| 【イベント】枯れ井戸の端で |
|---|
|
| イベンター [ 2008/11/21 0:57:08 ] |
|---|
| | オランのスラムは住民が増加中である。 このため、井戸が足りなくなりつつあった。
ある井戸は使い果たされ、枯れ、ゴミ溜めとなった。 汚れ、腐り、悪臭を放つ井戸。 人を喰う井戸があるとまで恐れられ始めた。 そして、出てきたのは、生肉のついた人骨だった。
一方、ある酒場では、冒険者たちが祝杯を挙げていた。 彼らは、邪神の神官を討伐したという。 邪神の名はニルガル。人は勤勉に「役割」を果たすことが正しいと説く。 その「役割」の中には「食われる人」というものがあった。 翌日、当の冒険者たちの姿は宿より消えた。
盗賊ギルドでは、忙しく人が走り回っている。 最初は単に仕事の量が増えたと思われた。 下っ端たちが、数人続いて姿を消していた。
スラムの劣悪な環境に、増える病人。 そこに、ひとかけらの噂が流れる。 「近い将来、ここに女王様が現れ、救ってくれる」
スラムの路地には蟻が這い、蜂が唸っていた。
|
| |
| 気色悪い話 |
|---|
|
| リヴァース [ 2008/11/21 1:50:00 ] |
|---|
| | オランの役人は優秀だ。 大国を御する行政の末節に位置する彼らは、職務に忠実である。民の税から成る予算を効率的に使おうと真剣に考えている。よって、財布の紐は固く、人使いが荒い。役人の依頼を受けると、安い値でどこまでもこき使われる。
先に行っていた農道拡張の調査で、道の無い道の地盤の状態を調べた伝で、民生の部局から別件の相談があった。スラムの井戸水が不足しているという苦情が相次いでいるとの由。
スラムの生活環境が劣悪なのはお決まりだ。だが、神殿からも注意が来ているからむげには出来ないという。だから、「対処しています」という格好は見せたい。ただ、彼らも忙しいし、スラム関係など面倒で危険なだけで自分ではやりたくない。そんなところだろうと思いながら、井戸の水量調査という安い依頼を受けた。
水は生活に必需である。水が少なければ、病は増え、争いは増え、人は貧しくなる。心も荒む。それは孤島も都市も同じ。過密な場所ほどいっそう問題は深刻になる。
その夕方、酒場で冒険者3人が、豪勢な食事で乾杯を上げていた。何でも、邪神の神官を討伐したという。酒を奢ってくれるというので、自慢話に付き合った。
邪神はニルガルという。「人は生まれながらに『役割』を持ち、勤勉に『役割』を果たすのが正しい道」と教える。それのどこが邪神かと問えば、「役割」の中に「食物」や「忌物」があるという。「忌物」はいわゆる賤民以下。虐待の末殺されることで上の階級の者を満たすだけの存在。そして「食物」とはその上の階級の尊き…「食べられる肉となる者」だと。 一気に酒が不味くなった。そんな気色悪い神の信者など、滅ぼしてくれて万万歳だ。
片や水に事欠く貧民たち。片や使命成功の勇者たち。まったく、富とは偏るものだ。 面白くなかったので、「まだ司祭級の黒幕がいるのでは?」とけしかけてみた。 連中は青冷めてしばし顔を見合わせ、料理をおいて飛び出していった。
オランのスラムの建物は、6年前より明らかに増えていた。狭い区画に掘っ立て小屋がひしめく。子供は肌も服も汚く、皮膚の病が多い。水の足りない顕著な兆候が出ている。 住民に聞き込みをすると、確かに枯れ井戸が増えている由。
大きな川の傍だから、井戸水は地の層の中を通って川から供給されるはずだ。しかし住民が増えたため、水位が回復する前に井戸水を使い切ってしまうのだろう。
しばらくすれば水位が回復するかもしれない。地下の水の流れを見ようと、枯れ井戸のひとつに綱を伝い入りこんで見た。胸の詰まる腐臭。すでに用済みの井戸として汚物やゴミが放り込まれたものだ。流れのない井戸に浄化の力は働かない。結果、使い物にならなくなる。
光霊の下で見ると、黒々としたヘドロの中に、無数の白い骨があった。朽ちた骨ではない。生肉がついている。家畜の骨と思ったが。違和感。昨夜の冒険者の邪神の話が蘇った。まさかと思い、酷い臭いに胃が逆流しそうになる。ここで吐くわけにいかないので綱を登る。その時、念のため覆っておいた井戸の蓋が動いた。 まさか肉を食った主が来たのかと、ありえない考えに狼狽し、綱から手を滑らせる。
ラスだった。 あちらも驚いたようで、阿呆だの馬鹿だの罵り合いながら井戸から這い出る。足を滑らせラスの上に倒れこんで、直後に吐いた。一応、失礼したと思ったので、事情は説明する。
ラスのほうは、娼婦の爺さんが井戸に亡霊が出ると半狂乱になったとかで、井戸を調べに来たとの由。あいつは娼婦が相手となると、何か義務感でも生じるのか、勤勉さとマメさが余人の及ばぬ域になる。それには感心する。
それはともかく、ラスは、冒険者の邪神退治はいつだったかとか、スラムで妙に神官が増えただとか、最近人が殺され井戸に投げ込まれたとか、どうも関連ありそうなことを口にしてくれた。こちらの放った骨が白く光霊に照らされる。 ただ、お互い、断言は避けた。あまり関わり合いたくないという心情は一致したのだろう。
ヘドロの臭いは嫌だとか、逢引に見られると困るとか、プライドが高くなったのか何なのか。自分を大事にするのは良いことだが。あいつの場合、そうあろうとするほどに周りが放って置かない気もする。
ひとまず、気色の悪い邪神のことは置いておいて、井戸の仕事を続けようか。
|
| |
| 断片 |
|---|
|
| ラス [ 2008/11/21 2:10:34 ] |
|---|
| | (PL注:ラスの宿帳に同じ記事が上がっていますが、関連した事柄のため、こちらに投稿し直します)
花街で、娼館店主の寄り合いがあった日、店主の1人にくっついて来ていたらしい娼婦が、近づいてきた。 「ねぇ、お願いがあるの。たいしたことじゃないんだけど……」 年を取って、記憶や言動が危うくなってきた、スラム在住の父親と縁を切りたいと、彼女は言った。 彼女がそれを、「たいしたことじゃない」と言うのならそうなんだろう。
その父親とやらに会いに行くと、確かに記憶も言動も危ういし、もう長いことはなさそうだ。 たった1人の身内であるその娼婦が切り捨てたのなら、尚更に長くはないだろう。 スラムにはこういう人間は多い。奥にある阿片窟に近づけば近づくほど、なりふり構わず苦しみから逃れるためのおこぼれに預かろうと、こういった人間は増える。 幸い、その老人はそういうものに手を出しているようには見えなかったが、しきりに「井戸が怖い」と呟いていた。
井戸が怖い、あの枯れ井戸は人を喰らう、 叫び声が聞こえる、昨夜も聞こえた、 わしが眠ろうとすると必ずだ、わしもいつか井戸に喰われる…… あの枯れ井戸には魔女が棲んでいる……
帰り道、「人を喰らう枯れ井戸」とやらを覗いてみようかと思ったのは、ちょっとした好奇心だった。 スラムの枯れ井戸なんてのは、死体の始末に困ったヤツが使いそうな手段ランキングの、かなり上位にくるものだろう。 爺さんの頭の中が、思っていたよりもまともだとしたら、このあたりで殺しがあったか、死体が投げ込まれた事実があるのかもしれない。 満月を過ぎたばかりで、外は明るい。月明かりを頼りに、井戸端に近づいてみた。 井戸や泉なんかは、周囲に水乙女の気配が濃いのが普通だが、井戸はやはり枯れているようだ。 爺さんの話を信じるなら、亡霊みたいなものが出るって可能性もあるな、とふと思った。 そこへいきなり、ぬぅっと黒い影が井戸の中から現れた。 薄汚れた服装にヘドロの臭い、黒く長い髪を振り乱した細身の影。 少なくとも不死の気配はしない、それだけを見てとって、ならばこれが枯れ井戸に棲む人食いの魔女かと、右手が慌ててダガーの柄を掴む。
──リヴァースだった。
互いに驚いて、馬鹿だの阿呆だの罵り合う。 聞いてみると、このクソ半妖精は、枯れ井戸の調査を依頼されて、ご苦労にも井戸の中に潜っていたらしい。 リヴァースは、酒場で耳に挟んだ、人肉を食う邪神神官を討伐したと自称する冒険者の自慢話を思い出したと言って、いかにも気色悪そうに、自分が井戸の底から持ち帰った腐肉やら骨やらをぽいぽいとそこらに放っていく。 月明かりに照らされたそれがふと気になった。 光霊を呼び出して、リヴァースが放り出した骨の幾つかを検分してみる。 大方は豚の骨だったが、人骨に似た物が混ざっていた。 「豚じゃなきゃ牛だ」というリヴァースの言葉は、そう思いたいだけだろう。
とはいえ、それが人骨だったとしても、少なくとも昨日今日のものじゃない。 スラムで行方不明者が出るのなんかいつものことだし、そうやって野垂れ死んだ死体が、枯れ井戸に放り込まれるのも珍しいことじゃないだろう。 ただ、リヴァースの話す、食人を自分たちの役目の1つとする邪教──ニルガル教のことは妙に耳に残った。
先日、木造の酒場でアリュンカに聞いた話が脳裏をよぎる。 「なんかネ、スラムのあたりにカミサマが出るって」 カレンがスラムの分神殿に配属になったせいで、そこに使いに行く世間知らずで無防備な神官見習いが増えたってことだろうと思っていた。 スリを生業にする奴らにとっては、そういう隠語で表したくもなるだろう。 警戒もせずに歩くから盗みやすい。ボンボンも混ざってるから良い物が盗めることも多いし、財布の中もしょぼくない。うまいこと盗めたら、それを盗品市場に流せば、口止め料も含まれてるのか、それとも相場を知らないだけか、かなり割高な価格で買い取ってくれる。 それを称して、カミサマ、と。 ……それは本当に、チャ・ザ神官のことだけだろうか。
もう1つ、脳裏をよぎるものがある。 ギルドの、花街を束ねる部門の準幹部、“赤鷲”──単に鷲鼻の先がいつでも赤いというだけの呼び名だ──という男の言だ。 アリュンカも言っていたが、“赤鷲”は子飼いの部下を幾人か要職につけている。それは花街部門とは限らない。様々な部所にだ。そうやって、ギルド内で1つの勢力を作っている。 が、ここのところその部下たちが続けて不手際をして降格されたり、パダに飛ばされたり、エイトサークル城の地下に放り込まれたり、そうでなければ魚の餌になっている。
“赤鷲”は自棄にでもなっているのか、俺の肩まで叩いた。なんでそんなに頭数が減ったんだと尋ねてみると、“赤鷲”は苦虫を5〜6匹まとめて噛み潰したような顔をして答えた。 「下っ端が消えちまうのよ」 要職についているというその部下たちの、更に下についている人間たちが、何人も消えたのだという。 仕事の直前になって姿をくらますものだから、仕事が滞る。その積み重ねが不手際に繋がる。上の人間というのは、ある程度の手駒がいなければ動きが鈍る。 1人2人ならよくあることなんだ、と“赤鷲”は鼻の先端を掻いた。ただでさえ赤い鼻が更に赤みを増す。 逃げだす新人がいるのは珍しくないし、どっかで刺される馬鹿だっている、だから下っ端が1人2人欠けるのはよくあることだ、と。 けれどそれが続いた。しかも消えた人間が見つからない。よほど上手く逃げたのか、それともよほど上手く殺されたのか。 「だからなぁ、“音無し”。考えといてくれよな。人手不足なんだ」 知ったこっちゃない、と返したけれど。
…………うーん。繋げて考えるには、まだ少し早いかな。 |
| |
| お礼 |
|---|
|
| ディジー(娼婦) [ 2008/11/22 1:39:57 ] |
|---|
| | あら、ラス。 え、本当に父さん、見に行ってくれたの? 父さんの、井戸で幽霊を見たって錯乱。幽霊の正体はお役所の調査? やだ、とんだ枯れ尾花もあったものね。
でも、心配…。 いっそ縁を切りたいだなんて。 あたしもイライラしちゃって。あんな言い方して、悪かったわ。 たった一人の父親だものね…
頼んでおいて何だけど、今はスラムのほうにはあまり行かないほうがいいわよ。 皮膚病が流行っているの。あたしも少し。間接に湿疹が出ちゃって。 前に父さんのところに行ったときに、だれかからもらったみたい。 お客さんに嫌がられるから、早く直さなくちゃ。
大丈夫、いい薬があるのよ。よく効くって評判。 肌にすっとなじむし、心安らぐようないい香りがするの。 普段から化粧水のように肌につけても、髪につけてもいいの。 どう? 椿油に似た感じでしょ? 奮発して、たくさん買っちゃった。
ひとつあげるわ。プレゼント。お礼よ。 つけておくと、皮膚病の予防にもなるって。 それにお嫁さん、かわいいヒトなんでしょ。 あまり心配かけちゃ、ダメよ?
|
| |
| スリの結果 |
|---|
|
| エナン(スラムの少年) [ 2008/11/22 1:43:37 ] |
|---|
| | イテェッ! くそ、何だよ!放せ!
何だよお前、「カミサマ」じゃねぇのかよ。ボーッとしてるからシメタだと思ったのに。 ちぇ、ついてねぇ。
金が欲しいんだよ、当たり前だろ。
臭い、服と体を洗わないと病気になるだと。 水がねぇんだよ。かあちゃん、井戸で「汲みすぎだ」って、粉売り婆ァに殴られたんだ。みんな我慢して、最低限で使っている。川で洗うと役人や船頭に嫌がられるしさ。
お前らみたいなおキレイな服着て、うまいモン食ってる奴にはわかんねぇよ!
……くそ。 妹が病気なんだよ。皮膚が爛れて。痛い痒いって泣いてる。 薬がいるんだ。 値段? じゅ、十枚。銀貨。
え、これ、俺がスッた分だって? だからスリは今回で最後にしろって。 そんなこと言われても…。
って、おい。名前も言わずに去ってくなよな。 どうせこれで、俺がスリをやめるなんて思っちゃいねぇんだろ。 ……礼、ぐらい、言わせろよな…。
|
| |
| 靴底の少年 |
|---|
|
| カレン [ 2008/11/22 2:06:17 ] |
|---|
| | (PL注:カレンの宿帳に同じものが上がっていますが、関連した内容のためこちらにも投稿しておきます)
スラム近くに住むようになってもう2ヶ月以上過ぎた。 ここへの使いの神官たちが被るスリの被害は、本殿では大きな問題となっている。その件で呼び出されること数回。 何度も繰り返し、やめさせろだのなんとかしろだの言われたが、治安維持は俺の仕事じゃない。スリを捕まえて「それは悪いことだからするな」と言うのか。言うだけなら簡単だ。だが、そのあとはどうする。そうしなければ食っていけない彼らを、生活の補償もなく、糧を得るための唯一とも言える手段を奪って放り出すだけか。 しかも、スリを働く連中の中には、それを生業とする猫がいる。れっきとした盗賊ギルドの一員だ。そいつ等の仕事の邪魔をしろと? 冗談じゃない。できるか。 せっかく自衛策を伝えてあるのに、見栄があるのか実践しようとしないから狙われるんだ。 挙句に「カミサマ」なんて揶揄されて……。
そんな日々の鬱憤をいつもの酒場で多少晴らした数日後のことだった。 「兄さんを探している人がいた」と、ヘザーが客を連れてきた。 アリュンカだった。
「靴底のヤツラのことなんだけどサ。ちょっと…ヤバそうなの見つけたんだよネ。一緒に来てくんない?」
よほど急いでいるのか、早口にそう告げると先に立って走り出した。 アリュンカの案内で着いた場所は、スラムの奥近くの狭い路地だった。そこには、成人したかしないかというくらいの少年が倒れていた。片方の耳が半ばちぎられていた。血にまみれ、もつれた髪の中に、中途半端に尖った耳が覗いた。蒼白な顔。呼吸はしているが、浅く弱々しい。抱き上げた身体は冷え切っていた。
「ソイツ、靴底の中でもかなり手練れですばしっこいヤツなんだけどネ」
捕まったのが不思議だという口調だ。 まぁ、いくらすばしっこいといっても相手が素人じゃなければ捕まる可能性はあるんだが…。 そこで数日前の酒場での会話を思い出す。
『シメといた方がいいならちゃんと「躾」施すぜ?』
…シタール…? ………………………。 いや、まさかね。 そんなはずはない。いくらパダ流の「躾」といったって、こんな瀕死に追い込むようなマネはしないだろう…。
「助けるの? 兄サンに迷惑かけてたヤツラの一人だヨ?」 「そういやオマエにとっても気に入らない連中だったっけな。…けど見殺しにはできないんだよ」 「助ければ恩に着てくれる連中でもないヨ?」 「だろうね。いいんだよ、それでも」
そう。どんなことだろうと、糸口にならないとも限らない。 それ以上に、この少年の有様を見ながら放っておいたら、俺は自分が許せなくなる。
暖炉の前で少年の身体を温め、手当てをしようと服を脱がせると、そこには信じられないほどの傷や痣が刻まれていた。火傷もある。スられた腹いせに殴ったというだけではなさそうだ。 とりあえず、数箇所の深い傷には”癒し”を施した。 気力も萎え、自分では手の施しようがなくなった頃、ラスが一冊の本といくつかの情報を携えて訪れた。 井戸や邪教徒の話を聞かされ、そろそろネタも尽きようかという真夜中。 珍しい客が現れる。 リヴァースだった。 |
| |
| 刺繍 |
|---|
|
| ラス [ 2008/11/22 3:37:15 ] |
|---|
| | 俺は、自分の顔立ちには利用価値があると思っている。 外見だけを気に入って近づいてきた女たちの中には、がっかりして去る女もいることはいるが、少なくとも女性に対して不快感を与えるツラじゃないとは自負している。 時と場合によっては、至近距離で見つめることで落とすきっかけにすることさえある。
ギルドの同僚に、ヴィヴィアンという女がいる。そばかすの残る童顔の女だ。歳は20代半ばだったはず。 俺の担当とは違う通りだが、花街の担当で、仕事で顔を合わせることも多い。 彼女はいつも、俺と視線が合うと、目尻がわずかに赤く染まり、声が少しだけ高くなる。 好かれているんだろうなとは思った。もしも彼女を落とすことになったら、とても簡単に終わるに違いない。 でもまぁ、思い詰めるタイプでもなさそうだし、逆に軽く遊んで終わるタイプでもなさそうだし、そもそも今の俺に決まった相手がいることは、ギルドではあっという間に噂になったから、発展することもないだろうと思っていた。
今日、そのヴィヴィアンと通路の角でぶつかった。 ヴィヴィアンが手にしていた、小さな袋が床に落ちる。中に入っていた小物たちが散らばった。 皮の財布、手鏡、幾つかのメモ、櫛、ハンカチ……。 「っと。悪いな、拾うよ」 通路に屈み込み、床に落ちた品物に手を伸ばし、ふと、ハンカチの隅に刺繍されていた図案が目に入った。
──蜂。
花と蜜蜂のように、デフォルメされた可愛らしい図案ではなく、奇妙な禍々しさを感じさせるような刺繍だった。 これは……と考えていたところへ、声が突き刺さった。 「触らないで!」 ヴィヴィアン自身も落ちた物を拾おうとして、腰を屈めたところだった。 顔が近い。 きっ、と音がするほどに俺を睨み、すぐにふいっと目を逸らす。 「……ううん、違うの。別に、何か割れたりとかしてないし。大丈夫。ぶつかったのはアタシだわ」 「でも、手伝うよ」 「やめて!」 また、悲鳴のような声で制止された。 そして戻した視線でまた睨まれた。息がかかるほどの距離で見つめ合うことしばし。ヴィヴィアンの視線は揺らがなかった。
居心地の悪さを感じて、とりあえず立ち上がる。 ヴィヴィアンは床に膝をついて、一番最初にハンカチを拾い上げていた。埃を落とし、優しい手つきでそっと撫で、袋の中へ大事そうにしまい込む。 その間、他の品物は床の上に放置されていた。
あの距離で見つめ合ったのに、ヴィヴィアンの目尻は赤くなっていなかったし、俺の耳に届く声は少しも高くなかった。
──違うのよそうじゃないのアタシはラスのこと好きだったけどでもそういうのは良くないって仰っていたからほんと違うのアタシそんなんじゃないの。 ──イヤだわそんなのはイヤよだってアタシそんなことできないからでも「食事」のたびにそんなことしてたらいつか下げられちゃうし。 ──連れてこいとか捕まえてこいとか言われるけどアタシやっぱそんなの無理だし見なかったふりとか気付かなかったふりをするくらいしかできないから。
「だから!」 不意にヴィヴィアンは顔を上げた。俺が彼女の声に聞き入っている間に、落ちた品物は全て拾ったらしい。 「近づかないで。あなたなんか大嫌い!」 彼女は早足で立ち去った。
おそらく彼女は、俺がハンカチの刺繍を見たことに気付いている。 だから、「近づかないで」か……。 |
| |
| スラムの親子 |
|---|
|
| カレン [ 2008/11/22 21:48:48 ] |
|---|
| | リヴァースの用件は、スラムの井戸の調査がらみのようだったが、どうやら連れ帰ってきた半妖精少年に過剰な反応を示し、本題に入る気分がそがれてしまったようだ。後日改めて話は聞くことにする。
現在スラムは井戸の枯渇、汚染によって水不足が深刻になっている。住人の生活環境は劣悪で、皮膚病が広がっているらしい。 スラムに慣れているヘザーからも、知り合いの子供達の状態を聞かされた。もっとも、ヘザーだってスラムの奥、阿片窟のほうまで入ってゆけるわけではないから、情報は比較的浅い部分のみなのだが…。
実際に自分の目で見てみようとスラムへ足を向けた。 目立たないようにしていたつもりだが、当の住人達には空気の違いがはっきりとわかるのだろう。もしくは匂いで…。 居心地の悪さを感じて立ち止まった瞬間、衣服に違和感を感じた。咄嗟に手を伸ばすと、子供の腕がそこにあった。細い。ちょっと力を込めれば折れてしまいそうなほど…。
「お前らみたいなおキレイな服着て、うまいモン食ってる奴にはわかんねぇよ!」
それなりに襤褸を纏っていたのだが、それでもまだ綺麗だと言うのか…。 いや、確かにこの子供も住人も、俺の中ではあり得ないほどの汚れっぷり。出会った頃のヘザーの比ではない。「汚れ」というのもごく軽いものに感じる。
妹が病気だから金がいると言う子供に銀貨を手渡しその場を去ったが、その際、壁際の老人が呟いた言葉が気になった。
「もうすぐ女王様が現れて救ってくださる。それまでの辛抱…」
身の毛のよだつ声音だった。
スラムから帰った夕方、半妖精の少年が意識を取り戻した。 よほどひどい扱いを受けたのか、まだ自由にはならない身体を引きずって、必死で逃げようとする。特に火を怖がっていた。明確な声にはならないが、悲鳴を上げているようだった。 理性を取り戻させようと何度か魔法を使ったが、すぐにまた半狂乱に戻ってしまう。 一刻ほど費やしたが、そのうち少年は疲れたのか、また意識を失うように眠ってしまった。
次の日、再びスラムに入った。 前日の夜、皮膚病の予防になる(らしい)という薬をラスから手渡されていたので、それを塗って行った。 井戸の周辺で住人が揉めていた。 水がどうしても欲しいという女と、使い過ぎだと非難する老婆。そして……間に割って入っている昨日のスリの子供。 諍いは、老婆の放った杖の一撃で終わった。 空の桶を抱え泣きながらその場を去る女。老婆に罵声を浴びせ女の後を追う子供。 老婆は……満足そうな顔をしていなかった。
その親子を追って、俺は掘っ立て小屋のひしめく、込み入った区画に入った。 小さな泣き声が、そこかしこから聞こえた。 その中のひとつにそっと入っていく。生活用品など満足に揃っているわけでもないのに乱雑な室内。そして、親子が3人。小さな女の子が、顔を真っ赤にしてべそをかいていた。スリの子供が言ったことは、その場限りの言い訳ではなかったようだ。 誰だと問われる前にフードを払いのけると、スリの子供は驚き、その直後にバツの悪い表情になった。 「薬は買えたか」と問うと、口篭った挙句に白状した。どうやら食べ物に化けたらしい。まぁ、想定内だ。 そのやり取りを聞いて、母親は理解したようだ。小さく俯くように頭を下げた。
女の子の肌の状態は、かなり悪かった。 痒みを我慢することなど、小さな子供には無理だ。皮膚が破れるほど引っ掻いて、そこから悪いものが入って更に悪化して、目を背けたくなるような有様だ。 母親のほうに問うてみる。
「この辺りで蔓延してる病気って、みんなこんな重い症状なのか?」 「肌がカサついているだけの人もいれば、毒が回って死んでしまう子供もいるわ。まったく平気な人なんていないわよ…」
確かに、スリの子供のほうも首や頬、手の甲などに赤い発疹ができていた。母親にも…。
「この子は…もうずっと痒いとか痛いとしか言わない…。顔だけじゃないわ。それこそ体中ひどくて…。だから、せめて拭いてあげたいのに…水が手に入らないの……」 「あのババァのイヤガラセだよ。きっと独り占めしてんだ」
母親は嗜めるでもなく煽るでもなく、黙って俯いた。
「それとは別のことなんだが、ここいらで噂を聞かないか? 女王様が現れるとか…救ってくれるとか」 「……そんなもの……世迷言よ。ここの生活を見てよ。そんなふうに考えてでもいないとやってけないわ。女王様でもカミサマでも悪魔でもいいの。助けてくれるなら誰だってかまやしないのよ。あたしたちにとっては……誰だって同じ」
なるほど。切羽詰った末に見る幻想か…。 そういうこともあるよな。
足しになるかわからないし、これ以上の期待をされても困るけれどと言い置き、話の礼と称して水袋と軟膏を渡し、掘っ立て小屋を後にした。 気が滅入る。 この場所の雰囲気もそうだが、なんと言っても自分のやってることに滅入る。
自己満足は俺のほうだ。 |
| |
| 冒険者急募 |
|---|
|
| フィアンナ(宿の娘) [ 2008/11/23 0:11:44 ] |
|---|
| | 募集:
種別:情報求む、及び人探し 緊急度:至急 概要:戦士アレックスの探索。
アレックスは、友人2名、軽業師のブルガリオ、チャザ神官のカノッサと共に、消息不明。 仕事を果たした翌日から姿が見えない。宿に荷物は置いたまま。行方不明は520年11の月15の日前後より。 アレックスの容貌は大柄、茶色の刈り込んだ髪、青の瞳、頬に二本の獣の掻き傷有り。笑うとえくぼ。普段は広刃剣、赤い線入りの鎖鎧を身に着けている。
(三名の簡単な似顔絵と特徴が、描かれている)
依頼人:フィアンナ (酒場宿「パンと蜂蜜」亭、迄) 報酬: 有益な情報については50-100G、連れ戻した場合2000-3000G(条件による)、その他応相談。
依頼人より: 「アレックスについて些細なことでもご存知でしたら、どうか教えてください。 何も言わずに荷物も置いて消えてしまい、心配で、どうして良いのか分かりません。無事で居てくれることを、ただ祈っています。」
|
| |
| 不愉快な話 |
|---|
|
| リヴァース [ 2008/11/23 0:27:56 ] |
|---|
| | 仕事の続き。 スラムのいくつかの地区から無作為に井戸を選び、入って回る。井戸の深さ、水の量、水の質、それから、使用する住人の人口とその生活環境を調べて回る。 水をめぐる不和。皮膚病の蔓延。とにかく状況は悪い。井戸の増設は、不可欠だ。
井戸が掘れるかどうか。何箇所か、地霊に命じ地面に穴をあけて地層を見た。川の都市だけあり、水の層は深くは無い。浅井戸で十分だ。ただ、大石が多く掘り抜けなさそうだったり、さらに厄介なのは既存の下水に当たったりする。めくらめっぽうに掘れば外れが多く、金はかさむ。
今の所、井戸の数は、200-300人に1本。酷いところは400人に1本。浅井戸の場合、一般に、井戸一本で1日200樽程度の水がでる。一人1日1樽使用するとすると、井戸一本に200人が限度。今は明らかに使われすぎている。
乱暴な仮定をする。オランの都市約100万のうち1割がスラムに住んでいるとすると、スラムに10万人。2割の量が不足していると仮定すると、必要は2万人口分。この不足分を補うために、新規の井戸は100本必要になる。かかる金は、井戸1本あたり銀貨1〜2万枚。100本なら100〜200万枚。 冒険者が大陸で一番の未曾有の当たりをすると、100万枚という。 …ああ、だれか一寸遺跡に行って大当てしてきてくれ。
ともかく、個人の力でできることは限られている。国に出させるのが一番だが、スラムの対策など今の情勢では後回しにされるだろう。何年かかるか分からない。 一方、神殿なら足は早いだろう。生活改善をダシに布教するのは、彼らの十八番だ。
スラムで神官が増えたというラスの話を思い出した。カレンがスラム入り口のチャザの分神殿に派遣されたという。神殿が主体となる井戸掘りが可能かどうか、相談に行ってみようと思った。ヘドロの臭いの染みた服をいったん着替え、場所を聞き分神殿を訪れた。
応対に出てきたのは、なぜかラス。奥にカレンが居た。礼拝室と居室のあるだけの、ごく質素な佇まいだった。それは良いが。何なのだろう、この、長年連れ添った夫婦の家庭のようにまったりとした雰囲気は。そこに押し入るのも場違いな気がして、靴は脱ぐのかなど、思わず珍妙なことを聞いてしまった。
中には少年が寝ていて手当てされていた。丹念に介護している様子だ。喧嘩で担ぎ込まれた怪我人かと思って、話に入る。
カレンは、井戸の増設については、先の水のことより、今が最優先、一大事業ですぐに動くものではない、と言いながらも、ギルドを混ぜたほうが良い、という示唆もしてくれる。端から管轄外と放り投げることもできるが、考える気は無くもないようだ。 目の前の怪我人しかりだが。普通は善い人ブリは鼻につく。だが、カレンにはそれは無い。善行を、自分の業であり魂の修行としているあり方を伺わせるせいだろう。 「善いこと」をして、感謝や報いが無いと怒る輩は多い。一方、自分のための行いなら別である。見返りがなかったり失敗したりしても、未熟なのは自分であると、責任の所在を他人ではなく自身に投じる。カレンはその類の人間だ。 カレンになら、具体的に方策を伝えれば可能かもしれない、と思った。
一方、ラスは、ニルガルを含めた神の信仰について記述した本を携えていた。そういうのをわざわざ探し出してくるとは。勤勉な奴だ。おかげで、聞き伝に過ぎなかった、ニルガル教の階級やら、蟻や蜂の意匠やらのことがよく分かってしまった。 蜂に蟻ね。悪の首領はきっと女王様だ、と投げやりに言ってみる。
さらにラスは加える。ギルドで副幹部の部下が消え、死体で見つかるよりも痕跡が消えていることのほうが多いだとか。蟻や蜂の細工物を作った者が複数いたとか。そして、ラスの言う「最悪の想定」。嫌になるほど奴は本質を突く。それこそが事実であると思えて仕方が無い。その上で「知らんふりもできる」などと言うから、忌々しいことこの上無い。
そして、ラスは目ざとく、怪我人の額の火傷が、中途半端な焼き印のようだと指摘した。怪我人は、喧嘩どころではなく、拷問を受けたかのようだった。既に息が細い。カレンが力を尽くして癒した後だったが、片目潰され、骨折もあるとの由。片耳は千切れかけ。そしてその耳は、…尖っている。 三人とも、思っただろう。怪我人は半妖精。「忌者」としてニルガル教の信者に虐待を受けたもの。
目の前が真っ赤になった。
どんな事情があれど、そんな目に遭うのは、非力で、弱くて、愚かだからだ。危険を回避できなかった本人が悪い。知ったことか。…なのにあろう事か。この少年と同じ年の頃と自分を重ね合わせてしまった。非力で弱く愚かな子供。
「祈れよ、ここは神殿だ」ラスが余計なことを言う。
カレンが神の奇跡で手を尽くしたのなら、いまさら自分が何をやっても同じなのに。 命の精霊。呼びかけて、都合の良い自己満足をした。
疲れ果てた。 泊まっていくかとカレンが言ってくれたが、おしどり夫婦の空間をそれ以上邪魔する気にもなれず、早々辞した。
翌日も、井戸の調査を続けた。 案外、悲観的な状態ばかりでもないというか。望みもあった。 スラムの東奥のある地区。井戸を使っているのは約250名。すでに不自由の出る人数だ。しかし、ここでは皮膚病の発生は少なく、水の争いは起こっていない。
それは、住民の代表の老人が門番のように井戸を管理しているためだ。住人は老人に使用料金を払い、日々の使用量を記録している。老人は毎日水位を見て、限界になると水の供給は止める。ただそれだけのことだが、お互いがお互いの状況を知り、互いに融通しあっている。住民の関係性は良いようだった。
一方、そこに、数日前に神官が来て、井戸を見て、老人に、自分と同じことを聞いていったそうだ。何もせず、「ここは違う。ここでは不可だ」とだけ言って去ったそうだが。 …その者は、手の甲に、はっきりと、蟻の印を刺青していたという。 ラスの本が正しければ。直接自らの肌に意匠の刺青を刺せるのは、高位の者だ。
あぁ、そういえば今朝、宿の娘が、ニルガル教の討伐に行った戦士が未だに帰ってこず、探索の募集を出すと言っていた。
…だから、わたしの仕事は井戸調査だと言っている。邪教なんぞとりあえず置いておきたい。聞かなかったことにしたいのに。
尖った耳の少年の苦しげな白い顔か、脳裏から離れない。
「忌者」の言葉。不快な事、この上なかった。 なぁ、ラス。神は人間を物質界の主と定めた。そして、われわれ人間以外は、人間の下に置かれ、虐待されることで主を満足させるだけの存在、忌まわしい物なのだそうだ。
そういうことを説く神があり、その神の信徒が居る。 食人よりもその事実が、何より気持ちが悪い。 なあ、我々は一体、この世界の何なんだろうな。
|
| |
| 赤疹病 |
|---|
|
| イベンター [ 2008/11/23 1:23:16 ] |
|---|
| | (PL注: 以下は、スラムに流行している皮膚病のデータとなります)
【赤疹病】(レッド・エラプション)
症状=皮膚の発疹、膿み 知名度=9 進行速度/進行強度/治癒値=3日/4/8(16) 致死深度=6 伝染力=強い
体内の水の精霊力が弱り、火の精霊力が強くなるために起こる皮膚の病です。 1ヶ月以上体を洗わないなど不衛生な環境で、汚れた水や患者に触れると伝染します。 「深度1」では間接部など皮膚の弱い部位に発疹がでます。 「深度2」で、発疹部位が広がり、痒みを生じます。とか 「深度3」では、首や顔、手を含め体中に発疹が生じ、行動にペナルティー-1が課されます。全身が痒く感じます。 「深度4」では掻き毟った箇所が膿み、発熱します。行動ペナルティーは-2です。 「深度5」では起き上がることができなくなります。
実際は、深度が4以上に深まる前に、破傷風など進行強度の高い別の病気にも感染し、それが原因で死に至ることが多くなります。
|
| |
| 忌物 |
|---|
|
| ラス [ 2008/11/23 3:29:21 ] |
|---|
| | ニルガル教とやらについて、必要なことを書き写し終えた本を、知り合いのラーダ神官に返しにいった。 もしも、と前置きして、その神官に聞いてみる。 もしもオランに、邪神を信じる輩が多く出てきたら、ラーダやファリスたち、光の神々の信徒たちは動くのか、と。 もちろんそれが表沙汰になれば動くけれど、とその神官は眉を顰めた。 「けれど、人の心は縛れません。神殿前広場や礼拝堂で高らかに、自分は邪神を信仰しているのだと叫ぶのであれば、それは何かの対策を考えなければならないでしょう」 でも、心の中で思うことを罰することは出来ないのです、と哀しげな目をした。
人は何をきっかけにして、神に魅入られるんだろう。 俺はヴィヴィアンのことを思い出していた。──ごく普通の女だった。自分の赤茶けた髪が嫌いで、今度染めてみようかと思うが、いい染料を知らないかと同僚と話していた。 彼女の心の奥底はわからない。けれど、ニルガルの教義のどこが彼女の琴線に触れたのだろうか。 リヴァースのように、希望的観測を言ってみるなら、ハンカチの刺繍は単に変わった趣味で、低い声で呟いていたあれは、彼女の心が少々弱っているだけなのかもしれない。
いつもの通り、最悪の事態を想定するなら。 彼女は──ラーダ神官に借りた本の記述が正しければ──布に紋章を刺繍することは許されるという信者扱いで、これまでは俺に好意を抱いていたけれど、新しく入信したその宗教の教義によって、半妖精の存在は許容出来なくなった。 だからといって、今すぐに「あそこに忌物がいます」と密告することは、体面的にも、そして心情的にも出来ない。 けれどあまり組織の意向を無視しては、いつかヴィヴィアン自身が「信者」から「食物」へと格下げされるかもしれない。 ……ってなところか。
イヤな想像ではあるし、「食物」という発想自体、気色悪い。もちろん、「忌物」にもうんざりする。 けれどリヴァース。 おまえは、「またしても我々は『それ以下』か」とふて腐れるのかもしれないけど。 エルフじゃないからの言葉だけで追いつめられてきた俺たちにとっては、ある一面で爽快ともいえるんじゃないか? 半妖精だろうと森妖精だろうと、人間以外であれば、「奴ら」にとっては一括りだ。 森妖精がどんなにそれに異議を唱えようと、奴らは頓着しない。奴らにとって森妖精と半妖精は同じだ。 「奴ら」の考えを認める気持ちは一片たりともないが、見方を変えるだけでそんなにも変わるのかと、少しだけ笑いたくなる。 それに、ヴィヴィアンはそれでも俺を「忌物」としては扱わなかった。
さて、どうしようかな……。 このまま「見なかったふり」をすればいいのかもしれない。その組織が表沙汰になるほど大きくなるんだとしたら、各神殿や衛視隊から討伐部隊が出るだろう。 そこまで騒ぎが大きくなれば、俺やカレン、セシーリカは外出を控えて、騒ぎが収まるのを待てばいい。 ……とはいえ……そう、セシーリカは二重の意味で「忌物」だ。半妖精であり、マーファの神官でもある。
もう少し……身を守るためにもう少しだけ調べてみてもいいかもしれない。例えば、高位の司祭級がいるのかどうかとか。 それを調べるのだとしたら……確か、紋章を肌に入れ墨する権利は相応の階級がなければいけない。 こないだ、細工屋をまわった時には、関連する意匠の細工物を頼んだ人間が何人かいたらしいことがわかった。 入れ墨をする……彫り師のところも少し探ってみるか。頼まれたことがあるか、そうでなければ、彫り師そのものが誘拐されている可能性もある。
とりあえず、ひょっとしたらスラムをしばらくうろつく羽目になるかもしれない。 そのことは、スラムを担当している奴らにひとこと言っておいたほうがいいだろう。 そう考えながら、ギルドに足を運ぶと、折良くスラムの見回り担当の奴らが何人かいた。 そのうちの2人ほどは、肘の内側や首筋をぽりぽりと掻いている。見ると、赤い発疹が出来ていた。 スラムをうろつくのは構わないが、あまり長居はしないほうがいいぞ、とその2人が口を揃えて言った。 スラムの中にも、幾つか、ギルド直営の店はある。地下が拷問部屋になっていたり、幼女に売春をさせたり、怪しげな混ぜ物をした酒を売るような店だ。 そういった店にもあまり行かない方がいい、と別の男が言った。
「特に“灰色鴉の店”の雰囲気は最近よくないな。もともとは安酒を売る店だが、最近、妙な薬を売り始めたり、スラムの住人らしくない客がいたりする。店員も何人か変わったな。まぁ、直営とはいえ、建前だけみたいなところはあるから、ギルドもそこまで口出ししてねぇんだが」 「……その店の場所は?」 「東から入って、3本目のどぶ川のほとり。家畜の屠殺場の近くだ。ひでぇニオイだぜ、あのあたりは」 「わかった、気を付けるよ。さんきゅ」
……何もかも、一方向に考えるのはよくない。 わかってる。思考を硬直させるのはよくない。 ……わかってはいるんだけど。 |
| |
| 噂 |
|---|
|
| スラムの人々 [ 2008/11/23 4:08:02 ] |
|---|
| | 「皮膚病には良い薬があるよ。数が少ないからすぐに売り切れてしまう。おれも商いたいんだがね」(路上の雑貨売り)
「今月に入ってまた小屋が増えたねぇ。プリシスの戦争が始まったら、難民が押し寄せてきて、ここのスラムの人はもっと増えるんじゃないか」(薪運び屋)
「スラムの貧民に薬を配って皮膚病を治療して歩いている人がいるんだ。『悟りの人』と呼ばれているんだよ」(年増の女)
「亡霊が出るとか騒いでいたグランドの爺、最近みねぇな。とうとう頭がイカレちまったまま、井戸のにでも落ちちまったかな?」(炉辺の野菜売り)
「そういえば、ヘルムの娘、ほら、あの立てない子、いつの間にか居なくなっていたそうだよ」(失業者の男)
「皮膚病は、あまり洗わないほうがいいんだって」(少年)
「あたしの子、二人連続で死産だった。こんな世の中は、間違っている。でも、きっとすぐに、女王様現れて、あたしたちを救ってくれる。苦しんだだけ、後から報われるのよ」(若い女)
「阿片窟の、昔のマーファの廃神殿跡に、ここのところ出入りしている人がいるって。別の神様の人が、神殿を立て直すんじゃないかな。」(水運びの少女)
「皮膚病は、スラムの人間に恨みのある奴が、井戸に毒を投げたせいだって言っていたよ」(少年)
「あたしも『悟りの人』から、薬もらったよ。『悟りの人』はチャザの神官だって母さんがいってた」(少女) |
| |
| 正攻法 |
|---|
|
| シタール [ 2008/11/23 23:03:46 ] |
|---|
| | 運が良かったのか悪かったのか。神様のお導きって奴だろうな。ま、邪神かも知れねえけどな。
数日前に些細なことがきっかけでレイシアと揉めた。無論そのまま若いも出来ずに険悪の状態は続いた。 そして今日の昼間だ。別に思い出とかそういうのじゃなくてライカの手紙が残っていたのが分かりそれがレイシアの逆鱗に触れた。
── 結果、家から放り出されました。
アテもないのでいつも酒場に顔を出すと見知った顔と久方ぶりに見る顔の二人。カレンとリヴァースだ。 リヴァースからの失礼な第一声は…『まあ、コイツだしな。』で流すことにしたがカレンが発した言葉からの流れが自体を大きく変えちまった。
毎度毎度、こう言う事へ巻き込まれる度に思う。切欠なんて些細な物だってな。 ニルガルに枯れた上に汚染された井戸…ややこしいことこの上ねえな。おい。
分神殿の堅いベットに寝転がりながら、リヴァースとカレンから聞いた話を思い出しながらぼんやりと考える。 井戸を掘る人足をスラムの中で集める。それをするにはどうすればいいのか…。 ガキどもを動かすのが一番早いとは思う。大人ほどスレてなくて、好奇心は多分にある…。
だけど…どうやって?
そこの部分で俺は引っかかる。ぱっと妙案が思い浮かばない。 妙案が浮かばないとなると…正攻法しかねえワケだが…それもなぁ(悩)
(暫くベットでごろごろ寝返りながら唸る)
あー!ダメだ!思いつかねえ!そんなんを考えるのはフォスターの仕事だろう!あいつから寒いからってどっかこもりやがって! って、居ない奴頼ってもしゃあねえよな。…うし。こうなれば。正攻法だ。それしかない。 そう思って俺は目を閉じて、ようやく来た眠りの精霊に身体を委ねた。
翌日。俺は一度家に戻り学院のローブを着て、背負い袋を背負い。更に剣を帯びてスラムへと向かった。 学院のローブはこちらが信用度を上げるため。背負い袋にはガキどもにやる餌付けの菓子の類と自分の着替え。剣はこっちには自衛手段があると言う大人への威嚇。
そこまで支度してふと気づく。楽器を持っていっても損はねえな…と。 学院のローブを着て、でっけー背負い袋を背負った上に帯剣したリュート持った大男っていう珍妙な恰好で俺はスラムへと足を踏み入れた。 |
| |
| 昨日の客 |
|---|
|
| 木賃宿の主人 [ 2008/11/24 1:04:12 ] |
|---|
| | ふん。おぃらぁ知ってるのさ。
例の神官殿、「悟りの人」なんて呼ばれちゃいるが、 どっか山奥や、遠い国からお越しの訳じゃない。 ありゃ、その昔ドミニク聖歌隊にいた坊やだ。 ずいぶん、様変わりしたがな。 その辺の話しで絡んでいけばよかったかな? チャザがどんなルートで貴重な薬を手に入れるのか、 ぽろっと話してくれたかもしれねぇし。
一緒にいた男連中は、この辺りじゃ見ねぇ面だったな。 柄が悪いようには見えなかったね。 「女王様」について尋ねられたから、知らないって答えたよ。 |
| |
| 幸せへの道 |
|---|
|
| 悟りの人 [ 2008/11/24 12:30:52 ] |
|---|
| | 「何故自分だけこんな目に遭うのか」 「自分はいつも貧乏籤だ。自分がなにをしたというのか」 「こんなに辛くて、いったい何のためにいきているのだろう」
貴方がたは、そのように思ったことはありませんか。 毎日のように問いかけているでしょう。 それは、誰も答える者はない。辛く苦しい問いです。
富は世に有限で、傾いたコップの水のごとく、偏りがあります。 富める者は富み、貧しき者は貧しきまま。 それが世の中です。
故に人は、妬み、羨み、憎む。
この感情から開放されたいとは思いませんか。 豊かになりたい。これは人間の避けられない欲です。
ですが、本当に、豊かならば人は幸せなのでしょうか。
富というのは、渇いた喉への塩水のようなものです。得られれば得られるほどに、乾く。いくら求めても求め足りない。財産を得ても、それを奪われるのではないかと人を疑うようになる。
富を求めるのも、富を指標に人と自分の優劣をつけるのも、真に愚かなことです。 たとえ富めずとも、幸せを手にする者はいるのです。
蟻たちの姿を御覧なさい。
彼らは誰一人として不平を言わず、職務に精励しています。
「働く蟻」「兵隊の蟻」「雄の蟻」そして「女王蟻」。 一匹一匹が役割を果たしています。働くことで、雄として女王に尽くすことで、彼らは満たされています。役割を果たすことで、苦しみも疑問もなしに生きているのです。
役割を果たして生産し、最低限のものを皆で分け合えば、人は幸せなのです。
あなた方には、みな、誰もが与えられた役割があります。 あなた方はみな、必要な者たちなのです。
富の観点から見れば、あなた方は敗者であり、持たぬ者であり、弱者かもしれません。 しかし、「役割」を持つ。その点から見れば、あなた方はみな、同じです。
「役割」は、あなた方を、富への欲求から解き放ちます。 豊かになりたいと思う心、何のために生きている生きているのだという疑問。それらの苦しみは「役割」を得ることで、霧散します。 「役割」は、あなた方の存在意義です。
幸せとは何でしょうか。 誰しもその答えは違うでしょう。
けれど、その最たるものは、「自分が必要とされること」ではありませんか。 「自分が安心してそこにあること」ではありませんか。
そして… 「自分がそこにあることが、許されること」 ではありませんか。
あなた方は許されるのです。 あなた方の「役割」を果たしている限り。
あぁ、あなたは「食物」ですね…。
生まれつき足が萎えている。 今まで、他人の憐憫と、本心は厄介に思われる中で生きてきたのでしょう。
嘆くことではありません。憐れまれることでもありません。 あなたは、決して、神の祝福を受けられない存在などではありません。 むしろ、あなたは、聖なる人なのです。 その身を他者に捧げる。それがあなたの「役割」です。
あなたは、疑問に思ったことはないですか?
「食べねば生きていけない。他の生を奪わねば生きていけない」
そう、あなたはとても優しい人だ。 誰もがその原罪に悩みながら、生きています。優しい人ほど、苦しんでいるのです。
ですが「食物」となることで、貴方の血は他者の血となり、あなたの肉は他者の肉となり、あなたの脂は他者の肌を潤し、生きるのです。
あなたは、原罪を、唯一、我が身を以って贖い清めることができる存在。
嗚呼。あなたほど、尊い存在が、世に他にあるでしょうか。
社会の中で居場所を見出せなかったあなたは、「食物」の役割を果たすことで、この世で最も尊い役割を担うのです。
あなた方を苛む世の矛盾。あなた方を憤らせる世の不条理
ここには救いがあります。 ここには答えがあります。
貴方は許されます。ここに居て良いのです。 「役割」を果たす限り…。
|
| |
| (無題) |
|---|
|
| ムリーリョ(教え導く者) [ 2008/11/24 13:35:26 ] |
|---|
| | ジュリアスはまた布教に出ているのか。熱心なことだ。 あの器量とよく通る声だ。あれが布教に最も貢献しているのは、確かであるな。
「食物」の解釈が、多少経典の教義と異なるのが気になるが。奴独自の解釈か。 それで信者が喜んでいるから、良しとするか。それもまた神の御心。
それにしても、いくら布教のためとはいえ、われらの神を貶めたチャザを装わねばならんというのは、誠に腹立たしい限りだ。われらをチャザの一派のように見ている者も多いのであろうな。
しかしスラムの者たちは、我らの教えを欲している。 彼らの望む答えを、我らが与えてやれる。
刺青師のルーザは、そうか、信仰に目覚め「教えを助ける者」となったか。 喜ばしい限りだ。スラムの店を引き払い、こちらに移ってもらおう。教団の専属となれば、信仰もいっそう深まるだろう。
この拠点も手狭になった。地下神殿の落成を急がせよ。
「女王」さえ見つかれば。教主となるべき存在さえ見つかれば。 われらの神が地下に隠れ、鬱々と過ごすこともなくなる。 このように隠れ住む必要もなくなるのだ。
神よ、啓示を。啓示を与えたまえ。
ニキータよ、我が妻よ。我が血肉となった愛しき女よ。 そなたの願いを達するのは、まだ時間がかかるのだ……
偉大なるニルガルよ。虐げられし真実の幸福の探求者よ。 われらに「役割」を示し、導きたまえ。導きたまえ…
|
| |
| オランスラム給水計画 |
|---|
|
| 計画書(案) [ 2008/11/24 14:04:25 ] |
|---|
| | 題名:オランスラム給水計画 −安全な水を住民に
1. 背景:
雇用減と周辺国の情勢不安により、オラン首都のスラム人口が増加中である。 結果、限られた井戸への負担が増している。住民たちが使用できる水量は制限されている。水が枯れ、使用不能となった井戸も増えている。結果として、清潔な水の不足による病気の増加と、住民の不和が生じている。
水は生活に必需である。水が少なければ、病は増え、人は貧しくなり、心は荒み、争いは増える。人口が増加するほど、いっそう問題は深刻になる。この状態が自然に改善する見込みは無い。
民生局の調査によると、現状の2割以上、井戸を増設する必要がある。オラン首都人口約100万のうち1割がスラム人口と仮定した場合、必要な井戸の本数は200本である。実際の不足はこれ以上であると考えられる。一方、この対策に国から確定した予算の手当ては無い。
2. 目的
本事業では、スラムに新規の井戸を一本掘削する。目的は以下の4点。
1) スラムに井戸を作ることにより、住民への給水を行い、住民の生活環境を改善する。 2) 井戸掘削には住民が参加する。これにより住民の井戸の所有感を高め、住民が主体性を持って運営する体制を構築する。 3) 井戸掘削と井戸管理の指導を通して、地区のリーダーを育成する。 4) 以上を、同様に他の地区へ広めるための「見本」として、実証する。
本事業の目的は、単なる一本の井戸を掘る作業に留まらない。スラム住民主体で他の地区へ広めるための「見本」と位置付ける。
3. 活動内容
対象場所:スラム「梟の足」地区 対象人数: 200名 (大人140名、子供60名) 作業内容: ・新規掘り抜き井戸の場所選定 ・新規掘り抜き井戸の掘削と器具据付 ・掘り抜き作業の住民指導 ・水管理組合の設立と住民リーダー選出 ・水使用指南書の作成 ・井戸の運営維持管理の指導と監督
掘り抜き作業は住民が主体的に行う。井戸堀り技術を住民へ教えることにより、本事業に参加した住民が他の地区の住民へ技術を教える土台とする。
4. 実施費用
人件費 :1000G(住民指導)、1000G(井戸探査) 集会費: 500G 資材・材料費:1500G 予備費:1000G _______
合計:5000G
* 住民から水使用料金として徴集する分より、返済を行う。料金は使用量に応じて設定する。一人30樽/月で3G とすると、200名で収益は600G/月。内半分をスラムの水管理組合運営費とし、残り半額(300G/月)を掘削費返済に充てる。この場合、2年以内に完済が可能となる。
** 通常、井戸の掘削には1〜2万Gが必要である。これは失敗が多いためである。(成功率は通常3本〜10本に1本の割合)。本件では、井戸探査のため、予め魔法を用い水脈を探り場所を選定し、掘り当てを確実にする。このため、抜本的な費用の削減が可能。
5. 必要資材
必要資材: 木材、煉瓦、砂利、梯子、バケツ、シャベル、釘、石割器、ハンマー、滑車、ロープ、羊皮紙
6. 申請内容
実施費用分の融資を申請する。 融資申請額:5000G 融資条件:無利子・3年返済
6. 申請者: オランチャザ スラム地区分神殿 代表者 A.カレン
7. 添付 1) 実施地区位置図 2) 井戸掘削断面図 3) 井戸掘削方法図
以上
|
| |
| 厠の音 |
|---|
|
| カッパドキア(ギルド会計担当) [ 2008/11/24 17:30:17 ] |
|---|
| | ラスさんや、アンタ、スラムの担当になったって? 人手不足だからうろついているだけだって? あぁ、それで都合いいんだワ。担当者じゃ、いけねぇ。
ちょいとついでに見てきて欲しいのよ、あすこ。「猿」と「ルビー」。そ、コレ(くぃ、と飲む手)とうさぎサン。 上がりが減ってるのさ。同時に、出費もね、減ってんの。差し引きは変わっていないから、今まで気にしてなかったが。スラムは拡大しているのにどういうことかと思ってね。 サボってんじゃねぇの、って。それならそれで、その実態がわかりゃいいのさ。
手前でやれって? アタシだって忙しいのよ、この帳簿の山! どいつもこいつも。アガリ報告まともにできるヤツのほうが珍しい。月末シメの上への報告日が来るたびにアタシゃ何回確認に走り回って徹夜してると思ってんのさ! アタシだって遺跡に行きたいのよ。帳面の数字と格闘するために、グードンの鉱山くんだりからざわざわオランにやってきたワケじゃないっての!羽ペンばっかり握ってりゃ、いい加減指が動かなくなっちゃうわよ。きぃっ。
……でなぁ、ラスさんや。今から言うことたァ、独り言だ。 アタシぁ見ての通り、このせむしのトカゲ面だからな。顔の良いヤツは大嫌ぇなんだ。もちろんアンタも嫌ぇだ。アンタ、男には嫌われるね。他のにも嫌われてるよ。 ……厠でね。音がしたよ。下っ端が消えてンのは、音無しが、手前の配下に取り込もうとして思い通りになら無いから消したからだ、なんて潜めた音がね。
あぁ、今のは、独り言さ。 アタシは、アタシの手間を増やすヤツは、顔の良いヤツよりも嫌いだってだけでね。赤鷲のオッサントコは、引き算もできねぇのか、って奴等ばっかりでな。アンタは少なくとも、他のヤツよりは差し戻しも照会も無い。 せいぜい今後も、文句付けようの無い金報告を期待してるよ。
|
| |
| 左手 |
|---|
|
| ラス [ 2008/11/25 1:27:25 ] |
|---|
| | カッパドキアがわざわざ囁いたものは、まぁ、今までの中では一番悪くない。 今までも、怪しげな殺人事件や、胡散臭い通り魔の犯人なんじゃないかと陰口は散々叩かれた。身辺を本当に調べた奴もいた。 現場を見られて証拠を残すような殺人事件や、人の出歩く時刻に堂々と路地裏を血で染める辻斬りの犯人と思われるよりは、証拠も痕跡もなく、ただふいっと人が「消える」事件の首謀者と思われるほうがまだいい。 でも、「配下に取り込もうとして」のくだりは気に入らないな。俺は別に配下なんか欲しくはない。 手下だの配下だの部下だのが増えても、それを遺跡に連れて行くわけにはいかねぇんだから。 あちこちで恨みを買うのは、いつものこと。それを耳打ちしてもらったからといって、俺がカッパドキアの頼み事を聞いてやる義理はない。
何軒か、彫り師のところをまわってみたが、芳しい結果は得られなかった。 引退や廃業した奴らにまで探りを入れるかどうかは迷うところだ。 そしてスラムにも、入れ墨を生業としている、ルーザという男がいると聞いた。 その男は、博打で身を持ち崩して、街の店を畳んでスラムに住みつく羽目になったという。少し前から、スラムで細々と営業しているらしい。 妙な噂も聞いた。ルーザはもともと、どこか拗ねたようなところがある男だったが、最近、妙に愛想が良くなったとか。そして時折、人を見下すような目をするようになった、と。 そんな男を、直接訪ねていくのは無謀というものだろう。
顔を──主に耳を──隠せるフード付きの外套を着て、スラムへ行った。 ルーザの店の近くで、“姿隠し”の呪文を唱える。この魔法に集中していれば、足音や気配は消せないが、動かないでじっと立っていればどうということはない。 ルーザの店の裏口近く、ヘドロの臭いがするどぶ川の傍でしばらく張っていると、男が1人が水桶を持って外に出てきた。おそらくルーザ本人だろう。この寒い季節に、上半身が裸だ。 ルーザは、水桶の中に入っていた、淡い藍色に染まった水を、どぶ川に捨てた。そこがいつも、ルーザが汚水を捨てる場所なのか、そこらのヘドロは藍色や朱色に染まり、ところどころが混ざり合って奇妙な色合いを作りだしていた。 道具の手入れだったのか、それとも仕事でもしていたか……それにしてはルーザの店には、他に人の気配はない。 そう思っていると、腰を屈めて汚水を捨てたルーザが、腰を伸ばした。その胸には、赤い手型のようなものがある。 女から平手を食らうような位置じゃない。目を細める。 ──彫ったばかりの墨か。針を刺した跡が赤く滲んで見えるだけだ。その中心に、藍色の紋様。先刻の汚水と同じ色だ。 “恥ずかしがりの精霊”が隠れようとするのを引き留める。 ルーザの胸に彫られた紋様は、「蟻」だ。
ルーザが店の中に戻るのを見届けて、俺はその場を離れた。 蜂だの蟻だのを入れ墨する、変わった趣味の奴が増えただけ……と、そう思いたい。 スラムで行方不明者が出てることや、宿屋の娘が戦士の男を捜していることや、“赤鷲”の下っ端が消えていることなんかが……そういう「被害」が、「奴ら」に繋がっていることがはっきりすればいっそ動きやすいんだが。
日の暮れかけたスラムを、出口に向かって歩く。 ふと、ヘドロとは違う臭いが鼻をついた。 どろりと重く、体にまとわりつくようなイヤな臭い。これは嗅いだことがある。ギルドの死体置き場で。 血と脂の臭い、奇妙な甘さすら含む饐えた臭い。 家畜の屠殺場だった。 ということは……近くに「灰色鴉の店」がある。いや、それだけじゃない。カッパドキアが言っていた「猿の左手」と「ルビーと石榴」も同じエリアにあるはずだ。 スラムにしては意外なほどに、壁と屋根がおおまかに揃っているエリア。スラムの歓楽街……というのも妙な言い方だが、スラムの中でも、ちょっとした店が集まる地区というのは幾つかある。 そしてそういった地区は、おおむね活気がある。このあたりでは、おそらく井戸は汚れていないのだろう。飲食店が成立するくらいだから、その供給量も足りているはずだ。
路地裏に入って、もう一度“姿隠し”の呪文を唱える。 通りに戻って、みずぼらしい、おざなりな看板を幾つか眺めた。 店に入る奴がいれば、一緒に扉を抜ければいい。それがいないようなら、裏口にまわるのもいいだろう。
最初に見つけたのは「ルビーと石榴」だ。ここは確か、ババァが店主をやっている娼館。 それ以上の情報は俺の耳には入ってこない。 この店は灯りが消えていた。扉に顔を近づけてみると、錆びた把手に砂埃が積もっている。通りに面した窓もしばらく開けられた様子はなかった。 営業していないのか……。いや、それにしては、「アガリはある」とカッパドキアは言っていた。
次に目に入ったのは「灰色鴉の店」だ。店に入ってみようと思ったが、営業は遅い時間かららしい。 やっと日が暮れたこの時間ではまだ準備中のようだ。 ただ、通りに面した壁に幾つか張り紙がされていた。 「汚れた水を綺麗にする魔法の石。何度も使える『水乙女の涙』1つ965ガメル」 「皮膚の病に効く薬有り。よく効く油軟膏! はまぐり殻1つ分で15ガメル」 「親孝行に最適! ヒビ・あかぎれ用油薬、小柄杓1杯40ガメル(容器は持ち込みで)」 なるほど、妙な薬も売っているらしいというのは本当だったか。
その張り紙を読んでいると、薄汚れた服装の母子連れが店の扉を叩いた。 皮膚病用の軟膏を買いに来たらしい。応対に出てきた若い男に、黒ずんだ銀貨を1枚ずつ数えて手渡している。 これで父さんの湿疹もよくなるとかなんとか、母と子で会話をしていた。
「灰色鴉の店」の2軒隣に「猿の左手」があった。 看板代わりに、干せからびた毛むくじゃらの手首をぶら下げているだけの店だ。 灯りがついていて、人の出入りもある。客が1人、無言で店を出て行くのとタイミングを合わせ、姿を消したまま、中に入る。 意外なほどに客がいた。ざっと数えて8人。が、食器の触れあう音はしない。ただ、煙草かそれとも何か焚いているのか、白っぽい煙が漂っている。臭いはよくわからない。というのも、例の屠殺場からあまり離れていないせいか、血肉の臭いがまだ残っているからだ。 店の灯りはついていて、客がいて、店員もいる。客同士の話し声もする。なのに、食器の触れあう音がしない。 客はただ暖を取りに来ているだけか。だとしたら、カッパドキアの言う通り、売り上げが上がらないのは道理だ。 ただ、それならどうして、店主はこの客たちを追い払わないのか。 ……そう思っていたら、ちょうど奥から店主らしき人間が顔を出した。それまで店番をしていた年配の女と交代して、カウンターで胡散臭い酒瓶の整理を始める。 と、店主の指に、たいして明るくもない店内のランタンの光が反射した。 指輪をしている。遠くて意匠までは見えない。けれど、まだ新しいものだ。強くもない光が反射するほどに。
一瞬、迷う。 今、俺が立っているのは、扉から入ってすぐ横の壁際だ。客の話し声はしているし、店自体、あまり大きくはないから、カウンターまで数歩。3歩、いや4歩歩けば、指輪の意匠が見えるかもしれない。 けれど、店が狭いということは、その分、人にぶつかりやすいということでもある。 そこまで危険を冒すことはないか……。 出て行くタイミングをはかろうとしたら、不意に集中が途切れそうになった。頭の芯が一瞬揺らぐ。慌てて、“恥ずかしがりの精霊”をつかまえる。
──なんだ? ……そうか、煙。やっぱり何か焚いてるな。 精霊が逃げない程度に、鼻に意識を集中する。が、やっぱり臭いはわからない。屠殺場の臭いが……いや、違う。屠殺場と同じ臭いが、この店の中にも漂ってる。 まず先に、左手の指の感覚が鈍くなった。それに気付いて、首の後ろにすっと冷たい気配を感じる。 タイミングをはかっている場合じゃない。どうせがたがたしている扉だ。風か何かと思ってくれるかもしれない。 扉を引き開けた。
直後、店に入ろうとした男とぶつかりそうになる。慌てて壁際に身体を戻す。 「……っと。なんだ、今、扉が勝手に開いたような……」 風だろうとか、けつまずいたんだろう、という声がそこかしこで上がる。 店に入ってきた男はルーザだった。 ルーザがカウンターに腰を落ち着けるのを見ながら、俺は、扉が閉まりきる前に外に身を滑らせた。 |
| |
| 一歩 |
|---|
|
| カレン [ 2008/11/25 1:59:35 ] |
|---|
| | 井戸を掘らないか。 これがリヴァースのあっさりと簡潔な相談だった。 人足を集めるにしても金を工面するにしても、伝手のないリヴァースの目には、社会の表と裏、どちらにも繋がりのある俺は適任と写ったのだろう。 片や富裕層である有力な商人を信者に抱えるチャザ神殿。 片やスラムの一角にあって、裏側から国の内外に影響力のある情報の宝庫、盗賊ギルド。 この二つに働きかけ、人足の報酬の工面とスラムでの円滑な活動の保証を得ようということだ。 人足は現地、スラムの住人。 彼らが使う水の確保を、彼ら自身でやってもらい、各区画のリーダーも住人の中から選出、というのがリヴァースの考えだ。 一番の問題は、スラムの住人をいかに纏め上げていくかということだ。 正直言って、これは俺一人乗り込んで行ったって無理。もっと力強い、人を引っ張っていけるような人物がいなければだめだ。 そこでシタールの出番となった。明朗闊達、裏のない性格と物言い。場所が場所だけに反発もあるだろうが、そこは人ウケのよさでカバーしていけるはずだ。
そして、酒場からの帰路。 冷たい夜風に当たって少し頭が冷えた頃、考えてみるとなかなか壮大な計画だなと重たさがのしかかってきた。
次の日、ラスを訪ねる。 先日もらった、皮膚病の予防薬にもなるという薬の正体を聞かせ、入手先を知りたい旨を伝えるためだ。 正体が人間の脂だったようだと言うと、ラスは「またか」というような渋い顔をした。
さて…。よくよく考えて出した結論だが、先に働きかけるのはチャザ神殿のほうにした。 なので、リヴァースが設計書を作成している間に、本殿にいるカールに相談を持ちかけた。 彼には金の工面ではなく、人材の派遣を頼むのだ。とりあえず、多少でも在野での活動経験と武術に秀でた者と、医術の知識のある者が数人欲しいと。
選出された数人と共に、スラムに入る。 目的は、スラムの実状をまず知ってもらうこと。神殿を動かすための動機付けは強いほうがいい。 その中にカールさん本人が入ってたのは驚きだったが…。 案内したのは、スラム東。老婆とあの親子がいた場所だ。 現地に入る前の手はずどおり、医師と戦士一人ずつが組になり、住居や住人の様子、皮膚病の広がり具合を見て回る。あくまで見て回るだけだ。奇跡の行使など神官とわかることは一切しないことになっている。 件の老婆にも、井戸の水位や最近の住人その他、噂話などを聞いてみた。
「こごの井戸はもうすぐ枯れるじゃろ…。住人は皆そこのとをわがっとる。文句を言う者もおるがな…。わだしも、いつも見張っとるごたできんがら、夜のうちに汲んでぐ者もおるじゃろうて。 噂といえば…、こごより奥のほうがら”悟りの人”と呼ばれる神官のことが伝わってきおったよ。なんでも、病人に薬配っとるチャザの人だとか…。一人で大勢を助けようってんだぁ。大儀なこって、嘘か真かわからんがの…」
老婆は特にそのことに関心を寄せているようではなかった。興味を持ったのは、聞いていた俺とカールさんのほうだった。
分神殿のほうに戻ると、塀のかげからリヴァースが現れた。 そういえば、シタールも早くから出かけてしまって、留守を預かるのがヘザーだけだということで、戸締りが厳重だったのだ。菓子をあげると言われても絶対開けるなと言ってあったし…。
この日連れて行った神官たちの中でどのような理由付けで導き出したのか、深く問おうとはしなかったが、皆一様に何らかの手を打つ必要ありと結論を出していた。特に医師達は、はっきりと水不足を指摘し、新しい井戸の掘削を提案した。 そこでリヴァースが出してきたのが、「オランスラム給水計画 −安全な水を住民に」とタイトルを掲げた計画書。 費用の面で難色を示す者がいなかったわけではないし、住人主体というところにひっかかりを覚える者もいた。しかし、結論は覆らなかった。 この日見た場所が、比較的病気の進行も少なく、住人の生活も安定しているほうだと知ったからだろう。途中通った場所には、もっと酷い生活を強いられている住人もいたのだから…。
「ところで、カレン。井戸のこととは別件なんですが、あの老婆の言っていたことは? あなた、あそこの住人に薬をあげたって言ってましたよね」 「俺がやったのは一回だけ。親子三人に。それだけです。配ってなんていません」 「では、既に他の神殿、もしくは本殿からこっちに来ている者がいるということでしょうか…」 「……どうなんでしょうね……。そういうの、調べられるんですか?」 「難しいですね。本殿だと、所属はしていても家は別な人が多いですからね。…まぁ、できるだけのことはします。何かわかれば連絡を入れましょう。 ああ、本殿との交渉の際には私も立ち会います。その時はまず私のところへ来てください」 「ありがとう、カール」
ニルガルのことについては、カールを含め本殿の神官たちに伝えるのを控えることにした。 スラムの住人と井戸以外のことに気を逸らされると、何かと動きが鈍りそうだったからだ。 この判断が、後々どう転んでいくかわからないが、とりあえず、今は予算を引き出すことに集中してもらおう。 |
| |
| 想定外 |
|---|
|
| シタール [ 2008/11/25 23:03:22 ] |
|---|
| | ─初日。 地図に書かれた場所にヘザー連れて行ってみた。 「やり方は教える。だが、一人では掘れんぞ。」 『だったら手伝えよ。』と言わないようになっただけでも、俺もずいぶんと大人になったモンだと心底思った。多分、顔にはそのことがデカデカと書いてあったらしく、カレンの奴がヘザーつけてくれた。 河も近くてリヴァースの話だと真下に水脈があるのは確実らしい。霊がきちんと調べたって事はそれが外れてるって事はほぼ無い。さてと、場所は分かった。となれば…。
「で、シタールにーちゃんよ。これからどーするんだよ?」 あん?決まってるんだろ。掘るんだよ。井戸を。
「一人でか?」 いや、違うぞ。お前と俺。 「オレも!?」 当たり前だ。教えて貰ったやり方だと二人いねえと掘れねえからな。さっきそういう話をしてたの聞いてなかったのか? 「…だから『帰りにメシ食わせてやる。』とか言うんだな。」 餌に釣られたお前が悪い。そして言っておくけど奢ってやるのは晩メシだからな?
