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イベント『遺跡調査-”円盾”』
あらすじ [ 2005/05/08 0:13:56 ]
 古代王国の崩壊後、様々な街や国が起こり、栄え、衰え、消えていった。
ミード湖の南方に位置する遺跡・・・と言うより廃墟である”円盾”もそんな都市の一つだと言われている。

荒涼とした土地は耕作に適さず、廃墟に埋まる宝も無く。
領土争いからも、華々しい冒険の舞台からも離れ、記憶からも記録からも消え去ろうとしていたそんな場所。

だが、実は”円盾”は古代王国時代の施設の上に建設された街だという。
その捜索を友人に頼まれたルベルトは、仲間を集めるためにきままに亭へと向かった。

そして・・・。

5の月8の日の朝、きままに亭の前には、旅装を整えた6人の冒険者の一団がいた。
ルベルト、アル、ディタ、サァラ、キア、オン・フー。

存在すら不確かな遺跡の存在。
付近に存在すると言う巨大昆虫の生息地。

彼らは、何を見つけ、どのような道を辿るのだろうか?
 
ルベルト [ 2005/05/08 0:17:11 ]
 パダを出発してから6日が過ぎた。
オランから街道に沿ってのパダまでの旅は順調だった。パダで装備の確認と少々の買い物を済ませ、賑わう街を後に一路北東へと向かった。

いつしか人の住む村さえ存在しない道なき道に入り、目的地を目指す。
「んでも、ぜんぜん道ぃないんじゃないんね。ぅんーと古い道の跡がちこっと残っとるん」
「ほほー、流石。俺には見分けがつかんさね」
キアが目の前をジグザグに歩き、えいっ、と小石をひっくり返している。それを眺めるオン・フー。
鋭角的な形のそれはどうやら、ずっと昔敷石か何かとしてこの道を作っていたものではなかろうか。

天気は晴れ、景色は春。小鳥が舞い、遠くに小動物が見える(と誰かが言った)こともしばしば。
それでもどこと無い寂寥感は拭えない。やはり、廃墟の上を歩いていると言う気持ちがそう思わせているのだろうか・・・。
サァラのくすくす笑いが隣から聞こえた。
「ルベルト・・・・ぼぉっとしてると迷子になるよぉ? ただでさえ方向音痴なのにねー」
う・・・うるさいっ!
・・・くすくす笑いが増えた。殊にサァラとキアは何かにつけてそればかり・・・(ぶつぶつ)

隣を歩むアルが伸びをしている。
「ああ…よく晴れて気持ち良いですね」
「まったくだねぇ。あたしに言わせりゃ、ちょっと物足りないけどねぇ。狼は来たけれど、虫の類なんて影も見えないじゃないか」
戦斧の柄を撫ぜながらディタが応じる。

確かに今まで、襲撃は予想以上に少ない。特に心配されていた巨大昆虫の類も姿すら見えない・・・俺にとってはそれが不気味ですらあるのだが・・・。
「心配性だねぇ、ルベルトは。なぁに、出てきたらちゃっちゃと片付けてあげるさね」
「そうですよ、虫除けの香木の類も用意してきましたし無理に近づいてこないんでしょう」
この場所は見通しが良く、しかも天気は晴れ。俺たちにしても、相手にしても、一見隠れる場所は無い。オン・フーが周りを見回す。
野伏の二人は先行して様子を探っている。

「ま、そっちは野伏の皆に任せてさね。もう一度その遺跡の鍵とやらを見せてくれんかね」
「ボクにも見せてもらえますか? 色々と考えてみたんですが……」
ああ、ちょっと待っててくれ。

不確定名”遺跡の鍵”。
手のひら大で、円盾をかたどっているらしい白大理石の模型だ。裏には下位古代語でおおよそ「道」と「つなぐ」という意味の言葉が彫り込まれている。
宝石の類こそついていないが、きわめて素晴らしい造形だ・・・完全な形ならば。
実は半分しかないのだ。割り口は滑らかで、おそらく意図的に二分したものだろう。

色々と推論をしている俺達の横で、いささか退屈そうにしていたディタが口を開いた。
「おや、偵察部隊が戻って来たみたいだねぇ。何かあったのかねぇ」

「前方に建物の跡があったよぉ。向こうにはもっと沢山あるみたい」
「うみゅ、目的地じゃーないと思うけどねぃ」

この辺りには”円盾”以外の古い町も多いからな。その廃墟だろう(頷く)

「うん・・でもね、それだけじゃないのょ」
ん?
「おーきなどーぶつが、地面を掘り返した跡があるん」
 
アル [ 2005/05/10 15:22:08 ]
  時代という名の荒波。
 無人という名の雨風。
 浸食され。
 朽ち果て。
 ただ、かつての栄華を川面に映すだけの町。

 それがボク達の前にあった。

 南北に流れる川に沿うように広がった町。
 その中心辺りに南西から足を踏み入れようとしているのだ。
 そんなボク達への先触れとして数軒の民家が町から離れて存在している。
 どれもこれも打ち捨てられてから、相当の時間が経っているのだろう。
 壁といわず屋根といわず、あちこちに荒れ果てた様子が見て取れ、人気が無いことは一目でわかる。

 その手前にキアさん達が見つけた跡があった。

「これなんょ」
 と、そう指し示されるまでもなく地面は盛大に掘り返され、誰の目にも明らかなほどだ。
 深さはともかく、範囲としては大人が両手を広げたくらいは掘り返されている。
「なんだと思う、ルベルト?」
 サァラさんの問いに全員の視線がルベルトさんに向く。
「…………。お前さんは、どう思う?」
 数拍の沈黙を置いてルベルトさんがボクに問う。
 その口調が彼の意図を浮き彫りにしている。少なくともボクにはそう思えた。
 試されてる……と。

 掘り返された地面に近づき、必死に自分の知識と現状とが矛盾なくつながる推論を探す。
「……そうですね。猪でしょう」
 あえて、そう言う。「猪じゃないでしょうか」普段の気弱な言い回しを意識的に封じ込めながら。
「だとしたら、ずいぶんとまぁ、大きい猪だねぇ。あたしゃそんな大きな猪がいるなんて聞いたこともないよ」
 悪戯っぽくディタさんが言う。「本当にその解答で良いのかい」と確認でもするように。
「確かにそこまで大きかったら、剥製にして一儲けできそうな大きささねぇ」
 オン・フーさんも掘り跡の大きさから猪の大きさを推測しつつ追従する。

「雑食性の猪は地中の虫やミミズを探す為に地面を鼻先で掘り返すことがよくあります。ちょうど、今目の前にある穴のように。そもそも、猪というのは普段は小山や森林をその生活圏としていますが、食物を求めて人里に下りてくることも珍しくはありません。ですから、こういった廃墟の町にやってくる可能性は十分あるんです。そして、今の時季はちょうど出産後の養育シーズンでもあります。1頭だけがこの穴を作ったのだとしたら、鼻の大きさから牛くらいの大きさを想定しなければなりませんが、母親と猪が一度の出産で産む子供の数を考え合わせれば、この程度の大きさにはなります。彼らは、この時季集団で行動し、鼻を突き合わせるように地面を掘り返しますから」
 とそこまで推論を述べてルベルトさんの反応を待つ。まるでレーラァ先生にレポートの可否をもらう時のような心境で。

「その知識自体は正解だ。だが、この痕跡の推論としては、裏付け次第だな」
 そう言いながらルベルトさんは、目で穴を見つけた先行組みの野伏二人に合図を送った。
「うにゅ? ルベルトって、やっぱりそういうシュミなん?」
「別にルベルトに流し目送られてもねー」
「誰が!? 児童愛好趣味でも流し目でも断じてない! さっさと足跡を見てくれと合図してるんだろううが!」
「うにゅ? そりはムリなご相談ってやつなんょ。もーアルがアッチコッチ歩き回ってきれいサッパリ」
 あ……。

「まぁ、あれさぁね。売ってしまったものは買い戻せない。それより次の商売を考えるが吉ってぇね」
「そうだよアル。ルベルトなんて何回迷子になっても気にしないんだから。次に頑張ろー!」
 オン・フーさんとサァラさんが言う。
 ボクはというと気負いすぎて失敗したことで、穴があったら入りたいという心境になっていた。
 いや、実際、目の前にあるのだけれども……。

「あんたら、おふざけはそれくらいにしとく方が良いみたいだねぇ」
 輪から離れるように歩き出しながらディタさんが言う。戦斧を構えながら「待ってました」とでも言うような口調で。
 痕跡を残した犯人か、別の脅威か。
 野伏としての彼女の勘に遅れること数瞬。詩人としてのボクの耳にも町のほうからこちらに迫る足音が聞こえてきた。
 
最初の戦闘
ディタ [ 2005/05/14 5:43:41 ]
  アルのちょっとした失敗で仲間達の間に和やかな空気が流れていた。そのどこか懐かしさを思い起こさせる空間にいつまでも身をゆだねていたい誘惑にかられつつも、あたしは周りに漂い始めた異変を感じ始めていた。
 首筋のあたりがピリピリとする。あ〜、うちの次男が赤ん坊の頃、泣き出す直前の雰囲気と似てるねぇ。
 周辺の空気そのものが、何かにおびえているように…ピンと静まりかえっている。それとは対象的に、あたしの戦士としての血がざわざわと騒ぎ始めた。
 そっと皆の輪から抜け出したのは、皆を心配させないようにというよりは、獲物を横取りされないようにという思いの方が強かったと思う。
 プレッシャーは町の方から、徐々に大きくなってきていた。
「あんたら、おふざけはそれくらいにしとく方が良いみたいだねぇ」
 あたしの隠しきれない楽しさを滲ませた警告の言葉に、きょとんとした表情で皆がこちらを向いた。一早くアルが何かに気付いたらしい。少し遅れて他の皆も町の方から近づきつつある気配に気付いたようで表情がきゅっと引き締まる。よしよし、いい反応だね。これなら安心して背中をまかせられるってもんさ。
 にやりと笑みを浮かべたあと、戦斧の感触を確かめつつ町の方へと向き直った直後、腹に響くような地響きが聞こえ始めた。傭兵時代に体験した敵騎兵の突撃音にも似たその音は、時間と共にどんどんと大きくなってくる。
「まいったねぇ……冗談のつもりで言ったんだが、本当に剥製にして一儲けできそうだぁね……」
 チャ・ザの聖印を胸の前で切りながら、オン・フーが呟く。
 そう。地響きと共に、町から私たちの方に突進してくるものは、巨大な猪だった。さすがに牛ほどの大きさではないが、ちょっとした大型犬より大きいだろう。少なくとも、あたしの数倍の大きさはあるのが、遠目からも容易に確認できた。発達した牙を振りかざし、亡者の悲鳴にも似た鳴き声を上げつつ、あたしに向かって真っ直ぐ突進してきている。
 初撃をかわすか、受け止めるか……。ほんの一瞬考えたあと、斧を握り締めつつ後者を選ぶ。スピードの乗った突進と正面からぶつかるのは得策とはいえないが、あたしの後ろにはアルとサァラもいる。大きいとはいえ、猪ごときにどうこうされるとは思えないが、万が一ということもある。なにより、あたしの戦士としての血が真っ向勝負を望んでいた。
 方針さえ決まったら、もう迷いはない。先に逝っちまった旦那より長い間連れ添っている相棒を肩に担ぎながら、十数メートルの距離まで近づいてきた猪に精神を集中させる。いいね。傭兵時代、仲間達とパイクの林を突き立てて、敵の騎兵隊を迎え撃った時のことを思い出す。
 背後でルベルト達が叫んでいる声が聞こえる。たぶん、避けろとかそういった類のことを言ってるんだろうけど、敵に集中したあたしにはもう意味をなす言葉として認識できていなかった。
 あと数メートル。
 あたしの目と、猪の猛り狂った目があう。全身を痺れにも似た感覚が走り回り、意識が覚醒する。大きく息を吸い込み、全身の筋肉に酸素を送り込む。
 とうとう、巨大猪があたしの間合いへと入り込んだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
 裂帛の気合いと共に、肩に担いだ戦斧を叩きこむ。猪はするどく発達した牙を突き込んでくる。
 激しい衝撃音が辺りに響き渡り、わたしの斧が猪の牙を叩き折った。斧はその勢いのまま、猪の眉間あたりに食い込んだが、牙に威力をそがれたのと角度が悪かったせいで、頭蓋骨を砕くには至っていない。
 猪はひるみもせず、眉間に斧の刃を食い込ませたまま、あたしに体当たりをしてくる。
「ぬうぅぅぅぅん!!!」
 斧を掴む腕の筋肉にさらなる酸素を送り込みつつ、全身で猪の突進を受け止める。足が大地を捕らえきれず、数メートルも後方に引きずられた後、やっと猪の動きを止めることに成功した。
「やるね、あんた。猪にしとくにゃ惜しい気合いだよ!」
 意味が通じたわけでもないだろうが、猪はなおも大地を蹴り、あたしを押し込もうとする。ふん、なめてもらっちゃこまるねぇ。力比べなら負けないよ。
 あたしも全身に力を込め押し返す。力が拮抗し、互いの動きが止まる。
「動きが止まった! チャンスだ! 撃ち込め!」
 ルベルトの号令のもと、キアのダーツとオン・フーの<気弾>、それにサァラの矢が猪の体に突き刺さった。特にサァラの矢は、猪の右目を捕らえていた。狙ったのなら大したもんだ。
 突然襲った激しい痛みのせいか、猪は両前足を上げ大音響の悲鳴をあげた。猪の腹がさらけ出される。
 その隙を逃すことなく、渾身の一撃を振るうべく、戦斧を大きく振りかぶる。その瞬間、刃が炎に包まれた。ルベルトの<火炎武器>の魔法が付与されたのだ。
「でぃやぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
 赤光をまとわりつかせつつ、あたしの相棒が猪の腹に食い込む。肉を断つ感触が腕に伝わり、その後、骨を砕く感触に変わる。猪の胴体を両断するかのごとく、深く斧が食い込んだ。
 断末魔の悲鳴と共に、どうっという地響きを立て、猪が仰向けに倒れ込んだ。数回、痙攣を繰り返した後、動かなくなる。あたしの後ろで歓声が上がる。
 この冒険、最初の戦闘は、快勝と言って良い結果で終わることができた。

