| おやすみなさいのお祈りの前に |
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| セシーリカ [ 2006/09/10 21:44:56 ] |
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| | 寝る前、女神に祈りを捧げる前に、思ったことを書き留めてみることにした。 日記、って言うほど毎日書く訳じゃない。 思いついたときに、思ったことを、忘れないように。
備忘録みたいなものだ、と言うと、笑われたけど。
思ったこと、感じたこと、触れたこと。 出来るだけ書き残しておきたいと思ったのは…何でもない日常が、とても大切で、優しくて、厳しいもんだと思えてきたから。
大地母神、偉大にして慈愛あふれる全てのお母様。 一歩ずつでも、昨日より今日、今日より明日と、御身のお使いとして恥じることない存在に近づけますよう。 出来るだけ精一杯努力していくので、見守っていてくださいね。
よし、寝よ。 |
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| 兄妹喧嘩 |
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| セシーリカ [ 2006/09/10 21:45:56 ] |
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| | <> (※PL注※ エピソード 「【競作企画】ゆりかごの夢」に関連) <> <> 兄さんと大喧嘩して、売り言葉に買い言葉(つっても、わたしが一方的にまくし立てただけだけど)で家を飛び出したのが8月も半ば過ぎ、わたしの誕生日の少し後。 <> 飛び出した足で、近郊の農村まで行くという隊商に護衛として乗っかって、しばらくオランを離れた。 <> <> <> いや、確かに大人げなかったなぁとは思うし、年甲斐もない怒り方したなぁとは思ったけど。 <> <> だって、いきなり「結婚する」とか言い出すのは百歩譲って大目に見るとしても、「来年の春には子供が出来る」とか、「夫婦で住む場所の算段もついているから9月の終わりには家を出るつもり」とか、何でもかんでも話を勝手に進めてしまうし。 <> 結婚に反対するわけでもないし(むしろ喜ばしいことだと思ってる)、子供が出来ることも何ともおめでたいなぁとは思ってるけど。 <> 血は繋がってないとはいえ兄弟みたいに育ってたし、実際に兄さんと呼んでたし、だから自分に何の途中経過も話さずに勝手に結果だけを言われてしまうのはすごく腹が立ったから。 <> ていうかわたしおねえさんになる人の顔も名前も知らないんですけど? <> <> <> ……んで、道中食欲旺盛なゴブリンとかに襲われたりもしながら護衛の仕事を終えて、戻ってきたら物凄く帰りづらい。もう家にいなかったらどうしようとか、怒ってるんだろうなとか。色んな事を思って。 <> 神殿に行って、現金で貰った分の報酬を寄進して、宿坊に戻ろうとしたら「満室なの。ごめんなさいね」とか言われるし。 <> 泊まるところもなくなって、すっかり寂しくなった財布と、報酬の半額分の野菜が詰まった背嚢を抱えて、気がついたらラスさんの家の前にいた。 <> <> <> 「泊めてくれない? 期間無制限で」 <> <> <> きっとラスさんは呆れたんだろうとは思うけど。 <> 結局はカレンさんの部屋を使っていいと言ってくれて、シーツも真新しいものに取り替えてくれた。いや、そのままでもよかったんだけど、といったらまた呆れたように顔で見られたけど。 <> <> 水浴びをさせて貰って、誕生日のプレゼントにくれたカスパル織りのワンピースに袖を通してみる。……懐かしい、優しい肌触りと、かすかに香る生地独特の香りに、ああ、と思い出した。 <> <> 昔よそ行きにとこの生地の服を仕立てて貰ったときも、同じ感覚を覚えたことと、そのとき隣には兄さんがいたことを。 <> <> <> その日のことがひどく昔のことのように思えて、その時には何でも話してたんだなぁとか思って。……ちょっとだけ、泣けた。 |
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| 冷たい雨 |
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| セシーリカ [ 2006/09/14 1:31:03 ] |
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| | 夢を見た。 小さい頃、手を引かれて家に帰る夢。 手を引いているのは最初はおじいちゃんで、気がついたら兄さんになってて。 目が覚める直前は、一人で歩いていた。
そうだよなぁ、いつまでも手を引いてもらうわけにはいかないんだよなぁ、そんなことを思いながら目が覚めた。
喉が渇いたから、お水を一杯貰おうと思って居間に行くと、居間のソファでラスさんがしどけなく(用法謝り)寝そべっていた。 戻ってきたばかりらしくて、着替えも何もしていない。 部屋で眠ればいいのに、と思いながらも、近くにあった毛布を掛けてあげた。最近、朝晩は少し冷えるから。 ラスさんの格好だと、風邪をひきそうなくらいに。
「こんなとこで寝てたら風邪ひくよ」 一応、声は掛けてみる。 薄目を開けて、ラスさんがこっちを見た。何か呟いてるけど聞こえない……と思う間もなく、腕がするりと伸びてきた。 そのまま悲鳴を上げることも出来ずに、きゅっと抱き寄せられた。
思考停止。
頭まっ白。
何も出来ずにいるわたしの耳元で、ラスさんが囁き、そうして首筋にキスしようとする。 抱きしめられて頭に昇った血が、急速に引いて、……思わず腕を振り上げていた。
「………ラスさんの馬鹿!!」
我に返って突き飛ばしたのは、唇が触れる紙一重。 どうやって居間を出たのかは、もう、覚えてない。 それからどうやってラスさんの家を飛び出したのかも、解らない。 気がついたら、雨の中を、走っていた。
走り続ける。目的がある訳じゃない。ただ逃げたくて、遠ざかりたくて、必死で走った。 ……それでも、走りながら、囁き声が頭の中をぐるぐる回る。 あんなラスさんの声は聞いたことが無くて。 あんな風に、他の女の人には接してたんだと思うと、胸に穴が開いたような気分になって。 その理由に気がつき始めて、気がつきたくなくて、冷たい雨の中を必死で走った。
あの囁き声を聞くことが出来たその人を、心底羨ましいと思った。
…………あんなに優しく、「キリエ」と呟くラスさんの声は、きっともう、一生忘れられない。
結局ぶらぶらと街を歩き回って、暗くなってしまってから、むりやり気持ちに踏ん切りをつけてラスさんの家に帰る。 ファントーさんがまだ起きていてくれたらしくて、ドアを開けてくれた。 「ラスとカレンはまだ戻ってきてないよ。……って、セシーリカずぶ濡れだよ。どこ行ってたの?」 「あははー……ちょっと家に忘れ物を取りに帰ったんだけど、戻ってくる途中で降られちゃってさ」 「? 今日は一日雨だった気がするけど……」 「ごめん、疲れちゃった。もう寝るね。お休み」 「あ、お休み。ちゃんと身体拭かなくちゃ駄目だよー」
着替えてベッドに潜り込む。さっさと眠ってしまいたかったけれど、いつまでもいつまでも、眠りは訪れてくれなかった。 |
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| 友人の来訪 |
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| セシーリカ [ 2006/09/17 8:30:16 ] |
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| | 熱が出るだろうな、とは思った。 雨の中、体もろくに温めずにぶらぶらしていたのだから当然だと思う。 だけどここまできっちり熱が上がったのは久しぶりだった。 熱でぼんやりしながら、何も考えたくなくてうとうとする。 不意に、額に手が当てられて、その手の冷たさに、思わず目が覚める。
………また、熱が上がった。
「俺、何か言ったか?」 覚えてない、覚えてないよラスさんってば! 思わずがばりと体を起こして、まじまじとラスさんの顔を見る。
…その表情は嘘を言っている様には見えなくて、だから何て言い返していいのかもうわからなくなってしまって。 思わず泣きそうになって、布団に顔を埋めて、首を横に振った。 ラスさんが出ていく音を背中で聞きながら、布団に潜り込んで目をぎゅっと閉じる。 気づきたくない。考えたくない。眠れ眠れ自分。 もう気づいてないとは言い切れないくらいに大きくなり始めた何かを、必死で無視した。