ぶつくさ言うヘザーを放置しながら、背負ってきた袋から必要な道具出す。シャベルにバケツ、それにロープと小さな木材にくさび。 今日はまだ深くも掘らないだろうし、これだけありゃ足りるだろうと思っての判断だ。 今日の目標は、俺の背丈ぐらいまで掘る!よっしゃやるぞ! そう言って俺はシャベルを地面へと突き刺した。
─そして、夕刻。 「なあ…まだ肩までも掘れねえよ?」 うっさい。コレでも精一杯やったんだ。しかし結構でけえ石とか埋まってるんだな。おい。取り除くのに難儀したぞ。 少し掘っては、石が出てきて退かして。掘り出した土が溜まってきたら河まで捨てに行く。 最初は楽なモンだろうと思っていたが結構こりゃ重労働だな。コレ。 あー。もう疲れた今日はもう止め。続きは明日にするぞ。 「にーちゃん。先に言っとくけど。オレ、明日はぜってー手伝わねえからな?」 荷物片づける時にヘザーは何度も俺に何度も念押しするようにそう言った。コレを明日から一人でやるのかと思うと嫌気も差すがちらほらと遠くから様子を見る奴らも居た。その中から手伝ってくれる人間を捜すのが最初から狙いだったわけだしよ。 でもよ。正直言って、2,3日は手伝ってくれると思っていたヘザーが初日で音を上げるとは正直思ってなかったわ。
このあと、神殿で湯浴みして小孔雀街まで連れ出されて汁そばと肉まんじゅうをたらふく奢らされたことを付け加えておく。 更に「明日も食わせてくれるなら手伝ってもいい。」と言う言質を取ったことも付け加えておく。
「ああ。この仕事は絶対に赤字だな。」とその瞬間に思った。
─二日目。 「にーちゃん。これって生ゴミだよな。」 …ああ。どう見ても生ゴミだ。けど、俺が掘っていたのは井戸であってゴミ捨て場じゃねえ。 邪魔は入るだろうと思っていた。闇討ちとかの類は警戒してたが…まさかこんな嫌がらせの類をまずしてくるとは思っても見なかった。 やることがみみっちいな!おい! 「…で、シタールにーちゃん。…どーするんだよ?」 怒りが顔に出てたんだろうがおずおずと言った感じでヘザーが聞いてきた。コイツをびびらせてどうするんだよ。 そう思っていき深く吸って吐いた。俺はこう言った。
ゴミを退かしてまた掘る。やるぞ。
ゴミを昼過ぎまで掛けて退かして、そこから掘り出すと自分の身体が全て隠れるかどうかぐらいで作業は終わってしまった。 作業が終わってから生ゴミ捨てにくいように上から木枠を組んで蓋のようなモノをした。一番良いのは一晩見張ることだろうけどよ。それじゃ井戸を掘ることが出来ねえしな。
湯浴みをしたあとには流石に外へ飯を食いに行く気力も沸かず、適当に済ませて泥のように眠った。
──そして、翌日も同じ嫌がらせは続いた。 |
| |
| 分神殿に集う面々 |
|---|
|
| カレン [ 2008/11/26 2:54:33 ] |
|---|
| | 夜、扉を叩く音で目を覚ました。 間をおいて、今度は寝室の窓で何度も同じリズムで繰り返されるノック。それで誰が来たのかわかった。ラスだ。 「わりぃ。休ませてくれ」 そう言って、玄関にも回らず窓から入ってくる。そして、入ってくるなり、今まで俺の寝ていた寝台を占拠し横たわる。
「何があった?」 「…ちょっと待ってくれ…」
息遣いがなんだかおかしい気がした。ずっと走って来たんだろうか。 とりあえず、茶を用意して話してくれるのを黙って待った。 ゆっくりと茶を2杯飲み、ようやくラスは口を開く。スラムのとある店に行ってきた、と。 何故そんな場所まで行ってきたのかは言わなかった。こちらも問わない。 「灰色鴉の店」に貼られた品書きのことと、家畜の屠殺場と「猿の左手」での様子。これらを短い言葉で話してくれた。 その内容で、例の油薬の出所がここではないかと説明してくれているのだとわかった。
燭台のほの暗い明かりの中で、ラスの顔は不機嫌そうに見えた。 最近はそう…。ずっとそうだ。
翌日夕刻。 カールがやってきた。「どうしても気になったことがある」と言って。
「昨日のスラムのあの場所で、実は妙なことを聞きました。『女王様が現れて云々』という。 これが、私だけではなかったんですよね。他にも何人か…」 「…はぁ…」 「…………」 「…………」 「………カレン。あなた、何か重要なことを隠しているでしょう?」 「…………」 「黙っていてもだめです。あなたの話し方の癖くらいわからないと思いますか?」
白状せざるを得なかった。 半妖精少年(名はイスト)がすったハンカチをカールの前に広げる。趣味の悪い蜂の模様。 カールはこの模様を知っていた。チャザとは因縁のある邪神ニルガルの紋章だと。 スラムや盗賊ギルド、その闇に潜んで蠢き、ちらちらと影を見せる。 それが存在する可能性を打ち明けると、カールは長い熟考の末に頷いた。
「今日、司祭の一人にスラムのことを話してみたんです」
いきなり話題を変える。
「悪くない反応でしたよ。味方になってくれるんじゃないですか」 「誰です?」 「レイモンド司祭です」
「丸くなりましたね。あの方」などと爽やかに笑いながら茶をすすり、一時噂話などをしていたが、実際カールが何を考えていたのか、俺には掴みきれなかった。
一方、シタールはぼやいていた。井戸掘り2日目にして、もう嫌がらせが始まったらしい。 ヘザーのほうは、それなりにご満悦だが。
「あのガキの様子はどうだ? 相変わらずか?」 「いや、だいぶ落ち着いたね。飯も食うし、話もできる」 「ふぅん。じゃ、あいつをあんな目に遭わしたのが誰なのかわかったのか?」 「だいたいね。まず、アイツが持ってた蜂の刺繍のハンカチ。あれの持ち主は、黒い外套を着た女だったそうだ。この界隈では見たことのない上等な服装だったから狙ったんだとさ。で、オマエにのされた後、その女ともう一人の男に捕まったって。……女のほうだったみたいだよ、虐待したのって」
寄せた眉の間に、更に深い皺を作り、シタールは唸った。 怒れる女性は怖いものだ。 |
| |
| 地下での出来事 |
|---|
|
| イスト(「靴底」のスリ少年) [ 2008/11/26 22:51:46 ] |
|---|
| | 紅玉のはまった扉。あまったるい匂い。 そこにあったのは、罵倒と嘲笑と暴力だった。
"お前はこの世に居て良い存在ではない。忌まわしい、穢らわしい存在だ。間違えて生まれてきた存在だ…"
"食べる価値も無い者"
激痛。耳を切られ。目を抉られる。俺の自我も誇りも全て踏みつけて砕いていく。暴力。右腕を固定される。俺を食いつなぐための腕。ハンマーが下ろされる。悲鳴。骨の折れる嫌な音。嫌だ。うそだ。こんなのは嫌だ。痛い。嫌だ。違う。間違えている。
「こんな世界は間違えている…、そう思うだろう」
囁かれる声。悲鳴を上げる。
「こっちを向け」
黒い瞳と目が合う。 暴れる。逃げる。前から拘束された。嫌だ。爪を立てる。噛み付く。頭を振る。 手が離れない。次は何をされるのか。どこを抉られるのか。怖い。
「チャザよ、この者に心の平静を」
背中に手が触れる。何か大きな力が注がれる。暖かいものが流れ込んだ。
「痛かったよな。怖かったよな。辛かったよな。そんなに苦しい思いをしたのだ。怖くて良い。嫌で良い。だが、もう終わった。恐怖と混乱。もういいんだ。終わったんだ。もういいから…」
正面から、心に直接語りかけてくるような声。これは何の言葉だろう。俺を覆っていた感情が、宥められる。 とくとくと、心臓の音が聞こえている。 そうか、抱きしめられているのか、俺は。
違う。もう、あそこじゃない。やつらじゃない。 俺は…。
「そう、もうお前を痛めつけるやつはいないよ。よく頑張ったな」
後ろのやつが浅黒い肌色の手を、俺の頭に置いた。 動くと右手に激痛。添え木で固定されている。片目には眼帯が付けられている。
祭壇がある。小さな神殿。後ろに、浅黒い肌の神官。頭に置かれた手。そうだ、この手が、何度もおれを癒してくれた。 それから、正面の、黒い眼。俺と同じ尖った耳をしていた。
俺は、あの場から逃げ出せたことをようやく知った。
「あーよかった。俺のせいかと思うと、責任感じねぇでもないからな」
傍らに大柄の男がいて、頭をかいた。そうだこいつ、「ちっと躾けてやる」とか言って、俺を殴り蹴りゴミ捨て場に放置したんだ。 眼を剥いて飛び掛ろうとすると、抑えられた。激痛。
「元気そうじゃないか。早速で悪いが、お前の居た所、見たものが知りたい。話せるか?」
低い声で言われる。俺が助けられたのは…理由があったことを理解した。 途切れ途切れの記憶を、話す。
気がついたら、地下室だった。拘束されていた。ベッドのある小さな部屋だった。煤けた無駄な飾りがいくつもあった。香のにおいがした。
女に、奪った印を返せといわれた。何のことか分からなかった。 黒づくめで、唇の上にイボのようなほくろがある、気味の悪い女だった。
「忌者め!せっかく『悟りの人』にしつらえて頂いたのに!返せ!どこにある!」
と、狂ったように俺を甚振った。片目に指が伸びた。 何人かの男が取り囲んでいた。焼き鏝やハンマーや、用途の良く分からない奇妙な器具を並べていた。女はオンデと呼ばれていた。
忌者よ、虐げられる存在よ、汚らわしい、許されぬ存在よ… そんなことを言っていた。
気を失って、それから眼が覚めて、隣の部屋の様子が割れた壁板の間から、見えた。 同じような寝台のある小さな部屋が並んでいるようだった。それで、太った男が寝ころんでいた。
「おめでとう。あなたは祝福された人間。これから他の者の血肉として生きるのですよ」
良く通る声が聞こえてきた。男はアヘアヘ笑っていた。
「よい脂も取れそうですね。では『猿の左手』に送りましょう…」
同調する声。心底、寒気がした。 拷問の間に、びくともしなかった縄が緩んでいた。縄を抜け逃げ出した。頭はがんがんするし、片目が見えない。でも足は折れていなかった。扉の鍵をあけた。扉には大きな紅い石が嵌め込まれていた。 半狂乱だったと思う。どこをどう逃げたのかは覚えていない。ただ、道に、腐りかけの肉の匂いがしていた。屠殺場の近くを通ったと思う。
そこまで言うと、腹の虫が鳴った。
「おかゆできとるよー。今度は食べるな?」
俺より2つ3つ下のガキが覗き込んで言った。ためらってから頷いた。
俺は生きているんだ。 実感したら、今度は嗚咽が出てきた。
「よしよし、あーんしような?」
ガキの目が、ちょっと残虐に光った。 |
| |
| 協力者 |
|---|
|
| シタール [ 2008/11/27 0:23:52 ] |
|---|
| | ─三日目。 ハッハー。今日は山盛りですかい!やってくれるなー!この野郎ー! 「にーちゃん。全然目が笑ってねえぞ。」 これで心底笑って居たら俺ただのおかしい奴じゃねえかよ。たく。コレじゃぁ今日はゴミほじくり出してお終いだな。 そう言いながらしばらくゴミをどけていると視線を感じた。ふり向いたその先にはガキが一人。 ありゃ確か…。 「にーちゃん。あいつ昨日も一昨日も来てたな。」 そうだ。ずっと見に来てるガキだ。初日は遠目に好奇心で見てる感じだったが、昨日からは見てる雰囲気が違う…なんつうか見張ってる感じ? しかし、こうも誰も話し掛けずに警戒されてるとなると…。こっちから動くしかねえか。うし。ヘザーちっとここで待ってろ。 「…シメんのか?」 あのな…。俺は何処のごろつきだ。ちょっと話聞いてくるだけだっつの。 そう言いながら近づくとあからさまに警戒しやがる。声を掛けようとすると背を向けて逃げ出そうとする始末。 おい!待てって!俺等の掘ってる井戸に興味があるんだろ!? その言葉にぴたっと足を止めるガキ。 「…ホントか?」 そんなんで嘘言ってどーするんだよ。ここで使える井戸が枯れかけてるんだろ?それでチャザ神殿が金出して俺等に掘らせてるんだよ。 その言葉を聞くとガキは俺のことをじーっと見て何かいいたそうにしていた。ようやく話し掛けられた地元の人間だ。このチャンスを逃すわけにもいかねえ。
─ちょっと俺の話をきちんと聞いてくれねえか?
そこから俺はガキにも分かるように順序よく丁寧に話した。馬鹿の俺にしては良く出来たと思う。
この地域は深刻な水不足であること。流行っている病気はその水不足が原因であること。 それがヤバイと思った偉い人間達が井戸を掘る事決めたこと。ソイツ等に依頼されて俺等が掘っていること。 そして掘り始めてすぐに嫌がらせをされ続けてること。
「ホントにオレらのために掘ってくれてるんだな?」 うーん。ま、それぞれ考えてることはあるだろうけど。水を出すために掘ってるのは確かだわな。 「嫌がらせの所為で全然掘れてねえけどな。」 ヘザー。余計な茶々入れすんな。じゃ、そう言うことだからよ。むやみやたらに警戒すんのは止めてくれ。 そう言ってゴミをどける作業に戻ろうとした。その時。
「おっさん。」 『お兄さん』だ。なんだよ? 「オレ。おっさんに言わないといけないことがある。」 だから『お兄さん』と言えと。まあそれは良い。んで、話ってなんだよ? 「…それ。やったの俺等なんだ。」 そういうとぽつぽつとガキは話し出した。もっと奥で薬を配っている人間が俺等のやっていることは井戸の細工して水が出なくしようとしていると触れ回っているらしい。それを聞いた住民達は穴にゴミを放り込んで掘れないようにしたらしい。 「…ホント。…ゴメン。」 あー。気にするな。掘り出す前にきちんとふれ回らなかったオレも悪いしな。これから止めてくれよ。あと知り合いにそのことを言ってくれればそれで良いからよ。
「でもよ。水、ホントに出るのか?」 当たり前だ。事前にきちんと調べて出るって確信があるからこそ、俺等は掘ってるんだ。やたらめったら掘ってるわけじゃねえよ。 任せろ。絶対に水は掘り出してやる。 そう言って今度こそ作業に戻ろうとすると。ガキがあとを付いてきた。 どうした?まだ聞くこと有るのか?
「いや、違う…。オレも手伝う。」 そうか。そいつは助かる。それでお前の名前は? 「エナン。」 オレはシタール。あっちはヘザー。よろしくなエナン。
|
| |
| 依頼 |
|---|
|
| ラス [ 2008/11/27 0:29:29 ] |
|---|
| | 「ああ、お目覚めですね。こんにちは。お邪魔しています」
昼近くに起きだしてリビングに行くと、カールが茶を飲んでいた。 セシーリカはカールが土産に持ってきたらしい菓子をぱくついている。 なんでまた……という問いに、カールはにこやかに答えた。
「あくまで個人的に訪れたんですよ。センカは私が後見を務めた、妹のようなもの。そのセンカが男性と一緒に暮らしているのなら、私が様子を見に訪ねて、何の不思議もないはずです」 セシーリカと一緒に暮らし始めた後、カールのもとには2人で出向いている。今更そんな用向きじゃないことは確かだ。 そろそろ洗濯物が乾く頃だろうからと、セシーリカを外に追いやって、カールは茶の入ったカップを卓に置いた。 「ラスさん、依頼があります」 「……チャ・ザ神殿から?」 「いいえ。あくまで個人的に、と先ほども言いました」
現在、チャ・ザ神殿では、スラムの井戸掘削を支援する予定だという。表向きはカレンがその代表だ。 ただカレンに幾つか……そして、リヴァースとも少し話したところ、スラムの問題は、井戸不足だけじゃないだろうとカールは言う。 俺が少しばかり調べているということは、リヴァースに聞いたらしい。
「邪神の使徒たちの噂が本当ならば、チャ・ザとしても協力は惜しみません。神官戦士団を手配することもできます。各神殿に呼びかけて、討伐をすることもできます。……が、我々には調査をする手段がない。噂だけで動くことはできないんです」 「噂が本当かどうかを調べろと?」 「そうです。今はまだ、神殿として動ける状況じゃない。けれど、動ける状況まで待っていれば犠牲者が増えるだけだ。……チャ・ザ神殿に属さない人を、私が個人的に雇うだけです。何の問題もありませんよ。もちろん、報酬は支払いますが、仕事自体がその内容によって大幅に変わるでしょうから、幾らということは言えません。ただ、私はあなたをきちんと評価しています。安く買いたたく真似はしません」
これは悪い話じゃない。実際、カールからの依頼が無くたって、現時点で俺は動いている。 その結果を、報酬を支払うから教えてくれとカールは言っている。 そして、更に調べた結果、最悪の事態になったとしても、チャ・ザ神殿が動いてくれると言っている。 ただ、ひとつ問題がある。 どうやら盗賊ギルドのほうも、そろそろその気になっているらしいということだ。 実際、今日の夕方にでも、ギルドに顔を出して、誰か捕まえて話そうと思っていた。 そのことをカールに告げる。ギルドのほうも話がまとまれば、俺は同じ調査で、依頼主を2つ持つことになる。
「ああ、私のほうは構いませんよ。チャ・ザ神殿と盗賊ギルドが表立って協力することは難しいですが、これは私の個人的な依頼ですし。それに……ええ、そうですね、ラスさんがそういう類の情報を入手できる立場にいるということは、私にとっては幸運な偶然ですね」
……それは、こっちは構わないから、ギルドのほうにはうまく話をつけてこいと言っているんだな。 「相変わらずこずるい」「そんな、心外な」と2人で笑いあったところへ、洗濯物を抱えたセシーリカが戻ってきた。
夕刻。盗賊ギルドに出向いた。 誰に話を持ちかけようかと、昨日の夜から少し考えていたが、結局“赤鷲”に頼むことにした。 花街部門を束ねる準幹部である“赤鷲”は、今回の事件で下っ端が何人も消えて、実際に不利益を蒙っている。 幹部連中やスラム方面にも顔が利くし、ここ最近の俺への接し方を考えれば、“赤鷲”がニルガル信徒ではないことは確かだろうし。 ただ問題は……。 そう、カッパドキアの言っていた「厠の音」だ。 「“音無し”が、手前の配下に取り込もうとして」という、そんな論理に帰結しそうな奴といえば、実は“赤鷲”だろう。“赤鷲”は地位と権力に執着する奴だから。花街を担当する者同士、多少なりとも上手くやっていて、自分の派閥に入っていない奴は蹴落としておこうと、そういう思考になっても不思議はない。 そうでなければないで、それはいいことだし、もしそうだったとしてもがっかりはしない。上にいきたいわけじゃないから、蹴落とされることは、まぁ問題ないから。
──それを踏まえて。
ギルドで、“赤鷲”を捕まえた。 「あんたの部下たちんとこから、下っ端どもが消えた理由を知りたくないか」と持ちかけたら、目がきらりと光った。 もしも、“赤鷲”が俺の思っている通り、俺を陥れようとしてる──または本当にそう誤解している──のなら、この台詞は予想外の好都合だったろう。 人払いさせることに成功したところで、幾つかを打ち明けてみる。 ニルガル教という邪教のこと、それがスラムを中心にはびこっているらしいこと、スリの1人が奴らによって拷問を受けたらしいこと、皮膚病の蔓延とそれへの薬として、どうやら人体を使った薬がスラムで売られているらしいこと。 具体的な場所や名前は言わずに、邪教の内容以外は、ある程度ぼかした説明をする。 オランスラムの井戸不足を嘆く心根の優しい半妖精が腐肉のついた人骨を見つけて、可哀想に夜も眠れないほど震えていた、という話をついでにした時には、口が曲がるかと思った。 “赤鷲”は眉を顰めて、それでも黙って聞いていた。
「俺はこの件に関して、個人的に調査依頼を受けている。ギルドとは別口で。 ただ……、ギルドの中でも1人、平信者らしき奴を見かけた。そのせいもあって、そっちの下っ端どもが消えた理由と、俺の調査内容が重なるかもしれないと思う。 ギルドとしてもスラムが扱いにくくなるのは本意じゃないはずだ。あんたにとっても、動きが鈍るのは困るだろう? どうだ、ギルドから俺に依頼させないか。依頼しないというのなら、これ以上詳しい情報は情報料次第だ。依頼するというのなら、成功報酬について後日話し合おう。手伝いとして、ギルドの人間を何人か都合もしてもらう。……あんたの裁量で、そのぐらい出来るはずだな?」
顰めた眉を解こうとはせず、“赤鷲”は唸るように言った。 「……おまえは、花街担当じゃねぇのか。なんでスラムのことにそんなに詳しい」 「歩き回ったからだよ。ギルドじゃ花街担当だが、そうじゃない時は冒険者だ。てめぇの足でネタ仕入れるくらいはするさ」 俺を雇おうとする“懐”の持ち主はなかなかいないから、仕事は自分で探さなくちゃいけねぇ、と軽口で仕上げておく。 「なぁ、“音無し”。最近の、ギルド内の噂を知ってるか。おまえに関することだ」 「知ってるよ。……だからあんたに持ちかけた」 「……おぅし、雇おう。ギルドにはこれから話を通すが、もしそっちでダメでも、オレが個人的に雇う。下っ端が欲しけりゃ、オレに手配出来る範囲で用意する」
おっと、意外と早く結論が出たな。 下っ端下っ端……人間で、神官じゃなくて、小回りがきいて、ごく最近のうちに俺やカレン、リヴァースと親しく口を利いたやつ。つまり、ニルガル信者ではあり得ないやつ。 ってことは……。
「アリュンカと、バザードを」 |
| |
| 指名 |
|---|
|
| バザード [ 2008/11/27 23:26:33 ] |
|---|
| | 「っつー訳で、”音無し”のご指名だ。頑張りな」 「・・・えーと?」
実のところ久しぶりの盗賊ギルド・・・だけど、今いる場所には一度も来たことがない。 目の前にいるのは仏頂面の”赤鷲”の人・・・。 エライ人だって聞いたことはある気がしなくもないけど、もちろん今まで会ったこともない。
店で干物を焼いていたら、急に呼び出された。 今までフランツさんにお使いに出されることはあったけど、この店に来てからは呼び出しは初めて。
それも、準幹部の人だってー?
今の自分の上司って、一応フランツさんってことでいいんだと思うんだけど。 そういうのとは関係ないらしい。
なんだかわからなくて首をひねっていたけど、さっきの言葉で納得。 ”音無し”・・・ラスさんかー。
うんうん、と頷く。 いや待て、なんで僕なんだ。もう一度首をひねる。
”赤鷲”の人が声を低めて続けた。
「”音無し”の奴が実のところ何を考えてるのか知らねぇが・・・魚臭ぇガキ、あいつの雇い主はオレだ。つまり、これはオレの仕事だ」 「あー、干物の臭いがついてましたー? すいませーん、急ぎだったんでー」 「黙ってやがれっ! 妙なことをしでかしたらタダじゃあおかん。肝に銘じておけ!」 ・・・怒られたー。
要するに・・・僕が呼ばれたのは、用事というよりはとりあえず脅しておくためで? ラスさんのこと、完全には信じてる訳じゃないみたい。
それにしても、カミサマ?だって? 聞いたこともない名前だったけど、でも・・・。 スラムで変な病気が流行ってるとか・・・。 うちの掲示板にも張り出された人探しの依頼・・・そうだ。 依頼人の宿の娘・・・フィアンナさんは、貼り紙の他にも自分で聞き込みをしてて。 スラムの方まで足を運んで、ある日から急に居なくなったとか・・・。
ホントに、ヤクビョウガミさまなのかな。
ラスさんとか、酒場で話して皆さんは、これを調べてたのか・・・。
最近よく来る半妖精の人、リヴァースさんがカレンさんの持ってた入れ物みたいのを叩き壊したのも何か関係があったんだろうか。 そう言えばあれ、ラスさんがカレンさんに渡してたような。 ホウキとチリトリをシタールさんに渡したけど、「片付けます」って言えないような雰囲気だったしー。 なんだったんだろ。後で聞いてみよ。
ラスさんがどこに居るのかは”赤鷲”の人もわからなかったみたい。 でも、ラスさんが指名したもう一人のアリュンカさんはカレンさんのとこに居るらしいので、とりあえずそこに行ってみることにしよう。 |
| |
| 啓示 |
|---|
|
| ムリーリョ(「教え導く者」) [ 2008/11/28 1:38:54 ] |
|---|
| | おお、ジュリアスよ。 今朝、我等が神が、啓示を下されたと。して、その内容は如何。
教主は生誕されている。 是の12の月の新月の日に初潮を迎うる、金の髪の娘。 かの者こそが、「女王」たるその者なり。
…素晴らしい。
"教主を求めよ――"
その啓示は、常に自分も受けておったが。ここまで具体的な導きを我等が一団に下されたのは初めてであった。
かくも方向性をはっきりと指し示す啓示を受けるとは、流石は「悟り」を名に冠する男のことはある。ふらりと教団にやってきた男だが。ここに来てジュリアスのカリスマが際立ってきた。来る「女王」の良き補佐となるであろう。頼もしい限りである。
なれば来る12の月。信者総力をあげ、教主を探せ。女王を求めよ。
虐げられし、踏みつけられし、置き去りにされし地の者たちに、祝福がもたらされる日は近い。
祝福を。 我等称えるべき偉大なる神ニルガルよ。貧者に、祝福を…… |
| |
| 井戸の底 |
|---|
|
| リヴァース [ 2008/11/28 1:40:00 ] |
|---|
| | 「靴底」スリグループの半妖精馬鹿餓鬼のもたらした情報。カレンやラスが別途当たってきた情報と、恐ろしいほど齟齬がない。ラスは的中を喜ぶのではなく、動かされているように一点に向かっていると嫌そうな顔をしていた。相変わらす自分の自我が大事な、ひねくれた奴だ。
馬鹿餓鬼イストの顛末。最近度が過ぎるということで、イストはシタールに仕置きされ気絶していた。そのイストがネルガル教の服飾品をスっていために、その後連中に拉致されたとの由。
イストは目が覚めてシタールに飛び掛かろうとしたので、シタールはイストが落ち着くまで外に出ていた。そのシタールに、井戸の掘り方と図を書いた羊皮紙を渡した。
1) 水が出るよう、神に祈る 2) 3m四方程度の大きい穴を肩まで程度掘る。 3) その後1.5m四方程度で四角形の穴を掘り進める。 4) 掘り進めた壁面は泥水を塗り、固めていく。(忘れないように) 5) 深さ3m以上掘り進んだら、崩落防止のために木材を壁面に突っ張らせる。 6) 深井戸の上に木枠を組み、滑車をつけてロープでバケツを固定し、土を排出する。 6) 掘り進み、水が出るとバケツで泥水を排水しながら、さらに1m程度掘る。 7) 水位以下に丸型の木枠を水平に組んで入れ、木枠の外側に砂利を入れる。 8) 井戸口の周囲に円形に煉瓦を積み固め井戸壁を作る。 9) 作業の無事を神に感謝し、今後の順調な出水を祈る。 10) 水使用の料金設定を行い、管理組合の組合長を選定し、管理の方法を決定する。
できるかと聞く前に、任せとけとシタールは胸を張った。いったん方針が決まるとこの義侠心の男はわき目も振らぬ行動力を発揮する。少なくとも何かできると思わせるものを周囲に振りまく。それも素質だ。
それから、徹夜で作った井戸の計画書をカレンに渡す。チャザへの融資の交渉はカレンに任せた。カレンはさすがに緻密で現実的な動きをする。何より気が利く。既にチャザ神殿の者たちに現場を見せていたのは助かった。後は融資が確実になるよう人脈をフル活用してもらう。カレンには悪いが苦労性な人間ほどこういう仕事には向いている。
後は二人に任せて、しばし眠りを貪った。
翌日。井戸の調査結果を役所に報告に行く。顕著な水不足が、劣悪な衛生、病と人の不和の増加を招いている現状を強調し、何とかしろと言ってみた。担当官は渋い顔をした。仕事が増えることを厭ったのかと思ったが、調査を進めようと彼は提案した。井戸掘りは彼の権限ではできないが、調査ならできるということだ。紙は作れるがモノは勝手に作れない。役所の管轄分けはどうもよくわからない。
今までは地区ごとに1本ずつ選んでのサンプルの調査だった。今度はオランのスラム全体で、地区の全数の井戸を調べ、具体的に何本必要が正確な数を出したい、ということだ。スラム全域でそれをやるのは時間が掛かりすぎる。ひとまず1地区の全井戸を調べ、それをサンプルとする、とのこと。追加依頼扱いで経費は手当てしてくれるのは良いが。 担当官が最初に指定した場所は、スラムの最も古い地区だった。
古くから使われている所から手をつけるというのは筋が通っている。が、問題はそこが、ラスたちも嫌がる「阿片窟」と呼ばれている場所だということだ。役人は、自分は行かないと思って、簡単に言ってくれる。
調査は調査に過ぎない。実際に、見本として住民主体で井戸を掘り進める計画が始まっている旨は伝えた。すると、数年前に、彼の昔の上司が、同じ計画を策定したとのことだった。
オラン元民生部長、デ・ムリーリョ。男爵位を有している。 元々オランの都市計画を担当していた人物だ。成長するスラムの状態を憂いて、住宅地の開発や下水道、井戸の重要性を常に説いていた。職務精励、責任感篤く、民に優しく、気骨のある男だったとのこと。下水整備で国王から勲章を授かっている。
ところが、ある時男爵は突然職を辞し、家に引きこもった。彼の作った計画が当時の大臣に認められずに喧嘩別れしたのではないかと言われているが、理由は定かではない。
ムリーリョ男爵はチャザ神への信仰が深かったというので、後援者としては有力だろう。井戸整備についての知見も相当多そうなので話を聞ければ、ついでに今後の井戸への支援が頼めないものかと思った。
男爵の館の場所を聞き、訪ねてみた。館は無人だった。
「そこの館、4,5年前に売りに出されていましたよ」
と、バザードだ。偶然表通りに通りかかり教えてくれた。彼は町のことを良く知っている。酒場の店員をやっているだけあって彼には情報が集まる。何より人をじっと見て観察し記憶に留めようとしている姿勢がある。 盗賊ギルドへ行った帰りだと言った。悪いが、この館の主について今どこにいるのか調べてもらえないか、薄謝だが多少は出す。そういうと二つ返事で受けてくれた。
ついでに、カレンとカールに会った時に、チャザの寄進者にムリーリョ男爵というのがいないか聞いてみた。カレンは聞いたことがないと言う。カールは、首をひねりながら、伝を当たると言った。
カールも貫禄が出てきた。腹が緩むと夫人に嫌われるんですが、と笑っていた。 墓参りは行ったのですか?と聞かれた。彼の弟分のことだ。行っていない、まだ死んだことを許していない。そう答えると、カールは、貴方が貧者のために動くのが分かる気がします、と笑んだ。年を取ると人間、余計なことを言うようになる。
それから、シタールの様子を見に行ったが、3,4人のガキたちと戯れながら井戸堀りに邁進していた。彼らの母親や老人も手伝っている。「ハッハー、今日は頭3つ分掘り進んだぜ!」と意気揚々にスコップを振りあげている。お前が楽しんでどうする。
ヘザーがものすごい指導力で、スラムの子供や親たちを顎で扱き使っていた。…住民に主体性を持たせる目的だけは、忘れないでくれ。 いずれにせよ、これなら大丈夫だろうと、任せた。
ただ、シタールは、最初は、ゴミの山を投げ込まれるなど妨害を受けていた。そのゴミの中に、赤い線の鎖鎧。アレックスの装備があったという。どうするか聞かれたが、宿の娘のフィアンナに持っていけば数百Gで買ってくれるんじゃないか、とだけ答えた。
…は?フィアンナまで行方不明だと? ちらつきまくる邪教の影にうんざりする。 わたしは忙しいのだ、と自分を説き伏せるように思い込んだ。
そして、スラムの最も古い地区、「阿片窟」へ向かった。次の段階の井戸調査のためだ。 確かに住民は無気力で、荒みきっている。五体満足の人間のほうが珍しい。死体なのか寝ているのか分からない人間が転がり、虫が集っている。かつては石畳だった砕けた石が転がり、細かい砂が舞い目が痛い。石据えた臭いで鼻が詰まりそうだ。長居したくはない雰囲気だった。
奥に、廃神殿があった。梁に鎌の形、マーファの印だ。スラムができたばかりの頃は使われていたのだろう。既に朽ちていて無人だが、子供の隠れ家にでもなっているのか、新しい足跡がいくつかついていた。出入りはある様子だった。
裏手に枯れ井戸がある。ひとまずそこに入り、調査を始めようとした。 腰には、銀の短剣を挿している。カレンに顔なじみの店を紹介してもらって買った。井戸の底で半月刀は振り回せない。ラスの話、「亡霊の出る井戸」を意識してしまったのではない。決して。…多分。 そのときはあくまで念のためであり、本当に何かあるとは、思わなかった。
「他に黒幕がいるんじゃないの?」と、軽く言った自分の口を、呪った。 そこにあったモノ。 肉付き人骨なぞ、可愛らしいものだった。 自分の悲鳴が、他人のもののように聞こえる。 井戸の底に、あそこまで醜悪で凶悪なものが待っているとは、思わなかった。 |
| |
| チャザ神殿 |
|---|
|
| カレン [ 2008/11/29 0:03:05 ] |
|---|
| | 「オランスラム給水計画」 それに伴う金銭面援助を申請するに当たって、司祭以上のお歴々を前に説明会を開いた。 真ん中に神殿長と呼ばれる方まで座っていて驚いた。その横でにこやかに頷いている、俺の一方的な”茶飲み友達”、ナイマン司祭。いや、今は位が上がって高司祭。マイペースな長話の末に「是非出席を」なんて絡め取ったに違いない。
あなたは、とってもいい人だけど、ヤな人ですね。
それはそれとして…。 計画書には新たな書類が加わっていた。 スラムの住人の困窮した生活状況と、水不足が原因である皮膚病蔓延についてのレポートだった。連れて行った神官たちが作成したものだ。 皆そのレポートを事前に読んでいたのだろう。説明会自体は滞りなく、大きな反発もなしにあっさりと終わった。 各々の内心はいろいろと差異はあるだろう。純粋に慈善事業と捉える人もいれば、布教の一環と考える人も。 それに対して、俺はあまりこだわりはない。狙いは援助が得られるかどうかにあるのだから。教団の信者(主に有力な商人)に対する影響力が如何ほどか、あとはそれだけだ。
説明会の後、早速捕まる。 ナイマン高司祭とレイモンド司祭と一緒に、また長いお茶の時間が始まった。 ナイマン高司祭は、おっとりとしているようで実は切れ者だ。教団上層部や商家との繋がりも強く、その影響力は侮れない。 レイモンド司祭は、信仰心が篤く真面目な性格と人当たりのよさで信者全般から信頼を得ている。 二人ともスラムの現状に非常に大きな関心を寄せていて、井戸の掘削に全面的な協力は惜しまないと言ってくれた。
「神殿長ですけど、あの方は布教に熱心ですからね。あなたがそうやって動いたことに謝意を示していましたよ。神殿に寄り付かず、『外』の活動が目立っていた頃は頭を悩ませていましたが、その時の経験が漸く発揮される。喜ばしいことだ、と」
ほう。 これはもう神殿が資金調達に乗り出すことは確実に近いということだな。 それにしても、そんなに早くから神殿長が気にかけてくれていたとは知らなかった。
「ああ、それは…まぁ、ねぇ。あはは。あの人も、私の古くからの『友人』ですからね」
俺が昔からナイマン高司祭の噂話のネタだったと……。そういうことですか…。
途中から、このティータイムにカールが加わった。 ムリーリョ男爵という人物を知っているかと、司祭、高司祭に尋ねていた。そうだ、リヴァースが何か言っていたな。
「あぁ、いましたね。下水道や井戸の整備に熱心な人でしたね。何年前でしたっけ、彼が神殿のほうに来たのは」 「今の神殿長ではなかった頃でしょう。確か、カールさんも地方に出向いていたはずです」 「神殿に協力を仰ぎに来ましたよね。あの時の彼の計画は、スラムの環境改善のための下水道整備でした。しかし、スラムに介入することはできかねるとして動かなかったんです」 「そういう意見が大半でしたね。その後ですよ。彼が職を辞して、神殿にも来なくなり寄進もしなくなったのは」 「当時の神殿長は、その責任を感じたのかここを去りまして、今の方に交代したわけですが、その経緯を知っているからこそ、神殿長は今回の件に関して前向きなわけですよ」 「ムリーリョ男爵がそのようになった理由は他にも多々あるのでしょうが、その中に我々チャザ教団もあったということです」
更に、スラムでチャザ信徒である何者かが”悟りの人”として噂になっていことを告げ、神殿関係者が当地に入っているようなことはないかと訊いてみた。 「神殿内にたった一人で彼の地に行ける者はまずいないだろう。もし行っているならば、それを隠すことに意味はないのでは?」という返答だった。 ということは、”悟りの人”は相当あの場所に馴染んでいる者なんだろうか。
まずは、神殿のほうはいい滑り出しだとリヴァースに報告してやろう。 |
| |
| 大惨事 |
|---|
|
| シタール [ 2008/11/29 1:14:33 ] |
|---|
| | ─五日目夜 はー…。労働の後のひとっ風呂に。このシーツの肌触りははたまらねえな。
ここ2日の作業は順調だ。エナンが方々でふれ回ってくれたせいか、協力してくれ人間も出てきた。 何よりも朝の日課だったゴミの片づけをしなくなったの言うのが一番かな!うん!
朝から集まって日が暮れる少し前まで作業。そのあとは炊き出した飯を食って軽く喋ったり、オレが歌を歌ったりして解散。 日を追うごとに協力してくれる人間は増えてきてるし、井戸も順調に掘れてきている。そう言う意味では非常に良いことなんだが…。
想定していた妨害は、初期のゴミ病買いには起きていない。あいつ等の目的が井戸を掘らせずに水不足を招いて暗躍するって事ならもっと盛大に邪魔しに来ても良いはずだ。なのに何も動きが何にもない。
そろそろ何か仕掛けてくるのか? それともここは諦めて他の場所へと目をつけたのか? 出来れば後者が楽で良いが…。ま、そんな甘い考えじゃダメだわな。 ただ、問題は何を仕掛けてくるかだ。もうこの間のようなゴミで埋めるような姑息な手は打ってこないだろう。 これからはある程度実力行使に出てくるかもしれねえ…。けが人…いや、死人が出てもおかしくねえ事もやってくる可能性だってある。
ふっと井戸掘りを手伝ってくれている奴らの顔が浮かぶ。ヘザー、エナンにエナンのお袋さん。他にも色々と。
あいつ等に危害が及ばないようする。例え井戸が掘れなくなろうともオレにとってはそっちの方が大事だ。 井戸ならまた掘ればいい。流石にみんなに言えねえけど、それがオレの正直意見。
そんなことを考えながらオレは眠りについた。
─六日目 あいにくの雨。流石に雨の中掘るのは厳しいので今日の作業は中止とした。 一応は戸板で覆いをしてるので浸水は酷くしないだろうと思うが…それでも気になるのか様子を見に来る人間が多かった。ま、オレもその中の一人だったりするわけだが。
とはいえ、何度も何人で見に行っても仕方がないのでオレはオレで別の用事を済ませることにした。 例の鎖鎧の持ち主を捜していたフィアンナって言う女の消息を探すことだ。 例の鎖を見つけてすぐに井戸掘る金の足しにしようと思っていったんだが、両親の話だとアレックスとか言う恋人を捜しに出てスラム消息を絶ったらしい。
何となく予想を付いたのだが両親にそれを言うわけにはいけねえしよ。おまけにフィアンナを探し出してくれと言われる始末。 あー。何となくオチが想像出来たなと思ったんだが。流石に泣いて頼まれると弱い。
結果として、俺は消息を絶ったと言われてるスラム付近をさがしていた。道案内はエナン。
「この辺はヤバイ奴が多いから多分あの姉ちゃんはもうダメだと思うぜ。」 俺だってその意見には反対はねえけどよ。ほら。アレだ。奇跡ってあるかもしれねえべ? もし生きているなら手遅れにならねえうちにどうにかしてやりてえってのが人情って奴だろ。 「シタールってホント甘ちゃんだよな。」 否定はしねえよ。さ、明日には雨がやんじまうみたいだし。そしたら作業に戻るわけだし。さくっと探すか。
…で、結果から言うと以外とさくっと見つかった。しかも生きてた。 スラムに入って『靴底』の奴らに騙されかけて売り飛ばされる直前だったけど。五体満足だった。 まあ、何か色々されたっぽいが生きてるだけマシって事にしておきたい。 ほんとよかったな。捕まったのがソイツ等で。もっとろくでもないのに捕まっていたら今頃は生きちゃいなかっただろうしな。
ボロ切れになった衣服のままで外に出すわけにも以下ね絵ので俺の街灯をかけて背負うことにした。 エナン。一旦分神殿へ行くぞ。
その時、俺は知らなかった。 そこで俺を待ち受ける者を。そして、起こりうる事態を。
─半刻後 何日も帰らない俺を心配して、分神殿まで探しに来たレイシアに有らぬ誤解を受けて酷い目に遭いました。 いくらなんでもウィスプぶつける事へねえだろ。ウィスプは。
|
| |
| 魔女の足音 |
|---|
|
| ラス [ 2008/11/29 4:08:19 ] |
|---|
| | 「そんな感じで、僕、脅されちゃいましたよー。ラスさんのせいじゃないですかー」 と、そう説明したのはバザード。場所はチャ・ザのスラム分神殿……の近くの廃屋。 “赤鷲”に呼び出されて、釘を刺されたらしい。 つまり、俺の手下として動くことは動くが、基本的に「雇ってるのはオレなんだぜ」をバザードに強調しておくことで、俺が何か誤魔化したりしないように見張っとけ、という意味だったんだろう。 あとはまぁ、俺が何を考えてどう動いているのか、「雇い主」である自分にちゃんと報告しろよ的な? ただ残念なのは、俺には探られて痛む腹がないってことだ。これで多少は痛む腹があるというのなら、スリリングな駆け引きにバザードを巻き込めたかもしれないのに。それが返す返すも残念だ。
「で、僕、調べ事あるんでー」 ……はい? 来る途中にリヴァースに捕まった? 馬鹿か、おまえは。 それ以上言う前に、「じゃ!」と無邪気に叫んで、バザードは走っていった。 あー……頼もうと思ってたことがあったのに。
そして、どんな事態になっていようが、ギルドが経営する店の月締めはやってくる。 カッパドキアがギルドで手ぐすねひいて待っている書類を届けなくちゃいけない。 担当している娼館から書類を全て強奪してきて、1枚ずつチェック。計算ミスを直して、収支に齟齬があれば店主の胸倉を掴み上げる。 経費の計算や、新しく入った娼婦・雑用係の身上調書、娼婦に対する貸付金の金利計算諸々。 もともと何故か俺付きの雑用──つまり、雑用中の雑用、プリンセス・オブ・雑用のスウェンに手伝わせて、なんとか期日前に書類を終える。 「もう一度枚数チェックして、ギルドに届けてこい。俺は寝る」 「ぇー、兄さん、ズルイ! ひでぇよ、あたしだって眠いんだよ!」 「馬鹿野郎、俺は今、オランの危機を救う手助けになるかもしれない可能性のある仕事をしてて、疲れてんだよ」 「……ビミョウにツマンナイ仕事っすか、それ」 うるせぇ、と言い返そうとして、ふと気が付いた。そうか、バザードのかわりにコイツ使えるな。 「スウェン。仕事だ」 「は!? さらに!?」 「そう。さらに。……おまえ、ヴィヴィアン知ってるな? あの女、落としてこい」 「……は? あの、あたし、そっちの趣味ねぇんですけど」
ヴィヴィアンはおそらく、平信者だ。つまり、彼女には「選別」することは出来ない。 俺を避けようとしたのは、俺がわかりやすい「忌物」だったからだ。 じゃあ、見た目と周辺情報だけでは、「忌物」かどうかわからない相手なら、近づける。 例えばスウェンだ。同じ若い女同士、花街担当同士、多少は話の合うところもあるだろう。最初はバザードを使おうと思ってたが、その点で言えば、スウェンのほうが適任かもしれない。 ヴィヴィアンは現状では、周囲に「忌物」が多すぎて──ギルドには異種族は意外と多い。草妖精だっているんだから──精神的に孤立している状態だろうと思う。自分の信じる宗教のことを、滅多に人に話せない状況なら余計にだ。 そこでスウェンが近づいて、ヴィヴィアンの信じるものに興味があると言われたら……落ちるかもしれない。 落ちなかったとしても、ヴィヴィアンにはギルド員としての体面がある。そうそう「仲間」を売り飛ばすわけにはいかない。 教団が今現在、どこまでの規模なのかはわからないが、平信者に多少の動きがあったからといって、すぐにスウェンの身に危険も及ばないだろう。
俺が今まで調べたこと──ニルガル教のこと、スラムの井戸のこと、“赤鷲”との取引、ヴィヴィアンのこと、スラムの店のこと──を簡単にまとめてスウェンに話す。 「……で、だ。おまえが俺の手下なのは身内には知られてる。そこで、ヴィヴィアンの耳に入るように上司の悪口言いふらせ。妖精族なんざウゼーとか言ってもいいから」 「え。……そ、その悪口は…………どんなんでもいいっすか?」 「本音が混ざってもいい」 「ほ、本音なんテ」 声が不自然に裏返ったスウェンを、調べがつくまで帰ってくるなと言って、書類の束と共に放り出した。
夜になってから、俺はグランド爺さんの住んでいた部屋に行ってみた。 一番最初にこの事件に巻き込まれたきっかけの……娼婦のデイジーに頼まれて訪れた部屋は、古びた集合住宅の2階だ。 階段は半分抜け落ちているし、便所は1階に共同のものがあるきりの集合住宅で、爺さんがわざわざ2階に住んでいたのは「魔女除けだ」と言っていた。廊下も階段も、派手にぎしぎしと音を立てるから、魔女がくればすぐにそうとわかるのだと。 ここ数日、この爺さんの行方が知れないと聞いた。俺が最後に見たのは、この部屋のボロい寝台の上で、「井戸の魔女が人を喰らう」と呟いていた姿だった。 爺さんが無理矢理連れ去られたなら、その痕跡くらいあるかと思って、部屋を調べにきた。
行方知れずになる人間たちというのは、例えば食われるなり殺されるなり、そうでなければ邪神教団の内部にいるんだろうけれど、奴らがある程度強引な手段に出ているのかどうか、それを知りたいと思った。 教団に害を為した者とされる、アレックス、ブルガリオ、カノッサの3人は、おそらく殺されているだろう。 ただ、グランド爺さんはどうだ? いや、井戸に関する世迷い言を触れ回っていたか。 半ば以上は爺さんの妄想だとしても、それが危ういところで奴らの活動の一端を言い当てていたら? 老人の妄言とは思っても、邪魔にはなるだろう。……そういうことなんだろうか。
そんなことを考えながら、爺さんの部屋を探る。光霊を呼び出そうかと思ったが、狭い部屋にはそれほどの光量は必要ない。部屋の中にあった短い蝋燭を灯した。 頼りない蝋燭の明かりに照らされた部屋は、特に荒らされた様子はなかった。 前回、俺がここを訪ねた時とほとんど変わっていないように見える。 古びた寝具と最小限の家具、縁の欠けた食器、垢じみた衣服。もともと片づいた部屋ではないけれど、荒らされればそれとわかる程度の記憶力は俺にもある。 ただ、何故か窓が開いていた。冷たい夜風が吹き込んでくる。この季節に何故だろう。 とりあえず、この部屋では収穫が無さそうだ。……これは無駄骨だったかな。
蝋燭を吹き消し、部屋を出ようとしたところで、階下から廊下のきしむ音がした。 反射的に自分の気配を消す。 ──この集合住宅は、1棟に8部屋ほどあるはずだが、グランド爺さんの他は、1階の反対端に親子連れが1組住んでいるのと、その2つ隣の部屋を、筋向かいに住む気の触れた婆さんが猫の餌場にしているだけだ。 まだ若い親子連れや婆さんが出歩くような時間じゃないし、野良猫は音を立てない。足音は人間だ。それも2人分。
階段が、ぎしりと音を立てた。
魔女除けだと、そう言っていた爺さんの言葉がわかる。そう、確かに魔女が近づいてくるのはわかるだろう。けれど爺さん。近づいてくるのに気付いたからといって、あんた、逃げられたのか。 ……そうか、開いている窓。爺さんは飛び降りようとしたのかもしれない。じゃあやっぱり、爺さんは自分の意志で姿を消したんじゃなく、連れ去られたのか。 窓を見る。狭い部屋とは言え、窓まで数歩。床をきしませずに窓まで辿り着いたとしても、飛び降りた先に誰かいないとは限らない。 姿を消すか。いや、もしも近づいてきた奴らがこの部屋に入ってくるのなら、ぶつからずに、または気付かれずにいられる保障はない。 廊下に出るか。……鉢合わせたらどうする。 天井を見上げた。煤けた天井板が貼ってあった。
「ここか」 「いや向こうだ」 話し声がする。 開いている窓。シルフはそこにいる。 <……風の乙女シルフよ、我が言葉、我が望む者の他には聞くこと能わず。我が望むままの道を辿れ> できる限り小さな声で素早く囁いて、“音源操作”の呪文を唱える。自分の発する音だけを消すようにシルフに命じて、天井裏に上がる。足元で天井板が軋んだ感触はある。が、音はシルフが吸い取ってくれた。 その直後、部屋の扉が開いて、廊下から男が2人入ってきた。
「蝋燭の臭いがするな」 「窓が開きっぱなしだ。通りから流れてきたんだろうよ」 「それにしても、こんな部屋から『導き手を目指す者』が現れるとはなぁ」 「ジュリアス様がそう言ったんだ。俺たちみたいな、スラムに住んでる貧乏人にもやっぱり役割はあるんだよな」 「で、なんだっけ。グランドさんが娘さんにもらったものを探すんだったか」 「ああ、そうだ。確か、膝掛けだと言っていた。ジュリアス様かムリーリョ様にそう言えば、いくらでも新しい物が貰えるだろうにな」 「思い入れとやらがあるんだろうよ」 「そろそろ女王様も見つかるという。グランドさんにも早く、神の声が届くといいな」
こちらの音はむこうに届かないが、奴らの会話は俺の耳に届く。 ……なるほど。あの爺さんは生きてるか。それも、妙ちくりんな役割として。 それに、名前も聞けた。 やがて奴らは、探し物を見つけて部屋を出て行った。
建物から人の気配が無くなったのを確認して、そこからさらに四半時ほど待って、俺は天井裏から下りた。 下りると同時に、天井板が幾つか剥がれ落ちる。 ……今まで保ってくれて助かった。 |
| |
| 布教 |
|---|
|
| ジュリアス(「悟りの人」) [ 2008/11/30 1:36:35 ] |
|---|
| | こんにちは。井戸掘りですか。精をだしておられますね。いえ、手をお止めになる必要はありません。 ああ、かたじけない。
貴方は、こちらの住民ではありませんね。戦士の方ですか。 そうですか、住民の手で住民の井戸の水を掘る。素晴らしい行いです。貴方がたの活動、とても嬉しく思いますよ。 これは、貴方がたが考えたのですか…。
くすくす。そう警戒なさらないでください。 戦士様。私たちの目指すのは、スラムの貧者の救済です。
オランという大都市。富の蓄積や財の流通により、都市は発展しました。ですがここは、発展の裏に置き去りにされた弱者たちの集まりです。富める者が富み、力ある者が力をつけるほど、反作用として弱きものが増える。 貴方はここの住民の姿と、王宮近くに住む富める者たちの格差に、疑問を抱いたことはありませんか。
同じ人間なのに、どうしてこう違うのだろう。
貴方のようにお強そうな方は、感じたことはないかもしれませんね。
富は人と人に差を生みます。富に差のある者たちの交流は、嫉妬と不幸を招きます。 もともと皆が少ししか持っていないのであれば、人はそう不満に思うことはない。 人は、富に差があり、他者の富をうらやむことで不幸になるのです。 そして、他人の分を奪い、富を偏らせるから、弱者が生まれる。 ここは、奪われたものたち、弱きものたちの場所なのです。
けれど、富を求め、財を貯めたところで、人々は幸せになったでしょうか。 金持ちにも更に富を求めるがゆえに不幸な者がどれほどいることでしょう。
最低限の食べ物ときるものと、あたたかな家族と、自分の為す役割さえあれば、人はそれなりに幸せなのです。「役割」は、人がそこに生きている意味を与えます。人は「役割」を得ることで、満たされます。
「役割」をよる心の充足と救済。それこそが、我々の目的です。 貴方は、住民たちに、井戸掘りという役割をお与えになった。それは住民たちに「自分たちにもできる」「自分たちで生きていける」という自信をお与えになった、ということに等しい。
ですので、貴方がたの活動を、とても悦ばしく思うのですよ…。
おやエナン、皮膚病はだいぶ良くなったようですね。妹さんのほうはどうですか? そうですか。少しずつ快方に向かっていると。貴方方の信心の賜物ですね。神への祈りを絶やしませんよう。
薬、ですか? ええ。屠殺場で出る脂を使って、我々が配っております。悪い水を弾くようにするのですよ。それなりに効果はあるようですね。
それにしても、戦士様。住民の方々の信頼を得て、よく活動されていらっしゃる。エナンたちもよく貴方に懐いているようですね。
あぁ、あの少女。ヘザーさんの役割も大きいようですね。 本当に……頼もしい。くすくす。
もし、なにか我々の教えに感じることがありましたら、ぜひ私の元を訪れてください。 「灰色鴉の店」という雑貨店に伝言をいただけましたら、お伺いいたしますよ。
ああ、この手ですか。綺麗でしょう。蟻。生き物で最も美しく、「役割」を勤めている者たちです…。
|
| |
| 潜入 |
|---|
|
| スウェン [ 2008/11/30 3:11:09 ] |
|---|
| | ある日、ダチが消えた。 誰に尋ねても、その行方を知らないという。あの娘の直接の上司(つっても下っ端に毛が生えた程度なんだけど)にも一応聞いてみたけど、苦い顔をされるばかりで、むしろ何か知ってるんじゃないかと勘繰られる始末。 荒事にも手を出してる癖に時折とんでもないヘマやらかす娘だったから、何か失敗して返り討ちとか、もしくはあの上司の苦い顔は「大人の事情」でトカゲのしっぽ切りよろしく消されたのか? とか、そんなことばかり考えた。だってあたしに何も言わずに消えるなんてこと、ないと思うんだ。 騙し騙され、落とし落とされ。仕事を担っていても、下っ端なんて組織の中ではクズ、いや砂埃同然の扱いで、文字通り強いものの息吹で吹けば飛ぶような存在。 それが役回りだし、厭なら出世するか色々覚悟の上で足抜けするかしかない。 もし彼女が消されたのだとしても、あたしの居る「巣穴」にはよくあること。そう分かっていても、平然となんてしてられなかった。でも、そう振る舞わなければこっちがヤられる。 あたしも少しは大人になった。わかりやすいなりに、表情を作れる。
悔しくて真相を知りたいけれどその件を忘れたふりしてひたすら書類書きに専念してた。何せラスの兄さんが忙しいツケがこっちに回ってくるのだ、泣いてる暇もない。月締めの書類は容赦なく期日が来るのだ。
やっと仕上がった、これで寝られると思っていたら、ラスの兄さんから新たなお仕事の追加。それも、今まで聞いたこともないような、はらわたの煮えかえるようなコンチクショーな内容だった。 色々我慢を覚えたあたしだけど、今度という今度は、そのおぞましさにブチ切れた。 この仕事、そのブチ切れを生かさせてもらおうじゃねぇか。
************
消えた友人代わりってわけじゃないけど、時折ヴィヴィアン姐さんとは仕事の情報交換しがてら駄弁ってはいた。もともと管轄は違うけど、あっちも花街まわりの仕事で、上司を通して何だかんだと付き合いのあった相手だった。 実はあのあと運よくというか、巣穴に書類を提出するときに彼女に会えたのだ。考えれば花街関連の書類締め日ぎりぎりだったし、重なることは十分ありえた。
連日の書類作成で憔悴しているあたしを気遣ってくれた姐さんに、直接「上司に対する愚痴」を話してからの数日は、今までとは違って自分から姐さんが近づいてきて、何やら盛り上がってきてる。 ちなみに態度をかえてからのわずかの間に近づいてきた奴は結構多い。ニヤニヤ笑いながら愚痴や悪口に同調して、他人に自分の気持ちを代弁させて腹の中を掃除するような輩。今回の件に係わりがなさそうでも、頭の中に誰が近づいてきたかはしっかり刻んである。 ラスの兄さん、あとで教えるからねー。
さてと。んじゃ一丁やるか。
今夜も親しげに話しかけてきた彼女と、酒場の隅っこで仕事明けのエールなんぞ飲みつつ管を巻いてみる。 「前はさ、とっつきにくいっていうかカタい感じだったけど、姐さん最近すっごくイイ顔してるよね。充実してるっていうか、凛としてるっての? あたし日々疲れてるからさ、そーいう顔みてて”あ、良いな”って思っちゃったんだ。それに引き替え自分は……ってさ」 「何弱気なこと言ってんだか。しっかりしなさいよ」
杯をあけながら、あたしは大きなため息をついてみせる。 「だってさ、前も話したけど上司がいけすかない半妖精だよ? 確かに顔はいいし目端も利くし、魔法まで使えちゃうけどさ、女として扱われるならともかく、部下としてはやりにくいんだよね。出世もいつになるかわかりゃしないし、毎日空しいってか、仕事頑張りたいのに心の支えに欠けるってぇか。 最近は変な噂もあるしさ、その下についてる人間の迷惑も考えろっての。あいつのせいでホントあたし妖精族嫌いになった」
ぶちぶちといい募るあたしを眺めつつ、彼女は今日何度目かの逡巡を見せる。こういう世界にいるくせに、結構思ったことをうっかり口の端にのせたり、表情に出しやすかったりするのがこの人……ヴィヴィアンのかわいいところだ。危なっかしいけど。 首を傾げて「何?」という表情を作ると、彼女は何かを決心したかのようにゆっくりと口を開いた。
「ねえ、さっきアタシに”いい顔”って言ったよね。それ、ちょっと心当たりがあるんだ」
そして最近聞きに行っている説法の話を始めた。酔っ払いめいた茶々を入れつつも、あたしが熱心に聞き入る――そりゃそうだ、それが目的なんだから――のを見て気を良くしたらしく、段々彼女の口ぶりにも熱が入る。
「あ、それいいなー。自分の役割を果たすことで、死んだあとの幸福につながったり誰にも空しいことがないってあたり」 少し大袈裟にため息をついてから続ける。 「でもほんとかな。今の状況にいい加減頭にきててさ。あの人……じゃないや、半妖精、人をこき使うにも程があるっての。私用とか私怨とかで下っ端顎で使うなんて10年、いやあの連中なら100年? 早いんじゃねっての。でもそれが今のあたしの役割じゃん? 空しいよ」
「……実はその説法、いえ、そこの教義では人間を至上としてるのよ。というか他は祝福されないってこと。ちょっと過激だけどね」
少しばかりの予防線を張ってきた彼女に、過激で結構、これだけ沢山人間が栄えているしそれは納得だ、と口にすると嬉しそうに頷き、丁度明日説法を聞ける集会があるから来てみないか、と誘ってきた。 あたしみたいなガキで、カネもない巣穴の下っ端が行っていいのか? と尋ねると彼女は笑って、スラムの一角なので多少人を選ぶものの、貧富も老若男女も関係なく開かれた場所だと言う。大抵20人にも満たない集会だから緊張するかもしれないけれど、お偉いさんが着飾って威を示すどこぞの神殿じゃあるまいし、聞きにくるのは貧しい普通の信者ばかりだし、自分が紹介するから、と。 「実際爵位をお持ちの方もいらっしゃるって話だけど、みんなきさくよ」
是非にと答えると、待ち合わせ場所と時間を告げられ、そのあとはたわいもない話をしてからお開きになった。 ふふん、計画通り、ってやつ? 罠かと思うくらい。 よっぽど気ぃ張ってたのかな、彼女。話し始めたら山津波みたいな勢いだったし。
翌日の夕刻。案内されたそこはスラムの比較的浅い場所、巣穴にも意外なほど近い、廃屋めいた小屋だった。初めての人間を連れて行ける集会だ、恐らく拠点としてはあまり重要視されていないのだろうが、それでも10人ほどの男女が饐えた臭いのこもる狭い空間にいた。 いきなり兄さんの話にあった「猿の左手」とか「灰色鴉の店」じゃないってのが逆に怖くなる。それだけこの街にやつらは蔓延ってる、ってことだから。 新参者に警戒感を滲ませながらも、説法を楽しみにしているあたしの様子を見てとって少しずつ空気が和らぎ始めたとき、悟りの人がお越しだ、とつぶやくしわがれた声が耳に届いた。笑みを浮かべつつ入ってきた男を立ち上がって歓迎する人々の異様な熱気に、胸が悪くなるような何かを覚えつつ必死で耐えた。 さあ始まるぜ、茶番が。
今日の日取りは前もってラスの兄さんに伝えてある。小屋に入る直前に、尾けてきたバザードと目もあってる。これでいきなりあたしが帰らなかった時はきっと、兄さんがなんとかするだろう。 あたしは精一杯、情報の糸口をつかむまでのこと、だ。 |
| |
| 酸鼻 |
|---|
|
| ラス [ 2008/11/30 21:08:07 ] |
|---|
| | 家畜屠殺場は、オラン郊外で家畜を飼っている人間たちが、数年前まで利用していたらしい。 最近は、川の近くに新しい屠殺場が出来て、そちらを利用する人間が多いようだ。スラムの治安が悪くなって、スラムの屠殺場が利用しにくくなったのも原因だろう。 今ではスラムの屠殺場を利用する者はあまり多くなく、スラム近辺の住民が自分の家畜のために使うか、年に一度、オランの衛視隊が野犬駆除ををする際に使うくらいだという。
潜り込んでみるのは、午前中にした。今夜は新月だ。夜に何かを調べるには暗すぎる。かといって明かりを使えば、誰に見られないとも限らない。 昼過ぎや夕方では、もしも俺の想像が当たっているなら、『猿の左手』の店員が「材料」をとりにくるかもしれない。
そして、家畜屠殺場に潜り込んだ俺は、想像通りの……いや、想像以上のものを目にする羽目になった。
踏み込んだ途端、漂う血と脂の臭いに酔いそうになった。足元の砂利は、赤褐色に染まっている。 カモフラージュのつもりなのか、床の一部には、薄汚れた犬の毛皮や山羊の角が転がっている。 けれど、最近何度もここが使われているのは明らかだ。 室内にある何本もの肉切り包丁や斧、鋸のようなものには血の跡がついていて、しかもそれは錆びていない。 作業台と思しき大きな机の上には埃も積もっていなかったし、木目に染みこんでいる血はまだ生臭さを残している。
裏に回って、物置小屋らしきものを見つけた。扉を開けてみると、中には生乾きの草の束が積み上げられていた。どうやら麻だ。 なるほど、スラムで栽培するには、ケシよりも麻のほうが栽培しやすいし、収穫量も期待できる。 薬用以外にも麻の利用価値は高い。食用としても、繊維をとるにも、育てやすい麻のほうが便利なのだろう。 おそらく、俺が『猿の左手』で嗅いだ臭いも乾燥させた麻のものだ。 スラムの奥にある阿片窟は、もともとマーファ神殿が病人や怪我人を収容するための施設でもあったという。そこでは多分、阿片と麻が併用されていたんだろう。 いや、ひょっとしたらニルガルもそうなのかもしれない。「食物」にされる恐怖心を和らげるためや、自分がそれを口にする嫌悪感を断ち切るために、麻や阿片が利用されていてもおかしくはない。 ただ、麻はここらで栽培できるだろうが、阿片となるとどうだろう。……いや、それも、盗賊ギルドの人間がいれば入手する術は幾らでもある。
室内に戻って、探索を続けた。壁際に木箱や樽が幾つか並べられていた。 イヤな予感がした通り、その箱や樽の中には、一見して鳥獣のものじゃないとわかる肉が保存されていた。しかも部位ごとに。 ここにあるのはおそらく塩漬けのものだろう。きちんと血抜きされて、塩がまぶされていたし、ご丁寧に香草も何本か混ぜられている。 何のための、この丁寧な下処理かと思うと、リヴァースじゃなくても吐き気がこみ上げてくる。 それに、その「断面」は不快だ。嫌でも、自分の左腕が自分のものじゃなくなったあの時のことを思い出す。左腕の動きが鈍くなったように感じるのは、冷え込んでいるからだけじゃなさそうだ。
屠殺場の隅に、小部屋があった。屠殺人や調理人が休む部屋かもしれない。 何か手がかりがあるかと思って、その扉を開けようとする。 そこで、例の、行方知れずになったという盗賊ギルドの人間が働いているんだろうな、という痕跡があった。 扉の近く罠が仕掛けられていたからだ。ただ、盗賊たちはやっぱり、下っ端の域を出なかった奴らのようだ。まだ昼だということもあって、罠や鍵が苦手な俺にも見つけられた。 かかっていた鍵もあまりしっかりしたものではなく、ピックの先で少しいじくると難なく開いた。 多分、作業場に充満した臭いで、俺の鼻は鈍感になっていたんだろう。
扉を開けた俺の目の前に、人間の顔があった。ここが休憩部屋ではないという事実に、扉を開けるまで俺は気付かなかった。 思わず声を上げそうになって、息を吸い込む。吸い込んだ息には、これまで以上の血の臭いが含まれていた。 一気に気分が悪くなるが、ここで吐くわけにはいかない。 目の前にいるのは生きている人間ではなかった。そして1人でもなかった。 扉を開けた先は、解体前の保管庫だったようだ。
鉤型の金具に引っかけられて、整然と並んでいる死体はどれも、胸から腹まで切り裂かれ、内臓を取り出されている。 首の下から血色の空間がぽっかりと空いている様は、今までに見たどんな死体よりも不自然だった。 その濁った目には既に表情はない。ただ、口元がだらりと微笑みの形を描いているのが妙に不気味だった。まるで、自分の「役割」に満足しているとでも言いたげな……。 死体の1つは、まだ若い娘のようだ。両足が不自然に細くねじれている。……そういえば足の萎えた娘が行方知れずになったと聞いたな。多分その娘だろう。 左肩に蠍の刺青をいれた男もいた。これは盗賊ギルドにいた奴だ。アリュンカに調べさせた、行方不明者リストの中にこの特徴があった。
……そういえば、内臓が無いな。
「……で、その……内臓はあったのか」 夕刻、調べを終えた後に立ち寄った分神殿で、カレンにそう聞かれた。 「ああ。あった。もともと屠殺場だから、それをまとめて捨てる場所があった。シャベルも置いてあったが、さすがに引っかき回す気にはなれなかった」 「あとは?」 「調べ終えて、しばらく付近で隠れてたんだけど、そこに『猿の左手』の店主と『灰色鴉の店』の店員が「材料」をとりにくるのを見た。『猿』の店主が、今日はオッソブッコだとか言ってたよ」 「……オッソ? なんだそれ?」 「…………すね肉のトマト煮込み」 「…………」 答えた俺よりも、カレンのほうが吐きそうな顔をしていた。 「もうすぐシタールも帰ってくる頃だ。……オマエ、少し休んでいけ」 「……ああ。ちょっと……礼拝堂にいていいか」 「? いいけど、あそこ寒いぞ」 「いいよ、そのほうが頭がすっきりする」
小さな礼拝堂は、古ぼけていながらも、掃除が行き届いているらしく埃の臭いはしなかった。 冷たい空気の中、身のうちに澱んだ血と脂の臭いを掻き出すようにして、何度か深呼吸をする。 俺自身は信仰とは無関係だが、礼拝堂のこの空気は嫌いじゃない。 がらんとした石造りの空間に、質素な木製ベンチが幾つか。正面には、チャ・ザの石像があった。 チャ・ザやファリス、マーファ、ラーダ、マイリー……そういった、光の神々がそれぞれの教義としているものは、まぁなんとなくはわかる。 人が出会い、交流し、そこから紡がれるものが、それぞれにとって幸いであるように、と説くチャ・ザの言はわかるし、そういったものを拠りどころとして、神殿に通う信者の気持ちもわかる。 けれど、ニルガルの教義とやらはわからない。 勤勉であることや、集団のために個を捧げることなんてのは、まぁそれだけ聞いていれば悪くはない。 ただ、役割に従えばそれで良しとするのは、本当に弱者のためなんだろうか。
リヴァースが言っていた。虐待を受けた半妖精のクソガキに、痛かったのも苦しかったのも、それはおまえが弱いからだ、と。 冒険者の論理としては頷ける。弱い奴は生き残れない。けれど、あのクソガキは生き残った。ひどい目には遭ったが、諦めずに脱出のチャンスを窺い、そうして生き残った。 多くの傷跡は残るだろうし、耳や目も失っているから、これから先、半妖精だというだけじゃないハンディも背負うだろうが、諦めずに生きていくことは出来るだろう。 「忌物」としての「役割」に甘んじることなく。 ──俺は、無意識に自分の左腕をさすっていた。
多分、あそこにぶら下がっていた、足の萎えた娘にもそれは出来ただろう。蠍の刺青をした盗賊にももちろん出来た。 「食物」としての「役割」以外に、目指すべき何かがあった。他人の……文字通りの糧となるのではなく、自分のために何かを目指すことが出来た。 ニルガルの論理には、それが欠落している。 「あなたの役割はそれですよ。それでいいんですよ」と言われれば、何かを喪失した者にとっては救いになるんだろう。それが死後の幸福に繋がるんだと説かれれば、今の生を諦めて死後に賭けようとするのかもしれない。今の生にそれほど絶望している者であれば。 ……今の生に絶望させるために、スラムですら生きていくのは難しいのだと望みを絶つために、井戸を汚してるんだろうか。弱者を作り出すために。
うーん。 そろそろ怒ってもいいのかもしれない。 |
| |
| お祝い |
|---|
|
| ヘザー [ 2008/12/01 17:41:02 ] |
|---|
| | 兄さん。…いや何でもない。 忙しそうだし、後でいーや。
え、今言えって。お前はいつも我慢強いから、手遅れになったら困る、って。 そんなんじゃねー。えっと…大丈夫なんだけど。大丈夫と思うんだけど。
なんか、ハラが痛い。 下腹が、ぎゅー、って雑巾絞りされてるかんじで。
スラムで悪い物でも食ったか、って。オレがそんなんでハラ壊すよーにみえるかよー。
それから、えっとな、えっと…。うー…。 いってごらんって、いわれても。笑うなよな。絶対。
……く、黒いもんがでてくんだ。下着代えても、なんども。
そういうと、兄さんは、血相を変えて立ち上がった。
「セシーリカを呼んでこないと!」
それから、ああでもない、こうでもない、と、二、三週、狭い部屋をぐるぐるまわってから、お祝いだ、お祝いをしないと、とブツブツ呟きながら、神殿を出て行った。
人が苦しんでいるのに、お祝いって何だよー!
