| MENU | HOME |

指の仕事屋、日々精進
スウェン [ 2005/04/12 14:10:18 ]
  あたしの名はスウェン。
 綴りは”Swen”だから、スヴェンとかスエン、なんて呼ぶ人もいる。
 あたしの仕事は鋳掛屋(いかけや)。荒物も扱う小さな店の末っ子のあたしは、台車に金床や道具を乗せて、折に触れ街中を歩く。
「鍋釜の修理いたします」そう口上を触れ回れば、穴の開いた鍋を抱えた街のおばちゃんたちが寄ってくる。
 何気ないおしゃべりの中、鍋を叩きながら情報を仕入れる。

 そう、あたしは盗賊ギルドの下っ端でもあるんだ。

 巣穴構成員としての仕事は、情報の仕入れと霞通りの娼館で”兎”の姐さんたちからの御用聞き。直属の上司はラスの兄さんだ。
 でも、言っちゃ悪いけどそんなシケた仕事だけじゃなくて、いつかギルド直属の細工師になって、リックの兄さんやカレンの兄さんにあたしの作った道具を使ってもらいたい。
 それがあたしの夢だった。
 親父譲りの特技、人の指の特徴を一度で覚える、が生かせるような、すんごい細工師になるのがね。

 でも「あいつ」のせいで、あたしの目標が一つ増えた。それも笑っちまうくらい壮大なヤツが。
 「あいつ」”形見屋”ブーレイよりも凄い穴熊になって、親父が潜った筈のハードな遺跡を攻略すること。それを達成するための猛特訓を受けているおかげで、あたしは今、立ち止まる暇なんてないくらい忙しい。

 待ってろよ。あっ!! という間に追い抜いてやるからな!
 
通すべき筋
スウェン [ 2005/04/16 2:39:36 ]
  近所のおばちゃんや周りの連中、みんなが言う。
 「スウェンちゃん、元気になったね」
 「この所ずっとふさぎこんでたのが嘘みたいだよ」
 兄貴たちも驚いたように、そして嬉しそうに笑う。
 「親父たちが3年前、遺跡で全滅したってうわさをお前に話してから、ずっと元気なかったもんな。いやあ、良かった良かった」
 
 でも、あたしの言葉で3人の兄貴たちのブサイク、いや絶妙のバランスの顔が一気に土気色になった。三つ揃うとちょっと壮観。
 「あ。あたし、その事で形見屋にケンカ売ったから。親父の形見探しを丁寧に頼んでるのに、馬鹿にしたり、いろいろ気に障ることいいまくるもんだからさ、つい『あんたより凄い穴熊になってやる。自分で遺跡を攻略してやる。そのハゲヅラが艶なくすくらい後悔させてやる』って言っちゃった」

 「こ」
 「この」
 「この大バカ者!!」

*************

 あたしと兄貴たちが所属してる巣穴という世界は、生き馬の目を抜くってぇか、お互いのあら捜しなんてのは日常茶飯事だ。上に楯突けば、ハザード川の栄養になるのは必須だし、みんな連座でエライ目に遭う事だってザラ。
 「そんな世界で、名の通った相手に吹っかける怖さがお前には判ってない」
 兄貴たちは力説し、詫びを入れて来いだの自分を大切にしろだの叫ぶ。
 「えー? ”兎”になって稼いででも形見探しの代金払うって言ったことに比べりゃ大事にしてるよ?」
 
 三人揃ってあたしの言葉に唖然とした後。

 初めて上の兄貴に殴られた。
 中の兄貴には裏庭の木に縛り付けられた。
 下の兄貴にはみっちり説教された。

 三人揃って、涙を浮かべてた。
 「そんなことになったら親父と死んだお袋に何ていえばいいかわからねぇ」
 そういって、あたしをどつきまわした。

 ああ、あたし兄貴たちに愛されてるんだなって、可笑しくなるくらい実感したよ。ちょっと変かな。

 一頻り怒鳴ったり叫んだり、近所迷惑の限りを尽くした後。
 「お前、絶っ対ブーレイさんに詫びとお礼言って来い。助けてもらっておいてなんて態度だ」
 「せっかく力づけてくれたのによ、恩を仇で返すたぁどういう了見よ?」 
 「お前のために、汚れ役引き受けてくれたんじゃねぇか」

