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氷乙女の護衛
イベンター(?) [ 2005/06/28 21:58:42 ]
 <依頼の内容>
依頼主−−タトゥス老(ムディール人街、“小孔雀街”での実力者の1人)。
仕事内容−タトゥス老が所有する氷室から小孔雀街へ、氷塊の運搬。
目的地−−オラン北西に位置する山脈の麓、パドマ村。
所要時間−やや登り傾斜のため、往路5日、復路4日。タトゥス老から派遣される、馭者付きの一頭立て馬車を使用。
報酬−−−現金500ガメル。及び、溶けずに運べた氷塊の1/4。
期間−−−6/29オラン発→7/3パドマ着〜7/5パドマ発→7/8オラン着

<イベントにおける詳細>
イベントの期間も、6/29〜7/8とします。

第一次〆切:7/1
第二次〆切:7/4
第三次〆切:7/8

参加者は、上記〆切の間に最低1編は宿帳を上げてください。つまり、1人当たり最低3編上げることとなります。
連続投稿ではない限り、何編上げてもOKです。
順序は特に決まっていません。誰かに先にあげて欲しい場合、もしくは自分がもう少しで書き上がるため少し待って欲しい場合などは、個人的にICQでのやりとりで解決するものとします。

各自の所持品等は申告制ではないので、ストーリー展開上で何かが必要であれば、不自然ではない限り「実は持っていた」とすることが可能です。
逆に、偶然持っていては不自然だけれど、これだけは持っていきたいといったようなものは、初期のうちに宿帳の中でその描写をしておきましょう。

6/29の朝にオランを発つことになりますので、6/29/0:00〜朝までの間は、宿帳がやや先行する形となります。
その他にも、時系列がやや乱れることが予想されますので、宿帳の冒頭に日付を記してください。
 
出立
ラス [ 2005/06/28 22:45:32 ]
 <6の月29の日>

予定通り、俺たちはオランを発った。
馭者つきの馬車に乗れる仕事なんてのも、そうそうあるもんじゃない。行きは特に危険も予想されないし。

今回の依頼は小孔雀街の重鎮、タトゥスの爺さんからの依頼だ。
この爺さんからの依頼は以前も受けたことがある。報酬はさして高額というわけじゃない。実際、前回の時には、相場よりかなり安い金額で引き受けた。
この爺さんからの依頼は、報酬よりもその人脈が魅力だろう。
ムディール人街を仕切っている有力者の1人だから、この爺さんと繋がりを持っておけば、後々、役立つことが多い。
俺が盗賊として動く時ももちろんだが、冒険者として動くときでも、この人脈はなかなか貴重だ。
そう思うからこそ、この仕事を俺に持ってきたシタールも、爺さんの使い走りをしているんだろう。
……だから別に、今回の報酬の「おまけ」である氷塊が目当てだとか、最近暑くなってきたから涼しい仕事がしたかったからとか、そういうことだけじゃない。はずだ。うん、多分。

仕事を受けて、仲間に選んだのは2人。
野伏であり戦士でもあるアスリーフ。と、うちのクソガキ(注:ファントー)。
ファントーも、平時に時間をかければ、精霊のコントロールが出来る(かもしれない)と言うので、フラウを宿らせるための触媒は俺の分も含めて2つ用意した。
「氷の精霊を宿らせるのって、やっぱり氷?」
なんてアスリーフは言ったが、なんのことはない、ただの水晶だ。
水晶なら、ノームの精霊力は薄いし、魔法の触媒としては入手しやすく、使い勝手もいい。
首飾りとして加工されてる水晶を2つ買ってきて、1つをファントーに放り投げる。……なくすなよ。

アスリーフはさすがに慣れているらしく、荷物もコンパクトで、それでいて武器防具もぬかりない。
一応、念のためにということで、俺の家に置いてあった、銀のレイピアをアスリーフに渡した。
俺が今のダガーを手に入れるまで使っていたものだから、アスリーフにはかなり軽いだろうけれど。
「備えあれば……えぇと、なんだっけ。まぁとにかく、備えるに越したことはないからねぇ」
それにしても軽いねぇ、とレイピアを手にアスリーフが笑った。

そしてファントーのほうはといえば……荷物がでかい。なんでだ。
「へへー。お弁当だよー。お昼くらいは贅沢にいきたいじゃん。保存食ばかりじゃ飽きるでしょー?」
昨夜からごそごそしてたのはそれか。

まぁ、馬車の旅である以上、多少荷物が多くても困りはしないが……。
野外での仕事というのを意識して、肌を見せない上着にしたせいか、馬車の中は暑く感じる。
おっさん(←馭者)、この幌、取り外せねぇの?
……いや、確かに取り外したらまた付けなきゃならねぇけどさー。

あ。そだ。
(風を求めて、馭者席に移動)
……うわ。ここも暑い。今日はなんでこんなに天気いいんだよ……(舌打ち)。


そして途中で食事休憩をとる。
ファントーが大量に用意した弁当を馭者のおっさんも含めて4人で片付けた。
暑くて食欲が…なんてことも言ってられない。仕事中だし。
ということで、やや胃もたれ気味な以外は、全て予定通り。
夕刻には、宿場町に到着した。……早く氷室につかないかなー(←せっかち)。
 
パドマ村
ファントー [ 2005/06/29 17:45:23 ]
 <7の月 3の日>

 朝。

「お前の故郷ってどのへんだっけ」
 御者台に腰掛けたラスが聞いてきた。風に吹かれて、とても機嫌がよさそう。
 陽射は相変わらず強いけど、昨日までと比べたら、空気が涼しくなってきた。
 それはつまり、オランよりも高い土地にいるとゆーことだ。
 今、馬車は山道を登っている。真っ直ぐで緩やかな一本道だ。
 御者のおじさん曰く、一時間もすればパドマに着くということだ。

 パドマのある辺りはエストン山脈の端っこにあたるらしい。
 オランの学者がそう決めたんだとか。
 そこに住んでる人たちにはあまり意味のないことだと思うんだけどね。
 ちなみに、オレが住んでた山は、もっとずっと北にあるので、ここからは見えない。
 歩いていくと一ヶ月はかかると思う。ちゃんとした道がないからね。

 パドマもそうだけど、氷室を持ってる村はどこも特別なんだって。
 氷は貴重なものだし、貴重なものは偉い人のものだからだそーだ。
 だから王様御用達の氷室なんてのもあるらしい。へー。
「お前にゃぴんと来ないだろうけどな」
 うんうん。

 アスリーフとラスが話を始めた。今度はオレが御者台に座る。
「…だから、小孔雀街の連中は指折りの長者揃いというわけだ」
「氷室を持つ村と直に取引してるわけだしね。納得できた」
「そして、(タトゥスの)爺さんは、その小孔雀街の重鎮だ」
「そんな人と繋がりがあるとは大したもんだよ」
「あの爺さんの覚えがめでたいに越したことはないぜ。財布の紐は固いけどな」
 二人の笑い声を聞きながら、オレは御者のおじさんと話をした。
 氷は一番安いものでも、同じ重さの金貨の分だけするんだって。へー。
 そんなことを話してるうちに、オレたちはパドマに着いた。