「それにしても、どうしてこの猪、襲ってきたんかいねぇ? おいら達、まだなぁんも悪いことしてないんょ?」
「まだ、って……そのうちするつもりなんですか……。まぁ、それはともかく、確かに変ですよね。よっぽどの事がない限り、向こうから襲いかかってくるようなことはないと思うんですが……」
 キアとアルが疑問を口にしたのは、猪との戦闘が終わって一息ついた後のことだ。あたしは猪の死体の近くにあった石に腰を下ろし、手ぬぐいで相棒の手入れをしていた。
「ここが奴の縄張りだったんじゃないかねぇ? ほら、穴を掘った後もあったし」
「確かにそう考えることはできますが、だからと行って見境もなしに襲いかかってくるとはとても思えないんですよ。人間がこれだけの人数いれば、普通の猪ならまず逃げると思います」
 オン・フーの仮定をアルが否定する。あたしの意見もアルと同じだった。野生の猪が向こうから襲いかかってくるなんて、子供を守る時か、よっぽど腹を空かせている時くらいだろう。そうでなければ、まず逃げ出すはずだ。周りを見ても猪の子供がいるようには見えないし、冬ならばともかく、この季節に餌に困るということも考えにくい。
「ねぇ、みんな。これ、見てみて。なんだと思う?」
 ルベルトと共に、猪の死体を調べていたサァラが何かを見つけたようだ。見てみると、猪の体の左側に、直径数センチの丸い傷ができていた。血は乾きかけていたので、先ほどの戦闘で出来た傷ではなさそうだった。
「……どうやら、手負いの猪だったようだな。なるほど、それならあの行動も頷ける」
 ルベルトの声にあたしも頷く。猪の気配には鬼気迫るものがあった。手傷を負い、気が立っていたというのなら、それも納得ができた。しかし、納得すると同時に、新たな疑問が沸き起こる。ふと、ルベルトと視線があった。どうやら同じ事に思い当たったらしい。
 すなわち……誰がこの猪に手傷を負わせたのか……。
 なにかの拍子で、折れた木の枝か何かが猪に偶然刺さったということも考えられる。が、そういう楽観的な考えを優先するようでは、冒険者は生き残れない。常に最悪の状況を考えていて、ちょうど良いのだ。
 だが幸いなことに、その最悪の状況というのを想像し始める前に、その疑問は解消されることになった。猪の傷口を覗き込んでいたキアがなにかを見つけたようだった。
「ねぇねぇ、中になんかおるみたいなんよぅ」
 そういってキアは傷口にナイフを突き入れ、ほじくり返した。小さな黒い塊が傷からこぼれ落ち、その大きさからは想像しがたいほどの、どすりという重い音を立て地面に落ちた。
「なんじゃこりゃぁ? 虫かぁね?」
 オン・フーが手斧の柄の仕込み刃で、その虫のような物体を突っついた。ちんっという、鉄の塊を弾いたような音が響く。
「こりゃ死んでるな……うぉぅ、見た目のわりにけっこう重いさね!」
 死んでるのを確認した後、その鉄製の虫のつまみ上げ、驚きの声をあげるオン・フー。手のひらに置かれたそれを皆がのぞき込んだ。
「にゅぅ……死んどるんなら話は聞けないんねぇ……」
「そっか、キア、虫とお話ができるんだっけ。ふふ、なんだか楽しそうね」
「楽しいよん〜。お腹空いたーとか、眠いーとか、あんまり難しいこと考えてないけど、おいらも難しいことは苦手だから、たまにお話するんよぅ〜」
 キアとサァラが楽しげに会話する。あたしとオン・フーも、その様子につられて笑顔を浮かべる。
 だが、それとは対照的に、ルベルトとアルの表情は真剣なものだった。虫の正体を、蓄えた知識から必死で引き出そうとしているように見えた。
 実を言うと、あたしには虫の正体に、おおよその見当がついていた。傭兵時代の思い出の中に、この虫との事が刻み込まれていたのだ。
 だが、あえてそれを口にするのはやめておいた。あたしの役目は考えたり知識を絞り出すことじゃなく、立ちはだかる敵をこの斧で粉砕すること。今回の冒険で“頭”の役割をするのはルベルトとアルだ。彼らの判断を静かに待つことにする。
 ルベルトは、先ほどの地面の穴の時と同じようにアルの方をじっと見つめていた。アルが判断を下すのをまっているようだ。どうやらルベルトは、今回の冒険でアルを徹底的に鍛えるつもりのようだ。それが分かっているのだろう。アルもまた、ルベルトの視線に応えるべく、自らの知識を総動員しているようだった。
 しばしの沈黙のあと、アルが意を決したかのように話し始めた。
「鉄鋼虫……スチールビートルと呼ばれてる虫でしょう。とても珍しい虫で、鉱山などに生息する虫です。特殊な液を出して鉱石を溶かし、それをすすって餌にしています。その影響で、体は鉄の用に硬く、ナイフ程度なら弾き返してしまうほどです。そうやって、外敵から身を守ってるんです」
「へぇ、変わった虫ね。でも、どうしてその虫が猪の体にめり込んでたの?」
「えと……それは、その……すみません、ボクの知識だとここまでのことしか……」
 サァラの質問に、アルが悔しそうに答え下唇を噛む。自分に求められる役目を十分に果たせない自分に悔しさを覚えているのだろう。
 その姿に、思わず暖かい視線を送ってしまう。いいんだよ、アル。その悔しさが、次なる成長に繋がるんだから。そうやって積み重ねていった物は、何物にも代え難い宝になるのだからね。
 あたしと同じ思いなのだろう。ルベルトが力のこもった手をアルの肩に置いた。あからさまな慰めの言葉を口にするようなことはなかったが、それだけでアルに思いは届いたようだ。アルの顔に新たな決意が表れ、表情が引き締まった。
 その反応に満足したするように頷いた後、ルベルトが話し始めた。
「この鉄鋼虫は普段は大人しいんだが、光に対して過剰ともいえる反応を示すんだ。夜行性だから、昼は寝てていいんだが、夜にたいまつの炎なんかを見つけると、文字通り矢のようなスピードで一直線に飛んできて体当たりをしてくる。人間程度なら、それこそ体を貫通するくらいの勢いで、だ。おそらく、なんらかの光に反応した鉄鋼虫が、たまたま近くにいたこの猪の体にめり込み、その痛みで猪が暴れたんだろう。だが……腑に落ちない事もある。アルも言ったように、この虫はもともと鉱山などに生息している。少なくとも、この辺りで生きていけるはずもない。餌である鉱石がないんだからな」
「この近くに鉱山かなにかがあるんじゃないの?」
 サァラの問いに、今度はアルが答える。
「いえ、この近くに鉱山はありません。この冒険に参加すると決めた後、この周辺の地図は頭に叩きこんできましたが、地形的に鉱山の類はこの周辺には存在しません。いくつかの可能性が考えられますが……」
 アルが言うか言うまいかしばし迷いを見せたが、意を決し、その可能性を語り始めた。
「一番可能性が高いと思われるのは……誰かが鉄鋼虫をこの地に持ち込み、意図的に放ったということです。鉄鋼虫の習性を考えると、夜、たいまつを掲げて移動してくる者に対して、絶大な威力をほこる迎撃措置となるからです。それもつい最近。放った鉄鋼虫が飢えて死んでしまうまでの間……おそらく1週間以内のことだと思われます」
 そう、アルの言ったことは、私の記憶とも合致していた。
 傭兵時代、とある部族の殲滅を依頼された時のことだ。あたしの所属していた部隊は、部族の村まであと1日の距離まで順調に進撃し、次の日の決戦にそなえ夜営をしていた。
 そしてその夜、まさしく悪夢のような出来事が野営地を襲ったのだ。
 野営地の周りの森に、敵の部族が大量の鉄鋼虫を放ったのだ。放たれた鉄鋼虫は野営地の篝火に向かい、次々と突進してきた。篝火近くにいた兵士は、体の原型を止めないほど穴だらけにされた。テントで眠っていた兵士達も武器を手に飛び出してきたが、篝火の光を反射した剣に向かって鉄鋼虫が殺到し、何人もの歴戦の戦士が命を落とした。かく言うあたしも、太股を貫通され、大怪我を負った。
 たった一夜にして、部隊は壊滅的な打撃を受け、撤退を余儀なくされたのだ。
「俺達以外に、何者かが近くに潜伏していて、しかもそいつらは俺達の進入を拒んでるってことか……。こいつはやっかいだぁねぇ」
 苦笑いと共にオン・フーがぼやく。
「可能性に過ぎませんが……考慮しておいた方がいいと思います。虫ということで、もしかしたら巨大昆虫の目撃談とも関係があるのかもしれないですし……」
「アルの言うとおりだ。警戒しておくに超したことはないだろう。夜はなるべく移動を控えよう。夜営の時も、なるべく廃墟の建物を利用するとかして、光が外に漏れないようにした方がいいだろう」
 アルの言葉を引き継ぎ、ルベルトが宣言する。
「先は長いんだ。こんな所で怪我などしないよう、十分に注意しよう」

 そう。まだ冒険は始まったばかりなのだ。
 
謎×謎
サァラ [ 2005/05/18 10:57:11 ]
 「あの地面の跡、やっぱり猪だったんだね」
「そうですね‥。鋼鉄虫なんか見つかってしまったから、また新たな謎が出てきてしまいましたけど」
「何にしても今日はここで野営した方が無難だぁね。夕食を狩りに行く手間も省けたし。こんな豪勢な肉にありつけるなんて、運がいいってもんさぁね」
「丁度いい建物もあるしな。おーい、川辺へ行くなら水を汲んできてくれ」
「うみ、ついでにホコリとか血とか落として来んとねぃ。ドロドロで気持ち悪いん」
「あ、わたしも行きたい」
「だったら、その間にこいつはあたしが捌いといてやるよ。こんな大きな猪じゃあんたたちの得物だと時間掛かっちまうだろうしねえ。夕食は任せてさっぱりしてきな」

川沿いに広がる町から少し離れたところに点在する建物のひとつ。
猪退治が終わった後、スチールビートルについてみんなで話し合っているうちに日が傾いてきたので、わたしたちは本日の野営地をすぐ近くにあった半壊した建物に決めて休息の準備に取り掛かっている。
木の枝を集めて火をおこし、ひと段落ついたところでわたしはキアと一緒に川辺へ向かった。
みんながいるところからほんの近く。うちのお店に置いてある砂時計の砂が全部落ちないだろうなっていうくらい歩いたところで、緩やかな川に辿り着いた。
「きゃっほ─────!」
「ゎ‥キア!? ちょっと───」
川に着くなり何の躊躇もなくざばざばと川に入ったキアは、太股のあたりまで水に浸かったところで振り向き、無邪気な表情でわたしを見上げた。
「大丈夫なの?服の裾濡れちゃってるよ」
「うみゅ、この川は流れも強くないしそんなに深くないん、けど‥」
「んー‥割と見晴らしが良さそうだからゆっくりはできないね」
「むー。おいらたち、オンナノコなのにねぃ。身だしなみも整えられんなんてぃ〜」
「そういえばわたし、最初キアの事男の子だと思ってたんだ。服装が男の子みたいだったから」
わたしも靴を脱いで川に入り、とりとめもない話をしながら身体についた埃なんかを流す。
腕とか脚、顔を流すだけのつもりだったのだけど、途中でうまく隠れられる岩を見つけたから結局二人とも服を脱いだのがいけなかったのかもしれない。
爪先から頭まで洗って、結局長い水浴びになってしまった。
ブランケットで身体を拭いて服を着直し、爽快な気分で見上げた空はすっかり暗い。
忘れないようにと先に水を汲んでおいたのは正解だったみたい。
二人で急ぎ足にみんなのところへ戻る。

「少し油断し過ぎじゃないのか。鋼鉄虫を放った敵がどこに潜んでいるかもしれんというのに」
予想通り、ルベルトの注意が第一声としてわたしたちをお出迎え。
心配そうな顔してるから、何となく下から覗き込んだら今度はお説教が始まった。
「大体お前さんは危機感というものが欠けてるんだ。今回が初めての大きな仕事だろうが、最初が最後になってしまってからでは遅いんだぞ!出来得る限りの準備、最悪の事態に備えてだな‥」
「まあまあ、冒険の最中ってのはいつだって危険が付き纏うもんさぁね。だけど気を張り詰めてばかりなのはいざって時に逆効果。お前さんだって昼間の戦闘を見ただろう、お嬢さんたちだってやる時ぁやるさ」
「心配性だなぁルベルト‥。難しい顔ばっかりしてるから、シワができちゃうんだよ」
「うるさい!いいか、俺は今回、依頼した側としてパーティ全体に対する責任もあるんだぞ。お前だけじゃなく───背中を擦らんでいい!眉間に触るな!!話を聞かんか───」
「ねーアル、何か歌って欲しいな。今日は宴会みたいな感じだから」
「そうですね‥あまりうるさくしてもいけませんが、折角ですから一曲‥‥ ルベルトさん?如何かしたんですか?」
「兄さんあんた、そんなに苛々するって事は疲れが溜まってるんじゃないかぁね?そんな時にはほれ、ガルガライス産のドライフルーツ。新商品さぁね」
「夕食もう出来てるん?わー、おいしそうだねぃ」
「肉は結局、スープにしたんだよ。直接焼いた方あたしは好きなんだけど、においが風に乗って変なものが寄ってきても困るだろ。といってもスープに香りがないわけじゃないけどね」
「そうですね‥焼いた臭みだと翌日も残りますから。巨大昆虫が近くに生息しているかもしれませんし」
何度目かの、みんなで火を囲んでの和やかな時間。わたしも適当に空いたスペースを探して腰を落とした。
適当に‥といっても、やっぱりキアの隣が一番落ち着くみたい。くるくると動く瞳の中には、裏を全く感じない。それに、草原妖精さんって難しいことは苦手だって思ってたけど、何も考えてないわけじゃなくって、いろんな事に触れて尚純粋でいられる強さを持ってる気がする。
それは、ここにいるみんなそうなんだろうと思うけど。。
キアの側にいてほっとするのは多分、子供みたいな邪気のない見た目もあるのかもしれない。
邪気のない強さ。
穢れを寄せ付けない強さ‥
‥‥このコといれば、狂ったりしないで済むような気がする。
「サァラねーちゃん?」
「ぁ 音楽始まったよ。こっちきて、ゆっくりしよ」
「そーだね、リラックスタイムは必要だもんねぃ」
キアを抱き枕代わりに、手近な木の幹に凭れかかる。
良かった‥あんな瞳を見ちゃったけど、今夜も何とか眠れそう。
どこか不安気にどきどきと脈打つ自分の心音からアルの歌声に意識を移し、
わたしはその意識が夢の中へ落ちるのをじっと待つ。
瞳を閉じると、アルの声以外は何も聞こえなくなった。


翌日、日が昇ると同時に昨日の夜の後片付けをしながら、このまま川沿いを北へ進もうという事になった。
その前に目の前の町を調べてみようと、みんなで川沿いに広がる町をうろうろと歩き始めたのだけど。
静まり返った廃墟からは人影どころか、誰かが通ったような形跡も見当たらない。
それが却って不気味だと、ルベルトとディタが首を捻る。
「痕跡すらないっていうのが、あたしには嫌な予感がするよ」
「思ったより細部に渡って計画的に事を運んでいるのかもしれん‥。鋼鉄虫を放ち、俺たちや他の者を退けるだけが目的ではないという事か」
「そもそも放った場所が分からないしねえ。あたしたちを襲った猪がどこでやられたのかも」
「傷口が固まっていた事を考えると、そうだな‥少なくとも俺たちが今まで通ってきた道には、何も見つかっていない。となると‥」
「‥‥この先、でしょうか‥」
「‥‥」
「ここからは、あまり離れないように皆で固まって行動しよう。偵察に行く場合は、今までどおりキアとサァラが先行してくれ」
「うみ、了解したんねぃ」
「ハーイ」


段々と大きくなってくるもやもやした感じを胸に、わたしたちは川に沿って北へ北へと進んだ。
見通しも悪くない。巨大なムシが襲ってくる気配もない。今までどおり、平和といえば平和な道のり。
でも、みんなあまり口をきかなくなった。殆ど無言で、緊張した面持ち。
いつまで続くんだろう。ずっと話さないでいると、時間も余計に長く感じる。
上を向いたり、下を向いたり、時々誰かの服を引っ張ったりして紛らわせた自分の気分ももう限界という頃、果たして"円盾"の街は姿を現した。
どうして"円盾"だって分かるのかというと、文字通りそんな形の街だったから。
ぼろぼろに崩れてはいるけど、3メートル以上はあっただろう高い壁で外周を覆われた、円い形をした街が目の前に広がっていた。円形の街の中心を、川が流れている。
「着いた‥‥?」
「盾のような飾りがありますよ。間違いなさそうですね」
「どこから入るの?」
「入り口が見当たらないがぁね」
「崩れたところから入れなくはないだろうけどねえ‥」
きょとんと壁を見上げるみんなの横を、小さな影がすり抜けた。
キアだ。壁に張り付いて何かを見ているみたい‥?よく分からない。

「おいらにお任せなん」
表情は見えないけど、愉しそうな得意そうな声が聞こえた。
 
開かない入り口
キア [ 2005/05/18 13:10:10 ]
  ”円盾”についたら、こっから先はおいらは野伏せさんじゃなくって、”カギ”になるん。
 つーことで、おいらはみんなを後ろに入口を捜すん。扉、またはルベルトのにーちゃんが持っとった、あのカギらしいもんをはめ込むトコロ。

 アルが見っけた盾のよーな飾りは、タダシクは壁に彫られた飾り彫り、真ん中がくぼみになっとって、何かがはめ込めるよーになっとるん、その飾り彫りをちゅーしんに左右2メートルぐらい先に、タテに真っ直ぐなキレツが入いっとったん。

