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赤ちゃんが家にやってきた
ラス [ 2006/02/25 18:35:23 ]
 その日、家に帰ってきたのはあと少しで正午になろうかという頃合い。
ふと家の玄関を見ると、ふさふさの毛並みの犬が寝ころんでいる。
いつもは庭の四阿でひなたぼっこをするはずの、ファントーの犬(トゥーシェ)が何故か玄関を塞ぐようにして寝ている。
近づくと、トゥーシェの腹のあたりに置かれているバスケットからは、何故か生き物の気配が。そしてその生き物は眠ってるらしい。

……というのが、フラム(ファントーがそう名付けた)を見つけた経緯だ。
経緯というほどのものはなく、だから手がかりもなきに等しい。
わかっていることといえば。

赤ん坊が置かれていたのは玄関先。その当時、俺は留守。ファントーも買い物に出ていて留守。家の中では、一番奥の部屋でカレンが読書をしていた。トゥーシェは庭にいたらしい。
怪しい物音や人の声などには気付かなかったとカレンが言っている。

赤ん坊は男の子。着ている産着は、さほど上等なものではないが、みすぼらしいものでもない。清潔な産着と、きちんと栄養はとれていそうな肌の色。
つまり、経済的に困窮して、というものとは考えにくい。

赤ん坊の色合いは、黒髪と黒い瞳、淡い琥珀色の肌。カレンの南国的な色合いとは少し違っていて、どちらかというと東の色合いなのかもしれない。
ただし、血が混ざっているのならそれも特定は出来ない。

赤ん坊が入れられていたバスケットの中には、『神官様、この子をよろしくお願いします』と東方語で書かれたカードが一枚入っていたきり。
女文字だな、ということくらいはわかるが、それ以上の手がかりはなし。

……全然わかってねぇじゃねえか。

とりあえずおしめ用の布と、大量のミルクをカレンが買ってきた。
俺の反対はカレンとファントーに却下され、しばらくフラムの面倒はこの家で看ることになったらしい。
神官様、と宛てたにもかかわらず、神殿に連れていかなかったのは、そこに何らかの事情があるのだろうから、神殿やその周辺の孤児院に連れて行くことはしないほうがいいだろうとの見解からだ。……ち。

「俺たちだけじゃ不安だよね。誰か、赤ちゃんのこと良く知ってる人に教えてもらわなきゃ」
「……そうだな。誰か、経験のある女性がいてくれればいいんだが……」

……待て、2人とも。
事情があるのだろうから、というのなら、それだって同じことじゃねえか。
街ん中で、赤ん坊のことを喋りまくれば噂にもなるだろう。神殿周辺に伝わるのだってすぐだ。なにせうちにはチャ・ザ神官がいるんだからな。

ということで。うちにコレ(注:赤ちゃん)がいることは口にするな。
この家にコレがいることを知っているのは俺たち3人と捨てた当人だけ、という状況のほうが調べやすいこともある。
まぁ、助けがいるのは確かだから、そのへんはどうにか考えなきゃだが……。


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(PL注)
この事件(?)に関わる宿帳はこのスレッドにアップしてください。
特にイベント扱いではないので、参加にあたって申請等は不要です。
ただし(笑)、他のキャラクターの方々に、こちらからアプローチすることはありません。
ので、関わる方は、関わるための「理由」をまず考えてください。

それぞれのキャラクターがそれぞれの理由で関わるために、どういう理由付けがあればいいのか。まずそれを考えてください。
どういう人間関係があって、どういう展開が事前にあれば、そこにそのキャラクターがいるのが自然になるのか。
本来、キャラチャにしろ宿帳にしろ、それらが全ての前提ですから、あえてここで特筆しなくてもいいのかもしれませんが、他キャラに絡む時に後先を考えてみる、それを今回は少し意識的にやってみたいと思います。
 
涙一粒
キア [ 2006/02/25 23:00:20 ]
  ユーニスがお仕事みっかったよーって教えてくれたん、だからハイタツのお仕事をちこっとお休みしたいわけでー、だから、シワよせがどっかにくるんはとーぜんよねぃ(はぁ)
 おかげで、今のおいらはちこっとオツカレギミ、ホッパーとヒミツの河原はこっから遠いんよねぃ、むーちっと休みたーい……ここからだとラスにーちゃん家が一番近いんよねぃ。(ふらふらとラスの家の近くへ)

 ………うや?なんだろあのオンナんおヒト?ラスにーちゃんのお家のほーをじーっと見たりしてん。なんかあったんかな?

 「………んなさい………」

 おいらが見とるのも近づいとるのも気が付かず、ねーちゃんはうつむいちって、ちーさな声だけど、えっと、ごめんなさい?
 んむむ?? ねーちゃんねーちゃん、にーちゃん家になんかごよーじ?なら……

 「あ…………」

 うや、コハク色の肌の色……って、泣いと……ちと!………まっ……走っていっちった(ぼーぜん)
 おいらのお顔そないに怖い? それともー………にーちゃん家に何かあるん?

 あ、ラスにーちゃんのカノジョのお一人か(ぽむ☆)

 ……………………………………。

 だめなんよねー、あないなおとなしそーなおヒト泣かしちゃ、めっ、しないと。それにー、ユーニスがファントーにお仕事のことまだ言っとらんかもしれんしー。
 けっして一休みしたいんとかそなんじゃないんよ、うん。(←自分に言い訳)

 にーちゃーん(どんどんどん←ノック)

 「何だキア、仕事の繋ぎか? 勝手に……いや入るな! そこにいろ!」

 む?
 首をかしげ取るあいだに、あわただしいフンイキと一緒にラスにーちゃんがトビラからとーじょー。

 「で、誰からだ?何日かかる?泊り込みか?どこのどいつをしめればいい?」

 わー、にーちゃんが仕事やる気まっくすー。やーっぱなんかあるんね(きらりん☆)

 「なんもねーよ、つーか繋ぎじゃねーのかよ! くそ、期待させやがって」

 にーちゃんいっつも「仕事は数日置きで持ってこい」とかいうくせにー。やーっぱあのねーちゃんと何かあったんね!ダメなんよ、あないなおとなしそーなおヒトを泣かすなんてー。めーしに来たん、けっしてついでに一休みを狙ったりしとらんよ!

 「狙ってんじゃねーかよ! それよりキア、泣かすって誰の事だ?」

 だれって、きれーで大人しそーなねーちゃん、そそ、お肌の色がコハク色の……そいえばおいらも始めてみるお顔だったなぁ。このお家のほーをみて泣いとったよ。

 「俺、最近そんなタイプとは付き合ってねーし、心当たり………ん? おい、その女どんな顔してた!」

 ………(じとー)

 「………なんだよ、そのなんか言いたそうな目」

 おいら、探すの手伝ったげてもいいんよ? そんかわり、何があったか教えてん、ね?(にまぁ)
 
赤ちゃん生活
カレン [ 2006/02/26 0:11:40 ]
 真夜中。
赤ん坊の泣き声で目が覚めた。

部屋の扉を開けると、ちょうどその赤ん坊を抱いてファントーが廊下に出てきた。
ラスの部屋は、今夜から赤ん坊とファントーが使い、ラスは屋根裏部屋を使うことになったのだ。それには、ファントーが世話をするという本人の希望だったので、赤ん坊を連れては上がれないという理由がある。

「眠れたか?」
「う〜ん、あんまり…?」

驚いたことに、赤ん坊というのは、満腹になると眠り、2、3刻眠っては泣き出す。それを繰り返すのだ。まるで死にそうな声で。

『初めての赤ちゃんなの。もう、毎日大変よ。でも、うちはお義母さんもお義父さんもいてくれるから助かってるわ』

信者の若奥様の言葉が思い浮かぶ。
「大変」ってこういうことか。
「助かる」って、そういうことか…。
確かに、これは一人や二人では大変だ。寝る時間がない。


熟睡できないまま、夜は終わり、朝が来る。
ラスは一度も起きてこなかったが、目を覚ましていないわけはない。
案の定、屋根裏部屋から這い出してきた時には、心なしかげっそりしていた。
仕事柄、夜中ずっと起きていることはある。しかし、眠ることしかやることはないのに、意思に反して起きていなければならず、欲求が満たされないまま朝を迎えるというのは堪えるのだろう。眠りの浅いラスは、一晩でかなりまいったみたいだ。

今、赤ん坊はミルクを飲んで、満足そう眠っている。

「そろそろいいかな? 俺、ベッドに寝かせてくるよ」

ファントーがそっと抱き上げる。
ぎこちない抱き方で、それでも大事そうに。
しかし、経験がないというのは、はやり悲劇を起こすもので……。

「…あ!」
「どうした?」
「…………カレ〜ン……」

赤ん坊を抱き上げたまま、泣きそうな顔でファントーは背を向けた。
ファントーの肩、そして背中。そこには、それまで赤ん坊の腹に納まっていたはずのミルクが滴っていた。

「……吐いたか……。縦に抱くのはダメだな……」
「どうしよう〜〜」
「まて、まてよ。今、拭くから、そのまま」
「はやく〜〜(泣)」

「うに。どうしたん? ファントー泣いてるん?」
「なんでもない、なんでもないんだ! こら、覗くな!!」

玄関でも何か問題が起きているらしいが、今はそれどころじゃない。

「かれ〜ん!」
「ねぇねぇ、なにがあったん?」
「やめろって! 入るな!!」

部屋の隅で、見ていられないというように、トゥーシェが上目遣いをして伏せていた。
 
お昼寝
ファントー [ 2006/02/26 18:08:03 ]
  物置から出してきた物干し竿は、襁褓でいっぱいになった。
「壮観だな……」
「お前も手伝えよ」
 ラスとカレンのやりとりを聞きながら、オレは最後の襁褓を干し終えた。
 といっても干しているのは、庭じゃなくて居間の中。
 まだ、家に赤ちゃんがいるってことはなるべく隠しておきたいからだ。
 せっかくのいい天気だけど仕方がない。がまんだ。

 でも、隠し事をするというのは大変だ。
 何かを隠していることを知られないようにすることも、隠しているものの内容を知られないようにすることも。
 それが赤ちゃんだったりすると、なおさら難しい。
 すでに、フラムのことを知っているのはオレたちを入れて四人。
 四人目はキアだ。
 フラムが飲んだミルクをもどして、オレとカレンがあたふたしていたとき、遊びにきていたキアは玄関先でラスと押し問答をしていた。
 そのときにフラムが泣き出したものだから。
 そういうわけで、キアにはフラムのことを話した上で、ラスがこわい顔をして口止めをしていた。
 キアも真剣に聞いていたので、心配はいらない。とおもう。

「それにしたってな、なんでミルク飲んだくらいで吐くんだよ」
「赤ん坊の頃はみんなそうさ」
「カレン、いっとくけどな」
「いいよ。俺たちで飲ませる。それよりも、キアがいっていた女のことだけど」
「向こうから手がかりがやってきてくれた。助かったぜ」
「派手に動くなよ。まだ、どこで誰が絡んでいるかわからない」

 家の前に立っていたという女の人は、たぶん、フラムのお母さんなんだろう。
 琥珀色の肌というのは、オランではそんなに見られるものじゃない。
 いったい、お母さんはどんな人なんだろう。
 どんな理由があって、フラムを置いていかなくちゃいけなかったんだろう。
 そんなことを思いながら、ベッドで寝ているフラムを見ていたら、フラムの目がぱっちりと開いた。
 ミルクの時間だ。

 哺乳瓶で少しずつミルクを飲ませる。
 フラムが飲み止めるのを待って、少ししてから縦に抱いて背中を軽く、とんとんと叩く。
 すると、フラムが身じろぎして、小さくおくびをした。
「慣れてきたな」
「しかし、一人でげっぷもできないとはよ」
「赤ん坊の頃はみんなそうさ」
「手がかかるぜ、まったく」
 ラスは立ち上がって、出かける支度を始めた。 
「お前たちががんばってるんだし、俺も成果を上げねえとな。夜には戻るぜ」
 ラスが出て行き、フラムを寝かせてから、その隣で横になった。
 途端にうとうとしてくる。
 
 庭でトゥーシェが吼えている。
 カレンが窓から外を覗き、玄関へ回る。
 オレも起きたほうがいいのかな。でもすごく眠い。
 目を閉じた。
 すぐに頭の中は真っ暗になり、静かになった。
 
本日の成果
ラス [ 2006/02/26 23:16:17 ]
 「夜には戻る」
と言って出てきたが……帰るとアレがいるのか(うんざり)。
とはいえ、今日の夜はカレンが神殿で夜勤だと言っていたから、アレとファントーを2人だけにするわけにもいかない。

キアに、家の前で泣いていたという女の似顔絵を描かせ、それを何枚か複写させた。
カレン、俺、キア、それぞれが持ち歩いて、手がかりを探そうというわけだ。
カレンも神殿に行く時にそれを持っていって周りに少し聞いてみると言っていた。
とはいえ、おおっぴらに聞いてまわるわけにもいかないし、酒場に貼り出すわけにもいかないから地道な作業にはなるが。
「人に頼まれて、この似顔絵の女性を捜している」というのが、一応の決まり文句。
神殿でも、カレンが冒険者であることは知られているから、あまり不自然にも思われないだろう。
俺やキアにしたって同じだ。冒険者の仕事で、そうでなければギルドの仕事で、人探しをすることは少なくはない。

「にーちゃーん、フラムのお食事はあれで足りるん?」
口止め料代わりにと奢った昼飯をばくばくと食いながらキアが訊ねてくる。
おまえじゃあるまいし、あのサイズで何をどれだけ食うっていうんだ。アレの主食といえばミルクなんじゃねえの? それならカレンがたくさん買い込んできて……。
「うみ。そうじゃないんよー。赤さんっていうのんはー、お母さんのミルク飲んで育つんよ? 牛乳じゃちと栄養が足りんって前に聞いたことあるん」
…………。
「前にー、ほら、巣穴のガヴィねーちゃんがお子さん産んだ時があったんしょ? ねーちゃん、お乳が出なくってん、ちょうどお隣でお子さん産んだばかりのおばちゃんに、もらい乳しとったってー」
……もらい……乳? ……なんだそりゃ。
あーもう! めんどくせえな、おい!

午後からは、例の女を調べに行く前に、以前“砂漠の薔薇”という娼館にいた娼婦のもとを訪ねた。
ちょうど今年の初めに子供を産んで休業中の女だ。
知り合いから預かっている子供がいる、と事情を話して、もらい乳というのを持ちかけてみる。
乳の出が良すぎて逆に困るくらいだと言っていた彼女はそれを快諾してくれた。
そして、世話をするのに家には未経験の野郎ばかりだと話したら、各種アドバイスをするから、メインで世話をする人間を自分のもとに寄越せともいってくれた。
最後に、このことはくれぐれも内密に……と言うと、何を誤解したのか彼女はウィンクをしてよこす。

「いいわよ。あたしがこの子産む時には、あんたにいろいろお世話になったし。それに、『あの』ラスが『そういう決心』をしたんなら、あたしは応援するわ。がんば★」
…………待て。
「ああ、いいのよ。それ以上言わないで。わかってるから★ あたしも今はこの子の面倒にかかりきりだし、仕事もしてないからおしゃべりする相手もそういるわけじゃないし。言いふらさないわよ」
心得たとでも言うように、俺の腕をぽんぽんと叩いてくる。
……いや、そうじゃなくて。
やっぱり、外には絶対言いふらせねぇな、と強く思った。
とりあえず、明日にでもファントーを連れてまた来ると約束して彼女の家を出る。

夕方からキアと合流して幾つか調べてみたものの……あまり噂になりたくないという事情から、調査の進み具合は芳しくない。
おい、キア。他に何か手がかりねぇのかよ……。
……ん? おい、この似顔絵に描いたイヤリングは? なんか変わった形だが……ホントにこんなもんしてたのか?
「うや? あー。それ、ちぃと変わっとるんよねぃ。だからおいらも覚えとったん」
OK、キア。細工屋まわるぞ。
「にゃー、待ってにーちゃん! もうすぐ晩餐の鐘が鳴るんよー!」
だから何だ。晩飯食わなきゃ動けねぇとか言うなよ。おまえさっき、定食5人前を……。
「そうじゃないんよー。カレンにーちゃんが、晩餐の鐘までに戻ってこいって言うとったんー」
………………。

……成果、なし?(がくり)
 
成果の後
キア [ 2006/02/27 1:05:57 ]
 ラスにーちゃんのお家のメンメンは、みんなみーんなネブソクなお顔。
 どーしてなのかはすでにカレンにーちゃんに話をきーてナットク済み、子育てって大変なんね、おかーさんってすごいんね。
 でもどうしてわざわざ様子見にくるくらいなら、おいてったんだろね、ま、それがわかれば苦労せんのだけど。

 んでも、あまりハデに動いちゃいけんとのこと、おおっぴらに聞きまわるワケにいかんのがむずかしー。
 もしかしたらこのイヤリングがもう一つの手がかりになるかもしれんけど……とりあーえずー、お疲れのミナミナサマに、おいらのトクセイの干しイチジクとクルミのバターケーキをどうぞー。

 「お前、宿戻ったと思ったらそんなもん作ってきてたのかよ」
 「オレは嬉しいけどなー、ラスは甘いもの好きじゃないもんね」

 あんまり甘くないんから、たぶんラスにーちゃんでも食えるんよ。クルミとイチジクが嫌いじゃなきゃだけんど(ぼそ)



 でー、明日はラスにーちゃんがファントーをつれて娼婦のねーちゃんの所へ行ってくる、おいらは先に細工屋さんへ、その後ラスにーちゃんとは細工屋で合流でおけ? 

 「あぁ、それよりもお前帰らねぇのかよ」

 トゥーリのにーちゃんには庭あらしのおシゴトとかしてくるん、ちこっとハイタツのお休みシンセイしとったし、にーちゃんたちだけじゃ大変っしょ? ラスにーちゃんだってフラムのおかーさんが見つかるまで、まったく巣穴からのおシゴトをせんワケにもいかんのだし。
 しばらくは夜はファントーとユーニスと一緒に仕事にでるん、その間は昼間はカレンにーちゃんとラスにーちゃんが動けるよにお家にいたりしてお手伝いするんよ。庭あらしのほーが終わったら、夜も居れるよになるだろから、ラスにーちゃんの仕事とカレンにーちゃんの夜勤がブッキングしても、せめて二人いれば少しはいいと思うんよぅ。
 
 「早い話、それはつまりしばらく家に泊まるって言ってねぇか?」

 うに、だいせーかーい(ぱちぱち)

 「お前、そういうことを勝手に決めるなよ、大体俺は良いって言ってねぇぞ」

 んでも、ヒミツホジって言葉もあるんし、おいらがいればご飯したくもファントーとにーちゃんと交代で出来るんから、少しは楽になるっしょ?
 おいらだって巣穴にマッタク顔出さんわけじゃないんから、繋ぎもおいらに言いつけろって言っとけば、よけーな繋ぎがにーちゃんの家に来ることもないんし。ね?
 それに、そのつもりでブーレイにーちゃんからこの前もらった干しクダモノとかぜーんぶ持ってきちったもん☆


 ねー、ダメ?(←かわいこぶって見る)
 
混ざってみました
セシーリカ [ 2006/02/27 1:41:42 ]
 「はーい、わたしも手伝うー」
 もはもはケーキを頬張りながら挙手をすると、視線が一斉に向いた。キアさんはにこっと笑って手を振ってくれたけど。
「ってお前、何でいるんだ! しかも何さりげなくケーキ食ってやがる」
「窓空いてたから」
「いやそういう問題じゃなくてだな」
「大声出すと、フラムちゃん起きちゃうよ?」
 紅茶を手にさりげなく釘を差すと、ラスさんは途端に黙った。相当、フラムちゃんの泣き声には辟易しているらしい。実際孤児院でもこれくらいの月齢の子供を受け入れることはあるから、赤ちゃんというのは泣くというのが仕事で、しかもとっても仕事熱心なのだというのは骨身に染みて知ってる。結果、夜は小刻みにしか寝られなくて、今のファントーさんのようにお茶しながらうたた寝してしまうことなんてザラだった。
「寝ちゃったね、ファントーさん。後でベッドに運んであげなくちゃね」
「おいらも手伝うんよ」
「……ってか、お前いつからどうしているんだここに」
 抑えた声でラスさんが尋ねてくる。どうしても何も。
「窓からはいるのはいつものことだろ? 最初から説明するとね、玄関に行ったらトゥーシェが寝てて、窓から入るよって言っても特に吠えたりしなかったから、ぐるっと庭を回ってたの。そしたらここ(居間)に灯りがついてて、窓の鍵が開いてて、ラスさんとキアさんが楽しそうに話をしてたから邪魔にならないように窓から入って、ファントーさんにとりあえず一部始終は聞いたの。それにさ……忘れてるかも知れないけど、今日はお料理を教えてくれる日って約束してただろ?」
 だから、ちゃんと材料のポテトと、神殿のおばちゃんたちにお裾分けしてもらった山羊のミルクまで持ってきたんだぞ。重いのに。
「山羊のミルク? 飲む飲む〜」
「はーい、キアさんには大きなマグカップに入れてあげるね。……そんなわけで、しばらく泊まり込むから。よろしくね〜」
 台所にマグを取りに立つと、視界の端にぐったりと椅子に座り込んだラスさんの姿が見えた。

 ………ふふん、勝った(←何に
 
特訓開始
ファントー [ 2006/02/27 13:03:06 ]
 <26の日>

 夜。
「人手が増えたのはたいへん喜ばしいなオイ」
 ラスの眉間には深い皺。
「それならさ、もう少し嬉しそうな顔をしようよ。ほら」
 セシーリカの満面の笑み。お皿の上には二つ目のバターケーキ。
「笑わんと幸せがね、飛んで逃げるってゆーんよ。びゅーんとね」
 キアが身振り手振りで、幸せが飛んで逃げる様子を説明する。
 ラスが大きく息をついて、紅茶を啜る。
 セシーリカがやって来て、フラムのことを知るのは五人になった。
 よく考えると、誰かが家にやってきたら、フラムのことを隠すのは難しい。
 ラスの家は人の出入りが多いし、そのほとんどは、勝手知ったる他人の家と、ふつうに中へ入ってくる。
「この三日で二人しか来てないことのほうが、むしろ運がよかった。そう思えよ」
 ラスのカップに紅茶を足しながら、カレンがいう。
「あーそーだな。全く以てその通りだ」
 フラムが来なかったら、そんな運もいらなかった、とはラスもいわない。
 オレはというと、何も心配はしていない。
 二人から話が広まることはないし。
 それに、フラムの世話を手伝ってくれるといってくれたことが嬉しい。
 それはオレも、カレンも、そしてラスもきっと、同じ気持ちだ。

<27の日>

 朝。
 キアと一緒にご飯を作って、みんなで食べた。
 今朝はラスも一緒だ。でも紅茶を飲むだけで、食べ物には手をつけない。
 食事が済んで直ぐに、オレとラスは出かける準備を始めた。
 これから、ラスの知り合いの女の人に、赤ちゃんの世話の仕方を習うんだ。
 その間、家にはカレン、キア、セシーリカが残る。
「じゃ、しばらく頼むぞ」
「任せなさいって」
「しっかり教わってこいよ」
「いってらっしゃーい」

「お前、今夜から仕事だよな」
 往きの途中で、ラスが聞いた。
 そうなんだ。オレは夜から、ユーニス、キアと一緒に仕事を始める。
 アドバーツという人の邸の庭が夜のうちに荒らされるという事件が起きている。オレたちはその犯人を捕まえるんだ。
「町での仕事は初めてだろうが、大して違いはない。むしろ身を潜めて庭荒らしを待ち受けるあたりは、お前たちに打ってつけだろうぜ」
 野伏の訓練を受けたユーニス、ミラルゴ育ちのキア、山育ちのオレ、三人とも、気配を断って隠れるのは得意な方だ。だからこそ、ユーニスはこの仕事を選んで、オレに声をかけてくれたんだ。
「話を聞く限り、庭を荒らしてる奴は単独だな。三人で押し包めば何ということもない。だから」
 ラスがまじめな顔をしてオレを見た。
「あまり長引かせるなよ」
 うん。オレもなるべく早く終わらせるつもり。
 フラムと離れる時間を増やしたくない。

 玄関口に立っていると、赤ちゃんを抱いた女の人が出てきた。
「おはよう、ウェーラ」
「いらっしゃい、ラス」
「こいつが、昨日話した世話係のファントーだ。あまり時間はないが、みっちり鍛えてやってくれ」
 お、お願いしますー。
「あら、あなたが……そうなの?まぁー」
 ウェーラという女の人が近づいてきて、まじまじとオレを見る。
 思わず後退りするオレ。
「大変だったわね。奥さんに逃げられちゃうなんて」
 ……え?
「でも悲観しちゃダメよ。男手一つでも子どもは育つんだから。がんばるのよ?」
 ……ねー、ラス。
「……いや、俺は何もいってねぇし」
 
重要人物発見?
カレン [ 2006/02/28 3:32:47 ]
 夜勤の日。
夕方から出仕して、人探しを装って聞き込みをしてみたが、答えは芳しくはなかった。
主に信者の方々だったのだが…。
どうやら、この神殿には足を運ばないらしい。
じゃぁ、どこで俺を見たんだろう。何故、あの家に住んでいる神官に預けようと思ったんだろう。
ふと、考える。
俺は、この神官の格好で家と神殿を往復する。帰りに、あの木造の酒場に寄ったり買い物をしたりする。寄付を集めに行くことだって……。
偶然見かける範囲なんて、かなり広い。
神殿にこだわる理由も、神殿にこだわれない理由も、同時に存在するわけだ。
あとは、神官があの家に住んでいることをどこで知ったか……それがなぁ…。まさか、尾行した……なんてこと……。

「カレンさん」

不意に声をかけられた。
振り向いた先には、ナイマン司祭の姿。

「久しぶりですね。どうです? 一緒にお茶でも」

3日前にもお茶をご一緒したはずです。

「最近どうもね…わたしも忙しくて」

長話でですか?