 昼。

 オレたちは村の入り口で馬車から降りた。
「大したもんだね」
 アスリーフが目を丸くして村の建物を見ている。
「大きい家ばかりだ。どれも立派なつくりをしている」
「村が豊かだからな。人にも物にも不自由しないんだろう」
 そんなことを話していると、一人のおじさんが声をかけてきた。
 おじさんは、氷室の管理人らしい。
 長旅でお疲れでしょうといって、おじさんはオレたちを大きな家に案内した。
 訪問客のための休憩所だ。宿泊できるのはここだけらしい。
 オレたち以外の客はいないらしく、家の中はがらんとしていた。
 ちょうどお昼だったので、ご飯が出てきた。
 新鮮な肉と魚が出てきたのを見て、ラスとアスリーフがため息をついた。
 いただきまーす。
 あれ、二人ともそのまま動かない。
 食べないのかな?
 あ、食べ始めた。

 ご飯の後、しばらく寛いでから、氷室へ案内された。
「うわっ、寒いなあ」
「ここだけ季節が違うな」
 茅葺の小屋の中は真っ暗だけど、オレとラスの目には床下の青白い塊がはっきり見える。
 床下は深く刳り抜かれ、そこに茅で包まれた氷がいっぱい入っている。
「こうしておくだけで半年近く持ち堪えるっていうんだから大したもんだよな」
 ラスが感心した様子で言ってから、オレを見た。手には水晶をつまんでいる。
「さて、それじゃ始めるぞ」
 今日はフラウを取り込むまでが予定になってる。
 よーし、やるぞ!

 すぐに、ラスの水晶に、フラウが入り込んでいった。
 早いなあ。
 オレは全然だめ。
「お前にゃ、まだ難しかったかな」
 ラスがにやりと笑う。
「俺一人でも困らんが、どうする。やめとくか?」
 いーや、やめない!まだ時間はあるしね。
「いい面構えだ。じゃあ、俺たちは先に戻ってるからな。氷に触ったりすんなよ」
 ラスはとっとと氷室から出て行った。はくじょーだ。
 アスリーフはがんばれよ、と言ってから出て行った。
 氷室の中はオレ一人だけになった。


 あぐらをかいて目を閉じる。気持ちを集中させる。
 フラウの気配が肌に感じ取れるようになってきた。
 こいこい。飛び込んでこい。

 オレの心に、何かが触ってきた。
 青くて白くて冷たくてとらえどころがない。
 フラウだ。
 フラウ。
 …あれ?
 違うのかな?
 …ん、何か声が聞こえる。
 なに?
 なんて言ってるの?
 ……?
 精霊の言葉じゃない?
 あ、いなくなった。
 今のはなんだろう?
 あ、また来た。
 お、フラウだ!
 オレの頭の中に、フラウの姿がいっぱいに広がってきた。
 やった、今度こそ巧くいくぞ!

 それからしばらくかかってフラウを水晶に導いたときには、オレはあの不思議な気配のことをすっかり忘れていた。

「…ファントー、まだかな。もう一時間になるよ」
「まー放っておけ。修行だ修行」
 
儀式
アスリーフ [ 2005/06/30 1:42:37 ]
 <7の月3の日>

氷とは冬のもの。寒さとは冬のもの。
それでもいろいろな手段でその一部を切り取って、夏の中に持ち込むことが出来るらしい。
目の前の氷室もその手段だし、精霊使いの魔法もそう。

精霊を宿らせるとか言う儀式は物珍しいものではあったけど、想像していたようなものじゃなかった。
静かに精霊に呼びかけること。随分と時間がかかるけれど、何が始まって何が終わっているのかおれにはよくわからない。
まぁ、当然かな。
ラスとファントーの様子を眺めたり、周りの傭兵に話しかけたり・・・そのうちに時間が過ぎていった。

「まぁ、儀式っつっても精霊使いによりけりだ。やり易い方法ってのがそれぞれあるからな」
ラスはそう言って、水差しから手元の杯に水を注いだ。笑いつつ言葉をつぐ。
「だけどな、じろじろ見るのは止せ。気が散る」
あはは、ごめん。・・・それにしてもファントー、もう随分経つよね。時間をかければ成功するもんなの?
「んー、そういうものでもねえんだよな。やっぱり・・・」(ばたんっ!←ドアを叩きあける音)
「ラスー、みてみてーっ! やった出来たよほらフラウ・・・」(ばきっ←ラスの拳)
「・・・嬉しいのはわかるが、高級な扉をぶっ壊す気か?」

そんな微笑ましいやり取りを見た後、おれは部屋から外に出た。
部屋の中では、ラスとファントーが話をしている。
30点とかファントーが騒ぐ声とかが聞こえてきたから、評定や評価をしているんだろうか。
どっちにせよ、おれには理解できない次元の話、その場でぼんやりしていても仕方が無い。

午前とは全く風向きが変わり、今の季節は長く頭上にとどまる日もそれなりに傾いている。
空気が鼻に突き刺さるような感じがする。おかしなことは、何も無いはずだけど。
・・・空には大きな雲。夕立でも来るかな・・・この暑さが和らげば良いんだけどな。
 
THE THING
ラス [ 2005/06/30 20:49:46 ]
 <7の月 5の日>

アスリーフの言葉通り、一昨日は夕立が降り、夜にはあっさりと雨があがり。
けれど、翌日(4の日)には朝から雨に降り込められた。
もともとこの村で1日休んでいく予定だったから、予定に狂いはない。
ただ、雨の影響で道がぬかるんでいることと、湿気のせいでひどく蒸し暑いことが気に掛かる。水気と熱気とで、氷が溶けやすくなるかもしれない。

朝、茅に包んだ氷を馬車の荷台に積み込むときに、少しだけ妙なことがあった。
村の男たちが氷を積み込んでいるのを、俺はなんとなく眺めていた。別に手伝っていたわけじゃない。荷はこびは仕事に含まれていなかったから。
アスリーフは、山の天気のことを馭者と話していたようだ。馭者席の付近で2人とも空を見上げていた。

ふと。
誰かに呼ばれたような気がした。アスリーフのほうを振り向く。
するとアスリーフと目があった。向こうも同時に振り向いていたのだ。
「ラス? 今、呼んだかい?」
口に出したのはアスリーフのほうが早かった。
──奇遇だな、俺も今そう聞こうと思っていたところだ。
そして俺たちはまた同時に首を傾げた。

程なく、ファントーが走ってきて、朝食の準備が出来たと告げる。
じゃあ、さっきの呼び声はファントーだろうか。……いや、そんなタイミングじゃない。
結局、俺もアスリーフも、村の男たちが作業している声がちょうど呼び声に聞こえたのだろうと結論づけた。