「たぶん、鍵をはめ込めば壁そのものが動く仕組みだな、壁でありながら門であるという訳か」
 んみ、たぶんルベルトのにーちゃんの考えどーりかもしらん、見たところ罠もないよーなんし、それとね、もいっこ面白いもん見つけたん。
「なんですか?面白い物って」
 アルの質問においらはにんまり笑って飾り彫りの斜め下、門?の崩れた部分を指さしたん、そこにはおいらぐらいならぎりぎりで通れそうな小さな穴と、血が落ちとる後。血は乾いとるんけど、そんなん古いもんじゃないんね、足跡が残っとるん。
「これ、猪の足跡じゃなぃ、もしかして………あの猪が鉄鋼虫にやられた所ってここ?」
「そうだとしたら、下手ぁすると遺跡内にも放たれてる可能性があるさねぇ」
「遺跡の中に何かがあるのか、それともの周辺に近づいて欲しくないのか………」

 まー、それも気になるんトコロなんけどねぇ、おいらとしては別の事が気になるん。
「他にも何か見つけたんですかい?」
 んーん、そじゃなくてねぃ、ルベルトのにーちゃん、カギだと思われとるあの石の飾りは、キレイに半分になっとるんだよねぃ?
「あぁ、お前にも見せただろ、あれはたぶん意図的に割られた物で…………」
 コーシャクはいいん、で、残り半分はドコ?
「何処ってどういう意味だ」
 だってあのくぼみ、綺麗なマルにくぼんどるん、残り半分がないんよ?
「………なんだって?」
「じゃあ、もしかして入れないんですか!?」
 それは、にーちゃんが持っとるのをはめ込んでみない事にはどーにも、もしかしたらいけるかもしれんけど、あーゆー作りないじょー二つそろってやっとカギになると思うん。
「鋼鉄虫を放った奴らが持っていったという可能性も考えられませんか?」
「その可能性もあるかもしれないが、その場合奴らが近づけたくない場所がこの遺跡という事になる、ここに一体何があるというんだ……」
それを調べにきたんしょ?
「いや、それはそうなんだが、こういう事態になった以上、自分が考えられる最悪な状態の斜め上を考えつつ行動しなきゃならんだろ」
「確かにねぇ、何があるか解らないなんて言っても、これじゃ謎ばかりが増えて解明の糸口が出てきやしないからねぇ」
まー、考えるんはにーちゃん方に任せるんよ、おいらの仕事じゃないもーん。おかしーなと思ったらちゃんと教えるんから、そっからがんばって考えてねぃ。
「このお気楽種族め…………」
にーちゃんがもうちっと気楽に構えるべきなんよ?
「お前が気楽すぎなんだっ!むしろどうしてこの状態でそんなに気楽でいられるのかと問いたいぞ!」
まーまー、コーフンは体に悪いんよ、カギの残り半分、もしかしたらイノシシがしょーとつした時の弾みで落ちちったのかもしれんしぃ、おいらあたりを調べてみるねぃ。
「お前が興奮させてんだろうがっ!」
「だけどルベルトってホントに怒りっぽいよね」
ねー。
「もう良いからさっさとあたりを探せ!」
ほーい。

 ルベルトのにーちゃんが大きくシンコキューしてから、ディタ達とご相談しとる間に、おいらはあたりをお調べちゅ。
 壁はほんにぼろぼろで、あちこち崩れたりしとって、上だけじゃなく下のところも取れて向こう側が見えたりする場所があるん、飾り彫りの真下にも崩れた穴があいとるところが………………あー!
「次はなんだ次はっ」
 なんだと言われればー、カギみっけっちった。(←崩れた細い穴を指さす)
「向こう側にあるんですか?」
 うみ、イノシシのショートツん時に落ちた方がたぶんセーカイだったんね、そんでこの崩れたトコロから入りこんじったんよ。
「でぇ、どうやって取るんですかぃ?」
 ほぅら、イノシシがショートツした後んトコロ、おいらぐらいなら通れそうな穴が開いとったしょ?距離も1メートルぐらいだしぃ、おいらが入ってささっと取って来れば、何とかなるんじゃないんかな?
「今のところ、それが一番手早い方法な訳だ、じゃあ頼むぞ」
「気を付けてね、キア」
「のんびりしてないで早く取ってこいよ、何があるかわからんのだからな」
 わかっとるん、あたりを見るのはとりあえずカギを持って戻って、みんなで改めて中に入った時せんとね。
 そう思って、おいらは穴をくぐって…………その動きを止めちった。
 視界には、ハイキョの町並みと…………おっきな虫さん。


 ルベルトのにーちゃんの嘘つき〜周辺に虫がおるかもしれんとは聞いとったけど、中におるかもしれんなんて聞いとらんよぉ?
 
襲撃!侵入!大歓迎?
オン・フー [ 2005/05/20 1:33:41 ]
 キ「にーちゃん嘘つきー、虫が中にいたー」
ル「待て、いないとは言わなかったぞ?」
サ「でも、いるとも言わなかったでしょ。キアに何かあったらどうするのよ」
ア「まぁまぁ、無事でしたからいいじゃないですか」

 キアが些か怖い思いをして、鍵の半分を持ち帰ってきた。穴を抜けて視界に捕らえたのは、話にあった巨体の昆虫。一悶着あったものの、その落ちていた鍵と持ってきた鍵が一致した。その全体像は、完成された芸術的価値を見出す事が出来る。何しろ見事な”円”。

オ「ふむ、多少の傷やカケはあるが、合わせれば円、一致だぁね」
デ「で、これをはめて、中に入るのさね?」
ル「まぁ、調査だからな。そうしたいところだが・・・」
キ「中にはおっきー虫さんだらけなん、ちょっとピリピリしてん」
サ「つまり、機嫌が悪いってこと?じゃ、今はマズイわね」
ア「とりあえず、中は後回し・・・ってことにします?」

 アルが提案し、皆が頷こうとしないかしたかの時。

サ「待って、皆静かに・・・何か聞こえない?」

 サァラが皆を静止させる。

”・・・ん”

ル「何も・・・」
キ「うみゅ、にーちゃん黙るの・・・かすかに聞こえるの、羽音みたいな」
デ「猪の次は鳥かい?寂しい場所にしちゃ忙しいねぇ」

 ディタが武器を構え、皆を守る位置に移動する。

”・・・ーん”

ア「あ、ボクにも聞こえてきましたね」
オ「流石は吟遊詩人、っとぉ、俺もさぁね」
ル「・・・俺には聞こえ・・・」

”ぶーん”

サ「真上!」

 サァラが素早く矢を番える。同時に俺達の周囲は暗くなった。見上げると、巨体が透明な羽根を翻して俺達を見下ろす格好。その羽根の風圧で砂埃が舞い、視界が悪くなる。辛うじて見えたその主は・・・蜂。

ル「く、馬鹿でかい蜂だな!」
デ「相手が空じゃ分が悪いさね、皆、下がりな!」
オ「下がるたって、壁しか・・・くそっ」
ア「あ、あれは巨体蜂です!毒を持ってます!刺されたら危険です!」
サ「し、親切な説明有り難う、でも、これじゃ気を付けられ、きゃ」

 それぞれの持つ武器を構えて、戦闘態勢に入ろうとしたとき。ただ一人、それをしないのが一人。微動だにせず巨体蜂の瞳をじーっと魅入られるかのように。それどころか、蜂に近付いている。

デ「あんたも下がるんだよ、キア!」
キ「んーっと、えっーと・・・皆、待つのん」
サ「待つって、何で」
キ「何か伝えてきてるの、蜂さん」
ル「伝えるだと?」
キ「うみゅ、ここ、”危ない”って」
ア「危ないって、何が・・・」
キ「わかんないけど、んーっとね、”巣へ入れ”って」
サ「巣ってまさか、この”円盾”に!?」
ル「危険だ、中には虫が」
キ「でもでも、蜂さん、”早く”って」
ア「しかし、なぜ」

 アルが言いかけたところで、その危険とやらの正体が分かった。空間だけではなく地面の底から響くような気味の悪い群れる羽音の振動音。鉄の如く、太陽光を反射し、光沢のある甲冑の、悪夢のような群れ。

オ「お。おぃ、ありゃ」
ア「ス、スチールビートルの群れ!?」
デ「悪い夢なら醒めておくれ。あんな数、防ぎ切れないさぁね!」
キ「ルベルトにーちゃん、早く、早く、入るの」
ル「えぇい!こうなれば!」

 ルベルトが円い二つの鍵を、思いきって、円い鍵穴にはめこんだ。

”ずずずず”

 幸か不幸か、それは確かに鍵であった。壁が少しづつ動き出し、辛うじて一行の全員が入れる隙間ができる。一斉に、迷いなく。無事に入った・・・ことは入った。だが。

オ「で、どうやって閉めるんだぁね!?」

 転がり込んだ態勢で年甲斐もなく、俺は悲鳴に似た声で疑問を口にする。あの隙間から鋼鉄虫が入り込んできたら、ここに入った意味が無い。

ル「あの鍵を、くそ、外側だ!はずせない!」
デ「仕方ない!あたしが何とか、ここで踏ん張って」
サ「キア!?キアはどこ!?」

 サァラの声に皆が気付く。周囲を見ると一緒に入ったキアがいない。

ア「まさか、鍵をはずしに外に!?」

 それを肯定するかのように、今度は壁が閉じる動きを仕出す。小さい影が二つの鍵を手に持っているシルエットが見えて、壁は閉じる。

サ「駄目、キア!」

 そして、一呼吸の直後、壁に激しく何かがぶつかる音。それは、鉄のような硬いものが石のような硬いものがぶつかる音。そして静寂が包み、サァラが壁に張り付き、叫ぶ。

サ「キア!?キアっ!?・・・いやーっ!」
ル「馬鹿な・・・」

 ルベルトも、アルも、俺も、呆然とする。ディタは崩れ落ちそうになるサァラを支える。そしてサァラが振りかえる。涙を浮かべ、同時に、駆け出して、ルベルトにつめよる。

サ「キアを、キアを・・・犠牲にしたわね!」
ア「サァラさん!?」
ル「・・・犠牲だと?」
サ「ルベルトが余計な事を言わなければ!」
ア「違います!」
オ「やめるさぁね!サァラ!」

 アルと俺が割って入る。

オ「ルベルトがやれと言ったかぁね!?」
サ「だって、だって!キアが、キアが」
キ「うみゅ?呼んだ?」

 土埃にまみれたキアが、きょんとした顔で、そこにいた。

ル「無事・・・だったのか?」
キ「無事も何も、オイラなら入れる隙間、あったでしょ?」
サ「あ・・・」
オ「・・・ぷっ、わっはっはっは!こりゃ、一本とられたわぁな!」
デ「そうさね、確かに」
ア「はは、ははは・・・焦りました・・・」

 一行が笑いと虚脱感にとらわれて、はたと気付く。円盾の内部は古く寂れているが、意外に整った街並みで。敷石の隙間から草花がのぞいているが、その並びは整然としており、色の違う敷石が実に幾何学的な図形を示している。見れば噴水、半ば壊れているが其の機能は失われずにあり、ここをただ廃墟と呼ぶには惜しい光景がそこにある。しかし、先に気付いたのはそれじゃなかった。

オ「どうやら、笑っているだけではすまない様さぁね」

 先ほど、キアに警告を出した巨体蜂と同じ蜂八匹が、飛びながら俺達を取り囲んでいた。傷を負っているらしく、足が一本無かったり。腹部に何かがめり込んだ傷跡もある。威嚇するように、顎を鳴らし、針を出し入れし。表情は無くとも、明らかに苛立っていることは精霊使いでは無い者でも分かるだろう。他にも見える、数匹の巨体の甲角虫も、遠巻きながら此方に注意を向けている。

ル「俺達を襲うつもりか?」
キ「んーとね、”来い”だって」

 巨体蜂の一匹、キアに警告したあの蜂が、街の中心部へと一行を誘おうとする。

サ「えっと・・・ついていくの?」
デ「それしかないようさね」
オ「ま、少なくとも、俺達を食う訳ではなさそうだぁね・・・」
ア「大丈夫でしょうか・・・」
キ「んー、たぶん」
ル「本当か」
キ「うに、お腹へって無いみたいだし」
ル「・・・はぁ、仕方ない、行くぞ。折角の御招待を受けた訳だからな」

 低い唸りをたてる、その蜂の羽音に導かれて、崩れた建物へと俺達は向かった。死への誘いで無い事を祈るばかりだが、同時に『我が交流神チャ・ザよ、これも新たな交流の始まりか試練ですか』と小さく祈ってしまわずにいられないのであった。今回ばかりは幸運神としても強く祈らないと駄目かねぇ・・・
 
地下〜遺跡へ
ルベルト [ 2005/05/22 21:25:13 ]
 蜂の先導に従って、着いたところは町の中心部ではなく、その少し南西だった(・・・とディタが言っていた)


サァラに詰め寄られてその目を見たとき、衝撃を感じずにはおれなかった。彼女がキアに負う部分はそこまで大きかったのだろうか?
もっとも、それはキアではなく彼女の内に原因はあるのだろうが・・・。

道々見てきた”円盾”の町は、廃墟であり、それでいて廃墟らしくなかった。家は古び、外側の塀以上に崩壊が進んでいた。それでいて道やその敷石は見事なまでに残っていた。
我々が入ってきた入り口の開閉装置がまだ生きていたのもそうだが、噴水の装置も一見しただけでは原理がわからない。
・・・つまり、この場所が古代王国時代の遺跡を利用して作られた町であった可能性が高まった訳だ。


巨大蜂が急に地面に止まり、意味ありげに羽を振るわせた。
・・・しかし、改めて見ると迫力がある。強靭な羽と、強固な外骨格。ゴーレムの一種だと言っても納得できそうなほどだ。
「んーと、”入れ”っていっとるん」
「入れって、この穴の中にかい?」

オンが指したのは地面に斜めに穿った穴。瓦礫の山の隣にむき出しの地面があり、そこに大穴が空いている。
奥の方はよくわからないが何か光源があるようだ。薄明るい・・・気がする。
結構な大きさで、このメンバーの中で一番背の高い俺でも少々腰をかがめれば入れるだろう。
皆が穴の方を見ているのを確認したのか、蜂がさっさと中へ降りていった。

「うーん、結構丈夫みたいだね。入っても大丈夫そうだょ・・・多分」
サァラが土の様子を調べた横で、キアがぴょんと壁(にあたる部分)に飛びついた。
・・・って、崩れたらどうするつもりなんだ!
「もー、ルベルトにーちゃんは心配しすぎなんよ? おいらが乗ったくらいで崩れるのはだいじょぶっていわないんねぃ」
「まぁまぁ、ルベルト。そんな事よりも、入るならさっさと行った方が良くないかい?」
「そうですね。案内してくれた蜂も随分先へ行ってしまったようですし・・・」
・・・もういい。怒る気も失せた。ああ、どうせ大した選択肢は無いものな。行くとしようか、ただし、くれぐれも慎重に。
「わかってるさね。明かりは・・・念のため、必要になったらつけるとするかね」
ああ、それがいい。鉄鋼虫ばかりでなく、虫の中には過剰な明かりに反応するものがいるからな。

下り坂は意外と短く、普通の建物にして一階層強下りたところで終わった。そしてその先には・・・。
「遺跡・・・だょね」
サァラが呟いたとおり、薄明かりに照らされた空間が広がっていた。空気はかび臭く、それでも意外と淀んではいない。

空間はもともとはもっと広かったのだが、崩落した土で埋まってしまったらしい。さっきの大穴は、その際に崩れた天井ごと掘りぬいたのだろう。
突き当りへ行くと、土にやはり穴が開いている・・・が、いくつも有る上に、どれも人間が入るには不十分な大きさしかない。
とりあえず、こちらは後回しにして他の場所を調べることにした。

そして、とある壁面に扉を見つけた。扉は硬く閉じ、その横にはやはり円形の窪みがある。
鍵を試してみると扉は、わずかに軋んで開いた。今度の扉は鍵を回収しても閉まりはしないようだ。
やはり魔法と思しき薄明かりに照らされた中には・・・棚と椅子と机。
簡単に探索した限り、それなりに安全に一休みすることが出来そうだ。


「遺跡・・・」
ん?
「本当に遺跡があったんだね」
遺跡は初めてだからだろう。感慨深げに言いながら、サァラはきょろきょろと辺りを見回している。

そうだな、これで最低限の目標は達成したが・・・。
「外のアレを何とかしないと帰れないさね。困った困った」
「今はとにかくこの遺跡を調べることを考えようさ。どうにも妙な予感はするんだけどねぇ・・・夕立の前と言うか、赤ン坊が泣き出す前と言うか」

「予感ですか。しかし・・・今日見た虫は皆妙ですね」
「まったく。オランじゃ見られないことは受けあいだねぇ」
「いえ、そういう意味じゃないんですけど・・・」
・・・ほう、アル。何か思いついたのか?