しばらくしてから、ラスのにーちゃんと、セシーリカのねーちゃんがやってきた。 ねーちゃんは心配そうに動かないにーちゃんたちを「外に出てて」と凄い迫力で追い出した。
「これはね、おんなのこがね、大人になった証だよ。おめでとう」 ねーちゃんは、そうゆっくりと言って、笑った。
それから、布の巻き方とか、汚れた部分の洗い方とか、寝ている必要はないけど、苦しいようだったら動かないように暖かくしていたらいいとか。いろいろ教えてくれた。 病気じゃない、誰にでもオンナならみんなにあることだ、っていうから、安心した。 でもこの苦しいのが、毎月おなじ時期にあるんだってのか。おとなのオンナは、大変だ。
正直、オレ、体がどうにかなっちまったんじゃないか、ってすごく怖かったんだ。 ねーちゃんがにこにこ笑ってて、兄さんたちがなんかシンミョウな顔で「お祝いどうしようか」ってぼそぼそ言ってる。
なんかよくわからないけど、顔が赤くなった。 オレは何も変わった気はしなかったし、お祝いとか言われても、わけわかんねー、って感じだけど。
でもそうやって、喜んだりウロタエたりしてくれるのが、なんか、恥ずかしくて、ちょっと嬉しかった。 親とかキョウダイとかいる奴等って、みんなこんな感じで過ごしてんのかな、と思った。 |
| |
| スラムにて |
|---|
|
| アリュンカ [ 2008/12/01 19:13:41 ] |
|---|
| | ボクは巣穴詰めの下っ端だ。 他の人間にうらやましがられるような役得も責任もない。 昔捨てられ、そして今住み着いているスラムの一角だけが縄張りと言えばいえるかも知れない。 少しばかり手先の器用な、どこにでもいる、下っ端の盗賊。それがボク。
目の前にどっしり腰を下ろす爺さんはそれだけ言うとまた書類に目を落とす。 「他から声をかけてもらえるとは成長したな」 要するにボクがここの人間だって事の念押しだ。 しばらくそのまま待ってみたけれど、他に何も言う気配がないからそのまま部屋を下がることにする。 ボクに声がかけられたのはカミサマの信者じゃなかった事、それから多分スラムの人間だからだ。 ギルドが教育をしてこすり落とそうとしたスラムの臭い。
それが数日前。 今日は行方不明者の詳細なリストに、スラムでの行方不明者を幾人かくわえてスラムに向かう。
おかしな話だけれどニルガルってカミサマの教義が広がる理由、ボクには分かる気がする。 ボクが昔のまま、スラムでゴミみたいに暮らしていたら受け入れてしまったかもしれない。 スラムの闇は、とても、とても、深い。考える事を諦めてしまえるくらいに。 暗闇で何かにすがればそれだけで平和に生きていけるというのなら、その何かが罪深いかどうかなんて関係ない。 自分達の手で何かがつかめるならその誘惑を退けられるかもしれないけれど。
そこまで考えて頭を振る。ボクらしくない。 ふと目を上げれば、そこには大穴があった。 中から土をかき出すのは大柄な戦士。 話しかける男に胡散臭そうな視線を向けている。 そういえば、スラムの住民達で井戸を掘るとか言ってたっけ。 戦士に話しかけていた男が話を終えてこちらへと歩いてくる。 施しの神官か何かかと思って奉仕袋(とか呼ばれてるただの袋)をさがすけど何も持っていない。 その視線に気がついたのか男が微笑んで声をかけてくる。 「奉仕の神官なんだったらなんかチョーダイ」 そういったら少し表情を緩めて違いますよと答えられた。 すれ違ったときに目に入った男の手。 彫られた刺青は蟻の形をしていた。 |
| |
| 希望灯 |
|---|
|
| シタール [ 2008/12/02 0:04:16 ] |
|---|
| | ─七日目 待ちに待った奴らからの接触があった。今のところの実害はない。実害はないんだが…。 言っていることも分からなくはない。とくに厳しい環境下で住んでいる人間には甘い言葉に聞こえるだろう。 「自分がこうなの役割だ。」とおもっちまえばその環境にも耐えれるだろう。でも、そこから上に進もうという気力を奪っちまう。自分でチャンスを摘むようなことは気にくわない。
って、そんな話を気づいたらメシ食いながらエナン相手にしていた。「ガキ相手にナニ難しいこと言ってんだよ…俺。」って気持ちになった。 けど、エナンはガキなりに俺の話を真剣に聞いてくれた。 「ちょっと前までなら俺ならさ。あいつの言うことにその通りだって思ったぜ。この汚くて貧乏なトコじゃ何も出来ない。水すらロクに手に入れられなくて、それで病気も流行って。何をしたってただの無駄だ。外の世界なんて出れっこない。他人から物盗んでそうやって生きていくしかないってさ。」 そういうエナンの顔はガキにして酷く疲れているし、妙に大人に見えた。コイツは俺には想像出来ないぐらい苦労して育って生きているって事を改めて実感した。 「でもさ。井戸を掘るのを手伝い始めて分かったんだよ。変わろうと思えば変われるんだって。したことが無駄にならないこともあるって。それに。シタールが聞かせてくれて外の世界に出たいと思ったし…。」 そういうエナンは柄にもなくモジモジしだした。俺が不思議そうに見ていると小さい声で。 「俺…。シタールみたいにボーケンシャって奴になりたい…。」 とか言いだしやがった。あー。アレだ。こっちも柄にもなく。照れてしまった。
その様子をヘザーが不思議そうに遠くから見ていた。
−八日目 奴らからの動きもなく。作業も順調。何よりも掘り出す土がかなり湿り気を帯びてきたことが皆に希望の灯をともした。水が出る日も近い。そう感じられたのが凄く嬉しかった。
そうなると井戸が出来た後のことも視野へ入れないと行けねえわな。一番は誰を井戸の管理者にするかって事だ。 今は井戸を掘るという目標があるから団結もしてるけど。水が出れば利害が全員一致するとは限らねえし。
その間に入らないと行けねえわけだし、こう言うトコで金も管理するのはすっげー大変だ。 やる気だけならガキどもから誰か選ぶのが良いが…とてもじゃないが無理だよな。俺だっていつまでもここのことを出来るワケじゃないし、それじゃ意味がない。 リヴァースが言っていた「お前が楽しんでどうする。」って意味がようやく分かった。 もっと、賢くやるべきだったんだな…今更ながらに反省した。
夜に分神殿へ戻ると。顔色があんまりよくねえラスが居た。その時点で何か嫌な予感はしたんだが…。 なんつうか聞くんじゃなかったと思ったわけよ。そしてメシ食った後で良かったなと。 でもよ、あれだ。これで証拠は大分固まってきたのは分かった。後は決定的な証拠を掴めば良いだけだ。
ただな。カレン。俺は神官戦士団の派遣には反対だ。あいつ等は加減無くやるぞ。 その時にここがかなりまた荒れてしまう可能性があると思うと俺はどうしても賛成出来ねえぞ。 |
| |
| 事件 |
|---|
|
| カレン [ 2008/12/02 0:43:11 ] |
|---|
| | スラム「梟の足」地区の井戸掘削の予算が下り、まずその一部が分神殿に届けられた。 すでに購入済みの資材の費用と、作業者達の食事代に当てるようにとのことだった。 実は、そのほとんどをシタールが肩代わりしているので、これで返済をすることにした。 神殿から商人に向け、援助の呼びかけは既に始まっていると喜ばしい報告を受ける。 その場にリヴァースがいなかったのが残念だ。ここ何日か、分神殿に立ち寄ることがない。調査で忙しいのだろうな。
しかし、喜ばしくない報告もあった。
ナイマン高司祭、とある商家にて若夫人に切りつけられ、負傷。 止めに入った使用人の一人が致命傷を負い死亡。 高司祭を庇った若夫人の夫も怪我を負った。 若夫人は、屋敷の外まで逃げたナイマン高司祭と夫を追って行ったが、そこで見廻りの衛視に取り押さえられ連行された。
急報を聞いて神殿に駆けける。 面会はできなかったが、レイモンド司祭から話を聞けた。
「ナイマン様は、代理人や書面だけの要請ではなかなか色よい返事をもらえない気難しい方もいらっしゃると、そう言っていくつかの商家は自身で出向いておられた。まさかこんなことになるとは…」 「傷は深いんですか?」 「命を落とすまでではなかったはずだ。しかし、簡単な応急処置のみで帰還されたのだ。他の司祭が癒したのだがね。弱っているよ」 「何故…。あの人は”奇跡”を使えるでしょう?」 「あの方は、君のように冒険者をやっていた人ではない。不測の事態に動転して対処できないのは、不思議なことではないだろうな。気を失っておられた。相当ショックだったのだろう」 「……………。あなたも気をつけてください。悲しむ人たちがいるんですから」 「私は大丈夫だよ。神殿に来た人々への説法に織り交ぜて、こつこつと寄付を募っているだけだからね。何の心配もない、のだが…」
そして、心配げで難しい表情だった面をふと緩ませ、眉尻を下げて微笑んだ。
「ナイマン様の名代でこれからその商家に見舞いに行ってくるように頼まれたのだ。一緒に行くかね?」 「……………一人で行きたくないんですね?」 「何が起こるかわからないからねぇ。君が来てくれてよかったよ」
件の商家を訪ねると、「君はここで待っていなさい」と別室で待たされた。 これなら一緒に来ることもなかったのに…。 黙って茶を飲んでいるだけというのもなんなので、屋敷の使用人と話していた。「このたびは大変でしたね」から始まっていろいろと。 事件後、まだ一晩しか経っていない。興奮冷めやらぬという風情で使用人は会話に応じた。
「びっくりしましたよ。若奥様、物静かな方でしたのに…あんなことになるなんて。ちょっと前は、趣味の合うお友達ができたって楽しげでいらしたのに、最近はなんだか沈みがちでした」 「あらでも、その頃は少し口うるさい感じじゃなかったかしら?」 「そぉ?」 「あなた言われたことない? 自分の役割がどうとか……。私、仕事はちゃんとやっているつもりだったのに、何か若奥様には気に入らないところがあったのかなって、なんだか嫌だったわ」 「そういえば、料理人の何人かも同じようなことを言ってたわね。でも、特に怒っているふうでもないし、何なんだろうって」 「気鬱だったのかしらね…。やっぱりお子様が流れてしまったから…」 「気遣いが足りなかったかしら、私達…」
こういうお屋敷の使用人達はお喋りだ。 こちらは衛視ではなく、神殿からの訪問者。事件の取調べではないものだから、水を向けただけでほんの世間話だと思って喋ってくれる。 驚きだ…。
翌日、カールと共に衛視局へ向かった。留置されているはずの「若奥様」に会うためだ。 「若奥様」は、小さな寝台が置かれただけの小さな殺風景な部屋にいた。扉には厳重に鍵が掛けられ、天井近くの明り取りと扉の小窓だけが外界との接点だった。 その扉の前に立ち、懐からあるものを取り出す。 それを小窓から見せ、声を掛ける。
「オンデさんですね。…これ、あなたの物ですか?」
直後、扉に体当たりでもしているような音が響いた。絶叫と共に。かろうじて「返して」と聞き取れる、悲鳴交じりの声だった。「あまり興奮させるな」と衛視から文句を言われた。
見せたのは、ニルガルの紋章が入ったハンカチ。 それを返せと言った彼女はニルガルの信者。 そして…そのニルガルの信者が、チャ・ザの高司祭を襲い重傷を負わせた。 そういう事件だ。 それにしても、チャ・ザとニルガルには因縁があるとはいえ、周囲に人がいる中で凶行に及ぶものなのか…。衛視局でのあの反応、イストに加えた虐待。この印には、そんなにも重要な意味があるのか。そこまで人を駆り立て、或いは追い込むような…。
「カレン。ニルガル教の本拠を見つけ出してくれませんか」 「神官戦士団を動かす気かい?」 「事がここまで及んだのですし。…それに、井戸の掘削にも支障が出るかもしれません。潰しておくに越したことないんです」 「わかった。やってみるよ.。けど、どれほどの規模かもわかってないんだ。戦士団の派遣は今はまだ保留にいておいてくれないか」
カールはいつもの品のいい笑みを見せず、厳しい面のまま神殿へ帰っていった。
そして分神殿への帰路、ふと思い出す。 そういえば、お祝い……何がいいだろう。上等な服なんかあげても着ないよな。いちばん喜びそうなものは食い物だけど、それじゃラスだけが頑張ることになる。 ………なんだかなぁ。考えることが一杯で熱が出そうだ。 |
| |
| 報告、調査、調査・・・ |
|---|
|
| バザード [ 2008/12/02 22:55:54 ] |
|---|
| | カレンさんの神殿の方に向かう前に、買い食いしようと通りに出たところでリヴァースさんを発見。
「この屋敷の主が今どこにいるか、調べてくれないか?」 と、オバケ屋敷の持ち主を探してるそうで。
とりあえず「カミサマ」と直接関係はないみたいだけど、お小遣いもくれるみたいだし。 これだけのお屋敷の持ち主なら簡単に見つかる、と思った。
ムリーリョですね、任せてくださいー! と安請け合いしてリヴァースさんと別れた。
で、寄り道して向かった神殿では、カレンさんは外出中だった。アリュンカさんもいなかった。 で、いたのはラスさん。
いろいろと手間が省けて助かった。チャ・ザ様、感謝しまーす。
神殿ではまずいから、近くの廃屋に移動した。 今日の出来事を一通り説明したけど、ラスさん返事なし薄笑い。 人がせっかく脅されてきたのにー、なんかひどいですよー。 どーせ、ロクでもないことを考えてるんだろうけど、言われても困りそうだったので言葉を続けようとして用事があるのを思い出した。。
「・・・一応怖いんで、報告はしますけどねー。あ、そうそう来る途中にリヴァースさんと会って」 「はぁ、リヴァースに?」 「で、僕、頼まれて調べごとあるんでー」 「・・・おい、馬鹿か、おまえは」 「また来まーす、じゃ!」(ダッシュ)
ラスさん、なにか言いかけてたような気もするけど、とりあえず離脱。
・・・で、自分が指名されたのはラスさんの手伝いだってことを思い出したのは少し後のこと。 あー、ゲンコツくらいで済むかな・・・。
あんまり気にしても仕方がない(今さら戻れないし)ので、心当たりの端から、屋敷について調べた。
オランには、さすがに大きい街だからか、子供とかから「オバケ屋敷」とか呼ばれる建物がいくつもある。 リヴァースさんが覗いていたのもそんなうちの一つ。
ただ、どんなオバケ屋敷かによって調べ方が違う。 一番厄介なのは本物のオバケ屋敷だけどー、あのお屋敷は・・・人気がないけど、小ぎれいだった。 掃除をしている人でもいるんだろう。近所で聞き込めば、すぐにわかるはず。
で、わかったのは、ここ数年であのお屋敷の持ち主が何回も変わってるってこと。 今の持ち主はわかったけど、ムリーリョって人が今どうしているのかはわからなかった。
ただ、そんなんで報告してもあんまり喜ばれないだろうし、いろいろと聞き込んでみた。 結果をまとめると・・・。
1.貴族だけど、親しみやすくまじめな人だった。 2.4年前に奥さんと一緒に姿が見えなくなった。このときにお屋敷を売却。 裕福であったのに、さらにお金が必要であったらしい? 3.本人の行方については、家に引きこもっている、突然いなくなった、引っ越した、世をはかなんで一家心中・・・。 要するに、聞くところによって違う。 でも、国外どころか街の外に出たって話はなかった。 それだけのお金持ちが急に姿を消すってなると・・・。 4.で、似た人物がスラムに入っていくのを見た・・・ってまたかー。これはアテにならないかなー。
で、リヴァースさんにとりあえず報告しようとしてたら”赤鷲”の人の部下に連れてかれて。 ”赤鷲”の人に小遣い稼ぎしてましたって言ったらすっごい怒られて。 (「いったい”音無し”の野郎は何考えてんだ。これ以上オレの顔に泥を塗るつもりか!!」) ようやく開放されたところでスウェンさんに頼まれごとをされて。 (「ラスの兄さんも承知だから、よろしく!」「えー!?」)
で、今はスラムに居ると。 スウェンが入っていった小屋は、投げナイフがぎりぎり狙えるくらいの距離。 まー、投げナイフなんて持ってないけどー。
持ってるのは故郷の村を出てくるときに、妹にもらった短剣だけ。 クシのような飾りがある、防御専用の短剣。 そう、戦うために来たんじゃない。自分の役割は、見ること。それから逃げること。 スウェンと相談して、そう決まった。
・・・役割?
ここら辺は最初に皮膚病が流行り始めたところだって聞いた。 今ではスラムにしても通りかかる人すら少ないのは、ラッキーかもしれない。
・・・ラッキー?
相手は、人間だけど。 その後ろにカミサマ、かー。嫌になる、まったく。
今のところ異常なし。 小屋に遅れて入った男の人が説教を始めて、周りの人たちは静かに聴いていて・・・。
・・・突然、騒ぎが起こった。 小屋から、興奮の叫び声が聞こえる・・・中の人たちが騒ぎ出したのが、ここからでもよくわかる。
用心しながら近づいてみる。 よく通る男の声・・・説教をしてた人だ!・・・の声が何か言っている。
「女王を、教主を求めよ――」 |
| |
| 祝いの宴 |
|---|
|
| シタール [ 2008/12/02 23:20:18 ] |
|---|
| | ─九日目 「今日はパス。」 朝起きてもヘザーは部屋から出てこねえ。ノックして扉越しに聞いてみるとそんな事を言う。 …体調でも崩したか?連日働きづめじゃあいつでもきつくはあるだろうなと、深く考えずに作業へと向かった。
昼前になると湿った土はもう泥という感じなってきた。水源まではもう少しだというのは俺でもすぐ分かった。 そして夕刻前には水が出た。出た時の感動はあれだ。レックスでお宝手に入れた時に匹敵するな。思わず井戸の底で両拳を振り上げて雄叫びを上げて、そのままの勢いで外へ出てみんなに知らせた。 一瞬の沈黙。そして爆発するかのような歓喜の声。みんな泥まみれになるのも気にせずに抱き合った。 今日は祝いだとばかりに俺は泥だらけのままでスラムの外へと飛び出した。
食い物と…それに酒だ。俺は赤字とか経費とかそんな物も毛先ほども考えずにしこたま買いあさり、夜が更けるまで井戸の周りで騒いだ。
−十日目 朝起きると…そこには何故か居るセシーリカ。昨日も居たらしいが俺飲み過ぎて帰ってきたから全然覚えてない。 聞けば、こっちはこっちで目出度いことがあったとか。
あー。あー。はいはい。それで昨日パスってワケか。とうとう女になったワケか。良かったなぁ!カレン! 「なんで俺に振るんだよ。」とか言ってはいたが若干頬が緩んでいた。 そっかー。「じゃあ、俺も何かお祝いよういしねえとなぁ。」とか「水も出たしよ。めでたいことづくしだな。」やら言っているとカレンが俺を少し離れた場所に連れて行ってから、話をしだした。
「ナイマン高司祭が刺された。」
しかも話聞いてると、奴らの仲間の可能性が非常に高いらしい。 しかしよ。そんな良いトコの人間がなんで?って気持ちが強い。なにがその女の琴線に触れたかは本人じゃねえしわからねえけどさ。おそらくは上の方の人間が糸引いてるんだろうな。カレンはそのことを調べるために牢獄へ行くそうだ。 それと「忘れる前にと。」今まで立て替えていた井戸掘りの経費を貰った。昨日の祝いで財布の中身がすってんてんになったのでこれは本当に助かった。
一日経って中にはいると中は泥水じゃなく上澄みは透明な水になっていた。まだ流石に井戸としては使えねえけけど、後2,3日掘れば大丈夫な深さにはなっていた。 ただ、あれだ。この時期に水に浸かりながらの作業はきついな。上に上がり火に当たって暖を取って、また作業をするの繰り返しだ。 次はもうちょいぬくい時期にやるべきだなと思って、すぐに俺の仕事は井戸掘りじゃねえと思い直した。
そして暖を取っている時に…。ヘザーが来てない理由を女性人に話した。 「あら。おめでたい。」やら「あの神官さん。喜んだでしょう。」とか「男でばかりでそれは大変でしょう。」とか言われた。
そしてその時に数日前のことを思い出した。
そういやあいつなんでヘザーの名前を知っていたんだろうか…。 |
| |
| 価値 |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/03 20:49:36 ] |
|---|
| | 家畜屠殺場と、『猿の左手』『灰色鴉の店』が繋がってるらしいことはわかった。 イストの情報から『ルビーと石榴』も拠点の1つであるらしいことはわかった。 ただ、本拠地がわからない。 スウェンが連れていかれた廃屋めいた所は、平信者が集まる場所ではあるらしいが、本拠地とはほど遠いようだ。 ジュリアス様と呼ばれている人間がそこにいたらしいから、尾行させてみるか。……いや、それは危険だな。やめよう。 尾行するなら、俺かカレンか……いや、それもアレか。うーん。……使い魔が欲しいところだな。
とはいえ、突き止めようとするなら、外を出歩いている高位(と思われる)の神官を尾行するのが手っ取り早い気もする。 そう、あちこちに見え隠れしているあの男だ。 リヴァースが見かけた、シタールが話しかけられた、スウェンの潜入先で説教をしていた、バザードが声を聞いた、アリュンカとすれ違った、手の甲に蟻の刺青を持つ、ジュリアスという男。 あの男が、教主=女王を求めていることはバザードたちから聞いた。 女王というのは、紋章の蟻や蜂から来る連想なんだろうか。集団の頂点に立ち、集団を保つために子を産み続けるような?
とりあえずこれまでのところを、カールと“赤鷲”に──もちろん別々に──報告した時の反応の違いは対照的だった。 カールは無言で眉根を寄せて、ややしばらくの後、許せないと呟いた。 そして“赤鷲”は同じように眉根を寄せたが、ややしばらくの後、唇の端で笑ってみせた。 「で、アタマはどいつだ」と。
……なるほど。ギルドは……というか、“赤鷲”はどうせ潰すならアタマを潰さなくちゃ意味がないと考えているようだ。 カールのほうも、それはわかっているだろう。ただ、邪教徒たちの非道を見過ごすわけにはいかない。立場の上でも、感情の上でも。 ただ、拠点を幾つか潰すのは可能だろうけれど、それを潰せば本体が隠れるだけだ。
──というような話をカレンにすると、「ああ、それ……」と頷いた。 「俺も依頼されたよ。カールに。本拠を見つけ出してくれってさ。……あの人も断腸の思いだろう。今現在、犠牲は出てるわけだからな」 「じゃあギルドとチャ・ザは、結局、向いてる方向は同じか」 「ギルドのほうは何だって?」 「今回の騒ぎのアタマを見つけ出せってさ。行方不明になった下っ端は切り捨てるつもりらしい。信者だと言い張るならもろともに始末するだけだし、食われちまった奴らは……まぁ、しょうがねぇってことみたいだ」 「……本拠がわかったら、ギルドも乗り出すってことか?」 「“赤鷲”には話はつけてある。規模によっては“赤鷲”がどうにかするさ」 「じゃあ……表だって、というわけではないが、共同戦線だな」 「そうなる」
ところで……と、カレンが茶を淹れながら口にした。 「……本拠地は、目星ついてるのか?」 「いや。全然」 「…………そうか」 「ただまぁ、リヴァースが変なこと言ってたろ。蟻の刺青をした神官が井戸を覗き込んで、『これはだめだ』って言ってたとかなんとか」 「ああ、そういえばそんなこと言ってたな」 「でさ。使える井戸と使えねぇ井戸があんのかと思って。っつーか、使うってそもそも何に使うんだか。肝心のリヴァースにもう1度聞いてみようと思ってたんだが……あいつ、いねぇんだよな。こっちには来たか?」 「いや? 俺も井戸計画の報告をしたかったんだが、ここ数日見かけない。オマエ、宿は知らないのか」 「宿にもいなかった」 俺の返答を聞いて、カレンが首を傾げる。 「……アイツ、ひょっとして行方不明?」 そうかも、と頷きながらも、俺も首を傾げる。 「…………今更?」 ──5年も行方不明だった奴が、今更数日いなくなったところでどうだというのか。
「……もうひとつ、『ところで』があるんだが」 2杯目の茶を注ぎながら、カレンが呟く。 「ん。なに?」 「今日持ってきたドライトマトは何のつもりだ?」 「え。だって、シタールが、『そういや、久々にトマト煮込み食いたいな』って言ってたから。今の季節、フレッシュトマトはねぇし」 「オマエ、その話の時にあんな顔色してたくせに、どうして馬鹿正直にドライトマトなんか買ってくるんだ」 「だって、1日経って冷静に考えたら、確かに俺も食いたいなと思ったから」 「…………」 「ンだよ。確かにあの光景はアレだったけどよ。いいじゃん、過去のことは忘れようぜ。アレはアレ。コレはコレだよ」 「……俺は実際見たわけじゃないけど…………いや、もういい」
帰る前に、イストを見舞っていくことにした。 体力はまだ回復していないが、起きあがって食事をすることは出来るようになったからと、明日にでもチャ・ザ神殿の施療院に移すとカレンが言っていたからだ。 「よう、クソガキ。顔色良くなったな」 イストはむっつりと黙り込んでいる。 「おまえの持ってたネタは役にたった。さんきゅ」 「…………どうせ……」 「なんだ」 「どうせ、そのためだけに助けたって言うんだろ? 俺の持ってる情報が欲しかったから……」 「だったらどうした」 「……っ!」 「おまえ自身に価値があったんじゃなくて、おまえの持ってる情報に価値があった。だったらどうだっていうんだ。おまえ自身に価値があるかないかは俺たちは知らない。それがなんだ? ……悔しいか?」 「……ふ、ざけんなっ!」 「ふざけてなんかいねぇよ。少なくとも俺たちにとっては、おまえの持ってる情報は役に立った。おまえが生きて帰ってきたことは無駄じゃなかった。……おまえ、あの晩、黒髪の奴になんか言われたの覚えてるか。痛かったのも苦しかったのも、おまえが弱いからだとあいつは言ってた」 そう訊ねると、イストは悔しげに眉を寄せた。 「ああ……覚えてる。うっすらとだけど」 「それを言ったあいつも半妖精だ。ちなみに俺もな。俺も同じことを言う。おまえがそんな目にあったのは、おまえが弱いからだ。そしてついでに言えば、おまえに運がなかったからだ。ただ、おまえは生き残った。おまえは、おまえ自身の価値をこれから示す機会を与えられた。……おまえの持ってる情報に価値はあったが、それ以外に価値がないとは俺たちは一言も言ってない」 「…………あんた、やな奴だな」 「よく言われる。ま、養生しろや。チャ・ザ施療院のメシは、わりと美味いぜ」
|
| |
| デイジーの話 |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/05 2:18:24 ] |
|---|
| | 「うん、あたしもね、後ろめたいっていうかさぁ……」 夜、仕事のために寄った店で娼婦のデイジーはそう呟いた。今日は売れ残ったらしい。 スラムにいる父親に会いにいったと言う。 部屋にはいなかったろ?と聞くと、ちゃんと会えたと言う。 「どこにいた?」 「あそこ。ギルドの……ほら、『灰色鴉の店』。その2階にいたわよ?」 ……なるほど。結局、本拠地じゃなくて、拠点のひとつに過ぎないか。
──あんまり話しちゃいけないんだって言われてるらしいんだけどぉ。 でも、あたしに、いろいろ話を聞く気があるなら、集まりに行ってみるといい、なんて。 最近は、若い女の子も集まりに顔を出すようになったとかで、活気があるんですって。 うん、割とね。父さん、いつもよりまともだったような気がするわ。 この部屋は寒くないのがいい、って言ってたけど。でもね、あたしがあげた膝掛けは使ってるのよ。 あ。でもね、やっぱりちょっと……うん、完全にまともではないみたい。 なんかおかしなこと言ってた。
ジュリアス司祭はお人形をお持ちだって。 すごく綺麗なんですって。なんていうか……まるで生きているみたいに。 綺麗な女の人形で、ほんとうにほんとうに……なめらかな肌だった、って。 死体? いやだ、ラスったら。そんな物騒なこと考えてるの? 馬鹿ね、死体なんて腐っちゃうじゃない。いくら父さんでも、それくらい知ってるわ。
でね、父さんが言うには、司祭様は女の子をお捜しなんですって。 ふふ、そうね。あたしも聞いてみたわ。あたしみたいな女でも?って。 そうしたら、もっと幼い女だって。 けれど、完成させるためには色々と試さなくちゃならないから、とりあえずあたしでもいいって言うのよ。 やぁだ、そんな風に「とりあえず」なんて言われて、あたしがほいほい行くわけないじゃない。ふふっ。 でも、そのお人形はちょっと見てみたいかなぁ。 だって、ほんとうに綺麗だったって、父さんがうっとりするんだもの。 ……そうね、父さんが夢を見てるだけなのかもしれないけどね。
とりあえずデイジーには、スラムにはあまり行かないほうがいいと言っておいた。 「そういえば皮膚病の薬も、あなたが持ってっちゃったわね。あれ、よくないものなの?」 「いや、体に害はない。ただ、ギルドで禁止してるものが混ざってただけだ。回収してギルドに持っていくと、俺の点数になるんでね。悪かった。損害分は今度、夕飯でも奢るよ」 そう答えると、高いお店にしてねとデイジーは笑った。
ギルドで禁止しているものという表現は間違ってはいない。 先日の報告の後、せめて薬の販売だけでもやめさせられないかとカールに言われた。邪教徒たちが儀式をするのはともかく、何も知らないスラムの住民が、それを普通の薬だと信じて買っていることはやめさせたい、と。 例の薬を売っていた店は、スラムの住民主体とはいえ、ギルドの管轄だ。 “赤鷲”にそれを言うと、「泳がせてぇんだがな」と苦い顔をして、けれど、余計な商売はするなと通達を出してくれたようだ。 マージンのために、というギルドらしい理屈をつけて、今は、スラム内で売る薬は全てギルドのチェックを通したものとされている。 もちろん、それが守られる保証なんてのは何一つないが、規制をすれば何も知らない住民は買いにくくなる。
翌日、リヴァースが足を運んでいたらしい役所に赴いた。 担当していたという男は、どこだったかな、としばらく羊皮紙を捲り、首を傾げ、頬を掻き、自分の額をこつこつと指で叩き、ようやく思い出した。 スラムの最も古い地区、旧マーファ神殿跡地の付近に、調査に行くよう頼んだと言う。 “阿片窟”か……。 とりあえず、リヴァースの死体はまだ出ていない。 ……イヤだな。井戸とかに潜ったら、そろそろ腐りかけてたりすんのかな。いや、この季節だし、井戸の中ならもっと冷えるだろうから腐りにくいか。
それにしても、半妖精だってことがこんなにも動きにくいなんて……めんどくせぇな、おい。 |
| |
| 懺悔 |
|---|
|
| ナイマン(チャザ高司祭) [ 2008/12/05 23:07:56 ] |
|---|
| | レイモンド司祭、カール。貴方がたにはご心配をおかけしました。 ええ、体のほうは大丈夫です。貧血気味である程度です。
オンデという女性もまた、スラムの出身であると伺いました。 オンデが私に向けた刃は、そのまま、スラムの方々が我々に向けた刃であるかのように感じております。
ムリーリョ男爵のことを、お話しておかねばなりません。 以前にお伝えした通り、彼は、前神殿長の親友とも言える方でした。 男爵は有能な官吏である一方、都市の弱者を何とかしたいという念を強くお持ちの方でした。そして、弱者への単なる施しではなく、文字通り救う事を実行しようとした、稀有な行動力の方でした。
男爵は、オランの都市の生活環境の改善を自らの使命と課しておられました。 当時、国では、商業地域や王城、魔術師ギルドや神殿といった公共の設備にばかり優先的に資金が投じられていました。一方で、年々増えるスラムの地域は、置き去りにされておりました。
彼はその状態を憂いていました。自ら独りスラムを歩き回り、住民の話を丹念に聞いて周りました。そして、住居地、町道、井戸、下水道溝、倉庫や集会所など、詳細な整備計画を作り上げました。それを実現させるには、巨額の予算が必要となるものでした。
しかし、大臣はこの予算を通しませんでした。スラムに資金を投じても無益である。乾いた砂に水を注ぐかのようなものだ。住民に甘い汁を吸わせればそれが当たり前とされて付け上がられる。国の発展には直接寄与しない。それよりも、商業や学院の整備に力を注ぎ、直接オランの国力を高める事業に注力すべし。それが、当時の大臣の考えでした。
彼は大臣に激しく反発し、やがて職を辞しました。4,5年前のことです。
次に彼が協力を求めたのは、我々の神殿でした。しかし、結果的に神殿は、彼に一切協力できませんでした。
当時の大臣はまた、我々の神殿の活動に、多大な援助を与えておりました。資金の提供元の意思に沿うような活動を優先的に行わねばならない。金を出す者に意思決定力がある。 …それが我々の現実です。 大臣が開発を止めた分野に、我々としては積極的に取り組むわけにはいかなかったのです。
当時の大臣一人の権力のために、進むべきことも進まない。神殿もまた権力に屈するしかなかった。男爵はそれを常に嘆いていました。
そして、男爵は、己の私財を投じて、住民を動かし、井戸の整備にあたりました。 今まさに、カレンやその友人のシタールさん達が行っている、住民が自ら掘削に参加するやり方と同じです。 住民は最初こそ懐疑的だったものの、地区のリーダーの元でよく協力し、井戸を掘りぬきました。
彼の目論見は成功したかに見えました。 そこに不幸な偶然が起こりました。彼らのリーダーが、 酔った上にあるチャザ神官に絡み、口論となりました。リーダーが神官に殴りかかりました。これを回避しようとした神官は、正当防衛を行いました。ただ、相手への打ち所が悪く、その方が亡くなってしまったのです。
また、掘った場所にも問題がありました。下水と交差し、暫くして下水から水が流れてきて井戸が使えなくなったのです。
これをチャザの妨害と見なしたのか、スラムの方々は、付近のチャザの信者へ嫌がらせを繰り返しました。スリや信者の自宅へのゴミの投棄などです。 神殿とスラムの関係は悪化しました。
男爵はこの状況を打開するために、先の神殿長と激しく言い争いましたが、チャザ神殿がスラムに介入できない結論は覆りませんでした。男爵は、やがて姿を見せなくなりました。
最後に彼が現れた際、彼は己の道を全うすべく啓示を受けた、と仰っていたそうです。そのとき、彼の額には、刺青が施されていたと、神殿長は仰っていました。
…今思えば、それが今回の発端だったのでしょう。その際に、あの刺青の意味に気付いていなかったのは、我々の不覚でした。分かっていれば…と悔やまれます。
今、スラムに広まるあの教えを率いているのは、統率力といい、資金力といい、間違いなく、ムリーリョ男爵であると断定してよいでしょう。 彼の領地の村は、皮膚病の薬となるズルカマラの産地でもあり、現金収入は多いと思います。それが教団の資金源となっているでしょう。
あの時、我々が大臣の意思通りスラムから遠のいたのは、果たして我々にとって正しい決断だったのか。今もその疑問からは開放されておりません。 私もまた、悩んでいたのです。
……富の偏りを知りつつ何もしないことも。また罪なのではないか、と。
カール、良いですか。今、軽率に神官戦士団を投入することは、まかりなりません。
男爵の行っていることは、確かに罪深いことです。裁きの場に立てば、死罪は免れられないでしょう。 しかしながら、今、神官戦士団を投入し、力のみで解決すると、間違いなくスラムに遺恨を残すこととなるでしょう。そうすれば、第二、第三の彼が生まれることになりかねません。 もっとも手っ取り早い手段は、しばしば、もっとも拙い手段でもあるのです。
男爵が井戸堀りを行っていたのは、「砂沸き」の地区。オンデという女性もその地区の出身だと聞きました。おそらく、男爵が井戸を掘っていた頃に参加していたのでしょう。その地区の方が今、男爵を助けている可能性は高いと思います。
力ではなく、意思の交流により解決を図ることこそが、神の御心に適うことでありましょう。 願わくは、たとえ死罪に処されるにしても、男爵が今の邪な信仰を捨て、罪を悔いる機会が与えられんことを。 その上で、彼の者の教義に代わる教えと行動を、スラムにもたらされんことを。 そのための行動を。 私は望んでおります。
若いカレンには、今回のことは大きな試練となることと思います。ですが彼ならば、乗り越えてくれるのではないかと思っているのですよ。私のたどり着けなかった答えを、何かしら編み出すのではないかと。
…そうです。スラムの分神殿の設立は、私の懺悔でもあるのです。
カレンには申し訳ないですが。彼のような者ならば、我々と弱者たちの橋渡しとなってくれるのではないかと、思ったのです。
説明会では私の手前、皆賛意を示してくれましたが、未だに、神殿がスラムへ注力することに疑問視する者は多い。議論は今後も起こるでしょう。 カレンはスラム分神殿への派遣は左遷であると捉えているようですが。これは機会であるのです。彼は今、上へ登る階段をよじ登ろうとしているところだと思います。
どうか、カレンたちの支えになってあげてください。
|
| |
| 成功した人たち |
|---|
|
| 路端の薪売り [ 2008/12/05 23:23:58 ] |
|---|
| | おや、ヴィヴィアンにスウェンだ。そっちの若いのは、バザードといったかね?また来たんだね。若い子たちが居ると、集会も活気付いて良いねぇ。
そういや、オンデさんのほうは、最近見ないわねぇ。どうしたのだろうね。 彼女、昔、恋人をなくされて、ずいぶん落ち込んでいてね。いつまでたっても黒の喪服を着続けていたりして。元々陰気な性質だったけど。痛ましかったわねぇ。 でも、それからどこで見初められたのか、商家に嫁いでいった。あたしらも良かった、って言ってたんだよ。それでもその後、子が流れたりして、彼女も大変だった。
昔の恋人?オンデさんと同じ「砂沸き」地区の男だったよ。いつも砂埃が舞っている区画さ。スラムの奴にしてはやる気のある男でね。井戸を掘ったりしていたよ。あたしも若かったら、ああいう男に嫁ぎたかったねぇ。オンデさんはその昔の恋人のハンカチを大切にしていてねぇ。形見だね。入信した際に、そのハンカチにジュリアス様にじきじき刺繍していただいたのさ。そりゃあもう喜んでいたねぇ。
ああ、玉の輿の成功話ってのは、このスラムにもいくつかあるよ。 一番大きいのは、ニキータだ。オンデさんと同じ「砂沸き」地区の人でね。なんと男爵に見初められて嫁いでいったのさ。後妻だったけどねぇ。生まれたときからほとんど寝たきりのような病弱な子が。よくやったもんだよ。 結婚した後、ややもせずに病癒えずに亡くなってしまったと風の噂に聞いたけど。彼女は幸せだったと思うよ。
成功者といえば、そうそう。何より、あの「悟りの人」がスラムの出身だよ。どこの出でも、偉くなるひとってのはいるもんなんだよ。
そうだ。来週、「謝肉祭」があるんだよ。信者たちが聖なる肉をいただく、ありがたい儀式さ。一月か二月に1回ある。入信者はそのときに「役割」を判別して頂いて、正式に信者になるのさ。
なぁに、そんな格式ばったものじゃあない。和気藹々としたものだよ。 入信者の会だから、この集会のように誰もが参加できるってわけじゃないけどね。もし入信する気があるんだったら、あんたらも来たらいいよ。別に入信したからって、何が変わるってわけじゃないからね。
場所? いつもの集会所だと思うけど、ひょっとしたら新しい神殿ができたらそっちになるかもしれないね。あぁ、今、神殿を作っているそうだよ。集会所の裏に、煉瓦や砂や木材といった資材がたくさんあっただろ。場所はまだ知らないね。「悟りの人」に聞けば教えてくださるんじゃないかねぇ。 |
| |
| 失踪 |
|---|
|
| シタール [ 2008/12/05 23:51:56 ] |
|---|
| | ─十一日目 「シタールだけじゃなくて交代に掘ろう。」 今までは「俺が掘るのが当たり前。」という感じだったのだが、唐突にエナンが言い出した。 俺が「いきなりどうした?」と問いただすと、「オレ等の井戸なのにシタールばっかりに大変なことをやらせるのはおかしいと思った。」と言いやがる。 ああ、コレが主体性を持たせるって奴だな…と思った。リヴァースが言ったことがようやく分かった。一人で突っ張りすぎたし、これからどうしようかと悩んでいたがコレならどうなるかも知れないな。 そこでみんなで少し話し合って俺、エナン、それにもう一人の三人で代わる代わる掘り進めることになった。
そうなると掘れる領は格段に上がり、後二日はかかるとは思っていた掘削作業は終わってしまった。 木枠組みと砂利入れは明日行うことにして今日は早めの作業終了となった。
夜になって分神殿へ戻ると衛視局から戻ってきたカレンに結果を聞かされる…ビンゴだったそうだ。 今の所は作業に支障は来さないだろうが。奴らからの何らかの妨害はあるかも知れない。と。
上手いこと回り始めたなと思うとこう言う嫌な知らせが届くな。としみじみ思った。
─十二日目 朝からどんよりとした天気。あー。こりゃそのうち降るなと思ったていたら昼過ぎには降り出してきた。 昼までに木枠は組み終えていたので、急ピッチで砂利をひいて今日は終いとした。
─十三日目 昨日から続く余りにも強い雨の所為で今日の作業は中止となる。あー。クソ!もうちょいで仕上がるって言うのによ! そうやって部屋の中から灰色の雲を睨み付けていると、奥から雨除けの外套を着たヘザーが出てきた。
お。立てるぐらいの元気は出たか?
「あったり前だ。いつでも病気じゃないのにゆっくりもしてられねえしよ。」 「ごもっとも。つっても今日は作業は中止だぞ。こんだけ降って寒い中で作業したら病気になりかねえしよ。」
「うぇー。着替えて損したー。」と言うと外套を脱ぎ二度寝をしようとしたが思い直したかのように「出かけてくる。」と言い残してそのまま外へ出た。
そのまま夜になっても、翌朝になってもヘザーは戻らなかった。 |
| |
| 希望 |
|---|
|
| 乞食の男 [ 2008/12/06 0:38:23 ] |
|---|
| | お恵みを、どうかお恵みを… …あ、あぁ? あんたひょっとして、昔同じ区画に住んでた、そうだ、アリュンカちゃんじゃないかい。大きくなったもんだなぁ…。
さっき、ジュリアスと話していたね。何を言っていたんだぁ?
ああ、「悟りの人」なんて言ってるがね。ワシぁあいつがガキの頃から知っている。あいつの生まれはよりによって「阿片窟」でなぁ。あの顔だろう、街に行ってはケツ売って稼いでやがり、フラフラ戻ってきてやがってたさ。母親は娼婦崩れさ、ヤク漬けのな。カエルの子はカエルだと笑われていた。その母親もいつの間にか蒸発していたようだ。
そのうち、客のオエライを誑かすのに成功したのだろうよ、ドミニク、なんとかっつう、ファリス神殿の聖歌隊なんぞに入りやがった。それで、どこをどう渡り歩いてきたかはしらねぇが、その汚ぇクソガキが、いまやここの、聖人扱いだ。聖歌隊とやらにも、胸糞ワリィ趣味の奴が、たんまりいたんだろうぜ。まったく笑わせやがる。
それでなぁ、あいつに話しかけたんだ。オエラクなりやがったな、ケツ売りのクソチビ様、お恵みくだせぇよ、と。 そうしたら、アイツぁ、言いやがったよ。 ワシらの役割は尊いんだとよ。 ワシら乞食はなぁ、哀れみを乞うことで、施させてやっているという徳を与えることができる。相手が善行を施す機会を与えてやれる。それは相手に与えていることだ。それがオレらの役割だ、なんぞと言いやがった。
どんな役割でも、目の前のことに誠実に勤しむのが、救われる道なんだとよ。
ワシのように、工場で、下っ端で、ボロクズみたく扱き使われて、怪我して手が動かなくなった瞬間に、代えはいくらでもきくと、首を切られてな、他に仕事なんざできやしねぇ。あとは物乞いしか、道はねぇ。
そんな乞食でも生きている意味はある。 そして生に絶望したら、さらにその者にもまた役割がある、ってなぁ。 どの口がそんなおえら事をほざきやがる、ってぇんだ。
…あの人はな、ああ、スラムを出ていったアンタには言っても仕方がねぇかもしれねぇがよ。…ケツを売るしかねぇクソ汚ねぇガキでも、ああなれるんだっていう、希望なんだ…。あの人は、希望なんだ…。
そうだ、来週は「謝肉祭」だ。久しぶりに肉が食える。ああ、楽しみだ…。
|
| |
| 打開策 |
|---|
|
| エナン(スラムの少年) [ 2008/12/06 3:45:21 ] |
|---|
| | シタールにーちゃん。ちょっと来てくれ。井戸だ、井戸。 なんか、臭ぇんだ。下水みてぇな、腐った臭いがする。昨日の、雨が降る前はそんなことはなかったのに。
どうしよう。 「砂沸き」地区と一緒だ。 あそこも、掘った後に、下水からの水が入り込んで、使い物にならなくなったって、かーちゃんが言ってたんだ。しかも井戸掘ってた人は、事故で死んじまった、っていうし。
え。精霊使いが地面の中を調べてから掘ったから、下水から水が入るなんて起こり得ないはずだって? だって実際、臭ぇんだよ。あんな水、飲めねぇよ。また病気になっちまうよ!
オレ、仲間みんなに、明日こそはたんまり水が使えるぞ、って言っちまった……。 それ以上に、オレ、あんなにシタールやみんなが頑張ってくれたのに、ここで諦めるなんて、やだ。ぜってぇ、やだ。
オレ、初めてなんだよ。かーちゃんとか、周りの人たちと、一緒に何かやるのって。それがダメになって終わっちまうなんて、やだよ。
なぁ、シタール。水、入れ替えたらどうかな? ちゃんと量を守って使ってたら、いつまでも水は出てくるって言ってたじゃねぇか。 何回も汲み上げて、出てくるのを待って、また汲み上げたら、水、入れ替わって、綺麗にならねぇかな。
それか、もし下水から汚ねぇ水が流れ込んできてるんだったら、その流れ込んでるところを見つけて、入ってこないように、フタしたりできねぇかな?
わかんねぇって? 頼りねーなー! うるせーよ。オレだって、考える頭あんだよ!
…わかった。やってみる。水、冷てぇけど、仲間集めて、やってみる。にーちゃんも手伝えよな!