 えーと兄貴たち、悪いもんでも食った? 確かに今日の夕飯の魚は鮮度がイマイチだったけど。
 
 「「「黙れや!」」」

 仕方ない。今度あいつを見かけたら、一言くらい礼を言わなきゃだめか。兄貴達があたしの身請けの為に奔走して危ない橋を渡ったりしなくてすんだのは、たしかにあいつのおかげだもんね。
 それにあたしの人生、本当に依頼が果たされてしまったら、いろんな意味で終わってただろうし。それは落ち着いてきたから判ることなんだけど。
 「すんごい穴熊」になったら、かなりの額の金だって手に入るだろう。そしたら、小さいときから世話になった兄貴たちにうまいもんでもご馳走できるしさ。生きてりゃ楽しいことは山ほどあるって兄貴たちにも繰り返し言われたわけだし。

 ……うん。やっぱりお礼、言おう。 
 ま、とりあえず、上司のラスの兄さんには、話通しとかないとヤバイよね。それだけはさっさとやっておこうっと。
 
煽られて、現在特訓中。
スウェン [ 2005/06/04 1:26:54 ]
  ラスの兄さんに、ブーレイのおっさんの件の説明をしてから数日後。
 「詫びも礼も要らないから、そんな暇があれば鍵のひとつも開けていろ」
 そんな伝言を、ラスの兄さんを通して受け取った。
 仕事明けの頭が急に冴え渡った気がした。疲れも吹っ飛んだ。
 「えらく嬉しそうだな。……まあ、とりあえず明日から野暮用で出かけるから。忘れんなよ」
 伝言の礼を言って、巣穴を出て行く兄さんを見送る。兄さんの顔に漂う疲れがちょっと気になったけど、素直にいってらっさーい、と送り出した。

 だってさ。
 だって、それってさ。
 あたしが意地をかけて”穴熊候補”として挑んだ勝負を馬鹿にするんじゃなくて、まずは示してみろ、前に進め、って背中押されたってことだよね? 
 そのまんまあたしの言葉を受け取ってくれたってことでいいんだよね?

 ぃよぉおおおおーっし!! 頑張るぜ。


 そして一月程が経った。
 実際に取り組んでみて、新たな発見をした。
 もともと、細工物は好きだった。うちの親父みたいに、穴熊の仕事道具を作りたかった。だから、巣穴でもちょっとはかじってた。
 けど、特訓してみて判った。今までの自分の鍵開けの技量がいかに片手間以下だったかってことを。
 そして、自身の鍵開けがそれなりのレベルにならないと「相手に合わせた道具」なんて作れないんじゃないかってことも。