俺の声に、アルの表情に緊張と熱意が加わる。
何か思いついたことがあるのなら、言えることがあるのならそれは言わせる。
そうでなくては・・・アルに同行してもらった意味が無い。

「・・・まずあの鉄鋼虫です。あの量の鉄鋼虫を集めて移動させるなんて、個人や数人の集団程度には至難の技です。それに、鉄鋼虫は夜行性でしたよね? それが午後とは言え日の出ているうちに、それもこちらに向かって飛んでくるなんて、どうしてなんでしょうか?」
「あー、それわたしも疑問に思ってた。やっぱり変だよね」
「でも、どうしてって言われてもねぇ・・・あんたは分かるのかい?」
「いえ・・・ただ疑問に思っただけですから、確かなことは何も。でも、他にも妙な点はあるんです。キアさん」
「うみゅ。おいら?」
「ええ。虫の方から、具体的に意思を伝えてくることって多いんですか?」
「あー、どーだったんかな。でも、多くはないんよ。あのおっきな虫さんにはおいらも驚いたん」
キアがきゅ、と小首をかしげる仕草をしている。

つまり、ここの昆虫は本能以上の何かを持っていると言いたいのか?
「そっか、難しいことは考えてないって言ってたのにね。でも・・・なんで?」
「なんとも言えませんが、この遺跡に何か秘密が・・・。これを読めば何かわかるかもしれません、ちょっと手伝ってください」
・・・ん、何だそれは? どうやら本のようだが・・・。
「棚の隅にあったんですけど、結構重いんですよ」

やたらと重く、大きな本は二冊。それは俺とアルが受け持つ。
ディタとオンが入り口側、キアとサァラが奥側で休憩兼見張りをしている。
俺が受け持った方は日誌のようなものだった。一ページ読むだけで苦労するような保存状態(と書体)で意味を部分的に拾えればまだ良いほうだろう。
・・・うーむ。動物、いや虫の類を研究する施設だったのか? 何のために?
「ルベルトー、眉間にシワ」
・・・うるさい!
顔を上げて横を見ると、アルの顔にも少々の困惑がある。読めないのか・・・それとも何か見つけたのか?
「・・・これは、もしかして・・・・・・」

”コンコン”
アルの言葉を遮るようにして扉側からしたその音は、ノックのように聞こえた。
 
建物〜核心へ
アル [ 2005/05/24 11:34:50 ]
 “コンコン”

 扉から聞こえたノックのような音。
 即座に扉に向かって武器を構えるディタさん。
 一歩下がって小盾からダーツを取り出すオン・フーさん。
 本を置き、怪訝そうにしながらも後方に下がり杖を掲げるルベルトさん。
 ルベルトさんが空けたスペースに入りながらダガーを抜くキアさん。
 そして一番後方で弓に矢を番えようとしているサァラさん。
 誰もが不測の事態に対応できるよう……戦闘になってもいいように備えている。

「どうぞ」
 そんな中で、ボク一人が大した緊張感も抱かずに場違いな返事を返した。油断をしていたわけじゃない。それが『ノックのような音』ではなく、『ノックそのもの』だと予想が付いていたからだ。ノックである以上、扉の向こうに居る存在(十中八九、人だろう)が不意打ちをしかけてくることはない。

 “音源欺瞞”である可能性も現状での有益性の低さを考えれば、この際は考えなくていいだろう。なんせ、扉のこちら側は視界の通った部屋と土砂に押し潰されどことも行き来できないことを確認してある通路だけだ。隠し扉や幻覚による隠蔽が無いことも判っているのだから、思わぬ方向から奇襲を受けることもない。

 つまり、扉をノックしている存在の意図は、ノック以外のなにものでもない。ノックである以上、入室の許可を求めているのであり、それはすなわち、こちらの意思を無視して乱入する気がないこと……ひいては敵対する意思の無いことの表明だろう。それがボクの判断だった。

※ ※ ※ ※

「つまり、さっきの本に共通語の書き込みがあったからか?」
「ええ。インクもかすれていませんでしたし、最近の書き込みじゃないかと……」
 それが判断の根拠であり、困惑顔の理由だった。
 本自体は古代王国期に書かれたものなのだろうと思われるのに、ページの端々に読み解いた際の覚書のようなメモがあったのだ。本当に古代王国期時代の研究日誌なのだとしたら、それだけでもすごい価値を持つものなのに、綺麗に保存しておこうというよりは、その研究を紐解くために書き込みを加えるなんて……。確かにこうしておけば、次に読む人間への手助けにはなるだろう。難しい部分などには独自の注釈までそえられていたのだから。

 その書き込みを読み進めるまでは、この遺跡内に人が居るとしてもそれは鉄鋼虫を放ち、人を遠ざけようとしている存在だけだろうと思っていた。けれど、あの本に書き込まれていた内容がそれを否定していた。『記述の装置を発見 人手不足により未確認 鉄鋼虫出現 原因及び対処法共に不明 研究に支障』などなど。一連の探索の過程もさることながら、間違いなく他の人間、もしかしたら次の世代へ引き継ぐ為の書き込みも多数見受けられたのだ。ボクには、これが、人を遠ざけようとしている人間のすることとは到底思えなかった。

「なんだ? ってことは、この遺跡は俺たちが一番乗りじゃないってことかぁね?」
 オン・フーさんがくたびれ儲けかといった風に先を歩く女性陣四人の方を見ながらぼやいた。
 キアさん、サァラさん、ディタさん。そして、ノックの主だった老賢者……ツィーアさんである。
「ええ。どうやらそのようですね。書き込みから考えるとツィーアさんは少なくとも二月は前からこの遺跡を調査してるようですよ」
「やれやれ。それが事実だとしたら、発見者という栄誉は……ん? 待てよ……」
 友人のことを考えていた風のルベルトさんが、何かに気が付いたように押し黙る。

「んみ? したら、ここって虫さんを強くしたり、頭をよくしたりするケンキュージョーだったん?」
「じゃろうと思っておるんじゃよ。お前さんなら他の昆虫たちとここの虫たちとの違いが判るんじゃないかえ?」
「そういえば、キア言ってたもんね。ここの虫に驚いたって。やっぱり違ったの?」
「でも、なんだってそんな面倒なことを考えたんだろうねぇ。そりゃ、あたしだって、うちの息子たちの頭がもう少しマシだったらって考えたことはあるけどねぇ」
 それにしたって、元が元だからねぇ……と豪快に笑うディタさんの声がボクらのところまで聞こえてくる。

「どうしたんですか? 急に考え込んで?」
「…………なぁ、アル。お前さん、鍵についてどう思う?」
 どうと言われたって……。そう漠然と聞かれても何を答えれば良いのか……。
「……そうですねぇ。半分だった鍵が二つ揃って“進化への道 新たなるつながり”という文章にはなりましたから……」
「いや、そうじゃなく……えぇい、まどろっこしい」
 ルベルトさんは、それだけ言うと先行する四人に追いつこうと足を速めた。
「どうしたんでしょう?」
「さぁてね。だけど、話しから外れるのは得策じゃないってのは確かさぁね。儲け話かも知れないしな」

「嘘ー! 本当にそんなことが出来るの、お婆ちゃん?」
「完成にまでは至っておらんかもしれんがの。ここが思っている通りの遺跡なら、最終的な目標はそれらしいんじゃよ」
「それが本当だったら、長男が初めて歩いた時以上の驚きさねぇ」
 興味津々という感じのサァラさんに自慢げなツィーアさん。奇抜な発想であることは確かだろうけど、それほど実現可能な話じゃなさそうだと一歩ひいて聞いてるのがディタさん。キアさんは、そんなことをしなくても面白いことは、他にもたくさんあるだろうにと言い出しそうなほど、興味を惹かれない話題だったようだ。少なくともボクらが追いついた時の四人は、そんな感じだった。

「聞きたい事があるんだが」
 ルベルトさんが、初対面の人に発するには、いささか強めの口調でそう言った。
「ほいほい、なんじゃね?」
「子供、孫、または親類にカルリオという男はいないか?」
「さ〜て、どうじゃったかのう。なんせ歳が歳なもんで、とんと物忘れがひどくてのう」
 ルベルトさんの質問に対し、ツィーアさんは、あからさまな誤魔化しを返した。
「くだらんことを言ってないで、本当のことを言ってくれ。居るんだろう? でなかったら、鍵が……!」
「ほれ、見えてきたぞ。あれが、この遺跡の中心じゃよ」
 声を荒げそうになるルベルトさんをかわす様も見事としか言いようがないタイミングだった。

※ ※ ※ ※

 ボクらが地上から降りてきた蜂たちの巣穴(そうだとツィーアさんが教えてくれた)から、半刻ほど歩いた場所。それが遺跡の中心となる建物のある場所でもあり、地上に築かれた町の中心でもあるという。
 その建物の正門に蜂を掘り込んだ円盾の紋章が刻まれていた。

「円盾……そうか、これが本当の由来だったんだな……」

 おそらくルベルトさんの言葉通りなのだろう。
 この紋章から“円盾”の名が残り、それを模した街づくりが行われ、そして廃れていった……。
 それが、自らの領分を越えた研究にのめり込み、衰退していったこの家系の呪いだったのか。
 それとも何人にも抗い得ない時代の求めた必然だったのか。

 召喚魔術の一派として名を残すトゥーロットシェル家の紋章はボクらが答えを探し出すのを静かに待っているかのようだった。
 
突然の襲撃
ディタ [ 2005/05/27 23:26:32 ]
 「でかい屋敷だねぇ。こりゃうちの家族全員で住んでも、まだまだ部屋が余りそうだねぇ」
 遺跡の中心に建つ屋敷を見上げながら、あたしは笑いながら率直な感想を述べた。
「この屋敷だけ、風化した様子がありませんね。なにか魔法的な処理がされているみたいですが……」
「この屋敷は古代王国時代のものなのさ。風化してないだけじゃなく、壁や窓にも防護魔法がかかっていて、棍棒で殴ってもガラスにヒビすら入らないんじゃよ」
 アルの質問にツィーアと名乗った人間の老婆が答えた。
「お〜、本当さね。ガラスなのに鉄板でも殴ってるみたいな手応えだぁね」
 その事実を確かめるように、手近な窓ガラスをオン・フーが拳でコンコンと叩いていた。
 ふむ、と右手をあごにあて、大きな鉄製の扉に彫り込まれた紋章を見据えながら、ルベルトが意見を述べる。
「となると……この門を開けて、中に入るしかないってわけか。ツィーアさん、『開錠』の魔法は試したんだよな?」
「ああ、鍵は開いておるんじゃがね。扉そのものが、とてつもなく重く出来てて、人の手じゃ開けられないんじゃよ。扉のどこかに開閉装置みたいなものがあるはずなんじゃが、その手の知識は皆無でねぇ」
「な〜るほど〜。そいで、おいらにそれを探して欲しいっちゅうわけなんね〜」
 キアはそう言うと、さっそく大きな両開きの扉を調べ始めた。小さなキアが扉の前に立つと、巨大な扉がより一層大きく見える。
 そんな事をぼんやりと考えていると、サァラが不安げな表情を浮かべながら話かけてきた。
「ねぇ、ディタ。なにか……変な感じしない?」
「変な感じ?」
 そう言われて、改めて周りを見回してみる。
 静まりかえった廃墟を優しくなでるように風が吹いている以外は、特になにも感じられなかった。目を凝らせてもあたし達以外に動く物は見あたらないし、耳をすませても鳥の声すら……そこまで考えて、ふと違和感を覚えた。
「……妙だね。静かすぎる」
「そうなの。この街に入った時に見かけた巨大な昆虫達も、さっきの蜂達の巣を出てから一度も見てないし……」
 わずかな違和感が、嫌な予感へと変わるのに数瞬もかからなかった。自然な動きで斧を肩に担ぎ直し、辺りをゆっくりと見回しながらサァラに小さな声で呼びかける。
「サァラ。すぐにみんなを扉の前に集めておくれ。慌てず、騒がず、でも迅速に」
 小さく息を飲んだ後、こくんと頷き、サァラがひとりひとりに声をかけるべく移動していった。
 あたしはというと、扉から少し離れた位置に陣取り、わずかな気配も見逃さないように周辺に注意を払う。
 サァラに声をかけられ、皆が扉前に集まってきた。
「どうした、ディタ? なにかあったのか?」
「……いや、なにがあった、ってわけじゃないんだけどね。ただ……」
 話しかけてきたルベルトに、あたしの注意が向いたその瞬間、視界の端にきらりと光る何かが見えた気がした。
 その後の動きは、数多くの戦場を渡り歩いて来たあたしの体が勝手に反応したと言っていいものだった。反射的に担いでいた斧を、勘にまかせて無造作に振り回す。
 がきんという音と共に、衝撃が腕に響いてきた。
「スチールビートルッ!?」
 アルの叫びにも似た警告が聞こえた頃には、あたしは体制を立て直し、意識を戦闘のものへと入れ替えていた。両手で斧を構え、鉄鋼虫が飛んでた方向へ体ごと向き直ると、新たな光が3つほど、こちらに向かって猛スピードで飛んでくるところだった。
 日の光を光沢のある体に反射させつつ飛んでくる鉄鋼虫の一つに向かって、斧の腹の部分を斜め傾けつつ、盾の様に構える。まっすぐぶつかってきた鉄鋼虫は、斧の腹にぶち当たると方向を逸らされ、あさっての方向へと飛んでいった。残りの二つは、元から大きく狙いを逸れており、屋敷の壁へとぶちあたる。驚いたことに、屋敷の壁は一欠片もかけることなく、むしろぶつかった鉄鋼虫がひしゃげるほどだった。
「くそっ、なんだって明るいうちからスチールビートルに襲われるんかねぇ!?」
 オン・フーの怨嗟の声に、正面に意識を集中したまま、あたしが大声で叫ぶ。
「みんな、あたしの後ろに固まりなっ! 悪いけど、こりゃ攻撃を逸らすだけで手一杯だわ。キアッ! 扉はあとどれくらいで開きそうかね!?」
「あと少し……ううん、ちょっとだけ待ってー」
 キアの『少し』と『ちょっと』にどれほどの時間的差があるのかは分からないが、ベスト以上の努力をするいう意気込みは、キアらしからぬ真剣な声質から読みとることができた。ならば、あたしもベスト以上の働きをしなくてはなるまい。
 さらに4つ、光点が向かってきた。鉄鋼虫の飛行スピードは弩の矢に匹敵するが、まっすぐ一直線に飛んでくるので、コースさえ読めれば、その攻撃を逸らすことは難しくはなかった。4つのうち2つがあたしに直撃コースをとっていたが、斧を巧みに動かし受け流す。と同時に、百メートルほど前方にある廃墟の瓦礫の合間から、フード姿の人影がいくつか見え隠れしているのを確認する。とりあえず、4人はいるようだ。
「奴らめ……とうとう痺れを切らして強硬手段にでてきたようじゃのぉ……」
 何事かを知っている様なツィーアの呟きがかすかに聞こえたが、それを追求するだけの余裕はあたしにはなかった。
「サァラッ! 前方約百メートル! 赤い壁の後ろに3! ちょい左の白い壁に1だ! あたしの頭越しに狙えるかいっ!?」
「! やってみるっ!!」
 後ろでサァラが弓を引き絞る音を聞きつつ、前方に意識を集中していると、4つの人影が水筒のような物を取り出し、中身の液体を手のひらに垂らしている姿が見えた。数瞬後、液体を垂らされた手のひらから、光の筋が放たれた。うち1つがあたしに向かい、それを斧で防ぐ。
「ルベルトさん! 今の、見えましたか?」
「……ぼんやりとしか見えなかったが……なにかの液体を手に垂らしてるように見えたな……」
「ええ、その直後、スチールビートルが飛んできました。おそらく、手のひらに眠っているスチールビートルを乗せ、それにあの水筒の液体をかけることで、強制的にスチールビートルを飛ばしてるんじゃないでしょうか?」
「なるほど、確かにあり得るな。大陸の南東に広がる『忘却の大湿原』に住む蛮族の中に、虫の生態を利用して使役する一族がいると聞いたことがある。或いは、その蛮族の連中なのかもしれないな。幸い、破壊力はかなりのものだが、狙い通り飛ばすのは至難の様だが……」
 アルとルベルトが敵の推測を述べている間に、サァラの狙いが定まったようだ。ヒュッっという風切り音と共に放たれた矢が、山なりの軌道を描きながら敵の潜んでいる辺りへと飛び込んで行った。
「だめっ……思ったより横風が強い」
 思い通りの軌道を描かなかったのか、サァラの悔しそうな声が背後から聞こえた。
 しかし、鉄鋼虫を飛ばすのに集中していたらしい人影達は、とっさに反応できなかったようで、矢が一人のフードをかすめた。と同時に、フードが大きく裂け、隠されていた姿があらわになる。裂けたフードの下から現れた姿は、あたし達の予想外のものだった。アルの驚きの声が響いた。
「あれは……まさか、リザードマンっ!?」
「なんだって! くそ、だからあんなに執拗に足跡を隠してたんだぁな。足跡が残っていれば、特徴からすぐに自分達の正体がばれると思って。……しかし、なんでリザードマンが俺達を襲ってくるんだぁね?」
 オン・フーの当然とも言える疑問に、ルベルトが冷静に答えた。
「さっき言った蛮族に、虫を使役する術を教えたのは、大湿原に住むリザードマンの一族だったという記述を読んだことがある。……これはまだ推測の段階だが、この街に隠された物が『虫の知性を増大させる何か』だとすると、虫を使役する術を持つ者達にとってはとてつもない価値があるはずだ。本能的な反射しかしなかった虫達が、人並みの知性を持ち、しかもそれを使役できるとなれば、一国の兵力以上の力を持つに等しい。いや、それ以上かもな。下手をすれば、世界を制することも可能かもしれない……」
 ぞっとする話だ。例えば、数十万にものぼる蜂の群れに襲われれば、どんな軍もひとたまりもないだろう。しかもその蜂の群れが人並みの知性を持ち、自らの考えで状況を判断し、効果的に攻め込んでくるとなれば……。
「でも、まさか! リザードマン達が世界征服を企んでるとでもいうの!?」
 サァラの声が恐怖に彩られているのも無理はない。あたしですら、背中に嫌な汗がじわりとにじみ出ていた。
「だから、推測だといっただろう。もしかしたら、ここにあるものが『虫を自由に操れる何か』で、その術が人間の手に渡るのを恐れて襲撃しに来てるのかも知れないんだ。……それに気になることもある。いくらリザードマンとはいえ、足跡を執拗に隠していたことといい、今回の襲撃といい……あまりにリザードマンらしくない。奴らはもっと単純で素直な思考をする種族なはずだ。今回の動きは、どっちかというと人間っぽい立ち回りだ。もしかしたら、リザードマンを上手く操っている黒幕がいるのかもしれん。……とにかく、今はまだ状況を断定するには材料が少なすぎる。せめて、この館に立てこもることができれば、かなりの時間を稼げるだろうし、事の真相に迫ることもできるはずなんだが……」
 だが残念ながら、キアからの朗報はまだ聞こえてこない。寝ている時ですら寝言でしゃべることをやめないほど賑やかなキアが、一言も話さず扉を調べている。必死で扉を開けようと力を尽くしてくれているのは十分すぎるほど分かっていたので、今はキアを信じて自分の仕事をするだけだと、あたしは精神を集中し直した。
 しかし、状況はさらに悪化し始めていた。見え隠れするフード姿の数がさっきより増えている。しかも、あたし達を包囲するかのように、じわじわと散開し始めていた。
 あたしは思わず舌打ちをする。今までは1方向からしか鉄鋼虫が飛んでこなかったから十分対処することもできたが、これが四方八方から飛んでくるとなるとそうは行かない。自分だけならまだしも、あたしはパーティーの皆を守るべき立場にいるのだ。様々な方向から飛んでくる鉄鋼虫から全員を守るだけの技量は、現役時代の私にすらなかっただろう。肉体が衰えを見せ始めている今のあたしならなおさらだ。
 確かにリザードマンらしくない戦法だ。こういう小賢しい戦法は、人間のもっとも得意とする分野だろう。ルベルトのいう背後の黒幕説を支持したくなるね。
「わかったー! ここをこうすれば開くはずー!!」
 暗くなり始めたあたしの思考を、待ちに待ったキアの言葉が吹き飛ばしてくれた。
 キアが扉に刻まれた円盾の紋章をなにやらいじくりまわすと、ごんごんと重い音を立てながらゆっくりと扉が開き始めた。
「急げ! 中に入るんだっ!!」
 ルベルトの声を聞くまでもなく、全員が館の中へと飛び込んだ。あたしも徐々に数を増しつつある鉄鋼虫を弾きながら、ゆっくりと後ろ向きに後退し、館の中へと避難する。それと同時に、扉の内側にも彫られていた紋章をキアがいじると、ゆっくりと扉が閉じ始めた。
 その様子に慌てて物陰から飛び出して走り寄ってくるリザードマン達の姿が、閉まりゆく扉の隙間から見ることができたが、鉄鋼虫の攻撃にたより距離をとっていた事が裏目に出て、とても扉が閉まるまでにたどりつけそうにはなかった。
 ゴゴォンという音と共に、大きな鉄製の扉が閉まった。思わず皆から安堵のため息が漏れた。