騒がしい音で、いつの間にか眠っていた頭がゆっくりと覚醒してくる。 次に目を覚ましたときには、心配そうに覗き込んでくるファントーさんの顔があった。 何故かほっとして、体を起こす。 「大丈夫? うーん、まだ熱が少し高いね。サラマンダーに言って、少し楽にして貰おう。あ、あとね、薬買ってきたんだよ。少し袋が汚れてるけど、中身は汚れてないから」 そう言うファントーさんも、少し土汚れの付いた顔をしている。どうしたのかと尋ねると、不機嫌そうにぷくっと頬をふくらませた。 「そう、聞いてよ! ロビンったらひどいんだ。変な勘違いして、ラスがこの家に女の子閉じこめてると思ったみたいで。さっきまで入り口で大騒動だったんだよ。セシーリカは寝てたみたいだけど、起きてこられたらややこしくなってどうしようって真剣に冷や冷やしてたんだ」 ……その、詰めかけてきたロビンさんは、何でもカレンさんが強制排除したらしい。相当、カレンさんも怒っていた様で、想像すると、ちょっと怖かった。 「薬はここに置いて置くから、食事のあとに飲んでね。あ、あとさ、ユーニスが来てるんだけど。通してもいいかな?」 「ユーニスさんが?」
何でユーニスさんが、ここにいるのを知ってるんだろう。 首を傾げると同時に、とんとん、とノックの音が響いた。 |
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| 喧嘩の結末と、転章 |
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| セシーリカ [ 2006/09/19 2:07:39 ] |
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| | ユーニスさんと、イゾルデさんが帰ったあと。 心の中で、二人に感謝を捧げて、横になる。
荒療治ともとれる、ユーニスさんの質問。イゾルデさんの言葉。 でもそれらは鮮烈に、埋もれさせようとしていたわたしの本心をえぐり出していった。 好き、でいいんだよね、と聞かれて、頷いて。 ……すとんと、心の中の重苦しいものが、落ちた。
認めてしまうのが、あんなに怖かったのに。
うとうとと微睡みながら、夢を見る。 優しい夢だったのは覚えているけれど、どんな夢だったかは、もう思い出せない。そんな夢。 額に当てられた手が冷たくて、それが心地よくて、同じくらい心地いい夢からゆっくりと引き戻された。 「……目が覚めた?」 耳朶に沁みる柔らかい声。その声で、一気に目が覚める。 ベッドの脇の椅子に腰掛けて、兄さんが困ったように微笑んでいた。
「それじゃ、オレ、台所いるから。何か用があったら呼んでね」 兄さんを案内してきたらしいファントーさんが、気を利かせて出ていってくれる。しんと静まりかえった痛いくらいの空気。思いきって、わたしが謝ろうと、口を開き掛けて……。
「ごめん。僕がちゃんと話さなかったから、寂しい想いをさせたみたいで」 「ごめん、わたし、頭に血が昇って、ちゃんと話聞けなくて」
二人で同時に謝って、同時に顔を見合わせて、同時に笑った。笑いながら抱きついて、なんだかちょっとだけほっとして、思わず少し泣けた。
そのあと、兄さんが話してくれたことを全部纏めると。 兄さんが結婚するのは、今年で19歳になるお嬢さん。名前は、アシェリーというらしい。付き合いだしたのは4年前で、照れくさくてわたしには話せなかったらしい。 なんでも、「いかにも君と気が合いそうなお嬢さん」とか。それってどういう意味だコラ。 9月の終わりに家を出る予定、なのは、何でも奥さんの体調が優れないので、出産が終わってしばらくたつまで奥さんの実家に住むことにしただけらしく。 「君と、彼女さえよければ、一緒に住みたいんだけど。……彼女は、そうしたいって言ってくれてるし……」 なんて。
最後まで聞いてたらこんな喧嘩にはならなかった。少なくとも、腹を立てるのは結婚を黙っていたことだけですんだはず。 何でも、兄さんはあの後さんざんわたしを捜し回ったあげく、奥さんになる人に「なにやってんのこの馬鹿。さっさと探して詫び入れてこないと蹴るよ!」と怒られたらしい。 キアさんやアーヴさん、その他思いつく色んな場所を探して、神殿の方にも何度も足を運んで。 とうとう心当たりがここにしかなくなって、来たらしい。
兄さんが、何でも話さなくなったのは、聞かなかったわたしのせいで。 そう言えばユーニスさんは、雨の夜中にも兄さんがわたしを捜していた、と言っていた。 思わず本気で泣けてきて、ごめんなさい、と呟くと、苦笑して背中を撫でてくれた。 「あとで、ラスさん達にも謝らなきゃね。……まったく、男所帯に押し掛けるなんて」 「…ごめんなさい」 「謝るなら、僕じゃなくて、ラスさん達に謝りなさい。随分、気を遣わせていると思うから。…僕からも、謝るから」 うん、と頷いた。泣きすぎて、声なんかでなかった。
カレンさんとラスさんは、今日も遅いらしい。兄さんはファントーと一緒に台所仕事をして、わたしの部屋(くどいようだけど、元はカレンさんの部屋)で一緒にご飯を食べて、後かたづけまできっちりやってから、帰っていった。 ……本当は、連れて帰りたいんだけどね、と苦笑して。 ………でも、どうやら冷たい雨のせいか、はたまた女神の下さった罰なのか、なかなか熱は下がらないし、咳も止まらない。 ラスさんの家からわたしの家までは結構歩くから、風邪が完全に治るまでは結構な負担になるかもしれない、と。
毎日様子を見に来るし、何かあったら遠慮なく言ってくれと、兄さんは何度も頭を下げて帰っていった。 ファントーさんは、笑ってくれた。仲直りできてよかったね、と。
寝台に横になり、布団にくるまりながら、考える。 ……兄さんとの喧嘩の件が一段落したから、考えることは当然、ラスさんのこと。 頭の中がこんなにラスさんのことについてで一杯になるのなら、兄さんと仲直りしなきゃよかった、と不遜な考えが頭をよぎるほどで。
考えるだけで、体中が熱くなる。想うだけで、心が痛くなる。 べつに、恋愛感情というものを持つのは、これが初めてではないんだけれど。
心を落ち着かせるために、まずは深呼吸。目を閉じて、一つ一つ整理していく。 整理が突かなくなったままで突っ走って、失敗した。兄さんの件も、ユーニスさんとの会話も。 だからまずはこうして、落ち着こう。そして、一つずつ考えよう。
てはじめに……わたしは、ラスさんのどこに、惹かれているのか、とか。そう言うことの前に。 まず、どういってラスさんに、謝ろうかな、と。 |
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| 後悔 |
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| セシーリカ [ 2006/09/24 18:28:04 ] |
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| | 拳を振り上げたとき、視線が合った。 いいよ、というその目は、何故かとても辛そうで。 なんだか、わたしが苛めているような気分になって。
悔しくて、悲しくて、もうどうにもならない、と思って、飛び出した。
もともと、朝になったら帰るはずだったから、荷物は全部纏めてあった。 使っていたベッドの乱れを直して、背嚢をひっつかんで飛び出す。 追いかけては来ないだろうと思ったし、実際追ってくる人影はなかった。 それがまた、どうしようもないくらいに悲しくて、悔しくて、家までの道中、泣きながら走り通した。
……前を見る余裕がなかったせいか、何度か転んで、家に辿り着く。 まだ夜明けには少し早い時間なのに、家には灯りがついていて、兄さんが居間で本を読んでいた。 突然戻ってきたわたしに、びっくりして目を見開いて。 わたしは……何かがぷつり、と切れたように、兄さんに縋って大声で泣いた。 言わなければよかった、言わなきゃ、そりゃぎくしゃくはしただろうけど、今まで通りにいられた。 何より、悔しかった。 ラスさんが、わたしをカイさんと同じに見ていたことが。 わたしも、ラスさんを、同じように見ると思われていたことが。 …それに気がついて、気遣ってあげられなかった馬鹿な自分が。 ………なにより、「先のこと」を何も考えていなかった、どうしようもないこどもな自分が。