「あなたと言葉を交わす時間もなかなかとれないから、なんだか寂しくて」

いろんな意味で嘘ですね。

「2の月に入ってから、レイモンド司祭がお休みしているものですから、彼の分の仕事を任されまして」

それは、大変でしたね。

「みんなで分担を決めるのに手間取ったりしましたし」

そんなことで!?
………?

「レイモンド司祭、休んでたんですか」
「知りませんでしたか? …ああ、あなたは新人教育をなさってましたからね。無理もないですか」
「病気で?」
「そのようです。頑健な方なのでね、こんなに長く休まれるとは思いませんでした」


朝。
新たな事実に驚いた。
家の外まで泣き声が聞こえる。……わずかだが。
近隣住民に赤ん坊の存在を知られるだろうか?

素早く玄関を開け、家の中に滑り込む。
赤ん坊の声のことを伝えると、みんな一様に黙り込み、その後の会話はトーンが一段下がった。
俺達が静かにしたって意味はない。

「おい、おまえ、少しは静かに泣けないのかよ。つか、泣かないでいてくれるのが、いちばん助かるんだけどな」
「ラスさん、それ無理だから」
「あぁ、ねーねー、今さぁ、ラスったらフラムに話しかけたよね」
「! …ちがう!!」
「そうだねぃ。ラス〜は、ほんとはフラムと話したい〜んね〜♪」
「そこ、歌うな! 話しかけたんじゃない。独り言で文句を言っただけだ! それより、カレン。報告しろよ」

みんなが、ニヤニヤしながら顔を見合わせて、肩をすくめている。

「聞き込みは、あまり……。人が少なかったせいもあると思うけど。
でも、ちょっと気になる人物がいるな。2の月から休んでいる人なんだけど、この人物がね、アノスから来た人なんだそうだ。顔立ちも気になるんでね、ちょっと調べてみようかと思う」
「どうやって? おおっぴらに動くなって……」
「ちょっとしたコネというか、理由をもらってきたから、それを使って会ってくる」

一瞬、ラスの瞳が輝きを増した、ように見えた。
早期解決に繋がる人物に、こんなに早く行き当たった。そう期待する輝きだった。
 
進まない調査
ラス [ 2006/03/01 0:12:38 ]
 <28の日/午前中>

「ちょっと出てくる。後頼むな」
午前中、屋根裏部屋から下りてきて、茶でも飲もうかと台所に入ると、居間にいたカレンにそう言われた。朝っぱら(?)から神官服を着ている。
…………ん? 後って……?
「セシーリカはまだ寝てる。オマエの部屋のソファで。ファントーとキアもさっき帰ってきたばかりだ」
……おまえ、どこ行くの?
「……昨日言ったろ。レイモンド司祭と会う『理由』ってのが、今日の約束なんだよ。……ほら、寝ぼけた顔してないで目ぇ覚ませ」

変わった形のイヤリングから、細工屋方面をまわっていたが、どうやらオランで作られたものではないらしく、なかなかそこから先へは進めていなかった。
カレンの言うレイモンドとかいう司祭の方面からアプローチしたほうが早いかもしれない、とは確かに昨日話していたことだ。

……って、待てよ。ひょっとして。
「そう。フラムのこと少し頼む。……そろそろセシーリカも起きてくるだろうとは思うけどな。何かあったらセシーリカを起こせよ」
何かって何っ!?
「……大声出すな、せっかく寝てるんだから。ミルクはやったし、おしめも取り替えた。オマエが静かにしてればしばらくは平和に寝てるはずだ」
しばらくって……俺とソレが2人きりっ!?
「そう。……ま、いいじゃないか、そのくらい。……そう嫌わなくてもいいだろう。じゃ、行ってくる」

がーん……(しばし呆然)


ソファの横、窓からの陽当たりがいい場所に、最初にアレが入れられていたバスケットが置かれている。
そしてその中からは、確かに生き物の気配。そしてそれが眠っている匂い。
茶を淹れたマグを持って、そっとソファに腰を下ろす。
……いや、これじゃ遠すぎるか(移動)。
……いや、こんなに近づかなくても(移動)。
待てよ、遠くから精霊力を監視してて、眠りの精霊の気配が消えたら近づけばいいのか? いや、眠ってない時に下手に近づいて泣かれても困るわけで……。

……………何やってんだ、俺。
嫌ってるわけじゃ……ない、と思う。多分。ただ、ひたすらに苦手なんだ。
表向きには、赤ん坊というのはいろんな精霊力がうるさすぎるくらいに活発で、あまり近くにいるとその気配が鬱陶しいから、と言ってる。
それは嘘じゃない。
人混みに酔う寸前のような、意識の片隅をさわさわと撫でられるような、そんな感じがする。

けれど。実際はどうだろう。
結局、ソファの中程に腰を下ろし、そこから首を伸ばしてバスケットの中味を覗いてみる。
すやすやと眠る赤ん坊は、この上なく無防備で、この上なく無邪気で。
例えばここに誰か悪意のある奴がいれば、あの赤ん坊の命など一瞬で消える。
まだ自分の頭すら満足には支えられない脆弱な首。麻布でこすっただけで赤くすりむけてしまいそうなひ弱な肌。立ち上がることも、満足にものを掴むことすらも出来ない小枝のような手足。

……見ていると苛つく。

親が守るべきものだろうと思う。そしてその親にこいつは捨てられた。
それは、全身で抵抗していいはずの出来事だ。
持てる力の全てで抗っていい、そうしなきゃいけないはずの出来事だ。
けれどこいつは、無邪気にそれを受け容れた。他人の手で肌を撫でられ、他人の乳を美味そうに飲んで。
何が自分の身に起こったのかすらわかっていない。
そんな無邪気な幼さ。
幼さ故の無知。幼さ故の無抵抗。
そして幼さ故、他人に庇護される。

苛立たしい。自分を守れと全身で表現しているこいつの存在が苛立たしい。
そしてコレをこんな風に置き去りにした親も苛立たしい。

「誰にだって、こんな時があったんだ」

そうカレンは言うけど。
それはわかってる。わかってるから尚更に苛立たしい。
自分も今のこいつと同じように、無防備で無邪気で脆弱だったのかと思うと。
自分には、子供らしさなんていうものは許されなかったから……だから、そこらを走り回る脳天気なガキは嫌いだ。
けれど、親に捨てられたこいつも、ひょっとしたらこの先多少育っても、子供らしさなんてものは許されないのかもしれない。
もしもそうなら、それは自分ではない自分を見ているようで苛つくし、もしもそうでないのならそれはそれで苛つく。

──夜中や明け方。屋根裏部屋でようやく寝付く頃、こいつの泣き声で目が覚める。
多少泣いても、自分たちでどうにかするから寝てていい、と。他の4人は口を揃えて言うけれど。
それでも泣き声が耳に届けば目は覚める。
そして、次に寝付くまでにまた時間がかかって、ようやく寝付く頃にまたこいつが泣き始める。
いっそ俺が寝る場所に“静寂”の魔法でもかけてやろうかと思うけれど、目一杯気力を振り絞ってそれをかけても、四半時と保たない。それなら意味は薄いだろう。
そして暗闇の中、こいつの泣き声には悲しみや悔しさといった、ネガティブな感情が混ざっていないことに気付いて、溜息が洩れる。
親に捨てられたのに、絶対のはずの存在が離れていってしまってるのに。
こいつは悲しくもないし悔しくもないんだ。

……眉間に皺を寄せて、自分の苛つきへの考察だなんて。そんなくだらねぇことをしてるのも寝不足のせいかもしれない。
そうじゃなければ、親探しがうまく運んでいないから。
いや、ひょっとしたら、昨夜セシーリカが作ったポテトグラタンっぽいナニカのせいかもしれない。

ん?……眠りの精霊の気配が消えた。……起きるか。
ヤバいな、静かにしていないと…………。

「(ばたーん!)ラスさーん! ごめん、寝過ごしたー! 今日さ、カレンさん出かけるって言ってたよね? あのね、わたし昨日のおしめをまず洗濯しようt(赤ん坊の泣き声にかき消される)」

……………。

「……あれ? あ、ごめん。フラムちゃんびっくりさせちゃったかなー?」

セシーリカ……てめぇ……。

「あ、とにかく昨日のおしめをまず洗濯するからさ。朝のうちに干しておかないと部屋干しだと時間かかるし。だから、ごめん、今あやすから、まだしばらくフラムちゃん看ててね」

……(がくり)
 
司祭の家族
カレン [ 2006/03/01 4:26:32 ]
 <28の日/夕方>

夕方、レイモンド司祭のお宅から帰宅。
ラスがソファでぐったりと長くなり、ファントーがフラムを寝かしつけていたところだった。セシーリカとキアは台所に立っていた。
かけられたおしめをくぐって、暖炉前に陣取る。

「どうだった?」
「うん……レイモンド司祭の所は、収獲がないな。っていうか、こっちもナイマン司祭の代りで見舞いに行っただけなんでね。あまり突っ込んだことは訊けないから。
ま、いろいろと材料はあるとは思うけどね」

まずはレイモンド司祭本人のこと。
彼は、昔アノスからオランへやってきた。
髪や肌、瞳などの特徴は、キアが見た女性と同じ。頑健な体躯に柔和な表情。ただし、体調を崩したというのは本当らしく、今は頬がこけ、普段の彼らしからぬ様子だった。
性格は明るく前向きで、人当たりがよく、仕事熱心。真面目だが、頭の固い人物ではない。
年は50歳近い。2歳ほど年下の奥方は、オランの生まれだそうだ。
この時点で、「フラムの父親」候補からは外れると思う。
レイモンド司祭が、家庭の外に女を作るような人ではないのは断言してもいい。
司祭の家には、奥方のほかに、司祭の息子夫婦とお孫さんが二人。10歳の男の子に8歳の女の子。
家族はみんな仲がよさそうで、問題があるとは思えなかったが……ひとつ引っかかったのは、家の中の空気が暗いのだ。子供達だけが元気がいい。
世間話に織り交ぜて、探りを入れてみたが、おかしなところはない。受け答えをするのが、具合が悪いはずの司祭本人だったことを除けば。

「司祭とかっていう神殿の高位にいる人たちはね、巣穴のような訓練はしないけど、咄嗟に被る仮面はなかなかのもんだよ。神殿にだって外にも内にも漏らせない情報があるからね。秘密保持に関して、彼は年季入ってるから」
「じゃぁ、空振りか…」
「いや、それがさ、続きがあるんだよ」

レイモンド司祭宅からの帰り道、一人の冒険者が人の輪の中にいた。
公園を突っ切る小道の端だ。
似顔絵を見せていた。
人を探しているようだった。

「それが、キアの描いた似顔絵に似てるっぽい。特徴もね」
「それって、お母さんのほうもいなくなっちゃってるってこと?」
「だろうね…。それで、依頼人なんだけどね、ダインって名前しかわからないらしいよ。…ダイン。レイモンド司祭の息子と同じ名前だ。偶然かな?」

偶然じゃない。みんなの顔はそう言っていた。
 
つながり
キア [ 2006/03/01 10:02:01 ]
 < 3の月 1日 昼前 >


 フラムが寝とる間にと、おいらは市場に買出に行ってきたん。フラムが来てから誰かがおらんといけない状態なんから、買出しも交代で出るよーになった。
 とはいえ、おいらじゃいっぱいの荷物は持てんから、ちと足りないんかな、というこまごましたものの買い物がメインになるんけど、お茶の葉とか。ついでにハチミツ菓子を作ろと思って、ハチミツもこーにゅー。
 
 でね、そこでいがいなものを見たん。

 「お母さんが見つかったの?」

 んや、そないに直接的なもんとは違うんけど、市場のはしのほうの露店がねぃ、アノスのほうから来た行商人のもので、いろいろ置いてあったんよ、たとえばこーゆーのとか。

 「似顔絵のイヤリング?」

 んみゅ、マッタク一緒じゃなかったんけど、アノスのほうではわりと見られるデザインらしーよぅ。
 つことで、あのオンナのおヒトにも”アノス”て単語がついてきたんね。
 フラムがはいっとったカゴは、アノスのほうの編み方なんしょ?
 カレンにーちゃんの言っとったアノスからきた司祭さんの、息子さんが多分探しとるおヒトと似てたってんのもひっかかるんし。

 「キア、一応まだ例の依頼人のダインが、レイモンド司祭の息子のダインさんだと決まったわけじゃないんだぞ」
 「限りなく怪しいけどな」

 んーむ、大人より子供のほうがいがいにぱかっとお口を割ってくれそだから、そこのお子さんにお話聞ければいいんけどねぃ。カレンにーちゃんがタズネても怪しまれるだろしなぁ。
 しんちょーに動かないかんぶん、行動に悩むn(被るように赤ん坊の泣き声)

 「おい、ファントー! それを泣き止ませろ!」
 「わかってるよ、えっと、ミルクはさっきあげたし……」
 「ファントーさん、おしめ替えた?」
 「うん、ミルクあげた後に替えたけど……あ、大きい方してる!」
 「早く替えてやれ、被れるぞ」

 ラスにーちゃんの顔にいらだちとお疲れが見えるん、はよせんとネブソクでラスにーちゃん倒れちゃうかも?(首かしげ)


 ファントーとセシーリカねーちゃんがフラムを見てくれとる間に、お茶に間に合うよにおいらはハチミツ菓子つくろー。 
 
困惑
ファントー [ 2006/03/01 12:50:04 ]
 <1の日 お昼>
 お昼ご飯を食べて、カレンは神殿へ出かけていった。
 ラスは屋根裏部屋で横になっている。まだ寝てはいないみたい。
 台所では、キアがハチミツ菓子を作っている。アーモンドを炙る、いい匂いが流れてくる。
 居間は、オレとセシーリカとフラムの三人だけになった。
「君はえらいなー。周りがばたばたしてるのに、ぜんぜん平気なんだから」
 セシーリカがフラムの顔を覗き込んでいう。
 赤ん坊の頃は、ちょっとしたことでも体の調子が変わり、熱を出したり、お腹の具合が悪くなったりする。
 でも、フラムにはそんな様子がない。だから、オレたちは他のお母さんたちよりずっと楽ができていると思う。
「フラムくんも一生懸命なんだよ」
 セシーリカが用意してくれた新しい産着に包まれて、フラムは今、静かに寝息を立てている。最初に着ていたものは綺麗に洗われて籠の中に仕舞い込まれている。
「必ず親御さんを見つけるから。そうしたら家に帰れるからね。もう少し待つんだよ」
 フラムの寝顔に話し掛けてから、笑顔のままオレの方を振り向いたセシーリカの表情が、「ん?」と訝しげなものになった。
「ファントーさん、どうしたの?」
 え? どうもしないよ。
「なんだか元気がないよ」
 んー、そっかなあ。あまり眠れてないからかな。
「少し休む? フラムくんはわたしが看てるから。キアさんもいるし、外にはトゥーシェがいるから心配ないよ」
 フラムが来てから、トゥーシェの日向ぼっこの場所は玄関の前になった。トゥーシェは、普通の犬よりずっと体が大きいから、玄関をくぐろうとしたらトゥーシェに退いてもらわないといけない。入り口の番としてトゥーシェはとても優秀だ。これで窓に鳴子でも仕掛けたら万全だな、ってラスはいってたけど、まだそういうことはしていない。
「ラスさんだってわたしが起こすから。まだお仕事も終わってないんだし、無理しちゃダメだよ」
 うん、ありがとう。でも、なんだか眠るのはイヤなんだ。

 それで、気分転換に外を歩いてくることにした。
 暖かいけど、空には雲が集まっている。夕方から雨になりそうな気がする。
 そろそろ冬物の服を整理しないといけないな。
 そんなことを考えながら、家のある一画をぐるっと一回り。
 家の前の通りに出る角を曲がると、一台の馬車が止まっているのが見えた。家から少し離れたところだ。
 家の前に立っていたらしい女の人が、馬車に乗り込むところだった。
 あ……。
 黒い髪。琥珀色の肌。瞳の色はわからないけど……きっと黒いんだろう。
 女の人はオレに気付かないまま、車の中に消えた。御者が鞭を鳴らして、馬車が走り出す。
 ゆっくり遠ざかっていく馬車を、オレはしばらく見詰めていた。
 周りの人からは、睨んでいるように見えたかもしれない。
 なぜか気持ちが落ち着かない。
 なぜなんだろう。
 
雨の夕方
セシーリカ [ 2006/03/02 0:29:46 ]
 <1の日 夕刻>

 泣きやまないフラムくんを抱っこして優しく揺らしながら、適当に歌を歌う。子守歌には詳しくないから、知っている歌を。
 このくらいの月齢になると、特に理由もないのに夕方に大泣きすることがある。お腹も一杯だし、おむつも綺麗。虫さされがあったり熱っぽかったりするわけでもない。それなのに、夕方になると泣く。神殿の人たちは「黄昏泣き」と言っていた。
 抱っこしてあやしてればそのうち泣きやむ。慣れとの勝負なんだけど。……慣れてないと慌てるよね。

 今日は午後のお茶の時間になると雨が降り始めた。雨は少しずつ、でもだんだんと強くなってきている。この泣き声も、雨音で少しは紛れればいい。どんなに雨がひどくても、きっとこの泣き声でラスさんは起きてしまっているんだろうけど。

 ラスさんだけじゃない。みんなが疲れはじめている。
 早く、と言う焦りがそこに加わる。焦りは判断を狂わせる。
 たとえばおとといぼーっとしながら作った、それはそれは甘いポテトグラタンのように。


「フラムくん、元気に泣くねぇ。いい子だね。うんと泣くと、それだけ息の続く子になるからね」
「……頼む、早く泣きやませてくれ」
「出来たらやってるよー」


「子供は親を選べません。だけど神様は、親を選んで子供を授けるのですよ」
 そんな言葉を思い出す。神殿長が言ってた言葉だ。
 ……フラムくんの両親は、何を思ってこんなコトしたんだろう。
 ただの黄昏泣きだというのは分かっているけど、なんだかその泣き声が親を求めているようにも聞こえてしまう。
 ……父親でも母親でも、見つけたら一発、いや三発はぶん殴ってやる。
 子供を捨てるって言うのにはいろいろな理由があるのも知ってる。自分の手元に置くことが子供のためにならないことがあることも理解しているつもり。
 だけどさ、子供はそれでも、親と一緒にいたいって思うときがあるんだ。


 ………?

「セシーリカ、いい加減そいつを泣きやませてくれないか」
「ちょっと待って。今ちょっと忙しい」
「……は?」


 何となくレイモンド司祭の家のまわりを張らせていたショウの「目」が見ている。こんな雨なのに、もう日が暮れる刻限なのに、どこに行くって言うんだろう。
「誰が? ひょっとしてダイン?」
「……違う。女の人」
「お客さんって言うことは?」
「ないと思う。お勝手から出ていったし、それ以前に今日レイモンド司祭のお宅に女性の来客はなかったよ」
「……ダインの奥さんかな。とりあえず……」
「出来るだけつけてはみるけど。今でも結構距離がぎりぎりで………ああ、雨が冷たい……」

 フラムくんは、もう泣きやんで、きょとんとわたしを見上げていた。
 
みんなでのり切れますよーに
キア [ 2006/03/02 7:48:17 ]
 <1の日 夕刻〜夜>

 みんななれん赤さん育てにツカレ気味、とくに眠りの浅いラスにーちゃんはちと顔色がわるめ。いあ、にーちゃんはフラムの面倒ほとんど見とらんけどねぃ。
 あまり食欲もないみたいなんし、ツカレには甘いものがいーゆーから、お茶の時間のお茶うけに作るん。
 カレンにーちゃんやファントーやセシーリカねーちゃんはおいしいって食ってくれるけど、甘い物だってそないにお好きなほうじゃないから、ラスにーちゃんお菓子を作ったって食べないんよね。
 げんに、ハチミツ菓子も、にーちゃんは食わんかった。

 もち、フラムのこともシンパイだし、はよおかーさん見つかるといーと思うんけど。でもでも、フラムを見とる間に誰かがダウンしてもタイヘンなんよねぃ。
 そゆことで、カレンにーちゃんがお昼にお出かけする前に、ラスにーちゃんの好きそなものを聞いたん。

 「キア、何を作ってるの?」

 フラムを抱っこしながらファントーが聞いてくる。フラムは起きとって、こっちをその黒いおめめでじっと見とる。おいらは一つ一つ、一口サイズに切ったチキンを鉄の串に打ってるん。
 おいらは大分前に、シタールのにーちゃんから教えてもらったムディール風のチキンの香草焼きのジュンビをしとったところ。
 だけど今回のせるは香草じゃなくて細かくきざんだネギで、味付けは塩のみのさっぱり風味ー☆
 あ、ファントー。網で焼くからちとケムたくなるんよ。

 「そうなんだ、じゃあオレ、フラム連れてるから居間のほうに戻るね」

 ケムリが目にしみてフラムが泣いちったら大変だもんねぃ。フラムよっしく。
 おいらはファントーを見送ると、網に一つ一つ塩をふりふりした串を打ったチキンを並べるん。ネギはまだー。
 片面をひっくり返してからのせるのがいーらしん。てか、そーせんとネギがおっこっちゃうんよねぃ。


 セシーリカねーちゃんは少し前から、ツカイ魔から見えとるものを見続けるほうに集中しとるん。ラスにーちゃんと時々言葉を交わしながら、シンケンなお顔つき。
 ファントーは、フラムをあやしながらどこかふわふわしたよーな……雨がふるまえ、ちょーどお菓子が焼きあがったときにサンポから帰ってきたんけど、そこで場所に乗るオンナのおヒトを見たん言うとったっけ。
 そのおヒト、おいらが見たおヒトと同じおヒトだったんかな? 顔ははっきり見えんかったよだけど……。
 んでも、同じおヒトで、もしかしてフラムのおかーさんだったら、どうしてそないに様子を見に来るのに、置いてったんかな?