 ……だが、あたしは目の前にそびえる扉を見つめながら、言いようのない不安が沸き上がるのを押さえきれずにいた。
 はたして、あたし達が開けたこの扉は、真相への扉だったのか…………はたまた破滅への扉か……。
 無論、あたしの思い浮かべた疑問に答えてくれるはずもなく、ただ、円盾の紋章に刻まれた蜂が、あたし達を静かに見つめていた。
 
遺跡でバラバラ事件
サァラ [ 2005/05/30 23:55:26 ]
 トゥーロットシェル家のお屋敷は、快適そのもの。ガラス張りの窓からは日の光が入ってくるし、ベッドには柔らかいお布団、お風呂なんてスゴイ広くて、小さい池くらいはあるんじゃないかなぁ?温かいお湯が湧き出てて、いつでも入れる。食料は何故か台所にある貯蔵庫にたくさん入っててどれも新鮮だし。最初はみんな気味悪がってたけど、すぐに慣れた。
魔法ってスゴイな‥。ルベルトもこんな家に住んでたりするのかなぁ?いいなー‥
「サァラー、ディタがご飯できたって〜」
「ハーイ、今行くー」
扉の外に向かって応え、軽く身なりを整えて部屋を出る。玉子焼きのいい匂いがして、お腹がぎゅーって鳴った。
「ディター」
階段を降りて台所に駆け込むと、ディタがぴったりなタイミングでお茶を出してくれた。
「おはよう、サァラ。今砂糖持ってくるからね」
「うん、アリガト。みんなはもう朝食終わったの?」
「ああ、書斎に籠ってるアルとルベルト、それにツィーア以外はね。食べ終わったら呼びに行ってくれるかい?」
「んー」
半熟の玉子焼きを頬張ったままこくこくと頷くわたしに、柔らかい笑みを残して棚からお砂糖を出すディタは、何だかあったかい感じ。
"おかあさん"みたい。
猪と組み合ってるときは、ちょっと、‥わたしの嫌いな雰囲気がしたけど。今は全然そんな感じしない。
「オン・フーは?」
「屋敷の見回りに行ってるよ。ここに来て三日になるからね。リザードマンたちがいつ、鉄の扉を開けてしまうかもしれないからってさ。確かに、いくら壁や窓が防御してあっても、中に入って来られちゃしょうがないからねえ」
「紋章を弄って中に入るの、見られちゃったもんね‥」
何だか、快適さを満喫してるのってわたしだけかもしれない。
アルとルベルトとツィーアは、お食事と短い時間のお風呂以外は書斎に籠ってていつ眠ってるのかも分かんない。キアは、ずっと壁や扉を調べてるし。特に、お屋敷の図面が見つかってからは、お屋敷と繋がってる遺跡への入り口を探して走り回ってる。
ディタは"おかあさん"しながらオン・フーとお屋敷を巡回して、オン・フーも読める本があったら目を通したりして。時々書斎の三人と意見交換とかしてる。
わたしだって、何かないかなって一応見回ってはいるんだけど。全然ダメ。全部同じに見える。
わたしでも読めそうな本とかないか、後でみてみよう。。


「ディター、みんな呼んできたよ」
「ああ、有難うね。サァラもお茶のお替り、飲むかい?」
「うん。濃い目なのがいいな」
書斎にいたアルとルベルト、ツィーアと一緒に台所へ戻り、テーブルに着く。お砂糖を好きなだけ入れてたら、向かいに座ったルベルトと目が合った。スゴイ疲れてそう。それに、眠ってなさそう‥?
「必要ない」
お砂糖欲しいのかなって思ったから、ルベルトのカップに入れようとしたら先にお断りされた。
「今ひとつ、決め手になるものが見つからなくて‥。あ、ボクひとついただきます」
テーブルの上で止まってたスプーンの下に自分のカップを移動させたアルが、隣でにこ、と目を細くして言った。
やっぱりアルもスゴイ疲れてそうだな‥。
「今の時点で確実なのは、この屋敷が古代時代の遺跡と繋がっておる事。屋敷と街が、遺跡とその魔力を利用してできておる事、そして、この屋敷の主だったトゥーロットシェル家は、昆虫を対象にした研究をしておったという事じゃな」
「図面によると、この屋敷の地下はそのまま古代時代の遺跡に通じているようだ。魔法装置もおそらくそこに安置されているだろう」
「二階の部屋にも小さな本棚がありましたし、そっちの方も当たってみないといけませんね」
「遺跡への入り口さえ見つかれば‥」
「‥‥‥」
みんなが俯いて考え込んだとき。バタバタと慌しい足音が聞こえて、オン・フーが駆け込んできた。
「大変だぁね!」
両手で包むように何かを持ってて、入ってくるなりテーブルの真ん中にそれを置く。
「これは───!」
みんなの顔色が一斉に変わった。だって。ムシなんだもん。蜂の巣を出てから一回も見なかったから、びっくりした。
「何処でこれを?」
「商品をチェックしてたら、荷物に紛れてたんだぁね!新商品のイガヌの干物が齧られて────」
「サァラ、キアを呼んできておくれ」
「ハーイ」




「つまりだ」
強めの口調で、みんなの注目がルベルトに集まる。
ルベルトは一呼吸置いて続けた。
「────虫たちは無用な進化を望んでいなかった。
トゥーロットシェル家が滅んで自由な意思を得られてからは、装置を止める為の鍵を手に入れようと、調査に来た学者や冒険者の一行を次々と襲った。人は信じられなかったんだな。最近になって、ある調査団から鍵の入手に成功。しかし、肝心の魔法装置があるこの屋敷は虫だけでは入れないようになっている。屋敷が地下で遺跡と繋がっている事を知っていたので、遺跡側からアプローチしようと掘り進めたが、どうしても装置まで辿り着けなかった。
悩んだ末思いついたのが、自分たちと意思の疎通が可能で、且つ人や亜人とも言葉を交わせる者、草原妖精の力を借りる事だ。以来草原妖精が現れるのを待ち続け、ついにやってきた最初の──害の無さそうな草原妖精がキアだったというわけだ。虫たちはキアの目に付くところに鍵を落とし、遺跡へ誘導。
ツィーアについては、今のところ害が無さそうなので放っておき、不都合が起きるようなら殺すつもりだった、と」

キアに通訳してもらって、オン・フーが見つけたムシの話をルベルトが要約した。
みんな深刻な顔で考え込んでいる。思ってたより事態は複雑みたい。
ツィーアは、じっと虫とキアの方を見ていた。シワシワの顔は、何を考えてるのか全然掴めない。
大きな本を無言で捲っていたアルが、顔を上げた。
「ボクは最初、この屋敷と"円盾"の街は無関係だと思っていたんですが、どうやら‥"円盾"自体、トゥーロットシェル家の造ったものだったようですね。
ボクたちが現在手にしている二つの鍵‥‥『進化への道 新たなる繋がり』。内容を考えると、トゥーロットシェル家にとって重要なものだったと思うんです。そんなものが外壁の鍵としての役割を備えていた。という事は‥」
「トゥーロットシェルの者やその許可を得た者以外は出入りできない、閉鎖的な街だったって事かぁね‥」
「閉鎖的だった理由は、街全体が実験的なものだった、というところか。"進化"というからには、それなりの時間や環境設備を要しただろう。いくら個々の寿命が短い昆虫を対象にしたとはいえ、世代を超えての変化を研究していくわけだからな」
「ムシさん、可哀相なん‥。おいら達が、絶対装置止めないといけないんねぃ?」
キアが、手の中で弱々しく蠢く虫を見つめながら辛そうに言う。
わたしにもちょっと可哀相に思えた。生まれてきたときから何かに縛り付けられてるなんて。意思があるから、余計に違和感がぁるのかな。何とかしたいって思うよね。
「じゃぁ本を一通り調べたら地下室に行ってみようよ。ゆっくりしてるとリザードマンが入ってきちゃうかもだし」
でも、アルとルベルトは顔を見合わせて微妙な表情をした。
「それがですね‥」
「地下室の入り口が見つからないんだ」
「えぇ───っ!?どうして?」
「おいらもここに来たときから探してるんけど‥。一階から物理的に繋がってる扉とかは無さそうなん」

「入り口なら、知っておるぞい」

みんなびっくりして振り返った。視線の先には、ツィーア。
やっぱり何を考えてるのか分かんない顔で、「ほいじゃ、行こうかの」と廊下に爪先を向けた。
「??ちょっと待て、さっきまでは知らないと───」
「そうじゃったかいのう?なんせ歳が歳なもんで、物忘れが酷くての」
「‥‥‥」
ルベルトはそれ以上何も言わなかったけど、わたしは思いっきり胡散臭そうな眼をツィーアに向けた。
このヒト、何だか怖い。

