減っていく音さえ聞こえるような錯覚。

放った光霊のひとつがレイシアの前に立ちはだかったスピカに届く直前。
ライニッツの声が響き渡った。朗々と歌い上げるような古代語。
どうにも音痴で、と頭を掻いていたのを思い出す。
なんだ、ちっともそんなことねぇじゃん、と、こんな時にそんなことを思う。

<万物の根源、万能なるマナよ。光を退け、ここに暗黒のとばりを下ろせ!>

創り出された闇の空間に弾かれるように光霊は消えた。
スピカのもとへ向かった1つも、彼女の目の前で弾けて消える。
カレンの癒しがあてにならない以上は、パーティで唯一の癒し手に傷を負わせるわけにはいかない。

闇に包まれた空間で、そんなことを冷静に考える。
……馬鹿な。ちっとも冷静なんかじゃない。今考えるべきはそんなことじゃねえだろう。
どうやってこの暴走を止めるか。
せめてあと少しでも自分の自由になるなら、勝手に紡がれた魔法の標的を変えて自分を役立たずにすることも可能なのに。

皮肉だな、と思った。
もしも暴走したのが俺以外の人間なら、眠らせるなり声を奪うなり、俺がどうにでも止めてみせる。
けれど、レイシアでは俺を眠らせることは出来ない。眠りの精霊はまだ彼女に力を貸さないだろう。
風乙女たちもそうだ。そもそもこの洞窟内では風乙女は力を持たない。俺は彼女たちの力の一部を連れてきているけれど、レイシアではそれを扱う事は出来ない。

闇の中、『俺』が戸惑うのがわかる。魔力が創り出した闇の中では光の精霊は存在出来ない。
古代語でなされたマナへの強制力は、精霊魔法では太刀打ち出来ない。
……まずいな。光の精霊を呼び出せないとなれば、別の精霊を呼び出すかもしれない。
いや、呼び出したとしても、この闇では標的を決めることは出来ない。手に触れられるものであれば標的に出来るけれど……あとは、そう、せいぜい自分自身くらいか。
そうだな、そうすればおそらく暴走は止まる。
こうなったら、自分で自分にけりをつけるしかないのか。ンなかっこ悪いことはごめんだが、今の状況を続けるよりはマシだ。

ち。シタール、カレン。何やってんだ。もしもの時は止めてくれと言ったろう。
八つ当たり気味にそんな事を考えた直後、何か小さなものが飛んでくる気配がした。
光る小さな……それが、“明かり”のかけられた聖印であることに気が付いたのは、闇が駆逐されてからだった。一瞬遅れて、足下に聖印が落ちる。
同時に、正面からカレンが、そして真横からシタールが飛び込んできていた。

おまえらならいいぜ。……任せた。

「やめてよぉっ! どうして繰り返すのよっ!? もう見せないでってばぁっ!」
レイシアの、振り絞るような叫びが聞こえた。
 
土の精霊
レイシア [ 2005/03/20 4:29:14 ]
 意識を失っている間、夢を見ていた。

あの日。姉さんは二度と戻ってこなかった。
何故こんなコトになったのか、私は知らない。
詰め寄る私から目を反らし、言葉少なに謝るシタールさん。

――許さない。絶対に、あなたを許さないから!

そう告げると、苦しそうに顔を歪めた。


意識が戻る。
今は――ここは、どこだろう。
全身がとても怠い。
横たわったまま、ぼんやりと視線を巡らせると、たゆたっている闇が目に入った。
カレンのお兄さんが何かを投げる。途端、闇が晴れ、中にいたラスのお兄さん目掛けて飛び込むシタールさんとカレンのお兄さん。
ふと、あんな夢を見たからか、ラスのお兄さんと姉さんがダブった。一気に血の気が引く。
嫌だ。駄目、止めなきゃ!

急いで跳ね起きる。
考える。止める手段、自分が出来ること。剣と、精霊を扱うこと。
今、剣は手元にない。短剣はあるが、投げても止められるワケじゃない。
確実なのは精霊に助力を請うこと。そしてその中で、今私が使えて動きを止められる魔法。
強く、強く念じる。
私の声に応えて、従いなさい!

“大地の精霊よ、彼の者達の足を止めよ!”

土塊の腕が迫り、足を絡め取る。ラスのお兄さんに触れる直前で、二人は動きを止めた。その顔が驚愕に彩られる。
「レイシア!?」
悲鳴に近い声で、私を呼ぶスピカの声。
「馬鹿野郎! テメェ、なにやってやがる!」
ギグスのお兄さんの怒声と共に、スピカが私を引き摺り倒した。抵抗するが、腕力では適うはずもない。
そんな中、ライニッツのお兄さんが苦い顔をしてある一点を見つめていた。

その場に、新たな気配が生まれた。
 
心静める歌
ギグス [ 2005/03/20 10:44:12 ]
 “片牙”の事を調べているとき、一つ気になる話があった。イヤ、其れを知ったときは別に何とも思わなかった。だが今思い出すと気になる。
“片牙”には剣の才能だけじゃねェ。精霊使いとしての才能もあったってェ話。

 船上で海水を真水に変えたり、襲おうとした商船に勧告をするとき、離れている筈なのに商船の船長の耳元で声が聞こえたとか。そんな話だ。
 戦士で楽師で精霊使い。完全に眉唾だとしか思えねェ。
 だが、其れが本当だとしたら。

 そして“片牙”が唄っていたという「心静める歌」別名「狂気鎮める歌」だったか。
 今までは、真紅の船上刀を振るうとき、狂気染みた戦いをしていたと言われている“片牙”が戦闘の後に落ち着くためのモンだと思っていた。
 しかしその歌が別ンときに唄う歌だったら。

“片牙”はこの島をアジトとして使っていた。ヤツが精霊使いとしての才もあったというなら、ラスやあの森妖精の様になっていた筈。
 だがそんなことは無かった。少なくともそういう話は無かった。てェ事ァひょっとして・・・・・

 そんな事を考えている最中だった。レイシアの魔法でカレンとシタールが止められたのは。
 スピカがレイシアを押さえる。
 ラスの方を見ようとした俺の目に今までいなかったヤツの姿が映った。
 ・・・・・大地妖精だと?何でイキナリこんな場所に現れやがる。

「ギグスさん、そいつはノームです。大地の精霊ですよ!恐らく狂っているはず。普通の武器は効果がありません」

 流石だライニッツ。お前を相棒に選んで正解だったぜ。
 銀の武器か魔法の武器じゃねェと駄目ってェ事か。
 さっきの船上刀は未だ使う気にゃなれねェ。あの森妖精が狂っていたのは船上刀の影響も無いとは言い切れねェ。
 そして今一番厄介なのはラスだ。まずアイツを如何にかしなけりゃ何ねェ。