ひとしきり泣いてから、泥だらけの服を取り替えて、お湯で身体を洗って、ベッドに横になる。 兄さんは、目が覚めたら何か持ってくるからと言って、何度も振り返りながら部屋を出ていった。
胸元の聖印をまさぐる。無意識のうちにしてしまうことで、握りしめたら、少しだけ安心できるから。 ……でも、どんなに胸元をまさぐっても、聖印は見つからなかった。そう言えば、いつもつけていた腕輪もない。 床頭台に乗せたものは纏めて忘れてきたのか、と唇を噛んで、そのまま胸元をわしづかみにする。 …ぎゅっと痛んだ胸は、でもたぶん、わたしがラスさんに与えた痛みの、何分の一にもならないだろうと思いながら。
急に心細くなって、ベッドの中で小さく丸まって、毛布を頭まで被る。 ……大地母神、豊穣と慈愛の女神。御身の愚鈍な僕のわたしを、どうか許してください。 そして、助けてください。もうわたし、どうしていいのかわかりません。 苦しくて苦しくて、たまらないんです。傷ついていることにも、傷つけたことにも。
まだ少し汗ばむくらいの陽気のはずなのに、手足がひどく冷たくて、寒かった。 |
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| ささやかな覚悟 |
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| セシーリカ [ 2006/09/27 1:23:01 ] |
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| | こうなることは、解っていた気がする。
小さい頃から、自分が周りとは「違う」ことは何となく解っていた。友達がいなかったし、村の人たちもわたしには冷たかった。それでも暖かい家庭で育てられて、食べるものにも着る物にも不自由のない生活をさせてもらえて、幸せだったから、あんまり気にならなかった。 村を出て、冒険者として生活し始めて。周りの視線が、態度が、わたしが「違うもの」だというのをあからさまにすることに気がついた。「違うもの」だと言うことに、傷ついたのはたぶんその時が初めてかもしれない。だけど周りにはそんなこと気にしない仲間達がいて、わたしは、だから幸せだった。気にしないように、つとめていられた。
わたしは、みんなと違うものだけれど、みんなと同じ存在だと。それでいいのだと。
養父が老衰で亡くなって、そうでないかもしれない、と初めて思うようになった。おそらくは兄さんも、兄さんがいつか出会う人も、その子供も、たぶんわたしより先に老いて死んでいく。 神殿に勤めるようになって、同時期に神殿に入った同年代の子たちは見た目も態度もどんどんと大人になり、そうして結婚して子を為していく。 周りはみんな人間で、人間の社会だから当たり前で。その中でわたしだけが、違う時間にいる。同じ考えを持ち、同じように思うのに、それでもわたしは「違うもの」だ。
………そう言うことが、わかりはじめていたはずなのに。 わたしはどうして、こうも子供なんだろう。
兄さんとユーニスさんとでわたしが前後不覚になるまで飲み明かした翌朝。酒が残るようなことはなかったけれど、目は腫れているし喉は痛いしで気分は最悪だった。 顔を洗えば、少し気分が落ち着くだろうかとか考えながら一階に下りると、来客の応対をしているらしい兄さんがくるりと振り返った。 「センカ、ラスさんが来てるけど。……どうする?」
「会いたくない。今は会えない!」 ばたばたと自室に飛び込みながら、情けないほどに火照った頬を両手で押さえる。名前を聞いて、そこに存在すると思うだけでどうしようもなく顔が赤くなる。それは焦がれているせいではなくて(いや、ちょびっとはあるかもしれないけれど)、羞恥のせいで。 ラスさんは今更会って何を話そうと? これ以上、わたしは傷つきたくない。 それ以上に、ラスさんを傷つけたくない。 ラスさんがあんな態度を取る理由の一部になることを、ユーニスさんから昨日、すでに聞いている。 わたしの子供じみた感情は、感情にまかせた行動は、かつて好きになった人をどうしようもなく傷つけたように、またラスさんを傷つけてしまう。 だったら、今は会えない。まだわたしは、覚悟の答えを出していないのだから。
ラスさんは、夕刻にもう一度来た。夕飯の支度をしていた兄さんが、わたしの顔をちらりと見て、そうしてまた断りに行く。今度はもう少し長く話して、そうして戻ってきた。 「…今から仕事で街を出るから、しばらく来られないけど、また来るって。……いつまでそうやって拗ねてるの?」 「す、すねてなんかないよ」 「どうだかね。……食事にしよう。配膳手伝って」
その日の夕食の間中、兄さんはなにやら考え込んで不機嫌だった。そして、たぶんわたしも、兄さんの目には不機嫌に映っただろう。
どうしてラスさんは、何度も来るんだろう。 わたしに会って、どうしたいと言うんだろう。 もしも、と期待して、そんなはずはない、と落ち込んで。 ラスさんの問いかけた覚悟のことを考えて、そうしてわからなくなって。
たとえば、極論だけど。 ……半妖精が、誰かを好きになると言うことは、その好きになった誰かの子供を為すかもしれない、と言うことで。 産まれた子供は、ひょっとしたら親と違う子供かもしれない、と言うことになって。 でも、わたしにはそんな先が見えていなかった。 好きなら好き、それが全て。付随する何もかもを見ていなかった。
でも、と思う。やっぱり思ってしまう。わたしが子供だからかもしれないけれど、やっぱり思う。 生まれた子供は、親と違う子供だろうと、親と同じ「違うもの」であろうと。 かけがえのない、大好きな人との間の子供。愛情を注いで、全てを注いで、育て上げるべき宝物。 その辺は変わらない。だから、わたしは怖くない。
定められたときは一人一人違う。置いて行かれることは、寂しいことだけれど、自然なこと。置いていくこともまた然りで。 それでも、その間に紡がれた思いや、記憶や、そんなものは残された側に残り続ける。 それが幸せであるかどうか、わたしには分からない。だけど、それは、すごく自然なこと。 それがわたしの覚悟のようなもの。それでもラスさんが受け入れてくれなかったら……怖いけれど、それはそれで、一つの終わり方。
居間で編み物をはじめていた兄さんに、思いきって言う。 「次に、ラスさんが来たら、絶対会う。……絶対会うから、もしその時わたしが尻込みしたら、首根っこひっつかんででも引きずり出して欲しい」
わたしの覚悟は、覚悟でないかもしれない。だけど、兄さんは笑って頷いてくれた。 |
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| 好きになること |
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| セシーリカ [ 2006/09/29 23:15:14 ] |
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| | 「お前がいい」 頭の中を、ぐるぐると回り続ける、優しい響き。 好きだ、とか、愛してる、とかじゃないけれど、そんなこと言う人じゃないと言うのは分かっていたから。 精一杯の、その優しい言葉で、それだけで満たされる。
その後の居眠りで、ちょっと……いや、かなりむかっと来たけど。まぁ、信頼してくれてる証と無理矢理思う。 そうじゃなきゃ、腹立つって。もっぺん殴りそうになるって。……殴らないけどね。
眠りこけたラスさんが目を覚まして、帰ったのが夜になってから。 それから一人でご飯を食べて、一人でお茶して、一人で本を読んで眠った。 ……こういう風になると、一人って寂しくなるのかな、って思ったけど、不思議と寂しくない。 胸の奥の方で何かが満たされていて、それだけで、嬉しくなる。 のろけてるなぁ、と思いながら、その日一日は終わった。
次の日の朝に兄さんが帰ってきたので、報告する。心配をうんと掛けた分、まず謝ることからはじめた。 兄さんは、怒ってるような、悲しいような、何かを諦めたような表情を一瞬浮かべた後、よかったね、と微笑んでくれた。 なんでそんな顔するんだろうと思ってたら、「家に連れてくるのは目立たない程度に、程々にね」と釘をさされた。 なんでだろ。仲直りしたのに。 「だって、僕今日からアシェリー(注:嫁)の所にしばらく行くだろ? 家にはセンカ一人なんだよ? 神殿の宿坊も満室なんだし」 「そうだよ? んで、それとラスさん呼んじゃいけないことと何か関係が?」 「いや、だってね………ラスさん、可哀想に」 「???」