これ見よがしに豪勢な朝食と、昼食用の弁当を貰って、出立する。
雨でぬかるんだ道は馬の足を時折鈍らせるけれど、予定に狂いが生じるほどではないようだ。
馭者台にはファントー。俺とアスリーフは荷台の後方に陣取っている。
見ると、アスリーフは何か考え込んでいた。
時折空を見上げているが、天気を心配しているわけではなさそうだ。
首を傾げ、空を見上げ、そして……荷物に目を配る。その繰り返しだ。
だが、俺もほとんど同じ事をしていた。何かが……何かはわからないけれど、何かが気に掛かる。
アスリーフも感じているということは、精霊力の異常というわけではないだろう。実際、それに関しては何の異常も感じない。

「ねぇ、ラス……」
なんだ?
「んー……うまく言えないんだけどさ。……なんかいそうじゃない?」
うっわ、ずるいぞ、おまえ。
「ずるいって何がさ?」
そういう曖昧な言い方。……まぁでも。うん。なんかいそうだよな。
「あ、真似したね?」

氷を見る。茅に包まれた氷は、表面にうっすらと水滴を浮かべてはいるが、まだ溶け始めていない。
氷自身が発する冷気が、馬車の荷台に充満しているからでもあるだろう。
もちろん、俺とファントーが交互に氷乙女に呼びかけてはいるが。
氷を観察した結果を、アスリーフに告げる。

氷自体には、フラウの気配しか感じない……と思う。
「ずるいなぁ、ラスも曖昧な言い方してるじゃないか」
無茶言うな。薔薇の花束の中から、匂いだけで、たった1本の菫を探し出せるか?
「ってことはさ、逆の言い方をすると、その可能性は考えられるんだよね。言いきれないわけでしょう?」
……まぁ、そうだな。

「ねーねー、ラスー。そういえばさー」
脳天気な声と顔で馭者台から振り向いたのはファントー。
「フラウに似た気配のものって何かあるかな?」
……はぁ?
「なんていうか……うーんと、とにかくちょっと似た感じの何か。かなぁ?」
……物質界での姿形ならシルフに似てるな。別の要素というのなら、ウンディーネに少し似てるところもある。
ただ、精霊の力ってものは似てるとか似てないなんてものじゃない。間違うはずもないものだろう?
「うーん。そっかー」
なんだよ、はっきり言えよ。
「考え中だよー」

殴ろうとしたら、アスリーフに止められた。
 
氷河の声
ファントー [ 2005/07/01 11:51:59 ]
 <7の月 5の日>

 夜。

 往きのときにも泊まった小屋の中。
 アスリーフが最初の見張り番をして、オレたちは横になっていた。
 オレはなんだか寝付けなかった。
 なんだろう。心がざわざわしている。
 修行が足りないのかもしれない。
 どんなときにも休むことができないとぼーけんしゃとはいえない。
 とラスがいってたので、がんばって眠ることにした。
 目を閉じて、なんにも考えないことにする。
 頭の中をからっぽにする。
 からっぽからっぽ。

 からっぽからっぽ。
『……』
 からっぽ。
『……』
 うつらうつら。
『……』
 ……ん?なに?
『…………』

 その瞬間、オレはあの声のことを思い出した。
 氷室で聞いた微かな声。あれと同じだ。
 あれが聞こえてきたんだ。
 思わず起き上がったオレに、アスリーフが、ぎょっとしたように目を向けた。
 怖い顔をしてる。
「ファントーもか?」
 え、何が?
「声が聞こえたんだろう?」
 えっ、アスリーフも?
「俺も聞いたぜ」
 あ、ラスも起きた。
「お前、朝、妙なことを言ってたよな。フラウに似た気配のものがあるかって」
 うん。
「そんなことを思いつくようなことが何かあったんだな?あの氷室の中で」
 うわ、鋭い。
「詳しく話してみろ」
 オレは氷室でのできごとを話した。
 フラウに呼びかけているときに近づいてきた不思議な気配のことと、聞いたこともない言葉のことを。
 あっ、とアスリーフが小さく声をあげた。
「ラス、それは今朝の」
「俺も同じことを考えていた」
 オレたちは小屋を出た。(御者のおじさんは眠ったままだったのでそのまま起こさないでおいた)

 荷台の中で、氷は変わりなく見えた。
 オレたちは氷を囲むようにして、じっと観察している。
「薔薇の花束に紛れた一本の菫を、匂いだけで見つけられるものじゃない、か。我ながら巧いことを言ったもんだ」
「じゃあ、やっぱり、この中に何かいるんだね?」
「そう考えるしかないだろう。フラウによく似てるならフラウの群れの中にいりゃいいんだ」

『らす、あすりーふ、ふぁんとー』

 はっきりと、人間の言葉(より精確には東方語)が聞こえてきた。
 びっくりした。オレたちの名前だ。
 氷は見たところ、やっぱり変わりがないようにみえる。
 と思ったけど、ちょっと違うみたい。
 あ、わかった。
 フラウが笑ってる。機嫌がいいんだ。
『らす、あすりーふ、ふぁんとー』
 もう一度オレたちの名前を呼んだ。
 その声は、エストンの谷底に伸びる、深く長い氷河を思い出させた。
 
消えた声
アスリーフ [ 2005/07/01 22:53:41 ]
 <7の月 5の日>

眉をしかめる。
敵なら斬る、倒す必要が無いなら回避する、友好的なら利用する。
でも・・・これは何だろう?
沈黙が流れる中、遠目のランタンの火光に照らされた”積荷”を見つめる。

「東方語・・・だよな」
ラスが呟いた。明確に聞こえたのはおれたちの名前を呼ぶ声だけだったが、アクセントからおれもそう思った。
ただ、普通の人間が言ったにしてはどこから聞こえてきたのか判らないし、何だか不自然な発音でもあった。
まるで、ありもしない大きな笛が吹きもしない風に鳴ってでもいるみたいだ。
ファントーが言うには、氷の雰囲気が違うそうだ。機嫌が良いんだ、と。
ラスがそれを聞いて一つ頷き、何か考え込んだ。

別にファントーを疑う訳ではないけど、おれにはそんな事は判らない。鼻の辺りが何だかちくちくする。
銀のレイピアを鞘ごと左手に持ち、出来るだけさりげなく重心を落としていつでも抜けるように準備をする。
周りにも注意を払ってはいるけど、どん曇りの闇夜では視界が利かない。
・・・まいったねぇ、こりゃ。

「呼んだと思ったら今度はだんまりか。来てやったんだぞ。何か用か?」
無造作に軽い口調で、突然ラスが話しかけた。東方語は未だによくわからないけど、大体そんな意味だろう。
他にも何か言ったようだけど、そちらは聞き取れなかった。
しばしの沈黙の後、返ってきた返事は一つだった。
『・・・らす・・・』

続いてファントーが話しかけるが、勢い込んで話しているのであんまり聞き取れない。
きっと、いろいろと質問しているんだろう。
熱意のある言葉を遮るように、あるいはからかうように、言葉がまた一つ聞こえた。
『・・・ふぁんとー・・・』

別におれは・・・。共通語が通じるのか、何か聞き出せるのか、そもそも話して害は無いのか?
しばらくの沈黙。
ふ、と息を吐くと、意外に大きく夜気に響いた。それが聞こえたのか、もしかしたら諦めたのかもしれない。
『・・・あすりーふ・・・』

そしてわずかなノイズが声の様に大気を振るわせた・・・。
まるで、もう言葉にならないとでもいうかのように。
笑い声か・・・それとも警告か?

