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礼拝
スピカ [ 2005/04/08 16:16:18 ]
  いつもの日課、それは毎朝のチャ・ザ様へのお祈り。
 ある日は聖堂で、ある日は自室で、ある日は旅の道中で。

 それは、チャ・ザ様に仕えるようになってから一日たりとも怠っていない、一日の始まりの儀式。
 
相棒のこと
スピカ [ 2005/04/08 16:19:52 ]
  チャ・ザ様。今日も一日、あなたのご加護がありますよう、お祈り申し上げます。


 レイシアが変わりました。
 今までより熱心にわたくしの鍛錬に付き合ってくれるようになりました。精霊に対する気持ちもかわったように思えます。それは良きことだと思います。
 しかし、反面ため息や物思いに耽ることも多くなってきています。
 鈍感なわたくしにもその理由は明確にわかりました・・・・・・シタール様とのことでしょう。

 常々わたくしはレイシアに男遊びを止めて特定の人と付き合ったらどうだ、と説教してきました。ですから想い人ができたということは本来なら喜ばしいことでしょう。そう、本来ならばです。
 ですけどシタール様にはすでに所帯があります。それがわたくしがレイシアを応援できない理由ですの。
 不倫は許されざる行為です。己の恋心のために相手は不幸になってしまうでしょう。
 そんな愛はあなたに仕えるものとしては認めることは、決してできません。
 しかしレイシアの幸せを願わないといえば嘘になってしまいます。レイシアには幸せになって欲しかった、悲しい恋をするのはわたくし一人でよかったのに・・・・・・。

 チャ・ザ様・・・・・・わたくしはどうすればよいのでしょうか。
 相棒として、あなたの使徒として、一人の女として・・・・・・。
 どうか、どうかお導きください・・・・・・応えてください・・・・・・!

 チャ・ザ様・・・・・・あなたがこれを試練とおっしゃるのであれば・・・・・・

 残酷すぎますわ・・・・・・。
 
懺悔
スピカ [ 2005/04/14 0:24:39 ]
  チャ・ザ様。まずは懺悔いたします。
 レイシアのことが心配になるあまり、部屋を出て行ったレイシアとシタール様のあとを尾けてしまいました。
 さらにあろうことか、会話まで盗み聞きしてしまったことを深く、深く懺悔いたします。
 罪深きわたくしをお許しください・・・・・・・・・。

 
 どうやらレイシアは自分の想いにはっきり結論を出したようです。
 つまり、身を引くと。
 それは大きな決断だったでしょう。過去に同じような経験のあるわたくしには、全てとは言わずとも少しはその辛さや苦しみがわかるつもりです。
 分かるがゆえに、かける言葉が見つかりません。下手な慰めは逆効果かもしれません。
 あの日のレイシアがそうしてくれたように、胸を貸すべきでしょうか。
 
 兎も角、レイシアはきっと身も心も疲れ果てているでしょう。まずは少しでも元気になって、落ち着きを取り戻して欲しいのが今のわたくしの思いです。
 レイシアにあんな顔は似合いません。少しでいい、ほんの少しでいいからレイシアには笑顔を取り戻して欲しい。
 チャ・ザ様。あの子から言い出してくれるまで、この話題には触れないことを誓います。
 その代わり、話してくれた暁には、今日のこの愚かな行為に及んでしまったことも全て白状し、頭を下げます。
 ですから、どうかあの子の行く末にあなたのご加護を・・・・・・レイシアの行く末にどうか幸がありますように。

 * * *

 そしてレイシアよりも早く宿に帰り、厨房を借りる。
 一先ずは、レイシアの好物を用意して迎えることにした。手元にある材料で作れるレイシアの好物といえば、マッシュルームの白ワイン蒸しと、新タマネギのマリネ。
 お酒は・・・・・・わたくしも一緒に飲めるものがいいかしら。とっておきの馬乳酒を用意する。
 こんな出迎えをしたら、白状する前に盗み聞きをしていたことがバレてしまうかもしれない。
 ですけど、それでも構わない。
 わたくしはレイシアに少しでも元気になって欲しかったから。

 そう思うと同時に、こんなことでしか元気付ける方法が思いつかない自分に対して、無性に腹が立った――。
 
わからなくなったこと
スピカ [ 2005/05/01 1:23:38 ]
 レイシアの部屋の前から逃げ出した。中の様子を知るのが怖かった。
 何も見たくなかった。何も聞きたくなかった。
 だから逃げ出した。きっとひどい顔をしていただろう。
 息が切れるまで走って、その場で膝をつく。

 チャ・ザ様。何故このようなことになったのでしょう・・・・・・。

 レイシアは身を引いたはずだった。はっきりと、そう決断したと思っていたのに。
 一度決意したことを、すぐに覆すはずが無いと思っていたのに。

 他人を不幸にしてまで、この愛を貫いて欲しくない。
 それはレイシアには言えずに抱いていた、わたくしの本音だった。
 チャ・ザの使徒としてではなく、本心からそう思い続けてきた。どういう形であれ、奪った愛では到底幸せになれないと思っていたから。たとえ奪うつもりはなかったとしても。
 その事実は歪を生む。その事実は枷となる。永久に外れることは無い、奪ったものと奪われたものという名の枷に。

