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厄介事という名の謎の地図
ホッパー・ビー [ 2005/04/08 3:44:23 ]
  ある晴れた春の昼近く、賢者の学院に続く路地裏を急いで走っていた僕。
 学院まで後少しの曲がり角、そこで一発の拳と共にそれは僕の懐に放り込まれた。
 厄介事という名の謎の地図が。

「渡せ!」「無いよ!」
「嘘だ!」「無いったら無いっ!」
「てめぇ!」「やめてよ!」

 草原妖精と三人組の男が言い争いをしていた所へ僕は通りかかった。
 双方、僕を見て、一瞬、時が止まる。

 一番最初に動いたのが草原妖精の女の子(年上だから女性が正しいか)だった。
 僕が何か言うか言わないか、その瞬間、小さな拳で、頬を強く殴られた。
 小さな体で繰り出された一撃は、見た目で判断した以上に強烈でとても痛かった。
 そして逃げていった。

 残った僕は三人組に草原妖精の仲間(殴られたのに)と思われた。
 そして危うく暴行されそうになったところをラズベリーさんという女性に助けられる。
 大きく叫んでくれたのと、それをすぐ近くに衛視が聞きつけた事が幸いした。

 一人、男が暴れてラズベリーさんに取り押さえられていた。
 指一本折られたようだ。

 騒ぎのお陰で、僕達は詰所へ。其の日の用事はすべてキャンセルとなった。
 一通りの事情聴取を受けて、ラズベリーさんと詰所の待合室で話していると。
 懐に丸め込まれた羊皮紙があることに気付いた。

「これは・・・」

 そう、手に入れたのは、この厄介という名の謎の地図。
 何の目的で僕に預けた(?)分からないが、何やら謎と危険の予感がした。
 そして、それがはっきりしたのは、次の日の夜の、気ままに亭のカウンターでだった・・・

 もっとも、先に気付いたのはクレフェさんとラスさんの二人だったけど。
 
好機という名の罠
ラス [ 2005/04/08 4:58:19 ]
 ホッパーが地図を手に入れた事情を、俺とクレフェはいつもの木造の酒場のカウンターで聞いた。
そして、その直後にクレフェが背後を気にする。……なるほど。俺のほうが先に気付いて然るべきだったな。情けねぇにも程がある。
ホッパーから聞いた事情。背後でこちらの様子を伺う2人組。それらから推測されるものは幾つかある。

まずは、もともと草原妖精と3人組の男どもが「殺し合い」じゃなくて「殴り合い」だったことから、殺してでも奪い取るような代物ではないということ。
それが昨夜の出来事だったにもかかわらず、ホッパーはまる1日無事だったことから、相手はどうやらホッパーが地図を解読することに期待してるのでは、ということ。
ただ、ホッパーを見つけるのに手間取った可能性もある。ホッパーは見た目だけなら学院生のようにも見えるから、奴らは学院の近辺を探していたのかもしれない。
どちらにしろはっきりしていることは、今現在、男が2人、同じ酒場にいることだけだ。
酒場に3人ではなく2人しかいないのは、もう1人は草原妖精を追っているのかもしれない。

酒場の中ではさすがに危害を加えてはこないだろうが、外に出たらどうなるかはわからない。
それに、放っておいて気持ちいいものではない。
3人の意見は一致した。
どうやらクレフェ的には、「なんか最近ムカつくから、はけ口にもいいかも★」なのかもしれないが。

地図(と見せかけた屑羊皮紙)はクレフェの外套のポケット。本物は彼女の懐の奥。
俺は一足先に酒場を出て路地裏で、“姿隠し”で待機。そこへ、ホッパーとクレフェを尾行するだろう2人をおびき寄せて、締め上げる。
それが俺たちの緻密にして華麗な作戦というわけだ。
どうも、例の海賊の財宝探しの件から先、体調が今ひとつだが、どうやら相手はチンピラに毛の生えた程度。それが2匹程度なら何とかなるだろう。


「あ、ホッパー君、こっちの路地を抜けるほうが近道なのよ」
クレフェの声がした。ホッパーと共に、俺のいる路地に入ってくる。月の明るい夜だが、路地の奥にまでその光は届かない。
そして、このあたりは、いわゆる歓楽街とは少し離れている。相手は好機、と考えるだろう。
人気もなく、暗い路地。相手は女と少年。

クレフェとホッパーを尾行していた2人が足を早めた。
奴らが彼女たちに追いつく寸前、俺は姿を現して、目の前にいた1人の鳩尾に拳を叩き込む。
「げ。貴様、何モンだ!?」
自己紹介している暇はなさそうだ。もう1人も、とりあえず俺を片付けようというのか、雄叫びを上げながら突進してくる。
まぁこのくらいなら魔法を使うまでもないか。相手はチンピラだし。そもそも街中で目立つ真似はしたくない。
──2人をたたきのめすのにどのくらい時間がかかっただろう。多分それほどかかってはいないと思う。
地面に伸びた2人を見下ろして、息をついた瞬間、目眩に襲われた。
……あー。やべ、最近これだから……。まぁ、すぐにおさまるだろう。

「やだ、ちょっと。ラス、大丈…………きゃっ!」
「クレフェさんっ!?」
クレフェの叫び声と重なるようにホッパーの声。
顔を上げると、クレフェの背後にもう1人、男がいるのが見えた。
…………もう1人はきっと草原妖精を、なんて誰が言った? ……俺か。
っつか、そこまで接近されるまで気付かなかったなんて、俺もどうかしてる。乱闘中だったから、なんてのは言い訳になるだろうか。

「さて、地図を渡してもらおうか。俺も、女性に手荒なまねをするのは好きではないんだ」
地図ならクレフェが持ってるんだが……それを奴は知らないんだろうな。
っていうか、奴はもうひとつの事実を知らない。
──クレフェの気性と実力を。
 
知恵者という名の伏兵
クレフェ [ 2005/04/09 1:45:52 ]
 

<> 酒場で彼らに気づいたのは、ほんの偶然。
<> 先だって、私に向かって「年の功」と呟いた因業な男どもの顔をねめつけてやろうとして振り返ったときには眼に入らなかった連中が、再び振り返った私を見てなぜか眼を伏せたから。こういう場合の女の記憶力を舐めてはいけないわね。
<> 荒みが人相風体に滲み出ている連中は、冒険者の店では珍しくないけれど、話題が話題なだけにふと思い当たって、ホッパー君に聞いてみたという次第。
<>

<> それにしても、「看たとおり」というラスの体調に楽観的に構え過ぎた。
<> あの過敏な彼が気づかないのは、感覚を必死に制御しているか制御がままならない状態だということなのに、配慮できないばかりか易々と捕らえられてしまっただなんて失策もいいところだわ、私。
<>

<> ********************

<>

<> 「女性に手荒なまねをするのは好きではないんだ」
<> きゃ、もしかしていい男? ……ま、それはさておき。
<> 現在私は片腕を背後にねじり上げられ、首筋に刃物を突きつけられている。 前言撤回、評価下落。十分手荒だと思う。
<> 「そこの坊主、さっさとその樽の上に地図を置いて去れ。さもないと、好みではないが血をみるぜ?」
<> さすがに1対1の時に手渡させるほど馬鹿じゃないらしい。私たちとラスのちょうど中間あたりに置いてあった樽を視線で示す。ほかの二人より多少は切れそうだ。
<> 暗い路地裏。所々はがれた石畳からは湿った土の匂いがかすかに漂い、春の湿度を帯びた風が萌え出た若葉の香りを運ぶ。。
<> ホッパー君は動揺しつつもラスと私を交互に見やるが、小さくウィンクを投げたのが伝わったらしい。ゆっくりと、殊更に怯えたような足取りで歩みだした。私が自由な片手で魔法を詠唱する時間を稼いでくれたのだ。
<>
<> じりじりと、距離が縮まる。
<>
<> 「早くしろ、時間を稼いでも始まらんぞ」
<> 凄んでみせる男の声が私の頭上で響く。苛立ちからか、刃物をホッパー君に向けて振る。あ、こいつやっぱり馬鹿だわ。
<>
<> 『眠りに導く砂撒く小人よ、かの者に きゃっ!』
<> 詠唱の最中、軽い衝撃とともに私は男の腕から解き放たれた。同時に、外套のポケットが破れる音がする。
<> 「ごめんね、ねーちゃん。でもおあいこだよー」
<> そう言って、小柄なつむじ風は路地の向こうに消えていった。
<> 取り返す機会を狙っていたのなら、全員の視線(ラスは倒れた二人にも気を配っていた様子だった)が集まって注意がそれた今は確かに好機だったのだろう。なにやら草原妖精の小さな手のひらの上で踊らされている気がして腹立たしい、が。
<>
<> 「な、お前が持っていたのかっ」
<> 虚を突かれて立ち尽くしていた男が、自失から立ち直った瞬間。
<> ホッパー君が足元に落ちていた石を掴んで男の顔面に投げつけ、
<> ラスが手早く呼び出した闇霊を命中させ、
<> 私が呼び出した緑乙女が男を縛り付けていた。ついでに、金的を蹴り上げたのはご愛嬌だけど。  
<>