 ケムリと一緒にいー匂い、焼けてきた串をひっくり返し、焼けた面に刻みネギをのせてその上からも塩をふる、最初にチキンに塩ふってあるから、少なめにちこっとだけ、ネギにほんのりかかるてーど。


 「キア、何か手伝う事はないか?」

 カレンにーちゃん。んーじゃねー…………まだゼンブ串打ちおわっとらんのよねぃ、焼きながら打とうと思とったから。

 「それぐらいなら俺がやるよ、キアは焼くのに専念したらいいさ」

 うにゅ、さんきぅにーちゃん。


 カレンにーちゃんがチキンを串に打ってくれとる横で、おいらが焼き焼き。
 焼けてきた串からどんどん皿に乗せていく、のっけたネギもくったりとチキンによりかかっていー感じ。
 焼けたの一本とって、カレンにーちゃんとその場で食べたん。もち、味見だよぅ?
 塩がふられたチキンはやわらか、ネギも半ナマなせーか甘みが出てんのに歯ごたえもあるん、おいらとしてはばっちし(ぐっ)


 さーて、みんなーもちっとでご飯だよぅ。
 
依頼の理由?
ラス [ 2006/03/02 19:38:43 ]
 <1の日の夜の出来事>

昨夜、セシーリカ(の使い魔)があとをつけたのは、どうやらレイモンド司祭のところのメイドのようだった。
ショウとの距離がぎりぎりで、届く映像や声が不鮮明だというから、キアが夕食を作っている間に俺はショウのところに向かった。
メイドが向かってたのは、とある冒険者の店だった。冒険者の酒場としては、中堅どころよりやや下のランク。俺たちはあまり足を運ばないところだ。
メイドを発見し、ついでに雨に濡れている猫を回収し、懐に突っ込む。

メイドが会っていた相手は若い冒険者だった。駆け出しよりやや毛が生えた程度と思われる。
店員にそれとなく聞いてみると、仕事の依頼人に経過報告をしているらしいと答えが返ってきた。
……ということは。
あの似顔絵の女(フラムの母親らしき人物)を探すように依頼した「ダイン」は、レイモンド司祭の息子と同一人物だということになる。
メイドは落胆した表情で店を出て行った。その表情からも、経過報告の内容は察しが付いた。

その後、幾ばくかの酒肴を提供して冒険者から話を聞いてみると、彼は懐から似顔絵を出して見せてくれた。
名前はシエラ。歳は20代半ば。探している理由は知らないが、ダインの代理人としてあのメイドが仕事を依頼してきたらしい。
心当たりはないかと聞く冒険者に、残念ながら、と首を振っておく。
……こっちもそれを探してるんだ。
見せて貰った似顔絵は、俺の懐にある似顔絵とそっくりだった。


<2の日 午後>

ショウをセシーリカに返し、つかんだことの報告をしたのが昨夜の夜半。
一眠りした後、俺が出てくる時には、キアとファントーはまだ戻っていなかった。
いつもなら朝になる頃には戻ってきて、昼過ぎまで仮眠をとっているのに。
……ということは、あいつらの仕事のほうも何らかの進展があったということか。

そして俺のほうは霞通りにいた。
さすがにギルドの仕事もこれ以上放っておくわけにはいかない。
あたしにだって遺跡に行く準備があるんだ!とわめくスウェンを宥めながら、仕事を片付ける。

仕事を片付けながら……やっぱりダインの周辺を少し洗ってみるか、と思った。
何故、あの女──シエラという名前らしいが──を探しているのか。その理由がわかれば、あの女がフラムを置き去りにしていった理由にもたどり着くかもしれない。
溜まっていた仕事がようやく片づく頃、キアが合流した。
ファントーと一緒に関わっていた仕事はすでに事後調査も終えて、依頼人に報告も済ませたと言う。

キア。おまえはレイモンド司祭の屋敷周辺で、あそこのガキどもと接触できるかどうかやってみろ。
こないだ言ってたろ。ガキのほうが口が軽いかも、と。
俺はダインと、シエラとかいう女の繋がりのほうを調べてみる。
晩餐の鐘が鳴る頃にもう一度合流してお互いに報告だ。


<2の日 夜>

キアと待ちあわせをした店には、俺のほうが先についたようだった。
適当に料理と酒を注文し、奥の席に陣取る。
エールがまだ半分もあかないうちに、入り口からキアが入ってきた。
きょろきょろしているキアに向けて声をかけようとした矢先、目の前に2人の男が立ちふさがった。

「てめぇか。シエラのことを嗅ぎまわってるってぇのは?」
「ダインにでも依頼されたかい。悪いこたぁ言わない。その依頼は断りな」

2人とも肉体派、か。勝てなくはないだろうけど、魔法を使う羽目にはなるだろうな。だとしたら、この距離、この場所は俺には不利だ。
っていうか……何言ってんだ、こいつら?

一瞬、考える。
答えはすぐに出た。

入り口でこちらの様子を窺っているらしいキアにちらりと目をあわせて、動くなと合図する。
腰のダガーを探っていたらしいキアが、そっと入り口近くの席と席の合間に滑り込んだ。
そのキアに聞こえるように、2人の男に向けて聞き返してみる。

「依頼を断らなかったら? つまり、俺がシエラを探し続けたらどうなる?」
「探せないようにしてやるまでさ」
「なるほど、つまりおまえらは、俺をこの場でのした後、意気揚々とおまえらの依頼主に報告にいくわけだ。もうシエラは安全です、と」
「そういうことだな。てめぇものされたほうが、てめぇの依頼人に対して言い訳も出来るだろ? だから殺しやしねえよ、多少痛めつけさせてもらうがな」

……あー。ほんと。
んじゃ……どうすっかな。とっととのされた振りをして……あとはキアに任せるか。
2〜3発くらって気絶した振りでもすれば、こいつらは報告に向かうだろう。『依頼主』のところに。こいつら頭悪そうだし(←失礼)。

胸倉掴まれて一発食らって……不自然じゃない程度に反抗してみせて、と。
どうせ次には鳩尾あたりに来るだろうから、当たりを加減して、そこで気絶した振りをすれば……。
と思ったら計算が外れた。
後ろにまわったでかい男から、後頭部に一撃食らう。食らう寸前にその当たりを加減しようとしたら、それもタイミングがズレた。寝不足恐るべし。
目の前が暗くなりかけたのを、頭を振って追い払う頃には、後ろにまわった男に羽交い締めにされていた。
げ、やべ。
次の瞬間には鳩尾に衝撃。

目が覚めた時には、ハゲの店主が俺の顔を覗き込んでいた。……うわ、目覚め最悪。
聞くと、意識を失ってたのは四半時にも満たないという。
店の中からは、例の2人組の姿はもちろん無く、そしてキアの姿も無かった。
キアの後をどうにかして追おうかとも考えたが……立ち上がると世界がぐるぐる回っている。
これは……一旦家に帰って、カレンに事情を説明したほうが得策か。
 
馬車ふたたび
キア [ 2006/03/03 0:44:22 ]
 <2の日 午後>


 「シエラお姉さん? 家にときどき遊びに来ていた人なんだ。パパとママの友達なんだよ」
 「でも、最近遊びに来ないの……だから、どうしたんだろうねってお兄ちゃんと話してたの」
 「そうなんだ…あ、お……あたし、もうママの所、行かなきゃ……」

 バイバイして庭先と遊んでいた子供とお別れする。むー、口調に気ぃ使わんといかんのはニガテなん。
 帽子の中にカクシとった耳を引っぱり出して、まだ冷たい風にさらし、約束しとった店に走るー。

 レイモンド司祭さんところの庭でちょうど遊んどったお子さん達、オヤとお出かけ中にのぞいとる小さな子どものふりしたら、向こうから声をかけてきてくれたん。
 んで、ちょうど話しとった会話に「シエラ」ってお名前があったから誰って聞いてみて……結局たいしたことは聞けんかったんけど、そのシエラさんてゆーおヒトがこの家に遊びに来るぐらい仲は良かったのはわかったん。

 このお家のおヒトとシエラさんがどないなトモダチ関係かはラスにーちゃんが調べとるはずだからぁ、とりあえず約束の場所に合流せな。


<2の日 夜>


 「あそこまで痛めつけたら、あの半妖精はもう探し続けねぇだろ」
 「あぁ、弱っちい奴だったな」

 笑いながら話しとる男のおヒト二人を、距離じゅーぶんに取りつつツイセキちゅー。
 ラスにーちゃんがしめあげて聞くほーを選ばんでよかったんね、にーちゃんその気になったらやられとったのはそっちだよぅ。
 んでもにーちゃんもネブソクでタイミングをうまくつかめてなかったよーなんし、いたそーだったなぁ。大丈夫かなぁ?

 あのお二人が行った場所は、さっきのお店からはそこそこはなれとる酒場。
 酒場の中までいったんけど、二人はオクの個室にいっちゃったん。これいじょーはツイセキむりなんよぅ。
 たぶん、そこで依頼主とあっとんだろな、むー。

 仕方ないん、一旦戻ってー…っと…………うや? 馬車?
 こないなところで馬車だなんてー、そいえばシエラさんかもしれんおヒトが、馬車に乗ってさってったーって、ファントーが昨日話してたんよね。んむー、ぐーぜん?

 気になって近くにカクレて見はっとったら、さっきラスにーちゃんをのしたお二人がでてきてから少しした後、店から身なりのよさそなおヒトがでてきて、馬車に乗り込んだん。
 関係ないかもだけど、関係あるかもだしー……んでも、さすがに馬車をこっそり気づかれずにツイセキするのはきついん、てっか、むりっしょ?
 ラスにーちゃんが調べたほーのお話も気になるんし。


 とーりあーえずー、いったんラスにーちゃん家かえろー。
 
母シエラ=???
カレン [ 2006/03/03 14:15:48 ]
 <1の日/真夜中>

真夜中の泣き声。
フラムを抱いて居間に行くと、セシーリカが既にミルクの用意をしていた。

「早いね」
「うん。ちょうど起きたとこだったの。で、そろそろかなぁって。はい、ミルク」
「…俺?」

授乳はずっとファントーやセシーリカに任せていたので、まともに世話をするのはこれが初めてだ。
……落ち着かない。っていうか、気恥ずかしい?
赤ん坊って、なんでこんなに熱いんだろう。
小さくて軽いはずなのに、痺れてくるようなこの重みはなんなんだろう。

「なぁ、母親はコイツを捨てたんだと思う?」
「うん……わかんない…」
「そうじゃないような気がするんだけどな」
「どうして?」
「可愛いだろう? 本当の母親なら、手放せないと思わないか? それに、一度は様子を見に来ているみたいだし」
「そうだね。…うん、そうだといいよね」


<2の日/夜>

フラムの母親らしき人物の身元がわかった。
情報源は、なんとナイマン司祭。
午後に再び彼につかまった俺は、レイモンド司祭の様子を報告しがてら尋ねてみた。
レイモンド司祭と件の女の特徴が似通っていた。それだけの理由だ。

「こういう女性を探しているって冒険者がいたんですが……特徴が、あの…」

見せたのは、キアが描いた似顔絵だ。

「レイモンド司祭の娘さんじゃないですか。5年前に結婚しましたよ。…彼女がどうか?」
「さぁ…知り合いなのかもしれませんね。嫁いだのなら、居場所がわからなかったんでしょう」
「嫁ぎ先なら、司祭に訊けば……」
「相手は冒険者ですよ。警戒して当然です」


ラスとキアが帰ってきてから、以上のことを報告したら、そろって口を尖らせた。
曰く、神殿で調べればあっさりじゃないか。レイモンド司祭に話しちまえば、もっと早くケリがつく。痛い思いをしなくて済んだんじゃないか、と。
そのとおり、なんだけどな…。

「んでもー、カレンにーちゃん。あそこのお子さん達、シエラさんのことを『おねーちゃん』いうとったんよ? ふつう『おばちゃん』って呼ぶとおもうん」
「上の子が言葉を喋る頃、シエラは14か15くらいだよ。お姉ちゃんって呼ばせてたんじゃないかな。…わかんないけど」

知り合いの女魔術師の顔が浮かんだ。30に手が届く(届いた?)のに独身の彼女が、甥や姪にでも「おばちゃん」と呼ぶことを許すだろうか。そんな考えから出た理屈だが、自信はない。

「まぁ、証言したのは、おっとりさんのナイマン司祭だ。思い違いということもあるし、単にこの似顔絵に似た人物は、レイモンド司祭の娘さんしか知らなかったということも、な。
世の中に、似た顔のヤツはいるよな」
「じゃよ。今後の方針は? 司祭本人に、コレのことを伝える気は?」
「母親を探すことに変わりはない。司祭には……判断しかねる。ナイマン司祭の証言が事実なら、何故実家に頼らないのかが問題だろう? …あるいは…」
「あるいは?」
「頼ったけど、ダメだった、とかな。…まぁ、レイモンド司祭のところには、もう一度行ってみるよ。オマエたちの話を聞く限り、彼のほうにも何か事情なり原因なりありそうだ」
 
命のふくらみ
ファントー [ 2006/03/05 19:37:57 ]
 <3の日 夜>

 昨日と、今日と、カレンは、朝ごはんを食べてすぐに出かけ、お昼ご飯を食べに一度戻ってきて、その後は日が沈むまで帰ってこなかった。
 外でいろいろあるみたいなんだけど、カレンはまだ何もいわない。ラスも聞かない。

 フラムのお母さんは、どうやらシエラという人で間違いないみたいだ。
 そのシエラは、レイモンドの娘さんで、ダインの妹にあたる。五年前に結婚してオランを離れたんだけど、事情があってオランに戻ってきて、フラムを家の前に置いていった。
 事情というのは、どうやらシエラをそばに置いておきたい人間がいて、無理を働いたということみたいだ。その人間は、シエラの子ども(フラム)が目障りだったのだろう。だからシエラは、フラムの身を案じて、カレンに託すことにした。神殿のように公の場所にも預けられないくらい、その人間はとんでもないらしい。
「〜みたい、〜だろう、〜らしい、ばかりだ」
「しょうがねえだろ。確かなことは大してわかってねぇんだから。黙って食え」
 急なことで、一日ずっと神殿の施療院に詰めきりだったセシーリカが来たのは、夜も遅くなってから。話を聞いて感想を述べるセシーリカに、ラスはポテトグラタンを出した。ラス曰く、これが正調・ポテトグラタンだ。
「あ、おいしい」
「そりゃ美味いさ」
「どうして? 同じ材料を使ったのに、どうして、わたしとラスさんとで、こうも違うのかな」
「それ本気でいってんのか?」
 ほどよく冷めた紅茶をラスが飲もうとしたとき、ユーニスがやってきた。
 そう、今夜からは、ユーニスもオレたちと一緒だ。
「遅れてすいません! いやー久し振りに使うものもあったので、手入れに時間がかかっちゃいまして」
 ユーニスの腰には短剣、いくさ用の殻竿、箙。短弓と大きな剣を背負って、体には皮よろい。手提げ鞄の中にも重そうなものがいろいろ入っているみたい。
「うっわー、ユーニスってば、ものものしいねぃ」
 キアが目を丸くしていった。
「こないだのお仕事んときも、こーは固めてなかったんにねー」
「だって、相手は何人もいるんでしょ? 前に立って戦うからには、これくらいの備えをしとかないとね」
「ユーニスさん、たのもしーい。悪い奴がきても、これで安心だね」
「任せてください。一刀のもとに切り伏せてみせます」
「いや待て。まだ戦うとか切り伏せるとか、そういうのはな。おい聞いてるか?」
 四人がわいわい話しているところで、フラムの泣く声が聞こえたので寝室へ入った。
 ご飯でもない。襁褓でもない。そっと抱き上げると、フラムの手が動いた。
 あ。
 オレは、腕の中のフラムをまじまじと見てしまった。
 手を動かしている。フラムが手を上げ下げしている。
 と、足も動いた。
 あー。
 いつの間に、動かせるようになったんだろう。
 夕方まではまだぜんぜんだったのに。
 オレの口から、思わずため息が漏れていた。
 息をするのを忘れて見入っていたからだ。

<4の日 朝>

「大変じゃねえか……」
 ラスの顔が青い。
「喜ばしいことだよ。セシーリカ、紅茶おかわり」
 カレンがカップを片手にそういった。
「いよいよ動き出すんだぞ、アレが」
 ラスの顔がやっぱり青い。
「月齢から考えても、そういう時期だね。はいこれ、キアさんのパンね」
 セシーリカがお皿を持ってそういった。
「動くんだぞ、アレが!勝手に!」
 ラスの顔がますます青い。
「そりゃカッテに動くよぅ。オイラたちだってそうだしー。ユーニス、ジャムいるー?」
 キアが瓶を手にそういった。
「俺の生活がまた壊されていく……」
 青い顔を両手で覆うようにしてラスは突っ伏した。
「ラスさん、あの……袖にスープが」
 ユーニスがラスの服の裾を摘んだ。
 
仮眠
ラス [ 2006/03/05 22:13:51 ]
 <5の日 夕刻>
昼過ぎ、知り合いがやっている娼館に行った。
部屋は空いているかと聞くと、どの部屋もどの女も空いているという。この時間じゃ当然か。
「女はいらない。部屋を3つ、一続きで貸してくれ。金は払う」
うちは宿屋じゃなくて娼館だという店主に重ねて言った。
「じゃあ3人分の花代も払う。ただし部屋には一歩も入るな」

借りた部屋の真ん中に陣取る。この部屋にも、そして両脇の部屋にも誰も入るなと言い置いて、部屋の扉に内側から鍵をかける。
あまり広くはない部屋の中央には、部屋のサイズとは不釣り合いに大きい寝台が置いてある。もちろん書き物机などはない。寝台の他には小さなチェストがひとつあるきりだ。部屋が使われる目的を考えるなら、これが一番効率のいい家具選びなのだろう。
ブーツだけ脱いで寝台に寝転がる。大きな溜息が出た。

少し眠るつもりでここに来た。
人の気配のない場所、というものを、今の自宅では確保するのが難しいから。
屋根裏部屋で寝ていても、階下からの泣き声というのは簡単に耳に届く。
隣の部屋の物音が気にならないように部屋を3つ。それを一続きで借りるには、普通の宿屋じゃ難しい。
娼館ならひとつひとつの部屋のサイズは小さいからこういうことも可能だし、娼館の1階は、もちろん酒を飲める場所でもあるが、あまりそこで酔って騒ぐ奴はいない。
だから眠るつもりで来たんだが……疲れてるはずなのに目は冴えている。

薄汚れた天井を見ながら、頭の中を整理してみる。
「……ラスにーちゃん、何が気にかかっとるのん? 昨夜何か言いかけとらんかった?」
今朝、キアに聞かれた事を思い出す。

シエラは馬車をつかって割と自由に出歩いているように見えるのに、ダインは人を雇ってまでシエラを探している。
おそらくは、今シエラの傍にいる人物の意向によってフラムは捨てられたはずなのに、シエラは何度も様子を見に外出している。というか、出来ている。
なんでだろう、と首を傾げるファントーに、相手が一枚岩とは限らないと俺は言った。
馬車の馭者がシエラの味方で、幾つかの便宜を図っているにすぎないんじゃないかというつもりだった。
それ以外は不自由な生活を強いられているというのなら、ダインが妹を捜索しているのもわかるからだ。

ただ、そこで気になった。
何故、ダインなんだろう。
レイモンドじゃなくて、何故ダインなんだ。
レイモンドの代理でダインが、というのなら話はわかる。けれど、あの家のメイドが交渉役として出向いているのに、そのメイドは「レイモンドの代理」なのではなく「ダインの代理」だ。
一枚岩じゃないのは、シエラの実家もそうなのかもしれない。

シエラが結婚したのは5年前。チャ・ザ神官としてカゾフに赴任する夫についていって、しばらくはカゾフで生活していたらしい。
けれど、夫は昨年の末に事故で死亡。臨月だったシエラは、その知らせの直後にフラムを産む。
向こうには夫の両親も健在だったから、一度は、その子供はそちらで引き取ることに話が決まっていたらしい。
そこまでは調べがついた。

他に頼れる人間もなかったようだから、シエラ自身が動けるようになるのを待って、オランの実家へ戻ろうとしていたんだろう。
そして結局、産んだばかりの赤ん坊を手離すのも嫌で連れてきたのかもしれない。


キアが描いた似顔絵──俺に「忠告」しにきた2人組の雇い主の顔──を見て、カレンは眉根を寄せた。
「……これは、神殿の警備部にいる人間じゃないかと思う」
冒険者をあまり快く思っていないタイプの人間らしいな、とカレンは控えめな表現をしたけれど。
俺自身もかすかにその似顔絵に見覚えがあった。
とある貴族の夜会の警備に関する話し合いが、巣穴で行われた時にその男も出席していたのを覚えている。

その男は、何らかの目的を遂げるためには、人を雇って、相手の人間を多少痛めつけても構わないという思考の持ち主だろうか、とカレンに聞いてみた。
「……さぁね。品行方正を絵に描いたような人物と聞いたことはある。……表向きはな」
それが実はかなり思い詰めるタイプだったとしてもあまり不思議はない。

何故、うちに……というか、カレンのもとに捨てることを選んだのか。
何故、置き去りにしたくせに何度も様子を見に来るのか。
何故、オランに戻ってきたシエラは実家にいないのか。
何故、レイモンドは自分の名でシエラを探そうとしないのか。

いくつも疑問はあるけれど……単純化させればこうなる。

──シエラは今、誰とどこにいるのか。

その答えを握っているのは、チャ・ザ神殿の警備部にいるその男なのかもしれない。


いつの間にか、少し眠っていたらしい。
目を覚ましたら、さっきまで中天を過ぎたばかりだと思っていた太陽が、黄昏の色に染まっていた。
 
わかんないことだらけ
キア [ 2006/03/06 0:10:10 ]
 <5の日 夜>

 似顔絵のおっちゃんはチャ・ザのけーび部のおヒトかもしれんという話が、カレンにーちゃんから出た。
 それがほんとだとすると、シンデンには確かに連れていけんね、冒険者をけぎらいしとるなら、あえて冒険者でもあるカレンにんーちゃんに自分から話しかけることもないんじゃないかなぁ?

 「フラムをカレンさんに預けた理由? それも全く関係がないとは思わないけど、ちょっと単純過ぎないかなぁ」
 「そもそも、冒険者やってる神官だって、カレンだけじゃないでしょ?」
 「あ、でも、たいていの人は宿で暮らしてるから、一軒屋に住んでる冒険者で神官さんとなると、限定されるかもしれませんね」

 ラスにーちゃんとカレンにーちゃんのおらん家の中で、残った4人でお話しちゅ。
 フラムはセシーリカねーちゃんの腕の中で、元気に手を動かしとる。

 シエラさんについてラスにーちゃんが調べつけた内容は、おいらも首をかしげた。
 レイモンド司祭さんのお名前でさがさんのも、なんか意味ある? もしかして、司祭さんシエラさんがどこにおるか知っとるのかな?

 「キアちゃん、それなら何でダインさんが探すの?」

 えっと、だーかーらー……(似顔絵を持ち上げて)このおっちゃんが、けーび部のおヒトってことは、レイモンド司祭さんとも顔なじみなんよねぃ? だから口止めされとるとか。

 「でも、何で口止めしなくちゃいけないのかがわからないよね」

 んーむ、そうなんよね、知っとったとしたら何で家族にいえんのかな? 何よりも、自分のお子さんを自分の名前でさがせん理由ってなんなのかなぁ?
 あーもう、わからんことだらけだよぅ!……んま、わかっとったらまずフラムはもうとっくにママさんのところに帰れるんよねぃ。

 セシーリカねーちゃんの話だと、月齢てきにはニッコリ笑ったりしてくる時期らしー。赤ちゃんが可愛いさかりになってくるんて。手足をひっしに動かすフラムは、まだ笑顔は見せてくれてないんけど、きっとかわいいんだろなぁ。
 手放すのがヤでフラムをオランに連れ帰ったんだろと、昨日調べの結果を聞いたラスにーちゃんはつぶやいとった。
 なら、きっとフラムのせいちょーはシエラさんだって見たいんだろな、だってお腹痛めて生んだ自分のお子さんだもんねぃ。
 きょとんとこっちをみるフラム。きっと帰れるよにしたげるから、もうちっとがまんしてね。

 フラムの顔を見つつ、おいらも考えてみるん。シエラさんは今実家におらん、おらんからこそおにーさんのダインさんがさがしとるワケでー……。
 んー? そいえば、ダインさんはシエラさんを探しとったけど、赤ちゃん連れだとしたらいっちばんの特徴だよねぃ。どないして冒険者にシエラさんを探させるとき、その特徴を伝えなかったんだろか?
 赤ちゃんを探しとる人の話もきかんし、もしもきょーりょく者がおるのだとしたら、そん人がフラムはもう始末しましたと報告しとって、その報告がレイモンド司祭さんの家にまで聞こえてたとしたらぁ?