 あの歌がこの場所で心を静めるためのモンだったら。ライニッツと森妖精との戦いの後でそんな話をした。
 魔法装置を調べるまで判断は出来ねェって事になったが、今はそれに賭けるしかねェ。
 もし其れが駄目だったら俺がラスを力尽くで止める。アイツは俺なんかにやられたくねェだろうが。

「ライニッツ、あの歌の楽譜をシタールに渡せ!!そして唄わせろ!!」
「しかし、もしもそれで駄目だったらどうするんですか!?それよりもまず地霊を倒さな・・・」
「うるせェ!試さねェと分かんねェだろが!其れが駄目だったら俺がラスを止める!!」

 そう叫んだ直後、地霊から石つぶて。チクショウ。この魔法喰らうの何度目だ。
 ライニッツがシタールの元へ駆け出す。それとほぼ同時にカレンが「これを使え」と小剣を俺に投げる。
 拾い上げ鞘から抜くと其れは銀製の小剣だった。気が利くじゃねェか。あんがとよ。

 小剣を構え地霊と向き合う。再度の石つぶて。意識が持っていかれそうになる所にスピカの癒しの奇跡。そしてレイシアの光霊が地霊を撃つ。
 お前等を連れてきて良かったぜ。
 俺は小剣で地霊を斬りつける。悲鳴を上げる地霊。
 ざまあみやがれ。タダの剣だと思ったのか?このクソヤロウ。

 次の石つぶてを喰らったときだった。シタールの歌が聞こえだしたのは。
 
静まる狂気
スピカ [ 2005/03/20 19:30:55 ]
  いけない。カレンさんとシタール様の自由を奪った魔法はレイシアのものだった。
<> そう気づいて、すぐさまレイシアを押さえ込む。あまり力を入れているつもりはないから、痛くはないはず。
<> それでも、力ではわたくしのほうが圧倒的に勝っているから、抜け出されることはない。片手だけでレイシアの腕を押さえ込み、小さな祈りの文句を呟き、レイシアの頬にそっと触れる。
<>
<>レイシア。落ち着いて。何も殺してまではとめようとしてませんわ。見て御覧なさい、カレンさんもシタール様も、武器を抜いていませんわ。
<>
<> “静心”の奇跡で、レイシアに施す。もし精霊の狂気に囚われていての行動だとすれば、効く保証はなかった。しかし、悲鳴から察するにレイシア自身の意思なのだろうと思っての選択だった。
<> 荒い息をついているが、どうにか落ちつたようだった。怯えた仔犬のような顔に、若干だが正気が戻ってくる。
<> だが、そのときだった。新たな気配が現れたのは。レイシアの呼び声に応えてしまったのだろう。
<>「ギグスさん、そいつはノームです!」
<> ライニッツ様の警告。
<> ギグス様がしばらく逡巡して、ラス様を止められるかもしれないという楽譜をシタール様に渡すよう指示を出す。
<> 楽譜をシタール様に渡し、カレンさんと共にラス様の注意を引くライニッツ様。
<> 銀の小剣を掴んだギグス様の体を打つ石礫。
<>
<>レイシア。今、わたくしたちがやるべきことは、あの精霊を解放してやることですわ。
<>ラス様は大丈夫。ラス様のことはシタール様に任せて、わたくしたちは精霊のほうをどうにかしませんと。
<>力ずくで、というのはわたくしとしてもあまり好ましい手段ではありませんが。歌が完成するまでの足止めだけでも。
<>仲間に手を出したことも、悪意があってしたわけではありませんし。殺させたくない気持ち、わたくしにも分かるつもりですわ。
<>
<>「うん・・・・・・ごめん」
<> レイシアが顔を上げ、精霊語を紡ぐ。聞きなれた、光霊の魔法。よかった、まだレイシアは支配されていない・・・。呼び出され、地霊の詠唱を阻むべく飛んだ光霊は、見慣れたものと変わらぬ眩い白い光を放っていた。
<> 安堵し、ギグス様に癒しの奇跡を施す。だが、そろそろわたくしの方が倒れてしまいそう。くらりと眩暈を覚える。気力が足りない。
<> 思わず頭に手を当てた時、シタール様の朗々とした歌声が響いた。
<>
<> 月が満ちる 狂気が満ちる 猛り狂う精霊たち
<> 月が欠ける 静寂が訪れる それはまるで凪いだ海
<> ある時は全てを阻み全てを取り込む狂気の渦
<> ある時は安らぎを齎し友となりうる無垢なる存在
<> 荒ぶる精霊よ 今はしばしその力緩め我を受け入れよ
<> 荒ぶる精霊よ 今はしばしその力休めしばしの眠りを貪り給え

<>
<> 歌の内容はわからない――呪歌と同じ上位古代語だろうか――が、精霊でなくても何故か安らかになってくる歌。
<> そして、その効果は確かだったようだ。
<> 部屋の中央にあった魔法装置が、一瞬だけ淡く輝く。精霊の狂気が少し薄まったのだろうか。
<>
<> ラス様が崩れ落ち、同時に大地の精霊の姿が揺らいだ。
 
崩壊の足音
カレン [ 2005/03/20 22:03:28 ]
 狂った大地の精霊の影響なのか、普通なら足首辺りしか拘束しないはずの魔法なのだが、まるでこのまま地面に引きずり込もうとするかのように、地面からせり上がった土は、腰の辺りまでを覆っていた。
それが、力なく崩れていく。
助かった……。
ラスが紡いだのは、”石礫”の魔法だったが、食らっていれば間違いなく命はなかっただろう。

さて、気を失った相棒の意識を取り戻したほうがいいだろうか…。
スピカは既に限界のようだ。
”気力貸与”をするなら俺しかいないが……わずかな気力でも、今のラスならば光霊を呼べるだろうから、このまま外に運んでしまったほうが得策…………え…?
………………。
前に進もうとして、何かに足を取られる。
これはなんだ?
崩れずに残っている、これは………木の根か?
なるほど、マジで引きずり込もうって魂胆だったのか。こいつはコワイ。
そう言えば、アイツは言ってたな。大地だけじゃなく、緑乙女の力も借りるなって。こんなふうに影響しあうものなのか、精霊ってのは。

突然、大きな音が空洞内に響く。
どこかの土壁が崩れたらしい。
水の音が反響する。
シタールの歌が止まった。
揺らいだ大地の精霊の姿が、再び輪郭を取り戻す。

「お、おい! シタール、やめんな! 復活してくるじゃねェかよっ!」

銀の短剣を構えなおしながら、ギグスが怒鳴る。
シタールが、歌を再開する。が、先ほどのような力がない。
何か引っかかる。
俺と同じようなことを、シタールは考えたのかもしれない。

大地の精霊の力を弱めてもいいのか、と。

ラスは、なんて言ってた?
「無理矢理、大地であるように縛られてる。植物が捻くれた育ち方をしている。精霊が歪んでる証拠だ」
そう言ってたんだ。
それを正常に戻そうとしたら?
……この島の、この場所の…正常な状態って、なんだ?
明確な答えを出せる者はいない。
だが、予想ならできる。……あまり楽しくない予想だが……。

