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コガモの見る夢
ティール [ 2007/11/05 1:26:35 ]
  懐かしい草の薫り。
 吹き渡る風の音色。
 空と大地がせめぎあう地平線。

 わたしが育ったのは街だけど、生まれたのはあの緑なす大地だ。
 帰りたいけれど今は帰れない場所。
 絶対魔術師として大成して、争いごとを治めるくらい賢くなって。
 それから、ふるさとのみんなを苦しめる病を治す薬を見つけるから。
 待っててね、みんな。
 
薬屋の事情
ティール [ 2007/11/05 1:29:43 ]
  仕事場のひとつ、薬と書物を商う金卦堂に、酒場でであったコーデリアが訪ねてきた。頼んでおいたルッカの葉を届けてくれたのだ。
 金卦堂のオヤジときたら、可愛い娘が品薄の薬草を届けてくれたもんだから大喜びだった。買い取り額も、冒険者の店や狩人ギルドを通さない分、はずんでいたと思う。実際ホントに品薄だったから大助かりだったんだけどね。

 「持って帰って育てるつもりだったのかもしれないけど、あんな掘り出し方したらゼッタイ枯れるってのにぃ、ナニかんがえてんのかしらぁ」

 コーデリアが口を尖らせて、森で目撃した光景に怒っている。
 狩人や野伏といったひとたちは、とても自然の和……輪といってもいい……を大切にして、無闇やたらと採集したりしない。その暗黙のルールにもとるとのだろう。

 わたしの生まれた草原でも、水や草や、様々なものを独占しようとすれば手痛いしっぺ返しを喰らった。もちろん、自然からだ。
 人と人のことは、また別。そういうのは、知恵でなんとかしなきゃ。
 自然に対しては、時に人間以上に敬意と叡智をもって対すべきだと思う。

 言うだけ言ったら気が晴れたのか、ようやく笑顔の戻った彼女に、店自慢の蜜蝋と油を混ぜた保湿油を包んで渡した。採集作業と店での水仕事で手の荒れがちな彼女が、また気分良く仕事をしてくれるなら、こんなの安いものだ。
 足取りも軽く帰っていく彼女の後姿を見ながら、店主が一言。
 「あの保湿油、紹介料と相殺ってぇことでどうよ?」
 「おやっさん、シワいっ」
 わたしの紹介と彼女の働きがなきゃ、咳止めがなくなってエラい事になったのにね。先行投資ってのをわきまえなきゃですよ。

 「わかったわかった。ま、それはそれとしてだ。どう思う?」
 「(ホントにわかっとるんかい)……んー、やっぱ買占めと値の吊り上げかなぁと。オランの薬事情が今ひとつ把握できてないけれど、採集に頼る薬は時期も限られるし」
 
 「そうさなぁ。とある夏に痩せ薬と銘打って、下剤に近い薬を売ったヤツがいた。あっという間に評判を呼んで、そいつは大儲けよ。気になって俺もこっそり買ってみた」
 「買ったのか……」
 「おう、もちろん女房に頼んだけどよ。で、中身を調べてみたら、随分体を冷やす薬草も入っててな。こりゃあヤバいと思った。夏に冷やしすぎるのは毒だ」
 「分析して危険性に気付いたってことだよね。それで?」
 「秋になって冷えだす前に、ジンジャーや体を温める薬草を集めて、香草茶を作った。不調を訴える女性客がきた時に、軽く勧めてみたらこれが上手いこと売れてなぁ」
 「それ、正直微妙…………んで、つまり?」
 「今年は咳の風邪が流行るってぇ確証を掴んだんじゃねぇかと思うわけよ。ほれ、最近は早馬使って、隣の国の流行病を調べる奴もいるってぇ話じゃねぇか」
 「かなりの博打だなぁ。でも当たれば大儲けか。ルッカ自体の需要は定期的にあるし保存も利くから、買占めもさほどリスキーじゃないってことよね」
 「おうよ。これがガキどもの仕業となると、お手軽なヤク代わりってえ……とと、いけねぇいけねぇ」
 「あ、やっぱり?」
 「……」
 「…………」
 「さ、仕事仕事。安くてよく効くルッカを堂々と売れなくなっちまったら、貧乏人が困るしな」
 「はーい」

 人生、目先のことで惑わされてはいけません。
 大声で真実を言えばいいってものでも、ないのです。なーんて、ね。
 でも、気になるなぁ……。