 ……くっそお。やってやるよ。おらおらっ、次の鍵寄越せー(がちゃがちゃ)。
 
思わぬ贈り物
スウェン [ 2005/06/12 1:54:04 ]
 (注:ラスの宿帳「続・日常」[TOPIC 243]のNo.44「酒場のハゲと、娼館の雑用<><>。」と連動しております。そちらをあわせてお読みくださいませ。)
<>*******************************************
<>
<> いつものように街中での情報収集を終えたあたしは、雑用係(御用聞きともいう)として娼館街へ向かった。
<> 今日は姐さん達に頼まれた夏物の衣類を数着届けて、あくまでついでに、変事はないかお尋ねするのが狙い。
<> サラ姐さんあたりは、好物のエレミア産干し果物を持っていけば、意外と大事な話を教えてくれたりするから、仕事がやりやすくて好き<><>さ。
<> あの姐さんのご贔屓には世故長けた商人が多いから、あたしも面白い話が聞けるし、巣穴的にも抑えておきたい話が得られて一挙両得っ<><>てやつだね。
<>
<> そんなことを考えながら、娼館の姐さん達の部屋に顔を出し、一通りの用事を済ませれば、階下に良く知った姿。
<> なんだ、ラス兄さん来てたんだ。
<>
<> それなら先ほどサラ姐さんから仕入れた話を通しておいた方がいいな、と思ったら、話をする前に兄さんが手にしていたとんでもないも<><>のに目が釘付けになった。
<> なんと、あの「細工師モスグスのシーフツールセット」だ。
<> モスグスをを知らないこの筋のヤツは、オランではモグリだとすら思う。名声を得てなお、たゆまず研鑚を重ね、その作品は幾度となく<><>改良を重ねた末の一つの芸術とまで言われている。ちなみに、半年先まで予約で一杯。あたしみたいな駆け出しには入手はおろか、拝むこ<><>とすら覚束ない。
<>
<> そんなとんでもない品を、欠番があり、自分は別のを持っているから……と捨てるというラスの兄さん。しかも何だか楽しそう。
<>
<> ちょっと待ってっ、捨てないで、欲しいヤツがここにいるってば!
<> 
<> ……と主張できるまでにちょいと時間がかかったのは訳がある。
<> いやさ、ゴミだからとかじゃないんだよ。一目見て、使いこまれたもんだってわかったから。
<> あのツールは多分、ひとつ前のシリーズだ。Bのピックが特徴的だから細工師の間で結構噂になった。
<> 他のツールも良く手入れされていたけれど、かなり使い込まれてた。けど、この2年ほどの間でラスの兄さんやカレンの兄さんがあんなに<><>使い込むほど、遺跡に行ったって話を聞かない。
<>
<> だとしたら、さ。もしかして、「形見屋」のかな、って短絡思考で思っちゃったわけよ。
<> 結局それは大当たりだったんだけどね。するってーと、やっぱり、ちょっとほら、ね?
<> あのおっさんの手がどんな風に動いたのか、どう仕事しているのか、それがわかるようなモンなんてすんごく魅力的だけど、なんていう<><>か照れもあって。
<> でもくだらない意地や照れや見栄なんて吹っ飛ぶくらい、自分はモスグスの道具と、それを使ったヤツの腕を知りたがっている。だった<><>ら、素直になるしか、ないよね。
<>
<>
<> ラスの兄さんからようやく渡してもらえた後、これを「捨てた」元の持ち主がまた大きな仕事を請けたのだと聞かされて、あたしは心が<><>沸き立つのを感じた。
<>
<> そうだよ。そうやって凄い穴熊でいてくれよ。そしたらあたしが追い抜くとき最高に幸せだから、さ。
<>
<> 「んで、サラの話ってのは?」
<>
<> あ、いけね。
<>
<> 兄さんのとんがった耳元で囁いてみる。
<> 「最近金持ちや貴族に珍しいもの売りつけてる女がいるんだけど、結構なカネが動いてるはずなのに身元の知れないやつなんだって。お<><>客連中は口を濁すし、何だろうね、って。でもおかげで今、ちょっとした珍しいものブームらしいから商売の種にはなるって、商人のお客<><>が言ってたらしいよ」
<>
<> 何だか面白いことになってんのかなー。っていうか、どんなの売ってるんだろ。
<>ま、いいや、とりあえず今日はそっちの話より、このピックを見て研究だ。……ありがとね、「鏡いらず」、いや「ランタンヘッド」(←<><>スウェン的に昇格)! あたし頑張るよ。
<>
 