 無論、レイシアの決意が揺らいでしまったのにもそれ相応の強い想いがあるのだろう。故意にその道を選んだわけではないのだろう。
 頭でそうは思っていても、分からない。
 分かってあげたい。でも分からない。
 できるものなら祝ってあげたい。でも笑顔が出てこない。
 笑顔が闇に落ちていく。言葉が闇に溶けていく。思考が闇に消えていく。
 まるで、被り続けてきた仮面が割れるように。

 好きな人がシアワセになってくれることが、わたしのシアワセ。
 たとえ敵わぬ恋だとしても、好きな人の行く末を祈ることが、わたしの愛。
 だけどわたしと他人は違うもの。そのこともわかっていたはずなのに。

 分からない。ワカラナイ。
 ついこの間まで励まそうとしていたはずなのに、急に真っ暗になったみたい。
 長く連れ添ってきた相棒だったはずなのに。あの子の気持ちがわからない。わたしの気持ちすらわからない。正しいこともわからない。
 本当に正しいことって、この世に存在するの?

 幸せって何?
 幸せは分かち合うもの。小さな幸せも、人と分かち合うことで何倍にも膨れ上がるもの。
 幸せは奪うもの。大きな幸せの裏には、必ず不幸があるから成立つもの。幸せと不幸は表裏一体。
 ・・・・・・ねぇ、シアワセって嬉しいことなの? 苦しいことなの?
 ・・・・・・ワカラナイ。わからない。分からない。

 ねぇ、チャ・ザ様。シアワセって、ナニ?

 何も分からない。
 お願いチャ・ザ様。教えて。本当の幸せを教えてよ。
 応えてチャ・ザ様。あの時、道を示してくれたときみたいに。
 導いてチャ・ザ様。もう・・・・・・前が見えないよ・・・・。
 
サヨナラしたこと
スピカ [ 2005/05/01 20:20:20 ]
  逃げ出したあと。膝を抱えて橋の下にわたしはいた。
 太陽が沈み、夜の帳が訪れる。それでもわたしは、その場で蹲っていた。
 夜も更けてきた頃。ついに衛視に声をかけられた。オランでは野宿はできない、と。彼は見知った衛視。だから幸い、連衡はされなかった。
 宿に帰りたくないと愚図る。らしくない、様子がおかしいと言われても、何も応えず愚図り続ける。
 ついに折れたのか、宿に帰そうとすることをやめた。でも野宿はダメということで、今現在の手持ちのお金で泊まれる宿に連れて行かれた。
 狭い部屋に一人きりになって、チャ・ザ様に祈る。
 声をかけてくれることはなかった。朝まで祈った。それでもやっぱり、応えてくれなかった。

 ・・・ねぇ。チャ・ザ様。あそこへいったら、また導いてくれるかな?
 この闇を払ってくれるかな?
 また、悲しみを力に変えてくれるかな?

 しばらく呆けたように虚空を見つめてから、思い立ったことを行動に移す。羊皮紙にペンを走らせ、一通の手紙を書き上げた。
 そしてふらふらと、その宿を出た。

 日が昇るよりも早く。揺蕩う水面亭に戻ってくる。
 レイシアの部屋は静かだった。そのほうがよかった。こんな酷い顔、見られたくない。
 それにもし・・・・・・そこにいるのがレイシアだけじゃなかったら。きっとわたしは爆発していただろうから。
 ただ一人の女すら満足に幸せに出来ないような人に、レイシアを任せたくない、と。

 そのままレイシアの部屋の前を素通りし、自分の部屋に入る。
 オランに来てから、ずっと世話になったこの宿のこの部屋。思い返すことは多い。虚ろな目で、部屋を見渡し――そして、背負い袋に必要なものを詰めていく。
 淡々と、黙々と。
 鎧を纏う。斧を持つ。盾を背負う。そしてその上から、旅用の外套を羽織った。
 発つ鳥跡を濁さず、なんて言葉は頭になかった。多くの私物を残したまま、宿を飛び出す。お気に入りの服も、食器も、裁縫道具も、きっといつかは、店の人に引き取られて、売り払われてしまうだろうけど。そんなことすら気にかけていなかった。
 ただひとつ、机の上に置いたメモがレイシアの目に留まればいいとだけ思っていたから。

『一緒に作ってきた想い出は心の中に。わたしの想いは、想い出の中に。――スピカ』

 意味が伝わらなくても、それでもいい。
 先ほど綴った手紙を、ある場所に残し。
 見つけてくれなくても、それはそれでよかった。そうすれば、戻ってこなかったとき、あの子を余計に悲しませなくて済む。
 そしてただひとつ、最後にあの子の心からの笑顔を見れなかったこと、それが心残りとなったまま――

 わたしは、オランを発った。
 あの時、チャ・ザ様が導いてくれた遥かなる場所を目指して。