 んー、ラスにーちゃんたちもなんかつかんどるかもしれん、おいらも巣穴のシゴトを全くせんワケにもいかんので、今日の夜はお出かけせんとならんけど。
 ついでだから、スウェンのところよってラスにーちゃんにあてる伝言も受け取ってこなならんし。
 

 明日の朝、にーちゃん達にも聞いてみよかな。
 
父と娘
カレン [ 2006/03/06 3:52:47 ]
 フラムをめぐるこの事態について、ずっと考えていた。
疑問がいくつもある。
フラムが置き去りにされた理由。
置き去りにしながら、様子を見に来る理由。
シエラが実家に頼らない理由。
シエラ捜索の依頼人がダインである理由。

最大の疑問は、頼る人間が俺だったこと。
結婚してからカゾフに住んでいたシエラが、俺が信頼に足る人物だなんて判断はできないはずだ。
それに、神官だからといって、それだけで生まれていくらも経たない赤ん坊を預けるようなマネもできないだろう。母親なら。
だったら……誰かが指示したに違いないのだ。
その人物こそ、シエラが本当に信頼した者だ。
いったい、誰だ。
俺は、いったい、どんな役割を与えられたんだ。
誰が、俺に…?

単純に考えれば、例の警備部の……ということになるんだが、残念ながら親しくない。
どうも、重要な鍵を握る人物が、まだいるようだ。
疑問をひとつひとつ潰していけば、たどりつくかもしれない。


まずは、シエラ捜索に関して。
これはもう、依頼人本人に訊くしかないので、ダインに会ってみた。
驚いたことに、ダインはそんな依頼など知らないと言い切った。
するとすれば、父親だろうと。
探しているのが父親であれば、何があろうとシエラは応じない。そう考えてダインの名を使ったのではないかと言っていた。
また疑問が浮かぶ。
なんでひとつの家族でそんなことをしなければならない?
ダインは語った。

「妹の婚家は、大きな商家でね、義弟が亡くなってしまったから、跡継ぎがいないんですよ。一人息子でしたから。だから、妹の息子を引き取ることになってたんです。もちろん、妹も一緒にその家を切り盛りする、ということで。
俺としては、それでいいと思っていたんですが、妹は子供と一緒に帰ってきてしまいまして……。父には、むこうの両親が苦手で居辛い上に、これから店をやっていくのは自信がないと言ってました。
まぁ、旦那が死んでしまって、子供が生まれたばかりで、それまで一緒に住んだこともない人と新しくやっていくとなると、不安のほうが先に立っちゃったんでしょうね。
だから、落ち着くまではオランにいてもいいんじゃないかって、俺そう言ったんです。
でも、父はそれを許さなかったんです。
たまに帰ってくるのはいい。しかし、最初の一歩も踏み出せず、逃げてしまうのはいけないって。
そうやって送り出したんですよ。むこうの家に着くまでを見届けてくれと頼んで、神殿の方に護衛をしてもらって。でも……帰ってなかったんですね。知りませんでした。
まぁ、そんなものだから、父は自分の名を出さなかったんでしょうね」

こんな意見の食い違いがあったか……。
人の家の内部事情を聞くのは、あまりいい気持ちがしないな。
とりあえず、それで実家に頼らない、と。シエラ捜索依頼を、ダインの名で出した理由もわかった。
じゃ、もうひとつ確かめないと。
これも本人に訊くしかないかな。


「それで、レイモンドさんはなんて言ってたんです?」

ずいぶん張り切った装備のユーニス。ちょっとこわい。

「シエラを送り出して、わりとすぐに護衛したヤツから連絡があったそうだ。シエラがいなくなったってね。護衛をしたのは、例の警備部所属の人間だってこともわかったよ。もう、神殿も頼れないとわかっているだろうから、冒険者を雇ったそうだ。
……さて、彼女は本当に途中で逃げたか、護衛の連中がさらったか……」

「フラムのことは、伝えたんですか?」

伝えていない。
俺の……フラムの出番はここではないような気がする。
 
おとなの事情
ユーニス [ 2006/03/07 0:51:45 ]
 <6の日 昼>

 他の人たちにフラムちゃんを任せて、私は街へ生地を買いに出た。そろそろ洗い替えが足りなくなってきたのだ。
 オランに来て以来お世話になっている生地屋さんを覗くと、おかみさんが相変わらずはち切れんばかりの体から元気を発散させていた。愛想がいいのは嬉しいけれど、客を捕まえては長話をするのがこの小母さんの困ったところだ。

 「あら、いらっしゃい。今日は何をお探しかい?」
 「お友達が出産したので、産着なんかを縫ってあげようと思いまして。肌触りの良い布があったら見せてください」
 「感心だねぇ。そういうあんたはまだなのかい?」 

 にこにこしながら手際よく布の山から数本巻いたものを抜き出す彼女に、残念ながら相手もいませんと答えると、お見合いの一つも紹介してやろうかと持ちかけられたので丁重にお断りする。
 いくつかの生地から、おしめに良さそうなものと産着に向いた優しい色の生地を選び出し、用尺を告げれば、瞬く間に生地が切り分けられていく。
 
 生地を見事に切りながら、子供といえば、と彼女は急に声を潜めて言った。
 「二軒置いて隣の道具屋がねぇ、ほら、先だって若旦那を亡くしただろ? 跡取りが居なくなったんで、よそに奉公に出てた若旦那の弟を呼び戻して、未亡人にくっつけたんだよ。子供がまだ乳飲み子とはいえ思い切ったねぇ」
 「へ? そ、そういうのってアリなんですか?」
 「アリさ。お貴族様あたりじゃ結構良くある話らしくてね。ほら、いろいろ家同士の縁を切りたくない場合ってのがあるだろ? そういう時は都合よく独り者が居ると、くっつけちまうんだとさ」

 正直唖然とした。ちょっと前まで義理の兄弟だった人と結婚するなんて。しかも子供の居る状態で。確かに子供には父親が出来るし、妻は嫁ぎ先を変えずに済むとはいえ……。

 
 生地屋から帰ってセシーリカさんにその話をすると、困ったように彼女も答えた。
 「時々聞くよ。でもそれさ、本人の意思とか無視してるよね。家同士のつながりからは合理的なのかもしれないけど、何か自然じゃない感じがしていやなんだけど、貴族だけじゃなくて農村でも結構あることなんだよなー」
 大地母神の神殿では、様々な結婚事情が耳に入るという。当然といえば当然だけど、現実の前には結婚への夢も希望も薄れるよ、と彼女は苦く笑ってフラムちゃんのおしめを替えた。
 
 横で聞いていたファントーが、ぽつりと一言もらした。
 「それってさ、子供とおよめさんをすきじゃなくてもできるのかな」
 「うん。大嫌いだったらまた違うんだろうけど、よっぽどじゃない限り、おうちとか財産とかいろいろ手に入るから、断らないのかもしれない」

 おうち……家督とか、財産とか。

 カレンさんの話では、シエラさんの嫁ぎ先は大きな商家で跡継ぎが居ない、という話だった。
 フラムちゃんが大きくなって家を支えられるまでに10数年はかかるだろう。祖父母の歳は判らないけれど、当面の跡継ぎに商売の経験のある人間や、神殿との繋がりの強い人間を欲したとしたら。
 今は家族を失った悲しみが強くても、割と近縁に、条件に当てはまる人がいて、家を任せる気になったりしたら。

 もしかしたら、フラムちゃんが死んでしまったら、悲しむのではなく「不都合」な人がいるかもしれない。そして、シエラさんの身柄をなんとしても押さえておきたい人が。
 そしてシエラさんが敵と味方、そう思ってる両側が実は結託してたりとか。

 「まさか、ね」
 「でも……ないとは言えないかもね」
 「だとしたら」

 ファントーのいつになく険しい声に、セシーリカさんと私は思わず振り向く。
 「だとしたら、フラムがかわいそうだ」

 フラムちゃんの籠の脇に立つファントーの肩が、震えていた。 
 ファントーの傍で、フラムちゃんは安心しきった様子で眠っていた。
 
誤解
ラス [ 2006/03/08 18:56:04 ]
 <7の日 夜>
キアを介してスウェンから受け取った伝言は、平たく言えば荒事になる仕事の報告だ。
近辺に無許可の美人局が何人かいるらしい、と。
普段なら、上に報告して人数を揃えて畳むところだが、今はその時間が惜しい。っていうかめんどくせぇ。
ロープを持たせたスウェンを外に待たせて、魔法で片付けることにする。
相手の人数がわかっているところに1人で踏み込むのなら、さほど難しいことじゃない。
相手はこっちがまさか1人とは思わないから、こちらの戦力と出方を探ろうとする。その隙にこちらは呪文の詠唱が終わっている。
「こんなやり方はおまえは覚えるなよ」と言うと、スウェンは口をとがらせた。

<8の日 昼>
昼少し前に起き出すと、ファントーが待ちかまえていた。木剣を用意して。
曰く、剣の相手をして欲しい、と。
「ひょっとしたら……必要になるかもしれないしさ」
何のために、とは言わなかった。

が、始めてみると、確かに山育ちなだけあってバネはある。素早さは十分だ。不器用でもない。
けれど、基礎がまるでなっちゃいない。
適当にファントーの攻撃(?)を避けながら、ふと考えてみた。

カレンにはシエラに関する心当たりは全くない。面識もないし、そもそもレイモンド司祭と直接言葉を交わしたのも、今までは数えるほどしかなかったという。
そして例の警備部の男。似顔絵の男は、カークと言うらしい。どこかで聞いた名だと思って、その次の瞬間には、バザードが飼っているぶち犬の名だと思い出した。
ともかく、カークともレイモンドともシエラとも、カレンは面識がない。
「何故、俺なんだろうな……」
そうカレンは呟いていたけれど……そうだな。何故なんだろう。

「ラスさーん、ファントーさーん、よけてー」
洗濯物の籠を抱えたセシーリカが庭に出てきた。
……なんだそれ。
「洗濯物だよ。おしめや産着なんかは外に干せないけど、普通の洗濯物ならいいだろ? シーツとか、昨日ラスさんが喧嘩で汚してきた服とか」
……喧嘩じゃなくて仕事。

「うわぁー。洗い立ての洗濯物っていい匂いしますよね。ファントー、どう? 何か掴めた?」
同じように庭に出てきたユーニスが、洗濯物を見上げつつ、ファントーに聞く。剣のことだろう。
「ダメだよ、全然。ラスが相手してくんないんだもん」
ああ……忘れてた。
っていうか、おまえ、剣なら俺よりユーニスに習えばいいんじゃねえの?
「だってユーニスが、力よりも身軽さを重視した剣なら自分よりラスのほうがって言ってたから……」
どっちにしろ、付け焼き刃じゃ無理だ。
アレに情が移って、守りたいと思う気持ちはわからなくもない。犬猫だってしばらく飼えば情は移る。
けど今のおまえじゃ、剣を持つより魔法に集中したほうが、守れる可能性は高いんじゃねえか?
「……ラスも情が移ってる?」
世話もしてない俺がどうして。
「ふぅん……」

「みんなぁー。スコーンが焼けたんよぉ。もうお昼なんよぉー。ラスにーちゃんでも食えるように、甘くしなかったん。蜂蜜とジャムをつけてどぉぞぉー」
台所の窓を開けてキアが叫ぶ。
そうか、さっきからしていたのはスコーンを焼く匂いか。

庭にはためく洗濯物と、台所からのスコーンの匂い。
家を見上げてみる。冬の間に傷んだ外壁は、少し前に修繕させたばかりだ。
あまり大きくはないが、小さな家族が住むには不自由のないような家。
ふと、思った。
……はたから見りゃ、これってなんか平和な光景だよな。
「ここにいる人たちの関係はともかくとして、いわゆる幸せな家族の家っぽいよね」
空っぽになった洗濯籠を抱えながら、セシーリカが笑った。

「ただいま。……みんな庭にいたのか。今日の昼飯は庭?」
神官服を着たカレンが、神殿から戻ってきた。

…………なぁ? ひょっとしておまえ、あの日もそうやって神官服で戻ってきたか?
「……フラムを拾った日のことか。そうだな。朝拝に出て、帰ってきて……そして着替えて本を読んでた」
ファントー。あの日おまえ、庭に洗濯物干してたよな。
「うん。買い物に出る前に洗濯して、天気が良かったから外に干してたんだ」

シエラはカレンのことを知らなかった。
ひょっとして……カレン宛てに意味があるんじゃなくて、偶然だったとしたら?
本当は、賭けに出たのかもしれないと思っていた。カレンへの信頼はシエラにとっては根拠がない。だとしたら、神殿に届けられる可能性も、届けられない可能性も同程度にあったはずだ。ただ、もし賭けだとしたら意味がない。どちらに転んでも良いのなら、直接神殿前に置き去りにしたほうが、フラムが生き延びる可能性は高かったろう。
だから……偶然なのかもしれないと思った。
偶然の誤解。

赤ん坊をどこに置こうか、どこに託せば自分の所にいるよりも幸せになるだろうか。シエラはそう考えていた。
カードに神官様、とつい書いてしまったのは、シエラの生活環境のせいもあるだろう。父もそして結婚相手も、チャ・ザ神官だった。彼女にとっては信頼できる人間というのは神官とイコールなのかもしれない。
そこでシエラの目に映ったのは。
庭に洗濯物がはためく、こじんまりとした家。
その玄関に入っていく、チャ・ザ神官の服を着た若い男。
誤解するには十分な材料。
神官の住む、この幸せそうな家ならば、と。
…………それは。

「隙ありぃっ!」
半歩分身体をずらす。
その足もとに、叫んで木剣を振りかぶった勢いのまま、ファントーが芝生に突っ伏した。
 
気持ちはどこに?
カレン [ 2006/03/12 23:51:21 ]
 ここは、神殿警備部カークの弟の家。その一室。
シエラの本心を聞き出すべく、俺はこの日、この家に忍び込んだ。
他人の家に、人目を避けて侵入するのは久しぶりだ。
けれど、高い壁に遮られ外からの視線は通らず、加えて警備が甘いので、二階のベランダまではすんなり入れた。
それよりも心配だったのは、侵入者に驚いてシエラが大きな声を出すこと。
しかし、これも杞憂だった。
シエラが気の強い、胆力のある女性だからではない。むしろ逆。気が弱すぎて、短い悲鳴すら上げられなかったということだ。

「お子さんを預かっている『神官』です」

やや間の抜けた自己紹介。それと、俺の顔を覚えていたことでシエラは緊張をわずかに解いた。

「あの子は元気にしてる?」

彼女は、最初にそう言った。
友人達みんなに可愛がられて、一日の間に何回も泣き、ミルクを飲んで、腹がいっぱいになったら眠る。
その様子を話してやると、肩の力を抜いたようだった。

「何故、うちに置いて行った?」

そう訊くと、ラスの家あたりを通りがかったときに、ちょうど神官服の俺が家に帰ってきた。しばらく様子を見て、「この家に預けては?」と、御者が提案したのだと答えた。
本当に、賭けだったのか…。
いや、確かにそれも訊きたいことだったが…。

「…訊き方が悪かった。そうじゃない。何故、子供を手放したんだってことだ」

それも御者の提案だったそうだ。
「これから子供をめぐっていろいろと動きがある。あなたは子供を盾にとられ、今後、すべての自由と意思を奪われるだろう。あなたがた親子2人の未来を守りたいなら、今は信頼できる誰かに子供を預けることだ」
そう言われて、その通りにしたのだと言う。
彼女の話によると、御者はやはり味方であるらしい。

「何故、一緒にどこかに逃げるなり、家に帰るなりしなかった?」
「『自分の首が飛ぶから、それはやめてくれ』と頼まれたので……」
「どちらにしろ、ただではすまないだろう?」
「大丈夫でしたよ? 預けてからのほうが自由だったくらいです」
「御者も?」
「はい。すごく怒られたとは言ってましたけど、クビにはなってません。あ、でも、ここ2、3日見かけませんね」

……あ、そ。

「あの後、何度か様子を見に連れて行ってもらいました。ランドーさん…御者さんはすごく嫌がって、あなたの家のそばには行きたがらなかったですけど……。無理をお願いしたから、避けられているのかも…」

用済みになったというだけのことだよ…。
しっかり泳がされたな。フラムの居所が割れてるのは確実だ。

「それで、この家の人は、どんな目的であなたとお子さんを欲してるの?」

カークの実家も商家だ。カークの弟が家督を継いでいる。
まだ独身のカークの弟は、フラムの後ろ盾という形でカゾフの店の経営に入り込みたいらしい。
そう御者に教えてもらったと、シエラは答えた。
それだけしか聞かされていないようだが、多分その続きがあるのだろう。
いずれはシエラと結婚。そして、カゾフの店の実権を握る。そこまで考えているのではないか…?

「ここに連れて来られた時は、不安なら力になると言ってくれて、とても親切な方だと思っていたんです。でも、ただ利用されているだけだとわかってからは……なんだかもう、何をどうしていいか…」

この人は、弱い……。流されっぱなしだ。
自分で考えることを知らないのか。それとも、放棄したのか。
なんだか、呆れるばかりだ。

「これからどうする気? お子さん連れて、家に帰りますか? その気があるなら、今すぐにでも連れて行って差し上げますよ」
「………………」
「……………」
「…………」
「………………じれったい人だね…。じゃ、明日また来ます。そう何度も忍び込めませんから、明日が最後です。決めておいてください」


こんな結果をみんなに報告しなきゃならないのか…。気が重いぜ。
 
依頼
ラス [ 2006/03/14 3:39:28 ]
 <13の日 午前>

起きだしていくと、ファントーがはしゃぎながら駆け寄ってきた。
「あ、ラス、おはよう! ねぇねぇ、大事件っ!!」
……ンだよ、うるせぇな。朝っぱらから(舌打ち)
「じゃーん! フラムの首が据わりましたー!」
そう言いながら、赤ん坊をわざわざ抱っこして見せにくる。
あー。ほんと。よかったよかった。
っつーか、最近ずっと寝不足で頭痛ぇんだから、大声出すな馬鹿。
「すごいよね、赤ん坊って! なんていうか、命の力って感じ。ほら、前にラスが赤ん坊は精霊力が鬱陶しいほどに強いって言ってたじゃない? なんかそれ、オレもわかるような気がしてきた」
うわ、聞いてねぇし。

「あ、ファントー。おんぶひも作るから、ちょっとこっち来てー」
ユーニスが物差しと服地を片手にファントーを呼ぶ。
「最近ずっと、手足を盛んに動かしてたしね。首に力いれてることも多かったから、そろそろかなーと思ってたけど」
そんな様子を見てセシーリカが笑っている。おしめの山を抱えて。
……平和だ(がっくり)。

「うや。ラスにーちゃん」
キアが俺の服の裾を引っ張る。
「昨夜、言っとったのって……どうするん。みんなに伝えるん?」
そりゃ伝えなきゃしょうがねえだろ。カレンはどこいった?
「シンデンなん。朝のレーハイだってー」


とりあえず、みんなを呼び集めて、シエラから聞いてきたことを伝える。
二度目にシエラの居場所に忍び込む時には、俺も一緒に行った。そして、二人で問いただしてきた。
シエラ自身が、これからどうしたいのか。どうするつもりなのか。

シエラの父親、レイモンドは娘を甘やかすつもりはないらしい。カゾフの家の意向に従っている節も見受けられる。
カークのほうは、最初は親切心から匿うと見せかけて、結局は弟と共にカゾフの家の経営に入り込みたいがためにシエラを利用しただけらしい。
そして、シエラ自身は、どうすればいいかもわからず、馭者ランドーの親切心にすがっていた。
最初は実際、自分の産んだ赤ん坊と離れたくないと思って連れてきたらしいが、それが父親に認められないとわかってからは、じゃあその赤ん坊をどうすればいいのかもわからず、それもまた馭者の言うなりだった。

シエラの選択肢としては幾つかある。
カークの弟にそれを許して、赤ん坊を連れて共にカゾフに帰るか。
それともカーク兄弟の手出しを許さず、自分と赤ん坊だけでカゾフに帰るか。
父親に嫌われるのを承知で、赤ん坊を連れて実家に帰るか。
自分と赤ん坊だけで、どこか別の場所で生きていくか。
そうでなければ……赤ん坊を手離すか。

俺たちに問われて、シエラが呟いた。
「また……賭けに出てもいいですか」
どんな、と問うカレンに、シエラは目を伏せた。
「あなたたちは冒険者でしょう? ……依頼いたします。あの子を守ってください。あの子の居所が知れているとしたら……カークさんたちも、そして父も、あの子を確保しようと動くはずですよね。私は……あの子を手離すことはもうしないでおこうと思うんです。でも、私には選べない。だから……あの子を手に入れた人たちの言うことを聞こうと思うんです。でも、あなたたちが、あの子を守りきれたなら……私も踏ん切りがつくかもしれない。他人のあなたたちが守れるのなら、私に守れないわけはないって。……だから、あなたたちがあの子を守り切れたなら、私は……」
……馬鹿か、この女。と思った。

俺の話を聞いた他の奴らも同じように思ったらしい。
「……随分と勝手な話だよね」
鼻を鳴らすセシーリカ。
「本当にそう思っているんなら、今のうちにフラムちゃんと一緒に逃げるお手伝いをすることだって出来るのに」
眉を寄せるユーニス。
「今選べないおヒトは、おいらたちが何をしたって選べないと思うんよねー」
唇をとがらせるキア。
「…………」
無言で赤ん坊を抱きしめるファントー。

……とりあえず、今はまだ、向こうも俺たちの戦力を測っている時期だろう。
そして、互いの動向も気になっているところだと思う。
むやみに突っ込むだけが勝ちの手段じゃないと思っているあたりは、敵も馬鹿じゃない。
というか……多分、せこい考え方してると思うんだな。
どちらか先に突っ込んだ側が、俺たちと揉めている隙に漁夫の利を狙うほうが成功率が高い、と。

ファントー、ユーニス。外周りに罠と鳴子を仕掛けろ。
キアは俺と一緒に窓と扉の鍵の点検、そして罠の設置。
セシーリカは、ソレから目を離すな。
 
秘めたる決意
ファントー [ 2006/03/15 23:09:10 ]
 <13の日 昼前>

 窓の内側と家の周りにそれぞれ紐を張り、鳴子を取りつける。
 それから家の周りに罠を仕掛けようとしたけど、これはうまくいかなかった。
 落とし穴は時間がかかるし、庭を穴だらけにすると大家さんがいい顔をしないだろう。
 菱を撒くのは後々のことを考えると問題が多い。
 山の中のように仕掛けを隠すことができないのが、一番やっかいなんだ。
 何か有効なものはないか、ユーニスと二人で考えたけど、いい案は浮かばない。
 ラスにそのことを話すと、仕方がないということで、外の罠はなしになった。
 それはつまり、フラムを狙うやつらが忍び込んできたら、家の中で迎え撃つしかないってことだ。

 ラスとキアは家の中の罠を準備しているけど、やっぱり大したものは作れないみたいだ。
「こっちもいっぱいおるしー。あんまり凝ると、かえってジャマになるかもしれんよ」
「鳴子以外は無理だな。あとは……そうだな、細かいものを片付けておくか。動き易くしておこう」
 それからラスはオレを見て、こういった。
「お前は精霊を連れて来い。わかってると思うが、サラマンダーは駄目だぞ」