<> <> 眩暈の治まったラスを支えつつ、懐にしまわれた本物の地図が失われていないことを確認して、それとなく二人に告げる。
<> あの草原妖精がきままに亭に潜んでいたのか、私たちを追う男たちの挙動から察したのかはわからない。或いは私たちを助けるための行動が偶然合致したのかもしれないが、そこまでする理由があるかどうか。
<>
<> どの道、本物を手に入れていない以上、また接触してくるはず。
<> 今は、それを待つと同時に解読を進めるとしよう。後は。
<>
<> 「……さて、この連中、どうしましょうか?」

<> 私はにやり、とほくそえんだ。
<>
 
宝の地図という名の深まる謎
ホッパー・ビー [ 2005/04/09 23:58:00 ]
 「だ、だからっ、そうじゃ、なく、て」

 捕らえた男三人組。
 前にはラスさんとクレフェさんに僕の三人。
 とりあえず、事情を聞き出すつもりでいるのだけど。

「も、とは、俺達のもの、だか、ら」
「で、襲ったのか?(ずぃ)」
「ひ、いえ、その、つい」
「・・・ついですって?(ずずぃ)」
「そればかりはヤめてーっ」
「お、抑えて・・・(あたふた)」

 ここは付近にあった粗末ながら丈夫そうな倉庫。
 ラスさんが知り合いのところだから大丈夫と言っていた。

 小一時間、危ういバランスながら、三人組から聞き出せた事。

「まー、つまり」

 あの地図は連中が元は買ったものということ。
 その購入先は若鷹広場にある「宝の声」という地図屋であること。
 購入して例の草原妖精が接触してきたこと。
 地図は元は自分のものだと抗議してきたこと。
 五月蝿いから追い払ったら何時の間にか盗まれたということ。
 それで取り返そうとしたら今回の事態になったということ。
 ちなみに自分達は被害者だと主張したが却下されたということ。

「連中が言うならば、宝の地図?」
「流石に胡散臭いわね。確かに手は込んだ地図だけれど」
「草原妖精が危険を侵して取り戻そうとしているんですよ?」
「・・・それぐらいの価値はあるかもしれない、か」

「お取り込み中失礼しますがー・・・」
 男三人組のリーダー格が恐る恐る聞いてくる。

「ん?」
「俺、いや、私達は解放してくださるのでしょうか」

「どうするよ?(にやり)」
「最近、気が立ってるから・・・ねぇ?(にこり)」
「やっぱ、アレだな・・・(にや)」

「ひー!!!(ハモリ)」

「ま、まぁまぁ(あせあせ)」

 結局彼らはラスさんの知る、とあるお店で働かせる事になったそうな。
 どんなお店かは聞くのは・・・何故だか躊躇われたのは気のせいだろう。

「・・・さ、地図の解明と行きましょう」

 解明が先か、草原妖精が先か。
 逆さにした地図を見て、ようやく見えてきたのは深まる謎ばかりだった。

 夜明けが眩しかった。
 
情報という名の遺産
ラス [ 2005/04/10 18:36:36 ]
 走り去った草原妖精が、どさくさ紛れに奪い取ったものは、地図じゃなくて屑羊皮紙。
そのことにはすぐに気付いたろうが、とりあえず俺たちが移動するまでに尾行はなかった。
ってことは、向こうは俺たちを見失っているはずだから、接触されるまでには多少の時間はあるだろう。

まぁ、向こうが接触してきたとして、ホッパーとしちゃすんなり返す気があるわけ?

「ええ……まぁ、返すのは構わないんです。もともと僕のものではないわけですし。あの3人組のように、お金を払ったわけでもないですしね。ただ、ここまで厄介事に巻き込まれたのなら、この地図の謎くらいは解明したいなぁなんて思うんですが……貧乏性ですかね」

ま、確かにここで「はいどうぞ」で返してしまっちゃ、こっちとしてももやもやするだけだよな。
ってことは、だ。
草原妖精が接触してこないうちに謎を解明しなきゃならねぇ。つまり、時間稼ぎをしなきゃならねぇってことか。
あの木造の酒場は多分、バレてんだろうな。草原妖精がクレフェをまっすぐ狙ったってことは、おまえらが地図の受け渡しをしていたのを見ていたんだろう。
他にバレてないところっつーと……。

「ねぇラス、あなたのテリトリーなら良いんじゃなくて?」

俺のって……花街に女連れで行くわけ? ホッパーまで連れて?

「馬鹿。あなたのおうちってことよ」



そして、俺の家でそれぞれに休息を取ってから地図の解明にとりかかる。
ホッパーが気付いたように、逆さにしてみると途端に見えてくる。
地形からいうと、この近辺であることは確かなようだ。オラン周辺……どうやら郊外のあたり。
多少、細部に違いがあるのは、書かれた年代が違うからかもしれない。
地図が示す範囲はわかるし、それぞれに書かれている言葉も読める(俺以外には)。
だが、その地図が何のありかを示しているものなのかがわからない。そしてそれがどのポイントを示しているのかも。
幾つかのポイントに幾つかの通称らしき言葉が付されているだけのようにしか見えない。
この地図だけじゃ情報が足りないのか、それとも最初から、それ以外の目的なんかない地図なのか。

「ただ、逆さにするともうひとつ見えてくるんですよね。ほら、ここの文字が……」

と、ホッパーが地図をなぞり始めた時。

「うきゃーっ!! 猫猫猫ーっ! 猫きらーいっ!!」

素っ頓狂な声が庭から響いた。時刻は夜。
予想以上に早かったな。まぁ、行きつけの酒場と人相風体がわかっていればこんなものか。
庭に続く扉を開けると、小さな影が転がり込んできた。

「あたしの地図を返せ! この泥棒!」

泥棒も何も、そもそもおまえが苦し紛れにホッパーの懐に放り込んだわけで。
そう言おうとした矢先に、一目散に居間へ向かって駆け出す草原妖精。
それに気付いたクレフェが、立ち上がって地図を頭上に掲げる。

「地図ーっ! あたしの地図ー!」

必死にジャンプするが、いかんせん草原妖精の身長では届くはずもない。

「まぁ待って。まずはお話を聞かせてちょうだい? あなたにとっても損はないはずよ。私たちならあなたにない知識でこれを解読することも可能なわけだしね」

にっこりと笑うクレフェ。……そういえば、と思い出す。
昨夜、ポケットを破られたあの外套、クレフェのお気に入りだったような気がする。

「その地図……あたしの爺ちゃんの形見なんだよ!」
 
お調子者という名の依頼人
クレフェ [ 2005/04/12 1:10:48 ]
  形見という言葉に、正直私は弱い。
 それだけで少し地図を掲げる高さを下げてもいい気分にさえなった。けれど聞いておきたいことはいくつかある。
 「私のお気に入りの外套を破ってまで取り返すほど、あなたにとって価値のあるのかしら。形見だから? それともそれ以上に金銭的価値があるから?」