「レイシア、今の精霊の状態は? どんなカンジなんだ?」

怪訝そうな表情で、ライニッツが振り向いた。
「まさか…」と、その口から呟きが漏れる。

「う、ウンディーネの力が、ものすごく強い。……ううん、違う……もっと大きな力が、迫ってくるような感じ…」

レイシアの言葉を肯定するように、そして俺達の行動を嘲笑うかのように、再びどこかが崩壊する音が響いた。
 
ラス [ 2005/03/21 3:25:41 ]
 眼を開ける気力さえ根こそぎ奪い取られた中で、声だけが聞こえていた。
「いけません! 崩れます!」
「崩れるって、どこがだよ!?」
ライニッツの叫びに呼応するギグスの声。そして、そのギグスに更に叫び返すライニッツ。
「“ここ”ですよ! 島です!」

「ああ……そうか。魔法装置は島全体に配されていたんですよ。そしてそれぞれの力を司っていた。そこのオーブは大地を。そしてギグスさんが湖の底にちらりと見かけたのは水を。見取り図によると、植物を司るものも……」
「ンなこたァ、今どうでもいいんだよ! つまりはどういうことだ!」
「おそらく“片牙”がここでは絶対に使わなかったもの……大地精霊の力を借りる魔法を使ったことで、狂った大地精霊が現れた。危うい均衡の上で成り立っていた精霊力がそれで狂ったんでしょう。一度狂ったものを鎮めてもそれはもとのものにはならないということかもしれません」

「違うよ。そんな小難しい理屈じゃないよ」
ライニッツの声を遮るようにして響いたのは、聞き覚えのない声。
それぞれに誰何の声を上げるが、声の主は見つからないようだ。
同じ声がそのまま、呪文を唱えた。
<秘めたる力もつ言魂は、始源の力へ戻るべし。巨人の息吹よりなるものは、ここより虚空へ去り行かん。我が標と導きによりて、消えよ、マナの理よ>

「船!?」
誰かが叫んだ。

残った気力の全てを振り絞って眼を開ける。眼を開けて、顔を上げる。その動作だけでうめき声が漏れる。
「……正気だな?」
カレンが俺の目を覗き込んでくる。小さく頷いた。なんかいろいろヤバそうだが、少なくとも正気ではある。
そして、俺たちの眼前に広がる光景は、少し前と一変していた。

広大な地底湖の奥に、今までなかった古い船が鎮座している。
「あーあ。この船隠すの苦労したんだけどね。なにせ大きいからさ」
そういって、船の上で肩をすくめてみせたのは、小柄な影。どうやら、エルフのようだ。

「エルフ!? まさか、先ほどと同じ……!」
スピカが、レイシアを庇うようにして前に立つ。その足もとが危うい。気力の限界なのだろう。何度も癒しを飛ばしたはずだ。……まぁ、その原因の大半は俺なわけだが。
スピカのいう『先ほど』のエルフがどうなったのか、俺は知らない。だが、そのエルフが持っていたはずの船上刀がギグスの腰にあるところを見れば、結果の想像はつく。
そしてどうやら、船の上のエルフも同じ想像をしたようだ。

「ああ、僕は彼とは違うよ。もともと精霊への感応力は高くなくてね。うん。落ち零れだったから。だから、古代語魔法なんてものを身につけてるわけだし。……その彼を、殺してきた? その船上刀、彼が持っていたものだろう?」
穏やかとも言える口調で聞いてくる。ギグスが頷いた。
「ああ。悪いが殺した」
きっぱりと告げるギグスに、エルフが小さく肩をすくめる。
「……うん。そこの半妖精は戻ってきたようだけど、彼はもう戻れないところまでいってたしね。そのほうが幸せだったと思う。さて、どうする、君たち? この島はもう崩れるよ。脱出出来るかい?」

「先ほど、違うと言ったのは何故です? この魔法装置が崩壊の原因ではないと?」
ライニッツが尋ねる。それに応えるエルフの口元が笑んでいるように見えた。
「原因はそれだよ。ただ、精霊力のバランスがどうのという話じゃない。装置が稼働するには古くなりすぎたんだ。ちょうど100年くらい前かなぁ。“片牙”がここを見つけたのは。その時には止まっていた装置を、“片牙”の仲間だった魔術師が動かしたんだ。まぁ、僕のことだけどね。
 けれど、カストゥールの時代と違って、十分なメンテが出来るわけもない。少しずつ摩耗していくのさ。……まぁ、もともと不自然な拘束だったから精霊力は歪んでいたんだけれどね。ここ数十年でより酷くなっていたから、そろそろ限界かなと思ってた」

「脱出の可否を尋ねたのは? もしも難しいと言えば手助けしてくださるおつもりですの?」
エルフに敵意は感じなかったのだろう。それでもレイシアの前を動かずにスピカが尋ねる。
「うん。この船、古くはなっているけれど、少しくらいなら保つだろうしね。……乗るかい? 船の中には“片牙”の残した財宝もあるよ。そう多くはないけれどね。ここに仕掛けられていた罠は僕が解除した。もともとある場所を知っていたからね。そう難しくはなかったし」

降って湧いた美味い話に、一瞬、全員が顔を見合わせる。
その申し出を受けていいのかと迷う俺たちに、エルフが呟くように告げた。

「僕は財宝になんか興味はないんだ。ここに来るつもりもなかった。ただ、フェルガナーク……ああ、さっき君たちが殺したあのエルフだよ。彼とね……うん、何年か前に知り合ってさ。姉の行方を捜してるって聞いて……それで思いだしたんだよ。当時、僕のトモダチだった“片牙”と、ここで一緒に暮らして、そうして死んでしまったエルフの女性がいたことを。それを話したら是非そこに連れて行けと言われてね。──僕は感応力が低いものだから、忘れていたんだ。この場所が、彼のような精霊使いにはとても危険な場所だということを。実際、彼の姉が亡くなったのも、この場所の歪みが彼女を病気にしたせいだからねぇ。フェルガナークにとっては、“片牙”は姉の仇さ」

ねぇ?と、エルフは困ったように笑った。

「ねぇ、彼は100年も前の、姉の仇を求めてここまで来たんだ。“片牙”本人はもう生きてなんかいないと知りながらね。『絶対に許さない』と……そう言ってたよ。けれど、僕は、彼の姉が不幸だとは思っていなかった。その証拠がこの船に何か残っていないかと思って、ここを調べていたんだけれど。ああ……“片牙”は、そこの君に少し似ていたかな。フェルガナークは君を狙ったろう?」

君、とエルフが指さしたのはギグスだ。ギグスの服に残る血の跡でそれが事実だとわかる。

「さぁ、行こうか。話の続きは船の上でも出来るよ。……僕は彼を殺してあげることは出来なかったからね。それをしてくれた君たちに対するささやかなお礼だ。ああ、そうだ。僕たちの後を尾けてきていた冒険者の一行がいたろう? 彼らは生き残っている? まぁ、見捨てても構わないけどね。それに、僕の言うことを信用しなくても構わないよ。君たちから逃げられるだけの力はあるつもりだし」