その後、何も起こらなかった。
しばらく荷台を見つめたり、話しかけたり。
”気配”も何も、もう感じられなかったけれど・・・。

「菫の花が出たと思ったら引っ込んじまったか。かわいくねぇな、やれやれ」
・・・害が無ければ良いんだけどさ。それにしても何なんだろう。
「うーん、わかんないや。フラウは慣れていたみたいだけど。お化け・・・じゃないよね?」
「ああ・・・多分な」

落ち着かない。
3人とも、結局夜明け前には何となく起きてしまった。
きっと、もうすぐ夜明けだろう。だからといって、何にも解決はしないんだけど。
 
気配の正体
ラス [ 2005/07/02 3:09:02 ]
 <7の月 6の日>

ファントーの言った通り、いわゆる「お化け」ではないだろう。
不死の生命の気配というのは、もっと独特だ。
それこそ、薔薇の花束の中に、菫ではなく……セロリのピクルスが混ざってるような? じゃなきゃ、生魚とか。
「……ラス、喩えが……」
アスリーフが何故かがっかりしたような顔をする。

だが、まぁ感覚からいえば似たようなもんだ。
不死の生命の気配は独特で強烈で。ほんの少し混ざっているだけで、精霊使いの感覚を刺激する。
何がいるのかはわからない。けれど、あの気配が、不死の生命ではないことだけは断言出来る。

俺たちは結局、中途半端な寝不足を抱えて、オランへ向けてまた出立した。
馭者はのんきなもので、雨が降らなくて良かったと笑いながら手綱を握っている。

害のないものならこのまま街まで……なんてわけにもいかないな。
何かついてきましたーでもよろしくー、ってタトゥスの爺さんに言うわけにもいかない。信用問題だ。

氷の中の気配……名前だけとはいえ、東方語っぽいというのが気に掛かる。
俺はあまり東方語が得意じゃないが、それでもあのアクセントが東方に近いということはわかった。
ということは?
アクセントを強調しているのなら、それは、東方語に慣れていないことも考えられる。
俺自身、今の自分の東方語がそうだからだ。

オランもパドマも、東方語圏だ。そのパドマからついてきた『何か』が東方語が不得手だというのなら……じゃあ何の言葉なら?
自分が知ってる言葉を幾つか脳裏に浮かべて……そしてその中で一番可能性の高そうなものでもう一度呼びかけてみる。

<……おまえは何者だ?>

精霊語で呼びかけたそれに、『気配』は少しばかり戸惑う様子を見せた。
そして精霊語で返してくる。

<通じる? お話、出来る?>

馭者台でうとうとしていたファントーが驚いたように振り返る。
俺の隣にいたアスリーフも、同様だ。氷を見つめて、手元のレイピアを鞘ごと握りしめる。
通じる、とはいえ、精霊語は意志疎通に向いた言葉じゃない。他の言語に比べて圧倒的に単語が少なすぎるからだ。

<おまえの使いやすい言葉で話してみろ>

そう呼びかけると…………わかんねぇ言葉で返ってきた(がっくり)。
いや、待てよ。意味はわかんねぇけど、この言葉は聞いたことがある。エルフ語と少し似たアクセントで……フェアリー語か!
そうだ、俺が育った森の奥にも、エルフとは違う妖精族が時々姿を現す場所があった。
その環境のせいか、森のエルフどもは、自分たち以外の妖精に関しても詳しかったっけ。
少したどたどしいとはいえ、地方語を扱える妖精族というと……。

ひょっとして……プーカ?
思わず呟いた言葉(共通語)にファントーとアスリーフが反応する。
「それなに?」
……おまえら、同時に言うな。
それに答えようとして、ふと気配の質が変わったことに気付く。思わず氷に視線を向ける。

茅で包んだ氷塊の上に、いつの間にか小さなリスが載っていた。
そして、その姿のまま、精霊語で囁くように言った。

<……助けてくれる?>
 
助言、あるいは
アスリーフ [ 2005/07/03 5:30:25 ]
 <7の月 6の日>

ラスとファントーがリスに向かって話しかけている。
大の大人がリスに向かって一生懸命話し込んでいる光景というのは、見ていてなんだか面白い。
止まった馬車の御者台の上で、御者のおじさんもぽかんとした顔で見てる。

プーカっていうのはどうやら動物に変身できる妖精らしい。
なるほど、どこから見ても完璧なリスにしか見えない。しゃべること以外は。大したもんだ。
プーカはイオンと名乗った。

で、なんでさっさと声をかけてこなかったかというと。
助けてくれそうかどうか、ずっと見てたかららしい。
ずっと氷の傍に隠れていたんじゃ寒かったんじゃない? とファントーが尋ねると、リス・・・イオンはこくんと頷いた。
こんなに冷たいとは思わなかったそうな。

・・・で、昨晩のあれは何だったの?(共通語)
「そーそー、名前をわざわざ呼んでたもんね。もうオレたちに当たりはつけてたってことだよね」(東方語)
「・・・あれはー、そのー、ちょっとからかってみよーかなーって。えへ」(東方語)
「それはわかった。んで、そのときに要件を話さなかった理由は?」(東方語)
<だって、そこの人間が怖かったから。何も言わずに剣を持ってにらむんだもん。・・・あ、言わないでね>(精霊語)
(ラスが即座に翻訳)
・・・おれのせいか。

肝心の要件はというと・・・氷を分けて欲しいそうだ。
・・・大言壮語の末、後に引けなくなったらしい。何やってんだ・・・。

「・・・あ、あのね。こきょうのもりにめずらしいきのみがなるんだ。ほんとはにんげんにあげちゃいけないんだけど・・・」
「俺は人間じゃねえけどな。で、一応聞こう。故郷の森って何処なんだ?」
「このみちをはずれて・・・ちょっととおまわりしたとこ。それにあのむらにいくとちゅうでみたの・・・このみちのさき、さんぞくがいる」
「ホントに? それってまずいじゃん」

森を出たイオンは、人相の悪い人間たちが氷の事を話しているのを見たと言った。
この先で待ち受けて襲撃する計画を話していたが、小動物の姿のイオンには気付かなかったようだ。
イオンの住んでいる森はどうやら半日くらい回り道をしたところにあるらしい。
古い道がまだ残っているらしく、馬車でも進めるとのこと。そこを通ればおそらく待ち伏せを回避できる。

ふぅん、随分とありがたい話だね。
だが、言葉はよくわからなくとも、その雰囲気はわかる・・・つもりだ。
話すまでの間、語尾の震え、しきりに動かす手と尾と姿勢。
逡巡と、焦りか迷いか・・・ほんのごくわずか、そんなものがあるようにも見える。気のせいかな?