夏の陽光の下で
スウェン [ 2005/08/26 0:56:34 ]
 (PL注:この宿帳はラスの宿帳『続・日常』([TOPIC 243])の47、「8/12 夕刻」と関連しております。)
<>
<>*******************************
<>
<> ねぇねぇ、ラスの兄さん。兄さんが連れてきた新入りの娘、カーフだっけ? に
<> 「自分が盗賊ギルドで請け負ってる主な仕事は娼館まわりで、あまり女が出入りするような場所じゃないからつるまない方がいい」って言ったんだって?
<> ヤキモチじゃないんだけど、あたしらとしては割り切れないものがあるよねー。
<> 
<> 「ああ? なんだそりゃ」
<> 
<> いや、そんな暑さに参ってるとこに真昼間に呼び出し食らって不機嫌なのはワカルンデスガ語尾上がりがビビリ入るほど怖いので無条件に謝ります、はい。
<> 今日はまた、よりによってガンガンに晴れて暑い日だよね。太陽が眩しいったら。
<>  
<> 話がずれたけど、アイリーンの姐さんとかあたしって、ラスの兄さんの下についてて、「そういう」仕事の手伝いをするでしょ? なのにカーフって娘にはそれを求めなかったから、なんとなく、ね。しかも理由がそれでしょ。
<> うん、判ってはいるんだ。
<> 姐さんやあたしは兄さん付きの面子だけど、彼女は穴熊になるために兄さんが紹介をしただけの新入りで、しかも元々巣穴にしがらみがない。
<> そうなったらやっぱり扱いは違わぁな〜って。
<> でも、まがりなりにも女である姐さんとあたしの立場ってどうよ? ってふと思いついちゃっただけなんだ。何てぇか、あたしだけならまだしも……ね。
<>
<> 「馬鹿だな……スウェン(極上の笑みを浮かべ)お前だけ、だよ」
<>
<> ……はい!?
<> 
<> な、ナンデスカ、その娼館の姐さんたちに聞かれたらもれなく簀巻きでハザード河の資源にされそうなステキ発言は!?(どきどき)しかもあたしの頭をやさしく撫でて。
<> ちょ、ちょっとときめくんだけど!!
<>
<> 「なぁ、スウェン。アイリーンだってあまり娼館まわりには近づけてないだろ? 緊急の時だけで。だから、立場がないのはお前だけだよ」
<>
<>
<> ……。
<> …………。
<> ………………。
<>
<> 兄さんてば、相変わらず暑い時は身も蓋もないよなぁ……夏だからなぁ……。
<> そうさ、視界を滲ませる「これ」も心の汗なんだよ、きっと(ほろり)。
<>
<>
<> 太陽がまぶしすぎるから、あたしはちょっと泣けた。  
<> とりあえず、近々カーフと一度話してみるかな。これも縁と呼べなくはないし。
 
頑張らない。
スウェン [ 2006/02/10 1:06:16 ]
 
<>(PL注:この宿帳はラスの宿帳『続・日常』[TOPIC 243]の62、「がんばれ、俺。」と関連しております。)
<>
<>*******************************
<>
<>
<>わかってる。あのひとはいつだってそうなんだ。
<>いつだって、変わらないんだ。
<>
<>
<>「ちょっとアンタ、ラスのとこで雑用やってるガキでしょ? カレが具合悪いの押して仕事してんのに、何ぶらぶらほっつき歩いてんのよ。 ラスに謝りなさい! 一緒に行ってやるから」
<><>
<>訳あって「蝙蝠」のオッサンに協力して「薬入りパン」の情報集めをしてたら、目つきのヤバイおねーさんに絡まれた。
<>いかにも巣穴絡みのおねーさん。そんな空気を隠せない程度の女。しかも嫉妬丸出し。言ってる事は間違っちゃいないけど、それじゃ台無しだよね、バカじゃないの?
<>
<>……なーんて、一応目上相手なので口には出来ないけど、態度に出てたらしい。
<>胸倉つかまれそうになるのを腕をはじきつつ半歩ひねってよけると、相手は余計にトサカに来たようだ。
<>あたしは素早く数歩離れて、相手の目を見据える。
<>
<>「おねーさん。そんなんで兄さんに売り込みかけるつもりなら、止めといたほうが無難っすよ。逆に兄さんに恥かかせることで貸しを作ろうとでも? それこそ嫌われるっすよ。
<>あたしは今やってる件に関しちゃ市民の義務って奴なんでね。まして蝙蝠のオッサンが関わってるんで……逃げるわけにいかないんすよ。事情は、おねーさんの上ですら承知のはずなんで。じゃ」
<><>
<>一息に言い切って、振り返らずに歩み去れば、後ろからカンに障る声で怒鳴られた。
<>
<>「三下が、いい気になってんじゃないよっ!」
<>
<>思わず笑っちまった。なんだ、それだけかよ。
<>一発ひっぱたいてくれりゃ、こっちだってひっぱたき返したのにさ。
<>それに蛇足だけど、最近ジャングル・ラッツの連中(←連中呼ばわり)に「三下」ならぬ「三中」への昇格を認められたんだ、あんたに三下呼ばわりされる謂れはないな……ってのは説得力ないか。うん。
<>
<>しっかし拍子抜けだな。ラスの兄さんに近づくのにあたしをダシに使おうって腹が見えなきゃ、こっちだって素直に聞くんだぜ? 兄さん微妙に可哀想。
<>実際兄さんが押し付けてくる仕事量に嫌気がさして、ストしてたのは本当だから、責められても文句は言えないんだけど、それはあのおねーさんに言われる筋合いじゃない。カレンの兄さん辺りに言われたら頭下げるしかないってあたり、立場と人徳と根っこにある思いやりの違いだよな。
<>
<>
<>走り回りながら、ラスの兄さんがいつもあたしに押し付ける仕事を思う。
<>それは、しょーもない雑用に情報集め、花街のねーさんたちへのツナギ、時には荷物持ち。
<>あたしが三下呼ばわりされる理由だって、その辺にある。
<>正直、もっとすげぇ仕事してみたい、任せてほしい、なんて思うこともある。
<>早く”形見屋”に追いつけるような穴熊になりたいって思いが先走って苦しいときもある。
<>
<>けどさ。
<>
<>ラスの兄さんはあたしに、無理は言っても無茶は言わないんだ。
<>あたしに荒事はさせないし、あたしを売るようなことはしない。
<>ちゃんと、後で考えると顔つなぎとかいろいろさせてもらえてるんだって判る。
<><>それって、思いやりだよな。
<>
<>なのにあたしに押し付ける分の仕事、風邪引きの癖にやってるんだよね。
<>ちょっと、悪いかな? ストしなきゃ、風邪も早く治ったのかな?
<>
<>あーもう仕方ねぇな、さっさと情報集め終わらせてスト解除すっか。
<>
<>********************
<>
<>あたしは三下かもしれないけど、自分の仕事に誇りを持ってる。
<>本人には言わないけど、上司を尊敬してたりもする。
<><>あたしを馬鹿にするなら誰かかわりにやってみな? 音をあげるかもよ。
<>
<>「よぉ、やっと戻ってきやがったな」
<>頭を下げたあたしに、風邪の抜けきらないラスの兄さんはひどく優しく微笑んだ。まるで、何もかも水に流してくれそうなくらい。
<>
<>
<>ラスの兄さんはあたしに、無理は言っても無茶は言わない。
<>ただ……任せる仕事量が死にそうなほどに多いってだけで。
<>うん、やっぱり水には流してくれなかったみたいだ(がっくり)。
<>
<>「ちくしょー、こんな量無理だよ〜! もーやだっ、ストしてやるー!」
<><>
<>あたしに出来る抵抗は、こんなもの。
<>でもま、もうちょっと頑張ってみっか。
<>
 