神殿の宿坊には戻れなくても、仕事はたくさんある。しばらく休んでいたから、その日はそのまま神殿に向かって仕事を片づけた。 普通にしていたつもりなのに、「なんだか嬉しそう」とか「表情が変わった」とか色々と同僚に突っ込まれてなかなか仕事が進まなかった。何かあったんだろう、話すまで返さないぞと言う子までいて、正直ちょっと辟易した。 そんなこんなで仕事は夜遅くまでかかってしまった。
夜も更けた道を、一人帰りながらふと考える。まるで怒濤のようだった、ラスさんちに泊まってからの一連の出来事を。 この出来事で、わたしの中の何かが大きく変わった。 それは不可逆的な変化だと今は思う。もう、知る前には戻れない。 大地母神は愛を説く。それだけではないけれど、愛し愛されることが人として自然なことだと説く。 わたしは、今までもそれに触れていたけれど。 もっと違う、それでいて今まで触れていたものと同じくらい重要な「それ」に気がついた。 わたしにとってのそれは、周りから見ていて変化に気がつくほど露骨で。 胸にじわりと広がっていく暖かさは、母神に祈りを捧げているときとひどく似ていて。 これが母神の説く、もう一つの愛なのだと強く思った。
目を閉じて、祈りを捧げる。胸に広がった暖かさに、もう一つの暖かさがふわりと広がる。 無性にラスさんに会いたくなって、その足で十六夜小路へと向かった。
星がとても綺麗な夜だった。 |
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| さんざんな仕事(1) |
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| セシーリカ [ 2006/10/18 2:17:14 ] |
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| | <10月15日 昼下がり>
秋の空は遠い。郷愁を呼び起こされると言う人もいる。 確かに、空を見ていると、胸がぎゅっと締め付けられそうな感情を覚えるときがある。 今そんな思いがするのは、きっと気のせいではなくて、本当に締め付けられているからだろう。 「……兄さん、胸苦しい」 「我慢しなさい」 「うわ、冷たっ」 「……しっかり固定しなきゃ。ひびが入ってるんだし。……自業自得って言葉知ってる?」 こんな目に遭うはずじゃなかったんだけどなぁ。と呟くと、兄さんは溜息をついた。 わたし達は、荷馬車に揺られて、オランを目指している。往路は確か、徒歩だったはずなのに。 私達を乗せてくれたおじさんは、しきりにわたしの怪我を心配して、揺れないか、とか大丈夫か、とか聞いてくれた。 もう半刻もしたら、オランにつくはずだ。
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「アルエ村で教導の任についている神官がいるのですが、今年は事情で報告が送れないということなのです。貴女今一番暇そうですし、報告書を取ってきてくださらないかしら」 そんな感じのことを神官長に言われて、アルエ村に向かったのはラスさんと風呂場で喧嘩した3日後。 アルエ村はオランから4日ほどしか離れていないし、それほど大変な仕事でもなさそうだ。ラスさんにもちょっと出かけることになった旨を告げるに留めた。兄さんにも伝えに行ったところ、お嫁さんの体調もだいぶいいらしくしばらく家に戻ろうと思っていたところなので、自分も行くと言い出した。…報酬でないぞ。
アルエ村の神官は、サラという名前の20代の女性だった。報告書を持っていけなかった理由は、何のことはない、彼女が旦那さんの子供を身ごもったから。……それなら旦那さんに報告書を持たせればよかったのに、とも思ったけれど、旦那さんは奥さんのそばを離れたくなかったらしい。兄さんはその話を聞いて少しばつが悪そうな顔をしていた。どうでもいいけど。 今年は大雨の影響で作柄があまり良くないらしく、村の裏山までちょこちょこ狩猟や採集に出ているらしいこと、それでも飢えることは先ず無いだろうこと等が書かれた羊皮紙の束をもらって、仕事は終わるはずだった。 けど。
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「………こんなことになるなんて思わなかったなぁ」 「まぁ、それは不運としか言いようがないね」 さらりと言って、兄さんは空に目を転じた。随分と高くなっている空を見て、ぽつりと呟く。 「命があった分、逆に幸運と思うんだね」
荷馬車は揺れる。オランの街が見えてきた。わたしの心に先ず浮かんだのは、安堵でも疲労でもなく、ただ、なんて言って謝ろうか、と言う埒もない考えだった。
(続く…?) |
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| さんざんな仕事(2) |
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| セシーリカ [ 2006/10/21 3:39:13 ] |
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| | ……そう、簡単な仕事のはずだった。 報告書を受け取り、その日は村に一泊して、翌日早くにとんぼ返り。それだけの仕事。 だけど、夕食後になって、「うちの子がまだ戻ってこない」と血相を変えた村の女性が飛び込んできた。
なんでも、アルエ村の外れには、古代王国時代の遺跡……というか、ちょっとした廃屋があるらしい。 学院の調査も既に終わっているとのことで、枯れきった何の危険もない遺跡だけれど、一応村人は近づくことを禁止していて。 それでも、やっぱりこどもたちはそう言うところで遊びたがるもんだ。今回いなくなったのも、そこでよく遊んでいた子供のうちのひとりらしい。 廃墟だから魔物は出なくても、崩落なんかの危険はあるから。もしそうだったとしたら人手は多い方がいいけど、大人はそこには怖がって近づかない。
「わたし達が行くよ。サラさんはここで待ってて」
……結局、わたし達が子供(ハロルド君、と言う名前らしい)の捜索に出ることになった。
………。 遺跡は確かに枯れ果てていた。崩落の危険がなければ、きっとこどもたちの素敵な秘密基地になっただろう。 その中を兄さんと二人で慎重に探した。だけど、誰もいない。子供はここにはいないんじゃないか、なんて思って、それでも地下に延びる階段に踏みだそうとして。
……兄さんが、そこにうずくまる「誰か」に気がついた。 黒い肌、尖った耳、苦しそうに肩で息をしながら、それでも空気のようにそこに潜んでいた「誰か」。 それが「誰か」なんて、もうわたしにも分かっていた。
あらかじめ、明かりの魔法をかけておいたメダルを兄さんが放り投げる。明かりに照らされた黒い彼は、案の定深手を負っていた。服に一日の染みが茶色く変色していたから、昨日今日の傷ではないだろうと思った。
「……ここで何してるの?」 エルフ語で尋ねると、エルフ語で返答が返ってくる。…でも、エルフ語にしては、随分と響きの悪い、耳に触る言葉で。
要約すると、数人の仲間と行動していたけれど、自分は深手を負って仲間と別れざるを得なくなり、たまたま近くにあったこの廃墟に身を潜めて傷が癒えるのを待っている、と。子供は知らないし興味もない。自分が見つかりさえしなければ、別段面白くもないし殺したりはしない。そうも言った。 ……とんだ遭遇だった。だけど、彼をこのまま放っておくことも出来ない。何しろダークエルフだ。放っておけば色んなところで悪さを繰り返す。 ここで止めを刺すのは、たぶんすごく簡単だろう。兄さんもそう思ったらしくて……でも、私がそれをできそうにないとも思ったらしくて、不安そうにこちらを見てくる。
……わたしの懊悩に気がついたのか、彼は唇を歪めて、下卑た笑いを浮かべる。 「…どうした。殺さないのか」 「……抵抗も出来ない相手を殺すのは、悪趣味だと思わないか? 第一、自分の身に危険がないのに刃を抜くのは、自然なことじゃない」 震える唇をぎりっと噛んで、それだけを告げる。彼は更に笑った。 「随分と余裕だな。そんなに自分の手を汚すのが嫌か? 俺を別の誰かが殺すことでも望んでいるか?」 「そうじゃない。……そうじゃないけど」
………相手は、放置すれば確実にまたどこかで誰かを苦しめるだろう。 彼に殺された人や、泣かされた人だって、きっといる。
……だけど、だからといって殺してしまうことは、わたしにはきっと出来ない。無抵抗な相手に刃を向けることは、固く固く禁じられたこと。女神の御心にも、そしてわたし自身の信念にも。 だから、彼に背を向けた。我ながら、天晴れすぎるほど、油断していた。