「へー、そうだったんだ。ありがとう」
「ふん、山賊程度ならどうにかなるだろうが・・・組織的っぽいのが気にかかるな」
「ラス、アスリーフ、どうする? オレは・・・」
「ま、ちょっと相談しようか。おーい、御者のおっさん、ちょっと相談してくるから待っててくれ。なぁに、悪いようにはしないさ。イオンも待っててくれ」
<うん、わかった。でも、早い方がいいよ>

馬車から少し離れて三人で集まった。
「さて、どうしよう?」
 
妖精の森
ファントー [ 2005/07/03 22:09:49 ]
 <7の月 6の日>

 アスリーフがオレとラスの顔を見た。
「さて、どうしよう?」
 直ぐにラスが答えた。
「引っかかってやるか」
 引っかかるって、なに?
「イオンの言うことを聞いてやろうってことだよ」
 え、どういうこと?
「つまり、イオンは俺たちを何処かへ連れて行きたいんだよ。だから、山賊がいるだなんて言って、道を変えさせようとしているのさ」
 えっ、じゃあ山賊はいないの?
「居ないよ。賊というのは、もっと賢いもんさ」
「なんだ、お前、信じてたのか」
 ラスが面白そうな顔をしてオレを見る。うー。
「氷が欲しいというのは、俺たちを呼ぶための口実かな?」
「それなんだがな」
 ラスは少し考える顔をした。
「あいつが望んでいるのは氷そのものじゃないな。中に何かあるんだろうぜ。ただ、そこで気になるのがだ」
「それを取り出すために氷を割る必要があるって?」
「そう言うことだ。少し分けてくれ、なんて言ってるが、どの程度いるのか、あいつは言わなかったからな」
 それじゃ、聞いてみたら?
「聞かれたら困るから言わなかってことかい?」
「そうだろう。ひょっとしたら氷を丸ごと、なんてことになるかもしれん」
 え、それじゃオレたちの仕事にならないんじゃないの?
「そうなり得る。よし、問い質すか」

 呼ばれたイオンは、すっかり観念した様子だった。
<ごめんね。だますつもりじゃなかったの>
「謝るのは早いぞ。お前の答えで、俺たちの返事は決まるんだからな」
 イオンは後ろを向いて荷台をじっと見つめた。
<こおりのまんなかにね、ほしいものがはいってる>
 ラスがアスリーフに伝える。二人が揃ってため息をついた。
 ラスがげんなりした顔で聞いた。
「それで、大きさはどれくらいだ?」
<わたしがふたりぶんくらい>
 ラスがアスリーフに伝える。二人がまた揃ってため息をついた。
「これは、誤魔化しようがないね」
「もう一つ聞いてみるか。おい、イオン」
<な、なーに?>
 イオンがびくりと体を震わせた。
「お前達、新しい氷を見つけることはできるか?」
<……できるかもしれないけど>
「かもしれない、じゃダメだ。できるか、できないかだ」
<やまのふかいところにほらあながあるから…そこからもってくることはできるよ>
「よし、じゃあそれで手を打ってやる。今運んでるものと同じものを用意するんだ。そうしたら、この氷と交換してやるよ」
<ほんとに?きのみはいらない?>
「妖精の食い物に興味はない」
 え、ほんとに?オレ食べてみたいな。
「余計なことを言うな」
 あいてっ。

 そう言うわけで、オレたちは、イオンに案内されて古い道を進み始めた。そこにあるのはイオンたち妖精が暮らす森だ。
 イオンの話だと、この道は、何十年も前に住んでいたエルフが、交易のために拓いたものらしい。そのエルフ達はもう遠くの森に移り住んでしまい、道だけが残ったんだって。今では野伏やまじない師がたまに利用するくらいで、それもここ暫く絶えてしまってるそうだ。途中、オレとアスリーフは、あちこちに野伏の目印を見つけた。けれど、それらはどれも何年も昔のものだった。
 やがて、周りの雰囲気が変わってきた。人に慣れてない木々ばかりになってきたんだ。
 そうして、馬車は少し開けた場所に出た。古い野営地のようだ。
<ついたよ。すぐにみんなくる>
 イオンの言葉どおり、すぐにいろんな姿をした生き物達が現れた。
 御者のおじさんがびっくりして、腰を抜かしている。
 オレたちが緊張していると、木の間から一人のエルフが現れた。
 違う。エルフじゃない。背中に大きな鳥の翼が生えてる。
「フェザーフォルクか。この山にもいたとはな」
「あいつ一人だけかな?ほかに同族はいないようだけど」
「はぐれ者かもしれんな…」
 イオンがフェザーフォルクの前まで走り出た。
『……』
 フェザーフォルクがやわらかい声でイオンに話しかけた。
 イオンは頷くと、そこであっという間に女の子の姿になった。エルフの子供…というよりはグラスランナーに似てる。
 フェザーフォルクがオレたちを見た。
「ようこそ、みなさん。わたしはクローマ。このものたちのだいひょうとして、みなさんとおはなしをしています」
 びっくりした。とてもじょうずな東方語だ。
「すでにおききでしょうが、あなたがたがおもちのこおりを、ゆずっていただきたいのです……わたしたちには、それがひつようなのです」
 
タトゥス老の計算
ラス [ 2005/07/03 23:50:17 ]
 <7の月 6の日>

ちょっと相談させて欲しいと、俺たちは妖精たちから少し離れた。
「いやはや、まいったねぇ。……こういうことだったのかい」
フェザーフォルクの話を聞いて、頭を掻いたのは……馭者のおっさんだった。

今回、オランを出立する前に、俺たちはタトゥス老のところへ赴いた。
シタールから聞いていた条件をそこで再確認して、爺さんにも、誰が仕事に向かうのかを知って貰うために。
もともと俺と爺さんは面識があるから、アスリーフとファントーの紹介が主だった。

追加報酬の氷に関しては、溶かさずに運べた量の1/4と聞いていたから、全体の量もさほど多くはないのだろうと思っていた。
実際、祭りまでにはまだ日があるから、今回のものは祭り前に個人的に爺さんが楽しむためのものなのだろう、と。
そしてパドマで氷を積み込む際に、少なからず驚いた。かなりの量を積み込んだからだ。
確かに最近は暑くなってるとはいえ、氷室で保存されていた氷は硬く締まっている。
しっかりと厚手の幌をかけた荷馬車と、氷乙女を連れた精霊使いが2人。どう見積もっても、半減はしないだろうと思われたのだが……。

「いやぁ、案外となくなっちまうもんさ」
そう呑気な声を上げたのが、この馭者のおっさんだ。


おっさん、何か知ってるな?
「ねぇ……ひょっとして、護衛とか氷の宥め役なんてのは、二の次だった?」
アスリーフも気付いたらしい。
「んん。そうさなぁ。知ってることと言えば、この氷運びが3回目ってことくらいか。こっから先はわしゃ知らんかったからなぁ」
はは、と欠けた歯を見せておっさんが笑う。