あ、ヘザー? 来てねーよ。 昨日からいねぇって? 心配ねぇって。どーせきまぐれでブラブラしてるだけだろ。アイツなら大丈夫だよ。カエルやトカゲ食ってても、生きていける奴だよ。
……と思うんだけど。たぶん。 いやさ、ちょっと気になること言ってたから。
「オレ、いつまでもオレだけが、カレンの兄ちゃんのところにいてもいいのかな」
って。ハライタもあるけど、なんか考え込んでたみたいだったからさ…。
|
| |
| チャ・ザ神殿の意向 |
|---|
|
| カレン [ 2008/12/06 6:02:56 ] |
|---|
| | 神殿から費用の第2陣が届いた。「梟の足」地区の費用はこれで全部だ。 届けてくれたのはカールとレイモンド司祭。 この人達が直々に来たということは、何か報告があるはず。
ナイマン様が目を覚ましたと聞いた時は、心底ほっとした。 あの人は、あまりこちらの都合を考えずに「お茶でも」と言って長時間拘束するし、態度は柔らかいくせに人使いが荒いし、時々腹の底が見えないことを言い出して困惑させられるけれど、結果的に俺にとっては良いほうに引き込んでくれる人だ。恩人と言ってもいい。 残念なことにならなくて本当によかった。 元気になられたら、こちらからお茶に誘おう。2日でも3日でも長話に付き合おうじゃないか。長い時間を掛けて、今度は俺があの人の腹の中を探るのだ。
身柄を預かる手筈のイストの様子を見てくると、レイモンド司祭は席をはずし寝室へ入っていった。それを見届けて、カールは更に報告を続けた。
ナイマン様の意向により、神官戦士団の投入は見送られることとなった。 いや、あの人の意向というより、神殿長他、上層部共通の意思なのだろう。上に行けば行くほど、かつてのムリーリョ男爵の件を詳しく知っているはずだから…。 あくまでも対話によって疎通を図り、ニルガル教団の活動を抑え、そしてできることならば、かつてスラムのために尽力したムリーリョ男爵を取り戻す。……おそらく、そう。ナイマン高司祭は、そのように望んでいる。 その意向に沿うことは、恐ろしく困難だ。いったいどうやって…。 まぁ、どちらにしても、ニルガルの本拠地は掴まなければいけない。ムリーリョ男爵はそこにいるはずだ。
「ところで、掘削のほうは順調ですか?」 「水が出たと言ってたよ。さすがに精霊使いの事前調査は効果が大きい。これなら経費も抑えられる上に、住人に失望感を与えなくて済むよ」 「上々ですね。しかし、まだ安心はできませんよ。これからが問題です。ひとつの井戸をめぐって諍いが起こらないようにルールを作り、それを定着させないといけません。今回掘った場所は、他地域のモデルとなるよう成功させないと、今後資金を調達する上で説得力に欠けてしまいますからね」 「シタールも頑張ってるよ。一緒になってお祭り騒ぎをして帰ってきた日はどうしようかと思ったけど……。その分、住人との交流は良好で、説得も教育もさほど時間はかからないと思う。一通り終われば、その後は観察期間にして、定期的に見回るつもりだよ」
そんなふうに話しているところへ、レイモンド司祭がイストを抱いて戻ってきた。イストは居心地が悪いのかむっつりとしていたが、司祭のほうは少々顔が緩んでいた。
「なかなかのやんちゃ者のようだ。これは神殿の医師達も手を焼くのではないかな」 「司祭。貴重品は持ってないですか? 手癖が悪いんですよ」 「おや、そうなのかね?」 「何も盗ってねーよ。こいつの持ってるモンなんて金になんねーもん」 「はっはっは。さっきからこの調子でな。悪態をついては神殿に行くのも嫌がるのだ。困ったものだね」 「自由に歩きまわれるようになったら、スラムに帰していいですからね」 「その前に、幸運神の教えなどを話して聞かせよう。勉強になるぞ」 「イヤダ!」
レイモンド司祭が丸くなったと言われる理由はここにある。もともと人当たりのよい人ではあるが、この頃は特に子供に対して非常に教育熱心でもある。エレミアにいる孫と再び会えることを願い、姿を重ねているのか…。簡単に言うと、夢見がちになってしまうのだ。 しかし、イストはスラム育ちだ。そう簡単に心を許してはくれない。 話しかけ雑言を浴びせられ、それでも構いつけては拒絶されを繰り返し、賑やかに帰っていった。
さて……。今日はもう、客が来る予定はない。 心配の種であるイストは引き取られ、分神殿を空けることに不安はなくなった。 俺もスラムへ行かなくてはならない。 ヘザーが帰ってこないのだ。いくら住み慣れた場所とはいえ、こうも帰ってこないと心配だ。 まずは、そうだな…。アイツのもといた住処近辺を探してみようか。 |
| |
| ムリーリョ男爵について |
|---|
|
| ポール(オラン民生局役人) [ 2008/12/06 23:39:56 ] |
|---|
| | 君は? ムリーリョ男爵を捜していると。なに、館は人の手に売り渡っているのか。そうか、それは残念だ。
私かい? 男爵のかつての部下だった者だよ。あぁ、あの人は、気骨の人だったね。私もずいぶん扱き使われたものだ。
彼の話を聞きたい? ああ、いいとも。私はポールだ。君は?バザードくんか。 彼は変わった人でね。スラムの生活改善にこだわっていて、辞職前はずっとスラムに付きっ切りだった。何度も一緒に調査に行かされたよ。それで、スラムの弱者を見て「可哀想に」なんて言ったら、ぶん殴られた。
仕事が無い。金が無い。学が無い。スキルが無い。力が無い。やる気が無い。機会が無い。彼らは、無い無いづくしだ。しかし、奴らとて同じ人間。機会の無さを言い訳にして甘ったれるなぞワシは許さん。機会が無い、力が無いなら、持とうとしてもらおう。
そう言って男爵は、スラムに乗り込んでは、スラれたりして身包み剥がされて帰ってきたよ。 一度なんて誘拐されてしまった。身代金要求がこちらに来たよ。それで「その根性と体力があるなら、働け」と、犯人に説教していた。救出人が向かったら犯人は自首してしまったよ。犯人の名前は、確か、クワトロといったかな。それで、罰として、クワトロを職業訓練所に押し込んだ。まぁ、変な人だったな。
誘拐されていた場所は…そうだ、確か「砂沸き」地区といったか。仕事を辞めてから、男爵はそこでクワトロと一緒に井戸を掘ったりしたようだね。
そう、男爵が大臣と衝突して辞めてしまったのは本当に残念だった。あの人の意を汲んで働きたいと自分も思っていたからね。私も人の役に立ちたいと思い、役人の端くれになったわけだから。だが、私が男爵と一緒に辞表を提出するわけには行かなかった。私は他に手に職はないし、妻子を養わなければならなかった。
先日、スラムの井戸が足りないという問題が挙げられてね。今度こそ何とかしたいと思ったのさ。それで、どのぐらい足りないのか、調査を外部の者に頼んだ。すると、調査者が男爵と同じ井戸掘りの計画を持ってきた。だが、私の職務領域も動かせる予算も限られている。協力したいのは山々だがね。調査しかできない。私も歯がゆいんだ。
それでその調査者のことを照会してきた者がいて。そういえば調査者も照会者もどちらも珍しいことに半妖精だったな。最近増えているのだろうか。まぁそれで、今男爵がどうしているのか気になって、館を訪ねてきた次第なのだよ。男爵がいないのは残念だ。
男爵が今どこにいるかって?うーん、館でなければ、領地に引篭っているぐらいしか思い浮かばないな。
領地?結構近いよ。セビ村だ。街道を1日南へ、それから街道から外れて東へ1日ぐらいだ。マメとジャガイモと生姜、それから何といったか薬草が取れた。土地は最初は痩せていたが、男爵が土壌改良に取り組んで商品作物を導入していたから、今はいい土地になっていると思うよ。
あぁ、バザードくん、それでは。何かわかったら私にも教えてほしいな。 |
| |
| 砂埃ほどの価値 |
|---|
|
| スウェン [ 2008/12/07 4:03:28 ] |
|---|
| | 何度か集会に参加したからか、あたしに目をとめた彼は、まっすぐにあたしの眼を見つめながらあたしの心情(といっても都合良く脚色というか端折ったものだけど)を聞いてくれた。 「貴方は疲れているのですね、報われず空しい今に。でも、それは貴方が救済と己の真の役割に気づくための過程だったと考えてはいかがでしょうか。こうしてここにたどり着き、われらの神に触れるきっかけだったのだと。 それにしても、あなたは強い人です。あなたの目には力があります」 そう言って”悟りの人”とやらはあたしの肩に触れ、優しげな笑みを浮かべた。 その笑みに少しだけ、胸が痛んだ。
「女王を、教主を求めよ」
彼の説法は聞くものの心の隙間にそっと入り込み、甘い誘惑と温もりを与えて相手を捕える。そんな印象だった。 その温もりはあたしみたいな人間には理解できないものだと思う。まやかしだとすら思えてくる。ラスの兄さんにニルガル教の暗部についてざっと聞かされた身としては、それは人を取り込むための手管に思えてしまう。 けれど何度か集会に参加するにつれ、その参加者たちの顔に宿る色を眺めるにつれ、ただ見えたものだけに単純に反応して吐き捨てることができなくなっていた。 氷水に浸かって冷え切った人間には多少の冷たい水でも暖かく感じられるだろう。絶望の底で光を忘れた人にはお天道さまはきっと眩しすぎる。 彼らがジュリアス――悟りの人の言葉に触れた時、餓えきってたことを思い出したが故の苦しみと、それに続いて激しい欲求が沸き起こるさまを、あたしは目の当たりにした。暖かな水がかじかんだ手指にはひどく刺激的で、忘れていた痛みを思い出させたりして、最初はなじまないような、そんな感じ。 体温よりずっと冷たい水の熱ですら欲する人間の、悲しい欲求を満たすそれを、何もできない、何もしてないあたしは否定しきれないけれど、それでも間違っていると否定するなら、代わりになるものを見出して掲げるか、いっそ全くかかわらないのが良いんだと思う程度には、スラムのことを知ったんだと思う。
「貴方が救いを求めるならば、神に心を預け、”役割”を果たしなさい」
その言葉に頷いて見せたあたしは、近々ほかの数人と一緒に選別にかけられることになった。 その時には上位の神官や主だった面子にも引き合わされるらしい。うまくいけば新しい神殿とやらでの儀式になる。一網打尽にするとか、そういうのも可能かもしれない。……タイミングによってはその前に考えたくもないモン食わされるらしいことに今から胃が痛むんだけど。
それにしても、ラスの兄さんたちに、やっとまともな報告ができるかも。 ヤバげな想像を頭から振り払うと、説法を終えて会衆に囲まれたジュリアスに近い場所で、参加者の一人に謝肉祭について尋ねる。ここでだとお祭りするにも狭いね、などと声をかけていると、相手はにこやかに新神殿はほぼ完成したようだから、そちらでお祭りになると思いますよと教えてくれた。 「新神殿ってどこなんすか? あたしスラムの土地勘なくって、ちゃんとたどり着けるか不安なんすよ」 その問いに、ジュリアスがこちらを振り向いて教える。 「『砂沸き』地区と呼ばれる場所ですよ。ああ、あなたはスラム外の方でしたね。いつも砂埃が舞っているのでそう呼ばれています。『古井戸』のそば、とにかく辺りで私の名を出して聞けばわかります」
丁寧に礼をして集会場というかボロ小屋から帰ろうとしたとき、扉を開けて急ぎ足で入ってきた女性に気づいた。 集会で顔なじみになった彼女は、そっと”悟りの人”に小さく何事かを囁く。途端に彼の柔和な笑みが狂喜のそれに変わる。 「みなさん、謝肉祭には女王への拝謁が叶うかもしれませんよ!」 一瞬の静寂ののち、歓喜の声がボロ小屋を震わせた。潰れるぞこの小屋。 ……はい? なんだって? ほんとにいたのかそんなモン……
「えー! 女王さまにも会えるの? どんな人なんだろ」
ジュリアスは今度は秘密めいた笑顔で答えた。 「まだ確認したわけではありませんから、何とも申し上げられません。けれど、スラムから生まれいでし幼き方、とだけは。詳しくは謝肉祭にてお話しできるでしょう。皆さん、今は逸ってはいけません」
歓喜に咽び泣く信者たちの声の中から、すぐにでも女王をお迎えにあがらねば、と酩酊したような目つきで語るジュリアスの声が粘っこく耳に届いた。 興奮した信者たちの声に寒々しいものを覚えながら、あたしはそっと小屋を後にした。
役割。 巣穴に属す限り切り離せないその言葉。 組織に属す限り、と言い換えてもいい。 盲目的に与えられたそれを務めるのは確かに幸せなのかもしれない。 役割があるってことは、自分は必要とされると思えるから。 けど、不要なもの、舞飛ぶ砂埃程度の価値もない立場であっても、死ぬまでは戦える、這いあがれるって思うのは……あたしが幸せだからなのか? 無力無気力な人たちを「貴方は与えるものになれる」って言い方で組織という都合のいい一つだけの流れに組み込んで、カミサマの言うとおり、で片付けるやり方は間違ってる、というのが傲慢なら言いかえる。
そんなの、悔しいよ。 決めつけるなよ、ひとのかたちを!
あたしのこういう思いは、悟りの人にはバレてそうな気がするんだよな……まじぃかも。 |
| |
| 学院資料複写内容 |
|---|
|
| 宿の部屋机上のメモ [ 2008/12/07 18:37:11 ] |
|---|
| | 「オラン国 事件簿」(501年-515年) 賢者の学院所蔵、種別:一般・閉架 索引ワード:「ジュリアス」 照会年月日:520年11の月27の日 照会者名:リヴァース 複写内容:以下の通り。
● ドミニク聖歌隊惨殺事件
日付:新王国暦501年 12の月
概要:ドミニク聖歌隊は、オランのファリス神殿に属する聖歌隊のひとつ。13歳〜16歳の少年たちで構成される。名は荒野の聖者ドミニクに由来する。 合宿は毎年恒例で、オラン領内ミード湖畔のドミニクの館で行われていた。隊員は全員、合宿所において歌唱の訓練を受け、各々の能力を高める。またファリスの教義への教えの理解が深められる。この合宿中にファリスの声を聞いた者も、過去に数名存在する。
事件は、この合宿中に引率者の神官戦士2名、および、聖歌隊の少年たち13名が惨殺されたものである。犠牲者たちは夜間に個々襲撃を受けた模様であり、ベッドの上で刃物や鈍器による致命傷を受け絶命した。現場には、水かきのついたゴブリンの手が残されていた。付近は森ゴブリン、水ゴブリンらの生息地に近く、妖魔の襲撃を受けたものと考えられる。また、組織的な襲撃を思わせるため、ダークエルフの関与が推測される。合宿参加者の有していた金銭、貴金属類は盗難されている。 生存者は1名。名はジュリアス。腹部に重傷を負っており気絶したところ、後に息を吹き返し、付近の村に自力で助けを求め保護された。 合宿は以降、廃止された。
● ガイ村緑腐病事件 日付: 新王国暦514年 12の月
オラン北部の辺境の寒村、ガイ村(ストランズ伯爵領)にて、疫病が蔓延。当時のガイ村の住民は全滅した。 疫病は緑腐病。身体に緑斑が浮かび皮膚が膿む病。感染者の死体の残す泥土への接触により病が広がる。 死者数は、村人42名(男16名、女26名。女性の死者が多いのは、農閑期であり出稼ぎに出ていた男性が多かったことによる)。 死者には、当時マーファ神殿より派遣されていた司祭ジュリアスを含む。 疫病の発生は、本村へ週に一度訪れる仲買人により発覚した。 疫病の拡大を防ぐため、領主の判断により、死者はすべて火葬に処され住居は焼かれた。村は廃村となった。出稼ぎで生き残った者も他村への移住を余儀なくされた。 なお、村で一つあった井戸の壁には、緑色の泥土が多量に付着していた。この泥土は感染の原因となる死者由来のものと見られる。感染者が井戸の水を求め、井戸に転落して亡くなり、この井戸を通して被害が拡大したものであると考えられる。 ___________
メモ: ・同一人物か?要調査。 ・「井戸」と「皮膚病」の符号の一致。 ・12の月は偶然か。 ・神官に趣旨変えは有り? ・事件とニルガルの教義との共通点は? ・「保存」の魔法
|
| |
| 町外れ、あばら屋にて |
|---|
|
| ある老婆 [ 2008/12/07 19:07:33 ] |
|---|
| | 雨がまだ止まないね。・・・もうしばらく休んでおいき。 かぼちゃの暖かいスープもあるよ。煮えるまで、もう少しお待ちね。
・・・ヘザー、っていったかね、お前さんの名前。 詮索するつもりはないけどさ、 こんな夜遅くまで何を探していたんだね・・・?
・・・その噂、誰から聞いたんだい? ふふ・・・まぁ、いいよ。確かにその通りさ。例の、悟りの人? ジュリアスの産みの親は、このあたしさ。 懐かしいねぇ・・・もう、ずいぶん、会ってないよ。
・・・そう、いい声をしてたからねぇ、聖歌隊に入れたんだ。 その声が保てるよう「ハサミ男」に手渡してから、 もう、まともに親と子として顔を会わせたことはないよ。 けどまぁ、あたしも、若い頃あいつの為に、身をひさいでずいぶん稼いだものさ。 その恩返しをして貰っただけのことだからね。
思惑通り、目をかけられて、金もこっちに回してくれたから、それで上等だったんだ。 でもね・・・・。親のあたしが言うのもあれなんだけど、 あの子は最初から、まともじゃなかったね。目の光が違ってたさ。
自分を何か特別な存在。 人とは違う役割を担ったもの・・・そう信じて疑わない者の目だったよ。 ・・・怪物さ・・・おお・・・。 例の聖歌隊の、・・・あの事件があってから、ますますあいつの目は、不気味に輝いていったんだ・・・ 誰があいつに逆らえるっていうんだね? あたしが・・・あたしがいま生きてられるだけでも、奇跡ってもんさ。
寒いかって? ちが、違うよ・・・。 ああ、もうしばらくお待ちね。すぐにお迎えが来るからさ・・・。 |
| |
| 役割と信心 |
|---|
|
| ジュリアス(「悟りの人」) [ 2008/12/07 19:20:34 ] |
|---|
| | おや、スウェンさん。またお会いしましたね。 どうなされました? 優れないお顔色のように思いますが。
あぁ、「選別」を受けるのに、戸惑っておられるのですか。 不安になるお気持ちはあると思います。「選別」といっても、大部分の方は他の皆様と同じ「導かれる者」になるためのものです。まれに、我々教団の中で、教主を補佐する役割を持つ特別な方が見出される場合もありますけれども。
「選別」によって、あなた方に何かしらを強要するようなことはございませんので、どうかお気を楽になさってくださいね。
…そうですか。 貴方のようにお強い、お聡い方は、そのように思われるものかと思います。そうお感じになるだけ、貴方は機会と力をお持ちの方なのですね。
ですが誤解なさらないでくださいね。われわれは、同じ役割を一生果たせと説いているわけでは、決してないのですよ。
人が生きている中で、役割は代わり得ます。役割を十分果たしえた後に得られる一段高い次の役割は、先の役割を果たした報酬でもあるのです。 目の前の役割に、誠実に勤しむこと。そうすれば、自らの幸福に繋がるのです。
逆に、役割を果たさなかった者には、相応の結果が待っているでしょう。 事故などで子を産むという役割を果たせなくなった女王蜂はどうなるかご存知ですか? 働き蜂によって巣の外に捨てられるのです。餌を与えられ続け、自分で餌を取る術を知らない女王蜂は、飢えのため死ぬか、他の虫に食べられるしかないのです。
そもそも蜂はほとんどが女王蜂になる可能性がある。ただ、最初に生まれた蜂が他の蜂の生殖の力を押さえ込んで、自分だけが女王に君臨できるようにしているのです。女王という役割を保つのも、大変な努力です。
無論これは極端な例ですけれどもね。我々はもちろん女王をそのように扱うことはありえません。 怖がらないで下さいね。私は単に、役割は誰もにあり、そして人の努力により変わりうるということを、述べたかっただけですから。
私は思うのですよ。 人の誰もに課された究極の役割は、役割そのものを捜し求め続けることなのではないかと。
だから、人は迷える者なのです。迷うゆえに、神の教えを欲するのです。
私の役割ですか? …我が神の役に立つ為に、神の教えを模索することですよ。 そのために「悟り」の名をいただいているのです。 といいつつ、実際はムリーリョ様からの受け取りにすぎないものも多いのですけれどもね。 くすくす。
信じるというのは、大変な作業です。信じているフリというのは、なかなか一朝一夕でできるものではありません。その神の教義をよく理解し、内なる神と対話し、自ら教義を見出すぐらいでなくては、ね。
さらに迷いがあるようでしたら、スラムの奥の「阿片窟」を訪れてみると良いですよ。そこには古い神殿があります。そこでお祈りになると良いでしょう。貴方のお友達、ブルガリオさんたちも、そちらにいらっしゃいますよ。
あぁ、そうだ。女王のお披露目は、次の謝肉祭では行われません。色々と準備がありますから。焦らすわけではありませんが、その後になります。いずれにしても今月中になると思いますよ。「謝肉祭」でご案内できると思います
|
| |
| 本腰 |
|---|
|
| シタール [ 2008/12/07 23:10:45 ] |
|---|
| | ─十四日目 「井戸の水から腐った匂いがする。」そう言われた時に心臓を鷲掴みされたような気持ちになった。 俺は馬鹿だけど、計画を立てたリヴァースは馬鹿じゃねえ。ちゃんと下を下水が通ってないかどうかを念入りに調べてたいた。 だからその心配はしていなかったが、奴らが井戸に何かをした可能性はある。 毒、もしくは呪い。とりあえず、碌でもないことになっているのは確かだろう。 触っても大丈夫なんだろうか?万が一のことが起きたら…。
そのことにすぐ気づいて水を組み出すために人手を集めようとしたエナンを止めた。
そしてエナンに使いを頼んだ。場所は俺の住まいで相手はレイシアだ。はっきり言って今もかなり険悪な状態なんだが、他に頼めるアテも無い。 ラスやリヴァースに見て貰いトコなんだが…。ラスは朝か晩まで動き待ってるし、リヴァースに至ってはこの数日顔すらださねえ。あいつ何やってんだ。どっかでドジったのか?たく、ふらりと戻ってきたと思うとまたふらりと居なくなりやがるし。
あー。うー。もー。どうすっかなー…。そうやって唸ってると。
「にーちゃん。うだうだ言ってる場合じゃねえだろ。このままじゃ、全部がダメになっちまうんだ。オレも一緒に頭下げるから。」
そこまで言われると迷っても居られない。俺からの遣いと分かるように私物を渡してレイシアの元へとエナンを向かわせた。
「水の精霊が殆ど居ないわね。」 井戸の中の水を見て、レイシアはまずそう言った。湧き出している井戸水に下水が多少混ざった程度ならここまで酷く精霊は減らないそうだ。 「じゃあ、ここまでになるにはなにが理由だ?」 俺がそういうとレイシアを少し考えてから「あくまで推測だけどね。」と言ってから話し出した。 「まずは何か毒とか水の精霊が嫌うような異物が放り込まれたのかも。」 それは俺も考えた。ぱった見た感じ生ゴミ放り込んだ気配はない。何か毒なり薬品を放り込めば、こうなる可能性はあるだろうなと。 「あとは魔法で水の精霊を強制的に取り除くことね。どんな魔法かは分からないけれど、そういう魔法や奇跡があるとは聞くわ。」 なるほどな…。 「な、なあ、ねーちゃん。」 エナンはおそるおそるレイシアに尋ねてきた。あー。そうか。あれか。俺が酷い目に遭ってる様を見てるからな。びびるわな。うん。 知ってか知らずかそう言うふうにびびるエナンに『なーにー。少年。』とにっこり愛想良く聞き返す。 「あ、あのさ。ねーちゃんの言ってることは全然わからねえんだけど。この腐ってる水を取り除けばどうにかなるのか?」 エナンや作業に変わった人間達の視線がレイシアに注がれる。この井戸はこの地区の奴らにとっての希望なんだ。 そのことを俺は更に強く認識させられた。それはレイシアにも理解出来たのか珍しく真顔になってこう続けた。 「大丈夫よ。少し時間はかかるかも知れないけれど。湧き出す水は綺麗だから徐々に飲めるようになるはずよ。」 「でも。私じゃ水がこうなった理由が分からないからなるべく水を触れないようにして汲み上げてね。」 結局、話し合った結果。桶や瓶で水を汲み上げて河まで捨てに行った。そして夜には二人ほど見張りをおく事も決めた。 そして、常に一人は俺かもしくは頭を下げ通して(「後で私のお願いも絶対に聞いて貰うからね。」と言われた。)レイシアのどちらかが付くことになった。みんなもこれはただ事ではない。と思ったようだ。
あー。やれやれ。しっかし、魔法か。となると奴らが本腰になってきたと考えるのがベストだわな。まあ、俺としてはだ。この地区で何もしなけりゃ放っておいても別に良いんじゃねえかと思ってんだがな…。斧とか鎧持って来るしかねえな。こりゃ。
あいつ等ぜってーに許さねえ。とっちめてやる。 |
| |
| 漂流物 |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/07 23:22:21 ] |
|---|
| | バレてそうな気がする、とスウェンは呟いた。 そんなスウェンが持ってきた情報は、貴重なものだった。 新たに建築中の神殿は、“砂沸き”地区だという。そして、「迷いがあるならば“阿片窟”を訪れろ」とジュリアスが言ったと。 新神殿と本拠地がイコールで結ばれるのかどうか、だが、新神殿が建築中というのなら、まだ現拠点が生きているんだろう。その現拠点が“阿片窟”の可能性は高い。 現にリヴァースもその周辺で姿を消しているようだ。 最初は“阿片窟”の旧マーファ神殿を改築して新神殿を作るのかとも思ったが、あのあたりは最も古く最も貧しく、そして最も無気力だ。そんなところへ建築資材を運び込んだり、人足を集めたりすれば目立つ。
とりあえず、スウェンには潜入を続けさせることにした。 女王のお披露目がまだだというのなら、本格的に動き始めるまですこし間があるだろう。 選別をされたとしても、そうそうすぐに「食物」にはされないはずだ。あいつらのところには、既に相当量が保存されている。 ……ん? そういえばヴィヴィアンはどうしてる。前回の集会には来なかったって? いや、ギルド内でも最近見かけてないな。 「スウェン、おまえ集会通いながら、ヴィヴィアン探せ」 そう言うと、スウェンは思い切り顔をしかめてみせた。 「ひょっとしたら……あたし、変なもん食わなきゃいけないんすかね」 「いくら何でも、土壇場になりゃ、『やっぱ食えない』って逃げだす一般人は多いだろう。それに紛れておまえも断ることは可能だろう。……まぁアレだ。身体に害はねぇよ」 「そういう問題じゃねえっすよ!」 「やばくなったら、相手にこの皮袋渡せ。自分はまだ供物を頂くほどの信心はないけれど、貢献したい気持ちはあるから、ってな。多分400ガメルにちょい足りないくらい入ってる。おまえくらいの下っ端が、ちまちま貯めた虎の子だといえば信憑性はあるだろう」 「え。いいんすか、兄さん。領収書出ないっすよ!?」 「おまえが死んだ時には欠損伝票きらなきゃいけねぇんだ。それよりはマシだろう」 「……うわー」
それより、女王というのが、本当に幼い女の子だというのなら、薄汚れたオッサンより、多少小綺麗にしている若い女信者をその世話役にするだろう。信者がどのくらいいて、どんな顔ぶれなのかは知らないが、ヴィヴィアンは使えそうな人材だと思う。 「だから、ヴィヴィアン探せ。見つけたら尾行だ」 「うっす、了解!」 崩れた敬礼まがいの仕草をして、スウェンは駆けだしていった。このフットワークの良さが、スウェンの使いでだな。
バザードには、ムリーリョという男について引き続き調べさせている。 カールやカレンから聞いたムリーリョの古い話は、生真面目で純粋で、正義感に溢れる男だ。 けれど、アリュンカから聞いたジュリアスの話にはそれがない。 邪神の司祭にそういった資質を求めるのは、そもそも無駄なことなのかもしれないが、印象の違いというのは少し気になる。 ニルガルの教えが表面的には勤勉さや自己犠牲を求めるものだから余計になのかもしれない。 ムリーリョがニルガルに傾倒するのは得心がいくんだ。 ただ、ジュリアスはどうだろう。 どんな神であれ、その声を届かせるのに、本人の意思や性格は無関係なんだろうか。 単純に印象だけを云々するなら、妙な言い方だが、ムリーリョは純粋に邪で、ジュリアスは邪に邪なというか……。いや、これじゃわけわかんねぇな。
その日、チャ・ザの分神殿にたどり着いたのは夕方だった。 まっすぐ裏にまわって井戸を借りる。このあたりはスラムとはいえ、ほんの入り口で、井戸も不足していない。 分神殿のすぐ裏、敷地内に井戸があり、周辺の住民たちも時々使っているようだ。 冷たい水で手や顔を洗い、足元も洗っていると、カレンが顔を出した。 「どうした。……臭いぞ」 開口一番、そう言われた。まぁそうだろうと思う。 “阿片窟”の周囲を探りにいって、旧マーファ神殿跡地やその周辺の地理を下調べしてきたところ、途中で熱狂的な信者に見つかった。追いかけられるわ石を投げられるわで、とはいえそいつらを仕留めて騒ぎを起こすわけにもいかないしで、奴らを撒くのにヘドロ満載のどぶ川に足を踏み入れる羽目になった。
カレンから服を借りて、事情を説明しながら着替えていると、脱いだ服のちょうど腰のあたりに結びとめておいた袋をカレンがつまみ上げた。 「……なんだこれは。これが一番臭いな」 「ああ。それ……。ちょっとアレなものだけど、見て欲しいんだ」 「アレなものって何だ」 「人間の手首だよ。右手だな」 「…………」
袋の中には、逃げ込んだどぶ川の中で拾ったものを入れてあった。青白い人間の右手首だ。 新しいものではなさそうだが、ヘドロの中で不思議と指も腐らず、爪さえそのままだった。 あまりの損傷のなさに、よく出来た蝋細工かと思ったが、端を押してみるとわずかな弾力がある。 そして、蝋細工にはあり得ないような、ひどい臭いがした。 カレンは臭いにか、形状にか、あからさまに顔をしかめた。 「オマエ……なんでこんなものを……」 「指輪してるだろ。それ……チャ・ザの印じゃないか?」 うん、と頷いてカレンが手首を検分した。 「……断言は出来ないが、以前、カノッサと話をした時に、見せてもらったものとよく似ている。神官だが戦士でもあるという本人の言のわりに、小振りでふくよかな手も、この手首と印象は重なる」 「ヘドロの中にあったんだ。……以前、少しだけ聞いたことがある。低い温度で、風や火の精霊が出入りできないような場所だと、ごく稀に、死体が腐らないことがあるって。腐らないっつーか、体を構成する物質たちが違うものに置き換わっていくらしいんだな。具体的に言えば、温度の低い水中や土中。『ハンズ・オブ・グローリー』って聞いたことないか?」 「『栄光の手』? ああ……盗賊たちの伝説のひとつだな。霊験あらたかな手首の先に、蝋燭のように火を灯して、それが綺麗に燃えるならその日の盗みはうまくいく、火がつかないようならその日はやめたほうがいい」 「そう。その『栄光の手』はこうやって作るらしい。切り取った手首をそういう場所に保存して、蝋のようにするんだ」 なるほど、と呟きながら、カレンは俺の左腕を見ていた。 「……なに。俺の腕もひょっとしたら、そうなってるかもって? ……そうだな、確かに土に埋めたもんな」 そう笑うと、そんなんじゃない、とカレンは目を逸らした。
「……スウェンの報告によると、ブルガリオは“阿片窟”周辺にいるんだろ?」 部屋に充満する臭いをどうにかしようと、窓の鎧戸を幾つか開け放しながら、カレンが聞いてくる。 「ああ。そうらしいな」 「けど、これがカノッサの手首だとしたら?」 「カノッサはチャ・ザ神官だ。あいつらにとっては殺す理由になる。だから、カノッサだけ殺されたか、手首を切り落とされても生きているか……そうでなければ、ブルガリオだけ生きているってパターンもある」 「……それには2種類あるな」 「ああ。それがブルガリオの望んだことなのか、そうでないのか、だな。あともうひとつあるぜ」 「ブルガリオも『いる』ことは『いる』が、生きているとは限らないってやつか」 「だな。……ところで」 「ん?」 「……ヘザーはまだ見つかってないのか」 そう訊ねると、カレンは溜息をついた。 「……ああ。エナンの話を聞いてさ、自分の意志で出て行ったのなら……とも思うんだよな」 「そんなもの、本人に問いただせ」 「そうだな。明日も探すよ」
翌日、手首をカールに調べてもらおうと、チャ・ザ神殿に届けた。その帰り道、リヴァースが泊まっていた宿に寄る。 リヴァースが訪れそうな場所も幾つか巡ったが、やはり奴は本格的に行方不明のようだ。 少なくとも、役所に出す書類の締め切り日までに姿を現さなかったということは、なんらかの不測の事態が起こっているんだろう。 宿屋の女将に、自分の耳を見せて、同じ半妖精のよしみでリヴァースとは親友だと告げたら、あっさりと部屋の鍵を出してきた。口元が痒くなったのは、流行りの皮膚病じゃなくて、親友云々のせいだろう。 「11の月分までは宿代もらってるんだ。12の月分がまだでね。本当なら荷物片付けてもいいところを待ってやってるんだよ。あんた、親友だってぇんなら払ってくれんかね」 鍵をちらつかせながら女将が言う。……くそっ。昨日、今日と出費が多い。
やけに荷物の少ない部屋の中、机の上に羊皮紙の切れ端を見つける。 いなくなる前にリヴァースが調べていたことが幾つか書かれていた。 ジュリアス……ジュリアスか。 宗旨替えをする神官のことは、聞いたことがある。というか、確か、ラーダ神殿で奉仕していた女がファリスの啓示を受けたという話なら聞いたことがあるという程度だが。 ……とりあえずこれは、持ち帰るか。 |
| |
| (無題) |
|---|
|
| アリュンカ [ 2008/12/08 1:55:39 ] |
|---|
| | ごみためから探してきた服はそこここから嫌な臭いがする。 マーファの廃神殿近くの通りに周りにうずくまって一週間。 隣に座る爺さんも死んでしまったんじゃないかってくらいに動かない。 ボクと同じように目の前に置いた鉢をじっと見つめている。 夕闇が落ちて遠くで鐘が鳴る。 すっかり人通りの耐えるのを待って立ち上がる。 「1週間アリガトウね」 そういって爺さんの鉢にガメル銀貨を数枚投げ入れる。 「またネ」 聞こえているのかいないのか動かない爺さんを後にしてねぐらに向かう。
1週間の成果。 スラム慣れしていなさそうな人間が4人。 この道をいって、それから帰ってこない。 もっとあぶなげな裏道や別の路地から帰った人間もいるのかもしれない。 或いはボクの目の離した真夜中に帰ったのかも。 この道を通るだけでおどおどしていた人間にそんなことができるかは判らないけれど、可能性は可能性。
ジュリアスの立身についての噂。 あのおじさんから聞いたとおり、例の悟りの人はこのあたりの出身だったらしい。 ジュリアスの母親のヒモだったとか言う男を一人だけみつけた。 病気でまともに話せない状態だったけれど、母親のことは良く覚えていた。 話が彼女の息子に事に及ぶと何も知らないと言い張って、最後には母親との関係も否定してそのままくちをつぐんでしまった。 彼の口から悟りの人の話はでることはなかった。
「半妖精どもがこのあたりまでうろうろしてやがる」 何度か廃神殿へ姿を見せる二人連れの男の言葉。 忌物が、とはき捨てるようにもう一人が言ってそのまま歩いて行ってしまう。 音無しの兄サンのことかな。 聞き耳を立てたけどそれ以上は聞こえなかった。 さすがについていくわけにも行かないしね。
いくつかのねぐらを転々としてそのたびに服を変えてチャ・ザ神殿に向かう。 事件に関わっているんだろうけれど、どこがどうつながっているのかボクにはさっぱりわからない。 考えるのは苦手だ。ごちゃごちゃした頭のまま神殿の扉を押す。 |
| |
| 心当たり |
|---|
|
| 宿の女将 [ 2008/12/08 22:27:05 ] |
|---|
| | ちょいとアンタ、気は済んだかい? なら、茶ァぐらいは飲んでいきな。
アンタ、ドアを開けさせるために、迷わず金を払ったからね。「親友」云々より、この部屋の主がなにかヤバイことになってんじゃないのかい。そうだろ。
はッ、この宿の客はみんなアタシの子供みたいなモンさ。ここに居る間だけは、ね。 そうとでも思わないと、こんなゴロツキばかりのオンボロ宿の女将なんぞ、独りっきりでやっちゃァ居られないよ。子供のことが心配なのは、当たり前さ。ただでさえ仏頂面の奴が、更に鬱々とした顔で出て行って、帰ってこないとあっちゃァね。もちろん、金を落としてくれる奴が一番大事なんだがね。
あぁん、ジュリアス? …うーん、そうだねぇ、知っていなくもないよ。まァ良くある名前だから関係あるかどうか、わからないけどね。 あたしァここに15年程前に嫁いできたんだがね。旦那はその後さっさとおっ死んじまった。このボロ宿を残してね。まぁそれは置いといて。結婚する前は、ムディールで旅籠勤めをしてたのさ。それでこっちに来る前の年ぐらいだったかねェ。そこにラーダの神官の一団がやってきてね。10人ほどいたかね。巡礼者たちさ。その中に若いのが混じっていたよ。えらく綺麗な顔と声をした青年だったから、覚えているよ。それがジュリアスって名前だった。
ところが、そのラーダの巡礼団が、「妖魔の森」近くでさ、オーガーか何かに襲われちまってね。皆殺しされたってェ事があったのさ。警邏や神官が捜索でずいぶん行き来して、慌しかったね。ご遺体は内臓も食い荒らされてた、っていうよ。痛ましかったことだよ。
何の月かって? えーと、確か冬だったね。そうだ、正月の準備云々で忙しかった頃だから、12の月だ。
…おや、どうしたんだい?苦虫噛み潰したようなツラして。 っ、ちょいとお待ちよ。 …あーあ、行っちまった。
まァ色々あるんだろうけどねェ。は〜。 あの荷物はいつまで置いときゃあ良いんだろうねェ…。
|
| |
| 今後 |
|---|
|
| ムリーリョ(「教え導く者」) [ 2008/12/09 0:02:11 ] |
|---|
| | 「謝肉祭」は10の日。これに「砂沸き」の神殿の落成式を兼ねる。 まずは落成の辞。それから説法、新たな信者の「選別」。そして、「聖なる肉」の馳走。 落成式といってもいつもと変わらぬ手順でよいな。 今回の信者は…そうか、6名か。「選別」は、わしが行おう。
それから、「女王」の「謁見の日」は、満月の日、14日。 しかし謁見の日を、新神殿ではなく、阿片窟の地下神殿のほうで行うのは何故か。
それもまた神の啓示か、ジュリアスよ。 確かに、阿片窟は、最も古くからある場所。住居は廃れ、水も少なく、住民の問題はより根強く、貧困も深い。 その場での女王誕生のほうが、より救いとしては象徴的であるな。 神もよき計らいを以って、我らを導かれることよ。
よかろう。ジュリアス。ご苦労であった。下がってよい。
……ヘザーよ、寒くはないか。このようなあばら家ですまんな。 そうか、以前に比べればずっと上等、か。それは頼もしいことよ。
妙なことを頼んでしまってすまんな。 そう堅苦しく思わず、ちょっと満月の儀式のときに前に座って、二言三言言ってくれればそれで良いからな。
女王など、本当は、誰でも良いのだよ。 人の心さえまとまるのならば。人の心の拠り所となるのでさえあれば、な。
はっはっは、そのようにいうと、怒られてしまうな。 いや、ヘザーよ、おぬしのことは良く知っておる。女王にはふさわしいと思っとるよ。 井戸掘りでも、そなたは皆をよう指導しておったではないか。 なぜ知っとるか、と。ほれ、泥水掬いのときに、バケツで泥を川に運んでいた乞食がおっただろ。あれは、わしだ。 どういう風にやっておるのか、興味があってな。
む。オッサンではない。オジサマと呼んでくれんか。 …うむ、良い子じゃ。
のう、ヘザーよ。 ワシらを嫌わんでやってくれ。 偶像があれば、人は結束し、希望を持つ。 それにちょっと協力してくれれば、それでよいのだ。
おぬしも行き場を探しておるのだろう。 好きなだけ、ここにおれば良い。
ようやく、この地で、下地ができつつある。 本当のわしの仕事は、わしの役割は。 …これから、始まるのだ。
願わくは、この都市の発展の影となり虐げられ続けたスラムに、一条の光を、とな。 それだけなのだ。
|
| |
| 井戸端の風乙女 |
|---|
|
| リヴァース [ 2008/12/09 0:33:42 ] |
|---|
| | 11の月27の日。 「悟りの人」ジュリアス。もしや過去に何か起こしてないか。何も無いとは思いつつ、学院でオランの事件簿をめくってみた。人名索引が付いていたのは便利だった。その便利さを呪った。
二件、適合した。特異的過ぎる事件ではない。しかし人為的な事件だとすると、肝が冷える内容だった。
ジュリアスという名は、そんなに珍しいものではない。同姓同名がいてもおかしくない。特に後者の事件との関わりは無いように思える。マーファの司祭だ。しかも死んでいる しかし、井戸と皮膚病という符号が、今回と奇妙に当てはまる。
…死体などいくらでも偽れる。そして、信仰も。 邪神信仰は人目を憚る。たとえ邪神の信者でも、マーファの聖印をつけマーファの教義を説き、私はマーファの神官ですと奇跡を起こす者がいれば、その者がマーファの神官であることを一体誰が疑えるだろう。
そして、二つの事件とも、12の月。 今は、もうすぐ…12の月だ。
何も見なかったことにして、今すぐ旅に出たくなった。 「俺たちは自衛さえ出来れば、このままここで放り出したっていいんだ」 ラス。その言葉が、ことのほか甘美だ。奴はその状況判断力で今まで生き延びて来たのだろう。
しかし、すでに井戸の追加調査の仕事は請けてしまっている。邪神の神官が怖いのでやっぱり辞退させてくれ、などと言えば、次の仕事は無い。「阿片窟」の井戸。大して考えもせず調査場所を指定した役人ポールの悪態をつきながら、翌日、そこに向かった。
マーファの神殿の廃墟。その裏を回り込んだ陰に、井戸がある。周囲の雑草の植物の種を拾い、代わりにアザーンやマエリムから集めた種を固めた粘土玉を蒔いた。こうして世界の植物を混ぜる。新しい所に来る儀式のようなものだ。そうして心を落ち着けた。
井戸は、蓋が開き、使用された気配はある。中を覗き込む。噎せるような腐臭。光霊を呼び中を照らす。また汚されているのかと、うんざりする。しばし考えこむ。不死の生物がいたら、銀の短剣がある。いざとなったら渾身、命の精霊を叩き込もう。そう意を固め、ロープを壁に固定し、井戸に入った。
何かが底で動いた。うぞぞ…と、おぞましい気配。瞬間、光霊が消えた。喰われた? かつて無い強烈な違和感が沸き立つ。空間が歪み、ありとあらゆる悪しきものがそこに溢れ凝集しているようだ。全身、総毛立つ。直感的に感じた。 …この世のモノではない!
井戸の中腹でロープを握り締め、上に逃げようとする。 そこに、ゆらりと黒い霧が沸き立った。瘴気が、口と鼻に入る。激痛が体を襲った。体の中から肉を溶かされるような衝撃。口と鼻から血が溢れる。
続いて、物体が変形した。触手。回避できない。わき腹が抉られた。毒のような、痺れを伴う別種の痛みが、傷口を苛む。 ロープから手を離す。銀の短剣を下に向け、落下の衝撃とともに、物体に刺す。 物体はややひるんだ。しかし再び触手を絡ませてくる。井戸壁に頭を擦りながら回避。
「地霊よ、飛礫となり、異形のモノを貫け!」 むき出しの土壁となっている井戸の底から、飛礫が上がり物体に降り注ぐ。しかし、物体は大して影響を受けた様子もない。魔法が効いている様子が、いつもと全く違う。何なんだコイツは。物体に精神は感じられない。生き物かどうかも分からない。精霊力すらない。デーモンとも違う。こんなモノはどんな伝承にも聞いたことがない。凄まじい恐怖。心を潰されそうになる。理解不能という事がこんなに恐ろしいとは。
次に触手を喰らうと死ぬ。命の精霊。傷は塞がる。再び、おぞましい触手が伸び、体に絡む。回避できない。右腿が貫かれる。悲鳴。頭を打つ。視界に血が混じる。 このままではやられる。渾身、地霊のつぶてを叩き込む。効いた様子はある。胸に下げたオパールを外す。シタールから借りた魔晶石。
再び触手が来る。左手に絡みついた。ジュッと音が立ち、毒が流れる。激痛。魔晶石が落ちる。異形のモノの上に。 すると、魔晶石が弾け、粉になった。魔力の光。それと同時に、怪物の触手が消えた。 ぐつぐつと、残滓が井戸の底で渦巻いていた。
何が起きたのか分からない。魔晶石が苦手なのか。とりあえずシタールの気の利かせように、命を救われたようだ。
底にはなおも、瘴気が渦巻いていた。恰もその場を蝕み空間を溶かしていくように。 こんな所には一刻も居られない。 毒を吐く井戸から、命かからがら、這い上がった。息が荒い。肺が破れそうだった。左手は肉が爛れ激痛。右足は、腿から流れた血に染まり痺れていた。
「その井戸から、上がってきますとは、ね」
廃神殿から、人がゆっくり歩いてくる。神官服。金の髪に秀麗な顔。ジュリアスだ。 …ここで出てくるか。 右手に銀の短剣を構えた。曇り、銹が浮いている。腐食していた。
ジュリアスの背後、神殿のほうに、数人、ゆらゆらと歩いているのが見える。知った顔だ。 …ブルガリオ。その横は、手が無く顔もだいぶ崩れているが、多分カノッサ。こんな形で、会いたくなかった。…双方とも、精霊力が、黄色い。
嫌な法則を思い出した。 物事は、最悪の予想を尽くして対策するほど、想定を超えた悪しき事態が起こりえる、という法則だ。
どうすべきか。精霊ではなく、いっそラスの野郎をこの場に召喚してやりたい。
「珍しい種ですね。各地の種を蒔いて歩いているのですか。興味深い行いです」
ジュリアスは足元の粘土玉を拾いながら、優しげに語り掛けてくる。 近づいてくるまでの僅かな間に、咄嗟に、精霊語を呟いた。命の精霊に呼びかけ回復をとも思ったが、呼びかけたのは別の精霊だった。
「御警戒されませんよう。…といっても無理ですね。その貴方の耳では」 「…あの瘴気と触手と毒の化け物は、貴様の仕業か」 呼吸を整え会話を急ぐ。
「餌が入ったと思ったのに、生きて出てくるとは。困ったものです。アレを招くのには、苦労しました。かなりの『肉』を費やしましたのに」 「生贄を用いて、異界の化け物を召還した。井戸は扉。そういうことか」 笑み。答えないのは、肯定と同じだった。
「ドミニク聖歌隊の全滅とガイ村の疫病も、貴様か」 「オランでは、その二つだけでしたか。3,4年に一度は行っていますから、他国を調べれば、もっと出てくると思いますよ」 「…他の事件も、12の月か」 「大いなる巨人の死んだ月ですから。…我が神の贄には、相応しいと思いませんか」
違和感。ラスの持っていた本が正しければ、ニルガルは、贄など求めない。信者が人肉を食うだけだ。
「私もまた、貴方と同じ、『忌者』ですよ。貴方の、種を混ぜ、世界を混ぜ、均衡に近づける行為。それは我が神の望むところです。均衡はすなわち……世界の死」
彼は、恍惚とした表情を浮かべた。全身が、総毛立った。 忌者には、三通りある。一つは人間以外の妖精。一つは階級を詐称した者。そしてもう一つは。…他神の、司祭。
自分で思ったことではないか。ニルガルの刺青を彫り、ニルガルの教義を広め、自分はニルガルの司祭ですと名乗っている者を、誰がニルガルの信者ではないと疑えるだろうか、と。
「貴様は、ニルガルの教義を利用して、貴様と貴様の神の目的を達しようとしている。井戸の底のアレを用いて、このスラムで何をしたい」
「貴方はもうご存知でしょう」
彼の笑みは、美しかった。目的に迷い無く邁進する者ならではの陶酔。 頭の中に鳴り響く警鐘が頂点に達した。 今の限界に近い体力と精神力、その上この腕と短剣では、太刀打ちできない。
"小さき者よ。恥じ入る心を司どる姿無き精霊。我が姿を隠せ。"
枯れかけた精神力を振り絞って、彼の目の前から姿を消す。そして離脱を図る。 落ち着いた様で、ジュリアスは笑んだ。
「血が地面に滴っていますよ」
そして、彼は神の名を唱えた。爆発的な衝撃が体を貫いていく。姿消しの力も吹き飛ばれる。その場に倒れこんだ。
「『忌者』は『食物』にはなりませんね。…さて、何に用いましょうか」
井戸端に、腐食した短剣が転がった。髪を掴む手の感触。意識がそこで黒く落ちた。
……ジュリアスが現れた直後に唱えた精霊語は。
"風乙女よ。これより我が声と彼の者の声を、この場に留めよ。ラス・カレン・シタールのいずれかがこの場を訪れた時にのみ、留めた音を再現させよ。"
どこまで風乙女がこの会話を保存してくれたかは、わからない。
神聖語の詠唱の際。彼は確かにその名を唱えた。
―― カーディス、と。
|
| |
| 捜索 |
|---|
|
| カレン [ 2008/12/09 1:14:46 ] |
|---|
| | ヘザーを探して、もといた住処を聞き込んでみたが、誰も姿を見ていない。 以前は、ここで名を呼べば、アイツは姿を見せたのに。 けれど、もうここにはいないようだ。 古び崩れかけた石の建物。掘っ立て小屋。小さな路地。 人一人探すには、スラムはあまりに複雑で広かった。
………落ち着こう。 ヘザーはどこに行こうとするだろう。 雨の中を出かけるほど、何に興味を示したのか。 気になるのは、「いつまでもオレだけが、カレンの兄ちゃんのところにいてもいいのかな」とか言って考え込んでいるふうだったということ。 …なんとなくわかるような気がする。 今でこそ、食べ物に困らないようになって、身体も成長したし小奇麗になっているが、初めて会ったときのヘザーは、金色の髪が茶色くなるほど汚れきって、小さくて細い身体に襤褸を纏って、何日も食えないで腹をすかせていた。 「梟の足」に住んでいる子供達となんら変わらなかった。 井戸掘りのために何日も「梟の足」に通うようになって、そこの住人と触れ合ううちに、そこの住人と今の自分の違いに気付いたのか…。本当なら、エナンたちと同じ生活をしていたのにとか、温かい家に帰るたび、薄い板と毛布だけで寒さを凌ぐスラムの住人と今の自分がどう違うのかとか…。そんなことを考えるようになっていったのかもしれない。 そういうことをなかなか明かしてくれないのは、俺に落ち度があるのか、単にまだ馴染めないだけなのか…。
改めて、「梟の足」に出向き、ヘザーのことを聞いてみた。 作業をしているときのアイツは、大声を張り上げて大人にまで指図するような、少し生意気で元気な様子だったようだ。 出て行った日のことに関しては、雨模様だったせいもあって、あまり芳しい情報は得られなかった。水をはねる足音を聞いた者はいるが、外を窺ったときにはもう姿はなかったそうだ。住人の誰のところにも立ち寄ってはいない。 ただ、足音を聞いた住人の家と方向を判断するに、「梟の足」よりも奥のほうに入り込んだ可能性は高い。 ……奥と言ってもどっちの奥だ。
…落ち着け。考えろ。 阿片窟には行っていないだろう。アイツは聡い。危険な場所はわかるはずだ。危険じゃない場所なんて、スラムにはあまりないだろうけど…。 じゃぁ、どこに向かおうとするだろう。馴染みのある場所? いったい何処に…。 と、そこで唐突に思い出した。 確か、井戸掘りの最中に”悟りの人”と呼ばれるヤツが接触してきたはずだ。エナンその妹の病気、そしてヘザーの名を知っていたって、シタールは言っていた。 なんてことだ。ヤツと「梟の足」の住人との接触頻度は意外と高いんだ。”悟りの人”と呼ばれ薬を配り、決して悪感情を抱かせない人物のことを住人から聞いていれば、ヘザーはどうするだろう。 土地と住人に密着して優しげな言葉と施しをする人物と、現地には赴かず資金の調達のために交渉を担当するヤツ。どちらにどのような期待を寄せるだろう。 …会いに行ったということはないだろうか…。 取り越し苦労であって欲しい。 が…何か嫌な予感がする。
…待てよ。落ち着け。 問題は、ヘザーが何処に向かったかだ。 「灰色鴉の店」に伝後を残すと接触できるはず。しかし、俺が会うわけにはいかない。 接触したあとはどうする? どこかに連れて行く? ……まさか殺したりは…。待て。今は最悪のことは考えるな。 ……「砂沸き」か。新神殿がもうすぐできるってスウェンからの報告があった。 …もうすぐできる? じゃ、「砂沸き」は本拠地じゃないな。 アリュンカの報告では、阿片窟のマーファの廃神殿に人の出入りがあったという。今はそっちが有力か。
…ちょっと待てって。何を考えてるんだ。 ………………………………。ダメだ。 深く考えてもダメだ。 決めた。 「砂沸き」に行ってみよう。 この格好じゃ行けないな。もう少し場所に馴染む服装にするか。
まったく、ヘザーのヤツは……。 |
| |
| 声 |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/09 1:41:49 ] |
|---|
| | そういえば、綺麗な声をしていた──と言ったのはシタールだ。 「ああいう声は聞き覚えがあるな。そう……カストラートの声みてぇだ」 カストラートっつーと……なんだっけ、去勢された男の声か。 それは確かか、と聞くと、詩人の耳をなめるなと笑われた。 「それはまるっきり、少年の声とやらなのか?」 「いや、さすがにそれはねぇ。声変わりをしないというだけで、ほれ、声っつーのは、体格で決まるもんだろ。特に顎や鼻のあたりの骨の具合だな。だから大人になりゃそれなりの声にはなるが、去勢された時の年齢が若ければ若いほど、声は高く保たれるそうだ。例の司祭の声はそれに似ていた」
ジュリアスらしき男に声をかけられたというシタールの印象がそれだ。 そして、リヴァースが残したメモと、あいつが泊まっていた宿の女将が言った言葉。 順序だてて考えてみるとこうなる。
501年/12の月 ファリス ミード湖畔にて。ゴブリン及びダークエルフ(?)の襲撃を受けて聖歌隊が壊滅。 当時の年齢13〜16歳。たった1人の生存者がジュリアス。
505年(?)/12の月 ラーダ ムディールにて巡礼者の集団がオーガなどの妖魔に襲われ死亡。 綺麗な声と顔の若い神官が、ジュリアスという名前だった。
514年/12の月 マーファ オラン北部ガイ村、緑腐病にて壊滅。マーファ司祭ジュリアスが死亡。
今、スラム近辺をうろつきまわっているジュリアスは、昔、ドミニク聖歌隊にいた坊やだと、“割れ瓶”横丁の木賃宿の主人が言っていた。 そんなガキの頃と今とで見分けがつくのかと聞いたら、そりゃあつくさ、と自信ありげに答えた。 「ちょうどおまえさんのような、金髪碧眼。あいつぁここいらじゃちょっと見かけねぇような別嬪だった。それに、声が似ている」
聖歌隊の事件に関しては、伝手を辿って、ファリスの司祭にも会ってきた。 ドミニク聖歌隊の事件詳細を記録したものを見せてもらう。 ──生存者1名。名はジュリアス(14歳、髪は金、瞳は碧、数年前に男性機能切除の形跡有)。 ──合宿中に神の声を聞いたとのこと。腹部の受傷はその恩寵で塞がった模様。 ──その事件により精神的な衝撃を受け、翌年秋、東へと旅だった。彼の行く末にファリスの光がもたらされんことを。
リヴァースは、自分のメモに、514年マーファ司祭ジュリアス死亡と書きながら、それでも今スラムにいるジュリアスとの同一人物の可能性を疑っている。 ……そう、ガイ村の疫病は緑腐病だ。あの病は、体を腐らせる。死体は泥のようになる。 そんな状態で村が壊滅した後、それをマーファの司祭だと判別する方法はなんだ? 村の礼拝所に死体があって、その死体が神官服でも着ていれば……ついでに残っている髪が同じ色なら、そう判断されるだろう。ああ、これはここにいたマーファの司祭に違いない、と。
6年前のマーファでの出来事なら、マーファ施療院の院長が覚えているかもしれない。 セシーリカの上司、ヘルムート。通称イエティ。……と言うと、それは俺だけの通称だとセシーリカには怒られるが、あの巨体と銀白の髪と髭を見ると、どうしてもイエティにしか見えない。 イエティに話を聞きに行ってみることにした。
「おぉ、久しぶりだね。最近めっきり顔を見せないじゃないか。つまらない」 「俺の今年の目標は、『今年は施療院に押し込まれない』なんだ。むしろツラを見せないことを喜んでくれ」 「押し込まれる前に自分から来ればいいのだよ。さて、今日は健康診断でも?」 「いいや。聞きたいことがある」
訊ねてみると、ヘルムートはジュリアスのことを覚えていた。 「中性的な美貌の持ち主だったね。美しい金の髪をしていた。君のものよりも少し淡い。在野で神の声を聞いたと言って、北方の分神殿に来たらしいな。それが確か7〜8年ほど前だ。分神殿で勤めている間、何度かこちらを訪れたことがあって、それで覚えているよ。高司祭たちからずいぶんと目をかけられていたようでね。そこで2年ほど勤めて、ガイ村に派遣されたその年の冬にあの痛ましい事件が起こったんだよ」 「ひょっとして……覚えていたのは、その声か?」 「おや、知っているのかね。そうとも、素晴らしい声の持ち主だった」
想定できる最悪のシナリオが当たっていれば、それはやっぱり同一人物なんだろう。 リヴァースのメモを見る。
・事件とニルガルの教義との共通点は?
……共通点? 知れている。破壊だ。破滅、破壊、全ての終わり。 そして、聖歌隊の事件と、ムディールの巡礼者たちの一件では、妖魔が使われている。 破壊を望むなら、カーディス。 妖魔を使うなら、ファラリス。 そう……そぐわないと思っていた。 ムリーリョはニルガルの啓示を受けるのに、ある意味ふさわしい人物だろう。 けれど、ニルガルの教義と、ジュリアスの印象は重ならない。 だが、「悟りの人」と呼ばれ、自らもそう名乗るのなら、何らかの奇跡は使えるはずだ。 実際、聖歌隊事件の時に、自分の傷を自分で癒している。そうでなければ、まだガキだというのに、腹をかっさばかれた状態で人里まで辿り着けるわけもない。 ジュリアスは……どの神の啓示を受けた? ファリスか、ラーダか、それともマーファか。それとも。
院長の部屋を辞して、外へ出ようと廊下を歩いていると、勤務中のセシーリカにばったり会った。 「あー! こんなところに!」 ……まぁ、確かに。家ではすれ違いばかりだから、こんなところと言われるのは当たり前かもしれない。 もうすぐ昼休憩だというセシーリカと、昼食を一緒にとることにした。
すずかけ通りの店でテラス席を陣取る。 「なんで中に入らないの? ここ、寒いんじゃないか?」 「……少し寒いくらいのほうが頭がすっきりするから。それともおまえ、ここじゃヤバいくらい寒い?」 「ううん、寒いの平気だし。オランは暖かいよ」 そう言って笑ったセシーリカの胸元にマーファの聖印が揺れた。 それは収穫を刈り取る大いなる鎌。寝かせた三日月のような。 “阿片窟”にある、旧マーファ神殿を連想する。スラムができはじめた当初、貧民たちを救おうと建造された石の神殿。 ……いや。もう1つある。大いなる鎌を聖印とするものが。
がたり、と。 気付いたら尻の下で椅子が倒れていた。いつの間にか立ち上がっていたらしい。 きょとんとした顔でセシーリカが俺を見上げている。 慌てて、椅子を戻して腰を下ろした。 「……ラスさん?」 「…………いや。何でもない」 「顔色悪いよ? 最近忙しいみたいだし。ラスさんが薬嫌いじゃなければ、滋養強壮の薬でも無理矢理口にねじ込みたいところなんだけど」 「ねじ込むなよ」 「うーん、でも最近、薬草も色々品薄なんだよね。とくにズルカマラ。あ、これは滋養強壮じゃないけど」 「ズルカマラ? なんだそれ」 「皮膚病の薬だよ。最近、皮膚病が流行ってるから」 ……ズルカマラ。聞き覚えがある。それは、ムリーリョの領地で採れるものじゃなかったか……? 「…………南東の、セビ村?」 あれ、なんだ知ってるんじゃないか、とセシーリカは笑った。
緑腐病で壊滅したガイ村の惨状を目撃したのは仲買人だったという。オラン近郊をまわって、農作物や薬草を取り扱う者。 当時、セビ村を治めていたムリーリョ男爵とも繋がりはあっただろう。 ムリーリョが、ニルガルの教えに目覚めたのが4年前。ガイ村が壊滅したのは6年前。 いや、それは穿ちすぎか……?
どちらにしろ、鍵は“阿片窟”だ。旧マーファ神殿。 そう、リヴァースはそこで消えたじゃないか。 |
| |
| ロジーヌ |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/09 3:41:47 ] |
|---|
| | アリュンカから、ジュリアスの母親のヒモのことを聞いた。 それが父親か。アリュンカに訊ねても首を傾げた。ジュリアスのことに話が及んだ途端に口を噤んだと言う。 その男の人相風体とねぐらを聞いておく。 「兄サン、行くつもり? 半妖精どもが……って、口の端にのぼってるヨ」 「だろうな。あのあたり、人気が途絶えるのは真夜中か?」 「うーん、そうかナ? 一度、夜通しで居てみたことあるけど、明け方のほうが人はいないと思う」 「OK、わかった」
そう、こんな時にはギルドの伝手だ。本拠地を突き止めたらとっとと潰したいという“赤鷲”を宥めて、本拠地を突き止めるには少し人手が必要だと言ってみた。 強面のを少し貸してくれ、と。 もちろん用途は、ジュリアスの母親のヒモを、スラムのこっち側まで引きずってくることだ。 経費で換算してくれと言ったら、“赤鷲”は渋々と、人相の悪いのを2人ばかり用意してくれた。
そのヒモ──名を名乗ったようだが、聞き取れなかった──を受け取って、人相の悪いのをギルドに返した後、ヒモを締め上げる。 軽く命の危険を感じさせると、通りの悪い声でもごもごと呟いた。 「オレぁ怖い……アイツが怖い。オレのガキじゃねえ……チガウ、あんなの、オレのガキでなんかあるもんか……。ほ、ほほ本当だ。ジ、ジジ、ジュ……ジュリアスはあの女の連れ子だ。とっかえひっかえ、男くわえこんで、ばんばんガキ作って、死なせてた。ジュリアスは運良く生き残った。あ、あああいつぁ、妹の死体を……」 ──妹? 「ああぁあ、妹だ。ロジーヌ、ロジーヌだ。あぁぁ可哀想に。ロジーヌは12歳で死んだ。い、いいい井戸だ。井戸に落ちた」 ──それが何か関係あんのか。 「ロ、ロ、ロロジーヌは夏の盛りに井戸に落ちてぇぇぉぉおおお、神よ! 神よお許しを! ロジーヌは死ななかった!」 ──死んだって言ったろう。 「し、死んだ、死んだんだ。なのに、髪は色褪せず、頬は丸く、唇は柔らかく、睫毛までそのままで! 12の月にジュリアスがそれを見つけた! そ、そそそれからだ! ジュリアスはオソロシイものになった! それまでもあああのガキャァ何か違っていやがった。けど、そんなん、そんなんじゃネェ。あいつを、アイツを取り巻く空気がちちちがう、ちがうんだ!」 ヒモは、小便を漏らしながら嗚咽を始めた。
……屍蝋か。 そうだ。 デイジーは何て言ってた? ジュリアスは綺麗な人形を持っている。 カノッサの手首はどうなってた? まるでよくできた蝋人形のように。 12の月。 大いなる巨人の死んだ月。一年の終わり。終末、破滅。 そんな月に、ロジーヌの遺体は、腐らない、永遠のものとなってジュリアスの手元に戻った。 井戸に落ちたロジーヌ。夏から秋、冬にかけて。井戸の底で、ロジーヌの遺体は静かに蝋になっていったはずだ。 ジュリアスはそれを啓示だと感じなかったか。 いや、実際に啓示が下りたのかもしれない。ロジーヌは、終末の後の世界に生まれ変わったのだとあの女神は語りかけたのかもしれない。
そうだ、デイジーはこうも言ってた。 「いろいろ試したいから、あたしみたいな女でもいいんですって」と。 死体が蝋化するのは、ごく稀なことらしい。ロジーヌは偶然だったろう。 季節の違い、死体の状態や性別の違い、井戸の底や土の中、ヘドロの中。条件を変えて。ジュリアスは……それを試しているのか? 12歳といえば、ヘザーと同じ年頃だ。
涎と鼻水と涙と小便で汚れている男を蹴り飛ばして、その胸倉を掴み上げる。 「ロジーヌの髪の色は」 「……き、きき、金色だ。ちょうどあんたみたいな!」
ああ……嫌な符合だ。 |
| |
| ”赤鷲” |
|---|
|
| バザード [ 2008/12/10 0:50:54 ] |
|---|
| | ムリーリョという人について調べ始めたのは、リヴァースさんに頼まれたからだった。 今は、ラスさんから頼まれてる。
リヴァースさんは? 誰に聞いても、知らないって。 とりあえず心配だけど、ラスさんが調べてるなら、僕の役割じゃあないよね。
・・・役割、かー。 最近は、集会にスウェンさんが行くときは僕も一緒に行くようになった。 ラスさんに言わせるとー、 「尾行じゃどうせバレるから、堂々と参加して来い」 ということで。
一応、顔見知りだけどよく知らない人だよーってことで。 連絡は取らないで、距離を置いてるつもり。
説法、特にあのジュリアスって人のを聞いてると、変な気分になってくる。 一番好きなマーファ様の説法でも、こんなには聞いたことがないからかもしれないけど。
確かに、役割っていうのがあって、それもカミサマのオスミツキで。 そういうのに一生懸命になれて、何にも心配いらなくて。
それなら、本当なら、すっごい幸せかもしれない。
でも、僕は・・・人は、アリじゃない。 例えだってわかってるけど、満たされてるってことを間違ってる気がする。
生まれた村では、それこそアリみたいに働いたけど、足りなかったし不幸せだった。 それが正しかったなら、それとも他に役割があってそっちをしてればよかったなら。 ・・・どっちにしても、僕は何も信じられないまんまで死んでた。それは嫌だ。
でもやっぱり、もともとの世の中がそうだったなら、いいのかも・・・。 いや、でも人を食べるのはヤダし、そもそも妖精とかの人が人じゃないってヒドいし・・・。
なんだか、混乱する。 で、コレは悪いカミサマの教えなんだ、ここにいるのは仕事なんだって自分に言い聞かせて。 ヘーゼンとしてられるように頑張る。
調べものと潜入と。 そんな日が数日。 ムリーリョって人については、いろいろわかった。 オランの国では、ムリーリョ男爵の詳しい行方は把握してない。 なので、ゼビ村は今でもムリーリョ男爵の土地になってる。
で、仲買人の人に確認することができた。 今のゼビ村にはムリーリョ男爵がいる様子はない。 かわりに”助ける者”とかいう代理人がいるらしい。
薬の売り上げの中から、スラムの人への寄付、ということでオランにもお金が入ってるけど。 どう使われてるかわかってないし。 街の外に出たって話は一つも聞けなかった。
そうそう、”梟の足”で男爵の幽霊が井戸掘りしてたって話してた人もいた。
やっぱり、あのカミサマの教団で、お金を出してるのはムリーリョって人で。 ムリーリョ本人がスラムに居て、なんかしてる。 そういうことなんだろう。
でも、あのカミサマの教団が急に広まりだしたり、人がいなくなったりって最近のことだよねー。 教団が広まったのって、スラムが荒れて、井戸が使えなくなって、病気が流行ったのも原因だと思うんだけど。 真面目で、スラムの人のことを真剣に考えてたムリーリョ男爵(奥さんだってスラムの人だったんだ!)が、井戸を汚したりするのかな?