 意地の悪い質問だが、命には代えられないとはいえ大事な外套を破られたのだ。多少感情的になっても仕方がない……かもしれない、という事にしよう。

 「形見だからだよっ! お金になるかはわかんないけど、イイモノ、この街の宝物を見つけるための地図だって爺ちゃんは言ってた」
 激昂する彼女……リノの様子を見下ろしつつ、時折ラスやホッパー君と視線を交わしながら、彼女にさらに問いかける。

 「じゃあ、なんで手放したりしたの? 地図屋で売られてたって話じゃない。道理からいけば、筋が通ってないのはあなたのほうなのよ。地図を手放しておいて今更文句を言える立場じゃないでしょう」
 その言葉に、彼女は顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。
 「違うよ! あたし騙されたんだ」

 賢者を名乗る胡散臭い男が、彼女の地図に目をつけたのは偶然だった。
 男は地図を眺めて頭を抱えるリノを見かけ、地図の解読を持ちかけてきた。故郷のミラルゴから出てきて数ヶ月、土地勘も出てきた彼女でも、やはり地元の賢者には敵わないと考え、申し出を受けたのがそもそもの間違い。男は自分が読み解けないと悟るや、こっそりその地図を奪い『宝の声』に売り飛ばしたのだ。
 男の正体はただの山師。
 彼女はまんまと騙されたのだ。

 「だってさ、ほんと困ってたんだ。せっかくオランまできたのに地図の意味わかんないし、賢者に頼むとすんごくお金かかるし」
 「で、そんな痛い目に遭っておきながら、『学院近くにいた賢者っぽい若者』ってだけで地図を託すような真似をしたと? その上、自分の起こした諍いを勝手に巻き込んで逃げるとは随分身勝手な話だ」
 ラスの射るような視線に身を竦ませ、飛び跳ねるのをやめたリノは、怯えながらも言い募る。
 「違うよ、あたしだってそこまで馬鹿じゃない」
 ホッパーを指差して、彼女は断言した。
 「こいつ、学院入学のために勉強してるんでしょ。裏取ったもん。それとこいつの友達の楽師がいるよね。この地図って古い歌に関係するって話だったし、駆け出しの賢者で冒険者ならどっちかに頼めば安く上がりそうだな〜っておもってたら旨い事通りかか……いったーーい!!」
 「ああ! なるほど」

 「お前な、『こいつ』はねぇだろ!? ……あ? ホッパー、何か判ったのか?」

 額に青筋を立てて、手元にあったナッツを投げつけたラスを、必死に宥めていたホッパー君の突然の叫び声に、全員の視線が集中する。
 「あの文字、韻かもしれない」
 
韻と言う名の紐解き方
ホッパー・ビー [ 2005/04/13 1:30:41 ]
 「え、何か分かった?やっぱ、こい・・・」

 ラスさんにナッツを投げられそうになって、途中で抱え込むリノさんが仰った古い歌から、気付いたこと。
 その詩において、同一または類似の音を、一定の位置に繰り返し用いること。

「地図の文字から幾つか抜粋すれば・・・”初めはオルランラ””真ん中はアルカンマ””終わりはサルパンノ”と、繰返すような」

「リズムって訳か?」
 もう一発ナッツを弾き飛ばそうとしている、ラスさんが言う。

「ふぅん・・・韻、ね。」
 クレフェさんが手に持った地図の文字をもう一度読みつつ、リノさんがギリギリ届かないように高めにしている。

「ええ。ただ、歌に関しては僕は素人なので、その詩の全容が掴めないので、難しいところですが」
 賢者とは言え、歌や詩に関しては別の話し。全くの専門外ではないが、伝承に関する知識などにあたる歌や詩には心当たりは無いわけで・・・。

「そうね、古い歌と言うなら、其れに詳しい人がいるわ。直接の知り合いでは無いけれども、紹介してくれる人がいるから、頼んでみるわ」

「御願いします」
「んじゃ、頼んだ」
「やった。無料で(ぴん)痛ーい・・・」

 それより数日。

 クレフェさんの知り合い、ライカさんという方が地図の調査に加わってくれそうだ。
 地図から分かってくるその年代をあらゆる方向から調べてくださっていること。
 そこから分かってきているののは大まかな年代、約五十年以上だと言う事。
 詳しい説明と理由の細かさたるや見習わなくてはと思うほど綿密だと言う事。
 また、クレフェさんが会った古い歌を知る老詩人より、詩の全容が見えてきたと言う事。
 六十年前、ミラルゴから流れてきた草原妖精が広めた童謡であると言う事。

”はじめはオルランラ 大きな牛が居眠り中 東に太陽 背を向けて”
”真ん中はアルカンマ 小さな牛が餌獲り中 南に太陽 首を上げて”
”おわりはサルパンノ 普通の牛が御帰り中 西に太陽 尾を下げて”
”預けた先は誰の家? 本当の牛は鈴鳴らす 北に大木 膝をつく・・・”

 クレフェさんから渡された歌の詩に、僕は頭を悩ます事になった。
 詩は韻は踏んでいるが、解明となる手掛かりが考え付かない。
 一体この詩はこの逆さまにしてようやく判明しかけてきた地図とどんな関係が。

「ねーねー、まだわかんないのー?」
 リノさんが暇そうに、考えている僕の後ろで鍵をいじくっていた。
 
大木という名の沼地
ラス [ 2005/04/13 2:55:02 ]
 夢を見ていた。
草原妖精の爺さん──なんだか、痩せたノームのようなイメージの──が、杖を突きながら牛を3頭連れ歩く夢。
オルランラ。アルカンマ。サルパンノ。
そして最後に鳴り響く鈴の音が…………。

「ラスさん、そちらの古代語の本に地図がありましたよね?」

……んー。ああ、これな。(←起きた)

「うわ、さっきまで寝てたくせに」

うるせぇぞ、チビ(注;リノ)。
てめぇらが、ぶつぶつ言ってるから、あんな妙な夢見たんじゃねえか。
ところで、ずっとぶつぶつ言い続けてたようだが、何かわかったのか?

「ええ、推測のようなものは幾つか……」

と、ホッパーが答えたところで、クレフェが戻ってきた。鞄から数枚の羊皮紙を出してホッパーに渡す。

「わかったわよ。オルランラとかアルカンマとか……あの、意味不明な語呂合わせのような言葉」

ライカに調べてもらったのだという調査結果をクレフェが報告してくれる。
曰く。
東方語の古い言い回しなのだそうだ。どうやら、特定の地域でだけ使われていた地方語のようなものらしい。
オルラは数字の8、そしてアルカムは6、サルプが7。
それらを幼児語として発音すると、それぞれオルランラ、アルカンマ、サルパンノとなるらしい。

「言語を発生される音としてとらえた場合、幼児語というのは得てして音便化しやすいのよ。そうでなければ、最後の部分を韻を踏んで繰り返すパターンが多いわ。つまり……」

説明が長くなりそうだったので、そのあたりは熱心に聞いているホッパーに任せよう。
俺としては地図そのものが示す地形に興味がある。
おそらくはオラン国内で、しかも街の近郊だ。幾つか心当たりのある地形がある。
だが、特定しきれないのは、今現在の地図と微妙に食い違っているからだ。
年代の差、と言い切ってしまうのも無理がある。この地図を描いた人物が意図的に組み込んだ「食い違い」だとすれば。
陽の傾き具合を見ると、居眠りから起きたのがこの時間というのもちょうどいい。
俺は、言語学がどうのと熱心に顔をつきあわせているホッパーとクレフェを残して外に出た。

「にーちゃん、どこ行くのん? あたしもついていくー!」

……しまった。リノが退屈していたか。

なし崩し的にリノを連れて歩くことになった。俺が向かったのは、老野伏のいる酒場だ。
数年前までは現役で野伏として動き回っていた。年を取って引退してから、オランの街の中に酒場を開いた。
偏屈なジジイで、仕込みの時間に訪ねると会ってくれない。今なら営業時間だからちょうどいいだろう。