ハミルと名乗った馭者のおっさんの言うことには。
何度か氷を運んで……けれど、そのたびに、昨夜俺たちが泊まったあの小屋で、夜のうちに氷が砕かれたのだという。
砕かれてしまった氷は、あっという間に溶ける。オランにたどり着く頃にはそれこそ桶1杯分ほどになっていたらしい。
護衛として傭兵を雇っても結果は同じだった。
ただ、傭兵の1人が「妖精を見た」と証言して、それを聞いたタトゥス老が思案の末に、今回は冒険者を雇おうということになったらしい。
同じようにパドマの村でも、何度か氷が割れる事件は起こっていたらしいが、氷室の中のことだったので、さほど被害が大きくはなかったという。

そのことは、イオンの話からもわかる。何度か目当ての氷を探して、パドマに忍んでいったのだという。
幾つか割ってみたが見つけられず、そうこうしてるうちに運び出された氷もあり……そうすると、運ばれた氷の中にこそあるんじゃないかと思えてくる。
だからその馬車に紛れ込んで、氷を割っていたらしい。
そして今回は、氷室にある時点で目当てのものを見つけて、どう運ぼうかと思案してる時に俺たちが入っていった、と。


「なんで最初っからオレたちにそう言わなかったのさー。こころがまえってもんがあるんだぞー」
ファントーが口を尖らせる気持ちはわかる。
そうすると、ハミルは悪びれもせずに答えた。
「まぁそう言うな。翁の稚気とでも言うかな。被害はもうどうでもいい。真相を知りたい。そしてどうせなら、冒険者のやりようを見てみたい、とね。しかも、何も知らされていなかった時にどう動けるかを見てみたい、と。
 だからまぁ、そっちの2人は悔しがってるようだが……最初に下調べしても同じさ。村の人間もわしらも翁に口止めされてたからなぁ」
そっちの2人──俺とアスリーフは、揃って舌打ちをした。

だが……ってことは、だ。氷が目減りしても……それもかなりの量が減っても、タトゥスの爺さんにとっては予定通りなわけか? だとすると、『運べた量の1/4』っていう言い方にも納得がいく。
「そういうことだぁね。翁は、これこれの量を運んで来いたぁ言わなかったろ?」
ハミルの言うとおりだ。運ぶ量はハミルと、パドマの人間が知っているんだろうと思ったし、馬車を用意してあることもあって、俺たちはどれだけの量を運ぶのかは聞いていなかった。
「ってことは、代わりの氷が手に入らなくても構わないってことかな」
アスリーフが呟く。
「あ。そっかー。そうだよね。なんだー、一気に解決? んじゃさっきの子たちにそう伝えようよー」
立ち上がろうとするファントーの襟首をとっ捕まえる。
「ぅげほっ。何すんのさ、ラス」

じゃ何か。俺たちは空っぽの馬車に乗って、「氷は全部あげちゃいましたー」って帰るのか。
馬鹿言うな。
やっぱり、同量とは言わないまでも、ある程度の量は運ばなきゃならねえだろ。
それこそ、タトゥスの爺さんが、「1/4だなんて言うんじゃなかった」って後悔するくらいの量を。
せっかく爺さんが俺らを試そうとしてくれてんだ。期待以上の量を持ち帰らなきゃ、ってもんだろ。


ともかくも、彼らの要望は容れることにして、妖精たちのところへ戻る。
まずは、中に何があるのかを聞かせてもらおう。そしてその後で、代わりの氷があるという場所へ案内してもらおうか。
「こおりのなかには、すいしょうがあります」
クローマと名乗ったフェザーフォルクが言った。
彼が言うには、それはフラウの力が非常に宿りやすい水晶なのだそうだ。
それはつまり、精霊界への門を開きやすい媒体でもあるということだ。

その水晶は、随分と以前に妖精界の住人から贈られたものだという。それが、去年の冬の初めに小さな湖へ落としてしまったのだと。水晶の力もあり、湖はみるみるうちに凍っていった。どうやって取りだそうかと思案しているうちに、人間たちがその氷を切り出して氷室へと運んでいってしまった、と。
「だいじな、すいしょうなんです」
なるほどな。話はわかった。
振り向くと、アスリーフもファントーも、氷を渡すことには異論はないようだ。馭者のハミルはもとから、傍観者以外になろうとはしていない。

さて、そんじゃ……代わりの氷を切り出してこようか。そうすりゃ全て解決だよな。
「……ね、ところで妖精の木の実ってどんなん?」
イオンにこっそり聞いているファントーの頭をとりあえずひっぱたいて、俺たちは氷があるという洞穴に向かった。
 
ドルチェ・ビータ
ファントー [ 2005/07/04 2:34:32 ]
 <7の月 6の日>

 夕方。

 森のはずれに来たところでクローマが立ち止まり、地面を指さした。
 そこには、枯れた井戸のような穴がぽっかりと口を開けている。
 覗いてみると、中は真っ暗で底が見えない。
 どれくらい深いのか聞いてみたら、クローマはちかくのアヴァラナを見てから、「このきとおなじくらいでしょうか」と言った。
 アヴェラナは、オレたち三人を足したよりもずーっと高く見える。二倍はあるかもしれない。
 ともかく、オレたちは穴の中へ降りてみることにした。
 ちゃんとロープを用意しておいてよかったなー。

 穴の底は大きくて広かった。
 そして、見渡す限り、上も下も右も左も、氷だらけだった。
 これなら幾らでも採り放題。
 だけど、採った氷を上まで持ち上げるのがたいへんだ。
 ロープで縛ってから持ち上げるしかないけど、穴は深い。
 そして、オレたちは、氷を切るためのちゃんとした道具も持ってない。
 三人で考えてみたけど、結局、今もってる氷の半分くらいが精一杯だろうと言うことになった。
「それでもないよりはマシだ。やるぞ」
 ラスの合図で、オレたちは氷を切り始めた。
 山刀が磨り減るんじゃないかと思うくらい、氷は固かった。

 切り出した氷を運び上げて、茅で包んで荷台に収めたときには、もう陽が沈みかけていた。
「とんだ肉体労働だったね。鎧を着て動き回った後みたいだ」
「氷は目減りするしな、くそ。この分は爺さんにきっかり請求してやるぞ」
 くたくたになって馬車の周りに座り込んでいたオレたちに、イオンとクローマが飲み物をくれた。
 木の器の中には、果物の汁を混ぜた氷がいっぱい入っていた。
「こんな形で贅沢をするとはね」
 アスリーフは一口ずつ大事そうに飲んでいる。
「なにも、おちからになれませんでしたから。まだたくさんありますので、どうぞ」
 わーい、それじゃおかわりー!(←あっという間に飲み干してしまっていた)
「この氷…と言うことは、あれはもう砕いたのか。中身は取り出せたのか?」
「はい。ごらんになりますか?」
「是非とも拝見したいね」
 クローマは一つ頷くと、立ち上がって姿を消した。
 しばらくして戻ってきたクローマは、大きなものを抱えていた。
 それは、見た目は氷そっくりの、でも綺麗に形が整えられた水晶だった。
「これは…大きいね」
 アスリーフが驚いて目を丸くしている。
「最初にきいたときはイオンが二人分って…、ああ、そうか。そういうことか」
 アスリーフは合点がいったように手を打って笑った。
「俺はてっきり、リスの姿で、そうなのかとばかり」
「いや、俺もだよ。クローマ、それは重くはないのか?」
「みためよりは、ずっとかるいのですよ」
 クローマは水晶を地面に置いた。うっすらと光るものが、その中に幾つも見える。
「ほしのひかりをあつめて、かがやきます」
「それは、さぞかし綺麗だろうな。触ってもいいか?」
 クローマが頷いたので、オレたちは水晶に触れてみた。水晶は本物の氷のようにひんやりと冷たい。
「なるほど、こりゃ見分けられないよな」
 ラスはしばらく水晶を眺めてから、クローマを見た。
「今度はなくさないようにな。湖に落っことしたんだっけ?」
 クローマは静かに笑うと、イオンをちらりと見て、何かささやいた。
 イオンが首を竦めるのを見て、ラスは笑った。
「自分より大きいものを抱えるのは無理があるぜ」
 