どうする?と笑って、エルフは、縄ばしごをおろしてみせた。
 
真実
シタール [ 2005/03/21 10:24:24 ]
 「どうする?」

そうエルフが言ったすぐに揺れは更に酷くなった。
こりゃ崩壊は近いな…。

自力での脱出も不可能ではないだろう。ただ、そうなると縛っておいてきた二人見捨て、なおかつ仲間の犠牲を出すかもしれない。
結局、俺等はエルフの誘いに乗るしか無かったわけだ。

「そうなるとあの二人の救出ですね。では、誰が行きますか?」
「最低でも二人居るよな。なら、ラスとスピカは残りだ。」
「いや、ギグス。お前もだ。完全に傷が癒えてないだろう。」

―ばーか。カレン。それを言い出したらお前も青白い顔してるぜ。

となると、比較的に消耗してないのは…俺とライニッツと…レイシアか。

結局、俺の提案でレイシアと俺が救出に行くことになった。
みんなが「大丈夫か?」という目でこちらを見るが…今はそんなこと言ってる婆合いじゃねえシ、それにいい加減に事実を話すべきじゃねえかと俺なりに感じたからだ。

装備という物を何も持たずに崩れかかった洞窟を進み、二人を回収する。男の方も恐怖の所為かどうかしらねえが気を失っていやがった。
時折何かが崩れる音以外は何も聞こえない。終始無言。

「…シタールさん。」
―ん?なんだ?

躊躇うように話しかけてくるレイシアに俺は素っ気なく答えた。迷ってるのがよく分かった。

「…ごめんなさい。」
―ああ。さっきのか気にするな。思い出すよな…ありゃ。

後半部分は聞こえない程度の声でぽつりという。俺も正直言えば既視感はあった。でも、ラスを殺すつもりはなかった。あの時の俺とは違う。
生きたまま、人の動きを止めたりすることも出来る。

−正直言えば、最近のおめえなあの人にすっげー似てきて色々と思い出したわけだ。
「へー。そうなんだ。小さい頃から似てると言われたけど。あ。そういえばシタールさん。姉さんと村に来たときにー。」

−……言うな。それ言い出した今度は俺があやまならきゃいけねえじゃねえか!

そういって、レイシアを見るとニマっと笑ってきやがった。サシで会うときにこんな顔で笑われるのは久しぶりだと思う。
「…良いよ。あのことは気にしてないから。でもね。」

そしてすぐに真顔に戻り、こういった。

「ねえ…なんで姉さんはシタールさんに殺されたの?」
―あの時はな…。

事実を喋ろうとした瞬間。天井が崩れ大きな岩となって襲ってきた。
とっさにレイシアをかばう。数瞬後に来る大きな一撃。やべ…これは死ぬかも。
 
生命の糸
レイシア [ 2005/03/21 18:27:25 ]
 ……シタールさん?
恐る恐る肩に触れると、指先が何かで濡れた。――赤い色。
手にべっとりと付いた血。目に映るそれが誰の物か、にわかに信じられなかった。
シタールさんの大きな体が、地面に力なく崩れ落ちた。

シタールさん!? ねぇ、しっかりして!
叫ぶように呼びかけると、シタールさんの目がうっすらと開いた。苦しげに、声を絞り出す。
「――よ、かった。無事…だな」
……無事じゃないのはシタールさんだよ。喋らないで。骨にひびが入ってる可能性もあるんだから。
まずは、止血しなきゃ…。
自分の両袖を破り、更に裂いて、シタールさんの腕や頭にきつく結ぶ。
本格的な手当をするには時間がない。場所も悪すぎた。いつ、また天井や壁が崩れるか分からない。
遠くで何かが崩れる音が響く。

どうしよう。体格の違いすぎる私では、シタールさんを動かせない。助けを呼びに行くとしても、置いていくことはとても不安だ。
居ない間に何かあったら? もし、間に合わなかったら?
――今、生命の精霊に助けを求める技量のないことが、もの凄く悔しかった。

「……なぁ……レイシア」
止血を終えた時、ぽつりと、シタールさんが私の名を呼んだ。
ん。どうかしたの? 縛るの、キツすぎた?
「いや…そうじゃねぇ…。そうじゃなくて……あの時の話だ」

風の吹きだまり。精霊の力が濃い所。
姉さんはそこで周囲の精霊力に引き摺られ、ラスのお兄さんの様に正気を失ってしまった。
神の奇跡を起こせる者も居ない、他に精霊を扱える者も居ない。今回のように鎮静する術も無い。
容赦なく精霊を繰り、仲間を傷つける。それが耐えられなくて、自分でも止められなくて。

『お願い、私を殺して。止めて頂戴』

その懇願に応えて、シタールさんは姉さんを手に掛けた。

泣きそうになるのを押しとどめる為に、自分の膝に置いた手を、震えるぐらい強く握り締めた。
…………何で…何で今話すのよ。傷に障るんだから、戻ってからでもいいじゃない。
息を吐きながら、シタールさんは自嘲気味に笑った。
「なんで、だろうな…。とっとと、楽に…なりたいから…かも…しれねぇ。……それにな……あの時…お前に…言えなかった事が、あったんだ」
言えなかったコト?

「あの…人…からの……遺言、が……」

途切れ途切れに紡がれる言葉。後半はあまりにも小さすぎて、シルフも届けられない。
シタール、さん…?
呼びかけても応えはない。生命の精霊が薄れていく気配。
嫌…嫌だ、待ってよ。離れていかないで。留まって!
まだ最後まで聞いていないのに。ちゃんと許してないのに。謝ってないのに。
死んで欲しくないのに!

生命の精霊を逃がさないように、必死に手を伸ばす。
女だけしか扱えない、精霊の繰り糸。
いずれ届くかも知れない。でも、いずれじゃ駄目。今、すぐに届きたいの!

指先に微かな感触。――そうよ、お願い。応えて。
触れる感触が強まる。――もう少し。
たぐり寄せる。――捕まえた!

“生命を司る精霊よ。彼の者に傷を癒す力を。再び立ち上がる力を!”