それに、なんで今なんだろう。 準備ができたから? 女王が見つかったから? でも、信者の人たちが喜んでたのはついこの前だから、事件起こったときには女王は見つかってなかったてーこと?
何かが違う。 そんなことをラスさんが言っていた。スウェンもそう言っていた気がする。 確か・・・ジュリアスって人のこと? そういえばあの人、いつから教団にいるんだろ。
とりあえずラスさんに報告しようとしたときに、”赤鷲”の人の部下に見つかってまた連れてかれた。 そうそう、”赤鷲”の人に怒鳴りつけられるのもなんかもう、ここ数日の日常になってる。 あー、こんな役割は嫌ですよー?
型通りの(一応嘘はない)報告をして、怒鳴られて(多分ここが一番重要)、帰ろうとしたときに。
”赤鷲”の部屋を出たところで服のボタンが落ちて、拾うためにしゃがみこんだ。 僕がもう帰ったと思ったのか、”赤鷲”の人が部下の人と話しているのが聞こえた。
「今日もオレに手下ぁ出させて、肝心なところは独り占めかよ、”音無し”め」 「・・・ふん、最悪でも実質ジュリアスとかいう優男を潰しゃあいいし、そいつの口を割らせればアタマも女王なんて奴のこともわかるだろうさ」 「”音無し”やら別口の雇い主やらに手柄ぁ渡すわけにはいかねぇな・・・野郎がこれ以上グズグズしてるようだったら・・・」
そんな感じー。 転がるようにして隠れ場所その場を離れた。・・・多分気づかれてないと思うけど。
”赤鷲”の人、変なことをしなきゃいいけど・・・。 |
| |
| 「砂沸き」で |
|---|
|
| ヘザー [ 2008/12/10 1:23:55 ] |
|---|
| | あれ、カレンだ。何してんだ?
…探してた、のかー。 あー、うん。わ。悪い…。
なんでいなくなったのか、って。 ……えーとな。えーと…
あのな…。エナンたちの臭いが気になったんだ。くせーなー……って。 前はぜんぜん、わかんなかったと思う。オレもおんなじだったから。 でも今は違うだろ。カレンちに帰って、ウマイもん食って、汚れてもすぐに洗った服を着てる。
それで、エナンが、「お前はオレたちと違うからなー」って言ったんだ。 オレ、エナンたちと同じだと思ってたから、なんか…ショックっつーかさ。 でも、オレはもう、エナンと同じだ、とは言えなかったんだ。 …それを言えば、きっと、エナンたちから、すっげぇ嫌われる。
それでな、ラスのにーちゃんが、言ってたことあったよな。 カネは労働のタイカだ、って。 よーするに、働かない奴は、食うな、ちゃんと働いたら食え、ってことだろー。
でも、アイツら、井戸掘って汗だらけ泥まみれになっても、食い物少ないし、カラダ洗えないんだ。 それで、オレは、カレンのトコで食ってて、カレンのとこでカラダ洗ってんだ。 なんでオレだけ、って思ったんだ。
それを言っても、カレンは、気にするなって言うだろ。 オレが何を言っても、カレンは、ここにいて良い、って言うだろ。
オレは、なんか、それが、辛いんだ。
……だって、オレ、なにもしてねーもん。 オレとエナンたち、何が違うのか、わかんねーんだもん。
オレ、カレンにそこまでしてもらうほどのものが、オレにあんのか、わかんねーんだもん……。
ずずっ。
それで、そしたら、シゴト手伝ってくれ、っていうオッサマいたんだ。 誰、って。よくわかんねーけど、乞食とか、泥さらいとか、ミチビクモノとか、色々やってるオッサマだ。
オッサマは、手伝うのは誰でも良い、って言った。 みんなを元気付けてくれるんならそれで良い、って言った。 オレ、オッサマの言うことは、なんか、よくわかったんだ。
それで、オレ、やろーかな、って思ったんだ。
オッサマって? …あ、来た。来た。 おーい、オッサマー! この人だぜー。
|
| |
| 対談 |
|---|
|
| シタール [ 2008/12/10 23:33:44 ] |
|---|
| | 井戸掘りも全て終わり、今後の話し合いが分身での礼拝堂で始まった。 井戸掘りと同じようにすんなりと話は進むもんだと思ったが…想像以上に拗れていった。 あれだな。お金やらなんやらが絡むと人間っつーのは欲が出たり、利害が一致しねえモンだな。 ちょっと前には罵りあいから取っ組み合いの喧嘩になりかけた。先が思いやられる。 このスラムをよくしたいために井戸を掘ったのに、その井戸が原因で住民同士が揉めちまったら何も意味がねえじゃねえかよ…。 少しだけ匙を投げたい気持ちになった。
その最中にエナンがそう言って駆け込んできた。 「シタールに話があるって奴が来てるぜ。」 井戸の前に来ていると言うのでエナンを連れて程度へと向かった。 「んあ?ったくよー。で、誰よ?知ってる奴か?」 話し合いが上手く進んでいないせいか若干いらだちが声に滲んでしまう。 「うんや。あんま見た事ねえおっさん。いっぺん井戸掘りに来てたかもな。」 「そうか。あー。なんだろうな。俺も話しに混ぜろってか。それともアレか。金は払う気はねえって奴か。ハッハー。」 自棄糞じみた俺の乾いた笑いがスラムの通りに響く。正直、話し合いの仲裁役なんて俺の柄じゃねえんだよ。
「…なあ。シタール。気持ちは分かるけどさ。今、シタールが投げ足したらダメになっちまうんだよ。頼むよ。」 そう言って俺を見るエナンの顔は真剣そのものだ。コイツはこの井戸に全てを掛けている。今、俺がここで井戸のことを投げ出すっつーのはコイツのことを投げ出すのと同じなんだって事に気づいた。そこで深呼吸。って言うか、最近の癖になりつつあるな…コレ。
「悪ぃ。でも、思ったんだが…なんでそんな奴なら分神殿までつれてくりゃいいのに。どうして井戸のトコなんだ?」 「ねーちゃんが絶対にそうしろって。あそこまで連れて行っちゃダメだって。」 「…あ。レイシアが?なんで?」 「そのおっさんの顔を見てすぐにそう言ったんだよ。オレも連れて行った方が良いって言ったんだけどさ。」 わけわかんねーな。それは。と言い合いながら井戸へとたどり着く。そこにはレイシアからもう一人俺を呼びだした相手。 明らかに様子がおかしい。レイシアが相手をあからさまに警戒しているのだ。 そりゃ。見ず知らずの他人でしかもスラムの住人だ。警戒すんなって方がおかしいが…それだとしても露骨にヤリ過ぎだ。
「おぉ。ようやく来たか。待っておったぞ。」 そう言って相手がふり向くと額には見覚えがある刺青…。 「おめぇ…。」 本能的に身構える。まずはエナンを後に隠し、相手と自分の間合いを計り、レイシアには目線だけで合図する。相手は司祭だ。風の精霊で黙らせちまえばどうにかなる…筈。
「まあ、待て。身構える気持ちは分かる。だが、今日は争うために来たわけではない。」 そう言って司祭−確かムリーリョって名前−は地面に座った。 「まずは座ろうではないか。立ってするよりも座った方が話はしやすい。ああ。出来れば茶でももらえんだろうか。」 そう言ってたき火に掛けた薬缶を指さし、まるで家に尋ねてきた親戚のように振る舞った。 コイツ…ホントに闇司祭か…。俺達は思いきり毒気を抜かれた。
「で…。俺に話って何よ?」 エナンとレイシアを分神殿へ戻して茶をすすりながら俺は何事もないように切り出した。ちったぁ警戒しろよって自分でも思うが…。 相手側の親玉がわざわざ一人で正体証して寸鉄帯びずに堂々と出向いて来たんだ。小細工はねえと踏んだ。 まあ、いきなり気弾でっていうのもあり得るが、相手は体術は不得手なのは立ち振る舞いで分かるし。そこを頭に入れてりゃどうにかなる。 「まずは礼を言おうと思ってな。」 そういうと居ずまいをただして頭を下げやがった。 「この地区のために井戸を掘ってくれたことを感謝する。わしには出来なかったことだからな。」 「…お前に礼を言われる事じゃねえよ。それにこっからが大変だしな。」 まさか、妨害してる側からそんなことを言われるとは思いもしなかった…。相手の考えてることが全くわからん。 「はは。であろうな。おそらくは誰が管理するかで揉めるであろう。そうだな…。」 そういうと奴はあごに手をやってしばし考え込む。 「枯れかけの井戸を管理している粉売りの老婆のサリーに任せるのが良かろう…。反発は出るであろうがあの老婆は更正だ。それに誰かがたいの良い人間が付いて居ればどうにかなるであろう。ああ。安心しろ。あの老婆はこちら側の人間ではないぞ。」 そして、この助言だ。どう反応して良いのか。
「なあ。あんた聞いていいか。」 「何だ?今の案では不服か?」 安物の茶を美味そうに啜りながらそう問い返してくる。 「いや、あんたの提案は的確だと思う。だからこそ不思議なんだわ。それを俺になんで言うんだ?」 「この地区の計画を成功させて欲しい。それだけだが?」 さも当然のように言いやがる。 「あ。おかしいだろ。それ。じゃあ、なんで掘りかけの井戸を汚した。」 「…何の話だ?」 「とぼけんな。お前んとこの人間がここへ来てすぐぐれえにいっぺん井戸の水が汚された。お前来駕委に誰がそんな事して徳をするんだ?」 その話は初耳だったらしく、ムリーリョの表情に若干の驚きが見れた。 「その信徒とは…ジュリアスのことか?」 「あー。ソイツだ。後ついでに聞きたい。お前等ヘザーをどうかしたのか?ジュリアスって言う竿無し野郎はあいつの名前を知っていた。そして暫くしてヘザーが何も言わずにいなくなった。」
そう言う言うと奴は暫く沈黙して「井戸の件についてはワシは全く知らぬとしか言えぬ。だが…。」そう言って言いよどみやがった。 「きちっと言えよ。俺は締め上げてでも聞き出すぞ。」 そう言うとムリーリョは溜息一つした後に話し出した。 「ヘザーには協力して貰っておる。言っておくが、強制ではないぞ。」 そこでムリーリョはスラムを纏め上げるためにヘザーを象徴として使う事を話やがった。 そしてそのことにヘザーが同意していること。最近、ヘザーが色々と悩んでいることも始めて知った。
「それを聞いて俺が納得するとでも思ってんの?」 「無理であろうな。だが、無理にでも連れ戻すというのならばこちらとしても全力で阻止する。」 「しねーよ。お前等の競技がむかついてるのは事実だが。身内に手をださなけりゃ、正直俺はどうでも良いと思ってるしな。だがな。けど…いっぺんヘザーに会わせろ。俺等もあいつと話したい。」
「よかろう。すぐそこまで一緒来て居る。わしに付いてこい。」 奴はそう言うとこの地区の外れへ俺を連れて行った。
そこにはヘザーと…カレンが居た。 |
| |
| 財産 |
|---|
|
| カッパドキア(ギルド会計担当) [ 2008/12/11 0:27:24 ] |
|---|
| | 「赤鷲」の旦那ぁ。お手間取らせてスマネェですね。
「ルビー」「猿」、それから「鴉」も。少なくなってンのは、アガリだけじゃなくて、連中自身が、ってぇ話です。あそこの管轄だけで少なくとも10名はいるんスが。……6,7人は消えてるそうで。へぇ、こちらでも裏ぁとりやした。 妙な宗教流行ってて、ハマッた奴が残り、それ以外は消えてるってやつです。
それで、ちょいと音が聞こえてきましてネ。 余計な口出しですが。 これ以上は、マズィんです。 いや、手ェ引いてください、ってぇ話では、ありやせん。 ……手下連中にあ、仲良く、慎重、手堅くやってもらいてェんです。
腐っても、ウチは大国の裏手を牛耳る組織なんす。 他国なり上納者なり、外部に示すそれなりの格ってモンが必要でしょう。 ……仲間割れなんてことになりでもすりゃァ、示すカオがなくなる。
そりゃァアタシも、組織が一枚岩だってことを信じるほど、世間知らずじゃあないんスがね。
……亀裂は、入れんで欲しいんですよ。 ナマぁいってスンマセンが。 金庫を預かる身としては、これ以上、分裂なんぞして、ヘマして、構成員を減じるのは御勘弁願いてぇんです。 人が死にゃ、それだけ経費がかさむんです。
組織の上に立つおヒトにぁ、知っといてもらいてェんです。
ココの一番の収入源は、構成員からのアガリなんですよ。 それから、一番の支出源は、人材の育成費なんです。
構成員はね、巣穴の財産なんですよ。 そう考えているヤツぁ、ほとんどいねェと思いますがね。 トカゲの尻尾みたく、切りゃぁまたタダで生えてくる、ってワケにもいけねェ。 頭の言う通り動く便利な尻尾を生やしたけりゃ、カネと時間と手間が必要なんです。
この帳簿がね、それを証明してるンですよ。 別に博愛主義でも何でもねェです。
財産を湯水のように浪費する家は、潰れるんです。
年の瀬は、ただでさえ、忙しいんです。これで、赤を出して頭を抱えて、ボスからどやされるって羽目にはなりたくねぇんです。 アタシも、年内に仕事を片付けて、円満な過ぎ越しってヤツを過ごしたいんですよ。旦那も一緒でしょう。 組織も同じ。新年はどっかりと構えているのが、衆に示す流石の体面、ってモンでしょう。
なんで、ここは一つ、仲良く慎重に手堅く、固まって、コトに当たってくれませんかねェ……。 派閥も、組織あっての派閥じゃァありませんか。
へへ、さすがは、「赤鷲」のダンナだ。アタシが言わなくても、コレぐらいはとっくにご存知でいらっしゃる。 えぇ、どうかよろしく、たのんます。過ぎ越しは、皆で甘い酒呑みましょうや。
………つー、感じなんだヮ、アリュンカサン。 報告の邪魔して、悪かったわネ。 アタシも前途明るいワカモノは大切にしたいのよ。 「音無し」クンにも、くれぐれもこれ以上被害出さないよーに、仲良くネって、お伝えしてくれないかしら?
…これ以上ヒトがいなくなったら、経費ばっかり嵩んで、アタシがボスからお目玉喰らって減俸なのよーーッ。
それから、あんた、行方不明者のリスト持ってたでしょ。 ついでに、行方不明になってない連中に、ハナシ、聞いといて欲しいんだけどね。何でまた、妙な神さんにオチたのか。 まー、あんたがアタシの言うこと聞く義理はないかもしんないけどサ。 得意でしょ、そーいうの。
…ンじゃ、宜しくネ?
|
| |
| 砂沸きで〜その後 |
|---|
|
| カレン [ 2008/12/11 0:29:58 ] |
|---|
| | あなたは知っているのだろう。 俺が何者なのか。俺達が何をしようとしているのか。 そうでなければ、この娘の言葉ひとつで興味を持つなどないはずだ。 わざわざ「役割」を与えるために現れたのではないだろう。
会えてよかった。 伝えたいことがあったんだ。 あなたの意思を継ぎたいと望む人がいる。だがその人にはできることが限られている。大きな組織の歯車のひとつだ。逆らえるはずもない。 大きな流れに逆らうことができずに手を差し伸べられなかったことを悔いている人たちもいる。立場が弱くて迎合するしかなかったから。
けれど今は簡単に呑まれることはない。 かつて種が蒔かれ、それは人々の中に根付いて成長した。枝葉を広げようと懸命になっている。 今更と笑うか憤るか、どのように受け取られても仕方のないことだ。 小さな変化がおきるまで長い時間を要した。 けれど、あなたという種がなければそれすらも起きなかっただろう。 黒髪の半妖精が、それを見つけて知らせてくれたんだ。
今のあなたの目的はなんだ。 もしも、以前と変わることがないのなら………手段を変えてくれないか。 用意はあるんだ。 しかし、今のままでは手を貸したくてもできない。 理由はわかっているはずだ。
それとも、既にあなたのほうが我々を見限っているのか。 歩み寄ることも厭うというのでなければ、どうか機会を与えてくれないだろうか。
それと、ヘザー。 俺のところにいるのが辛い、か。 俺は別にオマエを特別扱いしてるんじゃないんだ。 オマエがエナンたちとちょっと違う子になってしまったのは、ただのオマケみたいなものなんだ。 文字の読み書きを覚えたよな。挨拶のしかた、買い物、仕事のこと、いろんなことを覚えたはずだ。 一緒に住もうって言ったのは、もっともっと教えなきゃいけないことがあるからだ。 それでね、勉強したことを今度はヘザーがエナンや一緒に井戸を掘って仲良くなった人たちに教えるんだよ。それがオマエの仕事。
納得できてないね。そうだろうな。 これじゃ、俺の言うことだけ聞いてりゃいいって言ってるのと同じだもんな。 わかったよ。 行っておいで。
男爵。お願いだ。 この子を危険に晒さないでくれ。 自分の意思で帰ると言い出したら、すぐに開放してくれ。 コイツは、俺にとっても希望なんだ。 頼む。
それから、これは余計なことかもしれないが…。 あなた自身の身辺にも気をつけろ。 |
| |
| 謝肉祭前夜 |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/11 0:33:45 ] |
|---|
| | 「なんか、うっかり聞いちゃったんですけどー」 と、バザードが言った。 「でも僕がうっかりなんじゃなくって、“赤鷲”の人たちがうっかりっていうかー」 曰く、“赤鷲”の奴らは、うずうずしているらしい。 俺を邪魔に思うのも、まぁあり得るな。もうちょい、どんと構えておけよとも思うが、そこらは“赤鷲”の器量の限界か。 「……うーん、背中を狙われるのは困るな。おまえ、『“音無し”刺してこい』とか言われなかったか?」 「はい。まだ言われてませんよー」 「おまえが怒鳴られるポイントは多分そこだな」 「あれ? どこですかー!?」 ──ん、いや。考えようによってはちょうどいいか。“阿片窟”をちょっと掃除はしたいが、あいにくとこっちの頭数が足りない。 ギルドが俺を狙ってるんなら、俺自身を餌にして、ギルドの人員をそっちにぶつけることも出来そうだ。
「あ。ラスさん、その顔」 「……なんだ?」 「悪いこと考えてる顔してますよー。ビミョウな薄笑い」 「悪いことじゃねえよ。少なくともニル……いや、邪神の司祭よりはな」 「あれは……やっぱり悪い教えですかねー」 うーん、とバザードは考えこんだ。 「俺は、自分が弾かれるような教義を認めてやるほど心は広くねぇ」 「そうですよねー」 「……それは俺の心が狭いって、賛成してくれてんのか?」 「え。あれ? そうなるのかな? いや、そうじゃなくってですねー? ぇーと……」 「えーと?」 「カミサマが決めてくれた役割を一生懸命つとめれば幸せになれるんならいいなーと思います。でも、実際はそうじゃないですよね? がんばってもがんばってもダメになることって多いし、でもそれはそんな世の中のほうが間違ってるんだって言われれば、確かに、がんばった分報われるほうがいいなーとも思うんです。でも、食べるのも食べられるのもイヤなんです。あれ、僕なに言ってんだろ。えーと。……宿題にしてもらってもいいですか?」 勝手にしろと言って、放り出した。
“砂沸き”地区の新しい神殿の落成式には、司祭たちが出るだろう。説法やら選別やら、謝肉祭があるのなら、そちらにある程度の人員は割かれる。 そうなると、阿片窟が手薄になるはずだ。 現在の拠点と思われる阿片窟にはなにがしかの証拠や、奴らにとって大事なものがあるだろう。 そして邪神神官どものことだから、その警護に不死者を置いている可能性は高い。 ただ、あまり手薄にされると、それだけ向こうの手元に戦力が残る。 こちらとしては、奴らが“砂沸き”に集まる日に、その一部を阿片窟で片付けつつ内部を捜索して、14の日に残る奴らを片付けたいのだから。 ある程度警戒させて……それでも警戒させ過ぎない程度に、うまい具合に向こうの戦力が半減してくれるといい。
半妖精がうろうろしていると噂になっているってのはアリュンカから既に聞いている。 もちろん俺だけのことじゃないだろう。黒いほうのも含まれていたはずだ。……今も含まれているのかどうかは知らないが。 そこでまた、俺が阿片窟をうろつけば、『あいつまた来やがった』になることは確実だ。 何か探ってるんじゃないかと思わせることが出来れば上々。 ことのついでに、それが“赤鷲”に伝われば、『あいつやっぱりこそこそ何かしてやがるな』になるだろう。 そこで、10の日を狙って動くらしいと“赤鷲”に裏から教えてやれば、“赤鷲”がそれを狙ってくれるかもしれない。 阿片窟に残る警護は、不死者の集団か、じゃなきゃ、熱狂的な平信者を人海戦術で肉の壁にするか……。 不死者集団でも、スラム住民の肉の壁でも、俺をどうにかしようとするほどのギルドの人間なら、役に立ってくれそうだ。 手助けのつもりはなくても、てめぇらの身に危険が迫ればイヤでも戦ってくれるだろう。
12の月 9の日
バザードやスウェンからある程度のスケジュールは聞いている。 ジュリアスが別の地区の集会所で説法をしている時間を選んで、俺は阿片窟へ足を運んだ。 もともとの阿片窟の住人とは違う、信者らしき人間にわざと姿を見せるようにして、旧マーファ神殿へと近づいていく。 「忌物だ」とか「追い出せ」「いや捕まえろ」と、あちこちで声が上がる。 それらがふくれあがる前に、人気の無い路地に駆け込んで“姿隠し”をする。そしてまた少し離れた場所で姿を見せる。 そんなことを繰り返すと、阿片窟の地区全体がざわざわとし始めた。
──そろそろ頃合いかな。 気が付くと、旧マーファ神殿の裏手に辿り着いていた。少し離れたところに古い井戸がある。蓋は中途半端にズレていた。周囲に足跡がある。が、一帯に水乙女の気配は薄い。あの井戸はおそらく枯れているだろう。 ……いや、一部濡れたような跡が……違う、土の色が変わってはいるが、既に乾いている。あれは血の跡だ。 まさか……リヴァースか? 近づいて調べようとしたところで、背後で複数の人間の声が聞こえた。思わず振り向く。 「いたぞ、井戸のほうだ!」「捕まえて殺せ!」「殺してしまえ、汚らわしい!」 その集団との距離はまだある。調べる暇はあるだろうか……と、もう一度井戸端に視線を戻した時、ふと違和感を感じた。 あれは……風乙女? 井戸端にある、血痕らしきものの近くに、じっと留まっている風乙女がある。不自然な気配はしない。正しい魔法で繋ぎ止められた精霊だ。……伝言の精霊魔法か。
びし、と足元に石が届いた。やばいと思った次の瞬間には、頭にがつりと衝撃を受けた。幸い、そう大きな石ではなかったようだが、もう石が届いて当たる距離だ。 “伝言”を聞く暇はなさそうだ。目を閉じて頭を一振り。一瞬揺れた視界はそれでおさまった。 ここは退散しようと思った時、佇む風乙女の傍に、錆びた金属塊があることに気が付いた。 リヴァースが“伝言”を残すとしたら、少なくとも俺の存在はキーワードの1つになっているだろう。俺ならすぐにそうと気付くだろうからと考えたに違いない。 けれど、“伝言”の再生は一度きりだ。今聞くわけにはいかない。聞き終えるのにいつまでかかるかわからないし、そうやって立ち止まってる隙に、あの集団は追いついてくる。
自分に当たった石の1つを拾って走る。“伝言”の風乙女から離れた位置の物陰に駆け込み、そこから、傍にある金属塊に向けて石を投げる。 石が当たった金属塊は、乾いた砂の上を転がっていく。それを確認して、物陰からまた走り出した。 “伝言”の風乙女に触れないように迂回して、走り抜けざまにその金属塊を拾う。 拾った金属塊が短剣の形をかろうじて残していることを確認して、懐に突っ込む。 また幾つかの投石があった。 “壁”でも立ててそれを防ぎたいところだが、立ち止まって呪文を唱える暇はなさそうだ。 全力で、逃げることに専念する。 背後、どこか遠くで、「あの存在を許すな!」と声が上がった。
スラム入り口の分神殿に着いたのはもう陽が落ちる頃だった。 バザードがカレンに、ムリーリョに関する説明だか報告だかをしている。 シタールは厨房でメシの支度をしていた。 それらを邪魔しないように無言で部屋を横切り、長椅子に腰を下ろして、手足を投げ出す。 あー、くそ。予想以上に疲れた。 「……ドジったのか」 バザードとの話を終えたらしいカレンが訊ねる。 「馬鹿言うな。ドジってなんかいねぇ」 「服に……髪にも血が付いてる」 「石が幾つか当たったかな。……あ、バザード。ちょっと待った。帰るな」 返事をして立ち止まったバザードに、指示をひとつ出す。 「おまえ、今から“赤鷲”に報告にいって、こう言え。『ラスさんが明日、阿片窟に行くらしいんですけど、それは“赤鷲”には内緒だって、言ってました』って」 「え? 内緒なのを報告していいんですか?」 「そう言えば、おまえの点数稼ぎになるだろう。そして“赤鷲”はチャンスだと思うだろう。それは俺たちに都合がいい」 わかったようなわからないような顔をして、バザードは出て行った。
「これで、阿片窟のうずうずと、“赤鷲”のうずうずを、タイミングあわせられたかな」 そう言って髪をかき上げると、指先には泥と血が付いた。 ……阿片窟周辺でわざと姿を見せるようにして行動すると、反応が幾つかにわかれているのがわかった。 目を逸らす者、困惑する者、怯える者、眉を顰める者、そして追いかけて石を投げてくる者。 それらの反応は、目新しいものじゃない。邪教の信徒じゃなくても、異種族を嫌う者はいるし、半妖精を忌避する者もいる。 それはまぁ……今更だし、しょうがねぇやと思える。 ただ、戸惑う者は確かにいたんだ。誰かが誰かを忌避する、差別する、不当に迫害して嬲り殺そうとする、それは唾棄すべきことだし、それを宗教が強制するのは絶対に間違っていると思う。 「……大丈夫か」 そう問うカレンに、何が?と笑ってみせると、カレンも小さく笑い返した。 「傷のことだよ。見せてみろ。洗わなきゃ」 「メシも出来たぜ。冷めねぇうちに洗ってこいや」 シタールが、いい匂いのする料理を大皿に盛りつけながら言った。
そして俺たちは、情報交換と明日の予定について話し合った。 |
| |
| 印象 |
|---|
|
| カレン [ 2008/12/11 1:59:14 ] |
|---|
| | ニルガルの教義は確かに受け入れがたいものが含まれている。 人を「食物」などと選別して本当に食料にするなど、まともな人間としてはドン引きもいいところだ。 しかし、ムリーリョ男爵との対話に関しては、その教義が気に入らないとして、チャ・ザの教えをもって対抗論議することは避けたかった。あくまでも、宗教や階級、役割などを廃し、信念を持った一人の人間として話がしたかった。 その結果がコレだ。
かつてムリーリョ男爵に対してなされた仕打ちに関しては、全面的に非を認めざるを得ない。 高い志に一切手を貸さなかったのは事実であり、神殿の上層部はそれを悔いる人物が大半を占める。 歩み寄りたい。しかし、やはり障害がある。そのことを伝えなければならなかった。
ヘザーを男爵に預けたのは、俺ができ得る最大限の譲歩だ。 正直、身を切られるような選択だった。 ヘザーを祭り上げて云々というのは、賛成しかねる部分ではあった。 無理にでも連れ戻したかったが、それではヘザーの悩みは消えないだろう。
その結論を仏頂面でシタールは聞いていたが、しばらく考えた後こう言った。
「言い分はわかった。お前らがそう決めたってんなら、俺が口挟むことじゃねぇ。けどな、もしヘザーに何かあってみろ。そん時は容赦しねーからな」
本来ならば俺が言うべきことだったが、言ってはいけないことでもある。 堪えに堪えた一言を、シタールは代弁してくれた。 もっとも、分神殿に帰ってから、多少文句は言われたが。
それにしても、ムリーリョ男爵の印象。あれはなんだ。 「ホントに闇司祭か」なんて、シタールだけが抱いた感想ではない。 表情、眼の光、言動。何をとってもまともにしか見えないのだ。 もっとも、それが本性と限ったことではないのだが、それが演技であるという確証も得られない。詩人にしても盗賊にしても、人の表情を見なければならない職業だ。それなりに訓練は積んでいる。それでも片鱗すら見つけられないのだ。 役者だってここまで演じきることは難しいだろうに、素人にできるものだろうか。 その点に関しては、シタール共々首をかしげた。
あの人は、いったいなんなんだろうな…。 |
| |
| ニルガルの救い(1) |
|---|
|
| ムリーリョ(「教え導く者」) [ 2008/12/11 2:23:03 ] |
|---|
| |
シタールに、カレンと言うたか。 良い目つきをしておるのう。希望のある、強き者の目だ。 ここは「砂沸き」という区画でな。わしが最初に井戸を掘ろうとし、まぁ色々あって結局うまくはいかんかったところだ。 このあばら家に、クワトロとニキータという兄妹が住んでおってな。二人とも故人じゃ。今はワシが借りて、二人を弔いながら、住んでおる。
まぁ座れ。隙間風が寒いならコレを羽織っとれ。 茶も煎れよう。おぅい…。と、おらんか。仕方ない。自分で煎れよう。さっきのほど、うまくは無いぞ。
…言うことはそれだけか。 よう言うてくれた。まずは、礼をいう。 シタールらの活動を、あるいはおぬしの今の言葉を、もう4年早う目にできておれば。わしがニルガルの声を聞くこともなかっただろうにな。
そうか、ヘザーはおぬしが養っとるか。 貧者を、「可哀想な子供」を救いたい。それは………欲望だ。
わしもその浅はかな「欲望」に駆られた者よ。
目的は、いわずもがな、だ。スラムの結束と、スラムの生活の底上げよ。
わしは男爵だ。わしの村は貧しかった。土地は痩せ、四年に一度は旱魃の憂き目を見て、民は飢えた。わしの父はいつも金策に走りまわっとった。だが、わしはその間、食に窮したことは、無論無かった。オランの館にのうのうと贅沢に住んでおり、学院なんぞに通っておったよ。
それから領地を継いで、初めて領地に赴いて、愕然とした。破れておらん服を着ている者が一人もいない。靴を履いておる子供が、一人もおらん。
貴族に生まれたといって、別にわしが何をしたわけではない。特別な努力をしたわけでも、苦行や徳を積んだわけでもない。たまたま、分家した男爵家に生まれた。それだけのことだ。 お前は一体何であるのか。 民の窮状を見るに付け、そう突きつけられて、責められている気がしたのだ。その罪の意識、かのう。無力さは、罪だと思ったのだ。
それで、その阿呆な領主はな、ボロをまとい痩せきった領地の子一人に出会い、服と食べ物を与えた。するとその子の服は、翌日仲間に隠され、ズタズタに切られて帰ってきた。子は仲間外れになった。領主はそれを聞いて子を館に入れ、我が子と同じく扱おうとした。その子の家には白い花が届けられた。その村で、白い花は葬式にしか使われん。それ以外で用いられるのは、「死んでしまえ」という意味だ。そして、子は、友らの妬みを恐れて部屋から出てこなくなり、やがて病で死んだ。
妬みという感情は、富める者は想像できぬほどに大きい。
良いか。たまたま目に入ったものに募金をする、施しをする。人というのは、その程度で救えるものではない。「かわいそう」という感情は、えてして、幼稚なものだ。 いかに神の奇跡を以ってしても、たかが一人に、衆生を救えなどはせんのだ。 人は、目の前の一人を救うので精一杯なのだ。
無論、救わんよりは救うほうが良い。 しかし、世は、救える力のある者より、救われることを欲する者のほうが圧倒的に多い。富める者一人いれば、貧に鈍する者は百人はおる。 富める者一人が貧者一人を救えば、その他の九十九名の貧者は、救われなかった者となる。さすれば、救われた一人への妬み、嫉みが発生し、心はいっそうに貧しくなる 貧しさの中に富める者を生むと、貧富の差が強く認識されて、それまでの貧しさがいっそう不幸に感じるようになる。それが、貧しさよ。 ……施しなんぞ、自分の非力さが申し訳なくてできんようになるのだ。貧しき中に一人だけ救っても、自己満足以上の意味は無いのだ。
それは、スラムでも農村でも同じなのだ。 それを理解せぬのは、世間知らずというものだ。
ヘザーがまだ妬まれておらんのは、偶々この子が聡く、立ち回りが上手かっただけであろうな。いや、うすうす気づいておるから、今、この子はここにおるのではないかな。
カレンよ。おぬしがヘザーを手元に置いておきたくば、手段は二つあろう。
一つは、ヘザーを、完全にスラムから隔離すること。
そしてもう一つは、このスラムを、お主らの生活レベルに底上げすることだ。 妬みなど起こらんようにな。
ふっ。簡単に言ってくれるなと、言いたげだな。 人間、安易な施しをして善良な気分に浸るだけではなく、場を変えるために全身全霊をかけて世の道理を知れば、それなりのことは可能になるのだ。
農業に灌漑に水利に流通。わしは必死に学んで、領地を豊かにしようとした。それでも失敗の繰り返しだ。カネも信用も失ったし、商人からは蛇蝎のごとく嫌われ、領主失格と爵位を取り上げられそうになったこともあったわい。 それで地に水を導き、肥料を入れて、商品作物を試し、村一つをなんとか良い状態に持っていく。民が普通に食えるようになるまで、20年かかったわい。三分の一生だ。
その後にわしが役人になったのは、領主ではなく役人のほうが、効率よく働けると思ったからだ。国の中央には、知識と経験の集積があるからな。 そしてスラムの問題にのめりこんだ。
まぁその後で、主義主張の違いで大臣をぶん殴ってしまい、辞めざるを得なくなったのは、いささかわしも若かった……。
いずれにせよ、貧しさを何とかするには、全員を底上げする行動が必要なのだ。 それは、住居や道の整備であり、井戸の増設であり、仕事を与えることであるのだ。環境が底上げされてはじめて、本当に貧しき者を皆で労わる余裕がでてくるのだ。
それは、知恵と工夫と技術によって、成し遂げられる。無論、金が必要だ。労力も。
金と労力は、無いならば皆で出し合うより他はない。スラムの貧しい民といえども、全くの無産というわけではない。いささかの金は持っておる。本当に金がなくとも働く力はある。それを結束させれば、何かしらの力になる。自分等の生活を改善させるための、な。井戸掘りはその一つだ。 シタールよ。今まさにそなたらがやっておることだ。
要は、いかに民がやる気を起こし、結束するか、だ。
そのやる気と結束を可能にするのが、「女王」という偶像なのだ。別に女王でなくとも、皆が信じるものがあるなら、何でもかまわんがな。
ははは。それでなぜわしが邪神の神官になったか、とという話だが。
|
| |
| ニルガルの救い(2) |
|---|
|
| ムリーリョ(「教え導く者」) [ 2008/12/11 3:04:18 ] |
|---|
| | ……邪神の司祭となったそもそもの大元は、わし自身の驕りであった。 わしの村をなんとかできたのであるから、スラムの貧者もなんとかなると思ったのだ。
しかし、そうではなかった。閉じた一つの村と、常に人口の流入し拡大するスラムでは、貧しさの質が全く違う。 人が増えるのに、土地も水も限られておる。いくら精力費やしても、水も住居も足りなくなり、汚れはひどくなり、職は無く、貧困は程度を増す一方だ。
人が増えるから問題が起こる。わしは絶望した。子を為し、地方から流入する人が増えるのを、いかで人間に止められようか。 思ったのだよ。……問題の解決には、人が減るしかないのではないか、とな。
その頃、わしはスラムの者に、誘拐されておってな。その時に面倒を見てくれたのが、ここに住んでおったニキータだ。ニキータは病で、余命いくばくもなかった。兄のクワトロが面倒を見ておったが、自分の存在が兄に負担をかけ、兄盗みや誘拐に走るのを気に病み、自分の存在意義を見出せずにおった。
ニキータは、死を願っとった。今までただ食い、奪ってきた分、誰かの血肉となれるなら、それぐらいしか救いはない、と言うとった。
そこに、ニルガルの声を聞いたのだ。 「食物」もまた役割、と。 わしはニキータと結婚し。その肉を食うた。
人の肉は、滋養に富む。腐ると場を汚し病の元となるが、食うとその処理には困らぬ。 ……そして、人を減らせる。 ニルガルの教えはな。貧しき地には、合理的なのだ。
…人肉食いが、おぞましいと思われるのも理解しておる。 それから、他信者や人間以外を迫害するのが問題であることもな。
「食物」と「忌者」の二つの存在が、我らの神が邪神に堕とされた原因である、ということも判っておる。 この二つの「役割」がなければ、我等の神は光の神としてなんら遜色無いのだ。
「忌者」というのは、わしはもはや、時代遅れな概念ではないかと思う。
考えてもみよ。ニルガルの教義が生まれた頃の状態を。 神々が相争い、人と妖魔が憎み相争っておった。人以外の種族は敵であった。安住の地などなかったのだ。虐げられる前に、殺される前に、多種族を忌むことは、弱き民にとって必要だったのだ
だが、今は、異なる。妖精の中にも人の福利に貢献する者はよほどおる。その者を忌む必要がどこにある。人間と互いに便益をもたらし合うならは、それはもはや、人間と同じよ。
忌者の定義を変えればすむことなのだ。妖魔や不死の生物、異界の者など、あきらかに人間に害を為す者に、忌者を限ってゆくべきなのだ。
ただ、「忌物」という者を必要とする者はおる。蔑む存在があることで、心の安寧を得ねばならない、哀しい者がな。
こういう世だ。皆、蔑みの対象を求めておる。「忌者」を作りたがっとる。それは、ニルガルの民だけではなかろう。
おぬしら光の側もまた、ニルガルという「忌者」を作りたがっておるではないか。
そもそも「忌者」を必要とする社会こそが、貧しく、哀しいのよ。
だが、信仰の形は変わるのだ。時代の要請に応じて、な。 信仰は、世界の変化に応じ、洗練され、進化するものだ。
ふっ。知らんのか。あらゆる宗教に通用する法則を。 ある宗教に信仰が深くなればなるほど、あらゆる教えに寛容になるのだ。
たとえば、チャザとて、元は幸運の神だ。それが交流を推奨しておったがために、いつの間にか商業の神、カネの神、と変遷した。意匠すら、金塊から、ガメル硬貨が生まれてから銀貨に変わったではないか。 神の教えが変わり行こうと、変化する世の中、なんら驚きには値せんよ。
だいたい、交流交流と、チャザの神官どもは言うが、金のある者たちばかりで交流していても、貧者には何にもならんわい。金は金のあるところにしか回らんのだ。
…そう言うて、神殿長の地位にある親友を殴ったこともあった。いや殴ったのは悪かった。わしもいささか、いささか若かったわい。
まぁ、わしに言わせれば、一つの教義に凝り固まった狂信者なんぞ、不信心も極まりないわい。 困ったことに、そうした黒い教えほど魅せられる者もおってな。闇の教えほど、それを実践する自分自身に陶酔するようだ。
…わしもまた、その一人であったよ。スラムの人間を減らすために、人を食うのが、正しいと思い込んだこともあった。ニルガルの教えを守るために、他教を忌み憎むしかないと思うたこともあった。それが闇の力かも知れんな。
そして、そのせいで、ずいぶんと迷惑な者をこのスラムに増やしてしまったのは事実だ。まずはあやつらをどうにかせねばならんと思うておる。申し訳ないことをしたともな。 オンデも、思い込みが強すぎたのだ。
それで、他神の信者の心証が悪くなり、諍いが増え、結果、ニルガルは迫害される。それが本当に神の御心に適うことではない。 わしらとて阿呆ではない。何をしたら追われ蔑まれる羽目になるかぐらいは、弁えねばならん。 自分の尻は、自分で拭かんとな。
む。邪神の神官にしては、まとも、とな。 ふっ。人間、もはやこの世界の主よ。 滅びた邪神の声の一つや二つ聞いたところで、そう簡単に本質は変わりはせんわい。
ニルガルはな。もとは光の神だ。そして、衆生への哀れみが深すぎ、諦めが過ぎたゆえに、他の神から嫌われたのだ。可哀想な神なのだ。
わしはニルガルを光の神に戻す…とまではいわん。 ただ、せめて、信徒とバレた瞬間に、目くじら立てて討伐だ何だと騒がれんようにしたいと思うておる。 …その方が、貧者を救う最初の目的よりも、難しいことかもしれんがの。
本来光の下にあるべき、虐げられし神のために。 本来光の下にあるべき、虐げられし民のために。
わしはわしの力を注ぎたいのだ。
わしは思うのだよ。 わしがニルガルの声を聞いた。それは、わしがニルガルに救いを求めたからではない。 ニルガルがわしに救いを求めたからなのではないか、とな。 そして、その神の救済の道程にこそ、貧者を底上げできる回答があるのではないかと思うのだよ。であるから、わしは神の声を聞いてやったのだ。
神を救おうなど、それは、かつて人に無きほどの傲慢。そう申すか。 なぁに、ひとたび人に生まれてきたからには、余人には決してできぬ「役割」を持ちたいと願うのが、人ではないか。
ハァッハッハ。
…話が長くなったな。すっかり茶が冷たくなってしもうた。
ヘザーを危険にはさらさぬ旨。そして、ヘザーの意思を尊重する旨。 それは、わしの名にかけて、約束しよう。
明日、「謝肉祭」で、信者に、しかと、わしの意を伝えようと思うておる。 これまでは、ジュリアスに頼りすぎておった。 あやつもまた、哀しき者よ。 あやつがニルガルに寄せられた元を作ったのは、わし自身だと感じておる。 …そうだな。少し危険になるかもしれぬな。忠告には感謝する。心しておこう。
|
| |
| 謝肉祭にて |
|---|
|
| スウェン [ 2008/12/11 3:28:32 ] |
|---|
| | 集会参加と報告の傍ら、ヴィヴィアンを探してスラムや花街の担当区域まで駆けずりまわってみたけれど、成果は得られなかった。むしろ、不安だけが募る結果になった。 見事に、その足跡が消えていたのだ。
なんかヤバいな。彼女は担当部署の仕事すら放棄している形になっている。そんなことをすれば巣穴から制裁だって受けかねないのに、日々の雑用はおろか、次の書類の締め日も危うい状況だ。過ぎ越しの祭りも近いってのに、普通なら絶対しない、できないことだ。
と思っていたら、ある日の集会帰りにようやく手がかりを得た。 「ヴィヴィアン? ああ、そういや何日か前にジュリアス様の直々のお声がかりで新たなお役を頂けるとかで、ずいぶん張り切ってたよ。身を清めなきゃとか言ってたさ」 「それ、女王様が見つかった頃? もしかしたらすごく光栄なことかな」 「いんや、確かそれより前だよ」
……あれ。なんかとてもヤバい? とりあえずそれ以上のことはつかめず、ヘザーの所在も掴めないままであるとラスの兄さんに事情は報告してあたしは潜入を続け――とうとう、謝肉祭の日を迎えてしまった。
不安を覚えつつも『砂沸き』地区へと向かい、新神殿へと足を踏み入れる。 その狭い入口こそスラムの風景に溶け込んでいたけど、内側は殺風景ながら意外なほど広く、その空間にひしめき合う人々の情熱や喜びで満たしていた。こんなに生気と活気にあふれかえるスラムの風景をあたしは他に知らない。たとえ邪でいびつな宗教の力であるにせよ。
会衆を前に、お決まりらしい落成というか開会のことばをジュリアスが述べて始まったあと、あっけないほどすぐに「選別」が始まった。6人の入信者が一人ずつ名を呼ばれてムリーリョの前に進み出る。あたしは4番目だった。 「食物」は勘弁してくれよーと思いつつムリーリョのおっさんの前に進み出た。あたしの肩に手を置き、もう片方の手を中空に差し伸べて何かを唱えたおっさんは、一瞬ごく軽く眉をひそめ、それから笑顔で『導かれる者』と告げ祝福を授けた。 でも、あたしは気づいてしまった。眉をひそめたとき、おっさんの唇がほんの僅かだけど別の形に動いていたことを。……でも、何で?
バザードを含め全員が『導かれる者』と選別され、拍手で迎えられながら席に戻った。 不安を抱えながらおっさんを見つめていると、彼はそのまま説法を始めた。訥々と話す言葉はカリスマには程遠くて、ジュリアスの説法を期待していた面子には退屈ですらあるようだった。しかしながらその内容はひどく衝撃的で。
――我らが神は虐げられた神である。同じくスラムの者も開発に置き去りにされ繁栄の陰に虐げられた者である。神が虐げられたのは「食物」と「忌物」の二つの役割のためである。この二つの役割は、人の貧しさに起因するものである。 ――「食物」は他に行き場がなく何も役割を果たせなくなった者が、最後にもつ役割である。他者に自らの肉を提供することにより「与える」ことができることで救われる、という役割である。あくまでそれはおのが果たしうるすべてを尽くした末の役割なのである。 自分の妻は「食物」であった。このスラム出身であり、貧しさからの栄養不足からの病で、死が迫っており、あとは与える存在であることを願い、そして自分がその最後となることを願っていた。 結局それは果たせず、今に至るまで身を捧げ与える役割は続いている。それは尊いことであるが、痛ましくもある。 ――「忌物」は、貧しく苦しい生活の中で、この者よりはマシと蔑み、自分はまだ上だと思える存在として必要とされた。「食物」は哀しい存在である。また、本来「忌物」を持つことこそ忌むべきことである。
ここまで告げてから、一呼吸置いた彼は真摯な表情でこう宣言した。 ――これまでの意味での「食物」を食べるのは、今回で最後にしたい。皆が家畜の肉を食べられるように、パンを手にすることができるように、働き、協力し、互いに豊かになることを目指すべきである。 それが血肉となった者たちの存在に報い、果たすべき役割でもある。
嗚咽、歓喜、疑問、不安、さまざまな声が控え目に渦巻くなか、あたしは説法の内容に打たれていた。 このひとは、啓示をうけながらも盲目的に神の与えた役割とやらに従うのではなく、自分なりに考えて導こうとしていたのだ、と。手法は間違っていると思う。けれど、必死だったのだ。スラムの人たちのためにすべてを捧げる覚悟で自ら泥の中に膝を折って、彼らに視線を合わせたのだと。
そして、あたしとバザードは見逃してもらったのだ、と悟る。 だってどう考えてもあたしたちは裏切り者なのに、それでも、危険を承知で彼はその信念のもと、神の啓示にひととき耳をふさいでみせたのだ。
命を救われたから言うんじゃないけど、スラム住人にジュリアスを希望と呼ぶ人は多いけど、本当の希望は、こっちじゃないのか? ……この人を、今は死によって裁かせちゃいけない。少しでもスラムのことを考えるなら、死なせちゃいけない。罪を購うなら別の形があると思いたい。 部外者のあたしだけど、そんなことを思って胸が熱くなった。
ああ、やべ。あたしって単純。 丸めこまれてどうすんだよ、と視線をそらした先に、ジュリアスがいた。一瞬で胸が凍る。 それほどにジュリアスは、ひどく冷めた目で、ムリーリョのおっさんを見ていた。 けれどすぐに親しみやすい表情の仮面を被って前に進み出、皆様にお知らせがあります、と手を広げた。
「先日少しお話いたしましたが、我らが女王は皆を導く準備をしておられます。次の満月の夜に阿片窟の廃神殿にて「謁見の儀」が催され、女王は皆様に祝福をお授けになられます。それまで日々各々の役割をお果たしください」
先ほどのざわめきが一気に熱狂の渦に変わり、個々が説法に抱いたささいな感情の差異は押し流されていった。
――さて。あたし的にもさっきの感傷が押し流される事態発生。ここで逃げていいっすか? 冷や汗を流しながらあたしは目の前の皿を見つめている。ラスの兄さんに言われたとおり「恐れ多いから聖なる肉の代わりに寄進を」と申し出たら、なんと感激されてしまい、どばどば大盛りにされちまったのだ。 バザードも心なしか蒼い顔で皿を見つめているけど……あ。あのヤロ手元にこっそり革袋用意してる! しまったっ、その手があったか! 皿がいきわたり、聖餐前の黙祷が始まる。皆が目を閉じて祈るなか、入信したばかりで端っこの席だったあたしは逃げ出そうとした。 腰を浮かしたとたんに、口と鼻を後ろから塞がれる。敵ではない、と囁かれ室外の物陰にそっと連れ出された。あーもう、絶体絶命? 逃げられればいいけどっ! 相手は今まで会ったことのない「教えを助ける者」の女だった。蜂の首飾りでそうと解ったんだけど。身元を隠すつもりなのか、かぶりもので耳と顔の一部が隠れているのが、なんとなく気になった。 彼女はあたしの皿を手にしていた。そっと皿の肉を目立たない場所に捨てると、巣穴の人間だな? と確認してきて、驚きつつ頷くあたしにさらっととんでもないことを囁いた。
――満月の「謁見の日」に、ジュリアスは集まった人々を虐殺する。女王も対象だ。もしその場に乗り込むなら、戦士と魔術師、ありったけの魔晶石も持ってこい、と。
呆然としてるあたしに「お前、勤勉そうだ」と囁いて彼女は魔法で消えた。これ、ラスの兄さんが使うアレ? って、マズい。黙祷が終わる! 室内に戻って見回すとあたしが外にいたことはバレていないようだった。あの女は比較的上座にいて、何食わぬ顔で黙祷を続けていた。何もんだよ。得体が知れねぇ。
そんな、心の臓が痛くなるような時間を経て、謝肉祭がようやく終わった。
そそくさと帰途につこうとすると、何故かジュリアスがあたしに声をかけてきた。 必死に恐れ多いとばかりに平身低頭していると、 「『謁見の日』には、是非いらしてくださいね。入信したばかりであろうとも、貴女のような方が来てくださると、『我が神』もお喜びになられましょう」 それだけ言って、怖いほどの笑みを浮かべて去って行った。
えー、勘弁してっ。さっきの女の言葉がほんとうなら、あたしアンタに殺されるんですけど!? 冗談じゃねえよっ!
そう思って報告がすんだらバっくれようと心に決めた瞬間、脳裏を横切ったのはムリーリョのおっさんの真摯な表情だった。
……あー。うん。あたし、マズイな。いろいろ。 とりあえず、ラスの兄さんに報告だけはしなきゃ。 |
| |
| 旧マーファ神殿 |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/11 16:40:30 ] |
|---|
| | 12の月 10日
“砂沸き”で謝肉祭と落成式が執り行われている時間を狙って、俺とカレン、シタールは阿片窟へ向かった。 俺とシタールの武器は、それぞれ以前の冒険で手に入れた魔法の品物。カレンの短剣は銀製。 井戸端から持ち帰った、腐食した銀の短剣は、カレンが持っている短剣と似た意匠だった。 店を紹介したというカレンが、おそらくリヴァースのものだろうと言った。 銀の武器をも腐らせる何かがそのあたりにいるということなのかもしれない。 スラムは、武装して歩くには少々そぐわない場所かもしれないが、仕方がない。自分の命を支払う段になってから後悔しても遅い。
計算通り、阿片窟周囲にあまり人はいなかった。信者たちは皆、謝肉祭に出かけているんだろう。 旧マーファ神殿はかなり朽ちていた。井戸のある裏側にはまともな出入口が残っているが、あちらには見張りも残っているだろう。 俺たちは、崩れた正面玄関の横手から中に入っていった。 埃の臭い、朽ちた石の臭い、付近のスラム住民の垢じみた臭い、それに混ざって、どこか異質な臭いが漂っていた。俺の苦手なタイプの薬草の臭いがまずあって、そしてそれでも消しきれない、ほんのりと甘い、饐えた臭い。屍臭だ。
内部には、小さな礼拝堂があり、執務室があり、炊き出しのための広い厨房、神官たちの起居するエリアと、施療院の機能を果たすエリアとがある。 その大半は朽ち果てた建材が転がり、荒廃した印象がある。けれど、そんな中でも、あちこちに生活の痕跡は残っていた。 マーファ神官たちの居室だったらしい1室は、どうやらジュリアスの部屋になっているらしい。 鍵もかかっていなかったのを不審に思ったが、古い寝台と薄っぺらい毛布、着替えが幾つか。たったそれだけだ。 「さすがに“悟り”を自称するだけあるな」と呟いたのはカレンだ。 その他の生活必需品は信者たちと共用だし、それ以外のものでも、盗んでまで必要ならば持っていくがいいといわんばかりの部屋。 ……いや。あれがないな。 「何がねぇって?」 ジュリアスの部屋を出て、外の気配に耳をそばだてていたシタールが訊ねる。 「人形だよ。『ジュリアス様のお人形』がない」 「2人とも、こっちだ」 廊下の先でカレンが呼んだ。
そこには、地下へ続く梯子があった。入り口は瓦礫で覆い隠されてはいるが、周囲を調べると、最近人の出入りがあったことは明らかだ。 「……本命は地下だな。ラス、不死者の臭いはするか?」 「いや。今のところはない。だからって、まるきりいないわけじゃねえぞ。見えてもいないものを探れるほど便利じゃねえ」 「梯子の下で待ってないってだけでも充分だぜ。行くぞ」 そう言って、シタールは梯子を下りていった。俺とカレンもそれに続く。
地下には、もうひとつの礼拝堂があった。 地下にあるせいか、上ほど崩壊は進んでいない。壇上にはマーファの聖印もそのまま残されていた。 神殿自体の規模の割には、上にある礼拝堂は小さいと思っていたところだ。 どうやら本当の礼拝堂は地下にあったようだ。地下に礼拝堂を作るのは、光の神々でも珍しくはない。上階からうまく光と風を取り入れる工夫さえすれば、多数の人間が集まる場所は、地下にあるほうが過ごしやすいことも多い。 「あの紋章……きちんと手入れされているな」 目を細めて、カレンが言う。そう、確かに。石造りの大いなる鎌の紋章は、辺りの経年変化には似つかわしくなく、綺麗に磨かれている。 「俺らの想像が当たってりゃ、紋章は同じだ。てめぇの都合のいいように解釈して、再利用してやがるんだろうぜ」 斧の柄を握りしめて、シタールが吐き捨てるように言う。
そして、ジュリアスの本当の執務室も地下にあった。地下礼拝堂に隣接した場所。 ただ、そこに入るには少しばかりの通過儀礼が必要だった。 「カノッサとブルガリオか……」 カレンが短剣を構える。俺はそこから2歩下がって間合いを取った。 「その奥にいるのはどうやらギルドの下っ端だ。顔に見覚えがある」 シタールが斧を構えて前に出る。 「アレックスもいるようだぜ。似顔絵の面影がある」 不死者は全部で5人いた。のろのろとした動きで近づいてくる。腐臭が鼻を刺した。
じゅ、と湿った音を立てて、光霊が不死者の腹を灼いた。崩れかけたその身体にシタールが斧を振り下ろす。シタールが再び斧を持ち上げた時、不死者の身体は原型を留めていなかった。 「おい、シタール。おまえの腹に汁が飛んだぞ。……えんがちょだな」 「うっせぇ。てめぇが“戦乙女の槍”でもぶちかませば俺の労力が減るんじゃねえか」 言いながらシタールが斧を横薙ぎに払う。 「存分に労働した後なら、晩飯が美味いぜ?」 もう1体の光霊が音も無く不死者に向かっていく。 「あー、でもさすがにこうなると、今日は肉そのものは食いたくねぇな。……汁そばとかどうよ」 「あれも出汁は肉と骨だろう」 「形が見えねぇだけマシだ」 シタールの目の前で3体目の不死者が崩れた。隣でカレンが別の不死者を仕留めたところだった。 「……オマエら。こういうものを前にしてそういう話はどうかと思うぞ」 「生きてりゃ腹は減る。それが生者の理屈だ」 3つめの光霊を飛ばして俺が言うと、カレンは顔をしかめた。 「…………どうせなら、“東波楼”の汁そばがいいな。あそこのは出汁が美味い」 「「結局食うのかよ!?」」 俺の放った光霊が弾けるのと、シタールが斧を叩き込むのとが同時だった。
ジュリアスの地下執務室の扉は、カレンが鍵を開けた。 幾つかの書籍がある他は、上の居室とそう変わらない印象だ。 「……おい、コレ。銀の短剣が腐食していたことの理由がわかるんじゃないか?」 カレンが羊皮紙の束を手に取る。 「ん? なんだこりゃ。……そのモノ、瘴気をまといてあらゆるものを滅亡へと導くモノなり。立ち向かう刃はそのモノの前に朽ち果て……?」 シタールが読み上げた。 どうやらそこには、怖ろしげな異界のモノのことが書かれているようだ。 とりあえずこれは持ち帰ろうと言って、カレンはその羊皮紙の束を懐に突っ込んだ。
次に隣の部屋を捜索する。鍵がかかっていたが、ジュリアスの部屋にその鍵はなかった。持ち歩いているのかもしれない。 古びた錠前は、カレンの指の中であっさりと開いた。 「……う、わ……」 扉を開けたカレンが盛大に顔をしかめる。どれどれと背後から覗き込んだシタールも顔をこわばらせる。 俺は覗く前にわかっていた。カレンが扉を開けた途端、臭ったからだ。 この神殿に足を踏み入れた時から漂っていた悪臭の元がそこにあった。カノッサの手首が発していたものと同じ臭いだ。 「これが……ジュリアスのコレクションか。この臭いが染みついたら、レイシアのやつ、しばらく家に入れてくれねえな」 「ああ。多分セシーリカもな。こないだ手首を持ち帰っただけで、速攻、風呂にぶち込まれた」 「しょうがない。ふやけるまで風呂に入ることを覚悟して調べるぞ」 コレクション部屋には、様々な死体が並んでいた。 ミイラのようになったものや、腐乱して骨が露出したもの、それも手袋やブーツのように、手首から先や脛から先だけの骨が露出したものが多い。 「……なんだこりゃ、こういう趣味か」 シタールが口を歪めた。 「いや、水にふやけた死体はこんな風になることが多いらしいぜ。手袋を外すように、ずるりと抜けるそうだ」 「……ラス、オマエなんでそんなことに詳しい」 「屍蝋について調べてたら、たまたま出てきたんだよ。……っと、あった。こっちは比較的綺麗な屍蝋になってるな」 そこに並ぶ死体は女のものが大半だ。 屍蝋になった死体も幾つか並んでいた。ただそれも、完全とは言い難い。内部で腐敗が始まっているものや、触れればぐずぐずと柔らかく、未完成なものもある。
「おい、こりゃなんだ。棺か? それとも単なる水槽か」 シタールが声を上げた。カレンと2人で走り寄ると、そこには確かに棺に似たものがあった。 ただ、普通の棺よりも随分と大きい。生け簀とでも呼べそうなサイズだ。 どろりとした液体が満たされていて、中は見えない。 傍に落ちていた棒で、シタールが慎重に中を探る。 ふわり、と中から髪の毛が浮かび上がった。その下には死体があるらしい。 「うっわ……制作途中かよ。……勘弁してくれよ」 浮かび上がってきたのは……くすんだ赤茶色の髪。死体が揺れた時に懐から漂い出たのか、1枚のハンカチも浮かび上がった。隅には蜂の刺繍が施されていた。 スウェンに探させていたが……別の役割を持たされたらしいな。
さて、じゃあ後は、リヴァースが残した“伝言”を聞いて、ついでに井戸でも覗いて帰ろうかと俺たちが算段していた時。 地上で人間の叫び声が聞こえた。 思わず3人で顔を見合わせる。 ──誰か戻ってきたのか。 ──いや、今のは恐怖の声だ。 ──とにかく上へ!