<13の日 昼過ぎ>

 ずんぐりとしたノームが、ゆっくりと石の中に潜り込んでいった。よし、完了。
 どの精霊を連れて来るか、ということでオレはノームを選んだ。
 ノームの力を借りて、つぶてを放つ術がある。当たるとものすごく痛い。
 そして、今のオレが使える戦いの術の中で、一番強い。
 これがノームを選んだ理由だ。
 こんな理由で精霊を選んだのは、初めてだ。
 石を掴んで、家まで走った。
 手の中の石が、ずっしりと重たい。

 ラスは、ユーニスが用意してきた箙から矢を取り出しているところだった。
「ウィスプは使い勝手はいいんだが、派手に弾けるからな。今回はこいつを使う」
 右手に矢を、左手にフルートを掴んで、ラスはいった。フルートの中ではシルフの力が渦巻いている。
「町中の民家に、こっそりお邪魔しようって連中は、着込みなんぞ使わない。そういう相手に、この術はよく効く」
 シルフの力を借りて飛ぶ矢は的を外さないし、この術は気力で破られることもない。ラスの選択は正しい。
 ユーニスは、幅が広くて、やや短めの剣を準備していた。剣の柄には真新しい皮が巻かれている。殻竿と大きな剣はどこかに片付けたみたいだ。
「家の中で振り回すなら、こっちのほうが使いやすいから」
 ユーニスは、胸当てとすね当てを着けて、鉢金を締めていた。今夜からこの格好で寝起きすると、ユーニスは決めている。
 オレはよろいは着ないけど、足ごしらえだけはしっかりすることにしている。
 フラムを背負って走ることになるかも知れないからだ。

<13の日 夕方>

 今夜のメニューを決めるのはオレ。鱒のシチューとマッシュルームのサラダだ。
 そして料理をするのはオレとキア。たまにラスも作る。
「お、野菜スープじゃないのか。成長したな」
「俺が教えたんだよ。少しは品数を増やしてもらわねえと」
 台所を覗いたカレンとラスがそんなことをいっている。
「ラスにーちゃん、どいてー。サラダが通るんよう」
「おっと。……ま、やれるだけのことはやった。あとは向こうが動くのを待つだけか」
「動くとすればカークだろうな。レイモンドはまだ、フラムとシエラが一緒にいると思っているから」
「……あーカレン。今、思ったんだが」
「カレンにーちゃんもどいてー。パンとジャムが通るよーう」
「ん……俺も同じことを思ったよ」
「カークが火事場泥棒を狙うなら、レイモンドを動かすのが早い」
「極論だけど、あの人にとっても、シエラよりフラムの方が重要だからな」
「情報が流れたら、レイモンドは先ずお前を呼び出すだろうな」
「それで俺が家から離れる。初手としては悪くない」
「次に俺を外そうとするか」
「案外、ユーニスかも」
「なんで?」
「お前が魔法使いだってことを知らなけりゃ、腕っ節の強い方から取り除くだろ」
「それもそうか」
 最後にシチューが通りまーす。二人とも座ってー。

<13の日 夜>

 フラムが仰向けのまま、足元を蹴りながら動いていく。すぐに、ベッドの周りに敷き詰めたクッションにぶつかって行き止まり。フラムの動きは止まらなくて、そこでばたばたと手足を動かす。
「んー、元気がありあまってるね」
 セシーリカに抱かれて、フラムは少しおとなしくなった。抱っこをするのは、セシーリカが一番じょうずだ。
 赤ちゃんの成長はほんとうに早い。首が座ってから、手足の力は日に日に強くなっている。やがて、フラムは寝返りをうつようになり、お座りをするようになり、立って歩くようになり……。
「フラムくんの大事な時期を、お母さんが見ていないのって……やっぱり、よくないよね」
 セシーリカのいうとおりだ。フラムの心の中に、お母さんのことは残っているのかな。残っているとしても、それはとてもはかなくて、ぼんやりしたものだろう。フラムは、お母さんではない人の乳を飲んで、お母さんではない人たちの世話をうけて、少しずつ大きくなっている。
 それでも、シエラ――フラムのお母さん――は、フラムを引き取ろうとしないで、オレたちにフラムを守ってほしいといった。
 いわれなくても、フラムのことは守りたい。でも、シエラもここに居なくちゃいけないんだ。何をおいても、フラムのお母さんであることをやめちゃいけないんだ。それをしないということは、シエラは、もう。
「ファントーさん、フラムくんがみてる」
 セシーリカにいわれて、ハッとなった。
 フラムの真っ黒な目が、オレをじっと見つめている。
「こわい顔を見せちゃいけないよ。赤ちゃんでも、ちゃんとわかるんだから」
 そうだね。気をつけないと。
 小指でフラムの小さな手に触れると、ぎゅっと握り返してきた。

 オレはフラムを守るんだ。
 自分の都合しか考えない大人から。
 母親であることをやめようとしている人から。
 ふさわしくない人に、フラムは渡さない。





 結局、この夜は何もなかった。
 
動く前触れ
セシーリカ [ 2006/03/19 2:19:57 ]
 <18の日 午前>

 いい天気だ。でもファントーさんが言うには、昼過ぎから雨になるらしい。また洗濯物が乾かないじゃん……。

 眠たくなったみたいで、ぐすぐすと泣くフラムくんを抱っこしてあやしながら、足でドアを開ける。ソファにだらりと横たわって本を顔に載せていたラスさんが、こちらを見てむすっと渋面を作った。
「セシーリカ、足はやめてくれ足は」
「だって開けてって言っても開けてくれないんだもん」
「ていうか何でこんな所に持ってくるんだよそれを」
「持ってくる、とか、それ、とかいうのやめようよ。この時間だとここが一番心地いい場所なんだよ。さっさと寝かしたいなら協力してね」
 ぶつぶつ言いながら、また本を顔に載せてラスさんが無視を決め込む。歌を歌ってあげて、あやしてあげて。フラムくんはすぐに、ほにゃほにゃと言いながら眠りについた。
「ほーら、寝た。っていうかさぁ、ラスさんってひょっとしたら荒事になるかもって言うときに緊張感ないよね」
「無駄に緊張してるより、こうしてる方が外のことが色々解るんだよ、俺は」
 まぁ、いつまでも緊張してても疲れるだけだもんね。


 あれから5日。心配している事態は、実はまだ無かったりする。
 最初に聞いたときは、シエラさん……フラムくんのお母さん……の煮え切らない(って言うか全然煮えてないくらいの)態度に随分腹も立った。
 だけど、母親というのは、子供を産めばなれるもんじゃない。子供を育てていく間に、子供から母親に育ててもらうもんなんだ。孤児院のお手伝いをする最初の時に、わたしは施設長からそう言われた。
 シエラさんは、子供を育てていく中で学ぶべきだったいろんなことを、周りの環境の突然すぎる変化によって通り過ぎてしまったんだろうと思う。だからって彼女に同情する余地は今のところ無いけど。通り過ぎてしまったのは、多分に彼女の性格にも原因はある。
 シエラさんを取り巻く人たちの中で、シエラさんとフラムくんはモノでしかない。自分の状況を自分の思うように進めるための。
 だけどさ、でもさ。
 カークって人とその弟を除いて考えると、仮にもフラムくんのおじいちゃん、おばあちゃんなわけだし。利益を優先する商家だとは言え、厳格な神官の家だからとはいえ、シエラさんはともかく、フラムくんは掛け値なしに可愛い孫のはずなのに。
 こんな状況、フラムくんにはよくない。絶対よくないよ。
 とりあえずシエラさんを含めて、周囲の人間を一発ずつぶん殴りたいと言ったら、カレンさんに止められた。やらないよ。………多分ね。



 ユーニスさんの作ったおんぶ紐はすごくいい出来だった。おんぶする人の側の肩に掛かる部分には綿を入れて肩当てが作られてあるし、首が据わったとはいえまだちょっとほにゃほにゃしてるフラムくんの頭を支えるためのあて布もついてる。縫製もしっかりしてて、ちょっと窮屈だけどキアさんも背負えそう。
「これでなにかあっても大丈夫と思うんよね」
「両手が空くから、行動にかなり自由が出来ますよ」
「でも、さすがにフラムくんをおんぶして魔法は無理かなぁ」
「俺なら大丈夫だけどね」
「って言うかセシーリカ、お前やる気満々だな」
 あのね。当然、荒事にならない方がいいとは思ってるよ。フラムくんにまだ荒事は見せたくないしね。これはそのための用意でもあるんだから。



<18の日 夕刻>

 案の定雨が降り始めて、夕食のいい匂いがする時間になった。そしていつものフラムくんの黄昏泣きの時間。抱っこしてよしよししている間に、キアさんとファントーさんが夕飯を作る。なんだか日常になった、いつもの時間。
 でも一つ違うことがある。
「あれ、カレンさんは?」
「さっき呼び出された。例の御仁にな。……来るかも知れないし、こないかも知れない。いちおう覚悟はしとけよ」
 いつものようにソファーに寝ころびながら、でもいつもと全然目の光が違うラスさんと、調理器具を持って緊張しているファントーさん。キアさんとユーニスさんも、気がつけばいつの間にか集まってきている。
「もっとも、揺さぶりかも知れないんだけどな」
 まわりの緊張感が伝わってるのか、フラムくんのぐずりも長い。精一杯の笑顔であやしながら、これが始まりじゃなくて揺さぶりだったら前言撤回して一発殴ろうと思った。
 
駒の進め方
ユーニス [ 2006/03/21 22:28:10 ]
 <18の日 夜>

 「やっぱり、一発殴らないと気がすまないかも♪」

 セシーリカさんが笑いながら青筋を立てている図は、ちょっと怖い。フラムちゃんに笑顔を見せるためなのかもしれないけれど、やっぱり怖い。鼻歌を歌いそうな勢いでてきぱきと食事の後片付けをしながら、怒っている。
 でもその気持ちはよくわかる。カレンさんへの呼び出しは、結局揺さぶり……いささか恫喝めいたものだったようで。

 「ええ、確かにとある冒険者から話を聞いて気になっていたことは事実ですが、どういった経緯で私を

呼び出されたのか理解いたしかねます。いずれにせよ、娘さんが出奔された事情について、もっと開かれた場で第三者を交えて考える方が解決により近いかと考えるのですが」

 カレンさんはこんな風に切り返して、帰ってきたらしい。
 こちらがフラムちゃんを預かっていることを肯定も否定もせず、かつ司祭の立場に訴えかけるように。
 「狸相手にかわすのは気力がいるね。でもそもそも司祭の話の進め方が間違っているから、遠慮はいらなかったけど」
 遅い夕食の後、皆が集まった際に経緯を聞いて、全員呆れたような安堵したような顔つきになったのも無理はない。

 フラムちゃんも、午後からずっと張り詰めていた空気が少し緩んだことに気づいたのだろうか。とても可愛らしく、笑っていた。
 笑顔が眩しくて、余計この子を取り巻くモノに腹が立った。


<20の日 夜>

 あれから二日が経った。いまだ動きはない。レイモンド司祭からも、別段何も言ってこないのが不気味といえば不気味だ。

 「カークの弟側がこの間のやり取りを嗅ぎ付けたなら。時間稼ぎがし辛くなったと考えて、焦っているかどうかだな。連中にとっては口を挟める機会を逸する可能性が出る」

 気だるげにラスさんが呟く。さすがに緊張の糸を張り続けるのが上手だけれど、それでもやはり疲労が押し隠せない様子だった。フラムちゃんや私たちと多人数で暮らすことに慣れてきてはいても、どうしてもそれは拭い去れないものなのだろう。
 例えば睡眠。例えば食事。
 赤ん坊中心に回っていたそれらのリズムを、少しずつ朝起きて夜寝る生活リズムに育てていくのも大事なことなのだと、今回わかった。それはきっと実の親でも疲労することだろうに。
 
 みんな、どこかしらで無理をしている。普段のお勤めと並行して、赤ん坊を隠す生活を強いられて。
 でも、もしも限界に達しても、きっと誰も弱音を吐いたりしないだろう。

 ただ、これからどんどん大きくなるフラムちゃんの事を考えると、母親なり保護者なりとこれ以上離れていることはよくないと思えて、考えてみた。

 
 「いっそのこと、カークの弟に、私たちの好意でフラムちゃんをカゾフの実家に届ける……って思わせてみますか? 捨てた母親とは連絡も取れず、かといってオランに実家があるにも拘らず、預けられなかった事情を考えて行き詰った私たちが、カゾフに届けるって思わせる。
 そしたら、彼らはレイモンドさんをたきつけて、その隙に何とか奪い返そうとするかなーと。
 むしろ街道上で奪おうとするかなぁ……単純すぎますか?」

 「んー。確かに子供を返されたらシエラの身柄をカクホしとく意味が薄くなるんね」
 キアちゃんが食後のお茶を運びながら頷く。卓上にカップを並べて、みんなの顔を見上げている。

 「子供の世話に手が回らず、かといって実家からは圧力をかけられ。それだったら跡継ぎを欲しがっている向こうに行くのが妥当だろうと考えて見せるわけだね? わたしたち。神殿の孤児院にも預けられないならいっそ、って」
 レイモンド司祭はともかく、カークの弟にはきつい状況になるだろうね、とセシーリカさんが考え込む。

 その表情に呼応するようにカップを取り上げて、カレンさんがため息をつく。
 「連中も、跡取りを捨てるような母親をカゾフの家の人々が受け容れるとは思わないだろうからね」

 物凄く的を外した意見というわけではないらしい。ちょっとほっとする。

 ラスさんが、カップの中身を冷ましながらすすって、軽く眉根を寄せる。
 「それを採用するかどうかは別として、シエラが驚いて依頼の件を喋っちまわなければこちらから仕掛けるのも一つなんだが。ファントー、お前はどう思う?」

 「……おれはただ、フラムを守るだけだよ。シエラがもしおれたちを信じられなかったとしても。ただ、できれば何かあったとき逃げやすいといいなと思う」
 抱きかかえたフラムちゃんの眠そうな顔をつとめて優しい表情で覗き込みながら、ファントーが答える。


 その夜には結論は出なかった。
 
情報公開
カレン [ 2006/03/24 11:42:09 ]
 考えていた。
シエラのあの依頼のことを。

”あの子を手に入れた人たちの言うことを聞こうと”

”あなたたちが、あの子を守りきれたなら”

どんな状況になれば、守れたと言えるのか。
カークの弟がシエラ親子を諦めたら?
レイモンド司祭が、シエラ親子を強制的にカゾフへ帰さないと考え直したら?
具体的な内容は言わなかったが、彼女が最終的に要求しているのは、たぶんそういうことだと思う。
彼女が最初に望んだ状況を作り出すことだろう。

「そーゆーコトなん?」
「単純に叩き潰すことだと思うかい?」
「んーー…」
「フラムを守るだけなら、俺達はすでにやっているだろ?」
「うん。でも、シエラさんは、どーいうふーになっているかわからんよねぃ」
「それなんだよな。俺、ファントーの姿を彼女に見せてやりたいよ。本当なら、シエラ自身がファントーのような気持ちを持たなきゃいけないんだ。おかしな条件つける前にさ」
「カレンにーちゃん……なんか違うこと考えてるん?」
「まーね」

シエラ親子を利用して乗っ取りを画策しているカーク兄弟も、大きな商家との繋がりを欲するレイモンド司祭も、あまりに欲にまみれていて許しがたいが、シエラの何もかも他人任せで依存性の強い考え方が、どうにも受け入れられない。
確かに、旦那を亡くして心細いのはわかる。経験のない仕事に不安を覚えるのも。それで親を頼るのはいいさ。
でも、その後がいけない。
他人の言うなりにフラムを手放し、他人の手にその運命を委ねてしまった。

「彼女は、今のままではダメだろうな…。自分で考えて、自分の足で立てるようにならないと」
「にゅ、シエラさんも赤ちゃんみたいなんねぃ」
「赤ん坊は、自分の主張ははっきり示すだろ?」

その時、寝室のほうでフラムが泣き出した。

「ああ、予想より早かったよ。ファントーさんあやしてあやして。ミルク用意できてる?」
「すいません、もうちょっとです。出来たら持って行きますね」
「セシーリカー、オムツ先だよー。大きいほうしてるー」
「わかった」

途端に周囲が慌しくなった。

「ほらな。アイツはちゃんと自分で生きようとしてるんだよ」
「そだねぃ」
「で、カレン。今後のことだけど、どうする? ユーニスの案を実行してみるか? 少なくとも、カークの弟のほうは、それでどうにかなると思うぜ」
「もうひとつ、提案していいか?」
「なんだよ」
「話し振りでは、レイモンド司祭は、シエラの居場所はここだと思ってるようなんだ。だから、本当の居場所も流そうかな、と。そうすれば、フラムを欲しがっている二人が直接ぶつかってくれるぜ」
「それって、上手くいくのか?」
「さてね。賭けだな。ま、その場合、強く出るのは司祭のほうだろう。なんたって、実の娘と孫だ」
「その結果、レイモンドが首尾よくシエラを取り返したとして、その後はアレを母親の元に返せって言ってくるだろう?」
「その時は返せばいい」
「ファントーは納得しないと思うんよ。もしかしたら、返さん言うかも」
「その時は、覚悟決めよう」
「………………おい、冗談だろ」

それは先の話だ。まだ、どう転ぶかわからない。
その前に、力に任せてフラムを奪いに来るかもしれない。来るとしたら……どっちも、かな。

「レイモンドの雇った冒険者も、まだうろうろしているはずだし、警備部のほうはこちらの動きを監視しているみたいだ。フラムをカゾフへ連れて行くことと、シエラの居場所、この二つの情報がヤツらに流れるようにしてくるよ」
 
三つ巴が崩れ始める
キア [ 2006/03/24 14:59:32 ]
 
 < 22日 夕方 >

 「あ、ご苦労様、キア」
 そー言って、買い物してきたおいらの荷物をファントーが受け取る。

 「キアちゃん、いた?」

 かわいたセンタク物をたたみながら聞いてきたユーニスのシツモンにおいらは頷く。
 カレンにーちゃんがフラムをカゾフに連れて行くというじょーほーが流れるようにしたのは昨日のこと、ついでにシエラさんがカークの弟さんの所にいることにそれとなく流したらしー。

 「あー、うぜー」

 ラスにーちゃんが窓の外を見てぼやく、外にはちらほら見えるヒトカゲ。おいら達の動きをカンシしてる奴ら。
 しかも、冒険者っぽいのと、警備部とかってのぽいのと、仲良く。

 「手を組む事にしたか」

 その様子をサイショにみて、そう呟いたのはカレンにーちゃんだった。


 「ついこの前まで、単純に見れば3つ巴だった訳だ。カークの弟の一派、レイモンド司祭の所、そして俺達」
 「このままだったらどちらかが仕掛けてその隙を見て、が目に見えてたわけだよな、少なくとも、カークの弟のほうは」
 「だから、レイモンド司祭を抱きこんだ……って、そこまであの司祭は間抜けでもないから、一時的に手を組んで、とりあえずフラムを取り返すことを最優先したんだろう」
 「どっちがどれだけ狸かで、この先の流れは変わるってか?」
 「そうだな、それにフラムだけカゾフに帰ってしまえば、少なくともカークの弟は確実にそれ以上関われなくなる」
 「レイモンド司祭にしたって、その後でシエラがカゾフのほうに帰ってそっちの家が受け入れてくれるかどうか判らないという危険性もあるからな、何せ母親が子供を捨てたと言われても否定できねぇ状況だ」
 「まぁ、カークの弟よりはきつい状況にはならないけどな」
 「あぁ、だから今回の事はたぶん、カーク達の方が何か言ってきたんだろ?」
 「えっと、子供を取り返すのを手伝う代わりに、シエラさんとの婚姻を認めろ!とかですか?」
 「そんな直接的な文句ではないと思うけど、最終的にはそこに落ち着かせるつもりだろう、最初の目的がそれなんだから」

 ラスにーちゃんたちの話は、おいらにはちとむずかしー。とにかく、カーク弟と司祭さんが手をくんじったから、メンドーなことになったって事だよねぃ?

 「うん……そういう事でいいと思うよ。で、レイモンド司祭からの最終警告って来たの? カレンさん」

 今日のお茶にと、焼いたアップルパイをつまみつつ、セシーリカねーちゃんはカレンにーちゃんを見る。

 「あぁ、今日のお昼に呼び出された。ついでに明日の朝には所要でオランを出なくてはいけませんからと早々に切り上げたから……くるとしたら今日の夜か」
 「もしくは明日の朝、街道で、ですね」

 ほんとに届けるつもりなんてなくっても、あやしーと思われんよーにおいら達はあからさまに旅支度をしとった。わざとしてるのを気づかせることで、流したじょーほーにしんぴょう性を持たせるんだっていったのは、ラスにーちゃん。

 「よし、いよいよですね! 燃えてきました!」

 はりきっとるねーユーニスー。

 「うん、荒事にならないほうが本当はよかったんだろうけど、なったらなったで覚悟を決めて、フラムくんを物としか思ってないような人たちを懲らしめてやるの」
 「メインはそこじゃないんだけどな、フラムを守るのが優先、いざとなったらファントーには最初の予定どうりフラムを抱えて逃げてもらわなくちゃ」
 「大丈夫、オレ、絶対フラムを守るから」
 「でもさ、懲らしめるってのもある意味ありだよね、そこにレイモンド司祭やカークの弟さんとかがいるなら、どさくさに紛れて一発殴っても問題ないだろうし」
 「まずそういう問題でもねぇだろ」
 「後は、シエラがビビって口を割ってなければ……ってところか」
 「それもあるけど……」

 あるけど、なに?