精霊語の詠唱が響く。兄さんが声を上げるのと、わたしが振り返るのは同時。呼び出された光り輝く槍が形作られていくのと、わたしの腕が上がるのもほぼ同時。 でも、槍が投げられる方が、わたしの行為が完成するより、少し早かった。
………それからのことは、おぼろげにしか覚えていない。 剣を抜いて斬りかかって、気弾で胸を打たれて、兄さんが光の矢を撃って。そこから剣を捨てて、ダガーを抜いてつかみかかって。
彼の胸をダガーで突くのと同時に、最後の気弾を食らって、意識が飛んだ。
目が覚めたら、サラさんの家で。 何とも言えない顔で、子供は無事だった(廃墟ではなく、廃墟の裏の日当たりのいい場所でうっかり寝こけて帰りそびれていたらしい)旨と、帰りが遅いから迎えに行ったら、遺跡の入り口でわたしを抱えた兄さんがへばっていたのを見つけて、慌てて連れて帰ったこと、切り傷や擦り傷は癒したけど、ひびの入ったあばらと右腕は癒しきれなかったという怪我の説明を受けた。 どうして怪我したのかの説明も、兄さんがしたらしい。サラさんは、子供を叱る母親のような顔で、わたしをずっと見ていた。 ………物凄く情けなくて、帰って心配かけてしまったことが申し訳なくて、わたしはもう、それから村を出るまで、何も言えなかった。
それが、この仕事の顛末。
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兄さんが出かけて、一人で自宅の自室の寝台に転がる。オランに戻って五日、わたしの熱も下がったから、お嫁さんの所に戻ったのかもしれないし、ラスさんに帰った旨を伝えに言ったのかもしれない。 ラスさんは、この顛末を知ったらどう思うだろう。怒るだろうか。嘆くだろうか。 そのままにしておけば、先ず間違いなく他者に悲しみをまき散らす存在に、忌むべき相手に情けをかけて、あまつさえ無謀にも背を向けたことに。 そうして、無駄に怪我をして、結局かけた情けも無駄にしてしまったことに。 ……何より、無用の心配を与えたことに。
窓の外を見る。夜更けの街に、静かに雨が降っていた。腕が組めないから、左手で聖印を握りしめて、目を閉じて祈る。
慈悲深き大地母神、母なるマーファ。 手にかけてしまった忌むべき彼の、次の生が光のもとにありますように。 そして……そして、もしもわたしのしたことが間違いなら、他の誰でもなく、わたしに罰を下さい。 わたし以外の人が、この件で泣くことがありませんよう。
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| ないしょのおでかけ |
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| セシーリカ [ 2006/10/26 1:08:41 ] |
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| | あれから、ラスさんはほぼ毎日通ってくれている。仕事の合間を縫うようにして、お菓子を持って。 右腕も胸も、よほど無茶な動きをしない限り、もう痛まない。そろそろ散歩に出たいなぁ、と言ったら、まずは同伴で、と言われて諦めた。 ちょっと、恥ずかしいってのもあるけど。
「明日は来られないの?」 夕食後、デザート代わりの梨を食べ食べ尋ねると、温い紅茶を啜りながらラスさんが溜息混じりで頷いた。 「明日は一日、店巡りだ。帰ってくるのは明日の夜遅くだから……」 そこからの話は、(ラスさんには本当にごめんだけれど)殆ど耳に入らなかった。 どうしても、ひとりで行きたい場所があった。仕事を済ませたら、真っ先にいこうと思っていた場所が。 そこに行ける、それだけでもう、頭がいっぱいだった。
翌日。 一応念のために、軽く身体をひねったり、ジャンプしてみたりして、痛み具合を確かめる。 ……ん、大丈夫。全然痛くない。 これなら、散歩がてら、あそこに行っても大丈夫だなぁ。そう思って、意気揚々と家を出た。
心地よい秋の風を全身に感じて、目的の場所へ急ぐ。食っちゃ寝してた、もとい静養に努めていたせいか体が少し重く感じられる。全快のお墨付きをもらったら徹底的に鍛え直しだなぁ、とか考えている間に、そこに辿り着いた。 すずかけ通りの片隅、小さな宝石屋。 店舗の規模もあって、あまり品揃えは豊富ではないけれど、店主にして細工師のドワーフのおじさんの腕はきっちり確かだし、店に置いていない宝石でも、ある程度の余裕を持って頼めば希望通りのものをいい品質で揃えてくれる。…値段は良心的とは言えないけれど、ぼったくりと言うほどでもない。まぁ、妥当なところだと思う。 わたしはこの店で、一度小さなサファイアの原石を買ったことがある。ラスさんの目の色と同じ宝石を、海に出るラスさんのお守りがわりに、と。 そして今回、仕事を受ける前に、わたしはまたサファイアを注文していた。同じ色の、今度は小ぶりだけど綺麗なカットの宝石を。
もうすぐ、誕生日だから。 来なければいい、とか、早く過ぎればいい、とか、そう言うことしか言わないラスさんの誕生日に贈ろうと、実は結構前から決めていた。 こういう関係になって、初めて迎える誕生日だから、ちょっと心に残るものを上げたいな、と思って、真っ先に思いついたのが、どこまでも青い、この宝石だった。 それほど予算がないから、大きなものはあげられない。だったら、ピアスを。今ラスさんがしているピアスに似た、でもちょっと違うデザインの、邪魔にならないピアスを。
綺麗に包んでもらって、代金を払って店を出る。家に帰りながら、高い高い秋の空を見上げた。
失敗は失敗で、後悔してもくよくよしても失敗したという事実はもう変わらない。だから、もうこれ以上この仕事の件でくよくよするのは止めようと思う。 ……でも、ひょっとしたら、これをこうして受け取ることが出来なかったかもしれない。帰ってこられずに、あのおじさんの店にいつまでも置いておくことになったかもしれない。そのことは忘れずにいようと思った。 情けをかけることは行けないことだとは思わない。でも、かけ方と、かける相手を間違えちゃいけない。きっとそう言うことなんだと思うし、今から冷静に考えればいくらでも対処は出来ていたと思う。 次にこんな目にあったときに、同じ失敗をしないように。…わたしが助かったのは、きっとそう言うことだろう。そして、自分の選択で、傷ついたら心配したりする人がいることも、そのありがたみも身に沁みた。
心配かけちゃった分、ラスさんにはうんといい思いさせてあげたい。それだけが理由じゃないけど、素敵だったと思えるような誕生日を迎えて欲しいと思う。
とりあえずこのプレゼントは、当日まで内緒。 そして、次にラスさんが来たときには、心配かけてごめんね、じゃなくて、色々気にかけてくれてありがとう、って言おう。
自宅に戻ったとき、玄関でむっつりした顔で待っていたラスさんに言い訳するのに苦労したのは、余談。 |
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| 真夜中の騒動 |
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| セシーリカ [ 2006/12/03 0:33:41 ] |
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| | その日は施療院の夜勤の日だった。 夜明けとともに起き、夜になれば眠る。それが自然だと説いているマーファ神殿だけど、夜に起きて仕事してる神官がいないわけじゃない。 予断を許さない重病人や、突然担ぎ込まれてくる急病人。夜中に痛みを訴える入院患者の面倒を見たり、果ては夜泣きの子供を抱えて一晩歩き回ることだってある。そんな状況に対応するための、何人かの神官が、施療院には詰めている。 その夜は、幸いにしてそれほど忙しくなかった。……夜半過ぎに急患が運び込まれてくるまでは。
「ラスさん!?」 運び込まれてきたのは、よく知る人間で。白い顔で意識を失って運び込まれてきたときには、さすがに頭の中が真っ暗になった。 担ぎ込んできた人が、他の神官に何やら状況を説明してるようだけれど、その言葉が耳に届かない。とりあえず来ているものを急いで脱がして傷口の検分をする。傷自体はそんなに深くない。問題は……。 「毒ね。そんなに強い毒じゃないみたいだけど」 同僚のフレデリカが傷口を見、血の色を見、そして臭いをかいで断言する。フレデリカはそれほど強い奇跡が行使出来るわけではないけれど、その知識においては同期の誰もが彼女には及ばない。力強い彼女の言葉に、わたしはこくりと頷いた。 「やれるだけやってみる。…あとはよろしく」 傷口に手を押し当てて、目を閉じる。助けたい。助かって欲しい。動揺する心をその思いだけでひとつに纏めて、女神に解毒の奇跡を願った。