淡い光が、触れた手から広がっていき、傷口がどんどん塞がっていく。
くらくらする頭を押さえ、シタールさんの胸元に、耳を当てた。
規則正しく聞こえる鼓動。手から伝わる暖かい体温。
涙がこぼれた。
 
島の崩壊
ギグス [ 2005/03/21 23:05:05 ]
 「ギグスさん、大変です!シタールさんが倒れているっ」
「おい、無事なのかっ!?」
「あ、ライニッツのお兄さんにギグスのお兄さん。大丈夫、気を失ってるけど生きてるよ」

 レイシアが笑みで応える。精一杯って感じが滅茶苦茶しやがる。
 だが、今回の仕事ン中で一番良い笑顔しやがった。ヤレヤレだ。
 お前等が遅いから俺たちが来たって説明して先を促す。倒壊は近ェ。

 シタールを俺、ライニッツが男をレイシアが女を運ぶ。
 船に向かう途中でシタールに何があったのか聞く。

「ったく無茶しやがって。テメェに死なれたら一生テメェを超えられなくなるだろうが。俺がテメェを超えるまで死ぬんじゃねェぞ」
「ギグスさん何か言いましたか?」
「何でもねェ・・・・・・独り言だ。うし、急ぐぜ」




 島が壊れていく。岩となって壁が崩れる。植物がその姿を見せる。水――海水だろう――が地底湖にどんどんと流れ込んでくる。
 俺たちは船上で其れをただ見ていた。

「あの植物も時期に枯れてしまうよ。海水の中では生きられないから。地底湖にあったオーブは海水を真水に変える力もあったみたいだからね」

 呟くように森妖精――スメルティンと名乗った――が言う。
 コイツは何か感じているのか?“片牙”と共に過ごしたこの島が崩壊する事を。

「“片牙”・・・ディヴィスはさ、僕が生きて来た中で一番の友人だったんだよね。落ち零れだって言ったろ?森妖精たちからは疎まれてね。
 でもディヴィスはそんなこと気にしなかった。森妖精である事もね。
 ディヴィスと過ごした島が無くなるっていうのは、やっぱりちょっと寂しいよね。その内に忘れちゃうんだろうけどさ。
 ははは。何で君にこんな事言っているんだろう。僕にも良く分からないな」

 スメルティンが俺に向かって言う。お前に分からねェんだったら俺にゃなお更分からねェよとだけ答える。

 それから島が完全に崩れ落ちるまで口を開くヤツは誰もいなかった。


「洞窟の中でした話の続きだけどさ、全員で聞きたいだろ?何度も説明するのも面倒だしさ。それに君達の話も少しは聞きたい。どうやってこの島を探したのかとかさ。
 だから全員が話を聞けるようになるまでこの船で休みなよ。一晩くらい大丈夫だろう?」
「そうだな。あの縛り上げた連中の話も聞きたい。それに船の中も見たい」
「そうですわね。回り逢えたのも幸運神様の導きでしょう」

 島が崩れ落ち、植物の塊だけが海上に残って少ししてからスメルティンが口を開いた。それにカレンとスピカが賛同する。
 俺もスメルティンと話をしたい。“片牙”の話を聞きたいと思っていた。
 結果、一晩だけこの船にやっかいになる事にした。
 ラスはちょっとキツイだろうが。



「オイ、あんた“片牙”との事忘れちまうって言っていたが本当か?もし本当ならコイツ(カトラス)を持っていけよ。そうすりゃ忘れる事もねェだろ?」

 島が崩壊してから、船の中や財宝、“片牙”の残した日記――其処には死んじまった女森妖精をどんだけ大切に思っているかが書いてあった。読んでるコッチが恥ずかしくなるぐらいに――を見せてもらっている間、 ずっと考えていた事を俺はスメルティンと2人だけになった時に口にした。
 スメルティンは俺の顔を見据えた。
 
手紙
ラス [ 2005/03/22 2:14:25 ]
 「ま、キツイだろうが我慢してくれや」
ギグスが言った。一晩船で過ごすことに対してだ。
まぁ、この後もオランまで船で帰ることを考えれば、1日多くなったくらいたいしたことじゃ……とは思うが、想像以上にキツイ。
それはおそらくあの島の精霊力の歪みのせいだろうと思う。
幸い海は凪いでいるし、船が古いから無理に動くことはせずに迎えの船を待とうということにもなっているから、船酔いはさほどでもないが。

古い船室で、全員が休息した。
毛布にくるまってすぐに意識が薄れかける。が、先ずは謝らなくちゃな、と思った。

あー……みんな。えーと……その、なんつーか……。

……どう言えばいいんだ。迷惑かけて……って、いや、『迷惑』っていうレベルじゃねえだろ。
そうやって困惑してる俺を見て、スピカが小さく息をついた。

「何と申しますか……わたくし、今回のことで、少々考えたことがございますの」
「何をですか?」
ライニッツが先を促す。ええ、と頷いてスピカが続けた。
「ラス様はいつも、その……路地裏などで喧嘩をなさってらっしゃいますよね。えぇと、その……チンピラさんたちと」
……ああ。まぁ、そうだな。
「そのチンピラさんたちって、ものすごく度胸があるんですのね。わたくしでしたら、もう金輪際ごめんですわ。ラス様と対峙するだなんて」
そう言って笑うスピカ。
「そいつァ言えてるぜ。いつも味方だからわかんねぇけど、敵に回したらこれほど厄介だとは思わなかった」
ギグスが大笑いしたのに釣られるように、全員が同意して笑う。

……なんだよ。あれでも出来る限り手加減したってのに。

「……あれで?」
驚くカレンに頷いてみせる。俺は俺の意識が及ぶ限りは、威力を減らそうと努力した。……はずだ。
「…………二度とヤりあいたくないな」
カレンがぼそりと呟いた。

まぁ、あれだ。とにかく……すまなかった。使えねぇとか足引っ張るってぇレベルじゃなかったな。
次にこういう場所があっても、二度と引きずられない。はねのけてみせる。


翌日。全員で、スメルティンの話を聞くことになった。
一晩休んで、少なくともカレンとスピカは回復したようだ。シタールはまだへばっているが、ギグスはもう動けるらしい。
俺はといえば、休んでも体調はあまり良くならない。そしてまだ軽いものとはいえ船酔いが上乗せされている。
結局、スメルティンとやらの話は、毛布にくるまったまま聞くことになった。

100年ほど前、片牙はひょんなことからあの島を見つけた。巨大な浮島が制御を失ってここまで流れてきたのを、最初は何もわからずに上陸したそうだ。
あの島が、海上都市ダリードの名残だということは、スメルティン他、片牙と行動を共にしていた賢者や魔術師が調べてわかったという。
そして、ダリードからの魔力の供給が無くなって、動きが鈍っていた魔法装置を、島の中にあったものをかき集めて再び動かしたのが同じくスメルティンたち。

「ダリードの遺跡としてはひどくお粗末なものだったとしか言いようがないね。なにせ、残っているものといえば、古ぼけた魔法装置だけ。財宝のかけらもないんだよ? 魔晶石は幾つかあったけれど、魔法装置に全部使っちゃったしね」

スメルティンがおどけたように笑った。

片牙がいつだったか、どこからかエルフの女性を連れてきた。
2人は愛し合って、あの島に作った館に一緒に住んだけれど、島の精霊力の異常さに影響されて、エルフの女性──ファラスティリャという名前だった──は病んでしまったという。
ただ、その頃はまだ島の精霊力の異常さも際だつほどではなかったから、気付くのが遅れたらしい。
そしてそれに気付いた頃、片牙は遠征に出ていたらしく、彼女は彼に黙って島を去るわけにはいかないと思った。