妖精のいる夜
アスリーフ [ 2005/07/05 4:52:41 ]
 <7の月 6の日>

夜。久方ぶりに晴れた夜空。大きくなってきた月は低く、木々に隠れて見えない。
たまたまか、あるいはこの場所の力のせいか、暑くはあっても過ごしやすい夜だった。夜風が帽子をそっとなぜる。
古い野営地に、控えめな焚き火。

結局、急いでここを発つ必要も無いので一泊することにした。向こうが誘ってくれた事もあるし。
小さな動物達が時折姿を現して、話しかけてきたり、こちらの仕草に驚いてさっと逃げたり。
ウサギがネコに。キツネがネズミに。
炎の周りでダンスを踊って、笑いながらいつの間にか居なくなる。

焚き火の反対側にはイオンとクローマ。
イオンはお気に入りらしいリスの姿をとって、クローマの膝の上に乗っている。

・・・責任者、か。
「・・・え、何か言った?」
ファントーは目をこすってる。さっきまでは動物達とじゃれあっていたが、今は眠そうだ。

「ま、要するに監視役って事だろ? 俺達が必要以上に森の中に入ったりしないように、な」
氷の様子を見に行ってたラスが戻って来た。
「へー、そうだったんだー。・・・じゃあ、プーカたちも・・・」
「ああ。・・・そんな顔するなよ、ファントー。別に嫌われてる訳じゃねぇさ、多分な」
向こうも、この後どうするか困ってるのかもね。

相手は皆、別に人間を敵だと思ってはいない。
それでも、ここはあまりに近すぎる。人の街に近すぎる。
もし噂が広まれば、厄介なことになることも十分考えられる。
実際の話、こちらには報告の義務がある人がいる。向こうにそれがわかってるかは知らないけれど。

そうそう、ラス。
「何だ?」
クローマにさ、羽を一枚もらえるか聞いてくれない? 帽子の飾りにしたいから。
「記念って訳か。まぁ、ちょっと聞いてみるだけならいいが、期待するなよ」
いや・・・後でいいや、やっぱり。
「クローマが呼んでるよ、何か話があるみたい」

「みなさんに、だいじなおはなしがあります」
彼の言い方は、ゆっくりでとても聞き取りやすい。難しいところ以外はおれでもなんとか聞き取れるくらいに。
「わたしと、このこたち、このもり。それから、あのすいしょうのことです」
「やっぱり。・・・で、どうするの?」
「ここのことを、ひみつにしておいてくれませんか」
イオンが、ぴくりと身を動かした。

クローマはまず、この森について語った。
この森は、水晶の影響か妖精にとって住みやすい場所であること。
プーカたちにとってこの森は生まれ育った故郷であること。

「プーカたちのみちあんないがなければ、このもりにここまではいってくるのはむずかしいでしょう」
普段は入りにくいように工夫してありますけどね、と付け加えてクローマは周りを見渡した。
でもこの場所のこと、そして何があるかを正確に知っている者が大勢出てくればどうなるだろう?

「わたしもここで、ゆっくりとくらしたいのです」
クローマはそう言って、少し悲しげに微笑んだ。
 
忘れる代償
ラス [ 2005/07/05 5:31:26 ]
 <7の月 6の日>

──もし断ったら?
クローマの申し出に、そう問い返してみた。そうするとクローマは哀しげに微笑んで首を振った。
「ちからづくでも、といいたいところです。けれど、わたしたちには、あなたたちに、かてるちからはありません。それに、あなたたちは、すいしょうをとりもどすてつだいを、してくれました」
「じゃあ、どうするの……?」
ファントーが困ったような顔をする。
「このもりがしられたら、わたしたちは、このもりをすてるしかありません」

けれどこの森を捨てることは難しいだろう。
プーカたちの生まれ育った故郷であると、クローマは語った。
それにくわえて、この森は精霊力のバランスからみても、少しばかり特別だ。
いわゆる、『精霊の通り道』と言われる部分に近いんだろうと思う。精霊界と近い場所。
夕方もぐった、あの氷の洞窟がおそらくはそれにあたる。
ここの上、エストンには幾つか妖精界と繋がる場所があると言われている。だとしたら、妖精界の住人たちもここのことは知っているだろう。
だからこそ、あの水晶が贈られたんだと思う。

けれど、俺たちは、仕事の依頼主に対しては報告の義務がある。
「ふぅ……厄介だね、冒険者ってのも」
「ねーねー、どうして報告しなきゃいけないの?」
ファントー、冒険者ってのは受けた仕事に対して責任がある。つまりな……
「だって、オレたちが受けたのは氷運びだよー?」
…………。
「…………」

……アスリーフ。俺が考えたこと、わかる?
「……うん、わかる。こうなると、問題は絞られてくるね」
そうだな、残る問題はひとつだ。
「えー。なになに、どういうこと?」

自分で言いだしたことのはずなのに、ファントーは今ひとつわかっていないようだ。
……だからな、ファントー。
俺たちが受けた仕事は確かに『氷運び』だ。妖精の謎を解明しろ、と言われてここにいるわけじゃない。
だから、受けた仕事に対する報告の中に、妖精に関する項目は含まれない。つまり、義務じゃない。わかるか?
「…………ギム?(えへ)」
……黙ってても怒られないって意味だ。
「なんだそっかー! んじゃ解決!」
まぁ、妖精がいた、というくらいは言ってもいいだろう。ただ今回は、妖精と交渉して、氷を運ぶことが出来た、と。
嘘は言ってない。不足があるのは……それはしょうがないな。爺さんだって全部は言わずに俺たちに仕事をさせたんだし。
ただ、ここに居て、一部始終を知ってる男がいる。……向こうの草むらで寝てるおっさんがな。
「あ、馭者さんー」

「ほんとうは……」
クローマが小さく呟いた。
「ほんとうは、ほうほうがあるんです。わたしには、そのちからがあります。あなたたちが、つかえないちから。れぷらこーんのちからをかりて、ひとのこころから、きおくをけしさるちから」
忘却の呪文。翼ある者には使えると言われる精霊魔法のひとつ。けれどそれは……。
それは、させられない。ハミルに忘れてもらう必要があるとはいえ、ハミルのこれまでの人生を消す権利は誰にもない。