 「シエラが、自分で本当にどうしたかったのか、いまはどうしたいのか、ちゃんと考えて結論を出し、そしてそれを実行できなければ、また同じことが繰り返される気がする」
 「その時は、まずファントーさんの姿をシエラさんに見せよう……カレンさんも、見せてやりたいって言ってたじゃない」
 
 セシーリカねーちゃんの言いたいことは、おいらにも何と無くわかる。
 ファントーはすっごく優しそうなお顔をして、フラムをあやしてる。
 
 シエラさんは、「あなたたちが、あの子を守りきれたなら……私も踏ん切りがつくかもしれない。人のあなたたちが守れるのなら、私に守れないわけはないって」と、言ったといっとったけど。
 ほんとは、違うんよね、他人が守れたからじゃなくて、何よりも自分が真っ先に守らなならんのだよね。
 きっといまシエラさんは、それがわかってないんよね。

 依頼なんて関係ない、守りたいと思って守ってるファントーの姿を見てなんとも思わんなら、きっと、カレンにーちゃんの言うとーりになるだろな。

 ちらっと、ファントーの腕の中のフラムを見る。
 この中心におる小さなフラムは、ファントーの腕の中でおねむしていた。 
 
戦端
ラス [ 2006/03/25 0:41:11 ]
 <22の日 夕方>
日が沈むまであと少し、というところか。
窓の外を見て、俺は考えていた。カレンが、シエラの居所の情報をレイモンドに流しにいってからずっと。
窓の外にいる人数は少なく見積もっても10人。
そのこと自体は、実はどうでもいい。少なくとも俺にとっては。
実際、俺にとっては、荒事で片がつくならそれが一番楽だ。
シエラからの『依頼』を受けた後のほうが、気が楽になったように。
シエラは依頼人で、アレは守る対象、と。そういう名前がついたほうが、対処はしやすい。

「……どうした。片付ける順番でも考えてるのか」
窓辺にカレンが近づいてくる。
いや、考えていたのは別のことだ。
──相手の人数さ。半分に減らしてみようか。
「……何を考えてる?」
楽になる方法だよ。今夜これからだろうと、明日の朝だろうと。襲ってくるやつらを全てたたきのめすのは、確かにある意味楽かもしれない。けど、こっちにはアレがいるんだ。動きはとりにくいだろう。

レイモンドは、シエラはここにいると思っていた。……そうかな。
だとしたら、カーク一派の動きを気にせずに、こっちにそのまま踏み込んできてもよかったんじゃねえの?
それをそうしなかったのは、シエラの居場所を特定出来なかったからだ。
そうだろ。そもそもレイモンドはシエラを探していたんだ。

カゾフの家の意向に沿うのなら、本来、孫さえ取り戻せばそれですむのかもしれない。
けど、レイモンドはシエラにこだわった。実の娘だから? そうかもしれないが、どっちかというとそれは面子の問題のような気がする。
「……どういうことだよ」
あのおっさん、ひょっとしてカゾフの家には『シエラとその息子は、今は自分の家にいる』とでも言ってたんじゃねえの?
だからレイモンド側も、シエラとアレをセットで手に入れたい。
そしてカークの弟……えーと何て名前だっけ。ジェイムス? そいつとしても、シエラと子供がセットじゃないと困る。そいつが手に入れたいのはシエラの夫という地位じゃなく、赤ん坊の父親という地位だからな。

「うや、にーちゃん。どうしてそれが、敵さんを半分に減らすことに繋がるん?」
「そうだよ。だって、ラスさんの言う通りなら、どっちも狙ってるのは一緒ってことでしょ? だから……ああなってるんでしょ?」
首を傾げるキアの横で、セシーリカがそっと窓を覗きながら言った。
「あ……いえ、違うことがありますよね。カーク側はシエラさんを手にしてるけど、レイモンド司祭の側はどっちも手にしてない」
剣を抱えたまま、ユーニスが頷く。

「そして、もうひとつあるな。レイモンド司祭がシエラと一緒にここに来て、子供を返してくれと言われれば俺たちは逆らえない。なんといっても実の祖父と母親だ。……ジェイムスの家、警備は手薄だったな」
カレンが呟く。
ああ、もっと手薄になってるんじゃねえの? なにせほら……そこに何人かいる。
「OK、わかった。夜になる前には戻る」
いや、俺が行くよ。姿消してな。こっちの人数が減ったことを周囲の奴らに知らせる必要はない。

おそらく、レイモンド側はそれを受け容れるだろう。
あの司祭は間抜けじゃない。それはさっきも言ってたことだ。
ここにシエラがいない以上、運良くアレを手に入れられたとしても、今度はシエラを手に入れるためにカーク側とも一戦交えなきゃいけないのは……もしも俺ならごめんこうむる。どうせなら、一度で済ませたい。
カーク側……というか、ジェイムス側には、アレを正当に取り返すための理がない。
けど、レイモンド側にはそれがあるんだ。シエラさえ手に入れれば、荒事なしで済ませられる。


<22の日 夜>
レイモンドとの話し合いを終えて、自宅に戻った。外套を脱いで、手早く、動きやすい服装に着替える。
よし、準備だ。仕掛けてくる敵は、今、家の前にいる奴らの半分だ。
残りの半分は、こっちが一戦始まった途端にジェイムスの家に急行するだろう。
存外、あのおっさん、簡単に話に乗りやがった。楽をしたいのは誰も同じってことだろうな。

セシーリカ。杖はあるな? おまえはソレを背負ってちゃ魔法が使えない。ファントーに預けろ。
キア。おまえは敵の足もと攪乱。踏みつぶされるなよ。
カレン、ユーニス。前は任せた。二人で連携とってうまくやってくれ。
ファントー。おまえはとにかく、背負ったソレを守れ。いざとなったら屋根裏部屋に引きこもれ。
とりあえずみんな、家はあまり傷つけないでくれ。後で俺がブラウニーに怒られるから。

俺は、少し後ろに下がってそこから魔法を……ん?
窓の外をもう一度見る。……と、見たことのある顔があった。2つ。
あー……あれは……なるほど。あの時俺をのしてくれた肉体派2人組か。
…………悪い、ユーニス。カレン。気が変わった。あの2人だけ、悪いが俺にくれ。

え。とユーニスが困惑したような声を出した直後。
玄関と勝手口から、同時に大きな音が響いた。城でもあるまいし、でかいモールでもあれば蝶番なんかすぐに飛ぶ。
案の定、どかどかと足音が響き渡り、ガキを出せだのおとなしくしろだの、だみ声が耳に届く。
「始まりだ」
至極冷静にカレンが呟いて、その夜が始まった。
 
本当の戦い
ファントー [ 2006/03/26 12:07:43 ]
 <22の日 夜>
<>
<> 細々としたものがすっかりと片付けられて、居間はがらんとしている。
<>「暴れ回るにはちょうどいいな」
<> 二本の矢を掴んで、ラスは部屋の真ん中に立った。ベルトに差したフルートの中で、シルフが渦巻いている。
<>「一気に片付けるぞ」
<>「ああ」
<>「はい」
<> ラスの言葉に応えて、カレンは玄関口の方向へ、ユーニスは勝手口の方向へ踏み出し、それぞれ剣を構えて軽く腰を落とす。
<> キアは両刃の小さな(といってもキアの体と比べると充分に大きな)剣を構えて、カレンとユーニスの間に立つ。
<>「セシーリカ、電撃だけは使うなよ」
<>「ラスさんもウィスプは使わないようにね」
<>「巻き添えで髪の毛が焦げたりしたら堪らんもんねー」
<> キアの言葉が終わらないうちに、玄関口、勝手口へ続くドアが蹴り開けられた。
<> フラムがもぞもぞと動くのが、背中越しに伝わってくる。
<> 俺は右手に石を握り締めて身構えた。
<>
<> 踊りこんできたのは、六人の男たちだった。背格好や手に構えた武器はバラバラだけど、揃って残忍な表情をしている。誰もよろいは着ていない。
<> その中の一人が、ラスを見て目をいからせた。
<>「手前か。観念してガキを渡すんだな。さもないと、また痛い目を見――」
<>「痛い目を見るのはそっちだ。――シルフ、撃て
<> ラスが矢を放り上げて、シルフに呼びかけた。
<> 宙に放り上げられた矢が、目に見えない手で掴まれたかのように、その場で止まる。次の瞬間、二本の矢はくるりと回って、男たちに狙いを定めたかと思うと、風を巻き上げて襲い掛かっていった。
<> 耳をつんざくような悲鳴があがった。一人は胸に、もう一人は脇腹に矢を突き立てられ、地響きを立てて転がる。男たちがうろたえたところへ、勇ましい掛け声とともにユーニスが床を蹴り、カレンは静かに滑るような足取りで進み出ていった。
<>
<>
<>
<> 受け止められた剣を舞わせて、ユーニスは二度、三度と目の前の相手に鋭い打ち込みをかけた。たちまち切り傷を負い、痛みに耐えかねた相手がよろめくのを逃さず、ユーニスは男の手元へ深く踏み込み、股座に膝蹴りを浴びせた。
<>
<> 男が大振りの剣を振り回す。カレンは僅かに足を退いて、相手の剣に空を切らせると、男の剣が手元に引かれるのと同時に踏み込み、手中の短剣を閃かせた。頬から鼻の上にかけて真一文字に切り裂かれた男は魂消るような悲鳴をあげる。男が後退りするより早く、カレンの拳が男の脾腹をしたたかに撲りつけていた。
<>
<> ユーニスに急所を蹴り上げられた男が、白目を剥いて崩れ落ちる。その後ろに控えていたもう一人がユーニスの脇をすり抜けようとしたとき、足元にキアが飛び込んで、手にした剣で男の膝を薙ぎ払った。足がもつれて動きが止まった男のこめかみへ、ユーニスは握り締めた剣の柄頭を叩き込んだ。
<>
<> 最後に残った一人、カレンと仕合った男の背後に居た男は、目の前の仲間が倒れるより早く駆け出し、部屋の真ん中へ殺到したが、セシーリカが放った魔法の矢に肩を射抜かれ、ラスが召喚した光霊に身を焼かれて倒れ伏した。<>
<>
<>「一人も殺さずに済んだのは上出来だな」
<> カレンは手際よく、男たちの手足を縛り上げた。男たちはみな気を失っている。
<>「床にも柱にも瑕疵一つ付いてませんし」
<>「血の汚れも大したことないね。お掃除が楽でよかったー」
<>「こいつらの始末は衛視に頼むか。取調べの内容はジェイムスとカークを締め上げるのに使おう。キア、一っ走り頼まれてくれるか」
<>「りょうかーい」
<>
<>「ソレの様子はどうだ」
<> ラスに聞かれて、オレは頷いた。
<> 男たちが押し入ってきてから、やっつけられるまでの時間は短かったけれど、命のやり取りだったことに変わりはない。
<> そんな雰囲気の中だったけれど、フラムは泣き声一つあげなかった。
<> それどころか、もうオレの腕の中で眠っている。
<>「……大した肝っ玉してるぜ。母親とは大違いだな」
<> 鼻を鳴らして笑うと、ラスはカレンのところへ行って、これからどうするかを話し始めた。
<> 今頃、レイモンドはシエラを取り返している頃だろう。
<> そうすれば、レイモンドは明日にでもシエラを連れて、こっちへ出向いてくる。
<> フラムを引き取るために。
<> それはシエラの意思じゃない。レイモンドの意思だ。
<> 結局、シエラは何も変わらない。母親としての覚悟を決めてフラムを引き取りに来るわけじゃない。
<> レイモンドのいわれるままに動くだけ。人形と同じだ。
<> フラムも人形のように扱われるんだろう。家の跡取りとして育ちさえすればいいんだから。
<>
<> レイモンドとシエラが一緒にやってきたら、フラムのことで逆らう筋合いはない。そうラスはいった。
<> でも。
<> レイモンドとシエラの態度が許せないと思ったら、オレは逆らうぞ。
<> たとえオレ一人だけだとしても。
<> さっき、オレは戦いに加わらなかったけど、それはオレの出番がそこじゃなかったからだ。
<> オレの戦いは、本当の戦いはこれから始まるんだ。
<> 
<> 「ただいまー。衛視さんが来たよーう」
<> キアの声に、大勢の足音が続いた。
 
立場
ラス [ 2006/03/28 0:27:06 ]
 <25の日 午後>

レイモンドがうちに使いを寄越したのは、あの夜から3日後のことだった。
司祭の家のメイドが携えてきた羊皮紙の末尾には、レイモンド自身の署名。
だが、そこにシエラの署名はなかった。
そして、要約すると、『孫をうちまで連れてこい』というような内容。

どうする、ファントー?
「シエラって人が本当にお母さんなら、ちゃんと自分で迎えにきてくれないと……フラムは渡せない」

聞いての通りだ。出直してこい。
そう言って、困り顔のメイドに羊皮紙を突っ返す。
俺の隣でカレンが少しだけ困った顔をしていた。ファントーの気持ちもわかるし、ファントーの言うように、彼女自身が迎えに来なければ意味がないと思っているのだろう。とはいえレイモンドは、神殿においては自分より上位の司祭だ。立場上、礼を失することはしたくないが……というあたりだろう。
……ま、俺にはそんなこと関係ない。


<27の日 午前>

あの連中に破られた玄関口と勝手口の扉も修繕し終わった頃。
レイモンドが、シエラを伴ってやってきた。

「孫を返していただきたい」
居間で向かい合って、そう告げるレイモンド。
「娘も、あの子を手離したのはやむない事情によるもの。もちろん、娘が依頼したというからには相応の依頼料はお支払いいたします。今まで面倒を看ていただいた分も」
そう続けてきた言葉に、居間にいた全員が眉を顰める。
まぁ、言いたいことはわかる。金目当てで面倒を看たわけではないし、そもそも『返してくれ』と、母親本人が言わないのはどういうことだと言うのだろう。
特に面倒など看ていなかった俺でさえそう思うんだから、他の奴らはより一層強く思うんだろう。

「それで……差し出がましいとは思いますが、お嬢さんの身の振り方は決まったんですか?」
カレンが聞く言葉に頷いたのは、やはりシエラではなくレイモンドだった。
「ええ。まず娘はしばらく実家で……私の家で休養させることになりました。カゾフのほうで、あちらのご両親が孫を手元に引き取りたがっているので、孫だけはまずカゾフへ送ることへなりそうです」
「じゃやっぱり、フラムくんとお母さんは離ればなれになるんですか?」
そんなユーニスの言葉にも、やっぱりレイモンドが応じる。
「フラム……? ああ、こちらではそのように呼ばれてましたか。ええ、まぁほんの少しの間です。娘が落ち着きましたら娘もカゾフへ」
「それでシエラさんは、それを望んでいるの?」
何故か拳をふるわせているセシーリカの言葉に、シエラが反応しかけて、そしてやっぱりレイモンドが応じた。
「もちろんです」
「シエラさん……不満そーな顔しとるん……」
キアの呟きは、問いかけの形ではなかったせいか、レイモンドには無視された。そしてシエラはただ俯いた。

俺は別のことを聞いた。
──コレ……ああ、あんたがうちの前に捨ててったこのガキのことだが。コレの本当の名前は?
「…………リンド、と名付けました」
シエラが、小さく小さく呟いた。

どうした、ファントー。母親が迎えにきたぞ。背負ってるソレをおろしてさっさと渡せ。
「…………」
ファントー。
「……違う。この子はフラムだ。フラムって呼ばれて、そしてセシーリカに笑い返したし、ユーニスのお手製のおんぶひもの中で眠ったし、ラスの髪を不思議そうに引っ張ったし、キアの指を握ったし、カレンが温めたお乳を飲んだし、それにおしめを替えるオレにおしっこ引っかけたし! この家では、誰もリンドなんて名前で呼ばなかった!」
背中からおろした赤ん坊を、そのまま自分の胸元に抱き寄せてファントーが言いつのる。
ファントーの腕の中のソレは……いや、リンドは、そんなファントーを不思議そうに見上げていた。

「リンド……菩提樹のことだね。それは、シエラさんが名付けたの?」
お茶のお代わりを注ぎながら、セシーリカがシエラに尋ねる。
お茶『だけ』はまともに淹れられるんだ、との本人の言葉通り、居間には先刻からいい香りが漂っている。
ただ、誰もその香りを楽しんではいないんだろうが。
シエラはわずかに首を振って、囁くように答えた。
「いえ……亡くなった主人が……生まれる子が男の子ならそう名付けたい、と…………」

「……どうして、フラムのほうを見ないの?」
唐突なファントーの声。
え、とシエラが顔を上げた。
「どうして、部屋に入ってきた途端に、この子の名前を呼んで駆け寄ってこなかったの? 今だって、オレが抱いてるのに、フラムは笑い声さえ上げてるのに、どうしてフラムを見ないの?」
「ファントー。それでもこの人たちは、フラム……いや、リンドか。リンドの母親とお爺さんなんだ。俺たちはそれに……」
カレンの言葉を遮ってファントーが首を振る。
「この子はフラムだ! オレたちはそれに逆らえないって? でも、そこのおじさんも、シエラさんも、この子を抱きしめようとしないじゃないか!」
ファントーは椅子を鳴らして立ち上がり、居間を出ていった。

「にゃ!? ファントー!?」
「あ、お、追います!」
キアとユーニスが追おうとする。
いい。追うな。どうせ、寝室か屋根裏に逃げ込んだだけだろう。

……さて。司祭さん。さっきのは俺の弟子でね。躾がなってないようで済まないな。
「いや、まぁ……うむ……」
別に俺が育てたわけでも躾けたわけでもないが……でもそうだな、あんたの娘よりは、幾らかマシなんじゃねえかと思うが?

さすがに気色ばんだ様子のレイモンドを見て、カレンが小さく「おい」と呟きながら俺の腕をこっそり小突く。
立場に頓着しなくていいのはこういう時に楽でいい、なんて思いながら、俺はレイモンドににっこり笑ってやった。

──出直してこいよ、おっさん。
 
お願い
カレン [ 2006/03/29 2:43:56 ]
 <28の日 午後>

気分を害したとは思います。
心中を察することも出来ます。
多少度の過ぎた口の利き方は失礼でしたが、しかし、彼等の言い分が間違っているとは思えません。
この数週間、あの家ではお孫さんを中心に生活していました。
玄関先に置かれていて、放置するわけにもいきませんでしたから。
彼等の中に、損得勘定なんてありません。ただ、どんな理由があれ、こんな乳飲み子を置き去りにした母親を探しだして、二度と

手放さないように説得しようと思っていました。
その時まで、あの子に元気でいてもらおうと、その一心でお世話をしただけです。
その過程で情も移っていますから、あんな態度になってしまいました。


お孫さんのことを、あなたに伝えなかったのが不審だと?
いえ、そこにもやましい気持ちなどありませんでした。
身内のもとにではなく、赤の他人のところに置いて行った理由はなんだろうと…それを考えたのです。
………………。
あなたが不審がるまえに、私たちのほうがあなたに不信感を抱いていたのです。
あぁ、「私たち」ではありません。「わたしが」です。
……ええ、独断です。
彼等は、私の気持ちを汲んでくれた。それだけです。


わかりにくいですか。
では、率直に申し上げましょう。
あの子には、愛情のある肉親の中で育って欲しいんです。
たくさん抱きしめてもらって、笑いかけてもらって。そういう当たり前の家族の中にいて欲しいんです。
跡継ぎなんていうのは、後回しです。いえ、むしろ関係ありません。
そんなことで、あの子を物のように扱うしかできないのなら……返すことはできません。

シエラさん、あなた、言いましたよね。
あの子を守ってくれって。わたしたちが守りきれたら、踏ん切りがつくかもしれない。そう言いましたよね。
約束どおり、守りきりましたよ。
次はあなたです。
リンドの母親として迎えに来ていただけませんか。
うちにいる間に、首が座りました。手足も元気に動かすようになりました。
とても可愛いですよ。
その姿を本当の母親に見てもらえないなんて、そんなことはこちらとしても本意ではないんです。
だから、お願いします。


<同日 夕方>

「レイモンドさん、話を聞いてくれました?」

いや、どうだろね。司祭には、口では太刀打ちできないと思っているよ。
っていうか、もともと彼にうったえようと行ったんじゃないしな。

「そうですね。シエラさんの気持ちが大事なんですものね」

それも自信ないなぁ……。
俺は口下手で、彼女はあの気性だろう? 司祭はずっと張り付きっぱなしで仏頂面だ。
打ってはみたけど、響いたかどうか……。

「もう〜〜、カレンさんったら…」

「ファントーぉ、だっこ。だっこさせてよぅ。ミルク飲ますんよ」
「やだ。俺があげるんだ」
「んみ〜。昨日っからフラム独り占めなん。もうあのヒト帰ったんし、ちこっとくらい手ぇ離してもだいじょーぶて言ってるんに

…」

ファントーは、フラムが可哀想でならないらしい。
片時もフラムから離れなくなった。
その状態が、今後「日常」になるのか「思い出」になるのか。

まぁ、日常になってしまっても、まったく問題ないがね。…………少なくとも俺は。
 
絆の両端
ユーニス [ 2006/03/30 1:20:13 ]
 <29の日 夕方>

ねえ、ファントー。
「いいってば、おれがやるから」

おしめくらい、私だって替えられるよ。たまには休まないと腕、疲れちゃうよ?
「大丈夫だよ、おれ、フラムひとりくらいなら、ずっと抱いてられるし」

ずっと、ずっとそうやって抱きかかえて守るの?
「ずっとだよっ」

これからどんどん、重くなるよ。どんどん大きくなって、やんちゃになって。二本の腕だけじゃ、支えきれなくなるよ、きっと。
「その頃にはフラムと手をつないで歩けばいいんだとおもう」
………………
…………
……

 「すみません、説得失敗です」
 「早っ! 諦めるの早すぎるよユーニスさん」
 セシーリカさんが呆れ半分同情半分の表情で反応する。

 「ううっ、すみません〜。でも、ファントーの顔見てたら何だかもう……」
 ため息とともに肩を落とした私を、カレンさんが穏やかに労ってくださるのが申し訳ない。

 「お疲れ様。まあ、おれたちに対してまで依怙地にならないで欲しいってことだけでも伝われば、ね。俺もレイモンド司祭やカゾフに今の状態で引き渡すことなんか全く考えてないから。少しずつ軟化してもらえればいいと思うよ」
 「です、よね……」
 「でもユーニス、いいくるめられんの早すぎるんよー。もうちっとネバるとおもっとったんにー」
 「うううう。ごめんなさいー」
 キアちゃんの突っ込みが痛い。自分でもそう思っていただけに、刺さるように響く。

 修繕と片付けが終わって、ふたたびラスさんの家に生活感が戻った。襲撃に備えた緊迫感は薄れたけれど、赤ちゃんのいる家特有のあわただしくて優しい印象が完全に戻ったわけでもなく。
 ファントーは相変わらず、フラムちゃんから離れようとしない。
 守りきるという依頼が果たされても、その代価……シエラさんの母としての姿を示されるまでは納得できないのだろう。
 自ら決めた契約を果たさないんだから仕方ない、なんて、そんな小難しい言い訳めいた考え方よりももっと単純に「認められない」 ただそれだけ。
 もっとも、母親らしい姿を見せられても感情がついていかないかもしれないけれど。

<29の日 夜>

 「あいつはまだ強情を張ってるのか」
 仕事から帰ったラスさんに頷いて、少し濃い目のお茶を淹れる。ポットからカップ二つに注ぎ分けて、私もお相伴に預かる。
 襲撃への警戒を緩めた分、ラスさんの疲れも軽減したかと思いきや、そうでもないようだ。
 「殴って済ますわけにいかない相手は面倒くさい」と眠たげな声で呟いて、笑う。それが誰に対して向けられた言葉なのかはわからないけれど、とりあえず頷いてみる。

 「そういえばファントーって、ご両親の顔を知らないんですよね」
 「ああ、そう聞いてる。爺さんと山の集落の人間に育てられたって話だな」

 だとしたら、こんな風に血縁以外の沢山の人間がひとりの子供を育てることには違和感などないわけだ。
 彼自身は多くの人たちに笑顔を向けられて育ったのだろうと想像できる分、実際に子供に向けられるはずのそれがしがらみや社会的地位や大人の思惑やらといったものに阻まれることなど、信じられないだろう。
 祖父だけでなく、母親までも無条件でその腕を差し伸べることのない、フラムちゃんを取り巻く環境を。
 ひいては、街のそれを。

 ラスさんのカップに、お茶のお替りを注いでから、私は立ち上がった。

 「また説得するのか? 俺はそろそろ寝るつもりなんだけど」
 「うーん、説得というか、思ったことを伝えるだけです。遅くはならないつもりですよ。騒ぐつもりもないし。
 度合いの差こそあれ、私たちが思っていることをファントーが代弁してるのが今の状態だって思いますから、きっとファントーも気づいているだろう事を、改めて言葉に直せばいいのかなって」
 「まあ……やってみろ。多分、最も説得力のあるのは言葉じゃないだろうけどな」
 
 
 「ねえ、ファントー。起きてる?」
 扉越しに小声でささやいた。ファントーは返事をしないけれど、身じろぎする気配が伝わってくる。
 「返事しなくてもいいから、聞いてね」
 
 ――リンド、とすら呼びかけなかった。手を伸ばしもしなかった。
 そんなお母さんを許せないのだとしても、フラムちゃんがそれをいつか、知る日が来たときにどう思うかまでは私たちの思うままにはならない。してはいけない。
 もし私たちに、ひとときの親代わりとしてあの子の幸せを願うが故の行動が許されるなら、当然フラムちゃん本人にも、本当のお母さんを想う自由がある。憎しみであれ、思慕であれ、それを歪める事はしたくない。
 
 「今のシエラさんや司祭さんにフラムちゃんを渡す気なんて誰にもないけれど……本当は私たちはフラムちゃんから、勝手にお母さんを奪うことなんてできないんだよ。そのことからは、目をそらさないで」


 返事はなかったけれど、扉の向こうで張り詰めていた空気が、揺れたように感じた。
 
腕の中の重さ
キア [ 2006/03/31 0:53:55 ]
 < 30日 昼間 >

 ファーントー………今日も抱っこさせてくれんの?