「ファラスティリャが残した幾つかの手紙があるよ。エルフ語だけど……読むかい? まぁ、大意はこうだ」

スメルティンから手紙を受け取って、毛布の中でそれに目を走らせる。
スメルティンが、手紙の内容を説明した。
──自分はもう長くないかもしれないけれど、ディヴィスの帰りをここで待ちたい。
──人間よりも長い寿命を持っていたのに、ディヴィスを残して逝くことになる。それが哀しい。
──おそらくここを出て森に帰ったとしても、病が癒えるには長くかかるだろうから、それならばやはり自分は残ることを選ぶ。

「そして彼女はこうも書いている。出来るなら、貴方との子供が欲しかった、とね。……これをフェルガナークに見せてやりたかったんだ。間に合わなかったけれどね」

そして、俺は彼女が残したという手紙の中に、こんな一文を見つけていた。

──ねぇ、ディヴィス。もしも私が、病み衰えるよりも先に狂ってしまったなら。
──精霊の狂気に私が引きずり込まれて戻ってこられなくなったなら。
──お願いだから、貴方が私を殺して。他の人間ではいや。私は貴方になら殺されたいと願っている。
──私を愛しているなら。
──貴方が私を殺して。
 
前へ…。
シタール [ 2005/03/22 23:57:02 ]
 島が崩壊してから丸々一日経った頃だったか船が戻ってきたらしい。
どうも島の崩壊と同時にいったん離脱をして、一度様子を見に戻ってきたようだ。
まあ、全部カレンから聞いた話だけどな。だって…全然記憶がねえし。

…あー。だめだ。血が足りねぇ。ふらふらするし起きてるのもだりぃ。
担がれて船を移ったと同時に船室にある堅いベットに寝っ転がる。

──ねぇ、ディヴィス。もしも私が、病み衰えるよりも先に狂ってしまったなら。
──精霊の狂気に私が引きずり込まれて戻ってこられなくなったなら。
──お願いだから、貴方が私を殺して。他の人間ではいや。私は貴方になら殺されたいと願っている。
──私を愛しているなら。
──貴方が私を殺して。

──お願い、私を殺して。止めて頂戴。

ファラスティリャと言うエルフの手紙とあの時あの人─ソレイユが言った言葉が重なる。

俺は愛されてたんだろうか…とか。二人はどんな気持ちでそんなこと言ったんだろうか…とか。でも、言われた方は正直たまらねえよな…とか。
そんなくだらねえと事をずっと考えて気が付いていたら寝ていた。

──夢を見た。
──ソレイユが居た。
──黙って静かに笑っていた。
──ただそれだけの夢。

目が覚めるとそこには誰かの顔があった。夢を見ていたせいか、思わず「…ソレイユ?」あの人の名を呼ぶ。

「もう…なんで姉さんの名前で呼ぶかな。」

そこにはレイシアがいた。ずっと付き添っていたのだろうか顔には疲労が見られる。
馬鹿。何やってんだよと言って起きあがろうとするが…まだ軽いめまいがある。

「ああ。まだ起きちゃダメだよ。二日も眠り続けたとはいえ、あれだけの血が流れたんだから。」
…だな。お前のおかげだ。ありがとな。

「でしょ。でも、自分でも出来るとは思わなかったな…。私は姉さんと違って落ちこぼれだから。」
そういうと、レイシアは寂しそうに笑った。あの時、村を訪ねたときにもこいつはそういって同じような顔で笑った。

そう…今だからこそ、こいつにあの人の言葉を伝えないと行けない。

俺の剣で胸を突かれ、虫の息になりながらも必死になって紡ぎ出した言葉。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらも必死になって聞き取った言葉。

レイシア…これからあの人からお前に残された言葉をそのまま伝える。

──レイシア…。貴方は自分で思っている以上に優れた精霊使いだわ。…悔しいけれど私よりもね。
──だからね…。前へ。前へ進みなさい。

子供みたいに泣きじゃくりながら抱きついてくるレイシアの背を優しく撫でた。

奇妙な静寂が、部屋を包むが………それは乱暴に開かれた扉の音で破られた。

「襲撃です!」
 
襲撃と迎撃
ラス [ 2005/03/23 0:47:02 ]
 「財宝は全て、君たちにあげるよ。ろくなものは残ってないだろうけどね。僕は……そう、この船上刀だけ、悪いけれどもらっていこう。ディヴィスのことを思い出せるように。あとはこの古い船もね。僕はしばらく、この船の上でディヴィスのことを思いだしてみる」
スメルティンはそう言って、船を移る俺たちを見送った。

船を移る前に、俺の顔を覗き込んでエルフは薄く笑った。
「君は……随分とあの島の精霊力の影響を受けたようだね。エルフじゃないのに、その感覚だけはエルフそのものだ。精霊に対する力だってエルフと同様だろう? なのに、君はエルフじゃない。随分と辛い生き方を選んだんじゃないかな?」
……てめぇと同じにな。
そう言い返すと、エルフはにっこりと笑った。
「はは、そうだね。お互いの種族を取り替えられたらもっと楽だったね。まぁでも僕は昔のことは忘れることにしたんだ。ディヴィスのことは……うん、人間をトモダチに選んだことが間違いだったのかもしれないけれど……しょうがないよねぇ、森を出たら人間しかいないんだもの」
そう言ったあとに、ちらりと俺の肩を支えるカレンを見る。そして、俺にまた視線を戻す。
「君のトモダチも人間か。いつか君も僕と同じ気持ちを味わうのかな」
それでも、ディヴィスのことは一生忘れないと決めたくせに。そんな目をしてるくせに。……とは、言わずにおいた。


その船と島から離れて2日。カゾフまであと1日という地点だ。海賊どもが襲撃してきたのは。
シタールはまだ船室で寝ているらしい。レイシアが付き添っているという。
そして俺もその隣の船室で寝ていた。頭痛と吐き気で時々目を覚ますとカレンがいた。
「襲撃です!」
俺の寝ていた部屋にそう言って駆け込んできたのはライニッツだ。
同時に、隣の部屋には同じ台詞でスピカが駆け込んでいった。

…………襲撃。
この船酔いの中で、海賊どもの襲撃。っつか、なんか船酔いだけじゃねぇんだけど。
なんか……既視感があるなぁ。
あー……いつだっけ、ほら、カレン。シタールたちと一緒にエギナの別邸に潜った時だっけ? 帰りに海賊がきてさ……。

「……悠長に思いだしてる暇はないみたいだぞ。立てるか」
カレンの肩を借りて甲板に向かう。
隣の部屋からは、レイシアとスピカの肩を借りてシタールが出てきた。
馬鹿か、おまえ。ろくに立てない奴はおとなしく隠れてろよ。
「その台詞……そっくり、てめぇに返すぜ……馬鹿野郎」
シタールが、にっと笑う。