数日前、クレフェが古詩を調べ始めた頃に、俺もその老野伏──ストワ爺さんに、地形だけを写し取った地図を見せて心当たりの場所を聞いてあった。
そうすると爺さんは、実地に検分してこなければ気が済まないと言って、数日出掛けていた。
戻る約束の日が今日だ。

「ほいよ。上から朱書きしてあるのが、現在の地形だ。地図にある大木なんぞ無かったな。その場所にあるのは小さな湖だな。……いや、沼地と言ったほうが正しいか」
「え。なにそれー? ね、ね、じいちゃーん、60年前は木が生えてたとかない?」
「……ラス。なんじゃこのチビは」

あー。躾がなってねぇのは俺のせいじゃねえ。気にすんな。
ストワ爺さんは、ちゃんと近辺の村で聞き込みもしてくれたらしい。その沼は何十年も前からずっと沼だった、と。

「わかった! じいちゃん、行く場所間違えたんじゃない!? ね、そうでしょ。だってあたしの地図だと……痛いってばぁ! にーちゃんはあたしの頭叩き過ぎー!」

おまえは考え無しなことし過ぎ。

「失礼なことを抜かすな、草チビが! わしゃぁ、ここら一帯をもう何十年も歩き回っとるんだ。他に、この地図に近い地形なぞないわぁ!」

とりあえず、爺さんに礼をして、リノの襟首をふんづかまえて引きずって店を出た。
んー……謎が増えたな。ってか、やっぱこうなると実際に行ってみるほうが早いかもしんねえな。
帰ったら2人に相談してみよう。
 
詩歌という名の目くらまし
クレフェ [ 2005/04/14 23:35:37 ]
  「なるほど。つまり地域的には決定と見ていいんでしょうか」
 「ああ、まず間違いないだろう。この辺の地理に関しちゃ、あの爺さんは権威といってもいい。問題はこの決定的な食い違いだな」

 朱書きされた線と、地図の線の相違に悩みながら、何度も目を通す。
  
 ちなみにリノは庭で春先の花を摘んだりあずまやで転がったりと相変わらず落ち着かない。時々ミェルに追いかけられるのは似たもの同士といった感がある。

”はじめはオルランラ 大きな牛が居眠り中 東に太陽 背を向けて”
”真ん中はアルカンマ 小さな牛が餌獲り中 南に太陽 首を上げて”
”おわりはサルパンノ 普通の牛が御帰り中 西に太陽 尾を下げて”
”預けた先は誰の家? 本当の牛は鈴鳴らす 北に大木 膝をつく”

 「うーん、もしかしたら。謎かけに常識をあてはめるならそういうこと、なのかなぁ」
 諳んじるほど繰り返し読んだ歌を、どうやら私は口にしていたらしい。先を促すと、ホッパー君は首をひねりながら訥々と仮説を口にした。
 「”東に太陽 背を向けて”と”西に太陽 尾を下げて”は判るんですけれど、”南に太陽 首上げて”だけは動作と合ってない気がしませんか?
 牛が食べるのが牧草だとしたら”首下げて”だと思うんですよ」

 つまり、文章として読んだ場合の矛盾。

 「なるほどな。そのまま読めば牛が上を向いて餌を食べていたことになる。つまりは」
 「ええ、木でもあったことになりますよね? 実際の牛が食べるかどうかは別にして」
 指摘を受けて、ふと思いついた。
 「”大きな井戸”、”秘密の小屋”、”壊れた暖炉”、”獣の首の下あご”。この4つの説明文が具体的に地理を表すなら、それぞれのフレーズに幾分合致するかもしれないわ」
 例えば、”獣の首の下あご”。
 朱書きされた説明には、南側に突出したような岩場があると記されていた。”秘密の小屋”に該当しそうなものは西側の洞穴のような場所だろうか。”壊れた暖炉”もいずれかの岩場なのかもしれないが、複数あるらしくこの朱書きからは断定できない。
 ”南に太陽 首を上げて”の牛の見上げるさまが、先ほどの突出した岩場を下あごに見立てているならば、その視線の先や周囲に”餌”があるのではないか。
 
 「で? 北には大木はなかったんだぜ……ああ、そうか」
 そう。この説明文が実際の地勢をあらわし、詩は”宝物”自体の場所を指し示すんじゃないかと推測するならば。
 「”大きな井戸”は北の沼地のことかもしれない。でも大木は必ずしもその土地の北、沼地にある必要はない。”宝物”のある場所の北にあればいいんじゃないかしら。ただ、西に太陽、が”太陽の側に尾を下げる”でいいのかは自信ないけれどね」
 「つまり南の方に木があれば、その木を更に南側から見れば、”北に大木”ということですね」

 
 あとは実際に現地を踏査したほうが早いかもしれない。ライカも資料からわかることは一通り調べつくしたと言っていたから。
 「じゃあ、明日、詩人のホァン老から紹介されたその地域出身の方を訪ねてみて、特に手がかりが見つからないようなら一度現地に行ってみる事にしましょう。ラス、同行お願いね。ホッパー君は資料のまとめをお願い」
 
 こうして、気づけばあわただしい一週間が過ぎようとしていた。
 
預けた牛と言う名の道標
ホッパー・ビー [ 2005/04/17 2:43:32 ]
 ”はじめはオルランラ(8) 大きな牛が居眠り中 東に太陽 背を向けて”
”真ん中はアルカンマ(6) 小さな牛が餌獲り中 南に太陽 首を上げて”
”おわりはサルパンノ(7) 普通の牛が御帰り中 西に太陽 尾を下げて”
”預けた先は誰の家? 本当の牛は鈴鳴らす 北に大木 膝をつく・・・”

”壊れた暖炉”は複数のなかの一つの岩場、或いは”壊れた”から複数の岩場そのものか。
 歌詞が関係するならば、複数の岩場に喩えてみて、大きな牛とすれば、このはじめの節に一致していると考える。

”獣の首の下顎”は南側の突出した、牛の首を連想させる岩場であろう。
 歌詞が関係するならば、小さな牛の一節と合致している。

”秘密の小屋”は西にある洞穴がそれらしく一致している。
 歌詞が関係するならば、普通の牛が御帰りになる、つまり”小屋”へ帰る、或いはそこから寝床に帰ると考えられる。

”大きな井戸”は北にある沼地で見ても良いとして。
 歌詞の一番最後の節、本当の牛は鈴鳴らすというのは、そこが宝のある場所なのか。
 そして、北に大木膝をつくは寝床についたからなのか?

 そして更にもう一つ、示されている数字を加える。

 はじめ、朝、8、大きな牛、東の太陽に背を向けて居眠り。複数の岩場。
 真ん中、昼、6、小さな牛、首を下げ餌獲り、太陽に首を上げ。南の下顎のような岩。
 おわり、夕、7、普通の牛、尾を下げて帰る。西にある洞穴。
 夜、誰かに預けた本物の牛は鈴を鳴らし、大木の前で膝をつく。

 ・・・

 数字の意味はもしかして、歩数、決まった方向への意味なのだろうか。
 そこへ数だけ歩けば何か見つかるのか・・・いや、それだけでは厳しい。
 或いは数字は牛の大きさなのだろうか。
 大きな牛が8、小さな牛が6、普通の牛が7だから・・・基準が分からない。
 それとも数字の奇数と偶数で見るべきなのか。だとすると、本物と予測されるのは奇数の7・・・?