それからはみんな普通に話しながらツィーアの後に続いた。階段を上がって、廊下をまっすぐ進んだ突き当りの部屋を開け。地下へ行くんじゃないの‥?って思ってたら、本棚が目に入った。これって、アルがさっき言ってた本棚だょね。
ツィーアは本棚に近づき、分厚くて面積の小さな本を一冊取り出した。
「ほれ、お前さんの持ってる鍵を使うんじゃよ」
そう言って、ルベルトに向けた本を二つに割るように開いた。本に見えたけど、違うのかな‥?
ツィーアが差し出した本には、両開きのそれぞれ片方づつに、半円の形をした窪みがあった。
「何故半円なんだ?」
「もしかしたら、其々の鍵の組み合わせを変える事で、鍵の持つ意味合いや役割が違うのかもしれません。尤も、その場合はこういった半円の鍵が他にもいくつか存在するという事になるでしょうね」
「しかし、そう考えれば何故この鍵が半円なのか、鍵穴の窪みは円形なのか合点がいくな」
「ボクたちは今二つしか鍵を持ち合わせていませんから、どの道選択肢はありませんけどね」
「そうだな‥」
「"道繋ぐ"鍵を嵌めるんじゃ。もう一つの進化の鍵はここでは意味をなさんからのう」
「半分しかなくて、大丈夫なんですか?」
「半分しかなくても、それは一つで道を繋ぐ役割を持っとるんじゃよ。いいからほれ、早よう嵌めんかい」
「もう半分には何の鍵が入るのか、知っているのか?」
ツィーアは、考えるように上を向いて黙ってしまった。ルベルトは小さくため息をつきながらも"道""繋ぐ"の鍵を嵌める。右側のページだけ鍵を入れた本を閉じて、もとあった場所に戻すと、遠くの方で何か‥このお屋敷の入り口にあった鉄の扉が開いたときみたいな重い音がして。
目の前にふっ、て扉が現れた。音もなく。薄い扉が、‥じゃなくって、扉の形をした薄い板が一枚、立っていた。
「??」
「何これ何これ!?スゴーイ」
裏側に回ってみると、やっぱり扉の形の板。ノブまでついてるんだから、やっぱりどこかに繋がってるのかなぁ?
「‥空間転移装置でしょうか。こんな高度な‥」
「いよいよ本番だぁね。どんな発見があるのか‥。交流神の‥、幸運神のお導きのままに」
オン・フーが大きなリュックを背負った肩を回した。
「んじゃー、みんな用意はおーけーなんかな?」
キアはそう言うと、ドアノブに手を掛ける。
ドキドキ‥どんな感じなのかなぁ?最初行った蜂の巣がぁったトコと繋がってるってコトだょね。土で埋まってるところが多そうだったけど、魔法装置っていうのは無事なのかなぁ?
ドアの向こうから見えるであろう遺跡を覗こうと、わたしが首を伸ばしたとき。
キアが見えなくなってしまった。扉が出てきたときみたいに、"ふっ"て。
「キア‥?」
怪訝な顔でノブを掴んだルベルトも、同じように視界から消えた。
「ほれ、ぼーっとしとらんと。みんなも行くぞい」
「そうですね」
「何だか昔を思い出してきたよ、あたしゃ」
「商売に使えそうな物が見つかるといいんだがぁね」
みんな次々に扉の前からいなくなってしまった。
「待ってー」
小さく深呼吸をして、わたしもドアノブに手を伸ばした。
瞬間、目の前の景色がぱっと変わって。蜂の巣から行った遺跡のどこかに着いたんだろう。この部屋は土で埋まったりしてないみたい。
「みんなー、どこー?」
がらんと見通しのいい部屋なのに、みんなの姿が見当たらない。
「どこー!?」
大声で叫んだけど、自分の声が響いただけ。
「?‥戻ったのかなぁ?」
一通り壁をばしばし叩いたりしてみたけど、何も見つからなかったから一度本棚の部屋に戻ろうかと、わたしは再び扉に向かった。良かった、扉は消えたりしないみたい。
ノブに触ると、また視界が切り替わる。
「もうっ、置いてくなんてヒドイ────」
─────!?
みんなに文句を言おうと威勢良く開いた口は、途中で止まってしまった。
本棚の部屋じゃないんだもん。さっきいた部屋とも違う。
しかも────誰もいない。
「ウソ‥」
血の気が引いていくのを感じながらも、部屋の中へ足を進める。
「みんなー‥‥どこー?」
声が震えてるのが、自分でも分かる。それが一層恐怖心を煽るみたいで、わたしは悲鳴に近い叫び声を上げた。
「どこ─────!!」
見れば、この部屋には扉がいくつかぁるみたい。どれも同じに見える。しかも、不規則に並んでて自分がどの扉から来たのかも分かんなくなってしまった。
「どうしてょ‥。ゃだヤダ、こんなトコでヤ─────!!」
両目を瞑って思いっきり叫ぶ。ばたばたと涙が床に落ちて、何だか自分が情けない。でも怖い。でも行かなきゃ‥。何回も移動してたら、そのうちみんなに会えるかもだし。
勇気を出して‥というより、仕方なく向かった手近な扉。その扉の前に、何かがぱっと出てきた。
見ようとしてるのに、目からは涙が溢れてきて、鬱陶しい!見えないじゃない!!
両目を腕で拭いつつ、その方向を凝視したわたしに、ゆっくりと"何か"は近づいてきた。
「‥‥サァラ‥さん?」
「アル‥‥?」
控えめだけどしっかりした呼びかけ。
ぼやけてまだはっきり見えないけど、アルだ。
「アルー!」
「大丈夫ですか?」
「みんなは?」
「分かりません。其々別々の場所へ飛ばされたみたいですね。ただ、遺跡の中から出る事は考えにくいですし、この遺跡自体はそう大きなものではありませんからね。すぐ会えるでしょう」
「うぅー」
「"繋ぐ"鍵だけでどうなるのかと思ったら、本当に繋がっただけでしたね。規則性も無さそうだし‥。
どうしましょうか」
「どうしてそんな落ち着いてるの?」
「落ち着いてませんけど‥‥落ち着いて考える必要があるかなと」
「‥‥‥」
「みんなが来るのを待つのは?」
「そうですね。来てくれるのが仲間だったらいいんですけど。"道を繋いで"しまいましたからね。この遺跡は外と繋がっていますし、仲間じゃない方が来てしまう可能性も大きいですよ」
そんな‥。どうしたらいいのぉー!
俯いたわたしの目の前に、甘い匂いのするお菓子が差し出された。
「ガルガライス産のドライフルーツです。新商品ですよ」
「見たコトぁる。‥‥けど」
不思議そうに見上げたわたしに、アルの笑みが優しそうに映る。
「さっき、オン・フーさんに会ったんです」

深い色の瞳が静かに揺れていた。
 
推理と役者
キア [ 2005/05/31 8:38:41 ]
 「どうなんだ?」

後ろでルベルトのにーちゃんの機嫌の悪い声がするん、ちょっと広めのこの部屋にはおいらとルベルトのにーちゃんだけ、みーんなばらばらになっちった。
「遺跡の罠や仕掛けはお前の担当だろ」
そうなんけどぉ………大体検討はついたんよ、問題は何処に飛ばされるかわからんって事なんよね。ホーソクが見えんのよぅ。
「やっぱりか………たぶんこの原因は、カギを一つしか入れなかった事だな」
んみ、それしか考えられんねぃ、たぶんもう一つのカギを入れんとタダシク行けんようになっとったん、しゅーげき防止なんね。
「あぁ………そんな事、絶対もう知ってたはずなんだ………あの様子なら、とっくの昔に………」

呟いてからルベルトのにーちゃんが考えこんじった、んや、たぶんにーちゃんはずっとひっかかっとったんだと思うん。
だから何度もきこーとしたん、あん人はことごとくそれをかわしとったんけど。

「キア………お前はどう思う」
ずのー担当はにーちゃんしょ?(壁をぺたぺた)
「アルがこの場にいないんだ、少しは話に乗れよ」
おいらムズカシイ話苦手なんもん。虫さん進化の話もさー、そんなんせんともっと楽しい事あるんに………逆にかあいそーだよぉ。
「そう、虫はそれを止めたがっていた、あのツィーアはそれを調べていた………鍵も持っていた、たぶん鍵をあいつに渡したのはツィーアだ………だから」
だから、なにが言いたいんよ。
「まぁ、予測だが、8割は当たってると思う……ツィーアはたぶん、トゥーロットシェル家に関連のある奴の血筋だ」
んみ?それってシソンってやつぅ?
「何も直の子孫とは限らない、関連のある家系の人間だったんじゃないだろうか、それなら………つじつまが合う事がおおい、たぶん鍵を外に出して調査隊を呼んだのも、罠や鍵を探れる奴が欲しかったから」
つまりぃ、おいらだねぃ。んでもそれだったらなんで”鍵”だけ探さなかったん?ワンセットいらんしょ?
「虫たちが言ってたんだろう?人は信用出来なかったって、だから探索出来る奴一人呼んでも対抗出来るか解らなかったんだ」
んじゃにーちゃんに今回の調査依頼したん人も、こん事知っとったんかな?
「さてな、あいつが全部知ってて頼んだのか、それとも何も知らなかったのか、その辺はまずは置いておく事にしよう…まぁさっきの経緯では草原妖精だったのは最初は幸いした、虫たちがお前に協力を仰ぎ、探索が出来る奴をまんまと手にいれる事が出来た」
サイショはって…………どういう意味なんよ。
「後から困っただろ、特にさっき、オン・フーが連れてきた虫の話だ、俺達はその話を聞いてどう思った?」
うみ、装置をとめよーと…………ぁ!
「そんな事されたらツィーアにとっては困るんだよ、だからわざと片方だけ鍵を開けさせ俺達をバラバラにした」
なぁーる、にーちゃんあったまいー。
「そんな事言ってる場合かっ、問題はあのリザードマン共とツィーアの関連だ!」
……………どゆこと?
「可能性は二つ、一つは敵対、これならまだいい、もう一つは…………共謀だ」
んでも、ツィーアと一緒の時に襲ってきたっしょ?
「それがカムフラージュだったら?そりゃ絶対そうだと言い切れないが、この際可能性は多くあげて考えておくべきだ」
んだとしたら……………げっ、それって今のおいら達のじょーたいって、めっちゃピンチとちゃうん?
「そうなんだよ、だから早くその法則とやらを解け!」
だからおいら頭使うのはぁ〜
「そんな事言ってる場合かー!」
みゅぅ〜……………………。

結局あの後もうちっと調べて見たんけど、どう行けばいいんか全くわからん、大体遺跡のナイブ地図がある訳と違うん、おいら達は今どの辺にいるかもわからんもの。
「ちっ、とりあえず運を天に任せて、合流か」
みぃんな同じ事考えて動いてたりしてん。
「その可能性があるから下手に動くのを躊躇っているんだ」
でもまたみんなが同じ事考えて、止まってたりしてん。
「あーうるさい!それぐらい解ってる、だから悩んでるんだろ」
にーちゃんからかうと癒されるんね
「勝手に人を癒しの材料に使うな!」

ちょっとした漫才やっとる時に、部屋に誰かが到達したん。
仲間かもしれん、敵かもしれん、急いで構えるように振り向いたんところにおったんは………
「………リザードマンっ」
”道を繋いだ”とゆー事は、外からも入れるよーになっとるとゆーこと。

ツィーア、おいら達、リザードマン達…………役者が遺跡にそろっちった!
 
(無題)
オン・フー [ 2005/06/02 19:00:00 ]
  俺とアルは比較的早く遭遇することができた。残念なのは、遭遇した部屋の真ん中天井が崩れて、腕一本入る狭さしかない瓦礫の隙間を通してでの話しだ。

ア「他の皆さんは?」
オ「分からんさぁね。兎に角、捜し回る他は無いようだぁね」
ア「ボクのほうもそうします。では」
オ「待て、これを」
 懐からやたら甘い香りを発する小袋を隙間から手渡す。

ア「これって何です?もしかして」
オ「ああ、勿論、俺のお勧め新商品のガルガライス産のドライフルーツ。子供どころか虫さえもが好んで近寄ってくる一品さぁね。食べれば心落ち着く甘さと香りに虫も子供も皆同じ・・・っと、余計だったさぁね。ま、持っておいて損は無い」
ア「オンさん、気を付けて」
オ「頼むぞ」

 適当というより、薄いけれども特徴的過ぎる足跡を辿り、薄っぺらな扉をくぐった先に到達した途端、光に満ち溢れる”円盾”の形の地底湖・・・という幻想的な光景が広がる。同時に遺跡らしい存在感を示す、これまた”円盾”の石畳と同じ通路と巨大な円柱の舞台に様々な虫たちの石像郡。
 しかし、粗末な矢が脇を掠める。勘とも言うべき動きで、突き出た腹も引っ込み、崩れた瓦礫の物陰に身を隠す。同時に目に飛び込んだものを改めて頭で再確認する。

オ「おぃおぃ・・・とんだ詐欺さぁね」
 まさかの分断、そして対峙・・・何と?そりゃ、リザードマン五匹と・・・なんと、射撃を止めるようリザードマンに命令しているツィーア。

ツ「ほっほっほ、詐欺だなんて、人聞き悪い言葉を・・・」
オ「下手糞なボケ婆のフリはやめたらどうだぁね?故郷の婆様はもっとマシさぁね?」
 物陰から少しだけ頭を出し、ツィーアを睨み付ける。

ツ「下手糞?わしゃぁ、最初から・・・まぁ、よいわ。全く、大人しくしとけば、回りくどい方法もとらずにすんだものを」
 ツィーアがため息をつき、頭を振った。

オ「つまり、あんた達に都合が悪い俺達の行動を阻止する為、各個撃破で確実に潰すって方法かぁね?」
ツ「まぁ、そんなところかね。ただ、虫の思惑を知れたのは、不幸中の幸いというべきか。多少勘付いてはおったが、相当我が身が危ういところだった訳だ・・・さて、オンとやら、ここまで聞いておいて、まさか逃げられると思って無いかね?真実の代償とやらは支払われねばならないと思うだがね?」
 ツィーアがそこで言葉をきり、続いて聞きなれぬ言葉(多分リザードマン語だろう)で何かリザードマンに命令している。

ツ「君も商売人を名乗っておるのなら、手に入れたものに対して代価は支払うことは当然であろう?まぁ、この場合、我らに協力する・・・または、大人しく捕まってもらうかだが」
 二匹のリザードマンが弓矢を構え、二匹が錆びた小剣を持って迫ろうとする。残りの一匹は立派な槍を構えたままツィーアの傍から離れない。これでは、俺に勝ち目は無い。

(まだか・・・)

オ「おおっと、ちょい待ち・・・協力すれば何が得られるのだぁね?」
ツ「君も知ったのだろう?あのルベルトやアルという小僧どもが話していた様に。虫を完全にして忠実なる僕となる方法を。リザードマンにも取り分の約束はあるから、多少価値は少なくなるが、それでも信頼の置けぬ人の用心棒よりは遥かにマシだとね」
オ「なるほど、そりゃ魅力的だ。商売にしたらさぞかし儲けられる。ただし、取り分はあんた0の俺10ってな!」
ツ「それはまた横暴だね。まぁ、つまりは従う気は無いと・・・では、残念だが・・・”ウティ、エーラィ”!」
 ツィーアが号令らしい言葉を発する。リザードマンが駆けてくる。俺は手斧と小盾を構える。そして、強く甘い香りが漂った。そう、ガルガライスのドライフルーツの。

オ「よっ、待っていたさぁね!!」
 
合流
ルベルト [ 2005/06/04 9:16:16 ]
 ・・・・・・・・リザードマンっ!
続いてもう一匹が出現した。相手も戸惑ったように周りを見回している。
これはまずい・・・俺たち二人では荷が重い。

「にーちゃん、どうするん?」
決まってるだろ。逃げるぞ、キア!
目の前の扉の握りに触れると、光景が変わった・・・と言っても、大して変わり映えのしない殺風景な部屋に出ただけだが。

俺たちは結局部屋を転々とした。
どうやらここでは同じドアからは同じ場所に出るらしく、キアとはぐれなかったのは幸いだった。
もっとも、それは同時にリザードマンを撒く必要があることも示していたが・・・。
そんな訳で、どこをどう通ったのかも覚えていない。

・・・・・・ふぅ、これで直接は追ってこれないだろう。しかし、こんなに走ったのは久しぶりだ・・・(はぁはぁ)
「にーちゃん、だいじょぶぅ? もうオトシだもんねぃ(にぃ)」
違う、俺はまだ若い! それに・・・・・・
「無理せんほーが・・・・・・ぁ!」(とてとて)
人の話を聞けっ!
「・・・それよりもー、にーちゃんこれ」
・・・・・・それよりもってお前が。ん、これはドライフルーツ。オンが持っていたやつではないのか?
「んみ、いーニオイがすると思ったん、これだったんねぃ。むこーの扉の前におっこってたん」
しめたっ、これは・・・道しるべか?