ゴブリン目撃についての報告書。
スウェン [ 2006/04/29 23:00:24 ]
  えーと、報告。あっちこっち行って調べたから遅くなったけど、こんな感じだよ。

 雲の上の街道、特にカゾフに近い辺りにゴブリン出没の噂が流れていたが、目撃例は皆無に等しい状況。ただし噂は商人に広く伝わっており、警戒感を抱かせていた。
 ここまでがオランで得た情報である。

 噂による警戒感が護衛の需要を生じさせており、また街道に程近い間道の交通量を減少させている。
 オランから4日ほどの宿場町では特に噂の浸透は顕著であったが、街道の交通に支障が出るまでではないことと、目撃例がごく小数(※後述)のため、大々的な討伐隊を組むまでのことはせずに、近在に逗留する冒険者などを護衛に雇うことで解決していた。

 目撃例がごく少数、という話に戻るのであるが、この噂を辿ると薬の行商人を名乗るヒギンズが浮上。
 確かに数年前にゴブリンの集団が街道周辺の間道で襲撃を繰り返した時期があったが、噂を数箇所で辿ったものの最近は他に目撃者がおらず、彼の目撃談が過去の事件と重ね合わせられて伝播したものと思われる。

 このヒギンズの周辺を調べたところ、彼の弟と、過去に問題を起こして逃亡した冒険者ベレットの特徴が一致。
 ベレットはこの問題……護衛対象であった商人アンドレアと仲違いし重傷を負わせた事件で、護衛対象を未だに恨んでいると推測できる話を、酒の席で耳にしたものがある。
 実際には名は出さず、過去の仕事での恨みを晴らしたい相手がいる、との内容だったそうであるが。 

 このアンドレアはそこそこ成功した織物商であり、熱心なファリス信者でもある。
 彼は毎年5の月に夫婦でアノスに向けて巡礼の旅に出るとのことで、この道中を往還しているヒギンズとベレットに出会った場合、衝突が起き得るのではと危惧される。