声の出どころは、井戸のある裏庭だった。地下から戻って、裏口を抜け、井戸のある裏庭へと出る。 俺たちが目にしたのは、見覚えのない人間の男が2人、不死者3人に襲われている場面だった。 が、襲われているとはいえ、生きているほうが優勢だ。戦い方からして盗賊。 「……あー。俺の監視者か」 思い当たる。 アリュンカから、カッパドキアが“赤鷲”に釘を刺していたと聞いて、俺への『刺客』は諦めていたが、どうやら“赤鷲”のほうは諦めきれなかったらしい。 俺を殺すことは思いとどまったが、俺がやってることは探っておきたかったんだろう。そこそこ腕に覚えのある部下2人に俺を尾行させていたというわけだ。 「つけられてたのに気付かなかったな」 俺が呟くと、カレンは意外そうに振り向いた。 「……そうか? 俺は知ってたけど……」 「言えよ!」 「……いや。オマエも知ってると思って」 「うーん……ありゃ、負けはしねぇだろうけど、時間がかかりそうだな。どうよ、ラス。恩を売るか」 シタールが斧を構えた。 それはいいな、と応じて、俺は光霊を呼び出した。
不死者を片付けた後、ギルドの2人には、「あとで俺が直接報告に行くから」と言い含める。 実際に不死者を目にしたことと、押し売りされた恩のこともあってか、ギルドの2人は捨てぜりふも残さずに、頷いてその場を去った。
そして、井戸端に佇む風乙女のもとに、俺たちは足を向けた。 風乙女は全てを記録していた。 最後にジュリアスが詠唱した神聖語はカレンが聞き取った。 ──破壊を司る女神の名を。
伝言を聞き終え、自然と俺たち3人の視線は井戸へと集まった。 井戸の底、暗く湿ったその狭い空間に横たわるモノ。贄が放り込まれるのを待つ、異界のモノ。 準備が必要だ、とカレンが呟く。羊皮紙の束が入っている懐を押さえる。 |
| |
| 古びた日記 |
|---|
|
| ジュリアスの母親 [ 2008/12/11 18:52:54 ] |
|---|
| | 確かこの辺にほっておいたはずだよ。
・・・あ、あった。 なんでだろう、もう二度と読みたくないと思っても、週に一度はコレを手に取っちまってる。 諦めなのか何なのか、腹の奥からすっと血の気がひいて、変に落ち着くんだ。
ご、ごほん。 ぼ、ぼくはかみにえらばれたおとこです。
いま、ぼくのまわりにいるみんなは、すらむのにんげんのくらしをよくするためにいろいろかんがえているけれど、ひつようないや。こじきのようにきたないすがたでも、にんげんどうしおもいやることなんて、かみはのぞんでないよ。くすくす。かみのいしをすなおにじっこうできるにんげんこそひつようです。しんでんのなかにぼくというおとこがいることがせつりです。
うつくしいものだけがこのよにとどまるべきです。うつくしいものだけが。ぼくはものがきたなくなるよりまえにおわらせることのできるおとこ。 きれいなものだけ、このよにのこす。かみにげいじゅつをみせなきゃ・・・
確かに、諸共に喉を突くべきだったかもしれないさ。 でも、それができなかったことを、懺悔する相手もいないんだ。 後悔なんかしてやらないよ。 ・・・ああ、でも、ロジーヌ、あの子の面影を残すあの娘を、教団へ手引きした。何かそれについちゃ、やり直せれば、と思うね・・・。 |
| |
| 邪神は変容せず |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/11 20:40:43 ] |
|---|
| | 急いで分神殿へと戻り、手に入れた資料を机の上に広げる。 誰か、塔の賢者でも2〜3人捕まえてきて、文献調査でもさせるか、それとも……と3人で話し合いを始めた時。 「すいませーん。ラスの兄さんこっちに来てるっすか?」 スウェンが訪れた。
スウェンは、何か戸惑ったような顔で、謝肉祭の一部始終を報告した。 精霊魔法を使う怪しげな女が云々というくだりで、カレンと俺、シタールは同時に息を吐き出した。 「……生きていたか」 「殺して死ぬようなタマじゃねえしな」 「俺はよ、てっきり更に無表情に更にスリムに、そして無口になったアイツと体面する羽目になるのかと……」 「え。あれ。兄さんたち、知ってる人? あれって怪しい人?」 スウェンが首を傾げたので、頷いてやった。 「そうだ。怪しい人だ。……続きを報告しろ」
スウェンの報告は、カレンとシタールが、ムリーリョと会って話した内容と重なる。 ──人の肉を食うのは、その者がそれを望んだ時だけ。そしてそれも今回の謝肉祭で最後にしたい。 ──忌物などないほうがいい。時代は変わった。もっと寛容になるべきだ。 それは、ニルガルが否定された部分だ。否定された部分を変容させることをムリーリョは提案して、それを遂行しようとしている。
「……でさ。あたし、思ったんだ。あのオッサンをただとっちめていいのかな。ぶっ殺しちまうのは兄さんたちなら簡単かもしれないけど、それを、やっちまっていいのかな」 「馬鹿か、スウェン」 「だって兄さん! あのひとはひょっとしたら、希望になるよ。カレンの兄さんだってそう思ったんだろ? 確かに、あのオッサンはやっちゃいけないことやったけど、でも、オッサンはあたしとバザードを助けてくれたよ」 俺は、そう言いつのるスウェンの頬を引っ掴んだ。 「だからてめぇは馬鹿だって言ってんだよ。目を覚ませ! ムリーリョは嘘の選別をした。そうだな? 助けるために嘘をつかざるを得なかった。ってぇことは、ニルガルの啓示はおまえらを殺せって言ってたんだぞ。ニルガルの声を聞くムリーリョが、ニルガルを認めさせるために『食物』や『忌物』の選別結果をねじ曲げている。けれど、ニルガルは今だって、求めてるんだ! 人が人に食われることを、馴染まない者を虐殺することを。声を聞く司祭が、その声を曲げて伝えなきゃならない、そんな神が光の側でなんかあるもんか。そんなもんを希望になんかしちゃいけないんだ」 「だから! オッサンはそこを何とかしようとしてるんじゃないんすか? あのオッサンは、スラムの人間たちのことを考えてる。貧しい者たちが、どうにかやっていくために、今よりほんの少しでも豊かになるように、オッサンは考えてる。……あたし、それが悪いことだとは思えない。……いや、あたし、馬鹿だから……やっぱり何もわかっちゃいないのかもしれない。わかんねぇけど、でも……」 「……殺されるのは嫌だろう。おまえにはやりたいことがあるはずだ。そのための努力は今だってしてるはずだ」 「…………うん」 「満月の儀式には、おまえは出るな。バザードにもそう言え」 「え。でも……」 「欠損伝票は切りたくねぇと言ったろ」
バザードも違和感を感じていた。アリュンカは、その教義に傾いていく人の気持ちはわかると言った。 言葉だけを聞けば確かに揺らぐかもしれない。 ムリーリョの論理は、安っぽいヒューマニズムを否定している。 本当の救いとは何か、今まさに貧しさに喘ぐ奴らを救済できるかを問いかけている。 たった今この時でさえ、飢えと渇きで力尽きていく者たちがいる。 誰だって、食い物が無ければ飢える。けれど、食い物も水も限られている。 わずかな希望の光を求めることすら出来ず、皆、膝をついたまま立ち上がれないでいる。 せめて誰かの血肉となることでしか救いを見いだせない者もいる。 それらをただ踏みつけるわけにはいかない、とムリーリョは言う。 なるほどそれは正しい面もあるだろう。
「……必要なのは教育なんだ」とカレンは呟いた。 豊かさを与えればそれでいいのかといえば、それは違う。 自分たちがどうすれば這い上がれるのか、それをまず知らなければいけない。 スラムでは食うだけで精一杯だからといって、子供に教育をしない。 読み書きさえ教えられていない子供には、割のいい仕事は出来ない。 金もなく仕事もない大人たちは金のかからない娯楽を求め、それは一時の快楽と新しい命をもたらす。 それは労働力になるからと受け容れるが、全員の食い扶持は確保出来ない。 子供たちはそんな大人を、狭苦しい家の中で見て育つ。教育がされないから、肉体が成熟すれば大人の真似をする。 そうして、皆、坂を転げ落ちるように貧しくなっていく。 ただそれでも諦めたくなるその気持ちを、本来は宗教が癒してくれるのだろう。 ニルガルはそれを諦めさせるだけで、癒そうとはしない。
例えばチャ・ザだって、確かに始めから商業神だったわけじゃない。 幸運と交流の神としておわすチャ・ザは、時代の変遷や人々の解釈の違いによって、賭け事をする奴が祈ったり、商売人がその護りを欲しがったりするようになって、金回りがよくなる神と言われるようになった。 けれど、チャ・ザ自身が変質したわけじゃない。人間がどう解釈しようと、チャ・ザが交流を旨とする幸運神であることは神代から今まで変わったことはない。 それは、ムリーリョがいくらニルガルの教義をねじまげようと、いつだってニルガルが変わるわけではないのと同じだろう。ムリーリョがどう解釈しても、ニルガルが別の人間に声を届ければ、そいつはムリーリョと同じ解釈をしない。 ニルガルが、人間たちの自助努力を認めない傲慢な神であることは事実だ。食われる役割を作りだし、虐殺される役割を作りだし、ただの偶然で、生かされる者を選ぶ。尊ばれる者を選ぶ。 「邪神も、そして光の神々も同じだ。神は変わらないから、神なんだ。変わるのは……いつだって人間のほうだ」 いつになく饒舌に、カレンはそう言った。
俺は、ムリーリョの振りかざす論理に吐き気がした。 自分だけがのうのうとオランに住み、学院に通っていた頃、領地では領民が貧しさに耐えていた、それを知って自分の存在がひどく罪深く思えたという。 ──馬鹿じゃねえかと思う。 確かにそれは罪深いだろう。それはムリーリョの存在ではなく、ムリーリョがその時までそれを知らなかったことがだ。 そうまでしてもらう理由が自分にあったのか、とムリーリョは嘆いたらしい。 そう、あったんだ。なぜなら次期領主だったのだから。 ムリーリョには責任があった。のうのうと暮らせて、領民たちより遙かに上質の教育を受けて、豊かな食糧で飢えや病気に悩まされることもなく生きていたことには、それに伴う義務があった。 そしてムリーリョはそれを自覚していなかった。その無自覚が罪だ。
ムリーリョは賢く、健康でいなくてはならなかった。 領主ともなれば、いざ、領地に事が起こった時には、軍を采配して領地と領民を守らなくてはならない。 災害や飢饉に対する備蓄も必要だ。平時には領民が少しでも豊かに暮らせるように、税率を調整し、治安を守り、オラン本国との関係性を保ち、別の領地の食い物にならないように聡く立ち回らなくてはならない。 それら全ての責任がムリーリョにあった。そして領民は、ムリーリョにそれをやってもらわなくてはならないから、ムリーリョのために血税を支払った。
それを、「自分がのうのうと暮らしている間に、彼らはこんなにも貧しかった」と嘆くのは、領民に対して失礼極まりない話だと思う。わかっているのなら、嘆く暇に少しでも多く領民のために働けばいい。 その後20年、領民を豊かにしようとひどく苦労したと語ってもいたようだが、それも当然の話だ。 そうさせるために、領民は領主を養ってきたのだから。何歳の時に領地を嗣いだのかは知らないが、のうのうと暮らした青年までの年月と、領主として寝る間も惜しんで働いた20年とは等量になるんじゃないかと思う。 それは当然の話であって、領民が可哀想だとか、領主の苦労だとか、そういう問題とはまるきり別の話だ。 領民は、自分たちの生活のために、領主に投資している。投資された人間が、その責も充分に果たさないうちに領民に対して哀れみを覚え、立場もわきまえずに施しをするのは、領民にひどく失礼だ。
ムリーリョは幸い、才があったのだろう。その義務と責任を自覚しないまま、筋違いの哀れみという原動力だけで領地を豊かにできた。 けれど、領地に対して責任を果たした今になっても、ムリーリョはやはり自覚できていない。 統治する者が負うべき義務と責任は、まず自覚から始まるのだということがわかっていない。 わかっていれば、領地を離れて役人になろうなんて思わなかったろう。 ムリーリョが、スラムの者たちをも助けられるかもしれないと思ったその驕りは、砂上の楼閣だ。 奴は、自覚しないまま一応の責務を果たせたことで、自分の才幹に酔いしれた。 それは捩れたヒロイズムのように思えてならない。今現在だって、奴の領地はオラン南東にあるんだ。 皮肉な話じゃないか。「役割」を伝える司祭が、自らの義務を……「役割」を自覚していない。
ヘザーの問題は確かに、妬みの危険性を孕んでいる。子供は特に、自分たちとは違うものに対して敏感だ。 確かにカレンがヘザーを拾って育てたのは偶然だし、カレンの自己満足だろう。 例えば、本当の施しは、人に見えないところでやれと言う。目に見えるところで施しをすれば、施しを受けた者が後で妬まれるからだ。 必要なのは、分け与えるための知恵だ。 スラムに対する施しは、砂漠に水を撒くように、一瞬で渇いて無くなり、何の意味もなくなるだろう。でも、だからこそカレンは、スラムに土台を作ろうとしている。砂漠で水を受けるための土台を。少しずつ、本当に少しずつ。 ヘザーを完全にスラムから切り離してしまえば、多少は気が楽になるのかもしれないが、それでは意味がない。 ヘザーが今、カレンのもとで寝場所や食糧に不自由していないのは、教育という投資を受けているからだ。いつか、それなりのものをスラムに返すための。 カレン1人の、わずかな力では意味が無いのかもしれない。けれど、そこから少しずつ始めることは、いつか実を結ぶだろう。ヘザーがそれを受け継いでいく。 それを自覚しないまま過ごしたムリーリョに、そう理解しろといっても無理な話なんだろうか。 |
| |
| 人の肉 |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/11 20:41:46 ] |
|---|
| | 「人の肉は、滋養に富む。腐ると場を汚し病の元となるが、食うとその処理には困らぬ」とムリーリョは語ったらしい。 食われたいと望む者がいて、それを食おうと応える者がいるのなら、それは別段とがめ立てするような事ではないように思える。 が、人の肉は存外に腐るのが早い。 獣は、食うことを目的として狩るから、狩人はすぐに内臓を取り出す。そうして腐らないように血と腸(わた)を抜いて処理をする。 けれど、人が死んだ直後に、食うことを目的として血と腸(わた)を抜く奴はあまりいない。 処理されない死体は、冬でもまる1日あれば、内臓が溶け始める。見た目が変わらなくても、まず胃の腑から溶けていく。腸が腐り、肝が溶け出し、腹の中が全て腐るまでそう時間はかからない。 数日経つとやがて血管が溶けて、澱んだ血が肉の中にばらまかれ始める。腹の中で溶けた臓腑が悪い気を吐き出し始める。 だから人は、身近な者が死ぬとそれを埋葬してきた。悼む気持ちは気持ちとして、悪い気に変じていくその死体を遠ざけるために。
生命の精霊が律する糸を手離した後も、その他の精霊は少しばかりぐずぐずしていることが多い。 その者が病で死んだ場合は尚更だ。生命の精霊に縛られなくなった病の元は、死んだ後も残る。 触るだけでは何ともないものが、口にすることで感染する病もある。 同じ死体を皆で食うと、皆に同じ病が感染する。だから同族を食う獣はあまりいない。 スラムの人々が食人を覚えてしまえば、遠からずそういった被害が出るだろう。
家畜屠殺場では、幸いにしてその知識のある奴らが解体していた。謝肉祭による被害はないだろう。 けれど、ニルガルは人を食えと言う。食えと言われた者たちが全て、その知識があるとは限らない。 だからやっぱり、スラムにその教えを蔓延らせるわけにはいかないし、食わなければいい、虐殺しなければいいのだからと、一部を変容させることで教えを許容させようとするムリーリョをそのまま置いておくわけにはいかない。
ムリーリョは、正しいものを目指して、間違った手段をとった。 善きことを理想として、豊かなることを求めて、蔑まれた者を救おうとして、その目は貧しさを蔑んだ。 蔑まれた者が可哀想だと語るその目は同情に満ちていただろう。 けれど、「彼らは蔑まれている」と断じているのはムリーリョ自身じゃないのか。 何様のつもりだ、アノヤロウ。 |
| |
| ヒミツの伝言 |
|---|
|
| エナン(スラムの少年) [ 2008/12/12 1:26:05 ] |
|---|
| | ねーちゃん誰だよ。 怪しいな、お前、まさか、井戸に悪さしに来たやつか!? こら、勝手に覗くな!…おい、入るな!
へ、うまく掘れてるな、って。あたりまえだろー? シタールと頑張ったんだぜー!
あとは、井戸の中、桶の上げ下げを邪魔しないように材木を突っ張らせて、1年たったら取り除けって? なんで? 最初はチのセイレイリョクがチアツとしてカイホウされて井戸の壁がフアンテイになるから?………わ、わかった。絶対そうする。
次は一人できるか、シタールがいなくてもできるかって? 次ってなんだよ。 …そっか、水のねぇトコ、一杯あるもんな。一人、ってちょっと自信ねぇけど。わかった。シタールにやり方確かめて、よくおさらいして、他の井戸も、オレたち、掘るよ。 そんでお礼にカネをもらう。いーなー、それ。
でも、カネをもらうのが一番たいへんじゃねー? いま、それですっげぇオオモメしてる。 支払い意思? そっか、樽一杯の水にいくらまでなら払っても良い、 というのをみんなに聞いて回る。それで、いくらが何人いるかをみんなの前で発表して、一番多いところの額に決めて、それで、みんな納得するかを見る、か。うん。やってみる。
シタール? 今ちょっと呼び出されて、別のトコにいったとこだ。 伝言? ヒミツの? いーよ。
「オパールありがとう。次は、満月の夜、阿片窟で。期待してる」
って? うん、わかった。伝える。 じゃなー。
あ、名前、聞き忘れた。…服の刺繍に、ニキータとあったから、それだなきっと。
…あ、あれ、レイシアのねーちゃん。どうしたんだ?
………そこには、にこやかに笑った、恐怖の魔物の姿があった。
|
| |
| 人手不足 |
|---|
|
| シタール [ 2008/12/12 2:17:13 ] |
|---|
| | 「まあ、あのおっさんの事はとりあえず置いといてだ…。ジュリアンの方をどうっすかだな。」 風呂でがっつり石鹸を使って、ふやけるほど風呂入った後に。俺等は当初の予定通りに東波楼で汁そばを食う為に出向いた。 汁そばと肉っ気のない物を数品頼み。飯が届くまでの間の話はどうしてもそっちへと向かう。
「今回は化け物を相手にしないで済むと思ってたんだよなぁ…。」 「…今更言っても仕方がないだろ。」 「言っても仕方はねえけど。愚痴りたくなるわな。あー。武器腐らせるような奴なんだろ?」 「魔力付与させればどうにかなるんだろ。ってか、お前には斧あるじゃねえか。」 「付与して貰うのは良いけど。誰がするんだよ?」
そう。そこが問題だ。 リヴァースは剣と杖を連れてこいと言うが…こんな金になるかどうかも分からねえのにのってくる酔狂な奴は少ない。特に杖の方が問題だ。
「フォスターとかどうだ?」 「あー。あいつダメだ。今、ロビン、リックと3人でパダ行ってやがる。」 「げ。マジで?じゃあ、お前の学院のツレは?」 「使えそうな奴で動いてくれそうな奴はいねえし、動いてくれそうな奴はコレぐらいの大事だと使えねえな。」 「思い切って雇う?」 「お前…金はどこから出すんだよ。」
八方ふさがりって奴だな。とりあえずは全員がダメ元で当たるのと。魔晶石もかき集めて、カレンの使えそうな魔剣をどうにか見繕うことで話はまとまった。するとそこに…。
「はい。汁そばお待ち。乗ってる肉は店からのおまけだ。」 わー。美味しそうな角煮ですね。長時間かけてトロットロに煮込んであるしー。
さっきのブツを思い出して、全員が一瞬黙ったのは言うまでもない。
もうこれ以上嫌なことは起きまい。そう思っていたのだが…。
…アレだな。石礫は流石にヤリ過ぎだと思う。うん。 |
| |
| New Deal |
|---|
|
| スウェン [ 2008/12/13 0:35:00 ] |
|---|
| | あ、お帰りっす。兄さんたちが帰ってくんの待ってたっすよ。 ありゃ……シタールの兄さん。なんかよれよれしてるっすけど襲撃!? じゃなくて、はぁ、とりあえず傷は塞がってる、ですか。……その、大変だったっすね。 ラスの兄さんは? 家に寄ってからまた来るっすか。丁度良かった……のかな。
えと、判ってるつもり、です。あたし、自分が馬鹿だって自覚あるけど、それを良いことに判らないふりするほど大馬鹿じゃないつもりっす。だから、先に兄さんたち、聞いてください。
ムリーリョのおっさんのこと、今でもあたし悩んでます。気持ちは揺れたまんまです。でも、ラスの兄さんが「欠損伝票切りたくない」って言ってくれて、嬉しかった。それで少し冷静になれたかもしれない。
あたし、レックスの飛び地で行方不明になった親父を自分で探しに行くのが夢でした。 親父や一番上の兄貴みたいに腕のいい細工師にもなって、カレンの兄さんやリックの兄さんに使ってもらえる道具作るのも夢でした。 でも、どっちも、特に遺跡荒らしの方はすっぱり諦めたっす。目的と手段を取り違えてたんだってやっと気づいたから。それを教えてくれたのが、今回の事件で行方不明になったシャロン……あたしのダチでした。 あの娘の名前の入ったお気に入りの髪飾りを、ヴィヴィアン探してるときに盗品市場で見つけたっす。多分、井戸の底か、謝肉祭の皿か、そんなあたりじゃないかって……っ。 と、とにかく。街で、一所懸命働いてカネ貯めて、形見屋にきっちり依頼する。それが一番早くて確実だって気づいたのと、あたし……言い訳がましいけど、街の仕事、好きになったんです。書類書きも、カネの流れが見えてきて、人の動きが見えて、楽しくなった。そんなあたしに育ててくれたのが、上司としてのラスの兄さんです。 その兄さんの言いつけなら守りたい。それは組織の人間としての律でもある。けど、それとは別の部分で生まれた思いが、少し邪魔するんです。 無断で潜入することも考えたけど、それは兄さんたちの命がけの仕事を邪魔しかねない、足手まといで済めばいいけど、怪我や命に関わっちゃったら、あたしはこの阿呆な感傷を一生後悔する。 だから、必死に考えて、結論を出したっす。
当日、沢山の信者が集まれば、その中にはシタールの兄さんの井戸掘りを手伝った連中も、カレンの兄さんに親しみを覚えてきたガキとかも、多分含まれると思うんす。 一緒に汗を流して泥まみれになって、涙流して喜んで、少しずつ手を取り合えるようになった連中が、です。 ある程度の犠牲はきっと出ちまう。実際今だってジュリアスの手にかかったやつらがいるんだし、仕方ないなんていいたくないけど、きっと、そうなる。でも、ジュリアスが兄さんたちの力をそぐための盾として彼らが使われて死んだりすれば、そいつは本当に無駄死にだ。 住人達が死ぬのは心情的にも、これからのスラムを考えるにしても、マズイと思う。そして、スラムの連中にシタールの兄さんやカレンの兄さんが敵――虐殺前にジュリアスが煽動したらそうなるっしょ?――として認識されてそれが広まったりでもしたら今までの努力は全くのムダどころか害にすらなる、そう思うんです。 だから、だから。 ダメだったら言ってください。
あたし、当日、集会に参加しないまでも、信者を逃がす手伝いしちゃ、だめっすか? 全員お縄にしないと、やっぱダメなんすか? 何とかして、ジュリアスの正体を知らせても、すっぱりみんなが気持ちを切り替えられるなんて思わないけど、それでもこれからの流れに影響すると思うから。 もしもいいなら、「新神殿に行け」とか示すことで、混乱した流れを整えるのだけでもできないだろうか、それは兄さんたちの戦いに側面から加勢して、あたしの願いを叶えることでもあるって、そう思うんす。 ……ムリーリョのおっさんは死んじまうかもしれない。でも、どうしようもないおっさんかもしれないけど、間違ってる阿呆なのかもだけど、スラムの人たちの命を粗末にしないための手伝いをしたら、少しだけあのおっさんの存在で動かされたあたしが……自己満足だけど、おっさんも助けたことにもなるかなって。
あたしなんかには荷が重すぎる役割かもしれない。 邪魔なだけかもしれない。 兄さんたちや、上の人たちの意図と合わないかもしれない。 ほんとは、多分ダチを殺したであろう、ニルガルなんつー神の信者はあたしにとって仇でしかなくて、どうにも許せないんだけど、でも憎しみやおぞましさだけじゃない思いに自分が引き裂かれそうで、その根本的な理由というか背景を考えたら、シャロンの死を無駄にしない方法が良く分からなくなって。
あたしにとって、大切な人たちを危険な目にあわせてしまうかもしれない。ぶっちゃけ、スラムの連中やおっさんなんか比べ物にならないほど、あたしはラスの兄さんたちの方がずっと大事なんす。それは、本当っす。 そして、あたしは、あたしの命が大切っす。死ぬ気なんて、さらさらないっす。欠損伝票なんてペラいもんで引き換えられるほど安くない、そうありたいっす。
だけど、だから、この思いを知ってもらって、それでもだめなら引きさがるっす。それと、これはあたしの一存で、バザードは関係ないっすから、あいつに無理させないでください。
全部、きちっと指示に従うっす。 ラスの兄さんには、後で自分から話しますんで、 すんごく皮肉なことばだと、自分でも思うけど。 あたしに、『新しい役割』ってやつをください。 どう思うっす、か? |
| |
| 交渉と休息 |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/13 0:55:39 ] |
|---|
| | 調べた資料によると、井戸の底にいる例のものは“終末のもの”とかいう大層な名で呼ばれているらしい。 伝説上の化け物で、呪われた島で現れた記録が1つだけ伝わっているという、非常に胡散臭い代物だ。 だから、この資料の信憑性も疑わしい。 シタールも、学院で何人かに聞いてみたようだが、ジュリアスのもとからかっぱらってきたこの羊皮紙の束に勝る資料はないようだ。
普通の武器は効かず、魔法も思ったような効果は上がらない。 唯一、効果的と言えるのは魔晶石をぶつけることだという。 ただそこにあるだけで、毒や瘴気をまき散らし、近づくだけでも瘴気の影響を受けるとか。 そいつが発している瘴気自体は、精霊魔法の“風の守り”で防げるようだが、直接そいつに触れてしまえばそんなものは役に立たない。
“風の守り”は人数分、俺がかけるとして……。 指を折って数えようかと思って、諦めた。無茶だ。 ってことは、魔晶石か。古代の叡智、魔力の結晶。
とりあえず家に戻って、手持ちの魔晶石を家の中からありったけ集めてみる。 仕事の報酬を貰う時に、盗賊ギルドからの仕事は現金で貰うことにしているが、魔術師ギルドや冒険者の店を介するものは時々、現物支給として魔晶石で貰うこともある。 『奇跡の店』で魔晶石が多く入荷したと聞けば、ある程度そこで買うこともある。 魔法の手数は、俺の場合、生存率に直結するからだ。 とはいえ、いざとなれば、一番小さなサイズの魔晶石でも、俺には充分に役に立つ。だから、手元にあるのは小粒のものが大半だ。 小さな皮袋に集めた石は、内側から仄かな青白い光を放っている。……いかにも頼りない数だ。
「自分で報告に行くから」と言った通り、俺は盗賊ギルドに足を運んだ。 “赤鷲”が、奥歯でも痛いかのようなツラをして現れる。 「……どうするよ、“音無し”。これぁ、どんどんオレの守備範囲を超えていくぜ。スラムの治安どうこうじゃねぇ。オレぁ正直、てめぇが何を企んでいるのかすらわからねぇ」 「何も企んじゃいねぇよ」 「こそこそ動いてやがんだろう。だからこっちゃあ探る羽目になる。会計担当のトカゲ野郎に当てこすられたぜ。年末の忙しい時に身内争いすんなってな」 「争わなきゃいいんだろう。聞けよ。……スラムに邪神集団がいる。それはバザードが報告したとおりだ。俺の動きもバザードが言った通り。邪神集団の大半は、平信者だ。スラムの住民どもが飢えで目がくらんだのさ。それをもろともに始末しようとは思わないし、欲と酔狂で転んだようなギルド員も、仕事をすっぽかした仕置き以外は勘弁してやりたいと思う。ただ、俺たちはその頭目を潰したい」 「…………ふぅん?」 「……まぁ、あんたに理解しやすいように言うとな。最初、俺はたまたまその噂を聞きつけた。なんとなく気になって道楽半分で調べ始めたらどうやら本当らしいとわかってきた。そこへ、あんたが苛ついていた。ついでに、別口から事の真偽を調べて欲しいと依頼が入った。金が貰えるんならと思って調査に本腰をいれた。……そうしたら」 逃げ出せなくなったんだ、と肩をすくめて苦笑すると、“赤鷲”も似たような笑みを返した。
「で。今日は本当に、オレにそれを報告するためだけにきたのか」 そう問う“赤鷲”に営業用の笑みを向ける。 「まさか。今日は取引をしにきた」 「何の取引だ?」 「俺の報酬だよ。俺はあんたが依頼した通り、ギルドの下っ端連中が消えた原因を突き止めた。そのうちの幾人かは、まぁ不本意な形だが、行方を……死体を確認した。そして、スラムの治安を取り戻すためにこれから、この騒ぎの頭目を仕留めようとしている。……あんたは、俺の働きに幾ら払う?」 「……こないだ都合した2人の分は差し引いていいのか?」 「都合した2人ってのは、俺をつけてきて不死者に引っかかった馬鹿2人か」 「違う。“阿片窟”から浮浪者を拉致ってきたろう。アレだ」 「馬鹿2人を助けたのと相殺でどうだ?」 「…………不本意だな」 どうやら“赤鷲”の奥歯は相当に痛むようだ。 「もうひとつつけよう。今回のコレは、あんたの手柄としてギルドに報告するといい。俺は一切何も言わないし、今回の件に関わった奴らには口止めする。邪神の司祭によってギルドの支配下から抜け出そうとするスラムを、ギルド支配下に引き戻した、それがあんたの手柄だ。準幹部から準の字がとれるだろう」 「それをオレに買えって言ってやがんのか」 「そうだ。そして、実はこっちからも条件がひとつある」 「……まだあるのか。言ってみやがれ」 「報酬の金額分、全て魔晶石で用意してくれ。……ああ、もちろんアリュンカとバザードには金を払ってやってくれ。こっちから差し引いていいから。スウェンはもともと俺付きの雑用だ。俺が勝手に払う」
交渉を終えた後、ついでのように付け加える。 今も一応、スラムを見回っているギルド員はいるし、あのあたりを根城にしているスリ集団もいる。 そいつらに通達を出して、「次の満月に必要な肉が今足りないらしい」と噂を流してくれと。 今までただの平信者だった奴らは、それを耳にすれば怯えてくれるかもしれない。 「食物」が足りなくなるのなら、自分が格下げされるかもしれないとびびってくれればいい。そうすれば満月の集会に来る頭数は少しでも減るだろう。 次の満月って、もうすぐじゃねえかと、“赤鷲”は奥歯の全てが痛いかのような顔をした。
その交渉を終えた後、チャ・ザ神殿に足を向けた。 レイモンドと共に現れたカールに、“赤鷲”にしたのと似たような話をする。 これまでの経緯を報告し、頭目と本拠地がわかったことを伝え、平信者たちは咎めないでやってくれと言う。 そして俺の働きに幾らかでも払うつもりがあるのなら、それは魔晶石で換算してくれと。
少し話し合うから待っていてくれというカールに頷いて、俺は、本殿の裏手にある施療院に行った。 イストがそこにいると聞いたからだ。 中庭にいるイストを見つけて、確認もとらずに隣に座る。 「……またあんたか」 「ああ。ちょっと時間つぶししなきゃならなくてな。おまえの時間つぶしにも付き合ってやろうかと思って」 そう言うと、イストは顔をしかめた。 最近、俺が話をする相手はみんな顔をしかめる。俺のほうは結構、笑ってやっているのに、不公平な話だ。 「あんたに付き合う暇はねぇよ」 「そうか? 暇だろう。そろそろ身体も良くなってるはずだ。それでも施療院なんてとこにいると、やれもう寝る時間だ、やれ薬の時間だ、といちいち煩い」
中庭に吹く風は、冬の匂いがする。死臭と腐臭ばかりを嗅ぎ慣れた鼻には心地よい。 その冷たさに雑多なものが削ぎ落とされたような、少し乾いた匂い。 身体に染みこんだ死臭が洗い流されるような気がした。 「おまえさー。片目、だめになったろ。耳は聞こえるだろうけど、今までより聞こえが悪いよな?」 「……ああ。…………みんな、それを可哀想にって言うんだ。白い服着たオッサンもオバサンも」 「ま、あれだ。だめになったもんはしょうがねぇ。おまえ、街育ちか。歳はいくつだ」 「19。みんなもっとガキにみるけど」 「そりゃしょうがねぇ。俺だって50も過ぎた今でさえ、面白いほど若造に見られる。……おまえ、スリ以外に何が出来る?」 「……わかんねぇよ。スリしかやったことねぇ。指先技と逃げ足には今でも自信があるけど、目が半分ダメになったから、もうスリは出来ねぇ」 「じゃ、これからどうする」 「…………あんた、やな奴だな」 「それは二度目だ。もっと工夫してくれ。ところで、……おまえ、女が好きか?」 「はぁ?」 「あー……でもこれ言ったら、俺また“赤鷲”に睨まれんのかな。勝手に手下増やすなとか言われそうだな……」 「言ってることわけわかんねぇよオッサン!」 「オッサン。いいね、初めて言われた。それは新鮮でいい」 「あんた馬鹿か!? こういう状況で、オレみたいな奴相手に、何を……」 「だって他の台詞は、そろそろ聞き飽きてると思って。俺、『可哀想に』とか言うの好きじゃねえし」 「……うわ、身勝手っ!?」 「え、だって。俺がおまえに遠慮とか気遣いする必要ねぇじゃん?」 「え、ちょ、何様っ!?」 「俺様」 イストがぽかーんと口を開けた頃、カールが呼びに来た。 |
| |
| NPC・用語リスト |
|---|
|
| (各参加者) [ 2008/12/13 3:00:12 ] |
|---|
| | (PL注:NPC登場人物と関連用語です。更新がある場合は、削除した上、新しく投稿をお願いいたします。暗証番号は111111です)
<NPC>
アレックス:冒険者グループ「突破者たち」のリーダー。戦士。ニルガルの神官を討伐した後、行方不明。シタールが、アレックスの装備品である鎧をゴミの中から発見。
ブルガリオ:「突破者たち」の盗賊。軽業師。アレックスと共に行方不明。
カノッサ:「突破者たち」の一員。チャザの神官。大言癖がある。アレックスと共に行方不明。
ディジー:娼婦。ラスに錯乱した父グランドの様子見を頼んだ。御礼に皮膚病の薬をラスに渡す。
エナン:スラムの少年。カレンにスリを働き捕まる。妹が酷い皮膚病で薬を求めていた。シタールの井戸掘りに、当初は妨害するも途中より参加。※追加※やがて主体的に井戸掘りに取り組むようになる。シタールの姿に、冒険者を目指したいと思うようになる。
フィアンナ:アレックスの婚約者。宿の娘。アレックスの捜索を各酒場に公募中。しばらく独自にも調査をしていたが、先日、スラムで行方不明に。その後、スラムのスリグループ『靴底』に騙され、売られかけているところをシタールに保護される。
グランド:爺。スラムの住人。ディジーの父親。井戸から亡霊が出ると錯乱していた。『導き手を目指す者』とジュリアスに選別され、教団に保護されている。現在、「灰色鴉の店」二階で過ごしている。
ヘルム:スラムの住人。足が萎えた娘がいる。娘は行方不明になった。娘は「食物」として既に死亡。
ヘザー:スラムの子供で、カレンの養い子。※追加※ジュリアスの啓示に適合したことから「女王」役として衆を導くよう依頼される。
イスト:スラムのスリグループ「靴底」の半妖精。ニルガル教徒の信者の印をスったところ、報復に拉致され拷問を受ける。逃げ出し瀕死だった所、カレンに救われる。※追加※現在、チャザの施療院にて治療中。
ジュリアス:「悟りの人」の名称でスラムに知られる。手の甲に蟻の刺青あり。元ドミニク聖歌隊。「※追加※スラムの「阿片窟」の育ちで母親は娼婦崩れ。妹の死体から屍蝋を作った。別の神の神官に扮し、過去に様々な虐殺事件を12の月に起こしている。屍蝋をコレクションしている。
カッパドキア:盗賊ギルド会計担当中間管理職。トカゲ面。スラムからのアガリが少ないのに悩んでいる。※追加※ 組織の構成員は組織の財産であるとして「赤鷲」に仲良く頼みます、と釘を刺す。
ルーザ:スラムの刺青師。胸に蟻の刺青あり。
ムリーリョ:ニルガル教「教え導く者」。元オラン民生局長。男爵位を持ちながら、下水道整備やスラム環境改善に尽力した。過去に計画が大臣に否定された。また、チャザ神殿に協力を仰ぐも神殿は動かず失意にあった。※追加※スラムの貧困に絶望し、ニルガルの声を聞く。
ニキータ:故人。※追加※「砂沸き」地区の出身で、ムリーリョの後妻。病弱で兄の荷物になることを気に病み、死の際に「食物」となった。
オンデ:ニルガル教徒の女。黒づくめで、唇の上に大ほくろ。蜂の図案が刺繍されたハンカチを所持していたが、それをイストにスられ、イストに拷問を加えた。※追加※「砂沸き」地区の出身で、過去、井戸掘りのリーダーであるクワトロと恋仲にあった。 クワトロの死後、商家の若夫人となる。流産経験により心が弱っていた頃にニルガルに入信。寄付を募りにきたナイマン司祭を刺し、現在投獄中。
ポール:※追加※ オラン民生局の役人。ムリーリョ男爵の元部下。井戸調査の依頼者。
クワトロ:※追加※ 「砂沸き」地区の男。ニキータの兄、オンデの元恋人。過去にムリーリョを誘拐した。その後ムリーリョと共に井戸掘りを行う。チャザ神官と諍いを起こし、神官の正当防衛の事故で死亡。
ロジーヌ:※追加※ ジュリアスの妹。12歳で、阿片窟のマーファ廃神殿の井戸に落ち、死亡。腐った水の中という特殊条件で、死体は屍蝋となり生前の姿を留めたままで見つかった。
サリー:※追加※ 「梟の足」地区の老婆。住民の水の使いすぎを戒めていた。シタール・エナンらが新しく掘った井戸の管理者にムリーリョから推薦される。
ヴィヴィアン:女盗賊。ラスに気があったが、ニルガル教の信徒に。蜂の図案が刺繍されたハンカチを所持。※追加※ 行方不明。
赤鷲: 盗賊ギルドの準幹部。赤い鼻。花街担当。
レイモンド司祭:チャザの神官。ラスとカレンらと過去の事件で因果あり(初出宿帳:「赤ちゃんが家にやってきた」)。
ナイマン高司祭:チャ・ザ神官。カレンの茶飲み友達。井戸掘削に好意的。寄付を募りにいった商家でオンデに刺され重傷を負う。
<用語>
「阿片窟」:スラム発祥の地といわれる場所。スラム最奥にあり、盗賊ギルドメンバーもあまり近づきたがらない。マーファの廃神殿がある。
家畜屠殺場:「食物」としての死体が保管されている。「猿の左手」店主と「灰色鴉の店」の従業員が出入り。
「靴底」:スラムを縄張りとする、スリグループ。たちの悪いメンバーが多い。
「猿の左手」:家畜屠殺場エリア内。猿の干し手のかけられた酒場。「食物」を含む教団員の食事を提供している。
「謝肉祭」:ニルガルの信者たちが、聖なる肉を食べる儀式。新たな入信者はその際に司祭から「役割」を判別され、正式に信者になる。一月か二月に一度開催される。
「砂沸き」:スラムの地区の一つ。風が強く常に砂が舞っている。かつてムリーリョ男爵が、住民と共に井戸を掘削した。
セビ村:※追加※ムリーリョ男爵の領地。オランから約2日。マメとジャガイモと生姜、薬草のズルカマラが産物。最初は土地が痩せていたが、ムリーリョが土壌改良に取り組んで商品作物を導入し、豊かな村となった。
「灰色鴉の店」:スラム家畜屠殺場エリアにある雑貨屋。皮膚病の薬も販売している。
「梟の足」:スラムの地区の一つ。エナンとその家族が住んでいる。シタールらの行う井戸掘り場所に選定され、掘削実施中。
「ルビーと石榴」館:家畜屠殺場エリア娼館。各部屋の扉に紅玉がはめられている。店主は老婆。現在は営業停止中。イストが拉致され拷問を受けた場所。
|
| |
| 協力者 |
|---|
|
| カレン [ 2008/12/13 4:20:18 ] |
|---|
| | 午前中、本神殿に赴く。 ナイマン高司祭の見舞いと掘削作業の経過報告のためだ。 高司祭は意外と元気だった。傷はすぐに塞がれていたので、失血とショックから立ち直れば回復は早い。 井戸からの異臭騒ぎとその後の対処のことを話すと、なにより住人に被害が出ないことを最優先にし、病人が出た場合は施療院の医師を向かわせるので、すぐに分神殿へ回収するようにと指示された。 「梟の足」は今後の掘削のモデルとなる地域だ。成功を収め、他地域への伝達のために人材は欠かせない。そのための援助をも引き受けてくれると言うのだ。
「いえ、これは私の提案ではないのですよ。『梟の足』地区を視察に行った医師からの報告を受けて、自ら出向きたいと申し出てくる者たちがいましてね。掘削だけでなく、怪我や病気を発症したときの処置なども伝達するべきではないか、ということですね」
その際の橋渡し、拠点は分神殿となるだろう。 知識の伝達は、住人に対してだけではない。きっと俺にも初期治療くらいはできるようになれということだろう。…慣れているといえば慣れてるけど。まぁ、遺跡探索中での手荒い応急処置で、というのはやっぱりまずいだろうな。
本神殿を訪れると、いろいろな噂話が耳に入る。最近の話題に多いのは、やはりスラムのことだ。援助に協力的なものもあれば批判的なものもある。 今日も神官の数人が寄り合って、スラムに金を出すことに何の利益があるのか、得心いかぬと話しているところに出くわした。大抵、俺の姿を見れば口を噤むのだが、今日はその前にちょうど通りかかったレイモンド司祭がやんわりと諌めに入った。 やんわりといっても、元々が真面目で根っこは厳格だ。更に、相手は一般の信者ではない。今回の神殿としての決定は、表面上金銭が絡んではいるが、それで留まるほど底の浅いものではない。金銭は第一歩に過ぎず、今後のスラムの発展如何では、交流を旨とする我が神の教義において大変意義のある活動となり得るものだ。 かいつまんで、そんな内容のことを滔々と語って聞かせ、最後に「仕事に戻りなさい」と言って散らせてしまった。 そして、こちらを振り向き、にこりとする。
「このように口さがない者達もいるのだが、なに、心配はない。こちらのことは私達に任せて、君は君のやるべきことをしっかりやりなさい」 「ありがとうございます。……ところで、それはなんでしょうか」 「ああ、これは、私の家族がもう着なくなった服だ。イストから聞いたのだよ。スラムではもはや服とも呼べぬような物を着ていて、今の季節だととても寒いと言うのでね。足しになればと集めてきたのだ」 「………司祭、高価すぎるものが混ざってます…。もう少しありきたりの物がよいかと思いますが…」 「そうなのかね? 人に贈るのだから少しでもよい物をと思ったのだが…難しいものだな」
レイモンド司祭は決して高貴な生まれではないが、いわゆる中流で経済的な辛酸を舐めたことなどない育ちのいい人だ。だから、スラムのことになると、ちょっとズレる。けれど、その心遣いはありがたい。 一般の信者にも古着の寄付をお願いして、集まったら分神殿に届けるということになった。
最後にカールに会いに行く。 神官戦士団の派遣は事実上なくなっているとはいえ、こちらの情報と動きは伝えておきたい。 すると、俺の前にラスが来ていたらしい。 魔晶石を用意したから持って行ってくれと渡された。 交渉が既に成立しているのなら、俺からは何も言うことはない。
「しかし、万が一ということもあります。私を含め、少数精鋭を分神殿で待機させますから、連絡方法を決めておいてください」
様々な面において協力してくれる人たちがいることに、俺は改めて感謝した。 ムリーリョ男爵に、少しでもこのような人物がいてくれたら、彼は今のようにならなかったかもしれないのに…。 もう一度会いに行こうか。 今のような方法では、変化は劇的で統制も取れるだろうが、指導力を失ったときにくる失望も大きい。神頼みだけでは限界があるのだ。 それより、知識と技術の伝達、そして自らが変わろうとする意欲を出させる方法を取れないか説得してみよう。 |
| |
| 悟りと救い |
|---|
|
| ジュリアス [ 2008/12/13 15:44:51 ] |
|---|
| | ねえ、かあさん。 ぼくは、あなたに認められたかった。あなたに褒めてもらいたかった。
ただ、それだけだったのです。
あなたに起き上がれなくなるまで殴られ続けても。 あなたに食べ物をもらえなくて、お腹をすかせて家の外で寒さに震えていても。 あなたの阿片を吸う金を稼ぐために何度も街へ行き、痛みと屈辱の時間を過ごすことになっても。
あなたを死んでしまえばいい、なんて思ったことはありません。
でもかあさん、あなたはいつもぼくを、なにか違う生き物を見る目でみることをやめなかった。
悪い子になれば心配してもらえる。
そう思って、悪い子になったフリをして手紙を書いて、あなたを困らせたり、怖がらせようと、いたずらしたこともありました。
あなたがロジーヌを愛していたから、ぼくはロジーヌを隠してしまいました。 いたずらは、びっくりするような結果でした。ロジーヌはキレイなお人形になりました。 かあさん、あのお人形は気に入ってもらえましたか。 でも、そういうとかあさんは、悲鳴を上げてぼくから逃げて、ぼくをハサミ男に売りました。
かあさん、ぼくはあなたを恨んでなんていません。 あなたがぼくを売っても。 ぼくの男の部分が奪われて激痛にわめいても。
ぼくが恨んだのは、あなたではなく、世の中でした。 こんな世の中など、なくなってしまえばよい。 こんな世界が、本当であるはずがない。 ぼくは自分の悲鳴を聴くたびに、そう思い続けました。
ハサミ男の頭に鈍器をめり込ませてしまったとき。 ぼくが恐れたのは。 ぼくがこれであなたに迷惑をかけたのではないか。あなたが困るのではないか。 そのことだったのです。
だけど、かあさん。神様は、あなたよりもすこしだけ、優しかったのです。 ぼくがあなたを恐れたときに。
―― 殺してよい。壊してよい。滅ぼしてよいのだ。
女神様はそう、許しを下さった。 そこには、ぼくの救いがあったのです。
ぼくにのしかかった聖歌隊の神官戦士の腹をえぐったときも。 同じ声が聞こえてきました。 そしてぼくは、みんなにこの救いを教えてあげようと思いました。
でも、世の中は、女神様の教えを受け入れませんした。 女神様の名前を口にするだけで、みんな邪魔をするのです。 せっかく女神様の御心を教えてあげているのに、あとからいつも妖魔のせいにされてしまいました。 滅びと救いの女神様は、いてはいけないと思われているのです。
だから、いろんな神様の名前の下で、過ごしました。 他の神の教えと交わることは、ぼくにとっては、けっこう面白いことでした。 こんなに苦しい世なのに。少しでも心安らかに過ごそうと、その方法を論じあって一日を過ごす。みんな一生懸命でした。
でも、ぼくの女神様よりやさしい神様はいませんでした。
ただ、大地の母神は、ぼくに、真の女神の姿に気付かせてくれました。 女神様は、大地の母神の次の姿であり、この世界が終末を迎えた後に現れる、次の世界の神さまなのです。
ああそうだ。こんな世界が、本当であるはずがない。 次の世界こそが、本当であるのだ。
それは、いかに悦ばしく、素晴らしく、開放感に満ちた悟りであったことでしょうか。
その真実に触れたとき、ぼくは、自分のなすべきことを知りました。 ……この世界は、はやく滅びなければならない。 終末は必ず来るのだ。 ぼくは、その滅びに貢献しなければならない。 ぼくは、次の世界の、申し子なのだ。
ぼくたちの家の近くに、大地の母神の神殿がありました。 あそこは、ぼくの女神様の家でもあったのです。
12の月が来るたびに。 ぼくは、滅びを実行しました。 ぼく自身も滅びたかったのですが、ぼくが滅びると、ぼくのもたらす滅びは、それでおしまいになってしまう。 これはどうすればいいのかな。
慈悲深い女神様は、ずっと疑問だったこの問いにも、答えをくださいました。
それから、女神様は、ぼくに素敵な道具を授けてくれました。 それは、黒くて、この世界のあらゆる生き物とは違うものです。 女神様の世界からこの道具を呼ぶのに、ロジーヌのお人形のような體が「扉」となりました。それは死んでも朽ち果てない、特別な體でした。
ロジーヌと同じお人形を作るのは、ちょっと難しいです。人形を作ろうと、なんども試しては失敗しました。 これはぼくがやっとたどり着いたヒミツです。 お人形をつくるのは、獣や人間の肉で汚れた狭い水のなかが、いちばん良いのです。
ねぇ、かあさん。明日の満月の夜。 ぼくはまた、女神様のために、救いのために、儀式をしたいと思います。 明日はきっと、祝福されるべき聖なる日となるでしょう。
滅びは、誰もに、優しいのです。 世はこんなに、苦しみに満ちているのだから。 一切が、苦なのだから。
だから。かあさん。あなたにも救いを捧げにきました。 かあさん。次の世界で、先にぼくを待っていてください。
かあさん、老いても、骨と皮だけになっても。こんなに血は赤いのですね。 これでかあさんも、お人形になれますね。
かあさん、今度こそ、ぼくを、褒めてくれますか……
|
| |
| エンパワーメント |
|---|
|
| ムリーリョ(「教え導く者」) [ 2008/12/13 17:17:33 ] |
|---|
| | おお、カレンか。ちょうど今、そちらに使いを出したところだった。
ほう、服を寄付、とな。善き行いだ。 しかし、数も限られておろう。もらえなかった者はどうする。もらえた者を妬まんか。そこを配慮して行うが良い。
そなたがここを訪れた理由は、言わんでも良い。 ニルガルと袂を分かてと、言うのであろう。まぁ聞け。
服にせよ食料にせよ金にせよ、与えられるものは、それで終わり。人の現状を刹那的には改善するにはよいが。無くなったら終わりだ。しかも与えられ慣れると人は堕落する。肝心なのは、自分と家族、自分で服や食料が買える金を稼ぐ力をつけるようになることではないのかな。
その点で、役割は貧しさを緩和できる。わしは、役割の本質は、エンパワーメントであると考えておる。
食料や金を施されたところで、それを使い切ってしまえば終わりだ。住民は力なき存在のままだ。一方、エンパワーメントとは、個人が、自分たちの生活は、自分たちで何とかできるという自信を持つこと。自ら力を搾り出して、身の回りに影響を与えていく、行動を起こすことを可能にすることである。
そもそも、貧しさとは、諦めである。 五年後の未来よりも、今日の食を手に入れることで精一杯であることである。未来に希望が持てぬことである。確かに、技能や教育を身に付ければ、五年後十年後は職を得て豊かになれるであろう。学ぶことは重要だが実を結ぶのはずっと後だ。五年後に備える力が現状にある時点で、すでに人は豊かなのだ。多くは、能力を身につける余裕も希望もなく、日々生きていくことがやっとなのだ。それが貧しさなのだ。
しかし、技術と知識と、エンパワーメントが組み合わさったときに、はじめて、この状況を打開する動力が生まれる。自分でできるという確信と、行動による成果が、五年後を考える余裕を生む。その時に教育や訓練は実を結ぶだろう。 技術、知識、教育、エンパワーメント。総合的にやらねばならん。
井戸掘りは、エンパワーメントによって可能になった行動の一つである。 そして、信仰は、エンパワーメントを最も効率よく、大人数に行う手段であるのだ。 一人に対して行うのでなく、大人数、全てにたいして行わねば意味が無いからな。 ニルガルはそれを行うのに、最も都合が良かった。
…そなたらチャザに、あるいは他の光の神々に、技術と知識はあるか。貧者全てにエンパワーメントをもたらすことは可能か。
そうであれば、わしは何も言わぬ。わしも、ニルガルも、必要ではなかろうよ。 そなたら、チャザの教えがスラムを救い、ニルガルの教えがスラムに必要ではないとわしを確信させることができたら、わしは身を引くことになんの異論もない。 そなたらの活動を、行動をもって示すがよい。
あぁ、そなたがヘザーに教育を施した行いは、善きものであると思うぞ。それを否定する気は全く無い。ただ、一人では力が些少で、時間ばかりがかかり過ぎるであろうな。ヘザーのように鎹となれる者を増やしていくことだ。
それで、明日のことだ。 「謁見の儀」は行う。ただし、場所を落成した神殿に変えて、な。阿片窟ではない。 信者には直前にそれを知らせる。ジュリアスには内緒でな。
「謁見の儀」を中止することも考えたが。ここまで延ばして焦らしたのだ。それも好ましくはなかろう。そなたらが力づくでそれをも阻止したくば……好きにせい。
ジュリアスが、破壊神の信者であり、謁見の儀にて、人々を虐殺しようとしている旨。しかと聞いておる。 もともと、ニルガルの「食物」と「忌物」の教義が、破壊神のための滅びや贄に都合が良かったから、あやつに付け込まれたのであろう。それはわしとニルガルの落ち度だ。
ジュリアスはわしが討つ。 …というと、どうせ返り討ちにあうから止めておけと言われてな。わしにはわしにしかできん役割があると叱られたわい。 破壊の神の信徒を討つ役割。すまぬが、そなたらにしかできぬ。一任したい。
それから、信者を阿片窟ではなく「砂沸き」の神殿で行う旨は、事前にジュリアスに知れたら事だ。決して直前まで行動を漏らさぬようにな。時間に先んじて乗り込むのもよかろう。
もしそのほうらに人手があれば、信者の誘導を頼みたい。今、それを頼む為に使いを出したところだった。気づかれた時点で、誘導者が危険にあう事も考えられる。荒事に慣れた者のほうがよかろう。心して、な。
言いたいことはわかっておる。ヘザーを危険にさらしはせぬ。 なに、ジュリアスと対峙して死ななかった奴が傍で守ることになっておる。安心せい。
では健闘を祈る。決して死ぬではないぞ。 明日が終われば、また、話すこともあろうぞ。
|
| |
| 立ちはだかるもの |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/13 18:31:08 ] |
|---|
| | 午前中、ギルドに呼び出された。 報酬分の魔晶石をかき集めたからとりにこいと言うのだ。 朝っぱらからこんなに勤勉に働くなんて、常にはないことだ。 かといって、普段の、夕方から夜がメインの仕事もそうそうサボるわけにはいかない。 この積もり積もった寝不足と疲労は、この件が終わったら全てリヴァースのせいにしようと心に決めた。
石の詰まった皮袋を俺に渡しながら“赤鷲”が言う。 「明日の夜、その集会とやらがある時に、スラムの外縁はこっちで固める」 少々意外なその言葉に顔を上げると、“赤鷲”は胡散臭い笑みを浮かべた。 「てめぇの手柄とやらを横取りするにも、その振りが必要なんだよ。ただまぁ、オレぁ手下を失いたくねぇ。トカゲ野郎に言われるまでもなくな。ただでさえ、オレの手駒は少なくなってるんだ。これ以上減らされたくねぇ。だから、おまえらが騒ぎを起こす間に、もしスラムの中から逃げだす野郎がいれば、こっちで多少手荒に保護させてもらう。そうすりゃギルドのお偉方に、オレが働いてるんだとわかるだろう」
なるほど、デモンストレーションというわけだ。 ギルドの人間と会話するとなんとなく気が楽になるのは、こういうところかもしれない。 利害とか損得とか、そういったレベルで納得できる類の話が多いからだ。 そしてその利害が、本当に存在する場合、裏切るのにも多少のリスクがいる。 配下が減った今の“赤鷲”なら、本当に、配下の命は惜しいに違いない。そして評価が下がっている今なら、本当に、俺が持ちこむ手柄が欲しいに違いない。 もちろんそれは、そのリスクを承知さえすれば幾らだって裏切れるものだろう。けれどこちらも、その裏切りのリスクを承知さえしていれば、幾らだって信用する振りは出来る。
「幸い、俺は向こうの奴らとは接触していない。だから俺の名前を出して接触してくる奴はこちら側だ。保護する時はなるべく手加減してやってくれ。……黒髪の半妖精の女が来たら、まぁこちら側ではあるが、それは手加減しなくていい」 “赤鷲”にそう伝えながら、俺は別のことを思い出していた。 ──そういえば、イストにはまだ名乗っていなかったな。
昼過ぎ、分神殿に向かう。 シタールが得意げに報告した。 「フォスターのやつが帰ってきてたぜ。ちょうど昨日な。なんでもいいからとりあえず頼むと言って、“終末のもの”の資料を押しつけてきた。あと、港でギグスが荷下ろししていたから、『よう、オランを救おうぜ☆』って肩叩いてきた。それに、酒場でふてくされていたレツも捕まえたぜ。カインやジッカと喧嘩したらしくてな」
カレンは、ムリーリョに会ってきたと言う。 “謁見の儀”の場所変更や、ヘザーを守る者がいることを教えてくれたらしい。 そして、破壊の神の徒を討ってくれ、と……。 ふざけた野郎だ。てめぇだって、邪神の徒じゃねえか。 これは何だろう。喩えて言うなら、強姦魔が人殺しを捕まえて「この極悪人め」と叫んでいる図か。
「……じゃ、まず戦術を考えようか」 カレンが、机の上に羊皮紙を広げる。そこには、阿片窟の見取り図が簡単に描かれていた。 「ムリーリョの企みで、ジュリアンはここに取り残されることになるんだな。もちろん1人じゃない。不死者もいるだろうし、“終末のもの”がある。しょうがねぇから一般の信者とヘザーの事はムリーリョに任せよう。スウェンがそれを手伝うだろう」 そう言ったら、スウェンにそれを許したんだな、とカレンが片眉と口角をかすかに上げた。 許すも許さないもない。あいつが決めたならそれでいい。 アリュンカとバザードにも、関わる気があるのなら、と話はしてある。事後処理という仕事もあるから、そっちを頑張るという手もある。とくにアリュンカは行方不明者のリストを作っていたから、それが事後処理に役立つだろう。 「その化け物の相手もだけどよ、ジュリアスが本物の暗黒司祭だっつーんなら、かなり高位だっていう可能性もあるのが厄介だな。まぁ、信者どもが阿片窟に残らないならこっちとしても助かる」 シタールがそう呟く。 そう、高位の司祭には、“気弾”を広範囲に爆発させる奇跡もあると聞く。ジュリアスが本当に、自分以外の全てを破壊するつもりなら、それはうってつけだ。それを使う機会は無いに越したことはない。 「……ラス、シルフを使えるようにしといてくれ。どちらにしろ、“風の守り”も必要だろう」 「了解」 また寝る時間が減る。
さて、ムリーリョとジュリアスをどうするかだが……。 それは反応次第というしかない。 “終末のもの”とやら言う化け物は、まぁなんとか始末することが大前提だが、闇の司祭たちはどうするか。 もちろん、それに情けをかけて油断したり、機を逸したりすることはあってはならない。 とくに、こちらを“破壊”しようとしてくるだろうジュリアスに対しては、考える暇すらあってはならない。 カレンやシタールは、スラムの井戸計画という、過去に同じことをしたムリーリョに、少なからず思い入れがあるようだ。直接会って話をしたというのも大きいだろう。 それに、ムリーリョに関しては、スポンサーであるチャ・ザ神殿が、その身柄を希望している。 こうやって、多少の事情を知っていれば、殺すことを第一目標とはしない。俺たちは暗殺依頼を受けているわけじゃない。
「……たださ」 俺が呟いた言葉は、不機嫌に聞こえただろうか。 ……ただ、ムリーリョは確かに高邁な理想を持っているのかもしれないが、その手段は許されるものじゃない。そのつもりはなかった、これからもそういうことはやめる、と、そう言ってはいても、現実に、スラムでは人が死んでる。 もちろんそれらはムリーリョが手を下したわけじゃないかもしれない。ジュリアスが勝手にやったことかもしれない。“終末のもの”を呼び出したり、コレクションを作るために、井戸の水を汚したのもジュリアスの仕業だろう。 ただ、スラムにニルガルの教えを広めたのはムリーリョだ。 ムリーリョが啓示を受けようが、邪神の声を曲げて解釈しようが、それは勝手だ。 けれど、それを広めてはいけなかった。
それを広めたことで、ヴィヴィアンは死んだし、オンデはナイマンを刺した。フィアンナは恋人を奪われて、自分もひどい目に遭った。イストだって死にかけた。 イストを虐待したのはムリーリョじゃないし、ナイマンを刺したのも、フィアンナを襲ったのも、ヴィヴィアンを殺したのもムリーリョじゃない。ムリーリョの広めた教えだ。 ムリーリョは確かに貧者のことを考えている。貧者に寄り添おうとしている。語る言葉は正論だ。そのための手段が決定的に間違っていた。なのに、その口は「これ以外にないだろう?」と囁く。「その他にあるならやってみろ」とけしかける。「いつでも身を引く」とうそぶいてみせる。自分は貧者を見てきたのだからと、単純な事実を盾にして自分の選択を省みない。 貧しさを打開することを諦めてはいけないと説くムリーリョ自身が、克服するにはニルガルしかないと、他の選択肢を諦めている。 けれど、ニルガルは人を殺す。ニルガル自身ではなく、ムリーリョの言葉ではなく、その教えそのものが人を殺す。 「俺たちはそれを知っている」 |
| |
| あぶくと微笑 |
|---|
|
| ディアルマ(ジュリアスの母親) [ 2008/12/13 23:21:52 ] |
|---|
| | 忍ばせた足音、床の軋む音に全身が毛羽立った。 ・・・戸口を振り返って、わが身を抱いて屈みこんで。 あたしゃ恐怖に震えたよ。
ランタンに踊る影を見て、すぐにあいつだと分かった。 でも恐怖もそこまで。
なんでか、実際に鉢合わせて、眼を見たら、なあんだと思ったね。 ・・・考えてることが分かっちまったんだ。このときばかりは、ね。 寂しそうで、切なそうだった。 そういえば子供のときにヤツも、ときどきこんな目をしてったけか・・・。 思わず、言いそうになったのさ。ごめんよと。
なんだかぼんやりするよ。思ったより、痛くないもんだね。死ぬのって。頭の後ろが熱くて、でも、床は冷たい。 これが、あたしの手かい。ずいぶん老いぼれたもんだね。 いったい長い年月、何に耐え、何に怯えてきたのか分からないよ。ひゃっひゃ。
おや。ふん、ジュリアス。どこへ運ぼうっていうんだい。 まぁ抱えられるのも悪くないね。楽でいい。
あんたは人の生き死にを軽々しく考えてるようだけど、案外それも悪くないのかもしれないね。いいさ。世の中が何といおうと、あたしが認めてやるよ。おまえはあたしの息子なんだからね・・・。何を今更なんだけどね、やり直せれば、人生がやり直せればねぇ・・・ふ、ふっ。 おまえ・・・ロジーヌのことも、あまりひきずるんじゃないよ。
ああ、水音が聞こえてきたよ。もうけりがつくんだね。 ジュリアス・・・ごめ・・・ |
| |
| 決戦前夜の私事 |
|---|
|
| シタール [ 2008/12/14 1:43:20 ] |
|---|
| | 在庫の魔晶石を漁りに家に戻る。見つけた物は全て小振り。 ああ。そういや前にリヴァースに貸した奴が一番でかかったんだよなぁ…。 そう思って小さな革袋にまとめているとレイシアも戻ってきた。 「井戸はどうした?」と聞くとか「チャザから神官戦士が来たので任せてきた。」とのこと。 そうか、と言った後に話が続かない。いつもは賑やかな部屋に訪れる重苦しい沈黙。
「シタールさん。僕だけで薬と両方するのは難しいです。どちらか、または腕の立つ女性の霊を必ず用意してください。」 パダから帰ってきたばかりのフォスターに終末のものの資料を渡した時にそう言われた。 カレンが神殿に要請するなり、どこぞの神殿に駆け込んで事情を話せば薬は調達して貰えるだろう。 けどよ。実地慣れした人間が来るかとか、こっちの意図を呼んでくれるかどうかってなると正直不安になる。 かといって、金になるかどうか疑わしいようなことに乗ってくる人間も少ない。
そうなるとレイシアに頼る事になるのだが、それをこちらかは言い出しにくい。 何しろ相手が相手だ。生きて帰れる保証はない。そんな所へ連れて行きたいかって言うと…オレの我が儘かも知れねえけど連れて行きたくはねえ。
杖が足りないと行ってもラスがセシーリカの名前は挙げねえのは…そう言う理由も少しはあるんだろうな。 沈黙に耐えかねた俺が「じゃ、分神殿に戻るわ。」と逃げるように出ていこうとするとレイシアが重い口を開いた。
「…私は連れて行かないの?」 ストレートな質問。俺の中での答えはもう決まっている。でも、それを言ってしまうと何かが壊れてしまう気がする。 それでも言わないと行けない言葉もある。連れて行きたくない。生きて欲しい。 …でも、コイツはそう言っても付いてきちまうんだろうな。俺も馬鹿だけど。コイツも相当馬鹿だ。 「…ああ。連れて行かない。って、言いたいトコなんだが…言って聞く珠じゃねえだろ。」 それだけ言うと俺は部屋を出た。
分神殿へ戻る途中に井戸へと寄り様子を見る。以上はないが、神官戦士が張っているせいか人が近づきもしない。 そのまま分神殿へと向かい。住人の話し合いに参加する。 話し合いはムリーリョとリヴァースの意見を採り入れてからは順調に進む。この調子行けばこれ以上拗れることはない筈だ。 時間も遅くなり解散となった時にエナンと少し話をした。少し前にカレンと話したことが気になったからだ。
「これからも井戸を掘り続けるつもりか?」 「会ったり前だろー。俺に出来るまともな金を稼ぐ手段だぜ。シタールもカレンもスリは止めろって言うんだからコレしかねえじゃねえか。それに…冒険者じゃなくてもコレで食っていくのも悪くねえなって思うんだ。」 まあ、冒険者なるよか。井戸掘りやる方が健全だし安全だ。悪くはないと思う。 何しろエナンはスラムの中で字がちゃんと読めると言うアドバンテージを持っている。そして、上にのし上がろうという気概がある。 そんな奴にも肩入れすることはあのおっさんは駄目だと言うが…俺はそれはおかしいと思うんだ。 無気力な奴に何をする気にはなれない。それは当たり前だ。そしてしても無駄だ。 でも、どうにかしたいと思って、それが出来るだけの力がある人間に手を差し伸べることが妬みの対象になるのだろうか。 学院にだって特待生という制度がある。貧しいけれど才能がある人間を受け入れる制度だ。この制度のおかげですばらしい魔術師や賢者が産まれているの確かだしな。社会全体でとかみんなもやれとかいわねえけど。俺が出来る事をこいつにしたいと思った。
「なら。いつかここを出て絶対にきちんと井戸のことや水路のことを学べ。絶対だ。俺と掘っただけじゃ足りねえし。何事も我流はよくねえからな。」 「でも、そんな金が何処にあるんだよ…。」 「俺が出してやるって言いたいトコだけど。俺が貸してやる。無利子でな。」 「…え!?い、いいのかよ?って言うか、俺だけそんだけして貰うのも…。」 「俺がお前にはそれだけの価値があると思ったからしてやるんだ。それに周りが気になるならそこで得た知識を生かせ。そうすりゃ文句言う奴も少ねえ。」 それか冒険者になりたいって言うのならそっちなら伝手があるから何とかしてやる。とも言った。 「ま。どっちにしろ今回ので生きて帰って来れたらだけどな。」 冗談めかして笑いながらそう言うと。泣きそうな顔になりやがる。 バーか。男がそんな事で泣くな。さっさと家に帰ってよーく考えてそれから寝ろ。
「シタール。死ぬなよ!絶対死ぬなよ!」
わーってるって。じゃ、またな。その時にはきちっときめとけよ。 |
| |
| 最後の役割 |
|---|
|
| バザード [ 2008/12/14 6:34:04 ] |
|---|
| | あの、”謝肉祭”からほどなくして、スウェンさんがラスさんからの伝言を伝えにきた。 「満月の儀式には、来るな」 それが、最後の役割ですかー?
