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“形見屋”の手記
“形見屋”ブーレイ [ 2005/04/11 22:28:55 ]
 形見屋という職業がある。
レックスの遺跡で、志半ばにして命を絶つことになった穴熊達の遺品を回収するのが彼らの仕事だ。

これは、そんな形見屋の名を自らの二つ名とし、その生涯を形見屋として生きた男の手記である。
 
ひさびさに落ち込んだ理由
“形見屋”ブーレイ [ 2005/04/11 22:34:10 ]
 形見の品を届けた翌日、その依頼主が自殺した。
それがちょうど2カ月ほど前になる。
『あの人のいない世界で生きていく希望が見いだせなくなった』
遺書には、たったそれだけの文章が書かれていたそうだ。

別に依頼主が死のうが生きようが、知ったこっちゃねぇ。俺は依頼を果たし、形見の品を届けた。その後、その依頼主がどう生きようが、俺の関与する問題じゃねぇし、自殺したからって俺が気にする必要はこれっぽっちもねぇ。その依頼主にとっちゃ、想いの人がレックスで死んでしまったという事実は、自ら死を選ぶほどのことだったんだろう。死にたい奴は勝手に死ねばいい。それを俺がどうこう言う必要はねぇ。気にする必要もねぇ。

……そう自分で自分に言い聞かせて、早2カ月が経とうとしていた。
自分では気にしていないつもりだった。昨日は雨がふった、というのと同等程度にその事をとらえているつもりだった。
だが、その事件は、実は結構なダメージを俺に与えていることに最近気付いた。
……いや、気付かされたんだろうな。気付かないふりをしていたことに。

3の月も終わろうかという日。俺はオランにいた。
あの事件の後、しばらく休養をとり、その後、新たに一つの依頼を受けた。
仕事自体は順調なもんだった。何度か潜ったこともある遺跡だったから、罠の位置もほとんど知っていたし、一人で仕事をしても楽勝だった。依頼を受けてから1週間も経たずに、俺は依頼の品である剣を手にして、依頼主が待つオランへとやってきた。
そこで俺は休暇と称して3日も無駄に過ごしていた。依頼主の居場所は分かっている。急ぎというわけでもないが、いつまでも届けるのを引き伸ばしていいっていうもんでもねぇ。だが実際に依頼主の家に行こうと決意したのは、オランについてから3日後だった。
3日間……俺は依頼主を訪ねるのをためらっていた。
何故ためらっているのか。俺はその理由について深く考えないようにしていた。『たまにはオランで羽を伸ばすのもいいだろう』。そんな曖昧な理由で十分だった。……いや、「曖昧」である必要があったんだ。本当の理由に気付かずにいるためには。
……そんな時だった、あいつに会ったのは。

スウェンと名乗ったそいつは、まだ卵の殻を頭にかぶっているようなヒヨッコのギルド員だった。
形見の品を届けようと宿屋を出て、依頼主の家の近くまで来たとき、なんとく三角塔広場のベンチに座って空を眺めていた。そんな時、そのスウェンが俺に声をかけてきた。
3年前に遺跡で行方不明になった親父さんの形見を探してきてくれ、と。
3年間、親父さんの生存を信じ続け、その帰りを待ち続け、そして、そんな生活に疲れ果て……それで、俺に親父さんの形見を見つけてきて欲しいということだった。
スウェン自身、親父はもう死んでいるという覚悟はできていたんだと思う。だからこそ、俺に形見を探してくれと言いに来たに違いない。だが、親父の形見を探してくれと言いつつ、3年も前に遺跡の中で行方をくらまし未だ帰ってこない親父の生存を、まだその目は信じていた。ほんのわずかな希望を……他人からすれば笑っちまうくらい小さな希望を捨てきれずにいる……そんな目をしていた。
金はあるのかと聞いたら、ないとのことだった。だが、娼婦に身を落としてでも金を稼ぐから仕事を受けて欲しいと、そう言ってきた。それほどの覚悟が、想いがあるのだ、と……。
俺が仕事をするに値する十分な想いが、その瞳には宿っていた。
だが俺は、スウェンの依頼を断った……いや、スウェンが俺に仕事を頼むのをあきらめるように仕向けたのだ。
その結果、あいつはいつか自分の力で親父を見つけ出してやると言って去っていった。いつか俺を越えてやるとも言っていた。
これでスウェンは娼婦をすることもなく、親父を見つけるという新たな目標を得て、盗賊としての腕を磨くため前向きに生きて行くことだろう。結果的に見れば、俺がしたことはあいつのためになっただろうし、褒め称えられてもいいくらいかもしれねぇ。