…毒も抜けて、容態も安定したので、とりあえず個室のベッドに移す。 「ねえねえセシーリカ」 「何、フレデリカ」 「この人が、あんたのよくいう『ラスさん』でしょ」 ………しまった。 「まさかセシーリカが、寄りにもよって『花街の王子様』と付き合ってるなんてねぇ」 「ふ、フレデリカ声大きいよ」 「大丈夫よ。ここ個室だし。…そうかぁ、セシーリカの彼氏かぁ。…まぁ、見た目は及第点かなぁ。あたしとしてはもうちょっと背が高くてがっしりした方が好みだけど」 何も言えなくなって、ベッドに寝かせたラスさんの体を拭いて寝間着を着せる。いつもは手早く出来ることなのに、なぜだか妙に慌てて時間がかかった。 「ねえねえ、セシーリカ」 「今度は何だよ、もう。手元が狂うじゃないか」 フレデリカがにんまりと笑って、覗き込んで言ってきた。
「どこまでいったの、あんたたち」
大地母神マーファよ。そろそろ勘弁してください。 とりあえず、ラスさんの目が覚めたら一発殴ろう。フレデリカにからかわれながら、決意した。 |
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| いろんな意味で受難の日々 |
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| セシーリカ [ 2006/12/10 1:27:05 ] |
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| | <12の月 8の日>
「はい、入院延長」 院長先生がにこやかにラスさんに宣告する。対するラスさんは思いきり顔をしかめて、それでも反論出来ずに唸っていた。 …確かに「自力で帰れるならいいよ」とは言った。 言ったけど、本当に帰ろうとして外にでるとは思わなかった。 しかも、まだ本調子じゃなかったせいか、突然曲がり角から飛び出してきた子供(農園の手伝いの子。泥だらけ。ちなみに女の子)とぶつかって転がるところを、しっかりと見てしまった。 とどめとばかりに、そのせいで開いた傷口が化膿。…大したことはないけれど、やっぱり退院は無理と言うことになった。 ……ええと。同情の余地はあんまりなさそうだけど、それでもちょっとかわいそうかも。
「まあ、よかったじゃないか。しばらく仕事は休みなんだろ? ゆっくり出来るって思えば」 「イェティとフレデリカがいるのにゆっくりなんかできるかよ……ああ、くそっ」 「……あのさ、院長先生のことイェティって呼ぶの止めようよ」 あんまりにもはまりすぎてるから、その呼び名が施療院の中で(影で、ではあるけど)定着しかけてる。かなりやばい。 そりゃあ、前に脱走を計ったときに小荷物扱いで運ばれたこととか、その前に脱走しようとしたときに首根っこつかまれて戻されたとか、色々とプライドが傷つくようなことはされてるけど。 自業自得だし?
そう言えば、ラスさんとフレデリカ、ちょっと様子が変。 なんか、二人で隠し事してる雰囲気がある。二人でこそこそ話してたり、わたしがなんの話か混ざりに行くと、決まって「何でもない」って言われたり。 何か二人で隠し事してるみたいだ。それがすごく、気になる。胸がざわざわする。酷く、いやな気分になる。 そして、そのいやな気分になる自分が、更にいやになる。 たぶん、これは嫉妬だ。何しろフレデリカは女のわたしから見ても美人の部類にはいると思うし、体つきだって女性らしい。……ラスさんを信じてないわけじゃないけど、フレデリカは、男好きだからなぁ。ラスさんは据え膳はほっとかないタイプだし。
何か、入院延長が、わたしにも変な影響を与えているような気がする。 院長先生は、そんなわたしの視線を受け流して、大きな背中を丸めてお茶を啜った。
夕食の時間。 「ねえセシーリカ、どうしたの? 怒ってるの?」 「…別に、そう言うわけじゃないよ。ただ、二人ともやけに仲がいいなぁって」 フレデリカから話を降られて、わたしは思わず言ってしまった。言ってからしまった、と思うけど、フレデリカがにんまりと笑うのを見て諦めた。 「あら、妬いてるの? 大丈夫よ。ラスさんはセシーリカの手中にあるも同然なんだから」 「な、なんだよそれ。やめてよからかうの」 「からかってないわ。それに言っておくけど、わたしは確かに彼と話をしたけど、内容は『これ以上変なことを教えるな』ってことよ? キスとか腕組みとか」 なるほど。それならわたしが混ざれないのも納得出来る。かも。 「と言うわけで、今度こそほんとにラスさんが泣いて喜ぶこと教えてあげるわ。罪滅ぼしよ」 フレデリカがにっこりと笑って言うので、わたしは半信半疑でその話に耳を傾けた。
消灯後。 ラスさんの病室で、取り留めもない話をする。それが、ラスさんが入院してからのわたしたちの日課だった。 話の終わりには、その……どちらからってわけでもなく、キスするんだけど。 その時に、フレデリカに言われたとおりにした。 「………――――――っ!! 痛てててててっ! 離せ、馬鹿!」 悲鳴を上げて、ラスさんが暴れる。うなじで束ねていた髪を思いきり引っ張る手の力を緩めて、びっっくりして見上げると、少し涙目で髪を押さえているラスさんがいた。 「セシーリカ、お前何すんだよ!」 「えっ、だってフレデリカが言ったんだよ。『うなじで髪を結んでる人にキスするときは、その髪をぐっと掴んで引っ張るといいのよ』って」 「………俺言ったよな。あいつの言うこと信じるなって」 「えー。だって、フレデリカは『今度こそほんとにラスさんが泣いて喜ぶ』って言ったよ?」 「お前少しは学習しろよ。……確かにこりゃ泣くけどさ……」
…………。 わたしひょっとして、フレデリカにからかわれてる?(今更) |
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| 気遣いだとは思う |
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| セシーリカ [ 2006/12/15 2:11:00 ] |
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| | 「傷口も綺麗になってきたし、ふむ、これなら数日で退院許可を出せそうだな」 「あと数日もかよ!?」 「何ならあとひと月くらい入院していてもかまわんよ?ベッドの空きがないなら院長室で」 「冗談だろ!?」
今日も、院長先生とラスさんは仲良く喧嘩している。 数日で退院出来る、と言うところまで何とかこぎ着けて、わたしもほっとした。
退院したあと、ラスさんはしばらく仕事の予定はないらしい。わたしも、今年は久しぶりに年末が暇だ。年末に非番が回ってくるなんて、何年ぶりだろう。 施療院の掃除をしながら、上機嫌なわたしは同じく上機嫌なフレデリカに声をかけてみた。 「ねえねえフレデリカ、年明けのお祈りが終わったら、どこかでちょっとお茶でもしていかない? わたしね、年末年始、非番なんだ」 フレデリカは、わたしの顔を見て、嬉しそうににっこり笑って…少し意外なことを言った。 「あらー、非番でいいわねー。わたしは今年、年末年始はびっちり仕事なのよ。ああ、残念だわ♪」 あ、残念。……って、何でそんなに上機嫌なんだ? 鼻歌まで歌ってるし……。 「な、何そんなに笑ってるんだ? ねえ、わたしなんか変なこと言ったかな」 「何でもないわよー♪ ほんと残念、残念ねー♪」 ………???
夜、自宅に戻る前にラスさんに会おうと思って病室に行くと、何やら話し声が聞こえた。 この声は……フレデリカ?
「……いいこと、わたしがこれだけきっちりお膳立てしてるんだから、そろそろちゃんと覚悟決めなさいよ」 「んだよ覚悟って…」 「わかってないとは言わせないわよ? あたしとは一日経たずにそうなったでしょ。あんまりほっとくと、本気じゃないのかもって思われちゃうわよ」 「いや、ほっといてねぇよ!」 「だって、まだなんでしょう?」
ラスさんが黙り込んだ。……何がまだなんだろう。 …フレデリカの会話は、なおも続く。
「ともかく、わたしも今回は家に帰りたくないのよ。いい年だからって親が縁談持ってくるのに飽きちゃったし。だから、セシーリカの年末の仕事、こっそりわたしの仕事にしちゃったわ。ラスと過ごす時間を多くしてあげようって思ったんだけど……」
それで年始が非番だったのか。納得して、ゆるゆるととある感情が頭をもたげてきた。
「………リカ」
部屋の扉を開けて、声をかける。ラスさんのベッドに座り込んで、キスしそうな勢いで顔を近づけて訴えていたフレデリカが、びくりと振り返った。 近すぎ、近すぎ!