駄目でもともとだ。ハミルを説得してみよう。どうしても駄目だ、報告するとハミルが言い張れば、その時に方策を考えればいい。
そして俺たちは、草むらで寝とぼけてるハミルを起こした。

「んー……そうさなぁ、別に構わんよ」
寝ぼけた声でハミルがあっさりと頷く。
「まぁ、実はな、わしゃパドマの出身なんよ。パドマでは、ここらに妖精がいるらしいってのぁ、実はよう知られた話でな。だからといって場所を確かめたりなんかすると、妖精が逃げちまうってんで、みんな知らぬふりさ」
「じゃあ、ハミルさんもここのことを黙っててくれるのかい?」
「ああ、いいよ。……おっと、ひとつだけ条件をつけていいかね」
「……なんでしょうか。わたしたちに、できることでしたら……」
「わしはそこの道を通って商売することが多い。パドマとオランを結ぶ道をな。わしがここを通ったら、時々は甘い果物を食べさせてくれんかね。それだけでいいよ」

歯の欠けた顔で笑うハミル。存外に人の良さそうな顔になるな、と思った。

ああ、そうそう。クローマ。俺たちにも、『忘れる代償』をくれないか?
「……なんですか?」
あんたのその羽根を1本。こいつ(アスリーフ)が、記念に欲しいって言うから。
どうやら、あんたたち種族にちょっとした憧れがあったようだぜ?(精霊語)

クローマはにっこりと笑って、背中の翼から羽根を1本抜き取った。
 
帰途
ファントー [ 2005/07/05 12:53:00 ]
 <7の月 6の日>

 明日は、夜明け前に出発することになった。
 そうすれば、明後日の夕方にはオランに帰り着ける。
 オレが最初の番をすることになった。
 どこであれ、外で寝起きする限りは見張りを立てるのが、冒険者のやり方なんだ(と、ラスが言ってた)
 クローマとイオンは、それは分かってるみたいで、そのことについては何も言わなかった。
 二人がおやすみの挨拶をして森の向こうへ消えると、野営地の中で起きているのはオレ一人になった。

 焚き火をじっと見ているうちに、昔、じっちゃんから聞いた話のことを思い出した。
 妖精は、陽気でお祭りが好きなんだけど、人に対してはとても用心深くて慎重になる。
 人との交わりは、一歩間違えると、妖精の暮らしをあっという間に崩してしまうからだそうだ。
 人間は、自分が望むなら周りをどんな形にも変えていくことができる。
 妖精は、山や森、川や海の、あるがままの形の中でしか生きていけない。
 その違いが、人と妖精を遠く隔てている。
 ふと、腰の山刀を抜いてみた。
 炎に照らされた刀身は鈍色だ。
 これも、うまくいかない理由の一つなんだろうな。妖精は鉄気を嫌う。
 今度のことで、オレたちは、クローマやイオンと、けっこう分かり合えた(と思う)
 でも、もう一度会うことができるかというと、きっとむずかしいんだろう。
 うーん。すっきりしないなあ。
 考え込んでるうちに、ラスが起きた。
「山刀なんか見て、どうした。剣術でも習いたくなったのか」
 うまく答えられそうになかったので、黙って首を振るだけにした。
 横になっても、直ぐには眠れなかった。

<7の月 7の日>

 薄暗い中を、荷馬車は出発した。
 別れ際に、イオンが贈り物をくれた。
 レロエの葉と蔓で作った包みの中には小さな種が四つ入っていた。
「イオンがおはなしした、きのみの、かわりです」
 クローマが言うには、どんな土にも馴染んで育ち、きれいな花をつけるそうだ。
 帰ったら、ラスん家の庭に植えることにしている。
「木の実じゃなくて残念だった?」
 アスリーフはそう言ったけど、そんなことはなかった。
 木の実は食べたらおしまいだけど、花なら毎年見ることができるしね。
 もう会うことはないかもしれないけど、出会ったことのしるしが残る。
 それが嬉しかった。
 昨日のもやもやとした気持ちは消えてなくなっていた。

「パドマと取引をしたいと、老翁が村までお越しになった。その時にわしの家族が雇われたのさ」
「じいさんらしいな。あんたもよく仕えてるみたいだし」
「老翁がよくしてくれるからな。それに、村で馬追いをするよりは、こっちのほうがずっと面白い。ははは」
 御者のおじさんとラスは、幌を隔てて直ぐ向こうで話をしている。
 それなのに、二人の話し声は遠く聞こえる。
 耳を傾ける余裕がないからなのだ。
 オレはフラウに静かに呼びかけている。
 今日は朝から陽射が強くて、フラウはあまり機嫌がよくない。
「苦戦してるみたいだね」
 アスリーフが帽子をいじる手を止めてこっちを見る。
 返事ができない。きっとオレは真剣な表情をしてるんだろう。
「……ラス、そろそろ代わったら?」
「氷はどうなってる?」
「よく持ち堪えてるよ。ほとんど水滴も浮いてない」
「それじゃ、もう少しやらせる」
「……厳しいね」
「愛の鞭と言え」

 荷馬車は山道を下り終えた。
 もう少ししたら街道に入る。
 そうしたらオランまでは一直線だ。
 
報酬
ラス [ 2005/07/06 2:05:33 ]
 <7の月 8の日>

俺たちがオランに着いたのは夕刻だった。
本来なら昼過ぎには着く予定だったが、予定外の寄り道をしても遅れを最低限で済ませられたのは、プーカたちの“近道”のおかげだろう。

タトゥス老への報告は、嘘をつかずに済む程度のものだった。ハミルも俺たちの言うことに頷いてくれる。
アスリーフの帽子にささった羽根は、一見すると普通の白い羽根だ。似た羽根を持つ鳥は何種類もいる。
けれど、タトゥス老はアスリーフの帽子にちらりと目をやり、「なるほどのぅ」と呟いた。
呟いたけれど、その後には何も言わず、約束通りの報酬をくれた。
食えない爺さんだが、爺さんがあの森に手出しすることはないだろうと思えた。

あの森から運んだ氷は、実はほとんど溶けていない。パドマから運ぶよりも距離が短かったせいもある。
それよりも、ファントーが予想以上に頑張ったおかげだろう。俺1人なら、とてもじゃないが保つモンじゃない。

1人当たり、やや大きめの桶1杯分。それが俺たちへの追加報酬の氷だ。
それらを抱えて、そしてアスリーフはそれ以上に、帽子の羽根に頬をゆるめて。ファントーは花の種に声を弾ませて。
俺はと言えば、水晶に宿らせた氷乙女をどうすればこの夏いっぱい保たせることが出来るだろうか、なんて。

もうあの妖精達と会うことはないかもしれない。
オランで夏の盛りを迎えれば、そのことを少しだけ惜しむ気持ちにはなるかもしれないが。
それでも、彼らが穏やかに暮らせればいい、とそう願う気持ちのほうが、俺たちには大きいだろう。