”道しるべ”は途切れることなく続いていた。
どうやら道の繋がり自体は無法則ではあるが、幸い変化はしないらしい。
そして四枚目のドアを開いたそこには・・・ディタとリザードマン。もちろん仲良く歩いているわけがない。

戦いは(少なくとも俺たちにとっては)ごく短かった。
キアの攻撃にリザードマンは驚いて飛びのき、俺の放った光の矢が背中に突き立つ。そしてのけぞったその咽喉をディタの斧が切り裂いた。
魔法の明かりの元、血飛沫が飛び散り、血臭が満ちる。

「どうやらあんた達も無事だったみたいだねぇ」
「うみゅ、ディタも元気そうでよかったん」
「あたしを追っかけてきた奴らはみんな潰してきたよ。まだまだ現役でもいけそうさねぇ、あっはっはっは」
・・・とは言え、消耗戦では不利だ。合流を優先したほうが良い。他の皆とは?
「いや、あんた達が最初だよ。このドライフルーツを辿ってきたんだけどねぇ」
そうか、急いだ方がいいな。・・・特にアルとサァラが心配だ。

天井の崩れた部屋を通り過ぎると、いきなり風景が変わった。
地底湖だ。そして・・・。

「おおぅ、これで全員集合さね!」
「良かったぁ、みんな無事だったんだね」
「ドライフルーツが役に立ちましたね、オンさん」

瓦礫に身を隠すようにしてアル、オン、サァラがいた。
どうやらドライフルーツを置いて移動していたのはアルらしい。

「なんじゃと、こんなにも早く合流を果たすとは!」
「にーちゃんの予想、当たったみたいねぃ」
やはり、か・・・ツィーア?
「冒険者を甘く見すぎていたようですね。こちらも全員揃いました、そう簡単にはやられはしませんよ」
「そうそう、後ろの奴もあらかた潰してきたしねぇ」
「神様も見てるってことさね。悪いことはできんよ」
「これ以上来たら、撃つよ?」
「・・・・・・ええい、ならばここでのたれ死ねがいいわっ!」

彼女の側にあった扉からリザードマンとツィーアが消えたすぐ後に、その扉と俺達が入ってきた扉が前触れもなく消えた。
そして、誰からともなく安堵と困惑の溜息をついた。

「やれやれ。はったりが利いたのは良かったけれど、閉じこめられちまったかねぇ」
「全員揃って、まずは何よりですよ・・・大丈夫ですか。ディタさん」
「あたしかい? 無傷とは言わないけど、ピンピンしてるよ」
「だが一応、俺が見ておくさね。他の二人には怪我はないんだな?」
ああ、こっちは大丈夫だ。そちらはどうなったんだ?
「どうもこうも、いきなり弓撃たれるわ襲われるわで大変だったさね。アルとサァラが早く来てくれて助かったがな」
「ええ・・・確信ではないんですが、一度”繋がった””道”はそう簡単に外れないと思ったんです。それで目印を置きつつとにかく先を急いで・・・」
「アルが居てくれたから心強かったょ・・・でも・・・」

サァラはひどく不安げな様子に見えた。何だ?

「閉じ込められたことですか? あの様子なら、また姿を現しますよ。ボク達がくたばる前にね」
交渉のためにな。もっとも、今は絶対ではないにしろあちらの方が有利ではあるが。
「ま、参謀役がああいってるし、過剰な心配をしなくてもいいんじゃないかい?」
「違うの!・・・ぅうん、そうだけど・・・ごめん、ちょっと向こう行ってる」
「おいおい、あまり遠くへ行くなよ」
「だったらおいらも周り見てくるん。頭使うのよりそっちのが楽しそうやしねー」

サァラは向こうの石像をみているようだが、後ろ向きで顔は見えなかった。
キアは石柱をぺたぺた触ったり、よじ登ったり・・・何か分からないか調べているのだろう、多分。遊んでいるようにしか見えないが。
残ったメンバーは情報を交換した。

「あの婆さん、俺達の知らない他の鍵も持ってるんだろうな」
「同感です。この部屋に直接来ていましたからね。鍵の組み合わせによって道を制御できるんでしょう」
「じゃあ、魔法装置の部屋に行けないのは・・・」
・・・おそらく、虫が持っていたこの”新しい進化”の鍵がまさにキーポイントなのだろう。
裏に書かれた文字の組み合わせが行き先、性質を決定するとすればそう考えても不自然はない。
「でも、この状態じゃ確かめようがないねぇ」
「まぁ、様子から察するにこの地底湖も無意味な場所ではないと思うがね。まずはここを調べてみるとしようかね」

オンの提案に、皆が頷いた。
 
一歩前進
アル [ 2005/06/07 7:58:19 ]
  地底湖の周辺。特に巨大な円柱の舞台と様々な虫たちの石像群を調べながら、頭の中で判っていることを整理する。まずは今、居る場所についてだ。“円盾”という廃墟の町。その地下にある古代王国時代の遺跡。“円盾”の由来は、古代王国時代に召喚師の一門として名を馳せたトゥーロットシェル家の家紋に由来する。
 正直、トゥーロットシェル家に関しては、その一風変わった家紋と召喚師として名を馳せながら、己の領分を越えた研究にのめり込み廃れていった家柄であることぐらいしか知らなかった。だが、女性陣が屋敷への道中にツィーアさんから聞いた話や屋敷に残されていた当主の手記などから、どう興り、どう隆盛し、ここで何を成そうとし、廃れていったか……。それが具に判った。

 すべては、家紋が示す通りだったのだ。

 トゥーロットシェル家は、元々、それほど魔力に長けた一門では無かった。独自の家紋を認められるほど高位の貴族でもなく、その昔は、下層の召喚師なら誰もが使う“魔法陣”を家紋として用いていた。それが、変化するのは、下級とは言えデーモンの召喚に成功したことに起因する。もちろん、当時のトゥーロットシェル家当主にはデーモンを支配するほどの魔力がなかったようだが、彼は契約という形でデーモンの助力を得たのだ。デーモンの授ける魔力。デーモン自身の武力。それがトゥーロットシェル家飛躍の大きな鍵となった。どこにでもいる下層召喚師の一門は、その力を頼りにやがて貴族たちの近衛として名を成すようになった。

 その、召喚一つで身を立てた経緯が、今日まで伝わる彼らの召喚師としての名声の元なのだ。

 そして、近衛として貴族たちに重用されるようになった頃、現在、ボク達が見る家紋ができたのである。“盾”を模った紋章……それは主に騎士など武門の家柄に多く見られるものだ。だから、その形状は大概、騎士たちが馬上(古代王国時代はグリフォンやドラゴンの上だったかもしれないが……)で使ったカイトシールドであることが多い。にも関わらず、トゥーロットシェル家の紋章が“円盾”なのは、名も無き召喚師時代に使っていた“魔法陣”から近衛としての“盾”に変化させたからだろう。そこにデーモンの得意とする≪毒虫召喚≫を象徴する“蜂”が加わる。この紋章が完成した頃、それがトゥーロットシェル家の最盛期だった。

 彼らは、デーモンが巧みに操る毒虫たち……特に蜂に魅せられた。自己防衛力と機動性を兼ね備えた蜂を≪使い魔≫にできないだろうか。それが、彼らの研究の動機であり、鍵に込めた“新たなるつながり”のもう一つの意味なのだろう(付け加えるなら「完成にまでは至っていないかもしれないが」とツィーアさんが語った最終目標でもある)。≪使い魔≫は【召喚】の系統に属する魔法だとルベルトさんが言っていた。だから、召喚師の一門であるトゥーロットシェル家がその研究を行うのは理にかなっている。けれど、≪使い魔≫にするには致命的に知力の劣る昆虫たち……。その知力を上昇させようというのは、どちらかというと【拡大】の系統に属する研究だという。

 おそらく、不慣れな研究を始めた事が、災いしたのだろう。元来、デーモンの助力が無ければ、トゥーロットシェル家の魔力など、それほど高いものではなかったのだ。その研究所として、この遺跡を作り、ここに移り住んだ頃、トゥーロットシェル家は急速に廃れていった。ちょうど、古代王国の滅亡とも時期が重なり、その最終的な終焉がどうなったかは、残された書物にも書かれてはいなかったが……。

「……終わらなかったんだろうな」
 嘆息しながら呟く。
「なんの話だ?」
 ボクの独り言を聞きつけたルベルトさんが、隣の石像から寄ってくる。
「いえ。ツィーアさんがトゥーロットシェル家の末裔だったかもしれないって話です」
「お前さん、まだ、あの婆さんを“さん”付けで呼ぶのか? 明らかに敵対してるってのに……」
 呆れるようにルベルトさんが肩を竦める。
「それなんですよねぇ……」

 そう。ボクの腑に落ちない点。それがツィーアさんの行動だった。少なくとも最初に見つけた研究書の書き込みと現状のツィーアさんは矛盾する。書き込みに因れば鉄鋼虫はツィーアさんの予期しない状況で出現し、対処方法にも窮していたはずだ。現状、ツィーアさんがリザードマンを操り、鉄鋼虫を使った襲撃を行っていることと矛盾する。ボクはルベルトさんにそう伝えた。

「……その書き込み自体が冒険者、特に必要だった“鍵”を信用させる為の布石だった可能性もあるだろう」
「でも、【記述の装置を発見】という書き込みもあったんですよ? ボク達の推理通り、この、装置がある場所へ続く“鍵”を虫たちが保有していたのなら、そんな書き込みをしますかね? それも布石で片付けてしまいますか?」
 ボクの発言にルベルトさんが渋面を浮かべる。布石としてしまった場合の無理に気が付いたのだ。仮に“鍵”の興味を惹くための布石だとしたら、その場に連れて行けと言われた時に苦慮するはずだ。人を騙して使おうとする人間が、自分の首を絞めるような布石を敷くだろうか。答えは、もちろん否だ。だとすると……。

「ルベルトさん。ツィーアさんの字って見ました?」
「……いや。お前さんは?」
「ボクも見てないんですよね。今にして思えば、見せないようにしてたんでしょうねぇ」
「そういうことだろうな」

 この遺跡を調査し、書き込みを残したツィーアさんと今ボク達と敵対しているツィーアさんとは、別人。それが二人の答えだった。本物の……(その研究の是非はともかく)跡を継ぐ人のためにこの遺跡を二ヶ月も調査し、書物に書き込みを残した……ツィーアさんは、すでにあのリザードマンを操る老女に殺されているのだろう。もしかしたら、あの老女がこの遺跡に来た段階で、悪用されるのを恐れ、虫たちとともに戦ったのかもしれない。そして“鍵”を虫に託したということも考えられる。

「カルリオには、辛い報告をしなければならないな」
 そう呟いて打ちひしがれたように遠ざかるルベルトさんを見て、ボクはなんとなく焦りを感じた。

 本物のツィーアさんが、今までルベルトさんが疑ってきたように依頼主の縁者だとしたら、その死を報告するのは、ルベルトさんにとっても苦痛だろう。そんな不安を抱いた状態で正しい判断ができるだろうか。知識を求める人々は、どのような心の葛藤を抱えていても常に正しい選択をし続けられるよう己の感情を殺し、冷静でいなければならないのだろうか。それが、理想の一つではあるのかもしれないけれど、いまのボクには到底、そうはできない。ボクに出来ず、想像も出来ない以上、それがルベルトさんにできると期待するのは、楽観ではないだろうか。だとすると、今後は、ルベルトさんの意見の成否をボクが判断しなければならないのだろうか。

 そんな焦りだ。

「アル、なんて顔してるんだい?」
 そう言いながらディタさんが近づいて来たのは、三つ目の石像を調べてる最中だった。
「え? どんな顔してました?」
 不安。焦燥。困惑。弱気な自分を叱咤しようとしながらも自信が持てずにいる現状。
 おそらく、それらが如実に浮かんでいたであろう自分の顔を思いながらも、平静を装って答える。
「……そうさねぇ。うちの長男が赤ん坊だった頃、初めて熱を出した時の宿六みたいな……ってとこかねぇ」
「え? それって、どういう……?」
「気ばっかり焦ってて、まったく役に立たなそうな奴の顔ってことさね」
 正鵠を射られて硬直する。
「いいかい、アル。オロオロしてるだけじゃ赤ん坊だって不安で泣きじゃくっちまうよ。自分が最善と信じる方法で動くのさ。間違ったって構いやしないよ。あたしらは赤ん坊じゃないんだ。ちょっとやそっとじゃ死なないし、あんたが間違ってると思や、意見だって言えるんだからね」
 そう言って、ディタさんは、ボクの背中を思いっきり叩いた。

 ……そうか。そうだよな。
 過ぎたるは及ばざるが如し。自分の発言がパーティの命運を握る状況もあると責任を自覚することも勿論大切だけど、そのことに責任を感じすぎて押し潰されそうなほど萎縮した状況で考えを巡られせたって、役には立たないよな。逆に無理に自分の出来そうも無いことをしようとすれば、トゥーロットシェル家の二の舞だ。ボクには、ボクのやり方、得意な分野があるんだ。人を気にしても仕方ないよな。ルベルトさんは、ルベルトさん。ボクは、ボク。そして……。

「ディタさん。ありがとう御座います。おかげで、何か吹っ切れた気がします」
「なぁに、あたしから見りゃ、あんたもまだまだ子供みたいなもんだからねぇ」
「子供……ですか。それじゃ、ちゃんと冒険仲間だと思ってもらえるよう、一つの推論を提示しますから、みんなを集めてもらえますか」
 生意気言って……とでも言いたそうな笑顔を残してディタさんが、周囲に散っていた仲間の元へ歩いていった。
 
見えてきた真実
ディタ [ 2005/06/11 0:18:50 ]
 「これはあくまでも僕の推論ですが……」

 あたしが皆を集めてくると、そう前置きしてアルが語り始めた。これから自分が語る事が、あたし達の命運を決めかねないのだということを、その目は十分に覚悟していた。己の気の弱さを、自らの意志によって押さえ込んでいる様子が見て取れたが、この旅の始めの時と比べれば、それは大きな成長と言っていいものだろう。

「トゥーロットシェル家が研究していたものは、虫を使い魔化するための知能の上昇に関するものであったことは、ほぼ間違いないと思います。そして、その研究はほぼ完成していたものの、古代王国滅亡と共に、長い年月の間、忘れ去られていたのでしょう。この街にいる巨大化した昆虫達は、その研究の影響化にあると思われます。キアが彼らから聞いた話によると、彼らはずっとトゥーロットシェル家が残した魔法装置の呪縛から逃れようとして来たようですが、彼らの力だけではどうしようもなく、代を重ねながら自分達が解放される日を待ち続けていたようです。そして長い年月が流れ、この街に辿り着いたのがツィーアさんだった……」

 考えてみれば哀れな話だ。この街の虫達は、人間の勝手な都合で過分な知恵を与えられ、そして、勝手な都合で放り出されたのだ。彼らが人を信じられず、長い間、草妖精の到来を待ち望んでいたというのも頷ける気がした。
 そんなことをあたしが考えている間も、アルの推論は続いていた。

「我々が先ほどまで一緒にいたツィーアさんは、おそらく、本物のツィーアさんではないと思われます。僕達が来る前から、この遺跡を探索していたツィーアさんと、私達が出会ったツィーアさん。この二人の行動は、矛盾点が多すぎるんです」
「うん、それは……私もちょっと思ってた。あのお婆さん……ちょっと怖かったもん」

 サァラがおずおずといった感じに、アルの意見に同意を示した。その件に関しては、あたしも同意見だった。ただの老人というには、あまりにも隙がなく、逆にこちらの隙をうかがっているような、そんな印象をあたしも抱いていたからだ。
 アルの意見に、ルベルトが続いた。

「恐らくあの偽物の老婆は、リザードマン達と共に、この街に眠る魔法装置が目的なのだろう。きっと、自らの身の危険を感じた本物のツィーアさんは、文字通り“鍵”となる物を、自分の身内である今回の依頼主に密かに送ったんだと思う。“鍵”となる物は複数あるみたいだから、何人かの人物に送ったのかもしれんが。ここの虫達が手に入れていたのも、その一つだと思われる。ただ……肝心の本物のツィーアさんが、今どうなっているのかは……」
「死んでしまったよ。魔法装置を動かすための“鍵”のありかを、いつまでたっても吐かないんでね。少々、痛めつけすぎちまったのさね」

 突然の老婆の声に、皆に一斉に緊張が走る。先ほどとは別の場所に新たな扉が現れ、そこから10人近くのリザードマンと共にツィーアの名をかたっていた老婆が現れていた。

「……ただの冒険者風情には何も分かるまい、と思ってたんだがねぇ。どうやら、少しは知恵の回るものがいたようだね。そう、あんた達の考えは、ほぼ当たってるよ。私はツィーアと言う名じゃない。モルネという名のしがない魔術師さね」