「ンだァッ!? 怪我人と病人はすっ込んでろ!」
腰のカトラスを抜きはなって、甲板でギグスが怒鳴る。
その足下に突き立つ火矢。
なるほどな。白兵戦はまだか。火矢が飛んで……ん? 向こうの船が用意してるのは、ありゃなんだ?
「ありゃバリスタだな。でっけェクロスボウだと思え。回り込んで、こっちの船のどてッ腹を狙ってくるつもりだ。今ンとこは、こっちの操舵手も頑張って、回り込まれねェようにしてるが……」
「あのサイズじゃ、当たるときつそうですね……」
ライニッツが呟く。
「当たる前に逃げ切れるか……この船ァ足が速ェからイケると思うんだがよ。まぁ、バリスタ突っ込んで動きを止めてから乗り込んでくるってェのが常套手段だ。乗り込んできたらブッ殺しゃいいのさ」
なんでこの船にはバリスタ積んでねぇんだ、と呟くギグス。すっかり海賊に戻ってる。

んーと、ってことは……ああ……なるほど。当たらなきゃいいのか。
風の吹きすさぶ甲板。俺は風乙女たちに声をかけた。
<シルフ! 守れ!>
……これでいい?

あとはー……あー………………吐きそう。考えがまとまらねぇ。何すればいいのか言ってくれ。魔法なら使える。
……あ、あのバリスタが危険なんだっけ? 壊す? それともマストとか狙ったほうがいいのか?
とりあえず……何をすれば安眠に戻れるんだ?

「……ラスさん、落ち着いてください」
ライニッツが呆れたように言う。
何を言う。俺は落ち着いてるってば。だから、バルキリー呼んでいい?
 
天誅
スピカ [ 2005/03/23 3:46:48 ]
 「バルキリー呼んでいい?」
「だから落ち着けっての!」
あら。ですけど、それが一番手っ取り早いのではありませんの?
「え」

 わたくしの言った言葉に、いっせいにぎょっとした顔で振り向く、ラス様以外の皆様。
「ス、スピカさんまで何を・・・・・・」
 信じられないといった風な表情を見せるライ二ッツ様。

先ほどの風の魔法で、あちらの攻撃が届かないようになったのでしょう?
それならば、接近される前にマストを破壊するなりなんなりしておけば、後が楽ではありません? こちらは、船上での戦いに慣れているものはギグス様と船員さんたちくらいなんですし。
「・・・・・・スピカ、頭でも打った?」
・・・失礼ですわね、レイシア。わたくしはなんともありませんわ。
「それにしたって、何かいつもと違って容赦ねぇな。奴らを追い払うなり倒すってのには意義はないんだがな」
彼らに遠慮は無用ですわ。あれを御覧なさい。

 そういって、相手の船の旗を指す。海賊旗の横にはためく、禍々しい紋章。
「あれは・・・・・・ただの海賊旗じゃないな」
レイシアなら、覚えがあるでしょう?
「うん、あれってミルリーフの聖印だよね。いつか海の底の洞窟で戦ったときに見た」
そういうことですわ。暗黒神の使徒に、それも自分たちの欲望のためだけに海賊行為を働くような輩に、情状酌量の余地はありませんわ。
船の旅路を脅かし不幸を齎す神の敵に、情けは無用です。神に変わって、成敗してあげましょう。
「・・・・・・スピカ、だからそういう口上は、相手に聞こえるようなところでいいなって」
・・・レイシアも、そういう茶々はもういいですから。
 とりあえず鎧の胸甲と手甲だけを手早く身に着けてから、ラス様に軽く触れ、風の障壁を張るのに消耗した分の気力を融通する。

それでラス様の体調が――船酔いのほうもそうですけど、精霊力を問題なくコントロールできるのならお願いしたいと思うのですが。
いかがでしょう?

 斧の具合を確かめならが、皆さんの否応を確かめ――

 敵の船のマストに、一条の閃光が突き刺さった。 
 
返した筈の船上刀
ライニッツ [ 2005/03/23 12:22:45 ]
 戦乙女の投げ槍」が弾け、敵船のマストを抉る。
折れはしない物の、少なからぬ打撃は与えられた様だ。だが…

一般的に魔法の射程距離というのは大したものではない。
一部例外はあるものの、歩幅にして50歩を越える程度が限界である。

精神を集中し、より大きく消耗すれば遠くの目標に魔法を掛ける事は可能なのだが、
50歩が100歩になった所で、陸上ならば兎も角、海上では殆ど意味が無い。
そして、向こうの船に備え付けられたバリスタは、こちらの魔法より射程が長い。有効射程も、最大射程も。

光の投げ槍が弾けたとほぼ同じタイミングで、船体後方で立て続けに衝撃が起こる。

ラスさんは流石熟練の精霊使い。その技で射程を拡大した様だったが、それでも。
魔法が届くのだから、矢が届かない筈がないのだ。
次々と突き刺さる鏃。ラスさんの「風乙女の守り」が働いていない訳じゃない。
あんな大質量のバリスタの矢を、船全体に広範囲に射掛けられる火矢を、風乙女が完全には防ぎきる事が出来ないだけだ。

「舵がやられたぁっ!壊れちゃいねぇが効きが悪い!」
「監視要員も降りろ!腹括れ野郎共!」
「右舷前部に火が付いたぞ!砂撒け砂!」
流石は海の男達。混乱することも無く動き回り、怒号の如き声が船のあちこちで響き渡る。

ラスさんが魔法を放つ時には既にこうなることを予想してか、ギグスさんは消化砂を広げていた。
白兵戦の際にはこの砂が血糊を吸い取り、血で足をとられない様にする効果もある。

――そしてひときわ大きい衝撃。接舷された。

船足はこちらの方が速いはずだった。この船の船員の練度も低くは無い。
それをここまで追い詰めた連中の操船技術は大した物だと言わざるを得ない。
いや、操船技術だけでは無いだろう。それで海賊なんて事をやっているのだ。腕っ節も相当な物なのではないか。

対してこちらは…、船上の戦いに不慣れな面子が揃い踏みと来ている。
その上、ラスさんは船酔い。シタールさんは血が足りてない。スピカさんは綿入れのみで板金鎧が着られない。状況ははっきり言って宜しくない。
それでもここで見逃して貰える訳は無い。腹を括るしかない訳だが…。

コーヴァス(接舷時、船員を渡す「渡し」)が掛けられ、海賊が雪崩れ込んでくる。
「往くぞテメェェェらァァァァ!!」
ギグスさんが先頭に立ち、船員を鼓舞して立ち向かう。

雪崩て来る海賊の先鋒。
ギグスさんに勝るとも劣らない体格の大男が手に持つ物。
古代語の刻まれた刀身。真紅に輝く船上刀。
あれは…、あのエルフに、スメルティンさんに渡した筈じゃ…?
 