スウェンさんは、悩んでるみたいだけど、おとなしく家にこもってるとは思えない。 だって、伝言のときこっち見てなかったもんね。考え事してるって一目でわかる。 それとも、覚悟? もともと、ラスさんの手伝いをしろって言われてたし、それが僕の役割だった。 それが、来るなって言うんだから余計な事をしないのが”正解”なのかもしれない。
でも、それだけじゃ何か納得できないんですよー。 怖いし、危険だし、邪魔になるだけだし。そもそも、何したいのかわかんないけど。 僕にも、何かできることってないのかな・・・。
なにも言いだせずにいるうちに、ラスさんから別の話があった。 満月の儀式・・・”謁見の儀”の場所が変更されるらしい。 ジュリアスって人には内緒で、ムリーリョさんが。
信者の誘導に人手が必要らしい。 その場では、少し考えさせてくれとは言ったけど、やってみたいと思う。 僕だって、スラムに入って、何回か集会なんか行った。 周りの人、知らない人ばかりだし、”カミサマ” のこと信じていろいろした人もいるかもしれないし。 でも、みんなすっごい困って、悩んで、そうしちゃったんだよねー。
かわいそうとかそういうことじゃなくて、ほかの神様が救ってくれないからってあの”カミサマ”に頼っちゃったとか・・・。 今はあの”カミサマ”しか信じられなくても、またマーファ様とかを信じられるチャンス、あったっていいじゃん。 あの場所で死んじゃったら、なんか暗い場所にしか行けないような気がするしー。 誘導くらいなら、とかは言わない。精一杯がんばる。
それに、ムリーリョさん。 調べに調べたからか、あんまり会ったことないのに、あの人のことも気になる。 やっぱり、あの人はすごい人だと思う。間違ってるとか何とか、そんなのじゃなくて。 だからこそ、あの”カミサマ”に利用されてるんだと思う。 ”謝肉祭”で助けてもらったんだから・・・少なくとも。助けられなくても、僕の自己満足でも、何か言いたいよ。 何言えばいいか、わかんないけどね。
とりあえずラスさんのとこに行こうとしたら、”赤鷲”の人の部下に連れてかれた。 今回の事件の最初っからおんなじ、僕の役割・・・。 やっぱ役割固定っていうのもよくないですよ、うん。誰か交代してくださいー!
「役にたたねぇな、テメェ。”音無し”の野郎を出し抜くダシにもなりゃしねぇ」 いきなりそれですか。 「・・・だがな、ここまで来たからには奴らに失敗されるわけにはいかねぇ。この件はオレの仕事なんだからな」 どすん、と僕の目の前に小さな革袋を置く。 「お前の報酬だ。魔晶石だがな・・・あぁ、ちょいと多く入れすぎちまったかもしれねぇが・・・生憎、オレの部下は今みな忙しい。事件が終わった後で多すぎた分は持ってこい」 いったん、言葉を切った。 「ま、事件が終わるまでにいろいろあるだろうから、うっかり無くしても仕方ねぇ」 ラスさんに渡せってことかな・・・これ以上に裏があったりするのかな・・・。 「最後まで目ぇ開いて見て、スラム内のことはなんでもいい、オレに報告しろ。”音無し”の報告だけじゃあ、安心してオレの手柄にできん。足元すくわれかねねぇ」 しくじるなよ、と付け加えて”赤鷲”の人は後ろを向いた。 |
| |
| 真夜中過ぎのひととき |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/14 16:53:45 ] |
|---|
| | その日、家に戻って、連れて行くシルフをオカリナに住まわせる儀式を終えた頃には、もう真夜中を随分と過ぎていた。 一旦休んで、昼過ぎにまた集まる手はずになっている。 居間に戻ると、セシーリカがまだ起きていた。 「お茶、飲む?」と聞かれたので頷く。
セシーリカを今まで関わらせなかったのは、セシーリカが二重の意味で「忌物」だからだ。 俺自身は、いざとなれば“姿隠し”を使えばどうとでもなる。 それにもともとは、俺が受けていた仕事だ。盗賊ギルドだって絡んでる。 けれど今、杖が──魔術師が足りない。 シタールが言っていた。実地慣れしていて、こちらの意図を汲んでくれて、たとえ金にならないことにでも乗ってくれるような術師が必要だと。 ……そう、セシーリカならうってつけなんだ。 茶を淹れるセシーリカの足元にはショウがいる。俺の飼い猫と暮らすことにもそろそろ慣れてきた、セシーリカの猫。……使い魔だ。
シタールは、死んで欲しくねぇからな、と呟いていた。レイシアのことだろう。 危ないことに巻き込まれて欲しくない。ただ、互いに冒険者だ。意志は尊重したい。そういう思いなんだろう。 俺はといえば、少し違うような気もする。もちろん、巻き込みたくない、意志を尊重したいというあたりは同じだが。 俺は、俺が生きて帰るために、セシーリカに来て欲しくなかった。 こいつが家で待っていると思えば、どんな死線からでも生きて帰れそうな気がする。 けど、その場でこいつが隣にいれば、なんかそれで満足しちまいそうな自分が怖い。 俺が、セシーリカに死んで欲しくないと思うのは、「自分より先に」という但し書きがつく。それはおそろしく身勝手で傲慢な気持ちだ。
「なぁ、セシーリカ。おまえ、俺が死んだら後を追う?」 「……追ってほしい?」 「うん。追ってほしい」 「そっか。じゃあ、いいよ。ちゃんと家のこととか後始末して、猫のもらい手も探して、で、ラスさんが貯めたお金とかぜーんぶ神殿に寄付して、それから後を追うね」 そう言って、セシーリカは笑った。 ここ最近の出来事で、俺は、しかめ面をする奴ばかりと話していた。でも、家に帰ればセシーリカはいつも笑っていた。
「でもさ」 と、セシーリカは続けた。 「そう簡単には死なせないよ? ……ラスさんはさ、いつもいつも、仕事で勝手に怪我してきて、わたしが運ぶ羽目になったり、わたしが夜勤してる施療院に勝手に運び込まれてきたりして。どうせなら、その場にわたしも居れば間に合うのに、って思う」 「今年の俺の目標は『今年は施療院に押し込まれない』だぜ? 守ってるだろ」 「まだ半月残ってますよーだ。最近だって、なんか危ないことしてるなってのは知ってる。ギルドのお仕事なら手伝うわけにもいかないなって思ってもいた。でもね、今日、カールさんのとこに行って、ついでにイストくんのお見舞いしてきて……イストくんに少し聞いちゃったんだ」 「そうか。……じゃあさ、おまえも来るか? 実は、魔術師が足りないんだ」 「うん。行く。……実はね、そう言われるの待ってた」 ショウも連れていくね、とセシーリカが微笑んだ。
その場でこいつが隣にいれば、諦めそうな俺を拳でぶん殴って引き戻してくれるだろう。 |
| |
| 夜半 |
|---|
|
| アリュンカ [ 2008/12/15 0:26:10 ] |
|---|
| | めったに使わないダガーは、手入れだけは怠らないからいつだってきらきらしている。 研ぎなおしたダガーを鞘に収めて、いつもどおりそれを使わなくてすむことを泥棒の神様にお祈りする。 足音を消してくれる親切なブーツと、大切な手を守ってくれるグローブを身に着ける。 報告書は提出したし、報酬にもらった軽い皮袋はいつもどおり酒場に預けた。 そのまま足を抱えて暗闇にじっと目を凝らして時間が過ぎていくのを、ただ、待つ。 真夜中のスラム。いつもの寝床。
皆は今どうしているんだろうと考える。 ちょっと豪華に夜食とか食べてるんだろうか。 大切な人と話とかしているのかも。 ボクにそういうものが訪れたことはないし、多分これからもない。 守れるものも、守りたいものもよくわからない。 親身になってほしい人も、待つ人もいない。 それでもやる事だけは空から降ってくる。 ボクの立ち居地はいつだって下っ端だ。
もし今回の仕事に上から声がかからなかったらボクはどうしただろう。 ボクと由縁のあるスラム。そこを荒らす邪神の教団。 ギフンから剣を手に取ったり…うん、しないな。 でも結局そういう場所にボクはいつも立っている気がする。 そしていつの間にかギルドの思惑通りに動いてる。 「それはお前がギルドの子だから」 誰かが言う。ギルドとスラムと荒廃の子だから。
関わる気があるのなら信者の誘導でも手伝うといい、と赤鷲のオヤジは言っていた。 何も答えずにそのまま部屋を出るのに覆い被せて言う。 「神官は出来りゃあ、生け捕りにな」 ギルドの思惑を映してボクは今日も使わないダガーを研いでいる。 …うまくいけばスラムが変わるのかもしれないと、それでも少し希望を持ってしまいそうになりながら。 |
| |
| 嵐の前の |
|---|
|
| セシーリカ [ 2008/12/15 0:49:33 ] |
|---|
| | 自室で、急いで出立の支度をする 着慣れた鞣し革の鎧を身につけ、腰に剣を帯びる。……今回はふと、思うところがあって、聖印を鎧の下に隠した。 ちょっと迷ってから引き出しを開け、冒険の報酬でもらって貯めて置いた数個の魔晶石と、無造作に置いていた銀の輪を手に取る。……右手中指にはめると、しっくりとなじんだ。 ラスさんがくれた指輪じゃない。二重螺旋の井戸を探索した時に手に入れた、魔法の発動体たる指輪。 ……これをはめて仕事に出るのは、久しぶりだ。
これをはめて仕事に出る時は、「魔術師」として出ると言うことだから。 古代語魔法は、自然ならざる力ではないかと自問し、遠ざけていた時期もあった。 だけど、これはわたしの「力」。生きていく為に身につけ、そしてそうして生きてきた「力」だ。
持っている「力」を使わなくて、大事な人を守れない方が、よっぽど不自然だ。 そして、それを求められている。今。
「……大地母神。偉大なるすべてのお母様。……見守っていて下さい」 めいっぱい頑張ります。 大事な人たちの力になる為に。何よりわたし自身の為に。
後を追って欲しい、という言葉に是と応えた事に嘘はないけれど。 それはその後に答えた「簡単には死なせない」という思いの強さ故の言葉。 ラスさんだけじゃない。この件に関わるみんなが倒れることのないように。 生きる為に。笑って帰る為に。持っている「力」を使う。それはきっと、大切なことだ。
「どうか誰も、命を落とすことがありませんように。……まだ誰も、刈り入れ時ではないはずです」 指輪を口づけ、祈る。足下に擦り付くショウを抱き上げ、部屋を出た。
……分神殿には、久しぶりに見る顔や、馴染みの顔が揃っていた。 ラスさん、カレンさん、シタールさんの三人、レイシアさんも。 それにフォスターさん、ギグスさん、懐かしいレツさんの顔まで。
「一応、確認して置こう」ラスさんが小声で指示する。いつもの面子に聞こえがちな軽口はない。 ……どういう理由かは、考えなくても解る。 「カールが、分神殿に少数精鋭の神官戦士団と共に詰めてる。スラムの外縁はギルドの有志が固めてる。……俺らが突っ込む前に、リヴァースはヘザーを守りながら、ムリーリョが信者たちをどっかに逃がしてるはずだ。スウェンとアリュンカが、人員整理に出ている」 頭に叩き込む。 「バザードが例のブツの追加分を持ってもうすぐ来るはずだ。そうしたら……と、噂をすれば何とやら、だな」
ラスさんの視線を追う。…小走りでバザードさんがやってくるのが見えた。 いよいよ始まる。…小さく武者震いした。 |
| |
| 幸運神の加護 |
|---|
|
| カレン [ 2008/12/15 1:57:12 ] |
|---|
| | 「チャ・ザの教えが全てを救えれば、ですか」 「そう言ってた」 「あなたは可能だと考えてますか、カレン」 「できないだろうね。自分が生きることで精一杯のところに、交流だの幸運だの説いたところで、まったく実感として受け止められない」 「では、男爵の主張を容認するということですか」 「それもできないな。男爵がどう言おうと、ニルガルは人食いを肯定する神だ。その教えでどんなに結束していようと、闇の部分がある以上、ニルガルの名を振りかざし殺人を正当化する輩が出てくる可能性はある」 「男爵はそのことをわかっているのでしょうか」 「…わかっているだろう。しかし、そのリスクを負ってでもニルガルが好都合だと。神の意思を曲げてでも押し通そうとしているようだ」 「それこそ無理がありますね。教えの変容というのは、大衆があってこそ起こるものです。というか、それではニルガルの教義を使う必要があったのかどうかも疑問ではないですか」 「まぁね…。それに、そもそも俺は、このスラムに神を…宗教を持ち込もうと思ってなかった。神殿を頼っていて悪いんだけど…」 「ふむ……………理由を聞いていいですか?」 「チャ・ザを信奉するのは、俺の個人的な感情だから。信仰している以上は、行動がその教義に沿ったものになるんだけどね。さっきも言ったように、今の状態ではチャ・ザの教えは絵空事だ。それでもいつか、スラムが今より少しでもいい場所になった時に、汲み取ってくれる人が現れれば、それはその時に喜べばいいことなんじゃないかな」 「説得するのは大変ですよ。チャ・ザ神殿の勢力拡大を狙って賛同しているお歴々もいます。…しかし、それでは男爵と対面するのは難しかったでしょう」 「正直、やり込められるね」 「ぶれるようなことがあってはだめですよ。信念があるなら、諦めないことです。…あなたがだめになった時は、私が彼のところに乗り込みますからね」 「……うん」 「まずは目の前の脅威を排除しましょう。…神の祝福があらんことを…」 「ありがとう」 |
| |
| 前日準備〜当日 |
|---|
|
| ギグス [ 2008/12/15 2:14:13 ] |
|---|
| | シタールの野郎簡単に言いやがる。しかも明日だと?ったくもう少しぐれェ余裕持って知らせろってェの。 しかも今日は水夫どもと打ち上げだったのによ。 だがオランの危機だなんて言われちゃ断るわけにゃいかねェ。ルシーナやガキんちょを守ることにもなるしな。時間は無ェが手ぶらで行くってのもつまらねェ。時間いっぱいまで俺にできることをしてやる。
自宅に寄った後訪れたのは三角塔。相棒のライニッツに事情を知らせ魔晶石集めと一緒に戦うことを頼む。
「ギグスさんはいつも無理難題を言いますね…しかも急に。魔晶石の方は何とか集めてみます。ただ質と量は期待しないで下さい。しかし……」 「んだァまさか行かねェとか言い出すんじゃねェだろうな?」 「普段の仕事なら二つ返事で喜んで行きますよ。しかしオランを救うなんて話になってくると違います。足手まといになりかねない」 「オランを救うなんてのはどーせシタールの法螺だろ?話はでけェ方が面白ェからな。それにもし本当だとしても俺はお前が足手まといなんて思わねェ。今までだって一度も思ったことねェぜ。てェか思ってたらとっくにお前とのコンビなんざ解散してる」 「ギグスさんはそう思わないかもしれない。しかし実際に戦いの最中に足を引っ張る可能性があるんですよ。誰にでもその可能性はあるでしょう。ただ私はそれが高い少なくともシタールさんやギグスさんより」 「あーゴチャゴチャうるせェなァァ!んな事ァどーだって良いんだよ!俺はテメェを必要としてる。お前が後ろに居るか居ないかで無茶のし具合が全然違ェんだ!!」
コンビを組んでからライニッツの知識に幾度となく支えられ助けられてきた。だが俺にとってこいつの価値はそれだけじゃねェ。一番なのは戦いの最中に後ろに居てくれることで得られる安心感だ。 つってもこいつの意志の固さはよく知ってる。行かねェと決めたんだったらこれ以上何を言っても無駄だろう。 俺は「頼りにしてるぜ相棒」と言い次の場所へ向かった。
オラン中を駆け回り家に帰ったのは夜が更けてからだった。 目的のものは集まったのかと聞いてくるルシーナにああとだけ答える。集めてきたのは共通語魔法。発動の言葉さえ知っていれば誰でも初歩の古代語魔法を使えるっつー代物だ。一個金貨60枚もしやがる。魔法を使う際精神力に負担は掛かるが2、3回なら使っても問題無ェ。 貸しのある連中から物を借りたり金を借りて調達してきた。これがあれば魔術師の負担を少しでも減らせる。
「悪ィないつも無理言って」飯を食い終わり言うとアンタが無理言うのは昔っからだから慣れっこだと言われた。さらに嫌ならとっくに別れてるって俺が昼間吐いた台詞と同じようなことを付け加えられた。
翌朝家にライニッツは現れなかった。まだ魔晶石を集めているのかそれとも……だが待っているわけに行かねェ。それに集合場所は教えてある。そっちに直接行ってるかもしれねェし遅れてくるかもしれねェ。 「行ってくる。必ず帰る」それだけ言うと俺は家を後にした。
集合場所に集まった中にもライニッツは居なかった。 バザードが来てラスが革袋の中を確認しさて行くかと呟いたのを聞いて俺は言った。 「悪ィもう少しだけ待ってくれ。ライニッツが来るはずなんだ」
|
| |
| 決戦 |
|---|
|
| シタール [ 2008/12/15 2:40:01 ] |
|---|
| | 血のように赤い満月が中点に浮かぶ中、俺等は阿片窟の廃神殿へと向かった。 こう言うのを窓からぼんやりと眺めながら酒でも飲んだら最高だろうなぁ、なんて場違いな考えも浮かび。忍び笑いが漏れる。よし。こんな事が浮かぶぐらいだからまだ余裕はある。大丈夫だ。 廃神殿へとたどり着き、井戸へと歩みを進めるとそこにはお目当ての人間が一人。
「おや、貴方達ですか…。」 驚きの表情を少しだけ浮かべた後に奴はそう言いやがった。
「見るからに…ってぇ感じではないんだな。」 「ええ。もっと胡散臭さが炸裂しているような。ぱっと見は冴えない男を想像していましたよ。」 フォスター。お前が言うなってツッコミを全員で入れたいトコだったが、そんなことをしているさすが余裕は無い。
「ムリーリョが全てを知った。今日はここには俺等以外は誰も来ないよ。お前はお終いだ。」 「ああ。なるほど。道理で誰もここに来ないわけですね。確かに私の目論見からはやや外れてしまいましたが…」 そう言った直後に井戸から黒い何かが溢れてきた。何かと言うほか無いモノだ。液体と言うには希薄だし、影と言うには存在感が有りすぎる。『ソレ』から発せられる霧状の何かは瘴気と呼ぶに相応しい禍々しさを持っていた。 「あなた達がここで消えてしまえば修正は可能です。残念ですよ。そちらの女性二人は良い素材になると思ったんですがね。非常に残念です。」
奴の言葉が終わるか終わらないかで『ソレ』は人の倍ほど大きさの固まりとなって俺等に向かってきた。 武器を構え。俺を含めて剣が前にでる。後で各々が呪文を唱える声がする。
「おい!シタールよ!アレを浴びちまうとやべえんだったなぁ!?」 「ああ。そうだ。ありゃ。毒の固まりらしいぜ?それとレツの旦那。あいつは魔力が付与されてないモノは腐らせることが出来るらしい。」 「おい。マジかよ!『オランを救う』なんてどうせ法螺だと思っていたのによ。おし。腹括ったぞ!」 そう言うとギグスは指輪をかざして何かを唱えた。ギグスとレツ旦那の獲物が淡く光る。共通語魔法だ。 それと同時に体の回りにまとわりつくように風が渦巻く。良し。これで俺等はつっこめる。 そう思うと俺等は身体が勝手に動いた。『ソレ』から延びた数本の触手を避け、斧を振りかざして下ろす。
『ソレ』に斧が食い込む。斧の魔力が反応して輝きが少し増す。一瞬、『ソレ』がひるむ。 手応え高密度な砂や泥と言った感じ。とりあえず、生き物の手応えじゃねえ。 なるほどなぁ。これが終末のものか…。
俺の一撃を皮切りに始まった戦闘は、月の位置が明らかに変わるまで続いた。 |
| |
| 邪神ゆえに(1) |
|---|
|
| リヴァース [ 2008/12/15 4:33:21 ] |
|---|
| | スラム入り口のチャザ神殿は、取り込み中だった。 「アタシに新しい役割ってやつをください」 謝肉祭で伝言を伝えた盗賊娘。感情の篭った声だった。
「よう、働き者」 終わって出てくるのを待って声をかけた。 「出たな、怪しい奴」 びしっと、指を指してきた。乗りの良い奴だ。 ちょうどいいので、有無を言わさず、当日の手はずを確認させてもらった。
阿片窟の襲撃。砂沸きの新神殿での謁見の儀。そして、阿片窟から砂沸きへの誘導。その三箇所について。特に誘導は、しくじれば信者の命にもかかわる。阿片窟組は、ジュリアスと化け物で手一杯だろう。それに発覚すればジュリアスの手下も襲ってくるだろう。重要な役割だ。そう伝えると、スウェンは真剣な表情で頷いた。
「ムリーリョは、死ぬしかないと思うか」 そう聞くと、スウェンは少し考えてから、首を振った。 「なら、死なせないように、やろう。誰一人な。信者も、お前等も」 そういうと、スウェンは、「おうっ」といって、気合を入れるように両頬を叩いた。 一本気な奴だ。ラスの部下には勿体ない。それに善い奴だ。 …彼女は思ったことと異なる嘘を示した。
この世も、結構捨てたものではないじゃないか。 そう思った。
宿に戻り、服を着替え、剣を取り、未払いの宿賃を払う。ごうつくな女将のことだから荷物をほっぽり出されているかと思ったが。どうやら心優しい「親友」が立て替えてくれていたらしい。ありがたい限りだ。
それから、分神殿でイストの場所を聞いたので、施療院へ。 金払え。お前を回復するのにかけた魔法の相場は、銀貨1600枚だ。チャザの人のいい神官はタダで魔法を使ってくれたようだが、こちらはそうはいかん。そう伝えると、頼んじゃねえよ!と餓鬼は喚いた。 払えないなら働け。井戸調査を手伝ってもらおう。働きながら精霊魔法を学べ。というより盗め。素質はある。どうせ片目を失い、利き腕が粉砕骨折で手の動きも元通りにはならないだろう。片目に負担がかかるとやがて両目を失明することが多い。精霊力を感じれば目に負担をかけずにすむ。ついでにオランは、今後数年は井戸掘りラッシュだ。穴掘りの地霊の術が使えるまでになれば、食いっぱぐれは無い。 そこまで言うと、イストはようやく理解した。 そして「どいつもこいつも、なんで半妖精は嫌な奴ばかりなんだ…」と呟いた。 なんだ、先に就職先があるのか。早く言え。
最後に賢者の学院へ行って、万が一に備え、魔力付与の共通語魔法を購入。宿代半年分。どえらい出費だが、愛着のある剣が腐れ果てるのは忍びない。
そして、あばら屋へ戻る。ヘザーとおっさんが、新神殿へ向かう準備をしていた。
|
| |
| 邪神ゆえに(2) |
|---|
|
| リヴァース [ 2008/12/15 5:25:11 ] |
|---|
| | 目が覚めて、不死生物の材料をなるのを免れたことを知った。 あばら家。目の前にいたのは、ムリーリョその人だった。
屠殺場でムリーリョは、自分の与り知らない大量の死体を目にした。それをジュリアスに問い正そうと阿片窟に赴いたところ、あの場に出くわしたという。忌物を助けた理由は、スラムの井戸調査を見ていたのと、ジュリアスの所業について聞くためだったという。人に有益な行いを為すのであれば、すでに忌物ではなく人と同じ。それが彼の持論だった。 よって、遠慮なくジュリアスの正体を告げた。それでおっさんが言ったのは。 「正体を知っている者が生きているとなると、あやつにとって不都合であろう。運んでいる最中に死んだので、死体は河に投げ込んだことにし、身を隠すべし」との提案だ。 …いや、そんなことより、まず、教団に異教の忌物がいて教団を牛耳っているのが第一の大問題だろうが、と呆れた。
それから、傷が癒え血が回復するまで、あばら家で厄介になった。血だらけになった服は捨てた。ムリーリョの妻の服を着た。病で逝き夫の肉となった女。「なに、虫食われ朽ち果てるだけよりも、役に立てられるほうが喜ぶであろう。自分の肉を食われ他者の血肉となることを喜びとした女のものだ」 と彼は言った。
起き上がれるようになるまで、そのあばら家で過ごした。 その間に、様々な会話をした。貧しさを底上げできる技術や知恵について、彼は、自分の知識を吸い取らせるように、述べた。
もともとは、都市よりも、辺境の開拓がやりたいと思っていると言うと。 モリンガの木は、葉の茶は養分が多い茶となり、実は食用の油となり、実の絞り粕は水の汚れを吸着し浄化でき有用だから植林すると良いとか。アブラギリは妖魔や獣が嫌う毒を実に含むから、垣根にして子供が食べぬよう教えて家を守ると良いとか。 おっさんは、実際に使える知識を、嬉しそうにポンポンと出してきた。自分の領地の生産を上げるために、調べ上げた成果であるようだ。
領地はほったらかしで良いのかと尋ねた。 先妻との息子に継がせており、爵位はすでに息子に譲渡した由。なお、大臣や騎士など首都に役職を持つ貴族は、家族や代理人などが領地経営をしているのが普通だ。一生領地を見ずに終わる領主も、実は結構多い。 そして、何かあったときに家に累が及ばぬよう、家とは形の上は縁を切った。親が邪神の徒となったとなると子は泣くだろうが、親の役割は果たしたので涙を呑んでもらうと。 また、領地の特産のズルカマラを皮膚病の薬にするのに持ってきた際も、仲買人を二つ経由した、との事。
「邪神の司祭は、気苦労が絶えんのだよ」 「社会的に認められていない集団が社会的活動を行う事に、そもそも無理がある」 「だから神が光の陣営からせめて追われぬようにしたいのだ」 「ニルガルと縁を切るのは無理なのか」 「それができれば苦労せんわい」
そうおっさんは、苦笑いした。 ニルガルは、光の神の性質を持ちつつ、闇の陣営に与した。灰色の神だ。 「邪神を作るのもまた人であるのだ」とムリーリョは言う。
スラムの貧困を打開するには、人が減るしかない。 人を減らすなど、まともな手段では不可能だ。 ムリーリョは、その絶望に行き着いた。 その絶望に対して、ニルガルは声をもたらした。 絶望に付けこんだということは、やはり邪神なのだ。
それでムリーリョは、「人を減らす」という方向性に突き進んでもおかしくはなかった。しかしそうはならなかった。確かにそう思い込んだ時期もあったが、この地区での活動、共に井戸を掘った仲間たちが歯止めとなったという。
おっさんがこれまでやってきたのは、字と算術の講習会だったり、家具や小物を作る職能訓練だったり、不用品を持ち寄り皆で修理して売るバザールだったり、溝の補修や通路舗装をしたり、わずかな空き地にモリンガを植えたり。 それら皆、住民が金を出し合ってやる。慈善事業とは言えないが、住民に確実に力が蓄えられていく。そうした活動を、役割役割と説きながら、細々とやっているだけだった。 そういえば、既存の井戸が巧く管理されていたのもこの地区だった。
住民が自分で「役割」を果たし、力をつけた。その姿が、ムリーリョを、黒い教えの方向性から引き戻した。
結局、ムリーリョがニルガル教徒として、主体的に行ったことは。 食われたいと望み死んだ妻を、食ったこと。 そして、「食物」「忌物」のあり方を時代に合わせて変えようとしたこと。 この二点のみだった。
ニルガルは、もとは光の神である。 そして邪神となったのは、つまるところ、「食物」「忌物」の二つの役割のせいだ。しかし、この二つさえなければ、決して悪しき神ではない。
「『食物』は、他に役割をどうしても果たせなかった者が、最後に他者の血肉として『与えることができる』という救いにするしかない哀しい役割である。かつて人が『食物』となったこともあったが、今は家畜の肉を代用し、哀しき存在を哀悼し、食物となる全ての命に感謝する。また、皆が家畜の肉を食べられる豊かさを目指す。そうした姿を目指すべきである」
「『忌物』は、攻撃者から身を守るためでもあった。また、卑小な心を、他者を忌み蔑むことで保つことでもあった。『忌物』は妖魔や不死生物など明らかに人間に害になる生き物に限定していく。また、後者の意味で『忌物』が必要となる社会になることこそを忌み、豊かな心をもつことを目指すべきである」
その解釈によって、二つの役割の姿を変えれば、灰色のニルガルを白い側へシフトできると、おっさんは信じた。
ジュリアスは、そのムリーリョの前に現れた。 ジュリアスが自分で彫った刺青を見て、おっさんは簡単に、同胞であると信じ込んだ。
「忌物」「食物」の役割は、カーディスの司祭にとって効率的に死体や生贄が手に入る。この二つは、滅びや死を欲する連中に、あまりにも都合が良い。カーディスは、「全て滅べ」という、おおらかさだ。他の神の使い古しは嫌だとえり好みをするような心の狭い神ではない。
そして、ジュリアスは、効率よく死をもたらすために、一生懸命、他神の教義を広めて、信者を獲得し、「食物」と「忌物」を作り出していった。
ムリーリョのおっさんは、開発の施策者としては無双の見識を持つ。だが、そのカリスマはせいぜい、道端の頑固親父程度だ。大して布教には役立たない。 一方で、ジュリアスは、持ち前の顔と声と、何よりその場で都合よく変幻して教義を解釈し作り上げる柔軟な思考で、信者を拡大していった。そして黒い教えに染まりそうな者には巧妙に「食物」と「忌物」を作りだすよう囁いた。 ほかならぬ、「死」を効率良く大量に作り上げるために。
なんと手前の「役割」に忠実かつ勤勉な奴かと思う。 ジュリアスこそ、ニルガルの声を聞いていれば、幸せになれただろう。
奇跡を起こせる暗黒神官は何人かいるが、「選別」が使える、本当にニルガルの神官であることが明らかなのは、ムリーリョ一人であるという。
そうだ。ニルガル信者のフリをする破壊神の神官が、ジュリアス一人であるとは限らない。長年の破壊神の司祭としての活動から、同士を見出し、同じようにニルガルの幕に隠れて死を量産した者がいるとしてもおかしくない。 事の発端の、アレックス・ブルガリオ・カノッサの三人組の討伐したという邪神教徒。それもまた、ニルガルを装っていた破壊神の神官であったのだろう。
そこで、はたと、己の行動を振り返った。 ニルガルの邪教神官を討伐した冒険者たちが消えたと言い出し、井戸に捨てられていた人肉を「食物」と示唆し、井戸を汚して皮膚病を広めて薬を与えて邪神の信徒が信仰を広めようとしている旨をほのめかしたのは。結果的に多くの者を煽った行動をしたのは。
……結局、自分もまた、ジュリアスの罠に嵌っていたのか。
ともかく。ニルガルは、破壊神に蝕まれきっていた。 要するに、ニルガル教は、破壊神信者たちが心の赴くままに行動するための、巨大な隠れ蓑だった。 そして、それに利用され、後戻り不可となるまで動けなかった間抜けなおっさんが一名。
ムリーリョは、ジュリアスが、「忌物」の虐待を促したり、「食物」を集めたりしているのは知っていた。しかし、狂信もまた、人心を纏めるための必要悪であるとして、目を瞑っていた。それがおっさんの落ち度だ。
ムリーリョは、自分から妖精や他の神官ら忌者を忌めと率先して教えたこともなければ、人肉のために人を殺せなどと教えたこともない。ただ、ニルガルを追われぬ存在とするために、「食物」「忌者」の定義を変えようとしていたにすぎない。
おっさんの罪は。……間抜けすぎたことだ。 ジュリアスらに利用されたことを、被害が拡大するまで、気づかなかった。
そして、いかに利用されたのであろうと。 ニルガルとカーディスの所業に、線引きはできない。 ニルガルの名前で行われた非道全てに、ムリーリョは責任がある。
ムリーリョはジュリアスを討つと言った。 その間抜けなザマで狡猾極まりないジュリアスを討てるとは到底思えない。返り討ちがオチだ。おっさんにはおっさんの役割があるだろう。 そう言うと、おっさんは何かを得心した。 そして、間抜けの責任を取るという「役割」があるな、と笑った。
ムリーリョとニルガル。両者の関係は、よくある人生絵図のように思えてきた。 堅実に人生を生きてきた職人肌の親父が、ニルガルという悪い女に付け込まれ、ハマり、この女はかわいそうなやつなのだと庇い、なんとか更正させようとし、挙句にどうにもならなくなって破滅していく、という構図。 しかもそれでその親父は、結構満足なのだ。
駄目だ、救いようがない。
ニルガルは、間違いなく、世から淘汰されるだろう。いかにムリーリョが足掻いても。 ムリーリョの試みと思想が何であれ。 邪神であるというその一点ゆえに
ニルガルは、元は光の神であったために、善なるものも内包している。それが、ニルガルの厄介なところであり、忌まれる所以だ。
正という概念は、邪という対比があってはじめて、存在可能である。そして、邪があることにより強められる。 悪しき者は、完全に黒で、落ち度があり、愚かであり、責められるべきものでなければならない。邪に善性などあってはならない。それがあると、正が否定されるからである。
そして、世は、社会は、ひとたび邪であるとされたものを、許さない。邪は邪でなければならない。邪は、常に危険で、世に厄災をもたらすものでなければならない。危険や厄災に繋がる可能性があるというだけで否定されねばならない。 子が、盗みや人殺しをする者に育つ可能性があるから、全ての子の持つ可能性を否定する。それと同じ理屈が適用される。邪神であるから。人は神に抗えないから。 「忌物」を持つニルガルは、忌まれなければならない。
ムリーリョに、光は、無い。 ムリーリョは、ニルガルの教えと共に、滅びなければならない。
それが、光の神が主である世を保つ方法なのだ。 今は、光の神の世なのだ。
ニルガルは、まごう事なき邪神だと思った。 ニルガルが光の神々から否定された恨みは、よほどに深かったのであろう。 よりによってこのおっさんに。 …世の闇に光を当てる為の最も現実的な回答と行動力を持つ男に。 「役割」という都合のよい教義を与えて、邪な声を聞かせ、おっさんの有為さを台無しにしてくれたのだから。
……何とかならないのかと、今にも喚き散らしたい心を、溜息一つに押し込める。
新神殿に、人が着き始めた。誘導はうまくいっているらしい。 満月が登ろうとしている。
|
| |
| ラストバトル |
|---|
|
| -- [ 2008/12/16 22:32:48 ] |
|---|
| | ◆ 直前
カレン「頑張ろう、オレたち。って感じ」 ラス「今回、超赤字ー。どっかで補填しねーと」 レツ「気合気合!」 フォスター「お待たせ。いざという時の神出鬼没?」 カレン「君はいつも美味しいところで現れる。オレは嬉しいよ」 シタール「パダ直送。取れたて活き活き魔晶石」
◆ ライニッツを待つギグス。
ギグス「ライニッツ…来ねぇ…。ライニッツ…。ライニッツ…」 レイシア「ねぇ、遅刻する人にちゃんと地図で場所伝えた?ここまで道を知っていないと、強烈に迷うと思うんだけど」 ギグス「あ…」 ラス「くよくよするな。来れないなら来れないで、奥さんと三角関係にならなくてすむ」 ギグス「何、その慰め!?」
◆ 終末のもの出現
ラス「バケツ一杯に入れた魔晶石を井戸に放り込む」 シタール「もったいねぇ、ヤメロ。それで倒したら流石に身も蓋もねえ」 ラス「リヴァースが落とした魔晶石でダメージ与えたんなら、こっちも落とせばイケるんじゃね?」 ウインドボイス「あれは間違い。手に絡みついた触手を振りほどいた際に魔晶石を打ち込んだ、に変更。直接打ち込みでないと無効。なので井戸に掘り込んでも無効。それから、扉は井戸じゃなくて人形。なので、井戸以外からもわらわら出てくるぞ。ちなみに、井戸が扉かと聞かれて、ジュリアスは何も答えていない」 ラス「待てやコラ」
レツ「ラスさん、言ってる間に井戸から出てきたぞー!ゴキゴキ」 カレン「これだけ戦士が揃ってるんだし、いきましょうや。肉弾戦」 シタール「とにかく火力ある武器でぶん殴ったほうが効くやな」 ラス「前衛頑張ってー」 ギグス「その前に共通語で"魔力付与"を」 フォスター「"魔力防護"。鎧も大事ですよ。援護援護。攻撃魔法は苦手です」 ラス「忘れる前に、"風乙女の守り"」 ライニッツ「……遅れてきたヒーロー、到着しました。まだ必要?」 ギグス「おおおっ」
◆ 戦闘
フォスター「シタール『俺、この仕事終わったらレイシアと正式に所帯持つんだ』」 レイシア「え」 ライニッツ「こうして、死亡フラグが立ったという話ですね、わかります」 触手毒触手毒(2回命中) シタール「げふっ」 レイシア「シタール、シタール、嘘!…嫌ぁーー!」 シタール「う…っ! 悪い……レイシア……。俺の意思を継いで、エナンを育ててやっ…て…く………」 セシーリカ「あーはいはい。"治癒" "治癒"」 ラス「容赦が無いなぁ、セシーリカは」 カレン「君たちも同じ事をやる危険性があるということに、気付くといいと思うよ」
レツ「どらぁ、お次は……でっけェェ!」 ジュリアス「ロジーヌ製の扉から呼びました、純度最高、特製仕上げです」
触手毒触手毒触手毒(3回攻撃) レツ・ギグス・シタール「どあぁぁ」 ライニッツ「レツが吹っ飛ぶと、派手ですね」 レイシア「命の精霊!」 カレン・セシーリカ「"治療"!」 ギグス「回復魔法で魔晶石が尽きそうだ…」 フォスター「回復しましたね。じゃあ、鼻血拭いて。いってらっしゃーい」 レイシア「前衛は悲惨ね…」 カレン「肉体労働者の悲哀。社会の縮図だ」
ラス「魔晶石入りの皮袋を矢に括りつけて"風の矢"とか」 ギグス「"風の矢"の魔力分しかダメージにならないんじゃねぇか」 シタール「ちなみに魔晶石分ダメージは、おつりは戻りません」 ラス「ならトンネル!落とす!」 セシーリカ「大きすぎて落ちないぞー」 ライニッツ「結局、正攻法が一番です」
◆ アンデッド
シタール「やっと倒したぞコラー」 ラス「フッ、ようやく主役の出番だな…」 (アンデッドうぞうぞうぞ) ラス「180度ターン!」 ギグス「まだアンデッド軍団のお掃除が残ってるのかよ」 フォスター「援護はしますよー。ゾンビに"治療"!」 ライニッツ「攻撃魔法じゃなきゃいいんだ…」
◆ ジュリアス
ラス「今度こそ親玉が来たな。"風乙女よ、あの野郎の言葉を奪え!"」 フォスター「それは展開上、ラスボスに効くのは駄目でしょう」 ジュリアス「ではご期待通り。"神力爆発"!」 シタール「レイシア逃げろ!」 セシーリカ「……"治療"、"治療"……。ショウの精神点も使い切って。ばたっ」 フォスター「…こちらも切れました」 レイシア「最後の1回、シタールっ」 シタール「お…オレもそろそろ、年貢の納め時かな…」 ライニッツ「またやってる」 カレン「…自分の分は自分で治すよ。少し寂しくても」
◆ 最後
レツ「渾身の一撃。うーらぁぁ!!」 ジュリアス「ああ。これで漸く苦痛が終わる。この世は一切皆苦。死こそ我が救い、滅びこそ我が望み…」 シタール「えぇ、何でお前がオオトリなの!?」 レツ「がはは、当然!実力だ」 フォスター「お静かに。悪役最期の台詞は、黙って聞くのがマナーです」 ラス「オラ言いやがれ。断末魔」 ジュリアス「それではただ今をもちまして、"永久輪廻転生"が発動しました。ひとまずさようなら。次の滅びでお会いしましょう」 全員「ええー!?」
◆ 戦い済んで夜が明けて
カレン「みんな、お疲れ様」 レツ「あー、いてー」 セシーリカ「誰か精神力分けて起こしてー」 ギグス「オオオ、家に帰るぞー!」 フォスター「家庭持ちは、いいですね…」 シタール「死んだは人いませんかー」 打ちもらしゾンビ「はーい」 ラス「そこ、返事しないー」
セシーリカ「輪廻転生か…」 カレン「ジュリアスはどこに生まれ変わるのだろうか」 フォスター「問題が起きるとしたら、10数年後以降ですね」 レイシア「それまでの猶予って事?」 ラス「いやどうせその前に…」 カレン「それは言わないお約束」 フォスター「今回のことはしっかり記録しておきましょう。伝承伝承」
ラス「ところで、なぁ、知っているか。この戦闘、報酬無いんだぜ」 ライニッツ「それを今、言わないで下さい…」 レイシア「戦いって空しいのね…」 ギグス「オランを守れれば満足だ!」
カレン「…空が白んできたな」 セシーリカ「うわー、何時間戦ってたんだろう」 レツ「勝利の朝焼けだ!」 シタール「ハッハー、どうだ。全員生き残ったぜ!」
「冒険とは、生きて帰ることである」 「それって誰の台詞だっけー?」 |
| |
| 未然の滅び |
|---|
|
| -- [ 2008/12/16 22:34:03 ] |
|---|
| | 阿片窟で信者虐殺を企てるジュリアスを阻止する為の、直前の「謁見の儀」の場所変更。 そのために、信者たちの誘導を行うのが、スウェン、アリュンカ、バザードの三人だった。
最初は、スウェンとアリュンカの二人でどうやって信者たちを誘導するか、話し合っていた。そこに、バザードが加わった。 「お前もゾンビぐらい相手したことがあるだろう」と、バザードは半ば冗談でラスに阿片窟に連れていかれそうになった。そして、「若手酷使反対ー!会計担当に言いつけまーす!」と言いながら、こちらに来たのだった。
広いスラムで、盗賊ギルドでの、いわゆる下っ端三人。 それだけでは彼ら自身も、心もとなく思われた。阿片窟の方には、最大限の戦力を注ぐ必要があった。だからというわけではないが、彼らは、この場を任された。
「重要な役割だ」 あの得体の知れない奴の言葉が、スウェンの頭に蘇る。ジュリアスに誘導の試みが事前に察知されると、信者たちが危ない。また、たとえ住民の命に関わらなくても、スラムの者が阿片窟へ向かえば、それだけジュリアスと対峙する側の足手まといとなり、彼らが不利になる。本当に下っ端だと思われていたら、任される筈もない任務なのだ。
二人の視線がスウェンに集まる。スウェンは、まだ二人より荒事は経ているためか、三人の中心になっている。自分の意思決定と判断が、この二人の仲間を。そしてスラムの人たちの命を決定するのだ。そうスウェンは思った。
責任。役割。その言葉が重くのしかかった。ラスの兄さんは、いつもこの重圧を背負っているんだ。兄さんはあたしの命に責任を持ちながら、笑っていた。人の上に立つというのは、そういうことなのだ。スウェンは唾を飲んだ。
ジュリアスが邪神の神官を派遣してくるかもしれない。3人は、決して無理せず、何かあったらスウェンが持ってきた呼び子の笛を吹き、集まって堅実に対処しようと話し合った。 広いスラムでどう人の流れを御すればいいのか。 その問題は、意外にすぐに解決した。
アリュンカは、ずっと阿片窟に出入りする人の流れを見ていた。彼女はまた、阿片窟に通じる隠れた路地なども頭に入れて知っていた。スラム広しといえど、阿片窟に通じる道は限られている。アリュンカは、乞食を使おうと提案した。乞食ほど人の流れを知る者はいない。乞食たちに、信者たちの歩くルートに、看板を直前に立ててもらう。「『謁見の儀 場所変更:謁見の儀は砂沸きの新神殿にて開催」と書いたものだ。万が一、昼間に阿片窟に来ようとする者には、直接声をかけてもらう。謝礼は、一人当たりほんの数枚の銀貨だった。
また、バザードは人の口伝に直接場所変更を伝えた。少年の風情を残す彼は、年嵩の女性には受けが良い。そうした女性はスラムの情報の中心だ。バザードは、夕餉の支度の前の時間に井戸端を回り、場所変更の旨を、主婦たちに伝えた。 それが終わってから、阿片窟に行く住人や出てくる神官がいないかを偵察した。
これらが功を奏して、誤って阿片窟のほうへ行く信者は皆無だった。皆、新神殿のほうへ向かったようだった。
満月が高く昇り、もう大丈夫かとアリュンカが胸をなでおろしたとき。 ある男が、阿片窟入り口の手前あたりの井戸を覗き込みながら、衣服をまさぐっていた。
「どうしたのカナ?」
アリュンカは、後ろから呼びかけた。男は、後ろを振り向いた。 そして、おもむろに神の名を唱えた。衝撃。アリュンカの身体が切り裂かれた。 急所ではない。痛みを堪えてアリュンカはダガーを出す。相手もこちらを睨みながら光り物を抜いている。
アリュンカは、スウェンから渡された呼び子を吹いた。ピーッ、と甲高い音が寒天に響いた。
幸い、近くにいたスウェンが駆けつける。スウェンが投げたダガーが、男の足を裂いた。男から再び邪神の魔法が飛ぶ。 こいつは問答無用で自分たちを殺そうとしている。容赦する余裕は無い。 そう思い、彼女らは二人がかりで前後から相対した。 そして、アリュンカが引き付けている間に、スウェンのダガーが、男の喉元に潜り込んだ。
「滅びを。滅びを…」
男はそう呟いて、こと切れた。 人を殺した感覚。この人にも兄貴や親父はいるのだろうか。スウェンは吐き気をかみ殺した。その感覚に、浸ってもいられなかった。
「この人、ルーザだ。刺青師ダヨ」
荒い息を整えながら、アリュンカが言う。男のはだけた服から、蟻の刺青が胸に見えた。 男の服に触れたとき、ガチャリという、容器のぶつかる音がした。ルーザは、小さな容器を何本も衣類に忍ばせていた。 アリュンカは何だろうと容器を空ける。中には、緑色の、どろりとした液体が入っていた。強い腐臭がある。
うげっ、とスウェンは悲鳴を上げた。 上司への報告の際の出来事が蘇った。
「なんすか、そのメモ。…うわー、えげつない事件ですね」 「この最後の『保存の魔法』ってのが良く分からねーんだよな…」 「この、緑腐病の死者の泥を保存して、後でどっかで使おうってハラを、勘ぐっているんじゃないっすかね?」 「……てめぇ」 と、上司は思いっきり嫌な顔をしていた。
「焼こう。ヤバすぎる。即刻コイツの身包み剥がして、持ち物全部焼こう」 スウェンは火打ち石を取り出した。
「手袋をしていて、ヨカッタよ…」 炊きつけ用の枯れ草を周りから集めながら、アリュンカは己の備えの良さと、それを躾けてくれたギルドに、感謝した。
井戸を見ると、緑の泥が中に付着しているなどの様子は無かった。 念のため、「使用禁止」の看板を作り立てておいた。 それから、アリュンカは乞食たちに聞いて回り、ルーザが他の井戸を訪れた様子は無かったかどうか確認した。幸い、その様子は無いようであった。念のため、すこしでも腐臭がする井戸や、緑泥が欠片でも見られたら、絶対に近寄らず報告するようにと言い含めた。 二人は、破壊神の信者のもたらす疫病の滅びから、結果的にスラムを救ったのだった。 人知れずに。 そして、それを喜ぶ余裕もなく、心底肝を冷やしたのだった。
あとからやってきたバザードも、顛末を聞いて身震いをした。 そして、バザードは、人の流れが終わったころを見計らい、後のことを二人にまかせて、「砂沸き」の神殿に向かった。どうしても気になる。 そう逸る心をおさえつつ。
|
| |
| 決戦(1) |
|---|
|
| シタール [ 2008/12/18 0:43:11 ] |
|---|
| | 「すみません。遅れました。」
戦闘が始まってすぐにライニッツは遅れてやって来た。 何処で手に入れたかしらねえが大量の魔晶石を携えて。ホントよ。みんなして酔狂もんだよな。全員大赤字は確実だな。 「よう。遅れてきたヒーロー。ようやく到着か。」 ラスが風の守りを唱えた後にそう言ってライニッツを茶化した。 「すみません。最後の最後まで決心が付かなくて…。」 そう言って苦笑すると。杖を構えて呪文の詠唱を始めた。 「これで役者が揃ったな。片づけるぞ。」 カレンは借り物の魔法の小剣を抜くとそれに向かって駆け寄った。
─思いの外、早くケリがつくんじゃないか。
最初の手応えからそう思ったが世の中はそんなには甘くなかった。 「クソ。次から次にとよ!ウザってなぁ!」 ギグスがそう吠えながら以前手に入れた魔法のカトラスを振りおろす。『ソレら』に触れた瞬間に深紅の光を放つ。 光浴びた箇所が縮みひるむ。そこにレツの旦那が火炎武器がかかった大剣でとどめの一撃を入れる。 「これでようやく二体ですか…。」 旦那に火炎武器をかけ直したライニッツが呟く声が聞こえた。
そう「ソレ」は一体ではなかった。それどころか先ほどから増える一方だ。奥で「奴」がどんどん呼び寄せている。 最悪だ。流石これほどモノをポンポンと呼び起こせるほどの高位の司祭だとは想像もしていなかったな。 先に奴を片づけたいところだが、一体の馬鹿でっかいソレが俺等に立ちふさがるようにいやがる。
さて、どうするか。「ソレ」がどんだけ出てくるかは分からない。無尽蔵に出せるのか、それともある程度の数で済むのか。 ソレがわからねえ状態でひたすら片づけても良いものか。 いくら山ほど魔晶石を持ってきていて魔法を掛ける負担が減ってはいても、前でドンパチやってる俺等には体力の限界って奴がある。一か八かでも勝負を書けた方が良いんじゃねえか…俺はそう判断した。
武器を構えなおして視線をフォスターにやる。目が合う。それだけ察したのか魔法を唱えた。 身体に何かがまとわりつくような感じ。ああ。これか。あいつがパダでみつけたと言う失われた魔法。 「本当は学院に報告しないと行けないんですけどね。どうも、面倒くさくて。」 パダで飲んでいる時にその話になった時にフォスターの奴はまた「面倒」の一言でこんな大事な発見をほったらかしにしやがった。ホントあいつらしいけどな。 「余り長く持つ魔法じゃありません。気を付けて下さいね。」 「わぁーってら!ギグス!旦那!ちっとの間、二人で踏ん張っといてくれ!」
「おい!?おまえなにしやがるって。うぉぅっ!」 レツの旦那が答えようとしたところに触手の一撃が入って吹っ飛ぶ。ここで突っ込んだらヤバイか…そう思ったが、その穴を埋めるようにレイシアが剣を抜いて入ってきた。 「おい!?」 「大丈夫よ。かわすだけなら私だって出来る。だから…行って。」 そう言ってにっこりと笑いやがった。 何か気の利いたことでも言えばいいのか知れねえけど、ぱっとうかばねえし。じっくり考えている余裕も無い。 「応。」と一言残して俺は奴にめがけて突っ込んだ。 「シタールさん!?」 「馬鹿!止せ!それはちょっと無謀だろ!」
「意外と無謀なのですね。戦士殿。」 奴がそう言ったのに呼応したかのように奴の前の『ソレ』は触手がこちらに向けてきた。 一本、二本とかわす。…よし。これで暫く攻撃をこねえ。そこで俺は思いきって上へと思い切り跳んだ。
「何!?」と奴の驚く表情が見える。そりゃそうだろう。まさかでかいそれを飛び越えて向かってくるなんて想像もしてないだろう。俺は無謀でこんなコトするほどは馬鹿じゃねえ。さっきからやり合って最中に出せる触手が二本であることを分かっていた。それをかわした直後にまたごして奴を狙えば…。俺は目論見は見事に成功する…かに思えた。
三本目の触手が俺を貫いた。腹が焼けるような感覚と後方へと吹っ飛ばされる感覚。 そしてそのすぐ後に来たのは地面に叩きつけられる感覚。
「残念でしたね。戦士殿。」 そう言って奴はこちらを冷ややかに見下ろしていた。何か言い返してやりたいところだが、既に意識を保つのもやっとだ。 「シタール、シタール、嘘!…嫌ぁーー!」 ってレイシアが叫ぶ声が妙に遠くから聞こえる気がする。ああ…見るからに俺やばいんだな。って言うことは死ぬのか。そんなことを思った。死んで溜まるかと思うが力が一つも入らない。3年前と同じ…いや、それ以上か。 「…わ、わりぃ。やら…かした…。」 セシーリカに遺言でもと思って力を振り絞って言おうとしたが。 「あーはいはい。遺言は後でゆっくり聞くからちょっと黙っていてね。」 そう言って領に魔晶石を握りしめて祈りを捧げた。白い光が俺に入っていく。とたんに身体が楽になる。 セシーリカが握りしめた魔晶石は一気に砂と化した。
「お前。容赦ねえな。」 そう言ってぶつぶつ言いながら立ち上がるとフォスターが近づいてきた。 「失敗しましたね。あれだけのサイズだからもう少し触手が出せてもおかしくはないとは思ったんですよ。」 と悪びれずにそう言いやがる。
「お前…そう言うことはやる前に言えよな。」 俺はそう言って立ち上がって斧を構え直す。いつまでもここで休んでる場合じゃねえしな。 「先ほどから出現する数も減ってきています。そろそろ限界かも知れません。まあ、それはこちらもですが。」 そう言って懐からハンカチを出すと。俺の口元を血を拭った。 「回復はしましたね。では、いってらっしゃーい。」
「レイシア下がれ!後は任せろ!」 そう言ってレイシアを下がらせて前に出る。 寝っ転がってる間に小さいの2体ほど片づけたらしい。後は小さいのが一体と…奴の前のでかいのが一体。 「わりぃ。ヘマした。」 「気にするな。」そう言ったカレンには疲労の色が見える。戦いながら時々は治療の奇跡を行う。ソレがどれだけ負担になっているかが分かる。よく見るとパンパンだった魔晶石を入れた革袋は薄っぺらくなっている。 「こりゃ。回復魔法で魔晶石が尽きそうだな。」 「じゃあ、そうならねえようにさっさとケリ付けねえと…な!」 ギグスのぼやきに合いの手を入れつつ俺は目の前のそれを斧でなぎ払った。
残りは…奴の目の前の一体だけだ…。
|
| |
| 決戦(2) |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/18 4:00:35 ] |
|---|
| | 事前に準備したのは魔晶石だけじゃなかった。 その魔晶石を鏃(やじり)代わりにした矢も用意する。 「……スリングのほうがめんどくさくないんじゃないか?」 カレンがそう言って、俺にスリングを渡す。 それで直接たたき込めよ、とシタールが笑った。 「そうか。なるほど。…………で、これを使う時のコツは?」 そう訊ねると、シタールとカレン、そしてレイシアまでもが「は?」と口を開けた。 「…………ラス。おめぇ、使ったことねぇのか」 「……ぇーと。2回くらい? スウェンが以前練習してたのをちょっと貸してもらったことはある」 レイシアはさっさと俺からスリングを取り上げた。 「わたしが使う。ラスのお兄さんは矢を使えばいいよ。弓使えるんだよね?」 「スリングよりはまだ馴染みがあるな。これでも森育ちだ」
シタール、ギグス、レツ、そしてカレン。前衛たちが踏ん張っている間、レイシアと俺は“終末のもの”たちに魔晶石を打ち込んでいた。 そう。「たち」。複数なのが予想外だった。 「うァッ!」 前方で、ギグスの叫び声が聞こえた。その隣にいたカレンがすぐにチャ・ザへの奇跡を願い、後方にいる俺にちらりと視線を投げる。 “風の守り”の効果もきれたか。矢をつがえるのをやめて、腰に下げた袋から大きめの魔晶石を幾つかつかみ取る。 「シルフ、戦士どもを守ってやってくれ」 そうやってシルフに呼びかけるのも何度目か……普段はこんなに多用するような呪文じゃない。魔晶石がなかったらとっくにぶっ倒れてる。 ただ、敵の数も確実に減っている。うようよと不定形のものたちは正確に何匹いるのかはわからない。そいつらが倒れたからといって、地面に落ちている死体を数えるわけにもいかない。どろりとした毒の塊が残るだけだからだ。
シタールが、フォスターの魔法──遺失魔法を隠し持ってるなんて、とんでもねぇ野郎だ──を受けて、ジュリアスへと向かっていく。 その援護にレイシアが走る。 “風の守り”はまだある。 シタールが向かっていった残りの一体に向かって、ギグスとレツも走っていく。 フォスターとカレンも支援のために走っていった。 「ラスさん、セシーリカさん、我々もいきましょう。魔晶石はまだ手元にありますね?」 俺の隣でライニッツが言う。俺とセシーリカがそれに頷いたその時、背後に違う気配を感じた。 戦闘の昂奮や緊張とはまた別の、有無を言わさぬ悪寒が背筋を走り抜ける。 不死者の気配だ。 「行く前に一仕事だ。不死者が来る。奴らはのろくせぇが、踏ん張ってる戦士どもの背後を襲わせるわけにはいかない。カレン! 戻ってこい! 不死者だ!」 そう叫んでおいてから、セシーリカ、と叫ぼうとした。が、その時既にセシーリカは、呪文の詠唱を始めていた。 「風の咆哮、光の疾走、始源の巨人の大いなる息吹き……」 その詠唱が終わると同時に、“雷光”が走る。 まだ遠い位置にいた不死者どもは、それで一気に歩みが遅くなった。 半ば反射的に“光霊”を幾つか呼び出そうとして、自分がかなり消耗していることに気が付く。皮袋から魔晶石をつかみ取った。小振りのでいい、と選び取る程度には判断力が残っていた。 “雷光”にもやられていた不死者のうち2体がそれで崩れた。 直後にライニッツが、古代語の詠唱をする。 「万物の根源たるマナよ、光の矢となりて疾れ!」 更に1体が腐肉の塊になった。 残り4体。
その時、前線からシタールのくぐもった声が聞こえた。レイシアの悲鳴が、夜明け前の一番暗い闇を切り裂く。 「あ。向こう、危ない! こっち、まかせていいよね!」 周囲に“雷光”の余韻がまだ残る中、セシーリカが顔色を変えて前線へと走る。 確認はとらない。俺も振り向かなかったし、セシーリカも俺の返事を待つようなことはなかった。 セシーリカとすれ違うようにして、カレンが俺の背後に走り寄る。息を整えながら呟く。……さすがに息は乱れてるか。 「……オマエら、こっち振り向くなよ」 チャ・ザの名を口にする。控えめに、けれど堂々と。次の瞬間には背後にまばゆい光が生まれた。 残り2体。
「いいぞ、今だ!」 ギグスの声がした。 位置関係を思い出す。俺とライニッツ、カレンは前線に背を向けている。 ジュリアスと最後の“終末のもの”に向かう前線は、シタール、ギグス、レツ、それにレイシアとセシーリカ、フォスターが支援に入っている。 俺たちとシタールたちは、互いに背を向け合う形だ。 それに相対していたジュリアスが、カレンの“聖光”をまともに見た可能性は高い。 “終末のもの”には効かないかもしれないが、生身の身体を持つジュリアスにはたまらないだろう。 そこで生まれる一瞬の隙。 その間、少なくともジュリアスから破壊的な暗黒魔法が飛ぶことはない。 あいにくと、仲間の中には、その隙を見逃すようなぼんくらはいない。 「うぉっしゃーっ!! やっと倒したぞコラー!」 腹を振るわせるような声を上げたのはシタールだ。ついさっき吹っ飛ばされていたばかりなのに、どこまで頑丈なんだあの野郎は。
「ラスさん、残りの2体、右をお願いしますね。僕は左を担当します」 「了解。一撃で落とせよ。あんなのと接近戦やりたくねぇ。服が汚れる」 ライニッツの“光の矢”と、俺の“光霊”が弾けたのは同時だった。 「……よし。支援に戻るぞ」 カレンの声に頷いて、俺たちは前線に戻った。
いや、戻ろうとした。 俺たちと前線との間はほんの20歩ほどの空間。そこに割り込むようにして、新たな不死者が姿を現した。2体。 どこから、と訝る暇はない。立ち止まって呪文を唱えるにはこちらの準備があまりに整っていない。 ギグスのすぐ背後だ。 「ギグスさん、後ろ! 不死者です!」 俺が叫ぶより早く、ライニッツが叫んだ。 ギグスは、ライニッツの最初の一声を聞くと同時に振り向いている。カトラスを構えたまま。 ライニッツが「不死者です」と言い終えた時には、既にカトラスを振りかぶっていた。いいコンビネーションだ。 それにほんのひと呼吸遅れてフォスターが神の名を呼ぶ。負の生命力である不死者に正の生命力を叩き込むことで滅ぼそうとする。こんな時なのに、フォスターが紡ぐ神聖語はまるで歌うようだ。運命を司るという神、ヴェーナーの名。 フォスターとギグスの連係で1体は視認してすぐに崩れ落ちた。 運命の神が味方してくれるなら万々歳だ。 確かもう1体、と視線を巡らせた先で、シタールの斧とレイシアの“光霊”が最後の1体を落としていた。
俺たちが前線に辿り着くと、そこには、今までよりも一段と凶悪な毒の塊が地面にしみこみ、嫌な臭気を放っていた。 その後ろにはジュリアス。
|
| |
| 決戦(3) |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/18 4:11:01 ] |
|---|
| | 金の髪、碧の瞳。よく通る、柔らかで透明な声音。 「……おやおや。私の大事な人形たちを、あなたがたは全て壊してしまったのですね」 それこそ自身が人形のように秀麗な顔でジュリアスがそう言った。 沈みかけている月の蒼い光がその白い頬に影を作る。 「次に壊れるのはてめぇの番だぜ。……シルフ、あのクソ野郎の言葉を奪え!」 後半は精霊語で叫んだ。シルフがジュリアスのもとに走り、そして虚しくそこでくるりとまわり、精霊界へ戻っていった。 ジュリアスは、わずかに顔を顰め、一度首を振る。 「そう簡単に言葉を奪われるわけにはいきません。ああ……この世界というのはなんて束縛に満ちているのか。精霊使いごときが幅を利かせるとは。……いいでしょう。私はあなたがたに討たれてもいい。私の人形たちが壊されてしまったのなら、今生で私が出来ることはもう無いと言っていい」 けれど、と呟いて、ジュリアスは微笑んだ。 「あなたがたが生きる意味もない。来たるべき完全なる世界、美しいその世界に、あなたがたは要らない。──カーディスよ! 破壊の後に来たる美しい終末の女神よ! 彼らに破滅を!」 ジュリアスを中心に、衝撃波が走った。同心円状に広がる“気弾”。破壊の波が身体を突き刺す。 あちこちから悲鳴が聞こえる。 「お……俺もそろそろ年貢の納め時かな……」 そんなふざけたことを言ってやがるのはシタールか。そう認識した時には、俺も地面に膝を突いていた。 視界の隅で、カレンの足がよろけるのが見えた。 直後にはあちこちで神の名と、生命の精霊に呼びかける声が聞こえた。カレンは自分で自分を治したようだ。 俺の肩にはセシーリカが手を触れていた。 「……ごめん、ラスさん。これが最後」 ぎりぎりまで気力を使ったのか、セシーリカがその場にへたりこんだ。 セシーリカを隅に行かせて、立ち上がる。
ライニッツが戦士たちに“身体強化”の呪文を放つ。これで最後です、と呟いたその掌から魔晶石の残滓が零れた。 ギグスがカトラスを振りかぶる。真紅の光がその魔剣を彩っている。 カトラスは一歩下がったジュリアスのローブの裾を切り裂き、その脛には真紅の光が移ったかのように、血の色が滲んだ。 ジュリアスが一瞬よろけた隙に、俺の前を通ってカレンが斬りかかった。 その隙にカレンの背後で精霊に呼びかける。バルキリー。戦乙女。俺にとってはこっちの“死を司る女”のほうがよほど馴染みだ。 カレンの斬撃で更に体勢を崩したジュリアスに、“戦乙女の槍”が突き刺さる。 それを見届けると同時に、くらりときた。……やべ、俺も限界だったかな。