「あ、あらセシーリカじゃない。ああそうか、そろそろラスさんとお話しする時間よねー。いいわねー」 「いいわねーじゃない! リカ、何勝手なコトするのー!? 別に年始お休みしたいなんて頼んでないし!」 「勝手な事って何よ! わたしはセンカのこと考えて」 「それが勝手なことなのー! リカだけが負担することないじゃん!」 「わたしがやらなきゃ誰が変わりやるのよ!」
ぎゃあぎゃあと言い合うわたし達の視界の端で、ラスさんが溜息混じりに「…退院してぇ」と呟いた。 |
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| 退院おめでとう? |
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| セシーリカ [ 2006/12/24 2:03:38 ] |
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| | 「やれやれ、ようやく退院かよ」 「長かったな」 荷物をまとめて、病室を出る。伸びをするラスさんの後ろで、カレンさんが笑っている。 「ほんと、長かったわよね。傷口が化膿しなきゃ今頃とっくに帰れてたのに」 フレデリカもそう言って笑う。 「もう退院か。残念、全く残念だよ。寂しくなるねぇ」 イエt……ヘルムート院長もにこにこしながらそう言った。退院する患者に残念なんて言うんじゃねえよ、とラスさんは苦笑いで答える。
荷物を抱きかかえたまま、わたしだけが笑ってない。
施療院の出口で、カレンさんに荷物を渡す。またね、と手を振って二人を送り出して、神官用の詰め所に戻ると、フレデリカがお茶を淹れていた。 「いい加減、機嫌直して、お茶でも飲んだら?」 「わざわざなおさなきゃいけないほど機嫌も性格も悪くありません。残念でした」 「……充分機嫌悪いじゃないの」
当たり前だ。何度騙されたと思ってるんだか。 いや、信じるわたしも悪いんだけど。ってか信じざるを得ないほど無知な時点で既にわたしが悪いこと決定なんだけど。 「……確かに、色々と嘘を教えたのは悪かったと思ってるわよ?」 まったくだ。 「でも、それはほら、セシーリカの知識を試す一面もあったわけでさ」 ……いや、確かにびっくりするくらい自分が無知なことはわかったけど。 「それにほら、これでちゃんと色んな事覚えられたでしょ?」 …………いやいやいや、確かに覚えたけど!(赤面)
「ともかく、悪かったわ。ちゃんと謝るわよ」 「……ふぅ。それで、次はどんなこと教えてくれるの?」 フレデリカが素直に謝ったときは、たいがい次に「新しいナニカ」を教えてくれる。その生もあって思わずわたしがそう尋ねると、フレデリカはくすくすと笑った。 「あら、もう教えないわ」 「………? なんで?」 きょとんとするわたしに、フレデリカは悪戯っぽい笑みで答える。 「だって、これからはちゃんとラスが教えてくれるもの。どんなこと教わったか、ちゃんと教えてよね?」 「………は?」 「愛っていいわねぇ、男女の愛だって女神が守護する立派な愛よ。突き詰めればそれが家族愛へとじわじわ成長していくわけだし?」 「いや、何言ってるのかよくわからないんだけど!?」 「そのうちわかるわよ♪ ああ、楽しみね♪」
もうすぐ、今年も終わろうとしていた。だけど、フレデリカのからかいは、当分終わりそうにない。
余談。
「退院おめでとう。それでさ……わたしが言ったこと覚えてる?」 「……なんだっけ」 ラスさんの家、居間。快気祝いのちょっとした酒宴の準備中。ふと思い出して、わたしはラスさんに尋ねた。案の定ラスさんは、気のない返事でソファに寝そべってる。 「退院したら………」
ばきっ★
「〜〜〜〜っ」 「殴るって言っといただろ? ……もう心配かけるなとは言えないけど、心配した分のお返しはさせて貰ったよ」 「……いってぇ……また入院させる気かy」
どかっ。
とりあえず、その夜のお酒は美味しかった。 |
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| ご無沙汰の理由(?) |
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| セシーリカ [ 2007/04/22 23:27:56 ] |
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| | 「おさるさんみたいだったのに、随分まるこくなったねえ」 あからさまに嫌そうな顔をする兄さん…リデルを横目に、ゆりかごの中でうとうとしている小さな生き物の頬を指でつつく。まだ首すら座ってないその小さいのは、唇をほにょほにょと動かした。 「うう、可愛いねえ。いつ見ても可愛いねえ」 「はいはい、あんまり突っつかないの。ようやく寝た所なんだから」 ぺり、と音がしそうな勢いで、赤ちゃんから引きはがされる。ちぇー、と口を尖らせるけど、兄さんは構わずに襁褓を畳む作業に戻った。
ここは兄さんの奥さん(名前はアシェリー)の実家。ふたりは奥さんの妊娠が発覚してから結婚して、出産してしばらく落ち着くまではここで生活していた。 わたしも時々、奥さん……もとい、姉さんの様子見のために通っていたから、姉さんともすっかり仲良しになった。見た目は本当に兄さんとお似合いの、愛らしい人なんだけど……兄さんが「本当に君と気が合いそうな子だ」と行ったとおりの性格の子だった。まあ、おかげで出産に立ち会ったり、こうして姉さんが疲れて休んでる間に子供の面倒を任せて貰えるほどには仲良くなれたけど。
そう、兄さんの子供が生まれた。4の月の2日に。 それまでも神殿の仕事なんかで色々忙しくて、なかなか自宅に戻れない日が続いていたけど……生まれてからは、なおのこと帰れなくなった。 何しろ生まれたばかりの赤ちゃんというのは、四六時中泣くわけで。相手するお母さんは産後の疲れと泣きわめく赤ちゃんの相手でへろへろで。 とりあえず赤ちゃんの相手と産後疲れの回復に専念出来るように、それ以外のこと…襁褓を洗ったりとか、ご飯の支度とか掃除とか……は、兄さんとわたしとで分担してやるようになった。姉さんのお母さんは、仕立屋をしているから手伝いたくても手伝えないし。
となると。 ふと思うわけで。
そういえばわたし、最近全然ラスさんに会ってない気がする、と。
話を聞く所によると、ラスさんは最近夜の仕事(別に花街関係の仕事、ってわけじゃないよ)が忙しいらしく、どのみちわたしとはすれ違うばかりなんだと言うことが分かってる。 ……わかってるけどさ、やっぱり「寂しい」と思うのは自然なわけで。
赤ちゃんが生まれて二十日ほど立ったし、随分落ち着いてきた。 もうすぐ兄さんと姉さんが家に戻ってくるし、兄さんもしばらく仕事がないから姉さんの世話に専念出来るって言ってたし(現に、わたしがいると気を遣うらしいし)、一度家に戻って、ちゃんと掃除でもして、ついでに時間作ってラスさんに会いに行ってみようかな。
そんなことを思いながら家に帰って……気がついたら、ほぼ半日爆睡してたのは秘密で。 |
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| 転章 |
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| セシーリカ [ 2008/07/13 13:59:22 ] |
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| | それは、六の月の中頃。 それも、気がついたのは自分ではなかったし。
初めはなんだか熱っぽくて、ぼーっとしてた。 何をしてもすぐ疲れて、それが二、三日続いたところで、兄さんが気がついた。 「風邪かもしれないけど……」と物凄く気まずそうにしながら、わたしにとある可能性を耳打ちして。
思い当たる節はいくつかあった。 けれどどれも確証は持てない。 恥ずかしい話だけれど、月のものだってそう順調な方ではないし。 だから安心していたところがあるのかも知れなかった。
それから更に二、三日して、それまで対して気にならなかった市場の香辛料の匂いや、焼きたての肉の匂いが妙に鼻につくようになった。 神殿で初めて食事を残した。
それで、ああ、きっとそうなんだな、と確信した。
確信はしたけれど、どうしても言い出せかった。 ……嬉しくないわけじゃない。 わたしの人生の上にはあり得ないだろうと諦めていたことが現実になったわけだし。 不安はいっぱいあるけれど、わたしはとにかく、嬉しくて仕方なかった。