「違う、なぁ」

 地図のでの多少の不一致もあるが、大方、特定できたとして。

「誰か?」

 そういえば、誰かに預けた本物の牛というのが宝。
 では、その”誰か”は一体何者なのか。
 地図には生憎人が住んでいる様子は無く、あくまで無人の平原。

「誰か・・・は、宝の北に大木、それに類似する形の何か、それが”誰か”」
 それならば、”誰か”なら名前があるとすれば。

「はじめは・・・真ん中は・・・おわりは・・・」
 オルランラのはじめの”オ”、アルカンマの真ん中の”カ”、サルパンノのおわりの”ノ”。

「”オカノ”・・・」
 その言葉に、暇になって寝転がるリノが自然に反応した。

「ねぇ、今、”オカノ”って言った?」

「あ、うん・・・知っているの?」

「うん。爺ちゃんが言ってた。”奇数(オカノ)”で”偶数(サカラ)”って」

「「「え?」」」

 声が重なった。
 
本当の牛という名の鍵
ラス [ 2005/04/17 22:55:40 ]
 んーと。とりあえず、今考えるべきことは。
よし、リノ。おまえ、そこらで兎か何か狩ってこいよ。保存食よりも、兎のシチューだよな。
「うん! わかった! あたしね、弓は得意なんだよー。じゃ、いってくるー!」
ミラルゴを旅立つ時に父親がくれたという、俺たちから見ればオモチャのようなサイズの弓を持って、リノが駆けだしていく。

「……ラス。捨てないでよ。こうして現地にまで来てるっていうのに」
呆れたようにクレフェが腕を組む。
……だってよ。

俺たちが『現地』についたのは今日の昼前だ。
昨日の朝、オランを発ってエストン山脈を視界に納めつつ北西に歩いて、途中で野営。
野営した場所から半日歩いて辿り着いたのは、村というのもおこがましいほどの小さな小さな集落。
地図が表す地形はこの周辺だという。
さすがに宿はないが、住人の好意で、使われていない納屋を寝泊まりのための場所に借りることが出来た。

周辺の住人たちに、自分たちは怪しい者じゃないことを説明してから、地形の確認に入った。それが今日の昼過ぎ。
地図のとおりに歩き回ってみると、確かに幾つか、符合する地形がある。
──壊れた暖炉のように見える小さな岩山の崩落後。
──獣の下顎のように見える反り返った岩場。
──秘密の小屋のようにひっそりとした浅い洞窟。

それらを見て回ったあと、「……だから何?」と、非常に正直な感想を漏らして、クレフェに後頭部をどつかれた。
そして俺たちは何の収穫もないままに、借りた納屋へと戻ってきた。それが、ついさっき。陽の傾く頃。

「牛は……いるんですよね」
納屋に設けられている明かり取りの窓から、ホッパーが外を見る。
周辺の住人たちが飼っている牛が数頭、納屋の隣の草原で草を食んでいた。
その草原の隅、ちょうどこの納屋と並ぶ位置に、牛の寝床だろう小屋がある。
──確かに牛はいるけどな。本物の牛が。草を食うのに首を上げたりなんかしねぇ牛がさ。

「そうなのよねぇ。実際に現地で見られたものと言えば。……『壊れた暖炉』のあたりには、あけびがたくさんあったわね。淡い紫色の花が満開で綺麗だったわ。秋になったら実も楽しめるし」

『獣の下顎』にあったのは、ブラックベリーの茂みか。あれなら、秋まで待たなくても初夏には食える。

「『秘密の小屋』ではタンポポが綺麗だったわね。見渡す限り、って感じで。まだ少しこの辺りは肌寒いせいかまばらだったけれど、あと半月もすれば一面に咲きそう」

『大きな井戸』にあったのは、あれ、蓮だろ? 花は咲いてなかったが……ああ、そういえば蓮の実も美味いよな。

クレフェと2人でそんな話をしていたせいか、腹が減ってくる。
そこへタイミングよくリノが帰ってきた。獲物だという兎を1羽ぶら下げて。
早速調理にとりかかるが、リノはなんだかそわそわしている。
「どうしたの、リノ。ご飯が待ちきれない?」
笑いを含んで尋ねるクレフェに、リノは首を振った。
「ううん、あ、ご飯も待ち遠しいけど。でもね、今日いろいろ見てまわったじゃない? なんか、すっごいうきうきする場所だなぁ、と思って」
にぱ、と笑う。
ああ、確かに草原妖精には浮かれてしまうような景色だったかもしれない。
点在する草原では牛がゆったりと昼寝をして、その間にある幾つかの岩場には季節ごとに花が咲き、実がなり。
「じいちゃんの宝物が、ブラックベリーの茂みでも、あたしは許せちゃうなぁ」

そういう見方もあるだろう。クレフェもリノの言葉に頷いている。
老いてなお稚気を失わない草原妖精が、血縁に遺すもの。
それは、いるだけで故郷を思い出せるような場所だったり、巡る季節ごとにいろんな意味で楽しめる場所だったり。
──ま、とりあえず今は晩飯だ。

「……ラスさんっ! さっき何て仰いました!?」
今まで牛を眺めていたホッパーがいきなり叫んだ。
……何って。えーと『今は晩飯』って。まだ出来てねぇぞ?
「もっと前ですよ! ……ああ、そうだ。そうですよね。首を上げて餌を食べるなんて、牛にはあり得ないじゃないですか。つまり、首を上げる牛は『本当の牛』じゃないんです! それにですね、今ずーっと牛を見てたんですが……牛は尾を振ることはあっても上げることはないんですね。だから、尾を下げて、という表現もおかしくなりませんか? 尾を意識的に下げるのは、例えば犬や狼や……とにかく、牛の尾は最初から下がってはいるけれど、意識的に下げることはしません」

「つまり、『本当の牛』は、大きな牛ということね? 太陽に背を向けて居眠りをする牛。でも、それが示す場所は……わたしたちの推測が正しければ『壊れた暖炉』よ。あけびの花が咲いていた場所。……調べれば何か出てくるのかしら」

その可能性は否定出来ないな。今日はざっと見ただけで調べてなんかいねえし。
それに、そもそもリノのいうように、場所そのものが宝だとするなら、わけのわからねぇ詩をくっつける意味がない。
自分の気に入りの場所を孫に見せると同時に、その場所のどれかにリノの爺さんが何かを隠した可能性は高い。

「じゃあまずは……その場所から北側に大木があるかどうかの確認ですね。方角や数字、他の要素はその先で使うものかもしれませんし。リノさんが言っていた、奇数で偶数という言葉も」

俺たちが話している間じゅう、リノはきょとんとした顔でつまみ食いをしていた。
 
借景という名の地上絵
クレフェ [ 2005/04/21 0:25:21 ]
  夜明けを待って、崩落した岩山に向かう。
 どうせなら朝から、詩に沿って一日を追ってみようというわけだ。

 東側に広がる緩い丘陵の頂から、春の太陽が眩しい光の矢を投げかける。
 朝の搾乳を終えた牛たちが、小屋から出て次々と朝露を浴びた草を食み、ゆったりと思い思いに反芻したり食後の居眠りを始める。

 「のどかだよな。風景から見れば実に”ほんとうの牛”らしいとは思うが」
 「そうねぇ……とりあえず今の時間帯にこの周辺を調べましょう」

 壊れた暖炉と思しき岩場を調べ、特徴を丁寧に探しながら、岩の一つ一つを書き写していく。上に上ってみたり、隙間を覗いてみたり。
 岩場の傍らの茂みにあけびが咲き、白っぽい岩に彩を添えている様子はまさしく午睡を誘われる類の穏やかさを秘めていた。
 
 更にそこから北側に大木を探し、少しずつ歩を進めると見えたのは。
 
 「ええと……小さな木立はありますけれど、大木って感じじゃないですね」
 遠くエストンの山影を臨み、朝日を浴びて葉を輝かせる数本の木は、枝を伸びやかに広げてはいたが、決して大木とはいえなかった。まして50年前を考えれば更にささやかなものであっただろう。
 今は盛りを過ぎた淡い色の花が木の下に花びらを散らし、若葉が萌え始めている。

 「でもここの木々、結構古いよ。高くはないけどここにずーっとあったみたい。根がしっかりと生えているし」

 比較的太目の枝の切り口を示して、リノが指摘した。虫食いなどで手入れが必要になったのだろうが、この木が集落の者に手入れされているらしいこともわかる。

 「牛はここまで来ないみたいですね。ちょうどあの岩場の前まででくつろいでいます。あまりこの辺は牧草らしい草が茂っていないからでしょうか」
 「岩場を越えてくるほどの魅力がないのかもな、足元も危ういだろうし」
 「ふぅん……でも、あたしは懐かしくて好きだな」
 「え?」