 モルネと名乗った老婆を守るように、リザードマンの戦士達が円陣を組む。あたしも斧を手に、皆の一歩前へと出るが……まずいね。かなり倒したつもりだったが、まだこれだけのリザードマンが残ってたのは誤算だった。キアとオン・フーもそれぞれの武器を抜いて、あたしの後ろで身構えてはいるが、数の差はいかんともしがたい。
 それに、もう一つ不安要素もあった。予想はしていたようだが、ツィーアの死を改めて確認させられ、ルベルトの顔が苦悶にゆがんでいる。こちらの頭役を多少なりとも動揺させられたのは正直痛手だ。もちろん、相手もそれを見越した上で、ツィーアの死を告げてきたのだろう。伊達に歳は食っていないようだ。駆け引きというものを知っている。

「言っておくけど、ここまで来たら交渉なんて無駄だからね。このリザードマン達はね、あんた達を倒したくてうずうずしてるのさ。あたしが命じたところで、今更戦うのを止めやしないよ」
「ちっ、融通のきかない奴らだぁね。そんなにしてまで、虫達の知能を上げる装置が欲しいってのかねぇ」

 オン・フーの怨嗟の声に、モルネは一瞬、不思議そうな表情を浮かべたあと、いやらしげな笑みを貼り付けたまま言い放った。

「まだ勘違いしてるようだねぇ。このリザードマンどもは、ここの装置なんざ欲しちゃいないのさ。こいつらの一族はね、古来より虫を友とし、共生関係を築くことで繁栄してきた一族なのさ。こいつらにとっては虫達は、かけがえのない友人なのさ。その友人が、古代の魔術師の残した呪縛により、望まぬ進化をさせられ、いまだに苦しんでいる。そう教えてやったら、こいつら報酬も望まずに私を手伝ってくれると言い出してね。しかも、友人である虫達を解放するためならば、命も惜しまず戦うときたもんだ。こんなに便利で頼りになる奴ら、利用しない手はないだろう?」
「なんとー。それなら、おいらたちとリガイがイッチしてるじゃないかねー。おいらたちも、ここのまほーそうちが欲しいわけじゃないんよ。虫達が困ってるから、かいほーしてあげようと思っとるんんよ」
「ほっほっほ、おバカな草妖精だねぇ。確かにあんた達とリザードマンどもの利害は一致しとるがね。だが、わしとは一致しない。わしの目的は、あくまでここの魔法装置さ。もっとも、リザードマンどもにとちゃ、あんたらが虫達の呪縛の根元である魔法装置を狙う悪党、わしはリザードマンと共に虫達の解放を望む仲間になっとるがねぇ」

 背後から聞こえてきた、いくつかの息を呑む声で、仲間に新たな動揺が走るのがわかった。モルネの言葉を信じるなら、リザードマン達はモルネに騙されているのだ。
 あたしは内心、舌打ちをせずにはいられなかった。ただでさえ戦力差がある上に、戦うべき相手は、あたし達と目的を同じくする者達だと告げられてしまったのだ。あたしはともかく、これでは仲間達は全力を出して戦えまい。
 心理戦では向こうの方が一枚も二枚も上手のようだ。頼みのルベルトも、ツィーアの死という先手を打たれたことにより、いつもの頭の切れが戻ってきていないようだった。

 これは……あたしが踏ん張るしかない、か……。そう覚悟を決めかけた時、逆転の一手が予想外のところから放たれた。

「……目的は魔法装置、と言いましたが……嘘は言っていませんが、本当のことも言っていませんよね、モルネさん」
 小さくはあったが、しっかりとした意志のもとに放たれたその言葉は、アルのものだった。
「ここにある魔法装置は虫の知能を高めるもの。それを有効に使えるのは、虫を自在に操る術を持つものだけです。確かに、そこにいるリザードマン達のように鉄鋼虫をはじめとする虫達を操れる者ならば、ここの魔法装置は大きな意味を持つでしょう。しかし、リザードマン達は魔法装置を破壊し、ここにいる虫達を解放しようとしている。そして、モルネさん。あなた自身には、虫を自在に操る術はない。あなたが魔法装置を手にしたとしても、それをいかす術がないのでは、手に入れた意味がない。あなたの目的は、もっと他にあるはずです。そう……あなたの本当の目的は……魔法装置の力の源たる、デーモンの力を手に入れることではないのですか?」

 アルの声は自信に満ちていたと言っていいだろう。だが、数日とはいえ、共に冒険をして来た者達にとっては、アルが精一杯の努力のすえに絞り出した声だということは容易に想像できた。恐らく、心の中では、震えそうになる自分を必死で奮いたたせているのだろう。

「滅びたとはいえ、トゥーロットシェル家の秘術はデーモンを召還し、その力を自在に操っていたことに変わりはない。そして、いまだに魔法装置の効力が生きているということは、デーモンの力も生きているということ。ここにある魔法装置は虫の知能を高める物ですが、裏を返せばデーモンを自在に操ることを可能とするものでもある。あなたの本当の狙いはそれですね?」

 モルネの沈黙が、なによりアルの考えが正しいことを雄弁に語っていた。無表情を装っていたが、思わぬ相手に真意を見抜かれたことで動揺しているのが、ありありとわかった。悔しそうに顔をゆがめ、絞り出すようにリザードマン語で、周りにいるリザードマン達に命令する。リザードマン達が武器を構え、ゆっくりとあたし達に近づいてきた。

 よくやったね、アル。あんたは立派な、安心して背中を任せられる仲間だよ。あんたが向こうの真意を見破ってくれたおかげで、向こうに傾きかけていた流れを、五分五分に近いところまで引き戻すことができた。
 あとはあたし達の仕事だ。なんとしてでも生き残って、あの婆さんの野望を打ち砕いてやらないとねぇ。
 
契約の悪魔
サァラ [ 2005/06/13 23:32:12 ]
 誰のものかも判らない怒号や悲鳴。
血の臭い。
気持ち悪いって心の何処かでは思いながら、わたしの手は止まる事がない。
モルネとリザードマンがみんな同じところから来てくれたから、わたしはみんなから少し離れた瓦礫の固まりまで下がって、壁を背に隠れた。
そこから、狙えるところにいる"敵"の、喉元や顔を狙って弓を引く。
ディタが一番前に出てリザードマンの固まりを小さくしてくれて、みんなが其々の武器を手に、一人ずつ確実に倒していった。
ルベルトが魔法を使うと、武器に火がついたり光の矢が飛んだり。
それに、オン・フーが傷を治してくれたりして、魔法って本当にスゴイな。
鋼鉄虫は‥ちょっと心配してたけど、どうしてだろう。今は使ってこない。


「何やってるんだい、役に立たない奴等だね!」
モルネが苛々と怒鳴り散らす声が、いろんな音に紛れて消える。
最初向こうの方が有利に見えたのに、暫くしたらモルネと2、3人のリザードマンだけになっていて。
残った"敵"は、モルネ以外は闘う気を無くしたみたいに見えなくもないけど‥。
でも、モルネに大声を出されてみんな一斉にディタに向かっていった。わたしもまた、弓を引く。
ちょっと可哀相かもしれないけど、言葉が通じないんだから話し合いはできない。
それに"友達"を道具みたいに飛ばしてくるようなヒトたちと分かり合えるワケない。


モルネは魔術師だって言ってたのに、魔法を全然使わなかった。ただ、時々顔が凄い形相に歪められて人間じゃないみたい。
そのうち、声にも低く唸るようなものが混ざり始めた。
「‥オォ‥‥お前ェラァァア‥」
「あんた、いい加減に観念しな!デーモンの力が欲しいだって?それを自由にするだけの技量、あんたにあるのかい!?」
ディタが、リザードマンの肩口を大きく割った。ぐしゃっと音がして、最後のリザードマンが地面に崩れる。
「黙れ!!わシは‥ヮ‥‥シ グゥウァァあアアァ‥」

「お前さん、どうやらデーモンの力の欠片さえ制御できていないようだな?」

何だか様子が変わってきたモルネに、ルベルトが静かに語りかけた。
「ツィーアから鍵の在り処を訊き出せないまま殺してしまったお前さんは、魔法装置そのものを調べて別の方法を見つけようとした筈だ。大方そのときにでも唆されたんだろう、"装置を解除すれば、もっと強大な力を与える"とでもな」
「トゥーロットシェルの屋敷もそうですが、どうやら此処の遺跡は内部からの破壊には防御が働いていないようですね。せっかくデーモンから分けてもらったほんの少しの力で、遺跡を壊してしまっては元も子もありませんし‥」
「それで、魔術師だなんぞと名乗った割に何もしてこなかったんだぁね」
「恐らく、魔法装置を破壊したりただ止めただけでは、装置に縛られたデーモンは自由にならないのだろうな。本来なら完全に支配できる虫たちに手が出せないのも、ここの虫たちが"装置の影響を受けた研究対象"とみなされているからじゃないのか?」
「そして、トゥーロットシェル家に縁がある人間を伝って『進化の鍵』を持ってきたボクたちも、"関係者"になっているのでしょう。力を得る為にトゥーロットシェル側は大きな代償を支払ったと思いますが、デーモンの方も窮屈な契約をしましたね」

ルベルトが、一歩だけモルネとの距離を詰めた。
「お前さんも、もう分かっただろう?デーモンの力など、お前さんのものとは成り得ない。このまま力に固執し続ければ、完全に己の意思を失うぞ。そこまでして悪魔の力を得たいのか?」

何も言わないで俯いたモルネの止まない唸り声が、静かになった地底湖に響いた。
 
わからないこと
キア [ 2005/06/14 3:04:09 ]
 壊された装置は、耳なりのよーな音を立てていて、それから静かになって今までの時間をおわらせた。
 装置を壊されただけじゃデーモンはカイホウされんと言っとったから、きっとデーモンもこのまんま。
 大体おいら達じゃデーモンなんか出てきたら、たちうちできんもんねー。

 今おいら達は、地底湖の部屋にいる。ルベルトのにーちゃん達がデーモンの力のことを話とるけど、おいらはその辺の話にはキョーミないからパス。
 結局、お宝らしーお宝もなかったんしぃ、骨折り損って奴にならんだけましだけど………まぁ、デーモンの力や虫さんを利用とか、そんなぶっそーなお話にならんとよかったと思うん。
 で、おいらはルベルトのにーちゃん達が話をしているその間に何をやっとったかと言うと、サァラとディダにきょーりょくして貰っておっきな穴を掘った。
 リザードマン達をそこに寝かせて、土をかける。言葉がわかれば、こんな事にならんかったんにね、せめて大地に返りますよーに。

「お墓…………か」

 うみ、そだよう……ホントは生まれた湿原に帰りたかったろけど、ごめんしてな、おいら達も死にたくはなかったんよ。

 
 リザードマン達を利用するだけ利用した、モルネだっけ? あのばーちゃんは装置の部屋、装置の前に倒れている。
 おいらには、その力にコシツし続けたりゆーはわからんし、きっと解りたくもないん。ただあのばーちゃんは、そこまでして欲しかったという気持ちだけ、いやなぐらい残して逝った。
 
 そう、逝ったんだ………デーモンの力を手放すことも出来無くって、うめいてもがいて、あのばーちゃんは装置のある部屋に行った。おいら達も追いかけていって………。


 装置のある部屋にはいって聞こえたのは、細い耳なりのよーな音と悲しい高笑い。見たのは、部屋の中央にチンザする魔法装置と、寂しいばーちゃんの姿と……ノドモトに吸い込まれる短剣。


 おいらには、きっとそこまでした、あのばーちゃんの気持ちはわからんだろう。 


「さて、いくかね…………虫たちにも報告しないといけないからねぇ」
 ディダの言葉に、みんなが出口へと向かい出した。
 
終えたその夜
オン・フー [ 2005/06/16 23:26:23 ]
  月と満天の星空の下。
 周囲は通り雨でも降ったか、湿った空気が漂う。
 周囲の草や葉に雫が光を微かに反射する。
 死んだリザードマンが故郷の湿原を想っての涙のように見えた。

デ「やれ、スケルトンの骨折り損とゾンビのくたびれ儲けってやつだぁねぇ」
サ「本当だね・・・疲れちゃった。色々とありすぎて」

 あっけなく事は終わり、地表に戻った俺達。
 こうして空の下にいると、今あったことは夢幻に過ぎなかったかた思う。
 だが、事実あったこと。皆の顔の疲労と達成感が表情に滲み出ている。

 結局、円盾に唯一残っていた遺物はあっけなく、そして其の役割を終えた。
 今、円盾に残ったものは、古き呪縛から解放された巨大な虫達。
 そして今度こそ忘れ去られゆく、真の滅びを待つ街並み。
 やがては荒野の一部に成り果ててゆくだろう。

ル「あの虫達、何と伝えてきた?」
キ「んーとね・・・嬉しいんかー、困ってんかー、よくわかんないん」
ア「と、いうと?」
キ「前来た時みたいにせんめーじゃないんよ」
ア「つまり、魔法装置の力が失われたせい・・・ですか」
サ「そういうより、元通りになったのじゃないのかな?」
キ「んみゅ、どっちにしても、虫さんには、どーでもいいんみたいね」

 虫達はキアの言葉通り、ここを訪れた時の様な行動が無くなっていた。
 ただただ、その大きい体以外は、本来の虫と大して違わない。

ア「そうですね・・・確かに。本来あるべき姿に戻ったと」
ル「そうだな。しかし、思った以上に大変な仕事になってしまったな」
デ「猪に、鋼鉄虫に、リザードマン。ま、息子の子育てよりは楽さね」

 皆がそれに笑う。
 それぞれの胸に複雑な感情を持ちつつも。

 最初はばらばらだった皆。
 今回の件で、次第に、確かな絆を結び、今、こうして強い絆となった。

オ「ま、こうして皆、何とか無事にいるだけで儲けものさぁね」
ル「だな。ま・・・宝も無く、少々後味の悪いものとなったが・・・」

 宝こそなかった。
 だが、こういうことで手に入れた絆は、何よりの宝といえよう。

サ「でも、虫達を解放できた」
キ「うみゃ、虫さん、よかったね。もう、自由なんよ」

 其の声が聞こえたかどうか。
 巨大な虫は暗闇に消える前に、喜ぶように羽音を大きく振るわせた。
 もう、何にも縛られない、その自由さに。
 
閉幕
終わり [ 2005/06/17 23:44:34 ]
 ・・・そして、およそ半月後。
オランの魔術師ギルド敷地内のとある部屋の前で佇むルベルトの姿があった。
あの遺跡から持ち帰った大型の本を手に、しばらく迷うようなそぶりを見せていたが・・・やがて意を決したように、戸をノックし、中へ入っていった。

数刻の後、部屋から出てきたルベルトは無言で天を仰いだ。
友人を慰める言葉は、結局見つからなかった。そんなものは、もしかしたら無かったのかも知れない。

カルリオにはカルリオなりの思惑があって。だからこそ、皆に何も言わず送り出した。
彼なりの確執や、名誉欲も確かにあった。だが・・・。

「やりきれんな・・・」
それだけ呟いて、ルベルトはその場を後にした。


同日、夕刻。
”きままに亭”のテーブルを囲む一同の姿があった。

「・・・で、ダイジョーブなん、そのお人?」
「ここで立ち止まるような奴じゃないさ。いずれ彼自身で行って見てくると言っていたしな」
「そうですね、話を聞くとなかなかしたたかそうな人ですし」

「しっかし、お宝もなかったし、ちょっと残念だねぇ」
「でもでも、虫が自由になって良かったと思う」
「ま、それもまた成果さね。手に入れられるものは財宝だけじゃなしってね」

雑談の間に、料理と飲み物が運ばれてくる。
ささやかな宴会の用意が整った。

乾杯の声とともに、杯がぶつかる。
楽しげに飲み、食い、話し、笑う。

考えるべきことも、判らないことも残った。
見つけたもの全てが、面白おかしいものではなかった。

それでも少なくとも今この時を、一旦の休息を。
めいいっぱい楽しむそのうちに、夜はふけていった。