だが、“形見屋”である俺が、あれほどの想いがこもった依頼を断ってしまったのだ。
“形見屋”というは、死者の無念を、生者の未練を、形見を持ち帰ることで断ち切ってやるのが仕事だ。そう思って俺は仕事をしてきたし、だからこそ、『死体漁り』だの『死者を食い物にするクズ』だのと、どんなに罵られようが自分に誇りを持つことができた。
その俺が、スウェンが未練を持ったまま生き続けるように仕向けてどうするってんだ……
どうして俺は、スウェンの希望にすがろうとする目を見つめるのが辛かったんだ……
そんな自問自答の末……俺はとうとう気付いてしまった。
俺がしていることは、『未練』を断つと同時に『希望』をも断ってしまっていたのだということに……
依頼主が自殺した後、ずっと胸の奥にわだかまっていたもの。依頼をこなし、オランについてなお3日も依頼主の元を訪ねるのをためらった理由。スウェンのあれほどの想いがこめられた依頼を断ってしまったこと。それがこれだった。
……いつのまにか俺は、形見を届けることが怖いと思うようになっていたのだ。

人は希望があるからこそ生きていける。希望があるから、生きようとする活力が湧いてくるのだ。
あの依頼主も言っていたじゃねぇか。
『あの人のいない世界で生きていく希望が見いだせなくなった』
……だから死んだのだ。
なにより俺自身がそうだったじゃねぇか。レックスの『奈落』で死んだ師匠の形見を、いつの日か自分自身の手で回収するんだと、そう思って始めた形見屋ではなかったか。
あの時、俺は本当に師匠の死を信じていたか? どこかで師匠は生きていると思ってやしなかったか? 
いや、今現在ですら、今でも師匠が生きていると信じているガキの頃のままの俺が、俺の心の片隅で膝を抱えてうずくまっている。自分自身でそんなガキの俺をあざ笑いながら、それでいて、それを心の中から追い出すことができずにいる。
もしあの時、誰かが師匠の形見を俺に届けていたなら……今、俺は俺であっただろうか。少なくとも形見屋なんて職業はしていなかっただろう。もしかしたら、ただのチンピラとして、その辺で野垂れ死んでたかもしれねぇ。
とんだ矛盾だった。『未練』を断ち切るはずの“形見屋”が、その『未練』のお陰で今まで生きてこれたのだ。10年も形見屋を続けてきて、今になってそんな矛盾に気付こうとは茶番もいいとこだ……

だが……俺が落ち込むはめになったのは、自分の中の矛盾に気付いたからじゃない。
俺が落ち込むはめになった本当の理由。
それは……スウェンの依頼を断ることで、俺が自分で自分を否定してしまったことだ……
俺の10年間を……俺の誇りを……他の誰でもない、俺自身が否定してしまったのだ……
形見屋の俺が、形見を回収することを良しとしなかった。形見を回収することでスウェンの未練を断ってやることより、スウェンの希望を断つことに怯え……逃げたのだ。
……自分自身に裏切られた気分だった。

しかし、だからと言って俺の生き方が変わるわけじゃない。変えようとも思わない。
結局俺は、“形見屋”として生きるしかないのだ。自分の中の矛盾に気付いたからと言って生き方を変えられるほど、俺は器用じゃない。その矛盾を抱えたまま、俺は生きていくしかないのだ。
思うに、俺は今、弱気になっているんだと思う。こういう弱音が出てくること自体、予想以上に依頼主に自殺されたことが響いているんだろう。そのうち、またいつもの俺に戻ることはできると思う。今以上につらい思いをした事だって何度もある。その度に、俺はそれを乗り越えてきた。だから今度も、たぶん乗り越えられるはずだ。
だが、何か乗り越えるためのきっかけが欲しかった。もう一度、誇りを取り戻すために……自分のしていることに胸をはれるように……他の誰に対してでもない、自分自身に対して。

そのためのきっかけが欲しくて、俺はまた、オランの街を彷徨うのだった。