 「だめ、それにもうすぐミルクの時間だから」

 でも、昨日だってずーっと独り占めしとったっしょ? みーんなフラムがかあいーんだから。
 それにねー、フラムがおーきくなってきたら、誰よりもおいらが真っ先に抱っこできなくなるんだよぅ。

 「………ちょっとだけだよ」

 そういって、やっとファントーはフラムをおいらのウデの中に収めてくれた。今日はずーっとファントーはむずかしー顔をしとる。昨日のユーニスの言葉にずっとなやんどるんだろう。
 おいらだってあんなじょーたいのシエラさんにフラムは返したくないけど……おかーさんがおかーさんであろうとしたとき、おいら達がそれを邪魔しちゃ、きっといかんのよね。

 たった2,3日抱っこしとらんだけだったのに、フラムが重く感じたん。赤ちゃんの成長は早い言うけど、ほんとなんよねぃ。
 シエラさんが抱っこしたとき、あん人はこのフラムの重さを、どう感じるだろ?

 「キア、フラム頂戴。ミルクあげるんだから」

 ユーニスが暖めたミルクを手に、おいらに手を伸ばす。
 その手にフラムを返してあげると、ファントーは大事そうに抱きかかえてミルクを飲ませ始めたん。


 「俺達にまで意固地になるのが少しでも緩和されただけでも、よくはなったのかな」
 カレンにーちゃんの言葉にセシーリカねーちゃんが頷く、おいらも同意。あ、ユーニスー、おいらにもお茶ちょうだいよーぅ。

 「はい、ちょっとまってね?……でも、今度シエラさんが来たとき、またレイモンドさんと一緒だったりしたら………」
 みんなのお茶を入れとったユーニスが、おいらの分のカップを出して注ぐ。んー、いーにおいー。

 「ファントー、俺達で引き取って育てるとか言い出すかもしれないな」
 「冗談じゃねぇぜ?」
 カレンにーちゃんの言葉に、嫌な顔をしたのはもちろんラスにーちゃん、「俺は構わないけどな」と続けるカレンにーちゃんの言葉に「俺が構うんだよ」と、にがにがしそーに言ったり。

 そないな雑談のなかでも、誰もフラムを「リンド」とは呼ばない、フラムのほーが慣れとるからもあるだけど、それ以上にリンドという名前はシエラさんのウデの中にフラムが帰ったとき、初めて意味がある名前になるからって、セシーリカねーちゃんが言っていた。
 おいらもユーニスもカレンにーちゃんも、その言葉に頷いた、ラスにーちゃんはどーでもーって態度だったんけど。

 んでも、シエラさん変われるんかな? カレンにーちゃんの言葉がとどいとるといいんけどねぃ。

 「さぁ、どうだろうな……この前も言ったけれど、手ごたえがあったわけじゃない」
 「でも、また来たときこの前と同じだったら、私もファントーさんと一緒に帰さないって言い出しちゃうかも……あ、まって?」

 んや? どないしたんセシーリカねーちゃん?

 「うん。ノックが聞こえた気が……」
 言葉の終わりに被るよーに、弱いノックの音。気のせいじゃないんね。おいらが行くんよー。
 はいはーい、誰なーん?
 
 「あの、ごめんください……」

 蚊の鳴くよーな声、扉を開けるとそこに立ってたんは、シエラさんだった。
 
母親
ラス [ 2006/04/07 23:34:18 ]
 <30の日 昼過ぎ>
「うや。シエラさん?」
玄関から、キアの驚いたような声が聞こえた。
その声が聞こえた途端に、ファントーはリンドを再び背負い直し、同時にチェストの上に置いてあったバスケットをひっつかんだ。
そして、次の瞬間には廊下に飛び出し、そして寝室へ逃げ込んでいく。
バスケットの中身は、『引き籠もりグッズ』だ。おむつが何枚かと陶器の哺乳瓶、同じく陶器の瓶に保存してある乳。

キアに案内されて入ってきたのは、シエラ1人だった。レイモンドの姿はない。
「父には……黙って出てきました」
居間に入ってきて、そして頭を巡らせる。リンドの姿を探しているんだろう。
さて、どうするつもりか……。
見守ると、シエラはその場で深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。そして、ありがとうございます。……あの子に、会わせてください」

俺は、ため息をついてソファから立ち上がった。
シエラを寝室へ案内しようとした俺の目の前に、カレンとセシーリカが立ちはだかった。
「……その前に確認したいことがある」
「そうだよ。そりゃ、わたしたちは身内でも何でもない。口を出すなって言われればそれまでだけど。でも、ここにいる全員、フラムくんのことを大事にしてる。……シエラさん。あの子を迎えにきたの?」

セシーリカの問いにシエラは頷いた。
「迎えに……きました。今日、カゾフから手紙が届いたんです。この家で、争いがあった日……その日に、わたしは婚家の両親に手紙を書きました。その返事が今日届いて……」

シエラがいる場所は居間の入り口の廊下だ。そこから寝室への扉も近い。
シエラの声はか細いけれど、ファントーが寝室の扉に身を寄せているなら、聞こえているだろう。

カレンが小さく息をついた。
「シエラさん。ここにいるのは全員冒険者です。生まれや育ちは様々です。幸せな家庭で育った者もいれば、そうじゃない者もいる。そして、両親に愛されて育った者もいれば、他人の中で育った者もいます。俺だって、ここにいる全員の生い立ちは知りませんが、知ってる限りは……他人の中で、それでも幸せに育った者も、逆に辛い思いをした者もいます。俺たちは、血のつながりが絶対じゃないことを知っています。とくに今、リンドを背負って寝室にいる人間は。……それを忘れないでください」
セシーリカがその横で頷く。
「中途半端な答えを出せば、貴女だけじゃなく、ファントーさんも、フラムくんも傷つくから。わたしは、神殿の孤児院で親のない子をたくさん見てきた。子供がとても弱くて、でも、とても強いってことを知ってる。でも……貴女はお母さんでしょう?」

両親に早く死に別れ、祖父のもとで育って……けれど忙しい祖父の代わりに、幼いファントーの面倒を主に看ていたのは、村人たちだったろう。
セシーリカは、実の両親の顔すら知らない。生まれて間もない頃に捨てられていたのを、人間の魔術師に拾われたと聞いている。
カレンも、自分を育ててくれた家族とは一切血のつながりがないという。生みの母親はカレンが生まれて間もなく亡くなっている。
キアの生い立ちは聞いたことがない。けれど、西方に姉がいるとは聞いた。家族がいる。
ユーニスの生い立ちも、詳しくは聞いていない。けれど時折彼女が語る両親の話は、優しい空気に包まれている。
俺自身がガキの頃、周りには他人が多くいた。その他人の殆どは、決して優しくはなかった。だから俺は“家族”に固執した。

その全員を、納得させろとカレンは言っている。
母親ならそれが出来るはずだとセシーリカは言っている。

「ずっと……ずっと考えていたんです。私があなたたちに依頼した時から」
廊下に立ったまま、身体の前で手を組んで、そしてその手を見つめるように顔を俯かせて、シエラは言った。
「どうすれば、私たちは幸せになれるんだろうって。……私は夫を愛していました。家同士の繋がりを強固にするための縁組みだったけれど、私と夫は愛し合っていたんです。父の下で神官をしていた夫がカゾフに戻って……しばらくしたら夫は還俗して家を継ぐことになっていました。子供が生まれたらそれをきっかけにしようと2人で言ってました。
 けれど、夫が急に亡くなって……私1人ではリンドを育てられないと……。カゾフからオランまで、乗り合い馬車に乗ってきたんです。でも、リンドはいつでも泣いているし、私のお乳の出もあまりよくなくて……そうすると、周りの人が迷惑そうにリンドを見るんです。宿場でも宿のご主人や他のお客さんが眉を顰めるんです。眠れなくて眠れなくて……疲れ切ってしまって……そうして、オランについても、父は迷惑そうに私を見ました。今すぐカゾフへ帰れ、と……。またあの馬車の旅を続けるのかと思うと、目の前が真っ暗になりました」

「それは……わかるんけど……でも……」
赤ちゃんてそういうもんなん、とキアが呟いた。
シエラがそれに頷く。
「冷静になればそれはわかります。けれどあの時の私には冷静になる時間さえなかったんです。……優柔不断で、すぐ周りに流されて。導いてくれる人がいなければ、何をどうしていいのかすらわからない……それが私なんです。
 そんな私が、リンドの将来を狭めてはいけないと思いました。父の言うことに従えばいいのかもしれないと思い、次にはカークさんに従えばいいのかとも思い。
 私は……私のことはもう、どうなってもいいんです。けれど、私が流されてしまえば、リンドを巻き添えにしてしまう。だから、せめて守って欲しいとあなたたちに依頼したんです……」

「その……カゾフのご婚家からの手紙というのは?」
迷うようにユーニスが聞く。
「…………私たちを、追わないでください、と。私はそう書きました。せめて、リンドが全てを知って、その上で自分で判断出来るようになるまで。カゾフの両親はまだ若く、あと20年、店を保つことも可能でしょう。私は……私の弱い心ではリンドの将来を決められません。ですから、リンドが自分で決められるようになるまで……そうなるまで、せめて守るのが私の務めだと思いました。
 カゾフの両親は、それを承諾してくれました。私は……リンドを連れて、どこか違う街で暮らします。父からも、カゾフの両親からも離れたところで」

まぁ……妥当な線だろうなと思った。
乳飲み子を抱えて、このお嬢育ちの甘ったれた女がどこまでやれるかはわからない。
けれど、やっぱりシエラは母親だ。リンドの。
女ってのは、腹をくくりさえすれば、どんなことでも出来る。男はそういう部分で女にはかなわない。
ただ、言葉だけでファントーが納得するだろうか……?

かたり、と寝室から音がした。
 
伸ばした腕
セシーリカ [ 2006/04/08 3:33:35 ]
  かたりと音がして、それから少し静かになって。
 ドアが開いた。ゆっくり、ゆっくり。そこから顔を覗かせたのは、思いっきり怖い顔をしたファントーさんと、ファントーさんにぎゅっと抱っこされてるフラムくん。こんな状況だって言うのに、うとうとしたりしてる。……大物になりそう。
「出てきたか。ほら、母親が来たぞ。とっととそれを渡せ」
 ラスさんの言葉。聞こえてるはずなのに、ファントーさんは唇を真一文字に引き結んだまま、その場から微動だにしない。
「ファントー。シエラさんの言葉、聞いたよな。言葉だけじゃ、足りないのか?」
「全然ちっとも、これっぽっちも足りないよっ! 口じゃなんとでも言えるじゃないか」
 カレンさんの言葉に、噛みつくように怒鳴る。うとうとしかけていたフラムくんが、ぴくっと起きた。その黒い目が、じっとファントーさんを見上げて、次にシエラさんを見る。
 怒鳴りつけられて、今までの知ってたシエラさんなら、下を向いてうつむいていた。
 今はどうかな?

「……首、座るようになったんですね」
 泣きそうな顔で、それでも笑って、じっとフラムくんを見ている。
 とても優しい目で。

「顔も少し変わったわ。……可愛らしくなった。それに、少し……大きくなったわ。手なんて、椛の葉みたいだったのに」
 ああ、と思った。旦那さんを亡くした悲しみと、産後の疲れと、いまいち苦手な義両親と、そんな中でぐだぐだになって、切羽詰まって追いつめられちゃってても、シエラさんは、シエラさんなりに、ちゃんとフラムくんを見ていたんだな、と。

 ここに来たときのフラムくんは、まだ首も据わっていなかった。夜だって昼だって構わずに泣いた。顔だってもう少しお猿っぽかった。
 それが、だんだんと手足を動かし初めて、喃語を喋りはじめて。ちゃんと夜にまとめて眠れるようになったし、首だって座った。今では、寝返りを打とうとしてじたばたする。
 見ていなかったからこそかもしれないけれど、フラムくんはちゃんと成長してる。そして、ちょびっとだけど、シエラさんも。


「そうだよ、俺たちが頑張ってフラムを面倒見たんだ。あんたが面倒見なかったあいだ、いっしょうけんめいみんな頑張ったんだ」
 ファントーさんが震える声で、でもきっぱりと言う。意固地になりやがって、とラスさんがため息混じりに呟くのが聞こえた。そんなラスさんの肩にぽんと手を置いて、カレンさんが口を開く。

「どこか他の街で、どちらの両親にも頼らずに生活する。そう貴女は言ったけれど、生活の糧はあるのかい?」
 カレンさんが尋ねたのは、現実的な問い。確かに、女手一つで子供を育てるのは難しい。夫とは死別と言うことだから、世間の目はそれほど厳しくはないだろうけれど、それでも。
「裁縫が……その、刺繍が出来ます……。小さい頃から、母に教わりました」
 シエラさんは少し恥ずかしそうに、だけどきっぱりと答えた。
「失礼を承知で聞くけど、腕前は?」
「カゾフから、オランに出てくる時に…作り置いていたものを売って、それで旅費の足しにしましたので……食べる程度には……」
 まあ育ちは悪くないし、教養もあるし、ちゃんとした紹介があればどこかのお屋敷の住み込みになるって手もあるだろう。どのみち大変だけど。


「ファントー。ねえ、シエラさん、ちょっとずつだけど、ちゃんとお母さんになってるみたいだよ」
「ダメだっ。まだオレ、納得してない」
 ユーニスさんの言葉に、それでもファントーさんは首を縦に振らない。腕の中で、フラムくんが身じろぎする。
「ファントー、怖い顔したらあかんよ。フラムが怖がると思うん」
 キアさんが、ファントーさんの袖をちょっと引っ張って呟いた。その言葉ではっとして、ファントーさんはムッツリとした表情を和らげる。腕の力も、少しだけ抜いた。
 だけど、シエラさんが伸ばした手に、ファントーさんは応じない。何かを迷っているような、何かをこらえているような顔で。
 ……なんだか、可哀想になってくる。
 シエラさんも、ファントーさんも、……フラムくんも。

 耐えきれなくて、わたしはファントーさんの袖をほんの少し引いた。
「ファントーさん。シエラさん、お母さんだよ? まだいまいち頼りないけど、それでも、シエラさんはお母さんだよ?」
「お母さんを取り上げちゃ、フラムくんかわいそーなんよ」
「シエラさん、ちゃんとフラムくんのこと守るって言ったじゃない」
 わたしと、キアさんと、ユーニスさんと。三人の言葉を受け止めて、ファントーさんはそれでも動かない。ラスさんのため息がまた聞こえた。

「おいお前、そのガキが大きくなるまでそういう意固地な態度取るのか?」


 ……ま、意固地になっても仕方がない。今までのシエラさんを見ていれば。
 豹変したって言い切れるほど変わってない。今でもどこか、怯えたような雰囲気はぬぐえないし。

 だけど、それでもシエラさんは少し変わった。“お母さん”になり始めた。
 ファントーさんは本当に、シエラさんに返したくないわけじゃない。ただ感情が付いていかないだけ。そんなのきっとラスさんはわかってる。みんなもわかってる。


 不意に、フラムくんの視線が、シエラさんを捉えた。きょとんとした表情で、シエラさんを見る。

 それまで泣きそうな顔で、それでも泣かなかったシエラさんの目から、ぱた、と雫が落ちた。

「リンド。……ごめんね。ごめんなさい……! 置き去りにして。守ってあげられなくて。……ごめんね……!」
 ぱたぱたと涙をこぼしながら、フラムくんを受け取ろうとしていた手を握りしめて。
 シエラさんはそれでも、フラムくんから視線を外そうとはせずに。
 そんなシエラさんを、ファントーさんが見る。おんなじように、泣きそうな顔で。

 ……フラムくんは。

「あうー」
 ファントーさんの腕の隙間から、手を伸ばした。

 ――まっすぐと、シエラさんに向かって。 
 
お別れ
ファントー [ 2006/04/09 2:00:22 ]
  フラムの小さな手が、シエラのほうへ真っ直ぐ伸ばされたのを見たとき、オレの心の中に二人のオレが現れて、激しく言い争いを始めていた。
 フラムをシエラに返さなきゃ。
 いやだ。返すもんか。
 二人の言い分はまったくの正反対で、お互いに譲ろうとしない。頭の中がいっぱいになって、真っ白になって、息が止まりそうになった。

 返すんだ。
 いやだ!
 返さなきゃ。
 いやだ、いやだ!
 返さないの?
 返さないよ!
 返さなくていいの?
 返さなくていいんだ!
 じゃあ、どうする?
 連れて逃げる!
 そうだ。オレはフラムを抱えてこのまま――
 ――本当は私たちはフラムちゃんから、勝手にお母さんを奪うことなんてできないんだよ。そのことからは、目をそらさないで。
 突然、ユーニスの言葉が蘇ってきた。
 その瞬間、オレの心の底に澱んでいた、冷たくて重たい何かが、すっと抜け落ちていった。

「あー、あー」
 フラムの小さな手が、シエラのほうへ伸ばされたまま、小さく揺れている。
 シエラは、涙がこぼれるのもかまわずに、オレとフラムをじっと見詰めている。
 フラムはオレの腕の中で、オレではなくてシエラを見ている。
 そうか。フラムは、この人が誰だか、ちゃんと覚えていたんだ。
 シエラがお母さんだってことを忘れていなかったんだ。
 そして、フラムが今、お母さんであるシエラを望んでいる。

 シエラのほうへ一歩踏み出したオレの後ろで、誰かが息を呑んだ。
 もう一歩。フラムの手がシエラに近づく。
 さらに一歩。シエラが、握り締めていた右手を開いて、ゆっくりとフラムのほうへ伸ばしていく。
 二人の手が触れ合う。シエラの細い手が震えながら、フラムの小さな手をそっと包み込み、揉むように、動いた。
 二人の手が離れるのを待ってから、フラムをシエラの腕の中に移した。
 シエラの瞳からひときわ大きな涙が零れ落ちて、フラムの頬を濡らす。
「リンド……ああ、リンド……!」
 その場に膝をついたシエラが、フラムを強く抱きしめて漏らした嗚咽は、直ぐに号泣に変わった。
 こんな大きな声を出す姿を、きっと誰も思いもしてなかっただろう。
 今、シエラは本当の意味での母親になった。
 フラムはシエラの子どもであるリンドに戻り、そして、もうオレたちのところには帰ってこない。
 もう、オレの腕の中にいることはない。
 不意に視界がぼやけた。
 目頭が熱い。
 目の前のシエラとフラムの姿が見えなくなる。
 そして、オレは、家を飛び出していた。
 誰かがオレの名前を呼んで、追いかけてこようとした。
 来るな!
 叫んで、無我夢中で走り出していた。

 気がついたときには、町外れの雑木林の中にいた。
 何処へ行こうと考えてたわけじゃないけれど、自然とこの場所へ向かっていたらしい。
 休まず一気に走ってきたので、息が切れて胸が痛い。
 何度か唾を飲み込んで、呼吸が落ち着いたところで、後ろを振り返る。
 雑木林は土地が少し低くなったところに広がっているから、町を見上げるような形になる。
 町の外壁が、陽の光の中で眩く膨らんで見える。
 頬に手を当てると冷たかった。きっと目は真っ赤だ。
 
 少し歩くと、薄暗い林の中に、ぽっかりと開けた場所が見えてきた。そこだけ木々に覆われてなくて、陽の光が地面まで差し込んでくるので下生えの丈が高い。小さな広場のようになっているそこの真ん中に、大きな木が横倒しになっている。
 ここで精霊と交信する修行をするのがオレの日課だけど、フラムが来てからはサボっていた。もう一ヶ月以上になる。
 倒木の上に座って、空を見上げる。
 雲ひとつない空から降り注ぐ陽射しは柔らかくて温かい。
 すっかり春。一年のうちで一番、世界に生命の力が溢れる季節。
 ここにフラムを連れてきたかったな。
 そう思ったとき、空の向こうのフラムの姿が見えた気がした。
 さようなら、フラム。
 堪えきれなくなって、オレは声をあげて泣いた。
 
旅立ちの日
ラス [ 2006/04/09 17:33:15 ]
 <30の日 夜>

その日、ファントーが帰ってきたのは日が落ちてからだった。
どこで転がってきたのか、髪の毛には小枝や葉っぱが絡まっている。
とりあえず風呂に入らせて、そうしてから全員で食卓を囲む。
かちゃかちゃと、食器の鳴る音が響くけれど、誰も口を開かなかった。

辛気くせぇぞ、おまえら。
「あ。そ、そうですね……でも」
ちらりと、ユーニスがファントーのほうを窺う。
せっかく俺が腕によりを掛けてメシを作ったってのに、随分と不味そうに食うじゃねえか。
「うや。そーいえば、いつもより豪華なん。品数も多いしー。なんかのお祝いみたいなん」
祝いじゃねえか。この家からリンドが出ていった。めでたいんじゃねえの?
「えー。ラスさん、そんな厄介払いみたいな言い方……」
セシーリカが口をとがらせる横で、くす、とカレンが笑った。
そして含み笑いをしたまま俺のほうを見る。
…………なんだよ。
「そうだな、祝いだな。少なくともリンドが母親に会えた。母親は、頼りないながらもなんとか自分の足で立とうとしている。……シエラは明日発つと言ってたな。俺たちがこっそりとここで旅立ち前夜を祝ってやってもいいだろう」
……ふん。
……まぁ、そういうことだ。だからおまえらもそんな辛気くせぇツラでメシ食うのはやめろ。
「そう……だよね」
ぼそりと返事をしたのはファントーだった。
「そうだよね。……オレだってさ、じっちゃんに育ててもらって、そして村の人たちもみんな親切で。だから寂しくなんてなかったけど、でも母さんが生きてたらな、って……そう思ったこともある。……フラムに、そんな思いをさせなくてよかった。……うん。よかった。……よーし、食べるぞー!」

うって変わって賑やかになった食卓が一通り片づいた頃。
俺はファントーの前に、革袋をひとつ置いた。
なにこれ?という目で見るファントーに説明する。

ファントーが家を飛び出していって、シエラがリンドを連れて出て行った後に、レイモンドがやってきた。
娘を捜していたらしいが、今夜は近くの宿に泊まると言っていたシエラの行方を、もちろん誰もレイモンドに告げるはずもなく。
そしてレイモンドは去り際にこの革袋を置いていった。中身は金貨が100枚。
シエラが俺たちにした依頼の報酬及び、リンドの面倒を看てもらった報酬だという。

「え。……ラス、それを受け取ったの? ここにあるってことは……」
お金のために面倒を看たんじゃない、とファントーがまだ赤い目で俺を見つめる。
ああ、受け取ったさ。金に罪はない。……それに、金が必要な人間はいるだろう。
「…………あ。そう、か……」
明日、出発前にうちに寄るそうだ。おまえから渡してやれ。


<31の日 午前>

「本当に、お世話になりました。……とりあえず、エレミアに行くつもりです。幸い、昨夜泊まった宿で、これからエレミアに向かう商人さんとお話が出来まして、ご一緒させていただけることになりました。落ち着いたら……手紙を書きます。リンドの……いいえ、リンド=フラムの名付け親さんに」
リンドを抱いたまま、シエラがファントーに向かってそう言った。
「リンド=フラム……?」
「ええ。あなたたちが、愛情をこめて呼んでくださったその名前……ミドルネームにいただきました。いつかこの子が大きくなったら、ミドルネームの意味を話してあげようと思っています」
「あ……ありがとう。……あの、オレ、正直に言うと、まだあなたを許してないと思う。フラムがあまりに可愛かったから……だから、こんな可愛い子を捨てるなんて……って。それはまだ綺麗には拭えない。でも……」
そこで迷うように、ファントーがリンドの目を見た。
リンドは、あーとかうーとか、言葉にならない声を発しながら、ファントーの髪を掴んだ。
「でも、あなたはフラムのお母さんだから。2人で……幸せに、なってください」
そう言って、ファントーはリンドの指を自分の髪からそっと外した。