 喜びを露わにして、リノが木を見上げる。
 「ミラルゴにあったんだよ、この木。あ、でもムディールの方が多いかな。
この木ばかりの林があって、すっごく綺麗なの」
 「貴方のお爺さんはこの木について何か言ってたかしら?」
 「んー、爺ちゃんも好きだったと思うけれど、よく思い出せないや」

 
 周辺を再度探索し、目に付いたものを書きとめた後、一旦集落に顔を出して例の木立について尋ねてみた。
 手入れをしているのはやはり集落の者たちで、古老が子供の頃にはすでにそこにあったという。旅人がここに立ち寄った際、食事と宿の礼にと差し出した種から生えた木だと伝えられているようだ。
 花も実も集落の者たちに好まれていて、代替わりしても自然と手をかけているとのことだった。葉の茂るこれからの時期は、さやかな木の葉ずれが心地よいと、牧童が教えてくれた。 

 
 昼になって、南の岩へと足を運ぶ。なるほど首をそらしたかのように見えるその岩は、「顎」の下のブラックベリーの茂みを守るようにも見えた。
 これが”餌獲り中”ならば、何が餌なのだろう。
 
 パンと村で分けてもらった牛乳で簡素な昼食を摂り、再度探索を始める。
 北側の沼は日が落ちる前に探索したかったので、”秘密の小屋”を後回しにして、沼の周囲を調べてみたが、蓮と緑の浮き草が日差しの下で照り映えるばかり。
 「でも」
 「そうだな、水場があるが十分すぎるほど開けている。これなら大型の獣がいてもすぐに判る利点はあるな」
 多分、北側に遠くそびえるエストンから続く森林は、このあたりではかなりまばらになっているのだろう。 それはこの小さな集落にとって、森に潜む脅威と邂逅する危険をわずかに遠ざけていると言っても良いはずだ。
 「素朴な良い土地ではあるわね。ただ収穫量の問題から、少人数でしか暮らしていけないのでしょうけれど」

 夕刻、西側の洞窟を調べる。小屋というには粗末な浅い洞窟は、牛が過ごすには不自由なほどだ。雨宿りが良いところだろう。
 内部の図はすでに昼のうちに書き留めてあるので、基本的には時間の推移による見え方の変化を探るのが目的だったが、収穫らしいものはなかった。
 花を閉じているたんぽぽを横目に、洞窟から東側の岩場へと歩き出す。点在する岩に上ってはきょろきょろと眺めるリノの姿に軽い倦怠感と感心を抱きつつ、なんとなく誘われた気分で私も岩に登り、くるりと見回すと。

 「……あら」

 夕日を浴びて同じ色にそまる稜線と遠い森を背にして、小さな木立といくつかの岩の並びがまるで木のように見えた。
 
束ねられた影という名の北の大木
ホッパー・ビー [ 2005/04/25 21:46:21 ]
 「やれやれ・・・」

 歩き回って、疲れて、日暮れて、全てが闇に閉ざされようとしていた。
 広い平原が茜色から暗い蒼へ移ろうとする時。
 東側へと歩いていた時。

 リノさんのように岩場に立って、クレフェさんが声を出す。

「どうした?」

「いえ、ね。あの、岩や木立が何となく・・・木に見えて」

 僕も真似て岩場に立つ。
 岩や低木の林の影が長く伸び、束ねられ東に向けて徐々に一つの形になる。
 更に平原の微妙な凹凸の影も加わる。

 其の形は、まるで、暗く、ざわめく、葉の茂る大木。
 まさか、これが詩にある”北に大木”なのだろうか。

「これが、”大木”・・・?」

”しゃん、しゃん”

 遠くに日暮れと共にゆっくりと寝床に帰る牛達の群れが見えた。
 牧童に導かれ、首につけた粗末であろう鈴を鳴らしながら。
 今の今まで気にしなかった小さいながらも鈴の音がやけに耳に入る。

「”本物の牛は鈴鳴らす”」

 クレフェさんが呟く。

 もう一度周囲を見渡す。
 周囲の影で出来た大木が更に大きくなる。

 影の先へ、と言っても、最早、暗闇に溶け込み始めてはいたが、歩き出す。

「・・・おい、ホッパー?」

 呼びとめられても、歩みは止まらない。
 この方向に何かあると思った。
 
 もしかしたら、と。

「何かあったー?」

 そして、リノさんが、僕に並び、追い越していった。
 
オカノでサカラという名の歩き方
ラス [ 2005/04/26 2:32:38 ]
  夕食は、探索からの帰り道にリノが獲った雉だった。
「このあたりは本当、少人数なら暮らすに困らない土地ね。恵みが多いわ」
 その雉を料理しながらクレフェが言う。
「昨日、村の人に聞いたらね、小さい果樹園もあるんだって。いいなぁ、干し葡萄のパンが食べたくなっちゃった」
 これは、クレフェの手元を覗き込みながらのリノ。

 んじゃクレフェ、そこらの若い男たらし込んで、パンとか貰ってこいよ。
 持ってきた堅パンはまだあるけど、飽きたのも事実だ。
「やぁよ。それにあんまり若い男の人見かけなかったわ。ラス、あなたが若い女の子ひっかけてきたらどう?」
 俺がひっかけたらパンじゃないものが目的になるだろ。

「ただいま戻りました」
 水を汲みに行ったホッパーが戻ってくる。その手には水桶。そしてもう片方の手にはバスケット。
「ええと……水場で一緒になったおかみさんがパンを分けてくれて……干し葡萄のパンだそうです」
 それを聞いてリノがはしゃぐ。
 ……さすがだな、ホッパー。年増殺しか。


 そして翌日。俺たちは牧草地と岩場との境目にいた。
 昨日、夕闇の中で見つけた『入り口』だ。
 ホッパーとリノが見つけた『入り口』は、重なる岩に隠されていた小さな地割れだ。
 ただ探索をするには、周囲が暗くなりすぎていた。場所がわかった以上は調べるのは陽の高いうちのほうがいいだろうと、今日に持ち越した。


 昨夜、干し葡萄のパンと雉を食べながら4人で地図を覗き込んで幾つかの結論を出した。
 こういった謎かけ歌のパターンとしては幾つかあるが、4行めの意味だけをまず考えると、預けた先というのが、おそらくは【宝を預けた先】だろうと思われる。そこで、誰の家、と……その部分だけが問いかけの形になっていることから、その前の3行に隠されたヒントから、行き先を見つけろということになる。
 実際に俺たちが目にした光景に当てはめていくと、4行目の意味は、自ずと知れる。
 【本当の牛たちが鈴を鳴らして小屋に帰る時刻】に現れる【大木があるかのように見える風景】を北に臨む、つまりそこから南の位置が、【預けた先】だ。

 実際、それらしき地割れを見つけたのは、“秘密の小屋”側から歩いていったが、辿り着いたところは“壊れた暖炉”の付近だった。
 本当の牛は鈴鳴らす、という一文が、擬似的な大木が現れる時刻を指すと共に、目指す場所へ誘導するヒントにもなっていたのだとしたら。
 2行目と3行目は目くらましと見ていいだろう。
 それにこだわったとしても、それは【本当の牛】じゃない。つまりは誤導。
 4行目が聞いている【家】に預けられるのは、あくまでも【大きな牛】だ。
 

 そして、俺たちはその地割れの中に潜り込んだ。預けた【本当の牛】を引き取るために。

 地割れの内部は、細長く東西に延びた洞窟だ。この岩場と牧草地の地下を走っているのだろう。
 西側に行けば“秘密の小屋”方面。東に行けば“壊れた暖炉”方面。

 にしても……こんなに朝早くから労働かよ……(欠伸)