ただ、本人に告げたときの顔を想像することが怖かった。 そもそも、ラスさんは好き嫌いが激しい。これから伝えようとすることは、まず間違いなく「好きなこと」ではない。 伝えたときに向けられる視線を想像すると足がすくむ。最悪のことを考えて手が震える。 どんなことを言われても自分の中での結論はひとつだけれど……それで無くすかもしれない事が怖かった。
だってわたしたちは、確かに好きあってはいるけれど、思いを言葉にしたけれど、約束をしたわけではないから。
……思いきってカレンさんに相談して、優しい言葉をもらって。…ちょっと直球で聞かれて、どきっとしたけど。 それで勇気は出た。伝えなきゃ行けないことだし……と。
それから数日、お互いの仕事がすれ違ったけれど…… 仕事上がりと暑さでぐったりしている所に追い打ちをかけるみたいになったけど。
七の月の最初の日の昼、一眠りから起きてきたラスさんをつかまえて、口を開いた。
「あのね、わたしね、……出来たみたい」
……自分で言った言葉のはずなのに、遠くから誰かが言ってるように聞こえたのは、どうしてなんだろう。 |
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| 落胆していないことへの落胆 |
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| セシーリカ [ 2008/09/18 15:17:43 ] |
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| | 下腹部を撫でて、思わずため息。 「いや、ここまで症状が似ていたら、間違えても仕方ないですよ」 ………と慰めてくれたのは、前にかかったのとは別のお医者様。 「でも、体をきちんと治せば、きっとまたチャンスはありますよ。気長に行きましょ、気長に」 軽い口調でばんばんと背中を叩いてくれた。 ありがたいけど、痛いっつの。
カレンさんに連れて行ってもらったお医者様は、チャ=ザの信者さんたちが懇意にしているとか言うお医者様。 なんというか……カレンさんをぎゅっと20歳ほど老け込ませて、おなか周りを倍にした感じ。 励まそうとしてくれるのか、努めて明るく話してくれたけれど……。
…正直な話、思ったほどがっくりとはきていない自分がいる。 ああ、やっぱりそうなんだー、という思いの方が、大きい。
「どうだった?」 付き添ってくれたカレンさんに、出来てなかったみたい、というと、ほんの少しだけ落胆した顔で「そうか」って言った。 あれ、なんかカレンさんの方が落ち込んでるように見える。 「それじゃ、風邪? それとも……」 「うーん。ここ数日のは風邪っぽいって。でも、ちょっと胃が弱ってるから、風邪が治ったらそれも治しましょうって言われた」 「胃が弱ってる…?」 「んー。すとれす?」 「いや、俺に疑問系で言われても困るんだけど」 そんな感じで話しながら帰路についた。
…正直に言うと、本当に、出来てなかったことについて落胆はしていない。 ほっとしているかというと、そうでもないんだけど。 そりゃ、出来てたら出来てたですごく嬉しい。出来たかもって話して、受け入れてくれたラスさんのことのこととか思い返すと、いまでもやっぱり幸せな気分になる。
わたしは精霊の力とか、そんなのはちっともわからないけれど、わからないなりに、何かを感じていたのかな、と思う。 理論も何もない、嗤ってしまうような夢見た考え方だけど。でも、きっと、命が宿ったら、どこかで何となく、それはわかるんだと思う。 神殿のみんなには「もー、早とちりなんだからー」とかからかわれるんだろうけど……。
「セシーリカ?」 呼ぶ声に我に返る。どうやら黙り込んで、考え事をしていたらしい。見上げると、カレンさんが心配そうに見て言う。 「あー……やっぱりショックだった?」 カレンさんなりに気遣ってくれてるのか、いつもとちょっと違う口調。 「んー、ぬか喜びさせちゃった、っていうのはちょっと落ち込むな。がっかりさせちゃったかも、とも思うし」 おめでとうを言ってくれた顔が、がっかりするのを想像すると、さすがに胸が痛い。 「でも、わたし自身はそんなに落ち込んでない」 「…あれ?」 「うまく言えないんだけど……落ち込んでないことにちょっと落ち込んでるけど……」
とりあえず、ラスさんはどんな顔をするんだろう。 落ち込むのを見るのはつらいけど、ほっとした顔を見るのはもっとしんどい。
……とりあえず、ラスさんが仕事から戻ってきたら、正直にちゃんと言おう。 |
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| お仕置き |
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| セシーリカ [ 2008/12/30 23:43:47 ] |
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| | (PL注:ラスの宿帳「続々・日常」#{386}「見慣れた天井」の続きです)
「馬鹿」 ヘルムート院長の笑い声と同時に飛び込んで、最初に口に出たのはそんな台詞。 院長が振り返り、ラスさんが固まる。
運び込まれてきた時はもう峠は越してたけど、かなり危ない状態だったことは確かで。 奇跡を願ってくれたカレンさんにも、そして幸運神にも、どんなに感謝してもしたりない。 カレンさんに説明してもらった時は、思わず少し泣いてしまった。
……なんてことは、どうせすぐ知るんだろうけれど、今は絶対に言ってやらない。 「少なくとも明日までは、退院は無理だからね!」 照れ隠しに、やや大きな声になってしまう。またヘルムート院長が笑って、言葉を引き継いだ。 「言いたいことは言われてしまったねぇ」 「……やっぱり」 「……………まさかホントに退院したいなんて言ったのか?」
「今年一年、施療院には運び込まれない」 それがラスさんとの約束。 そろそろ達成できそうだったし、なによりそれほど危険な目に遭っていないというのは喜ばしいことで。 何かお祝いをしようと思って、焦がしたお鍋を新調することに決めていた。 そこそこ良いお鍋だったというかわいそうなお鍋の代わりになるようにと、奮発してドワーフの職人さんにお願いして、無理を言って新年までに一式をあつらえてくれるように取りはからっていた。 それをラスさんに話したのは、12の月も終わりにさしかかってきた頃。つまりついこの間。 ラスさんが運び込まれてきたのは、折しも完成の連絡があったその日だ。
ヘルムート院長が「明日の診察次第では退院して良い事にしよう」とすこし残念そうに言って部屋を出ていった後。 「……なぁ、やっぱり怒ってる?」 寝台の橋に腰掛けて、ふくれっ面の私の耳に、ラスさんの声が届く。持ってきた新しい寝間着に袖を通しながら、そういう表情は見なくても何となく解る。……わかるように、やっとなれた。 でも、下手したら今頃は、見れなくなっていた顔で、聞けなくなっていたかも知れない声だと思うと……。 「うわ、なんだよ。泣くことねぇだろ」 「な、泣いてないよっ」 目元をごしごしこすって振り返る。まだ白い顔のラスさんに、べーっと舌を出す。 「怒ってるの!」 「あー……。ごめん。結局こうなっちまったな」 「まったくだよ。体調が悪いならちゃんと言おうよ! 熱出てきた時に言ってくれれば『運び込まれる』ようなことにはならなかったのに!」 「……何、ひょっとして、『自分で施療院に行く』って言うのはアウトじゃねぇの?」 「自分で歩いていくんなら、それはセーフだろ? ……まぁ、ラスさんのことだし。そういうことはわたしが美味しいお料理作るくらいありえないことだけど」 「自分で言うか?」
着替えた寝間着を抱えながら、もう一度べーっと舌を出して立ち上がる。 「ともかく、約束を破ったんだから、新年早々のお鍋のプレゼント、アレはなしだからね!」 「えー」 「えー、じゃないの! ……あ、あとね」 「ん?」 「……心配くらいはさせてよね。ていうか、勝手にするからね」 「あー………」 「何でも話して欲しいとは言わないし、強がるなとも言わないけど。……これはわたしの我が儘だけど、わたしのいないところで万一のことがあったら、蹴り飛ばしてでも引き戻すから」 「逆に精霊界に飛ばされそうだ…」
……あのお鍋は……新年のお祝いではなく。 花が咲く頃、二人で誓いを立てる、その日まで取っておこう。 これくらいの仕返しなら、母神も幸運神も、笑って許してくださるだろう。 |
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