「ありがとう……ありがとうございます……」
目に涙を溜めて深く礼をするシエラに、ファントーは革袋を差し出した。
「えっと、これ……フラムに使ってください。フラムがお腹を空かせないように。あ、そうだ。あと、ユーニスが作ったおんぶひもがとても具合が良くて。縫ったばかりでまだ使ってないおしめも何枚か……」
玄関先で不器用に慌てるファントーに、くすりと笑ってユーニスがバスケットを差し出した。
「この中に全部入ってるよ、ファントー」
「おいら、早起きしてスコーン焼いたん。それもいれておいたんよぅ」

何度も何度も頭を下げて、シエラは去っていった。
人通りのない道に、リンドの声が響く。言葉になどなっていない、意味のない喃語だ。
そこから何かを聞き取ろうとするかのように、ファントーはいつまでも玄関先に立っていた。
幸せに、と小さく呟いたファントーの声は、きっとシルフが運んだだろう。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(PL注)
これにて、赤ちゃん事件(?)は終了です。みなさんお疲れ様でした。
事件そのものは終了ですが、この後に、みなさんそれぞれ自キャラの心情をあげてください。
後日談というのでもいいし、純粋に心情のみでも結構です。
始める時には、各キャラの人間関係や、いろんな意味での「流れ」を意識して欲しいと掲げてありました。ので、その「結果」を最後に見せてください。
事件を通して得た何か。事件の中で自キャラが感じた何か。
そういったものが何かしらあると思います。
〆切等は特に設けません。全員が投稿し終わった時点でこちらのスレを閉じます。
よろしくー。
 
小さな家の、ひとときの家族に
ユーニス [ 2006/04/10 23:40:58 ]
 「お世話になりました」

 重い荷物――主に武器の類――を持ち帰った後に残った、身の回りの細々した品を詰めた籠を脇において、私はラスさんに頭を下げた。

「お互い様ってとこだろ、こっちもな。だから、お疲れさん。何だったら暫く俺のベッドで休んでいくか?」
「謹んで辞退します。寝相悪いのでうっかりフレイルで殴ったりするかもしれませんし」
「だから、フレイルとか抱いて寝るのいい加減にやめろよお前」
 軽口の応酬で、どこか寂しさを紛らわしている自分がそこにはいた。たとえ一ヶ月ほどの期間であっても、家族のように過ごしたこの家を出る日はどこか寂しいのだと気づく。
 ラスさんは何だかんだと文句を言いながらも、乳児を含めた多人数の共同生活を受け容れて、導いてくれた。
大人だな、と思う。私やファントーが許容できないことでも、最善の選択として認められるように計らってくれたのだから。
まだまだ、私はこんな風に深くなれない。これからも、やっぱり私の先輩だ。いや、心情的にはむしろお兄さんかもしれない。しっかり甘えてしまっているから。


「お疲れ様でした。あと……その」
「心配しなくていいよ。きっかけはどうあれ、結局俺自身が選択したんだから。気にしないで」
 カレンさんは穏やかに笑って答えてくれたけれど、やはり気になる。神殿の上役に楯突いた形になったのだから。
 とはいえ神殿外部の人間、しかも今回の件に関わった私が何かできることなど思いつかず。ただ、頭を垂れた。
 カレンさんは、家庭や家族を得たいらしい。今回の誠意ある姿や、垣間見せた愛情から考えれば、間違いなく素敵な旦那さんやお父さんになるだろう。カレンさんの奥さんになる人が羨ましい、なんて思ったり。


 キアちゃんは仕事があるとのことで、今はいない。
「ユーニスやファントーとは、これからも一緒におシゴトするから、一緒にお泊りもするんよねー。それが楽しみなんよ」
 宿に戻ると告げたら、笑ってそう答えてくれたキアちゃんに、私も自然と笑顔を返せた。
 いつでも場を和ませて、美味しいものを作って、戦うときも怖じることなく、小さな体で大きな役割を果たした彼女。今回の共同生活は、仕事仲間としての信頼を築くのに十分だったと思う。少なくとも、私の側からは。
今までよりも、強く強く。信頼を寄せる仲間として、とりあえず今日はお別れ。


 庭の花を眺めていたファントーに、別れを告げにいく。
「これからもよろしくね」と添えると、「こっちこそ、よろしくね」とどこか虚ろな印象の返事。無理もないことだ。
 けれど、彼は何も喪ってはいない。手の中の温もりは遠くなってしまったけれど、リンドの中にフラムの名が刻まれてずっと残る。それはとても素晴らしいことなのだと、私は思うから。
「隠すのに必死で、庭に出て日向ぼっこもできなかったし、咲いたお花も見せてあげられなかったもんね。
もしいつかリンド……フラムちゃんが訪ねてきて、そのときファントーが街にいたなら、ここで一緒にお花や空を眺めてお話できるといいね」
 それだけ囁くように告げて、軽く肩をたたいて背を向けた。
 どんどん大人になっていく、純粋で綺麗で眩しい姿。冬が来るまでは共に過ごせるのが、ただ、嬉しい。
 もしも山に帰ってしまうなら、その分寂しさは倍増しそうだけれど。


 最後に、台所を借りてラスさんに教わった料理を作ろうとしているセシーリカさんのもとへ向かう。
 時々緊張したラスさんの視線が居間から飛んでくるけれど、今のところ下ごしらえだし、問題はなさそうだ。
「お昼、食べていかないの?」
「午後から天気が崩れそうでしょう? 宿の薪割りを頼まれてて、お天気がいいうちに少し纏めてやっておきたくて」
「そっか、じゃあ仕方ないね」
 菜の皮を剥いていた手を止めて「お疲れ様でした」と労ってくれたセシーリカさんに、ちょっとだけ私は緊張した。
 別に、手元の包丁が怖かったのではなく、ずっと言いたかったことがあったからだ。

 もしも彼女の手がなかったら、恐らく皆もっと疲れきっていただろう。神殿で子供たちを看ていただけのことはあって適切にリンドの世話をしていた。そして、育児にまつわる不安を払拭してくれた。
 後から加わった私が言うのも変だけれど、彼女の存在は母親の位置にとても近かったように思う。父親で母親で、兄弟でもあったファントーとは違った距離感。
 それは地母神様のもとにあるひとだからなのか、生来のものなのか、いずれにせよ尊敬の念を抱かせる姿だった。
 だから本当は、今までと変わらずにいる方が適切なんじゃないかと思ったりもするのだけれど。

 一つ年上の彼女。とても大切に思えるようになった人に、胸の高鳴りを抑えながら、赤く染まる顔の熱と照れを必死で我慢して、精一杯の親しみを込めて、その言葉を紡ぐ。

「あの……これからは、セシーリカ、って呼んでもいいですか?」
 頷いてくれた彼女の笑顔が、胸に温かく広がった。


 十六夜小路の小さな家の扉を閉じて、路地へと踏み出してから振り返る。
 ほんの僅かな間だったけれど、家族のように過ごした時間を、きっと私は忘れないだろう。
 
紫色の空
キア [ 2006/04/13 22:17:37 ]
 
 トゥーリにーちゃんの呼び出しから戻ってきたのはお昼を過ぎちゃってん、走りながらもうユーニスはお宿に戻っただろーなとか考えて。
 セシーリカねーちゃんが「お昼ご飯は私が作るから、終わったらまっすぐ帰ってきてね」といっとったから、まっすぐ帰り道。
 朝はとっても天気がよかったんに、今はすっかりくもりのお空。センタクモノかわくんかなーと首をかしげて、

 首をかしげてから、もうたくさんのセンタクモノがラスにーちゃんの家に干される事がないのを思い出した。


 「じゃあ、キアも今日中に宿に戻るの?」

 セシーリカねーちゃんの作ったなぜか甘しょっぱいお昼ご飯を食べ終えて、おいらも帰らなね、といった言葉に反応したんはファントー。
 もともとリンドのおかーさんを見つけたり、メンドー見るお手伝いのために泊り込んどったし、別に絶対今日中でなきゃあかん事もないんけど、帰ろって決めたときでないと、きっと帰れんくなるからと、食べ終わった食器をかたして荷物をまとめ。
 んていってもー、おいらはユーニスと違ってそないにたくさん荷物があるわけじゃないんから、すぐ終わる。
 もって来てたものは、前にブーレイにーちゃんがくれた、干しクダモノやはちみつ漬けなんかのビンの入ったバスケットと、着替えが少し。ビンの中身はこの家にいる間にゼンブつかっちったから、着替えをバスケットに詰めてもうおしまい。

 ファントーやユーニスとは、これからもお仕事一緒するんし、ラスにーちゃんやカレンにーちゃんところに繋ぎに来る事だってあるんし、セシーリカねーちゃんのところにも、仕事の合間に焼いたお菓子持って遊びに行くから。

 「なんか、簡単だね」

 もう会えなくなる訳じゃないんしねぃ。とーりあーえずー、生活が元に戻るだけっしょ?
 んでもー、おいらにもムスコが出来たみたいだったんから、やっぱちっとさみしーかなーとは思うん……うや?
 どないしてみんなそないな変なお顔しとるん?

 「いや……今のセリフ、キアさんが言うとなんか違和感があるなぁって」
 「なんかどころじゃねぇな、違和感しかねぇよ」
 「キアも、年を考えれば子供がいてもおかしくないのかもしれないけどな……」
 「でも、フラム…いや、リンドが息子みたいだったら、息子6年ぐらいでお母さん追い越しちゃうね」

 む、親のイゲンがないんね、そーしたら。どないしよ。

 「真剣になやむなよ、たとえ話で」


 なーんだかんだでわいわい話して、おいらがラスにーちゃんの家を出たのは夕方を過ぎたころ。
 3の月をまるまる過ごした家はすっかり居心地ばっちし☆だったんけど、このまま住み着くのは約束イハン。そら住み着ければきっとたのしーんだろけどねぃ。

 リンドはきっと覚えてないだろけど、おいら達はずっと覚えてるだろーなぁ。みーんな家族みたいだった日々。

 ラスにーちゃんがぶーぶー言いながら、それでも気遣っててくれてー。
 カレンにーちゃんがやさしーく笑いながらみんなの様子をみててー。
 ユーニスが「大きくなってきたから、もう少し大きめのほうがいいですよね」と、おしめの採寸をしなおしてみたりー。
 泣き止まないリンドを一生懸命ファントーがあやしててー。
 セシーリカねーちゃんが「貸してみて」と、ファントーから引き取ると、まもなく泣き止んでー。

 楽しかった日々が消えないんだったらきっとだいじょーぶ、今はファントーもまだまださみーしかもだけど。
 だってさー、ほんとーのおかーさんはシエラさんだけんど、おいら達だってあの時間リンドの家族だったんだもんねぃ。
 それが嘘じゃないからさみしーし、嘘じゃないからきっとおかーさんを知っててよかったって思える日がくるんよねぃ。
 

 おっきなバスケットを抱えながら、今度ねーちゃんがこっちまで来るのはいつだろーと赤と青が混ざった紫の空を見上げながら考えてたん。
 今度ねーちゃんが来たら、おかーさんとおとーさんのことを聞いてみよー、くるまでそのことを覚えとったらだけど。
 
2つの酒杯
ラス [ 2006/04/15 3:20:46 ]
 「……随分静かになったな」
 湯浴みを終えて居間に戻ると、カレンが酒の用意をしていた。
 ここ1ヶ月は、家で酒を飲む機会がなかったから久しぶりだ。
「オマエもこれでようやく眠れるだろ」
「まだギルドの仕事が片づいてねえよ」
「けど……女性陣がいて助かったよな。俺たちだけじゃどうしようもなかった」
「ああ。そうだな。……女ってのは、女であるってだけで、誰もが母親の素質を持ってるのかもな。男はそういう部分にはかなわねえし、真似も出来ねえ」

 物置から出してきたばかりのワインは、ほどよく冷えている。風呂上がりには有り難い。
「ファントーはもう寝たのか」
 聞いてみる。
「ああ。さっき上にあがっていった」
「おまえさ……ファントーより本気だったろ」
「……意外じゃないだろ?」
 そう答えて、カレンは小さく笑った。
 いざとなったらあの赤ん坊を引き取ろうと、誰よりも本気で考えていたのはこいつだったろう。
 こいつはそれを隠そうともしていなかったし、こうやって訊ねればあっさり肯定する。
 ファントーがリンドを引き取りたいというのは、こう言っちゃなんだが、所詮絵空事だ。
 確かに愛情はある。覚悟もあるだろう。けれど、ファントーには経済的基盤はない。

「……引き取ることになったら、どこか、そう……ここの近くにでも小さな家を借りて、そこにファントーも居候させて、とか考えてたよ。あの子がもう少し大きくなるまでは乳母も必要かな、なんてな」
「ふん。……近く、ってのは迷惑だな。泣き声がここまで届く」
「近くだと便利だろう。ここに食事に来られる。…………オマエだって、実は嫌ってなかったろ」
「…………」
 押し黙った俺を見て、カレンは笑った。
「……わかりやすいよな、オマエも。あの子のことをフラムとは呼ばなかった。なのに、シエラにオマエが一番最初に聞いたのは、あの子の名前だ。……あの子の本当の名前を呼びたかったんだな」
「名前には……意味がある」
「ああ。そうだな。俺も同意見だ。……俺はファントーが愛情を注いだあの名前にも意味があると思っていたから、フラムとも呼んでただけで」

 互いの杯にワインを注ぎ足しながら、カレンがぼそりと言った。
「……嫌ってなかった。ただ、対処に困ってただけだろ?」
「…………それもある。あるけど」
「そして、可愛がってしまえば、別れが辛くなるから」
「……あたりまえだろう。あのガキが親のもとに帰ることなんか、はなから予想がつくことだ。ファントーはそうしたくなくて……いや、可愛がっちまったからこそ、そうしたくなくなったんだろうけどな。俺にいわせりゃ、そんなのただの不器用だ。辛くなることがわかってたくせに心を傾けて。そして予想通りの結果にああやって塞いでる」
 ああやって、と天井を指さした俺をカレンが再び笑った。
「……だから、だよな」
「……何が」
「だから、オマエは距離を置いたんだろう。そうしなきゃ情に流されるのは自分だとわかっていたから」
「買いかぶり過ぎだ」

「……不器用なのは」
 何杯目かのワインを注ぎ分けた時に、カレンの呟きが耳に届いた。
「あ? 何か言ったか?」
「不器用なのは、案外オマエのほうじゃないのかなと思ってな」
「……なんで」
「いや……どっちが不器用なのかはわからないけど、辛くなるのがわかっていても心のままに動くのと、それが嫌で最初から距離を置くのと。……俺にはオマエのほうが不器用に見える」
「そうでもないぜ」
「……なに? じゃあ器用だって?」
「そうじゃない。俺だって、そうとわかってても距離を置けないこともある。っていうか、そういうことが多すぎる。だからこれ以上増やしたくなかったんだ」
「…………」
 今度はカレンが押し黙った。

 何か言おうとしたカレンを手で制して、俺は酒杯をテーブルの上に戻した。
「もう寝るよ。明日は真っ昼間っから仕事の予定が入ってるんでね」
「……そうか、おやすみ」
「おやすみ」

 1ヶ月ぶりに自分の寝室に戻って、寝台に潜り込む。
 カレンが何を言おうとしたのかはわからない。……いや、わかってるのかもしれない。
 カレンはよく俺が半妖精だという事実を忘れるけれど、知らないわけはない。
 俺とカレンでは、生きる時間が違うことを。
 順当に行けば、どうしたってあいつのほうが先に死ぬ。
 ……だから、確かにあいつの言うとおり、俺のほうがファントーよりも不器用なのかもしれない。
 けど、もう遅い。心は傾けてしまった。なら、覚悟を決めるだけだ。

 ああ、それなら……。
 “そういうこと”の1つや2つ、これ以上増えたところでどうということもないだろうから。
 だから、それならいっそ、リンドのことももう少し可愛がってみてもよかったかもしれない。
 そんなことを、ふと思った。
 
幸せを願う
セシーリカ [ 2006/04/16 1:52:53 ]
 「やあセシーリカ。神殿に帰るのか?」
「さすがにちょっと長居しちゃったし、トリハダ風味の料理にはいい加減ラスさんも飽きてきてるだろうしね」
 荷物(といってもちょびっとの着替えくらいだけど)を抱えて神殿に戻ろうとしたら、四阿でぼんやりしているカレンさんに声をかけられた。
「いてくれて助かったよ。戻ったらすぐに仕事かい?」
「んー、とりあえず今回の件に関しての報告書を上げないといけないみたいだけど。施療院も孤児院も全部すっぽかしてこっち来ちゃったから、理由をつけて説明しないと反省室送りだよ」
 それは大変だ、と苦笑するカレンさんに勧められて、隣に座る。
「でもまぁ、確かに今回の件は大変だったよね。何しろ、男ばかりの所帯に突然ちびっ子が現れたわけだし」
「女性陣が手助けしてくれたし、ファントーも一生懸命だったからね。俺たちはずいぶん楽ができて感謝してるよ」
「その分、カレンさんもラスさんも、母親探しに一生懸命だったじゃないか。……お疲れさま。やっと日常が戻ってくるね」
「寂しい、って気もしてるけどね。ファントーも俺も、……多分、ラスも少しは」
 カレンさんの呟きに、こっそり頷く。なんのかんのいいながら、ラスさんもけっこうフラムくんに構っていた。態度ではなくて、こう、思いが。

「ファントーさん、まだお籠もりしてるの?」
「……ん。やっぱり、リンドに対しては、あいつが一番思い入れが深かったからな。時間がかかるかも知れないけれど」
「でもきっとファントーさんなら大丈夫だよ。リンドくんだって、シエラさんだって大丈夫だったんだから」
 わたしですら、リンドくんが言ってしまったのは寂しい。だから、ファントーさんの喪失感はなおのことだろう。でも、ファントーさんはちゃんと自分の意志でリンドくんをシエラさんに返せた。だから、ファントーさんはきっと大丈夫。
 うまく言葉には出来ないけれどね、と付け加えて笑うと、カレンさんも笑った。

「まぁ、何はともあれ、リンドくんとシエラさんが幸せになってくれるならそれでいいや」
「………だな」

 ラスさんの家の庭は、四季折々の花が咲く。それを眺めながら、改めて長居したことを感じた。
 ひと月ほどの間だったけど。ラスさんやカレンさんや、キアさんやユーニスさん。それにファントーさんとフラムくん。大家族が一気に出来たみたいで、無性に嬉しかった。
 その即席大家族は、騒動が済んで、元に戻りつつあるけど。……生まれた奇妙な連帯感は、しばらくくすぶると思う。
 ……わたしの心の中に芽生えた、ほんの小さな疑問みたいに。

「わたしの両親は、何でわたしを捨てたんかなぁ」
「……ん?」
「あ、ごめん。独り言独り言。さて、そろそろ戻るね」
「ああ、お疲れさん。また暇になったら来るといい。ワインを用意して待ってるから」

 ラスさんの家を辞去して、十六夜小路を歩く。
 ……この一ヶ月、母親のように過ごして、そうして思ったことは、親であることの難しさ。そして喜び。
 親って言うのは、楽じゃない。だからこそ、子供の笑顔とか、ちょっとしたうたた寝とか、そういう些細なことで報われる。

 そして、何より、もうひとの親になっていておかしくない年のはずの自分が、見たこともない親を恋しく思ってしまったという情けなさ。
 その情けなさをぐっと飲み込んで、春の匂いがする道を歩いた。

 ……あの親子が幸せなら、それでいい。うん。きっとそれでいい。





「三日間の反省室入り」
「えーと、神官長。おっしゃっている意味がよく分かりません」
「三日間の反省室入り、と言ったのですわ。神殿の備品の無断使用、明確な理由無く奉仕を怠ったこと、他の神殿の神官に無礼を働いたこと。……むしろそれだけですませたことを感謝してほしいくらいです」
「その件に関しては、ちゃんと報告を上げたと思いますけど」
「だからって表沙汰にするわけには行かないでしょう? チャ=ザ神殿の方々との兼ね合いもありますし。ここは一つ我慢してくださいな」
「……」


 ……あの親子が幸せなら、それでいい。そ、それでいいんだってば! うわーん!
 
レイモンド司祭
カレン [ 2006/04/16 22:17:09 ]
 「先日は出すぎたことをいたしまして、本当に申し訳もなく……」

深く下げた頭の上から、小さなため息とそれに続いて苦々しい笑いが降ってきた。

「まぁ、掛けなさい」
「いえ、このままで」

ここはチャ・ザ神殿の一室。
目の前には、事件解決の後まもなく復帰したレイモンド司祭。
少々頬がこけ、頭髪には白いものが目立つ。組んだ手は、細く骨ばり血管が浮き出ている。
体調不良で、もともと弱々しく見えていたが、それ以外の心労があったことは間違いない。
俺は、彼の心労の原因の一端を握っていた。
間違ったことをしたつもりはないが、こんなにまで痩せてしまうとは思っていなかったので、気の毒だったかもしれない。
それを詫びる為に、今日はここに来た。

「正直なことを言うと、あの時は腸が煮えくり返る思いだったがね。あの金髪の半妖精の言い草だよ。なんと言ったかな。『出直してこいよ。おっさん』…だったかな?」
「…すみませんでした。口の利き方が、少しなっていないというか、気持ちのままというか…」
「彼の言うとおり、出直そうと思っていたんだがね、気持ちの整理が付かなかった。考えもまとまらなかった。そうしてもたもたしていたら、娘は先に出て行ってしまったよ」
「そうでしたか…」
「娘は小さいころから内気でねぇ…。私はそれが気がかりで、叱咤ばかりしていたものだ。思えばそれが逆効果だったのだね。余計に他人の顔色ばかりを伺うようになってしまって…息子や私の言うなりで…」
「…………」
「だから、あんな風に、顔も見せずに出て行くとは思わなかったのだよ」
「寂しい…ですか?」
「そうだね。……嫁に出すときは心配ばかりで、こんなに空虚な気持ちにはならなかったな」

気が弱くなっているなぁ……。
この人にもこんな一面があったか。驚きだ。

「それに、残念でならないのだよ。結局、私は…せっかく家に来ていたというのに、孫をこの手に抱くこともしなかった。手放しに喜んでいれば、こんなことにはならなかったのだね…」
「気を落とさないことです。壮健でさえいらしたら、きっと会えます。彼女は人の親になったのだし、でしたら、あなたを忘れることはないと思います」

レイモンド司祭は、唇を引き結んでしばらく黙った。
きっとこの人は、損な性分なのだと思う。弱いところを垣間見せることはあっても、自らさらけ出すことをしない。…いや、できないのか。

「君の友人達は、リンドを可愛がってくれたかね?」
「ええ、とても」
「冒険者とは、皆はみ出し者の荒くれた連中と思っていた。そんな連中と付き合う君の気持ちは、なんとも捉え難かったが…」
「そういう輩が大半を占めるでしょうね。その認識が普通です」
「だが、君の友人達は違うのだな」
「みんな信頼に足る仲間達です」
「…リンドは、いい時を過ごしたのだね」
「私たちもです」
「……ありがとう」
「あぁ…あの……今日はどんな咎もすべて受けるつもりで来たのですが…?」

レイモンド司祭は立ち上がると、やはり少し苦い笑いを浮かべた。

「本当なら、君の友人達にも直接言ったほうがいいのだろうけどね、彼等の真っ直ぐな目は、まだ私には痛くて受け止められそうにない。君から伝えてくれたまえ。…ありがとう」

最後に、レイモンド司祭は、両の手で俺の手を握り締めた。
彼の中には、確かに強い後悔がある。
注げるときに注げなかった愛情が、彼の中で渦巻いて行き場を失っている。
俺達には充実感があった。仲間達と、フラムを中心に置いて、一所懸命、試行錯誤して、疲れた顔を見せながらも笑っていた。
俺自身、まだいもしない自分の子供とどんなふうに過ごそうかなんて、夢みたいな想像に思いを馳せた。
相棒の寿命は長いから、俺の子供が成長して、いつかアイツに会えるかな、とか。
彼はにはまだ、そんな未来の想像ができない。きっと喪失感のほうが大きくて……。


早く…早くその時が来ればいい。
いつか、シエラとリンドが、この街のあの人の前に現れる時が。