 ……要は、多分ヒギンズ兄ちゃんがアンドレアにゴブリンの噂をネタに近づいて同道を申し出て、油断させたところをベレットがヤっちまうって腹なんじゃないかと思うんだけど、どうかなぁ、ラスの兄さん。

 とりあえず、カゾフの支部にも顔出して、あっちが干渉してないことは確認済み。

 以上。このヒギンズっておっちゃんが噂の元だと思います、ってことで。
 
 (よろよろ)そ、そろそろ遺跡行っていい……?(がく)
 
取捨、選択
スウェン [ 2006/08/03 22:48:16 ]
 初夏。きままに亭で知り合った人たちと一緒に、初めての遺跡に出かけた。
あたしは指先のことと、道中の仕掛けへの注意に専念していい、自分の身を守れればいいと言い聞かされていた。あたしもそれで納得してた。

でもやっぱり、遺跡の守護者や巣食う魔物と戦うジルダードの兄さんやノルンの姉さん、ジルダードが集めたほかの仲間たちがあたしの目の前で戦ってるのに、何も出来ないのがとてもとても歯がゆくて。
自分が感情に負けて前に出れば、すぐに死体がひとつできるだけだってことが判っていても、役に立てないのが悔しかった。
だから、遺跡から帰ってきたとき、ずっと避けてた荒事を覚える気になった。

避けてたのには、理由がある。
とっても馬鹿な思い込みだけど、あたしが誰かを傷つけたり殺したら、行方不明の親父に災いが降りかかる気がしてたんだ。
小剣やダガーはたしなみとしていつも持ってたけど、巣穴で教えられる必要最低限から先は、覚えようともしなかった。
でも、あたしはもう歩き出したんだ、逃げてられない。遺跡に行くのに、自分の身も守れないんじゃ、親父の居るはずの遺跡にたどり着く事だってできやしない。

『青の骨壷』第4層。4年前、レックスの飛び地のその遺跡の深層で、親父の消息は途絶えた。
まともに考えれば死んでるだろう。骨だって残ってないかもしれない。
だとしても、あたしはそれを確かめにいきたい。だってもしかしたら悪い魔法で石になってて、魔法を解かれるのを待ってるかもしれないし、なんて。


「飛び地とはいえ『青の骨壷』って言やぁ、レックスで言えば4層目辺りの難易度だって言われてる。
地下3階までなら何組かの冒険者が挑んで生還してるが……4階以降に行って帰ってきた連中はまだいないっていうじゃねぇか。
お前の親父さんが3階まででくたばってくれてりゃいいが、4階以降となると、俺以外にもそれなりの人数が必要になってくる」

あいつ、”形見屋”ブーレイにすら、そう言わせたほどの難所に向かうなら、きっと荒事は必須だ。”鍵”として精鋭、ってのにならないと話にならないんだろう。
きっとあいつはそういう荒事も上手にこなしてるんだ。それならあいつに追いついて追い越すためにはあたしだって荒事が必要ってことになる。
パダで耳にしたあいつの風聞は、相手の感情によって様々に彩られたものだったけど、信用って点ではあまり揺らぎがなかった。
王都にまでは聞こえてこない一流の”鍵”への評価が、あの街にはしっかり根付いてた。
一流の男を追い越さなきゃたどり着けない場所を目指すなら、馬鹿な思い込みは乗り越えて前に進まなきゃいけない。


あたしのなかに、戸惑いはまだある。他人を傷つけないで済むほかの方法があるなら、ソレが欲しいとも思う。
けれど、巣穴の教える術は、効率よく相手を屠り、動けなくする。あたしの望みとはすれ違ってしまう。

悩んで悩んで、ふと横を見たらば。
あたしの上司は、いつも魔法を使うために綺麗だとおもえるくらい上手に間を取ってるじゃないか、と気付いた。
もしかしたら、そこに遺跡で死中の活をみっけるヒントが隠れてるかもしれない。

ラスの兄さんに必死で訴えたら、悩んだ挙句、荒事の現場に連れて行って、見せてくれることにはなった。
「連れてくことは連れてくし、俺に教えられることは教える。俺が傍にいる時は、おまえを絶対死なせない。
……だからとりあえず、手段を手にして、それから先はおまえが選べ。……妥協案だ」
困った顔してたけど、兄さんらしい優しい答えをくれたことに、心から感謝した。
あたしの上司は、最高にすてきだ。