「文句言わないの。歌の通りに、東に太陽があるうちに行ったほうがいいって言いだしたのはあなたよ?」
 地下に入るため、ランタンを準備しながらクレフェが笑う。

 はーい。
 で。東に進むか西に進むか……そりゃ決まりだよな?
「はいはーい、あたしわかるー。東でしょ? “大きな牛”が示してるのは“壊れた暖炉”だもんねー」
 はい、リノ、残念。
「え。なんでーっ!?」
「東に太陽、背を向けて、ですね? 今まさに太陽がある東に背を向けて進むためには西側に向かうべきだと」
 はい、ホッパー、正解。
「ちぇー。こいつ、見かけによらず……いったーい! にーちゃんがぶったー」

 洞窟の中は天井が低い。リノは背筋を伸ばして普通に歩けるが、俺たちはそうもいかない。
 どうやらこの洞窟は草原妖精サイズだな。
 リノと共に前に立って一応の警戒をしながら歩いていた俺に、ふとクレフェが聞き返してくる。
「……草原妖精サイズ?」
 ──そう。草原妖精サイズ。つまり、8.6.7……まぁ本命は8だとは思うが、その数字の示すものが歩数とは限らないってことだ。
 リノの1歩と俺の1歩じゃ違うだろう。歩幅なんてものは個人で違うわけだから、リノの爺さんだってそんな不確かなものを目印にするわけもない。
「そうよね。でも……8フィートってわけでもないでしょうね。長さの単位も国や習慣によって変わるわ。色々な国を巡り歩いたはずのリノのおじいさんにとってはそれも不確かなものだと思う」

「そして、もうひとつ謎が残ってますよね。【奇数で偶数】ってなんでしょうね」
 ホッパーが呟いたその言葉に、リノが反応した。
「えー。にーちゃんたち知らなかったの?」
「って、知ってるの?」
 しゃがみこんで(この洞窟では自然とそうなってしまうが)ホッパーが尋ねる。
「うん、オカノでサカラって、ミラルゴにいた頃、友達とよく遊んだよ? 爺ちゃんが教えてくれた遊びなんだ。あのね、地面に輪を置くの。紐で作った輪。それを、1つ1つ2つ1つ2つ、みたいにして置くんだよ。それを、輪が1つの所は片足跳び、2つの所は両足で着地。輪から外れずにゴールまでたどり着けば終わり。途中で紐の輪を崩したら負けなの」
「そういえば、子供の遊びでそんなのがありましたね……」
「でも、こんな洞窟の中でそんな遊びをするわけ? リノならともかく、わたしたちは跳んだら頭ぶつけちゃうわよ」

 その遊びに何かをなぞらえているのか、だとしたら何を……と。
 ホッパーとクレフェは俺とリノの後ろに続きながら、ずっとぶつぶつ言っていた。
 俺とリノはそれどころじゃない。俺はこういう自然洞窟は専門外だが、リノの感覚と、これまでの経験をもとにずっと警戒は続けていた。
「なんか……どんどん下ってってるよね」
 リノが呟く。
 そうだな。階段が必要なほどとは思わないが、かなり深く潜っていってることになるだろう。

 そして視界が唐突に開ける。距離感覚からすれば、地上にすれば“秘密の小屋”を遙かに超えたところだろう。
 開けた空間では、もう腰の痛い思いをしなくてもすむ。そこは天井の高い半球状の空間になっていた。
 その空間の真ん中にあるのは、大きな水たまりというか、沼というか……。
 見上げると、天井の真ん中あたりに空が見える。岩の裂け目だろう。
 …………なんか。小規模な地底湖と、地下のこういう空間と。……あの島(#{303})の海賊のアジトじゃねえんだからさ……(溜息)。
「大丈夫よ、精霊力はちっともおかしくなんかないから」
 俺の溜息を聞いて心を見透かしたらしいクレフェ。……ち。

「ああ……ありましたね。“オカノでサカラ”をする場所が」
 ホッパーが指さす。
 沼には、明らかに人工的に配置されたと思われる岩が点在していた。1つ1つ2つ2つ1つ2つ……と連続して。
 それが導く先は、沼の対岸だ。小さな祠のようなものがある。
 歌のヒントからすると、8歩めにあたる岩には要注意だな。

 さて、クレフェ。こっから先、俺は盗賊だ。精霊使いの役目は任せた。
「なに? どういうことよ」
 うーん。あのな。嫌な予感がするんだが。
 詩の内容を考えると、ここでは何かが【居眠り】してんじゃねえの?
 どんなきっかけで起き出すのかは知らねぇけど。それがもし仕掛けの類なら、見つけるのは俺の役目だ。
 そっちに集中するとなると、どこかで小さな精霊力の異変が起こっても俺は気付かない。だからそっちはよろしく。
 まぁ、居眠りしてるのが化けモンの類なら、そっから先はまた俺も精霊使いだけどな。

 んじゃ、行こうか。“オカノでサカラ”をやりに。
 
童心という名の宝物
クレフェ [ 2005/04/28 1:11:47 ]
  「じゃ、行こうか」
 
 そう言って歩き出したラスの背中を見送りながら、周囲と水面に目配りをする。見える範囲では精霊力の歪みはないし、特別に高い熱も感じない。
 視界は、私たちが心地よく過ごせるほどの天井の高さから、朝の日差しが斜めに差し込んでくるので、それに加えてランタンの明かりがあればかなり楽に見渡すことができた。

 リノは飛び石を見ながらうずうずと衝動を持て余しているように見える。今にも”オカノでサカラ”をしに飛び出しそうだ。
 
 ふと、思いつく。
 リノの祖父が教えた遊び。
 草原妖精サイズの通路の先に人間が過ごし得る大きな空間。
 居眠り中、餌獲り中、お帰り中……8・6・7。

 「待って!!」

***********
 
 ”水上歩行”をかけたラスが、そっと水面を波立たせないよう歩き出す。石の上は歩かない。
 水面越しに石の様子を検分するために、棒で水中の藻や蓮の茎を掻き分けていた彼が6番目の石の傍で「当たり」と呟く。7番目と8番目も同様だった。
 
 通路が草原妖精サイズなのに、目的地だけが人間サイズというのは都合が良すぎる。それにリノの祖父が”オカノでサカラ”を伝えた相手は人間ではなく草原妖精だった。ならば「遊び」をするのは当然……。

 「つまり。この飛び石のいくつかは、草原妖精程度の重さなら許容するんでしょうね。石の重さと、支柱とも呼べない程度の蓮の茎や藻などに支えられて。けれど私たち人間の大人では……恐らく足場が悪くて沼に落ちるわ」
 「これだけ藻や水草が茂っていると深いところがあれば足をとられてすぐ身動きできなくなりますよね。落ちた状態で絡まった上に何かに襲われたら致命的です」
 
 沼には裂け目から降り注ぐ光を糧にしてか、意外なほど藻や水草が繁茂していた。平原の北にあった沼とつながりがあるのか、蓮の葉も見受けられる。
 「ああ。ついでに言うと、この6番目の石から少し離れた、祠に向かって左側の深い場所に何かの気配がある。大きさと形から見てワニかもしれない……ということでだ。リノ、俺が調べたら、飛んでみろ」 
 人食い魚やワニ嫌いー、などと叫ぶリノを尻目に相談は続く。


 「そうそう、あともう一つ。6番目と7番目も踏むときに注意してね。
 もしかしたら、誤導ではすまないかもしれないから」
 妙なことに、5番目から9番目の辺りだけは飛び石の上面が綺麗な平面ではないのだ。例えるなら、足場が悪くなるようにわざわざしつらえたかのように。しかもラスが見たところ、この周辺は水深が急に深くなっているという。石の安定は、当然悪い。
 「想像を逞しくして、6番目の”餌獲り中”は石に擬態したイミテーターかもしれないなんて思ったけれど、”オカノでサカラ”のルールには反するわ。石から落ちることで水底に居るワニに食べられることを意味してるのかもしれない。7番目の”お帰り中”が何を意味するかは判らないけれど、用心に越したこ……あ、ラス!!」
 「判ってる」
 
 話題になったのが判ったのだろうか、茂る藻を背に乗せてするするとワニが浮かび上がり、ラスに向かって大きな鋸のような口をあけた。
 「ねーちゃんの予想、はずれ!」
 いそいそと弓を取り出しながらリノが妙に嬉しそうに笑った。