「は……はは。素晴らしい! 私はこの世界から逃れられる! この……、醜悪で、おぞましく、不完全な世界から! 苦しい……、そうだろう? この世界は苦しい! ただ生きているだけで、なぜ蔑まれねばならない? なぜ痛みを覚えなければならない? 苦痛も恥辱も喪失も悲哀も飢餓も何もかも、破壊だけが救ってくれる! 人は皆、破滅に向かうだけの生き物だ。老いる苦しみも病む痛みも、全ては破滅に向かう道筋に過ぎぬ。ならばそれを早く終わらせるほうが良いのではないか……? そうだろう? 母は喜んで死んでいった! ロジーヌは血腥い身体を捨てて別の世界へ旅立った! ……あなたがたは拒むというのか。この大いなる慈悲を。死という救いを。破壊という美しい手段を。カーディスよ!!」 透き通る声で、血を吐きながらジュリアスはそう語った。そしてカーディスへと再び呼びかけようとする。 「うーらぁぁ!!」 その声を遮ったのは、レツの怒声だった。 レツの剣が、ジュリアスの胸に深々と吸い込まれる。 レイシアの手当を受けてようやく立ち上がったばかりのシタールは「おまえがオオトリかよ……」と呟いていた。
「……素晴らしい、なんと麗しい絶望。汚れた身体を捨てられる時が来る。この身の破壊によって、私は全ての苦痛から解放される。……ああ、痛い。痛い。はははは。痛い! 素晴らしい! これが破滅への道! 私が、望んだ通りの……、カーディス……慈悲深き破壊の女神。私に慈悲を。そして私はこの魂を以て貴女に報いよう。貴女の下僕となりて、次なる生も貴女のために破滅への導き手の1人とならん」 その声を聞いて、フォスターが叫んだ。 「いけません! 誰か……っ! その誓いを最後まで言わせてはいけません!」 「カーディスよ。我が卑小なる魂をその大いなる輪廻へと組み込み給え」 フォスターの声にシタールが斧を構えたのと、ジュリアスが最後の一言を終えるのは同時だった。 レツの足元で、ジュリアスの身体が最後の息を吐き出して崩れ落ちる。 「……ああ……」 フォスターががくりと膝を突く。フォスターもとっくに限界だった。 「おい、今のは……なんだ?」 カレンの問いに、フォスターは力なく答えた。 「……“永久輪廻転生”です。もちろん、ろくな記録は無いので、伝説上の奇跡とも言われています。永久に……輪廻転生を繰り返すんですよ。カーディスに捧げる破壊のために、何度も何度も生まれ変わるんです」 「それを……止める方法は?」 青い顔で問いただしたのは、会話を隅で聞いていたセシーリカだ。 本来、輪廻転生はマーファの考え方だ。生を終えてひと時休んだ後に、また新たな生を受ける。受け継がれる魂が豊穣なる恵みを受けられるように、善い行いをと説くのがマーファだ。 けれど……カーディスとマーファは表裏であるという説もあると聞く。生と創造を司るマーファに対し、死と破壊を司るカーディス。豊かな実りを刈り取る大いなる鎌は、カーディスが振るう死の鎌でもあるという。 「現世界を破壊しつくして、終末へと速やかに導き、その終末の後に新たなる女神として立つのがカーディスだという信仰があります。もしもその信仰に拠る最後の奇跡であったならば……もう発動してしまいました。止められません」 フォスターが首を振る。
「……まぁ、アレだ」 どっかりとその場に腰を下ろしてあぐらをかき、息をついたのはシタールだ。 「生まれ変わるとしても、今夜すぐに新しいジュリアスが襲ってくるわけじゃねえんだろ」 「あー。そりゃそうだな。猶予はあるな」 ギグスがカトラスを鞘に収めた。 「問題が起こるとしたら、早くても十数年後です。今回のことはしっかり記録しておきましょう」 フォスターも枯れ井戸の縁に腰を下ろした。 「それまでの猶予ってこと?」 レイシアが首を傾げる。 そうだな。とりあえず今夜は終わった。
「ところで、なぁ、知っているか。この戦闘、報酬無いんだぜ?」 俺が笑ってそう言うと、ライニッツが肩を落とした。 「それを今、言わないで下さい……。今月、資料の本を買ってしまって、財布の中身が心許ないんですよね……」 「いいじゃねェか! オランを守れれば満足だ!」 はっはっは、と笑うのはギグス。また金にならない仕事なんかして、と帰ったら女房に怒られるくせに。 「……空が白んできたな」 カレンが空を見上げた。釣られたようにセシーリカも上を向き、ほんとだ、と呟く。 「うわー、何時間戦ってたんだろう」 「勝利の朝焼けだ!」 レツはゴキゲンそうだ。きっと宿に戻ったら、カインとジッカに「おれぁオランを救ったんだぜ。邪教の首領の、心の臓を貫いたのは俺様の剣よ!」と自慢するに違いない。 「ハッハー、どうだ。全員生き残ったぜ!」 シタールが、両手を突き上げた。
まぁ……とりあえずそれだけでもよしとするか。 |
| |
| 冬の曙光 |
|---|
|
| リヴァース [ 2008/12/20 0:23:42 ] |
|---|
| | 新神殿は、集会室のような構造だった。 椅子や机の並び替えによって、作業場や教室になる。隅には、黒板や大工道具などがある。
天井には、明々と夜間作業用の灯が燈っている。住民がスラムで育てたモリンガの油がランプの燃料である。その周りに、手作りの樅の木飾りや鈴、造花などがぶら下がっている。過ぎ越しの祭りの準備として飾られたものだった。 その下で、湯気を立てて炊き出しが配られている。
信者が集まったのを見計らい、前に座り込んでいたムリーリョが言った。
「突然の変更、すまなんだな。阿片窟の神殿は古いので、大人数で詰め掛け、崩れて怪我する者がでると困るので、やはりこちらにした。ジュリアスは残念だが今日は欠席だ」
場は、すっかりお祭りめいた雰囲気だった。 ムリーリョは、司祭というよりは司会である。 ジュリアスが途中で勘付いて、得体の知れないモノか何かを派遣してくるようなことは、ひとまずなさそうだった。
「それで、女王であるが。すでにそこに皆に混じって座っておる」
ムリーリョが指を指した先に、視線が集まった。 そこでは着飾ったヘザーが、にへっ、と笑って手を振っていた。
「今年の女王はヘザーだが、来年は薪売りのタニアの娘さんか、乞食のウルの姪っ子か。誰がその『役割』になるかな」
「おや、あたし自身じゃだめなのかい」 そうタニアが返すと、衆からどっと笑いが漏れた。
何だろう、この、和気藹々とした具合は。 と、後ろから半ば呆れながら眺めた。
「女王」。狂信めいた差別集団の救いの主、というイメージがはどこへやら。すっかり、お祭りのマスコットか何かという次元になってしまっている。 同じ集団でも、率いる者が違うだけでこうも印象が異なるのか。 念のため頭に布を巻いているが、今なら耳を露にしても、誰も気づかない気がした。
ムリーリョが、女王から挨拶を、とヘザーを招く。「はーい」と返事をして、ヘザーは前に出た。きょろきょろし、咳払いしてから、ヘザーは考えたことを諳んじた。
「えーと。何を言って良いかよくわかんないから、自分の話をしたいと思う。 オレは、拾い食いばっかしてた孤児だった。腹減ってたまらなかったときに、カレンの兄さんに拾われた。食わせてもらって、字や計算を教えてもらって、旅に連れて行ってもらって、いろんな人に会わせてもらった。
それはオレが特別だったからじゃなくて、たまたま運がよかったからなんだと思う。でも、オレ、なんでカレンがそうしてくれるのかわからなかった。何でオレなんだろうと思って、捨てられるのが怖くなったときもあった。カレンに付いて行くためにすっごく頑張んなきゃって思ったこともあった。ずっとなんか不安だった。
それで、カレンの兄さんに、オレが、カレンから勉強したことを、今度はエナンや一緒に井戸を掘って仲良くなった人たちに教えること、それが仕事だ、って言われた。オレ、すっごく嬉しかった。オレでもできることがあるんだな、って思った。それで、何でオレ?って思う以前に、まず何でもいいから自分でできることをひねり出して、やってみるのが、大事なんだな、って思った。
それから、この女王の服は、皆が布や飾り物を持ち寄って、縫ってくれた。オレも、裁縫も刺繍も教えてもらって、一緒に縫った。井戸もそうだけど、みんなで何かを作るのって、楽しいなって思ったし、自分でやれること少しずつみんなと一緒にやって、やれることを交換しあうと、もっと色々と新しい、役に立つことができるんだな、って思った。スラムのみんなには、いろんなすごい力があると思った。
えっと、それで、オレは、ほんとの『女王』はみんなの心の中にいると思う。 自分で何かできる。そう思う心が、女王なんだと思う。 オレは、カレンやエナンやみんなのお陰で、オレの中に女王があるって気が付いた。オレは、オレが何かできる、ってことが、今、楽しい。
だから、みんなに、自分のなかの女王を見つけて、大事にしてほしい。他の人の心の中の女王を、分け合ってほしいと思う。そうすれば、みんなで、役に立つ、便利になることを、やれると思うし、これからもいっしょにやれたらいいと思う」
そしてヘザーは、こんな感じでいーかな?と、ムリーリョを見た。ムリーリョは、感極まったように目を閉じて、うんうんと頷いた。
大きな拍手が起きた。照れながら席に戻ったヘザーの頭を、タニアたちが「えらいねぇ、えらいねぇ」とぐりぐり撫でていた。
「わしからはもう言うことは無い。皆には、それぞれの力がある。そのそれぞれの役割でもって、住み良き場を作ろうではないか」
とムリーリョが纏めた。
そして、過ぎ越しの祭りに向けて、造花を作って売ろう、という企画になった。
材料を調達する者-造花を作る者-造花を運ぶ者-造花を商う者-作成方法を教える物-利益を管理する者、などの役割ができた。皆がそれぞれの能力に応じて、どの役割に入るのかを決めた。
その中で、この場合「忌物」とは何になるか、という話になった。 材料を奪い合う者がいないかどうか。自分たちの活動により不利益を被る業者はいないか。そうしたことが話し合われ、問題を未然に防ぐ考えを出し合った。
そう来るか、と思った。 自分たちが内在する力にどう働きかけあうか、その例を、造花製作で示す。そして忌物を問題解決の対象にした。
そもそもスラムの生活は厳しい。日々を生きるにもかつかつの収入だ。余力などどこにもない厳しさの中で何かを始めるというのは、大変なものだ。その最初の動力を生むのが、ムリーリョの目的であるようだ。
結局、ムリーリョは、信仰云々以前に、ニルガルの教えの都合の良い所取りをして、役割と活動に当てはめる道具にしているに過ぎないように思えた。 段々、ムリーリョが本当にニルガルの司祭かどうかも怪しく思えてきた。さすがにそれは穿ち過ぎだとは思うが。
女王の挨拶に悩むヘザーに、「皆がやる気を出して、何かしたい、何かできる、と思えるような言葉を、自分で考えて述べてくれればそれで良いぞ」とムリーリョは言っただけだ。そしてヘザーは、頭を振り絞って言った。子供がそこまで考えて言った言葉だ。大人が刺激されないはずはない。
ムリーリョはここまで計算してヘザーを選んだのだろうか。 いや、ヘザーを女王に指定したのは、ジュリアスだった。ジュリアスは単に、ヘザーを生贄として良い年齢と容姿であるとし、それに合うように神託をでっち上げただけだ。 それをムリーリョが、短い間に、自分の教えに都合の良いように利用した。大したタヌキだと思った。
いつのまにかバザードもやってきて、話し合いに加わっていた。すっかり顔なじみである。 造花作りの企画は夜半にまで及んだ。
「これで、わしがおらんでも大丈夫なようだな」
そうムリーリョが呟いた瞬間だった。 信者たちから、ざわめきが上がった。
扉が乱暴に開け放たれた。 反射的にヘザーの前に出て腰に手をやる。 鎧と幅広剣で武装した数名の男たちが入ってきた。白鎧に車輪の意匠。オラン建国の切り札だった先進的戦術の証。…正規騎士団だ。
「神妙にせよ。車輪の騎士団である!」 先頭の男が叫んだ。
「来たか」 ムリーリョは立ち上がった。自らが招いたかのような口ぶりだった。 騎士達はムリーリョを取り囲んだ。 その最後に、カールが入ってきた。目配せをしてくる。彼が騎士を案内してきたのだろう。
「オッサマを、どこに連れて行くんだ!」 ヘザーが立ち上がって、騎士にしがみつこうとした。ヘザーを留めた。
「無礼を働くな」 そう、隊長らしい男が、部下を諌めた。そして、ムリーリョに敬礼し、「ご同行願えますか」と慇懃に尋ねた。ムリーリョは頷いた。
「それでは、わしの役割はこれで終わりだ。皆、各々が自分にできる役割を模索し、自らを助く行動を持ってくれ。達者でな」
そう衆に言ってから、ムリーリョは、手に縄を掛けられた。そして、騎士団に連れられ、去っていった。
一瞬の出来事だった。信者たちは呆然としていた。
「今のって、逮捕されたということなんでしょうか」 バザードがそう聞いてきた。 要するに、そういうことだった。
「――邪教の司祭の身柄は拘束した。信者は解散せよ。追って沙汰す」 騎士の隊長はそう促し、皆を家に帰らせた。
「僕、ムリーリョさんに言うことがあったはずのに。…僕の村も、貧しかったから。ムリーリョさんみたいな人が領主だったら、僕が村をでることもなかったかな、って。でもそれは僕が街に来たことを後悔しているんじゃなくて。…何を言っているんだろ」 そうバザードは、もどかしげに呟いた。
ヘザーには、ひとまず分神殿に戻りカレンを待つように促した。後をカールに任せた。
公権力に委ねられたことには確かに釈然としない思いはあった。 が、自分が足掻いてもどうしようもない。後は推移を見守るより他は無かった。
解散を見計らい、死闘が繰り広げられたであろう阿片窟へ向かった。
「ハッハー、どうだ。全員生き残ったぜ!」 廃神殿。シタールの爽快な声が白明の空に響き渡っていた。 一同、井戸端で休息している。事は済んだようだった。
「冒険とは生きて帰ること、哉」 声をかける。 「来たな」 カレンが振り返った。
「まだ居やがったか、不死者が」 「こらこら」 腰のものに手を伸ばし立ち上がったラスを、セシーリカが宥めた。 レツら懐かしい顔ぶれと、久闊を叙した。
「うわー、満身創痍の激戦って感じっすねー」 合流したスウェンが、しげしげと周囲を見て言う。
未だ渦巻く瘴気や焼け焦げた不死生物の破片。 後ろで、こちらに来なくて良かったとバザードが安堵の息をついた。
「一個小隊規模の出動が必要でだったようだな」 共に来た騎士隊長ワーレンが言った。証人として同行してもらったのだ。道中、簡潔に経緯は説明していた。
「関係者は、シタール、ラス、カレン、レイシア、ライニッツ、ギグス、セシーリカ、フォスター、レツ。それに、バザード、スウェン、アリュンカの12名か。よく集めたな…」 指折り数えた。 そして、激闘のあらましや、ニルガルとカーディスの邪神二段構えから成る事の真相など、互いの情報を交換し合った。皆、一様ではない感を抱いていた。
「手前ェのクソ伝言のおかげで、大赤字だ。何とかしやがれ」 ラスが現実的なところで毒付いた。
「赤を埋められるかどうかは知らんが。ギグスが奥方に離婚されて恨まれると適わんので、何か考えてはみる。役人には、マナ・ライにも不可能な、時の魔法を操る奴がいるし」 「何だそりゃ」 シタールが眉をひそめた。
ジュリアスの遺体は、井戸端に埋められた。 不死の者となった遺体の検分も行われた。多くが、行方不明になっていた盗賊ギルドやスラムの者だった。ラスやカレンの顔見知りも多く、暫くは葬儀や事後処理、感情の整理でやりきれない思いをすることだろう。
そうしている間に、朝日が昇ってきた。 廃神殿が、冬の曙光に照らし出される。
「やっと調査の続きができる」 「事の発端は手前ェか」 「いや、お前の娼婦好きだ」 朝日の下、言い合った。
「あー、腹減ったー」 とレツが叫んだ。
「終わったな」 どこか名残惜しそうに、シタールが言った。 |
| |
| 新しい朝 |
|---|
|
| スウェン [ 2008/12/20 6:24:15 ] |
|---|
| | アリュンカの姐さんやバザードが一緒でよかった。 それがあたしの偽らざる感想だ。彼らがスラムでの流儀を心得ていて、存分に役割を果たしてくれたからこそ、あたしみたいな中途半端な人間がそれなりに立ちまわり、役割を果たせたのだと思う。 だからこそ、あの明け方を生きて迎えることができた。
ルーザの喉元に刃を沈めたとき、命がけの場であたしにためらう暇なんてなかったけど、踏み込む足も刃を握りこんだ指も、そして人を殺傷するのを恐れていたこころですら、あたしを止めなかった。 止まらずに体が動けたことに、あとから奇妙な感慨を覚えたほどだ。 人を殺しておいてのうのうと口にすべきことじゃないかもしれないけど、それでもあたしは、生きて自分にできることをして、一歩ずつでも歩み続けて、願いを叶える現実的な力と足場を手に入れる。 その覚悟ができていたからだろうけど、やっぱり自分に訪れた変化は心を波立たせた。甘っちょろいあたしが、一歩を踏み出しちまったんだな、と。でも、そんなこと考えていられるってことは、やっぱり甘っちょろいんじゃね? と自分にツッコミ。何せこういう時に突っ込み入れてくれるダチが死んじまったからね。
親父と一番上の兄貴――足を悪くしてから、巣穴がらみの仕事は細工物中心になっちまった兄貴だ――に憧れて細工師を目指した。鋳掛の仕事でちょこちょこ食っていけるようになったのはそのおかげだけど、あこがれから始まったそれはダチからみればウザかったらしい。 遺跡で行方不明になった親父を自力で探しに行くため、形見屋を追い抜くほどの"鍵"になる。 それもただ親父の背を追うばかりですべきことをしない甘ったれた戯言だ、とダチは嘲笑ってた。 「アンタのそーいうとこが嫌いよ。自分がどんくらい恵まれてるか見せつけてくれちゃってさ。しかもそのガキ臭さで可愛がられて。アッタマくるわ。手段と目的ごっちゃになってるしねー。 ……それらのどこに、"アンタ"があるのよ。ひよこや子犬みたいに誰かの背を追うばっかりじゃ所詮二流どまりで、いつまでたってものし上がれやしないわよ。なーにが一流の"鍵"よ。もっと考えて、現実を見てみなさいよ」 「んだとこのクソアマ! もっぺん言って見やがれっ」
喧嘩して怒鳴りあって、それでもいつもあたしを見ててくれたシャロン。年下のくせに、あんたが一番あたしを"可愛がって"くれてたようなもんじゃないか。大切なこと、皆があえて言わずに、そしてもしも叶うなら良いと見守ってくれたことをぶつけてくれた、大事な友人。
あんたが、あたしを生かしてくれた。 例の腐れた神殿跡から見覚えのある指が見つかって、あんたが死んだと知っても、あんたの存在はあたしと一緒に歩んでる。これからもずっと、だ。
そしてもうひとり。 ラスの兄さんが、あたしに荒事の場慣れをさせてくれなかったら、今あたしは生きてなかった。 「連れてくことは連れてくし、俺に教えられることは教える。俺が傍にいる時は、おまえを絶対死なせない。 ……だからとりあえず、手段を手にして、それから先はおまえが選べ。……妥協案だ」 あのときの言葉が結局すべてだ。兄さんはずっと見ていてくれたんだ。 遺跡をあきらめて街で生きていく覚悟ができてから、こっそり訓練所に通ってみたりしていた。ヘタレなあたしでもそれらしいカッコができて、とうとう人を殺めるまでに至るには、いくつもの葛藤と長い積み重ねがあった。兄さんも、内心複雑だったみたいだけど、それでもあたしの変化を見守っていてくれた。 だから、あたしは今も生きてる。
「人を傷つけたり殺したら親父もそうなるような気がして」なんて、あんたに言わせれば、自分の身も守らないばかりか危うくするあほくさくて甘っちょろい感傷だったよね、シャロン。あたしもそう思うよ。 結局、あんたの言う通りになった。あたしは生きることをためらわずに選んだ。 ムリーリョのおっさんのことも、自分の中でこれから消化していくつもりだ。許せないけど、それでも心ひかれた自分を見つめながら。 胸を締め付け苛む思いも飲みこんで生きるから、みててよね。
どんなに我を張っても、結局当面下っ端のあたしは指示待ちするしかないだろう。与えられる役割だけ果たすので精一杯。そんな現状に甘んじて、考えることや進むことを忘れたらあんたに叱られる。
親父を助けたいなら、稼いでそれに必要な手段を得る。 生きていたいなら、必要な技量を身につける。 そんな日々の中で本当にやってみたいことが街の仕事だったのだと気づいた今、あたしはもう迷わない。 自分に宛がわれた役割から、やりたいことへの道筋を一歩ずつきっちり歩んでみせる。その道筋を築くための役割にも食らいついてみせる。 でっかくなりたいなら、こんなとこで足を止めてる暇はないよね。 ぶっとく、生きてみせるよ。
薄明の空の下、無事だった上司たちの顔を見て、震えがきた。 「うわー、満身創痍の激戦って感じっすねー」 そんな軽口めいた言葉しか出なかったけど、あたしのちっぽけな覚悟を端的に表現した彼らに、ちょっと涙がでそうになって、慌てて鼻をすすった。生きててくれて、良かった。そんな言葉じゃ語り尽くせない。
「さて、事後処理っすね。兄さん、手伝うっす」 「当たり前だ、馬鹿。あと、月末の書類も娼館回りして先に集めて下書きしとけ。俺は忙しい」 あたしの服に散った返り血に眉をひそめながらも、いつも通りのこき使いっぷりを発揮してくれた兄さん。そしてみなみなさん。お疲れ様っした。 |
| |
| スラム邪神事件報告書 |
|---|
|
| ポール(オラン民生局役人) [ 2008/12/21 4:47:26 ] |
|---|
| | スラム邪神事件報告書 民生局公文 第520-12-xxx号 新王国暦520年12の月20の日
スラム邪神事件報告
1. 概要
新王国歴520年11の月から12の月にかけて、スラムにて死者・行方不明者が多発する事件が発生した。被害者数はスラムの住人、盗賊ギルド関係者など、計40名を超えた。
原因は、邪教徒による誘拐、殺人の諸行為である。 本件の特色は、ニルガル教とカーディス教という、二つの邪教の教義が複雑に絡み合いながら犯行が行われた点にある。ニルガル教は、所謂社会的弱者を中心に広められていた。ニルガル教が食人と虐待を正当化する差別を肯定する点を、カーディス教徒が大量殺人と死体損壊に利用し、被害が甚大となった。犯行の主体者はカーディス教徒が主であるとみられるが、犯行はニルガル教の名と教義の元で行われた。
本件は、貧困階層における邪教の隠蔽と拡大の可能性を示唆した。
2.犯人
本事件の首犯は、以下の2名。
デ・ムリーリョ:
ニルガル教司祭。元男爵。新王国歴458年生。封地はセビ村他数村。510年、領地経営の功績より、首都に招聘された領主の一人。ただし、政治職ではなく行政職に入り、民生局長に就く。都市整備、特に給水・下水分野に尽力。スラム貧困対策の施策において国側との意見の相違により、516年辞職し野に下る。この際、爵位と家督を長子に移譲。その後ニルガル教に独自に目覚め、スラム地区において教団活動を行う。
人肉を食する、理不尽な差別と虐待を進めるなどの、反倫理的な教義が教えに含まれていた為に、ニルガル教徒を装うカーディス教徒の破壊活動を招いた。この非人道的な反社会活動を黙認した。この咎により、520年12の月14の日、車輪の騎士団により身柄を拘束された。18の日、裁判により、即日死刑判決下る。20の日、死刑執行(斬首、非公開)。
ジュリアス:
カーディス司祭。新王国歴485年生。スラム阿片窟地区出身。新王国歴500年、ファリスのドミニク聖歌隊入隊。カーディス信仰開始時期は不明。少なくとも、ドミニク聖歌隊惨殺事件、北部ガイ村緑腐病全滅事件、ムディールのラーダ巡礼団妖魔襲撃事件等、諸事件を引き起こした。加えて、同様の虐殺事件を他国に数例起こしたと本人は示唆した。
本事件においてはニルガル教の教義に含まれる食人、差別を利用し、スラムにおいて殺人、死体損壊、不死化などを実行した。また、死体加工のために、10から12の月にかけて、スラムの井戸の汚染行為を繰り返した。なお、加工された死体は、異界よりの魔物を召喚し更なる破壊行為に及ぶ目的のために作成された。
12の月14の日、集会において信者虐殺を企て、さらに、緑腐病を広めて住民に広範な死をもたらそうとした。この企ては、指名手配による有志の討伐により、未然に防がれた。同日、討伐団との戦闘において死亡。カーディス神官は他に数名いたと見られるが、同日の戦闘に置いて全て死亡している。(当指名手配は、12の月1の日付遡及を適用、報奨金額30,000G。公文520-12-xxx号参照)
なお、当犯行者は今後、転生者として出現する可能性がある。
3. 被害
犠牲者40余名は、主にスラムの住民とスラムの当該地区を管轄する盗賊ギルド関係より成る。盗賊ギルド関係者は、管轄地域の住民被害に気づき独自調査を行う過程で、邪神神官に口封じの為殺害されたものと見られる。また、被害者には、邪神神官討伐に関与した冒険者3名を含む。 被害者に、低所得や病・障害により生活苦状態にあった者が多いこと、被害者自身や家族が生活に絶望し殺害が表沙汰にならず、被害が表層化するのが遅れたのが、本件の特徴である。
4. 背景
邪神の信徒が出現したそもそもの土壌は、スラム地区の貧困にある。
ニルガル教徒は、スラムの人口増加に歯止めがかからず、住居不足や水不足、環境汚染による生活環境悪化は不可逆とし、改善のためには人間そのものを減らすしかないという絶望感が土台となり、現状打開の活動素地を邪教に求めた。 また、破壊神信者は、極度に貧しい生活の中で、世界は一切が苦であるとこの世を否定し、滅びの後の次の世界に救いを見出し、現世における破壊と殺戮を繰り広げた。
ニルガル教は、各々には役割があり、役割を勤勉に果たすことで、死後幸福になると説いた。カーディス教はこの世を虚無に返すべしと説いた。両者に共通することは、現社会への否定観である。スラムの貧困層において信者が拡大したのは、貧困層の現在社会の不信感と諦観を示している。
スラムにおいて、人々は生活に大きな不満を抱き、抑圧が大きく、貧富の差は置き去りにされたままであった。特に水は極度に不足しており、汚染や水争いの不和が人心を不安定にし、生活不安を大きくしている。人々がこの救いを宗教に求めた点が、本件の邪教勢力拡大に大きく寄与したものと見られる。
5. 本件の教訓
背景の通り、二人の闇司祭は、それぞれ立場こそ違えど、貧困こそが、今回の事件の元凶であり、破壊活動の根源であることを示した。貧困を放置することは、今後なおいっそうの社会不安と反社会活動を招くことに、疑いの余地は無い。
不安定な国際情勢と物価上昇の中、他国からの流民の流入は、近年中に急増すると予想される。スラムの拡大は今後も避けられ得ない。 国の開発が、貧者を置き去りにする限り、邪神の信徒は際限なく現れるであろう。
特に、反社会的存在の最たる破壊神の司祭が、貧困によって教義に目覚め、今後もまた社会に出現する可能性を残したことは、示唆的である。転生後の破壊神司祭が、次なる生で世に絶望することなく破壊神の声を聞く必要の無い社会を構築することこそが、国家の使命であろう。
貧困放置は、国の不安要素であり、長期的な国力減退に繋がるものである。 この状況において、社会資本を整備し、貧困層が自らの状態を底上げをし、学問と職の機会を得る開発こそが、現在、望まれている。能力発揮と雇用の機会さえあれば、貧困層は人材の宝庫となりうる。
本事件の再発を防ぐために教訓とすべきことは、商業資本や軍備など目先の需要のみに応じた投入を行うのではなく、長い目で見ての社会安定と人材育成のための具体的施策を策定し実施することが求められているという点である。 行政のみならず、神殿や諸組織、民間のきめ細かい活動を組み込んだ、国一丸となった活動に注力し、財源の投入と制度面の支援を行うべきである。
それこそが本当の国益であり、将来的な国家の安泰と国力増強に繋がるものである。
以上
添付: 1.ムリーリョ裁判判決概要 2.覚え書き(非公文扱い) |
| |
| 冬曇り |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/21 5:04:31 ] |
|---|
| | 「俺は忙しい」とスウェンに言ったのは嘘じゃなかった。 盗賊ギルドの“赤鷲”に、諸々の結果を報告し、ついでに事後処理についても話し合ったり、事が終わってからのこのこと出てきた魔術師ギルドの奴らが、“終末のもの”が残したものを調べたいというのを案内したり。ついでに、魔術師ギルドがスラムに入るにあたり、盗賊ギルドとの調整も必要だった。クソったれ。なんで俺なんだ。
あの日以来、オランにしては少し冷え込む日が続いた。 遠近感を狂わせるような冬曇りの空は、鈍い薄灰色。
ムリーリョは自ら、騎士団にしょっぴかれていった。スラムの人々に役割と希望を持たせて。裏から手をまわして聞いた情報によると、そのまま、首を刎ねられたらしい。 ジュリアスは井戸端に埋まっている。 ……これで本当に終わったんだろうかと、ふと考える。 スラムには確かに希望が必要だ。誰もが自分に出来ることがあるとし、それぞれに役割分担をして、助け合って前に進もうというのはいいことだろう。 けれどそれは、ニルガル司祭のムリーリョが望んだことであって、ニルガルが望んだことではない。
邪神の心境を忖度する必要などないことはわかっている。 けれど、ムリーリョが、ニルガルという悪女を庇ったオッサンだというのなら。 「この娘は悪くないんだよ。この娘はこう言っているんだよ」と、その悪女が周囲に受け容れられるようにムリーリョは釈明しただけなのかもしれないけれど。 じゃあ、その悪女は本当に心を入れ替えたのか? 心を入れ替えたから、周りの人間にそう説明して欲しいとムリーリョに頼んだのか? そんなわけはないだろう。
……ムリーリョが蒔き、ジュリアスが似非の肥料で育てたニルガルという種は、スラムでどう育つんだろう。
魔術師ギルドの奴らを阿片窟まで案内した後、“灰色鴉の店”に寄った。近くには“ルビーと石榴”、“猿の左手”がある。 店の従業員は一旦自宅待機させ、事後処理が済み次第、また新しい形で店を始めて、従業員もなるべく再雇用することになっている。 スラム住民の反感を買いたくないという思いは、盗賊ギルドにだってある。 今は、店を一旦閉めている間に、“灰色鴉の店”の裏庭を使って、“食物”にされた人々の確認をしている。 これが真夏なら怖ろしいほどの臭気になったろうが、幸い冬だったことと、“食物”たちはある意味正しい処理をされていたことが幸いして、死体の3割は身元がわかった。閉鎖されたコミュニティの中で殺されて解体された状況にしては、判明率が高い。もう2〜3日すれば、あわせて4割か5割くらいは判明するかもしれない。
そこを出て少し歩く。通りには人が少ない。多少なりと動く気のある奴らは、ムリーリョの指示で“砂沸き”地区に集まっているようだから、そのせいだろう。 ここらに残っているような奴らは、新しい“役割”に興味のない奴らだ。 ふ、と。 視界の隅で茶色い塊が動いた。……ような気がした。 殺気を感じて身構えた瞬間、その茶色い塊が突進してきた。 受け流して、それと相対する。襲ってきたのは、泥にまみれて薄汚い人間だった。体型からして女。大半が泥色のその髪は、くすんだ赤茶色をしていた。 「おまえ……ヴィヴィアンか?」 そう訊ねた声は少し掠れていたような気がする。 まさか。ヴィヴィアンは廃神殿の地下で、ヘドロの水桶に浸かっていたはずだ。 「……そうよ。意外?」 ヴィヴィアンの顔には、奇妙な笑みが張り付いていた。まだそばかすの残る、童顔の女。 そうだ。あの時、シタールが評して、俺とカレンの眉を顰めさせた。曰く、長時間かけてトロットロに煮込んだ角煮みたいだ、と。 ──判別の出来ない死体。死体など幾らでも偽れる。
「あんたは“忌物”だ。“者”ですらない“物”。アタシたちにとって害にしかならない物!」 ヴィヴィアンはその手に錆びた小剣を握っていた。 「あんたが生きてたり呼吸してたりダチがいたり女がいたりそんなの許されないことなんだよ存在自体が罪なんだニルガル様はあんたを認めない」 振りかざされる小剣を逃れる。
「おまえは、ムリーリョの説に納得してたんじゃなかったのか」 そう聞くと、ヴィヴィアンは顔をのけぞらせて、甲高い声で笑った。 「あーっはっはっはっ! ムリーリョ? ムリーリョだって? あの腐れ外道! ニルガル様の御声を聞ける立場でありながら、ニルガル様を貶めた罪人! 受け容れられるためにだって? ニルガル様が貴様ら“忌物”ごときに認められたく思うとでも? ニルガル様にそんな許容など必要ない! ジュリアスだってそうだ。あんな、顔とケツだけの男! 汚らわしいカーディス信者め! 誰も本当のニルガル様を知らない! アタシは声を聞いたんだ! ニルガル様の、“役割”に勤しめって声をね。ムリーリョの“選別”は間違っていた。アタシは導き手だったんだ」 むちゃくちゃに振り回そうとする小剣の合間を縫って、俺は素早く精霊語を呟いた。 俺の左手首の端と二の腕をヴィヴィアンの小剣がかすめる。 <眠りの小人よ、この女の目に砂を撒け> ヴィヴィアンは、剣を振りかざした格好のままで俺にもたれかかってきた。 意識を失ったその体を抱き留める。
いつだったか、あの黒髪のクソ半妖精が言ってたことがあったな、と思い出す。 そう、あれは何年か前の麻薬事件の時だ。 麻薬とて、有害なばかりではないと。 麻がその植物自体、有用であるように、阿片にだって有用な部分はある。 ある種の病気を治療したり、痛みの軽減にも使える。量と使い方さえ間違えなければその薬効は有用だ、と。
ニルガルも麻薬のようなものなのだろう。解釈さえ間違えなければ有用な教えだ。 けれど……有用だからと言って、麻薬が良い物だと受け容れられたか? 人間は剣を受け容れ、魔法も受け容れつつある。 だから人は、剣によって人殺しが起こったからと言って鍛冶屋を責めたりしない。 魔法に関しては未だ発展途上だといってもいいだろう。魔法で人殺しがあったと言って魔術師ギルドにねじ込む奴もたまにいる。
ヴィヴィアンが、本当にニルガルの声を聞いていたかどうかは知らない。 少々精神を病んでいたようだから、聞いたと錯覚しただけかもしれない。 病んだところにつけ込んで、ニルガルが声をかけたとしても驚かない。
もちろん光の神々だって、時には狂信を生むし、それが間違った方向にいくこともあるだろう。 俺の体が、単なる滋養強壮の薬草さえ受け付けないように、なにごとにも極端な反応というものはある。 そうやって極端なものを生みだした時、それを否定するのではなく、狂信さえ受け容れるというのが邪神であるということなんじゃないだろうか。 その教えが危険だからとか邪悪だからではなく、それらの教えを忠実に守ろうとした結果の狂信に走った時、神がその狂信を許してくれる。 ならば、服従を教え、残虐な狂信を是とするニルガルはやはり光の側ではない。
「……いや。これじゃ思考の迷路だな」 溜息をついて、空を見上げる。 薄灰色だった空は、少し色濃くなってきたようだ。 とりあえずヴィヴィアンの身柄は盗賊ギルドに押しつけよう。 そう決意して、俺はヴィヴィアンを担ぎ上げて歩き始めた。 |
| |
| 戦い明けて(1) |
|---|
|
| ギグス [ 2008/12/21 21:19:16 ] |
|---|
| | “終末のもの”と闇司祭との戦闘が終わり事後処理もそこそこに俺とライニッツは帰路に就いた。当然だ。何つっても無報酬だからよォ。シタール達にゃあコイツは貸しだって念を押しといた。
シタールが言ってた“オランを救う”ってのは嘘じゃなかった。何とか勝てたのも事前準備とあれだけの面子が揃ったからだ。何かが1つでも欠けていたら負けていた。それぐれェの相手だった。特にあのバケモンの方は2度と相手にしたくねェ。 物を腐食させるっつー能力とんでもねェ。魔法をかけてもらった鎧は大丈夫だが服の方はボロボロになり始めてやがる。フォスターには感謝しねェとな。この鎧高かったからよォ…買い直すなんざ洒落にならねェぜ。
隣のライニッツを見る。学院から持ち出した魔晶石を結局使い切っちまって落ち込んでんのか疲れてんのかヒデェ顔してやがる。俺も同じようなもんか。むしろ見た目で言や服はボロボロ、不死者どもの返り汁を浴びてる俺の方が悲惨か…… そーいやあのバケモンと魔晶石、魔法に関するレポート提出しねェとって言ってたなァ。そうでもしなきゃ魔晶石持ち出した言い訳も立たねェとかなんとか。頑張れ。
心ん中で応援しているとライニッツが何で最初っから魔剣を使わねェで大槌に“魔力付与”掛けて戦ったのか聞いてきやがった。イヤな事言いやがんな…… 調達してきた共通語魔法は“魔力付与”の他に“防護”と“抗魔”の計3つ。その内“魔力付与”以外2つはレツの旦那とシタールに渡してあった。バケモンの見た目が想像以上だったのとフツーの武器は効かねェって事で頭がいっぱいでテンパってたんだろう。実はシタールの斧にもかけちまってた。それを言うと深いため息をついて怒り出しやがった。
魔剣や“火炎付与”を最初から使ってりゃもっと早くケリがついてただの遅れたのは俺が場所をちゃんと教えなかっただの過信するから竜牙兵にヤられるだの……
ちょっと待てコラ。遅れた時「決心が付かなくて」って言ってたよなオイ。しかも竜牙兵にヤられた話は何年前だ全然関係無ェだろうが。 確かに俺のせいで戦いが少しは長引いたかもしれねェ。でもだんだんムカついてきた。
「今まで散々我慢してきたんですから今回は言わせてもらいますよ。いつもいつも急に無茶苦茶な事を言って。それで私がどれ程振り回されてきた事か。こちらの苦労も少しは考えて下さいよ」 「別に今言わなくても良いだろうが。俺だって今回共通語魔法を集めるのにオラン中をどんだけ駆けずり回ったか………ヤベェ共通語魔法あいつ等に渡しっぱなしだ……」
結局互いに言いてェ事を言ってその場は終いになった。共通語魔法はまた後日に取りに行くと決めて。 |
| |
| 戦い明けて(2) |
|---|
|
| ギグス [ 2008/12/21 23:33:09 ] |
|---|
| | 自宅が見えてくるとルシーナとディエゴが玄関先に居た。アイツも何だかんだ言って心配してやがったんだな。「無事帰ったぞ」と叫びながら俺は駆け出す。2人がこっちに気づきディエゴが「あっ、とーちゃん」と言い駆け出して………ってルシーナに止められてるじゃねェか。何でだ?まぁ良い俺はそのまま駆け寄りディエゴを抱きかかえ……
「痛ってェな何しやがんだこのクソ女ァ!」 「うるさいねぇ!アンタ自分の姿見たのかい!?そんな汚い格好で子供に抱きつくなんて万死に値するよ!!」 「だからって木杓で殴らねェでもいいだろが!こっちゃケガ人なんだぞ!」 「まぁ落ち着いて。木杓だけで良かったじゃないですか。シタールさんの所に比べたら」
そーいやアイツんトコはレイシア怒らせたら“石つぶて”だって言ってたな……酷ェときゃ“石つぶて”と“快癒”の繰り返しだっつー話だ……拷問じゃねェのか?ラスんトコの話は聞かねェが“電光”と“癒し”の繰り返しなのか………? 考えただけで恐ろしいぜ。薄ら寒ィ。季節のせいだけじゃねェなこりゃ。「良かったぜルシーナで………」俺は思わず安堵を口に出していた。
家を追い出され公衆浴場を目指し歩いていると後ろから呼ばれた。ルシーナじゃねェか。立ち止まりどうしたと聞く。
「アンタ着替え忘れてるよ。そのボロボロの格好で帰ってくる気かい?」 「いけねェ。悪ィ助かったぜ。あんがとよ。なんだ帰らねェのか?」 「ライ坊が子供たち見ててくれるっていうからね。アタシも行くことにした。たまには夫婦水入らずって言うのもいいだろ」 「ああ、まあ、な。しかしいきなりどうした?何か買いてェもんでもあるのか?金が無ェのはお前のほうが知ってるだろうに」 「そんなんじゃないよ。ほら、アンタ帰ってきたときに言ったじゃないか。アタシで良かったとか何とか」 「ああ、あれか。あれはな………………」
説明の直後股間を蹴られた俺の叫びが街中に響いた。
|
| |
| ヘザー |
|---|
|
| カレン [ 2008/12/21 23:46:55 ] |
|---|
| | 満身創痍で分神殿に帰り着くと、待っていたのはカールと数人の神官戦士、そして彼らをじっとりと睨みつけ口を尖らせているヘザーだった。 「砂沸き」での経緯について報告を聞き、ヘザーが怒っている理由がわかった。 ムリーリョ男爵は騎士団によって縄を掛けられ連行された。それをさせたのがカールだと思っているらしい。 「否定はしませんよ」とカールは言った。 カールは案内しただけだ。 相手は騎士であり、それはエイトサークルが情報を得ているということに他ならない。案内を拒否すれば神殿の今後の運営に関わることになる。そういう理由も立つが、ムリーリョ男爵の活動の影響の下でチャ・ザ神殿の高司祭が被害にあったという事実は、カールとしては見逃せるものではなかったのだろう。
「何故こうなったのか、彼女にも説明したのですが、なかなか理解してもらえません」
それはそうだ。 分神殿に住まわせているとはいえ、ヘザーには信仰のことは何一つ教えてはいない。アイツの中には光の神も邪神もいないのだ。線引きすらできない。ヘザーはただ、「砂沸き」で住人がどのように生活しているか、男爵がそこでどんなふうに住人と接していたか、それしか見ていないはずだから。 リヴァースが見たムリーリョ男爵とは、禍々しい邪神の使途として人々を扇動するような器は持ち合わせていない。むしろ、そのような腹の黒い者どもに利用されてしまう、ただの間抜けだそうだ。手段を間違え、それをわかっていても修正ができない、しようとしても既に手遅れになる。………間抜け過ぎるとリヴァースは評価した。 だが懸命だった。ヘザーはその姿を見ていただけなのだ。
「すみません。俺からも言い聞かせておくよ」
カール以下、神官たちを見送って、とりあえず着替えた。 さて、ヘザーにはどこから話そう。 ニルガルが邪神だということは、いきなり言ってもわからない。そもそも神のことがわからない。 わからなくていいと考えていたのだがな…。難しい問題が残ったものだ。 それはともかく、今できることといったら…。
「エナン達に会いに行こうか。オマエがいなくなったんで心配してたぞ」 「え…。でも…」 「エナンはオマエを嫌ったりしないよ。いいかい。アイツはね、最初に薬を持って行った時に『ありがとう』って言ったんだ。感謝することを知ってる。シタールが井戸を掘っている時に、ごみを投げ入れたことを認めて謝ったろ。その後、他の人たちに呼びかけてずっと協力してくれたんだよな。反省することも努力することも知ってる。 そういうエナンを信じてあげよう。そうしたら、アイツもお前を信じてくれるから。ずっと友達でいられるよ」
ヘザーは頷いて、先に駆け出していった。 エナンとのことは心配はないだろう。しかし、ムリーリョ男爵のことは、今は何を言っても反発しそうだ。もう少し落ち着いてから話すとしよう。 |
| |
| ナイマン |
|---|
|
| カレン [ 2008/12/22 1:10:48 ] |
|---|
| | 後日、本神殿のナイマン高司祭を見舞った。 既に起き上がって、短時間ながら説法などもできるくらいに回復している。
「なんとかムリーリョ氏を説得してこちらに連れてきたかったのですか、騎士団に連行されてしまいました。彼の考えも変えることができず…申し訳ありません」 「しかたありませんよ。どんな性質でも神は神。その影響は強大です。生半なことでは変えられるものではないのですから。……それよりも、まさかカーディスの司祭が隠れていようとは思いませんでした。討ち果たしたこと、本当にご苦労様でした。あなたの友人達もねぎらって差し上げたいが、なかなか出かけるのもままなりません。あなたから、朗報と共に宜しく伝えてください」 「朗報、ですか」 「ええ。掘削資金のことです。先日、オンデ様のご主人が見えられましてね、全面的に協力してくださることになりました。ああ、これは事件のこととは関係なく、我々の活動に共感してくれたということです。あそこの大旦那様は大変厳格で公正な方でいらっしゃいます。私利私欲で動く方ではないのですね。 彼は、スラムの生活向上と安定は流通においても大きな影響があり、それはいずれオランそのものの国力増強にも繋がると考えておいでです。また、彼の地での交流と人材の育成も、国民としての結束を促す上で重要だと仰いました。 あの方はかつて、ムリーリョ男爵とも縁のあった方ですから、スラムの現状もある程度理解しているようです。大臣と男爵との経緯もあって、頻繁にというわけにはいかなかった様ですが、ゼビ村を通して苗木などを運び入れたこともあったとか…。オンデ様はその時に息子さんに見初められたそうです。 そうそう。そのオンデ様ですが、離縁はされないようです。人ひとり殺めたのですから、相応の罪に処されますが、それを償って出所されるのを待つそうです」 「大丈夫なんでしょうか。彼女はニルガルの…」 「大丈夫でしょう。彼女の場合、ニルガルというよりは気鬱と強迫観念の影響が強いと思いますよ。現に、あれから毎日大奥様が面会に行ってらして、根気よく説き励ましたところ、今では正気を取り戻し悔いているそうです。…まぁ、ただ問題はあるのですけれど…。ええ、もともと気の弱いところがおありで、『消えてなくなりたい』と口走るとか…」 「家そのものに、ニルガルの影響はなかったのでしょうか。オンデさんは…使用人に対して布教めいたことをされていたようですが」 「心配ないでしょう。さっきも言いましたが、大旦那様は厳しい方ですよ。あの商家は大旦那様の方針で、使用人から店員、御者に至るまで、流通を担う者の務めと誇り、社会への貢献の重要さをきっちり叩き込まれ、皆が自覚しているのです。だからこそ、オランでも有数の商家でありえるのです。ニルガル教の入り込む隙はないと信じます」
心配していたスラム以外でのニルガル教拡大は、とりあえず目に見えるところではなさそうだ。 心配といえば、高司祭の体調もだが、これだけ喋れれば大丈夫だろう。
この後、ナイマン高司祭が日暮れまで喋ったことは言うまでもない。 |
| |
| 盗賊たち |
|---|
|
| ラス [ 2008/12/23 0:32:59 ] |
|---|
| | 「まぁこれでオレも来年から、幹部の仲間入りよ。なぁに、オレぁ手下思いの上司で通っているんだ。おまえのことも悪いようにはしねぇ。正直、手下を何人か失ってるからな、悪くすりゃ格下げかとも思ったんだけどよ。ギルドってのぁ存外に心が広い」
目の前でなんだか上機嫌そうに喋っているのは赤鼻の……いや、違う。“赤鷲”。 心が広いんじゃなくて、それは多分に対外的なものが含まれてるんだろうと思った。 街への脅威を排除して、スラムの秩序回復の一助になったという体面が、ギルドだって欲しい。
「“音無し”、オレがおまえにやらせたのはそういうことだったわけだよな。今回の件は、失敗を上回る成功だった。つまり、おまえにもわかりやすいように説明するなら、花街のアガリが損を上回ったのと同じ理屈だ」
どうでもいいが、この部屋は少し寒いな。……いや、暑い? 違う、やっぱ寒い。 ……いや、そうか。熱っぽいんだな。風邪でもひいたか。 まぁそりゃあそうだろう。ここ1ヶ月、毎日のようにかけずり回って、あげくに夜通しの大立ち回りだ。 身体が疲れれば、生命の精霊のたがが緩む。その隙を狙って悪い精霊が入り込んでくる。
「そうそう。そこでオレぁおまえに褒美を用意してやろうと思うのよ。おまえ、今、霞通りと砂塵通りで3軒受け持ってるな? で、確かテッドの代理で2軒分。それをだ、テッドはどうやら例の邪神教団に与した側でな。配置換えにせざるを得ない。代理でみてた店をそのまま引き継げ。つまり、おまえの担当は5軒分になる……と言いたいところだが。おまえんとこの下っ端。スヴェンとか言ったか、それともシヴァンだったか。まぁどっちでもいいや。あいつもそこそこ使えんだろ。どうだ、おまえがもともと持ってた1軒持たせてやれや」
そうだ、それになんだか、今朝から左腕が痛む。 昨日までは、まぁ時々左肩が凝るくらいで、何不自由なく動いていたが、やっぱり微妙にリハビリ不足だったのかな。それともここ数日冷えていたからか。 なんとなく左腕全体が痛んで、動きも悪い。……いや、まぁそれを言えば全身あちこち痛むんだよな。やっぱ熱あるな、こりゃ。
「それで差し引き4軒になると思うだろ? けど、こっからがオレの懐の広さを見せてやる時よ。オレが自ら管理してた2軒がある。逢い引き宿と酒場だ。2軒ともアガリはまぁまぁだぜ? それをおまえにやろう。おまえは今月から6軒の面倒をみることになる。6軒分のアガリの一部がそのままおまえのシノギになる。いい話だろう? で、スヴァンだかなんだかいうあの娘に1軒持たせるとなりゃ、おまえも人手不足だろう。もう1人2人、下っ端で使っていいぞ。どっかから異動させてもいい」
左腕……ああ、そういえばヴィヴィアンからの剣を防いだのが左腕だったな。 手首の端と二の腕をかすめたが、本当にかすり傷だった。血もすぐに止まったし、特に手当の必要性も感じなかったくらい。 あー。それにしても頭痛ぇなぁ。なーんかこう、重苦しーい感じ。
「てめぇ、“音無し”! オレの話聞いてやがんのか!?」 盛大にあくびをしたところで、ようやく“赤鷲”は話をやめたようだ。いや、これは「やめた」というのとは少し違うかな。 「んぁ? ああ、聞いてた聞いてた。超マジ聞きまくってた」 「嘘を言うんじゃねぇ! いいか、もう一度言うぞ!」 “赤鷲”は本当にもう一度最初から話を繰り返した。 この男は、案外とマメなのかもしれない。 事件の最中は、色々とコズルイ手も考えていたようだが、結局ほとんどは空回りに終わってる。マメな性分でもなきゃ、あそこまで空回り続けないだろう。 「下っ端なら、スラムの“靴底”にいたイストにしてくれ。あと、うちの下っ端の名前はスウェンだ」 『ギルドってのは存外と心が広い』まで話し直していた“赤鷲”を遮ってそう言う。 “赤鷲”はやや驚いたようだった。 「……本当に聞いていやがったのか」 「スリなら、金勘定は出来るだろう。確か、東方語の読み書きも出来たはずだ。俺の東方語はなんだか不評でね。半妖は半妖のところに押し込んでおいたほうが、あんたがたもわかりやすいだろう」 わかった、と“赤鷲”は頷いた。まだ話し足りなさそうな顔をしている。 このおっさんは存外に気のいい……というか、悪人になりきれない男なのかもしれない。
今日の予定は、と“赤鷲”が尋ねる。野郎に予定を聞かれるのはあまりいい気分じゃない。 「砂塵通りの店から回収した計算書が間違ってた。店主をシメ上げてくる。あとは、過ぎ越しの祭りに向けて手配を幾つか。それと、娼館の1つで、金もねぇのに居座ってるクソがいる。叩き出してケツの毛をむしる。月締めの書類をチェックするのと、あとは……」 指折り数えたところで、“赤鷲”が口を挟んだ。 「オレが譲る2軒もチェックだな。店にはオレから言っておく。顔ツナギしとけ」 「……折る指が足りなくなっちまった」 「足も使えよ」
その後、チャ・ザの本神殿に寄る。カールが出かけていたようなのでレイモンドと話した。 イストの状況を尋ねると、砕かれた右腕はさすがにまだ動かせないが、体力はもう回復しているという。 退院させても良いのだが、まだろくな仕事は出来ないだろうし、金もないようだからもうしばらく居させようかと思っていると言った。レイモンドはイストの「仕事」が具体的に何なのかはよく知らないようだ。 「入院費はあんたが?」 「ああ、私が立て替えようと思ってるよ。これも何かの縁だ」 「いや。縁を感じて立て替えようと思ってるなら、その金額分、別のことに使ってくれ。入院費はあいつ自身に支払わせる」 「しかし、仕事も出来ないのにどうやって……」 「俺はあいつに仕事を持ってきた。だから悪いが、分割払いにしてやってくれ。ただし、まけてやるなよ。あいつはもうガキじゃねぇんだ」
イストを見つけたのは、前回と同じ、中庭だった。 また勝手に隣に座る。イストは、またあんたか、と口元を曲げた。 「なんでこんなクソ寒いとこにいんだよ、おまえは。隣に座る俺の身にもなれ」 「わけわかんねぇこと言ってんじゃねーよ。それに、そんなに寒くねーよ」 「さみーよ」 「あんたら、半妖精ってのはどうしてどいつもこいつも態度が悪いくせにお節介なんだ」 「ンだよ、黒いほうのが何か言ってきたか」 そう尋ねると、どうやらリヴァースは、イストに精霊使いの才が云々と言っていたらしい。 まぁ確かに、井戸掘りには必要だろう。 ただし、それはやや現実味に欠ける。たとえこいつに才があったとしても、使い物になるまでどれだけかかるかわからない。あいつは自分が修行した年数を忘れているんだろうか。その修行の間、生活費はどうする。霞を食って生きるわけにはいかない。 とはいえ、悪くない話だ。そういう目的は大事だし、こいつに才があるなら、体が不自由になった今、こいつにとってそれは助けになる。
「おれ、修行なんかしてる暇ねーよ。ここにいりゃ、メシは食わせてもらえっけど、いつまでもいるわけにゃいかねーだろ」 イストは口を尖らせた。 「……ああ。言うの忘れてた。俺はラス。今日からおまえの兄貴分だ」 「…………は?」 「今日からおまえは俺の下っ端だって言ってんだよ。異動だ、異動。現実的なメシはそれでどうにかなる。下っ端が餓死するってのも体面が悪いからな。低金利で貸してやるよ」 「……ギルドがそう言ったのかよ」 「ちげーよ。俺がそう言ったんだよ。たっぷりと恩に着ていいぜ。……あー、でもおまえ、字とか書けねぇよな」 「……書けるよ」 「右腕いかれてるじゃん」 「おれ、もともと左利きだった。スリの仕事すんのは、左でやると仲間の動きと合わねーから、そっちは右で覚えたけど、それ以外は左が利き腕だ」 「そりゃいい。んじゃ明日から来い。霞通りの“銀木犀”って店だ」 中庭のベンチから立ち上がって、ひらひらと手を振ると、イストが声を上げた。 「ちょ、待てよ! 場所とか仕事の説明くらいしていけよ!」 「うるせぇ。こう見えて忙しいんだ」
ぇーと、次はスウェンか。 いや、確かリヴァースが、役所から報奨金をぶんどったから計算しに来いとか言ってたな。 ……それはフォスターあたりに押しつけるか。 あー。頭いてー。 |
| |
| 切羽詰まりの日常へ |
|---|
|
| レツ [ 2008/12/23 13:32:45 ] |
|---|
| | 参るぜ! 邪教徒の頭目をやっつけて、テンションも高くパダに戻ったら、時化た面どもが相変わらずよお、朝から「ブランプのお零れ亭」で管を巻いてやがった。
「よおデカブツ、オランまで行ってたそうじゃねえか。あっちこち動き回ればなんでも忘れられるって、ニワトリ頭は羨ましいぜ」 鼻頭の赤いやつ、盗賊のジッカが嫌らしい調子で言ってくる。 「うるせえぞこら! おめぇこそ、そんなに酒ばかりやってたら、老けヅラがますますひどくなるぜ? このトナカイ顔が」 「誰がトナカイだぁ!?」 「まーその辺にしろよ。とりあえずパーティ消滅。ってことにならなくてよかったんじゃね?」 そう声をかけてきたのは優男のカインだ。盗賊のほか、<杖>としてのスキルがある。時々こんな風に余裕のにじむ発言をする辺り、かなり鼻持ちのならないヤツだ。 「いつもながら冴えねぇ面のお前らに、景気いい土産話があるぜ。一つ聞いてくれや」俺は言ってやった。 「なんだ? まさかお前ぇが仕事の一つでも拾えてきたってのか?」
「・・・そんな訳で、邪教の首領の、心の臓を貫いたのは俺様の剣よ! 俺ぁオランを救ったんだぜ!」 どうだ、と俺は拳を固めて自慢した。 「ハァ? お前ぇの剣に貫かれるってことは、相手はカカシか何かか?」 「夢で見たもんの話をするようになっちまったか。可哀想に」 ぐわっ、こいつら、一つも信じてやがらねぇ。 考えてみれば、当然だったか・・・。元々、金でしか物事の大小を図れない奴らだ。手にある報酬といえば、ギグスから貰ったコモンルーン一個だけだ。
「んなこたぁ、どうでもいいぜ。今の問題は地図だよ。一体どこのクソ野郎だ、人の商売道具ちょろまかしやがったのは。おいコラニワトリ頭、なんとか思い出せねえのかよ」 ジッカが怒声を上げる。おおそうだ! 長年必死でこさえた地図をなくしちまって、今、俺達のパーティは商売上がったりの状況なんだった。ちなみに最後に地図を持っていたのは俺だが、無くしちゃいない。盗まれたんだ。ああー、気分が凹んできたぜ。 「行く先々、荒らされちまってるからなぁ・・・。やっぱ計画的だったんだな。いよいよ、ルートを替えるしかねーか」 「おい俺ぁ、テケレッツの奴が怪しいと思ってるぜ。あの野郎いつのまにか行方をくらましやがって」 俺の頭に、いつも算盤弾きをしてるような、チャ・ザ神官の穴熊の丸っこい面が浮かんでいた。 「いや、あいつは自分がこういう時に疑われるってことは一番承知しているはずだ。あいつだとしたららしくねぇ。他の穴熊で、二、三組、手癖の悪い奴らが思い当たる。それに二、三人、サポートを頼んだ新米どもがいたが、ことによるとあいつらかもしれねぇ」 「そうだぜー。自分のミスを棚に上げて仲間を疑うのはよくねぇな、レツよ」 うう。憎たらしい冷静さだぜ。こうなっちゃ言い返しにくいぜ。 「しかしよカイン、お前も人のこと言えねぇだろ。俺は聞いたぜ、お前ぇカデリに、俺達以外の穴熊メンツに口利いといてくれって頼んでたそうじゃねぇか、アアン」 「何ぃ!? おめぇ俺らに見切りをつけるってのかあ!?」 「待てよお前ら、俺のはリスク管理でやってることだぜ? そうならない為の努力はするって。ジッカはともかく、頭に栄養が回ってないことを髪の量で証明しているレツに分からせるのは面倒くせーけどな」 「ヘッ、なるほどな」 「カインてめえぇ!!」
全く口の減らねぇ奴らだ。自慢話をするどころか、一気に厳しい現実に引き戻されちまったぜ。 だが、実際、俺はオランを救ったんだ。懐かしい面々に礼も言われた。弱り目でもそれを考えりゃよ、このしみったれ野郎どもとは、気持ちの奮い方が違うんだぜ。がっはっは!! |
| |
| 道標 |
|---|
|
| シタール [ 2008/12/29 17:49:16 ] |
|---|
| | あの夜から二日後、俺は「パンと蜂蜜」亭へと足を向けた。
「申し訳ないのだが…。」 親父さんが俺に向かってそう言った。フィアンナはまだ誰かと話せるような状態ではないらしい。 まあ、あんだけの目にあったんだ。半月やそこらで立ち直れる方がおかしいわな。 親父さんもこの一突きでずいぶんと老け込んだようだ。以前、きままに亭で店員をやっていた頃に仕入れの絡みで顔見知りではあったが明朗で面倒見の良い宿の主人って印象だったんだがな。 この人もフィアンナもムリーリョのおっさん…というかジュリアスの犠牲者なんだなと改めて実感した。
以前手に入れた鎖鎧と遺体から取ってきた遺髪を渡し、親父さんに見送られて店を出ようとするとふと馬屋に目がいく。 「そういや馬屋の番してた爺さんは?」 「ああ…。もう歳で辞めたいと言われてね。次を探してるところさ。」 ふーん…と流しそうになったがふと思いついたことがあった。
「親父さん。ちょっと頼みがあるんだが良いか?」
それから更に二日が経って、俺は分神殿から全て荷物を引き上げることになった。 全ての荷物まとめて出ると、外にはエナンが待っていた。
「お、来たのか。」 「シタール行くのか。」 「ああ。『もう怒ってないからいい加減に帰って来なさい。』だとさ。」 まあ、他にも色々と言われたんだが…それはコイツに言うことでもないし。って言うか、こっ恥ずかしくて言えないってのもある。 「そっか。シタール。本当にありがとう。」そう言って深々と頭を下げやがる。 「おいおい。止せって。俺はたいしたことしてねえよ。」 「俺がこうやっていられるのはシタールのおかげだ。いや、俺だけじゃない。ここに住んでるみんなはシタールに感謝してるから…たまには顔出してくれよ。」 そう言ってにってわらいやがる。ずいぶんと良い顔で笑うようになった。 「おう。わーってら。」 そう言ってじゃーな、と去りそうになるが、大事なことを話すのを思い出して立ち止まる。
「あ。それとな。お前に勉強させてやるって話だが。どうする気だ?」 俺がそう言うと…エナンは少し間をおいて話そうとして躊躇った。その後に絞り出すように「…今は良い。」と言った。 なんでよって聞き返すとまた少し言葉を選んでるのか下を向いて黙り、暫くしてから俺の目をちゃんと見て話し出した。
「俺さ。まず一番に井戸のこととか勉強したいけど。ソレよりも他にやらないと行けないことがたくさんあると思うんだ。冒険者にだって興味もあるし。」 「だから、ソレが済んだら自分の力で行きたいと思う。何年かかってでもそうしたい。というか…そうしないと行けないと思う。」 こいつがガキなりに一生懸命考えて出した結論。そして、俺が何となくそうなって欲しいと思っていた結論でもあった。
「そっか…。じゃあ、金は貸してやらない。けど…仕事ぐらいは紹介してやる。」 「え!?」 「ほら。前、助けたフィアンナって女覚えてるか?あいつの家な宿屋やっていてたな。新しい馬屋番を探してる。お前それやってみろ。」 「はぁ!?」 「大丈夫。前の馬屋番は一通り教えてくれるってよ。」 このことは親父さんとも話が付いている。俺、女性以外にこんなに必死になって頭下げたのは久しぶりかもしれん。 それでも躊躇っているエナンに俺は続けてこう言った。
「エナン。お前はもっとたくさんの世界を知るべきだ。それがお前のやらないと行けないことだと思う。まずその第一歩だと思え。」 「う、うん…。うん。」 「泣くなぁ。男だろ。」 そう言って手ぬぐいで顔拭いてやって、その後に頭をくしゃっとした。
「そこでいろんな事覚えろ。ついでに金も貯めろ。それが俺からの餞別。」
それ以上言うと俺が泣きそうだったからとは「じゃあな。」と誤魔化して俺はスラムを後にした。
鼻の奥がすっげーつーんとした。 |
| |
|
|---|