まっててよね、親父。あたし、もっと立派な”鍵”になって親父を迎えに行くから。
 
片腕と下っ端
スウェン [ 2007/10/07 0:01:08 ]
  しつこい残暑にばてるオランっ子を震え上がらせた、あの辻斬り事件は終わりを告げた。
 どうやらあれは不特定の相手を狙ったわけじゃなくて、とある事件の調査過程で抵抗した犯人を捜査官が返り討ちにした件と、他の殺人犯の事件の情報が、下っ端役人が把握しないうちに混ざっていたらしくて、実際の悪質な殺人犯自体は捕まったそうだ……ともっぱらの噂だ。
 ほっと一安心だねぇ、と井戸端のおばちゃんたちは子供の頭を撫でつつ笑っていたけれど、あたしは素直には笑えなかった。
 だって、辻斬りはラスの兄さんの腕を奪っていったんだから。

 マーファの施療院から兄さんが退院するまで、あたしは直接会えなかった。兄さんが担当していた業務の一部代行をしたり、カレンの兄さんに言伝をもらって用足しをしたりと毎日の仕事をこなすのに精一杯で、会いに行くどころじゃなかったってのもある。でも、兄さんもきっと、弱った姿を見せたくなかったと思うからいいんだ。
 事件のことは、今は考えない方がいいのかもしれない。少なくとも、ちゃんと当事者から聞くまでは。
 「本当に裁かれないのは、案外、後ろ盾がある連中の方かな、なんて気はするね」
 真相は、期せずして自分の言葉通りだったらしいということが、なんとなく判ったから。
 そういうの、とっても悔しいけどさ。
  

 久しぶりに会った兄さんは、まだ体が辛そうだった。
 歩き方や、立ち姿はどこかぎこちなくて、バランスが上手く取れてない。腕一本の重さは相当なものだし、無理もないけど、見ていて辛い。何より、あの細くてキレイな左手の指が見られないってことが、どうにも辛かった。

 なくした腕は、兄さんの財力なら奇蹟を授かることで取り戻せる。
 でも、それっていきなり元通りに動くんだろうか。あたしたちみたいな手先の仕事をしてる人間には、腕、指は貴重な財産そのものだ。利き腕じゃないにせよ、支障は思いがけないところにも出るだろう。
 世話になった分、元通りに治るまではあたしが兄さんの左腕になる、なんて大それたことは自分の実力じゃとっても言えない。
 大体、兄さんの左手の指は、いつもあたしには見えないものに優しく伸ばされてて、あたしじゃ代わりを務めることなんて無理だ。

 でも、でもさ。
 そういうんじゃなくて、兄さんの負担を減らして、仕事に復帰しやすくすることはきっとできるよね。「兄さんが下っ端として育ててくれたあたし」が頑張れたなら、少しは役に立ったことになるよね。左腕にはなれなくても、指の爪くらいには、役に立つかな。
 だったら、もうちょっと頑張ってみようかな……なんて殊勝なことを考えて、毎日駆けずり回ってたけど、今日実際に青白い兄さんの顔を見たら、まだまだ頑張らなきゃと思えて、ちょっと胸が熱くなった。


 そんなあたしの心情を見越してか、右の指先であたしのおでこをどついた兄さんは、感傷なんぞ吹っ飛ばす勢いであたしに仕事を言いつけてくれた。

 「いい機会だし、お前に月末の書類やらせてやるから、しっかり覚えろよ。ああ、それからサラとエマに頼まれた品が納入されてなかったら薬種商のオヤジをせっついとけ。あと、リィザに……」

 ……負担がかからないようにとか、充分休めるようになんて思わなきゃ良かっただろうか。
 ついでに、頭にくることがもう一つ。

 「ああ、そういえば、例のキィスって衛視、予想通り役に立たなかったな」
 「え……? 兄さん、あのアヤシイ衛視もどきっぽい奴と知り合いだったのっ!?」
 「ほら、5の月だったか、俺を誤認逮捕した阿呆がいただろう。あのクソ衛視があいつだよ」
 「うっそ! 絶対あいつがアヤシイと思ってあたし一所懸命聞き込みしてたのにっ」
 「無駄な労力だったな」

 こんちくしょー。
 さっさと治って仕事しやがれ!