*************

 血の匂いに誘われるように浮いてきたもう一頭のワニも仕留め、沼は平穏を取り戻す。気配に気づいていたラスが遅れをとるはずもなく、私の闇霊がワニを捉えたときには彼は大きく後退していた。リノとホッパー君の弓が弦を鳴らし、陸に戻ったラスが精霊語を紡いだときには、ほぼ勝敗は決まっていた。


 「じゃ。まあ問題が一つ片付いたところで。いってみるか。」
 「やっぱりルール的にも、踏むべきなんでしょうか。寝ている牛を起こすことになるとしても」
 「んー、ま、やってみよ」
 ワニが死んだことで安心したらしいリノが、再び楽しげな表情を浮かべて元気に頷く。

 「じゃ、行くよ!  ”オ・カ・ノ・でっ・サ、カ、ラ”」

 節回しを付けて軽々と飛び石を超え、6番目と7番目に注意深く足を下ろす。多少石がゆれた程度で、問題なく着地した時には誰からともなく軽い安堵のため息が漏れた。
 
 「次の8歩めも石は一つです。気をつけてくださいね」

 ホッパー君の気遣わしげな声にリノは弾んだ声で返す。
 「まーかせてー♪ ”オ、カ”!?」

 8歩目に足を下ろし、9歩目へと飛びあがった瞬間。
 澄んだ高い音が洞窟内に響き渡る。続いて音に答えるように石同士がこすれあう音がして、対岸の祠の石の扉がゆっくり開いていくのが見えた。

************

 石の祠の前に全員が揃う。
 私とホッパー君も”水上歩行”をかけて歩いたのだ。ホッパー君は興味深そうに初めての感覚を味わっている様子だった。

 祠の扉の中には小さな金属の箱が据えられている。周囲にいくつか設けられていた罠はかなり昔に外された形跡があった。
 
 罠の有無を確認してから鍵を開けようとしたラスが、何かを思いついたようにリノに場所を譲る。リノは一瞬不思議そうにラスの顔を見上げた後、顔を輝かせて頷いた。
 そう、ここはリノの祖父に託された場所なのだ。

 苦心しながら鍵を開け、箱を開ける。中身を覗き込む私たち。

 「そう、きましたか……」
 「なるほどな。本当の牛は……ってそのままじゃねぇか」
 二人の感想は私も同じではあったのだけれど、なんともその中身の愛らしさに私は自然と笑みを浮かべていた。
 「まあまあ……可愛いじゃない。確かに子供の遊びにふさわしい宝物よね」

 中身は、貝を磨いた玉のネックレスや、きらきら光る石(宝石ではなさそうだ)、そして。
 「時を経ても変わらぬ、銀色の光沢と音色、ってわけですね」 
 大切そうに色あせた布で包まれた、一通の手紙と小さな銀の鈴が一つだった。
 
 保存の魔法がかけられているという鈴は、古の婦人の装飾用だった様子で、何の力もないけれど、音色は最高に美しい。
 そんな言葉が綴られていた手紙は、この一件の発端になった地図で見慣れた筆跡だった。


 一気に押し寄せた疲労感は、私にはどこか心地よいものだった。
 
厄介事という名の新たな白地図
ホッパー・ビー [ 2005/04/29 1:36:53 ]
  オランの都、そこの”気ままに”亭に戻った僕達。
 テーブル席に着いて軽く食事をとりつつ。

『いつかこれを見つける、たぶん、我が子々孫々の誰かへ。

 これを読んでいると言う事は見事、地図の謎を解き明かした事だと思う。
 まずは、おめでとう。そして、よく頑張った。うん、ご苦労さん。
 でも、我はちょっと悔しいぞ、何年もかけて考えた謎だったから。

 ところで、どうだったかな、ここら一帯の風景は?
 綺麗な花は咲き、美味しい野の実は成り、広い草原で昼寝にイイ低木林。
 我らの故郷ミラルゴの一角が切り取られたかのようだろう?
 これもまた、宝の一つといえような。

 まぁ、なんだ。
 これで本当の宝の地図の謎も解き明かせるに違いないな。

 これからも頑張れ、我が子々孫々よ!        草冠のイーヒより』

「って、イーヒじーちゃんってば、また意地悪なのねー」

 リノさんが、もう一枚あった手紙を読み上げて。

「まー、なんだ、食えねぇ爺ぃって訳か」

 呆れたようで笑っているラスさんに。

「ふふ、これはこれで、お爺さんらしいじゃない?」

 優しい微笑み手紙の内容を聞いていたクレフェさん。

「ですね」

 リノさんから手紙を受け取り、改めて読み返す僕。
 飄々とした草原妖精のお爺さんが笑っている姿を想像する。
 同時に僕のお爺さんがこういう謎かけを残していないかなと思ったりする。

「結局宝は宝だけど、赤字なの」

 リノさんが懐が寂しいといわんばかりに、小さい肩を竦めて見せる。

「ま、こちいはイイ暇潰しにゃなったが」
「ええ、そうね。ちょっとばかり、厄介事ではあったけれどね」
「全くです。あ、でも、おかげで水の上を歩く体験はできたけれど」

 皆、笑う。
 リノさんを除き。

「えー、どこが厄介事なのー?っわ!?」

 オラン豆が標的に避けられ空を飛んでゆく。

「ち、避けたか。・・・つか、お前自身が厄介事だ」
「えー、だから何で?」
「ええ、確かにね。厄介事だったわね、私にも。お気に入りの外套とか」
「あ、あぅ」
「僕は厄介事に拳が加わりましたけどね」
「う、それはー・・・ちぇー、ひどいなー、みんな揃ってーって、あ、そだ」

 思い出したかのように、荷物入れのリュックをごそごそしだすリノさん。
 そして出したのは一枚のまっさらな羊皮紙。

「なんだ、そりゃ?」
「羊皮紙」

 ずり。(←リノを除く周囲がこけそうになった音)

「・・・見りゃ分かる」
「リノ、そうじゃなくて、ね」
「あ、うん、違う、んーっとね、あたしも作るの」
「え?何を?」
「そのね、牛の詩のよーな、じーちゃんがやったよーな、謎かけの地図」
「おぃおぃ・・・・・・本気か?」
「本気。じーちゃんばかりズルいし、あたし、じーちゃんの孫だし」

 一瞬言葉が途絶えた。

「それは楽しみね。そう思わなくて?」
「成程な・・・そりゃ、ま、確かに楽しみな話かもな」
「ですよ。受け継いでいくんですから」

 リノさんの表情は本気だった。
 どこか誇らしげで、大きな目標に目を輝かせている。

「あ、その為にも・・・ねーねー、ホッパー(ちょん)」
「は?僕?」
「えーとね、謎かけの知恵貸し(ぽけん☆)いったーぁい!」

 ラスさん、見事な息のあった拳骨です。

「・・・たく、一瞬でも信じた俺が馬鹿だった」
「うー、もー、馬鹿になったらどーすんのさー!」

 そんな様子にクレフェさんが小さく呟いた。
 面白そうに、そしてにこやかに。
 僕には二人の口喧嘩で良くは聞き取れなかったけど。

「だいぶ調子良くなってるわね」

 たぶん、そう聞こえた・・・かもしれない。
 罵り合いつつも笑い声が混じり、厄介事はこうして過ぎ去ってゆく。

「で、ねー、さっきの続きで、謎かけの知恵貸してくれる?」
「だから、そーいうのは自分でやれっ!」

 そう、過ぎ去って・・・ゆく・・・はずだ。

「たぶん、ね」

 小さく笑って、久々のオランのワインと共に溜息を飲み込んだ。



 新たな”厄介事という名の謎の地図”が、また誰かを厄介事に巻き込む。
 その誰かが、僕であって欲しくない・・・とは言い切れなかった。

 そんな新王国歴517年4月の厄介事でした。 

《終わり》
 
厄介事という名の謎の地図、終了・・・
ホッパー・ビー [ 2005/04/29 1:44:24 ]