女神への祈り
ギグス [ 2005/03/23 23:43:45 ]
 「おーい、もっと縄を持ってきてくれ!」

 まだ息のある海賊どもを縄で捕らえる。
 確かにこっちは船上で戦い不慣れなヤツがいた。だが海賊どもも魔法を使うヤツらと戦い慣れていなかった。
 接舷される直前にライニッツが打ち合わせ通り巧く魔法を使ってくれたのが、でかかった。

 まず「渡し」に“暗闇”の魔法。これだけでかなり効果があった。
 後はお得意の“音源欺瞞”。自分等の背後からデカイ音が聞こえてくりゃあそいつはマトモには戦えねェわな。
 そして、敵船のど真ん中に“石の従者”。コイツは笑えた。最初はビビッてたのか、石の従者に殴られ放題だったな。
 流石に経験を積んでる連中だったのか、その後は囲んでボコってたけどよ。

 直接的な被害が少ないのが分かってきた時にラスの“戦乙女の槍”。そんでもって“光霊”乱舞。
 スピカやレイシアは魔法で援護をしっかりしてくれたし、シタールはふらつきながらも2人を良く守ってくれた。特にレイシアを。
 
 島で出会った冒険者の2人も加勢してくれた。
 コイツ等は“片牙”の財宝じゃなく、あの島のオーブが目的だったらしい。

 スピカが見つけたミルリーフの紋章は嘘じゃなかった。親玉には暗黒神官がいやがった。
 そこそこの腕前だったが、俺たちの敵じゃなかった。てかカレンとラスの敵じゃなかった。
 ラスの“光霊”で怯んだところをカレンに斬りつけられて邪神の元へ旅立っていった。


 ラスとシタールはまた船室で休んでいる。レイシアはシタールに着きっきりだ。
 残った俺たちで海賊船のお宝を分捕ってきたり、まだ生きてる連中を捕らえたりしていた。

 俺は・・・・・・・俺が倒した斬り込み隊長の男を見ていた。男の血溜りに一本の船上刀。
 まさか、な。あの島で手に入れたモンはスメルティンに渡したはずだ。
 そしてアイツは俺たちの船とは別の方向へ進んでいった。海賊どもの船は俺たちの後ろからきやがった。
 不吉な考えが頭を過ぎる。
 その考えを頭から振り払うと、船上刀を手にした。

「ギグスさん、まさかスメルティンさんの船は・・・・・・」
「・・・・・・いや、そうじゃねェ見てェだ。この船上刀、スメルティンが持って行ったヤツより重い」
「どれ・・・本当だ。それに刃の曲がり具合が少し異なるようです。
 どういう事でしょう?真紅の船上刀は二本あったのでしょうか」
「分からねェ。だがスメルティンが襲われて、奪われた訳じゃねェって事だけは確かだ」

“片牙”はあの島に戻ってファラスティリャの死を知ったとき、悲しみにくれ海賊をやめた。
 そしてファラスティリャの墓を作り、自分の乗っていた船を隠した。
 洞窟や船に仕掛けられた罠は思い出を守るモンだった。
 船上刀はディヴィスとファラスティリャが愛し合う切っ掛けを作ったモンだったらしい。
 俺は其れを知った時、あの船上刀を持って行くのが躊躇われた。だからディヴィス達の思い出を知っているスメルティンに渡した。
 それが奪われなくて良かった。

「おーい、2人ともこいつ等を運ぶの手伝ってくれ」
「あ、カレンさん。今行きます」

 ライニッツが駆け出す。
 俺はスメルティンが向かった先の水平線を見る。


 ―お前等は神さんを信じねェだろうが、海の女神さんに祈らせてくれ。お前の航海が無事に目的地に着くように―
 
Ending [ 2005/03/24 23:29:06 ]
 「あんた、ライ坊が来たよ」
「おう、今行く」

 ギグスの借家にライニッツが訪れた。オランに到着してから数日が経っていた。
 今日は“片牙”の財宝を探しに行った面子で打上をしようと決めた日である。
 真紅の船上刀の鑑定結果が出る日でもあった。鑑定結果が出てからライニッツはギグスを迎えに来たのだ。

「最初に言っておくが、別に今言わなくていいぞ。全員が揃ってから報告してくれ」
「わ、分かっていますよ」

 ギグスはライニッツに釘を刺した。こうして置かないと魔法関連の話が好きな彼は話を止めないからだ。
 ライニッツは少し残念そうな顔をした。話す気だったようである。

「お前、三角塔に篭りっ放しだったんだっけ?」
「いいえ、そういう訳ではなかったですよ。オランからは出てませんけど。皆さんの所にも顔を出しました。ギグスさんの所にも行ったじゃないですか」
「そういやそうだったな。ンで、皆何やってたんだ?」
「カレンさんには宝石を高く売り捌くルートを探して貰いました。ギルドの仕事も少しやっていたようです。
 ラスさんは、流石にあの島での影響と船酔いが効いたのか暫く寝込んでいたそうですよ。今は元気になってナンパしまくってる見たいですけど。
 レイシアさんは、あれ以来精霊魔法の鍛錬を欠かしていないようです。お姉さんの遺言が効いたみたいですね。
 スピカさんはレイシアさんの鍛錬に毎日のように付き合っているそうです。ご自分の鍛錬も兼ねて。
 シタールさんは今日披露するために“片牙”の作った歌の練習をしていましたよ」

“片牙”の船には彼の作った歌が何曲も残されていた。その殆どが恋人であったファラスティリャを失ってから作った歌だとスメルティンが言っていた。

「ギグスさんは何を?」
「お前、一度来たとき見ただろ?子守だよ。随分留守にしたからなァ。当分は子守だ」

 ギグスは苦笑いをした。だが満更でも無さそうだとライニッツはその顔を見て思った。

「兎に角、早くあの魔剣の鑑定結果を皆さんに話したいですよ」
「短めに頼むぜ。そうだ、俺も話してェ事があったわ」



 一隻の船に1人の男が乗っていた。その傍らには寄り添うように森妖精の女が居た。
 その幸せそうに寄り添う2人の下にもう1人森妖精が現れた。その森妖精の男は女を姉と呼ぶ。
 3人は楽しそうに話し、笑いあっていた。

 そんな夢をオランに帰ってきた日の夜にギグスは見た。
 確証は無かったが夢で見た3人をディヴィス、ファラスティリャ、フェルガナークだと思った。
 彼らは死んでから理解しあい、幸せになったのだと。
 そう思いたかっただけかもしれない。自分はフェルガナークを殺してしまったから。
 だが、それでもそんな夢を見ることが出来た事を海の女神に感謝した。
 そんな話を皆にしたいと思っていた。例え、馬鹿にされようとも。

「どんな話なんですか?」
「その話も皆の前でな。何度も話すのもめんどクセェしな」

――それに、シラフじゃ話せねェよ。ギグスはそう心の中で付け足した。